漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

李白の長安時期 同時期の他詩人

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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都での李白 酒中の八仙

酒中の八仙

飲中八仙歌 杜甫
李白は、賀知章をはじめ、汝陽王璡・崔宗之・裴周南らと酒中の八仙の遊びをしたといわれる。ただ、杜甫に「飲中八仙歌」があり、賀知章については、「(賀)知章は馬に騎り船に乗るに似たり、眼はちらつき井に落ちて水底に眠る」といっている。杜甫のいう八仙は、李白が都にいた743年、天宝二年ごろ、長安に同時にいた人ではない。賀知章、李左相、蘇晉はすでに死んでいたし、李白は長安にいなかった。これらの八人のうち、李白に最も多くの字をあてているのは、杜甫の李白への敬愛振りの表れだろう。
竹林の七賢、竟陵の八友、初唐の四傑、竹渓の六逸、唐宋八大家などとこの飲中八仙とは異なった質ものである。


杜甫の詩中、李白に関して、「李白は一斗にして詩百第、長安市上 酒家に眠る、天子呼び来たれども船に上らず、自ら称す臣は是れ酒中の仙なりと」と歌うところは、范伝正の「李公新墓碑」に述べられている高力士に扶けられて舟に登った話とよく一致する。とすると、高力士に扶けられて舟に登ったり、高力士に靴を脱がさせたりした話は、支配者側の記述とばかりは言えない真実を伝えているのかもしれない。


飲中八仙歌
知章騎馬似乘船,眼花落井水底眠。』
賀知章は何時も酔っていて、馬に乗っても船に乗っているように揺れている、くるくると回る目が井戸に落ちて水底に眠る。』

汝陽三鬥始朝天,道逢曲車口流涎,
恨不移封向酒泉。』

汝陽は朝から三斗酒を飲みそれから出勤する、途中麹を積んだ車に出会うと口からよだれを垂らす始末、転勤先が酒泉でなかったのが残念だ。』
左相日興費萬錢,飲如長鯨吸百川,
銜杯樂聖稱避賢。』
左相は日々の興に万銭を費やす、飲みっぷりは長鯨が百川を飲み干す勢いだ、酒を楽しんで賢者を遠ざけるのだと嘯く。』

宗之瀟灑美少年,舉觴白眼望青天,
皎如玉樹臨風前。』

宗之は垢抜けた美少年、杯を挙げては白眼で晴天を望む、輝くようなその姿は風前の玉樹のようだ。』

蘇晉長齋繡佛前,醉中往往愛逃禪。』
蘇蘇晉は仏教信者でぬいとりした仏像をかかげてその前で年中喪の忌をしているが、酔いのなかでもときどき禅定に入ることを好む。』

李白一鬥詩百篇,長安市上酒家眠,
天子呼來不上船,自稱臣是酒中仙。』

李白は酒を一斗のむうちに詩百篇もつくる豪のもので、長安の市街へでかけて酒家で眠る。天子から呼びよせられても酔っぱらって船にものぼりきらず、自分は酒中の仙人だなどと気楽な事をいっている。』

張旭三杯草聖傳,脫帽露頂王公前,
揮毫落紙如雲煙。』
張旭は三杯の酒を飲んで見事な草書を披露する、王侯の前で脱帽して頭を向け、筆を振るえば雲のように自在な字が現れる。』

焦遂五斗方卓然,高談雄辨驚四筵。』

焦速は五斗の酒を傾けてやっと意気があがってきて、その高談雄弁はあたりを驚かすのである。



賀知章は何時も酔っていて、馬に乗っても船に乗っているように揺れている、くるくると回る目が井戸に落ちて水底に眠る。』

汝陽は朝から三斗酒を飲みそれから出勤する、途中麹を積んだ車に出会うと口からよだれを垂らす始末、転勤先が酒泉でなかったのが残念だ。』

左相は日々の興に万銭を費やす、飲みっぷりは長鯨が百川を飲み干す勢いだ、酒を楽しんで賢者を遠ざけるのだと嘯く。』

宗之は垢抜けた美少年、杯を挙げては白眼で晴天を望む、輝くようなその姿は風前の玉樹のようだ。』

蘇蘇晉は仏教信者でぬいとりした仏像をかかげてその前で年中喪の忌をしているが、酔いのなかでもときどき禅定に入ることを好む。』

李白は酒を一斗のむうちに詩百篇もつくる豪のもので、長安の市街へでかけて酒家で眠る。天子から呼びよせられても酔っぱらって船にものぼりきらず、自分は酒中の仙人だなどと気楽な事をいっている。』

張旭は三杯の酒を飲んで見事な草書を披露する、王侯の前で脱帽して頭を向け、筆を振るえば雲のように自在な字が現れる。』

焦速は五斗の酒を傾けてやっと意気があがってきて、その高談雄弁はあたりを驚かすのである。



(下し文)飲中八仙歌
知章が馬に騎るは船に乗るに似たり、眼花さき井に落ちて水底に眠る』
汝陽は三斗始めて天に朝す、道地車に逢うて口涎を流す、恨むらくは封を移して酒泉に向わざるを』
左相は日興万銭を費す、飲むことは長鯨の百川を吸うが如し、杯を銜み聖を楽み賢を避くと称す』
宗之は瀟灑たる美少年、觴を挙げ白眼青天を望む、皎として玉樹の風前に臨むが如し』
蘇晉長斎す繡佛の前、酔中往往逃禅を愛す』
李白一斗詩百第、長安の市上酒家に眠る、
天子呼び来れども船に上らず、自ら称す臣は是れ酒中の仙と』
張旭三杯事聖伝う、帽を脱し頂を露わす王公の前、毫を揮い紙に落せば雲煙の如し』
焦遂五斗方に卓然、高談雄弁四筵を驚かす』




飲中八仙歌
○飲中八仙 酒飲み仲間の八人の仙とよばれるもの、即ち
・蘇晉 735年(開元二十二年卒)
・賀知章744年(天宝三載卒)
・李適之746年(天宝五載卒)
・李璡  750年(天宝九載卒)
・雀宗之 未詳
・張旭  未詳
・焦遂  未詳
・李白   763年(宝応元年卒)らをいう。



知章騎馬似乘船,眼花落井水底眠。
賀知章は何時も酔っていて、馬に乗っても船に乗っているように揺れている、くるくると回る目が井戸に落ちて水底に眠る。』
知章 賀知章。会稽永興の人、自から四明狂客と号し、太子賓客・秘書監となった。天宝三載、疏を上って郷に帰るとき、玄宗は詩を賦して彼を送った。○乗船 ゆらゆらする酔態をいう。知章は出身が商人で、商人は船に乗るので、騎馬にまたがった状態をいったのだ。○眼花 酔眼でみるとき現象のちらつくことをいう。



汝陽三鬥始朝天,道逢曲車口流涎,恨不移封向酒泉。』
汝陽王李礎は朝から三斗酒を飲みそれから出勤する、途中麹を積んだ車に出会うと口からよだれを垂らす始末、転勤先が酒泉でなかったのが残念だ。』
汝陽 汝陽王李璡、8/11杜甫27贈特進汝陽王二十韻。〇三斗 飲む酒の量をいう。○朝天 朝廷へ参内すること。○麹車 こうじを載せた車。○移封 封は領地をいう、移は場所をかえる。汝陽よりほかの地へうつしてもらうこと。○酒泉 漢の時の郡名、今の甘粛省粛州。これは地名を活用したもの。



左相日興費萬錢,飲如長鯨吸百川,銜杯樂聖稱避賢。
左相は日々の興に万銭を費やす、飲みっぷりは長鯨が百川を飲み干す勢いだ、酒を楽しんで賢者を遠ざけるのだと嘯く。』
左相 李適之。天宝元年、牛仙客に代って左丞相となったが、天宝五載にやめ、七月歿した。○日興 毎日の酒興。○費万銭 唐時代の酒価は一斗三百銭、万銭を以ては三石三斗余りを買うことができた。○長鯨 身のたけのながいくじら。〇百川 多くの川水。○銜杯 銜とは口にくわえること、含とは異なる。含むは口の中へいれておくこと。○楽聖称避賢 適之が相をやめたとき、親交を招き詩を賦して、「賢を避けて初めて相を辞め、聖を楽しみて且つ盃を銜む、為に問う門前の客、今朝幾個から来ると」といった。此の聖・賢の文字には両義を帯用させたものであろう。魏の時酒を禁じたところが酔客の間では清酒を聖人といい濁酒を賢人といったが、前詩は表には通常の聖人・賢人の表現を、裏には清酒・濁酒の表現をもたせたものである。竹林の七賢参照。



宗之瀟灑美少年,舉觴白眼望青天,皎如玉樹臨風前。
宗之は垢抜けた美少年、杯を挙げては白眼で晴天を望む、輝くようなその姿は風前の玉樹のようだ。』
○宗之 雀宗之。宗之は雀日用の子、斉国公に襲ぎ封ぜられる。また侍御史となったことがある。○斎藤 さっぱりしたさま。○腸 さかずき。○白眼 魂の院籍の故事、籍は俗人を見るときには白眼をむきだした。○唆 しろいさま。○玉樹 うつくしい樹。魏の夏侯玄が嘗て毛骨と並び坐ったところが、時の人はそれを「葉餞玉樹二倍ル」といったという、玄のうつくしいさまをいったもの。○臨風前 風の前に立っている。



蘇晉長齋繡佛前,醉中往往愛逃禪。
蘇晉は仏教信者でぬいとりした仏像をかかげてその前で年中喪の忌をしているが、酔いのなかでもときどき禅定に入ることを好む。』
蘇曹 蘇珦の子、先の皇帝のときに中書舎人であった。玄宗が監国であったときの別命は蘇晋と賈曾との筆によったものだ。吏部・戸部の侍郎を歴て太子庶子に終った。○長斎 一年中喪の忌をしている。○繍仏 ぬいとりしてつくった仏像、これは六朝以来あったもの。○逃禅 これは酒を飲むことは破戒であるから教外へにげだすこと。居眠りでもしていること。



李白一鬥詩百篇,長安市上酒家眠,
天子呼來不上船,自稱臣是酒中仙。
李白は酒を一斗のむうちに詩百篇もつくる豪のもので、長安の市街へでかけて酒家で眠る。天子から呼びよせられても酔っぱらって船にものぼりきらず、自分は酒中の仙人だなどと気楽な事をいっている。』
酒家眠 玄宗が嘗て沈香華に坐して、翰林供奉の李白をして楽章をつくらせようとして李白を召して入らせたところ、李白はすでに酔っていた。左右のものは水をその面にそそいでようやく酔いを解いたという。○不上船 玄宗が白蓮池に遊んだとき、李白を召して序をつくらせようとしたところ、李白はすでに翰苑にあって酒を被っており、高力士に命じて李白をかかえて舟に登らせた。



張旭三杯草聖傳,脫帽露頂王公前,揮毫落紙如雲煙。
張旭は三杯の酒を飲んで見事な草書を披露する、王侯の前で脱帽して頭を向け、筆を振るえば雲のように自在な字が現れる。』
張旭 呉郡の人、右率府長史となる。草書を善くし、酒を好み、酔えば号呼狂走しつつ筆をもとめて渾灑し、又或は大叫しながら頭髪を以て水墨の中をかきまわして書き、さめて後自ずから視て神異となしたという。○草聖伝 後漢の張芝は草書の聖人とよばれたが、旭が酔うと草聖の書法が、彼に伝わるが如くであった。○脱帽露頂 帽をいただくのが礼であり、帽をぬいで頂きをあらわすのは礼儀を無視するさま。○王公 地位高き人々。○揮毫 毫は「け」、筆をいう。○雲煙 草書のさま。



焦遂五斗方卓然,高談雄辨驚四筵。
焦速は五斗の酒を傾けてやっと意気があがってきて、その高談雄弁はあたりを驚かすのである。
焦遂 この人物は未詳。○卓然 意気の高くあがるさま。○高談 高声でかたる。○雄弁 カづよい弁舌。〇四筵 満座、一座。



賀知章は、当時、太子賓客であり、玄宗に目をかけられていたが、この賀知章の紹介で、李白は翰林供奉となった。賀知章と李白との出遇いを『本事詩』「高逸」 には次のごとく伝えている。
李太白初め苛より京師に至り、逆旅に舎る。賀監知章、其の名を聞きて、首めて之を訪ぬ。既に其の姿を奇とし、復た為る所の文を請う。「萄道難」を出だして以って之に示す。読んで未だ寛わらざるに、称歎すること数回、号して諦仙と為す。金色(印)を解きて酒に換う。与に傾けて酔いを尽くし、日を間かざるを期す。是より称蒼は光り赤く。
宮島(1)
 写真はイメージで詩と関係ありません。

高適の詩(2) 塞上聞吹笛  田家春望 (1)除夜作

高適の詩(2) 塞上聞吹笛  田家春望 (1)除夜作


 春ののどかさにつられ、城郭を出て田園の里にやってきた。朝廷では権力者李林甫を意識して、普通の付き合いができない。春を詠う。

田家春望
田園の家、春の眺め。
出門何所見、春色滿平蕪。
城門を出て、郊外へ行ったが、何も見るものがない、春の気配が、草原一面に満ちているだけである。
嘆かわしいことは、私を理解してくれる者がいないことだ。高陽の一酒徒となって悶々としている。
可歎無知己、高陽一酒徒
。          
 高適の詩は、春のけだるさを田園の景色に見るものがないということで強調します。春の気配が草原一面にあるが、理解してくれるものは誰もいない。賢人の集まりで酒を飲み交わすことにしよう。古来、権力者に対する、賢人は、酒を酌み交わして、談義した。 権力者のことを直接表現はできないのだ。


DCF00115
              
田園の家、春の眺め。
城門を出て、郊外へ行ったが、何も見るものがない、春の気配が、草原一面に満ちているだけである。
嘆かわしいことは、私を理解してくれる者がいないことだ。高陽の一酒徒となって悶々としている。

 高適の詩は、春のけだるさを田園の景色に見るものがないということで強調します。春の気配が草原一面にあるが、理解してくれるものは誰もいない。賢人の集まりで酒を飲み交わすことにしよう。古来、権力者に対する、賢人は、酒を酌み交わして、談義した。 権力者のことを直接表現はできないのだ。



門を出でて  何の見る所ぞ、春色  平蕪へいぶに 滿つ。
歎ず 可べし  知己ちき 無きを、高陽の一酒徒。




田家春望
田園の家、春の眺め。 ・田家 田園の家。 ・春望 春の眺め。春の風景。



出門何所見、春色滿平蕪。
城門を出て、郊外へ行ったが、何も見るものがない。春の気配が、草原一面に満ちているだけである。
出門 城門を出ることで、郊外へ行くの意。  ・何所見 何も見るべきものがない。 ・何所 なにも…ない。 ・所見 見るところ。見る事柄。 ・春色 春景色。春の気配。 ・平蕪 草原。平原。平野。



可歎無知己、高陽一酒徒。
嘆かわしいことは、私を理解してくれる者がいないことだ。 (天下に志があっても用いられることがなく、天下の壮士が酒に日を送っている、そのようなわたしは)高陽の一酒徒となって悶々としている。
可歎 なげかわしいことである。 ・知己 〔ちき〕知人。友人。自分の気持ちや考えをよく知っている人。自分をよく理解してくれる人。  ・高陽酒徒 飲み友達。酒飲み、の意。 太公望のことを意味する。そのいみでは、高陽は地名。いまの河南省杞県の西。陳留県に属した。酒徒は酒のみ。高陽の呑み助とは、漢の酈食其(れきいき)のことで、陳留県高陽郷の人である。読書を好んだ。

(酈生の生は、読書人に対する呼び方。)家が貧しくて、おちぶれ、仕事がなくて衣食に困った。県中の人がみな、かれを狂生と呼んだ。沛公(のちの漢の高祖)が軍をひきいて陳留の郊外を攻略したとき、沛公の旗本の騎士で、たまたま酈生と同じ村の青年がいた。その青年に会って酈生は言った。「おまえが沛公にお目通りしたらこのように申しあげろ。臣の村に、酈生という者がおります。年は六十あまり、身のたけ八尺、人びとはみな彼を狂生と呼んでいますが、彼みずからは、わたしは狂生ではないと、申しております、と。」騎士は酈生におしえられたとおりに言った。

沛公は高陽の宿舎まで来て、使を出して酈生を招いた。酈生が来て、入って謁見すると、沛公はちょうど、床几に足を投げ出して坐り、二人の女に足を洗わせていたが、そのままで酈生と面会した。酈生は部屋に入り、両手を組み合わせて会釈しただけで、ひざまずく拝礼はしなかった。そして言った。「足下は秦を助けて諸侯を攻めようとされるのか。それとも、諸侯をひきいて秦を破ろうとされるのか。」沛公は罵って言った。「小僧め。そもそも天下の者がみな、秦のために長い間くるしめられた。

だから諸侯が連合して秦を攻めている。それにどうして、秦を助けて諸侯を攻めるなどと申すのか。」酈生は言った。「徒党をあつめ、義兵をあわせて、必ず無道の秦を課しょうとされるなら、足を投げ出したまま年長者に面会するのはよろしくありません。」沛公は足を洗うのをやめ、起ち上って着物をつくろい、酈生を上座にまねいて、あやまった。酈生はそこでむかし戦国時代に、列国が南北または東西に結んで、強国に対抗したり同盟したりした、いわゆる六国の合縦連衡の話をした。

沛公は喜び鄭生に食をたまい、「では、どうした計略をたてるのか」ときいた。酈生は、強い秦をうちやぶるには、まず、天下の要害であり、交通の要処である保留を攻略すべきであると進言し、先導してそこを降伏させた。沛公は、酈生に広野君という号を与えた。酈生は遊説の士となり、馳せまわって諸侯の国に使した。漢の三年に、漢王(沛公)は酈生をつかわして斉王の田広に説かせ、酈生は、車の横木にもたれて安坐しながら、斉の七十余城を降服させた。酈生がはじめて沛公に謁見した時のことは、次のようにも伝わっている。酈生が会いに来たとき、沛公はちょうど足を洗っていたが、取次にきた門番に「どんな男か」とたずねた。「一見したところ、儒者のような身なりをしております」と門番がこたえた。

沛公は言った。「おれはいま天下を相手に仕事をしているのだ。儒者などに会う暇はない。」門番が出ていって、その旨をつたえると、酈生は目をいからし、剣の柄に手をかけ、門番をどなりつけた。「おれは高陽の酒徒だ。儒者などではない。」門番は腰をぬかして沛公に報告した。「客は天下の壮士です。」かくして酈生は沛公に謁見することができた。

『梁甫吟』 李白
「君不見 高陽酒徒起草中。 長揖山東隆准公。」と見える。




塞上聞吹笛
雪淨胡天牧馬還,月明羌笛戍樓閒。
雪が清らかなえびすの地で、牧馬からもどってくる、月は明らかで、西方異民族(チベツト系)の吹く笛の音が、物見櫓の間から聞こえてきた。
借問梅花何處落,風吹一夜滿關山。

少しお訊ねしますこの「梅花」の笛の音はどこから聞こえてくるのだろうか、風が吹いてきて、一晩中、この関所となる山に満ちてしまった。


雪が清らかなえびすの地で、牧馬からもどってくる、月は明らかで、西方異民族(チベツト系)の吹く笛の音が、物見櫓の間から聞こえてきた。
少しお訊ねしますこの「梅花」の笛の音はどこから聞こえてくるのだろうか、風が吹いてきて、一晩中、この関所となる山に満ちてしまった。





塞上にて 吹笛を聞く  
雪 淨(きよ)く 胡天( こ てん)  牧馬(ぼくば)  還(かへ)れば,
月 明るく 羌笛(きゃうてき)  戍樓(じゅろう)に閒(あひだ)す。
借問(しゃもん)す 梅花  何(いづ)れの處よりか 落つる,
風 吹きて 一夜(いち や )  關山(くゎんざん)に 滿つ。



塞上聞吹笛
国境附近で笛を吹いているのを耳にした


雪淨胡天牧馬還、月明羌笛戍樓閒。
雪が清らかなえびすの地で、牧馬からもどってくると。(晴天で満月に近い時なので)月は明らかで、西方異民族(チベツト系)の吹く笛の音が、物見櫓の間から聞こえてきた。
 *この句は「雪淨く 胡天 馬を牧して還れば」とも読めるが、この聯「雪淨胡天牧馬還,月明羌笛戍樓閒。」は対句であり、でき得る限り、読み下しもそのようにしたい。 ・:きよらかである。 ・胡天:(西方の)えびすの地の空。(西方の)えびすの地。 ・牧馬:(漢民族側の官牧が飼養している馬。或いは、異民族が飼い養っている馬。 ・:(出かけていったものが)もどる。(出かけていったものが)かえる。 ・羌笛:青海地方にいた西方異民族(チベツト系)の吹く笛。 ・:あいだをおく。物があってへだてる。間。



借問梅花何處落、風吹一夜滿關山。
少しお訊ねしますこの「梅花」の笛の音はどこから聞こえてくるのだろうか。風が吹いてきて、一晩中、この関所となる山に満ちてしまった。
 ・借問:〔しゃもん、しゃくもん〕訊ねる。試みに問う。ちょっと質問する。かりに訊ねる。 ・梅花:「春を告げる梅の花」という意味と笛曲の名を兼ねている。 ・何處:どこ。いずこ。 ・:散る。落ちる。 ・關山:関所となるべき要害の山。また、ふるさとの四方をとりまく山。故郷。

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李 白 詩
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賀知章の詩(2)

回鄕偶書 其二
帰郷したおり、たまたまできたもの。その2
離別家鄕歳月多,近來人事半消磨。
故郷を離れてから歳月は多く(経った)、近頃は、俗世界の人間関係に、半ばうんざりしてきて消耗している。
唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。

ただ、(郷里の家の)門前の鏡湖の水(面)だけは、春風に、昔と変わることなく波を立てている。


帰郷したおり、たまたまできたもの。その2
故郷を離れてから歳月は多く(経った)、近頃は、俗世界の人間関係に、半ばうんざりしてきて消耗している。
ただ、(郷里の家の)門前の鏡湖の水(面)だけは、春風に、昔と変わることなく波を立てている。




其の二
家鄕を離別して歳月多く,近來人事に半ば消磨す。
唯だ門前に鏡湖の水有りて,春風改めず舊時の波を。



離別家郷歳月多、近來人事半消磨。
故郷を離れてから歳月は多く(経った)。近頃は、俗世界の人間関係に、半ばうんざりしてきて消耗している。  
離別:人と別れる。別離する。 ・家郷:故郷。郷里。 ・歳月:年月。

・近:近頃。このごろ。・人事:俗事。人の世の出来事。人間社会の事件。(自然界のことがらに対して)人間に関することがら。 ・:なかば。 ・消磨:〔しょうま〕磨(す)り減ること。磨(す)れてなくなること。磨滅



唯有門前鏡湖水、春風不改舊時波。
ただ、(郷里の家の)門前の鏡湖の水(面)だけは。春風に、昔と変わることなく波を立てている。 
 ・唯有:ただ…だけがある。 ・門前:門の前。門の向かい側。・春風:春の風の意。ここでは、前出「人事」に対して、「鏡湖水」とともに、不変の大自然の営みの意で使われている。 ・不改:改まることがない。変わらない。 ・舊時:昔の時。 ・:小波。ここでは、鏡湖の波のことになる。

 賀知章は玄宗皇帝から鏡湖を賜わった。長く宮仕えをしたご褒美である。


鏡湖

浙江省紹興県の南。鑑湖、長湖、太湖、慶湖ともいう。開元中に秘書監賀知章に鏡湖溪一曲を賜う。賀監湖。宋代に田地となる。

 安徽省の撫湖市には有名な鏡湖があるが、別のもの。


気候

 気候は四季がはっきりとしていて、日照が長くて、亜熱帯季節風気候に属する。昔から「魚米の里、絹織物の国、観光の名地、礼儀の邦」といわれている。年平均気温が15.3-17.9℃で、霜が降らない期間に270日230―に達して、年平均降水量が1000―1900ミリである。水資源は充足していて、地表水年間総量が900億あまり立方メートルである。


浙江省 立地
浙江省は南東部沿海地域、長江デルタ以南に位置し、北緯の27○12′~31○31′と東経の118○00′~123○00′間に介在しておる。東は東海に瀕して、南に福建、西に江西、安徽両省、北に中国で最も大きい都市の上海および江蘇と隣接する。

 山は雁蕩山、雪竇山、天目山、天台山、仙都山などの名山があり、湖は杭州西湖、紹興東湖、嘉興南湖、寧波東銭湖、海鹽南北湖などの有名な湖、それに、中国の最も大きい人工湖の―杭州千島湖があり、川は銭塘江、欧江、楠渓江などの有名な川がある。京杭大運河は浙江北部を通り越して、杭州で銭塘江に流れる。


杭州の対岸にある(蕭山市)紹興市と、その東南東の四明山の間の地にあるのが妥当。
 故郷を離れて、長い年月がたつので世の中のことも変わってしまうし、故郷も変わっているのか。いや、町の門の前の鏡湖の水だけは、春風に吹かれて昔のままだ。
長く故郷を離れた賀知章を鏡湖だけは昔と変わらぬ姿で迎えてくれました。

 郷愁が、安らぐ落ち着いた景色が賀知章をつつみます。都てやり残したものがない素敵な人生を送ったものだけが感じる故郷での時間だった。

賀知章は間もなく85歳で亡くなります。懸命に生き抜いた一生でした。


 其の一
   離別家鄕歳月多,近來人事半消磨。
   唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。

   少小家を離れ老大にして回かえる、鄕音きょうおん改まる無く鬢毛摧すたる
   兒じ童相い見て相い識しらず,笑ひて問う「客 何いづれの處ところ從より來(きた)る」と?


 其の二

   離別家鄕歳月多,近來人事半消磨。
   唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。

   家鄕を離別して歳月多く,近來人事に半ば消磨す。
   唯だ門前に鏡湖の水有りて,春風改めず舊時の波を。



賀知章の詩
題:袁氏別業 
主人不相識、偶坐爲林泉。
莫謾愁沽酒、嚢中自有錢。

袁氏の別荘の詩を作る。
別荘の主人とは顔見知りではないが、(こうして)向かい合って坐っている(次第となったのは、)庭園の植え込みや池のせいである。
あなどりなさるな、酒を買って(もてなすことを)思い悩むのは、財布の中に、自分でお金を持っている。



袁氏の別業に題す       
主人  相(あ)ひ識(し)らず,偶坐(ぐうざ)  林泉(りんせん)の爲(ため)なり。
謾(まん)に 酒(さけ)を 沽(か)ふを 愁ふること 莫かれ,?中(のうちゅう) 自ら錢(せん) 有り。

賀知章の詩  (1) 

賀知章の詩  (1) 
賀知章 がしちょう 盛唐の詩人。
生れ:659年(顯慶四年)
没年:744年(天寶三年)
字名:季真。
出身:浙江の四明山に取った四明狂客と号する。越州永興(現・浙江省蕭山県)の人。
・則天武后の代に進士に及第して、国子監、秘書監などになった。
王維、日本の遣唐使、阿倍仲麻呂らとも仕事をしている。


回鄕偶書 二首
 書家。詩人として有名であるが、狂草で有名な張旭と交わり、草書も得意としていた。酒を好み、酒席で感興の趣くままに詩文を作り、紙のあるに任せて大書したことから、杜甫の詩『飲中八仙歌』では八仙の筆頭に挙げられている。

飲中八仙歌 杜甫28「飲中八仙歌」杜甫 先頭の聯に

   知章騎馬似乘船,眼花落井水底眠。

  賀知章が酔うと馬にのってはいるが船にのっているようにゆらゆらして
  いる。或るときは酔うて目先きがちらついて、誤って井の中に落ちこん
  で水底に眠ったりする。


 李白とも交友があった。743年玄宗皇帝に李白を紹介して、仕官させている。(もっとも賀知章だけの推薦ではなかったが)
744年正月、辞職し、なつかしい故郷、中国酒で有名な紹興(浙江省)に帰ります。賀知章80歳になってからことです。
この作品は、帰郷後に書かれた賀知章の性格を表した心温まる作品です。この二首は一対のものだ。



回鄕偶書 其の一
少小離家老大回、鄕音無改鬢毛摧。
わかいときにふるさとを離れて、歳をとってから帰ってきた。句中の対になっている。 故郷のなまりは改まることなく、そのままだが、鬢の毛は(変化があり)少なくなった。 
兒童相見不相識、笑問客從何處來?

こどもは出会っても、顔見知りでないので。 笑いながら「お客さんは、どこからやってきたのですか」と問いかけてきた。

わかいときにふるさとを離れて、歳をとってから帰ってきた。句中の対になっている。 故郷のなまりは改まることなく、そのままだが、鬢の毛は(変化があり)少なくなった。 
こどもは出会っても、顔見知りでないので。 笑いながら「お客さんは、どこからやってきたのですか」と問いかけてきた。


回鄕 偶書 其の一
少小家を離れ老大にして回かえる、鄕音きょうおん改まる無く鬢毛摧すたる
兒じ童相い見て相い識しらず,笑ひて問う「客 何いづれの處ところ從より來(きた)る」と?


回郷偶書
帰郷したおり、たまたまできたもの。
 ・回鄕:ふるさとへ帰る。帰郷。 ・:かえる。 ・偶書:偶成。たまたま書く。


少小離家老大回、鄕音無改鬢毛摧
わかいときにふるさとを離れて、歳をとってから帰ってきた。句中の対になっている。 故郷のなまりは改まることなく、そのままだが、鬢の毛は(変化があり)少なくなった。 
少小:わかいとき。 ・:わかい。 ・小:ちいさい。 ・離家:ふるさとを離れる。 ・:家郷、故郷。 ・老大:歳をとってから。少小の逆。 ・:歳がいく。大:おおきくなって。 ・:帰る。。

鄕音:故郷のなまり。 ・:なまり。発音。 ・無改:改まることがない。変化がない。そのまま。「改」の否定形は「不改」だが、「改めない、改めようとしない」といった意志の否定になる。ここでの「無改」は「改まるところがない、改まらない、変わることがない」といった意味になる。 ・鬢毛:鬢の毛。頭の両脇の部分の髪。 ・摧:だんだんと疎らになる。少しずつ減ってゆく。「摧」を「衰」とするのもある。、髪の毛や落ち葉等が一本又一本と少しずつ減っていくことを意味する。

兒童相見不相識、笑問客從何處來。
こどもは出会っても、顔見知りでないので。 笑いながら「お客さんは、どこからやってきたのですか」と問いかけてきた。
兒童:こども。わらべ。作者よりずっと年下の子ども。 ・相見:会う。見てきて。眺めてきて。 ・相:動作が対象に及ぶ様子を表現する。 ・不相識:顔見知りでない。知らない。

 ・笑問:笑いながら問いかけて。 ・:旅の人。よそから来た人をいう。 ・:…より。 ・何處:どこ。いづこ。いづれのところ。


 作者賀知章は今も故郷浙江省紹興市「賀秘監詞」に祀られている。唐の初唐の終わりから盛唐の中ごろまで朝廷の要職を歴任した。

 賀知章は80歳を過ぎて引退した。懐かしい故郷だが、なにしろ50年ぶり、村の子供たちはだれかわからないので、「お客さん」と呼んだ。
 『ああ、すっかりよそ者になってしまったのだなあ』としみじみ詠う。

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