漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

李白詩

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

745-003-#2巻176 27-#2 尋魯城北范居士失道落蒼耳中見范置酒摘蒼耳作(卷二十(二)一一五○)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8501

745-003-#2巻176 27-#2 尋魯城北范居士失道落蒼耳中見范置酒摘蒼耳作(卷二十(二)一一五○)

 

 

2017410

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745-003-#2巻176 27-#2 尋魯城北范居士失道落蒼耳中見范置酒摘蒼耳作(卷二十(二)一一五○)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8501

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744年-集11字解集 漢東紫陽先生碑銘Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8454

孟浩然

李白詩

霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-52 巻八-07同宿聯句【案:韓愈、孟郊】#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8502

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806年-集11- ・a.短燈檠歌 ・b.春雪 ・c.春雪 ・d.春雪間早梅 ・e.早春雪中聞鶯 ・f.和歸工部送僧約 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8449

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-96 巫峽敝廬奉贈侍御四舅別之澧朗 杜詩詳注(卷一九(四)一六八一)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8515

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767年-集-9 【字解集】 ・a.送十五弟侍御使蜀・b.見螢火・c.夜雨・d.更題・e.舍弟觀歸藍田迎新婦送示二首 杜詩詳注卷一九(四)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8498

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (178)回目牛嶠二十六首《巻四08感恩多二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8636 (05/02)

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155)回目薛昭蘊 十九首a.浣溪紗八首・b.喜遷鶯三首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8498 (04/10)

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-041§1 古詩 爲焦仲卿妻作§11-#1〔無名氏〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻一ブログ 8505

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玉集-09 定情詩一首 【字解集】漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8241

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

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 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

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745-003-#2巻176 27-#2 尋魯城北范居士失道落蒼耳中見范置酒摘蒼耳作(卷二十(二)一一五○)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8501

だから、是非ここを尋ねたいと思い、そこでは、茫然として逸興を起し、なんでも早く行きたいというので、しきりに道を急いだ。すると、城の渠濠の空池のほとりにおいて、行く手の道を誤り荒れた坂路において、馬首をどちらに向けようかとまごついている間に滑り落ちたのである。滑り落ちて、せっかくの翠雲裘に蒼耳の草がからみついたが、そんなことには頓着しなかった。


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744年-069-#5全唐文卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8381

全唐文卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)

 

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Ⅰ李白詩

(李白集校注)

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744年-集10【字解集】 a. 贈郭將軍 b. 贈崔侍御 C.贈參寥子 d.贈盧徵君昆  e.贈薛校書  d。灞陵行送別 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8340

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

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漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-集10-【字解集】 ・送區弘南歸 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8382

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806年-集10-【字解集】 ・送區弘南歸 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8383

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

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767年-81 樹間 杜詩詳注(卷一九(四)一六七三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8389

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767年-集-7 【字解集】 ・a.甘林 ・b.暇日小園散病將種秋菜督勒 杜詩詳注 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8354

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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花間集 訳注解説 巻三-20 (136)回目韋莊二十五首《上行盃二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8384 (03/21)

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花間-011 字解集128)回目韋莊a.謁金門 b.江城子 c.河傳 d.天仙子五首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8336 (03/14)

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

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玉-041§6 古詩 爲焦仲卿妻作§6-#5〔無名氏〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻一ブログ 8385

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玉集-09 定情詩一首 【字解集】漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8241

●薛濤の全詩

●花間集(1

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744-069-#5全唐文卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8381

季節はもう夏になっていて草木もすでにうっそうと茂っている。大江や切り立った川岸は屏風絵のようであり、これから行き先は称賛される景色に満ち溢れる。だからその自然を、屏風絵を船に坐して楽しみ遊ぶことであるし、鏡のような大江に映った景色の中を赴任先に行きつくのである。そこには朧月を見ながら千里先に行くのであり、旅の足に伴うのは、詩、文章を作ってゆくことに尽きるのである。船は空高く帆を掲げたら、夕日は地平線に迫っているだろう。旅は二つの季節にまたがるであろうから、詩文の筆を揮う事である。この自然を山水詩人となって詩を作って贈ってほしいものである。


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744年-069-#4全唐文卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8375

全唐文卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)

 

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Ⅰ李白詩

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744年-集10【字解集】 a. 贈郭將軍 b. 贈崔侍御 C.贈參寥子 d.贈盧徵君昆  e.贈薛校書  d。灞陵行送別 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8340

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

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楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-34 全唐詩339_ 6 #6送區弘南歸 -#6 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8376

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806年-集09- 【字解集】・贈崔立之評事 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8341

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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index-3 805年陽山から江陵36

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index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

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767年-80 溪上 杜詩詳注(卷一九(四)一六七二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8383

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杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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花間集 訳注解説 巻三-18 (134)回目韋莊二十五首《訴衷情二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8372 (03/19)

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花間-011 字解集128)回目韋莊a.謁金門 b.江城子 c.河傳 d.天仙子五首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8336 (03/14)

 

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744-069-#4全唐文卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8375

おじさんの将軍は、過去のどんな武勇も蓋で閉じこめるくらいの雄大な計略、知略のもちぬしで、才知がすぐれて、物事の道理に明るく、それこそ神をも動かすものである。王位・皇位のたっとき宗家であり、誕生した子らを賢く教育されている。その子らは、荀爽兄弟八人が「八龍」といわれたようにつぎつぎと序列を整えており、彼らの作る詩文は、五行思想の五色に相輝いている。一堂に会して詠えば、高らかに、散楽、雅楽を奏でるようであり、金門を入った翰林院で徳を積む修業を一緒にし、朝日の射す中で、飲酒や琴をならべて、酒を酌み交わし、やわらいだ顔つきになるのである。

 

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744年-069-#3全唐文卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8369

全唐文卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

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744年-集10【字解集】 a. 贈郭將軍 b. 贈崔侍御 C.贈參寥子 d.贈盧徵君昆  e.贈薛校書  d。灞陵行送別 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8340

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-34 全唐詩339_ 6 #5送區弘南歸 -#5 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8370

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806年-集09- 【字解集】・贈崔立之評事 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8341

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-79#4 雨#4 杜詩詳注(卷一九(四)一六七一)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8377

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767年-集-7 【字解集】 ・a.甘林 ・b.暇日小園散病將種秋菜督勒 杜詩詳注 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8354

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻三-18 (134)回目韋莊二十五首《訴衷情二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8372 (03/19)

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花間-011 字解集128)回目韋莊a.謁金門 b.江城子 c.河傳 d.天仙子五首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8336 (03/14)

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-041§6 古詩 爲焦仲卿妻作§6-#3〔無名氏〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻一ブログ 8373

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玉集-09 定情詩一首 【字解集】漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8241

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

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744-069-#3全唐文卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8369

自分のような不束者がかたじけなくも、このような立派な方々と席をおなじにしておる。こうして席を同じにしているいじょうは、千年も心通わせ、心を結んで行けるものという事である。清談の清酒を酌み交わすは明け方まで続けよう、そして、老荘の道の談義は美に入り、崔に行ってとことん語ろうではないか。こうやって得られるこの歓びは、なんによっても携えられるものではなく、目を背けるほどの解析や、めぐる発言しようではないか。


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744年-069-#2全唐文 卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8363

全唐文 卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)

 

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806年-34 全唐詩339_ 6 #4送區弘南歸 -#4 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8364

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806年-集09- 【字解集】・贈崔立之評事 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8341

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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韓愈 哲学・儒学「五原」

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767年-集-7 【字解集】 ・a.甘林 ・b.暇日小園散病將種秋菜督勒 杜詩詳注 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8354

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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陶潜の作る詩は、田園の持っている景色が見事に表現されているので実際の田園風景が愧じたものであるし、謝靈運の山水を詠う詩には、山水の美が慚らったものである。彼らの詩歌のよい文句は、人々の間に、口づてにひろがり、ひとびとは美しいしぶんをひろげていったのである。前任者の宋公蘊許州司馬が晋書巻三十六 衞玠伝にいう、“議者は以って為すに「婦公冰清,女玉潤(娘の父は冰の清きよう,その夫は玉の潤うよう)」とした”物と同じようであるといわれたけれど、傅靄君も、“玉の潤う”程の徳をもっているのである。彼の妻は、水甕の氷のように清廉で、その家族、を子供ら育て、夫婦は、気高い夫婦鳥の鳳凰が相和して鏘鏘と鳴くよう誉れ高いのである。潘氏と楊氏との婚姻を重ねたこと、古くから誼しみを通じていたことと同じように、夫婦仲良く、睦まじくされているのである。

 

744-069-#2 -#1

早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序

(卷二七(二)一五七五) -#1

全唐文文/0349-5#1

李白集校注卷二七(二)一五七五#1

李太白集未掲載#1

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744年-069全唐文卷0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8357

李白 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)

 

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Ⅰ李白詩

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李白詩

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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

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兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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韓愈 哲学・儒学「五原」

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

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杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

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744-069/0349-5 早夏于將軍叔宅與諸昆季送傅八之江南序(卷二七(二)一五七五)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8357

(夏間もないころ、将軍の叔父さんのお宅で、兄弟や友人たちが集まって、江南に行く)

易経には、「人文を観じ、もって天下を化成す。」とあって、ひとのあいだに広がってゆくことを観察すると、万物を生成する根元的な創造力こそが天下を作る、と。こうした道家の道を窮めるもの、それを思っている人は傅靄侯である。それに傅靄侯の作られた詩篇、文章は鮮新で驚愕するものであり、全国で社会的な規範に是とされるものと称されているのである。特に五言の詩の作品は、当代の絶妙のものとされているのである。


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744年-010卷163_8 于闐採花(卷四(一)二九三)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7655

于闐採花

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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806年-16 巻一 14-10-#2 秋懷詩,十一首之十Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7656

 

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韓愈  秋懐詩十一首 【字解集】

 

 

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index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

757年-16 卜居 杜詩詳注(卷一八(四)一六○九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7657

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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744-010163_8 于闐採花(卷四(一)二九三)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7655

 

(西域異民族の于闐国の花を摘む女ということで、王昭君の事を詠じたもの)

西域異民族の于闐国の花を摘む女は、自分の顔色も、その花に似ていると思っているものである。

それは彼女たちが中国の花、美女を知らないからで、王昭君がある朝、匈奴に嫁して匈奴に入ったときに、胡中の美女たちはその美しさに多くのものが、羞死したという。

このことで中国には名姝がとても多くいるということが認知され、胡中の花では比べるものがなかったというのである。

王昭君がなぜ匈奴に入ったのかというと、後宮絵師の毛延寿に賄賂を渡さなかったために選定画を見にくく書かれたことで、不美人を選定し、胡地に送ったのであった。是と反対に、無鹽のごとき醜いものであっても多分な賄賂を贈っていれば、選定画を絶世の美女に書き上げ後宮の妃賓の列に加わり、君側に侍することになるのである。

古より言われていることわざ通り、蛾眉は後宮に入れば、妬まれるものであり、それも胡地に送られることを言うのであり、その絶世の美女は胡地の砂漠に明眸皓歯をうずめて、ついに帰らぬ人となった。人生には、凡そ、このような実に慨嘆に堪えぬこともあるのである。

 

 

 

744-010

于闐採花(卷四(一)二九三)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7655

全唐詩卷163_8

李白集校注巻 04-008

李太白集 巻22-0010

 

 

 

 

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

于闐採花(卷四(一)二九三)

163_8 《於闐采花》 

于闐採花(卷三-8) P349 

詩題

于闐採花

文體

樂府

詩序

 

 

 

作地點

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點

0

0

交遊人物

 

交遊地點

 

 

 

于闐採花

(西域異民族の于闐国の花を摘む女ということで、王昭君の事を詠じたもの)

于闐採花人,自言花相似。

西域異民族の于闐国の花を摘む女は、自分の顔色も、その花に似ていると思っているものである。

明妃一朝西入胡,胡中美女多羞死。

それは彼女たちが中国の花、美女を知らないからで、王昭君がある朝、匈奴に嫁して匈奴に入ったときに、胡中の美女たちはその美しさに多くのものが、羞死したという。

乃知漢地多名姝,胡中無花可方比。

このことで中国には名姝がとても多くいるということが認知され、胡中の花では比べるものがなかったというのである。

丹青能令醜者妍,無鹽翻在深宮裡。

王昭君がなぜ匈奴に入ったのかというと、後宮絵師の毛延寿に賄賂を渡さなかったために選定画を見にくく書かれたことで、不美人を選定し、胡地に送ったのであった。是と反対に、無鹽のごとき醜いものであっても多分な賄賂を贈っていれば、選定画を絶世の美女に書き上げ後宮の妃賓の列に加わり、君側に侍することになるのである。

自古妒蛾眉,胡沙埋皓齒。

古より言われていることわざ通り、蛾眉は後宮に入れば、妬まれるものであり、それも胡地に送られることを言うのであり、その絶世の美女は胡地の砂漠に明眸皓歯をうずめて、ついに帰らぬ人となった。人生には、凡そ、このような実に慨嘆に堪えぬこともあるのである。

 

(于闐【うてん】 花を採る)

于闐 花を採る人,自ら言う 花 相い似たり と。

明妃 一朝 西に 胡に入る,胡中の美女 多く羞死す。

乃ち知る 漢地に名姝多く,胡中 花の方比す可き無きを。

丹青 能く醜者をして妍なら令む,無鹽 翻って 深宮の裡に在り。

古より 蛾眉を妒み,胡沙 皓齒を埋む。

 

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744年年44歳-19李太白集305巻八19 贈薛校書  433 Index-24 Ⅲ-3Ⅰ李白詩1809 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7585

李白  贈薛校書

我有趨曲、無人知此音。 姑蘇成蔓草、麋鹿空悲吟。

未夸觀濤作、空郁釣鰲心。 舉手謝東海、虛行歸故林。
(薛校書郎に贈る)

われの歌う曲の中でいいと思うものの中に呉趨曲があるが、朝廷のなかでその音を知って居る人は無い。むかし、呉王夫差が栄華を誇った姑蘇台も、その國亡びし後は、唯だ草が繁って居るばかりで、そこへ遊びにくる糜鹿は、悲しげな聲を出して啼いて居るので、徒に庭に蔓草を生ずだけで、懐古の想を起さしめる。枚乗が《七發》で詠った廣陵の怒涛の潮は、天下の壮観であると聞いて居るが、まだ之を観ていない故、誇るに足るべき觀濤の作ができていないし、見ていないうちに六鰲を釣り上げようというような、心を言っても空しいだけである。そこで、手を拳げ、あの東海に挨拶し、虚空を歩みして、これから、しばらく故山へ歸ろうと思うので、暇乞の代りに、この詩を君に呈するのである。

李太白集 卷八19

贈 薛 校 書

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7585

Index-24  744年天寶三年44歳 56-19

433 <1000

 

        
 2016年11月1日の紀頌之5つの校注Blog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注 
 Ⅰ李白詩(李白詩校注)744年年44歳-19李太白集305巻八19 贈薛校書  433 Index-24 Ⅲ-3Ⅰ李白詩1809 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7585 
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 孟郊張籍     
        
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ 杜詩詳注   LiveDoorBlog757年-001 立春 杜詩詳注卷一八(四)一五九七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7567 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
        
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2BlogⅠ.花間集 全500首 訳注解説(1漢文委員会kanbuniinkai紀頌之  漢詩ブログ7568 (11/01) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・玉臺新詠・女性 LiveDoorBlog玉-001-#1 玉臺新詠集序⑴§1-1〈徐陵〉 Ⅴ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7569 
 ●薛濤の全詩●花間集(1巻●花間集(2巻●花間集(3巻●花間集(4巻●花間集(5巻 
 ●魚玄機全詩●花間集(6巻●花間集(7巻●花間集(8巻●花間集(9巻●花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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 744年天寶三年44-1956首】

-381-305巻八19 贈薛校書  (我有越曲,) 

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

卷一六八15 

文體:

五言古詩

李太白集 

19

 《李白集校注》 瞿蛻園

 卷九19

詩題:

贈薛校書  (我有越曲,) 

序文

作地點:

未詳

及地點:

姑蘇臺 (江南東道 蘇州 蘇州) 別名:蘇臺

 

交遊人物:

薛校書    書信往來

 

 

 

 

  卷168_15 《贈薛校書》李白 

我有吳趨越)曲,無人知此音。

姑蘇成蔓草,麋鹿空悲吟。 

未誇觀濤作,空鬱釣鼇心。

舉手謝東海,虛行歸故林。 

 

贈薛校書(卷九19(一)六一九)

我有吳趨越)曲,無人知此音。

姑蘇成蔓草,糜鹿空悲吟。

未誇觀濤作,空鬱釣鼇心。

舉手謝東海,虛行歸故林。

 

305卷八-19 贈薛校書  (中)40

我有呉曲、無人知此音。

姑蘇成蔓草、麋鹿空悲吟。

未夸觀濤作、空郁釣鰲心。

舉手謝東海、虛行歸故林。

 

贈薛校書

我有趨曲、無人知此音。

姑蘇成蔓草、麋鹿空悲吟。

未夸觀濤作、空郁釣鰲心。

舉手謝東海、虛行歸故林。

(薛校書郎に贈る)

われの歌う曲の中でいいと思うものの中に呉趨曲があるが、朝廷のなかでその音を知って居る人は無い。

むかし、呉王夫差が栄華を誇った姑蘇台も、その國亡びし後は、唯だ草が繁って居るばかりで、そこへ遊びにくる糜鹿は、悲しげな聲を出して啼いて居るので、徒に庭に蔓草を生ずだけで、懐古の想を起さしめる。

枚乗が《七發》で詠った廣陵の怒涛の潮は、天下の壮観であると聞いて居るが、まだ之を観ていない故、誇るに足るべき觀濤の作ができていないし、見ていないうちに六鰲を釣り上げようというような、心を言っても空しいだけである。

そこで、手を拳げ、あの東海に挨拶し、虚空を歩みして、これから、しばらく故山へ歸ろうと思うので、暇乞の代りに、この詩を君に呈するのである。

(薛校書に贈る)

我に呉趨の曲あり、人の此音を知るなし。

姑蘇は蔓草となり、糜鹿空しく悲吟す。

未だ觀濤の作に誇らす、空しく釣鼇の心を鬱す。

手を擧げて東海に謝し、虚行、故林に歸る。

 

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743年年43歳 94李太白集315巻八29贈參寥子  434-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(78) Ⅰ李白詩1811 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7595

李白 贈參寥子   #2

毫墨時洒落、探玄有奇作。著論窮天人、千春秘麟閣。長揖不受官、拂衣歸林巒。

余亦去金馬、藤蘿同所歡。相思在何處、桂樹青云端。

れから、筆を揮えば、字体灑落で、さすがにさっぱりとして粋なものである、又、道家の玄理を探って、著述を試みていて、その議論も奇抜なものにおもえる。道家に関する著作の論理の展開は、もはや、天人の際を窮めるというべきものとなっており、長しへに麒麟閣に藏せられて居る位というものである。しかも、長揖して、官を承けず、衣をはらって、林巒に歸臥されたことである。自分も亦た金馬門に待詔していたが、そこを去って、江湖に放浪し、同じく藤蘿をよじて、世外に隠遁するつもりいるのである。ともかく、思いは、世俗のどこかにおいているものでなく、かの桂樹叢生する靑雲仙界にあると、常に心に思っているのである。

李太白集 卷八29

贈 參 寥 子  #2

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7585

Index-24  744年天寶三年44歳 56-19

433 <1000

 

 

 744年天寶三年44-2056首】-382-315巻八29 贈參寥子  (白鶴飛天書,) 

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

卷一六八25 

文體:

五言古詩

李太白集 

29

 《李白集校注》 瞿蛻園

 卷九29

詩題:

贈參寥子

序文

作地點:

(山南東道 襄州 襄陽)

及地點:

峴山 (山南東道 襄州 峴山) 別名:峴首山

麒麟閣 (京畿道 京兆府 長安) 別名:麟閣

交遊人物:

參寥子    當地交遊(山南東道 襄州 峴山)

 

 

 

贈參寥子   #1

(莊子に言う、參寥のような先生にこの詩を贈る)

白鶴飛天書、南荊訪高士。

白鶴が天宮から賜った書を帯びて飛んで行く、その跡を慕って、楚地に高士をたずねてきたのである。

五云在峴山、果得參寥子。

五雲たなびく峴山にいたって、參寥子といふ人に出遭った。

骯臟辭故園、昂藏入君門。

われは、高亢律直をもって、世に容れられず翰林院を辞し、長安を出た。意気昂然として、君の門に入ったのである。

天子分玉帛、百官接話言。

君は当世の大人物で、天子は、玉帛を幣物として、わざわざ招致され、百官は、談話を交え、頻りに優遇してくれたのである。

(參寥子に贈る)  #1

白鶴 天書を飛ばし、南荊に 高士を訪う。

五云 峴山に在り、果して 參寥子を得る。

骯臟 故園を辭し、昂藏 入君の門にる。

天子 玉帛を分ち、百官 話言に接す。

#2

毫墨時洒落、探玄有奇作。

れから、筆を揮えば、字体灑落で、さすがにさっぱりとして粋なものである、又、道家の玄理を探って、著述を試みていて、その議論も奇抜なものにおもえる。

著論窮天人、千春秘麟閣。

道家に関する著作の論理の展開は、もはや、天人の際を窮めるというべきものとなっており、長しへに麒麟閣に藏せられて居る位というものである。

長揖不受官、拂衣歸林巒。

しかも、長揖して、官を承けず、衣をはらって、林巒に歸臥されたことである。

余亦去金馬、藤蘿同所歡。

自分も亦た金馬門に待詔していたが、そこを去って、江湖に放浪し、同じく藤蘿をよじて、世外に隠遁するつもりいるのである。

相思在何處、桂樹青云端。

ともかく、思いは、世俗のどこかにおいているものでなく、かの桂樹叢生する靑雲仙界にあると、常に心に思っているのである。

#2

毫墨 時に洒落、玄を探って奇作有り。

著論 天人を窮め、千春 麟閣に秘す。

長揖して 官を受けず、衣を拂って 林巒に歸える。

余 亦た金馬を去り、藤蘿 歡づる所を同じうする。

相思 何れの處に在からん、桂樹 青云の端にある。

大明宮の圖003 

『贈參寥子』現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

毫墨時洒落、探玄有奇作。

著論窮天人、千春秘麟閣。

長揖不受官、拂衣歸林巒。

余亦去金馬、藤蘿同所歡。

相思在何處、桂樹青云端。

(下し文)
#2

毫墨 時に洒落、玄を探って奇作有り。

著論 天人を窮め、千春 麟閣に秘す。

長揖して 官を受けず、衣を拂って 林巒に歸える。

余 亦た金馬を去り、藤蘿 歡づる所を同じうする。

相思 何れの處に在からん、桂樹 青云の端にある。

(現代語訳)
#2

れから、筆を揮えば、字体灑落で、さすがにさっぱりとして粋なものである、又、道家の玄理を探って、著述を試みていて、その議論も奇抜なものにおもえる。

道家に関する著作の論理の展開は、もはや、天人の際を窮めるというべきものとなっており、長しへに麒麟閣に藏せられて居る位というものである。

しかも、長揖して、官を承けず、衣をはらって、林巒に歸臥されたことである。

自分も亦た金馬門に待詔していたが、そこを去って、江湖に放浪し、同じく藤蘿をよじて、世外に隠遁するつもりいるのである。

ともかく、思いは、世俗のどこかにおいているものでなく、かの桂樹叢生する靑雲仙界にあると、常に心に思っているのである。


(訳注)  #2

贈參寥子

(莊子に言う、參寥のような先生にこの詩を贈る)

1 參寥子 王琦の解に、「當時の逸士、其の姓名考える無し。蓋し、莊子のって、以て號と為せるなる。莊子に:𤣥冥、之を參寥に聞く、參寥、之を疑始に聞くとあり。崔云う:皆、古人の姓名、或は之を寓するのみ、其の人無し、と。 李云う、參、高なり、高邈 寥 曠 名づく可からざるなり。」とある。隱逸した高士であるが、名前も、生まれもわからず、しかし、存在感を消しているのに、あえば尊敬できる人物であったということであろう。

 

毫墨時洒落、探玄有奇作。

それから、筆を揮えば、字体灑落で、さすがにさっぱりとして粋なものである、又、道家の玄理を探って、著述を試みていて、その議論も奇抜なものにおもえる。

10 毫墨 筆を揮えば、字体灑落でというほどの意。

11 時洒落 ① 生意気なさま。しゃらくさいさま。② さっぱりしているさま。しゃれているさま。

12 探玄 道教の玄理を探求する。

 

著論窮天人、千春秘麟閣。

道家に関する著作の論理の展開は、もはや、天人の際を窮めるというべきものとなっており、長しへに麒麟閣に藏せられて居る位というものである。

13 著論窮天人 道家に関する著作の論理の展開は、もはや、天人の際を窮めると、道家に対する最大の惨事というものであろう。

千春 千回春を迎えること、とこしえにつづくことを言う。

麟閣 麒麟閣の略。別に畫麟閣.雲嫖姚というもとは漢の高祖の時、蒲何が建てて、図書を蔵していたが、のち漢の宜帝は功臣を紀念して表彰するため、霍光等十一人の像を閣上に画かした。宣帝は戎狄が定まって皆、賓服 し、股肱の臣の美を思い、功臣を人に図画させて麒麟閣に絵諸させた。 麒麟閣は未央宮にある。麒麟閣には十一臣が描かれた。 容貌に官爵、姓名を記した。麒麟閣十一臣は以下の通り。・大司馬大将軍博陸侯 姓霍氏、・衛将軍富平侯 張安世、・車騎将軍龍額侯 韓増、・後将軍営平侯 趙充国、・丞相高平侯 魏相、・丞相博陽侯 邴吉、・御史大夫建平侯 杜延年、・ 宗正陽城侯 劉徳、・少府 梁邱賀、・太子太傅 蕭望之、・典属国 蘇武

李白 《塞下曲,六首之三》「駿馬似風飆,鳴鞭出渭橋。彎弓辭漢月,插羽破天驕。陣解星芒盡,營空海霧消。功成畫麟閣,獨有霍嫖姚。」

唐の玄宗皇帝の故事に由来する。 玄宗皇帝は音楽や舞踏の愛好家で、自ら舞楽を教えていた。 その場所に梨が多く植えられていたことから、音楽や舞踏を学ぶ者を「梨園の弟子」といい、転じて、その世界をさすようになった。

 

長揖不受官、拂衣歸林巒。

しかも、長揖して、官を承けず、衣をはらって、林巒に歸臥されたことである。

 

余亦去金馬、藤蘿同所歡。

自分も亦た金馬門に待詔していたが、そこを去って、江湖に放浪し、同じく藤蘿をよじて、世外に隠遁するつもりいるのである。

14 金馬 大明宮の門の名、銀臺門の右銀臺門(金馬門)で、大明宮西壁三門の真ん中に位置し、入門して左に翰林院がある。《長安志、東内大明宮章》「西面右銀台門、侍省右藏庫、次北、翰林門翰林院學士院、又、東翰林院、北有少陽院、結鄰殿。翰林門北、曰、九仙門。」また、漢書東方朔傳に「金門に待詔して、稍や親近を得たり」とある。

金馬・金馬門・銀台()

30巻一古風五十九首其三十

但識金馬門、誰知蓬萊山。

161巻四36東武吟 ( 一作出東門后書懷留別翰林諸公 )

 談笑皆王公、一朝去金馬。

315巻八29贈參寥子

余亦去金馬、藤蘿同所歡。

373卷十贈從弟南平太守之遙二首 其一

承恩初入銀台門、著書獨在金鑾殿。

644巻十九18朝下過盧郎中敘舊游

君登金華省、我入銀台門。

743年(74)李太白集605巻十八12金門答蘇秀才  393-#3 Index-23-2-743年天寶二年43歳 94-74-#3 Ⅰ李白詩1752 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7300

卷六05 -《玉壺吟》「世人不識東方朔、大隱金門是謫仙。」(世人は識らず東方朔、金門に大隱するは是れ謫仙。 いにしえの東方朔の才能とされ、かくいう私の才能が分からないが、「大隠者」のごとく金馬門の翰林院に隠棲している、これをもって、天上よりの「謫仙人」であるが、世間の人々は、そのことを認識していないのである。

○東方朔 漢の武帝に仕えた滑稽文学者をさすが、ここでは、李白、自分自身をたとえた。

○大隠金門 最上級の隠者は、金馬門(翰林院)に隠棲する。東方朔が酒宴で歌った歌詞に「世を金馬門に避く。宮殿の中にも以って世を避け身を全うす可し」とあるのを踏まえた。晋の王康裾の「反招隠」詩にも、「小隈は陵薮(山沢)に隠れ、大隠は朝市(朝廷や市場)に隠る」とある。

743年(55)李太白集卷六05 -《玉壺吟》#2 374Index-23-2-743年天寶二年43歳 94-55#2 Ⅰ李白詩1722 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7153

金門 漢代の未央宮にあった門で、金門・金閨門の名であり、文学の士(学問をもって天子に仕える人)がここから出仕した。本来この門は、「魯般門」という名であるが、門の外に銅製の馬があることからこうよばれた。揚雄 解嘲 「與羣賢同行,歷金門,上玉堂」(羣賢と同行し,金門を歷,玉堂に上る)とある。唐における金門は、右銀臺門をいい、宣政殿の北には紫宸門があり、その内側には紫宸殿がある。紫宸殿の南にある紫寢門の左側には崇明門があり、右側には光順門がある。紫宸殿の東の方角には左銀台門があり、西の方角には右銀台門がある。この門の北沿いに九仙門がある。唐時代では、右銀台門より学士がことから金馬門といい、翰林學士院に出仕するものの代名詞とされた。銀臺 雍録載するところの大典大明宮の圖に「紫宸殿側に右銀臺門、左銀臺門あり」と記してある。學士は院門を出でてより、右銀臺門に至るまで、皆歩行して直に至り、すでに宮城の銀臺門外に出でて、それから馬に乗ることに成って居る。唐.李肇の《翰林志》:「今在右銀臺門之北,第一門向牓曰翰林之門,其制高大重複,號為胡門,入門直西為學士院,即開元十六年所置也。」(今右銀臺門の北にり,第一門牓に向う翰林の門を曰う,其れ高大重複を制し,胡門を為すを號し,門に入り直西は學士院を為し,即ち開元十六年(728)に所置されるなり。)唐.李白.相逢行:「朝騎五花馬,謁帝出銀臺。」(朝に五花の馬に騎し,帝に謁して 銀臺を出ず。)朝に五花の文ある名馬に跨って参内し、天子に拝謁したる後、銀臺門を出でて歸途に就いた人がある。

 

相思在何處、桂樹青云端。

ともかく、思いは、世俗のどこかにおいているものでなく、かの桂樹叢生する靑雲仙界にあると、常に心に思っているのである。

15 桂樹 《山中雜詩三首》 山際見來煙,竹中窺落日。鳥向簷上飛,雲從窗裏出。 綠竹可充食,女蘿可代裙。山中自有宅,桂樹籠青雲。

桂樹

 

117巻三28古朗月行

仙人垂兩足、桂樹何團團。

216卷六11白毫子歌

八公攜手五云去、 空余桂樹愁殺人。

315巻八29贈參寥子

相思在何處、桂樹青云端。

419巻十二09寄淮南友人

復作淮南客、因逢桂樹留。

42112-11聞丹丘子于城北營石門・・・

方從桂樹隱、不羨桃花源。

435巻十二25禪房懷友人岑倫

歸來儻有問、桂樹山之幽。

16 青云端 高い志であるが、此処では仙郷の意。
 
 

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744年年44歳-20-#1 李太白集315巻八29贈參寥子  434Index-24Ⅲ-3Ⅰ李白詩1810 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7590

李白 贈參寥子   #1

白鶴飛天書、南荊訪高士。 五云在峴山、果得參寥子。

骯臟辭故園、昂藏入君門。 天子分玉帛、百官接話言。

(莊子に言う、參寥のような先生にこの詩を贈る)

白鶴が天宮から賜った書を帯びて飛んで行く、その跡を慕って、楚地に高士をたずねてきたのである。五雲たなびく峴山にいたって、參寥子といふ人に出遭った。われは、高亢律直をもって、世に容れられず翰林院を辞し、長安を出た。意気昂然として、君の門に入ったのである。君は当世の大人物で、天子は、玉帛を幣物として、わざわざ招致され、百官は、談話を交え、頻りに優遇してくれたのである。

李太白集 卷八29

贈 參 寥 子 #1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7585

Index-24  744年天寶三年44歳 56-19

433 <1000

 

 

 744年天寶三年44-2056首】-382-315巻八29 贈參寥子  (白鶴飛天書,) 

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

卷一六八25 

文體:

五言古詩

李太白集 

29

 《李白集校注》 瞿蛻園

 卷九29

詩題:

贈參寥子

序文

作地點:

(山南東道 襄州 襄陽)

及地點:

峴山 (山南東道 襄州 峴山) 別名:峴首山

麒麟閣 (京畿道 京兆府 長安) 別名:麟閣

交遊人物:

參寥子    當地交遊(山南東道 襄州 峴山)

 

 

 

 

  卷168_25 《贈參寥子》李白 

白鶴飛天書,南荊訪高士。五雲在峴山,果得參寥子。 

骯髒辭故園,昂藏入君門。天子分玉帛,百官接話言。 

毫墨時灑落,探玄有奇作。著論窮天人,千春秘麟閣。 

長揖不受官,拂衣歸林巒。余亦去金馬,藤蘿同所歡。 

相思在何處,桂樹青雲端。 

 

 

  贈參寥子(卷九29(一)六三九)

白鶴飛天書,南荊訪高士。五雲在峴山,果得參寥子。

骯髒辭故國,昂藏入君門。天子分玉帛,百官接話言。

毫墨時灑落,探玄有奇作。著論窮天人,千春祕麟閣。

長揖不受官,拂衣歸林巒。余亦去金馬,藤蘿同所攀。

相思在何處?桂樹青雲端。

 

 

315巻八29贈參寥子

白鶴飛天書、南荊訪高士。 五云在峴山、果得參寥子。

骯臟辭故園、昂藏入君門。 天子分玉帛、百官接話言。

毫墨時洒落、探玄有奇作。 著論窮天人、千春秘麟閣。

長揖不受官、拂衣歸林巒。 余亦去金馬、藤蘿同所歡。

相思在何處、桂樹青云端。

 

 

315巻八29贈參寥子   #1

白鶴飛天書、南荊訪高士。 五云在峴山、果得參寥子。

骯臟辭故園、昂藏入君門。 天子分玉帛、百官接話言。

(莊子に言う、參寥のような先生にこの詩を贈る)

白鶴が天宮から賜った書を帯びて飛んで行く、その跡を慕って、楚地に高士をたずねてきたのである。

五雲たなびく峴山にいたって、參寥子といふ人に出遭った。

われは、高亢律直をもって、世に容れられず翰林院を辞し、長安を出た。意気昂然として、君の門に入ったのである。

君は当世の大人物で、天子は、玉帛を幣物として、わざわざ招致され、百官は、談話を交え、頻りに優遇してくれたのである。

(參寥子に贈る)  #1

白鶴 天書を飛ばし、南荊に 高士を訪う。

五云 峴山に在り、果して 參寥子を得る。

骯臟 故園を辭し、昂藏 入君の門にる。

天子 玉帛を分ち、百官 話言に接す。
#2

毫墨時洒落、探玄有奇作。 著論窮天人、千春秘麟閣。

長揖不受官、拂衣歸林巒。 余亦去金馬、藤蘿同所歡。

相思在何處、桂樹青云端。

 

『贈參寥子』現代語訳と訳註解説
(
本文)
           #1
贈參寥子

白鶴飛天書、南荊訪高士。 五云在峴山、果得參寥子。

骯臟辭故園、昂藏入君門。 天子分玉帛、百官接話言。

(下し文)

(參寥子に贈る)  #1

白鶴 天書を飛ばし、南荊に 高士を訪う。

五云 峴山に在り、果して 參寥子を得る。

骯臟 故園を辭し、昂藏 入君の門にる。

天子 玉帛を分ち、百官 話言に接す。

(現代語訳)
贈參寥子  #1(莊子に言う、參寥のような先生にこの詩を贈る)

白鶴が天宮から賜った書を帯びて飛んで行く、その跡を慕って、楚地に高士をたずねてきたのである。

五雲たなびく峴山にいたって、參寥子といふ人に出遭った。

われは、高亢律直をもって、世に容れられず翰林院を辞し、長安を出た。意気昂然として、君の門に入ったのである。

君は当世の大人物で、天子は、玉帛を幣物として、わざわざ招致され、百官は、談話を交え、頻りに優遇してくれたのである。


(訳注)   #1

贈參寥子

(莊子に言う、參寥のような先生にこの詩を贈る)

1 參寥子 王琦の解に、「當時の逸士、其の姓名考える無し。蓋し、莊子のって、以て號と為せるなる。莊子に:𤣥冥、之を參寥に聞く、參寥、之を疑始に聞くとあり。崔云う:皆、古人の姓名、或は之を寓するのみ、其の人無し、と。 李云う、參、高なり、高邈 寥 曠 名づく可からざるなり。」とある。隱逸した高士であるが、名前も、生まれもわからず、しかし、存在感を消しているのに、あえば尊敬できる人物であったということであろう。

 

白鶴飛天書、南荊訪高士。

白鶴が天宮から賜った書を帯びて飛んで行く、その跡を慕って、楚地に高士をたずねてきたのである。

2 南荊 楚血をいう。陸機 《演連珠》「南有寡和之歌。」(寡和の歌有り。)李善註に南とは楚を謂うなり。

 

五云在峴山、果得參寥子。

五雲たなびく峴山にいたって、參寥子といふ人に出遭った。

3 五云 五色の雲。參某は隠遁者、仙人であるから常侍白雲が随行する。五雲は彩雲であり、朝日に光ることを言う。

4 峴山 襄陽県の東南にある山で、漢水にのぞむ。唐代の名勝の地。《无和郡縣志》「峴山在襄州襄陽縣東南九里、東/臨漢、水古今大路。」(峴山は襄州襄陽縣の東南九里に在り、東に漢水を/臨み、古今の大路なり。)とあり、 《水經》の註に「峴山羊祜之鎮襄陽也、與鄒潤甫嘗登之。及祜薨後、後人立碑於故處、望/者悲感、杜元凱謂之墮淚碑。」(峴山羊祜の鎮は襄陽なり、與鄒潤甫は嘗て之に登る。祜に及び薨の後、後の人は故の處に碑立した、望む者は悲感し、杜元凱は之を墮淚碑と謂う。)とある。

《卷9-03憶襄陽舊遊贈馬少府巨》

憶襄陽舊遊贈馬少府巨#1

昔為大堤客,曾上山公樓。

開窗碧嶂滿,拂鏡滄江流。

高冠佩雄劍,長揖韓荊州。

此地別夫子,今來思舊遊。

(襄陽の舊遊を憶い 馬少府巨に贈る)

昔 大堤の客と為り,曾て上る 山公の樓。

窗を開けば 碧嶂滿ち,鏡を拂うて滄江流る。

高冠 雄劍を佩び,長揖す 韓荊州。

此の地 夫子に別れ,今來 舊遊を思う。

#2

朱顏君未老,白髮我先秋。

壯志恐蹉跎,功名若雲浮。

歸心結遠夢,落日懸春愁。

空思羊叔子,墮淚峴山頭。

 

朱顏 君 未だ老いず,白髮 我れ先づ秋。

壯志 蹉跎を恐る,功名 雲の浮ぶが若し。

歸心 遠夢を結び,落日 春愁を懸く。

空しく思う 羊叔子,淚を墮す峴山頭。

285-#2 《卷9-03憶襄陽舊遊贈馬少府巨》#2Index-20Ⅱ― 15-740年開元二十八年40歳 <285-#2> Ⅰ李白詩1570 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6398

143巻四18襄陽曲四首其二

山公醉酒時。 酩酊高陽下。頭上白接籬。 倒著還騎馬。

144巻四19襄陽曲四首其三

峴山臨漢江。 水綠沙如雪。上有墮淚碑。 苔久磨滅。

145巻四20襄陽曲四首其四