漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

李白詩全集 卷二十二(古近體詩四十七首)

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

743年(80)李太白集819巻二十二40憶東山二首 其二  399Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(80) Ⅰ李白詩1761 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7345

李白  憶東山,二首之二

我今攜謝妓,長嘯人群。

欲報東山客,開關掃白雲。

(長安に居て、過ぎし日、會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔い、思って作ったものである。)その二

私は今謝安が東山で芸妓とともに過ごしことと同じように、妓女を携えて、この宅址を訪れた、長嘯して浮世の人たちをまったく藐視していたものであった。そこで、東山の客としていたひとびとに報じたいと思っているもので、時期が来れば門を開き、白雲を拂って、神仙の場として奇麗にし、其処に参ろうとするので待っていてもらいたいものである。

李太白集818巻二十二40

憶東山二首 其二

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7345

Index-23

743年天寶二年43歳 

94-80

399 <1000

 

 
  2016年2月16日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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年:743年天寶二年43歳 94-79) 

卷別:    卷一八二              文體:    五言

詩題:    憶東山,二首之一

作地點:              目前尚無資料

及地點:              東山 (江南東道 越州 上虞縣) 別名:謝安山  

交遊人物/地點:  

詩文:

 

憶東山二首 其一

(會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔って作ったものである。)

不向東山久,薔薇幾度花。

自分は、敬愛する謝安の空しく残る宅址のある會稽の東山に向わないときめて、随分久しい、薔薇洞の名をつけた庭一面の薔薇の花は、幾回の春を経ただろうか。

白雲還自散,明月落誰家。

同じように堂の名にした白雲は、そのまま自然に散じたままだろうか、明月を望むあの堂からの月は、今宵誰が家を照らすのだろうか。薔薇、白雲、明月、そのものは、依然としてあるも、宅址荒廃したまま、傍らの堂も、今は跡方の無くむなしいものである。

 

(憶東山二首 其一)

東山に向わざること久しく,薔薇 幾度か 花 さく。

白雲 また自ら散ず、明月 誰が家に落つ。

 

カンナ113 

 

年:743年天寶二年43歳 94-80

卷別:  卷一八二        文體:  五言

詩題:  憶東山,二首之二

作地點:        目前尚無資料

及地點:        東山 (江南東道 越州 上虞縣) 別名:謝安山         

交遊人物/地點:

詩文:

 

憶東山,二首之二

我今攜謝妓,長嘯人群。

欲報東山客,開關掃白雲。

(長安に居て、過ぎし日、會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔い、思って作ったものである。)その二

私は今謝安が東山で芸妓とともに過ごしことと同じように、妓女を携えて、この宅址を訪れた、長嘯して浮世の人たちをまったく藐視していたものであった。
そこで、東山の客としていたひとびとに報じたいと思っているもので、時期が来れば門を開き、白雲を拂って、神仙の場として奇麗にし、其処に参ろうとするので待っていてもらいたいものである。

我 今 謝妓を攜え。 長嘯して 人群をつ。 
東山の客に報わんと欲っす。關を開いて 白云を掃く。

 

 

長安城図 作図00
憶東山二首其二 現代語訳と訳註
(
本文)

其二 
我今攜謝妓。 長嘯人群。 
欲報東山客。 開關掃白云。


(下し文)
憶東山,二首の二

我 今 謝妓を攜え、 長嘯して 人群をつ。 
東山の客に報ぜんと欲っし、關を開いて 白云を掃へ。

 

(現代語訳)
憶東山,二首之二(長安に居て、過ぎし日、會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔い、思って作ったものである。)その二

私は今謝安が東山で芸妓とともに過ごしことと同じように、妓女を携えて、この宅址を訪れた、長嘯して浮世の人たちをまったく藐視していたものであった。
そこで、東山の客としていたひとびとに報じたいと思っているもので、時期が来れば門を開き、白雲を拂って、神仙の場として奇麗にし、其処に参ろうとするので待っていてもらいたいものである。

(訳注)
憶東山,二首之二

(長安に居て、過ぎし日、會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔い、思って作ったものである。)その二

李白が長安に居て、会稽、紹興滞在中のことをおもい、作ったものである。朝廷に召される前に訪れたところ。謝安をまねて遊んだことを思い出したもの。


我今攜謝妓。 長嘯人群。
私は今謝安が東山で芸妓とともに過ごしことと同じように、妓女を携えて、この宅址を訪れた、長嘯して浮世の人たちをまったく藐視していたものであった。
8 攜謝妓 晉の時代の謝安は、あざなを安石といい、四十歳になるまで浙江省の東山という山にこもって、ゆうゆうと寝てくらし、朝廷のお召しに応じなかった。当時の人びとは寄ると彼のうわさをした。「安石が出てこないと、人民はどうなるんだ」。時期が来るまで、待っている賢者というものは、一喜一憂しない。敵を油断させる方法にも幾通りもある。ここに言う「芸妓を携えて」というのは、国外のみならず国内にも敵がおり、国を建てなおすにも相手の状況の分析を行い、時機が到来して立ち上がったのであるが、東山に白雲堂、明月堂のあとがあり、山上よりの眺めは絶景だという。薔薇洞というのは、かれが妓女をつれて宴をもよおした所といわれ、妓女と酒を飲んで時期を待っていたことを言う。謝安について李白『送裴十八図南歸嵩山其二』「謝公終一起、相與済蒼生。」とあり、送裴十八図南歸嵩山 其二 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白164
また、李白『梁園吟』「東山高臥時起來,欲濟蒼生未應晩。」とある。
274 《卷十六11送姪良攜二妓赴會稽戲有此贈(改訂)》Index-19 Ⅱー14-739年開元二十七年39歳 <274> Ⅰ李白詩1552 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6308
9
 長嘯 李白が長嘯という語を使うのはそれを機に行動を起こす場合の言葉としている李白42 梁園吟.
經亂後將避地剡中留贈崔宣城 安史の乱と李白(4) Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 216
李白『經亂後將避地剡中留贈崔宣城」(乱を経たるの後将に地を剡中に避けんとし留めて崔宣城に贈る)では、安禄山の叛乱軍を小馬鹿にして長嘯している。

雙鵝飛洛陽。五馬渡江徼。 
何意上東門。胡雛更長嘯。
(双鵝 洛陽に飛び、五馬 江徼(コウキョウ)を渡る
なんぞ意(おも)はん上東門、胡雛(コスウ)さらに長嘯せんとは。)
東門 洛陽の門。○胡雛 こすう胡雛 五胡十六国の時代、後趙の帝位に就いた羯の石勒の故事。少年の頃、物売りをしているとその声を聞いた王衍は、「さきの胡雛、吾れその声視の奇志有るを観る。恐らくは将に天下の息をなさん」と言って収監しようとしたがすでに去ったあとだった(『晋書』載記四)。「胡雛」はえびすの幼子。胡人の子供に対する蔑称。ここでは李白から見て蔑称の胡の子供並みであると安禄山のことを示す。
また、李白 『贈王大勧入高鳳石門山幽居』

贈王大勧入高鳳石門山幽居 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350- 200

投躯寄天下、長嘯尋豪英。(躯を投げて天下に寄せ、長嘯して豪英を尋ねんとす。) 天下にこの一身を寄せるという気持ちを持ち続け、、世俗など超越した「優れた人物を尋ね歩く」という詩をいつまでも詠い続けるのである。
李白『游泰山六首其一』

李白 112 游泰山六首 (一作天寶元年四月從故御道上泰山)

天門一長嘯。萬里清風來。 天門に一たび長噴すれば、万里より清風釆たる 
天への門に向かって一たび長く唄い叫んだ、すると万里の先より清々しい風が吹いて釆た
使い方としては「長嘯して~する」、ということである。

10 人群 は、藐視することであり、人群は浮世の人たちをいう。


欲報東山客。 開關掃白云。
そこで、東山の客としていたひとびとに報じたいと思っているもので、時期が来れば門を開き、白雲を拂って、神仙の場として奇麗にし、其処に参ろうとするので待っていてもらいたいものである。
11 東山客 謝安と同じ志を持っているもの、隠遁生活している人々。李白の心に思うこと。

12 開關 関は門とおなじ、門を開く、時期が来れば門を開きたいということ。
13
 白云 天上にあるもの、手に届かないものであり、温かく見守るものの象徴としている。あるいは、希望を覆い隠すもの、あるいは隠棲生活の場所を示すもの。

李白『憶東山二首 其一』憶東山二首其一 李白 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -269
不向東山久。 薔薇几度花。 
白云還自散。 明月落誰家。 
白雲は李白の希望、夢であった。白雲に対する明月は玄宗皇帝をあらわす

秋浦歌十七首 其十七 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 261/350

祧波一步地。  了了語聲聞。 
闇與山僧別。 低頭禮白云。
暗闇に紛れてわたしは村人と別れを告げたのだ。そして、結をあらにして天子の入り法に向かって深々と頭を下げ礼を取ったのだ。

 

大明宮の圖003 

 

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743年(79)李太白集818巻二十二39憶東山二首 其一  398Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(79) Ⅰ李白詩1760 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7340

李白  憶東山二首 其一

不向東山久,薔薇幾度花。白雲還自散,明月落誰家。
(會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔って作ったものである。)

自分は、敬愛する謝安の空しく残る宅址のある會稽の東山に向わないときめて、随分久しい、薔薇洞の名をつけた庭一面の薔薇の花は、幾回の春を経ただろうか。

同じように堂の名にした白雲は、そのまま自然に散じたままだろうか、明月を望むあの堂からの月は、今宵誰が家を照らすのだろうか。薔薇、白雲、明月、そのものは、依然としてあるも、宅址荒廃したまま、傍らの堂も、今は跡方の無くむなしいものである。

李太白集818巻二十二39

憶東山二首 其一

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7340

Index-23

743年天寶二年43歳 

94-79

398 <1000

 

 
  2016年2月15日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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743年(79)李太白集818巻二十二39憶東山二首 其一  398Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(79) Ⅰ李白詩1760 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7340  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#26》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1673> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7341  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-22-#2杜少陵集 《21-05 可歎 #2》 杜甫詩index-15-1139 <1589> 767年大暦2年56歲-22-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7342  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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卷別:    卷一八二              文體:    五言

詩題:    憶東山,二首之一

作地點:              目前尚無資料

及地點:              東山 (江南東道 越州 上虞縣) 別名:謝安山  

交遊人物/地點:  

詩文:

 

憶東山二首 其一

(會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔って作ったものである。)

不向東山久,薔薇幾度花。

自分は、敬愛する謝安の空しく残る宅址のある會稽の東山に向わないときめて、随分久しい、薔薇洞の名をつけた庭一面の薔薇の花は、幾回の春を経ただろうか。

白雲還自散,明月落誰家。

同じように堂の名にした白雲は、そのまま自然に散じたままだろうか、明月を望むあの堂からの月は、今宵誰が家を照らすのだろうか。薔薇、白雲、明月、そのものは、依然としてあるも、宅址荒廃したまま、傍らの堂も、今は跡方の無くむなしいものである。

 

(憶東山二首 其一)

東山に向わざること久しく,薔薇 幾度か 花 さく。

白雲 また自ら散ず、明月 誰が家に落つ。

四庫全書會稽志東山 

 

『憶東山二首 其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

憶東山二首 其一

不向東山久,薔薇幾度花。

白雲還自散,明月落誰家。

(下し文)
(
憶東山二首 其一)

東山に向わざること久しく,薔薇 幾度か 花 さく。

白雲 また自ら散ず、明月 誰が家に落つ。


(現代語訳)
憶東山二首 其一(會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔って作ったものである。)

自分は、敬愛する謝安の空しく残る宅址のある會稽の東山に向わないときめて、随分久しい、薔薇洞の名をつけた庭一面の薔薇の花は、幾回の春を経ただろうか。

同じように堂の名にした白雲は、そのまま自然に散じたままだろうか、明月を望むあの堂からの月は、今宵誰が家を照らすのだろうか。薔薇、白雲、明月、そのものは、依然としてあるも、宅址荒廃したまま、傍らの堂も、今は跡方の無くむなしいものである。

呉越の地図李白の足跡0000 

 (訳注)

憶東山二首 其一

(會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔って作ったものである。)

1 東山 浙江省上虞県の西南にあり、会稽(紹興)からいうと東の山であり、名勝地。晋の太傅であった謝安がむかしここに隠居して、なかなか朝廷の招きに応じなかったので有名。山上には謝安の建てた白雲堂明月堂のあとがあり、山上よりの眺めは絶景だという。薔薇洞というのは、謝安の居宅のそばにあった酒宴座敷で、かれが妓女をつれて宴をもよおした所と伝えられている。謝安(320 - 385年)は中国東晋の政治家。王義之らと同時期のひと。宋、施宿等《會稽志、巻九》「東山在縣西南四十五里、晉太傅謝安所居也。一名謝安山、巋然特立於衆峰間、拱揖蔽虧如鸞鶴飛舞。有謝公調馬路白雲明月二堂址千嶂林立、下視滄海天水相接葢絶景也下山出微徑為國慶寺乃太傅之故宅、傍有薔薇洞、俗傳、太傅携妓女宴之 所。」「又山西一里始寧園乃謝靈運墅一曰西莊按 謝安傳云寓居稽與王羲之許詢支遁出則漁獵山水入則言詠屬文後雖受朝寄然東山之志始末不渝靈運傳云父祖並𦵏始寧山中并有故宅及墅遂移籍稽故其詩云偶與張邴合久欲還東山。施宿の會稽志に「東山は、上虞縣の西南四十五里に在り、晋の太侍謝安の居るところなり、一名謝安山、巋然として衆峰の間に特出し、拱揖蔽虧、鸞鶴の飛舞するが如し。その頂に謝公の調馬路、白雲明月二堂の遺址あり、千嶂林立、下に滄海を視る、天水相接す、蓋し絶景なり、山を下って微徑を出づれば、國慶寺たり、乃ち太の故宅、旁に薔薇洞あり、俗傳う、太が妓女を携えて游宴せしところ」とある。

 李白『憶東山二首其二』「我今攜謝妓。 長嘯人群。欲報東山客。 開關掃白云。」(我 今 謝妓を攜え。 長嘯して 人群をつ。東山の客に報わんと欲っす。關を開いて 白云を掃く。)謝安。晉の時代の謝安は、あざなを安石といい、四十歳になるまで浙江省の東山という山にこもって、ゆうゆうと寝てくらし、朝廷のお召しに応じなかった。当時の人びとは寄ると彼のうわさをした。「安石が出てこないと、人民はどうなるんだ」。時期が来るまで、待っている賢者というものは、一喜一憂しない。敵を油断させる方法にも幾通りもある。ここに言う「芸妓を携えて」というのは、国外のみならず国内にも敵がおり、国を建てなおすにも相手の状況の分析を行い、時機が到来して立ち上がったのであるが、東山に白雲堂、明月堂のあとがあり、山上よりの眺めは絶景だという。薔薇洞というのは、かれが妓女をつれて宴をもよおした所といわれ、妓女と酒を飲んで時期を待っていたことを言う。謝安について李白『送裴十八図南歸嵩山其二』「謝公終一起、相與済蒼生。」とあり、送裴十八図南歸嵩山 其二 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白164。○謝世運 時世の進展から去る。世を去る。

送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈 
攜妓東山去。 春光半道催。 
遙看若桃李。 雙入鏡中開。 
おいの良が謝安のように二人妓女と会稽に逝くのを送り出すときに、たわむれにこの詩を作って贈るもである。芸者をつれて、むかし謝安が遊んだように東山に出かけるが、春の日の光は途中で人をせきたてることだろう。きっと、二人の妓女が赤い桃花と白い李花がさいているのようだろう、そして、二人の妓女は鏡湖の中に入って、舟を浮かべ宴は、はなやかに開かれているだろう、わたしは、はるかに長江流れからこの地から見ているのだ。

(姪良が二姥を携えて会稽に赴くを送り、戯れに此の贈有り)
妓を携えて 東山に去れば。春光 半道に催す。
(はるか)に看る 桃李(とうり)の若く、双(ふた)つながら鏡中に入って開くを。

送姪良携二妓赴会稽戯有此贈  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -287

 

不向東山久,薔薇幾度花。

自分は、敬愛する謝安の空しく残る宅址のある會稽の東山に向わないときめて、随分久しい、薔薇洞の名をつけた庭一面の薔薇の花は、幾回の春を経ただろうか。

2 不向 向わないと決めたこと。起承転結、それぞれの初めが対語になっている。不向に対して、薔薇は堅い約束を示す。白雲だけがはかなく消えてゆくものである。明月は、幾年たっても、同じように宅址を照らす。
3
 薔薇 

4 (几)  数詞. 1.いくつ; 2.いくつか. 名詞. 1.(~儿)小さな机; 2.ひじかけ. 副詞. 1.〈書〉ほとんど.
 起:不向 → 承:薔薇  
→転:白云 → 結:明月


白雲還自散,明月落誰家。

同じように堂の名にした白雲は、そのまま自然に散じたままだろうか、明月を望むあの堂からの月は、今宵誰が家を照らすのだろうか。薔薇、白雲、明月、そのものは、依然としてあるも、宅址荒廃したまま、傍らの堂も、今は跡方の無くむなしいものである。

5 白雲 白雲無根 : 無心に去来して、跡をとどめない《荘子、天地篇》「乗彼白雲、至于帝郷」(彼の白雲に乗じて、帝郷に至る。)

6 明月 曇りなく澄みわたった満月。また、名月。《季 秋》

7 白雲明月 上の薔薇に対し、白雲、明月は堂名であって、これに因んで構想したのである。

743年(78)李太白集816巻二十二37秋夜獨坐懷故山  397Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(78) Ⅰ李白詩1759 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7335

李白  秋夜獨坐懷故山 #1

小隱慕安石,遠遊學屈平。天書訪江海,雲臥起咸京。入侍瑤池宴,出陪玉輦行。

(秋夜斎中に獨坐し、故郷を懐うで作った詩。)

われは林薮に隠れる小隠者の身ながら、古しえの謝安石を慕い、又平生、遠游を事として秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられなかった屈原【あるいは、高士である向子平】を学び、浮世と隔絶して、自ら打澄まして居た。

然るに、天子より詔書を下して、江海の間を尋ね廻られたということで、今まで白雲に臥して居た此身を起して、長安に上京し、天子の寵遇を受くることになったのである。

朝廷に入っては西王母の瑤池の宴である興慶宮の宴に侍坐し、出でては天子の玉輦の行くままに陪従し、晨夕、御側を離れなかったのである。

李太白集巻二十二37

秋夜獨坐懷故山 #1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7335

Index-23

743年天寶二年43歳 

94-78

397 <1000

 

 
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年:743年天寶二年43歳 94-78) 

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    秋夜獨坐懷故山

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:無

交遊人物/地點:  

詩文:

 

 

秋夜獨坐懷故山 #1

(秋夜斎中に獨坐し、故郷を懐うで作った詩。)

小隱慕安石,遠遊學屈平。

われは林薮に隠れる小隠者の身ながら、古しえの謝安石を慕い、又平生、遠游を事として秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられなかった屈原【あるいは、高士である向子平】を学び、浮世と隔絶して、自ら打澄まして居た。

天書訪江海,雲臥起咸京。

然るに、天子より詔書を下して、江海の間を尋ね廻られたということで、今まで白雲に臥して居た此身を起して、長安に上京し、天子の寵遇を受くることになったのである。

入侍瑤池宴,出陪玉輦行。

朝廷に入っては西王母の瑤池の宴である興慶宮の宴に侍坐し、出でては天子の玉輦の行くままに陪従し、晨夕、御側を離れなかったのである。

(秋夜 獨坐して 故山を懷う) #1

小隱 安石を慕い,遠遊 屈平を學ぶ。

天書 江海を訪い,雲臥 咸京より起つ。

侍っては瑤池の宴に入し,出でては 玉輦の行に陪す。
2

誇胡新賦作,諫獵短書成。

但奉紫霄顧,非邀青史名。

莊周空劍,墨翟恥論兵。

3

拙薄遂疏歸閒事耦耕。

顧無蒼生望,空愛紫芝榮。

寥落暝霞色,微茫舊壑情。

秋山綠蘿月,今夕為誰明。

 

長安付近図00 

『秋夜獨坐懷故山』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋夜獨坐懷故山 #1

小隱慕安石,遠遊學屈平。

天書訪江海,雲臥起咸京。

入侍瑤池宴,出陪玉輦行。
詩文(含異文)

小隱慕安石,遠遊學屈平【遠遊學子平】。

天書訪江海,雲臥起咸京。

入侍瑤池宴,出陪玉輦行。


(下し文)
(秋夜 獨坐して 故山を懷う) #1

小隱 安石を慕い,遠遊 屈平を學ぶ。

天書 江海を訪い,雲臥 咸京より起つ。

侍っては瑤池の宴に入し,出でては 玉輦の行に陪す。

(現代語訳)
秋夜獨坐懷故山 #1(秋夜斎中に獨坐し、故郷を懐うで作った詩。)

われは林薮に隠れる小隠者の身ながら、古しえの謝安石を慕い、又平生、遠游を事として秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられなかった屈原【あるいは、高士である向子平】を学び、浮世と隔絶して、自ら打澄まして居た。

然るに、天子より詔書を下して、江海の間を尋ね廻られたということで、今まで白雲に臥して居た此身を起して、長安に上京し、天子の寵遇を受くることになったのである。

朝廷に入っては西王母の瑤池の宴である興慶宮の宴に侍坐し、出でては天子の玉輦の行くままに陪従し、晨夕、御側を離れなかったのである。


(訳注)

秋夜獨坐懷故山 #1

(秋夜斎中に獨坐し、故郷を懐うで作った詩。)

1 秋夜獨坐懷故山詩について 

743年天寶二年43歳の時、長安においてつくる。この年 94首作ったがその78首目の作である。

・李太白集では、〈懐思〉篇に所収され、或は人を懐い、或は地を思い、延佇低徊の意を寓したのである。

・起首四句は、御召に應じて上京するまでの事、入侍瑤池宴あ四句は、翰林に供奉せしこと、但奉紫霽顧の四句は、兎角する中に、天子の眷顧を失いしこと、拙薄遂疎絶の四句は、長安より放逐されしこと、寥落暝霞色の四句は、即ち題意の正面で、懐郷の意を述べたのである。かく一身の経歴を叙し、簡単ながら、その要を得、且つ故事を運旋して、暴露せぬところは、さすがに、含蓄ありというべく、全体がが絶妙を以て許すべからざるも、なお一顧の価値はあることと思はれる。

 

小隱慕安石,遠遊學屈平。【遠遊學子平】

われは林薮に隠れる小隠者の身ながら、古しえの謝安石を慕い、又平生、遠游を事として秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられなかった屈原【あるいは、高士である向子平】を学び、浮世と隔絶して、自ら打澄まして居た。

2 小隱 大したものではない隠者のようなもの。小隠者の身。謙譲語。

3 安石 東晋の謝安(字は安石)が、朝廷からしばしば出仕を催されながら、東山に隠棲したま基易に承知しなかったこと。人々は、「安石出づる喜んぜずんは、将た蒼生(人民)を如何んせん」と言って心配した。(『世説新語』「排調、第二十五」の二六)。「高臥」は、世俗の欲望を離れて隠棲すること。

会稽東山の山上に謝安の建てた白雲・明月の二亭の跡がある。また、かれが妓女を携えて遊んだ寄薇洞の跡もある。謝安の芸妓を携えて東山始寧の別荘の南に楼があり、そこで漢の謝安の故事、朝廷の誘いに乗らず始寧の芸妓を携えて遊んだことにならい、芸妓を待っていたが来なかったときの感情を歌ったものである

『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』

攜妓東山去。 春光半道催。

遙看若桃李。 雙入鏡中開。

 姪良が二姥を携えて会稽に赴くを送り、戯れに此の贈有り

妓を携えて 東山に去れば。春光 半道に催す。

(はるか)に看る 桃李(とうり)の若く、双(ふた)つながら鏡中に入って開くを。

送姪良携二妓赴会稽戯有此贈  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -287

○漢の謝安(字は安石)が始寧(会稽紹興市の東の上虞県の西南)に隠居して朝廷のお召しに応じなかったのは「東山高臥」といって有名な講である。山上に謝安の建てた白雲・明月の二亭の跡がある。また、かれが妓女を携えて遊んだ寄薇洞の跡もある。○携 佳人=美人=芸妓を携える。謝安の故事をふまえる。府城臥竜山南にあった白樓亭のこと。『会稽志卷第九』山府城の卧龍山府に其東麓に治据されていた。隸山陰陽經雲种山、また別名として重山は越大夫の种所葬られた太平御覧种山の名とした處である。山南道で旧と傳えられる白楼亭は今の遺址は関連性からいうと不確かであるが、山頂にある城隍祠ああって、其の西南の越王台の下にある。

李白《346卷九17贈僧崖公》「手秉玉麈尾, 如登白樓亭。」

会稽記 「浙江又東北、重山を径す、西山の上に白楼亭あり。」とある。

4-⑴ 屈平 屈原(くつげん、紀元前343121日頃 - 紀元前27855日頃)は、中国戦国時代の楚の政治家、詩人。姓は羋、氏は屈。諱は平または正則。字が原。春秋戦国時代を代表する詩人であり、政治家としては秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられず、楚の将来に絶望して入水自殺した。

4-⑵【子平】 向長ことで,字を子平という,河出身の朝廷歌人である。隱居して仕えることはなかった,性格は尚、中和であり,好く《老子》、《易經》に通じた。貧して資食無く,好事者は更に饋すれば,之を受け,取足して其の餘に反らう。王莽大司空王邑之連年,乃。之めんとするに,固辭む。潛かに家に隱る,《易》を讀み「損益の卦」に至る,喟然として歎して曰く:「吾 已に富を知るは貧の如からず,貴は賤のく如からず,但し未だ死を知らずは何如に生くるのみや?」建武中,男女娶嫁既に畢り,敕:「家の事を斷じ,相關する勿れ,當に我死ぬるが如き也!」是に於て遂に肆意と同好し北海の禽慶,俱に五嶽名山に遊ぶ,竟に終る所知らず。

 

天書訪江海,雲臥起咸京。

然るに、天子より詔書を下して、江海の間を尋ね廻られたということで、今まで白雲に臥して居た此身を起して、長安に上京し、天子の寵遇を受くることになったのである。

4 天書 天子より下れた詔書。

5 訪江海 江海(長江、淮河、黄河の流域、最終的には嵩山で受ける)の間を尋ね廻られた

5 雲臥 雲がわく岩場の奥深い處に隠遁すること。謝靈運《石門在永嘉》「躋険築幽居、披雲臥石門。」(険に躋【のぼ】りて幽居を築き、雲を披【ひら】きて石門に臥す。嶮しい道を登ったところに一軒家を別荘として建てた、雲におおわれたところ、石門のところに病の療養に伏せた。

《石門新營所住四面高山回溪石瀨修竹茂林》石門在永嘉 謝霊運<30>#1 詩集 404  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1029

杜甫 2 遊龍門奉先寺

6 咸京 秦の時の都、咸陽であるがここでは唐の都長安のことをいう。

307巻八21卷八讀諸葛武侯傳書懷贈長安崔少府叔封昆季

武侯立岷蜀、壯志吞咸京。

377卷十23流夜郎半道承恩   放還兼欣克復之美書懷示息秀才

旋收洛陽宮、回輿入咸京。

816巻二十二37秋夜獨坐懷故山

天書訪江海、云臥起咸京。

 

入侍瑤池宴,出陪玉輦行。

朝廷に入っては西王母の瑤池の宴である興慶宮の宴に侍坐し、出でては天子の玉輦の行くままに陪従し、晨夕、御側を離れなかったのである。

7 瑤池宴 西王母の瑤池の宴である興慶宮勤政楼の宴、龍池の沈香亭での宴をいう。

8 玉輦行 天子の専用道路である夾城を移動、誰にも分らず大明宮と興慶宮、曲江離宮、芙蓉園を移動できたことを言い、金銀宝飾で飾った皇帝の御車に乗って移動した。《卷六04侍從宜春苑,奉詔賦龍池柳色初青,聽新鶯百囀歌》》「仗出金宮隨日轉。天回玉輦繞花行。」

(ジョウ)を持つ警護の者たちは金鑾殿を出て皇帝に付き添って回ってゆく。皇帝は天子の道である夾城で移動され、宝玉の輦(レン)をころがして花々を繞って御行なされる。

743年(54)李太白集卷六04-《侍從宜春苑,奉詔賦龍池柳色初青,聽新鶯百囀歌》 373-#3Index-23-2-743年天寶二年43歳 94-54) Ⅰ李白詩1720 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7148
長安城図 作図00 

249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078

李白  春日獨酌,二首之二  

我有紫霞想,緬懷滄洲間。思對一壺酒,澹然萬事閒。

橫琴倚高松,把酒望遠山。長空去鳥沒,落日孤雲還。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。

249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078


 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春日獨酌,二首之二

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

(改訂版Ver.2.1)

春日獨酌,二首之二

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

我有紫霞想,緬懷滄洲間。

私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
思對一壺酒,澹然萬事閒。

ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
橫琴倚高松,把酒望遠山。

そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。

長空去鳥沒,落日孤雲還。

大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。

ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、 むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。
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(春日獨酌,二首之二)

我に 紫霞の想 有り、緬懐す 滄洲の間を。

思いは 一壷の酒に対し、澹然【たんぜん】として万事閑なり。 

琴を横えて高松に倚り、酒を把って遠山を望む。

長空 鳥去って没し、落日 孤雲 還る。

但だ恐る 光景 晩く、宿昔 秋顔を成すを。

 

 

(改訂版Ver.2.1)

『春日獨酌,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春日獨酌,二首之二

我有紫霞想,緬懷滄洲間。

思對一壺酒,澹然萬事閒。

橫琴倚高松,把酒望遠山。

長空去鳥沒,落日孤雲還。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。


(含異文)

我有紫霞想,緬懷滄洲間。思對一壺酒【且對一壺酒】,澹然萬事閒。橫琴倚高松,把酒望遠山。長空去鳥沒,落日孤雲還。但恐光景晚,宿昔成秋顏。


(下し文)
(春日獨酌,二首之二)

我に 紫霞の想 有り、緬懐す 滄洲の間を。

思いは 一壷の酒に対し、澹然【たんぜん】として万事閑なり。 

琴を横えて高松に倚り、酒を把って遠山を望む。

長空 鳥去って没し、落日 孤雲 還る。

但だ恐る 光景 晩く、宿昔 秋顔を成すを。

 

(現代語訳)
春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。

大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。

ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。


(訳注) (改訂版Ver.2.1)

春日獨酌,二首之二

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

 

我有紫霞想、緬懷滄洲間。 
私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
紫霞想 紫霞をしたいということを思っている。老子をも示す。紫霞は仙人の宮殿を言う。この場合紫が老荘思想で、霞は神仙思想とする。また紫は天子を示す。ここでは仙人志願をしているということ。。

 遙かな。とおくに。

滄州 隠者の棲む場所。東海の神仙三山の海、滄海が臨めるあたり。


思對一壺酒、澹然萬事閑。 
ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
澹然 物事にこだわらない自然にふるまう道教の教えをきほんにする。


橫琴倚高松、把酒望遠山。 
そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。


長空去鳥沒、落日孤雲還。 
大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。


但恐光景晚、宿昔成秋顏。 
ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、 むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。
光景 景色。ひかり。ありさま。  

宿昔 以前。むかし。昔は紅顔であった。  

秋顔 老顔。衰容。

 

 

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風扇淑氣,水木榮春暉。

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

白日照綠草,落花散且飛。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

孤雲還空山,鳥各已歸。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
彼物皆有託,吾生獨無依。

それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
對此石上月,長醉歌芳菲。

この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、 吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。


248 《巻22-18 春日獨酌二首 其一》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <248> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038

李白  春日獨酌,二首之一  

東風扇淑氣,水木榮春暉。白日照綠草,落花散且飛。

孤雲還空山,鳥各已歸。彼物皆有託,吾生獨無依。

對此石上月,長醉歌芳菲。

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

 

248 《巻22-18 春日獨酌二首 其一》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <248> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038

 

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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248 《巻22-18 春日獨酌二首 其一》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <248> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春日獨酌,二首之一

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風扇淑氣,水木榮春暉。

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

白日照綠草,落花散且飛。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

孤雲還空山,鳥各已歸。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
彼物皆有託,吾生獨無依。

それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
對此石上月,長醉歌芳菲。

この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、 吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。

 

 

『春日獨酌,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春日獨酌,二首之一

東風扇淑氣,水木榮春暉。

白日照綠草,落花散且飛。

孤雲還空山,鳥各已歸。

彼物皆有託,吾生獨無依。

對此石上月,長醉歌芳菲。


(含異文)      東風扇淑氣,水木榮春暉。白日照綠草,落花散且飛。孤雲還空山,眾鳥各已歸。彼物皆有託,吾生獨無依。對此石上月,長醉歌芳菲【長歌醉芳菲】。


(下し文)
(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。

(現代語訳)
(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。
 
この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

 

(訳注)

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

 

東風扇淑氣、水木榮春暉。 
東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

○東風 ①ひがしかぜ、こちかぜ。(めでたい生気をあおる風)李白《巻22-19 春日独酌二首其一》「東風扇淑氣,水木榮春暉。」②春風、《禮記、月令》(孟春之月東風解凍, 蟄蟲始振, 魚上冰, 獺祭魚, 鴻雁來。」③草の名。一に冬風に作る。東風菜。

扇 あおぐ。あおる。そそのかす。

淑気 おごそかな気。新春,四辺に満ちている瑞祥(ずいしよう)の気。天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちていること。

○水木 五行相生説でいう、万物を成長させる良い関係に在るもの、それぞれがそれぞれを生み出す関係のことを示しており、木→火→土→金→水→木の順番に循環しています。木は燃えて火が生まれ、火が燃えたあとには灰(土)が生まれ、土の中からは様々な鉱物(金)が生まれる、金属の表面が冷えて水滴(水)が生まれる、水は根から吸収されて木が生まれる。相性のよい関係、五行相生説である。どうじに、五行相克説があり、相性の悪い関係であり、木→土→水→火→金→木 の順番に循環する。木は土の栄養を搾取、土は水をせき止めて、流れをとめ、水は火を消し、火は金を溶かし、金は木を切り倒すという関係。つまり、春に最も変化するものが、水木である。

春暉 春の暖かい陽光。


白日照綠草、落花散且飛。 
曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

白日 輝く太陽。曇りのない日。宋玉《神女賦序》 「其始來也,耀乎若白日初出照屋梁。」夕日:王之渙〈登鸛雀樓〉詩:「白日依山盡,黃河入海流。」

綠草 萌黄色の成長する草草。


孤雲還空山、眾鳥各已歸。 
眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
 雲は山奥の岩間、洞窟から生まれ帰っていく。

空山 隠者の住む山。人気のない山。 

 衆。


彼物皆有托、吾生獨無依。 
それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
 身を寄せる。五行思想による相関をいう。


對此石上月、長醉歌芳菲。 
この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

芳菲 草花のかんばしい香り。春のことをいう。
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247(改訂版Ver.2.1) 《巻22-17 友人會宿》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <247> Ⅰ李白詩1504 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6068

友人會宿

滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良宵宜清談,皓月未能寢。

醉來臥空山,天地即衾枕。

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    友人會宿

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

(改訂版Ver.2.1)

友人會宿

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
良宵宜清談,皓月未能寢。

時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
醉來臥空山,天地即衾枕。

すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。
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 (友人會宿)

滌蕩【できとう】千古の愁,留連す 百壺の飲。

良宵 清談に宜しく,皓月 未だ寢ぬる能わず。

醉い來って 空山に臥さば,天地 即ち 衾枕。

 

 

(改訂版Ver.2.1)

『友人會宿』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

友人會宿

滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良宵宜清談,皓月未能寢。

醉來臥空山,天地即衾枕。


(下し文)
(
友人會宿)

滌蕩【できとう】千古の愁,留連す 百壺の飲。

良宵 清談に宜しく,皓月 未だ寢ぬる能わず。

醉い來って 空山に臥さば,天地 即ち 衾枕。

(現代語訳)
(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。


(訳注) (改訂版Ver.2.1)

友人會宿

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
○会宿 一緒に宿泊する。

 

滌蕩千古愁、留連百壺飲。
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
○滌蕩/「滌盪」 洗い流す、洗いつくす。「滌」も「蕩」も、「洗う」の意。

1.搖動。一播散。禮記·郊特牲:「殷人尚聲,臭味未成,滌蕩其聲,樂三闋,然後出迎牲。」2.洗除。南朝梁·陶弘景·授陸敬游十賚文:「滌蕩紛穢,表裡霜雪。」

唐·李白·友人會宿詩:「滌蕩千古愁,留連百壺飲。」

○千古 遠い昔からの。「万古」の類語。

○留連 立ち去りかねるさま、捨て去りがたいさま。

〇百壷飲 飲みほした酒壷の多いこと。

 

良宵宜清談、皓月未能寢。【皓月誰能寢】。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
 夜。 

清談 竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。  

皓月  白く輝く月。すみきった月。

 

醉來臥空山、天地即衾枕。
すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。
衾枕  掛け布団と枕。寝具。

 

 

李白のこの詩は、蕭士贇は劉伶の《酒德頌》「暮天席地」の句に基づいたものと解説しているので、竹林の七賢の一人、劉伶の概略と、《酒德頌》を紹介する。

劉伶 酒德頌

劉 伶(りゅう れい、221? - 300?)は、竹林の七賢の一人。字は伯倫。三国時代の魏および西晋の文人。沛国の人。

世説新語によると、身長が約140cmと低く、手押し車に乗り、スコップを携えた下男を連れて、自分が死んだらそこに埋めろ、と言っていた。酒浸りで、素っ裸でいることもあった。ある人がそれをとがめたのに答えて言った。私は、天地を家、部屋をふんどしと思っている。君らはどうして私のふんどしの中に入り込むのだ。また酒浸りなので、妻が心配して意見したところ、自分では断酒できないので、神様にお願いすると言って、酒と肉を用意させた。そして祝詞をあげて、女の言うことなど聞かない、と言って肉を食って酒を飲んで酔っぱらった。
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『酒徳頌』:

酒徳は酒の功徳、頌は韻文の一種で褒め称える言葉すなわち賛歌である。大人先生という架空の人物に託した作者劉伶の自画像であり、老荘哲学の表白でもある。わが国の大伴旅人の「讃酒歌」などは、この作品の影響を受けたものといわれる。

 

《酒德頌》

有大人先生者,以天地為一朝,萬朝為須臾,日月為扃牖,八荒為庭衢。行無轍跡,居無室廬,暮天席地,縱意所如。止則操卮執觚,動則挈榼提壺,唯酒是務,焉知其餘?

 

有貴介公子,縉紳處士,聞吾風聲,議其所以。乃奮袂攮襟,怒目切齒,陳禮法,是非鋒起。先生於是方捧罌承槽,銜杯漱醪。奮髯箕踞[],枕麴藉糟,無思無慮,其樂陶陶。兀然而醉,豁爾而醒。靜聽不聞雷霆之聲,熟視不睹泰山之形,不覺寒暑之切肌,利慾之感情。俯觀萬物,擾擾焉如江漢三載浮萍;二豪侍側焉,如蜾蠃之與螟蛉。

 

酒の功徳をたたえる 劉伶

大人先生という人物がいた。天地の生成をも一日のごとくみなし、一万年も瞬時、日と月とは戸口と窓、世界の果ても我が庭か往来のごとく見做していた。何処へ行くにも決まった道を通らず、何処にも決まった住まいを持たず、大空を屋根とし、大地を敷き莚(むしろ)として行きたい所へ出掛けていった。坐っていれば大盃やぐい呑みを手にし、出掛けるとき酒樽や徳利をぶら下げ、酒だけがつとめと心得、他のことは気にも掛けなかった。ある貴公子と大物の浪士が、先生の評判を聞き、そのわけを論じ合った。そこで大いに奮い立ち、勇んで出掛け、目を怒らせ歯がみして、礼法について述べ立て、鋭く論難した。先生はそのとき、酒がめをかかえますにうけ、杯をふくんで濁酒(どぶろく)を口に流し込み、ひげを捻って両足を投げ出し、こうじを枕に酒樽を敷布団にして横たわり、何の頓着もなく、陶然と楽しげであった。傲然と酔うているかと思うと、突然はっと醒めるが、耳をすましているようでも、雷の音さえ耳に入らず、目を凝らしているようでも、泰山の姿さえ目に入らぬ様子、寒暑が肌を刺し、利欲が心を動かすのも気付かぬげである。万物が乱れ騒ぐのを見下ろして、まるで大河が浮き草を浮かべたほどにも気に掛けぬ。二人のおえらがたは傍に侍り、ミイラ取りがミイラになった」

246 《巻22-16 獨酌》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <246> Ⅰ李白詩1496 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6028

李白  獨酌  

春草如有意,羅生玉堂陰。東風吹愁來,白髮坐相侵。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

手舞石上月,膝橫花間琴。過此一壺外,悠悠非我心。

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    獨酌

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

獨酌

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

春草如有意,羅生玉堂陰。

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

東風吹愁來,白髮坐相侵。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、一株の長松がある。

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

手舞石上月,膝橫花間琴。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

過此一壺外,悠悠非我心。

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

 

(獨酌)

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

 

 

『獨酌』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

獨酌

春草如有意,羅生玉堂陰。

東風吹愁來,白髮坐相侵。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

手舞石上月,膝橫花間琴。

過此一壺外,悠悠非我心。


【春草遍綠野,新鶯有佳音。落日不盡歡,恐為愁所侵。獨酌勸孤影,閒歌面芳林。清風尋空來,巖松與共吟。手舞石上月,膝橫花下琴。過此一壺外,悠悠非我心。】


(下し文)
(
獨酌)

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

(現代語訳)
(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、一株の長松がある。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、風に向かう一株の長松がある。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

 

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。


(訳注)

獨酌

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

 

春草如有意,羅生玉堂陰。

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

羅生 連って生する。《楚辞、九歌、少司命》に「秋蘭兮蘼蕪、羅生兮堂下」 とあって、王逸の註にその堂下をめぐり羅列して生す」とある。秋蘭はフジバカマ(藤袴)。キク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。秋の七草の1つ。

 

東風吹愁來,白髮坐相侵。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

 

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、風に向かう一株の長松がある。

勸孤影 陶淵明 《雜詩.十二首其二》「欲言無予和、揮杯勸孤影」(言らんと欲せど予に和する無く、杯を揮(て孤影に勸む)語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいない。杯をもちあげて、独りぼっちの自分の影に、酒を勧める。”とある。

面芳林 芳林に封する。面は対する。

 

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

 

手舞石上月,膝橫花間琴。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

 

過此一壺外,悠悠非我心。

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

 

 

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

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李白 自遣(みずからの鬱屈の思いを晴らす。)酒に向かっていたら、日の暮れるのさえ気づかない、おりしも春の終わり、紛々として散ってくる花の花びらが、わたしの衣服にみちている。 

 
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217 (改訂版) 巻22-34 自遣》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <217> Ⅰ李白詩1453 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5813

 

 

年:733年開元二十一年33

卷別:  卷一八二          李太白集巻22  文體:五言

詩題:  自遣

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

自遣

(みずからの鬱屈の思いを晴らす。)

對酒不覺暝,落花盈我衣。

酒に向かっていたら、日の暮れるのさえ気づかない、おりしも春の終わり、紛々として散ってくる花の花びらが、わたしの衣服にみちている。 
醉起步溪月,鳥還人亦稀。

酔いつぶれて眠っていたが、酔いから醒めて、起き上がり、月明かりの谷川を散策すれば。鳥は、皆ねぐらに帰り、遊人もまた、稀で、さすがに寂しい景色になっている。

 

(自ら遣る) 

酒に對して、暝【めい】を 覺えず,落花  我が衣に 盈【み】つ。
醉起 溪月に 歩し,鳥 還【かへ】って 人も亦た 稀なり。

 

 

『自遣』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

自遣

對酒不覺暝,落花盈我衣。

醉起步溪月,鳥還人亦稀。


(下し文)
(自ら遣る) 

酒に對して、暝【めい】を 覺えず,落花  我が衣に 盈【み】つ。
醉起 溪月に 歩し,鳥 還【かへ】って 人も亦た 稀なり。


(現代語訳)
(みずからの鬱屈の思いを晴らす。)

酒に向かっていたら、日の暮れるのさえ気づかない、おりしも春の終わり、紛々として散ってくる花の花びらが、わたしの衣服にみちている。 
酔いつぶれて眠っていたが、酔いから醒めて、起き上がり、月明かりの谷川を散策すれば。鳥は、皆ねぐらに帰り、遊人もまた、稀で、さすがに寂しい景色になっている。


(訳注)

自遣
(みずからの鬱屈の思いを晴らす。)

みずからを慰める。みずからやる。のどかな詩である。しかし、詩題から考えれば、以下のようにもとれる:情況は「不覺」であり、「暝」であり、作者に向かってくるものは「落(花)」で、それのみが作者に「盈」ちてくる。周りは「鳥還」であり、作者を訪ねてくる「人」も、鳥が還ってしまったのと同様に人も亦、「稀」になっている、という心象風景である。
・遣 うさをはらす。はらす。

 

對酒不覺暝,落花盈我衣。
酒に向かっていたら、日の暮れるのさえ気づかない、おりしも春の終わり、紛々として散ってくる花の花びらが、わたしの衣服にみちている。 
・對酒 酒に向かう。 

・不覺 悟らない。気づかなかい。思わなかった。分からなかった。いつの間にか。 

・暝 暮れる。日が暮れる。

・落花 散ってくる花。花びらの意になる。 

・盈 次第に多くなってみちる。だんだんみちてくる。みたす。 

・我衣 わたしの衣服。李白の衣服になる。88「下終南山過斛斯山人宿置酒」綠竹入幽徑。 青蘿拂行衣。同じように使う。

 

醉起歩溪月,鳥還人亦稀。
酔いつぶれて眠っていたが、酔いから醒めて、起き上がり、月明かりの谷川を散策すれば。鳥は、皆ねぐらに帰り、遊人もまた、稀で、さすがに寂しい景色になっている。

・醉起 酔いから醒める。

・歩 散歩をする。あゆむ。「踏月」の「踏」でもある。月影を踏む。月明かりの中を散歩する。 

・溪月 けいげつ 谷川に出た月。月明かりの谷川。 

・還 かえる。でかけていったところからもどる。 

・亦 …もまた。「鳥がねぐらに帰って、あたりが静かになる」ということに「人がだれも往来しなくなって静かである」を付け加えて言う。「鳥還」と「人稀」を繋ぐ時にリズムを整えるためにも「亦」を使う。 

・稀 まれ。まれである。
李白93「春日酔起言志」覺來盼庭前,一鳥花間鳴。
同じように使う。

鳥還人亦稀:鳥は、ねぐらに帰り、人影も、稀(まれ)になっている。 

216 (改訂版)《巻22-26 春日醉起言志》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <216> Ⅰ李白詩1452 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5808

李白 春日醉起言志 この情景に感動して歎息が出そうになっている。だから、酒器に向かって、また、杯を重ねてしまう。大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまって、荘子のいう「大夢」中にいるのである。 

 
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53 《(改訂版)《巻03-01-2 河之水二首寄子侄老成 其二》》韓愈(韓退之)ID 800年貞元16年 33歳<1354> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5754 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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216 (改訂版)《巻22-26 春日醉起言志》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <216> Ⅰ李白詩1452 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5808

 

 

年:733年開元二十一年33

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春日醉起言志

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

(改訂版)《巻22-26 春日醉起言志

(春の日に、酔いより起きて思いのたけを言う。)

處世若大夢,胡為勞其生。

人のこの世にあるのはあたかも長い夢をみているようなものであるから、生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのはばかげている。
所以終日醉,然臥前楹。

だから終日酒に酔い、そして潰れて、楹前によこになる、ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
覺來盼庭前,一鳥花間鳴。

だから終日酒に酔い、そして潰れて、楹前によこになる、ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
借問此何時,春風語流鶯。

今は一体どのような時節なのか、まさに春にして東風がぬるく吹いて、乗せて鶯は囀ってこたえてくれた。
感之欲歎息,對酒還自傾。

この情景に感動して歎息が出そうになっている。だから、酒器に向かって、また、杯を重ねてしまう。
浩歌待明月,曲盡已忘情。

大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまって、荘子のいう「大夢」中にいるのである。 
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(春日 醉起して 志を言う)

處世、大夢の若く,胡爲【なんすれ】ぞ、其の生を勞するを。

終日醉ひ,頽然として前楹に臥す所以【ゆえん】。
覺め來って、庭前を 盼【なが】むれば,一鳥花間に鳴く。
借問す、此れ 何【いづ】れの時,春風、流鶯語る。
之【これ】に感じて、歎息せんと 欲し,酒に對して、還た 自ら傾く。
浩歌、明月を待ち,曲 盡きて、已に 情を忘る。

 

『春日醉起言志』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春日醉起言志

處世若大夢,胡為勞其生。

所以終日醉,然臥前楹。

覺來盼庭前,一鳥花間鳴。

借問此何時,春風語流鶯。

感之欲歎息,對酒還自傾。

浩歌待明月,曲盡已忘情。


(下し文)
(
春日 醉起して 志を言う)

處世、大夢の若く,胡爲【なんすれ】ぞ、其の生を勞するを。

終日醉ひ,頽然として前楹に臥す所以【ゆえん】。

覺め來って、庭前を 盼【なが】むれば,一鳥花間に鳴く。

借問す、此れ 何【いづ】れの時,春風、流鶯語る。

之【これ】に感じて、歎息せんと 欲し,酒に對して、還た 自ら傾く。

浩歌、明月を待ち,曲 盡きて、已に 情を忘る。

(現代語訳)
(春の日に、酔いより起きて思いのたけを言う。)

人のこの世にあるのはあたかも長い夢をみているようなものであるから、生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのはばかげている。
だから終日酒に酔い、そして潰れて、楹前によこになる、ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
今は一体どのような時節なのか、まさに春にして東風がぬるく吹いて、乗せて鶯は囀ってこたえてくれた。
この情景に感動して歎息が出そうになっている。だから、酒器に向かって、また、杯を重ねてしまう。
大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまって、荘子のいう「大夢」中にいるのである。 


(訳注)

春日醉起言志
(春の日に、酔いより起きて思いのたけを言う。) 
春日 春。春の日。春の昼。 

醉起 酔いより起きる。酔っぱらって。 

言志 思いを言う。

*酒をほしいままにし、陶淵明の様に春の花を、鳥を愛して、また呑んで世俗のことを忘れるというもの

 李白は酔いから覚めると芸妓と一緒に過ごしたことに気が付いた。芸妓は唄ってくれていた。美しい声で唄ってくれ、また夢心地にしてくれる。ああ、素晴らしいと感嘆してしまう。歌を聴きながら思わず知らず酒樽を独りで傾けていた。歌を唄いきってしまうと・・・・・。

 これは李白の神仙思想の表れで、現実世界にいかにたのしく生きてゆくか、海のかなたにある仙人の住む山に行かなくても、仙人の不老長寿の薬よりも回春薬の金丹よりも酒があれば最高なのだ。と解釈するが、このことが、道教の神仙思想を李白が否定したということではなく、ただ、手近な酒に求めることが賢人であると述べているのである。

處世若大夢,胡爲勞其生。
人のこの世にあるのはあたかも長い夢をみているようなものであるから、生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのはばかげている。
處世 しょせい 世の中を生きてゆくこと。世間で暮らしを立てること。世の中で生活をしてゆくこと。「處」は動詞。上声。 

 …のようである。ごとし。如。 

大夢 大いなる夢。夢のまた夢。紀元前三世紀の思想家の荘子は、あるとき夢のなかで胡蝶になり、ひらひらと飛んでたのしかった。目がさめると掌にかえったが、かれは考えた。胡蝶が夢をみて掌になっているのではなかろうかと。《荘子、斉物論第二》「夢之中又占其夢焉,覺而後知其夢也。且有大覺而後知此其大夢也,而愚者自以為覺,竊竊然知之。」(夢の中に又た其の夢を占い,覺めて後に其の夢なるを知る也。且つ大覺有りて而る後に此其大夢なるを知る也,而るに愚者は自ら以て覺めたりと為し,竊竊【せつせつ】然として之を知るとす。) 夢が夢であることに気づくためには、大いなる覚醒がなければならない。大いなる覚醒、すなわち絶対の真理に刮目(カツモク)した者のみが、大いなる夢から解放されるのである。しかるに、愚かなる世俗の惑溺者たちは、自己の夢を覚めたりとし、こざかしげに知者をもって自ら任じ、己れの好む者を君として尊び、己れの憎む者を奴隷のごとく賤しむ愛憎好悪の偏見に得々としている。彼らの救いがたい頑迷さよ。

胡爲 こい どうして…なのか。なんすれぞ…(や)。 

 気苦労をする。骨を折る。苦労する。労する。 

其生 その人生。

 

所以終日醉,頽然臥前楹。
だから、朝から晩まで、酔っているのだ。酔いつぶれて、入り口の丸い柱のところで横になってしまった。 
所以 しょい そうだから。それゆえ。だから。 

終日 朝から晩まで。昼間ずっと。一日中。

頽然 たいぜん 酔いつぶれるさま。くずれるさま。 

前楹 ぜんえい 入り口の丸い柱。 ・ えい 棟の正面の東西にある丸柱。

 

覺來盼庭前,一鳥花間鳴。
だから終日酒に酔い、そして潰れて、楹前によこになる、ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
覺來 目覚めてきて。 ・覺:目覚める。 

-來 …てくる。 

 はん 望む。眺める。希望する。美人が目を動かす。めづかいする。目許が美しい。 

庭前 庭先。 

一鳥 一羽の鳥。とある鳥。 

花間 花の咲いている中に。

 

借問此何時,春風語流鶯。
今は一体どのような時節なのか、まさに春にして東風がぬるく吹いて、乗せて鶯は囀ってこたえてくれた。
・借問 お訊ねする。 

・此 これ。 

・語 かたる。さえずる。ここでは、(小鳥が)さえずる意で、使われている。 

・流鶯 ウグイスの鳴き声が流麗である。春風と共に芸妓、官妓、という意味もある。

 

感之欲歎息,對酒還自傾。
この情景に感動して歎息が出そうになっている。だから、酒器に向かって、また、杯を重ねてしまう。
 春の日の情景。軽くリズムをとる言葉。 

・欲:…しようとする。 

・歎息 たんそくたいへん感心する。讃える。褒める。次の酒を誘導するための語句。・歎:歌声に合わせて唱える。讃える。褒める。たいへん感心する。歎く。

・對酒 酒に向かって。酒を前にして。酒に対して。 

 なお。なおもまた。 

自傾 酒壷を自分で傾ける。

 

浩歌待明月,曲盡已忘情。
大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまって、荘子のいう「大夢」中にいるのである。 
・浩歌 こうか 大きな声でのびやかに歌う。 
明月 澄みわたった月。 

・曲盡 音曲が終わる。 

・已 とっくに。すでに。 

・忘情 気持ちを忘れてしまう。  

 おもむき。あじわい。心。感情。なさけ。

 

 

 

 「曲尽きて」というのは、情けを交わし合ったことの終わりを示すもの。

 

 

 

 

荘子「斉物論篇第二」

 「夢飲酒者,旦而哭泣;夢哭泣者,旦而田獵。方其夢也,不知其夢也。夢之中又占其夢焉,覺而後知其夢也。且有大覺而後知此其大夢也,而愚者自以為覺,竊竊然知之。君乎,牧乎,固哉!丘也與女,皆夢也;予謂女夢,亦夢也。是其言也,其名為弔詭。萬世之後而一遇大聖,知其解者,是旦暮遇之也」

 

 

夢に酒を飲む者は、旦(あした)にして哭泣(コッキュウ)し、夢に哭泣(コッキュウ)する者は、旦(あした)にして田猟(デンリョウ)す。其の夢みるに方(あた)りては、其の夢なるを知らざるなり。夢の中に又(ま)た其の夢を占い、覚(めざ)めて後に其の夢なるを知る。且(か)つ大覺(ダイカク)有りて、而(しか)る後に、此れ其の大夢(タイム)なるを知るなり。而(しか)るに愚者は自ずから以て覚(めざ)めたりと為し、竊竊然(セツセツゼン)として之を知れりとし、君(きみ)とし、牧(ボク)とす。固(コ・かたくな)なるかな。丘と女(なんじ)と皆夢なり。予(わ)れの女(なんじ)を夢と謂うも亦夢なり。是(こ)れ其の言や、其の名を弔詭(チョウキ)と為す。万世の後にして、一(ひと)たび大聖の、其の解(カイ)を知れる者に遇(あ)うも、是(こ)れ旦暮(タンボ)に之に遇うなり。

 

 「夢の中で酒を飲み歓楽を尽くした者は、一夜あくれば、悲しい現実に声をあげて泣き、逆にまた悲しい夢を見て哭(な)き声を立てた者も、朝になればけろりとして楽しい狩猟にでかけてゆくこともある。夢みている最中には、夢が夢であることも分からず、夢の中でさらに夢占いをする場合さえあるが、目がさめて始めて、それが夢であったことに気がつくのだ。

 

 

 夢が夢であることに気づくためには、大いなる覚醒がなければならない。大いなる覚醒、すなわち絶対の真理に刮目(カツモク)した者のみが、大いなる夢から解放されるのである。しかるに、愚かなる世俗の惑溺者たちは、自己の夢を覚めたりとし、こざかしげに知者をもって自ら任じ、己れの好む者を君として尊び、己れの憎む者を奴隷のごとく賤しむ愛憎好悪の偏見に得々としている。彼らの救いがたい頑迷さよ。孔子もお前も、みんな夢を見ているのだ。そして、「お前は夢を見ている」といっているこの私も、ともに夢を見ているのだ。

 

  ところで、このように一切を夢なりと説く私の言葉を”弔詭”(チョウキ)すなわち、この上なく世俗と詭(ことな)った奇妙きわまる話というのである。しかし、この話の意味が分かる絶対者は、恐らく何十万年に一人出会えるか出会えないかぐらいであろう。何十万年に一人出会えたとしても、その遭遇は日常明け暮れに遭遇しているといってもいいほど、極めて稀なのだ」と。

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 2015年4月7日の紀頌之5つのBlog 
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