漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

六朝 南朝詩

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

善哉行 謝靈運 宋詩<11-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻五 635 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1757

善哉行 謝靈運

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善哉行 謝靈運 宋詩<11-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻五 635 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1757


善哉行
陽谷躍升,虞淵引落。景曜東隅,晼晚西薄。
朝日は湯谷の扶桑樹から躍り上がるように昇り、やがて太陽は、はるか西方の虞淵に沈んで夜になる。
朝日は桑畑の向こうからかがやいて昇り、かたむいた夕日は楡の畑に落ちて小さくなり暗くなっていく。

三春燠敷,九秋蕭索。涼來溫謝,寒往暑却。
春の三季は気候が温暖になっていき花が咲き誇り散って庭に敷物をしてくれるし、九秋は太陽、月、風も花も葉も次第に物寂しくなっていく。
すずしい風が吹き始めると熱射、熱気が去って行くが、じきに凍える寒さが訪れて暑かったときのことはすべて忘却してしまう。

居德斯頤,積善嬉謔。
徳を持った行いはその人の顔に反映されるし、善意・善幸をつみかさねればそれも希望どおり喜んだ気持ちになり、冗談も弾むというものだ。
#2
陰灌陽叢,凋華墮蕚。
日陰に日陰が合流するかと思えば日向に明かりが集まることもあるが、しおれた花はその花の咢から落してゆくものだ。
歡去易慘,悲至難鑠。
歓喜した後に悲惨なことが来るということも容易にわかるが、悲しいことがきてしまったらいきいきして元気をよくしようとしてもなかなかしがたいということだ。
擊節當歌,對酒當酌。
節季を迎えると歌を唄い、酒の宴を行い必ず盃を酌み交わすのである。
鄙哉愚人,戚戚懷瘼。
都から離れた土地ということを歎くのは愚かな人であり、自分が病に侵されていることは憂い恐れることなのだ。
善哉達士,滔滔處樂。
物事に達観している人こそ善いことである、其処には楽しいことがとうとうと溢れているということだ。

善哉行
陽は谷より躍升し,虞淵して引き落つ。
景は曜く東隅に,晼【かたむ】きて晚れ西に薄【せま】る。
三春は燠敷し,九秋は蕭索す。
涼來たり溫謝【さ】り,寒往き暑さ却【しりぞ】く。
德に居り斯【ここ】に頤【やしな】う,善を積み嬉謔す。

#2
陰灌【あきら】かにし陽叢まる,凋【しぼ】む華は蕚より墮つ。
歡び去り慘【いた】み易く,悲しみ至り鑠【と】け難し。
擊節し當に歌うべし,對酒して當に酌【く】むべし。
鄙なる哉 愚人,戚戚として瘼【くる】しみを懷う。
善哉の達士,滔滔として樂に處す。

榿木栽5001

『善哉行』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
陰灌陽叢,凋華墮蕚。歡去易慘,悲至難鑠。
擊節當歌,對酒當酌。鄙哉愚人,戚戚懷瘼。
善哉達士,滔滔處樂。


(下し文) #2
陰灌【あきら】かにし陽叢まる,凋【しぼ】む華は蕚より墮つ。
歡び去り慘【いた】み易く,悲しみ至り鑠【と】け難し。
擊節し當に歌うべし,對酒して當に酌【く】むべし。
鄙なる哉 愚人,戚戚として瘼【くる】しみを懷う。
善哉の達士,滔滔として樂に處す。


(現代語訳)
日陰に日陰が合流するかと思えば日向に明かりが集まることもあるが、しおれた花はその花の咢から落してゆくものだ。
歓喜した後に悲惨なことが来るということも容易にわかるが、悲しいことがきてしまったらいきいきして元気をよくしようとしてもなかなかしがたいということだ。
節季を迎えると歌を唄い、酒の宴を行い必ず盃を酌み交わすのである。
都から離れた土地ということを歎くのは愚かな人であり、自分が病に侵されていることは憂い恐れることなのだ。
物事に達観している人こそ善いことである、其処には楽しいことがとうとうと溢れているということだ。


(訳注)
#2善哉行
四言楽府、瑟調曲。人生の苦しみを詠う。


陰灌陽叢,凋華墮蕚。
日陰に日陰が合流するかと思えば日向に明かりが集まることもあるが、しおれた花はその花の咢から落してゆくものだ。


歡去易慘,悲至難鑠。
歓喜した後に悲惨なことが来るということも容易にわかるが、悲しいことがきてしまったらいきいきして元気をよくしようとしてもなかなかしがたいということだ。
・鑠 とかす。とける。鉱石や金属をごたまぜにして、熱してとかす。また、熱せられて金属がとける。 あかあかとかがやくさま。いきいきして元気がよい。美しい。


擊節當歌,對酒當酌。
節季を迎えると歌を唄い、酒の宴を行い必ず盃を酌み交わすのである。


鄙哉愚人,戚戚懷瘼。
都から離れた土地ということを歎くのは愚かな人であり、自分が病に侵されていることは憂い恐れることなのだ。
・鄙 [1]都から離れた土地。いなか。―にはまれな美人[2]支配の及ばない未開地に住む人々。えびす。
・戚戚 憂い悲しむさま。また、憂い恐れるさま。
・瘼 病,困苦.


善哉達士,滔滔處樂。
物事に達観している人こそ善いことである、其処には楽しいことがとうとうと溢れているということだ。
・達士 ある物事に熟達した人。練達の士。物事に達観している人。風流に生きていくことで納得して生きていく人。隠棲はしていないが気持ち的には世俗の事にこだわらない生活をする人。
・滔滔 1 水がとどまることなく流れるさま。2 次から次へとよどみなく話すさま。

善哉行 謝靈運 宋詩<11-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻五 634 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1753

善哉行 謝靈運 宋詩<11-#1>

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善哉行 謝靈運 宋詩<11-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻五 634 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1753


善哉行
陽谷躍升,虞淵引落。
朝日は湯谷の扶桑樹から躍り上がるように昇り、やがて太陽は、はるか西方の虞淵に沈んで夜になる。
景曜東隅,晼晚西薄。
朝日は桑畑の向こうからかがやいて昇り、かたむいた夕日は楡の畑に落ちて小さくなり暗くなっていく。
三春燠敷,九秋蕭索。
春の三季は気候が温暖になっていき花が咲き誇り散って庭に敷物をしてくれるし、九秋は太陽、月、風も花も葉も次第に物寂しくなっていく。
涼來溫謝,寒往暑却。
すずしい風が吹き始めると熱射、熱気が去って行くが、じきに凍える寒さが訪れて暑かったときのことはすべて忘却してしまう。
居德斯頤,積善嬉謔。
徳を持った行いはその人の顔に反映されるし、善意・善幸をつみかさねればそれも希望どおり喜んだ気持ちになり、冗談も弾むというものだ。
#2
陰灌陽叢,凋華墮蕚。歡去易慘,悲至難鑠。
擊節當歌,對酒當酌。鄙哉愚人,戚戚懷瘼。
善哉達士,滔滔處樂。

善哉行
陽は谷より躍升し,虞淵して引き落つ。
景は曜く東隅に,晼【かたむ】きて晚れ西に薄【せま】る。
三春は燠敷し,九秋は蕭索す。
涼來たり溫謝【さ】り,寒往き暑さ却【しりぞ】く。
德に居り斯【ここ】に頤【やしな】う,善を積み嬉謔す。

#2
陰灌【あきら】かにし陽叢まる,凋【しぼ】む華は蕚より墮つ。
歡び去り慘【いた】み易く,悲しみ至り鑠【と】け難し。
擊節し當に歌うべし,對酒して當に酌【く】むべし。
鄙なる哉 愚人,戚戚として瘼【くる】しみを懷う。
善哉の達士,滔滔として樂に處す。

真竹003

『善哉行』 現代語訳と訳註
(本文)
善哉行
陽谷躍升,虞淵引落。景曜東隅,晼晚西薄。
三春燠敷,九秋蕭索。涼來溫謝,寒往暑却。
居德斯頤,積善嬉謔。陰灌陽叢,凋華墮蕚。
歡去易慘,悲至難鑠。擊節當歌,對酒當酌。
鄙哉愚人,戚戚懷瘼。善哉達士,滔滔處樂。


(下し文) 善哉行
陽は谷より躍升し,虞淵して引き落つ。
景は曜く東隅に,晼【かたむ】きて晚れ西に薄【せま】る。
三春は燠敷し,九秋は蕭索す。
涼來たり溫謝【さ】り,寒往き暑さ却【しりぞ】く。
德に居り斯【ここ】に頤【やしな】う,善を積み嬉謔【きぎゃく】す。


(現代語訳)
朝日は湯谷の扶桑樹から躍り上がるように昇り、やがて太陽は、はるか西方の虞淵に沈んで夜になる。
朝日は桑畑の向こうからかがやいて昇り、かたむいた夕日は楡の畑に落ちて小さくなり暗くなっていく。
春の三季は気候が温暖になっていき花が咲き誇り散って庭に敷物をしてくれるし、九秋は太陽、月、風も花も葉も次第に物寂しくなっていく。
すずしい風が吹き始めると熱射、熱気が去って行くが、じきに凍える寒さが訪れて暑かったときのことはすべて忘却してしまう。
徳を持った行いはその人の顔に反映されるし、善意・善幸をつみかさねればそれも希望どおり喜んだ気持ちになり、冗談も弾むというものだ。


(訳注)
善哉行
四言楽府、瑟調曲。人生の苦しみを詠う。


陽谷躍升,虞淵引落。
朝日は湯谷の扶桑樹から躍り上がるように昇り、やがて太陽は、はるか西方の虞淵に沈んで夜になる。
・虞淵 中国神話中、太陽が沈むとされた山。はるか西方の地にあり、山裾に蒙水という川があり、その川に虞淵という深い淵がある。虞淵は禺谷ともいう。
 太陽は毎朝、東方にある湯谷の扶桑樹から昇るが、これが西に移動して崦嵫山中の虞淵まで来るとたそがれになるという。この先にさらに蒙谷という谷があり、ここに太陽が沈むと夜になるという。


景曜東隅,晼晚西薄。
朝日は桑畑の向こうからかがやいて昇り、かたむいた夕日は楡の畑に落ちて小さくなり暗くなっていく。
・東隅:東方日出處,指早晨;桑、(榆:指日落處,也指日暮。)
・晼晚: 日が西落ちる。楚辭.宋玉.九辯:七段「白日晼晚其將入兮,明月銷鑠而減毀。」(白日は晼晚して其れ將に入らんとす,明月は銷鑠して減毀す。)晼:日陰が傾く。


三春燠敷,九秋蕭索。
春の三季は気候が温暖になっていき花が咲き誇り散って庭に敷物をしてくれるし、九秋は太陽、月、風も花も葉も次第に物寂しくなっていく。
・三春 春の三季、早春、盛春、晩春。咲く花が全く違うことを云う場合。三年越しの春。経過年数の一区切りで使う。
・燠敷 和暖四布。氣候和暖、陽光明媚的春天
・九秋 1 秋の90日間のこと。《季 秋》2 画題で、秋にちなむ9種の風物。秋山・秋境・秋城・秋樹・秋燕・秋蝶・秋琴・秋笛・秋塘。または、9種を一組にした秋の花。桂花(けいか)・芙蓉(ふよう)・秋海棠(しゅうかいどう).
・蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。


涼來溫謝,寒往暑却。
すずしい風が吹き始めると熱射、熱気が去って行くが、じきに凍える寒さが訪れて暑かったときのことはすべて忘却してしまう。


居德斯頤,積善嬉謔。
徳を持った行いはその人の顔に反映されるし、善意・善幸をつみかさねればそれも希望どおり喜んだ気持ちになり、冗談も弾むというものだ。
・頤(おとがい)はヒトの下あごまたは下あごの先端をさす語
・嬉謔 :にこにこしたくなる気持ちだ。自分の希望するとおりの状態であるので喜んでいる。喜ばしい気持ち。 :喜び楽しむ。

女性詩index <117>玉台新詠集・古詩源・文選  554 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1479

謝靈運index謝靈運詩古詩index漢の無名氏 
孟浩然index孟浩然の詩韓愈詩index韓愈詩集
杜甫詩index杜甫詩 李商隠index李商隠詩
李白詩index 李白350首女性詩index女性詩人 
女性詩index <117>玉台新詠集・古詩源・文選 554 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1479

文学に関わった女性は限られた数だが、その実態は特有のものがある。例えば後宮関係、文学者の家の縁者、特殊な階級の者には妓女・尼等がある。作品の質については作品数が極端に少量なので相対的評価はしがたい。一部の作者は高く評価できるものもある。
漢代では、班捷杼、班昭、六朝では蔡琰、沈満願、鮑令暉、唐代では李季蘭、篩濤、魚玄機である。
しばらくはこのリストに基づきブログを続けることとする。

玉台新詠集の中の女性詩。

巻一 1  答詩一首            徐嘉妻徐淑     じょしゅく  
答詩一首 秦嘉妻徐淑 女流<113-#1>玉台新詠集 女性詩 549 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1464
答詩一首 秦嘉妻徐淑 女流<113-#2>玉台新詠集 女性詩 550 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1467      
巻四 2  雑詩六首 (一)擬青青河畔草    鮑令暉        ほうれいき 鮑照の妹 
巻四 3  雑詩六首 (二)擬客従遠方來                        ほうれいき  
巻四 4  雑詩六首 (三)題書後寄行人                        ほうれいき  
巻四 5  雑詩六首 (四)古意 贈今人                         ほうれいき  
巻四 6  雑詩六首 (五)代葛沙門妻郭小玉詩二首 二 君子將傜役  ほうれいき  
巻四 7  雑詩六首 (五)代葛沙門妻郭小玉詩二首 一 明月何皎皎  ほうれいき  
  香茗賦集                                                                     ほうれいき  
  錄其詩七首                                                                 ほうれいき  
巻十 8  寄行人一首 鮑令暉                                       ほうれいき 鮑照の妹 
      
巻五 9  詠歩揺花                              范靖婦沈満願     しんまんがん 沈約の孫娘 
詠歩揺花 范靖婦沈満願 宋詩<119>玉台新詠集巻四 女性詩 556 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1485

巻五 10  戯蕭娘                                  范靖婦沈満願 しんまんがん  
戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

巻五 11  詠五彩竹火籠                      范靖婦沈満願 しんまんがん
詠五彩竹火籠 范靖婦沈満願 宋詩<121>玉台新詠集巻四 女性詩558 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1491

巻五 12  詠鐙 范靖婦                         沈満願 しんまんがん  
詠鐙 范靖婦沈満願 宋詩<122>玉台新詠集巻四 女性詩559 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1494

巻十 13  詩三首 王昭君歎二首(一)早信丹靑巧    范静妻 (沈満願) しんまんがん 梁の征西記室范靖の妻 
王昭君歎二首 其一 沈満願(梁の征西記室范靖の妻) <114-#1>玉台新詠集 女性詩 551 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1470

巻十 14  詩三首 王昭君歎二首(二)今朝猶漢地    范静妻 (沈満願) しんまんがん  
王昭君歎二首 其二 沈満願(梁の征西記室范靖の妻) 女流<115>玉台新詠集 女性詩 552 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1473

巻十 15  映水曲 范静妻 (沈満願) しんまんがん  
 映水曲 沈満願(梁の征西記室范靖の妻) 女流<116>玉台新詠集 女性詩 553 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1476
  
巻六 16  答外詩二首(一)花庭麗景斜 徐悱妻劉令嫺 りゅうれいかん  
巻六 17  答外詩二首(二)東家挺奇麗 徐悱妻劉令嫺 りゅうれいかん  
巻六 18  答唐嬢七夕所穿針                 徐悱妻劉令嫺 りゅうれいかん  
巻八 19  雜詩 和婕妤怨                      徐悱妻劉(王叔英妻) りゅうれいかん  
巻八 20  和昭君                                     王叔英妻劉氏 りゅうれいかん  
巻九 21  贈答一首                                 王叔英婦 りゅうれいかん  
巻九 22  詩三首(一)光宅寺                  徐悱婦 りゅうれいかん  
巻九 23  詩三首(二)題甘蕉葉示人      徐悱婦 りゅうれいかん  
巻九 24  摘同心支子贈謝嬢因附此詩 徐悱婦 りゅうれいかん  
巻九 25  暮寒一首                                 王叔英婦 りゅうれいかん  
      
巻九 26  歌詩一首 幷序                       烏孫公主(劉細君) うそんこうしゅ りゅうさいくん 
  悲愁歌 烏孫公主(劉細君) <108>Ⅱ李白に影響を与えた詩542 漢文委員会kannuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1443
     
巻十 28  歌一首                                     銭塘蘇小小 そしょうしょう  
      
巻十 29 答王團扇歌三首(一)七寶畫團扇  桃葉 とうよう  
巻十 30 答王團扇歌三首(二)青青林冲竹  桃葉 とうよう  
巻十 31 答王團扇歌三首(三)團扇復團扇  桃葉 とうよう  


古詩源
 秦末        虞美人歌           虞美      ぐび     玉臺新詠
虞美人歌  秦末・虞美人 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482 

     67   安世房中歌          唐山夫人    とうざんふじん  古詩源
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安世房中歌十七首(其4) 唐山夫人 漢詩<126>古詩源 巻三 女性詩563 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1506
安世房中歌十七首(其5) 唐山夫人 漢詩<127>古詩源 巻三 女性詩564 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1509
安世房中歌十七首(其6) 唐山夫人 漢詩<128>古詩源 巻三 女性詩565 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1512
安世房中歌十七首(其7) 唐山夫人 漢詩<129>古詩源 巻三 女性詩566 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1515
安世房中歌十七首(其8) 唐山夫人 漢詩<130>古詩源 巻二 女性詩567 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1518
安世房中歌十七首(其9) 唐山夫人 漢詩<131>古詩源 巻二 女性詩568 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1521


 漢      悲愁歌             烏孫公主(劉細君)     玉臺新詠
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 漢  88   白頭吟            卓文君            古詩源(上)
白頭吟 卓文君 <109-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩543 1446
白頭吟 卓文君 <109-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩544 1449
 漢  99   歌               華容夫人          古詩源

 漢 100   怨詩              王昭君            玉臺新詠
怨詩 王昭君  漢詩<110-#1>545 漢文委員会kannuniinkai紀頌之の漢詩1452
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 漢 101   怨歌行             班倢妤           玉臺新詠
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 漢 103   歸風送遠操          趙飛燕           玉臺新詠

歸風送遠操 趙飛燕 女流<112>玉台新詠集 女性詩 548 1461

 
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 魏 125   古怨歌             竇玄妻            古詩源
後漢 125   悲憤詩             蔡琰            古詩源
         胡笳十八拍          蔡琰  
 魏  245   塘上行             薽后            古詩源

 魏       答詩一首            徐淑(秦嘉妻徐淑)     玉臺新詠
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 東晉      聯歌               謝道蘊  
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緩歌行 謝霊運(康楽) 詩<77>Ⅱ李白に影響を与えた詩504 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1329

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緩歌行
飛客結靈友,凌空萃丹丘,
仙人は神と巫女とをむすび、空を凌ぐ高い所は昼夜常に明光をあつめる処である。
習習和風起,采采彤雲浮,
しゅうしゅうとしてなごやかに風が起こり、さいさいとしてあざやかな赤い浮雲にかわっていく。
娥皇發湘浦,霄明出河洲,
娥皇という湘水の神は湘水の淵浦に出発してくれ、夜明けになれば、大河の中州に出没する。
宛宛連螭轡,裔裔振龍旒。

ねうねとして長く続く水中には蛟に手綱をつけて連なっているし、えいえいとして空を飛んでいくのは龍が人ぶりうねっている。

現代語訳と訳註
(本文)
緩歌行
飛客結靈友,凌空萃丹丘,
習習和風起,采采彤雲浮,
娥皇發湘浦,霄明出河洲,
宛宛連螭轡,裔裔振龍旒。


(下し文)
飛客【ひきゃく】霊友と結び、空を凌ぎ丹丘に萃【あつ】まる。
習習な和風起こり、采采として彤雲【たんうん】浮かぶ。
娥皇【がこう】は湘浦を発し、霄明【しょうめい】に河洲【かしゅう】に出ず。
宛宛として螭【みずち】の轡【たづな】を連ね、裔裔【えいえい】として竜の旒【ながえ】を振るう。


(現代語訳)
仙人は神と巫女とをむすび、空を凌ぐ高い所は昼夜常に明光をあつめる処である。
しゅうしゅうとしてなごやかに風が起こり、さいさいとしてあざやかな赤い浮雲にかわっていく。
娥皇という湘水の神は湘水の淵浦に出発してくれ、夜明けになれば、大河の中州に出没する。
ねうねとして長く続く水中には蛟に手綱をつけて連なっているし、えいえいとして空を飛んでいくのは龍が人ぶりうねっている。


(訳注)
緩歌行

緩やかなテンポの歌。『楚辞・九歌「東君」』屈原 東君とは日の神のこと。歌は太陽が東の空から昇って、天空を一周し、最後には暗闇の中を再び東へと戻っていく行程を描いている。その間に、天女たちが、日の神を迎え、管弦を以てもてなすさまが歌われる。このような雰囲気と遊びの感覚でこの詩を読むことであろう。
また内容からも白居易の楊貴妃の悲哀をうたった『長恨歌』も参考になろうか。「驪宮高處入青雲,仙樂風飄處處聞;緩歌謾舞凝絲竹, 盡日君王看不足。」


飛客結靈友,凌空萃丹丘,
仙人は神と巫女とをむすび、空を凌ぐ高い所は昼夜常に明光をあつめる処である。
飛客 仙人。・靈友 神。たましい。命。優れたもの。巫女。・丹丘 昼夜常に明るい処。『楚辞、遠遊』「仍羽人於丹丘兮、留不死之旧郷。」(羽人に丹丘に仍い、不死の旧郷に留まる。)「夕べに明光に宿る。」とあり、明光はすなわち丹邱である。


習習和風起,采采彤雲浮,
しゅうしゅうとしてなごやかに風が起こり、さいさいとしてあざやかな赤い浮雲にかわっていく。
詩経・小雅・谷風> 習習谷風,維風及雨。 習習たる谷風、これ風と雨と將恐將懼,維予與女。 はた恐れはた懼る。・采采 詩経・周南・芣苢. 「采采芣苢、薄言采之。 采采芣苢、薄言有之。」芣苢を采り采り薄言采之 薄【いささ】か言【ここ】に之【これ】を采る。


娥皇發湘浦,霄明出河洲,
娥皇という湘水の神は湘水の淵浦に出発してくれ、夜明けになれば、大河の中州に出没する。
娥皇 尭(ぎょう)帝の二人の娘で、姉を娥皇・妹を女英といい、共に舜の妃となったが、舜が没すると、悲しんで湘江に身を投げて水神となったという。(湘水の神)『楚辞』の九歌。・霄明 【しょうめい】夜明け。


宛宛連螭轡,裔裔振龍旒。
ねうねとして長く続く水中には蛟に手綱をつけて連なっているし、えいえいとして空を飛んでいくのは龍が人ぶりうねっている。
宛宛 うねうねとして長く続くさま。龍が伸び縮むさま。
裔裔 行くさま。宋玉『神女賦』「歩裔裔兮曜殿堂。」飛んでいくさま。裔の用語解説 - [音]エイ(呉)(漢) [訓]すえ1 遠い子孫。「後裔・神裔・苗裔・末裔・余裔」 2 遠い辺境。「四裔」




『楚辞・九歌「東君」』屈原
東君
暾將出兮東方,照吾檻兮扶桑。
朝日は赤々として東の空に出ようとし、扶桑にある我が宮殿の欄干を照らしはじめている。
撫余馬兮安驅,夜皎皎兮既明。
わたしの馬を撫でてやり、静かにさせて駆けだすと、夜は白々と明けて、もう明るく輝いている。
駕龍輈兮乘雷,載雲旗兮委蛇。
竜に車を引かせて雷雲に乗り、雲の旗をひらめかせて、ゆらゆらとたなびいている。
長太息兮將上,心低佪兮顧懷。
わたしは大きな長いため息をついて、いよいよ一気に天に上ろうとすると、心は去りがたく後ろのほうを振り返る。
羌聲色兮娛人,觀者憺兮忘歸。」
ああ、歌声や美しい巫女の私をなぐさめる、見るものは皆心安らかに帰るのを忘れる。
緪瑟兮交鼓,簫鍾兮瑤虡,
張りつめた瑟の糸を締め、鼓をかわるがわるに打ち交わし、鍾をうち、簴(きょ)を瑤るがせる。
鳴箎兮吹竽,思靈保兮賢姱。
横笛を鳴らして、縦笛を吹けいている、そして巫女の徳すぐれてかしこく見た目が美しいことを思うのである。
翾飛兮翠曾,展詩兮會舞。
巫女たちは飛びまわり、カワセミのように飛び上がる、そして詩を歌いながら舞いまわっている。
應律兮合節,靈之來兮蔽日。」
音律におうじて調子を合わせているうちに、神々がやってきて、日を蔽うように天から降りあつまる。

青雲衣兮白霓裳,舉長矢兮射天狼。
太陽のわたしは青雲の上衣に白霓の裳をつける、太陽光線の長矢を以て天狼星を射る。
操余弧兮反淪降,援北斗兮酌桂漿。
私はそれを操って弓を持って下方へむかって降りてきて、北斗星の柄杓をとって肉桂の漿を酌むのである。
撰余轡兮高駝翔,杳冥冥兮以東行。」
そしてわが手綱を振り上げて高く駆け上って、はるかな暗黒の中をわたしは東へと行くのである。

暾【とん】として將に東方に出でんとし、吾が檻【かん】を扶桑【ふそう】に照らす。
餘が馬を撫して安驅すれば、夜は晈晈【こうこう】として既に明らかなり。
龍輈【りょうちゅう】に駕して雷に乘り、雲旗を載【た】てて委蛇たり。
長太息して將に上らんとすれど、心は低佪して顧【かへり】み懷ふ。
羌【ああ】聲色の人を娛ましむる、觀る者憺として歸るを忘る。」

瑟を緪【こう】し鼓を交へ、鍾を簫【う】ち簴【きょ】を瑤す。
箎【ち】鳴らし竽を吹き、靈保の賢姱【けんか】なるを思ふ。
翾飛【けんぴ】して翠曾し、詩を展【の】べて會舞す。
律に應じて節に合すれば、靈の來ること日を蔽ふ。」

餘が弧を操【と】りて反って淪降【りんこう】し、北斗を援【と】りて桂漿【けいしゅう】を酌【く】む。
餘が轡を撰【も】ちて高く駝翔【ちしゃう】し、杳として冥冥として以て東に行く。」

悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩503 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1326

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悲哉行
萋萋春草生,王孫遊有情,
さかんに茂っている春の草木がのびている、「楚辞」で詠う王孫は遊んでいて情をもっている。
差池鷰始飛,夭裊桃始榮,
翼を動かしツバメが飛び始めるし、若くやわらかくしなりながら桃が初めて栄える。
灼灼桃悅色,飛飛燕弄聲,
あでやかな桃は喜びの色になり、飛び回るツバメは声を上げる。
檐上雲結陰,澗下風吹清,
軒端の上にいたツバメが飛び立ち、雲の影に入っていく、谷の下には風が吹きすがすがしさを運ぶ。
幽樹雖改觀,終始在初生。
薄暗い木の陰に姿を改めているとしても、初めから終わりまで、うぶなものとしてあるのだ。

松蔦歡蔓延,樛葛欣虆縈,
風がこちらに来たからといってそれに頼ってしまってはいけない。鳥が去って行く様にどうして聞き流してしまうのだろうか。
松に絡むつたは蔓延していることを歓喜するし、その纏わって蔦はからみ纏わることを欣喜雀躍する。
眇然遊宦子,晤言時未并,
取るに足りないことであるが故郷を離れて務めている役人がいる、相対してうちとけて語ることは時に全く意に沿わないものがいる。
鼻感改朔氣,眼傷變節榮,
鼻が感じることは、秋が改ためられて北方から吹いてくる寒気であるし、目が傷つくことは季節の華やかに栄えるのが変化していくことである。
侘傺豈徒然,澶漫絕音形,
志を失うことはどうしてやるべき事がなくて、手持ち無沙汰なさまということだ、
風來不可托,鳥去豈為聽。


現代語訳と訳註
(本文)

松蔦歡蔓延,樛葛欣虆縈,
眇然遊宦子,晤言時未并,
鼻感改朔氣,眼傷變節榮,
侘傺豈徒然,澶漫絕音形,
風來不可托,鳥去豈為聽。


(下し文)
松の蔦【つた】蔓延【まんえん】を歓び、樛【まつわ】れる葛 虆縈【るいし】するを欣ぶ
眇然【びょうぜん】たり遊宦【ゆうかん】の子、悟言す時に未だ并【あ】わざるを。
鼻にて朔気に改むるを感じ、眼は節の栄ゆるを変ずるを傷む。
侘傺【たてい】豈 徒然ならんや、澶漫【たんまん】に音形 絶ゆ。
風来たるも託す可からず、鳥去り 豈 聴くを為さんや。


(現代語訳)
松に絡むつたは蔓延していることを歓喜するし、その纏わって蔦はからみ纏わることを欣喜雀躍する。
取るに足りないことであるが故郷を離れて務めている役人がいる、相対してうちとけて語ることは時に全く意に沿わないものがいる。
鼻が感じることは、秋が改ためられて北方から吹いてくる寒気であるし、目が傷つくことは季節の華やかに栄えるのが変化していくことである。

志を失うことはどうしてやるべき事がなくて、手持ち無沙汰なさまということだ、
風がこちらに来たからといってそれに頼ってしまってはいけない。鳥が去って行く様にどうして聞き流してしまうのだろうか。


(訳注)
松蔦歡蔓延,樛葛欣虆縈,
松に絡むつたは蔓延していることを歓喜するし、その纏わって蔦はからみ纏わることを欣喜雀躍する。
松蔦 この詩に言う松は、男性、男性に局所。蔦は女性を示す。


眇然遊宦子,晤言時未并,
取るに足りないことであるが故郷を離れて務めている役人がいる、相対してうちとけて語ることは時に全く意に沿わないものがいる。
・眇然 小さいさま。取るに足りないさま。・遊宦 故郷を離れて務めている役人。・晤言【ごげん】相対してうちとけて語ること。また、そのことば。(「悟」「晤」は、あう、むかいあうの意)


鼻感改朔氣,眼傷變節榮,
鼻が感じることは、秋が改ためられて北方から吹いてくる寒気であるし、目が傷つくことは季節の華やかに栄えるのが変化していくことである。
朔氣 北方から吹いてくる寒気。


侘傺豈徒然,澶漫絕音形,
志を失うことはどうしてやるべき事がなくて、手持ち無沙汰なさまということだ、
侘傺 志を失う。・徒然 やるべき事がなくて、手持ち無沙汰なさま。・澶漫 ほしいままなこと。緩やかに長いさま。


風來不可托,鳥去豈為聽。
風がこちらに来たからといってそれに頼ってしまってはいけない。鳥が去って行く様にどうして聞き流してしまうのだろうか。


この詩は、謝靈運の他の詩と比較して疑問のおこる詩である。内容的、語句のつかい方など若い時のものなら理解もできるが異なる語句が随所にある。詩経と楚辞の語句をそのまま使用したり、その内容・背景を借用するということ基づいて作るというより、直接使用している。謝靈運に艶詩は不得手である。

悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩502 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1323

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悲哉行
萋萋春草生,王孫遊有情,
さかんに茂っている春の草木がのびている、「楚辞」で詠う王孫は遊んでいて情をもっている。
差池鷰始飛,夭裊桃始榮,
翼を動かしツバメが飛び始めるし、若くやわらかくしなりながら桃が初めて栄える。
灼灼桃悅色,飛飛燕弄聲,
あでやかな桃は喜びの色になり、飛び回るツバメは声を上げる。
檐上雲結陰,澗下風吹清,
軒端の上にいたツバメが飛び立ち、雲の影に入っていく、谷の下には風が吹きすがすがしさを運ぶ。
幽樹雖改觀,終始在初生。

薄暗い木の陰に姿を改めているとしても、初めから終わりまで、うぶなものとしてあるのだ。
松蔦歡蔓延,樛葛欣虆縈,眇然遊宦子,晤言時未并,
鼻感改朔氣,眼傷變節榮,侘傺豈徒然,澶漫絕音形,
風來不可托,鳥去豈為聽。

宮島(3)

現代語訳と訳註
(本文)

悲哉行
萋萋春草生,王孫遊有情,差池鷰始飛,夭裊桃始榮,
灼灼桃悅色,飛飛燕弄聲,檐上雲結陰,澗下風吹清,
幽樹雖改觀,終始在初生。


(下し文)
悲哉行
萋萋として春草生じ,王孫 遊ぶに情有る,
差池【さち】に鷰【つばめ】始めて飛び,夭裊【ようい】の桃 始めて榮え,
灼灼【しゃくしゃく】桃 悅ぶ色あり,飛飛として燕聲を弄す,
檐の上の雲 陰を結び,澗の下 風吹きて清し,
幽樹 觀を改むと雖も,終始 初生に在り。


(現代語訳)
さかんに茂っている春の草木がのびている、「楚辞」で詠う王孫は遊んでいて情をもっている。
翼を動かしツバメが飛び始めるし、若くやわらかくしなりながら桃が初めて栄える。
あでやかな桃は喜びの色になり、飛び回るツバメは声を上げる。
軒端の上にいたツバメが飛び立ち、雲の影に入っていく、谷の下には風が吹きすがすがしさを運ぶ。
薄暗い木の陰に姿を改めているとしても、初めから終わりまで、うぶなものとしてあるのだ。


(訳注)
悲哉行

悲哀を歌うとされるがそうした表現を借りて、男女の交わりをうたう。貴族の遊びの中で詠われた艶歌である。


萋萋春草生,王孫遊有情,
さかんに茂っている春の草木がのびている、「楚辞」で詠う王孫は遊んでいて情をもっている。
萋萋【せいせい】草木の茂っているさま。さいさい。・王孫遊 「楚辞・招隠士」 「王孫遊兮不帰、春草生兮萋萋」(王孫遊びて帰らず、春草生じて萋萋たり)・・王孫 楊 王孫(よう おうそん、生没年不詳)は、前漢の武帝の時代の人。自らを裸葬にさせた。 黄老の術を学び、家は千金を生む仕事を行っていた。
謝靈運『登池上樓』「池塘生春草,園柳變鳴禽。」登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  詩集 395 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1002

差池鷰始飛,夭裊桃始榮,
翼を動かしツバメが飛び始めるし、若くやわらかくしなりながら桃が初めて栄える。
差池 等しくないさま。互い違いにするさま。羽を伸ばす形容。『詩経、北風』「燕燕干飛、差池其羽」(燕燕は干き飛ぶに、其の羽を差池にす)


灼灼桃悅色,飛飛燕弄聲,
あでやかな桃は喜びの色になり、飛び回るツバメは声を上げる。
『詩経國風 周南』桃夭「桃之夭夭 灼灼其華」若々しい桃の木、艶艶した其の華(その様に美しい)


檐上雲結陰,澗下風吹清,
軒端の上にいたツバメが飛び立ち、雲の影に入っていく、谷の下には風が吹きすがすがしさを運ぶ。
【のき】1 屋根の下端で、建物の壁面より外に突出している部分。2 庇(ひさし)。


幽樹雖改觀,終始在初生。
薄暗い木の陰に姿を改めているとしても、初めから終わりまで、うぶなものとしてあるのだ。

君子有所思行 謝霊運(康楽) 詩<75-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩501 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1320

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君子有所思行
總駕越鍾陵,還願望京畿,
君子の車馬は臨川から鍾陵をこえていく、また都に帰ろうと願って見回している。
躑躅周名都,遊目倦忘歸,
このあたりの名都というところには見て回り足ぶみして行くことが出来ない、遊び回っていて変えることをついつい忘れてしまう。
市鄽無阨室,世族有高闈,
市場のお店には区分けされた部屋はないし、代々血統が続いてきた一族というものは宮中の小門の血筋、皇后の血縁なのである。
密親麗華苑,軒甍飭通逵,
近しい親族には華麗で輝かしい学究者もいる。軒端の瓦が大通りに面するように我々一族はこの血統に対応しているのだ。
孰是金張樂,諒由燕趙詩,

一族においていずれの時にか前漢宣帝に仕へて權勢を振ひし者の金日磾と張安世のように權力ある貴族のようになれるだろうし、本当の所、燕趙詩でいうところの親しい者が去っていったことを詠うのである。

長夜恣酣飲,窮年弄音徽,
別れの長い夜は酒をくみ交わすのが最も盛んになり、飲みまくる。人の一生涯は琴の音に象徴されるようにもてあそぶ。
盛往速露墮,衰來疾風飛,
それは盛んなる年頃においては、露がしたたり落ちる間のようであり、衰え始めると風で飛ばされるほど速いものだ。
餘生不歡娛,何以竟暮歸,
残された命、歓楽と娯楽をしないというなら、なにをもって人生の最期を迎えられるというのか。
寂寥曲肱子,瓢飲療朝饑,
人の気配がなく、寂しい感じがする肱を曲げて枕の代わりとして休むことができる、飲みものはただ瓢にある水をのみ、朝もひもじいきわめて質素な生活のなかで療養できる。
所秉自天性,貧富豈相譏。
盛者必衰の人生において自分の天性のものにのっとり生きていくものであり、貧しかろうと富んでいようとどうして人から謗られるというのか。


現代語訳と訳註
(本文)

長夜恣酣飲,窮年弄音徽,盛往速露墮,衰來疾風飛,
餘生不歡娛,何以竟暮歸,寂寥曲肱子,瓢飲療朝饑,
所秉自天性,貧富豈相譏。


(下し文)
長夜【ちょうや】酣飲【かんいん】するを恣【ほしいまま】にし,窮年【きゅうねん】弄音徽【おんび】を【mてあそ】ぶ,
盛の往くは露の墮つるより速く,衰の來たるは風の飛ぶより疾【はや】し,
餘生 歡娛せざれば,何を以って竟に暮歸せん,
寂寥【せきりょう】たる肱を曲げる子,瓢飲【ひょういん】朝饑【ちょうき】を療せん,
秉【と】る所 天性よりし,貧富 豈に相い譏【そし】らん。


(現代語訳)
別れの長い夜は酒をくみ交わすのが最も盛んになり、飲みまくる。人の一生涯は琴の音に象徴されるようにもてあそぶ。
それは盛んなる年頃においては、露がしたたり落ちる間のようであり、衰え始めると風で飛ばされるほど速いものだ。
残された命、歓楽と娯楽をしないというなら、なにをもって人生の最期を迎えられるというのか。
人の気配がなく、寂しい感じがする肱を曲げて枕の代わりとして休むことができる、飲みものはただ瓢にある水をのみ、朝もひもじいきわめて質素な生活のなかで療養できる。
盛者必衰の人生において自分の天性のものにのっとり生きていくものであり、貧しかろうと富んでいようとどうして人から謗られるというのか。


(訳注)
長夜恣酣飲,窮年弄音徽,
別れの長い夜は酒をくみ交わすのが最も盛んになり、飲みまくる。人の一生涯は琴の音に象徴されるようにもてあそぶ。
酣飲 行事・季節などが最も盛んになった時。盛りが極まって、それ以後は衰えに向かう時。また、そのようなさま。真っ盛り。真っ最中。・窮年 人の一生涯。・【しるし】. 細い組みひものしるし。転じて、小さい物で全体を代表させたしるし。


盛往速露墮,衰來疾風飛,
それは盛んなる年頃においては、露がしたたり落ちる間のようであり、衰え始めると風で飛ばされるほど速いものだ。


餘生不歡娛,何以竟暮歸,
残された命、歓楽と娯楽をしないというなら、なにをもって人生の最期を迎えられるというのか。
暮歸 人生の最期。


寂寥曲肱子,瓢飲療朝饑,
人の気配がなく、寂しい感じがする肱を曲げて枕の代わりとして休むことができる、飲みものはただ瓢にある水をのみ、朝もひもじいきわめて質素な生活のなかで療養できる。
寂寥 【せきりょう】とは。人の気配がなく、寂しい感じがするさま。また、心が満たされず、寂しいさま。・曲肱 『論語』に記された顔回の、肱を曲げて枕の代わりとして休み、飲みものはただ瓢にある水のみという、きわめて質素な生活のなかで、人間の生きてゆく方法を追究したことを述べる。・饑【ひだる】い、空腹である。ひもじい。


所秉自天性,貧富豈相譏。
盛者必衰の人生において自分の天性のものにのっとり生きていくものであり、貧しかろうと富んでいようとどうして人から謗られるというのか。


長夜【ちょうや】酣飲【かんいん】するを恣【ほしいまま】にし,窮年【きゅうねん】弄音徽【おんび】を【mてあそ】ぶ,
盛の往くは露の墮つるより速く,衰の來たるは風の飛ぶより疾【はや】し,
餘生 歡娛せざれば,何を以って竟に暮歸せん,
寂寥【せきりょう】たる肱を曲げる子,瓢飲【ひょういん】朝饑【ちょうき】を療せん,
秉【と】る所 天性よりし,貧富 豈に相い譏【そし】らん。

君子有所思行 謝霊運(康楽) 詩<75-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩500 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1317

君子有所思行 謝霊運(康楽) 詩<75-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩500 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1317

     
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君子有所思行 謝霊運(康楽) 詩<75-#1>


君子有所思行
總駕越鍾陵,還願望京畿,
君子の車馬は臨川から鍾陵をこえていく、また都に帰ろうと願って見回している。
躑躅周名都,遊目倦忘歸,
このあたりの名都というところには見て回り足ぶみして行くことが出来ない、遊び回っていて変えることをついつい忘れてしまう。
市鄽無阨室,世族有高闈,
市場のお店には区分けされた部屋はないし、代々血統が続いてきた一族というものは宮中の小門の血筋、皇后の血縁なのである。
密親麗華苑,軒甍飭通逵,
近しい親族には華麗で輝かしい学究者もいる。軒端の瓦が大通りに面するように我々一族はこの血統に対応しているのだ。
孰是金張樂,諒由燕趙詩,

一族においていずれの時にか前漢宣帝に仕へて權勢を振ひし者の金日磾と張安世のように權力ある貴族のようになれるだろうし、本当の所、燕趙詩でいうところの親しい者が去っていったことを詠うのである。

長夜恣酣飲,窮年弄音徽,盛往速露墮,衰來疾風飛,
餘生不歡娛,何以竟暮歸,寂寥曲肱子,瓢飲療朝饑,
所秉自天性,貧富豈相譏。




現代語訳と訳註
(本文)

總駕越鍾陵,還願望京畿,躑躅周名都,遊目倦忘歸,
市鄽無阨室,世族有高闈,密親麗華苑,軒甍飭通逵,
孰是金張樂,諒由燕趙詩,


(下し文)
總駕【そうが】は鍾陵【しょうりょう】を越え,還た願って京畿を望む,
躑躅【てきちょく】名都を周り,遊目し倦【う】みて歸るを忘る,
市鄽【してん】には阨き室無く,世族高き闈【くらい】に有り,密親は麗華苑【かえん】より,軒の甍【いらか】は通逵【つうき】を飭【かざ】る,
孰【いずれ】か是れ金張の樂しみ,諒【まこと】に燕や趙の詩に由らん,


(現代語訳)
君子の車馬は臨川から鍾陵をこえていく、また都に帰ろうと願って見回している。
このあたりの名都というところには見て回り足ぶみして行くことが出来ない、遊び回っていて変えることをついつい忘れてしまう。
市場のお店には区分けされた部屋はないし、代々血統が続いてきた一族というものは宮中の小門の血筋、皇后の血縁なのである。
近しい親族には華麗で輝かしい学究者もいる。軒端の瓦が大通りに面するように我々一族はこの血統に対応しているのだ。
一族においていずれの時にか前漢宣帝に仕へて權勢を振ひし者の金日磾と張安世のように權力ある貴族のようになれるだろうし、本当の所、燕趙詩でいうところの親しい者が去っていったことを詠うのである。


(訳注)
總駕越鍾陵,還願望京畿,

君子の車馬は臨川から鍾陵をこえていく、また都に帰ろうと願って見回している。
總駕 君子の車馬。・鍾陵 現在江西省高安県・京畿 漢字文化圏で京師(みやこ)および京師周辺の地域のこと。


躑躅周名都,遊目倦忘歸,
このあたりの名都というところには見て回り足ぶみして行くことが出来ない、遊び回っていて変えることをついつい忘れてしまう。
・躑躅 中国で毒性のあるツツジを羊が誤って食べたところ、足ぶみしてもがき、うずくまってしまったと伝えられています。このようになることを躑躅(てきちょく)と言う漢字で表しています。通常はつつじのことあるが、ここでは足ぶみして行くことが出来ない様子をいう。


市鄽無阨室,世族有高闈,
市場のお店には区分けされた部屋はないし、代々血統が続いてきた一族というものは宮中の小門の血筋、皇后の血縁なのである
・鄽 みせ。・世族 代々血統が続いてきた一族。・ 宮中の小門。奥の部屋。


密親麗華苑,軒甍飭通逵,
近しい親族には華麗で輝かしい学究者もいる。軒端の瓦が大通りに面するように我々一族はこの血統に対応しているのだ。
・密親 近しい親族。・華苑 1 囲いをして、植物を植え、または、鳥獣を放し飼いにする所。その。「外苑・御苑(ぎょえん)・禁苑」2 学問・芸術の集まる所。・通逵 【つうき】往来の激しいにぎやかな通り、本道。


孰是金張樂,諒由燕趙詩,
一族においていずれの時にか前漢宣帝に仕へて權勢を振ひし者の金日磾と張安世のように權力ある貴族のようになれるだろうし、本当の所、燕趙詩でいうところの親しい者が去っていったことを詠うのである。
金張 金日磾と張安世と。二人は前漢宣帝に仕へて權勢を振ひし者。轉じて權力ある貴族の義とす。
燕趙詩 燕詩:「燕詩示劉叟」燕に託して、親子の情をうたいあげる。心に強く訴えかけてくる詩である。劉叟の息子が老いた親を置いて家を出て行き、帰ってこなくなったことについて、詠った。或いは、劉叟に仮託して、親しい者が去っていったことをいうのか。


(君子 思う所有るの行)
總駕【そうが】は鍾陵【しょうりょう】を越え,還た願って京畿を望む,
躑躅【てきちょく】名都を周り,遊目し倦【う】みて歸るを忘る,
市鄽【してん】には阨き室無く,世族高き闈【くらい】に有り,密親は麗華苑【かえん】より,軒の甍【いらか】は通逵【つうき】を飭【かざ】る,
孰【いずれ】か是れ金張の樂しみ,諒【まこと】に燕や趙の詩に由らん,

泰山吟 謝霊運(康楽) 詩<74>Ⅱ李白に影響を与えた詩499 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1314

     
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泰山吟 謝霊運(康楽) 詩<74>Ⅱ李白に影響を与えた詩499 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1314





泰山、石閭山で封じて、明堂という祠を建てた。世の中が安寧になると行われるものなのだがどうして今暗いままなのか、明堂という祠を建てることなどできないで、ただ霊に対してこの詩篇を納めるだけなのだ。



現代語訳と訳註
(本文)
泰山吟
岱宗秀維岳,崔崒剌雲天,
岝崿既嶮巇,觸石輒芊綿,
登封瘗崇壇,降禪藏肅然,
石閭何晻藹,明堂祕靈篇。


(下し文)
岱宗【たいそう】は維嶽【いがく】より秀【ひい】で、崔崒【さいしゅつ】して雲天を刺す。
岝崿【さくがく】既に嶮巇しく、石に触るれば輒ち芊綿す。
登封【とうほう】し崇壇【しゅうだん】に痙【うず】む、降禅【こうぜん】し蔵すること粛然たり。
石閭【せきりょ】何ぞ晻藹【うすぐら】き、明宝 秘霊篇。


(現代語訳)
我らが崇高に思う泰山は封禅をする太い綱でつながっている山々の中で秀でた山である。その山は高く嶮しく雲を衝き天まで突き抜けるものなのだ。
高くそびえる山には登るには峻嶮すぎる、やまは石岩でできておりそこには封禅の碑文が彫られており、連綿と続いている。
古代より天下が安寧になるとこの山に登り封禅を行った、前漢の武帝は泰山で封じて粛然山で禅師納めた。
瘗 地中にふかくうずめる。墓にうずめる。
泰山、石閭山で封じて、明堂という祠を建てた。世の中が安寧になると行われるものなのだがどうして今暗いままなのか、明堂という祠を建てることなどできないで、ただ霊に対してこの詩篇を納めるだけなのだ。


(訳注)
泰山吟

楚調曲にて歌う。全篇、泰山の高く険しき霊場を歌う。
この詩は黄節によると、宋の太祖が、在位が長かったので、泰山にて封禅せんとして、使いを遣わしたとき、霊運がこの篇を作ったのであろうと推定されているが、謝靈運が皇帝の封禅に対して、賛同し、心から希望し喜んでいるわけではないことがよく読めるものではなかろうか。


岱宗秀維岳,崔崒剌雲天,
我らが崇高に思う泰山は封禅をする太い綱でつながっている山々の中で秀でた山である。その山は高く嶮しく雲を衝き天まで突き抜けるものなのだ。
岱宗 泰山の別名。・維岳 封禅をする太い綱でつながっている山々。・崔崒 高く嶮しいさま。


岝崿既嶮巇,觸石輒芊綿,
高くそびえる山には登るには峻嶮すぎる、やまは石岩でできておりそこには封禅の碑文が彫られており、連綿と続いている。
岝崿 山の高い形容。・嶮巇 山道が峻険なようすをいう。峻険の中でも峻険なさま。・ 広く人々に告げ知らせること。また、その人。・ 草がしげる。山の青々としたさま。


登封瘗崇壇,降禪藏肅然,
古代より天下が安寧になるとこの山に登り封禅を行った、前漢の武帝は泰山で封じて粛然山で禅師納めた。
 地中にふかくうずめる。墓にうずめる。・肅然 粛然山


石閭何晻藹,明堂祕靈篇。
泰山、石閭山で封じて、明堂という祠を建てた。世の中が安寧になると行われるものなのだがどうして今暗いままなのか、明堂という祠を建てることなどできないで、ただ霊に対してこの詩篇を納めるだけなのだ。
石閭 石閭山在山東泰安縣南四十五里
明堂 .祠明堂.
封禅の儀式は、封と禅に分かれた2つの儀式の総称を指し、天に対して感謝する「封」の儀式と地に感謝する「禅」の儀式の2つ構成されていると言われている。

司馬遷の『史記』(卷二十八封禪書第六)の注釈書である『史記三家注』によれば、
「正義此泰山上築土為壇以祭天,報天之功,故曰封.此泰山下小山上除地,報地之功,故曰禪.(『史記正義』には、泰山の頂に土を築いて壇を作り天を祭り、天の功に報いるのが封で、その泰山の下にある小山の地を平らにして、地の功に報いるのが禅だ、とある。)」
『史記三家注』では続いて『五経通義』から「易姓而王,致太平,必封泰山,(王朝が変わって太平の世が至ったならば、必ず泰山を封ぜよ)」という言葉を引用している。

前漢 武帝劉徹
元封元年(紀元前110年) 封泰山、禅粛然山
元封2年(紀元前109年)  封泰山、祠明堂
元封5年(紀元前106年)  封泰山、祠明堂
太初元年(紀元前104年) 封泰山、禅蒿里山
太初3年(紀元前102年)  封泰山、禅石閭山
天漢3年(紀元前98年)   封泰山、祠明堂
太始4年(紀元前93年)   封泰山、禅石閭山
征和4年(紀元前89年)   封泰山、禅石閭山

後漢
光武帝劉秀  建武32年(56年) 封泰山、禅梁父山
章帝 劉烜  元和2年(85年) 柴祭泰山、祠明堂
安帝 劉祜  延光3年(124年) 柴祭泰山、祠明堂


我らが崇高に思う泰山は封禅をする太い綱でつながっている山々の中で秀でた山である。その山は高く嶮しく雲を衝き天まで突き抜けるものなのだ。
岝崿既嶮巇,觸石輒芊綿,
高くそびえる山には登るには峻嶮すぎる、やまは石岩でできておりそこには封禅の碑文が彫られており、連綿と続いている。
登封瘗崇壇,降禪藏肅然,
古代より天下が安寧になるとこの山に登り封禅を行った、前漢の武帝は泰山で封じて粛然山で禅師納めた。
石閭何晻藹,明堂祕靈篇。

還至梁城作 顔延之(延年) 詩<12-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1263

還至梁城作 顔延之(延年) 詩<12-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1263


還至梁城作
眇默軌路長,憔悴征戍勤。
私の帰り道はなかなで遠く長くなっている、洛陽にへの旅にでて職務に邁進しているためと憂苦のために顔色がくろくやつれている。
昔邁先徂師,今來後歸軍。
かつて北伐にゆく行軍に従い、その先となって洛陽におもむいたのだが、今は帰りの軍の後についてもどることになる。
振策睠東路,傾側不及群。
鞭を振りあげて東のかた帰路を視つつ、前に倒れるくらい道を急ぐけれども、軍に追いつくことができないのだ。
息徒顧將夕,極望梁陳分。
従者のものたちを休息させ、見まわすに、時はすでにタ方近くになっている、はるか遠くを望むと梁と陳との分れ目の国境線のあたりが見える。
故國多喬木,空城凝寒雲。」
旧国であるこの梁城には高い大木が茂っているが、さびれ果てた城郭には寒そうな雲がたちこめている。
(還【かえ】りて梁城に至る作)
眇默【びょうもく】として軌路【きろ】は長く,憔悴【しょうすい】して征戍【せいじゅ】に勤【つと】む。
昔 邁きしとき徂師【そし】に先だち,今 來たるとき歸軍【きぐん】に後【おく】る。
策【むち】を振【あ】げて東路【とうろ】を睠【かえり】み,傾側【けいそく】すれども群に及ばず。
徒【と】を息【いこ】えて顧みるに將に夕べにならんとし,望を極むれば 梁陳【ちん・りょう】 分る。
故國【ここく】には喬木【きょうぼく】多く,空城には寒雲【かんうん】凝【こ】る。
#2
丘壟填郛郭,銘志滅無文。
旧都の城壁の外には墳墓が多くある、その墓の銘や誌は磨滅して、文宇は読めない。
木石扃幽闥,黍苗延高墳。
木や石は散乱して墓の門をふさぎ、黍の苗が高い墳塚の上に生い茂るという荒れ方である。
惟彼雍門子,吁嗟孟嘗君。
昔雍門于が孟賞君に言ったことを思いだして嘆かわしくなる。
愚賤同堙滅,尊貴誰獨聞?
まことに尊貴の人といえども、愚賤のものと同じょうに、亡びて跡かたもなくなるのであり、尊貴だけが亡びずして称せられることなど、何とてあり得ないことなのだ。
曷為久遊客?憂念坐自殷。」

それにつけても、わたしはどうしてこのように、久しく他郷に在ることか、憂い心がおのずから深まるのである。
#2
丘壟【きゅうろう】は郛郭【ふかく】に填【み】ち,銘志【めいし】は無文【むもん】に滅【きえ】る。
木石【ぼくせい】は幽闥【ゆうたつ】を扃【とざ】し,黍苗【しょびょう】は高墳【こうふん】に延【の】ぶ。
惟【おも】う彼の雍門子【ようもんし】,吁嗟 孟嘗君【もうしょうくん】。
愚賤【ぐせん】と同じく堙滅【いんめつ】す,尊貴【そんき】とて誰か獨り聞こえん?
曷【なん】為【す】れぞ久遊【きゅうゆう】の客か?憂念【ゆうねん】坐ろに自ら殷んなり。


現代語訳と訳註
(本文) #2

丘壟填郛郭,銘志滅無文。
木石扃幽闥,黍苗延高墳。
惟彼雍門子,吁嗟孟嘗君。
愚賤同堙滅,尊貴誰獨聞?
曷為久遊客?憂念坐自殷。」


(下し文)#2
丘壟【きゅうろう】は郛郭【ふかく】に填【み】ち,銘志【めいし】は無文【むもん】に滅【きえ】る。
木石【ぼくせい】は幽闥【ゆうたつ】を扃【とざ】し,黍苗【しょびょう】は高墳【こうふん】に延【の】ぶ。
惟【おも】う彼の雍門子【ようもんし】,吁嗟 孟嘗君【もうしょうくん】。
愚賤【ぐせん】と同じく堙滅【いんめつ】す,尊貴【そんき】とて誰か獨り聞こえん?
曷【なん】為【す】れぞ久遊【きゅうゆう】の客か?憂念【ゆうねん】坐ろに自ら殷んなり。


(現代語訳) #2
旧都の城壁の外には墳墓が多くある、その墓の銘や誌は磨滅して、文宇は読めない。
木や石は散乱して墓の門をふさぎ、黍の苗が高い墳塚の上に生い茂るという荒れ方である。
昔雍門于が孟賞君に言ったことを思いだして嘆かわしくなる。
まことに尊貴の人といえども、愚賤のものと同じょうに、亡びて跡かたもなくなるのであり、尊貴だけが亡びずして称せられることなど、何とてあり得ないことなのだ。
それにつけても、わたしはどうしてこのように、久しく他郷に在ることか、憂い心がおのずから深まるのである。


(訳注) #2
丘壟填郛郭,銘志滅無文。
旧都の城壁の外には墳墓が多くある、その墓の銘や誌は磨滅して、文宇は読めない。
丘壟 おか。墓地をさす。○郛郭 外ぐるわ。城壁。○銘・誌 死者の生前の功徳などを石碑に刻した文章。


木石扃幽闥,黍苗延高墳。
木や石は散乱して墓の門をふさぎ、黍の苗が高い墳塚の上に生い茂るという荒れ方である。
木石 もと墓を造った時に用いた材料。○ とず。戸じまりのための横木。かんぬき。○幽闘 奥深く見える門。○ ここは、茎、幹(匹)の意。○ 延びている。満ち茂ること。


惟彼雍門子,吁嗟孟嘗君。
昔雍門于が孟賞君に言ったことを思いだして嘆かわしくなる。
雍門子 桓子新論に「雍門周は孟嘗君に見えて曰く、臣はひそかに悲しむ、干秋万歳の後には墳墓に荊辣の生じ、行人これを見て『孟嘗君の尊貴なるも、乃ち是の如きか』と日はんことを、と」。
桓子新論曰:雍門周見孟嘗君曰:臣竊悲千秋萬歲後,墳墓生荊棘,行人見之曰:孟嘗君尊貴乃如是乎!毛詩曰:吁嗟女兮。封禪書曰:堙滅而不稱。列子曰:伏羲以來,三十餘萬歲,賢愚好醜,無不消滅。


愚賤同堙滅,尊貴誰獨聞?
まことに尊貴の人といえども、愚賤のものと同じょうに、亡びて跡かたもなくなるのであり、尊貴だけが亡びずして称せられることなど、何とてあり得ないことなのだ。


曷為久遊客?憂念坐自殷。」
それにつけても、わたしはどうしてこのように、久しく他郷に在ることか、憂い心がおのずから深まるのである。

還至梁城作 顔延之(延年) 詩<12-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩481 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1260

還至梁城作 顔延之(延年) 詩<12-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩481 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1260


現代語訳と訳註
(本文) 文選 220
還至梁城作
眇默軌路長,憔悴征戍勤。
昔邁先徂師,今來後歸軍。
振策睠東路,傾側不及群。
息徒顧將夕,極望梁陳分。
故國多喬木,空城凝寒雲。」
私の帰り道はなかなで遠く長くなっている、洛陽にへの旅にでて職務に邁進しているためと憂苦のために顔色がくろくやつれている。
かつて北伐にゆく行軍に従い、その先となって洛陽におもむいたのだが、今は帰りの軍の後についてもどることになる。
鞭を振りあげて東のかた帰路を視つつ、前に倒れるくらい道を急ぐけれども、軍に追いつくことができないのだ。
従者のものたちを休息させ、見まわすに、時はすでにタ方近くになっている、はるか遠くを望むと梁と陳との分れ目の国境線のあたりが見える。
旧国であるこの梁城には高い大木が茂っているが、さびれ果てた城郭には寒そうな雲がたちこめている。
#2
丘壟填郛郭,銘志滅無文。
木石扃幽闥,黍苗延高墳。
惟彼雍門子,吁嗟孟嘗君。
愚賤同堙滅,尊貴誰獨聞?
曷為久遊客?憂念坐自殷。」

(下し文)
(還【かえ】りて梁城に至る作)
眇默【びょうもく】として軌路【きろ】は長く,憔悴【しょうすい】して征戍【せいじゅ】に勤【つと】む。
昔 邁きしとき徂師【そし】に先だち,今 來たるとき歸軍【きぐん】に後【おく】る。
策【むち】を振【あ】げて東路【とうろ】を睠【かえり】み,傾側【けいそく】すれども群に及ばず。
徒【と】を息【いこ】えて顧みるに將に夕べにならんとし,望を極むれば 梁陳【ちん・りょう】 分る。
故國【ここく】には喬木【きょうぼく】多く,空城には寒雲【かんうん】凝【こ】る。
#2
丘壟【きゅうろう】は郛郭【ふかく】に填【み】ち,銘志【めいし】は無文【むもん】に滅【きえ】る。
木石【ぼくせい】は幽闥【ゆうたつ】を扃【とざ】し,黍苗【しょびょう】は高墳【こうふん】に延【の】ぶ。
惟【おも】う彼の雍門子【ようもんし】,吁嗟 孟嘗君【もうしょうくん】。
愚賤【ぐせん】と同じく堙滅【いんめつ】す,尊貴【そんき】とて誰か獨り聞こえん?
曷【なん】為【す】れぞ久遊【きゅうゆう】の客か?憂念【ゆうねん】坐ろに自ら殷んなり。


(現代語訳)
私の帰り道はなかなで遠く長くなっている、洛陽にへの旅にでて職務に邁進しているためと憂苦のために顔色がくろくやつれている。
かつて北伐にゆく行軍に従い、その先となって洛陽におもむいたのだが、今は帰りの軍の後についてもどることになる。
鞭を振りあげて東のかた帰路を視つつ、前に倒れるくらい道を急ぐけれども、軍に追いつくことができないのだ。
従者のものたちを休息させ、見まわすに、時はすでにタ方近くになっている、はるか遠くを望むと梁と陳との分れ目の国境線のあたりが見える。
旧国であるこの梁城には高い大木が茂っているが、さびれ果てた城郭には寒そうな雲がたちこめている。


(訳注)
還至梁城作   顔延年(延之)
文選 行旅 下220
洛陽に使いし、それから帰る途中、梁国の都に着いた時の作。
■ 梁国 河南・安徽・山東省の交界部。
 秦の碭郡。 8県、38.7千戸、106.7千人(A2年)/ 9県、83.3千戸、431.3千人(140年)
 治所は碭(安徽省宿州市碭山)。  ・睢陽・蒙(河南省商丘市区) ・虞(商丘市虞城) ・已氏(山東省渮沢市曹県)

眇默軌路長,憔悴征戍勤。
私の帰り道はなかなで遠く長くなっている、洛陽にへの旅にでて職務に邁進しているためと憂苦のために顔色がくろくやつれている。
○眇默 遠く、ひっそりしたこと。『楚辭、九章』「石巒に登って遠く望めば,路は眇眇として默默たり。」(登石巒兮遠望,路眇眇兮默默。)○軌路 車で帰るから、軌といった。○憔悴 憂苦のために顔色がくろくやつれる。『楚辭、漁夫』「屈原既放,游於江潭,行吟澤畔,顏色憔悴,形容枯槁。」(屈原既に放れて,江潭に於游び,行々く澤畔に吟ず,顏色憔悴し,形容枯槁す。)○征戌 行き守る。洛陽に使いしたことをさす。左氏傳「勤戍五年。」

昔邁先徂師,今來後歸軍。
かつて北伐にゆく行軍に従い、その先となって洛陽におもむいたのだが、今は帰りの軍の後についてもどることになる。

振策睠東路,傾側不及群。
鞭を振りあげて東のかた帰路を視つつ、前に倒れるくらい道を急ぐけれども、軍に追いつくことができないのだ。
○傾側 ここは、からだが、前に傾き倒れる意。楚辭「肩傾側而不容兮,固陿腹而不得息。」


息徒顧將夕,極望梁陳分。
従者のものたちを休息させ、見まわすに、時はすでにタ方近くになっている、はるか遠くを望むと梁と陳との分れ目の国境線のあたりが見える。
○徒 徒侶、なかま。ここは従者。

故國多喬木,空城凝寒雲。」
旧国であるこの梁城には高い大木が茂っているが、さびれ果てた城郭には寒そうな雲がたちこめている。
○故國の句 ・故国 梁国。孟子の梁恵王篇に「觀喬木,知舊都」(いはゆる故国とは、喬木有るの謂にあらず)とみえるから、「旧国には大木があるものだ」との考え方もあったということ。○空城 梁城をさす。なむしきさまは、次の諸句にのべてある

秋胡詩 (9) 顔延之(延年) 詩<11>Ⅱ李白に影響を与えた詩480 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1257

秋胡詩 (9) 顔延之(延年) 詩<11>Ⅱ李白に影響を与えた詩480 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1257



魯国の秋胡子の妾なる潔婦についてのべた。
列女伝

魯秋潔婦. 潔婦者,魯秋胡子妻也。既納之五日,去而宦於陳,五年乃歸。未至家,見路旁婦人採桑,秋胡子悅之,下車謂曰:若曝採桑,吾行道,願託桑蔭下,下齎休焉。婦人採桑不輟,秋胡子謂曰:力田不如逢豐年,力桑不如見國卿。吾有金,願以與夫人。婦人曰:『採桑力作,紡績織紝以供衣食,奉二親養。夫子已矣,不願人之金。秋胡遂去。歸至家,奉金遺母,使人呼其婦。婦至,乃嚮採桑者也,秋胡子慚。婦曰:子束髮脩身,辭親往仕,五年乃還,當所悅馳驟,揚塵疾至。今也乃悅路傍婦人,下子之糧,以金予之,是忘母也。忘母不孝,好色淫泆,是污行也,污行不義。夫事親不孝, 則事君不忠。處家不義,則治官不理。孝義並亡,必不遂矣。妾不忍見,子改娶矣,妾亦不嫁。遂去而東走,投河而死。
(下し文)

秋胡子は、潔婦を納れ、五日にして、去りて陳に宦す。五年にして帰る。末だ其の家に至らざるとき、路傍に美しき婦人の方に桑を採るもの有るを見る。秋胡子は車より下り、謂うげて日く、いま吾に金あり、願はくは以て夫人に与へんと。婦人日く、嘻、妾は桑を採りて二親に奉ず。人の金を願わずと。秋湖子遂に去り、帰って家に至り金を奉じて其の母に遣る。その母、人をして其の婦を呼ばしむ。婦至る、乃ち向に桑を採りしものなり。秋湖は之を見て慙(は)づ。婦人日く、髪を束ね身む修め、親を辞し往いて仕ふ。五年にして乃ち還るを得たり。まさに親戚を見るべきなるに、今や乃ち路傍の婦人を悦びて、子の装を下し、金を以て之に与へんとす。これ母を忘るるの不孝なり。妾は不孝の人を見るに忍びずと。遂に去りて走り、自ら河に投じて裾す」(列女伝 秋胡子)
(大意)

魯の潔婦は秋胡子の妻である。新婚五日、秋湖は単身陳に赴任した。五年後に帰宅の道で、桑摘む美女を見て金を贈ろうとした。美人は拒絶したので、帰って母に贈った。妻を見ると、さきの採桑の美女であった。妻は五年振りの帰省に、道端の女を悦んで、母を忘れる不孝な人にはまみえないといって、遂に河に投死した。(西京雑記もほぼ同じ)とある。

顔延年はこの説話を詠んだ詩。


秋胡詩 顔延之(延年)
(1)
椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律。
空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
影響豈不懷?自遠每相匹。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。
婉彼幽閑女,作嫔君子室。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
嘉運既我從,欣願自此畢。
良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。
椅梧【いご】は高鳳【こうほう】に傾き、寒谷【かんこく】は鳴律【めいりつ】を待つ。
影響豈懐はざらんや、遠きより毎に相匹【ひつ】す。
婉たる彼の幽閑【ゆうかん】の女、君子の室に嫔【ひん】と作【な】る。
峻節【しゅんせつ】は秋霜を貫き、明豔【めいえん】は朝日に博し。
嘉運【かうん】は既に我に從へり、欣願【きんがん】比より垂らん。
(2)
燕居未及好,良人顧有違。
夫婦が和らいで暮らし、また仲睦まじくなるまでになっていないのに、夫はそれとは違って遠くへ別れることになった。
脫巾千裏外,結绶登王畿。
平民の頭巾を脱いで官僚の冠をつけ、千里の彼方に仕官して、官印の綬を腰に結んで王の治められる都、陳である「王畿」に上るのであった。
戒徒在昧旦,左右來相依。
しもべの者を戒めて朝まだきに出発の準備を整える。そうして、左右の従者も夫の傍に来て寄り添う。
驅車出郊郭,行路正威遲。
やがて車を駆って城外の野に出ると、行く路はまさに遙か先までうねうねと続いている。
存爲久離別,沒爲長不歸。
これから後、生存しても久しい別離となり、死ねば永遠に帰ってこられない、哀しいことである。
燕居【えんきょ】未だ好するに及ばざる,良人顧って違【さ】る有り。
巾【きん】を千裏の外に脫して,綬を結んで王畿【おうき】に登る。
徒を戒しむること昧旦【まいたん】に在り,左右來って相依る。
車を驅りて郊郭【こうかく】を出で,行路正に威遲【いち】たり。
存して久しき離別を爲し,沒して長き不歸を爲さん。
(3)  
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。
ああわれ秋胡は役目のための旅を悲しみながら、詩経の巻耳や陟岵の篇にしばしは険阻な山路をのぼると歌ってある、ように、朝から夜おそくまで旅を続ける。
嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
車を厳重に整えて、風の寒い山を越え、鞍を解き馬を休めて、霜露を蒙って野宿する。
原隰多悲涼,回飙卷高樹。
低い湿地の草原には悲しみやさびしさがみちて、つむじ風は高い木を吹き巻いている。
離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
群れを離れたけものが草深い小道に飛び出し、物に驚いた鳥が散乱して去って行く。
悲哉遊宦子,勞此山川路。

悲しいことだ、役目のために他国に旅する私は、この山川の路に苦労しているのである。
嗟【ああ】余【われ】は行役【こうえき】を怨む,三び陟【のぼ】りて晨暮【しんぼ】を窮む。
駕【が】を嚴【いま】しめて風寒【ふうかん】を越え,鞍【くら】を解いて霜露【そうろ】を犯す。
原隰【げんしゅう】に悲涼【ひりょう】多く,回飙【かいひょう】は高樹【こうじゅ】を卷く。
離獸【りじゅう】は荒蹊【こうけい】に起り,驚鳥【きょうちょう】は縦横に去る。
悲しい哉、遊宦【ゆうかん】の子、此の山川【さんせん】の路に勞【つか】る。

(4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。
はるかにも旅ゆく人、夫、秋湖は遠ざかり、めぐりめぐって年はうつりゆく。
良時爲此別,日月方向除。
あの新婚の良い時に別れてから月日はちょうど年が改たまろうとしている。
孰知寒暑積,僶俛見榮枯!
誰も知らないうちに、寒いときがあり、暑さがやってきて歳を重ねている、それはつとめて速かに花を咲かせ、そして枯れてゆくのを見るのである。
歲暮臨空房,涼風起坐隅。
こうして月日が過ぎ、はからずも年の暮れに夫のいないさびしい部屋に入って見る、寒い風が坐席のかたわらから吹きおこる。(そばには夫の温か味があったのに)
寢興日已寒,白露生庭蕪。
寝て起ききて日一日と日を重ね、としをかさねて、もう既に寒い季節になっている、私の操である白露の玉は庭の真ん中で輝くほどであったがしげみの陰に置くころとなった。
超遙【ちょうよう】として行人【こうじん】は遠く,宛轉【えんてん】年運は徂【ゆ】く。
良時【りょうじ】此の別れを爲せしとき,日月は方【まさ】に除に向【なん】なんとす。
孰【たれ】か知らん寒暑【かんしょ】の積りて,僶俛【びんべん】榮枯【えいこ】を見るを!
歲暮に空房【くうぼう】に臨むに,涼風【りょうふう】坐隅【ざぐう】に起る。
寢興【しんこう】日ごとに已に寒く,白露は庭蕪【ていぶ】生ず。
(5)  
勤役從歸願,反路遵山河。
役所勤めのうちにも帰省の願いが聞き入れられ、帰り道は山や河に沿って帰って行く。
昔辭秋未素,今也歲載華。
昔、いとま乞いをしたときは秋もまだ深くない落葉のない時期であったが、今は歳も新たに春の花が咲いている。
蠶月觀時暇,桑野多經過。
春の蚕を飼う月にちょうどよい休暇をもらったのだ、帰り道は先々さかりの桑畑を通った。
佳人從所務,窈窕援高柯。
そこには美しい女が務めの桑摘みをしていた、見目麗しい様子で高い枝をひきよせて桑の葉を摘んでいた。
傾城誰不顧,弭節停中阿。
世にもまれなその美人は一たび顧みれば人の城を傾けるといわれる魅力あるその美貌を、誰が振り向かないということがあるだろうか。秋湖も車の速度をとめて路の曲がり角に立ちどまって見とれてしまったのである。
勤役【きんえき】歸願【きがん】に從い,反路【はんろ】山河に遵【したが】う。
昔 辭せしとき秋未だ素ならず,今や歲は載【すなわ】ち華【はな】さく。
蠶月【さんげつ】時暇【じか】を觀,桑野【そうや】經過すること多し。
佳人【かじん】は務むる所に從う,窈窕【ようちょう】として高柯【こうか】を援【ひ】く。
傾城【けいじょう】誰か顧みざらん,節を弭【おさ】えて中阿【ちゅうあ】に停【とど】まる。
(6)  
年往誠思勞,事遠闊音形。
年はすぎ往き、誠意や思慕の心は疲れてしまい維持しなかった、それに路は遠く隔たって声も姿も久しく見聞きしていない。
雖爲五載別,相與昧平生。
五年もの別れをしていたのだけれども、お互いに平生の様子をなにもわからなかったものだ。
舍車遵往路,凫藻馳目成。
秋湖は車をおりて今来た道にしたがって戻った、秋湖は鴨が水草を得て喜んで踊り進むようにして、桑畑に美人に目くばせして「今夜の情交」の約束をしようとした。
南金豈不重?聊自意所輕。
秋湖が贈ろうとした南国産の金はどうして重い値打ちがないであろうか、しかし、秋湖の妻はとにかく自分の心でそれを軽いつまらないものと思ったのである。
義心多苦調,密比金玉聲。
彼女は貞節を重しとするためにお金を拒んだのである。その節義の心は秋湖にとって多くの苦い響きの言葉で語られたが、その声は全く金玉の美しく清い音にも似ていていた。
年往きて誠に思は勞するも、事遠くして音形は闊【とお】し。
五載の別を爲すと雖も、相與に平生に昧し。
車を捨てて往路に遵【したが】ひ、凫藻【ふそう】して目成【もくせい】を馳す。
南金壹重からざらんや。聊【いささか】か自ら意に握んずる所なり。
義心に苦調【くちょう】多し。密に金玉【きんぎょく】の聲に比す。

(第七首)
高節難久淹,朅來空複辭。
高くすぐれた操をまもる婦人のもとに久しく留まることは難しいことである、秋湖は行きつもどりつしながらもむなしくまた別れをつげて去ったのだ。
遲遲前途盡,依依造門基。
秋湖の足どりは遅れがちながらも行く道を尽くしてしまう、後に心を引かれながらも家の門の土台に行き着いた。
上堂拜嘉慶,入室問何之。
秋胡は奥座敷に上がって母に拝して健康を歓び祝った、夫婦の奥室に入って、妻がどこに行ったのかを問う。
日暮行采歸,物色桑榆時。
母は答えた、妻女は夕暮れ頃には帰って來るでしょう。それはいろんな物の色がわからなくなる、桑や楡の木立に日の入る黄昏時になるころでしょう。
美人望昏至,慚歎前相持。
美人は日の黄昏を望みながら家に到着する、さきに夫と途中で相応酬して、夫の心の不義なのを知ったことをはじめて恥じ入り、そして嘆くのである。
(高節【こうせつ】には久しくは淹【とどま】り難く、朅來【けつらい】して空しく複た辭す。
遲遲【ちち】として前途【ぜんと】盡【つ】き,依依【いい】として門基【もんき】に造【いた】る。
堂に上りて嘉慶【かけい】を拜し、室に入りて問う何に之けると。
日暮【にっぽ】には行【ゆくゆ】く采り歸らん,物色【ぶっしょく】桑榆【そうゆ】の時にと。
美人は昏【ゆうべ】を望みて至り,慚【は】じ歎【なげ】く前に相い持【じ】せしを。

(第八首)
有懷誰能已?聊用申苦難。
心に思うことがあるのを苦難であっても誰がやめることができよう。それ故、妻は少しばかり苦しい胸の内を述べてみる。
離居殊年載,一別阻河關。
あの日別れてから離れて住んで年は移りゆく、一たび別れてのちは黄河の関所を隔て消息も絶えてしまった。
春來無時豫,秋至恒早寒。
私は春が来でも時節のたのしみもなく、秋になるといつも早く寒くなるであろう夫の赴任地の事を思った。
明發動愁心,閨中起長歎。
そして夜通し明け方まで憂い、心配し眠れない時を過ごし、夜は初夜を引きずって、ねやで立ち上がり長いためいぎをついていたものだった。
慘淒歲方晏,日落遊子顔。
心がいたみ悲しみの中でこの年も暮れてゆくのでした。夫の貴君が夕日の落ちる時にはますます旅人のやつれ顔をしておられる姿を思っていたのです。
懐ふこと有れば誰か能く已【や】まん、聯【いささ】か用て苦難を申【の】べん。
離居【りきょ】して年載【ねんさい】を殊【こと】にし、一別して河關【かかん】に阻【へだ】てらる。
春末るも時に豫【たの】しむこと無く、秋至れば恒に早く寒かるべし。
明發【めいはつ】まて愁心を動かし、閨中【けいちゅう】に起って長歎【ちょうたん】す。
慘淒【さんせい】す歳【とし】方【まさ】に晏【く】るるときには、日は落つらん遊子【ゆうし】の顔にと。
(9)  
高張生絕弦,聲急由調起。
琴瑟も高い調子に張ると絶ち切れる絃が生じるように、みさおを高く立て通すためには命を絶つこともある。音声のきびしく悲しいのは曲のしらべが高まるように恨みか深いから、言葉も痛切になるのです。
自昔枉光塵,結言固終始。
昔、貴君がわざわざ来られて私を妻に迎えられてから、終始、固く変わるまいと失婦の約束をしたのです。
如何久爲別,百行諐諸己。
しかしこのように、久しく別れているうちに、あなたはすべての行勤に貴君自身が徳義を破ったのをどうしからよいというのですか。
君子失明義,誰與偕沒齒!
孔子家語「淫乱は男女より生ず。男女、別なければ、夫婦、義か失う。」といわれる通り、貴君が、明らかた道義にそむくことをされるなら、誰がともに一生を終えることができようか。
愧彼行露詩,甘之長川汜。

とても一緒に暮らせるものではありません。『詩経、召南』石露篇に貞節の婚人には無礼を加えることができないことを歌っているが、私はその詩に恥じると思うのです。それゆえ甘んじて大川の岸に行って身を投げて死のうと思うのです。
高張【こうちょう】は絕弦【ぜつげん】を生じ,聲の急なるは調の起るに由る。
昔 光塵【こうじん】を枉げて自より,言を結びて終始を固くす。
如何ぞ久しく別を爲し,百行諸れ己に諐【あやま】るや。
君子 明義【めいぎ】を失す,誰と與【とも】にか偕【とも】に齒【よわい】を沒せむ!
彼の「行露詩」に愧ず,甘んじて長川【ちょうせん】の汜【ほとり】に之【ゆ】かん。


現代語訳と訳註
(本文) (9) 
 
高張生絕弦,聲急由調起。
自昔枉光塵,結言固終始。
如何久爲別,百行諐諸己。
君子失明義,誰與偕沒齒!
愧彼行露詩,甘之長川汜。


(下し文)
高張【こうちょう】は絕弦【ぜつげん】を生じ,聲の急なるは調の起るに由る。
昔 光塵【こうじん】を枉げて自より,言を結びて終始を固くす。
如何ぞ久しく別を爲し,百行諸れ己に諐【あやま】るや。
君子 明義【めいぎ】を失す,誰と與【とも】にか偕【とも】に齒【よわい】を沒せむ!
彼の「行露詩」に愧ず,甘んじて長川【ちょうせん】の汜【ほとり】に之【ゆ】かん。


(現代語訳) (第九首)
琴瑟も高い調子に張ると絶ち切れる絃が生じるように、みさおを高く立て通すためには命を絶つこともある。音声のきびしく悲しいのは曲のしらべが高まるように恨みか深いから、言葉も痛切になるのです。
昔、貴君がわざわざ来られて私を妻に迎えられてから、終始、固く変わるまいと失婦の約束をしたのです。
しかしこのように、久しく別れているうちに、あなたはすべての行勤に貴君自身が徳義を破ったのをどうしからよいというのですか。
孔子家語「淫乱は男女より生ず。男女、別なければ、夫婦、義か失う。」といわれる通り、貴君が、明らかた道義にそむくことをされるなら、誰がともに一生を終えることができようか。
とても一緒に暮らせるものではありません。『詩経、召南』石露篇に貞節の婚人には無礼を加えることができないことを歌っているが、私はその詩に恥じると思うのです。それゆえ甘んじて大川の岸に行って身を投げて死のうと思うのです。


 (訳注)
高張生絕弦,聲急由調起。

琴瑟も高い調子に張ると絶ち切れる絃が生じるように、みさおを高く立て通すためには命を絶つこともある。音声のきびしく悲しいのは曲のしらべが高まるように恨みか深いから、言葉も痛切になるのです。
高張生紬絃 生は致す意。節操を立てるため、命を致す(自殺)を期することにたとえた。 琴の絃を声高く張れば絶ち切れる絃も生じる。みさお強く立て通せば生命か絶つこともある。筋を通すには命を懸けるの喩え。○声急由調趙 恨みか深いのて、辞も痛切になることにたとえた。
声急由調起 音声のぜまって悲しげなことは曲調が高まるのによる。妻の苦言は恨みの深いためであるという意味を、音曲の理にたとえた。この「秋湖詩」は歌い語りの詩であるから、両句は音曲上のことでいう。 


自昔枉光塵,結言固終始。
昔、貴君がわざわざ来られて私を妻に迎えられてから、終始、固く変わるまいと失婦の約束をしたのです。
枉光塵 わざわざお迎えを頂いて婚礼をした。光塵は人の車の迹に起こる塵の美称。光は輝く意味で美称。光塵 秋胡の光と塵をさす。○結言 佩び帯を結んで約束をする。楚辞、離騒「吾令豐隆乘雲兮,求虙妃之所在解佩纕以結言兮」佩纕を解いて以て言を結ぶ。」


如何久爲別,百行諐諸己。
しかしこのように、久しく別れているうちに、あなたはすべての行勤に貴君自身が徳義を破ったのをどうしからよいというのですか。
百行 あらゆる行ない。○諐諸己 あやまつ、失。秋湖自身徳義を破ったことをいう。


君子失明義,誰與偕沒齒!
孔子家語「淫乱は男女より生ず。男女、別なければ、夫婦、義か失う。」といわれる通り、貴君が、明らかた道義にそむくことをされるなら、誰がともに一生を終えることができようか。
 ○失明義 孔子家語「淫乱は男女より生ず。男女、別なければ、夫婦、義か失ふ。」


愧彼行露詩,甘之長川汜。
とても一緒に暮らせるものではありません。『詩経、召南』石露篇に貞節の婚人には無礼を加えることができないことを歌っているが、私はその詩に恥じると思うのです。それゆえ甘んじて大川の岸に行って身を投げて死のうと思うのです。
傀彼行露詩 愧とは、はずかしく思うこと。「貞女は、霜露を犯して礼に違ふことをせず、而るに我は生を貪りて義を棄つるをなさば、彼の貞女に劣る。故に愧づることあり」という注がある。
 『詩経、召南』石露篇に「厭浥行露、豈不夙夜、謂行多露。」(厭浥たる行の露、豈夙夜せざらんや、謂ふ行に露の多しと。)詩の序に「彊暴の男も、貞女 を侵凌すること能ばず」という。○甘 満足して。みずから願って。○ 爾雅に、「決れて復た河に入る水」というのは、再び本流に合流する所の支流のこと。ここは「水涯」(入水自殺)をいう。○長川汜 大川の岸。汜は岸。


高張【こうちょう】は絕弦【ぜつげん】を生じ,聲の急なるは調の起るに由る。
昔 光塵【こうじん】を枉げて自より,言を結びて終始を固くす。
如何ぞ久しく別を爲し,百行諸れ己に諐【あやま】るや。
君子 明義【めいぎ】を失す,誰と與【とも】にか偕【とも】に齒【よわい】を沒せむ!
彼の「行露詩」に愧ず,甘んじて長川【ちょうせん】の汜【ほとり】に之【ゆ】かん。

秋胡詩 (8) 顔延之(延年) 詩<10>Ⅱ李白に影響を与えた詩479 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1254

秋胡詩 (8) 顔延之(延年) 詩<10>Ⅱ李白に影響を与えた詩479 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1254


秋胡詩 顔延之(延年)
(1)
椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律。
空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
影響豈不懷?自遠每相匹。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。
婉彼幽閑女,作嫔君子室。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
嘉運既我從,欣願自此畢。
良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。
椅梧【いご】は高鳳【こうほう】に傾き、寒谷【かんこく】は鳴律【めいりつ】を待つ。
影響豈懐はざらんや、遠きより毎に相匹【ひつ】す。
婉たる彼の幽閑【ゆうかん】の女、君子の室に嫔【ひん】と作【な】る。
峻節【しゅんせつ】は秋霜を貫き、明豔【めいえん】は朝日に博し。
嘉運【かうん】は既に我に從へり、欣願【きんがん】比より垂らん。
(2)
燕居未及好,良人顧有違。
夫婦が和らいで暮らし、また仲睦まじくなるまでになっていないのに、夫はそれとは違って遠くへ別れることになった。
脫巾千裏外,結绶登王畿。
平民の頭巾を脱いで官僚の冠をつけ、千里の彼方に仕官して、官印の綬を腰に結んで王の治められる都、陳である「王畿」に上るのであった。
戒徒在昧旦,左右來相依。
しもべの者を戒めて朝まだきに出発の準備を整える。そうして、左右の従者も夫の傍に来て寄り添う。
驅車出郊郭,行路正威遲。
やがて車を駆って城外の野に出ると、行く路はまさに遙か先までうねうねと続いている。
存爲久離別,沒爲長不歸。
これから後、生存しても久しい別離となり、死ねば永遠に帰ってこられない、哀しいことである。
燕居【えんきょ】未だ好するに及ばざる,良人顧って違【さ】る有り。
巾【きん】を千裏の外に脫して,綬を結んで王畿【おうき】に登る。
徒を戒しむること昧旦【まいたん】に在り,左右來って相依る。
車を驅りて郊郭【こうかく】を出で,行路正に威遲【いち】たり。
存して久しき離別を爲し,沒して長き不歸を爲さん。
(3)  
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。
ああわれ秋胡は役目のための旅を悲しみながら、詩経の巻耳や陟岵の篇にしばしは険阻な山路をのぼると歌ってある、ように、朝から夜おそくまで旅を続ける。
嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
車を厳重に整えて、風の寒い山を越え、鞍を解き馬を休めて、霜露を蒙って野宿する。
原隰多悲涼,回飙卷高樹。
低い湿地の草原には悲しみやさびしさがみちて、つむじ風は高い木を吹き巻いている。
離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
群れを離れたけものが草深い小道に飛び出し、物に驚いた鳥が散乱して去って行く。
悲哉遊宦子,勞此山川路。

悲しいことだ、役目のために他国に旅する私は、この山川の路に苦労しているのである。
嗟【ああ】余【われ】は行役【こうえき】を怨む,三び陟【のぼ】りて晨暮【しんぼ】を窮む。
駕【が】を嚴【いま】しめて風寒【ふうかん】を越え,鞍【くら】を解いて霜露【そうろ】を犯す。
原隰【げんしゅう】に悲涼【ひりょう】多く,回飙【かいひょう】は高樹【こうじゅ】を卷く。
離獸【りじゅう】は荒蹊【こうけい】に起り,驚鳥【きょうちょう】は縦横に去る。
悲しい哉、遊宦【ゆうかん】の子、此の山川【さんせん】の路に勞【つか】る。

(4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。
はるかにも旅ゆく人、夫、秋湖は遠ざかり、めぐりめぐって年はうつりゆく。
良時爲此別,日月方向除。
あの新婚の良い時に別れてから月日はちょうど年が改たまろうとしている。
孰知寒暑積,僶俛見榮枯!
誰も知らないうちに、寒いときがあり、暑さがやってきて歳を重ねている、それはつとめて速かに花を咲かせ、そして枯れてゆくのを見るのである。
歲暮臨空房,涼風起坐隅。
こうして月日が過ぎ、はからずも年の暮れに夫のいないさびしい部屋に入って見る、寒い風が坐席のかたわらから吹きおこる。(そばには夫の温か味があったのに)
寢興日已寒,白露生庭蕪。
寝て起ききて日一日と日を重ね、としをかさねて、もう既に寒い季節になっている、私の操である白露の玉は庭の真ん中で輝くほどであったがしげみの陰に置くころとなった。
超遙【ちょうよう】として行人【こうじん】は遠く,宛轉【えんてん】年運は徂【ゆ】く。
良時【りょうじ】此の別れを爲せしとき,日月は方【まさ】に除に向【なん】なんとす。
孰【たれ】か知らん寒暑【かんしょ】の積りて,僶俛【びんべん】榮枯【えいこ】を見るを!
歲暮に空房【くうぼう】に臨むに,涼風【りょうふう】坐隅【ざぐう】に起る。
寢興【しんこう】日ごとに已に寒く,白露は庭蕪【ていぶ】生ず。
(5)  
勤役從歸願,反路遵山河。
役所勤めのうちにも帰省の願いが聞き入れられ、帰り道は山や河に沿って帰って行く。
昔辭秋未素,今也歲載華。
昔、いとま乞いをしたときは秋もまだ深くない落葉のない時期であったが、今は歳も新たに春の花が咲いている。
蠶月觀時暇,桑野多經過。
春の蚕を飼う月にちょうどよい休暇をもらったのだ、帰り道は先々さかりの桑畑を通った。
佳人從所務,窈窕援高柯。
そこには美しい女が務めの桑摘みをしていた、見目麗しい様子で高い枝をひきよせて桑の葉を摘んでいた。
傾城誰不顧,弭節停中阿。
世にもまれなその美人は一たび顧みれば人の城を傾けるといわれる魅力あるその美貌を、誰が振り向かないということがあるだろうか。秋湖も車の速度をとめて路の曲がり角に立ちどまって見とれてしまったのである。
勤役【きんえき】歸願【きがん】に從い,反路【はんろ】山河に遵【したが】う。
昔 辭せしとき秋未だ素ならず,今や歲は載【すなわ】ち華【はな】さく。
蠶月【さんげつ】時暇【じか】を觀,桑野【そうや】經過すること多し。
佳人【かじん】は務むる所に從う,窈窕【ようちょう】として高柯【こうか】を援【ひ】く。
傾城【けいじょう】誰か顧みざらん,節を弭【おさ】えて中阿【ちゅうあ】に停【とど】まる。
(6)  
年往誠思勞,事遠闊音形。
年はすぎ往き、誠意や思慕の心は疲れてしまい維持しなかった、それに路は遠く隔たって声も姿も久しく見聞きしていない。
雖爲五載別,相與昧平生。
五年もの別れをしていたのだけれども、お互いに平生の様子をなにもわからなかったものだ。
舍車遵往路,凫藻馳目成。
秋湖は車をおりて今来た道にしたがって戻った、秋湖は鴨が水草を得て喜んで踊り進むようにして、桑畑に美人に目くばせして「今夜の情交」の約束をしようとした。
南金豈不重?聊自意所輕。
秋湖が贈ろうとした南国産の金はどうして重い値打ちがないであろうか、しかし、秋湖の妻はとにかく自分の心でそれを軽いつまらないものと思ったのである。
義心多苦調,密比金玉聲。
彼女は貞節を重しとするためにお金を拒んだのである。その節義の心は秋湖にとって多くの苦い響きの言葉で語られたが、その声は全く金玉の美しく清い音にも似ていていた。
年往きて誠に思は勞するも、事遠くして音形は闊【とお】し。
五載の別を爲すと雖も、相與に平生に昧し。
車を捨てて往路に遵【したが】ひ、凫藻【ふそう】して目成【もくせい】を馳す。
南金壹重からざらんや。聊【いささか】か自ら意に握んずる所なり。
義心に苦調【くちょう】多し。密に金玉【きんぎょく】の聲に比す。

(第七首)
高節難久淹,朅來空複辭。
高くすぐれた操をまもる婦人のもとに久しく留まることは難しいことである、秋湖は行きつもどりつしながらもむなしくまた別れをつげて去ったのだ。
遲遲前途盡,依依造門基。
秋湖の足どりは遅れがちながらも行く道を尽くしてしまう、後に心を引かれながらも家の門の土台に行き着いた。
上堂拜嘉慶,入室問何之。
秋胡は奥座敷に上がって母に拝して健康を歓び祝った、夫婦の奥室に入って、妻がどこに行ったのかを問う。
日暮行采歸,物色桑榆時。
母は答えた、妻女は夕暮れ頃には帰って來るでしょう。それはいろんな物の色がわからなくなる、桑や楡の木立に日の入る黄昏時になるころでしょう。
美人望昏至,慚歎前相持。
美人は日の黄昏を望みながら家に到着する、さきに夫と途中で相応酬して、夫の心の不義なのを知ったことをはじめて恥じ入り、そして嘆くのである。
(高節【こうせつ】には久しくは淹【とどま】り難く、朅來【けつらい】して空しく複た辭す。
遲遲【ちち】として前途【ぜんと】盡【つ】き,依依【いい】として門基【もんき】に造【いた】る。
堂に上りて嘉慶【かけい】を拜し、室に入りて問う何に之けると。
日暮【にっぽ】には行【ゆくゆ】く采り歸らん,物色【ぶっしょく】桑榆【そうゆ】の時にと。
美人は昏【ゆうべ】を望みて至り,慚【は】じ歎【なげ】く前に相い持【じ】せしを。

(第八首)
有懷誰能已?聊用申苦難。
心に思うことがあるのを苦難であっても誰がやめることができよう。それ故、妻は少しばかり苦しい胸の内を述べてみる。
離居殊年載,一別阻河關。
あの日別れてから離れて住んで年は移りゆく、一たび別れてのちは黄河の関所を隔て消息も絶えてしまった。
春來無時豫,秋至恒早寒。
私は春が来でも時節のたのしみもなく、秋になるといつも早く寒くなるであろう夫の赴任地の事を思った。
明發動愁心,閨中起長歎。
そして夜通し明け方まで憂い、心配し眠れない時を過ごし、夜は初夜を引きずって、ねやで立ち上がり長いためいぎをついていたものだった。
慘淒歲方晏,日落遊子顔。

心がいたみ悲しみの中でこの年も暮れてゆくのでした。夫の貴君が夕日の落ちる時にはますます旅人のやつれ顔をしておられる姿を思っていたのです。
懐ふこと有れば誰か能く已【や】まん、聯【いささ】か用て苦難を申【の】べん。
離居【りきょ】して年載【ねんさい】を殊【こと】にし、一別して河關【かかん】に阻【へだ】てらる。
春末るも時に豫【たの】しむこと無く、秋至れば恒に早く寒かるべし。
明發【めいはつ】まて愁心を動かし、閨中【けいちゅう】に起って長歎【ちょうたん】す。
慘淒【さんせい】す歳【とし】方【まさ】に晏【く】るるときには、日は落つらん遊子【ゆうし】の顔にと。
 (9)  
高張生絕弦,聲急由調起。自昔枉光塵,結言固終始。
如何久爲別,百行諐諸己。君子失明義,誰與偕沒齒!
愧彼《行露》詩⑿,甘之長川汜⒀。[1]



現代語訳と訳註
(本文) (8)
  

有懷誰能已?聊用申苦難。
離居殊年載, 一別阻河關。
春來無時豫, 秋至恒早寒。
明發動愁心, 閨中起長歎。
慘淒歲方晏, 日落遊子顔。


(下し文)
懐ふこと有れば誰か能く已【や】まん、聯【いささ】か用て苦難を申【の】べん。
離居【りきょ】して年載【ねんさい】を殊【こと】にし、一別して河關【かかん】に阻【へだ】てらる。
春末るも時に豫【たの】しむこと無く、秋至れば恒に早く寒かるべし。
明發【めいはつ】まて愁心を動かし、閨中【けいちゅう】に起って長歎【ちょうたん】す。
慘淒【さんせい】す歳【とし】方【まさ】に晏【く】るるときには、日は落つらん遊子【ゆうし】の顔にと。


(現代語訳) (第八首)
心に思うことがあるのを苦難であっても誰がやめることができよう。それ故、妻は少しばかり苦しい胸の内を述べてみる。
あの日別れてから離れて住んで年は移りゆく、一たび別れてのちは黄河の関所を隔て消息も絶えてしまった。
私は春が来でも時節のたのしみもなく、秋になるといつも早く寒くなるであろう夫の赴任地の事を思った。
そして夜通し明け方まで憂い、心配し眠れない時を過ごし、夜は初夜を引きずって、ねやで立ち上がり長いためいぎをついていたものだった。
心がいたみ悲しみの中でこの年も暮れてゆくのでした。夫の貴君が夕日の落ちる時にはますます旅人のやつれ顔をしておられる姿を思っていたのです。


 (訳注)
有懷誰能已?聊用申苦難。

心に思うことがあるのを苦難であっても誰がやめることができよう。それ故、妻は少しばかり苦しい胸の内を述べてみる。


離居殊年載,一別阻河關。
あの日別れてから離れて住んで年は移りゆく、一たび別れてのちは黄河の関所を隔て消息も絶えてしまった。
殊年載 年が変わる。 ・阻河関 黄河の関所を隔て行くこともできない。


春來無時豫,秋至恒早寒。
私は春が来でも時節のたのしみもなく、秋になるといつも早く寒くなるであろう夫の赴任地の事を思った。
無時豫 時節に楽しむこともない。豫は逸楽。 


明發動愁心,閨中起長歎。
そして夜通し明け方まで憂い、心配し眠れない時を過ごし、夜は初夜を引きずって、ねやで立ち上がり長いためいぎをついていたものだった。
明発 早朝、夜が明けて光が発する時。夜は初夜を引きずっているということ。 
 

慘淒歲方晏,日落遊子顔。
心がいたみ悲しみの中でこの年も暮れてゆくのでした。夫の貴君が夕日の落ちる時にはますます旅人のやつれ顔をしておられる姿を思っていたのです。
慘淒 心がいたみ悲しむ。 ・ 暮れる。 ・遊子顔 夫の旅にやっれた顔を思い浮かべる。

秋胡詩 (7) 顔延之(延年) 詩<9>Ⅱ李白に影響を与えた詩478 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1251

秋胡詩 (7) 顔延之(延年) 詩<9>Ⅱ李白に影響を与えた詩478 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1251


秋胡詩 顔延之(延年)
(1)
椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律。
空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
影響豈不懷?自遠每相匹。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。
婉彼幽閑女,作嫔君子室。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
嘉運既我從,欣願自此畢。
良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。
椅梧【いご】は高鳳【こうほう】に傾き、寒谷【かんこく】は鳴律【めいりつ】を待つ。
影響豈懐はざらんや、遠きより毎に相匹【ひつ】す。
婉たる彼の幽閑【ゆうかん】の女、君子の室に嫔【ひん】と作【な】る。
峻節【しゅんせつ】は秋霜を貫き、明豔【めいえん】は朝日に博し。
嘉運【かうん】は既に我に從へり、欣願【きんがん】比より垂らん。
(2)
燕居未及好,良人顧有違。
夫婦が和らいで暮らし、また仲睦まじくなるまでになっていないのに、夫はそれとは違って遠くへ別れることになった。
脫巾千裏外,結绶登王畿。
平民の頭巾を脱いで官僚の冠をつけ、千里の彼方に仕官して、官印の綬を腰に結んで王の治められる都、陳である「王畿」に上るのであった。
戒徒在昧旦,左右來相依。
しもべの者を戒めて朝まだきに出発の準備を整える。そうして、左右の従者も夫の傍に来て寄り添う。
驅車出郊郭,行路正威遲。
やがて車を駆って城外の野に出ると、行く路はまさに遙か先までうねうねと続いている。
存爲久離別,沒爲長不歸。
これから後、生存しても久しい別離となり、死ねば永遠に帰ってこられない、哀しいことである。
燕居【えんきょ】未だ好するに及ばざる,良人顧って違【さ】る有り。
巾【きん】を千裏の外に脫して,綬を結んで王畿【おうき】に登る。
徒を戒しむること昧旦【まいたん】に在り,左右來って相依る。
車を驅りて郊郭【こうかく】を出で,行路正に威遲【いち】たり。
存して久しき離別を爲し,沒して長き不歸を爲さん。
(3)  
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。
ああわれ秋胡は役目のための旅を悲しみながら、詩経の巻耳や陟岵の篇にしばしは険阻な山路をのぼると歌ってある、ように、朝から夜おそくまで旅を続ける。
嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
車を厳重に整えて、風の寒い山を越え、鞍を解き馬を休めて、霜露を蒙って野宿する。
原隰多悲涼,回飙卷高樹。
低い湿地の草原には悲しみやさびしさがみちて、つむじ風は高い木を吹き巻いている。
離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
群れを離れたけものが草深い小道に飛び出し、物に驚いた鳥が散乱して去って行く。
悲哉遊宦子,勞此山川路。

悲しいことだ、役目のために他国に旅する私は、この山川の路に苦労しているのである。
嗟【ああ】余【われ】は行役【こうえき】を怨む,三び陟【のぼ】りて晨暮【しんぼ】を窮む。
駕【が】を嚴【いま】しめて風寒【ふうかん】を越え,鞍【くら】を解いて霜露【そうろ】を犯す。
原隰【げんしゅう】に悲涼【ひりょう】多く,回飙【かいひょう】は高樹【こうじゅ】を卷く。
離獸【りじゅう】は荒蹊【こうけい】に起り,驚鳥【きょうちょう】は縦横に去る。
悲しい哉、遊宦【ゆうかん】の子、此の山川【さんせん】の路に勞【つか】る。

(4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。
はるかにも旅ゆく人、夫、秋湖は遠ざかり、めぐりめぐって年はうつりゆく。
良時爲此別,日月方向除。
あの新婚の良い時に別れてから月日はちょうど年が改たまろうとしている。
孰知寒暑積,僶俛見榮枯!
誰も知らないうちに、寒いときがあり、暑さがやってきて歳を重ねている、それはつとめて速かに花を咲かせ、そして枯れてゆくのを見るのである。
歲暮臨空房,涼風起坐隅。
こうして月日が過ぎ、はからずも年の暮れに夫のいないさびしい部屋に入って見る、寒い風が坐席のかたわらから吹きおこる。(そばには夫の温か味があったのに)
寢興日已寒,白露生庭蕪。
寝て起ききて日一日と日を重ね、としをかさねて、もう既に寒い季節になっている、私の操である白露の玉は庭の真ん中で輝くほどであったがしげみの陰に置くころとなった。
超遙【ちょうよう】として行人【こうじん】は遠く,宛轉【えんてん】年運は徂【ゆ】く。
良時【りょうじ】此の別れを爲せしとき,日月は方【まさ】に除に向【なん】なんとす。
孰【たれ】か知らん寒暑【かんしょ】の積りて,僶俛【びんべん】榮枯【えいこ】を見るを!
歲暮に空房【くうぼう】に臨むに,涼風【りょうふう】坐隅【ざぐう】に起る。
寢興【しんこう】日ごとに已に寒く,白露は庭蕪【ていぶ】生ず。
(5)  
勤役從歸願,反路遵山河。
役所勤めのうちにも帰省の願いが聞き入れられ、帰り道は山や河に沿って帰って行く。
昔辭秋未素,今也歲載華。
昔、いとま乞いをしたときは秋もまだ深くない落葉のない時期であったが、今は歳も新たに春の花が咲いている。
蠶月觀時暇,桑野多經過。
春の蚕を飼う月にちょうどよい休暇をもらったのだ、帰り道は先々さかりの桑畑を通った。
佳人從所務,窈窕援高柯。
そこには美しい女が務めの桑摘みをしていた、見目麗しい様子で高い枝をひきよせて桑の葉を摘んでいた。
傾城誰不顧,弭節停中阿。
世にもまれなその美人は一たび顧みれば人の城を傾けるといわれる魅力あるその美貌を、誰が振り向かないということがあるだろうか。秋湖も車の速度をとめて路の曲がり角に立ちどまって見とれてしまったのである。
勤役【きんえき】歸願【きがん】に從い,反路【はんろ】山河に遵【したが】う。
昔 辭せしとき秋未だ素ならず,今や歲は載【すなわ】ち華【はな】さく。
蠶月【さんげつ】時暇【じか】を觀,桑野【そうや】經過すること多し。
佳人【かじん】は務むる所に從う,窈窕【ようちょう】として高柯【こうか】を援【ひ】く。
傾城【けいじょう】誰か顧みざらん,節を弭【おさ】えて中阿【ちゅうあ】に停【とど】まる。
(6)  
年往誠思勞,事遠闊音形。
年はすぎ往き、誠意や思慕の心は疲れてしまい維持しなかった、それに路は遠く隔たって声も姿も久しく見聞きしていない。
雖爲五載別,相與昧平生。
五年もの別れをしていたのだけれども、お互いに平生の様子をなにもわからなかったものだ。
舍車遵往路,凫藻馳目成。
秋湖は車をおりて今来た道にしたがって戻った、秋湖は鴨が水草を得て喜んで踊り進むようにして、桑畑に美人に目くばせして「今夜の情交」の約束をしようとした。
南金豈不重?聊自意所輕。
秋湖が贈ろうとした南国産の金はどうして重い値打ちがないであろうか、しかし、秋湖の妻はとにかく自分の心でそれを軽いつまらないものと思ったのである。
義心多苦調,密比金玉聲。
彼女は貞節を重しとするためにお金を拒んだのである。その節義の心は秋湖にとって多くの苦い響きの言葉で語られたが、その声は全く金玉の美しく清い音にも似ていていた。
年往きて誠に思は勞するも、事遠くして音形は闊【とお】し。
五載の別を爲すと雖も、相與に平生に昧し。
車を捨てて往路に遵【したが】ひ、凫藻【ふそう】して目成【もくせい】を馳す。
南金壹重からざらんや。聊【いささか】か自ら意に握んずる所なり。
義心に苦調【くちょう】多し。密に金玉【きんぎょく】の聲に比す。

 (第七首)
高節難久淹,朅來空複辭。
高くすぐれた操をまもる婦人のもとに久しく留まることは難しいことである、秋湖は行きつもどりつしながらもむなしくまた別れをつげて去ったのだ。
遲遲前途盡,依依造門基。
秋湖の足どりは遅れがちながらも行く道を尽くしてしまう、後に心を引かれながらも家の門の土台に行き着いた。
上堂拜嘉慶,入室問何之。
秋胡は奥座敷に上がって母に拝して健康を歓び祝った、夫婦の奥室に入って、妻がどこに行ったのかを問う。
日暮行采歸,物色桑榆時。
母は答えた、妻女は夕暮れ頃には帰って來るでしょう。それはいろんな物の色がわからなくなる、桑や楡の木立に日の入る黄昏時になるころでしょう。
美人望昏至,慚歎前相持。
美人は日の黄昏を望みながら家に到着する、さきに夫と途中で相応酬して、夫の心の不義なのを知ったことをはじめて恥じ入り、そして嘆くのである。
 (高節【こうせつ】には久しくは淹【とどま】り難く、朅來【けつらい】して空しく複た辭す。
遲遲【ちち】として前途【ぜんと】盡【つ】き,依依【いい】として門基【もんき】に造【いた】る。
堂に上りて嘉慶【かけい】を拜し、室に入りて問う何に之けると。
日暮【にっぽ】には行【ゆくゆ】く采り歸らん,物色【ぶっしょく】桑榆【そうゆ】の時にと。
美人は昏【ゆうべ】を望みて至り,慚【は】じ歎【なげ】く前に相い持【じ】せしを。
8)  
有懷誰能已?聊用申苦難。離居殊年載,一別阻河關。春來無時豫,秋至恒早寒。明發⑽動愁心,閨中起長歎。慘淒歲方晏,日落遊子顔。
(9)  
高張生絕弦,聲急由調起。自昔枉光塵,結言固終始。如何久爲別,百行諐⑾諸己。君子失明義,誰與偕沒齒!愧彼《行露》詩⑿,甘之長川汜⒀。[1]


現代語訳と訳註
(本文)
(7)  
高節難久淹,朅來空複辭。遲遲前途盡,依依造門基。
上堂拜嘉慶,入室問何之。日暮行采歸,物色桑榆時。
美人望昏至,慚歎前相持。


(下し文)
高節【こうせつ】には久しくは淹【とどま】り難く、朅來【けつらい】して空しく複た辭す。
遲遲【ちち】として前途【ぜんと】盡【つ】き,依依【いい】として門基【もんき】に造【いた】る。
堂に上りて嘉慶【かけい】を拜し、室に入りて問う何に之けると。
日暮【にっぽ】には行【ゆくゆ】く采り歸らん,物色【ぶっしょく】桑榆【そうゆ】の時にと。
美人は昏【ゆうべ】を望みて至り,慚【は】じ歎【なげ】く前に相い持【じ】せしを。


(現代語訳) (第七首)
高くすぐれた操をまもる婦人のもとに久しく留まることは難しいことである、秋湖は行きつもどりつしながらもむなしくまた別れをつげて去ったのだ。
秋湖の足どりは遅れがちながらも行く道を尽くしてしまう、後に心を引かれながらも家の門の土台に行き着いた。
秋胡は奥座敷に上がって母に拝して健康を歓び祝った、夫婦の奥室に入って、妻がどこに行ったのかを問う。
母は答えた、妻女は夕暮れ頃には帰って來るでしょう。それはいろんな物の色がわからなくなる、桑や楡の木立に日の入る黄昏時になるころでしょう。
美人は日の黄昏を望みながら家に到着する、さきに夫と途中で相応酬して、夫の心の不義なのを知ったことをはじめて恥じ入り、そして嘆くのである。


(訳注)
高節難久淹,朅來空複辭。
高くすぐれた操をまもる婦人のもとに久しく留まることは難しいことである、秋湖は行きつもどりつしながらもむなしくまた別れをつげて去ったのだ。
高節 潔婦の高いみさお。 ・追来 去來に同じ。行きつもどりつする。去り難くして去る。去りなむ、いざ。


遲遲前途盡,依依造門基。
秋湖の足どりは遅れがちながらも行く道を尽くしてしまう、後に心を引かれながらも家の門の土台に行き着いた。
依依 後に心がひかれるさま。 ・門基 わが家の門の土台。


上堂拜嘉慶,入室問何之。
秋胡は奥座敷に上がって母に拝して健康を歓び祝った、夫婦の奥室に入って、妻がどこに行ったのかを問う。
拝嘉慶 母を拝して、その款嫌のよいことを喜ぶ。 ・問伺之 妾がどこに行ったかを問う。


日暮行采歸,物色桑榆時。
母は答えた、妻女は夕暮れ頃には帰って來るでしょう。それはいろんな物の色がわからなくなる、桑や楡の木立に日の入る黄昏時になるころでしょう。
行帰来 そろそろ帰って来るであろう。母の答え。 ・桑楡 日が家の西側の桑や楡のこずえに落ち
かかる頃。目暮れ前。後漢書馮異伝に「之を東隅に失ひて、之を桑楡に取む」とあり、注に「桑楡は晩なり」とある。


美人望昏至,慚歎前相持。
美人は日の黄昏を望みながら家に到着する、さきに夫と途中で相応酬して、夫の心の不義なのを知ったことをはじめて恥じ入り、そして嘆くのである。
頂作庖 目暮れになるのを望み見ながら。 ・前拒拉 さきに夫と途中で相応酬して、夫の心の不義なのを知ったこと。
・沈徳潜曰く「此の章は、其の母、人をして其の婦を呼ばしむ、至れば乃ち向の採桑の者なるを言ふなり」と。

秋胡詩 (6) 顔延之(延年) 詩<8>Ⅱ李白に影響を与えた詩477 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1248

秋胡詩 (6) 顔延之(延年) 詩<8>Ⅱ李白に影響を与えた詩477 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1248


魯国の秋胡子の妾なる潔婦について述べた詩。
列女伝

魯秋潔婦. 潔婦者,魯秋胡子妻也。既納之五日,去而宦於陳,五年乃歸。未至家,見路旁婦人採桑,秋胡子悅之,下車謂曰:若曝採桑,吾行道,願託桑蔭下,下齎休焉。婦人採桑不輟,秋胡子謂曰:力田不如逢豐年,力桑不如見國卿。吾有金,願以與夫人。婦人曰:『採桑力作,紡績織紝以供衣食,奉二親養。夫子已矣,不願人之金。秋胡遂去。歸至家,奉金遺母,使人呼其婦。婦至,乃嚮採桑者也,秋胡子慚。婦曰:子束髮脩身,辭親往仕,五年乃還,當所悅馳驟,揚塵疾至。今也乃悅路傍婦人,下子之糧,以金予之,是忘母也。忘母不孝,好色淫泆,是污行也,污行不義。夫事親不孝, 則事君不忠。處家不義,則治官不理。孝義並亡,必不遂矣。妾不忍見,子改娶矣,妾亦不嫁。遂去而東走,投河而死。


秋胡子は、潔婦を納れ、五日にして、去りて陳に宦す。五年にして帰る。末だ其の家に至らざるとき、路傍に美しき婦人の方に桑を採るもの有るを見る。秋胡子は車より下り、謂うげて日く、いま吾に金あり、願はくは以て夫人に与へんと。婦人日く、嘻、妾は桑を採りて二親に奉ず。人の金を願わずと。秋湖子遂に去り、帰って家に至り金を奉じて其の母に遣る。その母、人をして其の婦を呼ばしむ。婦至る、乃ち向に桑を採りしものなり。秋湖は之を見て慙(は)づ。婦人日く、髪を束ね身む修め、親を辞し往いて仕ふ。五年にして乃ち還るを得たり。まさに親戚を見るべきなるに、今や乃ち路傍の婦人を悦びて、子の装を下し、金を以て之に与へんとす。これ母を忘るるの不孝なり。妾は不孝の人を見るに忍びずと。遂に去りて走り、自ら河に投じて裾す」(列女伝 秋胡子)


魯の潔婦は秋胡子の妻である。新婚五日、秋湖は単身陳に赴任した。五年後に帰宅の道で、桑摘む美女を見て金を贈ろうとした。美人は拒絶したので、帰って母に贈った。妻を見ると、さきの採桑の美女であった。妻は五年振りの帰省に、道端の女を悦んで、母を忘れる不孝な人にはまみえないといって、遂に河に投死した。(西京雑記もほぼ同じ)とある。

顔延年はこの説話を詠んだ詩。


秋胡詩 顔延之(延年)
(1)
椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律。
空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
影響豈不懷?自遠每相匹。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。
婉彼幽閑女,作嫔君子室。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
嘉運既我從,欣願自此畢。
良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。
椅梧【いご】は高鳳【こうほう】に傾き、寒谷【かんこく】は鳴律【めいりつ】を待つ。
影響豈懐はざらんや、遠きより毎に相匹【ひつ】す。
婉たる彼の幽閑【ゆうかん】の女、君子の室に嫔【ひん】と作【な】る。
峻節【しゅんせつ】は秋霜を貫き、明豔【めいえん】は朝日に博し。
嘉運【かうん】は既に我に從へり、欣願【きんがん】比より垂らん。
(2)
燕居未及好,良人顧有違。
夫婦が和らいで暮らし、また仲睦まじくなるまでになっていないのに、夫はそれとは違って遠くへ別れることになった。
脫巾千裏外,結绶登王畿。
平民の頭巾を脱いで官僚の冠をつけ、千里の彼方に仕官して、官印の綬を腰に結んで王の治められる都、陳である「王畿」に上るのであった。
戒徒在昧旦,左右來相依。
しもべの者を戒めて朝まだきに出発の準備を整える。そうして、左右の従者も夫の傍に来て寄り添う。
驅車出郊郭,行路正威遲。
やがて車を駆って城外の野に出ると、行く路はまさに遙か先までうねうねと続いている。
存爲久離別,沒爲長不歸。
これから後、生存しても久しい別離となり、死ねば永遠に帰ってこられない、哀しいことである。
燕居【えんきょ】未だ好するに及ばざる,良人顧って違【さ】る有り。
巾【きん】を千裏の外に脫して,綬を結んで王畿【おうき】に登る。
徒を戒しむること昧旦【まいたん】に在り,左右來って相依る。
車を驅りて郊郭【こうかく】を出で,行路正に威遲【いち】たり。
存して久しき離別を爲し,沒して長き不歸を爲さん。
(3)  
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。
ああわれ秋胡は役目のための旅を悲しみながら、詩経の巻耳や陟岵の篇にしばしは険阻な山路をのぼると歌ってある、ように、朝から夜おそくまで旅を続ける。
嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
車を厳重に整えて、風の寒い山を越え、鞍を解き馬を休めて、霜露を蒙って野宿する。
原隰多悲涼,回飙卷高樹。
低い湿地の草原には悲しみやさびしさがみちて、つむじ風は高い木を吹き巻いている。
離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
群れを離れたけものが草深い小道に飛び出し、物に驚いた鳥が散乱して去って行く。
悲哉遊宦子,勞此山川路。

悲しいことだ、役目のために他国に旅する私は、この山川の路に苦労しているのである。
嗟【ああ】余【われ】は行役【こうえき】を怨む,三び陟【のぼ】りて晨暮【しんぼ】を窮む。
駕【が】を嚴【いま】しめて風寒【ふうかん】を越え,鞍【くら】を解いて霜露【そうろ】を犯す。
原隰【げんしゅう】に悲涼【ひりょう】多く,回飙【かいひょう】は高樹【こうじゅ】を卷く。
離獸【りじゅう】は荒蹊【こうけい】に起り,驚鳥【きょうちょう】は縦横に去る。
悲しい哉、遊宦【ゆうかん】の子、此の山川【さんせん】の路に勞【つか】る。

 (4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。
はるかにも旅ゆく人、夫、秋湖は遠ざかり、めぐりめぐって年はうつりゆく。
良時爲此別,日月方向除。
あの新婚の良い時に別れてから月日はちょうど年が改たまろうとしている。
孰知寒暑積,僶俛見榮枯!
誰も知らないうちに、寒いときがあり、暑さがやってきて歳を重ねている、それはつとめて速かに花を咲かせ、そして枯れてゆくのを見るのである。
歲暮臨空房,涼風起坐隅。
こうして月日が過ぎ、はからずも年の暮れに夫のいないさびしい部屋に入って見る、寒い風が坐席のかたわらから吹きおこる。(そばには夫の温か味があったのに)
寢興日已寒,白露生庭蕪。
寝て起ききて日一日と日を重ね、としをかさねて、もう既に寒い季節になっている、私の操である白露の玉は庭の真ん中で輝くほどであったがしげみの陰に置くころとなった。
超遙【ちょうよう】として行人【こうじん】は遠く,宛轉【えんてん】年運は徂【ゆ】く。
良時【りょうじ】此の別れを爲せしとき,日月は方【まさ】に除に向【なん】なんとす。
孰【たれ】か知らん寒暑【かんしょ】の積りて,僶俛【びんべん】榮枯【えいこ】を見るを!
歲暮に空房【くうぼう】に臨むに,涼風【りょうふう】坐隅【ざぐう】に起る。
寢興【しんこう】日ごとに已に寒く,白露は庭蕪【ていぶ】生ず。
(5)  
勤役從歸願,反路遵山河。
役所勤めのうちにも帰省の願いが聞き入れられ、帰り道は山や河に沿って帰って行く。
昔辭秋未素,今也歲載華。
昔、いとま乞いをしたときは秋もまだ深くない落葉のない時期であったが、今は歳も新たに春の花が咲いている。
蠶月觀時暇,桑野多經過。
春の蚕を飼う月にちょうどよい休暇をもらったのだ、帰り道は先々さかりの桑畑を通った。
佳人從所務,窈窕援高柯。
そこには美しい女が務めの桑摘みをしていた、見目麗しい様子で高い枝をひきよせて桑の葉を摘んでいた。
傾城誰不顧,弭節停中阿。
世にもまれなその美人は一たび顧みれば人の城を傾けるといわれる魅力あるその美貌を、誰が振り向かないということがあるだろうか。秋湖も車の速度をとめて路の曲がり角に立ちどまって見とれてしまったのである。
勤役【きんえき】歸願【きがん】に從い,反路【はんろ】山河に遵【したが】う。
昔 辭せしとき秋未だ素ならず,今や歲は載【すなわ】ち華【はな】さく。
蠶月【さんげつ】時暇【じか】を觀,桑野【そうや】經過すること多し。
佳人【かじん】は務むる所に從う,窈窕【ようちょう】として高柯【こうか】を援【ひ】く。
傾城【けいじょう】誰か顧みざらん,節を弭【おさ】えて中阿【ちゅうあ】に停【とど】まる。
(6)  
年往誠思勞,事遠闊音形。
年はすぎ往き、誠意や思慕の心は疲れてしまい維持しなかった、それに路は遠く隔たって声も姿も久しく見聞きしていない。
雖爲五載別,相與昧平生。
五年もの別れをしていたのだけれども、お互いに平生の様子をなにもわからなかったものだ。
舍車遵往路,凫藻馳目成。
秋湖は車をおりて今来た道にしたがって戻った、秋湖は鴨が水草を得て喜んで踊り進むようにして、桑畑に美人に目くばせして「今夜の情交」の約束をしようとした。
南金豈不重?聊自意所輕。
秋湖が贈ろうとした南国産の金はどうして重い値打ちがないであろうか、しかし、秋湖の妻はとにかく自分の心でそれを軽いつまらないものと思ったのである。
義心多苦調,密比金玉聲。
彼女は貞節を重しとするためにお金を拒んだのである。その節義の心は秋湖にとって多くの苦い響きの言葉で語られたが、その声は全く金玉の美しく清い音にも似ていていた。
年往きて誠に思は勞するも、事遠くして音形は闊【とお】し。
五載の別を爲すと雖も、相與に平生に昧し。
車を捨てて往路に遵【したが】ひ、凫藻【ふそう】して目成【もくせい】を馳す。
南金壹重からざらんや。聊【いささか】か自ら意に握んずる所なり。
義心に苦調【くちょう】多し。密に金玉【きんぎょく】の聲に比す。

 (7)  
高節難久淹,朅來⑼空複辭。遲遲前途盡,依依造門基。上堂拜嘉慶,入室問何之。日暮行采歸,物色桑榆時。美人望昏至,慚歎前相持。
(8)  
有懷誰能已?聊用申苦難。離居殊年載,一別阻河關。春來無時豫,秋至恒早寒。明發⑽動愁心,閨中起長歎。慘淒歲方晏,日落遊子顔。
(9)  
高張生絕弦,聲急由調起。自昔枉光塵,結言固終始。如何久爲別,百行諐⑾諸己。君子失明義,誰與偕沒齒!愧彼《行露》詩⑿,甘之長川汜⒀。[1]


現代語訳と訳註
(本文) (6)  

年往誠思勞,事遠闊音形。
雖爲五載別,相與昧平生。
舍車遵往路,凫藻馳目成。
南金豈不重?聊自意所輕。
義心多苦調,密比金玉聲。


(下し文)
年往きて誠に思は勞するも、事遠くして音形は闊【とお】し。
五載の別を爲すと雖も、相與に平生に昧し。
車を捨てて往路に遵【したが】ひ、凫藻【ふそう】して目成【もくせい】を馳す。
南金壹重からざらんや。聊【いささか】か自ら意に握んずる所なり。
義心に苦調【くちょう】多し。密に金玉【きんぎょく】の聲に比す。


(現代語訳)
年はすぎ往き、誠意や思慕の心は疲れてしまい維持しなかった、それに路は遠く隔たって声も姿も久しく見聞きしていない。
五年もの別れをしていたのだけれども、お互いに平生の様子をなにもわからなかったものだ。
秋湖は車をおりて今来た道にしたがって戻った、秋湖は鴨が水草を得て喜んで踊り進むようにして、桑畑に美人に目くばせして「今夜の情交」の約束をしようとした。
秋湖が贈ろうとした南国産の金はどうして重い値打ちがないであろうか、しかし、秋湖の妻はとにかく自分の心でそれを軽いつまらないものと思ったのである。
彼女は貞節を重しとするためにお金を拒んだのである。その節義の心は秋湖にとって多くの苦い響きの言葉で語られたが、その声は全く金玉の美しく清い音にも似ていていた。


(訳注)
年往誠思勞,事遠闊音形。

はすぎ往き、誠意や思慕の心は疲れてしまい維持しなかった、それに路は遠く隔たって声も姿も久しく見聞きしていない。
闊音形 声も姿も見聞きせず久しくなった。○ 遠く、うとい。通ぜぬこと。


雖爲五載別,相與昧平生。
五年もの別れをしていたのだけれども、お互いに平生の様子をなにもわからなかったものだ。
相與 ここは「たがいに」ではない。○昧平生 平素のようすがよくわからない。 ○平生 ここは、その昔、かつて。


舍車遵往路,凫藻馳目成。
秋湖は車をおりて今来た道にしたがって戻った、秋湖は鴨が水草を得て喜んで踊り進むようにして、桑畑に美人に目くばせして「今夜の情交」の約束をしようとした。
遵往路 すぎて来た路に引きかえす。・凫藻馳目成 凫はかも。かもが水藻を得て喜び躍るように、進んで美女と目くばせして情交を約束する。目成は目で約束する。楚辞九歌に「满堂兮美人,忽独与余兮目成」堂に满ちて美人あるに,忽ち独だ与に余と目成す。
凫藻 呂延済は「秋胡が共の妻を望み匹肋(怠むこと、殆鳥の水草を俳で、猷び尿りて言むがごとし)という。○目成 自分の思いを成しとぐべく目くばせすること。ここは「いどむ」ため。


南金豈不重?聊自意所輕。
秋湖が贈ろうとした南国産の金はどうして重い値打ちがないであろうか、しかし、秋湖の妻はとにかく自分の心でそれを軽いつまらないものと思ったのである。
南金 詩経 魯頌 泮水篇に「元龜象齒,大賂南金。」(元亀象俳、大南金を賂(おく)る」。南方の荊州・揚州に産する黄金。・聊自穿所輯 とにかく自分では心に輕んじた。 秋湖の妻の思い:


義心多苦調,密比金玉聲。
彼女は貞節を重しとするためにお金を拒んだのである。その節義の心は秋湖にとって多くの苦い響きの言葉で語られたが、その声は全く金玉の美しく清い音にも似ていていた。
○義心 義とは、夫蛸の道をさす。○多苦調 聞く者の心に苦しい響きの言葉が多い。○ ひそかに、ひそめる。○金玉声 ここは秋胡自身の聲。毛詩の小雅、白駒篇に「爾の音を金玉にして、遐心有る毋かれ」という。音は声。金玉にすとは、愛惜(おしむ)。出すことを、おしむ。

秋胡詩 (5) 顔延之(延年) 詩<7>Ⅱ李白に影響を与えた詩476 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1245

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魯の潔婦は秋胡子の妻である。新婚五日、秋湖は単身陳に赴任した。五年後に帰宅の道で、桑摘む美女を見て金を贈ろうとした。美人は拒絶したので、帰って母に贈った。妻を見ると、さきの採桑の美女であった。妻は五年振りの帰省に、道端の女を悦んで、母を忘れる不孝な人にはまみえないといって、遂に河に投死した。(西京雑記もほぼ同じ)とある。

顔延年はこの説話を詠んだ詩。


秋胡詩 顔延之(延年)
(1)
椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律。
空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
影響豈不懷?自遠每相匹。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。
婉彼幽閑女,作嫔君子室。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
嘉運既我從,欣願自此畢。
良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。
椅梧【いご】は高鳳【こうほう】に傾き、寒谷【かんこく】は鳴律【めいりつ】を待つ。
影響豈懐はざらんや、遠きより毎に相匹【ひつ】す。
婉たる彼の幽閑【ゆうかん】の女、君子の室に嫔【ひん】と作【な】る。
峻節【しゅんせつ】は秋霜を貫き、明豔【めいえん】は朝日に博し。
嘉運【かうん】は既に我に從へり、欣願【きんがん】比より垂らん。
(2)
燕居未及好,良人顧有違。
夫婦が和らいで暮らし、また仲睦まじくなるまでになっていないのに、夫はそれとは違って遠くへ別れることになった。
脫巾千裏外,結绶登王畿。
平民の頭巾を脱いで官僚の冠をつけ、千里の彼方に仕官して、官印の綬を腰に結んで王の治められる都、陳である「王畿」に上るのであった。
戒徒在昧旦,左右來相依。
しもべの者を戒めて朝まだきに出発の準備を整える。そうして、左右の従者も夫の傍に来て寄り添う。
驅車出郊郭,行路正威遲。
やがて車を駆って城外の野に出ると、行く路はまさに遙か先までうねうねと続いている。
存爲久離別,沒爲長不歸。
これから後、生存しても久しい別離となり、死ねば永遠に帰ってこられない、哀しいことである。
燕居【えんきょ】未だ好するに及ばざる,良人顧って違【さ】る有り。
巾【きん】を千裏の外に脫して,綬を結んで王畿【おうき】に登る。
徒を戒しむること昧旦【まいたん】に在り,左右來って相依る。
車を驅りて郊郭【こうかく】を出で,行路正に威遲【いち】たり。
存して久しき離別を爲し,沒して長き不歸を爲さん。
(3)  
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。
ああわれ秋胡は役目のための旅を悲しみながら、詩経の巻耳や陟岵の篇にしばしは険阻な山路をのぼると歌ってある、ように、朝から夜おそくまで旅を続ける。
嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
車を厳重に整えて、風の寒い山を越え、鞍を解き馬を休めて、霜露を蒙って野宿する。
原隰多悲涼,回飙卷高樹。
低い湿地の草原には悲しみやさびしさがみちて、つむじ風は高い木を吹き巻いている。
離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
群れを離れたけものが草深い小道に飛び出し、物に驚いた鳥が散乱して去って行く。
悲哉遊宦子,勞此山川路。

悲しいことだ、役目のために他国に旅する私は、この山川の路に苦労しているのである。
嗟【ああ】余【われ】は行役【こうえき】を怨む,三び陟【のぼ】りて晨暮【しんぼ】を窮む。
駕【が】を嚴【いま】しめて風寒【ふうかん】を越え,鞍【くら】を解いて霜露【そうろ】を犯す。
原隰【げんしゅう】に悲涼【ひりょう】多く,回飙【かいひょう】は高樹【こうじゅ】を卷く。
離獸【りじゅう】は荒蹊【こうけい】に起り,驚鳥【きょうちょう】は縦横に去る。
悲しい哉、遊宦【ゆうかん】の子、此の山川【さんせん】の路に勞【つか】る。

(4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。
はるかにも旅ゆく人、夫、秋湖は遠ざかり、めぐりめぐって年はうつりゆく。
良時爲此別,日月方向除。
あの新婚の良い時に別れてから月日はちょうど年が改たまろうとしている。
孰知寒暑積,僶俛見榮枯!
誰も知らないうちに、寒いときがあり、暑さがやってきて歳を重ねている、それはつとめて速かに花を咲かせ、そして枯れてゆくのを見るのである。
歲暮臨空房,涼風起坐隅。
こうして月日が過ぎ、はからずも年の暮れに夫のいないさびしい部屋に入って見る、寒い風が坐席のかたわらから吹きおこる。(そばには夫の温か味があったのに)
寢興日已寒,白露生庭蕪。
寝て起ききて日一日と日を重ね、としをかさねて、もう既に寒い季節になっている、私の操である白露の玉は庭の真ん中で輝くほどであったがしげみの陰に置くころとなった。
超遙【ちょうよう】として行人【こうじん】は遠く,宛轉【えんてん】年運は徂【ゆ】く。
良時【りょうじ】此の別れを爲せしとき,日月は方【まさ】に除に向【なん】なんとす。
孰【たれ】か知らん寒暑【かんしょ】の積りて,僶俛【びんべん】榮枯【えいこ】を見るを!
歲暮に空房【くうぼう】に臨むに,涼風【りょうふう】坐隅【ざぐう】に起る。
寢興【しんこう】日ごとに已に寒く,白露は庭蕪【ていぶ】生ず。
(5)  
勤役從歸願,反路遵山河。
役所勤めのうちにも帰省の願いが聞き入れられ、帰り道は山や河に沿って帰って行く。
昔辭秋未素,今也歲載華。
昔、いとま乞いをしたときは秋もまだ深くない落葉のない時期であったが、今は歳も新たに春の花が咲いている。
蠶月觀時暇,桑野多經過。
春の蚕を飼う月にちょうどよい休暇をもらったのだ、帰り道は先々さかりの桑畑を通った。
佳人從所務,窈窕援高柯。
そこには美しい女が務めの桑摘みをしていた、見目麗しい様子で高い枝をひきよせて桑の葉を摘んでいた。
傾城誰不顧,弭節停中阿。
世にもまれなその美人は一たび顧みれば人の城を傾けるといわれる魅力あるその美貌を、誰が振り向かないということがあるだろうか。秋湖も車の速度をとめて路の曲がり角に立ちどまって見とれてしまったのである。
勤役【きんえき】歸願【きがん】に從い,反路【はんろ】山河に遵【したが】う。
昔 辭せしとき秋未だ素ならず,今や歲は載【すなわ】ち華【はな】さく。
蠶月【さんげつ】時暇【じか】を觀,桑野【そうや】經過すること多し。
佳人【かじん】は務むる所に從う,窈窕【ようちょう】として高柯【こうか】を援【ひ】く。
傾城【けいじょう】誰か顧みざらん,節を弭【おさ】えて中阿【ちゅうあ】に停【とど】まる。
(6)  
年往誠思勞,事遠闊音形。雖爲五載別,相與昧平生。舍車遵往路,凫藻馳目成。南金豈不重?聊自意所輕。義心多苦調,密比金玉聲。
(7)  
高節難久淹,朅來⑼空複辭。遲遲前途盡,依依造門基。上堂拜嘉慶,入室問何之。日暮行采歸,物色桑榆時。美人望昏至,慚歎前相持。
(8)  
有懷誰能已?聊用申苦難。離居殊年載,一別阻河關。春來無時豫,秋至恒早寒。明發⑽動愁心,閨中起長歎。慘淒歲方晏,日落遊子顔。
(9)  
高張生絕弦,聲急由調起。自昔枉光塵,結言固終始。如何久爲別,百行諐⑾諸己。君子失明義,誰與偕沒齒!愧彼《行露》詩⑿,甘之長川汜⒀。[1]

(3)  
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。

ああわれ秋胡は役目のための旅を悲しみながら、詩経の巻耳や陟岵の篇にしばしは険阻な山路をのぼると歌ってある、ように、朝から夜おそくまで旅を続ける。
嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
車を厳重に整えて、風の寒い山を越え、鞍を解き馬を休めて、霜露を蒙って野宿する。
原隰多悲涼,回飙卷高樹。
低い湿地の草原には悲しみやさびしさがみちて、つむじ風は高い木を吹き巻いている。
離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
群れを離れたけものが草深い小道に飛び出し、物に驚いた鳥が散乱して去って行く。
悲哉遊宦子,勞此山川路。
悲しいことだ、役目のために他国に旅する私は、この山川の路に苦労しているのである。
嗟【ああ】余【われ】は行役【こうえき】を怨む,三び陟【のぼ】りて晨暮【しんぼ】を窮む。
駕【が】を嚴【いま】しめて風寒【ふうかん】を越え,鞍【くら】を解いて霜露【そうろ】を犯す。
原隰【げんしゅう】に悲涼【ひりょう】多く,回飙【かいひょう】は高樹【こうじゅ】を卷く。
離獸【りじゅう】は荒蹊【こうけい】に起り,驚鳥【きょうちょう】は縦横に去る。
悲しい哉、遊宦【ゆうかん】の子、此の山川【さんせん】の路に勞【つか】る。

(4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。

はるかにも旅ゆく人、夫、秋湖は遠ざかり、めぐりめぐって年はうつりゆく。
良時爲此別,日月方向除。
あの新婚の良い時に別れてから月日はちょうど年が改たまろうとしている。
孰知寒暑積,僶俛見榮枯!
誰も知らないうちに、寒いときがあり、暑さがやってきて歳を重ねている、それはつとめて速かに花を咲かせ、そして枯れてゆくのを見るのである。
歲暮臨空房,涼風起坐隅。
こうして月日が過ぎ、はからずも年の暮れに夫のいないさびしい部屋に入って見る、寒い風が坐席のかたわらから吹きおこる。(そばには夫の温か味があったのに)
寢興日已寒,白露生庭蕪。
寝て起ききて日一日と日を重ね、としをかさねて、もう既に寒い季節になっている、私の操である白露の玉は庭の真ん中で輝くほどであったがしげみの陰に置くころとなった。


現代語訳と訳註
(本文) (5)
  
勤役從歸願,反路遵山河。
昔辭秋未素,今也歲載華。
蠶月觀時暇,桑野多經過。
佳人從所務,窈窕援高柯。
傾城誰不顧,弭節停中阿。


(下し文)
勤役【きんえき】歸願【きがん】に從い,反路【はんろ】山河に遵【したが】う。
昔 辭せしとき秋未だ素ならず,今や歲は載【すなわ】ち華【はな】さく。
蠶月【さんげつ】時暇【じか】を觀,桑野【そうや】經過すること多し。
佳人【かじん】は務むる所に從う,窈窕【ようちょう】として高柯【こうか】を援【ひ】く。
傾城【けいじょう】誰か顧みざらん,節を弭【おさ】えて中阿【ちゅうあ】に停【とど】まる。


(現代語訳) (第五首)
役所勤めのうちにも帰省の願いが聞き入れられ、帰り道は山や河に沿って帰って行く。
昔、いとま乞いをしたときは秋もまだ深くない落葉のない時期であったが、今は歳も新たに春の花が咲いている。
春の蚕を飼う月にちょうどよい休暇をもらったのだ、帰り道は先々さかりの桑畑を通った。
そこには美しい女が務めの桑摘みをしていた、見目麗しい様子で高い枝をひきよせて桑の葉を摘んでいた。
世にもまれなその美人は一たび顧みれば人の城を傾けるといわれる魅力あるその美貌を、誰が振り向かないということがあるだろうか。秋湖も車の速度をとめて路の曲がり角に立ちどまって見とれてしまったのである。


(訳注)
勤役從歸願,反路遵山河。

役所勤めのうちにも帰省の願いが聞き入れられ、帰り道は山や河に沿って帰って行く。
勤役 役所のつとめ。 ・従帰願 帰郷の願どおりになる。 ・反路遵山河 帰りの路は山川に沿って続く。 


昔辭秋未素,今也歲載華。
昔、いとま乞いをしたときは秋もまだ深くない落葉のない時期であったが、今は歳も新たに春の花が咲いている。
 木の葉が落ちること。 ・載華 草木がもう花が咲いている。載は「すなはち」。


蠶月觀時暇,桑野多經過。
春の蚕を飼う月にちょうどよい休暇をもらったのだ、帰り道は先々さかりの桑畑を通った。
蠶月 養蚕の月。養蚕をいう。・歓時暇 ちょうどよい晦に当たった休暇か餓ぶ。 


佳人從所務,窈窕援高柯。
そこには美しい女が務めの桑摘みをしていた、見目麗しい様子で高い枝をひきよせて桑の葉を摘んでいた。
佳人 美人。秋湖の妻。この時は自分の妻とは思っていない。・従所務「所」は文選に「此」に作る。・窈窕 たおやか。美人の形容。 ・援高柯 高い桑の枝を引き寄せて葉を摘む。


傾城誰不顧,弭節停中阿。
世にもまれなその美人は一たび顧みれば人の城を傾けるといわれる魅力あるその美貌を、誰が振り向かないということがあるだろうか。秋湖も車の速度をとめて路の曲がり角に立ちどまって見とれてしまったのである。
傾城 漢の李延年が妹を歌った佳人歌に。「北方に佳人有り、絶世にして独立す。一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾く。寧んぞ傾と城傾国とを知らざらん。佳人は再び得難し」と。美人。・弭節 車の速度を止める。 ・中阿 出路の曲がりかど。阿は山の中腹。

秋胡詩 (4) 顔延之(延年) 詩<6>Ⅱ李白に影響を与えた詩475 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1242

秋胡詩 (4) 顔延之(延年) 詩<6>Ⅱ李白に影響を与えた詩475 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1242


秋胡詩 顔延之(延年)
(1)
椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律。
空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
影響豈不懷?自遠每相匹。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。
婉彼幽閑女,作嫔君子室。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
嘉運既我從,欣願自此畢。
良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。
椅梧【いご】は高鳳【こうほう】に傾き、寒谷【かんこく】は鳴律【めいりつ】を待つ。
影響豈懐はざらんや、遠きより毎に相匹【ひつ】す。
婉たる彼の幽閑【ゆうかん】の女、君子の室に嫔【ひん】と作【な】る。
峻節【しゅんせつ】は秋霜を貫き、明豔【めいえん】は朝日に博し。
嘉運【かうん】は既に我に從へり、欣願【きんがん】比より垂らん。
(2)
燕居未及好,良人顧有違。
夫婦が和らいで暮らし、また仲睦まじくなるまでになっていないのに、夫はそれとは違って遠くへ別れることになった。
脫巾千裏外,結绶登王畿。
平民の頭巾を脱いで官僚の冠をつけ、千里の彼方に仕官して、官印の綬を腰に結んで王の治められる都、陳である「王畿」に上るのであった。
戒徒在昧旦,左右來相依。
しもべの者を戒めて朝まだきに出発の準備を整える。そうして、左右の従者も夫の傍に来て寄り添う。
驅車出郊郭,行路正威遲。
やがて車を駆って城外の野に出ると、行く路はまさに遙か先までうねうねと続いている。
存爲久離別,沒爲長不歸。
これから後、生存しても久しい別離となり、死ねば永遠に帰ってこられない、哀しいことである。
燕居【えんきょ】未だ好するに及ばざる,良人顧って違【さ】る有り。
巾【きん】を千裏の外に脫して,綬を結んで王畿【おうき】に登る。
徒を戒しむること昧旦【まいたん】に在り,左右來って相依る。
車を驅りて郊郭【こうかく】を出で,行路正に威遲【いち】たり。
存して久しき離別を爲し,沒して長き不歸を爲さん。

(3)  
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。

ああわれ秋胡は役目のための旅を悲しみながら、詩経の巻耳や陟岵の篇にしばしは険阻な山路をのぼると歌ってある、ように、朝から夜おそくまで旅を続ける。
嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
車を厳重に整えて、風の寒い山を越え、鞍を解き馬を休めて、霜露を蒙って野宿する。
原隰多悲涼,回飙卷高樹。
低い湿地の草原には悲しみやさびしさがみちて、つむじ風は高い木を吹き巻いている。
離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
群れを離れたけものが草深い小道に飛び出し、物に驚いた鳥が散乱して去って行く。
悲哉遊宦子,勞此山川路。
悲しいことだ、役目のために他国に旅する私は、この山川の路に苦労しているのである。
嗟【ああ】余【われ】は行役【こうえき】を怨む,三び陟【のぼ】りて晨暮【しんぼ】を窮む。
駕【が】を嚴【いま】しめて風寒【ふうかん】を越え,鞍【くら】を解いて霜露【そうろ】を犯す。
原隰【げんしゅう】に悲涼【ひりょう】多く,回飙【かいひょう】は高樹【こうじゅ】を卷く。
離獸【りじゅう】は荒蹊【こうけい】に起り,驚鳥【きょうちょう】は縦横に去る。
悲しい哉、遊宦【ゆうかん】の子、此の山川【さんせん】の路に勞【つか】る。

 (4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。
はるかにも旅ゆく人、夫、秋湖は遠ざかり、めぐりめぐって年はうつりゆく。
良時爲此別,日月方向除。
あの新婚の良い時に別れてから月日はちょうど年が改たまろうとしている。
孰知寒暑積,僶俛見榮枯!
誰も知らないうちに、寒いときがあり、暑さがやってきて歳を重ねている、それはつとめて速かに花を咲かせ、そして枯れてゆくのを見るのである。
歲暮臨空房,涼風起坐隅。
こうして月日が過ぎ、はからずも年の暮れに夫のいないさびしい部屋に入って見る、寒い風が坐席のかたわらから吹きおこる。(そばには夫の温か味があったのに)
寢興日已寒,白露生庭蕪。

寝て起ききて日一日と日を重ね、としをかさねて、もう既に寒い季節になっている、私の操である白露の玉は庭の真ん中で輝くほどであったがしげみの陰に置くころとなった。
超遙【ちょうよう】として行人【こうじん】は遠く,宛轉【えんてん】年運は徂【ゆ】く。
良時【りょうじ】此の別れを爲せしとき,日月は方【まさ】に除に向【なん】なんとす。
孰【たれ】か知らん寒暑【かんしょ】の積りて,僶俛【びんべん】榮枯【えいこ】を見るを!
歲暮に空房【くうぼう】に臨むに,涼風【りょうふう】坐隅【ざぐう】に起る。
寢興【しんこう】日ごとに已に寒く,白露は庭蕪【ていぶ】生ず。

 (5)  
勤役從歸願,反路遵⑹山河。昔辭秋未素,今也歲載華。蠶月觀時暇,桑野多經過。佳人從所務,窈窕援高柯。傾城誰不顧,弭節⑺停中阿⑻。
(6)  
年往誠思勞,事遠闊音形。雖爲五載別,相與昧平生。舍車遵往路,凫藻馳目成。南金豈不重?聊自意所輕。義心多苦調,密比金玉聲。
(7)  
高節難久淹,朅來⑼空複辭。遲遲前途盡,依依造門基。上堂拜嘉慶,入室問何之。日暮行采歸,物色桑榆時。美人望昏至,慚歎前相持。
(8)  
有懷誰能已?聊用申苦難。離居殊年載,一別阻河關。春來無時豫,秋至恒早寒。明發⑽動愁心,閨中起長歎。慘淒歲方晏,日落遊子顔。
(9)  
高張生絕弦,聲急由調起。自昔枉光塵,結言固終始。如何久爲別,百行諐⑾諸己。君子失明義,誰與偕沒齒!愧彼《行露》詩⑿,甘之長川汜⒀。[1]


現代語訳と訳註
(本文) (4) 
 
超遙行人遠,宛轉年運徂。
良時爲此別,日月方向除。
孰知寒暑積,僶俛見榮枯!
歲暮臨空房,涼風起坐隅。
寢興日已寒,白露生庭蕪。


(下し文) (4)  
超遙【ちょうよう】として行人【こうじん】は遠く,宛轉【えんてん】年運は徂【ゆ】く。
良時【りょうじ】此の別れを爲せしとき,日月は方【まさ】に除に向【なん】なんとす。
孰【たれ】か知らん寒暑【かんしょ】の積りて,僶俛【びんべん】榮枯【えいこ】を見るを!
歲暮に空房【くうぼう】に臨むに,涼風【りょうふう】坐隅【ざぐう】に起る。
寢興【しんこう】日ごとに已に寒く,白露は庭蕪【ていぶ】生ず。


(現代語訳)
はるかにも旅ゆく人、夫、秋湖は遠ざかり、めぐりめぐって年はうつりゆく。
あの新婚の良い時に別れてから月日はちょうど年が改たまろうとしている。
誰も知らないうちに、寒いときがあり、暑さがやってきて歳を重ねている、それはつとめて速かに花を咲かせ、そして枯れてゆくのを見るのである。
こうして月日が過ぎ、はからずも年の暮れに夫のいないさびしい部屋に入って見る、寒い風が坐席のかたわらから吹きおこる。(そばには夫の温か味があったのに)
寝て起ききて日一日と日を重ね、としをかさねて、もう既に寒い季節になっている、私の操である白露の玉は庭の真ん中で輝くほどであったがしげみの陰に置くころとなった。


(訳注) (4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。
はるかにも旅ゆく人、夫、秋湖は遠ざかり、めぐりめぐって年はうつりゆく。
超遙 遙かに遠い。〇行人 旅人。〇宛転 次々に変化すること。顔の形の美しいさま。白居易『長恨歌』。「六軍不發無奈何、宛轉蛾眉馬前死。」やたら寝返りを打つさま。めぐりまわる変化すること。『荘子、天下』「椎拍輐斷、與物宛轉。」〇年運 年のめぐり。


良時爲此別,日月方向除。
あの新婚の良い時に別れてから月日はちょうど年が改たまろうとしている。
良時 新婚のよい時。〇向除 歳末、年が尽き去ろうとする。


孰知寒暑積,僶俛見榮枯!
誰も知らないうちに、寒いときがあり、暑さがやってきて歳を重ねている、それはつとめて速かに花を咲かせ、そして枯れてゆくのを見るのである。
僶俛 つとめて速いこと。光陰矢のごとし。


歲暮臨空房,涼風起坐隅。
こうして月日が過ぎ、はからずも年の暮れに夫のいないさびしい部屋に入って見る、寒い風が坐席のかたわらから吹きおこる。(そばには夫の温か味があったのに)
空房 主人のいない室。


寢興日已寒,白露生庭蕪。
寝て起ききて日一日と日を重ね、としをかさねて、もう既に寒い季節になっている、私の操である白露の玉は庭の真ん中で輝くほどであったがしげみの陰に置くころとなった。
白露 草木などにおく露が白く見えることからいう。茶の一種。二十四節季の一つ、陰暦七月半ば過ぎ。秋の夜露は月に輝く貞操を示す。〇庭蕪 蕪:あれ草、廡:庭の軒先。庭の真ん中で輝くほどであったが今はしげみの陰に置くということ。貞婦

秋胡詩 (3) 顔延之(延年) 詩<5>Ⅱ李白に影響を与えた詩474 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1239

秋胡詩 (3) 顔延之(延年) 詩<5>Ⅱ李白に影響を与えた詩474 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1239


魯国の秋胡子の妾なる潔婦についてのべた。
列女伝
魯秋潔婦. 潔婦者,魯秋胡子妻也。既納之五日,去而宦於陳,五年乃歸。未至家,見路旁婦人採桑,秋胡子悅之,下車謂曰:若曝採桑,吾行道,願託桑蔭下,下齎休焉。婦人採桑不輟,秋胡子謂曰:力田不如逢豐年,力桑不如見國卿。吾有金,願以與夫人。婦人曰:『採桑力作,紡績織紝以供衣食,奉二親養。夫子已矣,不願人之金。秋胡遂去。歸至家,奉金遺母,使人呼其婦。婦至,乃嚮採桑者也,秋胡子慚。婦曰:子束髮脩身,辭親往仕,五年乃還,當所悅馳驟,揚塵疾至。今也乃悅路傍婦人,下子之糧,以金予之,是忘母也。忘母不孝,好色淫泆,是污行也,污行不義。夫事親不孝, 則事君不忠。處家不義,則治官不理。孝義並亡,必不遂矣。妾不忍見,子改娶矣,妾亦不嫁。遂去而東走,投河而死。
(列女伝 秋胡子)

秋胡子は、潔婦を納れ、五日にして、去りて陳に宦す。五年にして帰る。末だ其の家に至らざるとき、路傍に美しき婦人の方に桑を採るもの有るを見る。秋胡子は車より下り、謂うげて日く、いま吾に金あり、願はくは以て夫人に与へんと。婦人日く、嘻、妾は桑を採りて二親に奉ず。人の金を願わずと。秋湖子遂に去り、帰って家に至り金を奉じて其の母に遣る。その母、人をして其の婦を呼ばしむ。婦至る、乃ち向に桑を採りしものなり。秋湖は之を見て慙(は)づ。婦人日く、髪を束ね身む修め、親を辞し往いて仕ふ。五年にして乃ち還るを得たり。まさに親戚を見るべきなるに、今や乃ち路傍の婦人を悦びて、子の装を下し、金を以て之に与へんとす。これ母を忘るるの不孝なり。妾は不孝の人を見るに忍びずと。遂に去りて走り、自ら河に投じて裾す


魯の潔婦は秋胡子の妻である。新婚五日、秋湖は単身陳に赴任した。五年後に帰宅の道で、桑摘む美女を見て金を贈ろうとした。美人は拒絶したので、帰って母に贈った。妻を見ると、さきの採桑の美女であった。妻は五年振りの帰省に、道端の女を悦んで、母を忘れる不孝な人にはまみえないといって、遂に河に投死した。(西京雑記もほぼ同じ)とある。

顔延年はこの説話を詠んだ詩。
本讃には九百とあるが、文選ではすべてを一首としているのがよい。



秋胡詩 顔延之(延年)
(1)
椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律。
空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
影響豈不懷?自遠每相匹。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。
婉彼幽閑女,作嫔君子室。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
嘉運既我從,欣願自此畢。
良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。
椅梧【いご】は高鳳【こうほう】に傾き、寒谷【かんこく】は鳴律【めいりつ】を待つ。
影響豈懐はざらんや、遠きより毎に相匹【ひつ】す。
婉たる彼の幽閑【ゆうかん】の女、君子の室に嫔【ひん】と作【な】る。
峻節【しゅんせつ】は秋霜を貫き、明豔【めいえん】は朝日に博し。
嘉運【かうん】は既に我に從へり、欣願【きんがん】比より垂らん。
(2)
燕居未及好,良人顧有違。
夫婦が和らいで暮らし、また仲睦まじくなるまでになっていないのに、夫はそれとは違って遠くへ別れることになった。
脫巾千裏外,結绶登王畿。
平民の頭巾を脱いで官僚の冠をつけ、千里の彼方に仕官して、官印の綬を腰に結んで王の治められる都、陳である「王畿」に上るのであった。
戒徒在昧旦,左右來相依。
しもべの者を戒めて朝まだきに出発の準備を整える。そうして、左右の従者も夫の傍に来て寄り添う。
驅車出郊郭,行路正威遲。
やがて車を駆って城外の野に出ると、行く路はまさに遙か先までうねうねと続いている。
存爲久離別,沒爲長不歸。
これから後、生存しても久しい別離となり、死ねば永遠に帰ってこられない、哀しいことである。
燕居【えんきょ】未だ好するに及ばざる,良人顧って違【さ】る有り。
巾【きん】を千裏の外に脫して,綬を結んで王畿【おうき】に登る。
徒を戒しむること昧旦【まいたん】に在り,左右來って相依る。
車を驅りて郊郭【こうかく】を出で,行路正に威遲【いち】たり。
存して久しき離別を爲し,沒して長き不歸を爲さん。

(3)  
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。
ああわれ秋胡は役目のための旅を悲しみながら、詩経の巻耳や陟岵の篇にしばしは険阻な山路をのぼると歌ってある、ように、朝から夜おそくまで旅を続ける。
嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
車を厳重に整えて、風の寒い山を越え、鞍を解き馬を休めて、霜露を蒙って野宿する。
原隰多悲涼,回飙卷高樹。
低い湿地の草原には悲しみやさびしさがみちて、つむじ風は高い木を吹き巻いている。
離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
群れを離れたけものが草深い小道に飛び出し、物に驚いた鳥が散乱して去って行く。
悲哉遊宦子,勞此山川路。

悲しいことだ、役目のために他国に旅する私は、この山川の路に苦労しているのである。
嗟【ああ】余【われ】は行役【こうえき】を怨む,三び陟【のぼ】りて晨暮【しんぼ】を窮む。
駕【が】を嚴【いま】しめて風寒【ふうかん】を越え,鞍【くら】を解いて霜露【そうろ】を犯す。
原隰【げんしゅう】に悲涼【ひりょう】多く,回飙【かいひょう】は高樹【こうじゅ】を卷く。
離獸【りじゅう】は荒蹊【こうけい】に起り,驚鳥【きょうちょう】は縦横に去る。
悲しい哉、遊宦【ゆうかん】の子、此の山川【さんせん】の路に勞【つか】る。

 (4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。良時爲此別,日月方向除。孰知寒暑積,僶俛⑸見榮枯!歲暮臨空房,涼風起坐隅。寢興日已寒,白露生庭蕪。
(5)  
勤役從歸願,反路遵⑹山河。昔辭秋未素,今也歲載華。蠶月觀時暇,桑野多經過。佳人從所務,窈窕援高柯。傾城誰不顧,弭節⑺停中阿⑻。
(6)  
年往誠思勞,事遠闊音形。雖爲五載別,相與昧平生。舍車遵往路,凫藻馳目成。南金豈不重?聊自意所輕。義心多苦調,密比金玉聲。
(7)  
高節難久淹,朅來⑼空複辭。遲遲前途盡,依依造門基。上堂拜嘉慶,入室問何之。日暮行采歸,物色桑榆時。美人望昏至,慚歎前相持。
(8)  
有懷誰能已?聊用申苦難。離居殊年載,一別阻河關。春來無時豫,秋至恒早寒。明發⑽動愁心,閨中起長歎。慘淒歲方晏,日落遊子顔。
(9)  
高張生絕弦,聲急由調起。自昔枉光塵,結言固終始。如何久爲別,百行諐⑾諸己。君子失明義,誰與偕沒齒!愧彼《行露》詩⑿,甘之長川汜⒀。

tsuki0882


現代語訳と訳註
(本文)(3) 
 
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。
嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
原隰多悲涼,回飙卷高樹。
離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
悲哉遊宦子,勞此山川路。


(下し文)
嗟【ああ】余【われ】は行役【こうえき】を怨む,三び陟【のぼ】りて晨暮【しんぼ】を窮む。
駕【が】を嚴【いま】しめて風寒【ふうかん】を越え,鞍【くら】を解いて霜露【そうろ】を犯す。
原隰【げんしゅう】に悲涼【ひりょう】多く,回飙【かいひょう】は高樹【こうじゅ】を卷く。
離獸【りじゅう】は荒蹊【こうけい】に起り,驚鳥【きょうちょう】は縦横に去る。
悲しい哉、遊宦【ゆうかん】の子、此の山川【さんせん】の路に勞【つか】る。


(現代語訳)
ああわれ秋胡は役目のための旅を悲しみながら、詩経の巻耳や陟岵の篇にしばしは険阻な山路をのぼると歌ってある、ように、朝から夜おそくまで旅を続ける。
車を厳重に整えて、風の寒い山を越え、鞍を解き馬を休めて、霜露を蒙って野宿する。
低い湿地の草原には悲しみやさびしさがみちて、つむじ風は高い木を吹き巻いている。
群れを離れたけものが草深い小道に飛び出し、物に驚いた鳥が散乱して去って行く。
悲しいことだ、役目のために他国に旅する私は、この山川の路に苦労しているのである。


(訳注) (3) 
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。
ああわれ秋胡は役目のための旅を悲しみながら、詩経の巻耳や陟岵の篇にしばしは険阻な山路をのぼると歌ってある、ように、朝から夜おそくまで旅を続ける。
〇行役・三陟 骨身を惜しまず朝も夕も行役する。『詩経国風:魏風・陟岵篇』「陟彼岵兮・・・行役夙夜・・・」詩経の周南篇・巻耳、魏風・陟岵篇に外交の旅に出た夫が故郷にいる妻の身になって自分のことをこんな風に思ってくれているというもので、旅の苦しみ疲れをいう。『詩経、周南篇・巻耳』 「陟彼崔嵬」「陟彼高岡、我馬玄黃。」「陟彼砠矣、我馬瘏矣。」〇窮晨暮 朝早くから夜おそくまで。


嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
車を厳重に整えて、風の寒い山を越え、鞍を解き馬を休めて、霜露を蒙って野宿する。
嚴駕 馬車の装備を戒しめ、用心する。〇解鞍 鞍を解いて休む。〇犯鋸露 霜露を蒙って野宿する。


原隰多悲涼,回飙卷高樹。
低い湿地の草原には悲しみやさびしさがみちて、つむじ風は高い木を吹き巻いている。
原隰 湿地の草原。〇悲涼 哀しみ、愁い。〇回飙 吹き巻くつむじ風。


離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
群れを離れたけものが草深い小道に飛び出し、物に驚いた鳥が散乱して去って行く。


悲哉遊宦子,勞此山川路。
悲しいことだ、役目のために他国に旅する私は、この山川の路に苦労しているのである。
遊宦子 他国に仕官する人。宦は仕官。


『詩経国風:魏風・陟岵篇』
陟彼岵兮 瞻望父兮 父曰嗟予子 行役夙夜無已 上慎旃哉 猶來無止 陟彼屺兮 瞻望母兮 母曰嗟予季 行役夙夜無寐 上慎旃哉 猶來無棄 陟彼岡兮 瞻望兄兮 兄曰嗟予弟 行役夙夜必偕 上慎旃哉 猶來無死


『詩経、周南篇・巻耳』
采采卷耳、不盈頃筐。嗟我懷人、寘彼周行。   
陟彼崔嵬、我馬虺隤。我姑酌彼金罍、維以不永懷。
陟彼高岡、我馬玄黃。我姑酌彼兕觥、維以不永傷。
陟彼砠矣、我馬瘏矣。我僕痡矣、云何吁矣。
卷耳を采り采る、頃筐に盈たず。
嗟(ああ)我 人を懷ひて、彼の周行に寘(お)く。
彼の崔嵬に陟(のぼ)れば、我が馬虺隤(かいたい)たり。
我姑(しば)らく彼の金罍に酌み、維れを以て永く懷はざらん。
彼の高岡に陟れば、我が馬玄黃たり
我姑らく彼の兕觥(じこう)に酌み、維れを以て不永く傷まざらん
彼の砠に陟れば、我が馬は瘏(や)む
我が僕は痡む、云何(いかん)せん 吁(ああ)


秋胡詩(3)  
嗟余怨行役,三陟窮晨暮。
嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。
原隰多悲涼,回飙卷高樹。
離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。
悲哉遊宦子,勞此山川路。
嗟【ああ】余【われ】は行役【こうえき】を怨む,三び陟【のぼ】りて晨暮【しんぼ】を窮む。
駕【が】を嚴【いま】しめて風寒【ふうかん】を越え,鞍【くら】を解いて霜露【そうろ】を犯す。
原隰【げんしゅう】に悲涼【ひりょう】多く,回飙【かいひょう】は高樹【こうじゅ】を卷く。
離獸【りじゅう】は荒蹊【こうけい】に起り,驚鳥【きょうちょう】は縦横に去る。
悲しい哉、遊宦【ゆうかん】の子、此の山川【さんせん】の路に勞【つか】る。

秋胡詩 (2) 顔延之(延年) 詩<4>Ⅱ李白に影響を与えた詩473 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1236

秋胡詩 (2) 顔延之(延年) 詩<4>Ⅱ李白に影響を与えた詩473 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1236



秋胡詩 顔延之(延年)
(1)
椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律。

空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
影響豈不懷?自遠每相匹。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。
婉彼幽閑女,作嫔君子室。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
嘉運既我從,欣願自此畢。
良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。
椅梧【いご】は高鳳【こうほう】に傾き、寒谷【かんこく】は鳴律【めいりつ】を待つ。
影響豈懐はざらんや、遠きより毎に相匹【ひつ】す。
婉たる彼の幽閑【ゆうかん】の女、君子の室に嫔【ひん】と作【な】る。
峻節【しゅんせつ】は秋霜を貫き、明豔【めいえん】は朝日に博し。
嘉運【かうん】は既に我に從へり、欣願【きんがん】比より垂らん。

(2)
燕居未及好,良人顧有違。
夫婦が和らいで暮らし、また仲睦まじくなるまでになっていないのに、夫はそれとは違って遠くへ別れることになった。
脫巾千裏外,結绶登王畿。
平民の頭巾を脱いで官僚の冠をつけ、千里の彼方に仕官して、官印の綬を腰に結んで王の治められる都、陳である「王畿」に上るのであった。
戒徒在昧旦,左右來相依。
しもべの者を戒めて朝まだきに出発の準備を整える。そうして、左右の従者も夫の傍に来て寄り添う。
驅車出郊郭,行路正威遲。
やがて車を駆って城外の野に出ると、行く路はまさに遙か先までうねうねと続いている。
存爲久離別,沒爲長不歸。
これから後、生存しても久しい別離となり、死ねば永遠に帰ってこられない、哀しいことである。
燕居【えんきょ】未だ好するに及ばざる,良人顧って違【さ】る有り。
巾【きん】を千裏の外に脫して,綬を結んで王畿【おうき】に登る。
徒を戒しむること昧旦【まいたん】に在り,左右來って相依る。
車を驅りて郊郭【こうかく】を出で,行路正に威遲【いち】たり。
存して久しき離別を爲し,沒して長き不歸を爲さん。

(3)  
嗟余怨行役,三陟⑷窮晨暮。嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。原隰多悲涼,回飙卷高樹。離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。悲哉遊宦子,勞此山川路。
(4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。良時爲此別,日月方向除。孰知寒暑積,僶俛⑸見榮枯!歲暮臨空房,涼風起坐隅。寢興日已寒,白露生庭蕪。
(5)  
勤役從歸願,反路遵⑹山河。昔辭秋未素,今也歲載華。蠶月觀時暇,桑野多經過。佳人從所務,窈窕援高柯。傾城誰不顧,弭節⑺停中阿⑻。
(6)  
年往誠思勞,事遠闊音形。雖爲五載別,相與昧平生。舍車遵往路,凫藻馳目成。南金豈不重?聊自意所輕。義心多苦調,密比金玉聲。
(7)  
高節難久淹,朅來空複辭。遲遲前途盡,依依造門基。上堂拜嘉慶,入室問何之。日暮行采歸,物色桑榆時。美人望昏至,慚歎前相持。
(8)  
有懷誰能已?聊用申苦難。離居殊年載,一別阻河關。春來無時豫,秋至恒早寒。明發⑽動愁心,閨中起長歎。慘淒歲方晏,日落遊子顔。
(9)  
高張生絕弦,聲急由調起。自昔枉光塵,結言固終始。如何久爲別,百行諐⑾諸己。君子失明義,誰與偕沒齒!愧彼《行露》詩⑿,甘之長川汜。[1]


現代語訳と訳註
(本文) (2)

燕居未及好,良人顧有違。
脫巾千裏外,結绶登王畿。
戒徒在昧旦,左右來相依。
驅車出郊郭,行路正威遲。
存爲久離別,沒爲長不歸。

(下し文)
燕居【えんきょ】未だ好するに及ばざる,良人顧って違【さ】る有り。
巾【きん】を千裏の外に脫して,綬を結んで王畿【おうき】に登る。
徒を戒しむること昧旦【まいたん】に在り,左右來って相依る。
車を驅りて郊郭【こうかく】を出で,行路正に威遲【いち】たり。
存して久しき離別を爲し,沒して長き不歸を爲さん。

(現代語訳)
夫婦が和らいで暮らし、また仲睦まじくなるまでになっていないのに、夫はそれとは違って遠くへ別れることになった。
平民の頭巾を脱いで官僚の冠をつけ、千里の彼方に仕官して、官印の綬を腰に結んで王の治められる都、陳である「王畿」に上るのであった。
しもべの者を戒めて朝まだきに出発の準備を整える。そうして、左右の従者も夫の傍に来て寄り添う。
やがて車を駆って城外の野に出ると、行く路はまさに遙か先までうねうねと続いている。
これから後、生存しても久しい別離となり、死ねば永遠に帰ってこられない、哀しいことである。


(訳注)
燕居未及好,良人顧有違。

夫婦が和らいで暮らし、また仲睦まじくなるまでになっていないのに、夫はそれとは違って遠くへ別れることになった。
・燕居 和らいでおる。家でのんびりすること。 『論語、述而』「子之燕居。申申如也。夭夭如也。」(子の燕居するや、申申如たり。夭夭如たり。)・好 仲良くする。 ・良人 夫。


脫巾千裏外,結绶登王畿。
平民の頭巾を脱いで官僚の冠をつけ、千里の彼方に仕官して、官印の綬を腰に結んで王の治められる都、陳である「王畿」に上るのであった。
・脱巾 頭巾をぬいで衣冠をつけて仕官する。布衣すなわち平民のかぶる、づきんのこと。・綬 印綬、官印のひも。・王畿 みやこ。王の直接治める地域。王城の郭外になる五百里四方の地。ここは「陳は、王者の起こるところなれば、陳をいう」(詩緯に見える)。


戒徒在昧旦,左右來相依。
しもべの者を戒めて朝まだきに出発の準備を整える。そうして、左右の従者も夫の傍に来て寄り添う。
昧旦 まだ暗い朝。朝まだき。


驅車出郊郭,行路正威遲。
やがて車を駆って城外の野に出ると、行く路はまさに遙か先までうねうねと続いている。
威遲 道が遠く続くうねりさま。遠海に同じ。


存爲久離別,沒爲長不歸。
これから後、生存しても久しい別離となり、死ねば永遠に帰ってこられない、哀しいことである。

秋胡詩 (1) 顔延之(延年) 詩<2>Ⅱ李白に影響を与えた詩471 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1230

秋胡詩 (1) 顔延之(延年) 詩<2>Ⅱ李白に影響を与えた詩471 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1230

顔延年はこの説話を詠んだ詩。
本讃には九首とあるが、文選ではすべてを一首としている。

魯国の秋胡子の妾なる潔婦についてのべた。
列女伝
魯秋潔婦. 潔婦者,魯秋胡子妻也。既納之五日,去而宦於陳,五年乃歸。未至家,見路旁婦人採桑,秋胡子悅之,下車謂曰:若曝採桑,吾行道,願託桑蔭下,下齎休焉。婦人採桑不輟,秋胡子謂曰:力田不如逢豐年,力桑不如見國卿。吾有金,願以與夫人。婦人曰:『採桑力作,紡績織紝以供衣食,奉二親養。夫子已矣,不願人之金。秋胡遂去。歸至家,奉金遺母,使人呼其婦。婦至,乃嚮採桑者也,秋胡子慚。婦曰:子束髮脩身,辭親往仕,五年乃還,當所悅馳驟,揚塵疾至。今也乃悅路傍婦人,下子之糧,以金予之,是忘母也。忘母不孝,好色淫泆,是污行也,污行不義。夫事親不孝, 則事君不忠。處家不義,則治官不理。孝義並亡,必不遂矣。妾不忍見,子改娶矣,妾亦不嫁。遂去而東走,投河而死。

秋胡子は、潔婦を納れ、五日にして、去りて陳に宦す。五年にして帰る。末だ其の家に至らざるとき、路傍に美しき婦人の方に桑を採るもの有るを見る。秋胡子は車より下り、謂うげて日く、いま吾に金あり、願はくは以て夫人に与へんと。婦人日く、嘻、妾は桑を採りて二親に奉ず。人の金を願わずと。秋湖子遂に去り、帰って家に至り金を奉じて其の母に遣る。その母、人をして其の婦を呼ばしむ。婦至る、乃ち向に桑を採りしものなり。秋湖は之を見て慙(は)づ。婦人日く、髪を束ね身む修め、親を辞し往いて仕ふ。五年にして乃ち還るを得たり。まさに親戚を見るべきなるに、今や乃ち路傍の婦人を悦びて、子の装を下し、金を以て之に与へんとす。これ母を忘るるの不孝なり。妾は不孝の人を見るに忍びずと。遂に去りて走り、自ら河に投じて裾す」(列女伝 秋胡子)

魯の潔婦は秋胡子の妻である。新婚五日、秋湖は単身陳に赴任した。五年後に帰宅の道で、桑摘む美女を見て金を贈ろうとした。美人は拒絶したので、帰って母に贈った。妻を見ると、さきの採桑の美女であった。妻は五年振りの帰省に、道端の女を悦んで、母を忘れる不孝な人にはまみえないといって、遂に河に投死した。(西京雑記もほぼ同じ)とある。



秋胡詩 顔延之(延年)
(1)
椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律。
空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
影響豈不懷?自遠每相匹。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。
婉彼幽閑女,作嫔君子室。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
嘉運既我從,欣願自此畢。

良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。
椅梧【いご】は高鳳【こうほう】に傾き、寒谷【かんこく】は鳴律【めいりつ】を待つ。
影響豈懐はざらんや、遠きより毎に相匹【ひつ】す。
婉たる彼の幽閑【ゆうかん】の女、君子の室に嫔【ひん】と作【な】る。
峻節【しゅんせつ】は秋霜を貫き、明豔【めいえん】は朝日に博し。
嘉運【かうん】は既に我に從へり、欣願【きんがん】比より垂らん。

(2)
燕居未及好,良人顧有違。脫巾千裏外,結绶登王畿⑵。戒徒在昧旦,左右來相依。驅車出郊郭,行路正威遲⑶。存爲久離別,沒爲長不歸。
(3)  
嗟余怨行役,三陟⑷窮晨暮。嚴駕越風寒,解鞍犯霜露。原隰多悲涼,回飙卷高樹。離獸起荒蹊,驚鳥縱橫去。悲哉遊宦子,勞此山川路。
(4)  
超遙行人遠,宛轉年運徂。良時爲此別,日月方向除。孰知寒暑積,僶俛⑸見榮枯!歲暮臨空房,涼風起坐隅。寢興日已寒,白露生庭蕪。
(5)  
勤役從歸願,反路遵⑹山河。昔辭秋未素,今也歲載華。蠶月觀時暇,桑野多經過。佳人從所務,窈窕援高柯。傾城誰不顧,弭節⑺停中阿⑻。
(6)  
年往誠思勞,事遠闊音形。雖爲五載別,相與昧平生。舍車遵往路,凫藻馳目成。南金豈不重?聊自意所輕。義心多苦調,密比金玉聲。
(7)  
高節難久淹,朅來⑼空複辭。遲遲前途盡,依依造門基。上堂拜嘉慶,入室問何之。日暮行采歸,物色桑榆時。美人望昏至,慚歎前相持。
(8)  
有懷誰能已?聊用申苦難。離居殊年載,一別阻河關。春來無時豫,秋至恒早寒。明發⑽動愁心,閨中起長歎。慘淒歲方晏,日落遊子顔。
(9)  
高張生絕弦,聲急由調起。自昔枉光塵,結言固終始。如何久爲別,百行諐⑾諸己。君子失明義,誰與偕沒齒!愧彼《行露》詩⑿,甘之長川汜⒀。[1]


現代語訳と訳註
(本文) (1)

椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律⑴。
影響豈不懷?自遠每相匹。
婉彼幽閑女,作嫔君子室。
峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
嘉運既我從,欣願自此畢。


(下し文)
椅梧【いご】は高鳳【こうほう】に傾き、寒谷【かんこく】は鳴律【めいりつ】を待つ。
影響豈懐はざらんや、遠きより毎に相匹【ひつ】す。
婉たる彼の幽閑【ゆうかん】の女、君子の室に嫔【ひん】と作【な】る。
峻節【しゅんせつ】は秋霜を貫き、明豔【めいえん】は朝日に博し。
嘉運【かうん】は既に我に從へり、欣願【きんがん】比より垂らん。


(現代語訳)
空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。


(訳注)
椅梧傾高鳳,寒谷待鳴律。
空高く飛ぶ鳳凰の方へと桐の木は枝を傾けて止りに来るのを待っている、寒くつめたい谷は鄒衍が律菅を吹き鳴らしてくれるのを待っている。
椅梧 椅も梧の類。・傾高鳳 高く飛ぶ鳳のやすむのを待って枝を傾ける。鳳は桐に息むと伝える。青桐には仲の良いつがいの鳳凰が住む。 ・寒谷待鳴律 燕の寒谷には穀物を生ぜぬか、鄒衍(周代の学者)の吹く音律に応じて黍を生じた。劉向別録沈徳潜の注に「椅梧鳳烏の來儀(あいさつに来る)を佇め、寒谷吹律を待って煦まるとは、夫婦の相匹すること、影皆の相思ふが如きを言ふなり」と。


影響豈不懷?自遠每相匹。
それと同じく男女の場合も、形に影が従い声に琴が応ずるごとく、互いに思いあうもので、遠くはなれたところにいても、どこにいても夫婦であるのが常である。


婉彼幽閑女,作嫔君子室。
うるわしき彼のしとやかな女「潔婦」は、徳のある人の家、秋胡の家にとついで妻となった。
幽閑 奥ゆかしく淑やかな。窃充。・作嫔 妻となる。


峻節貫秋霜,明豔侔朝日。
高くすぐれた、厳しい節操のあるかの女は秋霜を貫き凌ぐほどのものであり、辺りを照らすそのあでやかさは朝日の光が輝くようなのと同じである。
明艶 光明艶美。 


嘉運既我從,欣願自此畢。
良い運の巡り合わせは自分に従いついている。すでに嫁にした上は、これからによろこばしい願いが満足に遂げられることと妻はおもったのだ。(その一)
嘉運 めでたい運。

於安城答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<64-#5>Ⅱ李白に影響を与えた詩471 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1230

於安城答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<64-#5>Ⅱ李白に影響を与えた詩471 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1230


於安城答靈運詩の作者
謝宣遠(謝瞻)
(387-421)37歳卒
(宋) 謝瞻、字は宣遠、謝朗の孫で、陳郡陽夏(河南省太康付近)の人。幼いとき孤となり、叔母の劉氏に撫養せられた。六歳でよく文を作る。従奴の混、族弟の霊運とともに盛名があった。江南の安城の太守。

謝霊運(謝康楽) (385~433) 48歳卒 南朝の宋の詩人。陽夏(河南省)の人。永嘉太守・侍中などを歴任。のち、反逆を疑われ、広州で処刑された。江南の自然美を精緻(せいち)な表現によって山水詩にうたった。六朝時代を代表する門閥貴族である謝氏の出身で、祖父の謝玄は淝水の戦いで前秦の苻堅の大軍を撃破した東晋の名将である。祖父の爵位である康楽公を継いだため、後世では謝康楽とも呼ばれる。



於安城答靈運詩
(1)
條繁林彌蔚。波清源愈濬。
木々の枝が重なり、繁茂すればするほど林はますますこんもりと茂り、波が清らかであれば清く、源はますます清く深くなる。(源が深いほど、流はいよいよ清くなる意)。
華宗誕吾秀。之子紹前胤。
そのように、輝けるわが謝一族には秀美の人士が生まれている、その一人であるあなたは祖先の血統をついでいる。
綢繆結風徽。煙熅吐芳訊。
そしてあなたの文才の心にまつわりつくように風雅の道が結晶と成し、天地の気が和合し、いきいきした芳しい詩をつくる。
鴻漸隨事變。雲台與年峻。

官に仕えては「鴻漸之翼」のように出世する優秀な人材であり、雲にとどくばかりの政治の舞台であら、爵位は年の経過と共に高くなる。
條【えだ】繁【しげ】くして林は彌【いよい】よ蔚【うつ】たり、波清くして源は愈【いよい】よ濬【ふか】し。
華宗【かそう】には吾が秀【しゅう】誕【う】まれ、之の子は前胤【ぜんいん】を紹ぐ。
綢繆【ちょうびゅう】して風徽【ふうき】を結び、煙熅【えんうん】として芳訊【ほうじん】を吐く。
鴻漸【こうぜん】は事に隨って變じ、雲台【うんだい】は年と輿【とも】に峻【たか】し。

(2)
華萼相光飾。嚶鳴悅同響。
花は美しく光りかがいているように謝一族の栄誉は互いを輝かせている。鳥は嚶鳴しているようにわたしたちも心からうれしそうに唱和している。
親親子敦余。賢賢五爾賞。
そのように、あなたは親しい仲の者のうち特にわたしに親愛の厚い情を示してくれる、わたしはすぐれたあなたを賢者として尊びほめたたえるのである。
比景後鮮輝。方年一日長。
ひとに慕われることを比較するとあなたの鮮明さにわたしは劣っている、年齢を比べるとあなたが少しだけ多いだけというのに輝きは明らかに違っている。
萎葉愛榮條。涸流好河廣。
衰えしぼんだ葉というものは繁った枝であったことを愛するもの、水がなくなった川は広い河をよしとするごとくわたしは、あなたを敬い慕うのである。
華萼【かがく】は相【あい】光飾【こうしょく】し、嚶鳴【おうめい】は同響【どうきょう】を悦【よろこ】ぶ。
親【しん】を親しみて子は予に敦【あつ】くし、賢を賢として吾は爾を賞す。
景を比ぶれば鮮輝【せんき】に後れ、年を方ぶれば一日長ず。
萎葉【いよう】は榮條【えいじょう】を愛し、涸流【こりゅう】は河鷹【かこう】を好す。

(3)
徇業謝成操。復禮愧貧樂。

わたしは仕事をしてみさおを守り貫いて成就することができないことを申し上げ、礼を踏み行なって貧しい中にあっても道を楽しむというまでにはなられず、愧ずかしい次第であった。
幸會果代耕。符守江南曲。
幸いにも仕官ができて禄を得ることになっている、朝廷から割符をもらい受けて、江南のほとりになる安城に太守となった。
履運傷荏苒。遵塗歎緬邈。
しかし当面することにおわれてしまい年月はどんどん過ぎていった、またあなたとは役所の仕事を遵守することで身も心も遠くはなれていることを欺き悲しむ。
布懷存所欽。我勞一何篤。
わがうやまい慕うところのあなたを想う情をのべて詩をおくるけれど、わたしのあなたを思う心使いは何と厚いことであろうかきっとわかってくれることでしょう。
業を徇【いとな】みては操を成すことを謝し、禮に復しては貧にも楽しむことに愧【は】ず。
幸に代耕【だいこう】を果すに會ひ、江南の曲【ほとり】に符守【ふしゅ】す。
運を履【ふ】みては荏苒【じんぜん】なるを傷み、塗【みち】に遵【したが】っては緬邈【めんばく】なるを歎く。
懐【おもい】を布【し】いて欽【きん】する所を存す、我が勞【ろう】は一に何ぞ篤き。

#4
肇允雖同規。翻飛各異概。

はじめわれと君とはまことに円形を描く用具のように見た目も考えも同じであったが、飛びたって世に進むに至っては各々ちがう才能が現われた。
迢遞封畿外。窈窕承明內。
かくてたしは都から遠く離れたこの安城の地に太守として在り、あなたは都の奥深い承明殿に秘書丞として仕えている。
尋塗塗既暌。即理理已對。
私とあなたの志す道は官途都で進むものと地方とで途は道理の上から見ると才ある者は都の秘書監について二極分化している、それはすなわち、その道理として才のあるものとない者が相対している。
絲路有恆悲。矧迺在吾愛。
素絲を見て泣き、岐路を見て哭すという悲しみの情を起すことは古から恒にあることだが、ましてやわが敬愛するあなたと離れている場合なおさらである。

肇は允【まこと】に規【のり】を同じくすと雖も、翻飛【はんぴ】しては各々概を異にす。
封畿【ほうき】の外に迢遞【しょうてい】し、承明の内に窈窕【ようちょう】たり。
塗【みち】を尋ねれば塗【みち】は既に暌【そむ】き、理に即【つ】けば理も亦對【まいたい】す。
絲路【しろ】には恒悲【こうひ】有り、矧【いわ】んや迺【すなわ】ち吾が愛に在るをや。

#5
跬行安步武。鎩翮周數仞。
わたしは半歩ほど歩いてその短い距離の間に安心満足するほどもので、また『荘子、逍遥遊』に「鵬が翮を搏てば九万里」といわれるが私は翅を負傷してわずか数仞の高さでくるっと周る遊ぶ鳥ほどのものでしかない小人物である。
豈不識高遠。違方往有吝。
たしかに、高く遠い大空まで飛ぶ楽しみを十分に知ることがないわけではないのだが、才徳の足らぬわが身のほどをわきまえておるのです。そしてそれは行くべき方向とは違った所へ往き進んでしまい、後悔するようになるであろうということなのだ。
歲寒霜雪嚴。過半路愈峻。
そしてそれは、年も暮れ、寒い時節で霜や雪か厳しく降るときに、道の半ばすぎくらいのところまで進んだのに、前途がますます険しくむつかしくなるというものだ。
量已畏友朋。勇退不敢進。
それゆえ自分の力量をよく考え友だちから分不相応であると、そしられるであろうことを気づかうのである。いさぎよく退いて、無理にも進もうなどとはしてはならないのだ。
行矣勵令猷。寫誠酬來訊。

謝霊運殿、何とぞよき道につとめ励まれよ、われは誠の心をのべ表わしてあなたの詩に答えることとします。
跬行して步武【ほぶ】に安んじ、翮【つばさ】を鎩【そ】ぎて數仞【すうじん】を周【めぐ】る。
豈 高遠【こうえん】を識らざらんや、方に違ひ往くときほ客有り。
歲寒く霜雪【そうせつ】嚴しきとき。過半にして路は愈よ峻し。
已を量りて友朋【ゆうほう】を畏れ、退くことに勇して敢えて進まず。
行いて令猷【れいゆう】を勵めよ。誠を寫して來訊【らいじん】に酬【むく】ゆ。




現代語訳と訳註
(本文)
#5
跬行安步武、鎩翮周數仞。豈不識高遠、違方往有吝。
歲寒霜雪嚴、過半路愈峻。量已畏友朋、勇退不敢進。
行矣勵令猷、寫誠酬來訊。


(下し文)
跬行して步武【ほぶ】に安んじ、翮【つばさ】を鎩【そ】ぎて數仞【すうじん】を周【めぐ】る。
豈 高遠【こうえん】を識らざらんや、方に違ひ往くときほ客有り。
歲寒く霜雪【そうせつ】嚴しきとき。過半にして路は愈よ峻し。
已を量りて友朋【ゆうほう】を畏れ、退くことに勇して敢えて進まず。
行いて令猷【れいゆう】を勵めよ。誠を寫して來訊【らいじん】に酬【むく】ゆ。


(現代語訳)
わたしは半歩ほど歩いてその短い距離の間に安心満足するほどもので、また『荘子、逍遥遊』に「鵬が翮を搏てば九万里」といわれるが私は翅を負傷してわずか数仞の高さでくるっと周る遊ぶ鳥ほどのものでしかない小人物である。
たしかに、高く遠い大空まで飛ぶ楽しみを十分に知ることがないわけではないのだが、才徳の足らぬわが身のほどをわきまえておるのです。そしてそれは行くべき方向とは違った所へ往き進んでしまい、後悔するようになるであろうということなのだ。
そしてそれは、年も暮れ、寒い時節で霜や雪か厳しく降るときに、道の半ばすぎくらいのところまで進んだのに、前途がますます険しくむつかしくなるというものだ。
それゆえ自分の力量をよく考え友だちから分不相応であると、そしられるであろうことを気づかうのである。いさぎよく退いて、無理にも進もうなどとはしてはならないのだ。
謝霊運殿、何とぞよき道につとめ励まれよ、われは誠の心をのべ表わしてあなたの詩に答えることとします。


(訳注) #5
跬行安步武、鎩翮周數仞。

わたしは半歩ほど歩いてその短い距離の間に安心満足するほどもので、また『荘子、逍遥遊』に「鵬が翮を搏てば九万里」といわれるが私は翅を負傷してわずか数仞の高さでくるっと周る遊ぶ鳥ほどのものでしかない小人物である。
跬行 司馬法「凡人一舉足曰跬。跬,三尺也。兩舉足曰步。步,六尺也。」(凡そ人の一たび足を挙ぐるを跬といふ、跬は三尺なり。両たび足を挙ぐるを歩といふ、歩は六尺なり。)すなわち跬は半歩で日本での普通に一歩というものに当る。〇 半歩すなわち三尺。歩武とは、わずかな距離のこと。〇鎩翮 つばさをそぐ。羽毛をそこない、いためること。○周數仞 仞は八尺、また七尺ともいう。荘子、逍遥遊に「鵬搏扶搖羊角而上者九萬里。斥鷃笑之曰彼且奚適也我騰躍而上不過數仞而下。此亦飛之至也。」(鵬は扶揺に搏ち羊角して上る者九万里なり。斥鷃は之を笑うて曰く、我は騰躍して上る、数仞に過ぎず、而して下る、これも亦、飛ぶことの至りなり。)「歩武・数仞」の二句は、謝宣遠自身の地位や志の小なることをいうものであるが、宣遠は、もとより明哲保身の人で、かつて「吾が家は素退を以て業となす」といって、弟なる謝晦を誡めたこともあるほどだから(南史本伝)、この詩にいう所も、右のような立場からであって、必ずしも単なる卑下ではない。


豈不識高遠。違方往有吝。
たしかに、高く遠い大空まで飛ぶ楽しみを十分に知ることがないわけではないのだが、才徳の足らぬわが身のほどをわきまえておるのです。そしてそれは行くべき方向とは違った所へ往き進んでしまい、後悔するようになるであろうということなのだ。
高遠 官途が進み栄えることは結構だが、それにつれて、苦労や危険も多いことをいう。〇 『論語、里仁篇』「子曰、父母在、不遠遊、遊必有方。」(子曰く、父母在せば遠く遊ばず、遊ぶに必ず方あるべし。)〇往有吝 『周易、屯卦』「即鹿无虞,以從禽也﹔君子舍之,往吝窮也。」(鹿につくに虜なく、ただ林中に入る。 君子はきざしをみてやむにしかず。往くときは客にして窮まる。)鹿を追うことをやめるべきなのに追い往くときほ、後悔のたねとなり、進退きわまるようになる。


歲寒霜雪嚴、過半路愈峻。
そしてそれは、年も暮れ、寒い時節で霜や雪か厳しく降るときに、道の半ばすぎくらいのところまで進んだのに、前途がますます険しくむつかしくなるというものだ。
過半路愈峻  官途が進み栄えることは結構だが、それにつれて、苦労や危険も多いことをいう。


量已畏友朋、勇退不敢進。
それゆえ自分の力量をよく考え友だちから分不相応であると、そしられるであろうことを気づかうのである。いさぎよく退いて、無理にも進もうなどとはしてはならないのだ。
量已畏友朋 自分の力量をよく考え友だちから、分不相応であると、そしられるであろうことを気づかう。


行矣勵令猷、寫誠酬來訊。
謝霊運殿、何とぞよき道につとめ励まれよ、われは誠の心をのべ表わしてあなたの詩に答えることとします。
行矣 行かなむ、行けよ。いざ、さあ、の意味。〇 水をもらす。ここは、謝靈運に対し述べ表わすこと。

於安城答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<64-#4>Ⅱ李白に影響を与えた詩470 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1227

於安城答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<64-#4>Ⅱ李白に影響を与えた詩470 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1227


於安城答靈運詩の作者
謝宣遠(謝瞻)
(387-421)37歳卒
(宋) 謝瞻、字は宣遠、謝朗の孫で、陳郡陽夏(河南省太康付近)の人。幼いとき孤となり、叔母の劉氏に撫養せられた。六歳でよく文を作る。従奴の混、族弟の霊運とともに盛名があった。江南の安城の太守。

謝霊運(謝康楽) (385~433) 48歳卒 南朝の宋の詩人。陽夏(河南省)の人。永嘉太守・侍中などを歴任。のち、反逆を疑われ、広州で処刑された。江南の自然美を精緻(せいち)な表現によって山水詩にうたった。六朝時代を代表する門閥貴族である謝氏の出身で、祖父の謝玄は淝水の戦いで前秦の苻堅の大軍を撃破した東晋の名将である。祖父の爵位である康楽公を継いだため、後世では謝康楽とも呼ばれる。



於安城答靈運詩
(1)
條繁林彌蔚。波清源愈濬。
木々の枝が重なり、繁茂すればするほど林はますますこんもりと茂り、波が清らかであれば清く、源はますます清く深くなる。(源が深いほど、流はいよいよ清くなる意)。
華宗誕吾秀。之子紹前胤。
そのように、輝けるわが謝一族には秀美の人士が生まれている、その一人であるあなたは祖先の血統をついでいる。
綢繆結風徽。煙熅吐芳訊。
そしてあなたの文才の心にまつわりつくように風雅の道が結晶と成し、天地の気が和合し、いきいきした芳しい詩をつくる。
鴻漸隨事變。雲台與年峻。

官に仕えては「鴻漸之翼」のように出世する優秀な人材であり、雲にとどくばかりの政治の舞台であら、爵位は年の経過と共に高くなる。
條【えだ】繁【しげ】くして林は彌【いよい】よ蔚【うつ】たり、波清くして源は愈【いよい】よ濬【ふか】し。
華宗【かそう】には吾が秀【しゅう】誕【う】まれ、之の子は前胤【ぜんいん】を紹ぐ。
綢繆【ちょうびゅう】して風徽【ふうき】を結び、煙熅【えんうん】として芳訊【ほうじん】を吐く。
鴻漸【こうぜん】は事に隨って變じ、雲台【うんだい】は年と輿【とも】に峻【たか】し。

(2)
華萼相光飾。嚶鳴悅同響。
花は美しく光りかがいているように謝一族の栄誉は互いを輝かせている。鳥は嚶鳴しているようにわたしたちも心からうれしそうに唱和している。
親親子敦余。賢賢五爾賞。
そのように、あなたは親しい仲の者のうち特にわたしに親愛の厚い情を示してくれる、わたしはすぐれたあなたを賢者として尊びほめたたえるのである。
比景後鮮輝。方年一日長。
ひとに慕われることを比較するとあなたの鮮明さにわたしは劣っている、年齢を比べるとあなたが少しだけ多いだけというのに輝きは明らかに違っている。
萎葉愛榮條。涸流好河廣。
衰えしぼんだ葉というものは繁った枝であったことを愛するもの、水がなくなった川は広い河をよしとするごとくわたしは、あなたを敬い慕うのである。
華萼【かがく】は相【あい】光飾【こうしょく】し、嚶鳴【おうめい】は同響【どうきょう】を悦【よろこ】ぶ。
親【しん】を親しみて子は予に敦【あつ】くし、賢を賢として吾は爾を賞す。
景を比ぶれば鮮輝【せんき】に後れ、年を方ぶれば一日長ず。
萎葉【いよう】は榮條【えいじょう】を愛し、涸流【こりゅう】は河鷹【かこう】を好す。

(3)
徇業謝成操。復禮愧貧樂。

わたしは仕事をしてみさおを守り貫いて成就することができないことを申し上げ、礼を踏み行なって貧しい中にあっても道を楽しむというまでにはなられず、愧ずかしい次第であった。
幸會果代耕。符守江南曲。
幸いにも仕官ができて禄を得ることになっている、朝廷から割符をもらい受けて、江南のほとりになる安城に太守となった。
履運傷荏苒。遵塗歎緬邈。
しかし当面することにおわれてしまい年月はどんどん過ぎていった、またあなたとは役所の仕事を遵守することで身も心も遠くはなれていることを欺き悲しむ。
布懷存所欽。我勞一何篤。
わがうやまい慕うところのあなたを想う情をのべて詩をおくるけれど、わたしのあなたを思う心使いは何と厚いことであろうかきっとわかってくれることでしょう。
業を徇【いとな】みては操を成すことを謝し、禮に復しては貧にも楽しむことに愧【は】ず。
幸に代耕【だいこう】を果すに會ひ、江南の曲【ほとり】に符守【ふしゅ】す。
運を履【ふ】みては荏苒【じんぜん】なるを傷み、塗【みち】に遵【したが】っては緬邈【めんばく】なるを歎く。
懐【おもい】を布【し】いて欽【きん】する所を存す、我が勞【ろう】は一に何ぞ篤き。

#4
肇允雖同規。翻飛各異概。
はじめわれと君とはまことに円形を描く用具のように見た目も考えも同じであったが、飛びたって世に進むに至っては各々ちがう才能が現われた。
迢遞封畿外。窈窕承明內。
かくてたしは都から遠く離れたこの安城の地に太守として在り、あなたは都の奥深い承明殿に秘書丞として仕えている。
尋塗塗既暌。即理理已對。
私とあなたの志す道は官途都で進むものと地方とで途は道理の上から見ると才ある者は都の秘書監について二極分化している、それはすなわち、その道理として才のあるものとない者が相対している。
絲路有恆悲。矧迺在吾愛。
素絲を見て泣き、岐路を見て哭すという悲しみの情を起すことは古から恒にあることだが、ましてやわが敬愛するあなたと離れている場合なおさらである。

肇は允【まこと】に規【のり】を同じくすと雖も、翻飛【はんぴ】しては各々概を異にす。
封畿【ほうき】の外に迢遞【しょうてい】し、承明の内に窈窕【ようちょう】たり。
塗【みち】を尋ねれば塗【みち】は既に暌【そむ】き、理に即【つ】けば理も亦對【まいたい】す。
絲路【しろ】には恒悲【こうひ】有り、矧【いわ】んや迺【すなわ】ち吾が愛に在るをや。

#5
跬行安步武。鎩翮周數仞。豈不識高遠。違方往有吝。
歲寒霜雪嚴。過半路愈峻。量已畏友朋。勇退不敢進。
行矣勵令猷。寫誠酬來訊。
跬行して步武【ほぶ】に安んじ、翮【つばさ】を鎩【そ】ぎて數仞【すうじん】を周【めぐ】る。
豈 高遠【こうえん】を識らざらんや、方に違ひ往くときほ客有り。
歲寒く霜雪【そうせつ】嚴しきとき。過半にして路は愈よ峻し。
已を量りて友朋【ゆうほう】を畏れ、退くことに勇して敢えて進まず。
行いて令猷【れいゆう】を勵めよ。誠を寫して來訊【らいじん】に酬【むく】ゆ。



現代語訳と訳註
(本文)
#4
肇允雖同規。翻飛各異概。迢遞封畿外。窈窕承明內。
尋塗塗既暌。即理理已對。絲路有恆悲。矧迺在吾愛。



(下し文)
肇は允【まこと】に規【のり】を同じくすと雖も、翻飛【はんぴ】しては各々概を異にす。
封畿【ほうき】の外に迢遞【しょうてい】し、承明の内に窈窕【ようちょう】たり。
塗【みち】を尋ねれば塗【みち】は既に暌【そむ】き、理に即【つ】けば理も亦對【まいたい】す。
絲路【しろ】には恒悲【こうひ】有り、矧【いわ】んや迺【すなわ】ち吾が愛に在るをや。



(現代語訳)
はじめわれと君とはまことに円形を描く用具のように見た目も考えも同じであったが、飛びたって世に進むに至っては各々ちがう才能が現われた。
かくてたしは都から遠く離れたこの安城の地に太守として在り、あなたは都の奥深い承明殿に秘書丞として仕えている。
私とあなたの志す道は官途都で進むものと地方とで途は道理の上から見ると才ある者は都の秘書監について二極分化している、それはすなわち、その道理として才のあるものとない者が相対している。
素絲を見て泣き、岐路を見て哭すという悲しみの情を起すことは古から恒にあることだが、ましてやわが敬愛するあなたと離れている場合なおさらである。



(訳注)
肇允雖同規。翻飛各異概。

肇は允【まこと】に規【のり】を同じくすと雖も、翻飛【はんぴ】しては各々概を異にす。
はじめわれと君とはまことに円形を描く用具のように見た目も考えも同じであったが、飛びたって世に進むに至っては各々ちがう才能が現われた。
 ぶん回し。円形を描く用具。○ 分量。才能。



迢遞封畿外。窈窕承明內。
封畿【ほうき】の外に迢遞【しょうてい】し、承明の内に窈窕【ようちょう】たり。
かくてたしは都から遠く離れたこの安城の地に太守として在り、あなたは都の奥深い承明殿に秘書丞として仕えている。
迢遞 遠く聳えたさま。○封畿 諸侯の領地。安城郡をさす。○窈窕 遠くうねり続く。○承明 承明殿に秘書丞として仕えている



尋塗塗既暌。即理理已對。
塗【みち】を尋ねれば塗【みち】は既に暌【そむ】き、理に即【つ】けば理も亦對【まいたい】す。
私とあなたの志す道は官途都で進むものと地方とで途は道理の上から見ると才ある者は都の秘書監について二極分化している、それはすなわち、その道理として才のあるものとない者が相対している。
○塗 志を持って進む道。ここでは靈運と謝瞻、それぞれの官途。○ 隔たる,離れる。にらみあう。そむく。○ 志を持って進むことに対する道理。



絲路有恆悲。矧迺在吾愛。
絲路【しろ】には恒悲【こうひ】有り、矧【いわ】んや迺【すなわ】ち吾が愛に在るをや。
素絲を見て泣き、岐路を見て哭すという悲しみの情を起すことは古から恒にあることだが、ましてやわが敬愛するあなたと離れている場合なおさらである。
絲・路 淮南子に「墨子は素絲を見て泣く、以て黄となすべく、以て黒となすべきがためなり」。「揚子は岐路を見て哭す、以て南すべく、以て北すべきがためなり」。


於安城答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<64-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩468 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1221

於安城答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<64-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩468 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1221


於安城答靈運詩の作者
謝宣遠(謝瞻)(387-421)37歳卒
(宋) 謝瞻、字は宣遠、謝朗の孫で、陳郡陽夏(河南省太康付近)の人。幼いとき孤となり、叔母の劉氏に撫養せられた。六歳でよく文を作る。従奴の混、族弟の霊運とともに盛名があった。

謝霊運(謝康楽)
 (385~433) 48歳卒 南朝の宋の詩人。陽夏(河南省)の人。永嘉太守・侍中などを歴任。のち、反逆を疑われ、広州で処刑された。江南の自然美を精緻(せいち)な表現によって山水詩にうたった。六朝時代を代表する門閥貴族である謝氏の出身で、祖父の謝玄は淝水の戦いで前秦の苻堅の大軍を撃破した東晋の名将である。祖父の爵位である康楽公を継いだため、後世では謝康楽とも呼ばれる。


於安城答靈運詩
條繁林彌蔚。波清源愈濬。
木々の枝が重なり、繁茂すればするほど林はますますこんもりと茂り、波が清らかであれば清く、源はますます清く深くなる。(源が深いほど、流はいよいよ清くなる意)。
華宗誕吾秀。之子紹前胤。
そのように、輝けるわが謝一族には秀美の人士が生まれている、その一人であるあなたは祖先の血統をついでいる。
綢繆結風徽。煙熅吐芳訊。
そしてあなたの文才の心にまつわりつくように風雅の道が結晶と成し、天地の気が和合し、いきいきした芳しい詩をつくる。
鴻漸隨事變。雲台與年峻。

官に仕えては「鴻漸之翼」のように出世する優秀な人材であり、雲にとどくばかりの政治の舞台であら、爵位は年の経過と共に高くなる。
條【えだ】繁【しげ】くして林は彌【いよい】よ蔚【うつ】たり、波清くして源は愈【いよい】よ濬【ふか】し。
華宗【かそう】には吾が秀【しゅう】誕【う】まれ、之の子は前胤【ぜんいん】を紹ぐ。
綢繆【ちょうびゅう】して風徽【ふうき】を結び、煙熅【えんうん】として芳訊【ほうじん】を吐く。
鴻漸【こうぜん】は事に隨って變じ、雲台【うんだい】は年と輿【とも】に峻【たか】し。

#2
華萼相光飾。嚶鳴悅同響。
花は美しく光りかがいているように謝一族の栄誉は互いを輝かせている。鳥は嚶鳴しているようにわたしたちも心からうれしそうに唱和している。
親親子敦余。賢賢五爾賞。
そのように、あなたは親しい仲の者のうち特にわたしに親愛の厚い情を示してくれる、わたしはすぐれたあなたを賢者として尊びほめたたえるのである。
比景後鮮輝。方年一日長。
ひとに慕われることを比較するとあなたの鮮明さにわたしは劣っている、年齢を比べるとあなたが少しだけ多いだけというのに輝きは明らかに違っている。
萎葉愛榮條。涸流好河廣。
衰えしぼんだ葉というものは繁った枝であったことを愛するもの、水がなくなった川は広い河をよしとするごとくわたしは、あなたを敬い慕うのである。
華萼【かがく】は相【あい】光飾【こうしょく】し、嚶鳴【おうめい】は同響【どうきょう】を悦【よろこ】ぶ。
親【しん】を親しみて子は予に敦【あつ】くし、賢を賢として吾は爾を賞す。
景を比ぶれば鮮輝【せんき】に後れ、年を方ぶれば一日長ず。
萎葉【いよう】は榮條【えいじょう】を愛し、涸流【こりゅう】は河鷹【かこう】を好す。

#3
徇業謝成操。復禮愧貧樂。幸會果代耕。符守江南曲。
履運傷荏苒。遵塗歎緬邈。布懷存所欽。我勞一何篤。
#4
肇允雖同規。翻飛各異概。迢遞封畿外。窈窕承明內。
尋塗塗既暌。即理理已對。絲路有恆悲。矧迺在吾愛。
#5
跬行安步武。鎩翮周數仞。豈不識高遠。違方往有吝。
歲寒霜雪嚴。過半路愈峻。量已畏友朋。勇退不敢進。
行矣勵令猷。寫誠酬來訊。


現代語訳と訳註
(本文)
#2
華萼相光飾。嚶鳴悅同響。親親子敦余。賢賢五爾賞。
比景後鮮輝。方年一日長。萎葉愛榮條。涸流好河廣。


(下し文)#2
華萼【かがく】は相【あい】光飾【こうしょく】し、嚶鳴【おうめい】は同響【どうきょう】を悦【よろこ】ぶ。
親【しん】を親しみて子は予に敦【あつ】くし、賢を賢として吾は爾を賞す。
景を比ぶれば鮮輝【せんき】に後れ、年を方ぶれば一日長ず。
萎葉【いよう】は榮條【えいじょう】を愛し、涸流【こりゅう】は河鷹【かこう】を好す。


(現代語訳)
花は美しく光りかがいているように謝一族の栄誉は互いを輝かせている。鳥は嚶鳴しているようにわたしたちも心からうれしそうに唱和している。
そのように、あなたは親しい仲の者のうち特にわたしに親愛の厚い情を示してくれる、わたしはすぐれたあなたを賢者として尊びほめたたえるのである。
ひとに慕われることを比較するとあなたの鮮明さにわたしは劣っている、年齢を比べるとあなたが少しだけ多いだけというのに輝きは明らかに違っている。
衰えしぼんだ葉というものは繁った枝であったことを愛するもの、水がなくなった川は広い河をよしとするごとくわたしは、あなたを敬い慕うのである。


(訳注)#2
華萼相光飾。嚶鳴悅同響。

華萼【かがく】は相【あい】光飾【こうしょく】し、嚶鳴【おうめい】は同響【どうきょう】を悦【よろこ】ぶ。
花は美しく光りかがいているように謝一族の栄誉は互いを輝かせている。鳥は嚶鳴しているようにわたしたちも心からうれしそうに唱和している。
・華萼 一族の栄誉・栄位のたとえ。兄弟の情をいう。萼:1 四方を眺めるために建てられた高い建物。高殿(たかどの)。 2 極楽に往生した者の座る蓮(はす)の花の形をした台。3 (「萼」とも書く)花の萼(がく)。 4 眺望をよくする。5花の最も外側の部分。ふつう緑色をし、外面に毛をもつ。つぼみのときは内部を包み保護する。・嚶鳴 鳥が仲良く声を合わせて鳴くこと。鳥が友を呼ぶ声。『詩経、小雅、伐木』「伐木丁丁、鳥鳴嚶嚶。出自幽谷、遷于喬木。嚶其鳴矣、 求其友聲。相彼鳥矣、猶求友聲。矧伊人矣、不求友生。」


親親子敦余。賢賢五爾賞。
親【しん】を親しみて子は予に敦【あつ】くし、賢を賢として吾は爾を賞す。
そのように、あなたは親しい仲の者のうち特にわたしに親愛の厚い情を示してくれる、わたしは賢れたあなたを賢者として尊びほめたたえるのである。

比景後鮮輝。方年一日長。
景を比ぶれば鮮輝【せんき】に後れ、年を方ぶれば一日長ず。
ひとに慕われることを比較するとあなたの鮮明さにわたしは劣っている、年齢を比べるとあなたが少しだけ多いだけというのに輝きは明らかに違っている。
・景 景気・景況・景仰・景行・景色・景勝・景福・光景。ここは文学・遺徳などを含めて、人格の高い人をあおぎ慕うこと。
 
萎葉愛榮條。涸流好河廣。
萎葉【いよう】は榮條【えいじょう】を愛し、涸流【こりゅう】は河鷹【かこう】を好す。
衰えしぼんだ葉というものは繁った枝であったことを愛するもの、水がなくなった川は広い河をよしとするごとくわたしは、あなたを敬い慕うのである。
・萎葉 1 木の葉しなわせる、たわめる。2 しみじみとした感じを出す様子をいう。


#2
華萼相光飾。嚶鳴悅同響。
親親子敦余。賢賢五爾賞。
比景後鮮輝。方年一日長。
萎葉愛榮條。涸流好河廣。

#2
華萼【かがく】は相【あい】光飾【こうしょく】し、嚶鳴【おうめい】は同響【どうきょう】を悦【よろこ】ぶ。
親【しん】を親しみて子は予に敦【あつ】くし、賢を賢として吾は爾を賞す。
景を比ぶれば鮮輝【せんき】に後れ、年を方ぶれば一日長ず。
萎葉【いよう】は榮條【えいじょう】を愛し、涸流【こりゅう】は河鷹【かこう】を好す。

於安城答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<64-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩467 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1218

於安城答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<64-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩467 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1218


於安城答靈運詩
條繁林彌蔚。波清源愈濬。
木々の枝が重なり、繁茂すればするほど林はますますこんもりと茂り、波が清らかであれば清く、源はますます清く深くなる。(源が深いほど、流はいよいよ清くなる意)。
華宗誕吾秀。之子紹前胤。
そのように、輝けるわが謝一族には秀美の人士が生まれている、その一人であるあなたは祖先の血統をついでいる。
綢繆結風徽。煙熅吐芳訊。
そしてあなたの文才の心にまつわりつくように風雅の道が結晶と成し、天地の気が和合し、いきいきした芳しい詩をつくる。
鴻漸隨事變。雲台與年峻。

官に仕えては「鴻漸之翼」のように出世する優秀な人材であり、雲にとどくばかりの政治の舞台であら、爵位は年の経過と共に高くなる。
條【えだ】繁【しげ】くして林は彌【いよい】よ蔚【うつ】たり、波清くして源は愈【いよい】よ濬【ふか】し。
華宗【かそう】には吾が秀【しゅう】誕【う】まれ、之の子は前胤【ぜんいん】を紹ぐ。
綢繆【ちょうびゅう】して風徽【ふうき】を結び、煙熅【えんうん】として芳訊【ほうじん】を吐く。
鴻漸【こうぜん】は事に隨って變じ、雲台【うんだい】は年と輿【とも】に峻【たか】し。

#2
華萼相光飾。嚶鳴悅同響。親親子敦余。賢賢五爾賞。
比景後鮮輝。方年一日長。萎葉愛榮條。涸流好河廣。
#2
華萼【かがく】は相【あい】光飾【こうしょく】し、嚶鳴【おうめい】は同響【どうきょう】を悦【よろこ】ぶ。
親【しん】を親しみて子は予に敦【あつ】くし、賢を賢として吾は爾を賞す。
景を比ぶれば鮮輝【せんき】に後れ、年を方ぶれば一日長ず。
萎葉【いよう】は榮條【えいじょう】を愛し、涸流【こりゅう】は河鷹【かこう】を好す。
#3
徇業謝成操。復禮愧貧樂。幸會果代耕。符守江南曲。
履運傷荏苒。遵塗歎緬邈。布懷存所欽。我勞一何篤。
#4
肇允雖同規。翻飛各異概。迢遞封畿外。窈窕承明內。
尋塗塗既暌。即理理已對。絲路有恆悲。矧迺在吾愛。
#5
跬行安步武。鎩翮周數仞。豈不識高遠。違方往有吝。
歲寒霜雪嚴。過半路愈峻。量已畏友朋。勇退不敢進。
行矣勵令猷。寫誠酬來訊。


現代語訳と訳註
(本文)

條繁林彌蔚。波清源愈濬。華宗誕吾秀。之子紹前胤。
綢繆結風徽。煙熅吐芳訊。鴻漸隨事變。雲台與年峻。


(下し文)#1
條【えだ】繁【しげ】くして林は彌【いよい】よ蔚【うつ】たり、波清くして源は愈【いよい】よ濬【ふか】し。
華宗【かそう】には吾が秀【しゅう】誕【う】まれ、之の子は前胤【ぜんいん】を紹ぐ。
綢繆【ちょうびゅう】して風徽【ふうき】を結び、煙熅【えんうん】として芳訊【ほうじん】を吐く。
鴻漸【こうぜん】は事に隨って變じ、雲台【うんだい】は年と輿【とも】に峻【たか】し。


(現代語訳)
木々の枝が重なり、繁茂すればするほど林はますますこんもりと茂り、波が清らかであれば清く、源はますます清く深くなる。(源が深いほど、流はいよいよ清くなる意)。
そのように、輝けるわが謝一族には秀美の人士が生まれている、その一人であるあなたは祖先の血統をついでいる。
そしてあなたの文才の心にまつわりつくように風雅の道が結晶と成し、天地の気が和合し、いきいきした芳しい詩をつくる。
官に仕えては「鴻漸之翼」のように出世する優秀な人材であり、雲にとどくばかりの政治の舞台であら、爵位は年の経過と共に高くなる。


(訳注)
條繁林彌蔚。波清源愈濬。

條繁くして林は弼上蔚たり、披清くして源は愈よ濬し。
木々の枝が重なり、繁茂すればするほど林はますますこんもりと茂り、波が清らかであれば清く、源はますます清く深くなる。(源が深いほど、流はいよいよ清くなる意)。
波清源愈濬 「條繁」「林」、を謝氏の血統の世さ、秀逸なところから秀士が生まれる。「原清」「流清」(源清めば則ち流清み)に基づいて詩の初めの聯を構成する。
『荀子、君道』「原清則流清、原濁則流濁。故上好礼義、尚賢使能、無貪利之心、則下亦将綦辞譲、致忠信、而謹於臣子矣。」(源清【す】めば則ち流清み、源濁れば則ち流濁る。故に上【かみ】礼義を好み、賢を尚【とうと】び能を使い、貪利の心無ければ、則ち下【しも】も亦、将に辞譲を綦【きわ】め、忠臣を致【きわ】めて、臣子に謹まんとす。」(源(みなもと)清ければ流れ清し)


華宗誕吾秀。之子紹前胤。
華宗には吾が秀誕まれ、之の子は前胤を紹ぐ。
そのように、輝けるわが謝一族には秀美の人士が生まれている、その一人であるあなたは祖先の血統をついでいる。
華宗 貴族の意。・誕 毛蓑の詩伝に「毛萇詩傳 誕,大也。載,生也。大矣后稷, 十月而生也。」誕は大なり、大なるかな后稷は十月にして生まる」。りつばに生みつけられる意である。


綢繆結風徽。煙熅吐芳訊。
綢繆して風徽を結び、煙熅として芳訊を吐く。
そしてあなたの文才の心にまつわりつくように風雅の道が結晶と成し、天地の気が和合し、いきいきした芳しい詩をつくる。
綱超 まといつく。ここは、夙微の方に心が引かれて、離れがたいこと。・風徽 よい風とは、文学こ坦徳などの風雅なことであろう。・煙熅 煙を伴った火、煙のない火、転じて天地の気が和合し、さかんで、いきいきしたさま。・ 問う。告ぐ、ここは、誰もが早く聞きたい詩である。


鴻漸隨事變。雲台與年峻。
鴻漸は事に隨って變じ、雲台は年と輿に峻し。
官に仕えては「鴻漸之翼」のように出世する優秀な人材であり、雲にとどくばかりの政治の舞台であら、爵位は年の経過と共に高くなる。
鴻漸 鴻漸之翼のこと。ひとたび飛翔すれば一気に千里をすすむといわれる鴻(おおとり)のつばさ。転じて、スピード出世する優秀な人材、大事業が成功する人物のこと。・雲台 台は政治の舞台。雲にとどくばかりの政治の舞台、爵位。


於安城答靈運詩
條繁林彌蔚。波清源愈濬。
華宗誕吾秀。之子紹前胤。
綢繆結風徽。煙熅吐芳訊。
鴻漸隨事變。雲台與年峻。
(その一)
條【えだ】繁【しげ】くして林は彌【いよい】よ蔚【うつ】たり、波清くして源は愈【いよい】よ濬【ふか】し。
華宗【かそう】には吾が秀【しゅう】誕【う】まれ、之の子は前胤【ぜんいん】を紹ぐ。
綢繆【ちょうびゅう】して風徽【ふうき】を結び、煙熅【えんうん】として芳訊【ほうじん】を吐く。
鴻漸【こうぜん】は事に隨って變じ、雲台【うんだい】は年と輿【とも】に峻【たか】し。

答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<63-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩466 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1215

答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<63-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩466 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1215


謝瞻 あざな・宣遠が、謝霊連からの「霖(ながあめ)を愁ふる詩」に答えた詩である。

答靈運
夕霽風氣涼,閒房有餘清。
夕方雨がはれて清涼感のある空気が流れる、しずかなわが官舎の室には雨後の清らかさが満ちている。
開軒滅華燭,月露皓已盈。
廊下の欄干のまどを開扉してきれいな台座のともし火を消すと、もう月露のいろは白く光って月の光に満ちあふれている。
獨夜無物役,寢者亦云寧。
こうした夜に一人で過ごすわたしは俗務にわずらわされることもない、そして、横に寝ているものにとっては心安らかというものだ。
忽獲愁霖唱,懷勞奏所成。
そうしているうち、いまあなたからの「愁霖の詩」を受けとったところ、そこにはあなたが苦労をいだいたなかで、わたしに示す厚い真心を述べてある。
嘆彼行旅艱,深茲眷言情。
すなわち雨のため、旅中の難儀さをなげく気持ちがわかるとともに、わたしに対する慈しみ深い言葉を感じ親しみ思うのだ。
伊余雖寡慰,殷憂暫為輕。
わたしは平生慰め楽しむことも少ないといいながらも、あなたの詩を読んで、心の深い憂いも暫しば軽くなったものだ。
牽率酬嘉藻,長揖愧吾生。

あなたからの便りに心引かれ、みごとな詩に答える、霊運殿の妙才に対してまことに愧ずかしく思うしだいです。


(靈運に答ふ)
夕に霽【は】れて風氣【ふうき】は涼しく,閒房【かんぼう】には餘清【よせい】有り。
軒を開きて華燭【かしょく】を滅【け】せば、月霧【げつろ】は皓【こう】として已に盈つ。
獨夜には物役【ぶつえき】無く、寢【い】ぬれば 亦云【ここ】に寧【やす】し。
#2
忽ち愁霖【しゅうりん】の唱を獲たるに、勞を懐【いだ】ぎて誠なる所を奏す。
彼の行旅【こうりょ】の艱を嘆き、茲【こ】の眷言【けんげん】の情を深くす。
伊れ余【われ】慰【なぐさみ】寡【すくな】しと雖も、殷憂【いんゆう】ぱ暫く為に輕し。
牽率【けんそつ】して嘉藻【かそう】に酬い、長揖【ちょういつ】しで吾生【ごせい】に愧づ。


現代語訳と訳註
(本文)

忽獲愁霖唱,懷勞奏所成。
嘆彼行旅艱,深茲眷言情。
伊余雖寡慰,殷憂暫為輕。
牽率酬嘉藻,長揖愧吾生。


(下し文) (靈運に答ふ)#2
忽ち愁霖【しゅうりん】の唱を獲たるに、勞を懐【いだ】ぎて誠なる所を奏す。
彼の行旅【こうりょ】の艱を嘆き、茲【こ】の眷言【けんげん】の情を深くす。
伊れ余【われ】慰【なぐさみ】寡【すくな】しと雖も、殷憂【いんゆう】ぱ暫く為に輕し。
牽率【けんそつ】して嘉藻【かそう】に酬い、長揖【ちょういつ】しで吾生【ごせい】に愧づ。


(現代語訳)
そうしているうち、いまあなたからの「愁霖の詩」を受けとったところ、そこにはあなたが苦労をいだいたなかで、わたしに示す厚い真心を述べてある。
すなわち雨のため、旅中の難儀さをなげく気持ちがわかるとともに、わたしに対する慈しみ深い言葉を感じ親しみ思うのだ。
わたしは平生慰め楽しむことも少ないといいながらも、あなたの詩を読んで、心の深い憂いも暫しば軽くなったものだ。
あなたからの便りに心引かれ、みごとな詩に答える、霊運殿の妙才に対してまことに愧ずかしく思うしだいです。


(訳注)
忽獲愁霖唱,懷勞奏所成。

そうしているうち、いまあなたからの「愁霖の詩」を受けとったところ、そこにはあなたが苦労をいだいたなかで、わたしに示す厚い真心を述べてある。
 進める。○ 誠と同じ。


嘆彼行旅艱,深茲眷言情。
すなわち雨のため、旅中の難儀さをなげく気持ちがわかるとともに、わたしに対する慈しみ深い言葉を感じ親しみ思うのだ。
眷言 『詩経‧小雅‧大東』 「睠言顧之 潸焉出涕。」(睠かえりみて我ここに之れを顧み、潸焉として涕を出す。)」など、用例が多い。


伊余雖寡慰,殷憂暫為輕。
わたしは平生慰め楽しむことも少ないといいながらも、あなたの詩を読んで、心の深い憂いも暫しば軽くなったものだ。
殷憂 今、邶風、柏舟篇「殷憂」とみえる。痛ましい、深いうれい。○牽率 ひきいる。


牽率酬嘉藻,長揖愧吾生。
あなたからの便りに心引かれ、みごとな詩に答える、霊運殿の妙才に対してまことに愧ずかしく思うしだいです。
長揖 揖は胸のあたりに手をあてて、あいさつする。長とは、その手で上から下へ撫で極めること。○吾生 ここは謝霊運をさす。

答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<63-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩464 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1209

答靈運 謝宣遠(謝瞻) 詩<63-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩464 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1209


謝瞻 あざな・宣遠が、謝霊連からの「霖(ながあめ)を愁ふる詩」に答えた詩である。



答靈運
夕霽風氣涼,閒房有餘清。
夕方雨がはれて清涼感のある空気が流れる、しずかなわが官舎の室には雨後の清らかさが満ちている。
開軒滅華燭,月露皓已盈。
廊下の欄干のまどを開扉してきれいな台座のともし火を消すと、もう月露のいろは白く光って月の光に満ちあふれている。
獨夜無物役,寢者亦云寧。
こうした夜に一人で過ごすわたしは俗務にわずらわされることもない、そして、横に寝ているものにとっては心安らかというものだ。
忽獲愁霖唱,懷勞奏所成。
嘆彼行旅艱,深茲眷言情。
伊余雖寡慰,殷憂暫為輕。
牽率酬嘉藻,長揖愧吾生。


(靈運に答ふ)
夕に霽【は】れて風氣【ふうき】は涼しく,閒房【かんぼう】には餘清【よせい】有り。
軒を開きて華燭【かしょく】を滅【け】せば、月霧【げつろ】は皓【こう】として已に盈つ。
獨夜には物役【ぶつえき】無く、寢【い】ぬれば 亦云【ここ】に寧【やす】し。

#2
忽ち愁霖【しゅうりん】の唱を獲たるに、勞を懐【いだ】ぎて誠なる所を奏す。
彼の行旅【こうりょ】の艱を嘆き、茲【こ】の眷言【けんげん】の情を深くす。
伊れ余【われ】慰【なぐさみ】寡【すくな】しと雖も、殷憂【いんゆう】ぱ暫く為に輕し。
牽率【けんそつ】して嘉藻【かそう】に酬い、長揖【ちょういつ】しで吾生【ごせい】に愧づ。


現代語訳と訳註
(本文) 答靈運

夕霽風氣涼,閒房有餘清。
開軒滅華燭,月露皓已盈。
獨夜無物役,寢者亦云寧。


(下し文) (靈運に答ふ)
夕に霽【は】れて風氣【ふうき】は涼しく,閒房【かんぼう】には餘清【よせい】有り。
軒を開きて華燭【かしょく】を滅【け】せば、月霧【げつろ】は皓【こう】として已に盈つ。
獨夜には物役【ぶつえき】無く、寢【い】ぬれば 亦云【ここ】に寧【やす】し。


(現代語訳)
夕方雨がはれて清涼感のある空気が流れる、しずかなわが官舎の室には雨後の清らかさが満ちている。
廊下の欄干のまどを開扉してきれいな台座のともし火を消すと、もう月露のいろは白く光って月の光に満ちあふれている。
こうした夜に一人で過ごすわたしは俗務にわずらわされることもない、そして、横に寝ているものにとっては心安らかというものだ。


(訳注)
答靈運

謝宣遠(387-421)(宋) 謝瞻、字は宣遠、謝朗の孫で、陳郡陽夏(河南省太康付近)の人。幼いとき孤となり、叔母の劉氏に撫養せられた。六歳でよく文を作る。従奴の混、族弟の霊運とともに盛名があった。かつて「喜霽詩」を作り、霊運はこれを写し、混は誅(讃辞)を記したが、王弘は「三絶なり」と、はめ称した。初め桓偉の参軍、のち劉裕に仕えて従事中郎となる。文選に有る詩は
「九日従宋公戯馬台集送孔令詩」、「玉撫軍庾西陽集別時為予章太守庚被徴還東」、「張子房詩」、「答靈運」、「於安城答靈運」がある。
謝靈運(385-433)『愁霖詩』 に答えての詩である。


夕霽風氣涼,閒房有餘清。
夕方雨がはれて清涼感のある空気が流れる、しずかなわが官舎の室には雨後の清らかさが満ちている。
 #2の初句「愁霖」の語がみえるから、長雨がはれたことであろう。氣涼 雨が上がり、晴れてきて清涼感の空気が流れる。○閒房 太守の官舎のしずかなわが室。(1) ひま,空き時間. 消闲暇つぶしをする. (2) 本筋とかかわりがない,意味のない. 闲谈雑談する閒居の閒(門構えに月)は、間と一緒。(間は閒の俗字) で、実は閑も、間と同じ意味で使われることが多いのだった。 たとえば、閑話休題とも間話休題とも書く○餘清 雨後の清らかさ


開軒滅華燭,月露皓已盈。
廊下の欄干のまどを開扉してきれいな台座のともし火を消すと、もう月露のいろは白く光って月の光に満ちあふれている。
開軒 軒は横に長い窓、廊下の欄干のまどを開扉する。○燭 ろうそく。ここは、その火。華とは、ろうそくや、その台が美しいことをさす.


獨夜無物役,寢者亦云寧。
こうした夜に一人で過ごすわたしは俗務にわずらわされることもない、そして、横に寝ているものにとっては心安らかというものだ。
○物役 外物に使役されること。俗務-俗世間の雑用的なことに動かされること。○寢者 横に寝ているもの○云寧 心安らかというもの。


謝宣遠(387-421)
(宋) 謝瞻、字は宣遠、謝朗の孫で、陳郡陽夏(河南省太康付近)の人。幼いとき孤となり、叔母の劉氏に撫養せられた。六歳でよく文を作る。従奴の混、族弟の霊運とともに盛名があった。かつて「喜霽詩」を作り、霊運はこれを写し、混は誅(讃辞)を記したが、王弘は「三絶なり」と、はめ称した。初め桓偉の参軍、のち劉裕に仕えて従事中郎となる。時に弟の晦は右衛将軍として権遇は甚だ重く、賓客は輻輳してその門に至る。瞻は、かくの如き富貴権遇を門戸の福に非ずとし、「吾はこれを見るに忍びず」と言った。しかし、劉裕が宋王朝を始めるにあたり、晦はついに佐命の功を建てたので、瞻は益々憂えおそれ、たまたま疾を獲たが療(なお)そうとはせず、まもなく卒した。随志には、文集三巻。

謝朗
(生卒年不詳,376年前後在世) 字長度といい,小字は胡,南朝陳國陽夏の人,謝安の從子。晉孝武帝375年太元元年前後在世。体が弱く病気がちであった。


謝 安(しゃ あん、Xie Ān、320年 - 385年)は中国東晋の政治家。字は安石。陳郡陽夏(現河南省)の出身。桓温の簒奪の阻止、淝水の戦いの戦勝など東晋の危機を幾度と無く救った。謝裒の3男で謝奕、謝拠の弟、謝万、謝石、謝鉄の兄。謝尚の従弟。子に謝琰。
名族・陽夏謝氏に生まれ、大いに将来を期待されていたが、若い頃は出仕せずに王羲之と交流を深め、清談に耽った。360年、40歳で初めて仕官し、桓温の司馬となった。やがて桓温から離れて中央に戻り侍中、吏部尚書に就任した。
当時の桓温の勢力は東晋を覆い、桓温は簒奪の野望を見せていて、簡文帝の死後に即位した孝武帝からの禅譲を企てた。しかしこれに対して謝安は王坦之と共に強硬に反対し引き伸ばし工作を行った。結果、老齢の桓温は死亡、東晋は命脈を保つことになる。桓温の死後の373年に尚書僕射となり、東晋の政権を握る。
383年、華北を統一した前秦の苻堅は中国の統一を目指して百万と号する大軍を南下させてきた。謝安は朝廷より征討大都督に任ぜられ、弟の謝石・甥の謝玄らに軍を預けてこれを大破した。戦いが行われていた頃、謝安は落ち着いている素振りを周囲に見せるために、客と囲碁を打っていた。対局中に前線からの報告が来て、客がどうなったかを聞いたところ、「小僧たちが賊を破った」とだけ言って、特に喜びをみせなかった。客が帰った後、それまでの平然とした振りを捨てて、喜んで小躍りした。その時に下駄の歯をぶつけて折ってしまったが、それに気づかなかったという。
この功績により、陽夏謝氏は琅邪王氏と同格の最高の家格とされ、謝安は太保となった。更に謝安はこの勢いを駆って北伐を計画していたが、皇族の権力者司馬道子に止められる。司馬道子の反対は謝安の功績が大きくなりすぎたことを警戒してのことであり、謝安は中央を追い出されて広陵歩丘に鎮した。
385年、65歳で病死。死後、太傅の官と廬陵郡公の爵位が追贈された。子の謝琰と孫の謝混も引き続き東晋に仕えた。

和謝監靈運 顏延年 詩<61-#4>Ⅱ李白に影響を与えた詩459 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1194

和謝監靈運 顏延年 詩<61-#4>Ⅱ李白に影響を与えた詩459 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1194

(謝監靈運に和す)―「還舊園作見顔范二中書」に答える。

還舊園作見顔范二中書 謝霊運(康楽) 詩<62-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩460 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1197





和謝監靈運   顏延年
弱植慕端操,窘步懼先迷。
われわれは年若いころから正しい操を守る道を慕ってきた、脇道を急いで進み正道を踏みはずすことがないようにと気づかったものだ。
寡立非擇方,刻意藉窮棲。
そうして立身を志として方策とすることなどない「正しい道を択び求め善く官につかえる」ことができない性格なのである、ひたすら一人静かな隠棲することに心をむけていた。
伊昔遘多幸,秉筆待兩閨。
かつて幸い多い時にめぐりあうことができて、筆をとって文帝と太子との二宮に仕えた(武帝に仕え、太子舎人となった)。
雖慚丹雘施,未謂玄素睽。
天子の御恩にむくいるに足らなかったことは、はずかしいことであるとはいえ、だからといって、「素が玄に」節操を変えるようなことはしなかったといえるのである。
(謝監靈運に和す)
弱植【じゃくち】にして端操【たんそう】を慕ひ,窘步【きんぽ】して先迷【せんめい】を懼【おそ】る。
立つこと寡【すくな】くして方【みち】を擇【えら】ぶに非ず,意【こころ】を刻【きざ】みて窮棲【きゅうせい】に籍【よ】る。
伊【こ】れ昔多幸【たこう】に邁ひ,筆を秉りて兩閨【りょうけい】に侍す。
丹雘【たんかく】の施【ほどこし】に慚【は】づと雖も,未だ玄素の睽【そむ】けるを謂はず。

#2
徒遭良時詖,王道奄昏霾。
しかるに、宋の武帝の良く治まった時代が終って偏った施政となった、たちまち王道は乱れて暗くなり、文帝のあと、少帝は政治を怠ったのだ。
人神幽明絶,朋好雲雨乖。
人と神とは天と地との如く懸け離れて縁がなくなり祭りができず、朋友は雲雨の離れ散るようにばらばらに散ったのだ。
弔屈汀洲浦,謁帝蒼山蹊。
かくて我も始安郡の太守となって都を離れる途中で祠原を沼薗のほとりに弔い、蒼梧山の径のほとりなる舜帝の廟に詣でた。
倚岩聽緒風,攀林結留荑。

また、岩によりかかって風の音に耳をすましたり、林の木を引いて香草を結び、それを君に贈ろうなどとした。
#2
徒【ただ】良時【りょうじ】の詖【かたむ】けるに遭い,王道【おうどう】奄【たちま】ち昏霾【こんまい】す。
人神【じんしん】は幽明【ゆうめい】のごとく絶え,朋好【ほうこう】は雲雨のごとく乖【そむ】く。
屈【くつ】を汀洲【ていしゅう】の浦【ほ】に弔し,帝に蒼山【そうざん】の蹊【みち】に謁【えつ】す。
岩に倚【よ】りて 緒風【しょふう】を聽き,林を攀【ひ】きて留荑【りゅうてい】を結ぶ。
韓愈の地図03

#3
跂予間衡嶠,曷月瞻秦稽。

衡山にへだてられた五嶺山脈の向こうの始安郡(桂林)にあっても、爪先を立てて君の方を望み、いつになったら君の住む会稽山を見ることができようかと思ったものだ。
皇聖昭天德,豐澤振沈泥。
のち文帝が位につかれて天のごとき徳を明らかにし、その治世は元嘉の治と呼ばれた。そのゆたかな恵みは、水底に沈む泥をもふるい起すごとく、元嘉三年、徐羨之を誅殺、顔延之は、中書侍郎として都に召しかえされた。
惜無爵雉化,何用充海淮。
残念なことに、我はすずめを蛤(はまぐり)にかえ、きじを蜃(おおはまぐり)にかえるような才がないので、どうして故事に言う「海や淮水」の変化に当ることができるというのか、天子に仕えてよく職責をはたすにことはできかねる。
去國還故里,幽門樹蓬藜。
それゆえこの国都を去って放郷に帰り、静かに隠遁し、門のほとりに蓬やあかざを植えるのである。
#3
跂【つまだ】てて予【われ】衡嶠【こうきょう】を間【へだ】つ,曷【いづれ】の月にか秦稽【しんけい】を瞻【み】ん。
皇聖【こうせい】は天德【てんとく】を昭【あきら】かにし,豐澤【ほうたく】は沈泥【ちんでい】を振う。
惜【おし】むらくは爵雉【じゃくち】の化【か】無し,何を用てか 海淮【かいわい】に充【あ】たらん。
國を去りて 故里【こり】に還り,幽門【ゆうもん】に蓬藜【ほうれい】を樹えん。

#4
采茨葺昔宇,翦棘開舊畦。
物謝時既晏,年往志不偕。
親仁敷情昵,興賦究辭棲。
芬馥歇蘭若,清越奪琳珪。
盡言非報章,聊用布所懷。

家の周りのいばらを取り除き、むかしからの家の屋根を葺きかえ、荘園のいばらなどを伐り除いて旧田を開き耕したい。
今や万物、気持ちの部分でも凋落して老人のように歳晩となっていた、たしかに、わが年もまた往き老いていて、隠遁したいという志を遂げることができずにいる。
浄土教の仁を積んだ者と親しくしている君は、この度わたしに対して親近の情をのべ示し、詩を寄せて真心こめたことばをのべてくれたのだ。
君は人里はなれた林野で修行に適した閑静な場所で過ごしているのでありながら、その詩は香気が盛んに漂わせているのだ、清らかに響く音は珪璧の美玉が触れ合って鳴る澄んだ音のようである。
わたしが精いっぱいのことばで述べたこの詩は、君に答えるに足るものではなくいかもしれないが、まあ心に思うことをのべたというほどのつまらないものです。

#4
茨【し】を采りて 昔宇【せきう】を葺【ふ】き,棘【きょく】を翦【き】りて 舊畦【きゅうけい】を開かん。
物 謝【さ】りて時は既に晏【く】れ,年 往きて志【こころざし】は偕【とも】ならず。
仁【じん】に親しみて 情の昵【ちか】きを敷き,賦【ふ】を興して 辭の棲【せい】を究【きわ】む。
芬馥【ぶんぱく】は蘭若【らんじゃく】を歇【つく】し,清越【せいえつ】は琳珪【りんけい】を奪う。
言を盡すも章にゆる報に非らず,聊【いささ】か用って 懷う所を布【し】く。


現代語訳と訳註
(本文)

采茨葺昔宇,翦棘開舊畦。物謝時既晏,年往志不偕。
親仁敷情昵,興賦究辭棲。芬馥歇蘭若,清越奪琳珪。
盡言非報章,聊用布所懷。


(下し文)
茨【し】を采りて 昔宇【せきう】を葺【ふ】き,棘【きょく】を翦【き】りて 舊畦【きゅうけい】を開かん。
物 謝【さ】りて時は既に晏【く】れ,年 往きて志【こころざし】は偕【とも】ならず。
仁【じん】に親しみて 情の昵【ちか】きを敷き,賦【ふ】を興して 辭の棲【せい】を究【きわ】む。
芬馥【ぶんぱく】は蘭若【らんじゃく】を歇【つく】し,清越【せいえつ】は琳珪【りんけい】を奪う。
言を盡すも章にゆる報に非らず,聊【いささ】か用って 懷う所を布【し】く。


(現代語訳)
家の周りのいばらを取り除き、むかしからの家の屋根を葺きかえ、荘園のいばらなどを伐り除いて旧田を開き耕したい。
今や万物、気持ちの部分でも凋落して老人のように歳晩となっていた、たしかに、わが年もまた往き老いていて、隠遁したいという志を遂げることができずにいる。
浄土教の仁を積んだ者と親しくしている君は、この度わたしに対して親近の情をのべ示し、詩を寄せて真心こめたことばをのべてくれたのだ。
君は人里はなれた林野で修行に適した閑静な場所で過ごしているのでありながら、その詩は香気が盛んに漂わせているのだ、清らかに響く音は珪璧の美玉が触れ合って鳴る澄んだ音のようである。
わたしが精いっぱいのことばで述べたこの詩は、君に答えるに足るものではなくいかもしれないが、まあ心に思うことをのべたというほどのつまらないものです。


(訳注)
采茨葺昔宇,翦棘開舊畦。

家の周りのいばらを取り除き、むかしからの家の屋根を葺きかえ、荘園のいばらなどを伐り除いて旧田を開き耕したい。
○茨1 バラ・カラタチなど、とげのある低木の総称。荊棘(けいきょく)。 2 人里近くに多いバラ科バラ属の低木の総称。ノイバラ・ヤマイバラ・ヤブイバラなど。《季 花=夏 実=秋》3 植物のとげ。○棘 いばら。ひくく横に並んではえて林を成す。○畦 田のこと。「二十五畝を小畦となす」という。


物謝時既晏,年往志不偕。
今や万物、気持ちの部分でも凋落して老人のように歳晩となっていた、たしかに、わが年もまた往き老いていて、隠遁したいという志を遂げることができずにいる。
○謝 去る。凋落。○晏 晩。


親仁敷情昵,興賦究辭棲。
浄土教の仁を積んだ者と親しくしている君は、この度わたしに対して親近の情をのべ示し、詩を寄せて真心こめたことばをのべてくれたのだ。
○親仁 謝霊運をさす。左氏伝、隠公六年に「仁に親しみ鄭に善きは、同の宝なり」。○敷 しく、のべる。○賦 詩を作ることにもいう。ここは詩。○悽 李善注本は「唆」に作るが、五臣注本に従う。切実なこと。○究 きわめつくす。


芬馥歇蘭若,清越奪琳珪。
君は人里はなれた林野で修行に適した閑静な場所で過ごしているのでありながら、その詩は香気が盛んに漂わせているのだ、清らかに響く音は珪璧の美玉が触れ合って鳴る澄んだ音のようである。
○芬馥【ふんぷく】香気が盛んに漂う様。○歇 ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 寝る,眠る.短い時間,しばらくの間。○蘭若 仏典では,人里はなれた林野で修行に適した閑静な場所とされ,転じて僧侶の住む山間の小寺院を指す。○琳【りん】美しい玉。また、玉が触れ合って鳴る、澄んだ音の形容。○珪 諸侯に封じる時に、天子が授ける玉。「珪璧(けいへき)」


盡言非報章,聊用布所懷。
わたしが精いっぱいのことばで述べたこの詩は、君に答えるに足るものではなくいかもしれないが、まあ心に思うことをのべたというほどのつまらないものです。
○清越 礼記の聘義篇に「夫昔者,君子比德於玉焉。玉的敲擊,聲音清越悠長」(昔者、君子は徳を玉に比す、之を叩くときは、其の声は清越にして長し。)越は、あがる意。○歇・奪 香草のかおりや美玉の清い音を、「うばい尽くす」とは、香草・美玉にとってかわる、それと同じ、の意。

和謝監靈運 顏延年 詩<61-#3>Ⅱ李白に影響を与えた詩458 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1191

和謝監靈運 顏延年 詩<61-#3>Ⅱ李白に影響を与えた詩458 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1191

(謝監靈運に和す)―「還舊園作見顔范二中書」に答える。

還舊園作見顔范二中書 謝霊運(康楽) 詩<62-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩460 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1197






和謝監靈運   顏延年
弱植慕端操,窘步懼先迷。
われわれは年若いころから正しい操を守る道を慕ってきた、脇道を急いで進み正道を踏みはずすことがないようにと気づかったものだ。
寡立非擇方,刻意藉窮棲。
そうして立身を志として方策とすることなどない「正しい道を択び求め善く官につかえる」ことができない性格なのである、ひたすら一人静かな隠棲することに心をむけていた。
伊昔遘多幸,秉筆待兩閨。
かつて幸い多い時にめぐりあうことができて、筆をとって文帝と太子との二宮に仕えた(武帝に仕え、太子舎人となった)。
雖慚丹雘施,未謂玄素睽。
天子の御恩にむくいるに足らなかったことは、はずかしいことであるとはいえ、だからといって、「素が玄に」節操を変えるようなことはしなかったといえるのである。
(謝監靈運に和す)
弱植【じゃくち】にして端操【たんそう】を慕ひ,窘步【きんぽ】して先迷【せんめい】を懼【おそ】る。
立つこと寡【すくな】くして方【みち】を擇【えら】ぶに非ず,意【こころ】を刻【きざ】みて窮棲【きゅうせい】に籍【よ】る。
伊【こ】れ昔多幸【たこう】に邁ひ,筆を秉りて兩閨【りょうけい】に侍す。
丹雘【たんかく】の施【ほどこし】に慚【は】づと雖も,未だ玄素の睽【そむ】けるを謂はず。

#2
徒遭良時詖,王道奄昏霾。
しかるに、宋の武帝の良く治まった時代が終って偏った施政となった、たちまち王道は乱れて暗くなり、文帝のあと、少帝は政治を怠ったのだ。
人神幽明絶,朋好雲雨乖。
人と神とは天と地との如く懸け離れて縁がなくなり祭りができず、朋友は雲雨の離れ散るようにばらばらに散ったのだ。
弔屈汀洲浦,謁帝蒼山蹊。
かくて我も始安郡の太守となって都を離れる途中で祠原を沼薗のほとりに弔い、蒼梧山の径のほとりなる舜帝の廟に詣でた。
倚岩聽緒風,攀林結留荑。

また、岩によりかかって風の音に耳をすましたり、林の木を引いて香草を結び、それを君に贈ろうなどとした。
#2
徒【ただ】良時【りょうじ】の詖【かたむ】けるに遭い,王道【おうどう】奄【たちま】ち昏霾【こんまい】す。
人神【じんしん】は幽明【ゆうめい】のごとく絶え,朋好【ほうこう】は雲雨のごとく乖【そむ】く。
屈【くつ】を汀洲【ていしゅう】の浦【ほ】に弔し,帝に蒼山【そうざん】の蹊【みち】に謁【えつ】す。
岩に倚【よ】りて 緒風【しょふう】を聽き,林を攀【ひ】きて留荑【りゅうてい】を結ぶ。
韓愈の地図03

#3
跂予間衡嶠,曷月瞻秦稽。
衡山にへだてられた五嶺山脈の向こうの始安郡(桂林)にあっても、爪先を立てて君の方を望み、いつになったら君の住む会稽山を見ることができようかと思ったものだ。
皇聖昭天德,豐澤振沈泥。
のち文帝が位につかれて天のごとき徳を明らかにし、その治世は元嘉の治と呼ばれた。そのゆたかな恵みは、水底に沈む泥をもふるい起すごとく、元嘉三年、徐羨之を誅殺、顔延之は、中書侍郎として都に召しかえされた。
惜無爵雉化,何用充海淮。
残念なことに、我はすずめを蛤(はまぐり)にかえ、きじを蜃(おおはまぐり)にかえるような才がないので、どうして故事に言う「海や淮水」の変化に当ることができるというのか、天子に仕えてよく職責をはたすにことはできかねる。
去國還故里,幽門樹蓬藜。

それゆえこの国都を去って放郷に帰り、静かに隠遁し、門のほとりに蓬やあかざを植えるのである。
#3
跂【つまだ】てて予【われ】衡嶠【こうきょう】を間【へだ】つ,曷【いづれ】の月にか秦稽【しんけい】を瞻【み】ん。
皇聖【こうせい】は天德【てんとく】を昭【あきら】かにし,豐澤【ほうたく】は沈泥【ちんでい】を振う。
惜【おし】むらくは爵雉【じゃくち】の化【か】無し,何を用てか 海淮【かいわい】に充【あ】たらん。
國を去りて 故里【こり】に還り,幽門【ゆうもん】に蓬藜【ほうれい】を樹えん。

#4
采茨葺昔宇,翦棘開舊畦。物謝時既晏,年往志不偕。
親仁敷情昵,興賦究辭棲。芬馥歇蘭若,清越奪琳珪。
盡言非報章,聊用布所懷

#4
茨【し】を采りて 昔宇【せきう】を葺【ふ】き,棘【きょく】を翦【き】りて 舊畦【きゅうけい】を開かん。
物 謝【さ】りて時は既に晏【く】れ,年 往きて志【こころざし】は偕【とも】ならず。
仁【じん】に親しみて 情の昵【ちか】きを敷き,賦【ふ】を興して 辭の棲【せい】を究【きわ】む。
芬馥【ぶんぱく】は蘭若【らんじゃく】を歇【つく】し,清越【せいえつ】は琳珪【りんけい】を奪う。
言を盡すも章にゆる報に非らず,聊【いささ】か用って 懷う所を布【し】く。



現代語訳と訳註
(本文)
#3
跂予間衡嶠,曷月瞻秦稽。
皇聖昭天德,豐澤振沈泥。
惜無爵雉化,何用充海淮。
去國還故里,幽門樹蓬藜。


(下し文)
跂【つまだ】てて予【われ】衡嶠【こうきょう】を間【へだ】つ,曷【いづれ】の月にか秦稽【しんけい】を瞻【み】ん。
皇聖【こうせい】は天德【てんとく】を昭【あきら】かにし,豐澤【ほうたく】は沈泥【ちんでい】を振う。
惜【おし】むらくは爵雉【じゃくち】の化【か】無し,何を用てか 海淮【かいわい】に充【あ】たらん。
國を去りて 故里【こり】に還り,幽門【ゆうもん】に蓬藜【ほうれい】を樹えん。
 

(現代語訳)
衡山にへだてられた五嶺山脈の向こうの始安郡(桂林)にあっても、爪先を立てて君の方を望み、いつになったら君の住む会稽山を見ることができようかと思ったものだ。
のち文帝が位につかれて天のごとき徳を明らかにし、その治世は元嘉の治と呼ばれた。そのゆたかな恵みは、水底に沈む泥をもふるい起すごとく、元嘉三年、徐羨之を誅殺、顔延之は、中書侍郎として都に召しかえされた。
残念なことに、我はすずめを蛤(はまぐり)にかえ、きじを蜃(おおはまぐり)にかえるような才がないので、どうして故事に言う「海や淮水」の変化に当ることができるというのか、天子に仕えてよく職責をはたすにことはできかねる。
それゆえこの国都を去って放郷に帰り、静かに隠遁し、門のほとりに蓬やあかざを植えるのである。


 (訳注)
跂予間衡嶠,曷月瞻秦稽。

衡山にへだてられた五嶺山脈の向こうの始安郡(桂林)にあっても、爪先を立てて君の方を望み、いつになったら君の住む会稽山を見ることができようかと思ったものだ。
 山の名。○ 爾雅に「山の鋭くて高いもの」とあり、五嶺山脈。○ 会稽郡の秦望山。始皇帝が、この山に登り、南海を望んだからという。○ 会楷山。もと茅山といい、禹帝がここに登ってから、名を改めた。


皇聖昭天德,豐澤振沈泥。
のち文帝が位につかれて天のごとき徳を明らかにし、その治世は元嘉の治と呼ばれた。そのゆたかな恵みは、水底に沈む泥をもふるい起すごとく、元嘉三年、徐羨之を誅殺、顔延之は、中書侍郎として都に召しかえされた。
皇聖昭天德 424年文帝即位。貴族勢力との妥協のもと政治を行なった。文帝の治世は元嘉の治と呼ばれた。426年顔延死を左遷させた徐羨之・傅亮らが誅殺され顔延之は召還された。


惜無爵雉化,何用充海淮。
残念なことに、我はすずめを蛤(はまぐり)にかえ、きじを蜃(おおはまぐり)にかえるような才がないので、どうして故事に言う「海や淮水」の変化に当ることができるというのか、天子に仕えてよく職責をはたすにことはできかねる。
爵雉化 国語に、趙簡子の語「雀(爵)は海に入りて蛤となり、雉は淮水に入りて蜃となる」ことがみえる。○化 かわる。かえる。天地が万物を生成する。民の俗をかえる、教化・徳化、などをいう。


去國還故里,幽門樹蓬藜。
それゆえこの国都を去って放郷に帰り、静かに隠遁し、門のほとりに蓬やあかざを植えるのである。
 ここは、天子の都の意。国の反対語に隠遁がある。

和謝監靈運 顏延年 詩<61-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩457 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1188

和謝監靈運 顏延年 詩<61-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩457 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1188

(謝監靈運に和す)―「還舊園作見顔范二中書」に答える。

還舊園作見顔范二中書 謝霊運(康楽) 詩<62-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩460 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1197






和謝監靈運   顏延年
弱植慕端操,窘步懼先迷。
われわれは年若いころから正しい操を守る道を慕ってきた、脇道を急いで進み正道を踏みはずすことがないようにと気づかったものだ。
寡立非擇方,刻意藉窮棲。
そうして立身を志として方策とすることなどない「正しい道を択び求め善く官につかえる」ことができない性格なのである、ひたすら一人静かな隠棲することに心をむけていた。
伊昔遘多幸,秉筆待兩閨。
かつて幸い多い時にめぐりあうことができて、筆をとって文帝と太子との二宮に仕えた(武帝に仕え、太子舎人となった)。
雖慚丹雘施,未謂玄素睽。
天子の御恩にむくいるに足らなかったことは、はずかしいことであるとはいえ、だからといって、「素が玄に」節操を変えるようなことはしなかったといえるのである。
(謝監靈運に和す)
弱植【じゃくち】にして端操【たんそう】を慕ひ,窘步【きんぽ】して先迷【せんめい】を懼【おそ】る。
立つこと寡【すくな】くして方【みち】を擇【えら】ぶに非ず,意【こころ】を刻【きざ】みて窮棲【きゅうせい】に籍【よ】る。
伊【こ】れ昔多幸【たこう】に邁ひ,筆を秉りて兩閨【りょうけい】に侍す。
丹雘【たんかく】の施【ほどこし】に慚【は】づと雖も,未だ玄素の睽【そむ】けるを謂はず。

#2
徒遭良時詖,王道奄昏霾。
しかるに、宋の武帝の良く治まった時代が終って偏った施政となった、たちまち王道は乱れて暗くなり、文帝のあと、少帝は政治を怠ったのだ。
人神幽明絶,朋好雲雨乖。
人と神とは天と地との如く懸け離れて縁がなくなり祭りができず、朋友は雲雨の離れ散るようにばらばらに散ったのだ。
弔屈汀洲浦,謁帝蒼山蹊。
かくて我も始安郡の太守となって都を離れる途中で祠原を沼薗のほとりに弔い、蒼梧山の径のほとりなる舜帝の廟に詣でた。
倚岩聽緒風,攀林結留荑。
また、岩によりかかって風の音に耳をすましたり、林の木を引いて香草を結び、それを君に贈ろうなどとした。
#2
徒【ただ】良時【りょうじ】の詖【かたむ】けるに遭い,王道【おうどう】奄【たちま】ち昏霾【こんまい】す。
人神【じんしん】は幽明【ゆうめい】のごとく絶え,朋好【ほうこう】は雲雨のごとく乖【そむ】く。
屈【くつ】を汀洲【ていしゅう】の浦【ほ】に弔し,帝に蒼山【そうざん】の蹊【みち】に謁【えつ】す。
岩に倚【よ】りて 緒風【しょふう】を聽き,林を攀【ひ】きて留荑【りゅうてい】を結ぶ。
#3
跂予間衡嶠,曷月瞻秦稽。皇聖昭天德,豐澤振沈泥。
惜無爵雉化,何用充海淮。去國還故里,幽門樹蓬藜。
#4
采茨葺昔宇,翦棘開舊畦。物謝時既晏,年往志不偕。
親仁敷情昵,興賦究辭棲。芬馥歇蘭若,清越奪琳珪。
盡言非報章,聊用布所懷

#3
跂【つまだ】てて予【われ】衡嶠【こうきょう】を間【へだ】つ,曷【いづれ】の月にか秦稽【しんけい】を瞻【み】ん。
皇聖【こうせい】は天德【てんとく】を昭【あきら】かにし,豐澤【ほうたく】は沈泥【ちんでい】を振う。
惜【おし】むらくは爵雉【じゃくち】の化【か】無し,何を用てか 海淮【かいわい】に充【あ】たらん。
國を去りて 故里【こり】に還り,幽門【ゆうもん】に蓬藜【ほうれい】を樹えん。
#4
茨【し】を采りて 昔宇【せきう】を葺【ふ】き,棘【きょく】を翦【き】りて 舊畦【きゅうけい】を開かん。
物 謝【さ】りて時は既に晏【く】れ,年 往きて志【こころざし】は偕【とも】ならず。
仁【じん】に親しみて 情の昵【ちか】きを敷き,賦【ふ】を興して 辭の棲【せい】を究【きわ】む。
芬馥【ぶんぱく】は蘭若【らんじゃく】を歇【つく】し,清越【せいえつ】は琳珪【りんけい】を奪う。
言を盡すも章にゆる報に非らず,聊【いささ】か用って 懷う所を布【し】く。


現代語訳と訳註
(本文)
#2
徒遭良時詖,王道奄昏霾。人神幽明絶,朋好雲雨乖。
弔屈汀洲浦,謁帝蒼山蹊。倚岩聽緒風,攀林結留荑。


(下し文)
徒【ただ】良時【りょうじ】の詖【かたむ】けるに遭い,王道【おうどう】奄【たちま】ち昏霾【こんまい】す。
人神【じんしん】は幽明【ゆうめい】のごとく絶え,朋好【ほうこう】は雲雨のごとく乖【そむ】く。
屈【くつ】を汀洲【ていしゅう】の浦【ほ】に弔し,帝に蒼山【そうざん】の蹊【みち】に謁【えつ】す。
岩に倚【よ】りて 緒風【しょふう】を聽き,林を攀【ひ】きて留荑【りゅうてい】を結ぶ。


(現代語訳)
しかるに、宋の武帝の良く治まった時代が終って偏った施政となった、たちまち王道は乱れて暗くなり、文帝のあと、少帝は政治を怠ったのだ。
人と神とは天と地との如く懸け離れて縁がなくなり祭りができず、朋友は雲雨の離れ散るようにばらばらに散ったのだ。
かくて我も始安郡の太守となって都を離れる途中で祠原を沼薗のほとりに弔い、蒼梧山の径のほとりなる舜帝の廟に詣でた。
また、岩によりかかって風の音に耳をすましたり、林の木を引いて香草を結び、それを君に贈ろうなどとした。


(訳注)
徒遭良時詖,王道奄昏霾。

しかるに、宋の武帝の良く治まった時代が終って偏った施政となった、たちまち王道は乱れて暗くなり、文帝のあと、少帝は政治を怠ったのだ。
 さかしい、かたよる、正しくない。○ にわか。○ 爾雅に「風が土をふらすこと」とある。砂や土を空にまきあげて、ふらす。そのため暗くなる。


人神幽明絶,朋好雲雨乖。
人と神とは天と地との如く懸け離れて縁がなくなり祭りができず、朋友は雲雨の離れ散るようにばらばらに散ったのだ。
幽明 1 暗いことと明るいこと。 2 死後の世界と、現在の世界。冥土(めいど)と現世。天と地。


弔屈汀洲浦,謁帝蒼山蹊。
かくて我も始安郡の太守となって都を離れる途中で祠原を沼薗のほとりに弔い、蒼梧山の径のほとりなる舜帝の廟に詣でた。
弔屈 史記によると、屈原は主君に忠心をつくしたが、用いられずして退けられ、のちに狽羅に身を投じて死んだ。顔延年は都から始安郡にうつされたのが不平で、屈原に感ずる所があった。始安郡は、今の広西省にあたるから、狽羅を通過したのである。ときに「屈原を祭る文」を作って、自身の意をのべたことが、南史の本伝に見える。○汀洲浦 汀:水ぎわ。洲:す。浦:うら。水に沿うた地。以上により、沼薗のほとりということになる。○蒼山 九疑山, 別称(蒼梧山)、寧遠県の南部にあり、[史記]五帝紀に、舜が「南に巡狩し、蒼梧の野に崩じ、江南の九疑に葬らる」とある舜廟の旧址と碑刻が現存し、廟の背後に舜源峰、前方に蛾皇・女英両峰が聳えるとある。故に「帝に謁す」といった。


倚岩聽緒風,攀林結留荑。
また、岩によりかかって風の音に耳をすましたり、林の木を引いて香草を結び、それを君に贈ろうなどとした。
倚岩聽緒風,攀林結留荑 楚辞に「石巌に倚りて以て涕を流す」、遵野莽以呼風兮,步從容於山廋。巡陸夷之曲衍兮,幽空虛以寂寞。倚石巖以流涕兮,憂憔悴而無樂。登巑岏以長企兮,望南郢而闚之。山脩遠其遼遼兮,塗漫漫其無時。聽玄鶴之晨鳴兮,于高岡之峨峨。獨憤積而哀娛兮,翔江洲而安歌。
離騒4「留夷と掲車(鰐と)P27
余既茲蘭之九畹兮,又樹蕙之百畝。畦留夷與掲車兮,雑杜蘅與芳芷。冀枝葉之峻茂兮,愿竢時乎吾將刈。雖萎絶其亦何傷兮,哀衆芳之蕪穢。
・秋冬之緒風『楚辞』「九章」の「渉江」
○緒風 秋冬の風の名残をいう。に、「乗鄂渚而反顧兮、欵秋冬之緒風。」(鄂渚に乗りて反顧すれば、ああ、秋冬の緒風なり。)とある。

和謝監靈運 顏延年 詩<61-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩456 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1185

和謝監靈運 顏延年 詩<61-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩456 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1185
(謝監靈運に和す)―「還舊園作見顔范二中書」に答える。

還舊園作見顔范二中書 謝霊運(康楽) 詩<62-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩460 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1197



和謝監靈運   顏延年
弱植慕端操,窘步懼先迷。
われわれは年若いころから正しい操を守る道を慕ってきた、脇道を急いで進み正道を踏みはずすことがないようにと気づかったものだ。
寡立非擇方,刻意藉窮棲。
そうして立身を志として方策とすることなどない「正しい道を択び求め善く官につかえる」ことができない性格なのである、ひたすら一人静かな隠棲することに心をむけていた。
伊昔遘多幸,秉筆待兩閨。
かつて幸い多い時にめぐりあうことができて、筆をとって文帝と太子との二宮に仕えた(武帝に仕え、太子舎人となった)。
雖慚丹雘施,未謂玄素睽。

天子の御恩にむくいるに足らなかったことは、はずかしいことであるとはいえ、だからといって、「素が玄に」節操を変えるようなことはしなかったといえるのである。
#2

徒遭良時詖,王道奄昏霾。人神幽明絶,朋好雲雨乖。
弔屈汀洲浦,謁帝蒼山蹊。倚岩聽緒風,攀林結留荑。
#3

跂予間衡嶠,曷月瞻秦稽。皇聖昭天德,豐澤振沈泥。
惜無爵雉化,何用充海淮。去國還故里,幽門樹蓬藜。
#4

采茨葺昔宇,翦棘開舊畦。物謝時既晏,年往志不偕。
親仁敷情昵,興賦究辭棲。芬馥歇蘭若,清越奪琳珪。

盡言非報章,聊用布所懷。


(謝監靈運に和す)
弱植【じゃくち】にして端操【たんそう】を慕ひ,窘步【きんぽ】して先迷【せんめい】を懼【おそ】る。
立つこと寡【すくな】くして方【みち】を擇【えら】ぶに非ず,意【こころ】を刻【きざ】みて窮棲【きゅうせい】に籍【よ】る。
伊【こ】れ昔多幸【たこう】に邁ひ,筆を秉りて兩閨【りょうけい】に侍す。
丹雘【たんかく】の施【ほどこし】に慚【は】づと雖も,未だ玄素の睽【そむ】けるを謂はず。
#2
徒【ただ】良時【りょうじ】の詖【かたむ】けるに遭い,王道【おうどう】奄【たちま】ち昏霾【こんまい】す。
人神【じんしん】は幽明【ゆうめい】のごとく絶え,朋好【ほうこう】は雲雨のごとく乖【そむ】く。
屈【くつ】を汀洲【ていしゅう】の浦【ほ】に弔し,帝に蒼山【そうざん】の蹊【みち】に謁【えつ】す。
岩に倚【よ】りて 緒風【しょふう】を聽き,林を攀【ひ】きて留荑【りゅうてい】を結ぶ。
#3
跂【つまだ】てて予【われ】衡嶠【こうきょう】を間【へだ】つ,曷【いづれ】の月にか秦稽【しんけい】を瞻【み】ん。
皇聖【こうせい】は天德【てんとく】を昭【あきら】かにし,豐澤【ほうたく】は沈泥【ちんでい】を振う。
惜【おし】むらくは爵雉【じゃくち】の化【か】無し,何を用てか 海淮【かいわい】に充【あ】たらん。
國を去りて 故里【こり】に還り,幽門【ゆうもん】に蓬藜【ほうれい】を樹えん。
#4
茨【し】を采りて 昔宇【せきう】を葺【ふ】き,棘【きょく】を翦【き】りて 舊畦【きゅうけい】を開かん。
物 謝【さ】りて時は既に晏【く】れ,年 往きて志【こころざし】は偕【とも】ならず。
仁【じん】に親しみて 情の昵【ちか】きを敷き,賦【ふ】を興して 辭の棲【せい】を究【きわ】む。
芬馥【ぶんぱく】は蘭若【らんじゃく】を歇【つく】し,清越【せいえつ】は琳珪【りんけい】を奪う。
言を盡すも章にゆる報に非らず,聊【いささ】か用って 懷う所を布【し】く。



現代語訳と訳註
(本文)
和謝監靈運
弱植慕端操,窘步懼先迷。寡立非擇方,刻意藉窮棲。
伊昔遘多幸,秉筆待兩閨。雖慚丹雘施,未謂玄素睽。


(下し文) (謝監靈運に和す)
弱植【じゃくち】にして端操【たんそう】を慕ひ,窘步【きんぽ】して先迷【せんめい】を懼【おそ】る。
立つこと寡【すくな】くして方【みち】を擇【えら】ぶに非ず,意【こころ】を刻【きざ】みて窮棲【きゅうせい】に籍【よ】る。
伊【こ】れ昔多幸【たこう】に邁ひ,筆を秉りて兩閨【りょうけい】に侍す。
丹雘【たんかく】の施【ほどこし】に慚【は】づと雖も,未だ玄素の睽【そむ】けるを謂はず。


(現代語訳)
われわれは年若いころから正しい操を守る道を慕ってきた、脇道を急いで進み正道を踏みはずすことがないようにと気づかったものだ。
そうして立身を志として方策とすることなどない「正しい道を択び求め善く官につかえる」ことができない性格なのである、ひたすら一人静かな隠棲することに心をむけていた。
かつて幸い多い時にめぐりあうことができて、筆をとって文帝と太子との二宮に仕えた(武帝に仕え、太子舎人となった)。
天子の御恩にむくいるに足らなかったことは、はずかしいことであるとはいえ、だからといって、「素が玄に」節操を変えるようなことはしなかったといえるのである。


(訳注) 和謝監靈運
秘書監なる謝霊運に、故郷の会楷にかえったとき『還舊園作見顔范二中書』(旧園に還りて作り、顔・范二中書に見す)詩がある。顔延年が、それに答えたのがこの詩である。


弱植慕端操,窘步懼先迷。
われわれは年若いころから正しい操を守る道を慕ってきた、脇道を急いで進み正道を踏みはずすことがないようにと気づかったものだ。
弱植 楚辞注「植は志なり」を引くから、1.弱い志2.自主性のない志。3.若い時から身を立てる。ここでは3.○端操 ただしいみさお。志のありかたをいう。○窘步 急いで歩み進む。○先迷 『周易、坤卦』「君子有攸往,先迷失道,後得順常。」君子の行く骸(樋)、先んずるときは迷ひて 道を失ひ、後るるときは順にして常を得」。従うべきものに従わないで先に行くと、迷って道をふみはずすことになること。


寡立非擇方,刻意藉窮棲。
そうして立身を志として方策とすることなどない「正しい道を択び求め善く官につかえる」ことができない性格なのである、ひたすら一人静かな隠棲することに心をむけていた。
立・方 『周易、恒卦』「雷風,恒,君子以立不易方。」(雷風は恒あり。君子は以て立ちて方を易へず。)恒に変ることなき所の道に従って身を立て、方(道)をかえるようなことはせぬ意。○刻意藉窮棲 『荘子、刻意篇』「刻意尚行、離世異俗、高論怨誹、為亢而已矣、此山谷之士、非世之人、枯槁赴淵者之所好也。」(意を刻み行ひを尚くし、世を離れ俗と異にし、高論・怨誹、完を為すのみなるは、此れ山谷の士、世を封るの人、枯槙にして淵に赴くものの好む所なり)を含むところの五種の人物をあげ、これらは、自己の好む所に従い、一方に偏するもので、至道に達せぬという。○ かる、よる。○窮棲 山におること。幽棲。隠棲生活。


伊昔遘多幸,秉筆待兩閨。
かつて幸い多い時にめぐりあうことができて、筆をとって文帝と太子との二宮に仕えた(武帝に仕え、太子舎人となった)。
兩閨 閨閥のこと。王室、貴族に属す一族のこと。
1高祖-武帝-劉裕     420年 - 422年
2    -少帝-劉義符-422年 - 424年


雖慚丹雘施,未謂玄素睽。
天子の御恩にむくいるに足らなかったことは、はずかしいことであるとはいえ、だからといって、「素が玄に」節操を変えるようなことはしなかったといえるのである。
丹雘施 尚書、梓材篇「「若作梓材,旣勤樸斵,惟其塗丹雘」木を削り治めた上、朱色の漆を塗り、器を作りあげることをいう。ここは、栄禄を賜わった君恩をさす。丹雘は、国家の光華たるものをいう。○玄素睽 初めは素(白)い糸であるのが、終りには玄(黒)く汚れそまる、色がかわる。「睽」はそむき、はなれる。純真なものが世間に汚れる、賄賂、汚職にまみえること。

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