漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

京都

張平子(張衡)《西京賦》(33) (長安の城郭)-#2 文選 賦<114―(33)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1070 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3898

張衡《西京賦》(33) 厚𥿻と錦とを木にまとわせ、土には朱と紫色を着色し、兵器庫には宮城守護兵の寵臣のものたちの武器が所蔵されており、一々ならべて兵架に収められ、寵臣の石顕でもない、董賢でもない限り、誰がこのような大邸宅に住めるというのか。

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張平子(張衡)《西京賦》(33) (長安の城郭)-#2 文選 賦<114―(33)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1070 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3898
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張平子(張衡)《西京賦》(33) (長安の城郭)-2 文選 賦<114―(33)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1070 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3898

斗拱00


(32)14-1長安の城郭

徒觀其城郭之制,則旁開三門。

(長安の城郭)とにかく、長安の城郭の作り方に目を観察してみると、各方位の璧面の一面ごとに門が三つ開くように配置される。

參塗夷庭,方軌十二,街衢相經。

そして、各門ごとに三本の道路を配し、平坦で一直線、四台の車を並べて走れる幅員(軌)があり、そうした道路が全部で十二通りあり、そして四通八達の道路が、十字路に交差して通っている。

廛里端直,甍宇齊平。

屋敷町はきちんと屋なみのそろえていて、屋根の甍は寸尺たがわず高さをそろえられた。

北闕甲第,當道直啓。

宮城の北にある一級邸宅地区は寵愛された貴族で、道路に画し南正面に屋敷の墻門をひらくようにした。

 (33)14-2

程巧致功,期不陁

名だたる工匠を徹底して選び抜き、彼等に期待通り以上の腕をふるわせて、曲ってもくずれおちないようにする。

木衣綈錦,土被朱紫。

厚𥿻と錦とを木にまとわせ、土には朱と紫の二色を全面に着色した。

武庫禁兵,設在蘭錡。

兵器庫には宮城守護兵の寵臣のものたちの武器が所蔵されており、一々ならべて兵架に収められる。

匪石匪董,疇能宅此?

こんなことでは寵臣の石顕でもない、董賢でもない限り、誰がこのような大邸宅に住めるというのか。

 

14

徒【ただ】其の城郭の制を觀れば,則ち旁に三門を開く。

參塗【さんと】夷【たいらか】に庭【ただ】しく,軌を方【なら】ぶと十二,街衢【がいく】相い經【わた】る。

廛里【てんり】端直し,甍宇【ぼうう】齊平【せいへい】なり。

北闕の甲第【こうだい】,道に當りて直ちに啓【ひら】く。

 

巧を程【えら】びて功を致し,陁【しち】せざらんことを期す

木には綈錦【ていきん】を【き】せ,土には朱紫【しゅし】を【こうむ】る

武庫の禁兵は,設けて蘭錡【らんき】に在る。

石の匪ず 董に匪ずんば,疇【たれ】か能く此に宅さん

漢長安図02 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (33)14-2

程巧致功,期不陁

木衣綈錦,土被朱紫。

武庫禁兵,設在蘭錡。

匪石匪董,疇能宅此?

 

(下し文)

巧を程【えら】びて功を致し,陁【しち】せざらんことを期す。

木には綈錦【ていきん】を衣【き】せ,土には朱紫【しゅし】を被【こうむ】る。

武庫の禁兵は,設けて蘭錡【らんき】に在る。

石の匪ず 董に匪ずんば,疇【たれ】か能く此に宅さん?

 

(現代語訳)

名だたる工匠を徹底して選び抜き、彼等に期待通り以上の腕をふるわせて、曲ってもくずれおちないようにする。

厚𥿻と錦とを木にまとわせ、土には朱と紫の二色を全面に着色した。

兵器庫には宮城守護兵の寵臣のものたちの武器が所蔵されており、一々ならべて兵架に収められる。

こんなことでは寵臣の石顕でもない、董賢でもない限り、誰がこのような大邸宅に住めるというのか。

 

(訳注) (33)14-2

程巧致功,期不陁

名だたる工匠を徹底して選び抜き、彼等に期待通り以上の腕をふるわせて、曲ってもくずれおちないようにする。

程巧 巧は名工。名匠を選定する。

致 尽くす。

 くずれ落ちる。悪いものは作らないっ徹底した良いものを作る。陁 ななめ、 ななめのさま けわしい

 

木衣綈錦,土被朱紫。

厚𥿻と錦とを木にまとわせ、土には朱と紫の二色を全面に着色した。

綈 厚𥿻、つむぎの類。木も土も錦繍のごとく装飾されている。

 

武庫禁兵,設在蘭錡。

兵器庫には宮城守護兵の寵臣のものたちの武器が所蔵されており、一々ならべて兵架に収められる。

武庫 兵器庫、本来なら武庫令丞があって管理する。ここは寵臣が私的に兵器庫をもっていることをいう。

禁兵 宮城守護兵の所蔵する武器。

蘭錡 兵架。弩を格納するを錡、他の兵器を格納するを蘭という。

 

匪石匪董,疇能宅此?

こんなことでは寵臣の石顕でもない、董賢でもない限り、誰がこのような大邸宅に住めるというのか。

石 石顕のこと。元帝の時の腎官で寵臣。元帝の病気につけこみ、政事の実権を握り、事大小となく彼によって決した。硬骨漢の宰相蕭望之をも自殺せしめた。下賜の貨財一万万といわれたが、元帝死去の後没落して故郷に帰る途中で死んだ。

 賢のこと。哀帝の寵臣。美貌で取り入る。二十二歳で百官の政務を統括す。また妻の父を将作大匠(宮廷造営長官) とし、詔によって、北闕の下に大邸宅を起工し、前後二重の御殿と洞門とを建て、土木事業に技巧の限力を尽くし、柱や檻は「衣するに綈錦を以てし」、下は僮僕に至るまで、下賜のものあり、「武庫の禁兵、上方(尚方、御物制作またその庫を掌る官署)の珍宝もあり、また死後のための金縷玉衣もあった。その邸宅は堅牢を拉めたが、哀帝の死後苦境に落ち自殺した。けれどもその父は、朱砂で棺を塗り、またほりものの絵を画き、四季にちなむ色彩を施し、蒼龍を左に、白虎を右に描き、上には金銀の太陽と月をあらわす模様があり、天子もこれに及ばぬほどであった」という(『漢書』の侒幸伝)。

 

石顕(せきけん、生没年不詳)は、前漢の人。字は君房。済南の人。

(1)若い頃に罪があり宮刑に処せられ宦官となった。中黄門となって中書に選ばれた。宣帝は中書の宦官を重用し、宦官の弘恭を中書令、石顕を中書僕射とした。

宣帝が死亡し元帝の世になると、元帝は政務より音楽を好み、石顕ら宦官を信用し、政治を任せた。

前将軍蕭望之、宗正劉更生、光禄大夫周堪らが石顕らの排除を狙うと、彼らを陥れ、蕭望之を自殺、劉更生や周堪を罷免に追い込んだ。

(2)元帝が即位して数年で弘恭が死ぬと、石顕が中書令になった。太中大夫張猛、魏郡太守京房、御史中丞陳咸、待詔賈捐之らが元帝に石顕の短所を述べて排除を狙ったが、石顕は彼らの罪を探し出し、京房と賈捐之は処刑され、張猛は自殺に追い込まれ、陳咸は髠刑に処せられた。こういったことから大臣たちも石顕を恐れるようになった。

(3)石顕はまた少府五鹿充宗や中書僕射牢梁、御史中丞伊嘉といった者と交友関係を持ち、付き従う者は高い地位に昇った。彼らが石顕によって地位を得た様を世間では「牢よ石よ、五鹿は客よ。印はなんと多いことよ。綬はなんと長いことよ」と歌った。

(4)石顕はまた左将軍馮奉世が、子の馮野王ともども大臣として有名であり、娘は後宮で元帝の寵愛を受けていることから、彼らを味方にしようとし、馮奉世の子の馮逡を元帝に推薦した。馮逡は石顕が権力をほしいままにしていることを述べ、元帝は激怒して彼を郎に戻した。このことがあって、後に御史大夫の後任を選ぶ時、大臣が馮野王を推薦した際、元帝が石顕に尋ねると、「寵姫の兄である馮野王を選べば、後世の者は陛下が寵姫の親族を贔屓して三公にしたのだと思うでしょう」と答えたため、元帝は馮野王を選ばなかった。

(5)石顕はわざと宮門が閉じた後の夜間に出入りすると元帝に申し出ておいて、後から石顕が夜間に勝手に宮門を開けて出入りしたと告発する者がいた。石顕は元帝に対し「私を嫉妬して陥れようとする者がいるのです。大役をおおせつかりながら皆を喜ばせることが出来ず、天下から恨まれておりますので、役目を返上して後宮の掃除夫にしていただいて私を生かしていただければ幸いです」と言い、元帝に憐れみを催させ、慰労と恩賞を賜った。

(6)世間で儒者の蕭望之を殺したことが批判されているのを知ると、儒者の歓心を買うため、儒者の貢禹と親交を結び、彼を推薦して御史大夫にまで至らしめた。これにより世間では石顕を称え、蕭望之を妬んだのではないのだと思うようになった。

(7)元帝の晩年、定陶王(劉康)が寵愛を受け皇太子の地位を脅かしたが、石顕は皇太子を支持した。しかしその皇太子(成帝)が即位すると、石顕を長信中太僕に左遷し、数ヵ月後には丞相匡衡らが石顕の旧悪を告発した。石顕や牢梁、陳順らの一党は罷免され、石顕は妻子と共に故郷に戻る道中で憂いのあまり食を取らず死亡した。

 

(とう けん、前22 - 1年)は、その眉目秀麗なる容姿から前漢哀帝の寵愛を受けた官人。哀帝の死後は権勢を失い自殺に追い込まれた。字は聖卿。

(1)董賢は御史であった董恭の子として生まれた。当初は太子舍人となったが、哀帝即位後は様々な官職を転任していた。前4年、哀帝は眉目秀麗な少年に成長した董賢に心奪われ、以後董賢は帝の男色相手として寵愛されるようになった。

 

(2)寵愛を受けた董賢は大司馬に任じられ、妹を昭儀(漢代の後宮女官の位)として後宮に迎え入れ、また妻も入宮し侍奉することが認められるという、破格の待遇を与えられた。帝は董賢を寵愛することすこぶるで、彼を片時も側から離さなかった。(3)ある日のこと、共に昼寝をしていた二人のうち哀帝が先に目を覚ましたが、横には自分の衣の大きな袖の上に董賢がまだすやすやと眠っていた。ここで自分が立ち上がろうとすれば董賢を起さざるを得ないが、それはいかにも忍びないと感じた哀帝は、人に命じて董賢が横たわっていた方の袖を切り落とさせた。この故事が男色の別称のひとつである「断袖」(だんしゅう)の由来である。

(4)過度な寵愛は董賢一族に経済的、政治的な恩恵が与えられたばかりか、董賢の僮僕にまで賞賜が与えられた。その後哀帝は董賢を侯に封じた。反対した丞相王嘉はその後加増の詔を差し戻すという事態となり、王嘉はそれが元で罪を得て投獄され絶食し命を絶っている。また舜堯の故事を引き合いに禅譲までも申し出たが、これは中常侍王閎に諫言され撤回している。

(5)元寿2年(前1年)に哀帝が崩御すると、哀帝は董賢に皇帝の璽綬を託した(次の皇帝の決定権を与えたことになる)。そこで王閎が太皇太后王氏(王政君)に璽綬を奪うよう進言し、王閎は武装して宮殿に入り董賢から璽綬を強奪した。これにより董賢は政治基盤を失う。太皇太后王氏は董賢を朝廷より遠ざけ、また年少との理由で大司馬の職を解いた。この詔勅が出された当日、董賢は妻と共に自殺した。なお彼の後任が王莽である。この時董賢の年齢は僅かに21歳、死後は財産は没収され、一族は各地に流刑となった。 
DCF00207 















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張衡《西京賦》(32) 

長安の城郭の作り方は、各方位璧一面ごとに三門が配置される。各門ごと三本の道路は平坦で一直線、四台の車を並べて走れる幅員があり、それが全部で十二通りあ。四通八達の道路が、十字路に交差し、屋敷町はきちんと甍が寸尺たがわず高さをそろえる。

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張平子(張衡)《西京賦》(32) (長安の城郭)-1 文選 賦<114―(32)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1069 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3893

 


(32)14-1長安の城郭

徒觀其城郭之制,則旁開三門。

(長安の城郭)とにかく、長安の城郭の作り方に目を観察してみると、各方位の璧面の一面ごとに門が三つ開くように配置される。

參塗夷庭,方軌十二,街衢相經。

そして、各門ごとに三本の道路を配し、平坦で一直線、四台の車を並べて走れる幅員(軌)があり、そうした道路が全部で十二通りあり、そして四通八達の道路が、十字路に交差して通っている。

廛里端直,甍宇齊平。

屋敷町はきちんと屋なみのそろえていて、屋根の甍は寸尺たがわず高さをそろえられた。

北闕甲第,當道直啓。

宮城の北にある一級邸宅地区は寵愛された貴族で、道路に画し南正面に屋敷の墻門をひらくようにした。

 (33)14-2

程巧致功,期不陁

木衣綈錦,土被朱紫。

武庫禁兵,設在蘭錡。

匪石匪董,疇能宅此?

 


14

徒【ただ】其の城郭の制を觀れば,則ち旁に三門を開く。

參塗【さんと】夷【たいらか】に庭【ただ】しく,軌を方【なら】ぶと十二,街衢【がいく】相い經【わた】る。

廛里【てんり】端直し,甍宇【ぼうう】齊平【せいへい】なり。

北闕の甲第【こうだい】,道に當りて直ちに啓【ひら】く。

 


巧を程【えら】びて功を致し,陁【しち】せざらんことを期す

木には綈錦【ていきん】を【き】せ,土には朱紫【しゅし】を【こうむ】る

武庫の禁兵は,設けて蘭錡【らんき】に在る。

石の匪ず 董に匪ずんば,疇【たれ】か能く此に宅さん

漢長安図02 


 


『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)14長安の城郭

徒觀其城郭之制,則旁開三門。

參塗夷庭,方軌十二,街衢相經。

廛里端直,甍宇齊平。

北闕甲第,當道直啓。

 


(下し文)14

徒【ただ】其の城郭の制を觀れば,則ち旁に三門を開く。

參塗【さんと】夷【たいらか】に庭【ただ】しく,軌を方【なら】ぶと十二,街衢【がいく】相い經【わた】る。

廛里【てんり】端直し,甍宇【ぼうう】齊平【せいへい】なり。

北闕の甲第【こうだい】,道に當りて直ちに啓【ひら】く。

 


(現代語訳)

(長安の城郭)とにかく、長安の城郭の作り方に目を観察してみると、各方位の璧面の一面ごとに門が三つ開くように配置される。

そして、各門ごとに三本の道路を配し、平坦で一直線、四台の車を並べて走れる幅員(軌)があり、そうした道路が全部で十二通りあり、そして四通八達の道路が、十字路に交差して通っている。

屋敷町はきちんと屋なみのそろえていて、屋根の甍は寸尺たがわず高さをそろえられた。

宮城の北にある一級邸宅地区は寵愛された貴族で、道路に画し南正面に屋敷の墻門をひらくようにした。

 斗拱00


(訳注)14長安の城郭

徒觀其城郭之制,則旁開三門。

(長安の城郭)とにかく、長安の城郭の作り方に目を観察してみると、各方位の璧面の一面ごとに門が三つ開くように配置される。

旁 側、ここは城の二側面。長安城は、全体の形は真四角でなく、東面の城壁(璃)だけが真直であるが、他の三面は曲折し、特に北面は最もはなはだしい。

 


參塗夷庭,方軌十二,街衢相經。

そして、各門ごとに三本の道路を配し、平坦で一直線、四台の車を並べて走れる幅員(軌)があり、そうした道路が全部で十二通りあり、そして四通八達の道路が、十字路に交差して通っている。

参塗 二つの道。その中央は天子だけ往来する道で、両側の道は天子以外の人が通行する。

夷庭 平らかでまっすぐなこと。

方軌 軌は車の轍、円軌すなわち四台の車をならべて走れる。十二は、一門三道、二門で、道は十二軌となる。

街衛 四通八達の大路を街、四達の十字路を衝という。「西都の賦」では、これが「洞達す」とあり、城内は「八街九陌」(黄図)という。

相経 東西南北に道が通る。

 


廛里端直,甍宇齊平。

屋敷町はきちんと屋なみのそろえていて、里は大夫の居住地となり、廛は庶人、工商などの居住地とした、屋根の甍は寸尺たがわず高さをそろえられた。

廛里 廛は屋敷、都邑の宅地。里は、野にあるものを廛というに対し、特に都内の宅地をいう。城内住宅の区画を里といい、里門があり、門内は巷で区切られた士大夫の居住地。廛は庶人、工商などの居住地となる。

 


北闕甲第,當道直啓。

宮城の北にある一級邸宅地区は寵愛された貴族で、道路に画し南正面に屋敷の墻門をひらくようにした。

北闕 城北の宮門。

甲第 里の中で一級の宅地を甲といい、甲乙の順序あり。「霍光に甲第一区を贈る」(『漢書』)とある。区の中に里があった。貴族や寵愛された家臣の宅地であった。

 DCF00207





張平子(張衡)《西京賦》(31) (武帝の神仙思想) 文選 賦<114―(31)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1068 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3888

張衡《西京賦》(31)武帝の取り上げたのは、李少君の、まことしやかな不老の術、期待したのは、欒大の、確信ありげな神仙の術である。仙人掌を設けた長い銅桂を立て、雲外の活き露を銅露盤にうけてあつめる。玉英(花)の蕊をくだいたものを、露盤であつめた露に調合して、朝な朝なにそれを飲み、永遠の生命を生き続けるものと信じこむ。


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魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻
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張平子(張衡)《西京賦》(31) (武帝の神仙思想) 文選賦<114―(31)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1068 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3888

 

 

13

於是采少君之端信,庶欒大之貞固。

(武帝の神仙愛好) さて、武帝の取り上げたのは、李少君の、まことしやかな不老の術、期待したのは、欒大の、確信ありげな神仙の術である。

立脩莖之仙掌,承雲表之清露。

仙人掌を設けた長い銅桂を立て、雲外の活き露を銅露盤にうけてあつめる。

屑瓊蘂以朝飧,必性命之可度。

玉英(花)の蕊をくだいたものを、露盤であつめた露に調合して、朝な朝なにそれを飲み、永遠の生命を生き続けるものと信じこむ。

美往昔之松喬,要羨門乎天路。

往きし昔の赤松子とか、王子喬という神仙のものを賛美して、仙人の羨門をば天上の通路に尋ねる。

想升龍於鼎湖,豈時俗之足慕。

おもいおこせば、鼎湖で黄帝を乗せ、升天した龍のことばかりであり、どういうわけか、とても下々であり、世俗を慕うどころではないのである。

若歷世而長存,何遽營乎陵墓!

もし不死藥が効いて世々にわたって生きられるなら、どうして、事の是非を思案もせずに、これほどの陵墓苑を造営したのか。

 

13

是に於いて少君の端信を采り,欒大の貞固【ていこ】を庶【こいねが】う。

脩莖【しゅうけい】の仙掌を立て,雲表の清露を承く。

瓊蘂【けいずい】を屑いて以て朝に飧い,性命の度る可きを必とす。

往昔の松喬を美し,羨門を天路に要【もと】む。

升龍を鼎湖に想う,豈に時俗の慕うに足らんや。

若し世を歷て長存せば、何ぞ遽【にわか】に陵墓を營ん乎!

漢宮 建章宮00唐長安城図00 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) 13

於是采少君之端信,庶欒大之貞固。

立脩莖之仙掌,承雲表之清露。

屑瓊蘂以朝飧,必性命之可度。

美往昔之松喬,要羨門乎天路。

想升龍於鼎湖,豈時俗之足慕。

若歷世而長存,何遽營乎陵墓!

 

(下し文)13

是に於いて少君の端信を采り,欒大の貞固【ていこ】を庶【こいねが】う。

脩莖【しゅうけい】の仙掌を立て,雲表の清露を承く。

瓊蘂【けいずい】を屑いて以て朝に飧い,性命の度る可きを必とす。

往昔の松喬を美し,羨門を天路に要【もと】む。

升龍を鼎湖に想う,豈に時俗の慕うに足らんや。

若し世を歷て長存せば、何ぞ遽【にわか】に陵墓を營ん乎!

 

(現代語訳)

(武帝の神仙愛好) さて、武帝の取り上げたのは、李少君の、まことしやかな不老の術、期待したのは、欒大の、確信ありげな神仙の術である。

仙人掌を設けた長い銅桂を立て、雲外の活き露を銅露盤にうけてあつめる。

玉英(花)の蕊をくだいたものを、露盤であつめた露に調合して、朝な朝なにそれを飲み、永遠の生命を生き続けるものと信じこむ。

往きし昔の赤松子とか、王子喬という神仙のものを賛美して、仙人の羨門をば天上の通路に尋ねる。

おもいおこせば、鼎湖で黄帝を乗せ、升天した龍のことばかりであり、どういうわけか、とても下々であり、世俗を慕うどころではないのである。

もし不死藥が効いて世々にわたって生きられるなら、どうして、事の是非を思案もせずに、これほどの陵墓苑を造営したのか。

 

 

(訳注) 13

於是采少君之端信,庶欒大之貞固。

(武帝の神仙愛好) さて、武帝の取り上げたのは、李少君の、まことしやかな不老の術、期待したのは、欒大の、確信ありげな神仙の術である。

○少君 「李少君…穀遺、老を却くるの方を以て、上(武帝)に見ゆ。上これを尊ぶ。少君とは故の深沢侯なり。入れて以て方を主らしむ」(『史記』の封禅書)、また『漢書』の郊祀志にもある。

○端信 端は正。正しく誠あること。

○欒大 前項李少君と同じく方士。不死の薬で仙人になれるという(『漢書』)。少君は文成将軍になり、これは五利将軍となった。「西都の賦」に西将軍のことをうたう。

貞固 貞は正、正しく誠実なこと。ここは端信とともに、既の作者が皮肉たっぷりに両人を表現し、言外に詐りのにせ者であることをいう。

 

立脩莖之仙掌,承雲表之清露。

仙人掌を設けた長い銅桂を立て、雲外の活き露を銅露盤にうけてあつめる。

脩莖 長い柱「西都の賦」に「金茎」 とあり、銅柱のこと。

 

屑瓊蘂以朝飧,必性命之可度。

玉英(花)の蕊をくだいたものを、露盤であつめた露に調合して、朝な朝なにそれを飲み、永遠の生命を生き続けるものと信じこむ。

瓊蘂 玉英(花)の蕊をくだいたものを、露盤であつめた露に調合して飲む。

 

美往昔之松喬,要羨門乎天路

往きし昔の赤松子とか、王子喬という神仙のものを賛美して、仙人の羨門をば天上の通路に尋ねる。

松喬 赤松子と王子喬。前者は和典の時、水玉の服用を教え、後者は周の霊王の太子の晋の土とで、寓高山に上ると伝えらる(『列仙伝』)。「西都の賦」にも見える。○赤松子 黄帝の八代前、神農の時代の雨師(雨の神、または雨乞い)。自分の体を焼いて仙人となった尸解仙とされ、後世では仙人の代名詞となり劉邦の家臣張良も彼について言及している。そこでは、赤松子と同一視され、黄色い石の化身と言われ、そのため黄石公と称される。張子房に太公望が記した兵法書を授けたとされるものだ。 ○王子喬 列仙伝に「王子喬は好んで笠を吹く。道人の浮丘公は接して以て嵩山にのぼる」。周の霊王の太子。笙を吹くことを好み、とりわけ鳳凰の鳴き声を出すことが得意だった。王子喬がある時、河南省の伊水と洛水を漫遊した時に、浮丘公という道士に出逢った。王子喬は、その道士について嵩山に登っていった。そこにいること三十余年、浮丘公の指導の下、仙人になった。その後、王子喬は白い鶴に乗って、飛び去った、という『列仙傳』に出てくる故事中の人物。

○羨門 古の仙人。「始皇、碣石にゆき、燕の人慮生をして羨門を求めしむ」(『史記』の始皇本紀)。始皇帝を以て武帝の神仙狂信をたとえる。

 

想升龍於鼎湖,豈時俗之足慕。

おもいおこせば、鼎湖で黄帝を乗せ、升天した龍のことばかりであり、どういうわけか、とても下々であり、世俗を慕うどころではないのである。

○升龍 黄帝が首山の銅で鼎を鋳造すると、龍が彼をのせて升天した。そこでその地を鼎湖という。藍田にあり。武帝はここに宮殿を作る。

○時俗 世俗。

 

若歷世而長存,何遽營乎陵墓!

もし不死藥が効いて世々にわたって生きられるなら、どうして、事の是非を思案もせずに、これほどの陵墓苑を造営したのか。

 玄武門hakubai01


張平子(張衡)《西京賦》(30)(建章宮の池)#12-2 文選 賦<114―(30)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1067 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3883

張衡《西京賦》(30) 大風がこの神山の島に吹きつけると、大波を起こし波頭があがる。岸辺に生えた仙草の石菌は水浸し、霊芝の赤い枝は水しずく。海神は深く奥まる渚によせて来て戯れ、鯨魚はただよせてうち上げられてへたばり果てる。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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張平子(張衡)《西京賦》(30)(建章宮の池)#12-2 文選 賦<114―(30)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1067 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3883
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曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)●張衡『西京賦』●古詩十九詩 無名氏●女性
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index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首
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張平子(張衡)《西京賦》(30)(建章宮の池)122 文選 賦<114―(30)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1067 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3883

 

漢宮 建章宮00

(29) 12-1

前開唐中,彌望廣潒。

顧臨太液,滄池漭沆。

漸臺立於中央,赫昈昈以弘敞。

清淵洋洋,神山峨峨。

列瀛洲與方丈,夾蓬萊而駢羅。

(建章宮の池) 宮殿の前面には、唐中と呼ぶ池が開け、見わたす限り広々と、水はゆらりゆらりと揺れ動く。

ふり返って北の太液の池を見おろすことになり、そこには蒼い水が広々と果てしなくひろがる。

その中央には漸台が立っており、朱塗りの色もきわだって、それが照り映えると、台は水面に高く平らかで広いものだ。

湧いてくる水はうずまき、澄み切った淵はゆたかに、神仙三山の山がそばだちっている。

神仙三山は、瀛州山と方丈山と、島々が列をなし、蓬莱の山を中にはさんで並び連なる。

12-2

上林岑以壘,下嶄巖以齬。

長風激於別隯,起洪濤而揚波。

浸石菌於重涯,濯靈芝以朱柯。

海若游於玄渚,鯨魚失流而蹉跎。

上林苑内のけわしい小山の頂上は高くさかしく、麓は山肌鋭く高低いりまじる。

大風がこの神山の島に吹きつけると、大波を起こし波頭があがる。

岸辺に生えた仙草の石菌は水浸し、霊芝の赤い枝は水しずく。

海神は深く奥まる渚によせて来て戯れ、鯨魚はただよせてうち上げられてへたばり果てる。
 

(29) #12-1

前には唐中を開き,彌望【びぼう】廣潒【こうとう】なり。

顧みて太液を臨み,滄池漭沆【もうこう】たり。

漸臺【ぜんだい】中央に立ち,赫昈【かくこ】昈として以て弘敞【こうしょう】なり。

清淵【せいえん】洋洋とし,神山 峨峨たり。

瀛洲と方丈とを列ね,蓬萊を夾んで駢び羅なる。

12-2

上林の岑 以て壘【らいざい】,下の嶄巖 以て【がんが】なり

長風 別隯に激し,洪濤【こうとう】を波を揚ぐ。

石菌 重涯に浸し,靈芝 以て朱柯に濯ぐ。

海若【かいじゃく】玄渚に游び,鯨魚 流を失って蹉跎【さた】す

 

長安城漢唐 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) 12-2

上林岑以壘,下嶄巖以齬。

長風激於別隯,起洪濤而揚波。

浸石菌於重涯,濯靈芝以朱柯。

海若游於玄渚,鯨魚失流而蹉跎。

 

(下し文)12-2

上林の岑 以て壘【らいざい】,下の嶄巖 以て齬【がんが】なり。

長風 別隯に激し,洪濤【こうとう】を起し波を揚ぐ。

石菌 重涯に浸し,靈芝 以て朱柯に濯ぐ。

海若【かいじゃく】玄渚に游び,鯨魚 流を失って蹉跎【さた】す。

 

(現代語訳)

上林苑内のけわしい小山の頂上は高くさかしく、麓は山肌鋭く高低いりまじる。

大風がこの神山の島に吹きつけると、大波を起こし波頭があがる。

岸辺に生えた仙草の石菌は水浸し、霊芝の赤い枝は水しずく。

海神は深く奥まる渚によせて来て戯れ、鯨魚はただよせてうち上げられてへたばり果てる。

 

 

(訳注) 12-2

上林岑以壘,下嶄巖以齬。

上林苑内のけわしい小山の頂上は高くさかしく、麓は山肌鋭く高低いりまじる。

上林岑 上林苑内のけわしい小山の形。

 険峻なさま。

嶄巖 山の尖りまた谷の深くけわしいきま。

 高く低くふそろいなさま。参差と同じ。以上四項の熟語は畳韻双声をなす。

 

長風激於別隯,起洪濤而揚波。

大風がこの神山の島に吹きつけると、大波を起こし波頭があがる。

長風 遠くより吹いてくる大風。

障 水中の洲(辞綜注)、また島じ

 

浸石菌於重涯,濯靈芝以朱柯。

岸辺に生えた仙草の石菌は水浸し、霊芝の赤い枝は水しずく。

石菌・霊芝 ともに神山の神事の名。仙人の食べるもの。

重涯 高い岸辺。

以 動作の帰する所を示す。「於」と同じ。

朱柯 芝草の赤い茎。

 

海若游於玄渚,鯨魚失流而蹉跎。

海神は深く奥まる渚によせて来て戯れ、鯨魚はただよせてうち上げられてへたばり果てる。

海若 海神。『楚辞』の遠遊篇に見える。

玄渚 玄は幽遠。深く奥まった波静かな渚。長安の北側におおきな砂浜がある。

鯨魚 大魚。李善の注に「清淵の北に鯨魚あり。石を刻し之を為る。長さ三丈」(『三輔旧事』)を引く。清淵といいこれといい、この賦によって名づけた。

流 浮行するの意。

蹉跎 「足を失ふ」(広雅)。困頓すなわち疲れ果ててへたばる。
函谷関長安地図座標005 

張平子(張衡)《西京賦》(29)(建章宮の池)#12-1 文選 賦<114―(29)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1066 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3878

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杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49

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(29) 12-1

前開唐中,彌望廣潒。

(建章宮の池) 宮殿の前面には、唐中と呼ぶ池が開け、見わたす限り広々と、水はゆらりゆらりと揺れ動く。

顧臨太液,滄池漭沆。

ふり返って北の太液の池を見おろすことになり、そこには蒼い水が広々と果てしなくひろがる。

漸臺立於中央,赫昈昈以弘敞。

その中央には漸台が立っており、朱塗りの色もきわだって、それが照り映えると、台は水面に高く平らかで広いものだ。

清淵洋洋,神山峨峨。

湧いてくる水はうずまき、澄み切った淵はゆたかに、神仙三山の山がそばだちっている。

列瀛洲與方丈,夾蓬萊而駢羅

神仙三山は、瀛州山と方丈山と、島々が列をなし、蓬莱の山を中にはさんで並び連なる。

12-2

上林岑以壘,下嶄巖以齬。

長風激於別隯,起洪濤而揚波。

浸石菌於重涯,濯靈芝以朱柯。

海若游於玄渚,鯨魚失流而蹉跎。

 

(29) #12-1

前には唐中を開き,彌望【びぼう】廣潒【こうとう】なり。

顧みて太液を臨み,滄池漭沆【もうこう】たり。

漸臺【ぜんだい】中央に立ち,赫昈【かくこ】昈として以て弘敞【こうしょう】なり。

清淵【せいえん】洋洋とし,神山 峨峨たり。

瀛洲と方丈とを列ね,蓬萊を夾んで駢び羅なる。

12-2

上林の岑 以て壘【らいざい】,下の嶄巖 以て【がんが】なり

長風 別隯に激し,洪濤【こうとう】を波を揚ぐ。

石菌 重涯に浸し,靈芝 以て朱柯に濯ぐ。

海若【かいじゃく】玄渚に游び,鯨魚 流を失って蹉跎【さた】す

漢宮 建章宮00 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (29) 12-1

前開唐中,彌望廣潒。

顧臨太液,滄池漭沆。

漸臺立於中央,赫昈昈以弘敞。

清淵洋洋,神山峨峨。

列瀛洲與方丈,夾蓬萊而駢羅。

 

(下し文) (29) #12-1

前には唐中を開き,彌望【びぼう】廣潒【こうとう】なり。

顧みて太液を臨み,滄池漭沆【もうこう】たり。

漸臺【ぜんだい】中央に立ち,赫昈【かくこ】昈として以て弘敞【こうしょう】なり。

清淵【せいえん】洋洋とし,神山 峨峨たり。

瀛洲と方丈とを列ね,蓬萊を夾んで駢び羅なる。

 

 

(現代語訳)

(建章宮の池) 宮殿の前面には、唐中と呼ぶ池が開け、見わたす限り広々と、水はゆらりゆらりと揺れ動く。

ふり返って北の太液の池を見おろすことになり、そこには蒼い水が広々と果てしなくひろがる。

その中央には漸台が立っており、朱塗りの色もきわだって、それが照り映えると、台は水面に高く平らかで広いものだ。

湧いてくる水はうずまき、澄み切った淵はゆたかに、神仙三山の山がそばだちっている。

神仙三山は、瀛州山と方丈山と、島々が列をなし、蓬莱の山を中にはさんで並び連なる。

 

(訳注) (29) 12-1

前開唐中,彌望廣潒。

(建章宮の池) 宮殿の前面には、唐中と呼ぶ池が開け、見わたす限り広々と、水はゆらりゆらりと揺れ動く。

唐中 建章官正殿の西にあり、「数十里、虎圏あり。其の北に大池を治め、漸台は高さ二十余丈、名づけて泰(太)液といふ。地中に蓬來・方丈・瀛州・壷梁ありて、海中の神山亀魚の属に象る」(『漢書』の郊祀志下)とある。『漢書』では池と記さないが、『三輔黄図』では「唐中池、周井十二里、建章宮、太液池の南に在り」といい、この賦と合う。唐中は地名にも使い、池の名にも使ったもの。

広潒 広大で水の揺れ動くさま。

 

顧臨太液,滄池漭沆。

ふり返って北の太液の池を見おろすことになり、そこには蒼い水が広々と果てしなくひろがる。

太液 建章宮の北にあり、前聯の注釈参考。(建章宮図31

漭沆 水の広大なさま。

 

漸臺立於中央,赫昈昈以弘敞。

その中央には漸台が立っており、朱塗りの色もきわだって、それが照り映えると、台は水面に高く平らかで広いものだ。

漸台 水のひたす台、池の中にある鈞殿に似たもの。

赫 火の赤いさま。ここは朱塗りの色のきわだつさま。

昈昈 文彩あるさまをいう。「赫は赤文なり」。

弘敞 ひろく高く平らかなさま。水中に建て水面より高くなった台の平らかでひろいこと。この台も武帝の時作られる(『史記』の武帝本紀)。

 

清淵洋洋,神山峨峨。

湧いてくる水はうずまき、澄み切った淵はゆたかに、神仙三山の山がそばだちっている。

清淵 「三輔旧事に曰く、建章宮の北に清淵海を作る」とある。太液池の別名であるが、ここは池の水流の澄むことをいう。淵は潭と同じ。

洋洋 水の盛んなさま。

峨峨 山の高大なさま。

長安城漢唐 

列瀛洲與方丈,夾蓬萊而駢羅。

神仙三山は、瀛州山と方丈山と、島々が列をなし、蓬莱の山を中にはさんで並び連なる。

駢 並ぶ。

 


 

 

張平子(張衡)《西京賦》(28)(建章宮〔二〕)#11-3 文選 賦<114―(28)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1065 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3873

張衡《西京賦》(28) 一望してみると、門戸の列は、遠く先のかなたまで続き、奥深くて果て知れず、その先はかすかでよく見えず、引きかえす地点が、何処なのかわかりはしない。もとより、この西の方にあたる珍台は、屈曲する山の形に似て、壮大を極め、また閣道は、高く低く、あるいは一曲一直しながら、この建章宮より真東に向かい、つらなる先は未央宮につながっている。


2014年3月11日の紀頌之5つのブログ
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張平子(張衡)《西京賦》(28)(建章宮〔二〕)#11-3 文選 賦<114―(28)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1065 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3873
孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表
曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)●張衡『西京賦』●古詩十九詩 無名氏●女性
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杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年;天平勝寶四年、41歳~754年;天平勝寶六年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年;天平勝寶七年、44歳~756年;至徳元年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年;至徳二年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首
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張平子(張衡)《西京賦》(28)(建章宮〔二〕)113 文選 賦<114―(28)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1065 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3873

唐長安城図00 

 

 

(26)(建章宮(二))#11-1

馺娑駘盪,燾奡桔桀。

(建章宮(二)) 建章宮内には、馺娑台と駘盪台とがあり、高くいかつく、角はってそびえる。

詣承光,睽罛庨豁。

また台と承光台とがあり、その宮室は高く深く広々としている。

橧桴重棼,鍔鍔列列。

屋根の前後の簷、二層の閣の棼は、高きが上にも高く組まれている。

反宇業業,飛檐䡾䡾

屋根は棟木から下向きに流れながら次第に上向きに反り、高大な偉容を作り、軒さきの飛檐はそり上がって空飛ぶよう。

流景照,引曜日月。

されば日月の光は射しこみやすく、五彩の色に映えて、流光は室内を明るく照らす。

 (27) #11-2

天梁之宮,寔開高闈。

また天梁宮があり、ここに設けた高い大門は開けはなたれている。

旗不扃,結駟方蘄。

車上にたてた熊虎の旗は、旗竿の扃を脱着しなくても、四頭の馬を連ね、轡を揃えて通る。

轢輻輕騖,容於一扉。

だから、車の輻を笞でかきならし、スピードを落とさず、さっと駈け抜け、一気に大門の扉を出入することができる。

長廊廣廡,途閣雲蔓。

この宮殿の本殿を囲む長い廊下や広い廡があり、そして高架の閣道の廊下が連なり、空の雲のごとく連なって延々とのびる。

閈庭詭異,門千萬。

嵩あげた築地でぐるりめぐらす屋敷は、世の常とは大いに異なって、通過する門はその数は、門が千、戸が万とかぞえるだけある。

重閨幽闥,轉相踰延。

その異様さは、部屋の向うに部屋があり、楼門があり、あるいは人目につかぬ門構えあり、それらはますます数をまし、互いに前後して、一門通ればまた一門と延びて、さらに延びている。

 (28) #11-3

䆗窱以徑廷,眇不知其所返。

一望してみると、門戸の列は、遠く先のかなたまで続き、奥深くて果て知れず、その先はかすかでよく見えず、引きかえす地点が、何処なのかわかりはしない。

既乃珍臺蹇以極壯,墱道邐倚以正東。

もとより、この西の方にあたる珍台は、屈曲する山の形に似て、壮大を極め、また閣道は、高く低く、あるいは一曲一直しながら、この建章宮より真東に向かい、つらなる先は未央宮につながっている。

似閬風之遐阪,橫西洫而金墉。

あたかも崑崙山の閬風山のように行けども尽きない長い坂に似ていて、西の堀を横切って金城の長安城壁を横断する。

城尉不弛柝,而外潛通。

城門守護の城門校尉の役人は、怠ることなく拍子木をうち鳴らすので、宮殿の内外では、暗黙のうちに刻を知っている。

 

11-1

馺娑【きゅうさ】駘盪【たいとう】,燾奡【とうこう】桔桀【きつけつ】たり。

【えいけい】承光,睽罛【けいこ】庨豁【こうかつ】たり

橧桴【そうふ】重棼【ちょうふん】,鍔鍔【がくがく】列列たり。

反宇業業として,飛檐【ひえん】䡾䡾【げつげつ】たり

流景 照り,曜を日月に引く。

11-2

天梁の宮,寔【ここ】に高闈【こうい】を

旗は扃【けい】をせず,駟を結び蘄【くつわ】を【なら】べ

轢輻【らくふく】して輕く騖【は】せ,一扉を容【い】る

長廊 廣廡あり,途閣 雲のごとく蔓【の】ぶ

閈庭【かんてい】詭異にして,門千 萬あり。

重閨【ちょうけい】幽闥【ゆうたつ】,轉た相い踰延【ゆえん】す

11-3

望んで䆗窱【きょうちょう】せば 以て徑廷し,眇として其の返る所を知らず。

既に乃ち珍臺 蹇【けんさん】として以て壯を極め,墱道【とうどう】邐倚【りい】して以て正東にあり。

閬風の遐【なが】き阪に似て,西洫【せいきょく】を橫りて金墉【きんよう】を【わた】る

城尉 柝【たく】を弛【ゆる】めずして外 潛通【せんとう】す

漢宮 建章宮00 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (28) #11-3

䆗窱以徑廷,眇不知其所返。

既乃珍臺蹇以極壯,墱道邐倚以正東。

似閬風之遐阪,橫西洫而金墉。

城尉不弛柝,而外潛通。

 

(下し文)

望んで䆗窱【きょうちょう】せば 以て徑廷し,眇として其の返る所を知らず。

既に乃ち珍臺 蹇【けんさん】として以て壯を極め,墱道【とうどう】邐倚【りい】して以て正東にあり。

閬風の遐【なが】き阪に似て,西洫【せいきょく】を橫りて金墉【きんよう】を【わた】る。

城尉 柝【たく】を弛【ゆる】めずして,外 潛通【せんとう】す。

 

(現代語訳)

一望してみると、門戸の列は、遠く先のかなたまで続き、奥深くて果て知れず、その先はかすかでよく見えず、引きかえす地点が、何処なのかわかりはしない。

もとより、この西の方にあたる珍台は、屈曲する山の形に似て、壮大を極め、また閣道は、高く低く、あるいは一曲一直しながら、この建章宮より真東に向かい、つらなる先は未央宮につながっている。

あたかも崑崙山の閬風山のように行けども尽きない長い坂に似ていて、西の堀を横切って金城の長安城壁を横断する。

城門守護の城門校尉の役人は、怠ることなく拍子木をうち鳴らすので、宮殿の内外では、暗黙のうちに刻を知っている。

 

 

(訳注) (28) #11-3

䆗窱以徑廷,眇不知其所返。

一望してみると、門戸の列は、遠く先のかなたまで続き、奥深くて果て知れず、その先はかすかでよく見えず、引きかえす地点が、何処なのかわかりはしない。

䆗窱 深くまでつづいているさま。

○径延 続いて行って隔絶。馬鹿らしいほどの数にのぼるその様子をいう。

 

既乃珍臺蹇以極壯,墱道邐倚以正東。

もとより、この西の方にあたる珍台は、屈曲する山の形に似て、壮大を極め、また閣道は、高く低く、あるいは一曲一直しながら、この建章宮より真東に向かい、つらなる先は未央宮につながっている。

○珍台 台の名。城の東にあり。「廿泉の賦」に「珍台閑館」とあり。

 山が屈曲して高い形をしたもの。

道 閣道のこと。「西都賦」にあり。

邐倚 閣道の高低あり屈折あること。

○正東 建章宮から真東の未央宮に閣道がつらなること。

 

似閬風之遐阪,橫西洫而金墉。

あたかも崑崙山の閬風山のように行けども尽きない長い坂に似ていて、西の堀を横切って金城の長安城壁を横断する。

閬風 崑崙山中の山名。

西洫 は「広さ八尺、深さ八尺」(『周礼』)の城の池。

金墉 金城の意。西方に位置する城、長安城。

 

城尉不弛柝,而外潛通。

城門守護の城門校尉の役人は、怠ることなく拍子木をうち鳴らすので、宮殿の内外では、暗黙のうちに刻を知っている。

○城尉 城門校尉、武帝初めて置く。丞や司馬があり、京師の城門、屯兵を掌る

○内外潜通 宮殿の内外は、暗黙のうちに刻を知っていること。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(27)(建章宮〔二〕)#11-2 文選 賦<114―(27)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1064 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3868

張衡《西京賦》(27) この宮殿の本殿を囲む長い廊下や広い廡があり、そして高架の閣道の廊下が連なり、空の雲のごとく連なって延々とのびる。嵩あげた築地でぐるりめぐらす屋敷は、世の常とは大いに異なって、通過する門はその数は、門が千、戸が万とかぞえるだけある。その異様さは、部屋の向うに部屋があり、楼門があり、あるいは人目につかぬ門構えあり、それらはますます数をまし、互いに前後して、一門通ればまた一門と延びて、さらに延びている。


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張平子(張衡)《西京賦》(27)(建章宮〔二〕)112 文選 賦<114―(27)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1064 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3868

長安城漢唐






(26)(建章宮(二))#11-1

馺娑駘盪,燾奡桔桀。

(建章宮(二)) 建章宮内には、馺娑台と駘盪台とがあり、高くいかつく、角はってそびえる。

詣承光,睽罛庨豁。

また台と承光台とがあり、その宮室は高く深く広々としている。

橧桴重棼,鍔鍔列列。

屋根の前後の簷、二層の閣の棼は、高きが上にも高く組まれている。

反宇業業,飛檐䡾䡾

屋根は棟木から下向きに流れながら次第に上向きに反り、高大な偉容を作り、軒さきの飛檐はそり上がって空飛ぶよう。

流景照,引曜日月。

されば日月の光は射しこみやすく、五彩の色に映えて、流光は室内を明るく照らす。

 (27) #11-2

天梁之宮,寔開高闈。

また天梁宮があり、ここに設けた高い大門は開けはなたれている。

旗不扃,結駟方蘄。

車上にたてた熊虎の旗は、旗竿の扃を脱着しなくても、四頭の馬を連ね、轡を揃えて通る。

轢輻輕騖,容於一扉。

だから、車の輻を笞でかきならし、スピードを落とさず、さっと駈け抜け、一気に大門の扉を出入することができる。

長廊廣廡,途閣雲蔓。

この宮殿の本殿を囲む長い廊下や広い廡があり、そして高架の閣道の廊下が連なり、空の雲のごとく連なって延々とのびる。

閈庭詭異,門千萬。

嵩あげた築地でぐるりめぐらす屋敷は、世の常とは大いに異なって、通過する門はその数は、門が千、戸が万とかぞえるだけある。

重閨幽闥,轉相踰延。

その異様さは、部屋の向うに部屋があり、楼門があり、あるいは人目につかぬ門構えあり、それらはますます数をまし、互いに前後して、一門通ればまた一門と延びて、さらに延びている。

 (28) #11-3

䆗窱以徑廷,眇不知其所返。

既乃珍臺蹇以極壯,墱道邐倚以正東。

似閬風之遐阪,橫西洫而金墉。

城尉不弛柝,而外潛通。

 

11-1

馺娑【きゅうさ】駘盪【たいとう】,燾奡【とうこう】桔桀【きつけつ】たり。

【えいけい】承光,睽罛【けいこ】庨豁【こうかつ】たり

橧桴【そうふ】重棼【ちょうふん】,鍔鍔【がくがく】列列たり。

反宇業業として,飛檐【ひえん】䡾䡾【げつげつ】たり

流景 照り,曜を日月に引く。

11-2

天梁の宮,寔【ここ】に高闈【こうい】を

旗は扃【けい】をせず,駟を結び蘄【くつわ】を【なら】べ

轢輻【らくふく】して輕く騖【は】せ,一扉を容【い】る

長廊 廣廡あり,途閣 雲のごとく蔓【の】ぶ

閈庭【かんてい】詭異にして,門千 萬あり。

重閨【ちょうけい】幽闥【ゆうたつ】,轉た相い踰延【ゆえん】す

11-3

望んで䆗窱【きょうちょう】せば 以て徑廷し,眇として其の返る所を知らず。

既に乃ち珍臺 蹇【けんさん】として以て壯を極め,墱道【とうどう】邐倚【りい】して以て正東にあり。

閬風の遐【なが】き阪に似て,西洫【せいきょく】を橫りて金墉【きんよう】を【わた】る

城尉 柝【たく】を弛【ゆる】めずして外 潛通【せんとう】す

 漢宮 建章宮00

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (27)(建章宮(二)) #11-2

天梁之宮,寔開高闈。

旗不扃,結駟方蘄。

轢輻輕騖,容於一扉。

長廊廣廡,途閣雲蔓。

閈庭詭異,門千萬。

重閨幽闥,轉相踰延。

 

(下し文) 11-2

天梁の宮,寔【ここ】に高闈【こうい】を

旗は扃【けい】をせず,駟を結び蘄【くつわ】を【なら】べ

轢輻【らくふく】して輕く騖【は】せ,一扉を容【い】る

長廊 廣廡あり,途閣 雲のごとく蔓【の】ぶ

閈庭【かんてい】詭異にして,門千 萬あり。

重閨【ちょうけい】幽闥【ゆうたつ】,轉た相い踰延【ゆえん】す

 

(現代語訳)

また天梁宮があり、ここに設けた高い大門は開けはなたれている。

車上にたてた熊虎の旗は、旗竿の扃を脱着しなくても、四頭の馬を連ね、轡を揃えて通る。

だから、車の輻を笞でかきならし、スピードを落とさず、さっと駈け抜け、一気に大門の扉を出入することができる。

この宮殿の本殿を囲む長い廊下や広い廡があり、そして高架の閣道の廊下が連なり、空の雲のごとく連なって延々とのびる。

嵩あげた築地でぐるりめぐらす屋敷は、世の常とは大いに異なって、通過する門はその数は、門が千、戸が万とかぞえるだけある。

その異様さは、部屋の向うに部屋があり、楼門があり、あるいは人目につかぬ門構えあり、それらはますます数をまし、互いに前後して、一門通ればまた一門と延びて、さらに延びている。

 

(訳注) (27) #11-2

天梁之宮,寔開高闈。

また天梁宮があり、ここに設けた高い大門は開けはなたれている。

○天梁 宮殿の名。「梁木大に至る。宮の高きを言ふなり」(『三輔黄圖』)。

○高闈 天梁宮内の門をいう。高闈は特に高大に作られていること。
 

旗不扃,結駟方蘄。

車上にたてた熊虎の旗は、旗竿の扃を脱着しなくても、四頭の馬を連ね、轡を揃えて通る。

 旗竿のかんの木。

○結駟 四頭の馬を横に連ねる。横幅が十分にあることをいう。

 くつわ。
 

轢輻輕騖,容於一扉。

だから、車の輻を笞でかきならし、スピードを落とさず、さっと駈け抜け、一気に大門の扉を出入することができる。

 かき鳴らす。車の輻(や)を笞でかきならす。

輕騖 軽はすばやく疾行する。馨は馳す。

一扉 一気に大門の扉を出入することができる

 

長廊廣廡,途閣雲蔓。

この宮殿の本殿を囲む長い廊下や広い廡があり、そして高架の閣道の廊下が連なり、空の雲のごとく連なって延々とのびる。

 堂屋の外廻りのはそどの。

 廊下のひさし。

 

閈庭詭異,門千

嵩あげた築地でぐるりめぐらす屋敷は、世の常とは大いに異なって、通過する門はその数は、門が千、戸が万とかぞえるだけある。

閈庭 垣根のある庭。垣は短牆で屋敷内にある。


重閨幽闥,轉相踰延。

その異様さは、部屋の向うに部屋があり、楼門があり、あるいは人目につかぬ門構えあり、それらはますます数をまし、互いに前後して、一門通ればまた一門と延びて、さらに延びている。

○閨  夜寝るための部屋。特に、夫婦の寝室。「―のむつ言 (ごと)」2 奥深い所にある部屋。深窓。

○踰延 は一門を過ぎて、また一門を通ること。
DCF00208 

張平子(張衡)《西京賦》(26)(建章宮〔二〕)#11-1 文選 賦<114―(26)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1063 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3863

張平子(張衡)《西京賦》(26)(建章宮〔二〕)111

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張衡《西京賦》(26) 建章宮内には、馺娑台と駘盪台とがあり、高くいかつく、角はってそびえる。また台と承光台とがあり、その宮室は高く深く広々としている。屋根の前後の簷、二層の閣の棼は、高きが上にも高く組まれている。屋根は棟木から下向きに流れながら次第に上向きに反り、高大な偉容を作り、軒さきの飛檐はそり上がって空飛ぶよう。されば日月の光は射しこみやすく、五彩の色に映えて、流光は室内を明るく照らす。

 

張平子(張衡)《西京賦》(26)(建章宮〔二〕)111 文選 賦<114―(26)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1063 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3863

 

 

(26)(建章宮(二))#11-1

馺娑駘盪,燾奡桔桀。

(建章宮(二)) 建章宮内には、馺娑台と駘盪台とがあり、高くいかつく、角はってそびえる。

詣承光,睽罛庨豁。

また台と承光台とがあり、その宮室は高く深く広々としている。

橧桴重棼,鍔鍔列列。

屋根の前後の簷、二層の閣の棼は、高きが上にも高く組まれている。

反宇業業,飛檐䡾䡾

屋根は棟木から下向きに流れながら次第に上向きに反り、高大な偉容を作り、軒さきの飛檐はそり上がって空飛ぶよう。

流景照,引曜日月。

されば日月の光は射しこみやすく、五彩の色に映えて、流光は室内を明るく照らす。

 (27) #11-2

天梁之宮,寔開高闈。

旗不扃,結駟方蘄。

轢輻輕騖,容於一扉。

長廊廣廡,途閣雲蔓。

閈庭詭異,門千萬。

重閨幽闥,轉相踰延。

(28) #11-3

䆗窱以徑廷,眇不知其所返。

既乃珍臺蹇以極壯,墱道邐倚以正東。

似閬風之遐阪,橫西洫而金墉。

城尉不弛柝,而外潛通。

 

11-1

馺娑【きゅうさ】駘盪【たいとう】,燾奡【とうこう】桔桀【きつけつ】たり。

【えいけい】承光,睽罛【けいこ】庨豁【こうかつ】たり

橧桴【そうふ】重棼【ちょうふん】,鍔鍔【がくがく】列列たり。

反宇業業として,飛檐【ひえん】䡾䡾【げつげつ】たり

流景 照り,曜を日月に引く。

11-2

天梁の宮,寔【ここ】に高闈【こうい】を

旗は扃【けい】をせず,駟を結び蘄【くつわ】を【なら】べ

轢輻【らくふく】して輕く騖【は】せ,一扉を容【い】る

長廊 廣廡あり,途閣 雲のごとく蔓【の】ぶ

閈庭【かんてい】詭異にして,門千 萬あり。

重閨【ちょうけい】幽闥【ゆうたつ】,轉た相い踰延【ゆえん】す

11-3

望んで䆗窱【きょうちょう】せば 以て徑廷し,眇として其の返る所を知らず。

既に乃ち珍臺 蹇【けんさん】として以て壯を極め,墱道【とうどう】邐倚【りい】して以て正東にあり。

閬風の遐【なが】き阪に似て,西洫【せいきょく】を橫りて金墉【きんよう】を【わた】る

城尉 柝【たく】を弛【ゆる】めずして外 潛通【せんとう】す

漢宮 建章宮00 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (26)(建章宮(二))#11-1

馺娑駘盪,燾奡桔桀。

詣承光,睽罛庨豁。

橧桴重棼,鍔鍔列列。

反宇業業,飛檐䡾䡾

流景照,引曜日月。

 

(下し文)

11-1

馺娑【きゅうさ】駘盪【たいとう】,燾奡【とうこう】桔桀【きつけつ】たり。

詣【えいけい】承光,睽罛【けいこ】庨豁【こうかつ】たり。

橧桴【そうふ】重棼【ちょうふん】,鍔鍔【がくがく】列列たり。

反宇業業として,飛檐【ひえん】䡾䡾【げつげつ】たり。

流景 に照り,曜を日月に引く。

 

(現代語訳)

(建章宮(二)) 建章宮内には、馺娑台と駘盪台とがあり、高くいかつく、角はってそびえる。

また台と承光台とがあり、その宮室は高く深く広々としている。

屋根の前後の簷、二層の閣の棼は、高きが上にも高く組まれている。

屋根は棟木から下向きに流れながら次第に上向きに反り、高大な偉容を作り、軒さきの飛檐はそり上がって空飛ぶよう。

されば日月の光は射しこみやすく、五彩の色に映えて、流光は室内を明るく照らす。

 

(訳注)11-1

馺娑駘盪,燾奡桔桀。

(建章宮(二)) 建章宮内には、馺娑台と駘盪台とがあり、高くいかつく、角はってそびえる。

○馺娑 台の名。「西都の賦」では殿といい、『三輔黄圖』では宮という。同書にこの名称を「馬の行くこと疾(はや)き貌(かたち)、馬行迅疾なり。一日の間宮中をくまなくめぐる(遍)。宮の大なるを言ふ。」とある。

駘盪 台の名。殿とも官ともいうは前項に同じ。また『三輔黄図』に「春時、景物駘盪として宮中に満つるなり」とある。

○燾奡 台の高峻なさま。燾は昂頭の形、奡は傲の意あれば、屋の傲然といかつい形をいう。

○桔桀 直立して均整のとれた形をいう建築の力強い表現。

 

詣承光,睽罛庨豁。

また台と承光台とがあり、その宮室は高く深く広々としている。

詣 台の名(醇綜の注)。「西都の賦」は殿、『三輔黄圖』は宮とす。同書に「木の名。宮中美木茂盛するなり」とある。

○承光 台の名。

睽罛 広く深いさま。睽は左右の目が同一物を見ることができないこと(『説文』)。罛は目の意。大きく広々している意あり。目を左右に見ひらいて、見張らねはならぬほど、屋内の広大で奥の深いこと。

庨豁 宮室のがらんとして大きいさま。庨は宮室の高く奥深いさま。

 

橧桴重棼,鍔鍔列列。

屋根の前後の簷、二層の閣の棼は、高きが上にも高く組まれている。

鍔鍔 高いさま。

○列列 列をなして高いさま。

 

反宇業業,飛檐䡾䡾

屋根は棟木から下向きに流れながら次第に上向きに反り、高大な偉容を作り、軒さきの飛檐はそり上がって空飛ぶよう。

○業業 高大なこと。櫓(ご板で鼠根を支えるさま。

䡾䡾 車に物を高く載せるさま、引いて高くそばだつさま。

 

流景照,引曜日月。

されば日月の光は射しこみやすく、五彩の色に映えて、流光は室内を明るく照らす。

○流景 流光、建物の装飾色彩の光彩が照り曜やき、また映り輝く光をさしていう。「朱画華采、日月の光曜を流引す」。

○曜 向こうからさす光。 
漢宮 建章宮00 

張平子(張衡)《西京賦》(25) (建章宮〔一〕)#10-4 文選 賦<114―(25)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1062 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3858

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2014年3月8日

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(建章宮〔一〕)10-1

柏梁既災,越巫陳方。

(建章官(一)) 大初元年、柏架台炎上したれば、越の巫は火魔鎮圧の秘方を言上する。

建章是經,用厭火祥。

そのいうままに、建章宮といぅ大宮殿の造営をはかり、もって火の禍を折伏する。

營宇之制,事兼未央。

宮殿の規模は、未央宮に倍する大建築とする。

圜闕竦以造天,若雙碣之相望。

円形の宮門をもつ一対の楼観は、高くそびえて天にとどき、あたかも一双の碣石山が向かいあうかのよう。

 (建章宮〔一〕)10-2

鳳騫翥於甍標,咸溯風而欲翔。

その甍の端に、銅材でもって作る鳳凰があり、翼を張り、頭をもたげ、どれも羽ばたきをとめ、風を迎えて今にも翔はんばかりである。

閶闔之,別風嶕嶢。

宮殿の正門なる閶闔門の内側に、別風という楼観が、山のように高くけわしくそびえる。

何工巧之瑰瑋,交綺豁以疏寮。

なんと、楼観の細工は巧妙にしており、珠玉でつくられたかのように美しいのである。また、あやぎぬを張った華麗な小窓はからりとあき、透し彫りの格子窓がある。

干雲霧而上達,狀亭亭以苕苕。

高楼は雲霧をおかして空に達し、そのすがたは、高きが上にも高く、はるかなる上にもはるかに、のびていく。

 (建章宮〔一〕)10-3

神明崛其特起,井幹疊而百增。

神明台は、切り立つ絶壁のよう、ひとり抜きんでて、台上からそばだち、井幹楼は、矢倉楼を段々に重ねて、百層の高さに至る。

跱遊極於浮柱,結重欒以相承。

高い柱の上に、飛ぶかのような梁をすえおいて、次々と斗拱を構えそれを受ける。

累層構而遂隮,望北辰而高興。

幾層も重ねた構造で一階二階と積みあげて、引き続き上へ上へとのはし、北極星の高さを目指して、高々と力を合わせてささえあげる。

消雰埃於中宸,集重陽之清澂。

こうして下界の塵埃を払いさり、九天の清澄な世界に至る。

 (建章宮〔一〕)10-4

瞰宛虹之長鬐,察雲師之所憑。

ここに登れば、湾曲する虹の長い背骨を下に見おろし、雲神の宿る所を探しあてることができるという。

上飛闥而仰眺,正睹瑤光與玉繩。

さらに高層建築の上層の小門に張り出した木に上り、上空を見上げてみれば、北斗七星の瑤光と玉縄の星とを見つけ出す。

將乍往而未半,怵悼慄而慫兢。

ということではあるけれど、ちょっとでも進もうとしても、半分もたどりつかないうちに、おびえおののいて、ただその場に立ちすくむのである。

非都盧之輕趫,孰能超而究升?

南嶺の向こうの都盧の人のように、身軽く高所をはしる人でなければ、誰もそこをとび超えて、高楼の最上層まで昇り尽くせるものはないという。

 

 (建章宮〔一〕)10-1

柏梁 既に災あり,越巫 方を陳ぶ。

建章を是れ經【はか】り,用て火祥【かしょう】を厭す。

營宇の制,事 未央を兼ぬ。

圜闕【えんけつ】竦えて以て天に造【いた】り,雙碣【そうけつ】の相い望むが若し。

(建章宮〔一〕)10-2

鳳は騫翥於甍標【ぼうひょう】に【けんしょ】し,咸【みな】 溯風に【さか】らいて翔【かけ】らんと欲す。

閶闔【しょうこう】の,別風 嶕嶢【そうぎょう】たり

何ぞ工巧の瑰瑋【かいい】ならん,交綺 豁【ほがらか】にして以て疏寮【そりょう】あり

雲霧を干【おか】して上に達し,狀亭 亭として以て苕苕【ちょうちょう】たり

(建章宮〔一〕)10-3

神明 崛とし 其れ特【ひと】り起ち,井幹【せいかん】【かさな】りて 百增【ひゃくそう】あり

遊極を浮柱【ふちゅう】に【お】き,重欒を結んで以て相い承く。

層構を累【かさ】ねて 遂に隮【のぼ】り,北辰を望んで 高く興る。

雰埃【ふんあい】 中宸に消し,重陽の清澂なるに集【いた】る。

(建章宮〔一〕)10-4

宛虹【えんこう】の長鬐【ちょうき】を瞰【み】て,雲師の憑る所を察す。

飛闥【ひたつ】に上りて 仰ぎ眺みて,正に瑤光【ようこう】と玉繩【ぎょくじょう】とを睹【み】る。

將に乍ち往かんとして 未だ半ならざるに,怵悼【じゅつとう】として慄れて 慫兢【しょうきょう】す。

都盧【とろ】の輕趫【けいきょう】なるに非らずんば,孰か能く超えて 究めて升らん?

累層構而遂隮01 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (建章宮〔一〕)10-4

瞰宛虹之長鬐,察雲師之所憑。

上飛闥而仰眺,正睹瑤光與玉繩。

將乍往而未半,怵悼慄而慫兢。

非都盧之輕趫,孰能超而究升?

 

(下し文) (建章宮〔一〕)10-4

宛虹【えんこう】の長鬐【ちょうき】を瞰【み】て,雲師の憑る所を察す。

飛闥【ひたつ】に上りて 仰ぎ眺みて,正に瑤光【ようこう】と玉繩【ぎょくじょう】とを睹【み】る。

將に乍ち往かんとして 未だ半ならざるに,怵悼【じゅつとう】として慄れて 慫兢【しょうきょう】す。

都盧【とろ】の輕趫【けいきょう】なるに非らずんば,孰か能く超えて 究めて升らん?

 

 

(現代語訳)

ここに登れば、湾曲する虹の長い背骨を下に見おろし、雲神の宿る所を探しあてることができるという。

さらに高層建築の上層の小門に張り出した木に上り、上空を見上げてみれば、北斗七星の瑤光と玉縄の星とを見つけ出す。

ということではあるけれど、ちょっとでも進もうとしても、半分もたどりつかないうちに、おびえおののいて、ただその場に立ちすくむのである。

南嶺の向こうの都盧の人のように、身軽く高所をはしる人でなければ、誰もそこをとび超えて、高楼の最上層まで昇り尽くせるものはないという。

漢宮 建章宮00 

 

(訳注)  (建章宮〔一〕)10-4

瞰宛虹之長鬐,察雲師之所憑。

ここに登れば、湾曲する虹の長い背骨を下に見おろし、雲神の宿る所を探しあてることができるという。

宛虹 湾曲した虹。

鬐 魚の脊。

雲師 畢星、雲の神、豊隆ともいう。『楚辞、離騒』「豊隆雲に乗る」。雨師、雷師ではない。

 

上飛闥而仰眺,正睹瑤光與玉繩。

さらに高層建築の上層の小門に張り出した木に上り、上空を見上げてみれば、北斗七星の瑤光と玉縄の星とを見つけ出す。

飛闥 高層建築の上層の門をいう。門上に突出した方木(四角の木)であるという。

瑤光 北斗七星第七の星。

玉縄 北斗の第五星玉衡の北天乙、太乙の星。

 

將乍往而未半,怵悼慄而慫兢。

ということではあるけれど、ちょっとでも進もうとしても、あまりに高いので半分もたどりつかないうちに、おびえおののいて、ただその場に立ちすくむのである。

怵悼 物に引かれておそれる様子。

慄 肝をひやしふるえあがる。

慫兢 驚きおびえ、落ちそうになる恐怖心。

 

非都盧之輕趫,孰能超而究升?

南嶺の向こうの都盧の人のように、身軽く高所をはしる人でなければ、誰もそこをとび超えて、高楼の最上層まで昇り尽くせるものはないという。

都盧 南嶺山脈の向う合浦(漢の郡名、広東省にあり)の南にある国名。「武帝四夷の客を享し、巴添、都盧の戯を作さしむ」(『漢書』の西城伝)。また西域伝賛に見える。その国人は身軽でよく木をつたい走るわざを得意とす。
玄武門 
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張衡《西京賦》(24) 神明台は、切り立つ絶壁のよう、ひとり抜きんでて、台上からそばだち、井幹楼は、矢倉楼を段々に重ねて、百層の高さに至る。高い柱の上に、飛ぶかのような梁をすえおいて、次々と斗拱を構えそれを受ける。幾層も重ねた構造で一階二階と積みあげて、引き続き上へ上へとのはし、北極星の高さを目指して、高々と力を合わせてささえあげる。

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杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年;乾元二年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首
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張平子(張衡)《西京賦》(24)(建章宮〔一〕)103 文選 賦<114―(24)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1061 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3853

 

DCF00207 

(建章宮〔一〕)10-1

柏梁既災,越巫陳方。

(建章官(一)) 大初元年、柏架台炎上したれば、越の巫は火魔鎮圧の秘方を言上する。

建章是經,用厭火祥。

そのいうままに、建章宮といぅ大宮殿の造営をはかり、もって火の禍を折伏する。

營宇之制,事兼未央。

宮殿の規模は、未央宮に倍する大建築とする。

圜闕竦以造天,若雙碣之相望。

円形の宮門をもつ一対の楼観は、高くそびえて天にとどき、あたかも一双の碣石山が向かいあうかのよう。

 (建章宮〔一〕)10-2

鳳騫翥於甍標,咸溯風而欲翔。

その甍の端に、銅材でもって作る鳳凰があり、翼を張り、頭をもたげ、どれも羽ばたきをとめ、風を迎えて今にも翔はんばかりである。

閶闔之,別風嶕嶢。

宮殿の正門なる閶闔門の内側に、別風という楼観が、山のように高くけわしくそびえる。

何工巧之瑰瑋,交綺豁以疏寮。

なんと、楼観の細工は巧妙にしており、珠玉でつくられたかのように美しいのである。また、あやぎぬを張った華麗な小窓はからりとあき、透し彫りの格子窓がある。

干雲霧而上達,狀亭亭以苕苕。

高楼は雲霧をおかして空に達し、そのすがたは、高きが上にも高く、はるかなる上にもはるかに、のびていく。

 (建章宮〔一〕)10-3

神明崛其特起,井幹疊而百增。

神明台は、切り立つ絶壁のよう、ひとり抜きんでて、台上からそばだち、井幹楼は、矢倉楼を段々に重ねて、百層の高さに至る。

跱遊極於浮柱,結重欒以相承。

高い柱の上に、飛ぶかのような梁をすえおいて、次々と斗拱を構えそれを受ける。

累層構而遂隮,望北辰而高興。

幾層も重ねた構造で一階二階と積みあげて、引き続き上へ上へとのはし、北極星の高さを目指して、高々と力を合わせてささえあげる。

消雰埃於中宸,集重陽之清澂。

こうして下界の塵埃を払いさり、九天の清澄な世界に至る。

 (建章宮〔一〕)10-4

瞰宛虹之長鬐,察雲師之所憑。

上飛闥而仰眺,正睹瑤光與玉繩。

將乍往而未半,怵悼慄而慫兢。

非都盧之輕趫,孰能超而究升?

 

 (建章宮〔一〕)10-1

柏梁 既に災あり,越巫 方を陳ぶ。

建章を是れ經【はか】り,用て火祥【かしょう】を厭す。

營宇の制,事 未央を兼ぬ。

圜闕【えんけつ】竦えて以て天に造【いた】り,雙碣【そうけつ】の相い望むが若し。

(建章宮〔一〕)10-2

鳳は騫翥於甍標【ぼうひょう】に【けんしょ】し,咸【みな】 溯風に【さか】らいて翔【かけ】らんと欲す。

閶闔【しょうこう】の,別風 嶕嶢【そうぎょう】たり

何ぞ工巧の瑰瑋【かいい】ならん,交綺 豁【ほがらか】にして以て疏寮【そりょう】あり

雲霧を干【おか】して上に達し,狀亭 亭として以て苕苕【ちょうちょう】たり

(建章宮〔一〕)10-3

神明 崛とし 其れ特【ひと】り起ち,井幹【せいかん】【かさな】りて 百增【ひゃくそう】あり

遊極を浮柱【ふちゅう】に【お】き,重欒を結んで以て相い承く。

層構を累【かさ】ねて 遂に隮【のぼ】り,北辰を望んで 高く興る。

雰埃【ふんあい】 中宸に消し,重陽の清澂なるに集【いた】る。

(建章宮〔一〕)10-4

宛虹【えんこう】の長鬐【ちょうき】を瞰【み】て,雲師の憑る所を察す。

飛闥【ひたつ】に上りて 仰ぎ眺みて,正に瑤光【ようこう】と玉繩【ぎょくじょう】とを睹【み】る。

將に乍ち往かんとして 未だ半ならざるに,怵悼【じゅつとう】として慄れて 慫兢【しょうきょう】す。

都盧【とろ】の輕趫【けいきょう】なるに非らずんば,孰か能く超えて 究めて升らん?

長安城漢唐

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)  (建章宮〔一〕)10-3

神明崛其特起,井幹疊而百增。

跱遊極於浮柱,結重欒以相承。

累層構而遂隮,望北辰而高興。

消雰埃於中宸,集重陽之清澂。

 

(下し文)  (建章宮〔一〕)10-3

神明 崛とし 其れ特【ひと】り起ち,井幹【せいかん】疊【かさな】りて 百增【ひゃくそう】あり。

遊極を浮柱【ふちゅう】に跱【お】き,重欒を結んで以て相い承く。

層構を累【かさ】ねて 遂に隮【のぼ】り,北辰を望んで 高く興る。

雰埃【ふんあい】 中宸に消し,重陽の清澂なるに集【いた】る。

 

(現代語訳)

神明台は、切り立つ絶壁のよう、ひとり抜きんでて、台上からそばだち、井幹楼は、矢倉楼を段々に重ねて、百層の高さに至る。

高い柱の上に、飛ぶかのような梁をすえおいて、次々と斗拱を構えそれを受ける。

幾層も重ねた構造で一階二階と積みあげて、引き続き上へ上へとのはし、北極星の高さを目指して、高々と力を合わせてささえあげる。

こうして下界の塵埃を払いさり、九天の清澄な世界に至る。

 

 累層構而遂隮01

(訳注) (建章宮〔一〕)10-3

神明崛其特起,井幹疊而百增。

神明台は、切り立つ絶壁のよう、ひとり抜きんでて、台上からそばだち、井幹楼は、矢倉楼を段々に重ねて、百層の高さに至る。

神明 台の名。「西都の賦」に見ゆ。建章宮の南にあり、高さ五十丈。一説五十余丈、懸閣、輦道が相属るとあり(『水経』渭水注)。

崛 切り立つさま。

特 他の力を借りず自力で。ひとり抜きんでている。

井幹 木を積み高くし樓とする。井戸の木の欄干、井幹(井げた)の形をなす。よって樓の名とす。建章宮の南にあり、高さ五十丈(「郊祀志」)という。四角あるいは八角の形をなすともいう。

 

跱遊極於浮柱,結重欒以相承。

高い柱の上に、飛ぶかのような梁をすえおいて、次々と斗拱を構えそれを受ける。

鈷 置く。

遊極・浮柱 遊は高く飛ぶさま。上空に梁をおくさま、浮も空中高く柱をのばしたさま。

結 構える。

斗拱00 

累層構而遂隮,望北辰而高興。

幾層も重ねた構造で一階二階と積みあげて、引き続き上へ上へとのはし、北極星の高さを目指して、高々と力を合わせてささえあげる。

興 心と力とを同じくして共に挙げる。字の原義による。

 

消雰埃於中宸,集重陽之清澂。

こうして下界の塵埃を払いさり、九天の清澄な世界に至る。

雰埃 塵埃。

中宸 天地の交わり会うところ。転じて宮殿、下界の意。

重陽 天。上方を陽という。陽を清ともいう。下文「清徴もここによる。陽を積むは天、天は九重ともいう。『楚辞』の遠遊篇に「重陽に集たる」とあり。
DCF00209 

張平子(張衡)《西京賦》(23)(建章宮〔一〕)#10-2 文選 賦<114―(23)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1060 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3848

張衡《西京賦》(23) その甍の端に、銅材でもって作る鳳凰があり、翼を張り、頭をもたげ、どれも羽ばたきをとめ、風を迎えて今にも翔はんばかりである。宮殿の正門なる閶闔門の内側に、別風という楼観が、山のように高くけわしくそびえる。なんと、楼観の細工は巧妙にしており、珠玉でつくられたかのように美しいのである。また、あやぎぬを張った華麗な小窓はからりとあき、透し彫りの格子窓がある。


2014年3月6日

の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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(建章宮〔一〕)10-1

柏梁既災,越巫陳方。

(建章官(一)) 大初元年、柏架台炎上したれば、越の巫ほ火魔鎮圧の秘方を言上する。

建章是經,用厭火祥。

そのいうままに、建章宮といぅ大宮殿の造営をはかり、もって火の禍を折伏する。

營宇之制,事兼未央。

宮殿の規模は、未央宮に倍する大建築とする。

圜闕竦以造天,若雙碣之相望。

円形の宮門をもつ一対の楼観は、高くそびえて天にとどき、あたかも一双の碣石山が向かいあうかのよう。

 (建章宮〔一〕)10-2

鳳騫翥於甍標,咸溯風而欲翔。

その甍の端に、銅材でもって作る鳳凰があり、翼を張り、頭をもたげ、どれも羽ばたきをとめ、風を迎えて今にも翔はんばかりである。

閶闔之,別風嶕嶢。

宮殿の正門なる閶闔門の内側に、別風という楼観が、山のように高くけわしくそびえる。

何工巧之瑰瑋,交綺豁以疏寮。

なんと、楼観の細工は巧妙にしており、珠玉でつくられたかのように美しいのである。また、あやぎぬを張った華麗な小窓はからりとあき、透し彫りの格子窓がある。

干雲霧而上達,狀亭亭以苕苕。

高楼は雲霧をおかして空に達し、そのすがたは、高きが上にも高く、はるかなる上にもはるかに、のびていく。

 (建章宮〔一〕)10-3

神明崛其特起,井幹疊而百增。

跱遊極於浮柱,結重欒以相承。

累層構而遂隮,望北辰而高興。

消雰埃於中宸,集重陽之清澂。

(建章宮〔一〕)10-4

瞰宛虹之長鬐,察雲師之所憑。

上飛闥而仰眺,正睹瑤光與玉繩。

將乍往而未半,怵悼慄而慫兢。

非都盧之輕趫,孰能超而究升?

 

 (建章宮〔一〕)10-1

柏梁 既に災あり,越巫 方を陳ぶ。

建章を是れ經【はか】り,用て火祥【かしょう】を厭す。

營宇の制,事 未央を兼ぬ。

圜闕【えんけつ】竦えて以て天に造【いた】り,雙碣【そうけつ】の相い望むが若し。

(建章宮〔一〕)10-2

鳳は騫翥於甍標【ぼうひょう】に【けんしょ】し,咸【みな】 溯風に【さか】らいて翔【かけ】らんと欲す。

閶闔【しょうこう】の,別風 嶕嶢【そうぎょう】たり

何ぞ工巧の瑰瑋【かいい】ならん,交綺 豁【ほがらか】にして以て疏寮【そりょう】あり

雲霧を干【おか】して上に達し,狀亭 亭として以て苕苕【ちょうちょう】たり

(建章宮〔一〕)10-3

神明 崛とし 其れ特【ひと】り起ち,井幹【せいかん】【かさな】りて 百增【ひゃくそう】あり

遊極を浮柱【ふちゅう】に【お】き,重欒を結んで以て相い承く。

層構を累【かさ】ねて 遂に隮【のぼ】り,北辰を望んで 高く興る。

雰埃【ふんあい】 中宸に消し,重陽の清澂なるに集【いた】る。

(建章宮〔一〕)10-4

宛虹【えんこう】の長鬐【ちょうき】を瞰【み】て,雲師の憑る所を察す。

飛闥【ひたつ】に上りて 仰ぎ眺みて,正に瑤光【ようこう】と玉繩【ぎょくじょう】とを睹【み】る。

將に乍ち往かんとして 未だ半ならざるに,怵悼【じゅつとう】として慄れて 慫兢【しょうきょう】す。

都盧【とろ】の輕趫【けいきょう】なるに非らずんば,孰か能く超えて 究めて升らん?

漢宮 未央宮 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) 10-2

鳳騫翥於甍標,咸溯風而欲翔。

閶闔之,別風嶕嶢。

何工巧之瑰瑋,交綺豁以疏寮。

干雲霧而上達,狀亭亭以苕苕。

 

(下し文) (建章宮〔一〕)10-2

鳳は騫翥於甍標【ぼうひょう】に【けんしょ】し,咸【みな】 溯風に【さか】らいて翔【かけ】らんと欲す。

閶闔【しょうこう】の,別風 嶕嶢【そうぎょう】たり。

何ぞ工巧の瑰瑋【かいい】ならん,交綺 豁【ほがらか】にして以て疏寮【そりょう】あり。

雲霧を干【おか】して上に達し,狀亭 亭として以て苕苕【ちょうちょう】たり。

 

(現代語訳)

その甍の端に、銅材でもって作る鳳凰があり、翼を張り、頭をもたげ、どれも羽ばたきをとめ、風を迎えて今にも翔はんばかりである。

宮殿の正門なる閶闔門の内側に、別風という楼観が、山のように高くけわしくそびえる。

なんと、楼観の細工は巧妙にしており、珠玉でつくられたかのように美しいのである。また、あやぎぬを張った華麗な小窓はからりとあき、透し彫りの格子窓がある。

高楼は雲霧をおかして空に達し、そのすがたは、高きが上にも高く、はるかなる上にもはるかに、のびていく。

 漢長安図02

(訳注) )10-2

鳳騫翥於甍標,咸溯風而欲翔。

その甍の端に、銅材でもって作る鳳凰があり、翼を張り、頭をもたげ、どれも羽ばたきをとめ、風を迎えて今にも翔はんばかりである。

○騫翥 翔りとぶ。風にのってとぶ。

 

閶闔之,別風嶕嶢。

宮殿の正門なる閶闔門の内側に、別風という楼観が、山のように高くけわしくそびえる。

○閶闔 天門の名であるが、転用して宮門の名となる。また未央宮の宮門、ここは建章宮の正門。

○別風 「建章宮の東に折風闕あり。(三輔故事)「折風一名は別風」(『関中記』)。「西都の賦」にもこの賦と同じ表現あり。

 

何工巧之瑰瑋,交綺豁以疏寮。

なんと、楼観の細工は巧妙にしており、珠玉でつくられたかのように美しいのである。また、あやぎぬを張った華麗な小窓はからりとあき、透し彫りの格子窓がある。

○瑰瑋 珠玉の美しさ。

○交綺 交は結ぶ、給(あやぎぬ)を張ること。ここは小窗のすかし彫りの細工の美しいこと。「

○豁 空になるさま。

○疏寮 疏は従横に組まれた格子窓。疏は「刻し穿つ」の意。すかし彫り。寮は小窗。

 

干雲霧而上達,狀亭亭以苕苕。

高楼は雲霧をおかして空に達し、そのすがたは、高きが上にも高く、はるかなる上にもはるかに、のびていく。

〇干 雲霧に触れて入りこむ。

○亭亭 そびえ立つさま。

○苕苕 高きが上にも高いさま。五臣木造に作る。

唐長安城図00 



張平子(張衡)《西京賦》(23)(建章宮〔一〕)102 文選 賦<114―(23)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1060 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3848

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張衡)《西京賦》(22) 大初元年、柏架台炎上したれば、越の巫は火魔鎮圧の秘方を言上する。そのいうままに、建章宮といぅ大宮殿の造営をはかり、もって火の禍を折伏する。宮殿の規模は、未央宮に倍する大建築とする。円形の宮門をもつ一対の楼観は、高くそびえて天にとどき、あたかも一双の碣石山が向かいあうかのよう。




張平子(張衡)《西京賦》(22)(建章宮〔一〕)101 文選 賦<114―(22)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1059 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3843

 

 

(建章宮〔一〕)10-1

柏梁既災,越巫陳方。

(建章官(一)) 大初元年、柏架台炎上したれば、越の巫は火魔鎮圧の秘方を言上する。

建章是經,用厭火祥。

そのいうままに、建章宮といぅ大宮殿の造営をはかり、もって火の禍を折伏する。

營宇之制,事兼未央。

宮殿の規模は、未央宮に倍する大建築とする。

圜闕竦以造天,若雙碣之相望。

円形の宮門をもつ一対の楼観は、高くそびえて天にとどき、あたかも一双の碣石山が向かいあうかのよう。

 (建章宮〔一〕)10-2

鳳騫翥於甍標,咸溯風而欲翔。

閶闔之,別風嶕嶢。

何工巧之瑰瑋,交綺豁以疏寮。

干雲霧而上達,狀亭亭以苕苕。

(建章宮〔一〕)10-3

神明崛其特起,井幹疊而百增。

跱遊極於浮柱,結重欒以相承。

累層構而遂隮,望北辰而高興。

消雰埃於中宸,集重陽之清澂。

(建章宮〔一〕)10-4

瞰宛虹之長鬐,察雲師之所憑。

上飛闥而仰眺,正睹瑤光與玉繩。

將乍往而未半,怵悼慄而慫兢。

非都盧之輕趫,孰能超而究升?

 

 (建章宮〔一〕)10-1

柏梁 既に災あり,越巫 方を陳ぶ。

建章を是れ經【はか】り,用て火祥【かしょう】を厭す。

營宇の制,事 未央を兼ぬ。

圜闕【えんけつ】竦えて以て天に造【いた】り,雙碣【そうけつ】の相い望むが若し。

(建章宮〔一〕)10-2

鳳は騫翥於甍標【ぼうひょう】に【けんしょ】し,咸【みな】 溯風に【さか】らいて翔【かけ】らんと欲す。

閶闔【しょうこう】の,別風 嶕嶢【そうぎょう】たり

何ぞ工巧の瑰瑋【かいい】ならん,交綺 豁【ほがらか】にして以て疏寮【そりょう】あり

雲霧を干【おか】して上に達し,狀亭 亭として以て苕苕【ちょうちょう】たり

(建章宮〔一〕)10-3

神明 崛とし 其れ特【ひと】り起ち,井幹【せいかん】【かさな】りて 百增【ひゃくそう】あり

遊極を浮柱【ふちゅう】に【お】き,重欒を結んで以て相い承く。

層構を累【かさ】ねて 遂に隮【のぼ】り,北辰を望んで 高く興る。

雰埃【ふんあい】 中宸に消し,重陽の清澂なるに集【いた】る。

(建章宮〔一〕)10-4

宛虹【えんこう】の長鬐【ちょうき】を瞰【み】て,雲師の憑る所を察す。

飛闥【ひたつ】に上りて 仰ぎ眺みて,正に瑤光【ようこう】と玉繩【ぎょくじょう】とを睹【み】る。

將に乍ち往かんとして 未だ半ならざるに,怵悼【じゅつとう】として慄れて 慫兢【しょうきょう】す。

都盧【とろ】の輕趫【けいきょう】なるに非らずんば,孰か能く超えて 究めて升らん?

長安城漢唐 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) 10-1

柏梁既災,越巫陳方。

建章是經,用厭火祥。

營宇之制,事兼未央。

圜闕竦以造天,若雙碣之相望。

 

(下し文) (建章宮〔一〕)10-1

柏梁 既に災あり,越巫 方を陳ぶ。

建章を是れ經【はか】り,用て火祥【かしょう】を厭す。

營宇の制,事 未央を兼ぬ。

圜闕【えんけつ】竦えて以て天に造【いた】り,雙碣【そうけつ】の相い望むが若し。

 

(現代語訳)

(建章官(一)) 大初元年、柏架台炎上したれば、越の巫は火魔鎮圧の秘方を言上する。

そのいうままに、建章宮といぅ大宮殿の造営をはかり、もって火の禍を折伏する。

宮殿の規模は、未央宮に倍する大建築とする。

円形の宮門をもつ一対の楼観は、高くそびえて天にとどき、あたかも一双の碣石山が向かいあうかのよう。

 

(訳注) 10-1

柏梁既災,越巫陳方。

(建章官(一)) 大初元年、柏架台炎上したれば、越の巫は火魔鎮圧の秘方を言上する。

〇柏梁 武帝の元鼎二年春、柏梁台を起こし、大初元年十一月乙酉、火災あり、その時越の巫であった勇というものが、越では以前にまさる宮室を再建し、火を圧勝(まじないで圧伏)すると言上した。そこで未央宮に倍する大宮殿、千門万戸の建章宮を、未央官の西南に建てた。唐代に俗に貞女樓と呼んだ楼観(宮闘)が残っていたという(『漢書』の武帝紀注)。柏梁台の名は香柏を用いて建てたからであり、「その香は数十里に聞る」とある(『漢武故事』)。また建章宮には鴟尾(雨をふらす)が屋根にあったという。

 

建章是經,用厭火祥。

そのいうままに、建章宮といぅ大宮殿の造営をはかり、もって火の禍を折伏する。

建章 この宮殿は上林苑の中にあり、境内の周囲に十里。その正殿は未央宮より高く、東に鳳闕がある。その南に神明台、井幹樓がある。

 

營宇之制,事兼未央。

宮殿の規模は、未央宮に倍する大建築とする。

 

圜闕竦以造天,若雙碣之相望。

円形の宮門をもつ一対の楼観は、高くそびえて天にとどき、あたかも一双の碣石山が向かいあうかのよう。

圜闕 円形の宮闕。闕は門観、楼観。二つの台を作り、楼観を台上に建て、中央は通路になるようにする。これが闕(空、欠の意)。楼に登れば遠くを見るから観という。ここはそこが円形をなす。壁門ともいう、「西都の賦」に「璧門の鳳闕を設く」とある。鳳凰が甎にあるので鳳闕ともいい、高さ二十余丈。「西都の賦」では「金爵(雀)」すなわち銅鳳という。宮闕は必ず一対になるように建てられるので双闕ともいう。なお鳳凰について薛注に「鉄の鳳皇を作り、両翼を張り、頭を挙げ、尾を敷げ、以て屋上に挿し棟の中央に当らしむ。下に転枢あり。常に風に向つて、将に飛ばんとするものの如し。」とある。『三輔黄圖』では「上に銅の鳳皇あり」という。

雙碣 一双の碣石山。碣は特立する石の山。海辺の山をいい、また三山相望むさまをいう。

唐長安城図00玄武門 

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2014年3月4日

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(20) (甘泉官)#9-1

惟帝王之神麗,懼尊卑之不殊。

雖斯宇之既坦,心猶憑而未攄。

思比象於紫微,恨阿房之不可廬。

覛往昔之遺館,獲林光於秦餘。

處甘泉之爽塏,乃隆崇而弘敷。

(甘泉官) そもそも、帝王の宮殿は神々しく美麗であるとも、尊卑の別が区別できないと気づかわれる。

この宮殿は壮大に建てられているとはいうものの、天子の心は満足なされたようで晴れやかではない。

天帝の御殿の紫微官という星に象る宮殿の造営を思案されたが、恨むらくは、それにふさわしい始皇帝の宮殿である阿房官はすでになく、つかいものにならないのである。

そこで、昔の今に残る離宮をつらつら見て、秦の離宮で残存の林光宮を見つけられた。

それは、甘泉山の爽やかな乾燥した高台にあるばかりか、高くもりあがり一面に広がる壮大な宮殿である。

 (21)#9-2

既新作於迎風,增露寒與儲胥。

武帝は、まずここに新しく迎風館を建て、後から露寒と儲胥との両館を建て増した。

託喬基於山岡,直霓以高居。

山の背の岡となる所に、建物の基礎を高く築き、まっすぐそこから高々とのばして館がすえられた。

通天訬以竦峙,徑百常而莖擢。

また通天台は天に押してそばだち、高さ百余丈にわたり、これだけひとり他を抜いてそびえたつ。

華以交紛,下刻陗其若削。

上部は花びらのように広がり、鋼製の仙人掌や仙露盤の細工が交錯している。

翔鶤仰而不逮,況青鳥與黃雀。

下部は険しくきり立って、いわば刀で割いたよう。空高く翔ける大鳥の鶬鶊も、これをめがけて飛ぶもとどかない。まして小鳥の青鳥や黄雀ではもとよりむりできこえない。

伏櫺檻而頫聽,聞雷霆之相激。

しかし、台上の欄干にもたれ、うつむいて耳をすませば、激雷の相うつ響きが聞こえる。

 

惟れ帝王の神麗なる,尊卑の殊ならざるとを懼る。

斯の宇 既に坦【おおい】なりと雖も,心 猶お憑【み】ちて未だ攄【の】びず。

象を紫微に比せんことを思い,阿房の廬【お】る可からざるを恨む。

往昔【おうせき】の遺館を覛【み】て,林光を秦餘【しんよ】に獲る。

甘泉の爽塏【そうがい】に處【お】り,乃ち隆崇にして弘敷【こうふ】す。

 

既に新たに迎風を作り,露寒と儲胥【ちょしょ】とを增す。

喬基【きょうき】を山岡に託し,直ちに【てつげい】として以って高く居る。

通天訬【びょう】として以って竦峙【しょうじ】し,百常を徑【わた】りて莖【ひとり】擢【ぬき】んでる。

上は【はんか】して以て交紛し,下は刻陗【こくしょう】にして其れ削れるが若し。

翔鶤 仰げども逮【およ】ばず,況んや青鳥と黃雀とをや。

櫺檻【れいかん】に伏【よ】りて頫【ふ】して聽けば,雷霆【らいてい】の相い激するを聞く。

累層構而遂隮01 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)

 (本文) (21) (甘泉官)#9-2

既新作於迎風,增露寒與儲胥。

託喬基於山岡,直霓以高居。

通天訬以竦峙,徑百常而莖擢。

華以交紛,下刻陗其若削。

翔鶤仰而不逮,況青鳥與黃雀。

伏櫺檻而頫聽,聞雷霆之相激。

 

(下し文)

既に新たに迎風を作り,露寒と儲胥【ちょしょ】とを增す。

喬基【きょうき】を山岡に託し,直ちに霓【てつげい】として以って高く居る。

通天訬【びょう】として以って竦峙【しょうじ】し,百常を徑【わた】りて莖【ひとり】擢【ぬき】んでる。

上は華【はんか】して以て交紛し,下は刻陗【こくしょう】にして其れ削れるが若し。

翔鶤 仰げども逮【およ】ばず,況んや青鳥と黃雀とをや。

櫺檻【れいかん】に伏【よ】りて頫【ふ】して聽けば,雷霆【らいてい】の相い激するを聞く。

 

(現代語訳)

武帝は、まずここに新しく迎風館を建て、後から露寒と儲胥との両館を建て増した。

山の背の岡となる所に、建物の基礎を高く築き、まっすぐそこから高々とのばして館がすえられた。

また通天台は天に押してそばだち、高さ百余丈にわたり、これだけひとり他を抜いてそびえたつ。

上部は花びらのように広がり、鋼製の仙人掌や仙露盤の細工が交錯している。

下部は険しくきり立って、いわば刀で割いたよう。空高く翔ける大鳥の鶬鶊も、これをめがけて飛ぶもとどかない。まして小鳥の青鳥や黄雀ではもとよりむりできこえない。

しかし、台上の欄干にもたれ、うつむいて耳をすませば、激雷の相うつ響きが聞こえる。

 漢長安図02

(訳注) (21) (甘泉官)#9-2

既新作於迎風,增露寒與儲胥。

武帝は、まずここに新しく迎風館を建て、後から露寒と儲胥との両館を建て増した。

迎風 元封二年、甘泉宮、通天台の外飛廉館を作る(『漢書』の武帝紀)。この時迎風館についで露寒と儲胥の二館を建てる。

 

託喬基於山岡,直霓以高居。

山の背の岡となる所に、建物の基礎を高く築き、まっすぐそこから高々とのばして館がすえられた。

 高いさま。

 

通天訬以竦峙,徑百常而莖擢。

また通天台は天に押してそばだち、高さ百余丈にわたり、これだけひとり他を抜いてそびえたつ。

通天 台の名。元封二年に作る。「西都の賦」に「仙掌を抗げて霞を承く」とある。上部に仙人掌あり、仙露盤をささげ露をうける。

 抄と同じ。木のこずえ、転じて高いこと。

竦峙 高くそほだつ。

百常 常は一丈六尺(『礼記』鄭注)。径は度るの意。ここでは百余丈とした。漢武故事には「地を去ることじ百余丈、雲雨悉く其の下に在り。長安城を望見す」とある。

 特の意で直と同じ。ひとりまっすぐ立つこと。

 

華以交紛,下刻陗其若削。

上部は花びらのように広がり、鋼製の仙人掌や仙露盤の細工が交錯している。

 敷大すなわち一面に広がり大きいこと。台の銅柱上部に細工した仙人掌、仙露盤など大きさを形容する。

交紛 前項の形が複雑に交錯するさま。

刻胎 きりたってけわしい。

 

翔鶤仰而不逮,況青鳥與黃雀。

下部は険しくきり立って、いわば刀で割いたよう。空高く翔ける大鳥の鶬鶊も、これをめがけて飛ぶもとどかない。まして小鳥の青鳥や黄雀ではもとよりむりできこえない。

翔鶤 空高く飛ぶ大鳥。

青鳥 鶬鶊、うぐいすの二種。

黃雀 すずめの一種じ

 

伏櫺檻而頫聽,聞雷霆之相激。

しかし、台上の欄干にもたれ、うつむいて耳をすませば、激雷の相うつ響きが聞こえる。

頫 頭をたれる。

DCF00209漢宮 未央宮

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張平子(張衡)《西京賦》(20)(甘泉官)#9-1 文選 賦<114―(20)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1057 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3833

 

 

(20) (甘泉官)#9-1

惟帝王之神麗,懼尊卑之不殊。

(甘泉官) そもそも、帝王の宮殿は神々しく美麗であるとも、尊卑の別が区別できないと気づかわれる。

雖斯宇之既坦,心猶憑而未攄。

この宮殿は壮大に建てられているとはいうものの、天子の心は満足なされたようで晴れやかではない。

思比象於紫微,恨阿房之不可廬。

天帝の御殿の紫微官という星に象る宮殿の造営を思案されたが、恨むらくは、それにふさわしい始皇帝の宮殿である阿房官はすでになく、つかいものにならないのである。

覛往昔之遺館,獲林光於秦餘。

そこで、昔の今に残る離宮をつらつら見て、秦の離宮で残存の林光宮を見つけられた。

處甘泉之爽塏,乃隆崇而弘敷。

それは、甘泉山の爽やかな乾燥した高台にあるばかりか、高くもりあがり一面に広がる壮大な宮殿である。

 (21)#9-2

既新作於迎風,增露寒與儲胥。

託喬基於山岡,直霓以高居。

通天訬以竦峙,徑百常而莖擢。

華以交紛,下刻陗其若削。

翔鶤仰而不逮,況青鳥與黃雀。

伏櫺檻而頫聽,聞雷霆之相激。

 

惟れ帝王の神麗なる,尊卑の殊ならざるとを懼る。

斯の宇 既に坦【おおい】なりと雖も,心 猶お憑【み】ちて未だ攄【の】びず。

象を紫微に比せんことを思い,阿房の廬【お】る可からざるを恨む。

往昔【おうせき】の遺館を覛【み】て,林光を秦餘【しんよ】に獲る。

甘泉の爽塏【そうがい】に處【お】り,乃ち隆崇にして弘敷【こうふ】す。

 

既に新たに迎風を作り,露寒と儲胥【ちょしょ】とを增す。

喬基【きょうき】を山岡に託し,直ちに【てつげい】として以って高く居る。

通天訬【びょう】として以って竦峙【しょうじ】し,百常を徑【わた】りて莖【ひとり】擢【ぬき】んでる。

上は【はんか】して以て交紛し,下は刻陗【こくしょう】にして其れ削れるが若し。

翔鶤 仰げども逮【およ】ばず,況んや青鳥と黃雀とをや。

櫺檻【れいかん】に伏【よ】りて頫【ふ】して聽けば,雷霆【らいてい】の相い激するを聞く。

幻日環01 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)

(20) (甘泉官)#9-1

惟帝王之神麗,懼尊卑之不殊。

雖斯宇之既坦,心猶憑而未攄。

思比象於紫微,恨阿房之不可廬。

覛往昔之遺館,獲林光於秦餘。

處甘泉之爽塏,乃隆崇而弘敷。

 

(下し文)

惟れ帝王の神麗なる,尊卑の殊ならざるとを懼る。

斯の宇 既に坦【おおい】なりと雖も,心 猶お憑【み】ちて未だ攄【の】びず。

象を紫微に比せんことを思い,阿房の廬【お】る可からざるを恨む。

往昔【おうせき】の遺館を覛【み】て,林光を秦餘【しんよ】に獲る。

甘泉の爽塏【そうがい】に處【お】り,乃ち隆崇にして弘敷【こうふ】す。

 

(現代語訳)

(甘泉官) そもそも、帝王の宮殿は神々しく美麗であるとも、尊卑の別が区別できないと気づかわれる。

この宮殿は壮大に建てられているとはいうものの、天子の心は満足なされたようで晴れやかではない。

天帝の御殿の紫微官という星に象る宮殿の造営を思案されたが、恨むらくは、それにふさわしい始皇帝の宮殿である阿房官はすでになく、つかいものにならないのである。

そこで、昔の今に残る離宮をつらつら見て、秦の離宮で残存の林光宮を見つけられた。

それは、甘泉山の爽やかな乾燥した高台にあるばかりか、高くもりあがり一面に広がる壮大な宮殿である。

函谷関長安地図座標005 

(訳注) (20) (甘泉官)#9-1

惟帝王之神麗,懼尊卑之不殊。

(甘泉官) そもそも、帝王の宮殿は神々しく美麗であるとも、尊卑の別が区別できないと気づかわれる。

神麗 班固「東都賦」に「園庭神尾」とある。美麗の意。

 

雖斯宇之既坦,心猶憑而未攄。

この宮殿は壮大に建てられているとはいうものの、天子の心は満足なされたようで晴れやかではない。

憑 満つ。胸いっぱい。

攄 舒(の)ぶ、ふるいのはす。意思を外に表す。

 

思比象於紫微,恨阿房之不可廬。

天帝の御殿の紫微官という星に象る宮殿の造営を思案されたが、恨むらくは、それにふさわしい始皇帝の宮殿である阿房官はすでになく、つかいものにならないのである。

紫微 星座の名。天帝の住居。

阿房 秦の始皇帝の宮殿の名。項羽これを焼く。三か月も燃え続ける。始皇帝の三十五年、渭南の上林苑中に造り、まず前段の阿房宮を作る、東西五百歩、南北五十丈、殿上は万人が坐れ、殿下は五丈の旗が立ち、宮外は四方閣道をめぐらし、殿下より南山に至り、南山の頂上に宮闕をつくり、また複道をつくり、阿房宮より渭水を渡ることができた(『史記』による)。阿とは四方のひさし。房とはそれが広いことから家の形に名づけたといい、また阿は近い、房は旁の意あれば、咸陽陽の都の近傍ということから名づけたともいう。

廬 居る。

 

覛往昔之遺館,獲林光於秦餘。

そこで、昔の今に残る離宮をつらつら見て、秦の離宮で残存の林光宮を見つけられた。

覛 視る。

林光 秦の離宮の名。甘泉山にあり。成帝の時宮門に落雷し燃ゆ(『漢書』の郊祀志)。

秦餘 秦の残存する建物。

 

處甘泉之爽塏,乃隆崇而弘敷。

それは、甘泉山の爽やかな乾燥した高台にあるばかりか、高くもりあがり一面に広がる壮大な宮殿である。

甘泉 長安の西北にある山の名。甘泉がわく。漢の武帝の元封二年、林光宮のそばに甘泉宮を造る。

爽塏 乾燥した高いところ。

降崇 高いさま。

弘敷 延蔓、のびて続くさま。林光官は周囲十余里とある。
長安付近図00 

張平子(張衡)《西京賦》(19)(閣道)#8-2 文選 賦<114―(19)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1056 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3828

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2014年3月2日

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張平子(張衡)《西京賦》(19)(閣道)#8-2 文選 賦<114―(19)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1056 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3828

 

 

(18)(閣道)#8-1 

於是鉤陳之外,閣道穹隆。

屬長樂與明光,徑北通乎桂宮。

命般爾之巧匠,盡變態乎其中。

於是後宮不移,樂不徙懸。

(閣道) さて、未央宮の外には、閣道が空に長く弧を画いてできている。

長楽官と明光殿とは閣道によって連接し、まっすぐ正殿の北のかた、桂官に通ずるのである。

古の魯般・王爾のようなすぐれた名工に命じ、絶妙な工夫の限りをこらし、豪華な細工物で閣道内はつくられた。

こうして、後宮の宮人も移らず、楽器もそのつり台、支持台などを動かさずにすんだのだ。

19

門衛供帳,官以物辨。

恣意所幸,下輦成燕。

窮年忘歸,猶弗能徧。

瑰異日新,殫所未見。

各宮殿には門戸を守る衛士がかならずおり、幔幕も設けられ、担当の百官が用具を調達する。

天子はお気に召すままに行きたいところに向われ、輦をおりられると、そこが宴を張るところとなる。

一生、帰ることを忘れて御幸なされたとしても、それでもなお、残らず巡回しきれるものでないほどある。

思いもよらぬすばらしく立派で珍しいものが、日ごとに新しく日を奪い、どれも今まで見たこともないものばかりである。

漢長安図02 

是に於て鉤陳の外、閣道穹隆とす。

と明光とにき、径に北のかた桂官に通す。

般爾の巧匠に命じ、變態を其の中に盡せり。

是に於て後宮移さず、欒、懸を徙さず。

 

門衛供帳、官物を以て鮮ず。

意の幸【こいねが】う所を恣にして、輦を下りて燕を成す。

年を窮めて歸るを忘るるも、猶お徧【あまね】くする能はず。

瑰異日に新にして、殫く末だ見ざる所なり。

漢宮 未央宮 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) 19)(閣道)

門衛供帳,官以物辨。

恣意所幸,下輦成燕。

窮年忘歸,猶弗能徧。

瑰異日新,殫所未見。

 

 

(下し文)

 

 

(現代語訳)

各宮殿には門戸を守る衛士がかならずおり、幔幕も設けられ、担当の百官が用具を調達する。

天子はお気に召すままに行きたいところに向われ、輦をおりられると、そこが宴を張るところとなる。

一生、帰ることを忘れて御幸なされたとしても、それでもなお、残らず巡回しきれるものでないほどある。

思いもよらぬすばらしく立派で珍しいものが、日ごとに新しく日を奪い、どれも今まで見たこともないものばかりである。

 

(訳注) 19)(閣道)-2

門衛供帳,官以物辨。

各宮殿には門戸を守る衛士がかならずおり、幔幕も設けられ、担当の百官が用具を調達する。

門衛 門を守る宿衛の士卒。

供帳 幔幕惟帳を陳設する。

物辨 用具を調達する

 

恣意所幸,下輦成燕。

天子はお気に召すままに行きたいところに向われ、輦をおりられると、そこが宴を張るところとなる。

 

窮年忘歸,猶弗能徧。

一生、帰ることを忘れて御幸なされたとしても、それでもなお、残らず巡回しきれるものでないほどある。

 

瑰異日新,殫所未見。

思いもよらぬすばらしく立派で珍しいものが、日ごとに新しく日を奪い、どれも今まで見たこともないものばかりである。

瑰異 は傀と意同じ。すばらしく立派で珍しいもの。

日新 毎日変わること。

殫 ことごとく。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(18)(閣道)#8-1 文選 賦<114―(18)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1055 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3823

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2014年3月1日 の紀頌之5つのブログ
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(18)(閣道)#8-1 

於是鉤陳之外,閣道穹隆。

(閣道) さて、未央宮の外には、閣道が空に長く弧を画いてできている。

屬長樂與明光,徑北通乎桂宮。

長楽官と明光殿とは閣道によって連接し、まっすぐ正殿の北のかた、桂官に通ずるのである。

命般爾之巧匠,盡變態乎其中。

古の魯般・王爾のようなすぐれた名工に命じ、絶妙な工夫の限りをこらし、豪華な細工物で閣道内はつくられた。

於是後宮不移,樂不徙懸

こうして、後宮の宮人も移らず、楽器もそのつり台、支持台などを動かさずにすんだのだ。

 

門衛供帳,官以物辨。

恣意所幸,下輦成燕。

窮年忘歸,猶弗能徧。

瑰異日新,殫所未見。

 

是に於て鉤陳の外、閣道穹隆とす。

と明光とにき、径に北のかた桂官に通す。

般爾の巧匠に命じ、變態を其の中に盡せり。

是に於て後宮移さず、欒、懸を徙さず。

 

門衛供帳、官物を以て鮮ず。

意の幸【こいねが】う所を恣にして、輦を下りて燕を成す。

年を窮めて歸るを忘るるも、猶お徧【あまね】くする能はず。

瑰異日に新にして、殫く末だ見ざる所なり。

上林苑01 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)

(18)(閣道)#8-1 

於是鉤陳之外,閣道穹隆。

屬長樂與明光,徑北通乎桂宮。

命般爾之巧匠,盡變態乎其中。

於是後宮不移,樂不徙懸。

 

(下し文)

是に於て鉤陳の外、閣道穹隆とす。

長樂と明光とに屬き、径に北のかた桂官に通す。

般爾の巧匠に命じ、變態を其の中に盡せり。

是に於て後宮移さず、欒、懸を徙さず。

 

(現代語訳)

(閣道) さて、未央宮の外には、閣道が空に長く弧を画いてできている。

長楽官と明光殿とは閣道によって連接し、まっすぐ正殿の北のかた、桂官に通ずるのである。

古の魯般・王爾のようなすぐれた名工に命じ、絶妙な工夫の限りをこらし、豪華な細工物で閣道内はつくられた。

こうして、後宮の宮人も移らず、楽器もそのつり台、支持台などを動かさずにすんだのだ。

 

(訳注) (18)(閣道)#8-1 

於是鉤陳之外,閣道穹隆。

(閣道) さて、未央宮の外には、閣道が空に長く弧を画いてできている。

鉤陳 星座の名、「北極は一星、鉤陳は六星、足れ皆むらさきびかん紫微宮に在り」(『晋書』天文志)、「六星は五帝の下に在って後宮と為す」(『星経』)とあり。後宮の位置を星座のそれに対応させた。従ってここは後宮を指す。前段とこの段から推すと、後宮と宿衛とは未央宮の正殿に付属するから、正殿も含めた全体として未央宮とする。『甘泉賦』『西都賦』に勾陳の語あり、前後より推せば二つを含めている。また閣道が未央の正殿から始まるという点も「西都の賦」と同じ。

揚雄『甘泉賦』

詔招搖與泰陰兮,伏鉤陳使當兵。

屬堪輿以壁壘兮,梢夔魖而抶獝狂。

八神奔而警蹕兮,振殷轔而軍裝。

蚩尤之倫,帶干將而秉玉戚兮,飛蒙茸而走陸梁。

招搖【しょうよう】と泰陰【たいいん】とに詔し,鉤陳【こうちん】に伏せて兵を當【つかさど】ら使む。

堪輿【かんよ】に屬するに壁壘【へきるい】を以て,夔魖【ききょ】を梢【う】ちて獝狂【きつきょう】を【抶う】たしむ。

八神 奔りて 警蹕【けいひつ】し,振いて殷轔【いんりん】として軍裝す。

蚩尤【しゆう】が倫【ともがら】,干將【かんしょう】を帶【は】いて玉戚【ぎょくせき】を秉り,飛ぶは蒙茸【もうじょう】として走るは陸梁たり。

招揺星と大陰星には詔により、鉤陳の星座たちに警護にあたらせた。

堪輿神には防塁・城壁を守らせ、夔・魖・獝狂の悪鬼たちを打ち払わせた。

八方の神々、八将神は先払いに走りまわって防御し、勢いも盛んに、軍の装備を完璧にし、進んで行く。

蚩尤の仲間たちは名剣を腰につけ、玉のまさかりを手に持って、入り乱れながら飛んだり走ったりして行く。

揚雄 《甘泉賦 》 文選 賦<108-(3)#1-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩856 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2828

長安城漢唐 

屬長樂與明光,徑北通乎桂宮。

長楽官と明光殿とは閣道によって連接し、まっすぐ正殿の北のかた、桂官に通ずるのである。

長楽 長安の東隅にあり。高祖の五年長安に都し、七年に宮殿完成。未央宮完成後はこれを朝会の所とし、長楽官は太后の居所となる。また公車司馬門の役所があった(『三輔黄圖』)。

明光 殿の名。「未央官の漸台の北西に桂官あり。中に明光殿あり。皆金玉珠璣もて簾箔を為り、処処明月の珠あり、金階玉階、昼夜光明あり」(『三秦記』)。「漢の武帝故事に天子明光宮、桂宮、長楽官を起し、皆輦道(行幸路)相属き、懸棟(宙づりの棟木あり)、飛閣(かけはし)もて北に度り、宮中より西のかた城に上り、神明台(未央宮の西南上林苑中の建章宮にあり)に至る」(漢唐長安位置図参照)。明光宮の宵は殿のこと。華道は右の文によると吊った置舎やかけはしがある。閣道のこと。これで閣道の大体を知ることができる。

桂宮 未央宮の北にある。「天緑、石渠、麒麟の三闇、未央宮の北は即ち桂宮なり。周り十余里。内に明光殿あり」(『水経』の渭水注)。ここも閣道(複道)より上る。

 

命般爾之巧匠,盡變態乎其中。

古の魯般・王爾のようなすぐれた名工に命じ、絶妙な工夫の限りをこらし、豪華な細工物で閣道内はつくられた。

般爾 魯般、または公輸之の子ともいう。春秋の魯の哀公の時の人という。『孟子』の離婁篇に「公輸子の巧」とあり。『墨子』に「公輸盤楚の為に雲梯の概を造る」とあり。爾は古の名匠、鄒陽の「几の賦」、中山王の「文木の賦」、楊子雲の「甘泉の賦」などに見えるが詳細は分からない。後世高名の大工はこの古人の名で呼ばれたであろう。

変態 奇態、態は手仕事さまの巧みなこと。豪華な細工物をいう。

 

於是後宮不移,樂不徙懸。

こうして、後宮の宮人も移らず、楽器もそのつり台、支持台などを動かさずにすんだのだ。

楽 伎楽の用具。
漢長安図02 

張平子(張衡)《西京賦》(17)#7-2 文選 賦<114―(17)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1054 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3818

張衡《西京賦》(17) 後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。

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張平子(張衡)《西京賦》(17)#7-2 文選 賦<114―(17)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1054 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3818

 

 

#7(華麗な後宮)-1

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

故其館室次舍,采飾纖縟。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

裛以藻繡,文以朱綠。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

#7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

翡翠と火斉の玉は、美玉で幾重にもからまり、まとわりつく。

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

夜光る美玉の懸黎は流光をはなち、明月の随侯の玉は綴り合わせて燭とする。

玉階,彤庭煇煇。

後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。

珍物羅生,煥若崑崙。

見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。

 

#7

後宮には則ち 昭陽 飛翔,增成 合驩【ごうかん】

蘭林 披香,鳳皇 鴛鸞あり。

窈窕の華麗を羣む,嗟 顧みて之れ觀る所なり。

故に其の館室 次舍は,采飾 纖縟【せんじょく】あり。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以てし,文【あやな】るに朱綠を以てす。

 

翡翠 火齊【かせい】,絡【まと】うに美玉を以てす。

懸黎の夜光を流し,隨珠を綴りて以て燭と為す。

【きんい】玉階,彤庭【とうてい】煇煇たり。

珊瑚 琳碧【りんぺき】,珉【ぜんびん】璘彬【りんぴん】たり。

珍物 羅生し,煥として崑崙の若し。

厥の裁【つくり】之れ廣からずと雖も,侈靡【しび】至尊に踰ゆ。

 

漢宮 未央宮

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) #7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

玉階,彤庭煇煇。

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珍物羅生,煥若崑崙。

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

 

 (下し文)

翡翠 火齊【かせい】,絡【まと】うに美玉を以てす。

懸黎の夜光を流し,隨珠を綴りて以て燭と為す。

【きんい】玉階,彤庭【とうてい】煇煇たり。

珊瑚 琳碧【りんぺき】,珉【ぜんびん】璘彬【りんぴん】たり。

珍物 羅生し,煥として崑崙の若し。

厥の裁【つくり】之れ廣からずと雖も,侈靡【しび】至尊に踰ゆ。

カンナ113 

(現代語訳)

翡翠と火斉の玉は、美玉で幾重にもからまり、まとわりつく。

夜光る美玉の懸黎は流光をはなち、明月の随侯の玉は綴り合わせて燭とする。

後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。

珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。

見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。

後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。
長安城漢唐 

(訳注) #7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

翡翠と火斉の玉は、美玉で幾重にもからまり、まとわりつく。

火齊 玫瑰と【ばいかい】ともいう。紫色で光りかがやき、軽く雲母に似る。「西都の賦」に見える。

絡 いく重にもからませてまとうこと。

 

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

夜光る美玉の懸黎は流光をはなち、明月の随侯の玉は綴り合わせて燭とする。

懸黎 美玉の壁で夜光の壁と同じように光るから、夜光を流すとした。

随珠 随侯の玉。随侯は周の姫姓の諸侯、大蛇の傷を治療した礼に大珠を口にふくんできた。

 

玉階,彤庭煇煇。

後宮の御殿には黄金飾りの石盤、玉の階があり、そしてその前に丹塗りの庭はすべて赤一色なのである。

 

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珊瑚や琳・碧の美石や玉、それにの玉の類は、色沢光彩、さまざまにあやをなしてかがやく。

琳碧 ともに美石、ただし琳を美玉と緑の美石。

 玉に似た美石。

 上に同じ。

璘彬 玉の光色が文(瑚)をなしいろいろ入りまじるさま(醇注)。

 

珍物羅生,煥若崑崙。

見たこともない珍宝が、それからそれへとつらなって、光りかがやくさまは、あたかも仙女の住む崑崙の庭と見まごうばかりだ。

珍物 珍は宝、宝玉。

羅生 段々にそれからそれへと列をなしてならび、玉の形と色とが現れ出ること。

崑崙「西北の美なる者に、崑崙の璆(きゅう)琳、琅、玕あり」(『爾雅』釈地)。また「崑崙に、珠樹、文玉樹、玗琪樹、琅玕樹あり」(『山海経』の海内西経)。『山海経』 は樹木の名称なるも玉や美石の名産地として崑崙山は目された。

 

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

後宮のつくりは、万事天子の宮殿ほどに広くはないが、ぜいたく極まる豪華さは、至尊の天子にまさっている。

裁 体制、つくり方。「其の裁制、事事至尊より狭小なりと雖も、其靡麗の好みは乃つて之に過ぐ」。
漢長安図02 

張平子(張衡)《西京賦》(16)(華麗な後宮)#7-1 文選 賦<114―(16)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1053 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3813

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#7(華麗な後宮)-1

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

故其館室次舍,采飾纖縟。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

裛以藻繡,文以朱綠。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

#7-2

翡翠火齊,絡以美玉。

流懸黎之夜光,綴隨珠以為燭。

玉階,彤庭煇煇。

珊瑚琳碧,珉璘彬。

珍物羅生,煥若崑崙。

雖厥裁之不廣,侈靡踰乎至尊。

 

#7

後宮には則ち 昭陽 飛翔,增成 合驩【ごうかん】

蘭林 披香,鳳皇 鴛鸞あり

窈窕の華麗を羣む,嗟 顧みて之れ觀る所なり。

故に其の館室 次舍は,采飾 纖縟【せんじょく】あり。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以てし,文【あやな】るに朱綠を以てす。

 

翡翠 火齊【かせい】,絡【まと】うに美玉を以てす。

懸黎の夜光を流し,隨珠を綴りて以て燭と為す。

【きんい】玉階,彤庭【とうてい】煇煇たり。

珊瑚 琳碧【りんぺき】,珉【ぜんびん】璘彬【りんぴん】たり。

珍物 羅生し,煥として崑崙の若し。

厥の裁【tsくり】之れ廣からずと雖も,侈靡【しび】至尊に踰ゆ。

 漢宮未央宮

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

故其館室次舍,采飾纖縟。

裛以藻繡,文以朱綠。

 

(下し文) #7

後宮には則ち 昭陽 飛翔,增成 合驩【ごうかん】,

蘭林 披香,鳳皇 鴛鸞あり。

窈窕の華麗を羣む,嗟 に顧みて之れ觀る所なり。

故に其の館室 次舍は,采飾 纖縟【せんじょく】あり。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以てし,文【あやな】るに朱綠を以てす。

 

(現代語訳)

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

 

漢長安図02

(訳注)

後宮則昭陽飛翔,增成合驩,

(華麗な後宮) 後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、

昭陽・飛翔・增成・合驩・蘭林・披香・鳳皇・鴛鸞  後宮内の八つの御殿の名称。すべて宮城内にある。このうち鳳皇殿と駕鸞殿とは未央殿の東にある。前者は宣帝の時上林苑に鳳凰がとまったという瑞兆にちなんで建てた(『漢書』郊祀志)。その他、通光殿というのもあった(『三輔黄図』)。

 

蘭林披香,鳳皇鴛鸞。

つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。

 

羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。

いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。

羣 あつめる。

嗟 声を出して感嘆するためいき。

 後をふりかえり見る。「車中内顧せず」(『論語』の郷党)。

観 観(み)る。物を見てその実体を確かめる意あり。

 

故其館室次舍,采飾纖縟。

だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。

次舎 休暇を過ごす屋舎。『周礼』の天官に「宮伯は八次八舎を授く」の鄭玄注に「次とは其の宿衛の在る所、舎とは其の休沐の処」とある。休沐は休暇をとり休養すること。次の建物は宮中、舎は宮中の外にある。ここは後宮について『周礼』と同様な次舎の制があったことをいう。

采飾 五彩。五色の飾り。

纖縟 細密で手がこんでいるさま。

 

裛以藻繡,文以朱綠。

木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。

 包む。

藻繡, 「楹桷(柱とたるき)に藻草(もぐさ)を彫り、文(かざ)るに朱縁を以てす」(傳毅の七激)。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(15)(末央宮の内外)#6 文選 賦<114―(15)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1052 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3808

張衡)《西京賦》(15) 殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。


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張平子(張衡)《西京賦》(15)(末央宮の内外)#6 文選 賦<114―(15)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1052 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3808
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <965>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3809韓愈詩-260
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-36-2 《太子張舍人遺織成褥段―#2》 ふたたび成都 杜甫<667-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3810 杜甫詩1000-667-#2-956/1500775
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 13 -1 虞美人六首 其一 顧太尉敻(顧夐【こけい】)五十五首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-453-13-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3812
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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(末央宮の内外)

 

 

#6

有常侍謁者,奉命當御。

(末央宮の内外) 未央宮の殿内では、侍衛の臣の中常侍や取り次ぎ役の謁者が、命を奉じて天子の身の回りのご用をつとめている。

蘭臺金馬,遞宿迭居。

殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。

次有天祿石渠校文之處,重以虎威章溝嚴更之署。

次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。

徼道外周,千廬附。

宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。

衛尉八屯,警夜巡晝。

警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。

植鎩懸𤟢,用戒不虞。

槍を立て盾を懸け、もって不測の事態を警戒する。

 

内には常侍【じょうじ】謁者【えつしゃ】の命を奉じて、御に當る有り。

外には蘭臺【らんだい】金馬の、遞【たがい】に宿し、迭【たがい】に居る有り。

次に天祿の文を校する虚有り、重ぬるに虎威【こい】溝【しょうこう】、巌更の署【つかさ】を以てす。

徼道【げきどう】外に周り、千慮内に附く。

衛尉八どころに屯し、夜を警【いまし】め晝を巡る。

鎩【ほこ】を植て𤟢【たて】を懸けて、用て不虞を戒む。

漢長安図02 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) #6

有常侍謁者,奉命當御。

蘭臺金馬,遞宿迭居。

次有天祿石渠校文之處,重以虎威章溝嚴更之署。

徼道外周,千廬附。

衛尉八屯,警夜巡晝。

植鎩懸𤟢,用戒不虞。

 

(下し文)

内には常侍【じょうじ】謁者【えつしゃ】の命を奉じて、御に當る有り。

外には蘭臺【らんだい】金馬の、遞【たがい】に宿し、迭【たがい】に居る有り。

次に天祿の文を校する虚有り、重ぬるに虎威【こい】溝【しょうこう】、巌更の署【つかさ】を以てす。

徼道【げきどう】外に周り、千慮内に附く。

衛尉八どころに屯し、夜を警【いまし】め晝を巡る。

鎩【ほこ】を植て𤟢【たて】を懸けて、用て不虞を戒む。

 

(現代語訳)

(末央宮の内外) 未央宮の殿内では、侍衛の臣の中常侍や取り次ぎ役の謁者が、命を奉じて天子の身の回りのご用をつとめている。

殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。

次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。

宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。

警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。

槍を立て盾を懸け、もって不測の事態を警戒する。

漢宮未央宮

(訳注) #6

有常侍謁者,奉命當御。

(末央宮の内外) 未央宮の殿内では、侍衛の臣の中常侍や取り次ぎ役の謁者が、命を奉じて天子の身の回りのご用をつとめている。

常侍 官官でなく士大夫で、宮中に侍る中常侍をいう。

謁者 賓客を導く儀式を掌る(同上)。常侍とともに宮殿内の内官。

御 進む。天子の命をうけて衣服、飲食、就床などの世話をすることを一語で御という。

 

蘭臺金馬,遞宿迭居。

殿外では、書庫の蘭台や文学の士の出仕する金馬門に、警護の臣が宿衛し交互に留守居する。

蘭台 宮中の宮中書庫の名。御史中丞が掌る。後に蘭台令史をおき、図書や文書の校定をさせる。

金馬 金馬門のこと。未央宮にあり、待命官の居るところ。武庫が大宛の馬の銅像をこの署(役所)の門に立てた。警護の士がここに居る。

玄武門 

次有天祿石渠校文之處,重以虎威章溝嚴更之署。

次に殿の北に天祿・石渠の蔵書閣が続き、文書を調査校定するところ。さらに道路を警護する虎威や章溝という水路を警護に当たる官署がついている。

天祿石渠 天祿は典籍を蔵する閣で、未央殿の北に在り(余蕭客の『文選紀聞』というが、『水経』の渭水注では東に在りとする。漢初蕭何これを造る。その下に石で組んだ人工の川があるから名づく。

虎威章溝 ともに警衛の詰所となる役所の名。その位置は明らかではない。虎威は勇猛の意をとる。「蜀都の賦」にもこの名あり。白虎の絵のある門の役所であるところから名づけた。章溝は長安に御溝(渠より小さい人工の川)があり、楊溝というのが章溝に当たるかという説ある。

厳更 夜間の時刻を厳にする意でその役所。

 

徼道外周,千廬附。

宮殿の外に巡視する小路がめぐり、その内側に多数の宿舎が路ぞいにならぶ。

徼道 巡視の通路。

千廬 千は数の多いこと。は衛士の宿舎。殿内に密接して、殿外に外向きに立つ。

 

衛尉八屯,警夜巡晝。

警衛の長官衛尉は警備の兵を八つの屯所に配置し、夜は夜警を、昼は巡視を行うのである。

衛尉 宮殿の門内に役所あり衛士と屯兵とを掌る。丞(輔佐)一人。属官には、国事、散召を掌る公車司馬(官車で召された人を送迎また宮中を夜間巡視する宮殿の司馬門の役所を掌る武官)、衛士(宿衛の士)、旅蕡三令丞(戎と盾とをもち王車を護衛する三人の令、長と丞、衛士三人の丞)、また諸屯の衛候(見張役)、司馬二十二人(宮殿の外門を総称して司馬門といいまた単に司馬ともいう。その近衛兵)。

八屯 未央宮殿の外四方、四角に兵の屯所が八つある。東南南北の各二屯ずつある。「衛供、司馬は衛士をつかさどり宿衛を巡する。面ごとに各々二司馬あり」八屯は衛尉の管轄。

 

植鎩懸𤟢,用戒不虞。

槍を立て盾を懸け、もって不測の事態を警戒する。

 柱。ここは樹立の意。

鎩・𤟢 前者は両刃の剣に𤟢はほこ。長い矛。後者は盾。
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張平子(張衡)《西京賦》(14) #5-2 文選 賦<114―(14)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1051 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3803

張衡《西京賦》(14) 未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。


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張平子(張衡)《西京賦》(14) #5-2 文選 賦<114―(14)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1051 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3803

 

杏の花01 

(13)#51

朝堂承東,溫調延北,

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

西有玉臺,聯以昆德。

嵯峨嶫,罔識所則。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。
若夫長年神仙,宣室玉堂,

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

麒麟朱鳥,龍興含章,

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

 (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。

正殿路寢,用朝羣辟。

未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。

大夏耽耽,九開闢。

屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。

嘉木樹庭,芳草如積。

珍木は正殿前の階前の庭に立ちならび、芳草はおい茂る。

高門有閌,列坐金狄。

高大な皐門は見上げるばかりにそびえ、正殿から最も遠い門で左右に金人が並び、夷狄の服装をした銅像の金人がすえられて列をつくる。

 

(13)#5―1

朝堂 東を承け,溫調 北に延ぶ,

西に玉臺有り,聯【つら】なるに昆德を以てす。

嵯峨 【しょうぎょう】として,則る所を識る罔【な】し

若し夫れ長年 神仙なり,宣室 玉堂と,

麒麟 朱鳥と,龍興【りょうこう】含章【がんしょう】とある,

(14)#5―2

衆星の極を環り,叛赫【はんかく】戲として以て煇煌【こんこう】するに譬【たと】う。

正殿 路寢【ろしん】,用て羣辟【ぐんへき】を朝せしむ。

大夏 耽耽【たんたん】として,九 開き闢【ひら】く

嘉木 庭に樹ち,芳草 積めるが如し。

高門 閌【たか】き有り,金狄【きんてき】を列坐す。

漢宮 建章宮00 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

正殿路寢,用朝羣辟。

大夏耽耽,九開闢。

嘉木樹庭,芳草如積。

高門有閌,列坐金狄。

 

(下し文) (14)#5―2

衆星の極を環り,叛赫【はんかく】戲として以て煇煌【こんこう】するに譬【たと】う。

正殿 路寢【ろしん】,用て羣辟【ぐんへき】を朝せしむ。

大夏 耽耽【たんたん】として,九 開き闢【ひら】く。

嘉木 庭に樹ち,芳草 積めるが如し。

高門 閌【たか】き有り,金狄【きんてき】を列坐す。

 

(現代語訳)

未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。

未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。

屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。

珍木は正殿前の階前の庭に立ちならび、芳草はおい茂る。

高大な皐門は見上げるばかりにそびえ、正殿から最も遠い門で左右に金人が並び、夷狄の服装をした銅像の金人がすえられて列をつくる。

漢長安図02 

(訳注) (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

未央宮を中心にとりまく光景は、たとえば、衆星が北極星を囲み、光芒四方に輝いて光りきらめくように配置される。

環 繞る。宮殿、台閣が未央殿を北極星に見たてて、これを取り巻く星のように建物がならんでいること。「西都の賦」にも「煥として列宿の紫宮を走れ環れるが若し」とある。

極 北極星。

叛 煥の意。火光が四方を大いに照らすさま。光芒四方に輝いて光りきらめく。

赫戯 炎の盛んなさま。

煇煌 光りかがやいて鮮明なこと。煇は輝く、煌は明らかの意あり。

 

正殿路寢,用朝羣辟。

未央宮の正殿は、周の制度の表御殿に当たり、土地を所有する王侯、公卿、大夫、士の群臣を朝見するに用いる。

路寝 表御殿、周の制度の呼び名、漢では正殿という。

朝 朝見する。朝見して政事を謀る。その場所が正殿の庭に設けられ、正殿に近い方を内朝といい、遠い方を外朝という。羣辟 王侯、公卿、大夫、士を指す。辟とは土地を所有するものの通称。

 

大夏耽耽,九開闢。

屋根の簷が下向きに四方から張り出して、この壮大な建物は、どこまでも奥深く、九重、九室、九つもある各室のとびらは左右に開いたままである。

大夏 夏は厦と書く。大屋、屋根のひさしが四方にはり出た建物。

耽耽 奥深いさま。ここは奥行きの深いさま。

九戸 明堂は九室あるから、正殿もその通りとすると九室がある。戸びらは九戸。九重、九戸は漢の制度。。

闢 開と同じ。

 

嘉木樹庭,芳草如積。

珍木は正殿前の階前の庭に立ちならび、芳草はおい茂る。

積 盛んに茂るさま、多いさま。

 

高門有閌,列坐金狄。

高大な皐門は見上げるばかりにそびえ、正殿から最も遠い門で左右に金人が並び、夷狄の服装をした銅像の金人がすえられて列をつくる。

 高大なさま。高門は皐門、皐は高の意。正殿から最も遠い門で、その門の左右に金人が並ぶ。

 夷の服装をした銅像の金人。『史記』の秦本紀に始皇帝が天下の兵器をつぶして金人十二を作る。各々重さ千斤という。漢もこの鋼人を長楽官の大夏殿前に置いた(『三輔旧事』)というが、この賦では未央官に置いたことになる。
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張平子(張衡)《西京賦》(13)(未央宮の正殿) #5-1 文選 賦<114―(13)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1050 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3798

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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張平子(張衡)《西京賦》(13)(未央宮の正殿) #5-1 文選 賦<114―(13)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1050 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3798

 

 

(13)#51

朝堂承東,溫調延北,

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

西有玉臺,聯以昆德。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

嵯峨嶫,罔識所則。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。

若夫長年神仙,宣室玉堂,

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

麒麟朱鳥,龍興含章,

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

 (14)#52

譬衆星之環極,叛赫戲以煇煌。

正殿路寢,用朝羣辟。

大夏耽耽,九開闢。

嘉木樹庭,芳草如積。

高門有閌,列坐金狄。

 

(13)#5―1

朝堂 東を承け,溫調 北に延ぶ,

西に玉臺有り,聯【つら】なるに昆德を以てす。

嵯峨 【しょうぎょう】として,則る所を識る罔【な】し

若し夫れ長年 神仙なり,宣室 玉堂と,

麒麟 朱鳥と,龍興【りょうこう】含章【がんしょう】とある,

(14)#5―2

衆星の極を環り,叛赫【はんかく】戲として以て煇煌【こんこう】するに譬【たと】う。

正殿 路寢【ろしん】,用て羣辟【ぐんへき】を朝せしむ。

大夏 耽耽【たんたん】として,九 開き闢【ひら】く

嘉木 庭に樹ち,芳草 積めるが如し。

高門 閌【たか】き有り,金狄【きんてき】を列坐す。

玄武門 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (13)#51

朝堂承東,溫調延北,

西有玉臺,聯以昆德。

嵯峨嶫,罔識所則。

若夫長年神仙,宣室玉堂,

麒麟朱鳥,龍興含章,

 

(下し文) (13)#5―1

朝堂 東を承け,溫調 北に延ぶ,

西に玉臺有り,聯【つら】なるに昆德を以てす。

嵯峨 嶫【しょうぎょう】として,則る所を識る罔【な】し。

若し夫れ長年 神仙なり,宣室 玉堂と,

麒麟 朱鳥と,龍興【りょうこう】含章【がんしょう】とある,

 

(現代語訳)

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

漢長安図02 

 

(訳注) (13)#51

朝堂承東,溫調延北,

(未央宮の正殿) 朝堂は未央宮正殿の東を仰ぐ場所にあり、温調(温室)殿が北にのびる。

朝堂 天子が政事を議する御殿。東に面する。日の出で朝礼。前殿、宣室、温室殿、清涼殿、麒麟殿、金華殿、承明殿、掖庭宮、椒房殿、高門殿、金馬門などのさまざま建物があった。諸侯や大臣と朝会を開く場所である前殿は龍首山の丘陵を利用して建てられており、長安の城壁より高い位置にあった。

温調 殿の名。末央殿の北にある。温室(『三輔黄図』)に当たる。

延 陳【つらな】る。

 

西有玉臺,聯以昆德。

西に玉台があり、つづいて昆徳殿がつらなる。

玉臺 未央殿の西にある。台とは四方をながめられるよう、土を方形に積む、また上に建てた建物、高殿、台閣などをいう。ここは天帝のすむ所を王台といい、玉で台をつくるといわれる(『楚辞』王逸の九思篇の注)。大玉堂、小玉堂あり(『三輔黄図』)というが、この台を指すか。

昆徳 殿の名。未央殿の西にある。漢の時の建物。

 

嵯峨嶫,罔識所則。

ひときわ高く山のごとくそそり立ち、高低さまざまに並び建ち、どの造営法を手本としたのか、認識できるものがまったくない。

嵯峨 高峻なさま。

 は山がつらなるさま、は山の高いさま。ここは建物の群を抜く高さをいう。

所則 手本とするもの。

 

若夫長年神仙,宣室玉堂,

それはあたかも未央宮を取り囲むように、長年殿・神仙殿・宣室殿・玉堂殿とあり、

長年神仙、宣室玉堂 四つとも殿の名。「西都の賦」に見える。『三輔黄図』に見えるものは、宜室(政教を布く室)、玉堂のみ。未央殿の東にあり。

 

麒麟朱鳥,龍興含章,

麒麟殿・朱鳥殿・龍興殿・含章殿などがまわりにある。

麒麟朱鳥龍興含章 四つとも殿の名。
長安城漢唐

張平子(張衡)《西京賦》(12)#4-3 文選 賦<114―(12)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1049 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3793

張衡《西京賦》(12) 楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。鐘の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。


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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩韓愈全詩李白全集文選花間集 古詩源 玉台新詠

 

張平子(張衡)《西京賦》(12)#4-3 文選 賦<114―(12)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1049 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3793

 

 

(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

 (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

三階重軒,鏤檻文

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

右平左,青瑣丹墀。

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

刊層平堂,設切厓

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

(12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

宮殿に通ずる階段が、歯のならんだようながけのような形でつらなっている。見上げれは、高峻で今にも崩れそうなほどです。

襄岸夷塗,脩路陖險。

その殿階は高いけれど路は平らかであって、この長い路は危険なところに向かってのぼる。

重門襲固,姦宄是防。

楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。

仰福帝居,陽曜陰藏。

宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。

 

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

(11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける

(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

玄武門 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文)  (12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

襄岸夷塗,脩路陖險。

重門襲固,姦宄是防。

仰福帝居,陽曜陰藏。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

 

(下し文)(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり。

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり。

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

 

(現代語訳)

宮殿に通ずる階段が、歯のならんだようながけのような形でつらなっている。見上げれは、高峻で今にも崩れそうなほどです。

その殿階は高いけれど路は平らかであって、この長い路は危険なところに向かってのぼる。

楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。

宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。

その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。

鐘の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。

漢長安図02 

 

(訳注) (12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

宮殿に通ずる階段が、歯のならんだようながけのような形でつらなっている。見上げれは、高峻で今にも崩れそうなほどです。

坻崿 塩は宮殿の基礎、『広雅』に「除」(階段)の意あり。未央宮は龍首山にあれば、その宮殿に至るまで階段がある。崿は隆起するさま。

鱗眴 宮殿に至る段々が上へ高々と並んでいるさま。

 棧は高いさま。は歯の露出するさま。高々と歯をむきだしているような形をいう。

 高峻なさま。

 

襄岸夷塗,脩路陖險。

その殿階は高いけれど路は平らかであって、この長い路は危険なところに向かってのぼる。

襄岸 嚢は高の意。岸はここは殿階。

夷塗 平らかな路。

脩路陖險 慨は長い。峻は山勢が直立する。のぼる。

 

重門襲固,姦宄是防。

楼門は幾重にも固められ、姦賊の侵入を防ぐ。

重門 層をなす門。

 襲は重ねる。厳重に固める。

 二字意同じ。悪徒。分けると内に在るを姦、外に在るをという。

 

仰福帝居,陽曜陰藏。

宮殿を仰ぎ見れば、天帝のおいでます所と同じく、日が照ればひかりかがやき、日が曇れば姿を隠す。

福 同じ。

 

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

その宮殿には、巨大な鐘があり重さ二手万斤、大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台の柎となる猛獣は、威勢よく力みかえっている。

洪鐘 大鐘。

 三十斤をという(『説苑』弁物篇)。

猛虞 猛は怒るさま。虞は鐘かけ台のたてはしらの柎(うてな)。神獣の猛獣をここに刻んで装飾とする。『漢書』の郊祀志には羽のある銅人もある。また『後漢書』には、鹿頭龍身の神獣の銅製がある。大鐘につり合うよう怒った神獣の鐘かけ台が作ってある。

 

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

鐘の掛ける横木と、彫物の大板とを背負っても、なお力があまり勇みたち、両翼をふるい首をもたげて飛びあがる。

筍 鐘をかける横木。

業 板、鐘をかける横木をおおう飾り板。

長安城漢唐 函谷関長安地図座標005

張平子(張衡)《西京賦》(11)#4-2 文選 賦<114―(11)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1048 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3788

張衡《西京賦》(11)  水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 


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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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張平子(張衡)《西京賦》(11)#4-2 文選 賦<114―(11)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1048 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3788

(宮殿の造営)

 

 

(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

 (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

三階重軒,鏤檻文

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

右平左,青瑣丹墀。

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

刊層平堂,設切厓

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

 (12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

襄岸夷塗,脩路陖險。

重門襲固,姦宄是防。

仰福帝居,陽曜陰藏。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

 

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

(11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける

(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

漢長安図02 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

三階重軒,鏤檻文

右平左,青瑣丹墀。

刊層平堂,設切厓

 

(下し文) (11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり。

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり。

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける。

 

(現代語訳)

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

漢宮 建章宮00 

 

(訳注) (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

水草は火をさけるという藻草模様の組天井は、蓮の茎をならべつらなり、さかさに紅の花びらがかさなり合って開いている。

蔕 蓮の茎をならべる。

倒茄 さかさの蓮の垂。

藻井 水草模様を画く組天井。水草は火をさけるというので描く。

紅葩 紅い花びら。

狎獵 重なり接する。

 

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

模様を施した榱と、玉壁で飾る木頭の壁とは美しくよそおわれ、日の光はきらきら輝きわたる。

華榱 装飾模様の桷(方形)。

璧璫 玉壁で飾る木頭。

景曜 日の光。

韡曄 かがやくさま。

 

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

彫刻した磨き丸柱には、美玉の礎石、絵ぎぬの斗拱には、雲気模様の楣【はり】がある。

雕楹 彫刻琢磨した柱。

 柱の下のいしずえが玉になっているもの。

繡栭 えぎぬを施した斗拱。

 雲気紋のはり。

 

三階重軒,鏤檻文

宮殿前の南面の三つの階と二重の軒は、ちりばめた欄干と、飾り模様の橋がある。 

三階 未央宮の南面に、三だんになった階がある。「西都の賦」に「重軒三階」とある。

重軒 重なった軒(てすり)。

鏤檻 彫刻した欄干。

 はたるきのほしにさしわたした横木。瓦をうける。

 

右平左,青瑣丹墀。

階の右側は平らかにならした車道があり、左側は階段になった人道がある。これを上れば、青色の鎖模様の窓と、朱丹の漆を塗る石畳がある。

右平左 平は化粧瓦などで平らかにする。乗車用。城は階段をなすきざはし。人道用。

青瑣 青色で、宮門の戸にくさり模様を画いたものをいう。『漢書』に「赤堀青墳」(元后伝)とある。顔師古の注に「刻して環文を為りて青く之を塗る」とある。

 丹の漆で塗った階前の庭。宮殿の階上の、朱で土地を赤ぬりこめた庭。

 

刊層平堂,設切厓

それに、層をなす山をけずり、高いところを地ならしして、縁に砌を設けてある。

刊層堂 刊は削る。層は重なった地層。堂は高いところ。

切 砌、敷き瓦の階段。

 山の端のがけ。二字同義。
長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(10)(宮殿の造営)#4-1 文選 賦<114―(10)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1047 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3783

張衡《西京賦》(10)(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。


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張平子(張衡)《西京賦》(10)(宮殿の造営)#4-1 文選 賦<114―(10)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1047 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3783
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 『花間集」 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(1)温庭筠の詩目次
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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張平子(張衡)《西京賦》(10)(宮殿の造営)#4-1 文選 賦<114―(10)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1047 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3783

玄武門 

 

(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

 (11)#4―2

蔕倒茄於藻井,披紅葩之狎獵。

飾華榱與璧璫,流景曜之韡曄。

雕楹玉磶,繡栭雲楣。

三階重軒,鏤檻文

右平左,青瑣丹墀。

刊層平堂,設切厓

(12)#4―3

坻崿鱗眴,棧巉嶮。

襄岸夷塗,脩路陖險。

重門襲固,姦宄是防。

仰福帝居,陽曜陰藏。

洪鐘萬鈞,猛虡趪趪

負筍業而餘怒,乃奮翅而騰驤。

 

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

(11)#4―2

倒茄【とうか】を藻井【そうせい】に蔕し,紅葩【こうは】の狎獵【こうりょう】たるを披く。

華榱【かすい】と璧璫とを飾り,景曜の韡曄【けいよう】なるを流す。

雕楹【ちょうえい】玉磶【ぎょくせき】,繡栭【しゅうじ】雲楣【うんぴ】あり。

三階 重軒,鏤檻【ろうかん】文【ぶんぴ】あり

右は平 左は【しょく】,青瑣【せいさ】丹墀【たんち】あり

層【かさな】れるを刊【けず】り 堂を平げ,切【ぜい】を厓【がいけん】に設ける


(12)#4―3

坻崿【ちがく】鱗眴【りんじゅん】として,棧【ざんげん】巉嶮【ざんけん】なり

襄岸【じょうがん】夷塗【いと】,脩路【しゅうろ】險に陖【のぼ】る。

重門 襲【かさな】り固く,姦宄【かんき】を是れ防ぐ。

仰げば帝居に福【おな】じく,陽には曜【ひか】り陰には藏【かく】る。

洪鐘【こうしょう】萬鈞【ばんきん】,猛虡【もうきょく】趪趪【こうこう】たり

筍業を負いて餘怒し,乃ち翅を奮って騰驤【とうじょう】す。

漢長安図02 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

 

(下し文)

(10)#4―1

乃ち秦制を覽,周法を跨える。

百堵の側陋【そくろう】を狹しとし,九筵の迫脅を增す。

紫宮を未央に正し,嶢闕【ぎょうけつ】を閶闔【しょうこう】に表す。

龍首を疏して以て殿を抗げ,狀【かたち】巍峩【かいが】として以て岌【きゅうぎょう】たり。

雄虹の長梁を亙【わた】し,棼橑【ふんりょう】を結んで以て相い接【う】く。

 

(現代語訳)

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

漢宮 建章宮00 

 

(訳注)(10)#4―1

乃覽秦制,跨周法,

(宮殿の造営) かくして、秦の造営法に着目し、周の古法をしのぐ計画をたてる。

乃 すなわち。「爾」とあるテクストもある。

覧 見てみとるの意。

跨 越える。公平にみてもまさる。

 

狹百堵之側陋,增九筵之迫脅。

周の宣王の百堵の牆で囲まれた宮室も、狭苦しいからといって取りあげはしない、九筵を基準とする周の明堂も、狭隘だからとて拡張することとした。

百堵 一丈を板、五枚を堵という。板は城壁の高さの単位。

側陋 せまい。側も陋の意。『詩経』の小雅に「室を築くこと百堵、その戸を西南にす」(斯干)と、周の宣王の宮室をうたう。ここは“それもなおせまし”とすること。

九筵 筵は竹製の敷物。周代堂の広さと長さの単位、『周礼』考工記「周人の明堂は九尺の筵を度とす。東西九筵、南北七筵、堂の崇(たかさ)一筵」とある。

追脅 土地のせまいこと。なお原文は明宝の建築を述べたもの。1956年漢の長安城の南郊に当たる所に、明堂の遺跡が発見された。『漢書』平帝紀に「安漢公(玉奔)、明堂、辟雍を立てんことを奏す」(元始三年)。武帝も明宝を泰山の麓に作る(郊祀志下)。

 

正紫宮於未央,表嶢闕於閶闔。

星座紫微宮にかたどり、未央宮の位置を正しく定め、高楼の門橋を、紫徴宮の天門、閶闔にかたどって、宮殿の目標とした。

紫宮 紫微宮、星の名、天帝の居所。これをとって未央宮の別名とす。

嶢闕 高い門観。

閶闔 天の紫宮の門。

 

疏龍首以抗殿,狀巍峩以岌

龍首の山を切り開いて、その正殿を高々と造る。その姿は、山のごとくそびえてたくましい。

龍首 山名。西京の北。これを切り開いて蕭何が未央官を建てた(『水経注』渭水注)。

巍峩以岌 巍峩は高大、高峻のさま。岌は衆山を抜いて高く高壮なこと。

 

亙雄虹之長梁,結棼橑以相接。

殿内は、色鮮やかな長い虹梁が、かけわたされ、二重屋根の、棟木と榱木がかみあって、たがいに交錯する。

亙 相去ることの遠いこと。先の見えないところまで梁がわたしてあること。

雄虹 五色で彩る朱の梁、色彩鮮明の色を雄、くろい色を雌という。

結棼橑 二重屋根の棟木と榱とがかみ合う。

長安城漢唐 

張平子(張衡)《西京賦》(9)#3-2 文選 賦<114―(9)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1046 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3778

張衡)《西京賦》(9) 天地の形にしたがい、面積を円のめんせきで計量し、また八尺の正方形を基本に面積を考量し、城の堀を作る。そうして城郭を築き、諸国の異色ある都の造営法を取り入れて、昔からの古法を基本にはするものの、これに尺度を合わせそのまま造ることはなかったのだ。
 

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張平子(張衡)《西京賦》(9)#3-2 文選 賦<114―(9)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1046 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3778

 

 

(8)#3-1

  自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

婁敬委輅,幹非其議,

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

天啓其心,人惎之謀,

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

 

(9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

まさか今の洛陽天子の都を、敬虔にお考えなさらなかったわけではないでしょうか?あるいは、まさか高祖の故郷である枌の地に、帰るをお忘れになったわけではないでしょうに?

天命不滔,疇敢以渝!

天命は一定不変、絶対であり、人は誰もあえてそれを変えることはできないからである。

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

というわけで天地の形にしたがい、面積を円のめんせきで計量し、また八尺の正方形を基本に面積を考量し、城の堀を作る。

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

そうして城郭を築き、諸国の異色ある都の造営法を取り入れて、昔からの古法を基本にはするものの、これに尺度を合わせそのまま造ることはなかったのだ。

 

(8)#3-1

  我が高祖の始めて入りし自り,五緯【ごい】相い汁【あ】いて以て于東井【とうせい】に旅【つらな】る。

婁敬【ろうけい】輅【かく】を委【すて】て,其の議を幹【ただ】し非【そし】る。

天 其の心を啓【ひら】いて,人 之れ謀【はかりごと】を惎【おし】う。

帝の圖る時に及び,意 亦た神祇を慮【おもんばか】る有り,宜【うべ】なり其の可とし 定めて以て天邑と為すや。

 

(9) #3-2

豈に伊れ 天衢【てんく】を虔思【けんし】せざらんや?豈に伊れ 枌【ふんゆ】に歸るを懷わざらんや

天命 滔【うたが】わず,疇【たれ】か敢て以て渝【か】えん

是に於いて徑輪を量り,廣袤【こうぼう】を考え,城洫【じょうきょく】を經【はか】る。

郭郛【かくふ】を營み,殊裁【しゅさい】を八都に取り,豈に度を往舊【いにしへ】に啓【ひら】かんや。

玄武門 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

天命不滔,疇敢以渝!

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

 

(下し文) (9) #3-2

豈に伊れ 天衢【てんく】を虔思【けんし】せざらんや?豈に伊れ 枌【ふんゆ】に歸るを懷わざらんや?

天命 滔【うたが】わず,疇【たれ】か敢て以て渝【か】えん!

是に於いて徑輪を量り,廣袤【こうぼう】を考え,城洫【じょうきょく】を經【はか】る。

郭郛【かくふ】を營み,殊裁【しゅさい】を八都に取り,豈に度を往舊【いにしへ】に啓【ひら】かんや。

 

(現代語訳)

まさか今の洛陽天子の都を、敬虔にお考えなさらなかったわけではないでしょうか?あるいは、まさか高祖の故郷である枌の地に、帰るをお忘れになったわけではないでしょうに?

天命は一定不変、絶対であり、人は誰もあえてそれを変えることはできないからである。

というわけで天地の形にしたがい、面積を円のめんせきで計量し、また八尺の正方形を基本に面積を考量し、城の堀を作る。

そうして城郭を築き、諸国の異色ある都の造営法を取り入れて、昔からの古法を基本にはするものの、これに尺度を合わせそのまま造ることはなかったのだ。

長安城漢唐

(訳注) (9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

まさか今の洛陽天子の都を、敬虔にお考えなさらなかったわけではないでしょうか?あるいは、まさか高祖の故郷である枌の地に、帰るをお忘れになったわけではないでしょうに?

天衢 ここは帝都洛陽。

 高祖の故郷を豊という。その地の社。社にこのにれの木あり。豊の東北にあり。

 

天命不滔,疇敢以渝!

天命は一定不変、絶対であり、人は誰もあえてそれを変えることはできないからである。

不滔 不謟と同じ。一定不変。

疇 誰と同じ。

喩易の意。かわる。

 

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

というわけで天地の形にしたがい、面積を円のめんせきで計量し、また八尺の正方形を基本に面積を考量し、城の堀を作る。

径輪・広袤 径は直径、輪は円周、広は東西、袤は南北。前者は地形を円形にし、後者は地形を方形にし、ともに面積をはかることである。輪は運るの意あり、袤はひろさの意。『周礼』に「九州の地、広輪の数」(大司徒)とある。

洫 広さ八尺、深さ八尺をいう(『周礼』)。

 

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

そうして城郭を築き、諸国の異色ある都の造営法を取り入れて、昔からの古法を基本にはするものの、これに尺度を合わせそのまま造ることはなかったのだ。

郭 城の外郭。

殊裁 異色ある作り方をすること。

八都 八方(邦)の都。

度 尺度。
扶風雍州長安003 

張平子(張衡)《西京賦》(8)(帝都の計画)#3-1 文選 賦<114―(8)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1045 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3773

張衡《西京賦》(8)(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。


2014年2月19日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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張平子(張衡)《西京賦》(8)(帝都の計画)#3-1 文選 賦<114―(8)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1045 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3773
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之一〔晚次宣溪,二首之一〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <958>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3774韓愈詩-253
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 290 《遊城南十六首:楸樹》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3776 (02/19)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -19 柳枝三首 其三 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-446-12-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3777
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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張平子(張衡)《西京賦》(8)(帝都の計画)#3-1 文選 賦<114―(8)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1045 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3773

 

 

(8)#3-1

自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

婁敬委輅,幹非其議,

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

天啓其心,人惎之謀,

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

 

(9) #3-2

豈伊不虔思于天衢?豈伊不懷歸于枌

天命不滔,疇敢以渝!

於是量徑輪,考廣袤,經城洫,

營郭郛,取殊裁於八都,豈啓度於往舊。

 

(8)#3-1

  我が高祖の始めて入りし自り,五緯【ごい】相い汁【あ】いて以て于東井【とうせい】に旅【つらな】る。

婁敬【ろうけい】輅【かく】を委【すて】て,其の議を幹【ただ】し非【そし】る。

天 其の心を啓【ひら】いて,人 之れ謀【はかりごと】を惎【おし】う。

帝の圖る時に及び,意 亦た神祇を慮【おもんばか】る有り,宜【うべ】なり其の可とし 定めて以て天邑と為すや。

 

(9) #3-2

豈に伊れ 天衢【てんく】を虔思【けんし】せざらんや?豈に伊れ 枌【ふんゆ】に歸るを懷わざらんや

天命 滔【うたが】わず,疇【たれ】か敢て以て渝【か】えん

是に於いて徑輪を量り,廣袤【こうぼう】を考え,城洫【じょうきょく】を經【はか】る。

郭郛【かくふ】を營み,殊裁【しゅさい】を八都に取り,豈に度を往舊【いにしへ】に啓【ひら】かんや。

 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (8)#3-1

  自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

婁敬委輅,幹非其議,

天啓其心,人惎之謀,

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

 

(下し文) (8)#3-1

  我が高祖の始めて入りし自り,五緯【ごい】相い汁【あ】いて以て于東井【とうせい】に旅【つらな】る。

婁敬【ろうけい】輅【かく】を委【すて】て,其の議を幹【ただ】し非【そし】る。

天 其の心を啓【ひら】いて,人 之れ謀【はかりごと】を惎【おし】う。

帝の圖る時に及び,意 亦た神祇を慮【おもんばか】る有り,宜【うべ】なり其の可とし 定めて以て天邑と為すや。

 

(現代語訳)

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

扶風雍州長安003 

(訳注) (8)#3-1

自我高祖之始入也,五緯相汁以旅于東井。

(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。

五緯 辰星、熒惑、太白、星、填星の五星。その星はそれぞれ木星・火星・金星・水星・土星に当たる。そして天を右にまわる。二十八宿は不動であるから経というに対し、これはまわるから緯という。

相汁 相叶(かな)う。

旅 つらなる。周が殷を討とうとした時、また斉の桓公が覇者となろうとした時、五星があっまった(『宋害』の天文志)。

東井 二十八宿の一。秦の分野にあたる。「西都の賦」参照。高祖受命の端数。

 

婁敬委輅,幹非其議,

天命の瑞祥が現れる。兵卒の婁敬はひいていた車をすておいて、長安に都とすることこそ正論とし、洛陽遷都には反論・反対する。

婁敬 戌卒の人名。

輅 車前の横木、これで車を引く。

幹 正す。非【そし】るに対す。

 

天啓其心,人惎之謀,

天もその心を啓蒙すれば、人もそのはかりごとを献策する。

啓 教える。啓蒙。ひらく、「蒙」はくらいの意》人々に正しい知識を与え、合理的な考え方をするように教え導くこと。

惎 教う。

 

及帝圖時,意亦有慮乎神祇,宜其可定以為天邑。

いよいよ帝王がその計画を実行におよばれる事とされるとき、かくもあるべしと神意にとくと天地の神に思いをはせなさる。よろしくかくあるべし、高祖が長安を可として天子の郡と定められたことである。

意 こうであろうと見込む。

神祀 天地の神。

天邑 帝都長安。 
 

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張平子(張衡)《西京賦》(7)#2-4 文選 賦<114―(7)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1044 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3768

 

 

(4)#2-1

  漢氏初都,在渭之涘,

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

澶漫靡迤,作鎮於近。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

日北至而含凍,此焉清暑。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

そのむかし天帝は、秦の繆公をよろこばれ、お召しになって謁見され、鈞天の大楽を演奏して、饗宴をもよおされた。

帝有醉焉,乃為金策,

天帝は心ならずも酔いがまわり、意外にも黄金の札を作り詔を記された。

錫用此土,而翦諸鶉首。

この土地を下され、そして天上の鶉首という星座の分野に当たる確の地は、のこらす秦の領土となる。

是時也,並為強國者有六,

当時では、泰とならび強国となるものが六つある。

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

けれども、後に六国はひとしく西秦の傘下に住むこととなった。なんと不思議なことではないだろうか。

 

(4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

 

玄武門 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

 

(下し文) (7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

錫【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に翦【つく】す。

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや?

 

 

(現代語訳)

そのむかし天帝は、秦の繆公をよろこばれ、お召しになって謁見され、鈞天の大楽を演奏して、饗宴をもよおされた。

天帝は心ならずも酔いがまわり、意外にも黄金の札を作り詔を記された。

この土地を下され、そして天上の鶉首という星座の分野に当たる確の地は、のこらす秦の領土となる。

当時では、泰とならび強国となるものが六つある。

けれども、後に六国はひとしく西秦の傘下に住むこととなった。なんと不思議なことではないだろうか。

漢長安図02 

(訳注) (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

そのむかし天帝は、秦の繆公をよろこばれ、お召しになって謁見され、鈞天の大楽を演奏して、饗宴をもよおされた。

大帝説秦繆公 大帝は天帝。秦の繆公(穆公)は春秋時代の五覇の一人。説は悦ぶ。『史記』の趨世家に、穆公が病にたおれ七日間眠り続け、天帝を夢み、大いに楽しんだとある。五覇は諸説あって、斉の桓公(在位紀元前685 - 紀元前643年)、秦の穆公(在位紀元前659 - 紀元前621年)、宋の襄公(在位紀元前651 - 紀元前637年)、晋の文公(在位紀元前636 - 紀元前628年)、晋の襄公(在位紀元前628 - 紀元前621年)らをいう。

鈞天廣樂 鈞は大の意。廣も同じ。天上の音楽の美称。繆公が百神とこの音楽をたのしみ感動した説話がある。

 

帝有醉焉,乃為金策,

天帝は心ならずも酔いがまわり、意外にも黄金の札を作り詔を記された。

金策 策は竹の札、天帝が金策に詔をしるしたものを下賜されたこと。

 

錫用此土,而翦諸鶉首。

この土地を下され、そして天上の鶉首という星座の分野に当たる確の地は、のこらす秦の領土となる。

翦諸鶉首 翦は尽くすこと。鶉首は秦の分野に当たる星座の名。『漢書』の地理志に「井より柳に至るを、これを鶉首の次(星座)と謂ふ。秦の分野なり。故に関中はこれを鶉居と謂ふ」。尽くすとほ井(星の名)より柳(同上)までのこらずの意。天の星座の分野と地の分野とは相応ずるとされた。古代中国天文学における天球分割法の一つで、天球を天の赤道帯にそって西から東に十二等分したもの。各次の名称は、星紀(せいき)・玄枵(げんきょう)・娵訾(しゅし)・降婁(こうろう)・大梁(たいりょう)・実沈(じっちん)・鶉首(じゅんしゅ)・鶉火(じゅんか)・鶉尾(じゅんび)・寿星(じゅせい)・大火(たいか)・析木(せきぼく)。戦国期以降に行われ、太陽・月・惑星の位置や運行を説明するための座標系として使用された。特に重要な用途が二つあり、第一は木星の十二次における位置で年を記すことであり、第二には、季節ごとの太陽の位置を十二次で示し、二十四節気の移動を説明することである。

 

是時也,並為強國者有六,

当時では、泰とならび強国となるものが六つある。

 

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

けれども、後に六国はひとしく西秦の傘下に住むこととなった。なんと不思議なことではないだろうか。

四海同宅西秦 始皇帝に至り六国はすべて併合さる。穆公から四百年後のことである。

 唐長安城図00

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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張平子(張衡)《西京賦》(6) #2-3 文選 賦<114―(6)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1043 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3763

 

 

(4)#2-1

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

  漢氏初都,在渭之涘,

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

澶漫靡迤,作鎮於近。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

日北至而含凍,此焉清暑。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 (7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

漢宮 建章宮00 

(4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

長安城漢唐 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

澶漫靡迤,作鎮於近。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

日北至而含凍,此焉清暑。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

 

(下し文) (6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす,

日 北に至れども凍【こおり】を含み,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす。

爾【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

 

(現代語訳)

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 

(訳注) (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

後方北は、丘陵や平原が、渭水に沿って広がり、涇水によりそう。

 後ろよりによる。拠は依と同じく、よりそう。

涇 陝西を東南に流れ高陵を通り洞水に合流する。関中随一の水利をもたらし、有名な鄭国渠あり、沃野を開き、秦の富国強兵のもととなる。陝西省中部の渭河(渭水)の支流,涇河ともいう。寧夏回族自治区と甘粛省の境界,六盤(りくばん)山系に発し,南東へ流れ,渭河盆地の中央付近で渭河と合流する。全長約450km。黄土高原をへるため土砂が多く水はにごり,〈涇渭〉として本流の澄んだ渭河と対比される。秦代に東方の洛河とを結ぶ鄭国渠(ていこくきよ)が開かれ,また,漢の武帝時代には渭河に直結する白渠も開削されるなど,早くから灌漑に利用されてきた。

 

澶漫靡迤,作鎮於近。

はてしなく広がり、高く低く起伏してのび、長安近傍の鎮めの山となる。

澶漫靡迤 澶漫は平原の広大なさま。靡迤は高陵の起伏のつらなりきたり限りないさま。

作鎮 ここは長安近傍の鎮めの山となること。鋲は山の大なるものをいう。すなわち高陵(長安の東北に展開する丘陵)のこと。漢の左端朝に属する。前代の秦県。

 

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

そこから遠く離れたところには、九嵕山と甘泉山とがあり、厳冰・厳寒の山である。

九嘩甘泉 九は高陵の西北の山名、九峯の高い山。は山々が高くより集まるをいう。山高六百余丈といわれ甘泉山と並ぶ。「西都の賦」に「冠するに九を以てし、陪するに甘泉を以てす」とある。甘泉は高陵の西北、前者よりさらに西北にあり。甘泉がわくので山名とする。漢の武帝甘泉宮をここに作る。・九嵕 山名、『漢書』地理志に左清朝に属すとある。陳西省の西醒泉県(11の東北にそびえる。境は九峯が集まっている峯の意。(地図15)・甘泉 山名、長安の北雲陽県の西北八十里の地点にある。登りつめたところは平原となる。山中甘泉あり。長安を去る三百里、長安城を望見できる。孟堅(班固)《西都賦》(14)5-3 文選 賦<1121418分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩968 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3388

陰転寒 は凝る。は閉じる。『左伝』昭公四年の語。「上林の賦」に「盛夏凍を含み地を裂く」とある。

九峻山00 

日北至而含凍,此焉清暑。

太陽が北に至ってもなお山中は凍りつくところで、それでここは涼しい避暑の地にされる。

清暑『漢書』武五千伝に「時に上(武帝)疾(や)みて、薯を甘泉宵に遅く」。西漢の諸帝の多くはここを避暑地とす。五月に登り八月に長安に帰ったともいわれる。東漢はこの風衰う。

 

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

ところで雍州の広大な平原は沃野であり、その田畑は上の上、まぎれもなく大地のど真ん中こそが、神々の里である。

 は地の平らかなこと。

神皐 神を迎える地域。広雅に皐は「局(界局の意)なり」とある。雍州は古来神域で、天地五帝の神の祠があり、これを祭る土地、これを畤(し)という。甘泉山はこれで有名。

張平子(張衡)《西京賦》(5) #2-2 文選 賦<114―(5)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1042 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3758

張衡《西京賦》(5) 長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

2014年2月16日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <955> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3759韓愈詩-250
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-31 《四松#2》 ふたたび成都 杜甫<671> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3760 杜甫詩1000-671-946/1500765
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 287 《遊城南十六首:出城》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3761 (02/16)
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

  

張平子(張衡)《西京賦》(5) #2-2 文選 賦<114―(5)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1042 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3758

(長安の地勢) 

 

 

(4)#2-1

  漢氏初都,在渭之涘,

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。
高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 (6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

澶漫靡迤,作鎮於近。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

日北至而含凍,此焉清暑。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

(7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

 

(4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

函谷関長安地図座標005 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

抱杜含鄠,灃吐鎬,

爰有藍田珍玉,是之自出。

 

(下し文)

右には靴底の隈有り、華戒を隔て関り、岐梁田

葬、陳皆鳴難在り。前には則ち終南太二隆嘱崖輝、隠麟鬱律

たり。岡を濾家に連ね、杜を抱き郡を含み、浬を飲ひ鏑を吐く。

宴に藍出有りて、珍玉是より出づ。後には則ち高陵中原あ

り。潤に按り澤に据し、浪漫靡蓮として、近きに鎮作り。其の遠

きは則ち九峻甘泉有り。洞陰担寒にして、口北に至れども裸を

含む。此れ蔦に署を掃うす。爾して乃ち廣桁なる沃野あり。

豚の町は上の上、定に地の奥匠挿皐と馬す。昔老大帝秦の捲

公を悦んで之を観、饗するに釣天の廣架を以てす。帝酔ふ有

り。乃ち金策を為り、錫ふに此の土を用てし、諸を鶉首に裏

す。是の時や拉びに瞳園為る老六有り。然れども四海同じく

西秦に宅る。豊詭しからずや。

 杜甫乱前後の図001奉先

 

(現代語訳)

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

 

(訳注) (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

西は、隴山の険があり、漢民族と西戎異民族とを遮断するものである。

隴坻 坻は山の意。隴山、隴坂(坂は九廻すといわれる)、龍首ともいう。「論都の賦」も「隴坻之隘,隔閡華戎」という。北は沙漠、南は洴水、渭水が流れる。

隔閡 へだてふさぐ。

 

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

また岐山・梁山・洴山・蕹山があり、陳宝という神の鳴鶏はここをすみ家とするものである。

岐 山の名、陝西の西部にあり。

染 山の名、陝西の岐山の北。

洴 山の名、陝西の西北、洴水の源。

雍 山の名、陳西の鳳翔県の西、雍水の源。

陳宝 神の名(『史記』封禅書)。

鳴鶏 陳宝の神は雄鶏の形、鳴くと野鶏も鳴く。秦の文公(東周の時、穆公以前)が陳倉山で鶏に似た石を得てこれを祭ると、その神が東南から飛来し祠にとまる。それが陳宝の神であった(同上)。陳倉山は陳西の宝鶏県の東南。

終南山03 

於前則終南太一,隆崛崔崒,

長安前方、南にあるのは、終南の泰嶺山脈があり、その中の一番高峰の太白山が、群峰を抜いてそびえている。

終南太一 終南山は南山、秦嶺ともいう。長安の正面、渭水の南にあり。太一は終南山から秦嶺山脈中の一番高峰の太白山とする。「終南山は泰嶺山脈の全体の名と見ると、太一山はその山脈中の一山、武功県の太白山なりといぅ(『読史方輿紀要』)。陝西省南部を東西によこぎる断層山脈。平均標高20003000m,最高峰の太白山(3767m)をはじめ,《詩経》にみえる終南山(2604m),玉泉山(1291m)などの山峰がある。渭河と漢水の分水嶺をなし,北側は急峻な断層崖のため,古来,渭水盆地では〈南山〉と称し〈九州の名阻,天下の険峻〉とよんだ。

隆崛 高く特起する。

崔崒 山の高く大きいさま。

 

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

さがしくきり立ち、屈曲し谷も深くけわしい。その尾根はのびて西の幡家山につづく。

隠鱗 山の大いに重なり、きり立つさま。轔は嶙と音、義とも同じ。きりたつ形。

鬱律 山の深くてけわしいきま。

岡 山の育。

嶓冢 山名、快西の西境、嶓冢山脈中の山。

 

抱杜含鄠,灃吐鎬,

その間、杜県をかかえこみ、鄂県をつつみこみ、灃水は渭水に吸いこまれるように灌ぎこみ、鎬水は山から吐き出されるように流出する。

杜・鄠 県名。前者は長安の東南の杜陵の地。後者は長安の西南の地。

灃・鎬 ともに川の名。長安の西南にあり。前者は南山より発して渭水に流入し、後者は同じく発して昆明地、北の地に流入する(『三種読図』、『水経』)。「西都の賦」はは地名、川といわない。ここに川をいうのは、「沃野をうるおす」たくさんの池に流入することをいうためである(長安近郊図参照)。

 

爰有藍田珍玉,是之自出。

そこに藍田の山があり、貴重な美玉がここに出土する。

藍田 山名、長安の東南、秦嶺の北。美玉の有名な産地。
九峻山00 

張平子(張衡)《西京賦》(4)(長安の地勢) #2-1 文選 賦<114―(4)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1041 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3753

張衡《西京賦》(4) (長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。


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張平子(張衡)《西京賦》(4)(長安の地勢) #2-1 文選 賦<114―(4)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1041 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3753

(長安の地勢) 

唐長安城図00 

 

(4)#2-1

(長安の地勢)
漢氏初都,在渭之涘,

漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

左有崤函重險、桃林之塞

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

 (5) #2-2

右有隴坻之隘,隔閡華戎,

岐梁汧雍,陳寶鳴雞在焉。

於前則終南太一,隆崛崔崒,

隱轔鬱律,連岡乎嶓冢,

抱杜含鄠,灃吐鎬,

爰有藍田珍玉,是之自出。

(6) #2-3

於後則高陵平原,據渭踞涇,

澶漫靡迤,作鎮於近。

其遠則九嵕甘泉,涸陰沍寒,

日北至而含凍,此焉清暑。

爾乃廣衍沃野,厥田上上,寔為地之奧區神皐。

(7) #2-4

昔者,大帝秦繆公而覲之,饗以鈞天廣樂。

帝有醉焉,乃為金策,

錫用此土,而翦諸鶉首。

是時也,並為強國者有六,

然而四海同宅西秦,豈不詭哉?

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。
 

函谷関長安地図座標005

(5) #2-2

右【にし】には隴坻【ろうてい】の隘有り,華戎【かじゅう】を隔て閡【かぎ】る。

岐梁【ぎりょう】汧雍【けんよう】,陳寶【ちんぽう】鳴雞【めいけい】在り。

前には則ち終南太一,隆崛【りゅうくつ】崔崒【さいしゅつ】,

隱轔【いんりん】鬱律【うつりつ】,岡を嶓冢【はちょう】に連ねる,

杜を抱き鄠を含み,灃を【す】い鎬を吐く。

【ここ】に藍田有りて珍玉,是こ自り出づ。

(6) #2-3

後ろには則ち高陵平原あり,渭に據り 涇に踞す,

澶漫【たんまん】靡迤【びい】とし,近きに鎮作る。

其の遠きは則ち九嵕【きゅうそう】甘泉あり,涸陰【こいん】沍寒【ごかん】にす

日 北に至れども凍【こおり】を,此れ焉【ここ】に暑を清【すず】しくす

【しか】して乃ち廣衍【こうえん】沃野【よくや】あり,厥の田は上の上,寔【まこと】に地の奧區【おうく】神皐【しんこう】と為す。

(7) #2-4

昔者【むかし】,大帝 秦の繆公を【よろこ】んで之を覲る,饗するに鈞天【きんてん】の廣樂を以てす。

帝 醉う有り,乃ち金策を為【つく】る。

【たま】うに此の土を用ってし,諸【これ】を鶉首【じゅんしゅ】に【つく】す

是の時や,並びに 強國為る者 六有る。

然れども 四海 同じく 西秦に宅【お】る。

豈に詭【あや】しからずや

長安城皇城図 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (4)#2-1

漢氏初都,在渭之涘,

秦里其朔,寔為咸陽。

左有崤函重險、桃林之塞,

綴以二華,巨靈贔屓,

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

 

(下し文) (4)#2-1

漢氏の初都は、渭の涘【ほとり】に在り。

秦 其の朔【きた】に里【あ】り、寔【これ】を咸陽と為す。

左に崤函【こうかん】の重険【ちょうかん】、桃林の塞有り。

綴【てい】するに二華を以てし、巨靈贔屓【ひいき】し、

掌を高くし蹠【あし】を遠くし、以て河曲を流せり。厥【そ】の跡 猶お存す。

 

(現代語訳)

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

終南山04

 

(訳注) (4)#2-1

  漢氏初都,在渭之涘,

(長安の地勢) 漢の王室が始めて定めた都は、澗水のほとりである。

渭 長安の北を流れる川の名。

 

秦里其朔,寔為咸陽。

それまで秦はその北に居り、そこは咸陽という。

為 謂と同じ。

咸陽 渭水の北。秦の孝公(六国時代)十二年ここに都す。繆公(穆公ともかく)死後二百六十一年のことである。

 

左有崤函重險、桃林之塞,

漢都長安の東は、崤山・函谷山の二重の険があり、桃林の塞がある。

崤函 崤山と函谷山(関あり)。

桃林之塞 潼関より函谷関までをいう。

 

綴以二華,巨靈贔屓,

そこから長安まで、その間を太華と少華のなん両山をつないでおり、むかし河の巨神が全力を傾ける。

綴 潼関以西長安まで、その間を二華すなわち太華山(華陰県の南、西嶽といい、予州の山鎮)と少華山(華県、西嶽より八十里の地点)とが、つながっていること。

巨霊 巨神、川の神、古語に昔二つの華山が一つになっていた。黄河がそのためまっすぐ流れないので、河神が手で山をおし開き、足で麓をおし分けて河水を通した。その手足の跡がのこっているという。

贔屓 全力をふりしぼるさま。

 

高掌遠蹠,以流河曲,厥跡猶存。

掌を高くさし上げ、足を大きく踏ん張り、もと一つの山であったのを押し開き、曲流する河水をまっすぐ流した。その痕跡は今も残る。

河曲 河水の曲流。
華山000 

張平子(張衡)《西京賦》(3) 文選 賦<114―(3)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1040 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3748

張衡《西京賦》(3) この事実を確かめたものは、いったいなにか。秦は沃土の薙州によって強く、周はやせた予州の地によって弱くなった。高祖は西京長安に都して豊かに、光武は東京洛陽に都してまずしくなった。政治が活発に行われるか行われないかは、いつもその土地の良否から起こる。

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-29 《草堂 #8》 ふたたび成都 杜甫<669> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3750 杜甫詩1000-669-944/1500763
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張平子(張衡)《西京賦》(3) 文選 賦<114―(3)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1040 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3748

 

 

西京賦 (1)#1-1

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

  有憑虛公子者,心奓體忲,

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

言於安處先生曰:

その公子が安処先生に向かって口を開く。

夫人在陽時則舒,在陰時則慘,此牽乎天者也。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

 (2) #1-2

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。

小必有之,大亦宜然。

下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

そういうことで、帝王たるものは、天地の持っている力と利に乗じて教化を達成し、万民は王者の教えをうけて風俗を作りあげる。

化俗之本,有與推移。

教化と風俗との始まりは天の四時と地の肥瘠とともに移り変わる。

 (3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

この事実を確かめたものは、いったいなにか。秦は沃土の薙州によって強く、周はやせた予州の地によって弱くなった。

高祖都西而泰,光武處東而約,

高祖は西京長安に都して豊かに、光武は東京洛陽に都してまずしくなった。

政之興衰,恆由此作。

政治が活発に行われるか行われないかは、いつもその土地の良否から起こる。

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

先生はまさか西京のことをご存じないわけではありますまい。あなたのために西の京について申しのべてみたい。

 

 (1)#1-1

憑虛公子という者有り,心 奓【おご】り體 忲【おご】り,

雅【つね】に博古を好んで,舊史氏に學び,是を以て多く前代の載【こと】を識る。

安處【あんしょ】先生に言って曰く:

夫れ人 陽時に在りては則ち舒【やす】く,陰時に在りては則ち慘【うれ】い,此れ天に牽かるる者也。

(2) #1-2

沃土に處れば則ち逸【やす】く,瘠土【せきど】に處れば則ち勞【つか】り,此れ地に繫【ひ】かるる者也。

慘【うれ】うれば則ち驩に尠【すくな】く,勞【つか】るれば則ち惠に褊【すく】なし,能く之に違う者寡【すく】なし。

小なるは必ず之に有り,大なるは亦た宜しく然るべし。

故に帝者は天地に因りて以て化を致し,兆人は上教を承けて以て俗を成す。

化俗の本,與【とも】に推し移る有り。

(3) #1-3

何を以てか諸【これ】を覈【あきらか】にする?秦は雍に據りて強く,周は豫に即【つ】きて弱し。

高祖は西に都して泰【やす】く,光武は東に處りて約なり。

政【まつりごと】の興衰は,恆【つね】に此に由りて作る。

先生 獨り西京の事を見ずや?請う 吾子の為に之を陳べん。

魚玄機2長安洛陽中原地図 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

高祖都西而泰,光武處東而約,

政之興衰,恆由此作。

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

 

(下し文) (3) #1-3

何を以てか諸【これ】を覈【あきらか】にする?秦は雍に據りて強く,周は豫に即【つ】きて弱し。

高祖は西に都して泰【やす】く,光武は東に處りて約なり。

政【まつりごと】の興衰は,恆【つね】に此に由りて作る。

先生 獨り西京の事を見ずや?請う 吾子の為に之を陳べん。

 

(現代語訳)

この事実を確かめたものは、いったいなにか。秦は沃土の薙州によって強く、周はやせた予州の地によって弱くなった。

高祖は西京長安に都して豊かに、光武は東京洛陽に都してまずしくなった。

政治が活発に行われるか行われないかは、いつもその土地の良否から起こる。

先生はまさか西京のことをご存じないわけではありますまい。あなたのために西の京について申しのべてみたい。

長安城漢唐 

(訳注)(3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

この事実を確かめたものは、いったいなにか。秦は沃土の薙州によって強く、周はやせた予州の地によって弱くなった。

雍 雍州で、陝西省の咸陽。地味のこえた地。

予 予州。ここは河南省を主とす。周の平王洛陽に都す。地味のやせた地(『尚書』南京)。

 

高祖都西而泰,光武處東而約,

高祖は西京長安に都して豊かに、光武は東京洛陽に都してまずしくなった。

 

政之興衰,恆由此作。

政治が活発に行われるか行われないかは、いつもその土地の良否から起こる。

 

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

先生はまさか西京のことをご存じないわけではありますまい。あなたのために西の京について申しのべてみたい。
漢魏隋唐の洛陽城 

張平子(張衡)《西京賦》(2) 文選 賦<114―(2)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1039 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3743

張衡《西京賦》(2) 肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。


2014年2月13日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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張平子(張衡)《西京賦》(2) 文選 賦<114―(2)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1039 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3743
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《題楚昭王廟〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <952>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3744韓愈詩-247
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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張平子(張衡)《西京賦》(2) 文選 賦<114―(2)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1039 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3743


衡ちょう こう(78 - 139年)は後漢代の政治家・天文学者・数学者・地理学者・発明家・製図家・文学者・詩人。字は平子。南陽郡西鄂県(現河南省南陽市臥竜区石橋鎮)の人。没落した官僚の家庭に生まれた。祖父張堪は地方官吏だった。青年時代洛陽と長安に遊学し、太学で学んだ。永元十四年(102年)、張衡24歳の時,南陽郡守の幕僚(南陽郡主簿)となった。永初元年(107年)には、29歳で洛陽を描いた「東京賦」と長安を描いた「西京賦」を著した(これらを総称して「二京賦」という)。当初は南陽で下級官吏となった。永初五年(111年)、張衡34歳の時、京官の郎中として出仕した。元初三年(116年)張衡38歳の時、暦法機構の最高官職の太史令についた。建光二年(122年),公車馬令に出任した。永建三年から永和元年(128-136年)の間、再び太史令を勤めた。最後は尚書となった。

30歳くらいで、天文を学び始め、「霊憲」「霊憲図」「渾天儀図注」「算網論」を著した。彼は歴史と暦法の問題については一切妥協しなかった為、当時争議を起こした。順帝の時代の宦官政治に我慢できず、朝廷を辞し、河北に去った。南陽に戻り、138年に朝廷に招聘されたが、139年に死去した。文学作品としては他に、「帰田賦」、「四愁詩」、「同声歌」がある。

 

 

西京賦 (1)#1-1

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

  有憑虛公子者,心奓體忲,

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

言於安處先生曰:

その公子が安処先生に向かって口を開く。

夫人在陽時則舒,在陰時則慘,此牽乎天者也。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

 (2) #1-2

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。

小必有之,大亦宜然。

下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

そういうことで、帝王たるものは、天地の持っている力と利に乗じて教化を達成し、万民は王者の教えをうけて風俗を作りあげる。

化俗之本,有與推移。

教化と風俗との始まりは天の四時と地の肥瘠とともに移り変わる。

 (3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

高祖都西而泰,光武處東而約,

政之興衰,恆由此作。

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

京兆地域図00 

(1)#1-1

憑虛公子という者有り,心 奓【おご】り體 忲【おご】り,

雅【つね】に博古を好んで,舊史氏に學び,是を以て多く前代の載【こと】を識る。

安處【あんしょ】先生に言って曰く:

夫れ人 陽時に在りては則ち舒【やす】く,陰時に在りては則ち慘【うれ】い,此れ天に牽かるる者也。

(2) #1-2

沃土に處れば則ち逸【やす】く,瘠土【せきど】に處れば則ち勞【つか】り,此れ地に繫【ひ】かるる者也。

慘【うれ】うれば則ち驩に尠【すくな】く,勞【つか】るれば則ち惠に褊【すく】なし,能く之に違う者寡【すく】なし。

小なるは必ず之に有り,大なるは亦た宜しく然るべし。

故に帝者は天地に因りて以て化を致し,兆人は上教を承けて以て俗を成す。

化俗の本,與【とも】に推し移る有り。

(3) #1-3

何を以てか諸【これ】を覈【あきらか】にする?秦は雍に據りて強く,周は豫に即【つ】きて弱し。

高祖は西に都して泰【やす】く,光武は東に處りて約なり。

政【まつりごと】の興衰は,恆【つね】に此に由りて作る。

先生 獨り西京の事を見ずや?請う 吾子の為に之を陳べん。

長安城漢唐 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (2) #1-2

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

小必有之,大亦宜然。

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

化俗之本,有與推移。

 

(下し文)

沃土に處れば則ち逸【やす】く,瘠土【せきど】に處れば則ち勞【つか】り,此れ地に繫【ひ】かるる者也。

慘【うれ】うれば則ち驩に尠【すくな】く,勞【つか】るれば則ち惠に褊【すく】なし,能く之に違う者寡【すく】なし。

小なるは必ず之に有り,大なるは亦た宜しく然るべし。

故に帝者は天地に因りて以て化を致し,兆人は上教を承けて以て俗を成す。

化俗の本,與【とも】に推し移る有り。

 

(現代語訳)

肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。

悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。

下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。

そういうことで、帝王たるものは、天地の持っている力と利に乗じて教化を達成し、万民は王者の教えをうけて風俗を作りあげる。

教化と風俗との始まりは天の四時と地の肥瘠とともに移り変わる。

 

(訳注) (2) #1-2

西京賦

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

張平子 (78 - 139年)は後漢代の政治家・天文学者・数学者・地理学者・発明家・製図家・文学者・詩人。字は平子。南陽郡西鄂県(現河南省南陽市臥竜区石橋鎮)の人。三輔、京師に遊び、五経・六芸に通じ、天文・歴算・陰陽などに詳しく、安帝・順帝に仕え尚書となる。西京、東京の二篇は永元年間に作られた。でき上がるまで十年を要した(『後漢書』本伝)。本伝に「永元中、天下承平日久しく、王公より以下移【おごり】をこえざるはなし。衡乃ち班固の両都に擬して二京の賦を作り、以て諷諌す。」とある。永元は和帝の年号。十五年間続く。この末年ごろにはできあがっていたか。孫文青氏の「張衡年譜」では安帝の永初元年、三十歳のころに完成したという。

 

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

肥えた土に住めば楽であるが、やせた土に住めばつらいものだ。それはその地に影響されるからです。

逸 安らか、楽なさま。

労 苦しい、つらい。

 

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

悲しければ歓びもいくほどもなく、つらければ恵みも大したことはない。うまくここからはずれた人はめったにない。

驩 驩/歓【かん】ともに打ち解けて楽しむこと。よろこぶ。

褊 心が狭く性急な.

 

小必有之,大亦宜然。

下々には確かにこの影響があり、えらい人でもこれがあるはず。

小・大 小市民。下々のもの。えらい人。

 

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

そういうことで、帝王たるものは、天地の持っている力と利に乗じて教化を達成し、万民は王者の教えをうけて風俗を作りあげる。

天地 陰陽の季節と地の沃瘠。肥沃(沃)であるか不毛な土地(瘠)から教育が向上すると低下する。

 

化俗之本,有與推移。

教化と風俗との始まりは天の四時と地の肥瘠とともに移り変わる。

與推移 與は組になる。推移は移りかあり、転換する。
幻日環01 

張平子(張衡)《西京賦》(1) 文選 賦<114―(1)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1038 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3738

張衡《西京賦》(1) (西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。その公子が安処先生に向かって口を開く。


2014年2月12日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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張平子(張衡)《西京賦》(1) 文選 賦<114―(1)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1038 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3738
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《別趙子》#4韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <951>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3739韓愈詩-246
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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張平子(張衡)《西京賦》(1) 文選 賦<114―(1)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1038 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3738

 

 

衡ちょう こう(78 - 139年)は後漢代の政治家・天文学者・数学者・地理学者・発明家・製図家・文学者・詩人。字は平子。南陽郡西鄂県(現河南省南陽市臥竜区石橋鎮)の人。没落した官僚の家庭に生まれた。祖父張堪は地方官吏だった。青年時代洛陽と長安に遊学し、太学で学んだ。永元十四年(102年)、張衡24歳の時,南陽郡守の幕僚(南陽郡主簿)となった。永初元年(107年)には、29歳で洛陽を描いた「東京賦」と長安を描いた「西京賦」を著した(これらを総称して「二京賦」という)。当初は南陽で下級官吏となった。永初五年(111年)、張衡34歳の時、京官の郎中として出仕した。元初三年(116年)張衡38歳の時、暦法機構の最高官職の太史令についた。建光二年(122年),公車馬令に出任した。永建三年から永和元年(128-136年)の間、再び太史令を勤めた。最後は尚書となった。

30歳くらいで、天文を学び始め、「霊憲」「霊憲図」「渾天儀図注」「算網論」を著した。彼は歴史と暦法の問題については一切妥協しなかった為、当時争議を起こした。順帝の時代の宦官政治に我慢できず、朝廷を辞し、河北に去った。南陽に戻り、138年に朝廷に招聘されたが、139年に死去した。文学作品としては他に、「帰田賦」、「四愁詩」、「同声歌」がある。

 

西京賦 (1)#1-1

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

  有憑虛公子者,心奓體忲,

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

言於安處先生曰:

その公子が安処先生に向かって口を開く。

夫人在陽時則舒,在陰時則慘,此牽乎天者也。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

 (2) #1-2

處沃土則逸,處瘠土則勞,此繫乎地者也。

慘則尠於驩,勞則褊於惠,能違之者寡矣。

小必有之,大亦宜然。

故帝者因天地以致化,兆人承上教以成俗,

化俗之本,有與推移。

(3) #1-3

何以覈諸?秦據雍而強,周即豫而弱,

高祖都西而泰,光武處東而約,

政之興衰,恆由此作。

先生獨不見西京之事歟?請為吾子陳之

長安付近図00 

憑虛公子という者有り,心 奓【おご】り體 忲【おご】り,

雅【つね】に博古を好んで,舊史氏に學び,是を以て多く前代の載【こと】を識る。

安處【あんしょ】先生に言って曰く:

夫れ人 陽時に在りては則ち舒【やす】く,陰時に在りては則ち慘【うれ】い,此れ天に牽かるる者也。

(2) #1-2

沃土に處れば則ち逸【やす】く,瘠土【せきど】に處れば則ち勞【つか】り,此れ地に繫【ひ】かるる者也。

慘【うれ】うれば則ち驩に尠【すくな】く,勞【つか】るれば則ち惠に褊【すく】なし,能く之に違う者寡【すく】なし。

小なるは必ず之に有り,大なるは亦た宜しく然るべし。

故に帝者は天地に因りて以て化を致し,兆人は上教を承けて以て俗を成す。

化俗の本,與【とも】に推し移る有り。

(3) #1-3

何を以てか諸【これ】を覈【あきらか】にする?秦は雍に據りて強く,周は豫に即【つ】きて弱し。

高祖は西に都して泰【やす】く,光武は東に處りて約なり。

政【まつりごと】の興衰は,恆【つね】に此に由りて作る。

先生 獨り西京の事を見ずや?請う 吾子の為に之を陳べん。

漢宮 建章宮00 

 

『西京賦』 現代語訳と訳註

(本文) (1)#1-1

西京賦

  有憑虛公子者,心奓體忲,

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

言於安處先生曰:夫人在陽時則舒,

在陰時則慘,此牽乎天者也。

 

(下し文)

憑虛公子という者有り,心 奓【おご】り體 忲【おご】り,

雅【つね】に博古を好んで,舊史氏に學び,是を以て多く前代の載【こと】を識る。

安處【あんしょ】先生に言って曰く:

夫れ人 陽時に在りては則ち舒【やす】く,陰時に在りては則ち慘【うれ】い,此れ天に牽かるる者也。

 

(現代語訳)

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

その公子が安処先生に向かって口を開く。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

 

(訳注) (1)#1-1

西京賦

(西京二百有余年の豪華を王室中心に述べる。作者、張衡はこれを憑虚公子にうたわせる。)

張平子 (78 - 139年)は後漢代の政治家・天文学者・数学者・地理学者・発明家・製図家・文学者・詩人。字は平子。南陽郡西鄂県(現河南省南陽市臥竜区石橋鎮)の人。三輔、京師に遊び、五経・六芸に通じ、天文・歴算・陰陽などに詳しく、安帝・順帝に仕え尚書となる。西京、東京の二篇は永元年間に作られた。でき上がるまで十年を要した(『後漢書』本伝)。本伝に「永元中、天下承平日久しく、王公より以下移【おごり】をこえざるはなし。衡乃ち班固の両都に擬して二京の賦を作り、以て諷諌す。」とある。永元は和帝の年号。十五年間続く。この末年ごろにはできあがっていたか。孫文青氏の「張衡年譜」では安帝の永初元年、三十歳のころに完成したという。

 

有憑虛公子者,心奓體忲,

憑虚公子と称する者がいる。気ぐらいも高く態度は横柄である。

憑虚公子 薛綜の注に「憑は依託なり。虚は無なり。この公子有る無きなり」とある。無有公子と同じ。仮託の人物。なお「二京の賦」には薛綜(三国時代の呉の文人)の注がある。李善はその妥当なものを残したという。

体 行い。

 

雅好博古,學乎舊史氏,是以多識前代之載。

それに、つねに広く昔の故事を好み、太史に教えを受ける。そのため、前代の史実をたくさん心得ている。

旧史氏 太史。図典〔地凶経典)を掌り、古く三代の旧官の意。 『後漢書』の百官志によれは天時、星暦を掌るとある。図典の語は楊雄の劇秦美新の作にも見える。古記録の意。

 

言於安處先生曰:

その公子が安処先生に向かって口を開く。

安処先生 無有先生と同じ。いずこに処らんやの意。

 

夫人在陽時則舒,在陰時則慘,此牽乎天者也。

「そもそも、人は春や夏は日が長くのびのびするものであるが、秋や冬は昼が短くみじめである。これは天に影響されるからです。」

陽時 春夏、陰時の秋冬に対す。

 快適、楽しい。

惨 憂う。悲しい。
長安城漢唐 

班孟堅(班固)《東都賦》(35)(白雉の詩) 文選 賦 賦<113―35>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1037kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3733 (35)(白雉の詩)

班固《東都賦》(35)古くから伝えられる大切な河図洛書をひらき、もったいなくも瑞応図をくりひろげ、白き雉を獲え、白き烏を献上いたす。めでたきしるしは、盛んに現れ出で、みかどの都にすべて集まってくる。真白な強く大きな羽をひろげ、白玉のように輝く長い羽でもって羽ばたきすれば、すがたは清く、まことにけがれなく、ああ純白の極みである。


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(31) 16

明堂詩

けがれなき、政教を明らかにされるところ、明堂の詩

於昭明堂,明堂孔陽。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

上帝宴饗,五位時序。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

誰其配之,世祖光武。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

普天率土,各以其職。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

猗歟緝熙,允懷多福。 

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

 

(32) #17

辟雍詩

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

乃流辟雍,辟雍湯湯。

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖皇蒞止,造舟為梁。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

皤皤國老,乃父乃兄。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

抑抑威儀,孝友光明。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

於赫太上,示我漢行。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

洪化惟神,永觀厥成。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(33) 18

靈臺詩

(靈臺の詩)

乃經靈臺,靈臺既崇。

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

帝勤時登,爰考休徵。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

三光宣精,五行布序。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

習習祥風,祁祁甘雨。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

屢惟豊年,於皇樂胥。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。 

hinode0100(34) 19

寶鼎詩

(王雒山から出土の鼎の詩)

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。 

白雉詩

(白き雉を獲え、白き烏を献上す詩)
靈篇兮披瑞圖,獲白雉兮效素烏。

古くから伝えられる大切な河図洛書をひらき、もったいなくも瑞応図をくりひろげ、白き雉を獲え、白き烏を献上いたす。

嘉祥阜兮集皇都。

めでたきしるしは、盛んに現れ出で、みかどの都にすべて集まってくる。

發皓羽兮奮翹英,容絜朗兮於純精。

真白な強く大きな羽をひろげ、白玉のように輝く長い羽でもって羽ばたきすれば、すがたは清く、まことにけがれなく、ああ純白の極みである。

皇德兮侔周成。永延長兮膺天慶。

天子の徳をあきらかにし、周の成王のためになされたことまったく同じようにする。とこしえに皇位はつづき、必ず天の多幸を受け賜うことなるであろう。

(白雉【はくち】の詩)

靈篇【れいへん】を【ひら】きて瑞圖【ずいと】を披【ひら】き、白雉を獲て素烏【そう】を效す。

嘉祥 阜【ゆた】かにして皇都に集まる。

皓羽【こうう】を發し、翹英【ぎょうえい】を奮い、容は絜朗にして於【ああ】純精なり。

皇徳を彰すこと周成に侔【ひと】しく、永く延長して天慶を膺【う】けん。

幻日環01 

『東都賦、白雉詩』 現代語訳と訳註

(本文) (35) 20

白雉詩

靈篇兮披瑞圖,獲白雉兮效素烏。

嘉祥阜兮集皇都。

發皓羽兮奮翹英,容絜朗兮於純精。

彰皇德兮侔周成。永延長兮膺天慶。

 

(下し文) (35) 20

(白雉【はくち】の詩)

靈篇【れいへん】を【ひら】きて瑞圖【ずいと】を披【ひら】き、白雉を獲て素烏【そう】を效す。

祥 阜【ゆた】かにして皇都に集まる。

皓羽【こうう】をし、英【ぎょうえい】を奮い、容は絜朗にして於【ああ】純精なり。

皇徳を彰すこと周成に【ひと】しく、永く延長して天慶を【う】けん。

 

(現代語訳)

(白き雉を獲え、白き烏を献上す詩)
古くから伝えられる大切な河図洛書をひらき、もったいなくも瑞応図をくりひろげ、白き雉を獲え、白き烏を献上いたす。

めでたきしるしは、盛んに現れ出で、みかどの都にすべて集まってくる。

真白な強く大きな羽をひろげ、白玉のように輝く長い羽でもって羽ばたきすれば、すがたは清く、まことにけがれなく、ああ純白の極みである。

天子の徳をあきらかにし、周の成王のためになされたことまったく同じようにする。とこしえに皇位はつづき、必ず天の多幸を受け賜うことなるであろう。

 

 

(訳注) (35) 20

白雉詩

(白き雉を獲え、白き烏を献上す詩)

靈篇兮披瑞圖,獲白雉兮效素烏。

古くから伝えられる大切な河図洛書をひらき、もったいなくも瑞応図をくりひろげ、白き雉を獲え、白き烏を献上いたす。

霊篇 古くから伝えられる大切な河図洛書。

瑞園 めでたき図、もったいなくも瑞応図の類(『隋書』経籍志)。

白雉 永平十一年(68)、また蘆江の太守は澡湖から出た黄金の鼎を献上。この時麒麟、白雉、醴泉、嘉禾などが出た(『後漢書』明帝紀)。

效 献ず。

素烏 明帝には記録なく、章帝、元和二年の詔に白鳥あり。また李賢によれは班固集ではこれを「自雉素烏の歌」とすという。

 

嘉祥阜兮集皇都。

めでたきしるしは、盛んに現れ出で、みかどの都にすべて集まってくる。

嘉祥 めでたいしるし。瑞祥(ずいしょう)

 

發皓羽兮奮翹英,容絜朗兮於純精。

真白な強く大きな羽をひろげ、白玉のように輝く長い羽でもって羽ばたきすれば、すがたは清く、まことにけがれなく、ああ純白の極みである。

英 長き羽、英は玉英(白玉の一種)。英とすべきを韻の関係で逆にする。

 

彰皇德兮侔周成。永延長兮膺天慶。

天子の徳をあきらかにし、周の成王のためになされたことまったく同じようにする。とこしえに皇位はつづき、必ず天の多幸を受け賜うことなるであろう。

 周の成王。『韓詩外伝』に「成王の時、越裳氏白雉を周公に献ず」とある。

 助辞。語勢をのばし、歌のリズムを調え、もったいをつける。『説文』に「詩歌の余声なり」とある。
辟雍00 

班孟堅(班固)《東都賦》(34)(寶鼎の詩) 文選 賦 賦<113―34>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1036 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3728

班固《東都賦》(34)(寶鼎の詩)王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。


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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩韓愈全詩李白全集文選花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(34)(寶鼎の詩) 文選 賦 賦<1133418分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1036 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3728

 


(31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

猗歟緝熙,允懷多福。 

けがれなき、政教を明らかにされるところ、明堂の詩

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

 

(32) #17

辟雍詩

乃流辟雍,辟雍湯湯。

聖皇蒞止,造舟為梁。

皤皤國老,乃父乃兄。

抑抑威儀,孝友光明。

於赫太上,示我漢行。

洪化惟神,永觀厥成。

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(33) 18

靈臺詩

乃經靈臺,靈臺既崇。

帝勤時登,爰考休徵。

三光宣精,五行布序。

習習祥風,祁祁甘雨。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

屢惟豊年,於皇樂胥。

(靈臺の詩)

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。 

(34) 19

寶鼎詩

(王雒山から出土の鼎の詩)

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。

辟雍00 

寶鼎詩』 現代語訳と訳註

(本文) (34) 19

寶鼎詩

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

 

(下し文) (34) 19

(寶鼎の詩)

嶽は貢を修め、川は珍をし、金景を吐いて浮雲をす。

賓鼎見れて色紛縕たり、として其れきて文をむる。

廟に登りて聖を享し、靈德を昭にして億年をらん。

 

(現代語訳)

(王雒山から出土の鼎の詩)

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。

 

(訳注) (34) 19

寶鼎詩

(王雒山から出土の鼎の詩)

宝鼎 明帝の永平六年(63)、蘆江(安徽省)の太守は王雒山から出土の鼎を献上(『東観漢紀』)。またその詔に「易に日く、鼎三公に象ると。豈公卿職を奉じてその理を得たるか。太常其れ約祭(夏の祭り)の日を以て、鼎を廟に陳ベ、以て器用に備へよ」とある。次に永平十一年(68)、また蘆江の太守は澡湖から出た黄金の鼎を献上。この時麒麟、白雉、醴泉、嘉禾などが出た(『後漢書』明帝紀)。春,二月,王雒山出寶鼎,獻之。夏,四月,甲子,詔曰:“祥瑞之降,以應有德;方今政化多僻,何以致茲!

 

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

嶽 鼎が出土した王雒山。

貢 貢は、鼎のみつぎもの。は、そなえる。

 致す。

吐 光をはなつ。

金景 黄金の光。

 カク。気を上へ吹き上げる。

 

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

 盛んで多いさま。

 火のもえる時、外に出る光を原義とす。

 火光。転じてきわだって明るくかがやく。

 

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。

祖廟 光武帝の廟。

霊徳 世祖光武帝の徳。
漢宮 建章宮00 

班孟堅(班固)《東都賦》(33) 文選 賦 賦<113―33>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1035 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3723

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2014年2月9日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(33) 文選 賦 賦<1133318分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1035 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3723

 

 

(31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

猗歟緝熙,允懷多福。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

 

(32) #17

辟雍詩

乃流辟雍,辟雍湯湯。

聖皇蒞止,造舟為梁。

皤皤國老,乃父乃兄。

抑抑威儀,孝友光明。

於赫太上,示我漢行。

洪化惟神,永觀厥成。

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(33) 18

靈臺詩

(靈臺の詩)

乃經靈臺,靈臺既崇。

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

帝勤時登,爰考休徵。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

三光宣精,五行布序。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

習習祥風,祁祁甘雨。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

屢惟豊年,於皇樂胥。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。

辟雍00 

 

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

靈臺詩

乃經靈臺,靈臺既崇。

帝勤時登,爰考休徵。

三光宣精,五行布序。

習習祥風,祁祁甘雨。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

屢惟豊年,於皇樂胥。

 

 

(下し文)

靈臺の詩

乃れ靈臺【れいだい】を経【いとな】みて、靈臺既に崇し。

帝 勤めて時に登り、爰【ここ】に休徴を考ふ。

三光 精を宣べ、五行 布き序【つい】づ。

習習たる祥風祁祁【きき】たる甘雨。

百穀 蓁蓁【しんしん】として、庶草 蕃廡【はんぶ】す。

屢【しばし】ば惟れ豊年、於【ああ】皇【おおい】に楽し。

 

(現代語訳)

(靈臺の詩)

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。

hakubai01 

(訳注)

靈臺詩

詩經大雅文王之什靈臺. 毛詩序:《靈臺》「經始靈臺、經之營之。 庶民攻之、不日成之。 經始勿亟、庶民子來。」靈臺とは文王が密を討じて後に豊邑を作って、此の台を築いたのである。名称は人民が文王の死後、その仁徳に対し、その善霊の徳を仰いで、霊台と称した。

韻 前二聯と、次の三聯、すべて偶数句にあり換韻する。崇・は各々冬部、通韻。序・雨・は古音の魚部に属する。

 

乃經靈臺,靈臺既崇。

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

経霊台 「霊台を経始し、之を経し之を営む」(『詩経』大雅、文王之什の霊台篇)。

既崇 前記詩篇の句に続いて「庶民之を攻(紬)め、日ならずして之を成す」とある。嵩は上へ高くするの意。

 

帝勤時登,爰考休徵。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

帝 明帝

勤 足しげく…するの意。

 

三光宣精,五行布序。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

三光 日月星をいう。霊台は天文現象を見て、政治の善悪を正す。永平二年の詔に「霊台に登り、儀度を正す」(明帝紀、『東観漢記』など)。

宣精 光明。宣輪はくもりなく三つともかがやきわたることで、善政の吉兆。

五行 水火金木土(『尚書』洪範)。万物を生ずる五元素。この元素が始めて生じた順序に並ぶ。この順序がみだれないと、万物はそだち、太平の世となる。

 

習習祥風,祁祁甘雨。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

習習 そよそよ吹く風。「習習たる谷風」(『詩経』邶風)。

祁祁 しずかなさま。風雨がおだやかだと、祥風甘雨が万物をそだてる。天文とも関係あり、たとえば「熒惑(星)順行は、廿雨の時」(『尚書』考霊耀)という。

 

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

蓁蓁蕃廡 前者は茂るで、しげるでものびていく。後者は繁るで広がりふえる。

 

屢惟豊年,於皇樂胥。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。

 は辟薙詩の荏止の止と同じく、助詞の働きをする。用例「君子楽常す」(『詩経』)などと見える。
長安城漢唐 

班孟堅(班固)《東都賦》(32)(辟雍の詩) 文選 賦 賦<113―32>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1034 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3718

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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班孟堅(班固)《東都賦》(32)(辟雍の詩) 文選 賦 賦<1133218分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1034 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3718     (32)(辟雍の詩)

 


(31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

猗歟緝熙,允懷多福。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

 

(32) #17

辟雍詩

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

乃流辟雍,辟雍湯湯。

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖皇蒞止,造舟為梁。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

皤皤國老,乃父乃兄。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

抑抑威儀,孝友光明。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

於赫太上,示我漢行。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

洪化惟神,永觀厥成。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(32) #17

(辟雍の詩)

乃【ここ】に辟雍に流る,辟雍は湯湯たり。

聖皇 蒞【のぞ】み止む,舟を造りて梁と為す。

皤皤【はは】たる國老をば,乃ち父とし乃ち兄とす。

抑抑たる威儀,孝友 光明なり。

於【ああ】赫たる太上,我が漢行を示す。

洪【おおい】なる化は惟れ神のごと,永【とこしえ】に厥【そ】の成【せい】を觀【み】ん。

辟雍00 

 

『辟雍詩』 現代語訳と訳註

(本文)

(32) #17

辟雍詩

乃流辟雍,辟雍湯湯。

聖皇蒞止,造舟為梁。

皤皤國老,乃父乃兄。

抑抑威儀,孝友光明。

於赫太上,示我漢行。

洪化惟神,永觀厥成。

 

(下し文)

(32) #17

(辟雍の詩)

乃【ここ】に辟雍に流る,辟雍は湯湯たり。

聖皇 蒞【のぞ】み止む,舟を造りて梁と為す。

皤皤【はは】たる國老をば,乃ち父とし乃ち兄とす。

抑抑たる威儀,孝友 光明なり。

於【ああ】赫たる太上,我が漢行を示す。

洪【おおい】なる化は惟れ神のごと,永【とこしえ】に厥【そ】の成【せい】を觀【み】ん。

 

 

(現代語訳)

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(訳注)(32) #17

辟雍詩

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

「辟雍」とは、古代中国の天子が建てた最高学府のこと。周代の礼法によると、「辟雍」は周囲に円形の池をめぐらせたという。

「辟雍」は、その故事に倣い、建物の周りをぐるりと円形の池が囲む。周代の礼法では、天子の建てる「辟雍」に対し、地方の諸侯が建てる大学の池は半円形で、「泮水」ないし「泮池」と称された。

 

乃流辟雍,辟雍湯湯。

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

流 浮かび上がる。

湯湯 水の盛んなさま。

 

聖皇蒞止,造舟為梁。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

蒞止 臨席する際の儀礼、作法にのっとったふるまい。莅()()とは。意味や日本語訳。到る,臨む,列席する.莅 lìlín[]《書》(一般に貴賓が)臨席する.句末に沿えるの語を助ける意味のない助詞。

 

皤皤國老,乃父乃兄。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

皤皤 白髪のさま。

国老 三老五更。永平二年三月、明帝は群臣とともに国老を養い、大射の礼を行う(明帝紀)。

乃父乃兄 乃ほ意義なく、四吉のリズムをととのえる。『孝経』援神契という書に、「天子一二老に尊(兢)として事へ、五更に兄として事ふ」とある。

 

抑抑威儀,孝友光明。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなとあってはならない。

抑抑 慎密、注意深く細心。

友 兄弟仲のよいこと。

 

於赫太上,示我漢行。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

示我携行「我が周行を示す」(『詩経』小雅の鹿鳴篇)に基づく。周は至(徳の列位)、行は道なり。

 

洪化惟神,永觀厥成。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

永観厥成「永く厥の成を観る」(『詩経』周頌の有瞽篇)に基づく。
海棠花022 

班孟堅(班固)《東都賦》(31) 文選 賦 賦<113―31>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1033 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3713

班固《東都賦》(31) ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。


2014年2月7日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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班孟堅(班固)《東都賦》(31) 文選 賦 賦<1133118分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1033 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3713

 

 

(31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

上帝宴饗,五位時序。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

誰其配之,世祖光武。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

普天率土,各以其職。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

猗歟緝熙,允懷多福。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

唐長安城図00 

『東都賦・明堂詩』 現代語訳と訳註

(本文) (31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

,允懷多福。

 

(下し文) (31) 16

明堂

於【ああ】昭かなるかな明堂、明堂孔【はなは】だ陽【あきら】かなり。

聖皇の宗祀、穆穆煌煌たり。

上帝宴饗し、五位時に序【つい】づ。

誰か其れ之に配する、世祖【せいそ】光武【こうぶ】。

普天率土、各【おのお】の其の職を以てす。

あ あ Lふき   まこと おは    さいはひ  きた

猗歟【ああ】緝熙【しゅうき】、允【まこと】に多くの福【さいわい】を懐す。

 

(現代語訳)

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

長安城漢唐 

(訳注) (31) 16

明堂詩

明堂 帝王がそこで政教を明らかにしたとされる建物。政治,儀礼,祭祀,教育といった,国家の重要な営みはすべてそこで行われたが,のちにそれらは朝廷,圜丘(えんきゆう)(天をまつる壇),宗廟(そうびよう),辟雍(へきよう)(学校)などに分化していったといわれる。《周礼(しゆらい)》や《礼記(らいき)》などの経書に記載されているが,その具体的な規模についてはよくわからず,古来より経学上の重要な争点の一つであった。

杏の花01 

於昭明堂,明堂孔陽。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

昭 けがれのないこと。

陽 鮮明、さやけし。

 

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくしてう美しく立派なこととされる。

宗祀【そうし】 最も大切なものとしてまつること。

穆穆 威儀の多いさま。敬度なすがた。

煌煌 皇皇と同じ。美しく立派なこと。

 

上帝宴饗,五位時序。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

上帝 天上にあって万物を主宰する者。天の神。天帝。また、地上の主宰者である天子。

宴饗 宴会を催して人をもてなすこと。宴饗楽のことで天地山川の神をまつる郊祀楽,儀礼をおこなう。宴饗の雅楽の起源は太古の祭祀と結びついた歌舞にあるが,雅楽という観念は,春秋時代(8~前5世紀)に孔子が雅声(雅正の楽)と鄭声(娯楽的で人の耳をよろこばす鄭国や衛国の楽)を区別し,儒教の礼楽として雅声を尊重したことに始まる。戦国時代(5~前3世紀)には祖先をまつる廟祭楽,天地山川の神をまつる郊祀楽,儀礼宴饗の宴饗楽があり,文武の舞が行われた。舞人ははじめ4人であったが,戦国時代末には12人の六佾の舞が現れた。

五位 五行思想・陰陽思想の五方の神、天神の最高の神を大言いい、それに仕える神を五帝(蒼帝・赤帝・黄帝・白帝・黒帝)とす。これを中央、四方に配当し、五方の神とす。(『漢書』郊祀志)。

 

誰其配之,世祖光武。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

世祖 永平二年、「光武皇帝を明堂に宗祀し、帝及び公卿列侯は始めて冠冕、衣裳、玉佩、絢縷を服し以て事を行ふ。礼畢りて、雲台に登り、…詔して日く、今令月吉日、光武皇帝を明堂に宗和し、以て五帝に配せよと」。賦の原文も異民族来貢のことにふれるが、この時来朝したのは百蠻、濊貊。「咸く来りて祭を助く」とある。

 

普天率土,各以其職。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

普天率土 「普天の下、王土に非ざるなし。率土の浜、王臣に非ざるなし」(『詩経』小雅の北山篇)。・普天:大地をあまねくおおっている広大な天。また、天がおおう限りの地。全世界。天下。率土の浜【そっとのひん】陸地と海との接する果て。また、国土。 -

各以其職 「四海の中、各々其の職を以て来りて祭を助く」(『孝経』の聖治章)。

 

猗歟緝熙,允懷多福。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

緝熙 光の明るいさま。徳があり広く知れわたることのたとえ。

允懐 「ここに多福を懐【きた】す」(『詩経』大雅の大明篇)。懐は来す。
漢宮 建章宮00

班孟堅(班固)《東都賦》(30)#15(五篇の詩について) 文選 賦 賦<113―30>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1032 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3708

班固《東都賦》(30)(五篇の詩について)主人の発言がまだ終っていないのに、西都の賓客は、はっと驚き面目を失う。ぐずぐずして後ずさりして階段をおり、恐れ入るとばかりにへりくだり、手をささげ、いとまごいしようとする。その時主人は、「席におもどりなさい。今から五篇の詩をお授けしますよ。」と声をかける。西都の客は伝授が終わってしまってから、感じ入ってほめたたえた。


2014年2月6日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(30)#15(五篇の詩について) 文選 賦 賦<113―30>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1032 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3708
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《潮州刺史謝上表》(13)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <945>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3709韓愈詩-242-(13)
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-21 《閬水歌》 蜀中転々 杜甫 <661>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3710 杜甫詩1000-661-936/1500755
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 277 《遊城南十六首:題于賓客莊》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3711 (02/06)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -6 山花子二首 其一 和學士凝二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-433-12-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3712
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(30)#15(五篇の詩について) 文選 賦 賦<1133018分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1032 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3708

 

 

(30)#15(五篇の詩について)

主人之辭未終,西都賓矍然失容。

(五篇の詩について)主人の発言がまだ終っていないのに、西都の賓客は、はっと驚き面目を失う。

逡巡降階,然意下,捧手欲辭。

ぐずぐずして後ずさりして階段をおり、恐れ入るとばかりにへりくだり、手をささげ、いとまごいしようとする。

主人曰:「復位,今將授子以五篇之詩。」

その時主人は、「席におもどりなさい。今から五篇の詩をお授けしますよ。」と声をかける。

賓既卒業,乃稱曰:

西都の客は伝授が終わってしまってから、感じ入ってほめたたえた。

「美哉乎斯詩!義正乎楊雄,事實乎相如。

「それにしてもこの詩は美しいことではないか。その道理は楊雄の言よりも正しく、その作詩は司馬相加の文よりも質実で軽薄でない。

匪唯主人之好學,蓋乃遭遇乎斯時也。

ただ、ご主人の学の深さだけではなく、思うに今のよき御代にめぐりあわれたからでありましょう。

小子狂簡,不知所裁。

学の浅い私は、目標は高く志しても実行につたない男で、どうさばいたらよいのかわかりませぬ。

既聞正道,請終身而誦之。」其詩曰:

でも正しい道理を拝聞したからには、終身この詩を請えさせていただきましょう。」。その詞は次のとおり。

 

(30)#15(五篇の詩について)

主人の辭 未だ終わざるに,西都の賓 矍然【かくぜん】容を失う。

逡巡して階を降り,然【てんぜん】として意下り,手を捧げて辭せんと欲す。

主人曰く:「位に復せよ,今 將に子に授くるに五篇の詩を以てせんとす。」と。

賓 既に業を卒し,乃ち稱して曰く:

「美【よ】いかな斯の詩かな!義 楊雄よりも正しく,事 相如よりも實なり。

唯だ主人の學を好むのみに匪らず,蓋【けだ】し乃ち斯の時に遭遇せり。

小子【わたくし】狂簡【きょうかん】にして,裁する所を知らず。

既に正道を聞けり,請う 身を終るまで之を誦せん。」と。其の詩に曰く。

辟雍00 

 

『東都賦』(30) 現代語訳と訳註

(本文) (30)#15(五篇の詩について)

主人之辭未終,西都賓矍然失容。

逡巡降階,然意下,捧手欲辭。

主人曰:「復位,今將授子以五篇之詩。」

賓既卒業,乃稱曰:

「美哉乎斯詩!義正乎楊雄,事實乎相如。

匪唯主人之好學,蓋乃遭遇乎斯時也。

小子狂簡,不知所裁。

既聞正道,請終身而誦之。」其詩曰:

 

(下し文) (30)#15(五篇の詩について)

主人の辭 未だ終わざるに,西都の賓 矍然【かくぜん】容を失う。

逡巡して階を降り,然【てんぜん】として意下り,手を捧げて辭せんと欲す。

主人曰く:「位に復せよ,今 將に子に授くるに五篇の詩を以てせんとす。」と。

賓 既に業を卒し,乃ち稱して曰く:

「美【よ】いかな斯の詩かな!義 楊雄よりも正しく,事 相如よりも實なり。

唯だ主人の學を好むのみに匪らず,蓋【けだ】し乃ち斯の時に遭遇せり。

小子【わたくし】狂簡【きょうかん】にして,裁する所を知らず。

既に正道を聞けり,請う 身を終るまで之を誦せん。」と。其の詩に曰く。

 

(現代語訳)

(五篇の詩について)主人の発言がまだ終っていないのに、西都の賓客は、はっと驚き面目を失う。

ぐずぐずして後ずさりして階段をおり、恐れ入るとばかりにへりくだり、手をささげ、いとまごいしようとする。

その時主人は、「席におもどりなさい。今から五篇の詩をお授けしますよ。」と声をかける。

西都の客は伝授が終わってしまってから、感じ入ってほめたたえた。

「それにしてもこの詩は美しいことではないか。その道理は楊雄の言よりも正しく、その作詩は司馬相加の文よりも質実で軽薄でない。

ただ、ご主人の学の深さだけではなく、思うに今のよき御代にめぐりあわれたからでありましょう。

学の浅い私は、目標は高く志しても実行につたない男で、どうさばいたらよいのかわかりませぬ。

でも正しい道理を拝聞したからには、終身この詩を請えさせていただきましょう。」。その詞は次のとおり。

 

(訳注) (30)#15(五篇の詩について)

主人之辭未終,西都賓矍然失容。

(五篇の詩について)主人の発言がまだ終っていないのに、西都の賓客は、はっと驚き面目を失う。

矍然 驚いてみつめるさま。

失容 面目を失う。「矍然として容を易う」(東方朔の非有先生論)。東方朔:前154ころ~前93ころ]中国、前漢の文人。平原厭次(山東省)の人。字(あざな)は曼倩(まんせい)。武帝に仕えたが、巧みなユーモアと奇行により道化的存在だった。西王母の桃を盗んで食べ長寿を得たという伝説がある。著「答客難」「非有先生論」など。 謡曲。才能がありながら発揮しないのは不忠だと咎められるものとする。

 

逡巡降階,然意下,捧手欲辭。

ぐずぐずして後ずさりして階段をおり、恐れ入るとばかりにへりくだり、手をささげ、いとまごいしようとする。

逡巡 決断できないで、ぐずぐずすること。しりごみすること。ためらい。

慄然 恐濯するさま。

意下 へりくだる。謙遜なさまになること。

 

主人曰:「復位,今將授子以五篇之詩。

その時主人は、「席におもどりなさい。今から五篇の詩をお授けしますよ。」と声をかける。

授 教える。

 

賓既卒業,乃稱曰:

西都の客は伝授が終わってしまってから、感じ入ってほめたたえた。

業 伝授の意。

 

「美哉乎斯詩!義正乎楊雄,事實乎相如。

「それにしてもこの詩は美しいことではないか。その道理は楊雄の言よりも正しく、その作詩は司馬相加の文よりも質実で軽薄でない。

義 道理。

楊雄 字は子雲。前漠の学者で賦家。成帝の時、宮廷に召され賦を作る。「甘泉の駅」、「長梅の賦」、「羽猟の拭」(以上『文選』にあり)その他諸作あり三二駅とも成帝の馨修を風刺する。同郷(四川)の司馬相如ほその先輩。後に王葬に仕えた。班園と文学観を異にするについては「余説」を見よ。簡単にいえは、楊雄の説は奪修といい、倹約といい、相対的なものという。別間は倹約こそが道理であるという。

柏如 西漢武帝の時の文奉じその「子鹿、上林の賦」(貢選』)は、班国によれは、豪華で軽薄、人を興奮させるだけのものだと見る。それに対し自作の詩賦を質実とする。

 

匪唯主人之好學,蓋乃遭遇乎斯時也。

ただ、ご主人の学の深さだけではなく、思うに今のよき御代にめぐりあわれたからでありましょう。

遭遇乎斯時 束漠の御代にめぐりあったことというのは、揚雄は西漠の衰える時、相如ほ西漢の盛んな時であるが、物質的膨脹時代である。そこに欠けたものは、道徳と文化である。賓客が「斯の時」というのは、この二つが調和した秩序ある時代という意味である。

 

小子狂簡,不知所裁。

学の浅い私は、目標は高く志しても実行につたない男で、どうさばいたらよいのかわかりませぬ。

 

既聞正道,請終身而誦之。」其詩曰:

でも正しい道理を拝聞したからには、終身この詩を請えさせていただきましょう。」。その詞は次のとおり。
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班孟堅(班固)《東都賦》(29)#14(東都漢の美点)-4 文選 賦 賦<113―29>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1031 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3703

班固《東都賦》(29)遊侠の傍若無人のふるまい、義を破り礼にそむいて横行したのが西都である。それに比べ、東都はひとしく礼法の型をふみ、いとも心こめた態度、いとも威儀ある教養のある東都とどちらがまさっているというのだろうか。あなたはいたずらに天にいたる秦の阿房宮の大建築さえもあまりに見なれたのが西都であるが、帝都洛陽に古法をふむ建て方があるのを気づかれない。


2014年2月5日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(29)#14(東都漢の美点)-4 文選 賦 賦<113―29>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1031 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3703
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《潮州刺史謝上表》(12)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <944>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3704韓愈詩-242-(12)
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-20 《閬山歌》 蜀中転々 杜甫 <660>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3705 杜甫詩1000-660-935/1500754
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 276 《遊城南十六首:賽神》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3706 (02/05)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -5 菩薩蠻一首 其一 和學士凝二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-432-12-#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3707
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(29)#14(東都漢の美点)-4 文選 賦 賦<1132918分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1031 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3703

 

 

(26) 14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

 (28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

天下には、四大河川、洛陽を中心に五大名岳があり、東都には、黄河を帯とし洛水をひかえ、河図洛書の現れた淵もあるいのだが、それがどのように及んでいるのだろうか。

長安には建章宮や長安を見下ろす甘泉山に甘泉宮があり、神仙をとどめ住まわせたのが西都である。

霊台や明堂の天人合一和楽する聖域のある東都と秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした西都のどちらがまさっているというのだろうか。

西都には、太液、昆明地、鳥獣の禁苑がある。

洛陽には流水が海のごとくめぐり、国の中心で徳化の流れ、その流れに囲まれた大学の「辟雍」がある東都にどうして及ぶことができようか。

 (29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

遊侠の傍若無人のふるまい、義を破り礼にそむいて横行したのが西都である。

それに比べ、東都はひとしく礼法の型をふみ、いとも心こめた態度、いとも威儀ある教養のある東都とどちらがまさっているというのだろうか。

あなたはいたずらに天にいたる秦の阿房宮の大建築さえもあまりに見なれたのが西都であるが、帝都洛陽に古法をふむ建て方があるのを気づかれない。

函谷関の関門は、外敵に備え閉じておくべきものと心得ても、王者は内外を差別せぬものだとはご存じない。

 

(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

寒花004 

 

『東都賦』(29) 現代語訳と訳註

(本文) (29)#14(東都漢の美点)-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

 

(下し文)

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

 

(現代語訳)

遊侠の傍若無人のふるまい、義を破り礼にそむいて横行したのが西都である。

それに比べ、東都はひとしく礼法の型をふみ、いとも心こめた態度、いとも威儀ある教養のある東都とどちらがまさっているというのだろうか。

あなたはいたずらに天にいたる秦の阿房宮の大建築さえもあまりに見なれたのが西都であるが、帝都洛陽に古法をふむ建て方があるのを気づかれない。

函谷関の関門は、外敵に備え閉じておくべきものと心得ても、王者は内外を差別せぬものだとはご存じない。

長安城漢唐 

(訳注) (29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

遊侠の傍若無人のふるまい、義を破り礼にそむいて横行したのが西都である。

游俠踰侈 李白、王維、杜甫がそれぞれ、長安五陵での『少年行』詩に貴公子のふるまいをのべている。

 

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

それに比べ、東都はひとしく礼法の型をふみ、いとも心こめた態度、いとも威儀ある教養のある東都とどちらがまさっているというのだろうか。

翼翼 慎むさま。

済済 威儀あること。

 

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

あなたはいたずらに天にいたる秦の阿房宮の大建築さえもあまりに見なれたのが西都であるが、帝都洛陽に古法をふむ建て方があるのを気づかれない。

阿房 長安の西北上林苑中に築く。前殿を阿房宮という。東西五百歩。南北五十丈。閣道をめぐらし、宮殿より南山に至り、南山を関門に見たて、また渭水をわたり咸陽の都に至る複道があり、天の星座に象った(『史記』)。「天に造る」はその壮大な建築の比喩であり、これを借りて西都の法外な奢侈を風刺している。

 

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

函谷関の関門は、外敵に備え閉じておくべきものと心得ても、王者は内外を差別せぬものだとはご存じない。

函谷 河南省にあり、絶壁をなし要害の地。山東方面の防衛地点じ

無外 天下を包容する。「王者には外無し」(『公羊伝』倍公二十四年)。光武帝は山東の援助により天下を取る。右の原文にある地名、建物、その他すでに「西都の賦」に注したものは省く。

辟雍00 

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班孟堅(班固)《東都賦》(28)#14(東都漢の美点)-3 文選 賦 賦<1132818分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1030 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3698

漢宮 建章宮00

 

(26) 14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

 (28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

天下には、四大河川、洛陽を中心に五大名岳があり、東都には、黄河を帯とし洛水をひかえ、河図洛書の現れた淵もあるいのだが、それがどのように及んでいるのだろうか。

建章甘泉,館御列仙。

長安には建章宮や長安を見下ろす甘泉山に甘泉宮があり、神仙をとどめ住まわせたのが西都である。

孰與靈臺明堂,統和天人?

霊台や明堂の天人合一和楽する聖域のある東都と秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした西都のどちらがまさっているというのだろうか。

太液昆明,鳥獸之囿。

西都には、太液、昆明地、鳥獣の禁苑がある。

曷若辟雍海流,道德之富?

洛陽には流水が海のごとくめぐり、国の中心で徳化の流れ、その流れに囲まれた大学の「辟雍」がある東都にどうして及ぶことができようか。

 (29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

 

(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

 

長安城漢唐 

『東都賦』(27) 現代語訳と訳註

(本文) (27)#14(東都漢の美点)-3

(28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

 

 

(下し文)(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

 

(現代語訳)

天下には、四大河川、洛陽を中心に五大名岳があり、東都には、黄河を帯とし洛水をひかえ、河図洛書の現れた淵もあるいのだが、それがどのように及んでいるのだろうか。

長安には建章宮や長安を見下ろす甘泉山に甘泉宮があり、神仙をとどめ住まわせたのが西都である。

霊台や明堂の天人合一和楽する聖域のある東都と秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした西都のどちらがまさっているというのだろうか。

西都には、太液、昆明地、鳥獣の禁苑がある。

洛陽には流水が海のごとくめぐり、国の中心で徳化の流れ、その流れに囲まれた大学の「辟雍」がある東都にどうして及ぶことができようか。

 

 (訳注)(28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

天下には、四大河川、洛陽を中心に五大名岳があり、東都には、黄河を帯とし洛水をひかえ、河図洛書の現れた淵もあるいのだが、それがどのように及んでいるのだろうか。

四瀆 四つの河川。長江、黄河、淮河、済河の四大河水。瀆は大きな溝の意。

五嶽 陰陽五行説に基づき、木行=東、火行=南、土行=中、金行=西、水行=北 の各方位に位置する、5つの山が聖山とされる。華山(西嶽;2,160m陝西省渭南市華陰市)、嵩山(中嶽;1,440m河南省鄭州市登封市)、泰山(東嶽;1,545m山東省泰安市泰山区)、衡山(南嶽;1,298m湖南省衡陽市衡山県)、恒山(北嶽;2,016,m山西省大同市渾源県)とともに五嶽の一つにかぞえられ、中国大陸の西方をつかさどる山の神とされている。

泝洛 黄河へ西から東へ注ぐ洛水に、逆流して淵をつくる。

図書 河図洛書、河図は黄河、洛書は洛水から出た。

 

建章甘泉,館御列仙。

長安には建章宮や長安を見下ろす甘泉山に甘泉宮があり、神仙をとどめ住まわせたのが西都である。

●建章宮

  武帝太初元年、柏梁殿が火災に遭ったため、二月に建設を始めたのが 建章宮である。 建章宮は長安城外、未央宮の西にある。

  『漢書』,『史記』,『郊祀志』によれば、鳳闕がその高さ二十余丈(46m)、漸台その高さ二十余丈、 神明台の楼その高さ五十丈(凡そ116m)

  『水経注』によれば建章宮は周回二十余里(8.3km)。鳳闕の高さを十七丈五尺(40m)という。

  『雍録』によれば、建章宮は長安城外にあるが、閣道によって未央宮と連絡している。

  『三輔旧事』によれば、神明殿は建章宮に属するとする。

  建章宮の正門、璧門はその高さ二十五丈(凡そ58m)

  『三輔旧事』によれば、建章宮は周回三十里。東に別に鳳闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m) 遥か遠くを望むことができる。宮門の北には圓闕があり、その高さ二十五丈(凡そ58m)。その闕の上には銅でできた 鳳凰像がある。のちに赤眉賊がこれを壊した。

  『廟記』によれば建章宮の北門はその高さ二十五丈(凡そ58m)。鳳凰闕その高さ十七丈五尺(40m)

  楊震著『関輔古語』によれば、長安の民俗では。鳳凰闕を貞女楼と呼んでいた。 

甘泉 山名、長安の北雲陽県の西北八十里の地点にある。登りつめたところは平原となる。山中甘泉あり。長安を去る三百里、長安城を望見できる。

 

乃有靈宮起乎其中。

ここぞ神霊のいます一宮殿が、この山中に建っている。

皇宮 甘泉山に甘泉宮、益寿、延寿の土館、通天台を作り、洞を設け神仙を招き、そのため官室を増築した。通天台は高さ三十丈、長安奴が見えた(「漢旧儀」⊇一輔黄図』)。秦漢 甘泉宮は秦の二世皇帝胡亥の営造、一名雲陽官また林光宮ともいった。漢は武帝の建元年間に増築し、宮殿の周囲十余里から十九里に拡大した(『三輔黄図〇。それで秦漢という。

 

秦漢之所極觀,淵雲之所頌嘆,於是乎存焉。

秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした甘泉宮、王褒・楊雄の両文豪がほめたたえた甘泉宮は、ここ甘泉山にある。

所極観 観は、壮麗ながめ、つまり宮殿をいう。

淵雲 漢の王子淵(王褒)と揚子雲(揚雄)。前者は皇帝の時「甘泉の頒」を作り、後者は成帝の時「甘泉の賦」を作る(『文選』所載)。揚雄 《甘泉賦 序》 文選  詩<107>Ⅱ李白に影響を与えた詩854 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2818

揚雄 《甘泉賦》 文選 賦<108-(2)#1-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩855 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2823

 

孰與靈臺明堂,統和天人?

霊台や明堂の天人合一和楽する聖域のある東都と秦漢両王朝の皇帝が美観のかぎりを尽くした西都のどちらがまさっているというのだろうか。

 

太液昆明,鳥獸之囿。

西都には、太液、昆明地、鳥獣の禁苑がある。

 

曷若辟雍海流,道德之富?

洛陽には流水が海のごとくめぐり、国の中心で徳化の流れ、その流れに囲まれた大学の「辟雍」がある東都にどうして及ぶことができようか。

辟雍海流 宮廷の大学「辟雍」は四方を水に囲まれ、橋があって通路となる。
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班固《東都賦》(27)『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?


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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

  

班孟堅(班固)《東都賦》(27)#14(東都漢の美点)-2 文選 賦 賦<1132718分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1029 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3693

 

 

(26)14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

 (28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

(29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

 

(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

 

長安付近図00 

 

『東都賦』(27) 現代語訳と訳註

(本文) (27)#14(東都漢の美点)-2

(27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

 

 

(下し文)(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

 

(現代語訳)

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

カンナ223 

(訳注) (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

溫故知新 『論語、為政』昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること。ふるきをたずねて新しきを知る。

知徳 「子曰、由、知徳者鮮矣。」(子曰わく、由【ゆう】よ、徳を知る者は鮮【すく】なしかな。」(『論語』衛霊公)。原文はこれを借り漢の徳とする。

 

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

西戎 西夷。西方の異民族と長安は近接していた。

 

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

土中 国土の中央。洛陽が天下の中心であることを力説する措辞。

 

秦嶺九嵕,涇渭之川。

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

函谷関長安地図座標005 

班孟堅(班固)《東都賦》(26)#14(東都漢の美点)-1 文選 賦 賦<113―26>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1028 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3688

班固《東都賦》(26)ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。


2014年2月2日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(26)#14(東都漢の美点)-1 文選 賦 賦<113―26>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1028 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3688
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《潮州刺史謝上表》(9) 韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <941>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3689韓愈詩-242-(9)
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-9-2 《別唐十五誡因寄禮部賈侍郎》 蜀中転々 杜甫 <659-2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3690 杜甫詩1000-659-2-932/1500753-2
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 273 《符讀書城南》 韓愈  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3691 (02/02)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -2 小重山二首其二 和學士凝二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-429-12-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3692
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(26)#14(東都漢の美点)-1 文選 賦 賦<1132618分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1028 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3688

 

 

(26)14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

(28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

(29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。

 

(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

魚玄機2長安洛陽中原地図 

『東都賦』(26) 現代語訳と訳註

(本文) (26)#14(東都漢の美点)-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

 

(下し文)(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

 

(現代語訳)

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 

(訳注)

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

虞夏之書 「尚書(書経)』のこと。虞書、史書で始まる。書経または尚書は、政治史・政教を記した中国最古の歴史書。堯舜から夏・殷・周の帝王の言行録を整理した演説集である。また一部、春秋時代の諸侯のものもあり、秦の穆公のものまで扱われている。甲骨文・金文と関連性が見られ、その原型は周初の史官の記録にあると考えられている。儒教では孔子が編纂したとし、重要な経典である五経のひとつに挙げられている。時代順に並べられ、虞書・夏書・商書・周書に分けられる。

殷周之詩 『詩経』のこと。商(段)、周の詩で代表させる、五経の一つ。孔子以来,儒家の経典とされた。諸国の民謡を集めた〈風〉,宮廷の音楽〈雅〉,宗廟の祭祀の楽歌〈頌〉の三部分から成る。〈風〉は,〈国風〉とも呼ばれ,周南・召南・邶・鄘・衛・王・鄭・斉・魏・唐・秦・陳・檜・曹・豳の15160編,〈雅〉は,小雅74編・大雅31編,〈頌〉は,周頌31編・魯頌4編・商頌5編を収める。風は,結婚,恋愛,狩猟,建築,労働,出征,農事など当時の人民の生活の各方面を題材に,愛の喜び,死者への哀悼,肉親への思い,搾取者への憎悪,時間の推移への恐れ,時代の悪さへの悲嘆など,さまざまの感情を率直にうたう。

 

講羲文之易,論孔氏之春秋。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

羲文之易 五経の一。経文と解説書である「十翼」をあわせて一二編。陰と陽を六つずつ組み合わせた六十四卦(け)によって自然と人生との変化の法則を説く。「十翼」は,これに儒家的な倫理や宇宙観を加えて解説してある。古来,伏羲(ふつき)氏が卦を画し,周の文王が卦辞を,周公が爻辞(こうじ)を,孔子が「十翼」をつくったといわれるが根拠はない。

春秋 孔子の作という。春秋時代の魯の歴史書。五経の一。魯(山東省)の史官の遺した記録に孔子が加筆し、自らの思想を託したといわれる。魯の隠公元年(前722)から哀公14年(前481)までの12公、242年間の編年体の記録。のちに、孔子が加筆した意図を解釈し、あるいはその記事を補うために公羊伝・穀梁伝・左氏伝の春秋三伝が作られた。

 

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

古今之清濁 清は聖人。濁は賢者。

 

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

舊典 四書、五経など儒者の尊重する経典のこと。 四書:《論語》《孟子》《大学》《中庸》の総称。五経:儒教の経典として最も尊重される五つの経書。「易経」「詩経」「書経」「礼記(らいき)」「春秋」。

hakubai01 

班孟堅(班固)《東都賦》(25) 文選 賦 賦<113―25>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1027 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3683

班固《東都賦》(25) 師弟の礼をとって酒をくみかわし、いけにえの肉をのせる俎豆の器はいくつも並ぶ。堂の下では舞、堂の上では歌がひびく、天子の徳をたたえて足を踏んで天子の仁をたたえて歌詞を詠う。堂を登り降りし酒宴の儀礼もすでに皆終わる。そのついでに共々に天子の高徳をいたく感じ入り、美言をならべて大いに弁じたてる。みながみな親愛の情をこめて快心の声をあげ、「盛大なるかな。今の御世。」とたたえたてまつる。


2014年2月1日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(25) 文選 賦 賦<113―25>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1027 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3683
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《潮州刺史謝上表》(8)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <940>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3684韓愈詩-242-(8)
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-9-1 《別唐十五誡因寄禮部賈侍郎》 蜀中転々 杜甫 <659-1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3685 杜甫詩1000-659-1-931/1500753-1 4分割
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 272 《嘲魯連子》 韓愈  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3686 (02/01)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -1 小重山二首其一 和學士凝二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-428-12-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3687
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(25) 文選 賦 賦<1132518分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1027 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3683

 

 

(24) 13-1

於是百姓滌瑕盪穢,而鏡至清。

(百官の役割) さて百官のもろ人は、過去の過失を清め、面目を一新し、天子のけがれなき明徳に範を仰いで光明正大、卓越した知徳に導かれる。

形神寂漠,耳目弗營。

身心は不安動揺もなく平静、耳目は外物にまどわされぬ。

嗜欲之源滅,廉恥之心生。

財貨富貴をたしなむ欲も消えていき、廉恥の心が生まれる。

莫不優游而自得,玉潤而金聲。

誰もが心ゆたかに、まよう心もなくなって、玉の光沢あるように美しく、鉦鐘の鳴るような道義の言を吐く。

是以四海以,學校如林,庠序盈門。

されば中国大陸の端から端までの行政区の中心には学校を林立し、村には塾があって、その門には人がみちあふれる。

 (25) #132

獻酬交錯,俎豆莘莘。

師弟の礼をとって酒をくみかわし、いけにえの肉をのせる俎豆の器はいくつも並ぶ。

下舞上歌,蹈德詠仁。

堂の下では舞、堂の上では歌がひびく、天子の徳をたたえて足を踏んで天子の仁をたたえて歌詞を詠う。

登降飫宴之禮既畢,因相與嗟歎玄德,讜言弘

堂を登り降りし酒宴の儀礼もすでに皆終わる。そのついでに共々に天子の高徳をいたく感じ入り、美言をならべて大いに弁じたてる。

咸含和而吐氣,頌曰:盛哉乎斯世!」

みながみな親愛の情をこめて快心の声をあげ、「盛大なるかな。今の御世。」とたたえたてまつる。

 

(26)14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

(27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

(28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

(29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。

 

(24) #13

是に於いて百姓 瑕【きず】を滌【すす】ぎ穢【けがれ】を盪【とろ】かして,至清に鏡む。

形神 寂漠として,耳目 營わず。

嗜欲【しよく】の源 滅【き】え,廉恥【れんち】の心生ず。

優游【ゆうゆう】して自得し,玉のごとく潤うて金のごとく聲ならざるは莫し。

是を以て四海の以,學校 林の如く,庠序【しょうじょ】門に盈つ。

(25) 

獻酬【けんしゅう】交錯し,俎豆【そとう】莘莘【しんしん】たり。

下に舞い 上に歌う,德を蹈【ふ】み仁を詠ず。

登降 飫宴【ようえん】の禮 既に畢【おわ】り,因って相い與【とも】に玄德を嗟歎【さたん】し,讜言【とうげん】【こうぜい】す。

咸【ことごと】く和を含みて氣を吐き,頌して曰く:盛んなる哉 斯の世!」と。

hinode0100 

 

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (25) #132

獻酬交錯,俎豆莘莘。

下舞上歌,蹈德詠仁。

登降飫宴之禮既畢,因相與嗟歎玄德,讜言弘

咸含和而吐氣,頌曰:盛哉乎斯世!」

 

(下し文) (26) 

獻酬【けんしゅう】交錯し,俎豆【そとう】莘莘【しんしん】たり。

下に舞い 上に歌う,德を蹈【ふ】み仁を詠ず。

登降 飫宴【ようえん】の禮 既に畢【おわ】り,因って相い與【とも】に玄德を嗟歎【さたん】し,讜言【とうげん】【こうぜい】す。

咸【ことごと】く和を含みて氣を吐き,頌して曰く:盛んなる哉 斯の世!」と。

 

(現代語訳)

師弟の礼をとって酒をくみかわし、いけにえの肉をのせる俎豆の器はいくつも並ぶ。

堂の下では舞、堂の上では歌がひびく、天子の徳をたたえて足を踏んで天子の仁をたたえて歌詞を詠う。

堂を登り降りし酒宴の儀礼もすでに皆終わる。そのついでに共々に天子の高徳をいたく感じ入り、美言をならべて大いに弁じたてる。

みながみな親愛の情をこめて快心の声をあげ、「盛大なるかな。今の御世。」とたたえたてまつる。

魚玄機2長安洛陽中原地図 

(訳注) (25) #132

獻酬交錯,俎豆莘莘。

師弟の礼をとって酒をくみかわし、いけにえの肉をのせる俎豆の器はいくつも並ぶ。

献酬 先ず主人が賓客に酒を酌むを献、賓客が主人にそれをかえすを酢、主人が飲んでまた賓客に酒を酌むを献、主人

にそれをかえすを酢、主人がまた飲んで賓客に酌むを酬という。

交錯 東西を交、ななめを錯という。

俎豆 祭礼饗燕に犠牲をのせる俎と椒黍を盛る高杯。中国の祭器の名。俎と豆。俎はいけにえの肉をのせるまないた、豆は菜を盛るたかつき。転じて、礼法。

莘莘 衆多のさま。

 

下舞上歌,蹈德詠仁。

堂の下では舞、堂の上では歌がひびく、天子の徳をたたえて足を踏んで天子の仁をたたえて歌詞を詠う。

下舞上歌 『礼記』の郊特性に 「歌ふ者上に在り、砲(用)竹下に在るは、人声を貴ぶなり」(鞄は笠と竿)。

 

登降飫宴之禮既畢,因相與嗟歎玄德,讜言弘

堂を登り降りし酒宴の儀礼もすでに皆終わる。そのついでに共々に天子の高徳をいたく感じ入り、美言をならべて大いに弁じたてる。

登降 上り下りる。

飫宴 立食を飫、坐食を宴という。履のまま堂に升り食するのが立食、す足で坐るを坐食という。酒宴の儀礼。

玄徳 奥の深い徳、高徳。

讜言 美言のこと。

弘説 大いに弁舌で説きふせる。

 

咸含和而吐氣,頌曰:盛哉乎斯世!」

みながみな親愛の情をこめて快心の声をあげ、「盛大なるかな。今の御世。」とたたえたてまつる。

含和 和は親愛の情があること。

吐気 ここは快心の声をあげること。

頌 美徳をたたえる文辞をのべる。
漢魏隋唐の洛陽城 唐長安城図

班孟堅(班固)《東都賦》(24) 文選 賦 賦<113―24>18分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1026 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3678

班固《東都賦》(24) 誰もが心ゆたかに、まよう心もなくなって、玉の光沢あるように美しく、鉦鐘の鳴るような道義の言を吐く。されば中国大陸の端から端までの行政区の中心には学校を林立し、村には塾があって、その門には人がみちあふれる。


2014年1月31日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(24) 文選 賦 賦<113―24>18分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1026 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3678
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《潮州刺史謝上表》(7)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <939>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3679韓愈詩-242-(7)
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-8-2 《贈別賀蘭銛》 蜀中転々 杜甫 <658-2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3680 杜甫詩1000-658-2-930/1500752-2
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 11 -17 鳳樓春一首 歐陽舍人炯十七首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-427-11-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3682
 
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 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(24) 文選 賦 賦<1132418分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1026 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3678

 

 

(24) 13-1

於是百姓滌瑕盪穢,而鏡至清。

(百官の役割) さて百官のもろ人は、過去の過失を清め、面目を一新し、天子のけがれなき明徳に範を仰いで光明正大、卓越した知徳に導かれる。

形神寂漠,耳目弗營。

身心は不安動揺もなく平静、耳目は外物にまどわされぬ。

嗜欲之源滅,廉恥之心生。

財貨富貴をたしなむ欲も消えていき、廉恥の心が生まれる。

莫不優游而自得,玉潤而金聲。

誰もが心ゆたかに、まよう心もなくなって、玉の光沢あるように美しく、鉦鐘の鳴るような道義の言を吐く。

是以四海以,學校如林,庠序盈門。

されば中国大陸の端から端までの行政区の中心には学校を林立し、村には塾があって、その門には人がみちあふれる。

 (25) #132

獻酬交錯,俎豆莘莘。

下舞上歌,蹈德詠仁。

登降飫宴之禮既畢,因相與嗟歎玄德,讜言弘

咸含和而吐氣,頌曰:盛哉乎斯世!」

 

(26)14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

(27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

(28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

(29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。

 

(24) #13

是に於いて百姓 瑕【きず】を滌【すす】ぎ穢【けがれ】を盪【とろ】かして,至清に鏡む。

形神 寂漠として,耳目 營わず。

嗜欲【しよく】の源 滅【き】え,廉恥【れんち】の心生ず。

優游【ゆうゆう】して自得し,玉のごとく潤うて金のごとく聲ならざるは莫し。

是を以て四海の以,學校 林の如く,庠序【しょうじょ】門に盈つ。

(25) 

獻酬【けんしゅう】交錯し,俎豆【そとう】莘莘【しんしん】たり。

下に舞い 上に歌う,德を蹈【ふ】み仁を詠ず。

登降 飫宴【ようえん】の禮 既に畢【おわ】り,因って相い與【とも】に玄德を嗟歎【さたん】し,讜言【とうげん】【こうぜい】す。

咸【ことごと】く和を含みて氣を吐き,頌して曰く:盛んなる哉 斯の世!」と。

 

宮島(8) 

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (24) #13

於是百姓滌瑕盪穢,而鏡至清。

形神寂漠,耳目弗營。

嗜欲之源滅,廉恥之心生。

莫不優游而自得,玉潤而金聲。

是以四海以,學校如林,庠序盈門。

 

(下し文)(24) #13

是に於いて百姓 瑕【きず】を滌【すす】ぎ穢【けがれ】を盪【とろ】かして,至清に鏡む。

形神 寂漠として,耳目 營わず。

嗜欲【しよく】の源 滅【き】え,廉恥【れんち】の心生ず。

優游【ゆうゆう】して自得し,玉のごとく潤うて金のごとく聲ならざるは莫し。

是を以て四海の以,學校 林の如く,庠序【しょうじょ】門に盈つ。

 

(現代語訳)

(百官の役割) さて百官のもろ人は、過去の過失を清め、面目を一新し、天子のけがれなき明徳に範を仰いで光明正大、卓越した知徳に導かれる。

身心は不安動揺もなく平静、耳目は外物にまどわされぬ。

財貨富貴をたしなむ欲も消えていき、廉恥の心が生まれる。

誰もが心ゆたかに、まよう心もなくなって、玉の光沢あるように美しく、鉦鐘の鳴るような道義の言を吐く。

されば中国大陸の端から端までの行政区の中心には学校を林立し、村には塾があって、その門には人がみちあふれる。

寒花004 

 

(訳注) (24) 13

於是百姓滌瑕盪穢,而鏡至清。

(百官の役割) さて百官のもろ人は、過去の過失を清め、面目を一新し、天子のけがれなき明徳に範を仰いで光明正大、卓越した知徳に導かれる。

百姓 百官のもろ人。

滌瑕盪穢 環は、玉のきず。秘は、垢と同じく外からついたよごれ。過失を改め面目を一新する。

鏡至清 『淮南子』の淑異訓に「太治に鏡みる者は大明に視る」とある。大明とは、『荘子』の在宥篇「智の照らすこと日月の如し」とあり、転じて卓越した知徳をいう。

 

形神寂漠,耳目弗營。

身心は不安動揺もなく平静、耳目は外物にまどわされぬ。

寂漠 音の止んだ後の静けさ。形神すなわち身心の不安動揺がなくなった後の平静、倫理的には潔白で清廉、光明正大の境地。実は漠にも作る。

営 惑う。

 

嗜欲之源滅,廉恥之心生。

財貨富貴をたしなむ欲も消えていき、廉恥の心が生まれる。

廉恥 『管子』の牧民篇に「国に四維あり。一に日く礼。二に日く義。三に日く廉。四に日く恥」とある。

 

莫不優游而自得,玉潤而金聲。

誰もが心ゆたかに、まよう心もなくなって、玉の光沢あるように美しく、鉦鐘の鳴るような道義の言を吐く。

優游 悠々自適。

自得 悠々と思いに任せて、自ら楽しむ。

王潤 玉の光沢があること。ここは美しい人格の比喩。

金声 鐘や鉦の音。ここは善言を吐く声。善言も道義ある言の意である。

 

是以四海以,學校如林,庠序盈門。

されば中国大陸の端から端までの行政区の中心には学校を林立し、村には塾があって、その門には人がみちあふれる。

四海以 中国大陸の端から端まで。

学校 教育の郡国以下村に至るまで普及することをいう。郷(大きな村)と聚(小村)の学校あるいは塾。
珠櫻001 

班孟堅(班固)《東都賦》(23) 文選 賦 賦<113―23>18分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1025 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3673

班固《東都賦》(23)器は陶器や匏を使い、服は白と黒を主とする。繊細美粟を恥じて身につけず、綺麗なものははしたないものとして宝としない。そして『荘子、天地篇』にいう「黄金は山にすてさり、珠玉は淵に沈めてしまう。」のとおり、貨財を利としてはいけない、富貴にすり寄って益を得ることしないとした。


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班孟堅(班固)《東都賦》(23) 文選 賦 賦<113―23>18分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1025 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3673
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班孟堅(班固)《東都賦》(23) 文選 賦 賦<1132318分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1025 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3673

 

 

12 (勧農)-1

「於是聖上睹萬方之歡,又沐浴於膏澤,

(勧農) この時、聖上は、万国の人々が歓喜にみち、また恩沢にうるおうさまを目にとめる。

懼其侈心之將萌,而怠於東作也,

心を用いるべきは、おごりの心がきざし、農耕を怠るようになりかねないことである。

乃申舊章,下明詔。

そこで先王の憲章を重ねて訓令告示して、勧農の大詔を下すのである、

命有司,班憲度。

それから、有司に命じて、法令を配布する。

昭節儉,示太素。

万事倹約の旨を明らかにし、質撲なるべきことをお示しなさる。

去後宮之麗飾,損乘輿之服御。

それからは、後宮の華麗な装飾をすて去り、天子自身の衣服や車馬を減じられた。

 

12-2

抑工商之淫業,興農桑之盛務。

工商のはでな経営・淫猥な業務を抑え、大事な農業の発展向上をはかられる。

遂令海棄末而反本,背偽而歸真。

ついで国中に命令し、工商の末業を棄て、天下の大本である農に返り、虚飾に背をむけ、質実に帰るように求められた。

女脩織紝,男務耕耘。

かくて女は織物を織り、男は耕転をつとめ、安定させた。

器用陶匏,服尚素玄。

器は陶器や匏を使い、服は白と黒を主とする。

恥纖靡而不服,賤奇麗而弗珍。

繊細美粟を恥じて身につけず、綺麗なものははしたないものとして宝としない。

捐金於山,沈珠於淵。

そして『荘子、天地篇』にいう「黄金は山にすてさり、珠玉は淵に沈めてしまう。」のとおり、貨財を利としてはいけない、富貴にすり寄って益を得ることしないとした。

 

12(勧農)-1

「是に於いて聖上 萬方の歡睹,又た膏澤【こうたく】に沐浴するをみる。

其の侈心【ししん】の將に萌【きざし】を懼れ,而して於東作を怠らんとするをおそれんや。

乃ち舊章【きゅうしょう】を申べ,明詔を下す。

有司に命じ,憲度を班【わか】つ。

節儉【せっけん】を昭【あきらか】にし,太素を示す。

後宮の麗飾を去【す】て,乘輿の服御を損【へら】す。

12-2

工商の淫業【いんぎょう】を抑へ,農桑の盛務を興す。

遂に海して末を棄て本に反り,偽に背いて真に歸せしむ。

女は織紝【しょくじん】を脩め,男は耕耘【こううん】を務む。

器は陶匏【とうほう】を用い,服は素玄を尚【たつと】ぶ。

纖靡【せんぴ】を恥じて服せず,奇麗を賤【いやし】んで珍と弗【せ】ず。

金を山に捐【す】て,珠を淵に沈む。

sunrise001 

 

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文) 12-2

抑工商之淫業,興農桑之盛務。

遂令海棄末而反本,背偽而歸真。

女脩織紝,男務耕耘。

器用陶匏,服尚素玄。

恥纖靡而不服,賤奇麗而弗珍。

捐金於山,沈珠於淵。

 

(下し文)12-2

工商の淫業【いんぎょう】を抑へ,農桑の盛務を興す。

遂に海に令して末を棄て本に反り,偽に背いて真に歸せしむ。

女は織紝【しょくじん】を脩め,男は耕耘【こううん】を務む。

器は陶匏【とうほう】を用い,服は素玄を尚【たつと】ぶ。

纖靡【せんぴ】を恥じて服せず,奇麗を賤【いやし】んで珍と弗【せ】ず。

金を山に捐【す】て,珠を淵に沈む。

 

bijo06

(現代語訳)

工商のはでな経営・淫猥な業務を抑え、大事な農業の発展向上をはかられる。

ついで国中に命令し、工商の末業を棄て、天下の大本である農に返り、虚飾に背をむけ、質実に帰るように求められた。

かくて女は織物を織り、男は耕転をつとめ、安定させた。

器は陶器や匏を使い、服は白と黒を主とする。

繊細美粟を恥じて身につけず、綺麗なものははしたないものとして宝としない。

そして『荘子、天地篇』にいう「黄金は山にすてさり、珠玉は淵に沈めてしまう。」のとおり、貨財を利としてはいけない、富貴にすり寄って益を得ることしないとした。

 

(訳注) 12-2

抑工商之淫業,興農桑之盛務。

工商のはでな経営・淫猥な業務を抑え、大事な農業の発展向上をはかられる。

○淫業 はでな経営・淫猥な業務

○農桑 農耕と養蚕(ようさん)

 

遂令海棄末而反本,背偽而歸真。

ついで国中に命令し、工商の末業を棄て、天下の大本である農に返り、虚飾に背をむけ、質実に帰るように求められた。

 

女脩織紝,男務耕耘。

かくて女は織物を織り、男は耕転をつとめ安定させた。

○織紝 布を織ること。はたおり。

 

器用陶匏,服尚素玄。

器は陶器や匏を使い、服は白と黒を主とする。

○匏 ひさご【瓠/匏/瓢】とは。意味や解説。《古くは「ひさこ」とも》1 ユウガオ・ヒョウタンなどの総称。また、その果実。なりひさご。《季 秋》2 ヒョウタンの果実を、内部の果肉を取り去って中空にし、乾燥させて容器としたもの。水・酒・穀物などを入れる。

○素玄 白と黒、色彩のないもの、そまつなもの。

 

恥纖靡而不服,賤奇麗而弗珍。

繊細美粟を恥じて身につけず、綺麗なものははしたないものとして宝としない。

○繊靡 細目の糸で織ったかとりの美麗なもの。公主・貴人・妃以上、その下列侯、三百石、二百石の婦人の服色は、錦から𥿻まで色彩に富むものを用いるが、「賈人は紺標(あさぎ色)のみ」とある。

 

捐金於山,沈珠於淵。

そして『荘子、天地篇』にいう「黄金は山にすてさり、珠玉は淵に沈めてしまう。」のとおり、貨財を利としてはいけない、富貴にすり寄って益を得ることしないとした。

○捐金於山,沈珠於淵 『荘子、天地篇』に基づく「若然者、藏金於山、藏珠於淵;不利貨財、不近貴富。不樂壽、不哀夭;不榮通、不醜窮」(然るが若き者は、金を山に臧し、珠を淵に蔵し、貨財を利とせず、富貴に近づかず。壽を樂しまず、夭を哀しまず;通を榮とせず、窮を醜とせず。)という。
漢魏隋唐の洛陽城 

班孟堅(班固)《東都賦》(22)(勧農)-1 文選 賦 賦<113―22>18分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1024 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3668

班固《東都賦》(22) そこで先王の憲章を重ねて訓令告示して、勧農の大詔を下すのである、それから、有司に命じて、法令を配布する。万事倹約の旨を明らかにし、質撲なるべきことをお示しなさる。それからは、後宮の華麗な装飾をすて去り、天子自身の衣服や車馬を減じられた。


2014年1月29日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固)《東都賦》(22)(勧農)-1 文選 賦 賦<113―22>18分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1024 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3668
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-7-#2 《釋悶》 蜀中転々 杜甫 <657-2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3670 杜甫詩1000-657-2-928/1500751-2
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 269 《梁國惠康公主挽歌,二首之二》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3671 (01/29)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 11 -15 賀明朝二首 其二 歐陽舍人炯十七首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-425-11-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3672
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
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班孟堅(班固)《東都賦》(22) 文選 賦 賦<113―2218分割38回 李白に影響を与えた詩1024 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3668

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12(勧農)-1

「於是聖上睹萬方之歡,又沐浴於膏澤,

(勧農) この時、聖上は、万国の人々が歓喜にみち、また恩沢にうるおうさまを目にとめる。

懼其侈心之將萌,而怠於東作也,

心を用いるべきは、おごりの心がきざし、農耕を怠るようになりかねないことである。

乃申舊章,下明詔。

そこで先王の憲章を重ねて訓令告示して、勧農の大詔を下すのである、

命有司,班憲度。

それから、有司に命じて、法令を配布する。

昭節儉,示太素。

万事倹約の旨を明らかにし、質撲なるべきことをお示しなさる。

去後宮之麗飾,損乘輿之服御。

それからは、後宮の華麗な装飾をすて去り、天子自身の衣服や車馬を減じられた。

 

12-2

抑工商之淫業,興農桑之盛務。

遂令海棄末而反本,背偽而歸真。

女脩織紝,男務耕耘。

器用陶匏,服尚素玄。

恥纖靡而不服,賤奇麗而弗珍。

捐金於山,沈珠於淵。

 

12(勧農)-1

「是に於いて聖上 萬方の歡を睹,又た膏澤【こうたく】に沐浴するをみる。

其の侈心【ししん】の將に萌【きざし】を懼れ,而して於東作を怠らんとするをおそれんや。

乃ち舊章【きゅうしょう】を申べ,明詔を下す。

有司に命じ,憲度を班【わか】つ。

節儉【せっけん】を昭【あきらか】にし,太素を示す。

後宮の麗飾を去【す】て,乘輿の服御を損【へら】す。

12-2

工商の淫業【いんぎょう】を抑へ,農桑の盛務を興す。

遂に海に令して末を棄て本に反り,偽に背いて真に歸せしむ。

女は織紝【しょくじん】を脩め,男は耕耘【こううん】を務む。

器は陶匏【とうほう】を用い,服は素玄を尚【たつと】ぶ。

纖靡【せんぴ】を恥じて服せず,奇麗を賤【いやし】んで珍と弗【せ】ず。

金を山に捐【す】て,珠を淵に沈む。

珠櫻001

 

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文)  12(勧農)-1

「於是聖上睹萬方之歡,又沐浴於膏澤,

懼其侈心之將萌,而怠於東作也,

乃申舊章,下明詔。

命有司,班憲度。

昭節儉,示太素。

去後宮之麗飾,損乘輿之服御。

 

(下し文) 12(勧農)-1

「是に於いて聖上 萬方の歡を睹,又た膏澤【こうたく】に沐浴するをみる。

其の侈心【ししん】の將に萌【きざし】を懼れ,而して於東作を怠らんとするをおそれんや。

乃ち舊章【きゅうしょう】を申べ,明詔を下す。

有司に命じ,憲度を班【わか】つ。

節儉【せっけん】を昭【あきらか】にし,太素を示す。

後宮の麗飾を去【す】て,乘輿の服御を損【へら】す。

 

(現代語訳)

(勧農) この時、聖上は、万国の人々が歓喜にみち、また恩沢にうるおうさまを目にとめる。

心を用いるべきは、おごりの心がきざし、農耕を怠るようになりかねないことである。

そこで先王の憲章を重ねて訓令告示して、勧農の大詔を下すのである、

それから、有司に命じて、法令を配布する。

万事倹約の旨を明らかにし、質撲なるべきことをお示しなさる。

それからは、後宮の華麗な装飾をすて去り、天子自身の衣服や車馬を減じられた。

カンナ223 

(訳注) 12(勧農)-1

「於是聖上睹萬方之歡,又沐浴於膏澤,

(勧農) この時、聖上は、万国の人々が歓喜にみち、また恩沢にうるおうさまを目にとめる。

睹 目にとめる。

沐浴 体の一部またはすべてを清める行為。ただし表現としては、宗教的な儀式を指すことが多く、また宗教によって呼び名も異なる。乳児の体を洗うことも含まれる。

 

懼其侈心之將萌,而怠於東作也,

心を用いるべきは、おごりの心がきざし、農耕を怠るようになりかねないことである。

侈心 自然におごるようになる心。

東作 農作。東は春を意味する。61年永平三年、春正月に勧農の詔を出す。「朕は郊祀を奉じ、霊台に登り、史官を見、儀度(渾天儀と日月星辰の行度)を正す。夫れ春は歳の始めなり。始めその正を得れば、則ち三時成る有り。有司其れ勉めて時気に順ひ、農桑を勧めただし、以て朕が意に称へよ」とある。

 

乃申舊章,下明詔。

そこで先王の憲章を重ねて訓令告示して、勧農の大詔を下すのである、

旧章 古の聖王の礼楽の制度。

 

命有司,班憲度。

それから、有司に命じて、法令を配布する。

 

昭節儉,示太素。

万事倹約の旨を明らかにし、質撲なるべきことをお示しなさる。

太素 質僕。質実。

 

去後宮之麗飾,損乘輿之服御。

それからは、後宮の華麗な装飾をすて去り、天子自身の衣服や車馬を減じられた。

乗輿 天子の車服または鑾輅の意から、天子そのものを指す。


むくげの花02

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(20)11(有徳の餐宴)-1

是日也,天子受四海之圖籍,膺萬國之貢珍。

(有徳の饗宴) その日は、天子は四海の地図と戸籍とを掌にうけとられ、万国のみつぐ珍宝を嘉納される。

撫諸夏,外綏百蠻。

内は中華の国をいたわられ、外は百蛮の異国を安らかにされる。

爾乃盛禮興樂,供帳置乎雲龍之庭。

かくて儀礼を盛大にし、音楽を演奏する。宴席のため張りまわした幔幕を、洛陽雲龍門のある庭にすえる。

陳百寮而贊群后,究皇儀而展帝容。

百官を次々に配置して、万国の君主をみちびかせて引見なさり、天子は盛大な礼義のきわみを尽くして、帝王の威容を示される。

於是庭實千品,旨酒萬鍾。

この時、庭一面に陳列する責物の品は千という数、美酒の鋼壺は万という数である。

列金罍,班玉觴。

黄金の酒樽をずらりとならべ、玉のサカズキを一人一人に分けられる。

嘉珍御,太牢饗。

八種の珍味をすすめ、牛、羊と豚の三品そろった料理でもてなされる。

爾乃食舉雍徹,太師奏樂。

かくして、饗宴の音楽に「食挙」と「雍徹」の二つあり、宮廷音楽長が音楽を演奏する。

陳金石,布絲竹。

鐘と磬とをならべ、琴や瑟、笛や簫の管絃を配置する。

 

 (21)11(有徳の餐宴)-2

鐘鼓鏗鍧,管絃燁煜。

鍾鼓をうつ音がひびき、管絃の音が鳴りわたる。
抗五聲,極六律。

五音の音色が高くあがり、六つの陽律をかなでつくす。
歌九功,舞八佾。

そして、九功の歌をうたい、八列八人、六十四人で舞を舞う。

韶武備,泰古畢。

詔と武の古楽もそなわり、太古の楽も全部かなでられる。

四夷間奏,德廣所及。

また、四夷の音楽が、かわるがわる演奏される、これこそが天子の徳の広く及ぶしるしである。

僸佅兜離,罔不具集。

北夷の音楽の「【きん】」、東夷の音楽の「【はい】」、南夷の音楽の「兜【とう】」、西夷の音楽の「離【り】」、この四つのうちの一つでも欠けてそろわぬものはない。

萬樂備,百禮

演奏すべき音楽はすべてぬかりなく、行うべき儀礼はすべていきとどいている。

皇歡浹,群臣醉。

天子のよろこびは下々にうるおい、群臣はそれに酔う。

降煙熅,調元氣。

天も感じて和楽の気を下し、天の気まで人に調和させる。

然後撞鐘告罷,百寮遂退。」

このあと、鐘を撞きこれで終わりと仰せ出されると、百官はこれを受けて退出する。

 

(20)11(有徳の餐宴)-1

是の日や,天子 四海の圖籍を受け,萬國の貢珍を膺【う】く。

には諸夏を撫で,外には百蠻を綏んず。

爾して乃ち禮を盛んにして樂を興し,供帳して乎雲龍の庭に置く。

百寮を陳【つら】ねて群后を贊【たす】け,皇儀【こうぎ】を究めて帝容を展ぶ。

是に於いて庭實【ていじつ】千品あり,旨酒【ししゅ】萬鍾【ばんしょう】あり。

金罍【きんらい】を列ね,玉觴【ぎょくしょう】を班【わか】つ。

嘉珍【かちん】御【すす】めて,太牢饗【う】く。

爾して乃ち食舉【しょくきょ】雍徹【ようてつ】,太師 樂を奏す。

金石を陳ね,絲竹を布く。

 

 (21)11(有徳の餐宴)-2

鐘鼓【しょうこ】鏗鍧【こうこう】として,管絃 燁煜【よういく】たり。

五聲を抗【あ】げ,六律を極む。

歌九功をい,八佾【はちいつ】を舞う。

韶武【しょうぶ】備りて,泰古 畢【おわ】る。

四夷 間に奏し,德廣 及ぶ所。

僸佅【きんばい】兜離【とうり】,具【つぶさ】に集【いた】らざる罔【な】し。

萬樂 備りて,百禮 【いた】る。

皇歡 浹【あまね】く,群臣 醉う。

煙熅【えんいん】を降【くだ】して,元氣を調【ととの】う。

然る後 鐘を撞【つ】いて罷めんことを告げ,百寮 遂に退【しりぞ】く。」

花蕊夫人006 

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (21)11(有徳の餐宴)-2

鐘鼓鏗鍧,管絃燁煜。

抗五聲,極六律。

歌九功,舞八佾。

韶武備,泰古畢。

四夷間奏,德廣所及。

僸佅兜離,罔不具集。

萬樂備,百禮

皇歡浹,群臣醉。

降煙熅,調元氣。

然後撞鐘告罷,百寮遂退。」

 

(下し文)

(21)11(有徳の餐宴)-2

鐘鼓【しょうこ】鏗鍧【こうこう】として,管絃 燁煜【よういく】たり。

五聲を抗【あ】げ,六律を極む。

歌九功をい,八佾【はちいつ】を舞う。

韶武【しょうぶ】備りて,泰古 畢【おわ】る。

四夷 間に奏し,德廣 及ぶ所。

僸佅【きんばい】兜離【とうり】,具【つぶさ】に集【いた】らざる罔【な】し。

萬樂 備りて,百禮 【いた】る。

皇歡 浹【あまね】く,群臣 醉う。

煙熅【えんいん】を降【くだ】して,元氣を調【ととの】う。

然る後 鐘を撞【つ】いて罷めんことを告げ,百寮 遂に退【しりぞ】く。」

 

(現代語訳)

(有徳の饗宴)#2 

鍾鼓をうつ音がひびき、管絃の音が鳴りわたる。

五音の音色が高くあがり、六つの陽律をかなでつくす。

そして、九功の歌をうたい、八佾、八列八人、六十四人で舞を舞う。

詔と武の古楽もそなわり、太古の楽も全部かなでられる。

また、四夷の音楽が、かわるがわる演奏される、これこそが天子の徳の広く及ぶしるしである。

北夷の音楽の「【きん】」、東夷の音楽の「【はい】」、南夷の音楽の「兜【とう】」、西夷の音楽の「離【り】」、この四つのうちの一つでも欠けてそろわぬものはない。

演奏すべき音楽はすべてぬかりなく、行うべき儀礼はすべていきとどいている。

天子のよろこびは下々にうるおい、群臣はそれに酔う。

天も感じて和楽の気を下し、天の気まで人に調和させる。

このあと、鐘を撞きこれで終わりと仰せ出されると、百官はこれを受けて退出する。

 

oushokun01 

(訳注) (20)11(有徳の餐宴)-

鐘鼓鏗鍧,管絃燁煜。

鍾鼓をうつ音がひびき、管絃の音が盛んに鳴りわたる。

鐘鼓 鐘の音と大鼓の音、二つが入りまじる擬音。

燁煜 声の盛んなさま。燁も「盛」の意(『玉篇』)。管弦の音が最高調に達してひびく。煜も「盛」の意。

 

抗五聲,極六律。

五音の音色が高くあがり、六つの陽律をかなでつくす。

五声 富商角徴羽の五音階。また各音階を主音とするものをいう場合もある。

六律 低音より高音へ黄鐘・太蔟・姑洗・甤賓・萌則・夷射の六つを律という。大呂・爽鐘・中呂・林鐘・南呂・応鐘の六つを呂という。律呂を合わせ十二律と呼ぶが、その場合の順序は六律が奇数番目、六呂が偶数番目におかれる。黄鐘(律)の次が大呂(呂)となるように以下これに準する。律を陽声、呂を陰声という。この順序は三分損益法から生ずるじ、この十二律の半音階を主音とした場合、たとえばハ調・ニ調・ホ調・へ調・ト調などという場合と似てくる。

 

歌九功,舞八佾。

そして、九功の歌をうたい、八佾、八列八人、六十四人で舞を舞う。

歌九功 九功は六府(水・火・金・木・土・穀)と三事(正徳・利用・厚生)とをいう。この自然と人文との九つの功を歌う。九歌ともいう。「九功惟れ叙し、九叙歌をなし、…これを勧むるに九歌を以てす」(『尚書』の大禹謨)。

八佾 八列の意。一列八人で合計六十四人で舞う。

 

韶武備,泰古畢。

詔と武の古楽もそなわり、太古の楽も全部かなでられる。

韶武 舜の楽と周の武王の楽。(『論語』の八佾篇)。

泰古 大宅 

 

四夷間奏,德廣所及。

また、四夷の音楽が、かわるがわる演奏される、これこそが天子の徳の広く及ぶしるしである。

四夷 阿夷の楽。北夷は、東夷は、南夷は兜、西夷は離と称する。

徳広 『詩経』(漢広篇)「徳広く及ぶ所なり」。

 

僸佅兜離,罔不具集。

北夷の音楽の「【きん】」、東夷の音楽の「【はい】」、南夷の音楽の「兜【とう】」、西夷の音楽の「離【り】」、この四つのうちの一つでも欠けてそろわぬものはない。

 

萬樂備,百禮

演奏すべき音楽はすべてぬかりなく、行うべき儀礼はすべていきとどいている。

 

皇歡浹,群臣醉。

天子のよろこびは下々にうるおい、群臣はそれに酔う。

浹 うるおす。向こうのものがこちらにとおる。

 

降煙熅,調元氣。

天も感じて和楽の気を下し、天の気まで人に調和させる。

煙熅 天の和気。

調元気 元気は天の気のことだが、それを調和する。すなわち音楽上の和楽の気にすること。

 

然後撞鐘告罷,百寮遂退。」

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(20)11(有徳の餐宴)-1

是日也,天子受四海之圖籍,膺萬國之貢珍。

(有徳の饗宴) その日は、天子は四海の地図と戸籍とを掌にうけとられ、万国のみつぐ珍宝を嘉納される。

撫諸夏,外綏百蠻。

内は中華の国をいたわられ、外は百蛮の異国を安らかにされる。

爾乃盛禮興樂,供帳置乎雲龍之庭。

かくて儀礼を盛大にし、音楽を演奏する。宴席のため張りまわした幔幕を、洛陽雲龍門のある庭にすえる。

陳百寮而贊群后,究皇儀而展帝容。

百官を次々に配置して、万国の君主をみちびかせて引見なさり、天子は盛大な礼義のきわみを尽くして、帝王の威容を示される。

於是庭實千品,旨酒萬鍾。

この時、庭一面に陳列する責物の品は千という数、美酒の鋼壺は万という数である。

列金罍,班玉觴。

黄金の酒樽をずらりとならべ、玉のサカズキを一人一人に分けられる。

嘉珍御,太牢饗。

八種の珍味をすすめ、牛、羊と豚の三品そろった料理でもてなされる。

爾乃食舉雍徹,太師奏樂。

かくして、饗宴の音楽に「食挙」と「雍徹」の二つあり、宮廷音楽長が音楽を演奏する。

陳金石,布絲竹。

鐘と磬とをならべ、琴や瑟、笛や簫の管絃を配置する。

 

 (21)11(有徳の餐宴)-2

鐘鼓鏗鍧,管絃燁煜。

抗五聲,極六律。

歌九功,舞八佾。

韶武備,泰古畢。

四夷間奏,德廣所及。

僸佅兜離,罔不具集。

萬樂備,百禮

皇歡浹,群臣醉。

降煙熅,調元氣。

然後撞鐘告罷,百寮遂退。」

 

(20)11(有徳の餐宴)-1

是の日や,天子 四海の圖籍を受け,萬國の貢珍を膺【う】く。

には諸夏を撫で,外には百蠻を綏んず。

爾して乃ち禮を盛んにして樂を興し,供帳して乎雲龍の庭に置く。

百寮を陳【つら】ねて群后を贊【たす】け,皇儀【こうぎ】を究めて帝容を展ぶ。

是に於いて庭實【ていじつ】千品あり,旨酒【ししゅ】萬鍾【ばんしょう】あり。

金罍【きんらい】を列ね,玉觴【ぎょくしょう】を班【わか】つ。

嘉珍【かちん】御【すす】めて,太牢饗【う】く。

爾して乃ち食舉【しょくきょ】雍徹【ようてつ】,太師 樂を奏す。

金石を陳ね,絲竹を布く。

 

 (21)11(有徳の餐宴)-2

鐘鼓【しょうこ】鏗鍧【こうこう】として,管絃 燁煜【よういく】たり。

五聲を抗【あ】げ,六律を極む。

歌九功をい,八佾【はちいつ】を舞う。

韶武【しょうぶ】備りて,泰古 畢【おわ】る。

四夷 間に奏し,德廣 及ぶ所。

僸佅【きんばい】兜離【とうり】,具【つぶさ】に集【いた】らざる罔【な】し。

萬樂 備りて,百禮 【いた】る。

皇歡 浹【あまね】く,群臣 醉う。

煙熅【えんいん】を降【くだ】して,元氣を調【ととの】う。

然る後 鐘を撞【つ】いて罷めんことを告げ,百寮 遂に退【しりぞ】く。」

唐時代 韓愈関連01漢魏隋唐の洛陽城 

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (20)11(有徳の餐宴)-1

是日也,天子受四海之圖籍,膺萬國之貢珍。

撫諸夏,外綏百蠻。

爾乃盛禮興樂,供帳置乎雲龍之庭。

陳百寮而贊群后,究皇儀而展帝容。

於是庭實千品,旨酒萬鍾。

列金罍,班玉觴。

嘉珍御,太牢饗。

爾乃食舉雍徹,太師奏樂。

陳金石,布絲竹。

 

(下し文)

是の日や,天子 四海の圖籍を受け,萬國の貢珍を膺【う】く。

には諸夏を撫で,外には百蠻を綏んず。

爾して乃ち禮を盛んにして樂を興し,供帳して乎雲龍の庭に置く。

百寮を陳【つら】ねて群后を贊【たす】け,皇儀【こうぎ】を究めて帝容を展ぶ。

是に於いて庭實【ていじつ】千品あり,旨酒【ししゅ】萬鍾【ばんしょう】あり。

金罍【きんらい】を列ね,玉觴【ぎょくしょう】を班【わか】つ。

嘉珍【かちん】御【すす】めて,太牢饗【う】く。

爾して乃ち食舉【しょくきょ】雍徹【ようてつ】,太師 樂を奏す。

金石を陳ね,絲竹を布く。

 

(現代語訳)

(有徳の饗宴) その日は、天子は四海の地図と戸籍とを掌にうけとられ、万国のみつぐ珍宝を嘉納される。

内は中華の国をいたわられ、外は百蛮の異国を安らかにされる。

かくて儀礼を盛大にし、音楽を演奏する。宴席のため張りまわした幔幕を、洛陽雲龍門のある庭にすえる。

百官を次々に配置して、万国の君主をみちびかせて引見なさり、天子は盛大な礼義のきわみを尽くして、帝王の威容を示される。

この時、庭一面に陳列する責物の品は千という数、美酒の鋼壺は万という数である。

黄金の酒樽をずらりとならべ、玉のサカズキを一人一人に分けられる。

八種の珍味をすすめ、牛、羊と豚の三品そろった料理でもてなされる。

かくして、饗宴の音楽に「食挙」と「雍徹」の二つあり、宮廷音楽長が音楽を演奏する。

鐘と磬とをならべ、琴や瑟、笛や簫の管絃を配置する。

カンナ223 

(訳注) (20)11(有徳の餐宴)-1

是日也,天子受四海之圖籍,膺萬國之貢珍。

(有徳の饗宴) その日は、天子は四海の地図と戸籍とを掌にうけとられ、万国のみつぐ珍宝を嘉納される。

図籍 ここは地図と戸籍。『戦国策』に「九鼎により、国籍を按じ、天子を挟み以て天下に令す」(秦策)。

 受ける。

 

撫諸夏,外綏百蠻。

内は中華の国をいたわられ、外は百蛮の異国を安らかにされる。

 安んずる。『後漢書』は接(もてなす)に作る。

 

爾乃盛禮興樂,供帳置乎雲龍之庭。

かくて儀礼を盛大にし、音楽を演奏する。宴席のため張りまわした幔幕を、洛陽雲龍門のある庭にすえる。

供帳 帳(とばり)を設く。広義には一切の設備をすること。

雲龍 洛陽にある門の名。

 

陳百寮而贊群后,究皇儀而展帝容。

百官を次々に配置して、万国の君主をみちびかせて引見なきり、天子は盛大な礼義のきわみを尽くして、帝王の威容を示される。

皇儀 皇は大、儀は儀礼。

 

於是庭實千品,旨酒萬鍾。

この時、庭一面に陳列する責物の品は千という数、美酒の鋼壺は万という数である。

庭実 庭一ぱいにならべた貢物の類い。

 

列金罍,班玉觴。

黄金の酒樽をずらりとならべ、玉のサカズキを一人一人に分けられる。

 

嘉珍御,太牢饗。

八種の珍味をすすめ、牛、羊と豚の三品そろった料理でもてなされる。

嘉珍 格別珍しい食物。八珍といい八種ある。

大牢 牛・羊・豕の三牲をさす。・三犠 毛羽をつけたままの生贄の三種類。また雁・鶩(家鴨)雉ともいう。

・五牲 五種の生贄。馴鹿・鹿・クシカ・兔(『左氏伝』昭公二十五年の杜注)。またクジカ・鹿・熊・狼・野豕とも、牛・羊・豕・犬・鶏の説もある。

 

爾乃食舉雍徹,太師奏樂。

かくして、饗宴の音楽に「食挙」と「雍徹」の二つあり、宮廷音楽長が音楽を演奏する。

食挙 食事の最中の音楽。挙は音楽を奏すること。「『楽府詩集』に「殿中御飯食挙」七曲、「太楽食挙」十三曲とあり、漢代以後の歌辞をのせ、『宋書』の楽志に曲目の名あり。

雍徹 『詩経』の周頌の一篇雍の詩を歌い、食膳を下げること。

太帥 律呂を掌る楽官の長。

 

陳金石,布絲竹。

鐘と磬とをならべ、琴や瑟、笛や簫の管絃を配置する。

石 磬:中国古代の体鳴楽器。石あるいは玉の板に彫刻をほどこしたものを架につるして,木づちで打奏する。後には金属製となった。殷代には,大形の磬を一つつるした〈特磬〉が存在し,周代以来,雅楽で用いられた。

絲竹 絲:弦楽器、琴や瑟。竹:管楽器、笙笛、笛や簫。

花蕊夫人006 

班孟堅(班固)《東都賦》(19)#10-2 文選 賦<113―19>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1021 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3653

班固《東都賦》(19) 西のかたは黄河の水源をゆさぶり、東のかたは東海の岸の水を波立たせる。北のかたは、最果ての幽州の岸をゆるがせるし、南のかたは太陽直下の地のはてまで照りわたる。この外に異国異境があり、隔絶した往来のない土地である。さすがの武帝も征服せず、さすがの宣帝もまだ臣としたことのない匈奴の呼韓が入朝した


2014年1月26日 の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(19)102 文選 賦<1131918分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1021 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3653

 

 

(18)#10(神を敬うと仁徳の施政)―1

於是薦三犧,效五牲。

(神を敬いと仁徳の施政) つぎに、天・地・宗廟を祭り、三つの生贅をささげ、五種の犠牲をたてまつる。

禮神祇,懷百靈。

天神地神をうやまい、もろもろの神々を心におもい、なぐさめられる。

覲明堂,臨辟雍。

群臣たちを明堂に召して謁見し、天子の辟雍大学に臨席される。

揚緝熙,宣皇風。

明徳のくもりなき光を高くかかげ、天子の教えをひろめなさる。
登靈臺,考休徵。

陰陽天文を観察する霊台に登って、陰陽の気のよきしるしを観察なされる。

俯仰乎乾坤,參象乎聖躬。

上は天のキザシを見、下は地のキザシを見て、聖なる御身をこれにくらべ合わせ、天地と徳を同じように形取り、ならびたつようにしたいと思われる。

目中夏而布德,瞰四裔而抗稜。

中国をよく見て教えを施し、四海のはてを望見して御稜威【みいず】をふるわれる。

 (19)#10(神を敬うと仁徳の施政)2

西盪河源,東澹海漘。

西のかたは黄河の水源をゆさぶり、東のかたは東海の岸の水を波立たせる。

北動幽崖,南燿朱垠。

北のかたは、最果ての幽州の岸をゆるがせるし、南のかたは太陽直下の地のはてまで照りわたる。

殊方別區,界而不鄰。

この外に異国異境があり、隔絶した往来のない土地である。

自孝武之所不征,孝宣之所未臣。

さすがの武帝も征服せず、さすがの宣帝もまだ臣としたことのない匈奴の呼韓が入朝した

莫不陸讋水慄,奔走而來賓。

陸路に気を失い水路におそれおののいた、それで顔色変えて旅をいそいで、來服しない国は一つとしてない。

遂綏哀牢,開永昌。

かくて辺境の哀牢王を懐柔し、嘉牢・博南の二県とその地四県を合し永昌郡を開設する。

春王三朝,會同漢京。

春、年の始まり、王の正月、歳と月日の三つが始まる元旦には、列国の諸侯が来朝し漢の東都に参集拝謁する。

 

(18)#101

是に於いて三犧を薦め,效五牲を【いた】す。

神祇を禮して,百靈を懷【なず】く。

明堂に覲【ぎん】し,辟雍【へきよう】に臨む。

緝熙【しんき】を揚げ,皇風を宣ぶ。

靈臺に登り,休徵【きゅうちょう】を考う。

乾坤【けんこん】を俯仰【ふぎょう】し,聖躬【せいきゅう】を參象【さんしょう】す。

中夏を目して德を布き,四裔【しえい】を瞰【み】て稜【みいず】を抗【あ】ぐ。

(19)#10(神を敬うと仁徳の施政)―2

西のかた河源を盪【とろか】し,東のかた海漘【かいしん】に澹【ただよ】わす。

北のかた幽崖を動し,南のかた朱垠【しゅぎん】に燿【かがや】かす。

殊方 別區,界 えて鄰【ちか】からず。

孝武 征せざりし所に自り,孝宣 之れ未だ臣とせざりし所による。

陸に讋【おのの】き水に慄【おそ】れ,奔走して來賓せざるは莫し。

遂に哀牢【あいろう】を綏【やす】んじて,永昌を開く。

春 王は三朝し,漢京に會同す。

京畿道関内道00 



『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (19)#10(神を敬うと仁徳の施政)―2

西盪河源,東澹海漘。

北動幽崖,南燿朱垠。

殊方別區,界而不鄰。

自孝武之所不征,孝宣之所未臣。

莫不陸讋水慄,奔走而來賓。

遂綏哀牢,開永昌。

春王三朝,會同漢京。

 

(下し文)

(19)#10(神を敬うと仁徳の施政)―2

西のかた河源を盪【とろか】し,東のかた海漘【かいしん】に澹【ただよ】わす。

北のかた幽崖を動し,南のかた朱垠【しゅぎん】に燿【かがや】かす。

殊方 別區,界 えて鄰【ちか】からず。


孝武 征せざりし所に自り,孝宣 之れ未だ臣とせざりし所による。

陸に讋【おのの】き水に慄【おそ】れ,奔走して來賓せざるは莫し。

遂に哀牢【あいろう】を綏【やす】んじて,永昌を開く。

 

(現代語訳)

西のかたは黄河の水源をゆさぶり、東のかたは東海の岸の水を波立たせる。

北のかたは、最果ての幽州の岸をゆるがせるし、南のかたは太陽直下の地のはてまで照りわたる。

この外に異国異境があり、隔絶した往来のない土地である。

さすがの武帝も征服せず、さすがの宣帝もまだ臣としたことのない匈奴の呼韓が入朝した

陸路に気を失い水路におそれおののいた、それで顔色変えて旅をいそいで、來服しない国は一つとしてない。

かくて辺境の哀牢王を懐柔し、嘉牢・博南の二県とその地四県を合し永昌郡を開設する。

春、年の始まり、王の正月、歳と月日の三つが始まる元旦には、列国の諸侯が来朝し漢の東都に参集拝謁する。

hinode0100 

(訳注) (19)#10(神を敬うと仁徳の施政)―2

西盪河源,東澹海漘。

西のかたは黄河の水源をゆさぶり、東のかたは東海の岸の水を波立たせる。

河源 黄河の水源、隴西など甘粛省の西部。

海 上が平らかで下の水が深い崖の意。

漘 水が揺れる。

 

北動幽崖,南燿朱垠。

北のかたは、最果ての幽州の岸をゆるがせるし、南のかたは太陽直下の地のはてまで照りわたる。

幽崖 北方の地、陰気のあつまる所。幽都ともいう。「朔方をいう」古の流刑の地。

燿 『後漢書』は超に作る、躍と同じ。動くの意あり。塗、活も動の意あり。是なるに近い。

朱唄 南の果て。娘は崖または畔(望、ほとり。朱は南方は赤色に当たる。太陽直下の意。

 

殊方別區,界而不鄰。

この外に異国異境があり、隔絶した往来のない土地である。

別区 異国異境。

 

自孝武之所不征,孝宣之所未臣。

さすがの武帝も征服せず、さすがの宣帝もまだ臣としたことのない匈奴の呼韓が入朝した

自孝武之所不征,孝宣之所未臣 『後漢書』は「所不能征」に作る。「孝宣」の条も「所不能臣」に作る。武帝は武力、宣帝は徳化を以て四夷に対した。宣帝の時、匈奴の呼韓が入朝した。

 

莫不陸讋水慄,奔走而來賓。

陸路に気を失い水路におそれおののいた、それで顔色変えて旅をいそいで、來服しない国は一つとしてない。

 気を失う。

 おののく(広雅)。

来賓 釆服。

 

遂綏哀牢,開永昌。

かくて辺境の哀牢王を懐柔し、嘉牢・博南の二県とその地四県を合し永昌郡を開設する。

 困って。

哀牢 益州の境外の哀牢王が入朝、69年永平十二年帰属す、嘉牢・博南の二県を置く(『後漢書』西南夷伝)後、建武元年そむき、二県と他の四県を合し、六県を永昌郡を置く(同上)。

 

春王三朝,會同漢京。

春、年の始まり、王の正月、歳と月日の三つが始まる元旦には、列国の諸侯が来朝し漢の東都に参集拝謁する。

春王 春秋の筆法「元年、春、王の正月」に基づいていう。春秋では周王、ここでは東漢の明帝。

会同 周制では諸侯の参朝をいう。会は臨時の参朝、同は諸侯が参集する。
むくげの花02 

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