漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

雑詩

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

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李陵 《與蘇武詩三首 其一》#2 古詩源 文選  詩<104ー#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩851 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2803

前漢・李陵 與蘇武詩 三首其一

 

 

與蘇武詩   其一#1

(別れに際して蘇武に与える詩 其の一)

良時不再至,離別在須臾。

今別れたら再会の楽しいときは二度とこないのに、離別のときはたちまち迫ってくる。

屏營衢路側,執手野踟蹰。

分かれ路に立ってはためらい、手を取り合っては野道に立ち止まる。

仰視浮雲馳,奄忽互相踰。

仰ぎ見る空には、浮き雲が浮かびとびかい、先になり、あとになりしてたちまち遠ざかってゆく。

 

#2

風波一失所,各在天一隅。

風に吹かれ一たびその場所をうしなってしまい、すると、連れそう雲もおのおの天の一方に隔てられてしまう。

長當從此別,且復立斯須。

われらもまたこれと同じように、長くここから別れ去ることになるのだ。名残りを惜しみ、またもやそこに立ちどまる。

欲因晨風發,送子以賤躯。

ああ、せめてこの朝風の吹いてくるときに、この身を載せて、君を送って何処までもお供をしたいのだ。

 

蘇武に與うる詩 其の一

良時 再びは至らず,離別 須臾【しゅゆ】に在り。

衢路【くろ】の側に屏營【へいえい】し,手を執【と】りて野に踟蹰【ちちう】す。

仰【あお】いで浮雲の馳【は】するを視【み】るに,奄忽【えんこつ】として互【たが】ひに 相い踰【こ】ゆ。

 

#2
風波に一たび所を失へば,各ゝ【おのおの】天の一隅に在り。

長く當【まさ】に此れ從り 別るべくも,且(しばら)く復た立ちて 斯須【ししゅ】す。

晨風の發するに因って,子を送るに賤躯【せんく】を 以てせんと欲っす。

 

 

『與蘇武詩 其一』現代語訳と訳註

(本文)#2

風波一失所,各在天一隅。

長當從此別,且復立斯須。

欲因晨風發,送子以賤躯。

 

 

(下し文)

(蘇武に與うる詩 其の一)

風波に一たび所を失へば,各ゝ【おのおの】天の一隅に在り。

長く當【まさ】に此れ從り 別るべくも,且(しばら)く復た立ちて 斯須【ししゅ】す。

晨風の發するに因って,子を送るに賤躯【せんく】を 以てせんと欲っす。

 

鷹将

 

(現代語訳)

風に吹かれ一たびその場所をうしなってしまい、すると、連れそう雲もおのおの天の一方に隔てられてしまう。

われらもまたこれと同じように、長くここから別れ去ることになるのだ。名残りを惜しみ、またもやそこに立ちどまる。

ああ、せめてこの朝風の吹いてくるときに、この身を載せて、君を送って何処までもお供をしたいのだ。

 

 

(訳注)

與蘇武詩   其一

(別れに際して蘇武に与える詩 其の一)

・與蘇武詩:『文選』第二十九巻に李少卿(李陵)として『与蘇武詩三首』の其一として載っている。『古詩源』卷二「漢詩」の中にもある。この作品は後人の偽作といわれる。

・李陵:前漢の名将。字は少卿。騎都尉として、匈奴の征討をし、五千で以て八万の単于軍とよく奮戦した。簡潔に「以少撃衆,歩兵五千人渉單于庭」と表されている。孤軍の歩兵のため、武運が尽き、匈奴に降りた。単于は、李陵を壮として、単于の女(むすめ)を妻として与え、右校王に取り立てた。(『漢書・…・李陵列傳』) 彼はその地で二十余年を過ごし、そこで歿した。蘇武とともにこの時代を彩る人物。李陵、蘇武は、ともに漢の武帝の対匈奴積極攻略策で犠牲となったと謂える人物。二人は、漢の地、胡の地双方を通じての知己で、古来、両者を比して論じられる。一方の蘇武は、匈奴に使いしたが拘留されて十九年匈奴の地にさまよった。しかしながら節を持して、屈服しなかった。

 

 

良時不再至,離別在須臾。

今別れたら再会の楽しいときは二度とこないのに、離別のときはたちまち迫ってくる。

・良時:すばらしい時。蘇武と共に過ごす時、この餞別の宴のことになる。通常は女性と閨を共にすることを云う。

・不再:二度とは…ない。一度目はあったが、二度目はないこと。 

・至:来る。いたる。

・離別:別離。 

・在:…にある。 

・須臾:しばらく。しばし。ゆるゆる。ここでは、短時間で、まもなく、の意になる。

 

屏營衢路側,執手野踟蹰。

分かれ路に立ってはためらい、手を取り合っては野道に立ち止まる。

・屏營:不安に思ってさまようさま。彷徨する。おそれる。ためらう。 

・衢路:分かれ道。岐路。李陵と蘇武の人生の分かれ道。 

・側:かたわら。そば。わき。

・執手:手をとる。「携手」は男女間の情愛を形で表すときに使い、女性との別れの詩にふさわしいもの。 

・野:町はずれ。郊野。前出「衢路」は、大路であって、「野」は町はずれ、また、町外れにある野道。

・踟蹰 ものが行き悩むさま。ためらう。躊躇する。

 

仰視浮雲馳,奄忽互相踰。

仰ぎ見る空には、浮き雲が浮かびとびかい、先になり、あとになりしてたちまち遠ざかってゆく。

・仰視:仰ぎ見る。 

・浮雲:はぐれ雲。浮かんでいる雲。あてどなく空に浮かぶ雲。あてどなく流離う旅人のことでもあり、匈奴の地に留め置かれた蘇武と李陵のことをもいう。 

・馳:はせる。かける。ゆく。雲が流れることだが、雲が別れ別れになって流れていくことであって、やがて来る別離を暗示するもの。

・奄忽:たちまち。にわかに。『古詩十九首之十一』に「廻車駕言邁,悠悠渉長道。四顧何茫茫,東風搖百草。所遇無故物,焉得不速老。盛衰各有時,立身苦不早。人生非金石,豈能長壽考。奄忽隨物化,榮名以爲寶。」と使われている。

古詩十九首之十一 漢の無名氏(11) 漢詩<98>Ⅱ李白に影響を与えた詩530 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1407

 

風波一失所,各在天一隅。

風に吹かれ一たびその場所をうしなってしまい、すると、連れそう雲もおのおの天の一方に隔てられてしまう。

・互相:たがいに。相互に。 

・踰:こえる。こす。すぎる。とびこす。蘇武が李陵を越えて帰国することも暗示している。

 

・風波:吹き寄せる風。世の中の風の動き。黄河の最北、陰山山脈あたりの湿地帯を意味する。 

・一:ひとたび。 

・失所:居る所をうしなう。

・各在:おのおの…にある(いる)。それぞれが別々にいる。 

・天一隅:天の(反対側の)片隅。

 

長當從此別,且復立斯須。

われらもまたこれと同じように、長くここから別れ去ることになるのだ。名残りを惜しみ、またもやそこに立ちどまる。

・長:ずっと。ながく。 

・當:まさに…べし。…当然………ことになるだろう。 

・從此:これより。今より。 

・別:別れる。

・且:しばし。しばらくの間。短時間を指す。 

・復:また。 

・立:馬より下り立つ。立ち止まる。 

・斯須:「須臾」に同じ。しばらく。しばし。ゆるゆる。ここでは、ゆるゆる、の意になる」。

 

欲因晨風發,送子以賤躯。

ああ、せめてこの朝風の吹いてくるときに、この身を載せて、君を送って何処までもお供をしたいのだ。

・欲因:…によって…したい。ここでは、気後れして「屏營」「斯須」いた李陵の気持ちを促す働きをしている。

・晨風:朝風。また、鳥の名で、ハヤブサ、鷹の仲間。 

・晨:朝。 

・發:起こる。(風が)吹いてくる。

・送:見送る。送別する。おくる。 

・子:あなた。貴男。 

・以:…で。(賎しい身)で。 

・賤躯:いやしい身。ここでは、敵・匈奴の地に住み続ける李陵が、へりくだって自分のことを指していったことば。もっとも漢代の詩の『虞美人歌』には「漢兵已略地,四方楚歌聲。大王意氣盡,賤妾何聊生。」とあり、本来は女性の自称。

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前漢・李陵 與蘇武詩 三首其一

 

 

與蘇武詩   其一

(別れに際して蘇武に与える詩 其の一)

良時不再至,離別在須臾。

今別れたら再会の楽しいときは二度とこないのに、離別のときはたちまち迫ってくる。

屏營衢路側,執手野踟蹰。

分かれ路に立ってはためらい、手を取り合っては野道に立ち止まる。

仰視浮雲馳,奄忽互相踰。

仰ぎ見る空には、浮き雲が浮かびとびかい、先になり、あとになりしてたちまち遠ざかってゆく。

#2

風波一失所,各在天一隅。

長當從此別,且復立斯須。

欲因晨風發,送子以賤躯。

 

蘇武に與うる詩 其の一

良時 再びは至らず,離別 須臾【しゅゆ】に在り。

衢路【くろ】の側に屏營【へいえい】し,手を執【と】りて野に踟蹰【ちちう】す。

仰【あお】いで浮雲の馳【は】するを視【み】るに,奄忽【えんこつ】として互【たが】ひに 相い踰【こ】ゆ。

風波に一たび所を失へば,各ゝ【おのおの】天の一隅に在り。

長く當【まさ】に此れ從り 別るべくも,且(しばら)く復た立ちて 斯須【ししゅ】す。

晨風の發するに因って,子を送るに賤躯【せんく】を 以てせんと欲っす。

 

 

『與蘇武詩 其一』現代語訳と訳註

曙001(本文)

良時不再至,離別在須臾。

屏營衢路側,執手野踟蹰。

仰視浮雲馳,奄忽互相踰。

 

 

(下し文)

蘇武に與うる詩 其の一

良時 再びは至らず,離別 須臾【しゅゆ】に在り。

衢路【くろ】の側に屏營【へいえい】し,手を執【と】りて野に踟蹰【ちちう】す。

仰【あお】いで浮雲の馳【は】するを視【み】るに,奄忽【えんこつ】として互【たが】ひに 相い踰【こ】ゆ。

 

 

(現代語訳)

(別れに際して蘇武に与える詩 其の一)

今別れたら再会の楽しいときは二度とこないのに、離別のときはたちまち迫ってくる。

分かれ路に立ってはためらい、手を取り合っては野道に立ち止まる。

仰ぎ見る空には、浮き雲が浮かびとびかい、先になり、あとになりしてたちまち遠ざかってゆく。

 

 

(訳注)

與蘇武詩   其一

(別れに際して蘇武に与える詩 其の一)

・與蘇武詩:『文選』第二十九巻に李少卿(李陵)として『与蘇武詩三首』の其一として載っている。『古詩源』卷二「漢詩」の中にもある。この作品は後人の偽作といわれる。

・李陵:前漢の名将。字は少卿。騎都尉として、匈奴の征討をし、五千で以て八万の単于軍とよく奮戦した。簡潔に「以少撃衆,歩兵五千人渉單于庭」と表されている。孤軍の歩兵のため、武運が尽き、匈奴に降りた。単于は、李陵を壮として、単于の女(むすめ)を妻として与え、右校王に取り立てた。(『漢書・…・李陵列傳』) 彼はその地で二十余年を過ごし、そこで歿した。蘇武とともにこの時代を彩る人物。李陵、蘇武は、ともに漢の武帝の対匈奴積極攻略策で犠牲となったと謂える人物。二人は、漢の地、胡の地双方を通じての知己で、古来、両者を比して論じられる。一方の蘇武は、匈奴に使いしたが拘留されて十九年匈奴の地にさまよった。しかしながら節を持して、屈服しなかった。

 

 

良時不再至,離別在須臾。

今別れたら再会の楽しいときは二度とこないのに、離別のときはたちまち迫ってくる。

・良時:すばらしい時。蘇武と共に過ごす時、この餞別の宴のことになる。通常は女性と閨を共にすることを云う。

・不再:二度とは…ない。一度目はあったが、二度目はないこと。 

・至:来る。いたる。

・離別:別離。 

・在:…にある。 

・須臾:しばらく。しばし。ゆるゆる。ここでは、短時間で、まもなく、の意になる。

 

屏營衢路側,執手野踟蹰。

分かれ路に立ってはためらい、手を取り合っては野道に立ち止まる。

・屏營:不安に思ってさまようさま。彷徨する。おそれる。ためらう。 

・衢路:分かれ道。岐路。李陵と蘇武の人生の分かれ道。 

・側:かたわら。そば。わき。

・執手:手をとる。「携手」は男女間の情愛を形で表すときに使い、女性との別れの詩にふさわしいもの。 

・野:町はずれ。郊野。前出「衢路」は、大路であって、「野」は町はずれ、また、町外れにある野道。

・踟蹰 ものが行き悩むさま。ためらう。躊躇する。

 

仰視浮雲馳,奄忽互相踰。

仰ぎ見る空には、浮き雲が浮かびとびかい、先になり、あとになりしてたちまち遠ざかってゆく。

・仰視:仰ぎ見る。 

・浮雲:はぐれ雲。浮かんでいる雲。あてどなく空に浮かぶ雲。あてどなく流離う旅人のことでもあり、匈奴の地に留め置かれた蘇武と李陵のことをもいう。 

・馳:はせる。かける。ゆく。雲が流れることだが、雲が別れ別れになって流れていくことであって、やがて来る別離を暗示するもの。

・奄忽:たちまち。にわかに。『古詩十九首之十一』に「廻車駕言邁,悠悠渉長道。四顧何茫茫,東風搖百草。所遇無故物,焉得不速老。盛衰各有時,立身苦不早。人生非金石,豈能長壽考。奄忽隨物化,榮名以爲寶。」と使われている。

古詩十九首之十一 漢の無名氏(11) 漢詩<98>Ⅱ李白に影響を与えた詩530 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1407
 

《薤露歌》 無名氏挽歌 漢魏詩<90>古詩源 巻五 809 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2593

無名氏挽歌 《薤露歌》 露は乾いても、翌朝になれば、また再び降りるが、それに反して、人が死んで、一たび去ってしまえば、いつ帰ってくるのだろうか。つゆのように又にらの上にかえることはないのである

2013年6月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


《薤露歌》 無名氏挽歌 漢魏詩<90>古詩源 巻五 809 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2593


薤露歌
(人生のはかない挽歌の歌)
薤上露、何易晞。
人の生命は草葉にやどる露よりもはかないものだという。まことに、にらの上の露のかわきやすきことよ。
露晞明朝更復落。
けれど露は今日かわいているのに、明朝はまた新しくやどり、そしておちる。
人死一去何時歸。
人はいったん死んだら、いつまた帰り来るのだろうか。永久に帰らないのだ。

薤露【かいろ】の歌
薤上【かいじょう】の露、何ぞ晞【かわ】き易き。
露 晞【かわ】けば 明朝 更に復た落つ。
人 死して一たび去れば何れの時か歸らん。


『薤露歌』 現代語訳と訳註
DCF002102(本文)

薤露歌
薤上露、何易晞。
露晞明朝更復落。
人死一去何時歸。


(下し文)
薤露【かいろ】の歌
薤上【かいじょう】の露、何ぞ晞【かわ】き易き。
露 晞【かわ】けば 明朝 更に復た落つ。
人 死して一たび去れば何れの時か歸らん。


(現代語訳)
(人生のはかない挽歌の歌)
人の生命は草葉にやどる露よりもはかないものだという。まことに、にらの上の露のかわきやすきことよ。
けれど露は今日かわいているのに、明朝はまた新しくやどり、そしておちる。
人はいったん死んだら、いつまた帰り来るのだろうか。永久に帰らないのだ。
(露は乾いても、翌朝になれば、また再び降りるが、それに反して、人が死んで、一たび去ってしまえば、いつ帰ってくるのだろうか。つゆのように又にらの上にかえることはないのである)


(訳注)
薤露歌

人生のはかない挽歌の歌
・薤 にら。草の名。地中にできる卵状の白い鱗茎りんけいは食用とする。らっきょう。おおにら。ユリ科の多年草。原産地は中国。鱗茎は卵形で白色。一種の臭気があるが、漬けて食用にする。
(薤露蒿里)人生のはかないことのたとえ。
「薤露」「蒿里」ともに挽歌(葬送の時の哀悼歌)の曲。
漢の田横でんおうが高祖に仕えることを恥じて自殺した時、その死を悼んで門人が作った挽歌で、武帝の時、李延年が二曲を分けて「薤露」は王侯貴族の葬送に、「蒿里」は下級官吏・士大夫・庶人の葬式に用いた。「薤露」は、薤らっきょうの葉に置いた露が乾きやすく落ちやすいのを命のはかなさにたとえたことから。「蒿里」はもと、山の名で、人が死ぬとその霊魂がここに集まり来るといわれた。
『蒿里曲』「蒿里誰家地,聚斂魂魄無賢愚。鬼伯一何相催促,人命不得少踟。」になる。なお、曹操にも『蒿里行』「關東有義士,興兵討群凶。初期會盟津,乃心在咸陽。軍合力不齊,躊躇而雁行。勢利使人爭,嗣還自相。淮南弟稱號,刻璽於北方。鎧甲生虱,萬姓以死亡。白骨露於野,千里無鷄鳴。生民百遺一,念之斷人腸。」がある。


薤上露、何易晞。
人の生命は草葉にやどる露よりもはかないものだという。まことに、にらの上の露のかわきやすきことよ。
・薤上露
・何:なぜ。何と。疑問、詠嘆の辞。 
・易:容易に。たやすく。
・晞:かわく。日の出。日光にさらす。


露晞明朝更復落。
けれど露は今日かわいているのに、明朝はまた新しくやどり、そしておちる。
*漢・古樂府『長歌行』では、「青青園中葵,朝露待日晞。」と、時間の経過を詠って使われている。 ・明朝:明日の朝。 ・更復:さらにまた。 ・落:下りる。


人死一去何時歸。
人はいったん死んだら、いつまた帰り来るのだろうか。永久に帰らないのだ。
(露は乾いても、翌朝になれば、また再び降りるが、それに反して、人が死んで、一たび去ってしまえば、いつ帰ってくるのだろうか。つゆのように又にらの上にかえることはないのである) 
・人死:人が死ぬ。 ・一去:ひとたび去る。荊軻の『易水歌』「壯士一去兮不復還。」と文型は同じ。 ・何時:いつ。 ・歸:かえる。本来の場所である自宅や故郷、墓所にかえること。


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七哀詩 魏詩<33-2>文選 哀傷 667 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1885

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孟郊詩
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七哀詩 魏詩<33-2>文選 哀傷 667 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1885



七哀詩
明月照高樓,流光正徘徊。
仲秋の名月は高殿を明るく照らし、移りゆく光は、影を庭に影を映し去りもしないで寂しく動いている。
上有愁思婦,悲歎有餘哀。
高殿の上には、愁いにもの思う女がいる。彼女は悲しみ歎き、つきぬ哀愁をかこつものである。
借問歎者誰?言是宕子妻。
その歎いている方はどなたかと、こころみにたずねてみます。それは旅に出ている者の妻ですと答えるのだ。
君行踰十年,孤妾常獨棲。



そして彼女が夫に呼びかけていう、「あなたが旅に出かけてから、十年以上になりますが、残された私は、いつもひとりぼっちなのです。」と。
君若清路塵,妾若濁水泥;
「あなたは清らな路上の塵のよう、私はにごり水に沈む泥のようにきれいな水になるのを待つだけなのです」。
浮沈各異勢,會合何時諧?
「浮遊するのと沈殿とは、動と静で条件がまったく違っているのです。こんなことなのですが、再会の願はいつかなえられることでしょう。
願為西南風,長逝入君懷。
せめてもの願いは、西南から吹く風となりたいものです。そうすれば、わたしは女としての操を守り遠く空をかけり、あなたの胸にはとびこんで行きたいのです。
君懷良不開,賤妾當何依!

しかし、あなたの胸がもしも開かれていなかったなら、この私はどこに頼ったらよいのでしょうか。

明月 高楼を照らし、流光 正に徘徊す。
上に愁思の婦あり、悲歎して余哀あり。
借問す 歎ずる者は誰ぞと、謂うう是れ 客子の妻なりと。
君行きて十年を踰え、孤妾 常に独り棲む。

君は清路の塵の若く、妾は濁水の泥の若し。
浮沈 各の勢を異にし、会合 何れの時にか諧わん。
願わくは 西南の風となり、長逝して 君が懐に人らんことを。
君が懷 良に開かずんば、賤妾 当に何れにか依るべき。

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『七哀詩』 現代語訳と訳註
(本文)

君若清路塵,妾若濁水泥;浮沈各異勢,會合何時諧?
願為西南風,長逝入君懷。君懷良不開,賤妾當何依!


(下し文)
君は清路の塵の若く、妾は濁水の泥の若し。
浮沈 各の勢を異にし、会合 何れの時にか諧わん。
願わくは 西南の風となり、長逝して 君が懐に人らんことを。
君が懷 良に開かずんば、賤妾 当に何れにか依るべき。


(現代語訳)
「あなたは清らな路上の塵のよう、私はにごり水に沈む泥のようにきれいな水になるのを待つだけなのです」。
「浮遊するのと沈殿とは、動と静で条件がまったく違っているのです。こんなことなのですが、再会の願はいつかなえられることでしょう。
せめてもの願いは、西南から吹く風となりたいものです。そうすれば、わたしは女としての操を守り遠く空をかけり、あなたの胸にはとびこんで行きたいのです。
しかし、あなたの胸がもしも開かれていなかったなら、この私はどこに頼ったらよいのでしょうか。


(訳注)
〇七哀 この詩の題を、「玉台新詠」では「雑詩」とする。又「楽府詩集」では、晋楽奏する所として、十二句を増して、七解にわけている。「文選」では「七哀詩」として、哀傷の類に列する。岩波文庫「玉台新詠集」では上203ページ。事実、曹植には他に「七哀」と名づける詩があったことは、「文選」の飽照「苦熱行」及び劉轢「擬古詩」の李善注に見える。文選には王仲宣、張孟陽、にそれぞれ「七哀」の詩がある。


君若清路塵,妾若濁水泥;
「あなたは清らな路上の塵のよう、私はにごり水に沈む泥のようにきれいな水になるのを待つだけなのです」。
○君若持路塵、妾若濁水泥 黄節はいう、塵も泥も、本来同一の物。夫婦一体にたとえるものであるが、チリはどこへでも行ける。女の私は、この泥水の中でじっときれいになるのを待つだけなのだという意味である。


浮沈各異勢,會合何時諧?
「浮遊するのと沈殿とは、動と静で条件がまったく違っているのです。こんなことなのですが、再会の願はいつかなえられることでしょう。
○勢 形状をいう。
○譜 希望が達せられる。


願為西南風,長逝入君懷。
せめてもの願いは、西南から吹く風となりたいものです。そうすれば、わたしは女としての操を守り遠く空をかけり、あなたの胸にはとびこんで行きたいのです。
西南風 西南の方向は坤にあたり、坤は妻の道なる故かくいうとか、一般的な女のことを謂うのであるから、妻の道、女の道、「操」を守ることを強調するのである。


君懷良不開,賤妾當何依!
しかし、あなたの胸がもしも開かれていなかったなら、この私はどこに頼ったらよいのでしょうか。
○長逝 遠いみちのりを行く。
○艮 まことに、果して。「もし」でもよい。



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七哀詩 曹植

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
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孟郊詩
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李商隠詩
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七哀詩 魏詩<33-1>文選 哀傷 666 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1881


七哀詩
明月照高樓,流光正徘徊。
仲秋の名月は高殿を明るく照らし、移りゆく光は、影を庭に影を映し去りもしないで寂しく動いている。
上有愁思婦,悲歎有餘哀。
高殿の上には、愁いにもの思う女がいる。彼女は悲しみ歎き、つきぬ哀愁をかこつものである。
借問歎者誰?言是宕子妻。
その歎いている方はどなたかと、こころみにたずねてみます。それは旅に出ている者の妻ですと答えるのだ。
君行踰十年,孤妾常獨棲。

そして彼女が夫に呼びかけていう、「あなたが旅に出かけてから、十年以上になりますが、残された私は、いつもひとりぼっちなのです。」と。

君若清路塵,妾若濁水泥;浮沈各異勢,會合何時諧?
願為西南風,長逝入君懷。君懷良不開,賤妾當何依!


明月 高楼を照らし、流光 正に徘徊す。
上に愁思の婦あり、悲歎して余哀あり。
借問す 歎ずる者は誰ぞと、謂うう是れ 客子の妻なりと。
君行きて十年を踰え、孤妾 常に独り棲む。

君は清路の塵の若く、妾は濁水の泥の若し。
浮沈 各の勢を異にし、会合 何れの時にか諧わん。
願わくは 西南の風となり、長逝して 君が懐に人らんことを。
君が懷 良に開かずんば、賤妾 当に何れにか依るべき。


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『七哀詩』 現代語訳と訳註
(本文)

明月照高樓,流光正徘徊。上有愁思婦,悲歎有餘哀。
借問歎者誰?言是宕子妻。君行踰十年,孤妾常獨棲。


(下し文)
明月 高楼を照らし、流光 正に徘徊す。
上に愁思の婦あり、悲歎して余哀あり。
借問す 歎ずる者は誰ぞと、謂うう是れ 客子の妻なりと。
君行きて十年を踰え、孤妾 常に独り棲む。


(現代語訳)
仲秋の名月は高殿を明るく照らし、移りゆく光は、影を庭に影を映し去りもしないで寂しく動いている。
高殿の上には、愁いにもの思う女がいる。彼女は悲しみ歎き、つきぬ哀愁をかこつものである。
その歎いている方はどなたかと、こころみにたずねてみます。それは旅に出ている者の妻ですと答えるのだ。
そして彼女が夫に呼びかけていう、「あなたが旅に出かけてから、十年以上になりますが、残された私は、いつもひとりぼっちなのです。」と。


(訳注)
七哀詩

○七哀 この詩の題を、「玉台新詠」では「雑詩」とする。又「楽府詩集」では、晋楽奏する所として、十二句を増して、七解にわけている。「文選」では「七哀詩」として、哀傷の類に列する。岩波文庫「玉台新詠集」では上203ページ。事実、曹植には他に「七哀」と名づける詩があったことは、「文選」の飽照「苦熱行」及び劉轢「擬古詩」の李善注に見える。文選には王仲宣、張孟陽、にそれぞれ「七哀」の詩がある。この詩は、漢の無名氏「古詩」十九首に基づいている。


明月照高樓,流光正徘徊。
仲秋の名月は高殿を明るく照らし、移りゆく光は、影を庭に影を映し去りもしないで寂しく動いている。
○明月 秋八月の月。仲秋の名月。
「古詩十九首」之第七首
明月皎夜光,促織鳴東壁。
玉衡指孟冬,眾星何歷歷。
白露沾野草,時節忽復易。
秋蟬鳴樹間,玄鳥逝安適。
古詩十九首之七 (7) 漢詩<94>Ⅱ李白に影響を与えた詩526 漢文委員会 紀頌之の漢詩ブログ1395
第十七首
孟冬寒氣至,北風何慘栗。
愁多知夜長,仰觀眾星列。
三五明月滿,四五蟾兔缺。
客從遠方來,遺我一書劄。
上言長相思,下言久離別。
置書懷袖中,三歲字不滅。
一心抱區區,懼君不識察。
古詩十九首之十七 漢の無名氏 (17) 漢詩<104>Ⅱ李白に影響を与えた詩539 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1434 
「古詩十九首」之第十九首
明月何皎皎,照我羅床緯。
憂愁不能寐,攬衣起徘徊。
客行雖雲樂,不如早旋歸。
出戶獨彷徨,愁思當告誰!
引領還入房,淚下沾裳衣。
古詩十九首之十九 漢の無名氏(19) 漢詩<107>Ⅱ李白に影響を与えた詩541 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1440
○流光正排掴 移りゆく月光をいう。仲秋の月の移動が早く、明るさも一番明るいので光が流れる如くであるという。
○徘徊 高殿や庭木の影を追うこと。仲秋は月が昇り沈むまでもっともく長、最も高く上がる。それらと悲しさ、寂しさを示す。


上有愁思婦,悲歎有餘哀。
高殿の上には、愁いにもの思う女がいる。彼女は悲しみ歎き、つきぬ哀愁をかこつものである。


借問歎者誰?言是宕子妻。
その歎いている方はどなたかと、こころみにたずねてみます。それは旅に出ている者の妻ですと答えるのだ。
○借問 ちょっとたずねて見る。こころみに問う。
○宕子 旅人。宕は久しく他郷をさすらうこと。


君行踰十年,孤妾常獨棲。
そして彼女が夫に呼びかけていう、「あなたが旅に出かけてから、十年以上になりますが、残された私は、いつもひとりぼっちなのです。」と。
○君 客子たる夫のこと。
○踰 超過する。

贈徐幹 (3) 曹植 魏詩<30>文選 贈答二 661 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1861

贈徐幹 (3) 曹植 魏詩


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女性詩人
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孟郊詩
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李商隠詩
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贈徐幹 (3) 曹植 魏詩<30>文選 贈答二 661 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1861


贈徐幹
驚風飄白日,忽然歸西山。
突然の風はかがやくあの太陽でさえ吹き翻す、そして、こつぜんとして西の山へ追い帰えしたのだ。
圓景光未滿,眾星粲以繁。
月がまるくはならないように事を成功させるという目標がまだたっせいされないままなのだ、多くの星が索然とまたたいているように賢臣たちはかがやいているのだ。
志士榮世業,小人亦不閒。
斯くいう様に志をもつ君は、後世にのこす著述にうちこみ立派に出来上がっている、徳のない小人の自分達は暇をとってでも手助けすることはできなかったのだ。
聊且夜行遊,遊彼雙闕間。
そんな気持ちで私はしばらくの夜の散策を思いたち、朝廷御門のあたりを歩きまわったのだ。

文昌鬱雲興,迎風高中天。
文昌殿はもくもくと雲がわきおこるかのようであり、迎風観は周の穆王の中天台のように神人が沿って降りて来るほどに聾えたつのである。
春鳩鳴飛棟,流猋激櫺軒。
子を作る季節の鳩は高い棟木でなきあうものであり、旋風がふけは格子窓やてすりにあたって激しく音をたてるものである。
(なにかを成せばそれに応えたものがあるものであるはずだが、それなのに、徐幹が後世に残す業績、「中論」を著わし、一家言を成しているのに、貧者でいるのだ。)

顧念蓬室士,貧賤誠足憐。
だが、ヨモギで葺いたあばらやに住む貧士ではないか、君の貧士のさまを思いやれば、その貧窮ぶり、誠に同情にたえぬ。
薇藿弗充虛,皮褐猶不全。
わらびや豆では、すき腹をみたせるものではなく、あらい毛皮の短い着物なので、身をおおうに十分ではないのだ。
慷慨有悲心,興文自成篇。

しかし、君はわきたつ壮士の志に悲愁をひめ、「中論」を作ったことは、おのずとその一篇の文章となるものなのである。

寶棄怨何人?和氏有其愆。
昔、楚卞下の和氏の故事にいう宝玉はただの石だとかえり見られず、だれを怨むことがあるだろうか。和氏自身の方が出処進退を誤ったのだ。(ほう玉の鑑定に問題があったのであって玉には責任があるわけではない。)
彈冠俟知己,知己誰不然?
役人になろうと、冠の塵をはらって、知己をの推挙を待ったというけれども、その知己自身も同じように棄てられる境遇であるかも知れない。
良田無晚歲,膏澤多豐年。
しかし、良田であるなら収穫がおそくなることはないし、めぐみの雨には豊作の年が多い。
亮懷璵璠美,積久德愈宣。
まこと名玉のような美徳をそなえていれば、ひさしく年月をつむにつれて、徳がそなわり、ますます光沢を増してくるものなのだ。
親交義在敦,申章復何言。

私との親しい交りは、情義に厚いことで成立っている。私はこれ以上の言葉を重ねてのべるだけの必要性はないと思っている。

(徐幹に贈る)
驚風は白日を飄えし,忽然として西山に歸える。
圓景は光り未だ滿たず,眾星は粲として以って繁し。
志士は世業を榮え,小人も亦た閒ならず。
聊且【しばら】く夜行きて遊び,彼の雙闕【そうけつ】の間に遊ぶ。

文昌は鬱として雲のごとく興こり,迎風は中天に高し。
春鳩は飛棟に鳴き,流猋【りゅうひょう】櫺軒【れいけん】に激す。
顧【かえ】って蓬室の士を念えば,貧賤【ひんせん】誠に憐むに足れり。
薇藿【びかく】は虛しきに充たず,皮褐も猶お全からず。
慷慨【こがい】して悲心有り,文を興せば自ら篇を成す。

寶【たから】は棄てらるるも何人かを怨まん?和氏【かし】に其の愆【あやまち】有り。
冠を彈きて知己【ちき】を俟つも,知己誰か不然【しか】らざらん?
良田には晚歲無く,膏澤には豐年多し。
亮【まこと】に璵璠【よはん】の美を懷けば,久しきを積んで德愈【いよい】よ宣ぶ。
親交の義は敦きに在り,章を申【かさ】ねて復た何をか言わん。

贈徐幹 曹植

『贈徐幹』 現代語訳と訳註
(本文)

寶棄怨何人?和氏有其愆。
彈冠俟知己,知己誰不然?
良田無晚歲,膏澤多豐年。
亮懷璵璠美,積久德愈宣。
親交義在敦,申章復何言。


(下し文)
寶【たから】は棄てらるるも何人かを怨まん?和氏【かし】に其の愆【あやまち】有り。
冠を彈きて知己【ちき】を俟つも,知己誰か不然【しか】らざらん?
良田には晚歲無く,膏澤には豐年多し。
亮【まこと】に璵璠【よはん】の美を懷けば,久しきを積んで德愈【いよい】よ宣ぶ。
親交の義は敦きに在り,章を申【かさ】ねて復た何をか言わん。


(現代語訳)
昔、楚卞下の和氏の故事にいう宝玉はただの石だとかえり見られず、だれを怨むことがあるだろうか。和氏自身の方が出処進退を誤ったのだ。(ほう玉の鑑定に問題があったのであって玉には責任があるわけではない。)
役人になろうと、冠の塵をはらって、知己をの推挙を待ったというけれども、その知己自身も同じように棄てられる境遇であるかも知れない。
しかし、良田であるなら収穫がおそくなることはないし、めぐみの雨には豊作の年が多い。
まこと名玉のような美徳をそなえていれば、ひさしく年月をつむにつれて、徳がそなわり、ますます光沢を増してくるものなのだ。
私との親しい交りは、情義に厚いことで成立っている。私はこれ以上の言葉を重ねてのべるだけの必要性はないと思っている。


(訳注)
贈徐幹
文選 贈答二、古詩源巻五
○徐幹 (170-217年)字は偉長、北海郡劇県(山東、日日楽県警の人。零落した旧家の出で、高い品行と美麗典雅な文章で知られた。建安年間に曹操に仕え、司空軍謀祭酒掾属・五官将文学に進んだ。隠士的人格者で、文質兼備であると曹丕から絶賛された。『《建安七子》の一人であるが、博雅達識の君子としての名声高く《七子母中に異彩をはなった。曹雪り「佳境い諾懐き質を抱き、悟淡寡慾にして、箕山の志あり。彬彬たる君子と酎っべし。「中論」二十余笛を著わし、辞義典雅にして、後に伝うるに足る。此の子不朽たり。」(「呉質に与うる書」)と評されている。この詩の制作時期は216年建安二十一年頃と推定される。


寶棄怨何人?和氏有其愆。
昔、楚卞下の和氏の故事にいう宝玉はただの石だとかえり見られず、だれを怨むことがあるだろうか。和氏自身の方が出処進退を誤ったのだ。(ほう玉の鑑定に問題があったのであって玉には責任があるわけではない。)
○和氏 春秋時代の楚の卞下のひと。彼は璞玉(みがいていないたま)を楚山で手に入れ、楚の武王に献じょうとしたが、宝玉ではなくただの石だと鑑定きれて左足を切られ、楚の成王に献じょうとして、又石と鑑定されて右足を切られた。文王の時になって、ようやく宝玉であることを認められた。「和氏之璧」として有名。ことは「韓非子」和氏に見える。
○怒 過失、罪。


彈冠俟知己,知己誰不然?
役人になろうと、冠の塵をはらって、知己をの推挙を待ったというけれども、その知己自身も同じように棄てられる境遇であるかも知れない。
○弾冠 冠は官吏のかぶりもの、官途につこうとして、先ず冠上の塵をはらうこと。


良田無晚歲,膏澤多豐年。
しかし、良田であるなら収穫がおそくなることはないし、めぐみの雨には豊作の年が多い。
○晩歳 おそいとり入れ、歳は秋のみのり。
○膏沢 めぐみの雨。「良田」の四句は徐幹にたとえる。


亮懷璵璠美,積久德愈宣。
まこと名玉のような美徳をそなえていれば、ひさしく年月をつむにつれて、徳がそなわり、ますます光沢を増してくるものなのだ。
○売 まことに。
○璵璠 美玉。魯国の宝とつたえる。「左伝」定公五年の条に見える。
○宜 光輝きをます。多くの人に知られて仰がれること。


親交義在敦,申章復何言。
私との親しい交りは、情義に厚いことで成立っている。私はこれ以上の言葉を重ねてのべるだけの必要性はないと思っている。
○申 重ねる。

公讌 曹植 魏詩<26> 女性詩657 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1845

公讌 曹植 

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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公讌 曹植 魏詩<26> 女性詩657 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1845


銅雀園で、211年建安16年兄の曹丕主催の宴に、曹植が出席したときに作った

もので、曹丕の『芙蓉池の作』に応えたものでもあります。


公讌  曹植
公子敬愛客、終宴不知疲。
曹丕公子は賓客を敬愛され、宴会が終るまでお役を務められても疲れ知らずである。
清夜游西園、飛蓋相追随。
宴は秋の清々しい夜になり、西園の銅雀園での遊びもたけなわになり、客たちはおのおの飛蓋の車がつき従って軽快に疾走している。
明月澄清景、列宿正参差。
ときに、仲秋の明月の影はすずやかな光を風景にたたえている、大空につらなる薄くなっていく銀河、多くの星々は、いまやあちこちに点滅するだけだ。
秋蘭被長坂、朱華冒緑池。
かんばしい秋の蘭と美しい女性は、この長い坂道にいっぱいにおおっている、赤い荷花が縁り一面の池に覆い尽くすほど咲いている。
潜魚躍清波、好鳥鳴高枝。
水にひそむ魚は、時におどり出て清らなる波をおこす、かわいい小鳥が、高い枝でさえずる。
神飇接丹轂、軽輦随風移。
公子の乗る朱塗りの車がとおりすぎると神がかりなふしぎな風を伴っている、転ろやかな輦車は風のまにまに移動していく。
飄颻放志意、千秋長若斯。
私はゆらゆらと天にものぼるここちがし、心のはせゆくがままにまかせる。ああいついつまでも、このようでありたいものだ。
公子 客を敬愛し、宴を終るまで疲るるを知らず。
清夜 西園に遊び、蓋を飛ばして相追随す。
明月 清景を澄え、列宿 正に参差たり。
秋蘭は長坂を被い、朱華は緑池を冒う。
潜魚 清波に躍り、好鳥 高枝に鳴く。
神風 丹轂に接わり、軽輦 風に随いて移る
飄颻として 志意を放にし、千秋 長えに斯くの若くならん。

銅雀臺00


『公讌』曹植 現代語訳と訳註
(本文)
公讌  
公子敬愛客、終宴不知疲。
清夜游西園、飛蓋相追随。
明月澄清景、列宿正参差。
秋蘭被長坂、朱華冒緑池。
潜魚躍清波、好鳥鳴高枝。
神飇接丹轂、軽輦随風移。
飄颻放志意、千秋長若斯。


(下し文)
公子 客を敬愛し、宴を終るまで疲るるを知らず。
清夜 西園に遊び、蓋を飛ばして相追随す。
明月 清景を澄え、列宿 正に参差たり。
秋蘭は長坂を被い、朱華は緑池を冒う。
潜魚 清波に躍り、好鳥 高枝に鳴く。
神風 丹轂に接わり、軽輦 風に随いて移る
飄颻として 志意を放にし、千秋 長えに斯くの若くならん。


(現代語訳)
曹丕公子は賓客を敬愛され、宴会が終るまでお役を務められても疲れ知らずである。
宴は秋の清々しい夜になり、西園の銅雀園での遊びもたけなわになり、客たちはおのおの飛蓋の車がつき従って軽快に疾走している。
ときに、仲秋の明月の影はすずやかな光を風景にたたえている、大空につらなる薄くなっていく銀河、多くの星々は、いまやあちこちに点滅するだけだ。
かんばしい秋の蘭と美しい女性は、この長い坂道にいっぱいにおおっている、赤い荷花が縁り一面の池に覆い尽くすほど咲いている。
水にひそむ魚は、時におどり出て清らなる波をおこす、かわいい小鳥が、高い枝でさえずる。
公子の乗る朱塗りの車がとおりすぎると神がかりなふしぎな風を伴っている、転ろやかな輦車は風のまにまに移動していく。
私はゆらゆらと天にものぼるここちがし、心のはせゆくがままにまかせる。ああいついつまでも、このようでありたいものだ。


(訳注)
公讌 
公の宴会のこと。これに対して、私的な宴会は私宴・曲宴などといわれる。この詩は鄴城宮の銅雀園で、兄の曹丕(のちの220年魏王に即位文帝)に従って宴会に出席した時、作ったもの。
曹丕「芙蓉池作」に和した形跡が処処に認められる。
作詩の時期は建安十六年とされる。
『芙蓉池作』曹丕
乗輦夜行游、逍遥歩西園。双渠相漑灌、嘉木繞通川。
卑枝払羽蓋、脩条摩蒼天。驚風扶輪轂、飛鳥翔我前。
丹霞挟名月、華星出雲間。上天垂光彩、五色一何鮮。
寿命非松喬、誰能得神仙。遨游快心意、保己終百年。
輦に乗りて夜行きて遊び、逍遥して西園に歩む。
双渠 相漑灌し、嘉木 通川を繞る。
卑き枝は羽蓋を払い、脩き条は蒼天を摩す。
驚風は輪轂を扶け、飛鳥は我が前を翔ける。
丹霞 名月を挟み、華星は雲間より出づ。
上天は光彩を垂れ、五色一に何ぞ鮮やかなる。
寿命は松喬に非ず、誰か能く神仙たるを得ん。
遨遊して心意を快くし、己を保ちて百年を終えん。


公子敬愛客、終宴不知疲。
曹丕公子は賓客を敬愛され、宴会が終るまでお役を務められても疲れ知らずである。
○公子 諸侯の子を公子とよぶ。ここでは兄の曹丕をさす。


清夜游西園、飛蓋相追随。
宴は秋の清々しい夜になり、西園の銅雀園での遊びもたけなわになり、客たちはおのおの飛蓋の車がつき従って軽快に疾走している。
○西園 銅雀園。張載の「魏都賦」の注に「文昌殿の西に銅爵(雀)園あり、国中に魚池あり。」という。
○飛蓋 蓋とは車につけるおおい。飛蓋の飛は、車が軽快に疾走する形容。


明月澄清景、列宿正参差。
ときに、仲秋の明月の影はすずやかな光を風景にたたえている、大空につらなる薄くなっていく銀河、多くの星々は、いまやあちこちに点滅するだけだ。
○澄 李善は「字書」に「樫は湛なり。」というのを引く。
〇清景 清らかな光。景は影に同じ。
○列宿 つらなる星宿。銀河。
○参差 あちこちに、いりまじるさま。


秋蘭被長坂、朱華冒緑池。
かんばしい秋の蘭と美しい女性は、この長い坂道にいっぱいにおおっている、赤い荷花が縁り一面の池に覆い尽くすほど咲いている。
○被 おおう。「楚辞」招魂に「皋の蘭は径を被い」と見える。
○朱華 荷の花をさす。
○冒 おおう。


潜魚躍清波、好鳥鳴高枝。
水にひそむ魚は、時におどり出て清らなる波をおこす、かわいい小鳥が、高い枝でさえずる。


神飇接丹轂、軽輦随風移。
公子の乗る朱塗りの車がとおりすぎると神がかりなふしぎな風を伴っている、転ろやかな輦車は風のまにまに移動していく。
○神飈 神速なる疾風の意。司馬相加「上林賦-に「驚風を凌ぎ、駭瘭を経、虚無に乗じて、神と供にし」と見える。「上林賦」及び、前掲の曹丕の詩句をあわせ考えれば、神霊とともなる疾風の意に解しても面白い。
○丹轂 轂は車輪の中心の円木。丹轂とは、皇太子・諸侯らが乗る朱塗りの車をいう(「続漢書」輿服志)。
○軽輦 軽快なてぐるま。輦は人がひく車だが、特に天子の車をさすことが多い。


飄颻放志意、千秋長若斯。
私はゆらゆらと天にものぼるここちがし、心のはせゆくがままにまかせる。ああいついつまでも、このようでありたいものだ。
○飄颻 大きくゆれ動くさま。また、ひるがえりあがるさま。
『古詩十九首 第十二首』
東城高且長,逶迤自相屬。
回風動地起,秋草萋已綠。
四時更變化,歲暮一何速!
晨風懷苦心,蟋蟀傷局促。
蕩滌放情志,何為自結束!蕩滌として情志を放にす、何為ぞ自ら結束する。」と見え、張衡「息玄賦」に「親楓として神挙り、欲するところを
達しくす。」とも見える。

鰕鱓篇 曹植 魏詩<15>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻五 女性詩641 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1781

鰕鱓篇 曹植

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鰕鱓篇 曹植 魏詩<15>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻五 女性詩641 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1781

鰕鱓篇 
曹植【そうち】

192年(初平3年) - 232年(太和6年)11月28日)は、中国後漢末から三国時代の人物で、魏の皇族。字は子建。陳王に封じられ、諡は思であったことから陳思王とも呼ばれる。唐の李白・杜甫以前における中国を代表する文学者として、「詩聖」の評価を受けた人物でもある。才高八斗(八斗の才)・七歩の才の語源。建安文学の三曹の一人。
沛国譙県(現在の安徽省亳州市)の人。曹操の五男として生まれる。生母の卞氏は倡家(歌姫)の出身であるが、『世説新語』賢媛篇に名を列ねるほどの賢婦であった。同母兄に文帝曹丕・任城威王曹彰。同母弟に蕭懐王曹熊。子は曹苗(早世)・曹志。他に2人の娘がいた。
異母兄の曹昂と曹鑠が早世すると、197年(建安2年)頃[3]に卞氏が正室に上げられ、曹植は曹操の正嫡の三男となる。幼い頃より詩など数十万言を諳んじ、自身も詩人であった曹操に寵愛された。211年(建安16年)、平原侯(食邑5000戸)に封じられ、214年、臨葘侯(同)に転封される。

鰕鱓篇  *〔鱼+旦〕を鱓としてあてて表示。



鰕鱓篇
鰕鱣游潢潦、不知江海流。
小魚とどじょうは大きな水だまりに泳いでいるから、大江や大海、水の流れについては知らないものだ。
燕雀戲藩柴、安識鴻鵠游。
燕や雀は桓根の内にたわむれているのだから、鴻や鵠のような大きな鳥のような遊びは知らない。
世士此誠明、大德固無儔。
世間一般の士太夫というものは、この人の持つ考えはよくわかるのであるが、大徳を行う人はもとより誰もが真似をできるものではなく、これを知ることは容易でない。
駕言登五岳、然後小陵丘。

馬車を駆って五嶽の上にのぼって、はじめてほかの山や岡の小さいのがわかる。
#2
俯觀上路人、勢利惟是謀。
讎高念皇家、遠懷柔九州。
撫劍而雷音、猛氣縱橫浮。
泛泊徒嗷嗷、誰知壯士憂。

鰕鱓篇【かせんへん】
鰕鱓【かせん】潢潦【こうりょう】に游いで、江海の流れを知らず。
燕雀【えんじゃく】藩柴【はんさい】を戲れ、安んぞ鴻鵠の游びを識らん。
世士【せいし】此れ誠明なり、大德【だいとく】固【もと】より儔【たぐい】無し。
駕して言【ここ】に五岳に登り、然る後 陵丘【りょうきゅう】を小す。
俯して路に上るの人を觀るに、勢利【せいり】惟だ是れをのみ謀る。
讎【あだ】高くして皇家を念い、遠く九州を柔【やす】んぜんことを懷う。
劍を撫して雷音あり、猛氣【もうき】縱橫に浮ぶ。
泛泊【しはく】して徒らに嗷嗷【ごうごう】たり、誰か知る壯士の憂を。

華山000

『鰕鱓篇』 現代語訳と訳註
(本文)
鰕鱓游潢潦、不知江海流。
燕雀戲藩柴、安識鴻鵠游。
世士此誠明、大德固無儔。
駕言登五岳、然後小陵丘。

(下し文)
鰕鱓【かせん】潢潦【こうりょう】に游いで、江海の流れを知らず。
燕雀【えんじゃく】藩柴【はんさい】を戲れ、安んぞ鴻鵠の游びを識らん。
世士【せいし】此れ誠明なり、大德【だいとく】固【もと】より儔【たぐい】無し。
駕して言【ここ】に五岳に登り、然る後 陵丘【りょうきゅう】を小す。


(現代語訳)
小魚とどじょうは大きな水だまりに泳いでいるから、大江や大海、水の流れについては知らないものだ。
燕や雀は桓根の内にたわむれているのだから、鴻や鵠のような大きな鳥のような遊びは知らない。
世間一般の士太夫というものは、この人の持つ考えはよくわかるのであるが、大徳を行う人はもとより誰もが真似をできるものではなく、これを知ることは容易でない。
馬車を駆って五嶽の上にのぼって、はじめてほかの山や岡の小さいのがわかる。


(訳注)
鰕鱓篇
「井の中の蛙大海を知らず。」ということをいろんな角度から詠う。
私利私欲の自分を守るために国の権力を利用し、自分は実際に戦いには出ずひとにやらせる。単に強欲のものである。


鰕鱣游潢潦、不知江海流。
小魚とどじょうは大きな水だまりに泳いでいるから、大江や大海、水の流れについては知らないものだ。
・鰕鰕 別に「鰕鱓篇」ともいう。小魚。鱓はうみへび、また小魚である。陸におけるウミヘビと云えば土壌ということになろうか
・潢潦 地上にたまった雨水。大きな水だまり。


燕雀戲藩柴、安識鴻鵠游。
燕や雀は桓根の内にたわむれているのだから、鴻や鵠のような大きな鳥のような遊びは知らない。
・藩柴 まがきの柴、垣根。
・鴻鵠 おおとり、白鳥の類。


世士此誠明、大德固無儔。
世間一般の士太夫というものは、この人の持つ考えはよくわかるのであるが、大徳を行う人はもとより誰もが真似をできるものではなく、これを知ることは容易でない。
・世士 世間一般の士太夫。諸本、世事に作る。
・儔 【匹儔】匹敵すること。同じたぐい・仲間とみなすこと。また、その相手。


駕言登五岳、然後小陵丘。
馬車を駆って五嶽の上にのぼって、はじめてほかの山や岡の小さいのがわかる。
・五岳 陰陽五行説に基づき、木行=東、火行=南、土行=中、金行=西、水行=北 の各方位に位置する、5つの山が聖山とされる。
華山(西嶽;2,160m陝西省渭南市華陰市)
嵩山(中嶽;1,440m河南省鄭州市登封市)、
泰山(東嶽;1,545m山東省泰安市泰山区)、
衡山(南嶽;1,298m湖南省衡陽市衡山県)、
恒山(北嶽;2,016,m山西省大同市渾源県)
小陵丘 『孟子』尽心上、「揚子法言」学行篇に、孔子が泰山に登って天下を小としたとあるが、儒教の型にはまって、結局他人と同じようにするせこせこした部分を批判し、もっと自然にすべきであると説いていることを示す。孟荘の思想は、儒教を乗り越えるところから始まったもの。
杜甫 『望 嶽』
岱宗夫如何,齊魯青未了。
造化鍾神秀,陰陽割昏曉。
盪胸生曾雲,決眥入歸鳥。
會當凌絶頂,一覽衆山小。
曹植000

鞠歌行 謝霊運(康楽) 詩<80>Ⅱ李白に影響を与えた詩508 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1341

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鞠歌行
德不孤兮必有鄰,唱和之契冥相因,
論語に「徳は孤ならず 必ず隣有り。」とあるが、これを唱和してこれを約束として実行すれば知らず知らずして互いに仲間内になっている。
譬如虬虎兮來風雲,亦如形聲影響陳,
たとえば水中の王者の蛟と陸の王者猛虎がほえてあばれれば風雲急をつげるというものだ、またその姿と声を聴けばその影響は言葉に尽くせない。
心歡賞兮嵗易淪,隱玉藏彩疇識真,
琴の音に合わせ歌うと心の底から喜び褒め称えることをして生き歳いきる時が沈み易くなる、『瑟操』に歌う「和氏の璧」のとおり、玉の良さを隠して磨かなければ誰もそのものが本物かどうかを知らなかったのだ。
叔牙顯,夷吾親,郢既歿,匠寢斤,
管鮑の交わりの鮑叔牙があらわれ、管 夷吾は親しくするし、荘子に言う「揮斤扶木」の郢人は既沒しているし、匠石は腕自慢のまさかりを仕舞いこみ寝ている。
覽古籍,信伊人,永言知巳感良辰。

古い書物を読んでいくと、そこに出る主人公については白井置けるものであるし、古くから長い年月掛けて伝えられた言葉というのは自分の知識として知っておく必要があり、人生が吉日に感じられるというものである。

徳は孤ならず 必ず隣有りと、唱和の契り冥【ひそ】かに相い因【よ】る。
誓【たと】えば虯虎【きゅうこ】の風雲を来たすが如く、亦た形声 影響 陳【ちん】ずるが如し。
心歡【しんかん】賞びて歳は淪【しず】み易し、玉を隠し彩を蔵し疇【たれ】か真なるを識らん。
叔牙は顯【あら】われ 夷吾は親しむ、郢は既に歿し 匠は斤【まさかり】を寝【や】む。
古籍を覧るに 伊の人を信じ、知己と永言し良辰に感ず。


現代語訳と訳註
(本文)

德不孤兮必有鄰,唱和之契冥相因,
譬如虬虎兮來風雲,亦如形聲影響陳,
心歡賞兮嵗易淪,隱玉藏彩疇識真,
叔牙顯,夷吾親,郢既歿,匠寢斤,
覽古籍,信伊人,永言知巳感良辰。


(下し文)
徳は孤ならず 必ず隣有りと、唱和の契り冥【ひそ】かに相い因【よ】る。
誓【たと】えば虯虎【きゅうこ】の風雲を来たすが如く、亦た形声 影響 陳【ちん】ずるが如し。
心歡【しんかん】賞びて歳は淪【しず】み易し、玉を隠し彩を蔵し疇【たれ】か真なるを識らん。
叔牙は顯【あら】われ 夷吾は親しむ、郢は既に歿し 匠は斤【まさかり】を寝【や】む。
古籍を覧るに 伊の人を信じ、知己と永言し良辰に感ず。


(現代語訳)
論語に「徳は孤ならず 必ず隣有り。」とあるが、これを唱和してこれを約束として実行すれば知らず知らずして互いに仲間内になっている。
たとえば水中の王者の蛟と陸の王者猛虎がほえてあばれれば風雲急をつげるというものだ、またその姿と声を聴けばその影響は言葉に尽くせない。
琴の音に合わせ歌うと心の底から喜び褒め称えることをして生き歳いきる時が沈み易くなる、『瑟操』に歌う「和氏の璧」のとおり、玉の良さを隠して磨かなければ誰もそのものが本物かどうかを知らなかったのだ。
管鮑の交わりの鮑叔牙があらわれ、管 夷吾は親しくするし、荘子に言う「揮斤扶木」の郢人は既沒しているし、匠石は腕自慢のまさかりを仕舞いこみ寝ている。
古い書物を読んでいくと、そこに出る主人公については白井置けるものであるし、古くから長い年月掛けて伝えられた言葉というのは自分の知識として知っておく必要があり、人生が吉日に感じられるというものである。


(訳注)
鞠歌行

平調曲で歌う。この詩は実に多くの故事を用いて詩意を展開する。


德不孤兮必有鄰,唱和之契冥相因。
論語に「徳は孤ならず 必ず隣有り。」とあるが、これを唱和してこれを約束として実行すれば知らず知らずして互いに仲間内になっている。
德不孤兮必有鄰 『論語』子曰、「徳不孤、必有鄰」。(子曰く、徳は孤ならず 必ず隣有り。)
先生が言われた。『道徳を実践する者は孤立しない。必ずその徳を慕って集まってくる隣人(同志・仲間)がある。』
社会において正しい道を実直に実践する君子は、周囲から受け容れられず孤立しているかのように見えることもあるが、実際には必ずそういった道徳的な人生に感化される仲間を生み出すものであり、道徳の実践者は孤独ではないのである。孤高の君子は正しき道を踏み行っていれば、必ず良き理解者や支援者を得ることができるという孔子の処世訓である。


譬如虬虎兮來風雲,亦如形聲影響陳,
たとえば水中の王者の蛟と陸の王者猛虎がほえてあばれれば風雲急をつげるというものだ、またその姿と声を聴けばその影響は言葉に尽くせない。


心歡賞兮嵗易淪,隱玉藏彩疇識真,
琴の音に合わせ歌うと心の底から喜び褒め称えることをして生き歳いきる時が沈み易くなる、『瑟操』に歌う「和氏の璧」のとおり、玉の良さを隠して磨かなければ誰もそのものが本物かどうかを知らなかったのだ。
・この二句は『瑟操』に歌う「卞和の玉の話」に基づいている。中國古代有名的玉-和氏璧,就是在玉璞的辨認上有歧見,而發生一則故事。話說春秋戰國時代,楚國人卞和在楚山得到一塊玉璞,獻給楚厲王,厲王命令
玉工檢視,玉工說是石不是玉,於是厲玉大怒,叫人砍去卞和的左腳。
楚の国にいた卞和(べんか)という人が、山中で玉の原石を見つけて楚の厲王(蚡冒)に献上した。厲王は玉石に詳しい者に鑑定させたところとただの雑石だと述べたので、厲王は怒って卞和の右足の筋を切断する刑をくだした。厲王没後、卞和は同じ石を武王に献上したが結果は同じで、今度は左足切断の刑に処せられた。文王即位後、卞和はその石を抱いて3日3晩泣き続けたので、文王がその理由を聞き、試しにと原石を磨かせたところ名玉を得たという。その際、文王は不明を詫び、卞和を称えるためその名玉に卞和の名を取り「和氏の璧」と名付けた。


叔牙顯,夷吾親,郢既歿,匠寢斤,
管鮑の交わりの鮑叔牙があらわれ、管 夷吾は親しくするし、荘子に言う「揮斤扶木」の郢人は既沒しているし、匠石は腕自慢のまさかりを仕舞いこみ寝ている。
叔牙 鮑叔牙(ほうしゅくが、生没年不詳)は中国春秋時代の斉の政治家。姓は姒、氏は封地から鮑、諱は牙、字は叔。鮑叔の方が一般的。桓公に仕えた。
夷吾 管 夷吾(かん いご)は、中国の春秋時代における斉の政治家である。桓公に仕え、覇者に押し上げた。
伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)は、古代中国・殷代末期の孤竹国(現在地不明、一説に河北省唐山市周辺)の王子の兄弟である。高名な隠者で、儒教では聖人とされる。/
郢、匠 『荘子』による荘子が恵子の墓をよぎったときの話で、「揮斤扶木」の二人の名人郢と匠の故事。 郢人(えいひと)の左官の鼻先に薄く塗った土を、匠石(しょうせき)という大工が手斧(ちょうな)を振って傷つけることなくこれを落としたという。 ここでは、釈迦・弥陀二尊の意が一致していることを喩えたもの。郢匠揮斤.【釋義】:比喻純熟、高超的技藝。 【出處】:《莊子•徐無鬼》載,匠石揮斧削去郢人塗在鼻翼上的白粉,而不傷其人。
『史記』による管仲・飽叔の仲のよい交わりのこと
順東門行 謝霊運(康楽) 詩<80>Ⅱ李白に影響を与えた詩510 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1347


覽古籍,信伊人,永言知巳感良辰。
古い書物を読んでいくと、そこに出る主人公については白井置けるものであるし、古くから長い年月掛けて伝えられた言葉というのは自分の知識として知っておく必要があり、人生が吉日に感じられるというものである。
良辰【りょうしん】よい日。吉日。吉辰。


東門行 漢の無名氏 詩<82>Ⅱ李白に影響を与えた詩512 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1353

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  【年代】:漢
  【作者】:漢無名氏
  【  題  】:東門行


東門行
出東門,不顧歸,來入門,悵欲悲。
城郭の東門を出て旅立ことを思い定めた、そう決意したらわが家に帰ろうとは思いはしない、妻子に心がひかれ門に入ってみると、いたましくまた悲しくなる。
盎中無斗儲,還視桁上無懸衣。
鉢の中には一升の米の貯えすらなく、ふり返って衛門掛けの上を見るに一枚の衣もかけてない。
拔劍出門去,兒女牽衣啼。
剣を抜いてうちふり、今度こそ心に決して門を出ると、わが児女が衣をひいて泣きわめいている。
他家但願富貴,賤妾與君共餔糜。
妻が「よその方はひたすら富貴を願うのに、わたしはあなたとともに貧苦に甘んじ、おかゆを食べてくらしてきました。と云い、続けて。
共餔糜,上用倉浪天故,下為黃口小兒。
共におかゆを食ってくらすのも、上の理由は天命によって貧苦の生活を余儀なくする、下の理由は幼い子供のためです。
今時清廉,難犯教言,君復自愛莫為非。
今の時代大切な事は清廉を重んじる世の中ですから、法律を犯すことはできませんから、あなたもどうぞ自重して、よくないことはしないでください。
今時清廉,難犯教言,君復自愛莫為非。
繰り返すけど、今の時代大切な事は清廉を重んじる世の中ですから、法律を犯すことはできませんから、あなたもどうぞ自重して、よくないことはしないでください。」と妻は続けたのだ。
行,吾去為遲。
夫はいう。「行かねばならないから行こう!。わたしは話している中に遅くなってしまった」。
平慎行,望君歸。
妻がまたいう「くれぐれも心を平かにもって行ないを供しみ、短気を起こされぬよう。あなたのお帰りをお待ち申します」

現代語訳と訳註
(本文)

東門行
出東門,不顧歸,來入門,悵欲悲。
盎中無斗儲,還視桁上無懸衣。

拔劍出門去,兒女牽衣啼。

他家但願富貴,賤妾與君共餔糜。
共餔糜,上用倉浪天故,下為黃口小兒。
今時清廉,難犯教言,君復自愛莫為非。
今時清廉,難犯教言,君復自愛莫為非。
行,吾去為遲。
平慎行,望君歸。


(下し文)
(東門行)
東門を出でて、締るを顧【おも】はず、来りて門に入り、悵として悲しまんと欲す。
盎中に斗儲無く、還って桁上【こうじょう】を視るに懸衣【けんい】無し。
剣を抜いて門を出で去けば、兒女衣を牽いて啼く。
「他家は但富貴を願ふに、餞妾【せんしょう】は君と共に糜【び】を餔【くら】ふ。
共に糜【び】を餔【くら】は、上は倉浪の天の故を用てし、下は黄口の小兒の爲めなり。
 今時清廉、教言を犯し難し、君復た自愛して非を為すこと莫れ。
今時清廉、教言を犯し難し、君復た自愛して非を為すこと莫れ。」
「行かん,吾れ去ることの為めに遲し。」
「平かに行を慎しめ,君が歸るを望まん」。


(現代語訳)
城郭の東門を出て旅立ことを思い定めた、そう決意したらわが家に帰ろうとは思いはしない、妻子に心がひかれ門に入ってみると、いたましくまた悲しくなる。
鉢の中には一升の米の貯えすらなく、ふり返って衛門掛けの上を見るに一枚の衣もかけてない。
剣を抜いてうちふり、今度こそ心に決して門を出ると、わが児女が衣をひいて泣きわめいている。
妻が「よその方はひたすら富貴を願うのに、わたしはあなたとともに貧苦に甘んじ、おかゆを食べてくらしてきました。と云い、続けて。
共におかゆを食ってくらすのも、上の理由は天命によって貧苦の生活を余儀なくする、下の理由は幼い子供のためです。
今の時代大切な事は清廉を重んじる世の中ですから、法律を犯すことはできませんから、あなたもどうぞ自重して、よくないことはしないでください。
繰り返すけど、今の時代大切な事は清廉を重んじる世の中ですから、法律を犯すことはできませんから、あなたもどうぞ自重して、よくないことはしないでください。」と妻は続けたのだ。
夫はいう。「行かねばならないから行こう!。わたしは話している中に遅くなってしまった」。
妻がまたいう「くれぐれも心を平かにもって行ないを供しみ、短気を起こされぬよう。あなたのお帰りをお待ち申します」


(訳注)
東門行

東門行 貧士が志をいだいて家を出る時、妻と問答する詩である。これを前出の西門行と比べると、共に長短句を混じた楽府であるが、思想的には相対立し、これは頗る道義的なものである。


出東門,不顧歸,來入門,悵欲悲。
城郭の東門を出て旅立ことを思い定めた、そう決意したらわが家に帰ろうとは思いはしない、妻子に心がひかれ門に入ってみると、いたましくまた悲しくなる。


盎中無斗儲,還視桁上無懸衣。
鉢の中には一升の米の貯えすらなく、ふり返って衛門掛けの上を見るに一枚の衣もかけてない。
 鉢や皿の類。・斗儲 一斗のたくわえ。一斗は大約わが一升ほど。・桁上 衛門掛けの上。ハンガーの上。


拔劍出門去,兒女牽衣啼。
剣を抜いてうちふり、今度こそ心に決して門を出ると、わが児女が衣をひいて泣きわめいている。
抜剣 決心せるさま。


他家但願富貴,賤妾與君共餔糜。
妻が「よその方はひたすら富貴を願うのに、わたしはあなたとともに貧苦に甘んじ、おかゆを食べてくらしてきました。と云い、続けて。


共餔糜,上用倉浪天故,下為黃口小兒。
共におかゆを食ってくらすのも、上の理由は天命によって貧苦の生活を余儀なくする、下の理由は幼い子供のためです。
上用 この用は、以に同じ。事の原因、理由を表わす語。・槍浪天 蒼天。蒼天の故とは天命によって貧苦の生活を余儀なくするとの意。・黄口 幼小の意。


今時清廉,難犯教言,君復自愛莫為非。
今の時代大切な事は清廉を重んじる世の中ですから、法律を犯すことはできませんから、あなたもどうぞ自重して、よくないことはしないでください。
教言 教令諭告の詞、法律のこと。


今時清廉,難犯教言,君復自愛莫為非。
繰り返すけど、今の時代大切な事は清廉を重んじる世の中ですから、法律を犯すことはできませんから、あなたもどうぞ自重して、よくないことはしないでください。」と妻は続けたのだ。


行,吾去為遲。
夫はいう。「行かねばならないから行こう!。わたしは話している中に遅くなってしまった」。


平慎行,望君歸。
妻がまたいう「くれぐれも心を平かにもって行ないを供しみ、短気を起こされぬよう。あなたのお帰りをお待ち申します」


東門行
出東門,不顧歸,來入門,悵欲悲。
盎中無斗儲,還視桁上無懸衣。
拔劍出門去,兒女牽衣啼,他家但願富貴,賤妾與君共餔糜。
共餔糜,上用倉浪天故,下為黃口小兒。
今時清廉,難犯教言,君復自愛莫為非。
今時清廉,難犯教言,君復自愛莫為非。
行,吾去為遲,平慎行,望君歸。

(東門行)
東門を出でて、締るを顧【おも】はず、来りて門に入り、悵として悲しまんと欲す。
盎中に斗儲無く、還って桁上【こうじょう】を視るに懸衣【けんい】無し。
剣を抜いて門を出で去けば、兒女衣を牽いて啼く。
「他家は但富貴を願ふに、餞妾【せんしょう】は君と共に糜【び】を餔【くら】ふ。
共に糜【び】を餔【くら】は、上は倉浪の天の故を用てし、下は黄口の小兒の爲めなり。
 今時清廉、教言を犯し難し、君復た自愛して非を為すこと莫れ。
今時清廉、教言を犯し難し、君復た自愛して非を為すこと莫れ。」
「行かん,吾れ去ることの為めに遲し。」
「平かに行を慎しめ,君が歸るを望まん」。

登上戌石鼓山 謝霊運<29>#2 詩集 403 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1026

登上戌石鼓山 謝霊運<29>#2 詩集 403 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1026
(上戌の石鼓山に登る)《謝康樂集〃雜詩》

永嘉から西の方、四十里(中国里)の上戊というところに石鼓山がある。ここには大きな石が向かいあって立っており、これをたたくと、互いに鳴響して妙音を発するという名勝であった。
特に物好きな霊運が、このことを聞けば、行ってみたくなるのは人情であった。そこで、ある日、謝霊運は供を連れて、また出かけていったが、そのときの作品が「登上戌石鼓山」(上戌の石鼓山に登る)である。


登上戌石鼓山#1
旅人心長久、憂憂自相接。
故郷路遥遠、川陸不可渉。
汨汨莫與娯、發春托登躡。
歓願既無竝、寂慮庶有協。』
#2
極目睞左闊、廻顧眺右狭。
この景色の中で、目を凝らしてひだりを脇見をしてみる、そうしてこんどは振り返ったり、めぐり見て右のすみっこのほうをながめている、興味はつきることはないのだ。(人生も同じではないか)
日沒澗增波、雲生嶺逾疊。
日没になって谷あいの流れが増して波が立っている、巌の奥から雲が生じて嶺の方上がっていき、いよいよ畳を敷いたように雲に覆われている
白芷競新苕、綠蘋齊初葉。
白い「よろい草」と新しく芽を出した「のうぜん葛」は春めくことを競い合っている、縁の萌える「でんじ草」はおなじ様に初葉なのだ。
摘芳芳靡諼、愉樂樂不變。
香しい芽を摘み取ると更に香しい香りに包まれ、この香りを忘れることはない、この景色、春めく自然に浸ってこんなに愉快で楽しいはずなのに心の奥から楽しいと変わることがないのだ。
佳期緬無像、騁望誰云愜。』
こんなによい時節美しいものを望めてもわたしの心をいつも占めている憂いは消え去らず、何の心配もなく眺めていくことをだれが快いといえるのか、何を見てもますますその憂いはつのるばかりである。

 
(上戌の石鼓山に登る)#1
旅人は心 長【ながく】久【かわら】ず、憂憂は自から相い接す。
故郷は路遥かに遠く、川陸は捗る可からず。
汨汨きて与に娯しむ莫れ、春に発し登り躡【ふ】むに托す。
願を歓ぶも既に並ぶ無し、慮を戚【うれ】い 庶【こいねが】わくは協 有らんことを。』
#2
目を極め睞するに左は闊く、廻顧し眺むれば右は狭し。
日は没し澗は波を増し、雲 生じ嶺 逾いよ畳たり。
白い芷【よろいぐさ】正は新しき苕【のうぜんかつら】と競い、縁なる蘋【でんじそう】は斉【ひと】しく初葉。
芳を摘み芳 諼【わす】るる靡【な】し、愉楽するも楽しみに變らず。
佳期【かき】は緬【おも】うに像無し、騁望【ていぼう】するに誰か愜しと云わん。』


現代語訳と訳註
(本文) #2
極目睞左闊、廻顧眺右狭。
日沒澗增波、雲生嶺逾疊。
白芷競新苕、綠蘋齊初葉。
摘芳芳靡諼、愉樂樂不變。
佳期緬無像、騁望誰云愜。』


(下し文) #2
目を極め睞するに左は闊く、廻顧し眺むれば右は狭し。
日は没し澗は波を増し、雲 生じ嶺 逾いよ畳たり。
白い芷【よろいぐさ】正は新しき苕【のうぜんかつら】と競い、縁なる蘋【でんじそう】は斉【ひと】しく初葉。
芳を摘み芳 諼るる靡し、愉楽するも楽しみ變らがず。
佳期は緬うに像無し、騁望するに誰か愜しと云わん。』


(現代語訳)
この景色の中で、目を凝らしてひだりを脇見をしてみる、そうしてこんどは振り返ったり、めぐり見て右のすみっこのほうをながめている、興味はつきることはないのだ。(人生も同じではないか)
日没になって谷あいの流れが増して波が立っている、巌の奥から雲が生じて嶺の方上がっていき、いよいよ畳を敷いたように雲に覆われている
白い「よろい草」と新しく芽を出した「のうぜん葛」は春めくことを競い合っている、縁の萌える「でんじ草」はおなじ様に初葉なのだ。
香しい芽を摘み取ると更に香しい香りに包まれ、この香りを忘れることはない、この景色、春めく自然に浸ってこんなに愉快で楽しいはずなのに心の奥から楽しいと変わることがないのだ。
こんなによい時節美しいものを望めてもわたしの心をいつも占めている憂いは消え去らず、何の心配もなく眺めていくことをだれが快いといえるのか、何を見てもますますその憂いはつのるばかりである。


(訳注) #2
極目睞左闊、廻顧眺右狭。

この景色の中で、目を凝らしてひだりを脇見をしてみる、そうしてこんどは振り返ったり、めぐり見て右のすみっこのほうをながめている、興味はつきることはないのだ。(人生も同じではないか)
 やぶにらみ。脇見をする。曹植『洛神賦』「明眸善睞。」(明眸【めいぼう】善く睞【らい】す。)顔の向きを変えないで瞳を動かして傍らを見ること。


日沒澗增波、雲生嶺逾疊。
日没になって谷あいの流れが増して波が立っている、巌の奥から雲が生じて嶺の方上がっていき、いよいよ畳を敷いたように雲に覆われている


白芷競新苕、綠蘋齊初葉。
白い「よろい草」と新しく芽を出した「のうぜん葛」は春めくことを競い合っている、縁の萌える「でんじ草」はおなじ様に初葉なのだ。
 よろい草。せり科。水中に生じ、香気がある。香草の根。○ のうぜん葛。えんどう。○ でんじ草。池や沼に自生する、多年生のしだ植物。


摘芳芳靡諼、愉樂樂不變。
香しい芽を摘み取ると更に香しい香りに包まれ、この香りを忘れることはない、この景色、春めく自然に浸ってこんなに愉快で楽しいはずなのに心の奥から楽しいと変わることがないのだ。
 わすれる。いつわる。あざむく。・諼草忘れ草、浮世の憂いを忘れること。


佳期緬無像、騁望誰云愜。』
こんなによい時節美しいものを望めてもわたしの心をいつも占めている憂いは消え去らず、何の心配もなく眺めていくことをだれが快いといえるのか、何を見てもますますその憂いはつのるばかりである。
佳期 よい時節。美人と逢う約束の日。○騁望 思うままに眺める。後漢書『馬融傳』「騁望千里、天與地莽」(千里を騁望し、天と地與莽す。)○ こころよい。したがう。

登上戌石鼓山 謝霊運<29>#1 詩集 402 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1023

登上戌石鼓山 謝霊運<29>#1 詩集 402 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1023
(上戌の石鼓山に登る)《謝康樂集〃雜詩》

永嘉から西の方、四十里(中国里)の上戊というところに石山がある。ここには大きな石が向かいあって立っており、これをたたくと、互いに鳴響して妙音を発するという名勝であった。
特に物好きな霊運が、このことを聞けば、行ってみたくなるのは人情であった。そこで、ある日、謝霊運は供を連れて、また出かけていったが、そのときの作品が「登上戌石鼓山」(上戌の石鼓山に登る)である。


登上戌石鼓山#1
旅人心長久、憂憂自相接。」
旅人の身になって自分の心では、随分長期にわたっているように感じている。先のことを思い悩み、今を苦しむことは、自然に自分の中で互いに接合していくのである。
故郷路遥遠、川陸不可渉。
あの故郷を隔てる道はこんなにもはるか遠くなっている。川の旅、陸の旅としたくはなかったことなのだ。
汨汨莫與娯、發春托登躡。
水が流れてやまない様子はこの地において共に楽しんでゆけるというものがいるわけではない。春になったからこうして出発してこの山に登り踏みしめてみるのである。
歓願既無竝、寂慮庶有協。』

故郷に帰ること、都に変えること、それがかなえられるということはないようだ。寂寞の思い悩みがあるのなら、故郷に帰れるという喜びも共にあるといい。

#2
極目睞左闊、廻顧眺右狭。
日沒澗增波、雲生嶺逾疊。
白芷競新苕、綠蘋齊初葉。」
摘芳芳靡諼、愉樂樂不變。
佳期緬無像、騁望誰云愜。』
 
(上戌の石鼓山に登る)#1
旅人は心 長【ながく】久【かわら】ず、憂憂は自から相い接す。
故郷は路遥かに遠く、川陸は捗る可からず。
汨汨きて与に娯しむ莫れ、春に発し登り躡【ふ】むに托す。
願を歓ぶも既に並ぶ無し、慮を戚【うれ】い 庶【こいねが】わくは協 有らんことを。』

#2
目を極め睞するに左は闊く、廻顧し眺むれば右は狭し。
日は没し澗は波を増し、雲 生じ嶺 逾いよ畳たり。
白い芷【よろいぐさ】正は新しき苕【のうぜんかつら】と競い、縁なる蘋【でんじそう】は斉【ひと】しく初葉。
芳を摘み芳 諼るる靡し、愉楽するも楽しみ變らがず。
佳期は緬うに像無し、騁望するに誰か愜しと云わん。』




現代語訳と訳註
(本文)
登上戌石鼓山#1
旅人心長久、憂憂自相接。
故郷路遥遠、川陸不可渉。
汨汨幕與娯、發春托登躡。
歓願既無竝、寂慮庶有協。』


(下し文) (上戌の石鼓山に登る)#1
旅人は心 長【ながく】久【かわら】ず、憂憂は自から相い接す。
故郷は路遥かに遠く、川陸は捗る可からず。
汨汨きて与に娯しむ莫れ、春に発し登り躡【ふ】むに托す。
願を歓ぶも既に並ぶ無し、慮を戚【うれ】い 庶【こいねが】わくは協 有らんことを。』


(現代語訳)
旅人の身になって自分の心では、随分長期にわたっているように感じている。先のことを思い悩み、今を苦しむことは、自然に自分の中で互いに接合していくのである。
あの故郷を隔てる道はこんなにもはるか遠くなっている。川の旅、陸の旅としたくはなかったことなのだ。
水が流れてやまない様子はこの地において共に楽しんでゆけるというものがいるわけではない。春になったからこうして出発してこの山に登り踏みしめてみるのである。
故郷に帰ること、都に変えること、それがかなえられるということはないようだ。寂寞の思い悩みがあるのなら、故郷に帰れるという喜びも共にあるといい。


(訳注) 登上戌石鼓山#1
旅人心長久、憂憂自相接。
旅人の身になって自分の心では、随分長期にわたっているように感じている。先のことを思い悩み、今を苦しむことは、自然に自分の中で互いに接合していくのである。
憂憂 先のことを思い悩むこと。苦しみ悩むこと。・憂は現在から未来にかけて心配すること。・今憂いで苦しむこと。そういう気持ちで過ごす日々が速く過ぎる様子をいう。


故郷路遥遠、川陸不可渉。
あの故郷を隔てる道はこんなにもはるか遠くなっている。川の旅、陸の旅としたくはなかったことなのだ。
 故郷を隔てる路。○遥遠 はるか遠く隔てること。再び、近ずくことができないことをいう。○川陸 永嘉にくる旅路のこと。


汨汨莫與娯、發春托登躡。
水が流れてやまない様子はこの地において共に楽しんでゆけるというものがいるわけではない。春になったからこうして出発してこの山に登り踏みしめてみるのである。
汨汨 水が流れてやまない様子。水が音を立てて流れゆく様子。自然の美しさの表現。○莫與娯 ここの景色を楽しんでいくことができる友人がいないとをいう。○發春 春の時節が到来し、興を起して出発したことをいう。○托登躡 風流をこの景色にかこつけて、山を登る、山道を踏みしめる。


歓願既無竝、寂慮庶有協。』
故郷に帰ること、都に変えること、それがかなえられるということはないようだ。寂寞の思い悩みがあるのなら、故郷に帰れるという喜びも共にあるといい。
既無竝 景色をめでることと故郷に帰ることとの二つの気持ちが並び立つことはない。○寂慮 寂寞の思い。心配の思い。○庶有協 二つの願いがかなうこと。

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