漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

李白詩全集 卷五

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
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漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

744年年44歳-14李太白集184巻五17沐浴子  429Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-15【56首】Ⅰ李白詩1803 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7555

李白  沐浴子

沐芳莫彈冠,浴蘭莫振衣。處世忌太潔,至人貴藏暉。

滄浪有釣叟,吾與爾同歸。

屈原と同じくせずして、滄浪の漁父と同じく歸著したいと思ってこの詩を作る) 髪を洗うには、芳醇な香水で綺麗に塵を去れば、それで澤山なので、今まで被って居た冠を弾いて、その埃をはらい、それから再び之を頭に戴くという必要はない。湯浴みをするにしても、蘭の如き香草を蒸した湯で、椅麗に身體の汚れを去れば善いので、衣を振って、その塵を落し、それから、再びこれを着るという必要はない。すべて、物事は、大抵にして置かぬと、とかく、やりすぎると、それが為に大変な事が起る。まして、世に処するには、非常に潔白なことを忌むので、道の極に達した人は、わざと光彩をつつんで、世に顕はれぬようにして居る。つまり、「滄浪の水清む、以て吾がを濯ふべし、滄浪の水濁る、以て吾が足を濯うべし」といった通り、清んだにしても、濁ったにしても、これに應じて、おのが身を処して行くのが、至人の至人たる所以である。われは、滄浪の漁父の言ったことが、至極面白いと思うから、屈原と同じくせずして、滄浪の漁父と同じく歸著したいと思って居るところである。

李太白集 巻五17

沐 浴 子

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7555

Index-24  744年天寶三年44歳 56-15

429 <1000

 

 
  2016年4月3日 の紀頌之5つのBlog  
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  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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-376-161巻四36 東武吟 〔出東門后書懷留別翰林諸公 〕  (好古笑流俗,) 

Index-24-3 744年天寶三年44-1756首】

作時年:

744年天寶三年

天寶三年

44

全唐詩卷別:

165_16

文體:

樂府

李太白集 

巻五17

 

 

詩題:

沐浴子

 士贇曰樂府遺聲遊俠二十一曲有沐浴子

作地點:

及地點:

 

  

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

 

 

-377-184巻五17 沐浴子  (沐芳莫彈冠,) 

165_16 《沐浴子》李白 

沐浴子

沐芳莫彈冠,浴蘭莫振衣。

處世忌太潔,至人貴藏暉。 

滄浪有釣叟,吾與爾同歸。 

 

沐浴子

芳に沐するも 冠を彈ずる莫れ,蘭に浴するも衣を振う莫れ。

世に處するには 太潔を忌み,至人は 暉を藏するを貴ぶ。

滄浪に釣叟有り,吾と爾とは 歸を同じゅうせん。

『沐浴子』現代語訳と訳註解説
(
本文)

沐浴子

沐芳莫彈冠,浴蘭莫振衣。

處世忌太潔,至人貴藏暉。

滄浪有釣叟,吾與爾同歸。

(下し文)
沐浴子

芳に沐するも 冠を彈ずる莫れ,蘭に浴するも衣を振う莫れ。

世に處するには 太潔を忌み,至人は 暉を藏するを貴ぶ。

滄浪に釣叟有り,吾と爾とは 歸を同じゅうせん。

(現代語訳)
沐浴子屈原と同じくせずして、滄浪の漁父と同じく歸著したいと思ってこの詩を作る

髪を洗うには、芳醇な香水で綺麗に塵を去れば、それで澤山なので、今まで被って居た冠を弾いて、その埃をはらい、それから再び之を頭に戴くという必要はない。湯浴みをするにしても、蘭の如き香草を蒸した湯で、椅麗に身體の汚れを去れば善いので、衣を振って、その塵を落し、それから、再びこれを着るという必要はない。

すべて、物事は、大抵にして置かぬと、とかく、やりすぎると、それが為に大変な事が起る。まして、世に処するには、非常に潔白なことを忌むので、道の極に達した人は、わざと光彩をつつんで、世に顕はれぬようにして居る。

つまり、「滄浪の水清む、以て吾がを濯ふべし、滄浪の水濁る、以て吾が足を濯うべし」といった通り、清んだにしても、濁ったにしても、これに應じて、おのが身を処して行くのが、至人の至人たる所以である。われは、滄浪の漁父の言ったことが、至極面白いと思うから、屈原と同じくせずして、滄浪の漁父と同じく歸著したいと思って居るところである。


(訳注) 

沐浴子

屈原と同じくせずして、滄浪の漁父と同じく歸著したいと思ってこの詩を作る

1 沐浴子は、楽府の古題、樂府遺聲、遊俠二十一曲に沐浴子が有るのであるが、李白は、沐浴といふところから、屈原の漁父篇を翻案して、此の詩を作ったのである。漁父の篇には、「新沐者必彈冠、新浴者必振衣、安能以身之察察、受物之汶汶者乎。」(新沐者必彈冠、新浴者必振衣、安能以身之察察、受物之汶汶者乎。)の数句がある。然るに、漁父は、これを聞いて一笑し、「浪之水清兮、可以濯吾纓、滄浪之水/濁兮、可以濯吾足。」(浪之水清兮、可以濯吾纓、滄浪之水/濁兮、可以濯吾足。)と歌って立ち去ったというので、これ等をことごとく篇中に取り込んで居る。

 

沐芳莫彈冠,浴蘭莫振衣。

髪を洗うには、芳醇な香水で綺麗に塵を去れば、それで澤山なので、今まで被って居た冠を弾いて、その埃をはらい、それから再び之を頭に戴くという必要はない。湯浴みをするにしても、蘭の如き香草を蒸した湯で、椅麗に身體の汚れを去れば善いので、衣を振って、その塵を落し、それから、再びこれを着るという必要はない。

2 沐 髪を洗う。

 

處世忌太潔,至人貴藏暉。 

すべて、物事は、大抵にして置かぬと、とかく、やりすぎると、それが為に大変な事が起る。まして、世に処するには、非常に潔白なことを忌むので、道の極に達した人は、わざと光彩をつつんで、世に顕はれぬようにして居る。

3 太潔 非常に潔白なること。

4 至人 道の極みに達した人。

5 暉 光彩を放つこと。

 

滄浪有釣叟,吾與爾同歸。 

つまり、「滄浪の水清む、以て吾がを濯ふべし、滄浪の水濁る、以て吾が足を濯うべし」といった通り、清んだにしても、濁ったにしても、これに應じて、おのが身を処して行くのが、至人の至人たる所以である。われは、滄浪の漁父の言ったことが、至極面白いと思うから、屈原と同じくせずして、滄浪の漁父と同じく歸著したいと思って居るところである。

6 滄浪 仙界へ続く海原。滄浪とは長江の支流漢水のことであり、楚を流れる川である。

7 釣叟 屈原の楚辞《漁父》篇に見える隠遁者。同じような内容の詩が、孟子のなかにも童謡として出てくる。あるいは楚国の民謡であったのかもしれない。『孟子・離婁上』に出ており、それについて孔子と問答をしている。『孟子』の内容は次の通り:「孟子曰:…有孺子歌曰:『滄浪之水淸兮,可以濯我纓。滄浪之水濁兮,可以濯我足。』孔子曰:『小子聽之。淸斯濯纓,濁斯濯足矣,自取之也。』…。」このことからも分かるとおり、漁父の「滄浪之水淸兮…」の部分は『孟子』成立時には既に歌われていたことが分かる。この『楚辭』・漁父の辞賦は古歌に基づいて編輯されているのだろう。

漁父

屈原既放、游於江潭、行吟沢畔。顔色憔悴、形容枯槁。

漁父見而問之曰 「子非三閭大夫与。何故至於斯。」

屈原曰 「挙世皆濁、我独清。衆人皆酔、我独醒。是以見放。」

漁父曰 「聖人不三凝滞於物、而能与世推移。世人皆濁、何不淈其泥、而揚其波。衆人皆酔、何不餔其糟、而歠其釃。何故深思高挙、自令放為。」

屈原曰 「吾聞之、『新沐者必弾冠、新浴者必振衣。』安能以身之察察、受物之汶汶者乎。寧赴湘流、葬於江魚之腹中、安能以皓皓之白、而蒙世俗之塵埃乎。」

漁父莞爾而笑、鼓枻而去。乃歌曰、

滄浪之水清兮 、可以吾纓。

滄浪之水濁兮 、可以濯吾足。

遂去、不復与言。

屈原既に放たれて、江潭に游び、行ゆく沢畔に吟ず。顔色憔悴し、形容枯槁せり。

漁父見て之に問うて曰はく、 「子は三閭大夫に非ずや。何の故に斯こに至れる」と。

屈原曰はく、 「世を挙げて皆濁れるに、我独り清めり。衆人皆酔へるに、我独り醒めたり。是を以て放たれたり」と。

漁父曰はく、 「聖人は物に凝滞せずして、能く世と推移す。世人皆濁らば、何ぞ其の泥を淈して、其の波を揚げざる。衆人皆酔はば、何ぞ其の糟を餔ひて、其の釃を歠らざる。何の故に深く思ひ高く挙がりて、自ら放たしむるを為すや」と。

屈原曰はく、「吾之を聞けり。『新たに沐する者は必ず冠を弾き、新たに浴する者は必ず衣を振るふ』と。安くんぞ能く身の察察たるを以つて、物の汶汶たる者を受けんや。寧ろ湘流に赴きて江魚の腹中に葬らるとも、安くんぞ能く晧晧の白きを以つてして、世俗の塵埃を蒙らんや」と。

漁父莞爾として笑ひ、枻を鼓して去る。乃ち歌つて曰はく、

滄浪の水清まば、以つて吾が纓(えい)を濯ふべし。

滄浪の水濁らば、以つて吾が足を濯ふべしと。

 

 

 

   沐浴子

士贇曰樂府遺聲遊俠/二十一曲有沐浴子

沐芳莫彈冠,浴蘭莫振衣。處世忌太潔,至人貴藏暉。/

曰屈原曰、新沐者必彈冠、新浴者必振衣、安能以身之察察、受物之汶汶者乎。 

 五臣曰察察潔白也汶音問垢

/滄浪有釣叟,吾與爾同歸。

士贇曰滄浪釣叟即屈原/詞所謂漁父者此詩全櫽括漁父詞之意前詩含光混世貴無名何用孤/髙比雲月亦此意也其太白涉難後之辭乎

 

 

  沐浴子

  胡震亨曰沐浴子梁陳間曲也古辭澡身/經蘭氾濯髮傃芳洲太白擬作專用楚詞漁父/

沐芳莫彈冠,浴蘭莫振衣。處世忌太潔,至人一作/貴藏暉。

滄浪有釣叟,吾與爾同歸。

楚詞漁父篇屈原既放遊/於江潭行吟澤畔顔色憔悴形容枯槁漁父見而問之曰子非三閭大夫歟何故/至於斯屈原曰舉世皆濁而我獨清衆人皆醉而我獨

醒是以見放漁父曰夫聖人者不凝滯於物而能與世/推移舉世皆濁何不淈其泥而揚其波衆人皆醉何不

餔其糟而歠其醨何故懐瑾握瑜而自令見放為屈原/曰吾聞之新沐者必彈冠新浴者必振衣安能以身之

察察受物之汶汶者乎赴湘流𦵏於江魚之腹中又/安能以皎皎之白而世俗之塵埃乎漁父莞爾而

鼓枻而去歌曰、滄浪之水清兮、可以濯吾纓、滄浪之水/濁兮、可以濯吾足。遂去不復與言、又雲中君篇浴蘭湯兮沐/

 

李白372 巻五 24-《秋思》(春陽如昨日) 372728年開元十六年28歲 <李白372> Ⅰ李白詩1717 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7133

李白  秋思  

春陽如昨日,碧樹鳴黃鸝。蕪然蕙草暮,颯爾涼風吹。

天秋木葉下,月冷莎雞悲。坐愁群芳歇,白露凋華滋。

(秋の寂しげな思いを述べたもの)

長閑な日和がつい昨日のように思われるが、同じように鶯が碧樹で春を告げてくれたこともそうである。しめやかに、蕙草の香りは蕪然として既に移ろい、涼風が颯颯として吹いて、香りを運んでくる。そして、秋は天高く澄みわたり、落葉が雨の如く、はらはらと散り落ちていて、夜になって月は冷ややかに照りキリギリスの声が悲しげに聞こえる。そうして秋は深まって、群芳はすでに散り果て、白露は花を凋ませて、霜露の花は滋るのである。

李白372 巻五 24-《秋思》(春陽如昨日) 372728年開元十六年28 <李白372> Ⅰ李白詩1717 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7133

 

 
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  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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李白372 巻五 24-《秋思》(春陽如昨日) 372728年開元十六年28歲 <李白372> Ⅰ李白詩1717 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7133  
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韓愈125《 巻三03 上兵部李侍郎書》 #2§2-1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1630> Ⅱ#2§2-1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7134  
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
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春思

(春になって折楊柳に安全を祈る、そして、秦の羅敷のように貞操感高く桑を積んでいる。それでも、その思いを知ってか知らずか、羅幃の中へ春風は入ってくると詠う。)

燕草如碧絲,秦桑低綠枝。

燕の地は、北方の寒い處で、春のくることも遅いから、今しも漸く碧の絲のような細い芽が草に出た位、しかるに長安附近では、最早、桑の葉が茂って、緑の枝を垂れている。

當君懷歸日,是妾斷腸時。

君は燕にあり、我は秦に在り、君がかえることを懐う日は、即ち妾が心腸を断つおもいがつのる時である。

春風不相識,何事入羅幃。

これほどの思いをしている我が思いを知らずして、羅幃に吹きこんでいる春風は、まことに気の知れないつれないものである。

(春思)

燕草は 碧絲の如く,秦桑は 綠枝を 低たる。

君が 歸るを懷う日に 當り,是れ妾が腸を斷つの時。

春風 相い識らず,何事ぞ 羅幃に 入る。

秋思

(悲愁の秋、西域にいる夫がいつ帰るかわからず、次第に顔色が変わっていく思婦を詠う。)

燕支黃葉落,妾望自登臺。

燕支山の木の葉は、黄ばんで落ちる、今年も、はや秋に成って、まさに暮れようとしている。夫は、天涯の西域に在って、音信もまったくなく、妾はひとり高台に上って、帰ってほしいと願い思って、その方を眺めている。

海上碧雲斷,單于秋色來。

青海のほとり、碧雲断え、雲だけでも連続して夫のところに至ってくれたらと思うが、それさえもかなえてくれないのである。秋色は、遠く西域の方よりきたって、秋は、しだいに心なくしてくるけれども、その人は、見えない。

胡兵沙塞合,漢使玉關回。

はるかに、塵沙まで凝るほど、おもうに、胡兵が沙中の城塞に合圍をしてしまうから何もできず、遠く旗幟の翻るは、おもふに、和議すでに破れて、漢家の使者が玉門關から帰ってきたのであろう。

征客無歸日,空悲蕙草摧。

この時かえれば、先ず善いのだが、もし帰らなければ、この先、歸えることもあるまい。蘭恵は香草で、人の佩びるものであるが、それさへ、秋風に遇えば、いつしか零落してしまう。それと同じく、妾の顔色も、いつまで、此のままであるべきぞ。かわり易き顔色を以て、何時歸るとも知れぬ夫を待って居る思婦の身の上は、如何にも、哀れなものである。

(秋思)

燕支 黃葉落つ,妾は望んで 自ら臺に登る。

海上 碧雲斷え,單于 秋色來る。

胡兵 沙塞に合し,漢使 玉關より回る。

征客 歸える日無し,空しく 蕙草の摧くるを悲む。

 

年:       728年開元十六年28

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    秋思

 

 

191        巻五  24 

秋思 

(秋の寂しげな思いを述べたもの)

春陽如昨日,碧樹鳴黃鸝。

長閑な日和がつい昨日のように思われるが、同じように鶯が碧樹で春を告げてくれたこともそうである。

蕪然蕙草暮,颯爾涼風吹。

しめやかに、蕙草の香りは蕪然として既に移ろい、涼風が颯颯として吹いて、香りを運んでくる。

天秋木葉下,月冷莎雞悲。

そして、秋は天高く澄みわたり、落葉が雨の如く、はらはらと散り落ちていて、夜になって月は冷ややかに照りキリギリスの声が悲しげに聞こえる。

坐愁群芳歇,白露凋華滋。

そうして秋は深まって、群芳はすでに散り果て、白露は花を凋ませて、霜露の花は滋るのである。

 

(秋思)

春陽 昨日の如く,碧樹に黃鸝を鳴かしむ。

蕪然たる蕙草は暮,颯爾として涼風は吹く。

天は秋にして木葉下り,月は冷やかにして 莎雞 悲しむ。

坐ろに愁う 群芳歇み,白露 華を凋まして滋きを。

 

192        巻五                    李白43743年天寶二年作

春思 

燕草如碧絲。 秦桑低綠枝。

 當君懷歸日。 是妾斷腸時。 

春風不相識。 何事入羅幃。 

                                          

193        巻五                    李白43743年天寶二年作

秋思 

燕支黃葉落。 ( 燕支一作閼氏 ) 妾望白登台。 ( 白一作自 ) 

海上碧云斷。 ( 海上一作月出 ) 單于秋色來。 ( 單于一作蟬聲 ) 胡兵沙塞合。 漢使玉關回。 征客無歸日。 空悲蕙草摧。

 

 

 

『秋思』 現代語訳と訳註解説

(本文)

秋思 

春陽如昨日,碧樹鳴黃鸝。

蕪然蕙草暮,颯爾涼風吹。

天秋木葉下,月冷莎雞悲。

坐愁群芳歇,白露凋華滋。

 

(下し文)

(秋思) 

春陽 昨日の如く,碧樹に黃鸝を鳴かしむ。

蕪然たる蕙草は暮,颯爾として涼風は吹く。

天は秋にして木葉下り,月は冷やかにして 莎雞 悲しむ。

坐ろに愁う 群芳歇み,白露 華を凋まして滋きを。

 

(現代語訳)

(秋の寂しげな思いを述べたもの)

長閑な日和がつい昨日のように思われるが、同じように鶯が碧樹で春を告げてくれたこともそうである。

しめやかに、蕙草の香りは蕪然として既に移ろい、涼風が颯颯として吹いて、香りを運んでくる。

そして、秋は天高く澄みわたり、落葉が雨の如く、はらはらと散り落ちていて、夜になって月は冷ややかに照りキリギリスの声が悲しげに聞こえる。

そうして秋は深まって、群芳はすでに散り果て、白露は花を凋ませて、霜露の花は滋るのである。

 

 

(訳注)

秋思 

(秋の寂しげな思いを述べたもの)

琴操商調 秋思 樂府

春陽如昨日  碧樹鳴黃
蕪然蕙草暮  颯爾涼風
天秋木葉下  月冷莎雞
坐愁群芳歇  白露凋華

○○△●●  ●●○○○

○○●●●  ●●△△△

○○●●●  ●△○○○

●○○○●  ●●○△○

 

春陽如昨日,碧樹鳴黃鸝。

長閑な日和がつい昨日のように思われるが、同じように鶯が碧樹で春を告げてくれたこともそうである。

25 黃鸝 高麗鶯。杜甫『大雲寺贊公房四首其一』「黃鸝度結構,紫鴿下罘。」

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蕪然蕙草暮,颯爾涼風吹。

しめやかに、蕙草の香りは蕪然として既に移ろい、涼風が颯颯として吹いて、香りを運んでくる。

26 蕪然 草木が有れ茂れるさま。

 

天秋木葉下,月冷莎雞悲。

そして、秋は天高く澄みわたり、落葉が雨の如く、はらはらと散り落ちていて、夜になって月は冷ややかに照りキリギリスの声が悲しげに聞こえる。

27 木葉下 岸の木の葉が頻りに散っている。《楚辞·九歌·湘夫人》「嫋嫋兮秋風,洞庭波兮木葉下。

28 莎雞 キリギリス。

 

坐愁群芳歇,白露凋華滋。

そうして秋は深まって、群芳はすでに散り果て、白露は花を凋ませて、霜露の花は滋るのである。

29. 群芳歇 群芳はすでに散り果てること。

30. 白露凋華滋 白露は花を凋ませて、霜露の花は滋る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1「春思」は、古楽府の題にはないが、李白には、「秋思」という詩が二首ある。作時期の違いはあるが、思婦につぃて詠ったものである。この「春思」詩に関連した詩は次に述べる。

 

秋思・春思

 

《巻五 24秋思》

春陽如昨日、碧樹鳴黃鸝。

蕪然蕙草暮、颯爾涼風吹。

天秋木葉下、月冷莎雞悲。

坐愁群芳歇、白露凋華滋。

(秋思)

春陽は昨日の如く、碧樹に黃鸝を鳴かしむ。

蕪然たる蕙草の暮、颯爾として涼風吹く。

天は秋にして 木葉下り、月は冷やかにして莎雞悲む。

坐に愁う 群芳歇み、白露 華は凋まして滋きを。

《巻五 25-春思》

燕草如碧絲,秦桑低綠枝。

當君懷歸日,是妾斷腸時。

春風不相識,何事入羅幃。

(春思)

燕草は 碧絲の如く,秦桑は 綠枝を 低たる。

君が 歸るを懷う日に 當り,是れ妾が腸を斷つの時。

春風 相い識らず,何事ぞ 羅幃に 入る。

《巻五 26秋思》

燕支黃葉落,妾望自登臺。

海上碧雲斷,單于秋色來。

胡兵沙塞合,漢使玉關回。

征客無歸日,空悲蕙草摧。

(秋思)

燕支 黃葉落つ,妾は望んで 自ら臺に登る。

海上 碧雲斷え,單于 秋色來る。

胡兵 沙塞に合し,漢使 玉關より回る。

征客 歸える日無し,空しく 蕙草の摧くるを悲む。

*季節も変わり、月日も流れた…、という時間経過を表している。

2 燕草:北国である燕国の草。夫のいるところをさす。 ・燕:〔えん〕北国の意で使われている。現・河北省北部。 ・如:…のようである。 

3 碧絲:緑色の糸。 ・碧:みどり。あお。後出「綠」との異同は、どちらも、みどり。「碧」〔へき〕は、碧玉のような青緑色。青い石の色。「綠」〔りょく〕は、みどり色の絹。

4 秦桑:(ここ)長安地方のクワ。陌上桑の羅敷 ・秦:〔しん〕、女性のいる場所の長安を指している。 ・低:低くたれる。 秦桑 秦地、即ち長安附近の桑、自己の居るところをさす。《巻五02 -陌上桑》「綠條映素手,採桑向城隅。」(綠條 素手に映じ,桑を採って城隅に向う。)陌上桑には二つある。一には、李白がこの詩、子夜歌に述べた羅敷「秦氏有好女,自名為羅敷。」であり、二は魯の秋胡の妻、《列女伝 秋胡子》「潔婦者,魯秋胡子妻也。」、顔延之(延年)《秋胡詩》のこと、李白はこの詩の後半最後に「使君且不顧,況復論秋胡。徒令白日暮,高駕空踟躕。」と述べている。

5 綠枝:緑色の枝。

6 君:(いとしい)あなた。男性側のこと。 

7 當:…あたる。 

8 懷歸日:戻ってこようと思う日。(彼女に告げていた)帰郷の予定日。

9 是:(それは)…である。 

10 妾:〔しょう〕わたし。女性の謙遜を表す自称。 

11 斷腸:腸(はらわた)が断ち切られるほどのつらさや悲しさ。

 *この聯は、いつになっても帰ってこない男性を、ひたすら待つ身のやるせなさを謂う。 

12 不相識 顔見知りの人ではない。知り合いの人ではない。

13 何事 どうしたことか。 

14 羅幃〔らゐ〕薄絹のとばり。
 *わたし(=女性)の切なく淋しい胸の内を理解して、春風は慰めてくれているのであろうか。 

15 燕支 燕支山のこと。焉支山,又稱胭脂山、刪丹山といい、河西走廊的南部,今日中國甘肅山丹縣城東南50kmの處にある。

16 黃葉落 木の葉が落ちる、気持ちが落ちる。

17 妾 女の自称。

18 望自登臺 秋、99日重陽には高いところに登って夫のことを思う。望夫台は各地にある。

19 海上 臨武、隴右を越えれば、青海があり、その向こうの西域は天竺と思っていた時代である。

20 碧雲斷 高いところに登って冬雲の変わりつつある雲に思いを告げれば伝えてくれそうに思う。

21 單于 本来匈奴の最高地位を言うが、此処ではその者たちの支配する場所。李白が朝廷の関係者の前でこの詩を作ったので、匈奴を卑下して言ったもの。

22 沙塞合 砂を固めてレンガにする、いわゆる日干し煉瓦で造った塞を、匈奴の兵士が取り囲むことを言う。

23 漢使玉關回 漢の使者が玉門関に集められた手紙や言伝を冬になる前に行き、冬になるまでに長安に持ち帰ること。

24 蕙草 この詩の女性自身、女性の心持を言う。

25 黃鸝 高麗鶯。杜甫『大雲寺贊公房四首其一』「黃鸝度結構,紫鴿下罘。」

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26 蕪然 草木が有れ茂れるさま。

27 木葉下 岸の木の葉が頻りに散っている。《楚辞·九歌·湘夫人》「嫋嫋兮秋風,洞庭波兮木葉下。

28 莎雞 キリギリス。

29. 群芳歇 群芳はすでに散り果てること。

30. 白露凋華滋 白露は花を凋ませて、霜露の花は滋る。

743年(53)李白371 巻五 26-《秋思》(燕支黃葉落,) 371Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(53) <李白371> Ⅰ李白詩1716 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7128

李白  秋思

燕支黃葉落,妾望自登臺。海上碧雲斷,單于秋色來。

胡兵沙塞合,漢使玉關回。征客無歸日,空悲蕙草摧。
(悲愁の秋、西域にいる夫がいつ帰るかわからず、次第に顔色が変わっていく思婦を詠う。)

燕支山の木の葉は、黄ばんで落ちる、今年も、はや秋に成って、まさに暮れようとしている。夫は、天涯の西域に在って、音信もまったくなく、妾はひとり高台に上って、帰ってほしいと願い思って、その方を眺めている。青海のほとり、碧雲断え、雲だけでも連続して夫のところに至ってくれたらと思うが、それさえもかなえてくれないのである。秋色は、遠く西域の方よりきたって、秋は、しだいに心なくしてくるけれども、その人は、見えない。はるかに、塵沙まで凝るほど、おもうに、胡兵が沙中の城塞に合圍をしてしまうから何もできず、遠く旗幟の翻るは、おもふに、和議すでに破れて、漢家の使者が玉門關から帰ってきたのであろう。この時かえれば、先ず善いのだが、もし帰らなければ、この先、歸えることもあるまい。蘭恵は香草で、人の佩びるものであるが、それさへ、秋風に遇えば、いつしか零落してしまう。それと同じく、妾の顔色も、いつまで、此のままであるべきぞ。かわり易き顔色を以て、何時歸るとも知れぬ夫を待って居る思婦の身の上は、如何にも、哀れなものである。

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年:743年天寶二年43歳 94-53

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    秋思   李白371 巻五 26

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              刪丹山 (隴右道東部 甘州 刪丹) 別名:燕支山、焉支山             

白登臺 (河東道 雲州 白登山)          

玉門關 (隴右道東部 瓜州 玉門關) 別名:玉關、玉門               

交遊人物/地點:  

 

 

秋思

(悲愁の秋、西域にいる夫がいつ帰るかわからず、次第に顔色が変わっていく思婦を詠う。)

燕支黃葉落,妾望自登臺。

燕支山の木の葉は、黄ばんで落ちる、今年も、はや秋に成って、まさに暮れようとしている。夫は、天涯の西域に在って、音信もまったくなく、妾はひとり高台に上って、帰ってほしいと願い思って、その方を眺めている。

海上碧雲斷,單于秋色來。

青海のほとり、碧雲断え、雲だけでも連続して夫のところに至ってくれたらと思うが、それさえもかなえてくれないのである。秋色は、遠く西域の方よりきたって、秋は、しだいに心なくしてくるけれども、その人は、見えない。

胡兵沙塞合,漢使玉關回。

はるかに、塵沙まで凝るほど、おもうに、胡兵が沙中の城塞に合圍をしてしまうから何もできず、遠く旗幟の翻るは、おもふに、和議すでに破れて、漢家の使者が玉門關から帰ってきたのであろう。

征客無歸日,空悲蕙草摧。

この時かえれば、先ず善いのだが、もし帰らなければ、この先、歸えることもあるまい。蘭恵は香草で、人の佩びるものであるが、それさへ、秋風に遇えば、いつしか零落してしまう。それと同じく、妾の顔色も、いつまで、此のままであるべきぞ。かわり易き顔色を以て、何時歸るとも知れぬ夫を待って居る思婦の身の上は、如何にも、哀れなものである。

 

安史の乱期 勢力図 002 

『秋思』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋思

燕支黃葉落,妾望自登臺。

海上碧雲斷,單于秋色來。

胡兵沙塞合,漢使玉關回。

征客無歸日,空悲蕙草摧。
詩文(含異文)     燕支黃葉落【閼氏黃葉落】,妾望自登臺【妾望白登臺】。海上碧雲斷【月出碧雲斷】,單于秋色來【蟬聲秋色來】。胡兵沙塞合,漢使玉關回。征客無歸日,空悲蕙草摧。


(下し文)
(秋思)

燕支 黃葉落つ,妾は望んで 自ら臺に登る。

海上 碧雲斷え,單于 秋色來る。

胡兵 沙塞に合し,漢使 玉關より回る。

征客 歸える日無し,空しく 蕙草の摧くるを悲む。

(現代語訳)
秋思(悲愁の秋、西域にいる夫がいつ帰るかわからず、次第に顔色が変わっていく思婦を詠う。)

燕支山の木の葉は、黄ばんで落ちる、今年も、はや秋に成って、まさに暮れようとしている。夫は、天涯の西域に在って、音信もまったくなく、妾はひとり高台に上って、帰ってほしいと願い思って、その方を眺めている。

青海のほとり、碧雲断え、雲だけでも連続して夫のところに至ってくれたらと思うが、それさえもかなえてくれないのである。秋色は、遠く西域の方よりきたって、秋は、しだいに心なくしてくるけれども、その人は、見えない。

はるかに、塵沙まで凝るほど、おもうに、胡兵が沙中の城塞に合圍をしてしまうから何もできず、遠く旗幟の翻るは、おもふに、和議すでに破れて、漢家の使者が玉門關から帰ってきたのであろう。

この時かえれば、先ず善いのだが、もし帰らなければ、この先、歸えることもあるまい。蘭恵は香草で、人の佩びるものであるが、それさへ、秋風に遇えば、いつしか零落してしまう。それと同じく、妾の顔色も、いつまで、此のままであるべきぞ。かわり易き顔色を以て、何時歸るとも知れぬ夫を待って居る思婦の身の上は、如何にも、哀れなものである。

Ta唐 長安近郊圖  新02
(訳注)

秋思

(悲愁の秋、西域にいる夫がいつ帰るかわからず、次第に顔色が変わっていく思婦を詠う。)743年天寶二年43歳の長安での作。李白371  李太白集 巻五 26

728年開元十六年28歳の作、巻五 24-《秋思》「春陽如昨日、碧樹鳴黃鸝。 蕪然蕙草暮、颯爾涼風吹。 天秋木葉下、月冷莎雞悲。 坐愁群芳歇、白露凋華滋。」

 

燕支黃葉落,妾望自登臺。

燕支山の木の葉は、黄ばんで落ちる、今年も、はや秋に成って、まさに暮れようとしている。夫は、天涯の西域に在って、音信もまったくなく、妾はひとり高台に上って、帰ってほしいと願い思って、その方を眺めている。

1.   燕支 燕支山のこと。焉支山,又稱胭脂山、刪丹山といい、河西走廊的南部,今日中國甘肅山丹縣城東南50kmの處にある。

2.   黃葉落 木の葉が落ちる、気持ちが落ちる。

3.    女の自称。

4.   望自登臺 秋、99日重陽には高いところに登って夫のことを思う。望夫台は各地にある。

 

海上碧雲斷,單于秋色來。

青海のほとり、碧雲断え、雲だけでも連続して夫のところに至ってくれたらと思うが、それさえもかなえてくれないのである。秋色は、遠く西域の方よりきたって、秋は、しだいに心なくしてくるけれども、その人は、見えない。

5.   海上 臨武、隴右を越えれば、青海があり、その向こうの西域は天竺と思っていた時代である。

6.   碧雲斷 高いところに登って冬雲の変わりつつある雲に思いを告げれば伝えてくれそうに思う。

7.   單于 本来匈奴の最高地位を言うが、此処ではその者たちの支配する場所。李白が朝廷の関係者の前でこの詩を作ったので、匈奴を卑下して言ったもの。

 

胡兵沙塞合,漢使玉關回。

はるかに、塵沙まで凝るほど、おもうに、胡兵が沙中の城塞に合圍をしてしまうから何もできず、遠く旗幟の翻るは、おもふに、和議すでに破れて、漢家の使者が玉門關から帰ってきたのであろう。

8.   沙塞合 砂を固めてレンガにする、いわゆる日干し煉瓦で造った塞を、匈奴の兵士が取り囲むことを言う。

9.   漢使玉關回 漢の使者が玉門関に集められた手紙や言伝を冬になる前に行き、冬になるまでに長安に持ち帰ること。

 

征客無歸日,空悲蕙草摧。

この時かえれば、先ず善いのだが、もし帰らなければ、この先、歸えることもあるまい。蘭恵は香草で、人の佩びるものであるが、それさへ、秋風に遇えば、いつしか零落してしまう。それと同じく、妾の顔色も、いつまで、此のままであるべきぞ。かわり易き顔色を以て、何時歸るとも知れぬ夫を待って居る思婦の身の上は、如何にも、哀れなものである。

10. 蕙草 この詩の女性自身、女性の心持を言う。

743年(52)李白 巻五 25-《春思》(燕草如碧絲,) Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(51) <李白> Ⅰ李白詩1710 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7098

李白  春思 

燕草如碧絲,秦桑低綠枝。當君懷歸日,是妾斷腸時。春風不相識,何事入羅幃。
(春になって折楊柳に安全を祈る、そして、秦の羅敷のように貞操感高く桑を積んでいる。それでも、その思いを知ってか知らずか、羅幃の中へ春風は入ってくると詠う。)

燕の地は、北方の寒い處で、春のくることも遅いから、今しも漸く碧の絲のような細い芽が草に出た位、しかるに長安附近では、最早、桑の葉が茂って、緑の枝を垂れている。君は燕にあり、我は秦に在り、君がかえることを懐う日は、即ち妾が心腸を断つおもいがつのる時である。これほどの思いをしている我が思いを知らずして、羅幃に吹きこんでいる春風は、まことに気の知れないつれないものである。

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年:743年天寶二年43歳 94-52

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    春思

作地點:長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:無

 

 

春思

(春になって折楊柳に安全を祈る、そして、秦の羅敷のように貞操感高く桑を積んでいる。それでも、その思いを知ってか知らずか、羅幃の中へ春風は入ってくると詠う。)

燕草如碧絲,秦桑低綠枝。

燕の地は、北方の寒い處で、春のくることも遅いから、今しも漸く碧の絲のような細い芽が草に出た位、しかるに長安附近では、最早、桑の葉が茂って、緑の枝を垂れている。

當君懷歸日,是妾斷腸時。

君は燕にあり、我は秦に在り、君がかえることを懐う日は、即ち妾が心腸を断つおもいがつのる時である。

春風不相識,何事入羅幃。

これほどの思いをしている我が思いを知らずして、羅幃に吹きこんでいる春風は、まことに気の知れないつれないものである。

(春思)

燕草は 碧絲の如く,秦桑は 綠枝を 低たる。

君が 歸るを懷う日に 當り,是れ妾が腸を斷つの時。

春風 相い識らず,何事ぞ 羅幃に 入る。

桑摘女00 

『春思』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春思

燕草如碧絲,秦桑低綠枝。

當君懷歸日,是妾斷腸時。

春風不相識,何事入羅幃。

(下し文)
(春思)

燕草は 碧絲の如く,秦桑は 綠枝を 低たる。

君が 歸るを懷う日に 當り,是れ妾が腸を斷つの時。

春風 相い識らず,何事ぞ 羅幃に 入る。

(現代語訳)
春思(春になって折楊柳に安全を祈る、そして、秦の羅敷のように貞操感高く桑を積んでいる。それでも、その思いを知ってか知らずか、羅幃の中へ春風は入ってくると詠う。)

燕の地は、北方の寒い處で、春のくることも遅いから、今しも漸く碧の絲のような細い芽が草に出た位、しかるに長安附近では、最早、桑の葉が茂って、緑の枝を垂れている。

君は燕にあり、我は秦に在り、君がかえることを懐う日は、即ち妾が心腸を断つおもいがつのる時である。

これほどの思いをしている我が思いを知らずして、羅幃に吹きこんでいる春風は、まことに気の知れないつれないものである。


(訳注)

春思

(春になって折楊柳に安全を祈る、そして、秦の羅敷のように貞操感高く桑を積んでいる。それでも、その思いを知ってか知らずか、羅幃の中へ春風は入ってくると詠う。)

【題義】「春思」は、古楽府の題にはないが、李白には、「秋思」という詩が二首ある。作時期の違いはあるが、思婦につぃて詠ったものである。この「春思」詩に関連した詩は次に述べる。

 

秋思・春思

 

《巻五 24秋思》

春陽如昨日、碧樹鳴黃鸝。

蕪然蕙草暮、颯爾涼風吹。

天秋木葉下、月冷莎雞悲。

坐愁群芳歇、白露凋華滋。

(秋思)

春陽は昨日の如く、碧樹に黃鸝を鳴かしむ。

蕪然たる蕙草の暮、颯爾として涼風吹く。

天は秋にして 木葉下り、月は冷やかにして莎雞悲む。

坐に愁う 群芳歇み、白露 華は凋まして滋きを。

《巻五 25-春思》

燕草如碧絲,秦桑低綠枝。

當君懷歸日,是妾斷腸時。

春風不相識,何事入羅幃。

(春思)

燕草は 碧絲の如く,秦桑は 綠枝を 低たる。

君が 歸るを懷う日に 當り,是れ妾が腸を斷つの時。

春風 相い識らず,何事ぞ 羅幃に 入る。

《巻五 26秋思》

燕支黃葉落,妾望自登臺。

海上碧雲斷,單于秋色來。

胡兵沙塞合,漢使玉關回。

征客無歸日,空悲蕙草摧。

(秋思)

燕支 黃葉落つ,妾は望んで 自ら臺に登る。

海上 碧雲斷え,單于 秋色來る。

胡兵 沙塞に合し,漢使 玉關より回る。

征客 歸える日無し,空しく 蕙草の摧くるを悲む。

 曉鶯005

 

燕草如碧絲、秦桑低綠枝。
燕の地は、北方の寒い處で、春のくることも遅いから、今しも漸く碧の絲のような細い芽が草に出た位、しかるに長安附近では、最早、桑の葉が茂って、緑の枝を垂れている。

*季節も変わり、月日も流れた…、という時間経過を表している。

1.    燕草:北国である燕国の草。夫のいるところをさす。 ・燕:〔えん〕北国の意で使われている。現・河北省北部。 ・如:…のようである。 

2.    碧絲:緑色の糸。 ・碧:みどり。あお。後出「綠」との異同は、どちらも、みどり。「碧」〔へき〕は、碧玉のような青緑色。青い石の色。「綠」〔りょく〕は、みどり色の絹。

3.    秦桑:(ここ)長安地方のクワ。陌上桑の羅敷 ・秦:〔しん〕、女性のいる場所の長安を指している。 ・低:低くたれる。 秦桑 秦地、即ち長安附近の桑、自己の居るところをさす。《巻五02 -陌上桑》「綠條映素手,採桑向城隅。」(綠條 素手に映じ,桑を採って城隅に向う。)陌上桑には二つある。一には、李白がこの詩、子夜歌に述べた羅敷「秦氏有好女,自名為羅敷。」であり、二は魯の秋胡の妻、《列女伝 秋胡子》「潔婦者,魯秋胡子妻也。」、顔延之(延年)《秋胡詩》のこと、李白はこの詩の後半最後に「使君且不顧,況復論秋胡。徒令白日暮,高駕空踟躕。」と述べている。

4.    綠枝:緑色の枝。

 

當君懷歸日、是妾斷腸時。
君は燕にあり、我は秦に在り、君がかえることを懐う日は、即ち妾が心腸を断つおもいがつのる時である。

5.    :(いとしい)あなた。男性側のこと。 

6.    :…あたる。 

7.    懷歸日:戻ってこようと思う日。(彼女に告げていた)帰郷の予定日。

8.    是:(それは)…である。 

9.    妾:〔しょう〕わたし。女性の謙遜を表す自称。 

10.  斷腸:腸(はらわた)が断ち切られるほどのつらさや悲しさ。

 *この聯は、いつになっても帰ってこない男性を、ひたすら待つ身のやるせなさを謂う。 

 

春風不相識、何事入羅幃。
これほどの思いをしている我が思いを知らずして、羅幃に吹きこんでいる春風は、まことに気の知れないつれないものである。

11.  不相識 顔見知りの人ではない。知り合いの人ではない。

12.  何事 どうしたことか。 

13.  羅幃〔らゐ〕薄絹のとばり。
 *わたし(=女性)の切なく淋しい胸の内を理解して、春風は慰めてくれているのであろうか。 

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李白  從軍行

從軍玉門道,逐虜金微山。笛奏梅花曲,刀開明月環。

鼓聲鳴海上,兵氣擁雲間。願斬單于首,長驅靜鐵關。
(匈奴との戦いに西域の極みまで言って戦うものの歌)

従軍して、玉門關の道をたどり、やがて匈奴を討ち破って、金傲山の邊まで之を逐い拂ってしまった。軍中に於いては、笛中に落梅花の曲を奏すれども、北地もとより梅花あらず、刀上の環は、固くして明月の如く、環は還と音が通じているから、自分は、いつ帰るとも分らない。今しも、戦機復た方に熟し、金鼓の聲は青海の岸に轟き、兵気は雲間に充満して、まことに物凄い景色である。願わくば、単于の首を斬り、長躯して鐡門關に至り、すっかり邊境を静めて、匈奴の入寇を根絶したいと思っているのである。

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詩題:    從軍行

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              玉門關 (隴右道東部 瓜州 玉門關) 別名:玉關、玉門              

金微山 ( 豐州 安北都護府) 別名:鐵關          

交遊人物/地點:  

 

 

從軍行

(匈奴との戦いに西域の極みまで言って戦うものの歌)

從軍玉門道,逐虜金微山。

従軍して、玉門關の道をたどり、やがて匈奴を討ち破って、金傲山の邊まで之を逐い拂ってしまった。

笛奏梅花曲,刀開明月環。

軍中に於いては、笛中に落梅花の曲を奏すれども、北地もとより梅花あらず、刀上の環は、固くして明月の如く、環は還と音が通じているから、自分は、いつ帰るとも分らない。

鼓聲鳴海上,兵氣擁雲間。

今しも、戦機復た方に熟し、金鼓の聲は青海の岸に轟き、兵気は雲間に充満して、まことに物凄い景色である。

願斬單于首,長驅靜鐵關。
願わくば、単于の首を斬り、長躯して鐡門關に至り、すっかり邊境を静めて、匈奴の入寇を根絶したいと思っているのである。

(從軍の行【うた】)

從軍 玉門の道,虜を逐う 金微の山。

笛は奏ず 梅花の曲,刀は開く 明月の環。

鼓は聲す 海上の鳴るに,兵は氣し 雲間を擁すを。

願わくば 單于の首を斬り,長驅して 鐵關を靜めん。

 

『從軍行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

從軍行

從軍玉門道,逐虜金微山。

笛奏梅花曲,刀開明月環。

鼓聲鳴海上,兵氣擁雲間。

願斬單于首,長驅靜鐵關。

(下し文)
(從軍の行【うた】)

從軍 玉門の道,虜を逐う 金微の山。

笛は奏ず 梅花の曲,刀は開く 明月の環。

鼓は聲す 海上の鳴るに,兵は氣し 雲間を擁すを。

願わくば 單于の首を斬り,長驅して 鐵關を靜めん。

(現代語訳)
從軍行(匈奴との戦いに西域の極みまで言って戦うものの歌)

従軍して、玉門關の道をたどり、やがて匈奴を討ち破って、金傲山の邊まで之を逐い拂ってしまった。

軍中に於いては、笛中に落梅花の曲を奏すれども、北地もとより梅花あらず、刀上の環は、固くして明月の如く、環は還と音が通じているから、自分は、いつ帰るとも分らない。

今しも、戦機復た方に熟し、金鼓の聲は青海の岸に轟き、兵気は雲間に充満して、まことに物凄い景色である。

願わくば、単于の首を斬り、長躯して鐡門關に至り、すっかり邊境を静めて、匈奴の入寇を根絶したいと思っているのである。


(訳注)

從軍行

(匈奴との戦いに西域の極みまで言って戦うものの歌)

從軍行 従軍行は、軍旗辛苦の状を述べるものであるから、匈奴の事に關した此題の詩は、塞上・塞下の諸曲と極めて類似して居る。六朝までの詩は、軍人の詩であったが、唐の時には、戦場に行かない者が、想像で書いたもの、酒宴の席で歌われたものである。

巻四08-塞下曲六首之一(十五入漢宮,)、《巻四09-塞下曲六首之二》(天兵下北荒,)、《巻四10-塞下曲六首之三》、《巻四11-塞下曲六首之四》(白馬黃金塞)、《巻四12-塞下曲六首之五(塞虜乘秋下,)、《巻四13-塞下曲六首之六》(烽火動沙漠)、《巻四15-塞上曲(大漢無中策,) 《巻五10-折楊柳》(垂楊拂綠水,)《巻五12-紫騮馬》(紫騮行且嘶,)などある。

折楊柳

垂楊拂綠水,搖豔東風年。花明玉關雪,葉暖金窗煙。

美人結長想,對此心淒然。攀條折春色,遠寄龍庭前。

(折楊柳)

垂楊は綠水を拂い,搖豔 東風の年。

花は明かなり 玉關の雪,葉は暖かなり 金窗の煙。

美人 長想を結び,此に對して 心淒然。

攀條 春色を折り,遠く寄す 龍庭の前。

 

紫騮馬

紫騮行且嘶,雙翻碧玉蹄。

臨流不肯渡,似惜錦障泥。

白雪關山遠,黃雲海戍迷。

揮鞭萬里去,安得念春閨。

(紫騮馬)

紫騮 行いて且つ嘶く,雙翻す 碧玉の蹄。

流に臨んで 肯て渡らず,惜むに似たり 錦障の泥を。

白雪 關山遠く,黃雲 海戍迷う。

鞭を揮って萬里に去る,安ぞ得ん 春閨を念うを。

 

從軍玉門道,逐虜金微山。

従軍して、玉門關の道をたどり、やがて匈奴を討ち破って、金傲山の邊まで之を逐い拂ってしまった。

1.   玉門 玉門關の略、中国の甘粛(かんしゅく)省北西部、敦煌(とんこう)(トゥンホワン)市西北約100kmのゴビ砂漠の中にある、唐の時代のシルクロード交易の関所で、河西回廊の防衛拠点の遺跡。玉門関は漢の時代に、南に位置する陽関とともに初めて設けられたが、現在残っているのは唐の時代の遺跡である。玉門関はシルクロード交易の重要な中継地となり、新疆(しんきょう)の和田で算出される玉を中原へ運ぶための中継地ともなったことから、玉門関と名づけられたといわれている。

巻二28楽府胡無人

天兵照雪下玉關。 虜箭如沙射金甲。

巻三34 王昭君二首其一

漢家秦地月。 流影照明妃。一上玉關道。 天涯去不歸。

巻四12- 塞下曲六首 其五

邊月隨弓影。 胡霜拂劍花。 玉關殊未入。 少婦莫長嗟。

巻五10折楊柳

垂楊拂綠水。 搖艷東風年。 花明玉關雪。 葉暖金窗煙。

巻五 26秋思

單于秋色來。 胡兵沙塞合。 漢使玉關回。 征客無歸日。

巻五 29子夜歌:秋歌

長安一片月。 萬搗衣聲。 秋風吹不盡。 總是玉關情。

巻二十登邯鄲洪波台置酒觀發兵

天狼正可射。 感激無時閑。 觀兵洪波台。 倚劍望玉關。

巻二一奔亡道中五首  其四

函谷如玉關。 几時可生還。 洛陽為易水。 嵩岳是燕山。

巻二二22清溪半夜聞笛

羌笛梅花引。 溪隴水情。 寒山秋浦月。 腸斷玉關聲。

巻二四55思邊

西山白雪暗秦云。 玉關去此三千里。 欲寄音書那可聞。

2.   金微 山名。今中蒙交界處的阿爾泰山脈で漢匈戦争を行ったところ。漢武帝時代,西漢反守為攻,主動攻擊匈奴,漢匈雙方強弱平勢であったため二百年以上続いたものである。

 

笛奏梅花曲,刀開明月環

軍中に於いては、笛中に落梅花の曲を奏すれども、北地もとより梅花あらず、刀上の環は、固くして明月の如く、環は還と音が通じているから、自分は、いつ帰るとも分らない。

3.   梅花曲 落梅花といふ笛曲を指す。李白《卷六01襄陽歌》「千金駿馬換小妾、笑坐雕鞍歌落梅。」(千金の駿馬小妾と換へ,笑ひて雕鞍に坐して『落梅』を歌う。)千金の値うちのあるスマートな足の早い馬を、おれの女と取り換えてもらい、にっこり笑い、見事な彫り物をほどこした鞍にまたがり、「落梅」の歌を口ずさむ。

4.   刀開明月環 刀の先端に囲い環の付いて居るをいう。その環といふ字が帰還につながるものであるということからその意味に使う。

 

鼓聲鳴海上,兵氣擁雲間

今しも、戦機復た方に熟し、金鼓の聲は青海の岸に轟き、兵気は雲間に充満して、まことに物凄い景色である。

5.   海上 青海の岸、青海の向こうに玉門關、金微山、鐵門關がある。

 

願斬單于首,長驅靜鐵關。

願わくば、単于の首を斬り、長躯して鐡門關に至り、すっかり邊境を静めて、匈奴の入寇を根絶したいと思っているのである。

6.   單于首 單于とは?難読語辞典。 匈奴(きようど)の最高君主の称号。李白《巻三36幽州胡馬客歌》「天驕五單于。 狼戾好凶殘。」(天驕五単于、狼戻にして兇残を好む。)匈奴の単于は自らを天の驕児と称した。 狼の如く心ねじれた道理を持っており、強暴で残忍なことを好んでいる。・天驕 匈奴の単于はみづからを天の驕児と称した。・五単于(ぜんう)漢の宣帝のとき匈奴は五単于ならび立った。・狼戻(ろうれい)狼の如く心ねぢけ道理にもとる。

7.   鐵關 唐書地理志に「焉耆より西五十里鉄門関を過ぐ」とあって、西域の極門としてある。青海から、玉門關へ、その距離の倍程度西に行った地点で黄河と西域の分水嶺のあたり。

743年(50)李白 巻五12-《紫騮馬》(紫騮行且嘶,) Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(49) <李白> Ⅰ李白詩1708 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7088

李白  紫騮馬

紫騮行且嘶,雙翻碧玉蹄。臨流不肯渡,似惜錦障泥。

白雪關山遠,黃雲海戍迷。揮鞭萬里去,安得念春閨。
(西域の邊塞後の守りには紫騮馬の跨ってゆくものであるが、賢い馬なので、功をなすことだろう、ただ問題は、あまりにいい馬であるために、家で待つ妻のことを思い出す暇がないということになってしまう)

わが赤毛の駒は、路を行きながら、嘶きつつ、碧玉の如き蹄を遊び翻して足なみも、極めて静かで賢いのである。途中に流水に遇ったら王濟のように馬のことがわかっているから渡らないし、当然、錦の泥よけを汚すことを恐れるからで、さすがに、名馬である。今、この馬に跨り、遠く出でて邊塞を守れば、白雪、黄雲の地であり、關山遠くして、望むものであるが、青海となれば、亦た この馬であっても迷うであろう。但し、鞭を揮って萬李の先へ馳せ行く間は、意、功名の事だけに専念して、里心を起こし、香閏を守って居る人を思う暇などどうしてあるものか。

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年:743年天寶二年43歳 94-49

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    紫騮馬

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

寫及地點:無

交遊人物/地點:  

 

 

紫騮馬

(西域の邊塞後の守りには紫騮馬の跨ってゆくものであるが、賢い馬なので、功をなすことだろう、ただ問題は、あまりにいい馬であるために、家で待つ妻のことを思い出す暇がないということになってしまう)

紫騮行且嘶,雙翻碧玉蹄。

わが赤毛の駒は、路を行きながら、嘶きつつ、碧玉の如き蹄を遊び翻して足なみも、極めて静かで賢いのである。

臨流不肯渡,似惜錦障泥。

途中に流水に遇ったら王濟のように馬のことがわかっているから渡らないし、当然、錦の泥よけを汚すことを恐れるからで、さすがに、名馬である。

白雪關山遠,黃雲海戍迷。

今、この馬に跨り、遠く出でて邊塞を守れば、白雪、黄雲の地であり、關山遠くして、望むものであるが、青海となれば、亦た この馬であっても迷うであろう。

揮鞭萬里去,安得念春閨。

但し、鞭を揮って萬李の先へ馳せ行く間は、意、功名の事だけに専念して、里心を起こし、香閏を守って居る人を思う暇などどうしてあるものか。

 

(紫騮馬)

紫騮 行いて且つ嘶く,雙翻す 碧玉の蹄。

流に臨んで 肯て渡らず,惜むに似たり 錦障の泥を。

白雪 關山遠く,黃雲 海戍迷う。

鞭を揮って萬里に去る,安ぞ得ん 春閨を念うを。

馬002

『紫騮馬』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

紫騮馬

紫騮行且嘶,雙翻碧玉蹄。

臨流不肯渡,似惜錦障泥。

白雪關山遠,黃雲海戍迷。

揮鞭萬里去,安得念春閨。
詩文(含異文)

紫騮行且嘶,雙翻碧玉蹄。臨流不肯渡,似惜錦障泥。白雪關山遠【白雪關城遠】,黃雲海戍迷【黃雲海樹迷】。揮鞭萬里去,安得念春閨【安得戀春閨】。


(下し文)
(紫騮馬)

紫騮 行いて且つ嘶く,雙翻す 碧玉の蹄。

流に臨んで 肯て渡らず,惜むに似たり 錦障の泥を。

白雪 關山遠く,黃雲 海戍迷う。

鞭を揮って萬里に去る,安ぞ得ん 春閨を念うを。

(現代語訳)
紫騮馬(西域の邊塞後の守りには紫騮馬の跨ってゆくものであるが、賢い馬なので、功をなすことだろう、ただ問題は、あまりにいい馬であるために、家で待つ妻のことを思い出す暇がないということになってしまう)

わが赤毛の駒は、路を行きながら、嘶きつつ、碧玉の如き蹄を遊び翻して足なみも、極めて静かで賢いのである。

途中に流水に遇ったら王濟のように馬のことがわかっているから渡らないし、当然、錦の泥よけを汚すことを恐れるからで、さすがに、名馬である。

今、この馬に跨り、遠く出でて邊塞を守れば、白雪、黄雲の地であり、關山遠くして、望むものであるが、青海となれば、亦た この馬であっても迷うであろう。

但し、鞭を揮って萬李の先へ馳せ行く間は、意、功名の事だけに専念して、里心を起こし、香閏を守って居る人を思う暇などどうしてあるものか。

李白の足跡0000馬003
(訳注)

紫騮馬

(西域の邊塞後の守りには紫騮馬の跨ってゆくものであるが、賢い馬なので、功をなすことだろう、ただ問題は、あまりにいい馬であるために、家で待つ妻のことを思い出す暇がないということになってしまう)

紫騮馬は、楽府題にして、横吹曲に属し、古辭に十五従軍征、八十始得帰。道逢郷里人 、家中有阿誰。遥望是君家 、松柏冢纍纍。(十五にして軍に従いて征き、八十にして始めて帰るを得たり。道に郷里の人に逢う、家中に何誰か有りや。遥かに望む是れ君が家、松柏の冢【つか】纍纍たり。)といい、梁の同題の曲に「獨柯不成樹、獨樹不成林、念郎錦禰襠、 恒長不忘心。」といい、大抵、従軍久戍、歸るを懐うという作であるが、梁の簡文帝、元帝、陳の後主、徐陵の諸作に至りては、単に馬を詠じて居る。李白の此詩は、両者を抱きませた様なもので、なお多少の古色があるというものである。

巻三20採蓮曲

若耶溪傍採蓮女,笑隔荷花共人語。

日照新妝水底明,風飄香袂空中舉。

岸上誰家遊冶郎,三三五五映垂楊。

紫騮嘶入落花去,見此踟躕空斷腸。

 

紫騮行且嘶,雙翻碧玉蹄。

わが赤毛の駒は、路を行きながら、嘶きつつ、碧玉の如き蹄を遊び翻して足なみも、極めて静かで賢いのである。

紫騮 赤毛の馬、説文に「騮は赤馬、黒毛の尾あり」とあり、爾雅の註に「赤色黒鬣」とある。紫は、つまり赤の濃いものである。鄭玄の毛詩箋に「赤身黒鬣を騮という。」とある。

《巻三20採蓮曲》「紫騮嘶入落花去。 見此踟躕空斷腸。

《巻五12紫騮馬》「紫騮行且嘶。 雙翻碧玉蹄。 臨流不肯渡。 似惜錦障泥。

《巻十七27宣城送劉副使入秦》「昔贈紫騮駒。 今傾白玉卮。 同歡萬斛酒。 未足解相思。」

碧玉蹄 馬蹄の美しさを形容していう。 亦た良馬、賢い馬をいう。沈佺期《驄馬》「西北五花驄,來時道向東。四蹄碧玉片,雙眼黃金瞳。 鞍上留明月,嘶間動朔風。借君馳沛艾,一戰取雲中。」とある。

 

臨流不肯渡,似惜錦障泥。

途中に流水に遇ったら王濟のように馬のことがわかっているから渡らないし、当然、錦の泥よけを汚すことを恐れるからで、さすがに、名馬である。

臨流不肯渡 《晉書王濟傳》“濟善解馬性, 嘗乘一馬, 著連乾鄣泥, 前有水, 終不肯渡。濟云:「此必是惜鄣泥。」使人解去,便渡。”善く馬の性を解す、かつて、一馬に乗り、連金の障泥を著く。前に水あれば、終に肯て渡らず。済云ふ、これ必ず障泥は惜しむならむと。人をして解き去らしめ、便ち渡る)とある。

王済は馬の性質をよく理解した。かつて馬に乗っていると、乾いて道を塞ぐ泥が連なっており、前方には川があった。ついに王済は、馬に川を渡らせなかった。王済は「馬が泥で汚れるとイヤだ」と言った。人に(泥の障壁を)壊させてから、渡った。ゆえに杜預は「王済には馬癖がある」と言われた。

 

白雪關山遠,黃雲海戍迷。

今、この馬に跨り、遠く出でて邊塞を守れば、白雪、黄雲の地であり、關山遠くして、望むものであるが、青海となれば、亦た この馬であっても迷うであろう。

白雪,黃雲 ともに成名。白雪に、吐蕃との閥境に常り、責書は.何虞だか分らねが、海戊といへぼ、いづれ青海近傍であらう。

 

揮鞭萬里去,安得念春閨。

但し、鞭を揮って萬李の先へ馳せ行く間は、意、功名の事だけに専念して、里心を起こし、香閏を守って居る人を思う暇などどうしてあるものか。

念春閨 里心を起こし、香閏を守って居る人を思うこと、手紙の一つを書くこと。

743年(49)李白 巻五10-《折楊柳》(垂楊拂綠水,) Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(49) <李白> Ⅰ李白詩1707 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7083

李白  折楊柳 

垂楊拂綠水,搖豔東風年。花明玉關雪,葉暖金窗煙。

美人結長想,對此心淒然。攀條折春色,遠寄龍庭前。
(長安には若い寡婦が多い、出征する夫と別れに楊柳を折って無事を祈ったが、何年もたっても西域から帰ってこない、今年も春になって柳がなびくそこでもう一度折楊柳して無事を願うという)

垂楊は、春に成って緑を囘し、澄める水を拂いつ、東風に向いて靡いて居る。岸辺の楊花は、白くして、玉關の雪より明かにしげり、葉は暖かに、黄金を飾れる窓に映って、靄は虹のように煙って居る。その家の空閏の美人は、池のほとりの楊花を見て、遠征の夫を思い出し、心悽然として、長き思いが解けやることはなかった。やがて、その枝を攀じってみる、春の色をこめたるを折り取って、はるかに、龍庭の彼方に居る夫に贈りたいと思っている。

743年(49)李白 巻五10-《折楊柳》(垂楊拂綠水,) Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94-49) <李白> Ⅰ李白詩1707 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7083

 

 
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年:-743年天寶二年43歳 94-49

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    折楊柳

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              玉門關 (隴右道東部 瓜州 玉門關) 別名:玉關、玉門  

交遊人物/地點:  

 

 

折楊柳

(長安には若い寡婦が多い、出征する夫と別れに楊柳を折って無事を祈ったが、何年もたっても西域から帰ってこない、今年も春になって柳がなびくそこでもう一度折楊柳して無事を願うという)

垂楊拂綠水,搖豔東風年。

垂楊は、春に成って緑を囘し、澄める水を拂いつ、東風に向いて靡いて居る。

花明玉關雪,葉暖金窗煙。

岸辺の楊花は、白くして、玉關の雪より明かにしげり、葉は暖かに、黄金を飾れる窓に映って、靄は虹のように煙って居る。

美人結長想,對此心淒然。

その家の空閏の美人は、池のほとりの楊花を見て、遠征の夫を思い出し、心悽然として、長き思いが解けやることはなかった。

攀條折春色,遠寄龍庭前。

やがて、その枝を攀じってみる、春の色をこめたるを折り取って、はるかに、龍庭の彼方に居る夫に贈りたいと思っている。

 

(折楊柳)

垂楊は綠水を拂い,搖豔 東風の年。

花は明かなり 玉關の雪,葉は暖かなり 金窗の煙。

美人 長想を結び,此に對して 心淒然。

攀條 春色を折り,遠く寄す 龍庭の前。
長安城図 作図00

 

『折楊柳』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

折楊柳

垂楊拂綠水,搖豔東風年。

花明玉關雪,葉暖金窗煙。

美人結長想,對此心淒然。

攀條折春色,遠寄龍庭前。
詩文(含異文)     垂楊拂綠水,搖豔東風年【豔裔東風年】。花明玉關雪,葉暖金窗煙。美人結長想【美人結長恨】,對此心淒然【相對心淒然】。攀條折春色,遠寄龍庭前【遠寄龍沙邊】。


(下し文)
(折楊柳)

垂楊は綠水を拂い,搖豔 東風の年。

花は明かなり 玉關の雪,葉は暖かなり 金窗の煙。

美人 長想を結び,此に對して 心淒然。

攀條 春色を折り,遠く寄す 龍庭の前。

(現代語訳)
折楊柳(長安には若い寡婦が多い、出征する夫と別れに楊柳を折って無事を祈ったが、何年もたっても西域から帰ってこない、今年も春になって柳がなびくそこでもう一度折楊柳して無事を願うという)

垂楊は、春に成って緑を囘し、澄める水を拂いつ、東風に向いて靡いて居る。

岸辺の楊花は、白くして、玉關の雪より明かにしげり、葉は暖かに、黄金を飾れる窓に映って、靄は虹のように煙って居る。

その家の空閏の美人は、池のほとりの楊花を見て、遠征の夫を思い出し、心悽然として、長き思いが解けやることはなかった。

やがて、その枝を攀じってみる、春の色をこめたるを折り取って、はるかに、龍庭の彼方に居る夫に贈りたいと思っている。


(訳注)

折楊柳

(長安には若い寡婦が多い、出征する夫と別れに楊柳を折って無事を祈ったが、何年もたっても西域から帰ってこない、今年も春になって柳がなびくそこでもう一度折楊柳して無事を願うという)

折楊柳は、鼓角、横吹曲の一で、矢張、軍楽である。古今註によれば「張騫、西域に入って、その法を伝え、唯だ魔訶兜勒の十曲を得たり、李延年、因って新聾二十八曲を造る、魏晋以來、存せず、黃鵠、隴頭、折楊柳等の十曲を用ひらる」とある。

 

古今註 「横吹胡樂也張騫入西域傳其法唯得摩詞兠勒一曲李延年因造新聲二十八解。魏晉以來不存見用黄鵠隴頭折楊栁等十曲

魏晉以來,二十八解保存不全了,常用的,只有黃鵠、隴頭、出關、入關、出塞、入塞、折揚柳、黃覃子、赤之楊、望行人等十曲而已。 還有“鼓角橫吹曲”。

 

詩題の「折楊柳」は、前漢の張騫が西域から持ち帰った音楽を素にして出来たものだが、この時の辞は、魏晉時代に亡失してしまっているという。晉代には兵事の労苦が陳べられるようになり、それが南朝の梁、陳に始まり唐代ではさらにひろがった。

 

『折楊柳』の曲調。別離の曲。離愁を覚えるということ。

謝靈運 折楊柳行二首之一

鬱鬱河邊樹,青青田野草,舍我故客,將適萬里道,妻妾牽衣袂,淚沾懷抱,還拊幼童子,顧托兄與嫂,辭訣未及終,嚴駕一何早,負笮引文舟,飢渴常不飽,誰令爾貧賤,咨嗟何所道。

折楊柳行二首之二

騷屑出穴風,揮霍見日雪,颼颼無搖,皎皎幾時潔,未覺泮春冰,巳復謝秋節,空對尺素遷,獨視寸陰滅,否桑未易繫,泰茅難重拔,桑茅迭生運,語默寄前哲。

(楊柳を折るの行 二首)その一

鬱鬱【うつうつ】たる河辺の柳、青青たる野田の草。

我を舎【す】つ故郷の客、将に万里の道を適【ゆ】かんとす。

妻妾【さいしょう】は衣袂【いべい】を牽【ひ】き、涙を【おさ】めつつ懐抱【ふところ】を沾【うる】おす。

還【かえ】って幼童の子を拊で、顧みて兄と嫂とに托す。

辞訣【じけつ】未だ終わるに及ばざるに、駕【くるま】を厳【ととの】えること一【いつ】に何ぞ早き。

笮【えびら】を負い文舟【ぶんしゅう】を引き、飢渇して常に飽かず。

誰か爾【なんじ】をして貧賤【ひんせん】ならしむ、咨嗟【ああ】何の道【い】う所ぞ。

折楊柳行 その一 謝霊運(康楽) 詩<72-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩495 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1302

 

王翰 『涼州詞』「秦中花鳥已應闌,塞外風沙猶自寒。夜聽胡笳折楊柳,敎人意氣憶長安。」

 

李白に『春夜洛城聞笛』「誰家玉笛暗飛聲,散入春風滿洛城。此夜曲中聞折柳,何人不起故園情。」とある。

206 (改訂版) 巻24-20春夜洛城聞笛 (誰家玉笛暗飛聲)Index-12 Ⅱ―7 -732年開元二十年32 12首 <206> Ⅰ李白詩1437 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5733

春夜洛城聞笛

(春の夜に洛陽の街で「折楊柳」の笛曲を奏でるのをきく。)

同様のモチーフのものに、王翰の『涼州詞』「秦中花鳥已應闌,塞外風沙猶自寒。夜聽胡笳折楊柳,敎人意氣憶長安。」や、王昌齢 『出塞』「秦時明月漢時關、萬里長征人未還。但使龍城飛將在、不敎胡馬渡陰山。」がある。

 

 

垂楊拂綠水,搖豔東風年。

垂楊は、春に成って緑を囘し、澄める水を拂いつ、東風に向いて靡いて居る。

 

花明玉關雪,葉暖金窗煙。

岸辺の楊花は、白くして、玉關の雪より明かにしげり、葉は暖かに、黄金を飾れる窓に映って、靄は虹のように煙って居る。

【一】   玉關 玉門關の略、中国の甘粛(かんしゅく)省北西部、敦煌(とんこう)(トゥンホワン)市西北約100kmのゴビ砂漠の中にある、唐の時代のシルクロード交易の関所で、河西回廊の防衛拠点の遺跡。玉門関は漢の時代に、南に位置する陽関とともに初めて設けられたが、現在残っているのは唐の時代の遺跡である。玉門関はシルクロード交易の重要な中継地となり、新疆(しんきょう)の和田で算出される玉を中原へ運ぶための中継地ともなったことから、玉門関と名づけられたといわれている。

【二】   金窓 黄金で飾った窓。

 

美人結長想,對此心淒然。

その家の空閏の美人は、池のほとりの楊花を見て、遠征の夫を思い出し、心悽然として、長き思いが解けやることはなかった。

【三】    結同心(同心を結ぶ)心変わりをしないということを表すほどけない結び空を言う。

 

攀條折春色,遠寄龍庭前。

やがて、その枝を攀じってみる、春の色をこめたるを折り取って、はるかに、龍庭の彼方に居る夫に贈りたいと思っている。

【四】 龍庭 漢記「五月大會龍城,祭其先天地鬼神」(匈奴、五月、大に龍庭に會して、その先祖天地鬼神を祭る)とある。

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李白  相逢行 #4

願因三青鳥,更報長相思。光景不待人,須臾髮成絲。

當年失行樂,老去徒傷悲。持此道密意,毋令曠佳期。

勿論面と向っては、兎角にうら恥かしく、胸の思いも、十分に述べられぬから、彼の王母の使いと称する三羽の青鳥に言づけて、長く相思うが心を知らせたいものである。

本当に、まあ、この眼前に広がる情景は人を待たず過行く、緑の髪も、見る間に絲の如く乱れてしらがとなる。

今しも、行楽の今ある機会を逃さないようにしないといけない、年が寄ってから、徒に悲むばかりで、何の甲斐もないことである。

そこで、こころに秘める思いを打ち明けて訴えるので、あなたとの佳期というものが曠しいものでないために、どうか、わが願いをかなえてもらいたいものである。

743年(48)李白366-#4 巻五05-《相逢行》(朝騎五花馬,) 366-#4Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94-48) <李白366-#4> Ⅰ李白詩1711 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7103

 

 
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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年:743年天寶二年43歳 94-48

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    相逢行

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              銀臺門 (京畿道 京兆府 長安)           

霸城門 (京畿道 京兆府 長安) 別名:青門    

交遊人物/地點:  

 

 

相逢行 #1

(貴公子が美人に専ら云い寄ることを詠う。)

朝騎五花馬,謁帝出銀臺。

朝に五花の文ある名馬に跨って参内し、天子に拝謁したる後、銀臺門を出でて歸途に就いた人がある。

秀色誰家子,雲車珠箔開。

すると、かえり途にして秀色抜群の一美人に遇ったが、それは誰が家の娘であらうか。その女は、立派な車に乗り、金玉珠璣の箔を置いた簾を掲げて、外面を見廻わしている。

金鞭遙指點,玉勒近遲回。

そこで前の官人は、金鞭を揮って、はるかに之を指し示し、玉の飾ある鑣を引きしめて、その方に勿体付けて静々と向って往った。

(相逢行) #1

朝に五花の馬に騎し,帝に謁して 銀臺を出ず。

秀色 誰が家の子,雲車 珠箔 開く。

金鞭 遙かに指點,玉勒 近く遲回。
#2

夾轂相借問,疑從天上來。

かくて、娘の近くにようやく来たが、車の毅をはさんで、ちょっと尋ねる慵惰、その人は、どこから御出でに成ったか、天上からでも降ってこられたのでは無いか、どうも、只だの人とは見えないようだ、

蹙入青綺門,當歌共銜杯。

願わくは、これから、一処に青綺門より城中に入り、どこぞ然るべき酒楼に上り、歌を聞きながら、杯を銜んで、酒でも飲みましょうといい、とうとう、之を誘って酒楼に上った。

銜杯映歌扇,似月雲中見。

かくて、杯を口にみつつ、歌扇に映ずる美人の顔を倫み見ると、さながら、月が雲間から、ちらり見えたようである。

相見不得親,不如不相見。

そこで、男がいうには、すでに縁あって相見たるに、親しむことができねば、見ない方がましである。

#2

轂を夾んで 相い借問し,天上より來るを疑う。

青綺門に蹙入し,歌に當って共に杯を銜まん。

杯を銜んで歌扇に映ずれば,月を雲中に見るに似たり。

相い見て親しむを得ざれば,相い見ざるに如かず。
#3

相見情已深,未語可知心。

又、ひたすら見つめてみるに、もし御身の情が深いならば、こちら方から語るまえに、その心うちを読めそうなものである。

胡為守空閨,孤眠愁錦衾。

御身は、これほどの美貌を有しながら、如何なるわけがあるのか、ひとり空閏を守って、寂しい寝牀での夢は寒いもの、錦衾の重きをかこちつつあるであろう。

錦衾與羅幃,纏綿會有時。

今はいないお方の錦衾と羅幃を垂れたままでも、御身と心置きなく語り明かす時は、必ず有るであろう。

春風正澹蕩,暮雨來何遲。

今しも、この春風を正に澹蕩として、行楽の好時節であるのに、かの巫山神女の「朝雲暮雨」が、来るのか来ないのか、何と遅い。

#3

相見て 情 已に深ければ,未だ語らざるに心を知る可し。

胡ん為れぞ 空閨を守り,孤眠 錦衾を愁う。

錦衾と羅幃と,纏綿 會らず 時有り。

春風 正に澹蕩,暮雨 來る何ぞ遲き。
#4

願因三青鳥,更報長相思。

勿論面と向っては、兎角にうら恥かしく、胸の思いも、十分に述べられぬから、彼の王母の使いと称する三羽の青鳥に言づけて、長く相思うが心を知らせたいものである。

光景不待人,須臾髮成絲。

本当に、まあ、この眼前に広がる情景は人を待たず過行く、緑の髪も、見る間に絲の如く乱れて白髪となる。

當年失行樂,老去徒傷悲。

今しも、行楽の今ある機会を逃さないようにしないといけない、年が寄ってから、徒に悲むばかりで、何の甲斐もないことである。

持此道密意,毋令曠佳期。

そこで、こころに秘める思いを打ち明けて訴えるので、あなたとの佳期というものが曠しいものでないために、どうか、わが願いをかなえてもらいたいものである。

#4

願わくば三青鳥に因って,更に長相思を報ぜん。

光景 人を待たず,須臾にして 髮 絲を成す。

當年 行樂を失い,老去 徒らに傷悲。

此を持って密意を道う,佳期を曠しうせしむる毋【な】かれ。

 

漢長安城 00 

『相逢行』 現代語訳と訳註解説

(本文)
#4

願因三青鳥,更報長相思。

光景不待人,須臾髮成絲。

當年失行樂,老去徒傷悲。

持此道密意,毋令曠佳期。
詩文(含異文)

願因三青鳥,更報長相思。光景不待人,須臾髮成絲。當年失行樂,老去徒傷悲。持此道密意,毋令曠佳期【案:一本「長相思」下,無此六句。】。


(下し文)
#4

願わくば三青鳥に因って,更に長相思を報ぜん。

光景 人を待たず,須臾にして 髮 絲を成す。

當年 行樂を失い,老去 徒らに傷悲。

此を持って密意を道う,佳期を曠しうせしむる毋【な】かれ。

(現代語訳)
#4

勿論面と向っては、兎角にうら恥かしく、胸の思いも、十分に述べられぬから、彼の王母の使いと称する三羽の青鳥に言づけて、長く相思うが心を知らせたいものである。

本当に、まあ、この眼前に広がる情景は人を待たず過行く、緑の髪も、見る間に絲の如く乱れてしらがとなる。

今しも、行楽の今ある機会を逃さないようにしないといけない、年が寄ってから、徒に悲むばかりで、何の甲斐もないことである。

そこで、こころに秘める思いを打ち明けて訴えるので、あなたとの佳期というものが曠しいものでないために、どうか、わが願いをかなえてもらいたいものである。


(訳注) #4

相逢行 #4

(貴公子が美人に専ら云い寄ることを詠う。)

1 相逢行 相逢行は、一に相逢狭路問行ともいい、又長安有狭斜行ともいい、漢人の作に係り、一寸長いが、その古詞の文意は、鶏鳴曲と同じである。

 

願因三青鳥,更報長相思。

勿論面と向っては、兎角にうら恥かしく、胸の思いも、十分に述べられぬから、彼の王母の使いと称する三羽の青鳥に言づけて、長く相思うが心を知らせたいものである。

8 青鳥 山海経の西山経に「三危の山、三青鳥、これに居る」とあって、郭僕の註に「三青鳥に、主として、王母の為に食を取るもの、別に自ら此山に棲息するなり。竹書に日く、穆王西征、青鳥の解くところに至るなり」とある。叉大荒西経に「沃の野、三青鳥あり、赤首黒目、一名大鶖といい、一名少鶖といい、一名青とりといふ」とあって、郭璞の註に「皆西王母の使うところなり」とある。

17 長相思 久遠の辞、行人久寿戍、書を寄せて思うところをおくる。夜着の中には「長相思」の綿をつめて、縁のかざりは「結不解」のかがり糸にして、固く結んで解けぬ意をもたせるという女の気持ちを詠う。

李白 長相思【寄遠】,二首之一

日色已盡花含煙,月明欲素愁不眠。

趙瑟初停鳳凰柱,蜀琴欲奏鴛鴦弦。

此曲有意無人傳,願隨春風寄燕然。

憶君迢迢隔青天,昔日橫波目。【昔時橫波目】。

今成流淚泉。

不信妾腸斷,歸來看取明鏡前。

 (長相思,二首之一)

日色 已に盡きて 花は煙を含む,月明 素ならんと欲して愁て眠らず。

趙瑟 初めて停む鳳凰の柱,蜀琴 奏せんと欲す 鴛鴦の弦。

此曲 意有れども人の傳うる無し,願くば 春風に隨って燕然に寄せん。

君を憶えば迢迢として青天を隔ち,昔日 橫波の目。

今は流淚の泉と成る。

妾の腸斷つを信ぜざれば,歸り來って明鏡の前へ看取せよ。

 

光景不待人,須臾髮成絲。

本当に、まあ、この眼前に広がる情景は人を待たず過行く、緑の髪も、見る間に絲の如く乱れて白髪となる。

18 光景 1 目前に広がる景色。眺め。「白銀にかがやく峰々の―」2 ある場面の具体的なありさま。情景。「惨憺 (さんたん) たる―」3 日のひかり。

19 須臾 短い時間。しばらくの間。ほんの少しの間。

 

當年失行樂,老去徒傷悲。

今しも、行楽の今ある機会を逃さないようにしないといけない、年が寄ってから、徒に悲むばかりで、何の甲斐もないことである。

20 行樂 山野に出たりして,遊び楽しむこと。漢樂府《西門行》詩:“夫為樂,為樂當及時。”《古詩十九首·生年不滿百》:“ 為樂當及時,何能待來茲”。

「出西門、歩念之、今日不作樂、當待何時。夫爲樂、爲樂當及時。」(西門を出で、歩みて之を念う、今日 樂しみを作さずんば、當【まさ】に何れの時をか待つべき。

夫れ樂しみを爲さん、樂しみを爲すには當に時に及ぶべし。

西門行 漢の無名氏 詩<81-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩511 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1350

第十五首

生年不滿百,常懷千憂。

晝短苦夜長,何不秉燭遊!

為樂當及時,何能待來茲?

愚者愛惜費,但為後世嗤。

卡人王子喬,難可蜿等期。

生年は百に満たず、常に千歳の憂を懐く。

晝は短くして夜の長きに苦しみ、何ぞ燭を秉って遊ばざる。

欒しみを為すは常に時に及ぶべし、何ぞ能く來茲【らいし】を待たん。

愚者は費を愛惜し、但後世の嗤【わらい】と為るのみ。

仙人王子喬は、蜿【えん】に期を等しうす可きこと難し。

人間は百歳までは生きられないのだ、なのにどうして日夜、千年後のことまで考えて憂いをいだくのである。

秋になると昼が短く、夜が長いのを苦にするようになる、だったらどうして燭を照らして、夜を日につぎ遊ばないのだ。

楽しみを求めるにはつとめて今ある機会を逃さないようにするのがよいのだ。あてにもならない来年のことなど、待ってもどうなるというものではないのである。

愚かな者は、いたずらに費用を出し惜しんで金をためるものだが、そうであればただ後の人々に笑われるだけである。

王子喬は仙人になり不老長生を得たと伝えるが、常人にはうねうね続く年寿をすべきであっても、とてもできないことなのだ。

古詩十九首之十五 漢の無名氏(15) 漢詩<102>Ⅱ李白に影響を与えた詩536 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1425

 

持此道密意,毋令曠佳期。

そこで、こころに秘める思いを打ち明けて訴えるので、あなたとの佳期というものが曠しいものでないために、どうか、わが願いをかなえてもらいたいものである。

21 佳期 こころよい季節。男女の逢う約束。あいびきの時。李白『大堤曲』「漢水臨襄陽。花開大堤暖。佳期大堤下。淚向南云滿。」 謝靈運 《石門在永嘉》 #1

躋険築幽居、披雲臥石門。

苔滑誰能歩、葛弱豈可捫。

嫋嫋秋風過、萋萋春草繁。

美人遊不遠、佳期何繇敦。』

(石門は永嘉に在り)#1
険に躋【のぼ】りて幽居を築き、雲を披【ひら】きて石門に臥す。
苔は滑【なめ】らかにして誰か能く歩せん、葛は弱くして豈捫る可けんや。
嫋嫋【じょうじょう】と秋風が過ぎ、萋萋【せいせい】と春草も繁り。
美人は遊びて還らず、佳期は何に繇【よ】りてか敦【さだ】めん。
《石門新營所住四面高山回溪石瀨修竹茂林》石門在永嘉 謝霊運<30#2 詩集 405  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1032

 

 

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李白  相逢行#3

相見情已深,未語可知心。胡為守空閨,孤眠愁錦衾。

錦衾與羅幃,纏綿會有時。春風正澹蕩,暮雨來何遲。

又、ひたすら見つめてみるに、もし御身の情が深いならば、こちら方から語るまえに、その心うちを読めそうなものである。御身は、これほどの美貌を有しながら、如何なるわけがあるのか、ひとり空閏を守って、寂しい寝牀での夢は寒いもの、錦衾の重きをかこちつつあるであろう。今はいないお方の錦衾と羅幃を垂れたままでも、御身と心置きなく語り明かす時は、必ず有るであろう。今しも、この春風を正に澹蕩として、行楽の好時節であるのに、かの巫山神女の「朝雲暮雨」が、来るのか来ないのか、何と遅い。

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年:743年天寶二年43歳 94-48

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    相逢行

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              銀臺門 (京畿道 京兆府 長安)           

霸城門 (京畿道 京兆府 長安) 別名:青門    

交遊人物/地點:  

 

 

相逢行 #1

(貴公子が美人に専ら云い寄ることを詠う。)

朝騎五花馬,謁帝出銀臺。

朝に五花の文ある名馬に跨って参内し、天子に拝謁したる後、銀臺門を出でて歸途に就いた人がある。

秀色誰家子,雲車珠箔開。

すると、かえり途にして秀色抜群の一美人に遇ったが、それは誰が家の娘であらうか。その女は、立派な車に乗り、金玉珠璣の箔を置いた簾を掲げて、外面を見廻わしている。

金鞭遙指點,玉勒近遲回。

そこで前の官人は、金鞭を揮って、はるかに之を指し示し、玉の飾ある鑣を引きしめて、その方に勿体付けて静々と向って往った。

(相逢行) #1

朝に五花の馬に騎し,帝に謁して 銀臺を出ず。

秀色 誰が家の子,雲車 珠箔 開く。

金鞭 遙かに指點,玉勒 近く遲回。
#2

夾轂相借問,疑從天上來。

かくて、娘の近くにようやく来たが、車の毅をはさんで、ちょっと尋ねる慵惰、その人は、どこから御出でに成ったか、天上からでも降ってこられたのでは無いか、どうも、只だの人とは見えないようだ、

蹙入青綺門,當歌共銜杯。

願わくは、これから、一処に青綺門より城中に入り、どこぞ然るべき酒楼に上り、歌を聞きながら、杯を銜んで、酒でも飲みましょうといい、とうとう、之を誘って酒楼に上った。

銜杯映歌扇,似月雲中見。

かくて、杯を口にみつつ、歌扇に映ずる美人の顔を倫み見ると、さながら、月が雲間から、ちらり見えたようである。

相見不得親,不如不相見。

そこで、男がいうには、すでに縁あって相見たるに、親しむことができねば、見ない方がましである。

#2

轂を夾んで 相い借問し,天上より來るを疑う。

青綺門に蹙入し,歌に當って共に杯を銜まん。

杯を銜んで歌扇に映ずれば,月を雲中に見るに似たり。

相い見て親しむを得ざれば,相い見ざるに如かず。
#3

相見情已深,未語可知心。

又、ひたすら見つめてみるに、もし御身の情が深いならば、こちら方から語るまえに、その心うちを読めそうなものである。

胡為守空閨,孤眠愁錦衾。

御身は、これほどの美貌を有しながら、如何なるわけがあるのか、ひとり空閏を守って、寂しい寝牀での夢は寒いもの、錦衾の重きをかこちつつあるであろう。

錦衾與羅幃,纏綿會有時。

今はいないお方の錦衾と羅幃を垂れたままでも、御身と心置きなく語り明かす時は、必ず有るであろう。

春風正澹蕩,暮雨來何遲。

今しも、この春風を正に澹蕩として、行楽の好時節であるのに、かの巫山神女の「朝雲暮雨」が、来るのか来ないのか、何と遅い。

#3

相見て 情 已に深ければ,未だ語らざるに心を知る可し。

胡ん為れぞ 空閨を守り,孤眠 錦衾を愁う。

錦衾と羅幃と,纏綿 會らず 時有り。

春風 正に澹蕩,暮雨 來る何ぞ遲き。
#4

願因三青鳥,更報長相思。

光景不待人,須臾髮成絲。

當年失行樂,老去徒傷悲。

持此道密意,毋令曠佳期。

#4

願わくば三青鳥に因って,更に長相思を報ぜん。

光景 人を待たず,須臾にして 髮 絲を成す。

當年 行樂を失い,老去 徒らに傷悲。

此を持って密意を道う,佳期を曠しうせしむる毋【な】かれ。

 

漢長安城 00 

『相逢行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#3

相見情已深,未語可知心。

胡為守空閨,孤眠愁錦衾。

錦衾與羅幃,纏綿會有時。