漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

李白詩全集 卷二十二(古近體詩四十七首)

743年(80)李太白集819巻二十二40憶東山二首 其二  399Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(80) Ⅰ李白詩1761 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7345

李白  憶東山,二首之二

我今攜謝妓,長嘯人群。

欲報東山客,開關掃白雲。

(長安に居て、過ぎし日、會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔い、思って作ったものである。)その二

私は今謝安が東山で芸妓とともに過ごしことと同じように、妓女を携えて、この宅址を訪れた、長嘯して浮世の人たちをまったく藐視していたものであった。そこで、東山の客としていたひとびとに報じたいと思っているもので、時期が来れば門を開き、白雲を拂って、神仙の場として奇麗にし、其処に参ろうとするので待っていてもらいたいものである。

李太白集818巻二十二40

憶東山二首 其二

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7345

Index-23

743年天寶二年43歳 

94-80

399 <1000

 

 
  2016年2月16日 の紀頌之5つのBlog  
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  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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年:743年天寶二年43歳 94-79) 

卷別:    卷一八二              文體:    五言

詩題:    憶東山,二首之一

作地點:              目前尚無資料

及地點:              東山 (江南東道 越州 上虞縣) 別名:謝安山  

交遊人物/地點:  

詩文:

 

憶東山二首 其一

(會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔って作ったものである。)

不向東山久,薔薇幾度花。

自分は、敬愛する謝安の空しく残る宅址のある會稽の東山に向わないときめて、随分久しい、薔薇洞の名をつけた庭一面の薔薇の花は、幾回の春を経ただろうか。

白雲還自散,明月落誰家。

同じように堂の名にした白雲は、そのまま自然に散じたままだろうか、明月を望むあの堂からの月は、今宵誰が家を照らすのだろうか。薔薇、白雲、明月、そのものは、依然としてあるも、宅址荒廃したまま、傍らの堂も、今は跡方の無くむなしいものである。

 

(憶東山二首 其一)

東山に向わざること久しく,薔薇 幾度か 花 さく。

白雲 また自ら散ず、明月 誰が家に落つ。

 

カンナ113 

 

年:743年天寶二年43歳 94-80

卷別:  卷一八二        文體:  五言

詩題:  憶東山,二首之二

作地點:        目前尚無資料

及地點:        東山 (江南東道 越州 上虞縣) 別名:謝安山         

交遊人物/地點:

詩文:

 

憶東山,二首之二

我今攜謝妓,長嘯人群。

欲報東山客,開關掃白雲。

(長安に居て、過ぎし日、會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔い、思って作ったものである。)その二

私は今謝安が東山で芸妓とともに過ごしことと同じように、妓女を携えて、この宅址を訪れた、長嘯して浮世の人たちをまったく藐視していたものであった。
そこで、東山の客としていたひとびとに報じたいと思っているもので、時期が来れば門を開き、白雲を拂って、神仙の場として奇麗にし、其処に参ろうとするので待っていてもらいたいものである。

我 今 謝妓を攜え。 長嘯して 人群をつ。 
東山の客に報わんと欲っす。關を開いて 白云を掃く。

 

 

長安城図 作図00
憶東山二首其二 現代語訳と訳註
(
本文)

其二 
我今攜謝妓。 長嘯人群。 
欲報東山客。 開關掃白云。


(下し文)
憶東山,二首の二

我 今 謝妓を攜え、 長嘯して 人群をつ。 
東山の客に報ぜんと欲っし、關を開いて 白云を掃へ。

 

(現代語訳)
憶東山,二首之二(長安に居て、過ぎし日、會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔い、思って作ったものである。)その二

私は今謝安が東山で芸妓とともに過ごしことと同じように、妓女を携えて、この宅址を訪れた、長嘯して浮世の人たちをまったく藐視していたものであった。
そこで、東山の客としていたひとびとに報じたいと思っているもので、時期が来れば門を開き、白雲を拂って、神仙の場として奇麗にし、其処に参ろうとするので待っていてもらいたいものである。

(訳注)
憶東山,二首之二

(長安に居て、過ぎし日、會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔い、思って作ったものである。)その二

李白が長安に居て、会稽、紹興滞在中のことをおもい、作ったものである。朝廷に召される前に訪れたところ。謝安をまねて遊んだことを思い出したもの。


我今攜謝妓。 長嘯人群。
私は今謝安が東山で芸妓とともに過ごしことと同じように、妓女を携えて、この宅址を訪れた、長嘯して浮世の人たちをまったく藐視していたものであった。
8 攜謝妓 晉の時代の謝安は、あざなを安石といい、四十歳になるまで浙江省の東山という山にこもって、ゆうゆうと寝てくらし、朝廷のお召しに応じなかった。当時の人びとは寄ると彼のうわさをした。「安石が出てこないと、人民はどうなるんだ」。時期が来るまで、待っている賢者というものは、一喜一憂しない。敵を油断させる方法にも幾通りもある。ここに言う「芸妓を携えて」というのは、国外のみならず国内にも敵がおり、国を建てなおすにも相手の状況の分析を行い、時機が到来して立ち上がったのであるが、東山に白雲堂、明月堂のあとがあり、山上よりの眺めは絶景だという。薔薇洞というのは、かれが妓女をつれて宴をもよおした所といわれ、妓女と酒を飲んで時期を待っていたことを言う。謝安について李白『送裴十八図南歸嵩山其二』「謝公終一起、相與済蒼生。」とあり、送裴十八図南歸嵩山 其二 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白164
また、李白『梁園吟』「東山高臥時起來,欲濟蒼生未應晩。」とある。
274 《卷十六11送姪良攜二妓赴會稽戲有此贈(改訂)》Index-19 Ⅱー14-739年開元二十七年39歳 <274> Ⅰ李白詩1552 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6308
9
 長嘯 李白が長嘯という語を使うのはそれを機に行動を起こす場合の言葉としている李白42 梁園吟.
經亂後將避地剡中留贈崔宣城 安史の乱と李白(4) Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 216
李白『經亂後將避地剡中留贈崔宣城」(乱を経たるの後将に地を剡中に避けんとし留めて崔宣城に贈る)では、安禄山の叛乱軍を小馬鹿にして長嘯している。

雙鵝飛洛陽。五馬渡江徼。 
何意上東門。胡雛更長嘯。
(双鵝 洛陽に飛び、五馬 江徼(コウキョウ)を渡る
なんぞ意(おも)はん上東門、胡雛(コスウ)さらに長嘯せんとは。)
東門 洛陽の門。○胡雛 こすう胡雛 五胡十六国の時代、後趙の帝位に就いた羯の石勒の故事。少年の頃、物売りをしているとその声を聞いた王衍は、「さきの胡雛、吾れその声視の奇志有るを観る。恐らくは将に天下の息をなさん」と言って収監しようとしたがすでに去ったあとだった(『晋書』載記四)。「胡雛」はえびすの幼子。胡人の子供に対する蔑称。ここでは李白から見て蔑称の胡の子供並みであると安禄山のことを示す。
また、李白 『贈王大勧入高鳳石門山幽居』

贈王大勧入高鳳石門山幽居 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350- 200

投躯寄天下、長嘯尋豪英。(躯を投げて天下に寄せ、長嘯して豪英を尋ねんとす。) 天下にこの一身を寄せるという気持ちを持ち続け、、世俗など超越した「優れた人物を尋ね歩く」という詩をいつまでも詠い続けるのである。
李白『游泰山六首其一』

李白 112 游泰山六首 (一作天寶元年四月從故御道上泰山)

天門一長嘯。萬里清風來。 天門に一たび長噴すれば、万里より清風釆たる 
天への門に向かって一たび長く唄い叫んだ、すると万里の先より清々しい風が吹いて釆た
使い方としては「長嘯して~する」、ということである。

10 人群 は、藐視することであり、人群は浮世の人たちをいう。


欲報東山客。 開關掃白云。
そこで、東山の客としていたひとびとに報じたいと思っているもので、時期が来れば門を開き、白雲を拂って、神仙の場として奇麗にし、其処に参ろうとするので待っていてもらいたいものである。
11 東山客 謝安と同じ志を持っているもの、隠遁生活している人々。李白の心に思うこと。

12 開關 関は門とおなじ、門を開く、時期が来れば門を開きたいということ。
13
 白云 天上にあるもの、手に届かないものであり、温かく見守るものの象徴としている。あるいは、希望を覆い隠すもの、あるいは隠棲生活の場所を示すもの。

李白『憶東山二首 其一』憶東山二首其一 李白 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -269
不向東山久。 薔薇几度花。 
白云還自散。 明月落誰家。 
白雲は李白の希望、夢であった。白雲に対する明月は玄宗皇帝をあらわす

秋浦歌十七首 其十七 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 261/350

祧波一步地。  了了語聲聞。 
闇與山僧別。 低頭禮白云。
暗闇に紛れてわたしは村人と別れを告げたのだ。そして、結をあらにして天子の入り法に向かって深々と頭を下げ礼を取ったのだ。

 

大明宮の圖003 

 

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743年(79)李太白集818巻二十二39憶東山二首 其一  398Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(79) Ⅰ李白詩1760 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7340

李白  憶東山二首 其一

不向東山久,薔薇幾度花。白雲還自散,明月落誰家。
(會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔って作ったものである。)

自分は、敬愛する謝安の空しく残る宅址のある會稽の東山に向わないときめて、随分久しい、薔薇洞の名をつけた庭一面の薔薇の花は、幾回の春を経ただろうか。

同じように堂の名にした白雲は、そのまま自然に散じたままだろうか、明月を望むあの堂からの月は、今宵誰が家を照らすのだろうか。薔薇、白雲、明月、そのものは、依然としてあるも、宅址荒廃したまま、傍らの堂も、今は跡方の無くむなしいものである。

李太白集818巻二十二39

憶東山二首 其一

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7340

Index-23

743年天寶二年43歳 

94-79

398 <1000

 

 
  2016年2月15日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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743年(79)李太白集818巻二十二39憶東山二首 其一  398Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(79) Ⅰ李白詩1760 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7340  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#26》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1673> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7341  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-22-#2杜少陵集 《21-05 可歎 #2》 杜甫詩index-15-1139 <1589> 767年大暦2年56歲-22-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7342  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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年:743年天寶二年43歳 94-89) 

卷別:    卷一八二              文體:    五言

詩題:    憶東山,二首之一

作地點:              目前尚無資料

及地點:              東山 (江南東道 越州 上虞縣) 別名:謝安山  

交遊人物/地點:  

詩文:

 

憶東山二首 其一

(會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔って作ったものである。)

不向東山久,薔薇幾度花。

自分は、敬愛する謝安の空しく残る宅址のある會稽の東山に向わないときめて、随分久しい、薔薇洞の名をつけた庭一面の薔薇の花は、幾回の春を経ただろうか。

白雲還自散,明月落誰家。

同じように堂の名にした白雲は、そのまま自然に散じたままだろうか、明月を望むあの堂からの月は、今宵誰が家を照らすのだろうか。薔薇、白雲、明月、そのものは、依然としてあるも、宅址荒廃したまま、傍らの堂も、今は跡方の無くむなしいものである。

 

(憶東山二首 其一)

東山に向わざること久しく,薔薇 幾度か 花 さく。

白雲 また自ら散ず、明月 誰が家に落つ。

四庫全書會稽志東山 

 

『憶東山二首 其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

憶東山二首 其一

不向東山久,薔薇幾度花。

白雲還自散,明月落誰家。

(下し文)
(
憶東山二首 其一)

東山に向わざること久しく,薔薇 幾度か 花 さく。

白雲 また自ら散ず、明月 誰が家に落つ。


(現代語訳)
憶東山二首 其一(會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔って作ったものである。)

自分は、敬愛する謝安の空しく残る宅址のある會稽の東山に向わないときめて、随分久しい、薔薇洞の名をつけた庭一面の薔薇の花は、幾回の春を経ただろうか。

同じように堂の名にした白雲は、そのまま自然に散じたままだろうか、明月を望むあの堂からの月は、今宵誰が家を照らすのだろうか。薔薇、白雲、明月、そのものは、依然としてあるも、宅址荒廃したまま、傍らの堂も、今は跡方の無くむなしいものである。

呉越の地図李白の足跡0000 

 (訳注)

憶東山二首 其一

(會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔って作ったものである。)

1 東山 浙江省上虞県の西南にあり、会稽(紹興)からいうと東の山であり、名勝地。晋の太傅であった謝安がむかしここに隠居して、なかなか朝廷の招きに応じなかったので有名。山上には謝安の建てた白雲堂明月堂のあとがあり、山上よりの眺めは絶景だという。薔薇洞というのは、謝安の居宅のそばにあった酒宴座敷で、かれが妓女をつれて宴をもよおした所と伝えられている。謝安(320 - 385年)は中国東晋の政治家。王義之らと同時期のひと。宋、施宿等《會稽志、巻九》「東山在縣西南四十五里、晉太傅謝安所居也。一名謝安山、巋然特立於衆峰間、拱揖蔽虧如鸞鶴飛舞。有謝公調馬路白雲明月二堂址千嶂林立、下視滄海天水相接葢絶景也下山出微徑為國慶寺乃太傅之故宅、傍有薔薇洞、俗傳、太傅携妓女宴之 所。」「又山西一里始寧園乃謝靈運墅一曰西莊按 謝安傳云寓居稽與王羲之許詢支遁出則漁獵山水入則言詠屬文後雖受朝寄然東山之志始末不渝靈運傳云父祖並𦵏始寧山中并有故宅及墅遂移籍稽故其詩云偶與張邴合久欲還東山。施宿の會稽志に「東山は、上虞縣の西南四十五里に在り、晋の太侍謝安の居るところなり、一名謝安山、巋然として衆峰の間に特出し、拱揖蔽虧、鸞鶴の飛舞するが如し。その頂に謝公の調馬路、白雲明月二堂の遺址あり、千嶂林立、下に滄海を視る、天水相接す、蓋し絶景なり、山を下って微徑を出づれば、國慶寺たり、乃ち太の故宅、旁に薔薇洞あり、俗傳う、太が妓女を携えて游宴せしところ」とある。

 李白『憶東山二首其二』「我今攜謝妓。 長嘯人群。欲報東山客。 開關掃白云。」(我 今 謝妓を攜え。 長嘯して 人群をつ。東山の客に報わんと欲っす。關を開いて 白云を掃く。)謝安。晉の時代の謝安は、あざなを安石といい、四十歳になるまで浙江省の東山という山にこもって、ゆうゆうと寝てくらし、朝廷のお召しに応じなかった。当時の人びとは寄ると彼のうわさをした。「安石が出てこないと、人民はどうなるんだ」。時期が来るまで、待っている賢者というものは、一喜一憂しない。敵を油断させる方法にも幾通りもある。ここに言う「芸妓を携えて」というのは、国外のみならず国内にも敵がおり、国を建てなおすにも相手の状況の分析を行い、時機が到来して立ち上がったのであるが、東山に白雲堂、明月堂のあとがあり、山上よりの眺めは絶景だという。薔薇洞というのは、かれが妓女をつれて宴をもよおした所といわれ、妓女と酒を飲んで時期を待っていたことを言う。謝安について李白『送裴十八図南歸嵩山其二』「謝公終一起、相與済蒼生。」とあり、送裴十八図南歸嵩山 其二 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白164。○謝世運 時世の進展から去る。世を去る。

送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈 
攜妓東山去。 春光半道催。 
遙看若桃李。 雙入鏡中開。 
おいの良が謝安のように二人妓女と会稽に逝くのを送り出すときに、たわむれにこの詩を作って贈るもである。芸者をつれて、むかし謝安が遊んだように東山に出かけるが、春の日の光は途中で人をせきたてることだろう。きっと、二人の妓女が赤い桃花と白い李花がさいているのようだろう、そして、二人の妓女は鏡湖の中に入って、舟を浮かべ宴は、はなやかに開かれているだろう、わたしは、はるかに長江流れからこの地から見ているのだ。

(姪良が二姥を携えて会稽に赴くを送り、戯れに此の贈有り)
妓を携えて 東山に去れば。春光 半道に催す。
(はるか)に看る 桃李(とうり)の若く、双(ふた)つながら鏡中に入って開くを。

送姪良携二妓赴会稽戯有此贈  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -287

 

不向東山久,薔薇幾度花。

自分は、敬愛する謝安の空しく残る宅址のある會稽の東山に向わないときめて、随分久しい、薔薇洞の名をつけた庭一面の薔薇の花は、幾回の春を経ただろうか。

2 不向 向わないと決めたこと。起承転結、それぞれの初めが対語になっている。不向に対して、薔薇は堅い約束を示す。白雲だけがはかなく消えてゆくものである。明月は、幾年たっても、同じように宅址を照らす。
3
 薔薇 

4 (几)  数詞. 1.いくつ; 2.いくつか. 名詞. 1.(~儿)小さな机; 2.ひじかけ. 副詞. 1.〈書〉ほとんど.
 起:不向 → 承:薔薇  
→転:白云 → 結:明月


白雲還自散,明月落誰家。

同じように堂の名にした白雲は、そのまま自然に散じたままだろうか、明月を望むあの堂からの月は、今宵誰が家を照らすのだろうか。薔薇、白雲、明月、そのものは、依然としてあるも、宅址荒廃したまま、傍らの堂も、今は跡方の無くむなしいものである。

5 白雲 白雲無根 : 無心に去来して、跡をとどめない《荘子、天地篇》「乗彼白雲、至于帝郷」(彼の白雲に乗じて、帝郷に至る。)

6 明月 曇りなく澄みわたった満月。また、名月。《季 秋》

7 白雲明月 上の薔薇に対し、白雲、明月は堂名であって、これに因んで構想したのである。

743年(78)李太白集816巻二十二37秋夜獨坐懷故山  397Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(78) Ⅰ李白詩1759 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7335

李白  秋夜獨坐懷故山 #1

小隱慕安石,遠遊學屈平。天書訪江海,雲臥起咸京。入侍瑤池宴,出陪玉輦行。

(秋夜斎中に獨坐し、故郷を懐うで作った詩。)

われは林薮に隠れる小隠者の身ながら、古しえの謝安石を慕い、又平生、遠游を事として秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられなかった屈原【あるいは、高士である向子平】を学び、浮世と隔絶して、自ら打澄まして居た。

然るに、天子より詔書を下して、江海の間を尋ね廻られたということで、今まで白雲に臥して居た此身を起して、長安に上京し、天子の寵遇を受くることになったのである。

朝廷に入っては西王母の瑤池の宴である興慶宮の宴に侍坐し、出でては天子の玉輦の行くままに陪従し、晨夕、御側を離れなかったのである。

李太白集巻二十二37

秋夜獨坐懷故山 #1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7335

Index-23

743年天寶二年43歳 

94-78

397 <1000

 

 
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年:743年天寶二年43歳 94-78) 

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    秋夜獨坐懷故山

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:無

交遊人物/地點:  

詩文:

 

 

秋夜獨坐懷故山 #1

(秋夜斎中に獨坐し、故郷を懐うで作った詩。)

小隱慕安石,遠遊學屈平。

われは林薮に隠れる小隠者の身ながら、古しえの謝安石を慕い、又平生、遠游を事として秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられなかった屈原【あるいは、高士である向子平】を学び、浮世と隔絶して、自ら打澄まして居た。

天書訪江海,雲臥起咸京。

然るに、天子より詔書を下して、江海の間を尋ね廻られたということで、今まで白雲に臥して居た此身を起して、長安に上京し、天子の寵遇を受くることになったのである。

入侍瑤池宴,出陪玉輦行。

朝廷に入っては西王母の瑤池の宴である興慶宮の宴に侍坐し、出でては天子の玉輦の行くままに陪従し、晨夕、御側を離れなかったのである。

(秋夜 獨坐して 故山を懷う) #1

小隱 安石を慕い,遠遊 屈平を學ぶ。

天書 江海を訪い,雲臥 咸京より起つ。

侍っては瑤池の宴に入し,出でては 玉輦の行に陪す。
2

誇胡新賦作,諫獵短書成。

但奉紫霄顧,非邀青史名。

莊周空劍,墨翟恥論兵。

3

拙薄遂疏歸閒事耦耕。

顧無蒼生望,空愛紫芝榮。

寥落暝霞色,微茫舊壑情。

秋山綠蘿月,今夕為誰明。

 

長安付近図00 

『秋夜獨坐懷故山』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋夜獨坐懷故山 #1

小隱慕安石,遠遊學屈平。

天書訪江海,雲臥起咸京。

入侍瑤池宴,出陪玉輦行。
詩文(含異文)

小隱慕安石,遠遊學屈平【遠遊學子平】。

天書訪江海,雲臥起咸京。

入侍瑤池宴,出陪玉輦行。


(下し文)
(秋夜 獨坐して 故山を懷う) #1

小隱 安石を慕い,遠遊 屈平を學ぶ。

天書 江海を訪い,雲臥 咸京より起つ。

侍っては瑤池の宴に入し,出でては 玉輦の行に陪す。

(現代語訳)
秋夜獨坐懷故山 #1(秋夜斎中に獨坐し、故郷を懐うで作った詩。)

われは林薮に隠れる小隠者の身ながら、古しえの謝安石を慕い、又平生、遠游を事として秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられなかった屈原【あるいは、高士である向子平】を学び、浮世と隔絶して、自ら打澄まして居た。

然るに、天子より詔書を下して、江海の間を尋ね廻られたということで、今まで白雲に臥して居た此身を起して、長安に上京し、天子の寵遇を受くることになったのである。

朝廷に入っては西王母の瑤池の宴である興慶宮の宴に侍坐し、出でては天子の玉輦の行くままに陪従し、晨夕、御側を離れなかったのである。


(訳注)

秋夜獨坐懷故山 #1

(秋夜斎中に獨坐し、故郷を懐うで作った詩。)

1 秋夜獨坐懷故山詩について 

743年天寶二年43歳の時、長安においてつくる。この年 94首作ったがその78首目の作である。

・李太白集では、〈懐思〉篇に所収され、或は人を懐い、或は地を思い、延佇低徊の意を寓したのである。

・起首四句は、御召に應じて上京するまでの事、入侍瑤池宴あ四句は、翰林に供奉せしこと、但奉紫霽顧の四句は、兎角する中に、天子の眷顧を失いしこと、拙薄遂疎絶の四句は、長安より放逐されしこと、寥落暝霞色の四句は、即ち題意の正面で、懐郷の意を述べたのである。かく一身の経歴を叙し、簡単ながら、その要を得、且つ故事を運旋して、暴露せぬところは、さすがに、含蓄ありというべく、全体がが絶妙を以て許すべからざるも、なお一顧の価値はあることと思はれる。

 

小隱慕安石,遠遊學屈平。【遠遊學子平】

われは林薮に隠れる小隠者の身ながら、古しえの謝安石を慕い、又平生、遠游を事として秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられなかった屈原【あるいは、高士である向子平】を学び、浮世と隔絶して、自ら打澄まして居た。

2 小隱 大したものではない隠者のようなもの。小隠者の身。謙譲語。

3 安石 東晋の謝安(字は安石)が、朝廷からしばしば出仕を催されながら、東山に隠棲したま基易に承知しなかったこと。人々は、「安石出づる喜んぜずんは、将た蒼生(人民)を如何んせん」と言って心配した。(『世説新語』「排調、第二十五」の二六)。「高臥」は、世俗の欲望を離れて隠棲すること。

会稽東山の山上に謝安の建てた白雲・明月の二亭の跡がある。また、かれが妓女を携えて遊んだ寄薇洞の跡もある。謝安の芸妓を携えて東山始寧の別荘の南に楼があり、そこで漢の謝安の故事、朝廷の誘いに乗らず始寧の芸妓を携えて遊んだことにならい、芸妓を待っていたが来なかったときの感情を歌ったものである

『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』

攜妓東山去。 春光半道催。

遙看若桃李。 雙入鏡中開。

 姪良が二姥を携えて会稽に赴くを送り、戯れに此の贈有り

妓を携えて 東山に去れば。春光 半道に催す。

(はるか)に看る 桃李(とうり)の若く、双(ふた)つながら鏡中に入って開くを。

送姪良携二妓赴会稽戯有此贈  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -287

○漢の謝安(字は安石)が始寧(会稽紹興市の東の上虞県の西南)に隠居して朝廷のお召しに応じなかったのは「東山高臥」といって有名な講である。山上に謝安の建てた白雲・明月の二亭の跡がある。また、かれが妓女を携えて遊んだ寄薇洞の跡もある。○携 佳人=美人=芸妓を携える。謝安の故事をふまえる。府城臥竜山南にあった白樓亭のこと。『会稽志卷第九』山府城の卧龍山府に其東麓に治据されていた。隸山陰陽經雲种山、また別名として重山は越大夫の种所葬られた太平御覧种山の名とした處である。山南道で旧と傳えられる白楼亭は今の遺址は関連性からいうと不確かであるが、山頂にある城隍祠ああって、其の西南の越王台の下にある。

李白《346卷九17贈僧崖公》「手秉玉麈尾, 如登白樓亭。」

会稽記 「浙江又東北、重山を径す、西山の上に白楼亭あり。」とある。

4-⑴ 屈平 屈原(くつげん、紀元前343121日頃 - 紀元前27855日頃)は、中国戦国時代の楚の政治家、詩人。姓は羋、氏は屈。諱は平または正則。字が原。春秋戦国時代を代表する詩人であり、政治家としては秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられず、楚の将来に絶望して入水自殺した。

4-⑵【子平】 向長ことで,字を子平という,河出身の朝廷歌人である。隱居して仕えることはなかった,性格は尚、中和であり,好く《老子》、《易經》に通じた。貧して資食無く,好事者は更に饋すれば,之を受け,取足して其の餘に反らう。王莽大司空王邑之連年,乃。之めんとするに,固辭む。潛かに家に隱る,《易》を讀み「損益の卦」に至る,喟然として歎して曰く:「吾 已に富を知るは貧の如からず,貴は賤のく如からず,但し未だ死を知らずは何如に生くるのみや?」建武中,男女娶嫁既に畢り,敕:「家の事を斷じ,相關する勿れ,當に我死ぬるが如き也!」是に於て遂に肆意と同好し北海の禽慶,俱に五嶽名山に遊ぶ,竟に終る所知らず。

 

天書訪江海,雲臥起咸京。

然るに、天子より詔書を下して、江海の間を尋ね廻られたということで、今まで白雲に臥して居た此身を起して、長安に上京し、天子の寵遇を受くることになったのである。

4 天書 天子より下れた詔書。

5 訪江海 江海(長江、淮河、黄河の流域、最終的には嵩山で受ける)の間を尋ね廻られた

5 雲臥 雲がわく岩場の奥深い處に隠遁すること。謝靈運《石門在永嘉》「躋険築幽居、披雲臥石門。」(険に躋【のぼ】りて幽居を築き、雲を披【ひら】きて石門に臥す。嶮しい道を登ったところに一軒家を別荘として建てた、雲におおわれたところ、石門のところに病の療養に伏せた。

《石門新營所住四面高山回溪石瀨修竹茂林》石門在永嘉 謝霊運<30>#1 詩集 404  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1029

杜甫 2 遊龍門奉先寺

6 咸京 秦の時の都、咸陽であるがここでは唐の都長安のことをいう。

307巻八21卷八讀諸葛武侯傳書懷贈長安崔少府叔封昆季

武侯立岷蜀、壯志吞咸京。

377卷十23流夜郎半道承恩   放還兼欣克復之美書懷示息秀才

旋收洛陽宮、回輿入咸京。

816巻二十二37秋夜獨坐懷故山

天書訪江海、云臥起咸京。

 

入侍瑤池宴,出陪玉輦行。

朝廷に入っては西王母の瑤池の宴である興慶宮の宴に侍坐し、出でては天子の玉輦の行くままに陪従し、晨夕、御側を離れなかったのである。

7 瑤池宴 西王母の瑤池の宴である興慶宮勤政楼の宴、龍池の沈香亭での宴をいう。

8 玉輦行 天子の専用道路である夾城を移動、誰にも分らず大明宮と興慶宮、曲江離宮、芙蓉園を移動できたことを言い、金銀宝飾で飾った皇帝の御車に乗って移動した。《卷六04侍從宜春苑,奉詔賦龍池柳色初青,聽新鶯百囀歌》》「仗出金宮隨日轉。天回玉輦繞花行。」

(ジョウ)を持つ警護の者たちは金鑾殿を出て皇帝に付き添って回ってゆく。皇帝は天子の道である夾城で移動され、宝玉の輦(レン)をころがして花々を繞って御行なされる。

743年(54)李太白集卷六04-《侍從宜春苑,奉詔賦龍池柳色初青,聽新鶯百囀歌》 373-#3Index-23-2-743年天寶二年43歳 94-54) Ⅰ李白詩1720 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7148
長安城図 作図00 

249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078

李白  春日獨酌,二首之二  

我有紫霞想,緬懷滄洲間。思對一壺酒,澹然萬事閒。

橫琴倚高松,把酒望遠山。長空去鳥沒,落日孤雲還。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。

249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078


 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春日獨酌,二首之二

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

(改訂版Ver.2.1)

春日獨酌,二首之二

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

我有紫霞想,緬懷滄洲間。

私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
思對一壺酒,澹然萬事閒。

ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
橫琴倚高松,把酒望遠山。

そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。

長空去鳥沒,落日孤雲還。

大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。

ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、 むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。
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(春日獨酌,二首之二)

我に 紫霞の想 有り、緬懐す 滄洲の間を。

思いは 一壷の酒に対し、澹然【たんぜん】として万事閑なり。 

琴を横えて高松に倚り、酒を把って遠山を望む。

長空 鳥去って没し、落日 孤雲 還る。

但だ恐る 光景 晩く、宿昔 秋顔を成すを。

 

 

(改訂版Ver.2.1)

『春日獨酌,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春日獨酌,二首之二

我有紫霞想,緬懷滄洲間。

思對一壺酒,澹然萬事閒。

橫琴倚高松,把酒望遠山。

長空去鳥沒,落日孤雲還。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。


(含異文)

我有紫霞想,緬懷滄洲間。思對一壺酒【且對一壺酒】,澹然萬事閒。橫琴倚高松,把酒望遠山。長空去鳥沒,落日孤雲還。但恐光景晚,宿昔成秋顏。


(下し文)
(春日獨酌,二首之二)

我に 紫霞の想 有り、緬懐す 滄洲の間を。

思いは 一壷の酒に対し、澹然【たんぜん】として万事閑なり。 

琴を横えて高松に倚り、酒を把って遠山を望む。

長空 鳥去って没し、落日 孤雲 還る。

但だ恐る 光景 晩く、宿昔 秋顔を成すを。

 

(現代語訳)
春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。

大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。

ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。


(訳注) (改訂版Ver.2.1)

春日獨酌,二首之二

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

 

我有紫霞想、緬懷滄洲間。 
私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
紫霞想 紫霞をしたいということを思っている。老子をも示す。紫霞は仙人の宮殿を言う。この場合紫が老荘思想で、霞は神仙思想とする。また紫は天子を示す。ここでは仙人志願をしているということ。。

 遙かな。とおくに。

滄州 隠者の棲む場所。東海の神仙三山の海、滄海が臨めるあたり。


思對一壺酒、澹然萬事閑。 
ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
澹然 物事にこだわらない自然にふるまう道教の教えをきほんにする。


橫琴倚高松、把酒望遠山。 
そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。


長空去鳥沒、落日孤雲還。 
大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。


但恐光景晚、宿昔成秋顏。 
ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、 むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。
光景 景色。ひかり。ありさま。  

宿昔 以前。むかし。昔は紅顔であった。  

秋顔 老顔。衰容。

 

 

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風扇淑氣,水木榮春暉。

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

白日照綠草,落花散且飛。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

孤雲還空山,鳥各已歸。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
彼物皆有託,吾生獨無依。

それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
對此石上月,長醉歌芳菲。

この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、 吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。


248 《巻22-18 春日獨酌二首 其一》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <248> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038

李白  春日獨酌,二首之一  

東風扇淑氣,水木榮春暉。白日照綠草,落花散且飛。

孤雲還空山,鳥各已歸。彼物皆有託,吾生獨無依。

對此石上月,長醉歌芳菲。

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

 

248 《巻22-18 春日獨酌二首 其一》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <248> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038

 

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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248 《巻22-18 春日獨酌二首 其一》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <248> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春日獨酌,二首之一

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風扇淑氣,水木榮春暉。

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

白日照綠草,落花散且飛。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

孤雲還空山,鳥各已歸。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
彼物皆有託,吾生獨無依。

それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
對此石上月,長醉歌芳菲。

この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、 吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。

 

 

『春日獨酌,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春日獨酌,二首之一

東風扇淑氣,水木榮春暉。

白日照綠草,落花散且飛。

孤雲還空山,鳥各已歸。

彼物皆有託,吾生獨無依。

對此石上月,長醉歌芳菲。


(含異文)      東風扇淑氣,水木榮春暉。白日照綠草,落花散且飛。孤雲還空山,眾鳥各已歸。彼物皆有託,吾生獨無依。對此石上月,長醉歌芳菲【長歌醉芳菲】。


(下し文)
(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。

(現代語訳)
(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。
 
この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

 

(訳注)

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

 

東風扇淑氣、水木榮春暉。 
東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

○東風 ①ひがしかぜ、こちかぜ。(めでたい生気をあおる風)李白《巻22-19 春日独酌二首其一》「東風扇淑氣,水木榮春暉。」②春風、《禮記、月令》(孟春之月東風解凍, 蟄蟲始振, 魚上冰, 獺祭魚, 鴻雁來。」③草の名。一に冬風に作る。東風菜。

扇 あおぐ。あおる。そそのかす。

淑気 おごそかな気。新春,四辺に満ちている瑞祥(ずいしよう)の気。天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちていること。

○水木 五行相生説でいう、万物を成長させる良い関係に在るもの、それぞれがそれぞれを生み出す関係のことを示しており、木→火→土→金→水→木の順番に循環しています。木は燃えて火が生まれ、火が燃えたあとには灰(土)が生まれ、土の中からは様々な鉱物(金)が生まれる、金属の表面が冷えて水滴(水)が生まれる、水は根から吸収されて木が生まれる。相性のよい関係、五行相生説である。どうじに、五行相克説があり、相性の悪い関係であり、木→土→水→火→金→木 の順番に循環する。木は土の栄養を搾取、土は水をせき止めて、流れをとめ、水は火を消し、火は金を溶かし、金は木を切り倒すという関係。つまり、春に最も変化するものが、水木である。

春暉 春の暖かい陽光。


白日照綠草、落花散且飛。 
曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

白日 輝く太陽。曇りのない日。宋玉《神女賦序》 「其始來也,耀乎若白日初出照屋梁。」夕日:王之渙〈登鸛雀樓〉詩:「白日依山盡,黃河入海流。」

綠草 萌黄色の成長する草草。


孤雲還空山、眾鳥各已歸。 
眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
 雲は山奥の岩間、洞窟から生まれ帰っていく。

空山 隠者の住む山。人気のない山。 

 衆。


彼物皆有托、吾生獨無依。 
それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
 身を寄せる。五行思想による相関をいう。


對此石上月、長醉歌芳菲。 
この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

芳菲 草花のかんばしい香り。春のことをいう。
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247(改訂版Ver.2.1) 《巻22-17 友人會宿》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <247> Ⅰ李白詩1504 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6068

友人會宿

滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良宵宜清談,皓月未能寢。

醉來臥空山,天地即衾枕。

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    友人會宿

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

(改訂版Ver.2.1)

友人會宿

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
良宵宜清談,皓月未能寢。

時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
醉來臥空山,天地即衾枕。

すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。
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 (友人會宿)

滌蕩【できとう】千古の愁,留連す 百壺の飲。

良宵 清談に宜しく,皓月 未だ寢ぬる能わず。

醉い來って 空山に臥さば,天地 即ち 衾枕。

 

 

(改訂版Ver.2.1)

『友人會宿』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

友人會宿

滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良宵宜清談,皓月未能寢。

醉來臥空山,天地即衾枕。


(下し文)
(
友人會宿)

滌蕩【できとう】千古の愁,留連す 百壺の飲。

良宵 清談に宜しく,皓月 未だ寢ぬる能わず。

醉い來って 空山に臥さば,天地 即ち 衾枕。

(現代語訳)
(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。


(訳注) (改訂版Ver.2.1)

友人會宿

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
○会宿 一緒に宿泊する。

 

滌蕩千古愁、留連百壺飲。
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
○滌蕩/「滌盪」 洗い流す、洗いつくす。「滌」も「蕩」も、「洗う」の意。

1.搖動。一播散。禮記·郊特牲:「殷人尚聲,臭味未成,滌蕩其聲,樂三闋,然後出迎牲。」2.洗除。南朝梁·陶弘景·授陸敬游十賚文:「滌蕩紛穢,表裡霜雪。」

唐·李白·友人會宿詩:「滌蕩千古愁,留連百壺飲。」

○千古 遠い昔からの。「万古」の類語。

○留連 立ち去りかねるさま、捨て去りがたいさま。

〇百壷飲 飲みほした酒壷の多いこと。

 

良宵宜清談、皓月未能寢。【皓月誰能寢】。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
 夜。 

清談 竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。  

皓月  白く輝く月。すみきった月。

 

醉來臥空山、天地即衾枕。
すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。
衾枕  掛け布団と枕。寝具。

 

 

李白のこの詩は、蕭士贇は劉伶の《酒德頌》「暮天席地」の句に基づいたものと解説しているので、竹林の七賢の一人、劉伶の概略と、《酒德頌》を紹介する。

劉伶 酒德頌

劉 伶(りゅう れい、221? - 300?)は、竹林の七賢の一人。字は伯倫。三国時代の魏および西晋の文人。沛国の人。

世説新語によると、身長が約140cmと低く、手押し車に乗り、スコップを携えた下男を連れて、自分が死んだらそこに埋めろ、と言っていた。酒浸りで、素っ裸でいることもあった。ある人がそれをとがめたのに答えて言った。私は、天地を家、部屋をふんどしと思っている。君らはどうして私のふんどしの中に入り込むのだ。また酒浸りなので、妻が心配して意見したところ、自分では断酒できないので、神様にお願いすると言って、酒と肉を用意させた。そして祝詞をあげて、女の言うことなど聞かない、と言って肉を食って酒を飲んで酔っぱらった。
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『酒徳頌』:

酒徳は酒の功徳、頌は韻文の一種で褒め称える言葉すなわち賛歌である。大人先生という架空の人物に託した作者劉伶の自画像であり、老荘哲学の表白でもある。わが国の大伴旅人の「讃酒歌」などは、この作品の影響を受けたものといわれる。

 

《酒德頌》

有大人先生者,以天地為一朝,萬朝為須臾,日月為扃牖,八荒為庭衢。行無轍跡,居無室廬,暮天席地,縱意所如。止則操卮執觚,動則挈榼提壺,唯酒是務,焉知其餘?

 

有貴介公子,縉紳處士,聞吾風聲,議其所以。乃奮袂攮襟,怒目切齒,陳禮法,是非鋒起。先生於是方捧罌承槽,銜杯漱醪。奮髯箕踞[],枕麴藉糟,無思無慮,其樂陶陶。兀然而醉,豁爾而醒。靜聽不聞雷霆之聲,熟視不睹泰山之形,不覺寒暑之切肌,利慾之感情。俯觀萬物,擾擾焉如江漢三載浮萍;二豪侍側焉,如蜾蠃之與螟蛉。

 

酒の功徳をたたえる 劉伶

大人先生という人物がいた。天地の生成をも一日のごとくみなし、一万年も瞬時、日と月とは戸口と窓、世界の果ても我が庭か往来のごとく見做していた。何処へ行くにも決まった道を通らず、何処にも決まった住まいを持たず、大空を屋根とし、大地を敷き莚(むしろ)として行きたい所へ出掛けていった。坐っていれば大盃やぐい呑みを手にし、出掛けるとき酒樽や徳利をぶら下げ、酒だけがつとめと心得、他のことは気にも掛けなかった。ある貴公子と大物の浪士が、先生の評判を聞き、そのわけを論じ合った。そこで大いに奮い立ち、勇んで出掛け、目を怒らせ歯がみして、礼法について述べ立て、鋭く論難した。先生はそのとき、酒がめをかかえますにうけ、杯をふくんで濁酒(どぶろく)を口に流し込み、ひげを捻って両足を投げ出し、こうじを枕に酒樽を敷布団にして横たわり、何の頓着もなく、陶然と楽しげであった。傲然と酔うているかと思うと、突然はっと醒めるが、耳をすましているようでも、雷の音さえ耳に入らず、目を凝らしているようでも、泰山の姿さえ目に入らぬ様子、寒暑が肌を刺し、利欲が心を動かすのも気付かぬげである。万物が乱れ騒ぐのを見下ろして、まるで大河が浮き草を浮かべたほどにも気に掛けぬ。二人のおえらがたは傍に侍り、ミイラ取りがミイラになった」

246 《巻22-16 獨酌》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <246> Ⅰ李白詩1496 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6028

李白  獨酌  

春草如有意,羅生玉堂陰。東風吹愁來,白髮坐相侵。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

手舞石上月,膝橫花間琴。過此一壺外,悠悠非我心。

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    獨酌

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

獨酌

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

春草如有意,羅生玉堂陰。

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

東風吹愁來,白髮坐相侵。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、一株の長松がある。

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

手舞石上月,膝橫花間琴。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

過此一壺外,悠悠非我心。

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

 

(獨酌)

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

 

 

『獨酌』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

獨酌

春草如有意,羅生玉堂陰。

東風吹愁來,白髮坐相侵。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

手舞石上月,膝橫花間琴。

過此一壺外,悠悠非我心。


【春草遍綠野,新鶯有佳音。落日不盡歡,恐為愁所侵。獨酌勸孤影,閒歌面芳林。清風尋空來,巖松與共吟。手舞石上月,膝橫花下琴。過此一壺外,悠悠非我心。】


(下し文)
(
獨酌)

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

(現代語訳)
(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、一株の長松がある。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、風に向かう一株の長松がある。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

 

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。


(訳注)

獨酌

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

 

春草如有意,羅生玉堂陰。

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

羅生 連って生する。《楚辞、九歌、少司命》に「秋蘭兮蘼蕪、羅生兮堂下」 とあって、王逸の註にその堂下をめぐり羅列して生す」とある。秋蘭はフジバカマ(藤袴)。キク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。秋の七草の1つ。

 

東風吹愁來,白髮坐相侵。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

 

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、風に向かう一株の長松がある。

勸孤影 陶淵明 《雜詩.十二首其二》「欲言無予和、揮杯勸孤影」(言らんと欲せど予に和する無く、杯を揮(て孤影に勸む)語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいない。杯をもちあげて、独りぼっちの自分の影に、酒を勧める。”とある。

面芳林 芳林に封する。面は対する。

 

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

 

手舞石上月,膝橫花間琴。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

 

過此一壺外,悠悠非我心。

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

 

 

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

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李白 自遣(みずからの鬱屈の思いを晴らす。)酒に向かっていたら、日の暮れるのさえ気づかない、おりしも春の終わり、紛々として散ってくる花の花びらが、わたしの衣服にみちている。 

 
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217 (改訂版) 巻22-34 自遣》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <217> Ⅰ李白詩1453 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5813

 

 

年:733年開元二十一年33

卷別:  卷一八二          李太白集巻22  文體:五言

詩題:  自遣

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

自遣

(みずからの鬱屈の思いを晴らす。)

對酒不覺暝,落花盈我衣。

酒に向かっていたら、日の暮れるのさえ気づかない、おりしも春の終わり、紛々として散ってくる花の花びらが、わたしの衣服にみちている。 
醉起步溪月,鳥還人亦稀。

酔いつぶれて眠っていたが、酔いから醒めて、起き上がり、月明かりの谷川を散策すれば。鳥は、皆ねぐらに帰り、遊人もまた、稀で、さすがに寂しい景色になっている。

 

(自ら遣る) 

酒に對して、暝【めい】を 覺えず,落花  我が衣に 盈【み】つ。
醉起 溪月に 歩し,鳥 還【かへ】って 人も亦た 稀なり。

 

 

『自遣』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

自遣

對酒不覺暝,落花盈我衣。

醉起步溪月,鳥還人亦稀。


(下し文)
(自ら遣る) 

酒に對して、暝【めい】を 覺えず,落花  我が衣に 盈【み】つ。
醉起 溪月に 歩し,鳥 還【かへ】って 人も亦た 稀なり。


(現代語訳)
(みずからの鬱屈の思いを晴らす。)

酒に向かっていたら、日の暮れるのさえ気づかない、おりしも春の終わり、紛々として散ってくる花の花びらが、わたしの衣服にみちている。 
酔いつぶれて眠っていたが、酔いから醒めて、起き上がり、月明かりの谷川を散策すれば。鳥は、皆ねぐらに帰り、遊人もまた、稀で、さすがに寂しい景色になっている。


(訳注)

自遣
(みずからの鬱屈の思いを晴らす。)

みずからを慰める。みずからやる。のどかな詩である。しかし、詩題から考えれば、以下のようにもとれる:情況は「不覺」であり、「暝」であり、作者に向かってくるものは「落(花)」で、それのみが作者に「盈」ちてくる。周りは「鳥還」であり、作者を訪ねてくる「人」も、鳥が還ってしまったのと同様に人も亦、「稀」になっている、という心象風景である。
・遣 うさをはらす。はらす。

 

對酒不覺暝,落花盈我衣。
酒に向かっていたら、日の暮れるのさえ気づかない、おりしも春の終わり、紛々として散ってくる花の花びらが、わたしの衣服にみちている。 
・對酒 酒に向かう。 

・不覺 悟らない。気づかなかい。思わなかった。分からなかった。いつの間にか。 

・暝 暮れる。日が暮れる。

・落花 散ってくる花。花びらの意になる。 

・盈 次第に多くなってみちる。だんだんみちてくる。みたす。 

・我衣 わたしの衣服。李白の衣服になる。88「下終南山過斛斯山人宿置酒」綠竹入幽徑。 青蘿拂行衣。同じように使う。

 

醉起歩溪月,鳥還人亦稀。
酔いつぶれて眠っていたが、酔いから醒めて、起き上がり、月明かりの谷川を散策すれば。鳥は、皆ねぐらに帰り、遊人もまた、稀で、さすがに寂しい景色になっている。

・醉起 酔いから醒める。

・歩 散歩をする。あゆむ。「踏月」の「踏」でもある。月影を踏む。月明かりの中を散歩する。 

・溪月 けいげつ 谷川に出た月。月明かりの谷川。 

・還 かえる。でかけていったところからもどる。 

・亦 …もまた。「鳥がねぐらに帰って、あたりが静かになる」ということに「人がだれも往来しなくなって静かである」を付け加えて言う。「鳥還」と「人稀」を繋ぐ時にリズムを整えるためにも「亦」を使う。 

・稀 まれ。まれである。
李白93「春日酔起言志」覺來盼庭前,一鳥花間鳴。
同じように使う。

鳥還人亦稀:鳥は、ねぐらに帰り、人影も、稀(まれ)になっている。 

216 (改訂版)《巻22-26 春日醉起言志》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <216> Ⅰ李白詩1452 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5808

李白 春日醉起言志 この情景に感動して歎息が出そうになっている。だから、酒器に向かって、また、杯を重ねてしまう。大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまって、荘子のいう「大夢」中にいるのである。 

 
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53 《(改訂版)《巻03-01-2 河之水二首寄子侄老成 其二》》韓愈(韓退之)ID 800年貞元16年 33歳<1354> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5754 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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216 (改訂版)《巻22-26 春日醉起言志》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <216> Ⅰ李白詩1452 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5808

 

 

年:733年開元二十一年33

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春日醉起言志

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

(改訂版)《巻22-26 春日醉起言志

(春の日に、酔いより起きて思いのたけを言う。)

處世若大夢,胡為勞其生。

人のこの世にあるのはあたかも長い夢をみているようなものであるから、生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのはばかげている。
所以終日醉,然臥前楹。

だから終日酒に酔い、そして潰れて、楹前によこになる、ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
覺來盼庭前,一鳥花間鳴。

だから終日酒に酔い、そして潰れて、楹前によこになる、ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
借問此何時,春風語流鶯。

今は一体どのような時節なのか、まさに春にして東風がぬるく吹いて、乗せて鶯は囀ってこたえてくれた。
感之欲歎息,對酒還自傾。

この情景に感動して歎息が出そうになっている。だから、酒器に向かって、また、杯を重ねてしまう。
浩歌待明月,曲盡已忘情。

大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまって、荘子のいう「大夢」中にいるのである。 
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(春日 醉起して 志を言う)

處世、大夢の若く,胡爲【なんすれ】ぞ、其の生を勞するを。

終日醉ひ,頽然として前楹に臥す所以【ゆえん】。
覺め來って、庭前を 盼【なが】むれば,一鳥花間に鳴く。
借問す、此れ 何【いづ】れの時,春風、流鶯語る。
之【これ】に感じて、歎息せんと 欲し,酒に對して、還た 自ら傾く。
浩歌、明月を待ち,曲 盡きて、已に 情を忘る。

 

『春日醉起言志』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春日醉起言志

處世若大夢,胡為勞其生。

所以終日醉,然臥前楹。

覺來盼庭前,一鳥花間鳴。

借問此何時,春風語流鶯。

感之欲歎息,對酒還自傾。

浩歌待明月,曲盡已忘情。


(下し文)
(
春日 醉起して 志を言う)

處世、大夢の若く,胡爲【なんすれ】ぞ、其の生を勞するを。

終日醉ひ,頽然として前楹に臥す所以【ゆえん】。

覺め來って、庭前を 盼【なが】むれば,一鳥花間に鳴く。

借問す、此れ 何【いづ】れの時,春風、流鶯語る。

之【これ】に感じて、歎息せんと 欲し,酒に對して、還た 自ら傾く。

浩歌、明月を待ち,曲 盡きて、已に 情を忘る。

(現代語訳)
(春の日に、酔いより起きて思いのたけを言う。)

人のこの世にあるのはあたかも長い夢をみているようなものであるから、生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのはばかげている。
だから終日酒に酔い、そして潰れて、楹前によこになる、ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
今は一体どのような時節なのか、まさに春にして東風がぬるく吹いて、乗せて鶯は囀ってこたえてくれた。
この情景に感動して歎息が出そうになっている。だから、酒器に向かって、また、杯を重ねてしまう。
大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまって、荘子のいう「大夢」中にいるのである。 


(訳注)

春日醉起言志
(春の日に、酔いより起きて思いのたけを言う。) 
春日 春。春の日。春の昼。 

醉起 酔いより起きる。酔っぱらって。 

言志 思いを言う。

*酒をほしいままにし、陶淵明の様に春の花を、鳥を愛して、また呑んで世俗のことを忘れるというもの

 李白は酔いから覚めると芸妓と一緒に過ごしたことに気が付いた。芸妓は唄ってくれていた。美しい声で唄ってくれ、また夢心地にしてくれる。ああ、素晴らしいと感嘆してしまう。歌を聴きながら思わず知らず酒樽を独りで傾けていた。歌を唄いきってしまうと・・・・・。

 これは李白の神仙思想の表れで、現実世界にいかにたのしく生きてゆくか、海のかなたにある仙人の住む山に行かなくても、仙人の不老長寿の薬よりも回春薬の金丹よりも酒があれば最高なのだ。と解釈するが、このことが、道教の神仙思想を李白が否定したということではなく、ただ、手近な酒に求めることが賢人であると述べているのである。

處世若大夢,胡爲勞其生。
人のこの世にあるのはあたかも長い夢をみているようなものであるから、生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのはばかげている。
處世 しょせい 世の中を生きてゆくこと。世間で暮らしを立てること。世の中で生活をしてゆくこと。「處」は動詞。上声。 

 …のようである。ごとし。如。 

大夢 大いなる夢。夢のまた夢。紀元前三世紀の思想家の荘子は、あるとき夢のなかで胡蝶になり、ひらひらと飛んでたのしかった。目がさめると掌にかえったが、かれは考えた。胡蝶が夢をみて掌になっているのではなかろうかと。《荘子、斉物論第二》「夢之中又占其夢焉,覺而後知其夢也。且有大覺而後知此其大夢也,而愚者自以為覺,竊竊然知之。」(夢の中に又た其の夢を占い,覺めて後に其の夢なるを知る也。且つ大覺有りて而る後に此其大夢なるを知る也,而るに愚者は自ら以て覺めたりと為し,竊竊【せつせつ】然として之を知るとす。) 夢が夢であることに気づくためには、大いなる覚醒がなければならない。大いなる覚醒、すなわち絶対の真理に刮目(カツモク)した者のみが、大いなる夢から解放されるのである。しかるに、愚かなる世俗の惑溺者たちは、自己の夢を覚めたりとし、こざかしげに知者をもって自ら任じ、己れの好む者を君として尊び、己れの憎む者を奴隷のごとく賤しむ愛憎好悪の偏見に得々としている。彼らの救いがたい頑迷さよ。

胡爲 こい どうして…なのか。なんすれぞ…(や)。 

 気苦労をする。骨を折る。苦労する。労する。 

其生 その人生。

 

所以終日醉,頽然臥前楹。
だから、朝から晩まで、酔っているのだ。酔いつぶれて、入り口の丸い柱のところで横になってしまった。 
所以 しょい そうだから。それゆえ。だから。 

終日 朝から晩まで。昼間ずっと。一日中。

頽然 たいぜん 酔いつぶれるさま。くずれるさま。 

前楹 ぜんえい 入り口の丸い柱。 ・ えい 棟の正面の東西にある丸柱。

 

覺來盼庭前,一鳥花間鳴。
だから終日酒に酔い、そして潰れて、楹前によこになる、ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
覺來 目覚めてきて。 ・覺:目覚める。 

-來 …てくる。 

 はん 望む。眺める。希望する。美人が目を動かす。めづかいする。目許が美しい。 

庭前 庭先。 

一鳥 一羽の鳥。とある鳥。 

花間 花の咲いている中に。

 

借問此何時,春風語流鶯。
今は一体どのような時節なのか、まさに春にして東風がぬるく吹いて、乗せて鶯は囀ってこたえてくれた。
・借問 お訊ねする。 

・此 これ。 

・語 かたる。さえずる。ここでは、(小鳥が)さえずる意で、使われている。 

・流鶯 ウグイスの鳴き声が流麗である。春風と共に芸妓、官妓、という意味もある。

 

感之欲歎息,對酒還自傾。
この情景に感動して歎息が出そうになっている。だから、酒器に向かって、また、杯を重ねてしまう。
 春の日の情景。軽くリズムをとる言葉。 

・欲:…しようとする。 

・歎息 たんそくたいへん感心する。讃える。褒める。次の酒を誘導するための語句。・歎:歌声に合わせて唱える。讃える。褒める。たいへん感心する。歎く。

・對酒 酒に向かって。酒を前にして。酒に対して。 

 なお。なおもまた。 

自傾 酒壷を自分で傾ける。

 

浩歌待明月,曲盡已忘情。
大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまって、荘子のいう「大夢」中にいるのである。 
・浩歌 こうか 大きな声でのびやかに歌う。 
明月 澄みわたった月。 

・曲盡 音曲が終わる。 

・已 とっくに。すでに。 

・忘情 気持ちを忘れてしまう。  

 おもむき。あじわい。心。感情。なさけ。

 

 

 

 「曲尽きて」というのは、情けを交わし合ったことの終わりを示すもの。

 

 

 

 

荘子「斉物論篇第二」

 「夢飲酒者,旦而哭泣;夢哭泣者,旦而田獵。方其夢也,不知其夢也。夢之中又占其夢焉,覺而後知其夢也。且有大覺而後知此其大夢也,而愚者自以為覺,竊竊然知之。君乎,牧乎,固哉!丘也與女,皆夢也;予謂女夢,亦夢也。是其言也,其名為弔詭。萬世之後而一遇大聖,知其解者,是旦暮遇之也」

 

 

夢に酒を飲む者は、旦(あした)にして哭泣(コッキュウ)し、夢に哭泣(コッキュウ)する者は、旦(あした)にして田猟(デンリョウ)す。其の夢みるに方(あた)りては、其の夢なるを知らざるなり。夢の中に又(ま)た其の夢を占い、覚(めざ)めて後に其の夢なるを知る。且(か)つ大覺(ダイカク)有りて、而(しか)る後に、此れ其の大夢(タイム)なるを知るなり。而(しか)るに愚者は自ずから以て覚(めざ)めたりと為し、竊竊然(セツセツゼン)として之を知れりとし、君(きみ)とし、牧(ボク)とす。固(コ・かたくな)なるかな。丘と女(なんじ)と皆夢なり。予(わ)れの女(なんじ)を夢と謂うも亦夢なり。是(こ)れ其の言や、其の名を弔詭(チョウキ)と為す。万世の後にして、一(ひと)たび大聖の、其の解(カイ)を知れる者に遇(あ)うも、是(こ)れ旦暮(タンボ)に之に遇うなり。

 

 「夢の中で酒を飲み歓楽を尽くした者は、一夜あくれば、悲しい現実に声をあげて泣き、逆にまた悲しい夢を見て哭(な)き声を立てた者も、朝になればけろりとして楽しい狩猟にでかけてゆくこともある。夢みている最中には、夢が夢であることも分からず、夢の中でさらに夢占いをする場合さえあるが、目がさめて始めて、それが夢であったことに気がつくのだ。

 

 

 夢が夢であることに気づくためには、大いなる覚醒がなければならない。大いなる覚醒、すなわち絶対の真理に刮目(カツモク)した者のみが、大いなる夢から解放されるのである。しかるに、愚かなる世俗の惑溺者たちは、自己の夢を覚めたりとし、こざかしげに知者をもって自ら任じ、己れの好む者を君として尊び、己れの憎む者を奴隷のごとく賤しむ愛憎好悪の偏見に得々としている。彼らの救いがたい頑迷さよ。孔子もお前も、みんな夢を見ているのだ。そして、「お前は夢を見ている」といっているこの私も、ともに夢を見ているのだ。

 

  ところで、このように一切を夢なりと説く私の言葉を”弔詭”(チョウキ)すなわち、この上なく世俗と詭(ことな)った奇妙きわまる話というのである。しかし、この話の意味が分かる絶対者は、恐らく何十万年に一人出会えるか出会えないかぐらいであろう。何十万年に一人出会えたとしても、その遭遇は日常明け暮れに遭遇しているといってもいいほど、極めて稀なのだ」と。

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215 (改訂版) 巻22-25 山中與幽人對酌》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <215> Ⅰ李白詩1451 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5803

 

 

年:    開元二十一年

寫作時間:      733

寫作年紀:      33

卷別:  卷一八二  李太白集 巻二十二         文體:  七言

詩題:  山中與幽人對酌

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

山中與幽人對酌

(山中で隠者と差し向かいで酒をくみかわす)

兩人對酌山花開,一杯一杯復一杯。

会心の友は我と君と、ただふたりのみ、山中で差し向かいで酒を飲む。そのまわりには山の花が微笑んでくれていて、我らの興をたすけるようである。だから一杯一杯、また一杯となんかいも繰り返した。 

我醉欲眠卿且去,明朝有意抱琴來。

わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。陶淵明が酔って眠くなったら「我醉欲眠,卿可去。」といっていたように、君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てくれると、別の面白さがあるというものだ。
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(山中 幽人と對酌)

兩人 對酌すれば  山花 開く,一杯一杯  復【ま】た 一杯。

我 醉って眠らんと欲す  卿【きょう】 且つ 去れ,明朝 意有らば  琴を 抱いて來たれ。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->李白の足跡003
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『山中與幽人對酌』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

山中與幽人對酌

兩人對酌山花開,一杯一杯復一杯。

我醉欲眠卿且去,明朝有意抱琴來。


(下し文)
(山中 幽人と對酌)

兩人 對酌すれば  山花 開く,一杯一杯  復【ま】た 一杯。

我 醉って眠らんと欲す  卿【きょう】 且つ 去れ,明朝 意有らば  琴を 抱いて來たれ。

(現代語訳)
(山中で隠者と差し向かいで酒をくみかわす)

会心の友は我と君と、ただふたりのみ、山中で差し向かいで酒を飲む。そのまわりには山の花が微笑んでくれていて、我らの興をたすけるようである。だから一杯一杯、また一杯となんかいも繰り返した。 

(訳注)

山中與幽人對酌
(山中で隠者と差し向かいで酒をくみかわす)

山中 山奥に。 

幽人 世を遁れた人。隠者。隠棲している人。 

對酌 差し向かいで酒を飲む。『山中對酌』ともする。

*絶句の変体。この詩は、山中にあって、ある隠遁者と對酌した時に作ったのである。

 

兩人對酌山花開。一杯一杯復一杯。
会心の友は我と君と、ただふたりのみ、山中で差し向かいで酒を飲む。そのまわりには山の花が微笑んでくれていて、我らの興をたすけるようである。だから一杯一杯、また一杯となんかいも繰り返した。 

 咲く。擬人的に微笑むという感じ。 

兩人 二人。 

山花 山中に咲く花。 

一杯一杯 酒を飲む動作が繰り返される表現。 

 くりかえす。ふたたびする。また。ふたたび。

 

我醉欲眠卿且去、明朝有意抱琴來。
わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。陶淵明が酔って眠くなったら「我醉欲眠,卿可去。」といっていたように、君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てくれると、別の面白さがあるというものだ。
我醉欲眠卿且去 宋書 陶潜嗜酒、貴賤造之者,有酒輒設,潛若先醉,便語客:「我醉欲眠,卿可去。」其真率如此。(陶潜酒を嗜む,貴賤の之に造る者,酒あらば輒ち設く,潛若し先に醉へば,便ち客に語る:「我醉ひて眠らんと欲す,卿去るべし。」其真率たること此の如し。)我醉 わたしは酔った。・ …たい。…としようとする。・ ねむる。 ・ きみ。人の尊称。・ 短時間をいう。てきとうなところで、かってなときに、 ・去:さる。 私をほったらかしにしといていいよ。 

明朝 明日の朝。 

有意 意志がある。 

抱琴 琴をかかえる。琴は古代より隠者を象徴するものでもある。隠者は弦のない琴を肴に酒を飲んだ。酒を抱えてきてくれと解釈する。 

 来る。

214 《(改訂版) 巻22-24 夏日山中》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <214> Ⅰ李白詩1450 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5798

李白 夏日山中 (隠遁してすごす真夏のある日、山中の茅齋の庵の中にいる。暑くてたまらず裸になってみる。松囃子を抜ける風は吹いて涼しい。)白い羽の団扇で扇ぐのもおっくうでたまらないが、何分暑いので、たまらず、ころもをぬぎすてて、青々と木の茂った森林の中で、裸体になる。

 

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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年:733年開元二十一年33

卷別:    卷一八二              文體:    五言

詩題:    夏日山中

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

夏日山中

懶搖白羽扇,裸體青林中。

白い羽の団扇で扇ぐのもおっくうでたまらないが、何分暑いので、たまらず、ころもをぬぎすてて、青々と木の茂った森林の中で、裸体になる。

巾掛石壁,露頂灑松風。

そこで、頭巾までもかなぐり捨てて、岩の壁面にひっかけて。かんむりをつけないで頭を丸出しにして、松の木を吹き抜ける風にさらしたら、なんとそうかいなこころもちになったのである。

 

(夏日山中)

白羽扇を 搖かすに懶【ものう】し,裸體  靑林の中【うち】。

巾を脱して石壁に挂【か】け,頂【いただき】を露【あら】わして松風を灑【そそ】ぐ。

nat0014 

 

『夏日山中』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

夏日山中

懶搖白羽扇,裸體青林中。

巾掛石壁,露頂灑松風。


(下し文)
(
夏日山中)

白羽扇を 搖かすに懶【ものう】し,裸體  靑林の中【うち】。

巾を脱して石壁に挂【か】け,頂【いただき】を露【あら】わして松風を灑【そそ】ぐ。

(現代語訳)
(隠遁してすごす真夏のある日、山中の茅齋の庵の中にいる。暑くてたまらず裸になってみる。松囃子を抜ける風は吹いて涼しい。)

白い羽の団扇で扇ぐのもおっくうでたまらないが、何分暑いので、たまらず、ころもをぬぎすてて、青々と木の茂った森林の中で、裸体になる。

そこで、頭巾までもかなぐり捨てて、岩の壁面にひっかけて。かんむりをつけないで頭を丸出しにして、松の木を吹き抜ける風にさらしたら、なんとそうかいなこころもちになったのである。



(訳注)

夏日山中

(隠遁してすごす真夏のある日、山中の茅齋の庵の中にいる。暑くてたまらず裸になってみる。松囃子を抜ける風は吹いて涼しい。)

 

懶搖白羽扇,裸體青林中。

白い羽の団扇で扇ぐのもおっくうでたまらないが、何分暑いので、たまらず、ころもをぬぎすてて、青々と木の茂った森林の中で、裸体になる。

白羽扇 白い羽をあつめてつくった団扇。

裸體 衣をつけていないこと。

青林 鬱蒼とした森林。

 

巾掛石壁,露頂灑松風。

そこで、頭巾までもかなぐり捨てて、岩の壁面にひっかけて。かんむりをつけないで頭を丸出しにして、松の木を吹き抜ける風にさらしたら、なんとそうかいなこころもちになったのである。

 冠の下に髷を束ねる頭巾。

 むきだしになった頭。

nat0024 

 

 

孟浩然《夏日辮玉法師茅齋》

夏日茅齋裏,無風坐亦涼。

竹林深筍,籐架引梢長。

燕覓巢窠處,蜂來造蜜房。

物華皆可玩,花蕊四時芳。

 (夏日 辮玉法師の茅齋にて)

夏日 茅齋の裏、風無けれども坐すれば亦た涼し。

竹林深筍おお)く、籐架 梢を引きて長し。

燕は巢窠の處を覓め、蜂は蜜を造る房に來たる。

物華 皆翫ぶべし、花蕊  四時 芳し。

真夏のある日、茅齋の庵の中にいる。風は吹いていないに座禅をするとそれでまた涼しい。

竹林の奥の方に行くとたけのこが密集して生えている、そして籐の編み込みが木の梢の長いものを引っ張るように掛かっている。

つばめは巣作りの場所を探し求めている、ミツバチは蜜房造りに花の蜜を求めて飛んでくる。

万物、花はすべて注目していくべきである、花の芯が一日中4回の座禅のときにほのかな香りを出してくれている。

夏日辮玉法師茅齋 孟浩然  Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 350 -327

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李白 月夜聽盧子順彈琴 月夜に盧子順という人の琴を彈ずるを聽いてつくったもの。しずかなる夜、明月の底に坐して、幽人の盧子順は素琴を彈じはじめた。たちまちにして、《悲風操》の調べを一曲聞いたが、その響きは、清越なるは、琴曲の《寒松操》にあわせて吟ずるようである。

 

 
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213 《巻22-21 月夜聽盧子順彈琴》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <213> Ⅰ李白詩1444 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5768

 

 

年:-733年開元二十一年33歳 

卷別:    卷一八二              文體:    五言律詩

詩題:    月夜聽盧子順彈琴

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

交遊人物:盧子順              當地交遊(淮南道 安州 安陸)

 

 

月夜聽盧子順彈琴

(月夜に盧子順という人の琴を彈ずるを聽いてつくったもの)

閒坐夜明月,幽人彈素琴。

しずかなる夜、明月の底に坐して、幽人の盧子順は素琴を彈じはじめた。

忽聞悲風調,宛若寒松吟。

たちまちにして、《悲風操》の調べを一曲聞いたが、その響きは、清越なるは、琴曲の《寒松操》にあわせて吟ずるようである。

白雪亂纖手,綠水清虛心。

はじめに《白雪》の曲を弾ずるにあたって、盛んに纖手を動かし、次には、《綠水》の曲を弾じると、人の虚心を清廉にするものである。

鍾期久已沒,世上無知音。

そうとはいえ、鍾子期は既に没していこの世にはいなくなってもう久しい、世上また音を知らず、折角の琴の音をききわけてくれるひとが無いから、これほどの弾き手の盧子順のためにはまことに気の毒な事である。

 

(月夜 盧子順の琴を彈ずるを聽く)

閒坐すれば 夜 明月,幽人 素琴を彈ず。

忽ち聞く 悲風の調,宛として 寒松の吟ずるが若し。

白雪 纖手に亂れ,綠水 虛心を清くする。

鍾期 久しく已に沒す,世上 知音無し。

tsuki001 

 

『月夜聽盧子順彈琴』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

月夜聽盧子順彈琴

閒坐夜明月,幽人彈素琴。

忽聞悲風調,宛若寒松吟。

白雪亂纖手,綠水清虛心。

鍾期久已沒,世上無知音。


(下し文)
(月夜 盧子順の琴を彈ずるを聽く)

閒坐すれば 夜 明月,幽人 素琴を彈ず。

忽ち聞く 悲風の調,宛として 寒松の吟ずるが若し。

白雪 纖手に亂れ,綠水 虛心を清くする。

鍾期 久しく已に沒す,世上 知音無し。

(現代語訳)
(月夜に盧子順という人の琴を彈ずるを聽いてつくったもの)

しずかなる夜、明月の底に坐して、幽人の盧子順は素琴を彈じはじめた。

たちまちにして、《悲風操》の調べを一曲聞いたが、その響きは、清越なるは、琴曲の《寒松操》にあわせて吟ずるようである。

はじめに《白雪》の曲を弾ずるにあたって、盛んに纖手を動かし、次には、《綠水》の曲を弾じると、人の虚心を清廉にするものである。

そうとはいえ、鍾子期は既に没していこの世にはいなくなってもう久しい、世上また音を知らず、折角の琴の音をききわけてくれるひとが無いから、これほどの弾き手の盧子順のためにはまことに気の毒な事である。

62moon
(訳注)

月夜聽盧子順彈琴

(月夜に盧子順という人の琴を彈ずるを聽いてつくったもの)

盧子順 この人物について詳細もなにも分からない。

 

閒坐夜明月,幽人彈素琴。【閒夜坐明月】

しずかなる夜、明月の底に坐して、幽人の盧子順は素琴を彈じはじめた。

 

忽聞悲風調,宛若寒松吟。

たちまちにして、《悲風操》の調べを一曲聞いたが、その響きは、清越なるは、琴曲の《寒松操》にあわせて吟ずるようである。

悲風調・寒松吟 琴曲:《悲風操》、《寒松操》、《白雪》及《綠水》

 

白雪亂纖手,綠水清虛心。

はじめに《白雪》の曲を弾ずるにあたって、盛んに纖手を動かし、次には、《綠水》の曲を弾じると、人の虚心を清廉にするものである。

 

鍾期久已沒,世上無知音。

そうとはいえ、鍾子期は既に没していこの世にはいなくなってもう久しい、世上また音を知らず、折角の琴の音をききわけてくれるひとが無いから、これほどの弾き手の盧子順のためにはまことに気の毒な事である。

鍾期 鍾子期:、春秋時代の楚()の人。琴の名人伯牙の音楽の理解者として知られ、その死後、伯牙は琴の糸を切って生涯演奏しなかったといわれる。生没年未詳。

知音 互いに心をよく知り合い、許し合った友達、親友のこと。のち転じて、広く知人や恋人などをもいうようになった。中国、春秋時代の琴の名手伯牙(はくが)に鐘子期という親友がおり、伯牙が高山を思いつつ琴を弾ずれば、子期の心にも高山の姿が映じ、流水を思いつつ弾ずれば、洋々たる江河が子期の心に写ったというほど、伯牙の琴の音をよく知り、聞き分けた。その子期が没すると、伯牙は「もはや琴を聞かせる人はいない」といって、琴を破り、弦を断ってふたたび琴を弾くことがなかった、と伝える『列子』「湯問篇」や『呂氏春秋』「本味篇」などの故事による。「断琴」

「伯牙瑟を鼓すれば淵魚出でて聴き、弧巴琴を鼓すれば六馬仰いで秣う。」という、漢の韓嬰の「韓詩外伝」の言葉をひいている。瓠巴は上古の楚の琴の名手。伯牙は春秋時代の琴の名手。

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李白 待酒不至  客をもてなすために、酒を買いにやったところが、その使いの者がなかなか帰ってこないものだからこの詩を作ってお客に対応したもの。奇麗な酒壺に油紙に靑糸を持たせて酒を買いに遣らせたが、使いのまぬけものがなかなか帰って来るのが遅い。

 

 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:-733年開元二十一年33歳 

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    待酒不至

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

待酒不至

(客をもてなすために、酒を買いにやったところが、その使いの者がなかなか帰ってこないものだからこの詩を作ってお客に対応したもの)

玉壺繫青絲,沽酒來何遲。

奇麗な酒壺に油紙に靑糸を持たせて酒を買いに遣らせたが、使いのまぬけものがなかなか帰って来るのが遅い。

山花向我笑,正好銜杯時。

イライラしてふと見ると、山花が丁度開いていて、こちらを見て笑っているようであり、まさに盃を口にするときのようであるから、まことに良いので益々早く飲みたくなるというものだ。

晚酌東窗下,流鶯復在茲。【晚酌東軒下】

晩方から飲むのは、月がのぼるのを待つ東の窓のもとが良いのでそこに席を設ける、鶯が場所を変えるように次第に高士になってゆくその客人がおり、また、ここに官妓がいて酒を待っているのである。

春風與醉客,今日乃相宜。

酒がすすみ、そこに官妓と春風が席を払い風流なものになってゆき、そこにお客も酔ってきて、楽しい気分が相俟って、今日は、きわめていい気分、良い眺めとなっている。嬉しい限りだ。

 

(酒を待てども至らず)

玉壺 青絲に繫ぎ,沽酒 來る何ぞ遲きか。

山花 我に向って笑い,正に好し 杯を銜むの時。

晚 東窗の下に酌めば,流鶯 復た茲に在り。

春風と醉客と,今日 乃ち相い宜し。

 

カンナ113 





『待酒不至』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

待酒不至

玉壺繫青絲,沽酒來何遲。

山花向我笑,正好銜杯時。

晚酌東窗下,流鶯復在茲。

春風與醉客,今日乃相宜。



(下し文)
(酒を待てども至らず)

玉壺 青絲に繫ぎ,沽酒 來る何ぞ遲きか。

山花 我に向って笑い,正に好し 杯を銜むの時。

晚 東窗の下に酌めば,流鶯 復た茲に在り。

春風と醉客と,今日 乃ち相い宜し。

(現代語訳)
(客をもてなすために、酒を買いにやったところが、その使いの者がなかなか帰ってこないものだからこの詩を作ってお客に対応したもの)

奇麗な酒壺に油紙に靑糸を持たせて酒を買いに遣らせたが、使いのまぬけものがなかなか帰って来るのが遅い。

イライラしてふと見ると、山花が丁度開いていて、こちらを見て笑っているようであり、まさに盃を口にするときのようであるから、まことに良いので益々早く飲みたくなるというものだ。

晩方から飲むのは、月がのぼるのを待つ東の窓のもとが良いのでそこに席を設ける、鶯が場所を変えるように次第に高士になってゆくその客人がおり、また、ここに官妓がいて酒を待っているのである。

酒がすすみ、そこに官妓と春風が席を払い風流なものになってゆき、そこにお客も酔ってきて、楽しい気分が相俟って、今日は、きわめていい気分、良い眺めとなっている。嬉しい限りだ。


(訳注)

待酒不至

(客をもてなすために、酒を買いにやったところが、その使いの者がなかなか帰ってこないものだからこの詩を作ってお客に対応したもの)

 

玉壺繫青絲,沽酒來何遲。

奇麗な酒壺に油紙に靑糸を持たせて酒を買いに遣らせたが、使いのまぬけものがなかなか帰って来るのが遅い。

玉壺繫青絲 ふたに油紙をして首に靑ひもで縛る。壺ごと酒造所から出る場合、名産地で異なるが、おおよそ赤茶(黄色)のひもで縛ったようだ。

沽酒 酒を買う。亀壺を持参してそれに一杯入れてもらって買ってくる。

 

山花向我笑,正好銜杯時。

イライラしてふと見ると、山花が丁度開いていて、こちらを見て笑っているようであり、まさに盃を口にするときのようであるから、まことに良いので益々早く飲みたくなるというものだ。

銜杯 花は開いているのが、盃を口に銜えるように見えることをいう。花が笑うようにみえることで、冗談を言う。

 

晚酌東窗下,流鶯復在茲。【晚酌東軒下】

晩方から飲むのは、月がのぼるのを待つ東の窓のもとが良いのでそこに席を設ける、鶯が場所を変えるように次第に高士になってゆくその客人がおり、また、ここに官妓がいて酒を待っているのである。

東窗下 月がのぼるのを待つ東の窓のもとが良い客室を意味する。

流鶯 鶯が場所を変えるのは、その客が次第に高士になってゆくこと。中国古代官妓をいう場合がある、その場合、芸妓をここに呼んで侍らせたという意味になる。

 

春風與醉客,今日乃相宜。

酒がすすみ、そこに官妓と春風が席を払い風流なものになってゆき、そこにお客も酔ってきて、楽しい気分が相俟って、今日は、きわめていい気分、良い眺めとなっている。嬉しい限りだ。
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211-#2 《巻22-3 安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父 -#2》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <211-#2> Ⅰ李白詩1448 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5788

李白 安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父 -#2  われは、世間のあらゆる有漏の法はすべてすててしまい、君と共に無法を行い、物に随って転化するのである。そこで心上の垢はすべて滅し尽くし、ここに言を永くして歌を唱え、すなわち禅房に題した次第である。

 

 
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55-#2 (改訂版) 《巻02-06 歸彭城》-#2  韓愈(韓退之)ID 800年貞元16年 33歳~804年貞元20年 37歳の27首<1361> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5789 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-45-#7奉節-36-#7 《巻16-08 八哀詩八首〔六〕故秘書少監武功蘇公源明 -7》 杜甫index-15 杜甫<908-#7> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5790 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-40韋荘118《巻3-18 訴衷情二首 其二》三巻18-〈118〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5792 
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 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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211-#2 《巻22-3 安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父 -#2》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <211-#2> Ⅰ李白詩1448 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5788

 

 

年:-733年開元二十一年33歳 

卷別:    卷一八二                李太白集 巻22  文體:五言古詩

詩題:    安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父

及地點:              般若寺 (淮南道 安州 安州)              

交遊人物/地點:   薛員外    當地交遊(淮南道 安州 安州)

 

 

安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父

(安州の般若寺の水閣において納涼をした時に,員外郎の薛父というものと遇って喜んで作ったもの)

翛然金園賞,遠近含晴光。

悠然として、この寺の園中に勝賞をほしいままにしており、それに加え、おりしも空はよく晴れて、遠近とも日に光がふりそそいでいる。

樓臺成海氣,草木皆天香。

樓臺は海気が蒸してくるような暖かさになる、草木はこの世とは思えない天上の香気をすべて帯びたような感じに見える。

忽逢青雲士,共解丹霞裳。

こうしていて出会った員外郎の薛父という人は、俗世間から超越した、高尚な志の人であり、もとより仙道に心を寄せ、甚だ高潔な人である、そこでふたりとも丹霞の裳をといてうちとけたのである。

(安州 般若寺の水閣に納涼し,薛員外父に遇うを喜ぶ)

翛然たり 金園の賞,遠近 晴光を含む。

樓臺 海氣を成し,草木 皆 天香。

忽ち 青雲士に逢い,共に丹霞の裳を解く。

 

水退池上熱,風生松下涼。

水は、漫漫と湛えて、池上、既に熱をなくし、風は、颯颯と響いて、丘の上の松下、自ずから涼を生じるものだ。

吞討破萬象,搴窺臨眾芳。

やがて、万象を一つに合わせて、飲み下しつつ、その真相を尋ね、簾をかかげて、多くの香り高い花を眺め下ろした。

而我遺有漏,與君用無方。

われは、世間のあらゆる有漏の法はすべてすててしまい、君と共に無法を行い、物に随って転化するのである。

心垢都已滅,永言題禪房。

そこで心上の垢はすべて滅し尽くし、ここに言を永くして歌を唱え、すなわち禅房に題した次第である。

 

水は 池上の熱を退け,風は 松下の涼を生ず。

吞討 萬象を破り,搴窺 眾芳に臨む。

而も 我 有漏を遺れ,君と 無方を用う。

心垢 都て已に滅し,永言 禪房に題す。

 

安陸・南陽・嚢陽 李白00 

『安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

水退池上熱,風生松下涼。

吞討破萬象,搴窺臨眾芳。

而我遺有漏,與君用無方。

心垢都已滅,永言題禪房。


(下し文)
水は 池上の熱を退け,風は 松下の涼を生ず。

吞討 萬象を破り,搴窺 芳に臨む。

而も 我 有漏を遺れ,君と 無方を用う。

心垢 都て已に滅し,永言 禪房に題す。

(現代語訳)
水は、漫漫と湛えて、池上、既に熱をなくし、風は、颯颯と響いて、丘の上の松下、自ずから涼を生じるものだ。

やがて、万象を一つに合わせて、飲み下しつつ、その真相を尋ね、簾をかかげて、多くの香り高い花を眺め下ろした。

われは、世間のあらゆる有漏の法はすべてすててしまい、君と共に無法を行い、物に随って転化するのである。

そこで心上の垢はすべて滅し尽くし、ここに言を永くして歌を唱え、すなわち禅房に題した次第である。



(訳注)

安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父

(安州の般若寺の水閣において納涼をした時に,員外郎の薛父というものと遇って喜んで作ったもの)

安州 淮南道 安州。中華人民共和国湖北省にかつて存在した州。

 

水退池上熱,風生松下涼。

水は、漫漫と湛えて、池上、既に熱をなくし、風は、颯颯と響いて、丘の上の松下、自ずから涼を生じるものだ。

 

吞討破萬象,搴窺臨眾芳。

やがて、万象を一つに合わせて、飲み下しつつ、その真相を尋ね、簾をかかげて、多くの香り高い花を眺め下ろした。

 

而我遺有漏,與君用無方。

われは、世間のあらゆる有漏の法はすべてすててしまい、君と共に無法を行い、物に随って転化するのである。

有漏 大般若経に云う一切の現象のこと。 「有漏法、佛、善現に告ぐ、世間の五蘿、十二歳、十八界、四静慮、四無量、四無色定、所有一切三界、に堕ちる法、これを有漏法という。」とある。

無方 荘子に「無方に行う」物に随って転化することをいう。《荘子 秋水第十七》 「兼懐萬物 其孰承翼 是謂無方 萬物一齊 孰短孰長?道無終始,物有死生,不恃其功。」萬物を兼ね懐く。其れ孰れをか承翼せん。是を無方と謂う。萬物一齊 孰れを短とし孰れを長とせん?道は終始無く,物は死生有り,其の功を恃しまず。

天地の萬物を等しく包容して、取りたてて特にどれかを愛し助けるということが無い。これを無方という。

 

心垢都已滅,永言題禪房。

そこで心上の垢はすべて滅し尽くし、ここに言を永くして歌を唱え、すなわち禅房に題した次第である。

心垢 四十二章經に「心垢滅盡,淨無瑕穢,是為最明。」(心垢滅盡,淨として 瑕穢無し,是れ最明と為す。)とある。
李白の足跡0000 

211 《巻22-3 安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <211> Ⅰ李白詩1442 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5758

李白  安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父(安州の般若寺の水閣において納涼をした時に,員外郎の薛父というものと遇って喜んで作ったもの)出会った員外郎の薛父という人は、俗世間から超越した、高尚な志の人であり、もとより仙道に心を寄せ、甚だ高潔な人である、そこでふたりとも丹霞の裳をといてうちとけたのである。

 
 2015年4月2日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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51-#1 (改訂版)《巻02-06 歸彭城》-#1韓愈(韓退之)ID 800年貞元16年 33歳<1349> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5729 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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211 《巻22-3 安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <211> Ⅰ李白詩1442 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5758

 

 

年:-733年開元二十一年33歳 

卷別:    卷一八二                李太白集 巻22  文體:五言古詩

詩題:    安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父

作地點:資料      

及地點:              般若寺 (淮南道 安州 安州)              

交遊人物/地點:   薛員外    當地交遊(淮南道 安州 安州)

 

 

安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父

(安州の般若寺の水閣において納涼をした時に,員外郎の薛父というものと遇って喜んで作ったもの)

翛然金園賞,遠近含晴光。

悠然として、この寺の園中に勝賞をほしいままにしており、それに加え、おりしも空はよく晴れて、遠近とも日に光がふりそそいでいる。

樓臺成海氣,草木皆天香。

樓臺は海気が蒸してくるような暖かさになる、草木はこの世とは思えない天上の香気をすべて帯びたような感じに見える。

忽逢青雲士,共解丹霞裳。

こうしていて出会った員外郎の薛父という人は、俗世間から超越した、高尚な志の人であり、もとより仙道に心を寄せ、甚だ高潔な人である、そこでふたりとも丹霞の裳をといてうちとけたのである。

 

水退池上熱,風生松下涼。

吞討破萬象,搴窺臨眾芳。

而我遺有漏,與君用無方。

心垢都已滅,永言題禪房。

 

(安州 般若寺の水閣に納涼し,薛員外父に遇うを喜ぶ)

翛然たり 金園の賞,遠近 晴光を含む。

樓臺 海氣を成し,草木 皆 天香。

忽ち 青雲士に逢い,共に丹霞の裳を解く。

 

水は 池上の熱を退け,風は 松下の涼を生ず。

吞討 萬象を破り,搴窺 眾芳に臨む。

而も 我 有漏を遺れ,君と 無方を用う。

心垢 都て已に滅し,永言 禪房に題す。

 

安陸・南陽・嚢陽 李白00 

『安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父

翛然金園賞,遠近含晴光。

樓臺成海氣,草木皆天香。

忽逢青雲士,共解丹霞裳。


(下し文)
(安州 般若寺の水閣に納涼し,薛員外父に遇うを喜ぶ)

翛然たり 金園の賞,遠近 晴光を含む。

樓臺 海氣を成し,草木 皆 天香。

忽ち 青雲士に逢い,共に丹霞の裳を解く。

(現代語訳)
(安州の般若寺の水閣において納涼をした時に,員外郎の薛父というものと遇って喜んで作ったもの)

悠然として、この寺の園中に勝賞をほしいままにしており、それに加え、おりしも空はよく晴れて、遠近とも日に光がふりそそいでいる。

樓臺は海気が蒸してくるような暖かさになる、草木はこの世とは思えない天上の香気をすべて帯びたような感じに見える。

こうしていて出会った員外郎の薛父という人は、俗世間から超越した、高尚な志の人であり、もとより仙道に心を寄せ、甚だ高潔な人である、そこでふたりとも丹霞の裳をといてうちとけたのである。



(訳注)

安州般若寺水閣納涼,喜遇薛員外父

(安州の般若寺の水閣において納涼をした時に,員外郎の薛父というものと遇って喜んで作ったもの)

安州 淮南道 安州。中華人民共和国湖北省にかつて存在した州。

般若寺 斑若、鉢若、般羅若、鉢羅枳嬢など)は、一般には智慧(ちえ)といい、仏教におけるいろいろの修行の結果として得られた「さとり」の智慧をいう。ことに、大乗仏教が起こってからは、般若は大乗仏教の特質を示す意味で用いられ、分別的な「智」としての「若那」(jñāna, ジュニャーナ)と対照される形で、諸法の実相である空と相応する無分別の「慧」として強調されてきた。

同じ悟りの智慧をあらわす遍智(へんち、 परिज्ञा parijñā)と区別される。遍智とは文字通り「あまねく知る」ことで、四諦の道理を無漏(むろ)の智によって知ることである。この遍智を小乗のさとりを表すものとして、大乗の般若と区別するのも、般若を存在の当相をそのままに自覚する実践智と考えるからである。

薛員外父 員外郎の薛父というもの。

李白の足跡0000 

翛然金園賞,遠近含晴光。

悠然として、この寺の園中に勝賞をほしいままにしており、それに加え、おりしも空はよく晴れて、遠近とも日に光がふりそそいでいる。

翛然 物事に動ぜず、ゆったりと落ち着いているさま。

金園 般若寺のなかの園圃、精舎に金を用いているのでこういう。

 

樓臺成海氣,草木皆天香。

樓臺は海気が蒸してくるような暖かさになる、草木はこの世とは思えない天上の香気をすべて帯びたような感じに見える。

 

忽逢青雲士,共解丹霞裳。

こうしていて出会った員外郎の薛父という人は、俗世間から超越した、高尚な志の人であり、もとより仙道に心を寄せ、甚だ高潔な人である、そこでふたりとも丹霞の裳をといてうちとけたのである。

青雲士 〔史記 伯夷伝〕 高位高官に昇った人。学徳の高い人。 隠逸の士。俗世間から超越した、高尚な志の人。

丹霞 日が映って紅くたなびく雲気。仙郷をいう。丹霞裳:ここでは隠遁した道教の人の衣裳ということ。

179-#2 《巻22-11 冬夜醉宿龍門覺起言志 -#2》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <179-#2> Ⅰ李白詩1400 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5548

李白《巻22-11 冬夜醉宿龍門覺起言志 -2我独りいかなるものなれば、今しも、龍門山下に客となって、空しく嘆息しているのである。富貴は未だ帰すべからず、この心中の憂いは、誰によって取り除くことができるのだろうか。

 

 
 2015年2月14日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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179-#2 《巻22-11 冬夜醉宿龍門覺起言志 -#2》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <179-#2> Ⅰ李白詩1400 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5548 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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35-(7) 《讀巻04-14 送孟東野序 -(7)§3-1》韓愈(韓退之)ID 801年貞元17年 35歳<1313> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5549 
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179-2 《巻22-11 冬夜醉宿龍門覺起言志 -2Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <179-2> Ⅰ李白詩1400 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5548

 

 

年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    冬夜醉宿龍門覺起言志

作地點:              伊闕(都畿道 / 河南府 / 伊闕)

及地點:              伊闕 (都畿道 河南府 伊闕) 別名:龍門山、闕口         

 

 

冬夜醉宿龍門覺起言志

(冬の夜、酔うて龍門山に宿し、醒めて起きた時、その志を述べたもの)

醉來寶劍,旅憩高堂眠。

酔っぱらってその揚げ句、宝剣を解き棄て、旅中の高堂で憩うて眠ってしまった。

中夜忽驚覺,起立明燈前。

中夜に忽ち驚いて、目が覚めて明燈の前に起立した。

開軒聊直望,曉雪河冰壯。

試みに軒の窓を開けて正面より眺めてみた。暁の雪、紛々として、河はびっしりと氷がはっている、その景色はいかにも淒壮である。

哀哀歌苦寒,鬱鬱獨惆悵。

そこで哀哀として、魏の武帝の苦寒行を歌い、鬱々として、ひとり心に思い悩んだ。

版築臣,李斯鷹犬人。

おもえば、傅説は、土工の人足であったし、李斯は、上蔡門外の鷹や犬を据えて、遊猟に耽って居たのだ。

 

欻起匡社稷,寧復長艱辛。

二人とも、忽然として起ち、各々その君のために社稷を一匡したくらいで、けっしていつまでも艱辛を歎いてはいなかった。

而我胡為者,歎息龍門下。

しかるに、我独りいかなるものなれば、今しも、龍門山下に客となって、空しく嘆息しているのである。

富貴未可期,殷憂向誰寫。

富貴は未だ帰すべからず、この心中の憂いは、誰によって取り除くことができるのだろうか。

去去淚滿襟,舉聲梁甫吟。

ここを去ろうとすれば、涙が自然に流れてきて、襟を満たし、やがて声をあげて「梁甫吟」の一曲を歌うのである。

青雲當自致,何必求知音。

青雲の上には、高い志を持った自らのその身を致すべきであり、独力でやってのけるのが第一であり、何もかならずしも、知恩の友を求めてその人にすがっていこうという了見ではいけないのである。

 

(冬夜 醉うて龍門に宿し覺めて起きて志を言う)

醉い來って寶劍を,旅憩して高堂に眠る。

中夜 忽ち驚いて覺め,明燈前に起立す。

軒を開いて聊か直望,曉雪 河冰壯なり。

哀哀として苦寒を歌い,鬱鬱として獨り惆悵。

版築の臣,李斯は鷹犬の人。

 

欻ち起って 社稷を匡し,寧ろ復た長く艱辛せん。

而して我 胡ん為る者ぞ,歎息す 龍門の下。

富貴 未だ期すからず,殷憂 誰に向って寫【のぞ】かん。

去去 淚 襟に滿ち,聲を舉ぐ梁甫吟。

青雲 當に自ら致し,何ぞ必らずしも知音を求めん。

洛陽 函谷関 嵩山005

 

『冬夜醉宿龍門覺起言志』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

欻起匡社稷,寧復長艱辛。

而我胡為者,歎息龍門下。

富貴未可期,殷憂向誰寫。

去去淚滿襟,舉聲梁甫吟。

青雲當自致,何必求知音。


(下し文)
ち起って 社稷を匡し,寧ろ復た長く艱辛せん。

而して我 胡ん為る者ぞ,歎息す 龍門の下。

富貴 未だ期すからず,殷憂 誰に向って寫【のぞ】かん。

去去 淚 襟に滿ち,聲を舉ぐ梁甫吟。

青雲 當に自ら致し,何ぞ必らずしも知音を求めん。

(現代語訳)
二人とも、忽然として起ち、各々その君のために社稷を一匡したくらいで、けっしていつまでも艱辛を歎いてはいなかった。

しかるに、我独りいかなるものなれば、今しも、龍門山下に客となって、空しく嘆息しているのである。

富貴は未だ帰すべからず、この心中の憂いは、誰によって取り除くことができるのだろうか。

ここを去ろうとすれば、涙が自然に流れてきて、襟を満たし、やがて声をあげて「梁甫吟」の一曲を歌うのである。

青雲の上には、高い志を持った自らのその身を致すべきであり、独力でやってのけるのが第一であり、何もかならずしも、知恩の友を求めてその人にすがっていこうという了見ではいけないのである。



(訳注)

冬夜醉宿龍門覺起言志

(冬の夜、酔うて龍門山に宿し、醒めて起きた時、その志を述べたもの)

龍門 都畿道河南府関塞山あり、俗に龍門という。南山伊闕、洛陽の西南伊闕口という。

 

欻起匡社稷,寧復長艱辛。

二人とも、忽然として起ち、各々その君のために社稷を一匡したくらいで、けっしていつまでも艱辛を歎いてはいなかった。

 たちまち。忽然として。

 ただす。

社稷 。① 古代中国で、天子や諸侯が祭った土地の神(社)と五穀の神(稷)。② 朝廷または国家。

 

而我胡為者,歎息龍門下。

しかるに、我独りいかなるものなれば、今しも、龍門山下に客となって、空しく嘆息しているのである。

 

富貴未可期,殷憂向誰寫。

富貴は未だ帰すべからず、この心中の憂いは、誰によって取り除くことができるのだろうか。

殷憂 心中の憂い。

向誰寫 誰によって取り除くことができるのだろうか。

 

去去淚滿襟,舉聲梁甫吟。

ここを去ろうとすれば、涙が自然に流れてきて、襟を満たし、やがて声をあげて「梁甫吟」の一曲を歌うのである。

梁甫吟 別記。

 

青雲當自致,何必求知音。

青雲の上には、高い志を持った自らのその身を致すべきであり、独力でやってのけるのが第一であり、何もかならずしも、知恩の友を求めてその人にすがっていこうという了見ではいけないのである。

知音 、『列子(湯問)』などの故事に由来する。 中国春秋時代、伯牙(はくが)という琴の名手がいた。 友人の鐘子期(しょうしき)が死に、伯牙は自分の琴の音をよく理解してくれる者がいなくなったと嘆き、琴の弦を切って二度と弾かなかった。 そこから、自分を知ってくれる友人を云うようになった。

 

梁甫吟

梁甫吟は楽府題の古い題の一つ。相和歌楚調曲に梁父吟行とあって、その由来は戦国の武侯が好んで詠ったものといわれる。梁甫は、梁父とも書き、むかしの斉の国、いまの山東省の、泰山のふもとにある、570mの小さな山の名である。そこは、古代の迷信では、死者のたましいの帰る場所とされていた。「梁甫吟」はもともと、葬いの歌であったという。また、骨子(孔子の弟子)の作ったものであるという。骨子が泰山のふもとに耕していたところ、天が大雪をふらし、凍ること旬日、帰ることができず、その父母を思って、巣山歌を作ったと、「琴挽」という本に見える、それが「梁甫吟」の起源であるという。現在「楽府詩集」に収められている一首は、「三国志」の立役者である諸葛亮(孔明)の作と伝えられている。それは次の歌である。
諸葛亮(孔明)「梁甫吟」
歩出斉城門  遥望蕩陰里
里中有三墳  塁塁正相似
問是誰家墓  田疆古冶子
力能排南山  文能絶地紀
一朝被讒言  二桃殺三士
誰能為此謀  国相斉晏子
下し文
歩して斉の城門を出で  遥に蕩陰の里を望む 
里中に三墳有り  塁塁として正に相似たり
問う是れ誰が家の墓ぞ  田疆古冶氏
力を能く南山を排し  文を能く地紀を絶つ
一朝 讒言を被りて  二桃 三士を殺す
誰か能く此の謀を為せる  国相斉の晏子なり

現代訳
梁甫の歌;
斉の城門を歩いて出て、遠くに蕩陰(地名)の村を眺めるとそこにお墓が三基ある 並んで立っていて、よく似ていた。
これはどちらのお墓ですかと聞いてみた。
これが有名な公孫接・田開彊・古冶子のお墓です。
三人は南山を動かすほど力が強く、大地の四隅を繋ぐ紐を切るほど学問もできる人たちでした
ところが、ひとたび、讒言を言われ、二つの桃でもって三人を殺してしまった。
誰がこんなはかりごとをしたのですか? それは斉の宰相の晏嬰です

これは、詭計をもちいて人を殺した、斉の量子の故事をうたったものである。「力排南山三壯士。齊相殺之費二桃」参照。李白のこの詩は、その故事をふくみつつ、主題を少しかえ、不遇の志士の時機到来を待つ気持をうたいあげる。

梁甫吟 諸葛亮 漢詩<96>Ⅱ李白に影響を与えた詩819 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2643

李白《梁甫吟》
(呂尚に学び、諸葛亮を学んで、梁甫吟を詠う)

1

長嘯梁甫吟。 何時見陽春。

君不見朝歌屠叟辭棘津、八十西來釣渭濱。

寧羞白發照淥水。逢時壯氣思經綸。

廣張三千六百鉤。 風期暗與文王親。

大賢虎變愚不測。 當年頗似尋常人。

#2
君不見 高陽酒徒起草中。 長揖山東隆准公。 
入門不拜騁雄辯。 兩女輟洗來趨風。 
東下齊城七十二。 指揮楚漢如旋蓬。 
狂客落魄尚如此。何況壯士當群雄。
我欲攀龍見明主。雷公砰訇震天鼓。

#3
帝旁投壺多玉女。三時大笑開電光。 
倏爍晦冥起風雨。閶闔九門不可通。 
以額叩關閽者怒。白日不照吾精誠。 
杞國無事憂天傾。
貐磨牙競人肉。 
騶虞不折生草莖。手接飛猱搏雕虎。

#4
側足焦原未言苦。智者可卷愚者豪。 
世人見我輕鴻毛。力排南山三壯士。 
齊相殺之費二桃。
楚弄兵無劇孟。 
亞夫咍爾為徒勞。梁甫吟。聲正悲。 
張公兩龍劍。 神物合有時。 
風云感會起屠釣。大人嶬屼當安之。


梁甫吟#1
長嘯す梁甫吟、何れの時か陽春を見ん。
君見ずや 朝歌の屠叟【とそう】棘津【きょくしん】を辞し、八十にして西に来って渭浜に釣す。

寧んぞ羞じんや 白髪の淥水を照らすを、時に逢い気を壮にして 經綸を思う。
広く張る三千六百鉤、風期 暗に文王と親しむ。
大賢は虎変して愚は測らず、当年頗る似たり尋常の人に。

#2
君見ずや高陽の酒徒 草中に起り、山東の隆準公に長揖せるを。
門に入りて拝せず 雄弁を騁すれば、両女洗うことを輟めて 来って風に趨る。
東のかた斉城七十二を下す、楚漢を指揮して旋蓬の如し。
狂客落魄するも 尚お此の如し、何ぞ況んや壮士の群雄に当るをや。
我竜に攀じて明主に見えんと欲す、雷公の砰訇【ほうこう】 天鼓を震う。
#3
帝の旁に授壷して 玉女多し、三時大笑して 電光を開く。
倏燦【しゅくしゃく】 晦冥【かいめい】 風雨を起す、
閶闔【しょうこう】の九門 通ず可からず。
額を以て関を叩けば 閽者怒る、白日吾が精誠を照らさず。
杞国無事にして 天の傾くを憂う、喫給は牙を磨いて 人肉を競い。
騶虞【すうぐ】は折らず 生草の茎、手は飛猿に接して 雕虎を持ち。

#4
足を焦原に側だてて 未だ苦を言わず、智者は巻く可く愚者は豪なり。
世人我を見ること鴻毛よりも軽し、力は南山を排す三壮士。
斉相 之を殺すに二桃を費す、呉楚兵を弄して劇孟無し。
亜夫 咍爾としで徒労と為す。梁甫吟  声正に悲し。
張公の両竜剣、神物 合するに時有り。
風雲感会 屠釣を起す、大人嶬屼たらは当に之を安んずべし。

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155-#4 《巻02-04 梁甫吟 -#4》(改訂)Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <155-#4> Ⅰ李白詩1358 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5338
李白31歳 

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(冬の夜、酔うて龍門山に宿し、醒めて起きた時、その志を述べたもの)

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中夜忽驚覺,起立明燈前。

中夜に忽ち驚いて、目が覚めて明燈の前に起立した。

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そこで哀哀として、魏の武帝の苦寒行を歌い、鬱々として、ひとり心に思い悩んだ。

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(冬夜 醉うて龍門に宿し覺めて起きて志を言う)

醉い來って寶劍を,旅憩して高堂に眠る。

中夜 忽ち驚いて覺め,明燈前に起立す。

軒を開いて聊か直望,曉雪 河冰壯なり。

哀哀として苦寒を歌い,鬱鬱として獨り惆悵。

版築の臣,李斯は鷹犬の人。

 

欻ち起って 社稷を匡し,寧ろ復た長く艱辛せん。

而して我 胡ん為る者ぞ,歎息す 龍門の下。

富貴 未だ期すからず,殷憂 誰に向って寫【のぞ】かん。

去去 淚 襟に滿ち,聲を舉ぐ梁甫吟。

青雲 當に自ら致し,何ぞ必らずしも知音を求めん。

洛陽 函谷関 嵩山005 

 

『冬夜醉宿龍門覺起言志』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

冬夜醉宿龍門覺起言志

醉來寶劍,旅憩高堂眠。

中夜忽驚覺,起立明燈前。

開軒聊直望,曉雪河冰壯。

哀哀歌苦寒,鬱鬱獨惆悵。

版築臣,李斯鷹犬人。


(下し文)
(冬夜 醉うて龍門に宿し覺めて起きて志を言う)

醉い來って寶劍をし,旅憩して高堂に眠る。

中夜 忽ち驚いて覺め,明燈前に起立す。

軒を開いて聊か直望,曉雪 河冰壯なり。

哀哀として苦寒を歌い,鬱鬱として獨り惆悵。

は版築の臣,李斯は鷹犬の人

(現代語訳)
(冬の夜、酔うて龍門山に宿し、醒めて起きた時、その志を述べたもの)

酔っぱらってその揚げ句、宝剣を解き棄て、旅中の高堂で憩うて眠ってしまった。

中夜に忽ち驚いて、目が覚めて明燈の前に起立した。

試みに軒の窓を開けて正面より眺めてみた。暁の雪、紛々として、河はびっしりと氷がはっている、その景色はいかにも淒壮である。

そこで哀哀として、魏の武帝の苦寒行を歌い、鬱々として、ひとり心に思い悩んだ。

おもえば、傅説は、土工の人足であったし、李斯は、上蔡門外の鷹や犬を据えて、遊猟に耽って居たのだ。


河南省中南部 陸渾00
(訳注)

冬夜醉宿龍門覺起言志

(冬の夜、酔うて龍門山に宿し、醒めて起きた時、その志を述べたもの)

龍門 都畿道河南府関塞山あり、俗に龍門という。南山伊闕、洛陽の西南伊闕口という。

 

醉來寶劍,旅憩高堂眠。

酔っぱらってその揚げ句、宝剣を解き棄て、旅中の高堂で憩うて眠ってしまった。

 

中夜忽驚覺,起立明燈前。

中夜に忽ち驚いて、目が覚めて明燈の前に起立した。

 

開軒聊直望,曉雪河冰壯。

試みに軒の窓を開けて正面より眺めてみた。暁の雪、紛々として、河はびっしりと氷がはっている、その景色はいかにも淒壮である。

直望 正面より眺めてみる。

 

哀哀歌苦寒,鬱鬱獨惆悵。

そこで哀哀として、魏の武帝の苦寒行を歌い、鬱々として、ひとり心に思い悩んだ。

歌苦寒 魏の武帝、曹操《苦寒行》「北上太行山,艱哉何巍巍!」(北上して太行山にある、艱【かん】なるかな何ぞ巍巍【ぎぎ】たるを。)とある。

《曹操詩苦寒行》袁紹の残党を北上して太行山のあたりで征討する。山々はけわしくそびえ立ち、散りじりの敵を打つのは何と艱難辛苦の戦いである。

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版築臣,李斯鷹犬人。

おもえば、傅説は、土工の人足であったし、李斯は、上蔡門外の鷹や犬を据えて、遊猟に耽って居たのだ。

 殷(いん)の高宗の大臣。刑人とともに道を補修していたところを高宗に見いだされて宰相となり殷の中興に寄与したという。

李斯 秦代の宰相。字は通古[1]。子は李由ら。法家にその思想的基盤を置き、度量衡の統一、焚書などを行い、秦帝国の成立に貢献したが、始皇帝の死後、権力争いに敗れて殺害された。若い頃は小役人として楚に仕えていた。李斯は厠で人の糞尿を食らい人の姿を見て逃げ出すネズミと、兵糧庫の中で人の姿におびえずのうのうと兵糧を食うネズミを見て、「人が居る環境だけで人の賢さなど価値が決まってしまうのか」と嘆き、儒家の荀子の門を叩いた。同門に韓の公子・韓非がおり、共に荀子から学び、秦に入って呂不韋の食客となり、呂不韋からその才能を絶賛され推薦を受けて、秦王政(後の始皇帝)に仕えて、その近侍になった。
李白31歳 

178 《巻22-10 春歸終南山松龕舊隱》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <178> Ⅰ李白詩1398 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5538

李白《巻22-10 春歸終南山松龕舊隱》(春になって終南山の南の松の木と枝が屋根のように覆いかぶさった以前隠棲していたところに帰ってきてみて、今この時を心たのしもうと詠う。

 
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年:-731年開元十九年31

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春歸終南山松龕舊隱

作地點:        終南山(京畿道 / 無第二級行政層級 / 終南山)

及地點:        終南山 (京畿道 無第二級行政層級終南山) 別名:南山、秦山         

 

 

春歸終南山松龕舊隱

(春になって終南山の南の松の木と枝が屋根のように覆いかぶさった以前隠棲していたところに帰ってきてみて、今この時を心たのしもうと詠う。

我來南山陽,事事不異昔。

自分が終南山の南の松の木と枝が屋根のように覆いかぶさった以前隠棲していたところに帰ってきてみると、何に事も昔と変わっていなかった。ここは、長安の喧騒を離れた絶境であるから、変遷というものがないのだろう。
卻尋溪中水,還望巖下石。

そこで、ひとえに谷川の流れを求め、またぞろ、巌下の石を眺めても同じように変わっていないのである。
薔薇緣東窗,女蘿繞北壁。

隠棲していた家はさすがに古ぼけていて、荒廃したように見え、野バラは伸びて、東の窓に這いあがり、女羅は北の壁に巻きついている。
別來能幾日,草木長數尺。

この家を離れてから 幾ばくの日を経ているだけに、草木は数尺も伸びているのである。

且復命酒樽,獨酌陶永夕。

そこで、例によって、いまをたのしむため、まずは酒樽でも持ってこさせ、独酌で この永い夕べをうち寛がろうというものである。

 

(春 終南山の松龕【しょうがん】旧隠に帰る)
我  南山の陽に来きたる、事事  昔に異ならず。
却て渓中の水を尋ね、還た巌下の石を望む。
薔薇【しょうび】 東窓に縁【よ】り、女羅  北壁に繞る。
別来  能く幾日ぞ、草木  長ずること数尺。
且つ復た酒樽を命じ、独酌  永夕【えいせき】を陶【たのし】まん。

choan9ryo 

 

『春歸終南山松龕舊隱』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春歸終南山松龕舊隱

我來南山陽,事事不異昔。

卻尋溪中水,還望巖下石。

薔薇緣東窗,女蘿繞北壁。

別來能幾日,草木長數尺。

且復命酒樽,獨酌陶永夕。


(下し文)
(春 終南山の松龕【しょうがん】旧隠に帰る)

我  南山の陽に来きたる、事事  昔に異ならず。

却て渓中の水を尋ね、還た巌下の石を望む。

薔薇【しょうび】 東窓に縁【よ】り、女羅  北壁に繞る。

別来  能く幾日ぞ、草木  長ずること数尺。

且つ復た酒樽を命じ、独酌  永夕【えいせき】を陶【たのし】まん。


(現代語訳)
(春になって終南山の南の松の木と枝が屋根のように覆いかぶさった以前隠棲していたところに帰ってきてみて、今この時を心たのしもうと詠う。

自分が終南山の南の松の木と枝が屋根のように覆いかぶさった以前隠棲していたところに帰ってきてみると、何に事も昔と変わっていなかった。ここは、長安の喧騒を離れた絶境であるから、変遷というものがないのだろう。
そこで、ひとえに谷川の流れを求め、またぞろ、巌下の石を眺めても同じように変わっていないのである。
隠棲していた家はさすがに古ぼけていて、荒廃したように見え、野バラは伸びて、東の窓に這いあがり、女羅は北の壁に巻きついている。
この家を離れてから 幾ばくの日を経ているだけに、草木は数尺も伸びているのである。

そこで、例によって、いまをたのしむため、まずは酒樽でも持ってこさせ、独酌で この永い夕べをうち寛がろうというものである。

Ta唐 長安近郊圖  新02 

 (訳注)

春歸終南山松龕舊隱

(春になって終南山の南の松の木と枝が屋根のように覆いかぶさった以前隠棲していたところに帰ってきてみて、今この時を心たのしもうと詠う。

 晩秋から春にかけての北辺の長旅だったが、求職の進展はなかった。事情はなにも変わらず、館にはバラや女羅(ひかげかずら)や草はあるじなしでも成長していた。酒樽をもってこさせて一人酒をたのしむ。久しぶりの棲家で詠った。

この詩は、陶淵明《歸去來辭》の縮本というべきものである。

終南山 終南山は、西岳の太白山376m、と中岳の嵩山1440mのあいだにあり、渭水の南、20002900mの山でなる。中国,陝西省南部,秦嶺のうち西安南方の一帯をさす。また秦嶺全体をいう場合もある。その名は西安すなわち長安の南にあたることに由来し,関中盆地では,渭河以北の北山に対し南山とも称する。標高20002900m。北側は大断層崖をなし,断層線にそって驪山(りざん)などの温泉が湧出する。渭河と漢水流域とを結ぶ交通の要所で,子午道などの〈桟道(さんどう)〉が開かれ,しばしば抗争の地ともなった。

松龕舊隱 松の木と枝が屋根のように覆いかぶさった以前隠棲していたところ。

 

我來南山陽、事事不異昔。
自分が終南山の南の松の木と枝が屋根のように覆いかぶさった以前隠棲していたところに帰ってきてみると、何に事も昔と変わっていなかった。ここは、長安の喧騒を離れた絶境であるから、変遷というものがないのだろう。
南山 終南山のこと。

 日の当たるところ。川なら北岸、山は南斜面側、南山麓。

 

卻尋溪中水、還望岩下石。

そこで、ひとえに谷川の流れを求め、またぞろ、巌下の石を眺めても同じように変わっていないのである。
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薔薇緣東窗、女蘿繞北壁。
隠棲していた家はさすがに古ぼけていて、荒廃したように見え、野バラは伸びて、東の窓に這いあがり、女羅は北の壁に巻きついている。
 まとう、這いあがる。

東窗 日当たりが良いのでバラが窓を覆い尽くしている様子をいう。

女蘿 地衣類の植物。松蘿ともいう。ひげのかずら。《楚辞九歌山鬼篇》「若有人兮山之阿,被薜荔兮

繞北壁 北側は蔓が目立って巻き付いている様子をいう。

 

別來能幾日、草木長數尺。
この家を離れてから 幾ばくの日を経ているだけに、草木は数尺も伸びているのである。

 

且復命酒樽、獨酌陶永夕。

そこで、例によって、いまをたのしむため、まずは酒樽でも持ってこさせ、独酌で この永い夕べをうち寛がろうというものである。

陶 うち寛がること。暢びる。


○韻 昔、石、壁、尺、夕。

(春 終南山の松龕【しょうがん】旧隠に帰る)
我  南山の陽に来きたる、事事  昔に異ならず。
却て渓中の水を尋ね、還た巌下の石を望む。
薔薇【しょうび】 東窓に縁【よ】り、女羅  北壁に繞る。
別来  能く幾日ぞ、草木  長ずること数尺。
且つ復た酒樽を命じ、独酌  永夕【えいせき】を陶【たのし】まん。

 

陶淵明《歸去來辭》

「さあ故郷へ帰ろう。

故郷の田園は今や荒れ果てようとしている。

どうして帰らずにいられよう。」

歸去來兮,田園將蕪胡不歸?既自以心為形役,奚惆悵而獨悲?

悟已往之不諫,知來者之可追;實迷途其未遠,覺今是而昨非。

 

舟遙遙以輕颺,風飄飄而吹衣。問征夫以前路,恨晨光之熹微。

乃瞻衡宇,載欣載奔。僮僕歡迎,稚子候門。三徑就荒,松菊猶存。

攜幼入室,有酒盈罇。引壺觴以自酌,眄庭柯以怡顏。

倚南窗以寄傲,審容膝之易安。園日涉以成趣,門雖設而常關。

策扶老以流憩,時矯首而遐觀。雲無心以出岫,鳥倦飛而知還。

景翳翳以將入,撫孤松而盤桓。

 

歸去來兮,請息交以游。世與我而相違,復駕言兮焉求?悅親戚之情話,樂琴書以消憂。農人告余以春及,將有事於西疇。或命巾車,或棹孤舟。既窈窕以尋壑,亦崎嶇而經丘。木欣欣以向榮,泉涓涓而始流。羨萬物之得時,感吾生之行休。

 

已矣乎!寓形宇復幾時?曷不委心任去留?胡為乎遑遑欲何之?富貴非吾願,帝不可期。懷良辰以孤往,或植杖而耘耔。登東皋以舒嘯,臨清流而賦詩。聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑?
李白31歳 

68 《訪載天山道士不遇 李白1》Index-2 Ⅰ-1-718年開元六年18歳 載天山に隠れ道士の修行 <68> Ⅰ李白詩1232 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4708

野竹の林は叢をなしていて、棚引く青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫が緑の峰の頂にかかっている。私が訪ねる道士は何処に行ったのか、行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかって、暫くの間、悵然としていた。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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68

《訪載天山道士不遇 李白1Index-2 -1-718年開元六年18歳載天山に隠れ道士の修行 <68> Ⅰ李白詩1232 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4708

 

 

Index-2

- 2-718年開元六年18

3

ID

No.

詩題

詩文初句

 

7

1

贈江油尉

嵐光深院裡,

巻二十五

8

2

尋雍尊師隱居

群峭碧摩天,

巻二十二

9

3

訪載天山道士不遇 李白1

犬吠水聲中,

巻二十二

 

 

制作年:        718年開元六年18

卷別:  卷一八二       文體:  五言律詩

李太白集 巻二十二

詩題:  訪戴天山道士不遇

作地點:        戴天山(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

及地點:        戴天山 (劍南道北部綿州 昌明) 別名:大康山、大匡山、匡山         

交遊人物:戴天山道士    當地交遊(劍南道北部 綿州昌明)

 

 

訪戴天山道士不遇

(四川省彰明県の北にある載天山に隠遁している道士を訪問したけれど会えなかった悵恨を詠った)

犬吠水聲中,桃花帶雨濃。

この山は、水声潺湲であるところに、犬が吠えている。桃花は  露に濡れて、緑の中に、より鮮やかに、より濃かになる。

樹深時見鹿,溪午不聞鐘。

木立は深くしているので、ときおり鹿が往来する姿を見かける、渓谷にいるとど時の移り変わり様がどうでもよくなって、正午になっているはずなのに鐘の音が聞こえてこない

野竹分青靄,飛泉掛碧峰。

野竹の林は叢をなしていて、棚引く青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫が緑の峰の頂にかかっている。

無人知所去,愁倚兩三松。

私が訪ねる道士は何処に行ったのか、行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかって、暫くの間、悵然としていた。

 

(載天山の道士を訪ねて遇わず)
犬は吠ゆ  水声の中、桃花は露を帯びて濃【こま】やかなり。
樹は深くして  時に鹿を見、渓は午にして  鐘を聞かず。
野竹は青靄【せいあい】を分け、飛泉は碧峰に挂【か】かる。
人の去る所を知る無し、愁えて倚る  両三の松。

竹林0021 

『訪戴天山道士不遇』 現代語訳と訳註

(本文)

訪戴天山道士不遇

犬吠水聲中,桃花帶雨濃。

樹深時見鹿,溪午不聞鐘。

野竹分青靄,飛泉掛碧峰。

無人知所去,愁倚兩三松。

 

(下し文)

(載天山の道士を訪ねて遇わず)
犬は吠ゆ  水声の中、桃花は露を帯びて濃【こま】やかなり。
樹は深くして  時に鹿を見、渓は午にして  鐘を聞かず。
野竹は青靄【せいあい】を分け、飛泉は碧峰に挂【か】かる。
人の去る所を知る無し、愁えて倚る  両三の松。

 

(現代語訳)

(四川省彰明県の北にある載天山に隠遁している道士を訪問したけれど会えなかった悵恨を詠った)

この山は、水声潺湲であるところに、犬が吠えている。桃花は  露に濡れて、緑の中に、より鮮やかに、より濃かになる。
木立は深くしているので、ときおり鹿が往来する姿を見かける、渓谷にいるとど時の移り変わり様がどうでもよくなって、正午になっているはずなのに鐘の音が聞こえてこない

野竹の林は叢をなしていて、棚引く青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫が緑の峰の頂にかかっている。

私が訪ねる道士は何処に行ったのか、行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかって、暫くの間、悵然としていた。

 

(訳注)

訪戴天山道士不遇

(四川省彰明県の北にある載天山に隠遁している道士を訪問したけれど会えなかった悵恨を詠った)

○載天山 四川省彰明県の北にある山。別名として、大康山、康山、大匤山、とある。李白が少年時代、読書をしたところ。

○道士 道教の修行につとめ、その祭儀を執り行う専門家。道家。 ・神仙の術を行う人。仙人。方士。 

不遇 隠遁者の生活環境は「閑」であり、「静」である。会えないのが基本。 *陶淵明の詩「尋隠者不遇」詩の生成のイメージを借りている。

 

 李白は十八歳のころには郷里の近くにあった載天山の大明寺に下宿して読書に励んでいる。
詩は載天山に道士を訪ねていって会えなかったときのもので、十六、七歳で本格的に学問をはじめたころの作品。こまやかな観察と少年のころの李白の淳朴な姿が写し出されていて、初期の習作のなかでは佳作に属する微笑ましい詩だ。

 

犬吠水聲中,桃花帶雨濃。

この山は、水声潺湲であるところに、犬が吠えている。桃花は  露に濡れて、緑の中に、より鮮やかに、より濃かになる。
犬吠 静寂を示す。猿が鳴くのは、愁いを示す。鳥が鳴くのはうるさいことを示す。 

 

樹深時見鹿,溪午不聞鐘。

木立は深くしているので、ときおり鹿が往来する姿を見かける、渓谷にいるとど時の移り変わり様がどうでもよくなって、正午になっているはずなのに鐘の音が聞こえてこない

○溪午 渓谷にいると正午に気が付かないほど時の移り変わり様であることをいう。隠遁者にとっては時間経過を問題としない。

 

野竹分青靄,飛泉掛碧峰。

野竹の林は叢をなしていて、棚引く青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫が緑の峰の頂にかかっている。

 

無人知所去,愁倚兩三松。

私が訪ねる道士は何処に行ったのか、行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかって、暫くの間悵然としていた。
泰山の道観 

67 《尋雍尊師隱居》Index-2 Ⅰ-1-718年開元六年18歳 載天山に隠れ道士の修行 <67> Ⅰ李白詩1231 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4703

群峰は突兀としていて、緑は天を摩すばかりである、雍尊師はここに隠遁され、逍遥を事とし、幾年を経たかはわからないという。ここを歩くというのは、雲を開いてゆくことであり、古い道を尋ねてゆくのである。歩き疲れて石に倚りかかって、心地いいことに、流泉の響きを聞くのである。

 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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67 《尋雍尊師隱居》Index-2 -1-718年開元六年18 載天山に隠れ道士の修行 <67> Ⅰ李白詩1231 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4703

 

 

 

Index-2

- 2-718年開元六年18

3

ID

No.

詩題

詩文初句

 

7

1

贈江油尉

嵐光深院裡,

巻二十五

8

2

尋雍尊師隱居

群峭碧摩天,

巻二十二

9

3

訪載天山道士不遇 李白1

犬吠水聲中,

巻二十二

 

 

制作年:              718年開元六年18

卷別:    卷一八二              文體:    五言律詩

李太白集 巻二十二

詩題:    尋雍尊師隱居

交遊人物:雍尊師              當地交遊

 

尋雍尊師隱居

(この詩は雍尊師の隠棲居を訪ねて、その地の様子を詠ったものである。)

群峭碧摩天,逍遙不記年。

群峰は突兀としていて、緑は天を摩すばかりである、雍尊師はここに隠遁され、逍遥を事とし、幾年を経たかはわからないという。

撥雲尋古道,倚石聽流泉。

ここを歩くというのは、雲を開いてゆくことであり、古い道を尋ねてゆくのである。歩き疲れて石に倚りかかって、心地いいことに、流泉の響きを聞くのである。

花暖青牛臥,松高白鶴眠。

花は暖かくなった気候で咲き乱れ、遠き山々は青く、牛の群れが伏せたようであり、千年の松は、高く聳えていて、そこに白鶴が穏やかに眠っている。

語來江色暮,獨自下寒煙。

ここに来て雍尊師と対談することが出来、やがて江色に暮れかかってくる。そこで辞して去ることにして、来た道を変えるのだが、寒煙が立ち込めた中を一人、てくてく降りてゆくのである。

 

(尋雍尊師隱居)

群峭【ぐんしょう】碧 摩天し,逍遙 年を記せず。

雲を撥して 古道を尋ぬ,石に倚りて 流泉を聽く。

花は 暖くして 青牛臥し,松高くして 白鶴眠る。

語り來れば 江色暮れ,獨り自ら寒煙を下る。

 

2蜀の山00 

『尋雍尊師隱居』 現代語訳と訳註

(本文)

尋雍尊師隱居

群峭碧摩天,逍遙不記年。

撥雲尋古道,倚石聽流泉。

花暖青牛臥,松高白鶴眠。

語來江色暮,獨自下寒煙。

 

(下し文)

(尋雍尊師隱居)

群峭【ぐんしょう】碧 摩天し,逍遙 年を記せず。

雲を撥して 古道を尋ぬ,石に倚りて 流泉を聽く。

花は 暖くして 青牛臥し,松高くして 白鶴眠る。

語り來れば 江色暮れ,獨り自ら寒煙を下る。

 

(現代語訳)

(この詩は雍尊師の隠棲居を訪ねて、その地の様子を詠ったものである。)

群峰は突兀としていて、緑は天を摩すばかりである、雍尊師はここに隠遁され、逍遥を事とし、幾年を経たかはわからないという。

ここを歩くというのは、雲を開いてゆくことであり、古い道を尋ねてゆくのである。歩き疲れて石に倚りかかって、心地いいことに、流泉の響きを聞くのである。

花は暖かくなった気候で咲き乱れ、遠き山々は青く、牛の群れが伏せたようであり、千年の松は、高く聳えていて、そこに白鶴が穏やかに眠っている。

ここに来て雍尊師と対談することが出来、やがて江色に暮れかかってくる。そこで辞して去ることにして、来た道を変えるのだが、寒煙が立ち込めた中を一人、てくてく降りてゆくのである。

 

蜀中転々圖 

(訳注)

807        巻二十二              尋雍尊師隱居

(この詩は雍尊師の隠棲居を訪ねて、その地の様子を詠ったものである。)

雍尊師 この僧侶は不明。尊師・大師・老師・御坊・導師。

群峭碧摩  逍遙不記
撥雲尋古道  倚石聽流
花暖青牛臥  松高白鶴
語來江色暮  獨自下寒

○●●△○  ○○△●○

●○○●●  △●△○○

○●○○●  ○○●●○

●△○●●  ●●●○○

 

群峭碧摩天。 逍遙不記年。

群峰は突兀としていて、緑は天を摩すばかりである、雍尊師はここに隠遁され、逍遥を事とし、幾年を経たかはわからないという。

○群峭 群峰。四川成都盆地は群峰に囲まれる。

○逍遙 気ままにあちこちを歩き回ること。そぞろ歩き。散歩。

 

撥云尋古道。 倚石聽流泉。

ここを歩くというのは、雲を開いてゆくことであり、古い道を尋ねてゆくのである。歩き疲れて石に倚りかかって、心地いいことに、流泉の響きを聞くのである。

○この二句は山水画を意識した景色である。

 

花暖青牛臥。 松高白鶴眠。

花は暖かくなった気候で咲き乱れ、遠き山々は青く、牛の群れが伏せたようであり、千年の松は、高く聳えていて、そこに白鶴が穏やかに眠っている。

青牛臥 五行思想で青は春、遠くの山は青山であり、遠ざかるほど黒に近い単色となり、牛が伏せたようである。

松高白鶴 とりわけ高く聳える松は高潔な印象を与え、男性的でやや威圧的でもある

鶴もまた、「鶴寿千歳」と称されるように長寿の象徴であり、なかでも白鶴の優美な姿は清廉潔白な印象を与え女性的な優しさを持つ、 めでたさの上にもめでたさを重ね、さらに仙境を思わせるような洒脱な雰囲気をかもし出している。

 

語來江色暮。 獨自下寒煙。

ここに来て雍尊師と対談することが出来、やがて江色に暮れかかってくる。そこで辞して去ることにして、来た道を変えるのだが、寒煙が立ち込めた中を一人、てくてく降りてゆくのである。

江色暮 ゆうやけ。

寒煙 春山は夕暮れには寒くなるということと、李白自身、隠遁者を感じている様子を詠うものである。
李白図102 

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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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李白詩全集 卷二十二 (古近體詩四十七首) 
ID閒適/懐思初句
780巻二十二 12.與元丹丘方城寺談玄作 茫茫大夢中。 
781巻二十二 6.尋高鳳石門山中元丹丘 尋幽無前期。 
782巻二十二 安州般若寺水閣納涼喜遇薛員外義 (義去點) (翛)然金園賞
783巻二十二 魯中都東樓醉起作 昨日東樓醉。 
784巻二十二 對酒醉題屈突明府廳 陶令八十日。 
785巻二十二月下獨酌四首其一 花間一壺酒。 
786巻二十二月下獨酌四首其二 天若不愛酒。 
787巻二十二月下獨酌四首其三 三月咸陽城。 
788巻二十二月下獨酌四首其四 窮愁千萬端。 
789巻二十二 40春歸終南山松龕舊隱 我來南山陽。 
790巻二十二 冬夜醉宿龍門覺起言志 醉來脫寶劍。 
791巻二十二 尋山僧不遇作 石徑入丹壑。 
792巻二十二過汪氏別業二首 其一 游山誰可游。 
793巻二十二過汪氏別業二首 其二 疇昔未識君。 
794巻二十二 00待酒不至 玉壺系青絲。 
795巻二十二 00獨酌 春草如有意。 
796巻二十二 友人會宿 滌蕩千古愁。 
797巻二十二春日獨酌二首 其一 東風扇淑氣。 
798巻二十二春日獨酌二首 其二 我有紫霞想。 
799巻二十二 金陵江上遇蓬池隱者 時于落星石上 心愛名山游。 
800巻二十二 月夜聽盧子順彈琴 閑夜坐明月。 
801巻二十二 清溪半夜聞笛 羌笛梅花引。 
802巻二十二 日夕山中忽然有懷 久臥青山云。 
803巻二十二 夏日山中 懶搖白羽扇。 
804巻二十二 00山中與幽人對酌 兩人對酌山花開
805巻二十二 春日醉起言志 處世若大夢。 
806巻二十二 廬山東林寺夜懷 我尋青蓮宇。 
807巻二十二 尋雍尊師隱居 群峭碧摩天。 
808巻二十二 與史郎中欽聽黃鶴樓上吹笛 一為遷客去長沙
809巻二十二 00對酒 勸君莫拒杯。 
810巻二十二 醉題王漢陽廳 我似鷓鴣鳥。 
811巻二十二 嘲王歷陽不肯飲酒 地白風色寒。 
812巻二十二 00獨坐敬亭山 眾鳥高飛盡。 
813巻二十二 済 自遣 對酒不覺暝。 
814巻二十二 訪戴天山道士不遇 犬吠水聲中。 
815巻二十二 秋日與張少府楚城韋公藏書高齋作 日下空庭暮。 
  懐思  
816巻二十二 秋夜獨坐懷故山 小隱慕安石。 
817巻二十二 憶崔郎中宗之游南陽遺吾孔子琴撫之潸然感舊 昔在南陽城。 
818巻二十二憶東山二首 其一 不向東山久。 
819巻二十二憶東山二首 其二 我今攜謝妓。 
820巻二十二 望月有懷 清泉映疏松。 
821巻二十二對酒憶賀監二首 并序 〔太子賓客賀公。于長安紫極宮一見余。呼余為謫 仙人。因解金龜換酒為樂。歿后對酒。悵然有懷 而作是詩。〕其一 四明有狂客。 
822巻二十二對酒憶賀監二首 并序 其二 狂客歸四明。 
823巻二十二 重憶一首 欲向江東去。 
824巻二十二 春滯沅湘有懷山中 沅湘春色還。 
825巻二十二 落日憶山中 雨後煙景綠。 
826巻二十二 憶秋浦桃花舊游時竄夜郎 桃花春水生。 
李白図102
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