漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

李白集校注〔二〕 卷二十三 古近體詩四十七首

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

747-015對酒憶賀監二首并序(卷二三(二)一三六二)漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog10107

747-015對酒憶賀監二首并序(卷二三(二)一三六二)

 

 

2018216

の紀頌之"6"つの校注Blog

對酒憶賀監二首并序

嘲鼾睡,二首之二#2

獨坐二首其一

臨江仙三首其二

#2 雜詩五首其三

字解集】41.寄子安42.送別 外–A

李白詩

韓愈詩

杜甫詩

花間集

玉臺新詠

古代史女性論

 

 

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10年のBLOGの集大成

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

747-015對酒憶賀監二首并序(卷二三(二)一三六二)漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog10107

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746-【字解集】21.魯東門觀刈蒲 22.魯郡堯祠送五之琅琊 23.魯郡堯祠送張十四遊西北Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9884

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

807年-07元和二年40歳《嘲鼾睡,二首之二#2》〔〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10114

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807年-05元和二年40歳《【字解集】》〔酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄・記夢〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10066

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-214 耳聾(卷二○(四)一七八四)注(1232)生年鶡冠子 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10074

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

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花間集 訳注解説 (373)回目顧巻七32臨江仙三首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10103 (02/15)

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花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

巻三-37-#2 雜詩五首其三代孟冬寒気至〔劉 鑠〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10076

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巻三-29 【字解集】雜詩三首其一~其三  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10077

●薛濤の全詩

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●魚玄機全詩

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Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

九、集-09【字解集】 41.寄子安 42.送別 43.迎李近仁員外 44.送別 45.左名場自澤州至京,使人傳語 46.和人次韻 47.折楊柳   魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ10098 –A

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747-015對酒憶賀監二首并序(卷二三(二)一三六二)漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog10107

(賀知章は風流な人であった、その賀知章の死後、ある時、李白は、酒を傾けるにつけて賀知章と過ごした日々を思い浮かべ、その感慨をこの詩に詠った)

老子を祀る玄元廟(げんげんびょう)に宿をとっていただき、秘書監の賀知章とあう、長安紫極宮で私を一目見るや呼ばれたのが「謫仙人」と号された。
ここにかかる金子を金細工の亀によって賄われた、亡くなられた後酒に向かう、恨み嘆き、思い出すことがあり、このを作る、


 

 

 

李白 訳注解説 747年《淮南・廣陵・越方面》

 

 

對酒憶賀監二首并序

太子客賀公。於長安紫極一見余。呼余爲謫仙人。因解金龜酒爲樂。殁后酒,悵然有懐而作是詩。

本事詩李太白初自蜀至京師舍於逆旅賀知/章聞其名首訪之既竒其姿復請所爲文出蜀 道難以示之讀未竟稱嘆者数四號爲謫仙解金龜/酒與傾盡醉期不間日由是聲譽光赫金龜葢是 所佩雜玩之類非武后朝内外官所佩之金龜也楊/升菴因杜詩有金魚酒之句偶爾相似遂謂白弱 冠遇賀知章在中宗朝未改武后之制云云考武后/天授元年九月改内外官所佩魚爲龜中宗神龍元 年二月詔文武官五品以上依舊式佩魚袋當是時/太白年未滿十齡何能與知章相遇於長安又知章 自開元以前官不過太常博士品居從七/於例亦未得佩魚楊氏之説殆未之考也。

 

對酒憶賀監二首其一

四明有狂客,風流賀季真。長安一相見,呼我謫仙人。

昔好杯中物,翻為松下塵。金龜換酒處,卻憶淚沾巾。

 

對酒憶賀監二首其二

狂客歸四明,山陰道士迎。敕賜鏡湖水,為君台沼榮。

人亡餘故宅,空有荷花生。念此杳如夢,淒然傷我情。

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746-020卷一八二 魯中都東樓醉起作(卷二三(二)一三二九)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9797

746-020卷一八二 魯中都東樓醉起作(卷二三(二)一三二九)

 

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魯中都東樓醉起作

元和聖德詩 #-16

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746年【字解集】  14.答從弟幼成過西園見贈  15.酬中都小吏攜斗酒雙魚於逆旅見贈  16.張卿夜宿南陵見贈  17.經下邳圮橋懷張子房 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9728

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

807年元和二年40歳 - 巻一 01元和聖德詩 #-16 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9798

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806年-集23- 韓昌黎集【字解集】送許郢州序 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9491

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

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767年-195 郎司法(卷二○(四)一七六一)注(1206) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9559

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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花間集 訳注解説 (332)回目顧巻六49玉樓春四首其二 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9793 (12/26)

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花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

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・玉臺新詠

巻三 【字解集】 19.合歡詩五首 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9738

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巻三 【字解集】 14.爲顧彦先贈婦往反四首  18.雜詩一首 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9641

●薛濤の全詩

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九、017卷804_17 《和友人次韻》 魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9774

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746-020卷一八二 魯中都東樓醉起作(卷二三(二)一三二九)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9797

(魯の中都縣にある東樓において、醉いを沽い、やがて、帰宅し、酔いが醒めてから作った詩である。)

昨日、東樓に上って酔いつぶれたが、その時は、山簡のごとく接羅の帽子を逆さまにかぶっていたことであろう。

それから誰かが介抱してくれ、馬に乗せてくれたかどうかわからないばかりか、東樓からどうやって下ったのか、その時のことは一切覚えていないというのも、山簡と同じようなことである。

 

746-019 

魯中都東樓醉起作(卷二三(二)一三二九)

全唐詩卷一八二 -04

李白集校注卷二三(二)一三二九

李太白集巻二二04

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9797

 

魯中送二從弟赴舉之西京

〈一作「送族弟鍠」〉

魯客向西笑,君門若夢中。霜凋逐臣髮,日憶明光宮。

復羨二龍去,才華冠世雄。平衢騁高足,逸翰凌長風。

舞袖拂秋月,歌筵聞蚤鴻。送君日千里,良會何由同。

 

卷一八二 魯中都東樓醉起作(卷二三(二)一三二九)            昨日東樓醉,還應     五言絶句

182-4 魯中都東樓醉起作

魯中都東樓醉起作

昨日東樓醉,還應倒接阿誰扶上馬,不省下樓時。 

卷一八三 魯東門觀刈蒲(卷二四(二)一四一七) 魯國寒事早,初霜     古詩十句

卷一七五 魯郡堯祠送五之琅琊(卷十六(二)九八五)        堯沒三千,青松     五言律詩

卷一七六   魯郡堯祠送張十四遊西北(卷十七(二)一○○一)猛虎伏尺草                   古詩十句

卷一七六   魯郡堯祠送竇明府薄華還西京(卷十六(二)九八五)朝策犁眉騧               雑言古詩8分割

卷一七九 攜妓登梁王棲霞山孟氏桃園中(卷二十(二)一一六一)碧草已滿地         雑言古詩2分割

卷一七一 贈從弟冽(卷十二(一)七九九)             楚人不識鳳,重價                        五言古詩 4分割


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744年-055卷182_50 2 憶東山二首其二(卷二三(二)頁一三六二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8201

182_50 2 憶東山二首其二(卷二三(二)頁一三六二)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-055卷182_50 2 憶東山二首其二(卷二三(二)頁一三六二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8201

 

 

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744年-集07字解集 a相逢行-b陌上贈美人-c古風其八-d秋夜獨坐懷-e怨歌行-f望終南山寄紫閣隱者Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8159

 

 

孟浩然

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曹植詩65

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-30 全唐詩339_ 2 #1鄭群贈簟【案:群嘗以侍御史佐裴均江陵,愈陽山移江陵法曹,與群同僚。】-#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8202

 

 

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806年-集06- 送許郢州序・寒食日出游 【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8160

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

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index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

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index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-74#1 阻雨不得歸瀼西甘林#1 杜詩詳注(卷一九(四)一六五九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8215

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a灩澦・ b七月一日題終明府水樓・c行官張望補稻畦水歸 字解集 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8173

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻二-42 (107)回目韋莊二十二首 -1542 應天長二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8204 (02/19)

 

 

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105)回目 浣溪沙五首 /菩薩鬘五首 /  歸國遥三首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8192 (02/17)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-040 定情詩一首-#3〈〔繁  欽〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8205

 

 

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玉集-08 室恩一首・情詩一首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8187

 

 

●薛濤の全詩

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●魚玄機全詩

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744-055182_50 2 憶東山二首其二(卷二三(二)頁一三六二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8201

(長安に居て、過ぎし日、會稽の東山を過ぎ、謝安の宅址を弔い、思って作ったものである。)その二

私は今謝安が東山で芸妓とともに過ごしことと同じように、妓女を携えて、この宅址を訪れた、長嘯して浮世の人たちをまったく藐視していたものであった。そこで、東山の客としていたひとびとに報じたいと思っているもので、時期が来れば門を開き、白雲を拂って、神仙の場として奇麗にし、其処に参ろうとするので待っていてもらいたいものである。

744-055 -

憶東山、二首其二(卷二三(二)頁一三六二) -

全唐詩卷182_50 2

李白集校注二(卷二三(二)頁一

李太白集巻二二39

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8201

 


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744年-054卷182_50 1 憶東山二首其一(卷二三(二)頁一三六一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8195

182_50 1 憶東山二首其一(卷二三(二)頁一三六一)

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017218

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-054卷182_50 1 憶東山二首其一(卷二三(二)頁一三六一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8195

 

 

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744年-集07字解集 a相逢行-b陌上贈美人-c古風其八-d秋夜獨坐懷-e怨歌行-f望終南山寄紫閣隱者Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8159

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-29 全唐詩338_26 #6憶昨行和張十一 -#6 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8196

 

 

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806年-集06- 送許郢州序・寒食日出游 【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8160

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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767年-74#5 秋行官張望督促東渚耗(一作刈)稻向畢清晨遣女奴阿稽豎子阿段往問#5 杜詩詳注(卷一九(四)一六五五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8203

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a灩澦・ b七月一日題終明府水樓・c行官張望補稻畦水歸 字解集 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8173

 

 

 

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花間集 訳注解説 巻二-41 (106)回目韋莊二十二首 -1441 應天長二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8198 (02/18)

 

 

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105)回目 浣溪沙五首 /菩薩鬘五首 /  歸國遥三首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8192 (02/17)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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玉-040 定情詩一首-#2〈〔繁欽〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8199

 

 

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玉集-08 室恩一首・情詩一首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8187

 

 

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744年-046-#1卷182_48 秋夜獨坐懷故山(卷二三(二)一三五七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8117

182_48 秋夜獨坐懷故山(卷二三(二)一三五七)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

201727

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-046-#1卷182_48 秋夜獨坐懷故山(卷二三(二)一三五七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8117

 

 

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744年-集06 【字解集】 送族弟綰・送程劉二侍御・前有樽酒行・春日行Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8099

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-28 全唐詩338_25 #2寒食日出游 -#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8130

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-70 灩澦 杜詩詳注(卷一九(四)一六五○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8137

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山・c季夏送弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (95)回目韋莊二十二首-4《巻二31 浣溪沙五首其四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8132 (02/07)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

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玉集-06 同聾歌・贈婦詩三首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8085

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

 

 

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744-046-#1182_48 秋夜獨坐懷故山(卷二三(二)一三五七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8117

(秋夜斎中に獨坐し、故郷を懐うで作った詩。)

われは林薮に隠れる小隠者の身ながら、古しえの謝安石を慕い、又平生、遠游を事として秦の張儀の謀略を見抜き踊らされようとする懐王を必死で諫めたが受け入れられなかった屈原【あるいは、高士である向子平】を学び、浮世と隔絶して、自ら打澄まして居た。然るに、天子より詔書を下して、江海の間を尋ね廻られたということで、今まで白雲に臥して居た此身を起して、長安に上京し、天子の寵遇を受くることになったのである。朝廷に入っては西王母の瑤池の宴である興慶宮の宴に侍坐し、出でては天子の玉輦の行くままに陪従し、晨夕、御側を離れなかったのである。また、胡である異民族の者たちに誇るため、新たに賦を作って昇平の盛を叙し、天子の狩猟に耽らせられるを諫めて、短書を草して、上疏したことがある。私はただ、至尊の眷顧に答えんとしたままででなにも、ことさらに、功名をたてて、歴史上不朽の名を迎えようというような考えはない。

 

 

744-046-#1 -#1

秋夜獨坐懷故山(卷二三(二)一三五七) -#1

全唐詩卷182_48#1

李白集校注山(卷二三(二)一三#1

李太白集巻24-046#1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8129

 

 
大明宮正面 003李白集校注タイトル太白山00 

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743年(87)李太白集886巻二十三61詠桂  406Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(87) Ⅰ李白詩1771 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7395

李白  詠桂(詠槿二首之一)

世人種桃李,皆在金張門。攀折爭捷徑,及此春風暄。

一朝天霜下,榮耀難久存。安知南山桂,綠葉垂芳根。

清陰亦可託,何惜樹君園。

(「桜梅桃李」というように、桃李だけが出世となるものではない、終南山の桂の花も緑葉鬱として芳根に垂れ、決して枯れることが無い、このような人物に身を託したいものである。)

世人は桃李を愛好し、多くは、漢の金氏と張氏をならって、之を門に種えて、近のヨスガとするものである。その上、これを攀折せんがために、手っ取り早い方法、近みちを争い、春風の暖かなるころには、その伝手を頼り、その宴に赴き、ときに手もみして笑いどよめくのである。桃李は、かくの如く、世に持て囃されるが、実は小人仕進の道具に使われているので、一朝にして、天から霜が下れば、さしもの栄耀栄華も、久しく存することはできない。これに反して、南山の桂花は、緑葉鬱として芳根に垂れ、決して枯れることが無い。この桂花の清陰にして、やはり、こうしたものに身を託してゆくべきで、決して、君の園に種うることを惜まない。つまり、託すべきは、何も桃李に限ったわけではなく、唯だその託し方が異なって居るのである。

李太白集 巻二三61

詠  桂(詠槿二首之二)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7395

Index-23

743年天寶二年43歳 

94-87

406 <1000

 

 
  2016年2月26日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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743年(87)李太白集886巻二十三61詠桂  406Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(87) Ⅰ李白詩1771 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7395  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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韓愈137-#1《 巻01-21秋懷詩,十一首之八 (卷卷落地葉,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(9)#1<1684> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7396  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-24 #1杜少陵集 《19-38 狄明府【寄狄明府博濟】-#1》 杜甫詩index-15-1150 <1600> 767年大暦2年56歲-24 #1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7397  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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年:743年天寶二年43歳 94-86) 

卷別:    卷一八三              文體:    五言古詩

詩題:    詠槿(詠槿二首之一)

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:             

交遊人物/地點:  

詩文:

 

 

詠槿(詠槿二首之一)

(後宮に春が訪れるとそれぞれの宮殿の剡中の花が咲き乱れる、しかしその嬋娟たる容貌も、散ゆく花も瞬時の間で、まことに痛ましいと述べる)

園花笑芳年,池草豔春色。

園中の花は、芳年に吹き掛で、地邊の草は、春.色を艶にしている。

猶不如槿花,嬋娟玉階側。

各おのその色を競ってはいるが、槿花が玉階の側に立っているけれども、そこに、嬋娟たる美しい妃嬪たちには及ぶものではない。

芬榮何夭促,零落在瞬息。

しかし、折角の芬芳栄華は、何が故に、かくの如く短命にして相促すのであろうか。それに、零落ということも、瞬息の間で、まことに傷ましきことの限りというべきことである。

豈若瓊樹枝,終長翕赩。

玉のようにきれいな瓊樹の枝が、終歳茂鬱せるのとは、到底くらべ物にも成らない。

 

(詠槿(詠槿二首之一))

園花 芳年に笑い,池草は春色を豔にす。

猶お槿花の如くなく,玉階の側に嬋娟たり。

芬榮 何ぞ夭促す,零落 瞬息に在り。

豈に若かんや 瓊樹の枝,終 長えに 翕赩たるに

 

年:743年天寶二年43歳 94-87

卷別:    卷一八三              文體:    五言古詩

詩題:    詠桂(詠槿二首之二)

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:             

交遊人物/地點:  

詩文:

 

詠桂(詠槿二首之二)

(「桜梅桃李」というように、桃李だけが出世となるものではない、終南山の桂の花も緑葉鬱として芳根に垂れ、決して枯れることが無い、このような人物に身を託したいものである。)

世人種桃李,皆在金張門。

世人は桃李を愛好し、多くは、漢の金氏と張氏をならって、之を門に種えて、近のヨスガとするものである。

攀折爭捷徑,及此春風暄。

その上、これを攀折せんがために、手っ取り早い方法、近みちを争い、春風の暖かなるころには、その伝手を頼り、その宴に赴き、ときに手もみして笑いどよめくのである。

一朝天霜下,榮耀難久存。

桃李は、かくの如く、世に持て囃されるが、実は小人仕進の道具に使われているので、一朝にして、天から霜が下れば、さしもの栄耀栄華も、久しく存することはできない。

安知南山桂,綠葉垂芳根。

これに反して、南山の桂花は、緑葉鬱として芳根に垂れ、決して枯れることが無い。

清陰亦可託,何惜樹君園。

この桂花の清陰にして、やはり、こうしたものに身を託してゆくべきで、決して、君の園に種うることを惜まない。つまり、託すべきは、何も桃李に限ったわけではなく、唯だその託し方が異なって居るのである。

詠桂(詠槿二首の二)

世人、桃李を種う、皆金張の門に在り。

攀折して捷径を爭ひ、この春風の喧なるに及ぶ。

一朝、天霜下れば、榮耀久しく存し難し。

安んぞ知らむ、南山の桂、綠葉、芳根を垂るるを。

清陰、亦た託すべし、何ぞ君の園に樹うるを惜まむや。

 

漢文委員会紀頌之タイトル 

『詠桂』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

詠桂(詠槿二首之二)

世人種桃李,皆在金張門。

攀折爭捷徑,及此春風暄。

一朝天霜下,榮耀難久存。

安知南山桂,綠葉垂芳根。

清陰亦可託,何惜樹君園。

(下し文)
詠桂(詠槿二首の二)

世人、桃李を種う、皆金張の門に在り。

攀折して捷径を爭ひ、この春風の喧なるに及ぶ。

一朝、天霜下れば、榮耀久しく存し難し。

安んぞ知らむ、南山の桂、綠葉、芳根を垂るるを。

清陰、亦た託すべし、何ぞ君の園に樹うるを惜まむや。


(現代語訳)
詠桂(詠槿二首之二)(「桜梅桃李」というように、桃李だけが出世となるものではない、終南山の桂の花も緑葉鬱として芳根に垂れ、決して枯れることが無い、このような人物に身を託したいものである。)

世人は桃李を愛好し、多くは、漢の金氏と張氏をならって、之を門に種えて、近のヨスガとするものである。

その上、これを攀折せんがために、手っ取り早い方法、近みちを争い、春風の暖かなるころには、その伝手を頼り、その宴に赴き、ときに手もみして笑いどよめくのである。

桃李は、かくの如く、世に持て囃されるが、実は小人仕進の道具に使われているので、一朝にして、天から霜が下れば、さしもの栄耀栄華も、久しく存することはできない。

これに反して、南山の桂花は、緑葉鬱として芳根に垂れ、決して枯れることが無い。

この桂花の清陰にして、やはり、こうしたものに身を託してゆくべきで、決して、君の園に種うることを惜まない。つまり、託すべきは、何も桃李に限ったわけではなく、唯だその託し方が異なって居るのである。


(訳注)

詠桂(詠槿二首之二)

(「桜梅桃李」というように、桃李だけが出世となるものではない、終南山の桂の花も緑葉鬱として芳根に垂れ、決して枯れることが無い、このような人物に身を託したいものである。)

9 【解説】前六句に於て、桃李を一邊に排除し、後四句に於で、桂花を掲出したので、乾隆御批に「喩に託し、以て情を達す雖も、亦た私を植うるものをして、通身汗下らしむ、世道に関すること浅からず。」とある。

 

世人種桃李,皆在金張門。

世人は桃李を愛好し、多くは、漢の金氏と張氏をならって、之を門に種えて、近のヨスガとするものである。

10 桃李 司馬遷の『史記』に書かれた言葉「桃李不言下自成蹊」(桃や李は物を言わないが、その下にはおのずと小道が出来る。)及び、中国の故事「桜梅桃李」(桜は桜の、梅は梅の、桃は桃の、李は李の特徴を改めることなく、生かしていく。)とある。

11 金張門 後漢書蓋寛 「上無許史之属下 無金張之託職」とあり、顔師古の註に「許氏と史氏は外属の恩あり、金氏と張氏は自ら託して近狎にあるなり」とみえる。朝廷内に派閥、門閥を作り、出世の道を模索すること。

 

攀折爭捷徑,及此春風暄。

その上、これを攀折せんがために、手っ取り早い方法、近みちを争い、春風の暖かなるころには、その伝手を頼り、その宴に赴き、ときに手もみして笑いどよめくのである。

12 捷徑 ① 近道。早道。 「林中の-」 手っ取り早い方法。便宜的な方法。

 

一朝天霜下,榮耀難久存。

桃李は、かくの如く、世に持て囃されるが、実は小人仕進の道具に使われているので、一朝にして、天から霜が下れば、さしもの栄耀栄華も、久しく存することはできない。

13 榮耀 榮耀栄華。1 大いに栄えて、はぶりのよいこと。えよう。「栄耀におごる」「栄耀を図る」2 ぜいたくをすること。えよう。「栄耀の限りを尽くす」

14 難久存 いつまでも権勢は続くものではない。門下に入って、出世を託した、上司が、政的に貶められることで、一蓮托生とされる。

 

安知南山桂,綠葉垂芳根。

これに反して、南山の桂花は、緑葉鬱として芳根に垂れ、決して枯れることが無い。

15 南山桂 終南山の桂。

 

清陰亦可託,何惜樹君園。

この桂花の清陰にして、やはり、こうしたものに身を託してゆくべきで、決して、君の園に種うることを惜まない。つまり、託すべきは、何も桃李に限ったわけではなく、唯だその託し方が異なって居るのである。

 

 

 

 

詠槿(詠槿二首之一)

 

1 【解説】 前半は、槿花の婿娼たるを写し、後半は、その夭促を傷んだので、多少の諷意あるらしく見える。

2 槿 アオイ科の落葉低木。高さ約3メートル。葉はほぼ卵形で、縁に粗いぎざぎざがある。夏から秋にかけて、紅紫色の5弁花が朝開き、夕方にしぼみ、次々と咲き続ける。中国・インドの原産。庭木などにし、花が白色や八重咲きなどの品種もある。《詩經鄭風有女同車》「有女同車,顏如舜華,將將翔;佩玉瓊琚,彼美孟姜,洵美且都。 有女同行,顏如舜英,將將翔;佩玉將將,彼美孟姜,德音不忘。」 【詩義】. 鄭莊公葬其母武姜之祭悼詩。 【注釋】. 有:盛也,多也。 女:陪葬的俑人。 車:指墳墓。 舜:木槿。

3 笑 咲く。

4 池草豔春色 翰林院から直接は見えないが、大明宮には、神仙三山を泛べる大掖池がありその池の堤を言う。興慶宮には龍池があり、ほとりに、沈香亭、曲江には大池があった。謝靈運「初景革緒風,新陽改故陰。池塘生春草,園柳變鳴禽。」(初景【はつはる】は緒風を革【あらた】め、新陽は故き蔭【ふゆ】を改む。池の塘【つつみ】は春の草生じ、園の柳に鳴く禽【とり】も変りぬ。)初春の景色は去年の秋冬の名残の風を改めている、新しい日の光が照り、去年の冬の名残りの陰気はすっかり改まっている。池の堤防にびっしり春の草が生えている、庭園の柳の梢に鳴いている小鳥たちも冬のものと違って聞こえてくる。

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5 嬋娟 後宮に侍る妃嬪の美好の貌。《巻二10-飛龍引,二首之一》「古人傳道留其間,後宮嬋娟多花顏。」そして、また、古来伝うるところでは、どこかに行ったのではなく其処にとどまっていたのであり、だから、黃帝の後宮に居た嬋娟たる美人は、鸞に乗り、煙を飛ばし、やはり黃帝に従って上天し、これも二度とは還らないのである。

6 夭促yāo cù),1.夭折短命。夭折,短命。草木茂盛美:夭夭(a.茂盛而美,如“桃之夭夭”;b色和悦的子,如“夭夭如也”;c.灾)。 未成年的人死去:夭折。)

7 瓊樹枝 玉のようにきれいな樹木。仙境の樹木。王宮の宮殿の樹木。李白《江西送友人之羅浮》「如尋楚狂子、瓊樹有芳枝。」それで江南の楚の国が好きで君と同じように道教の仙人になっているであろう。玉のようにきれいな樹木、仙境の樹木や王宮の宮殿の樹木、きれいな女性と一緒にいることだろう。

8 翕赩 充分に茂鬱せる樣子。《文選.嵇康.琴賦》:「珍怪琅玕,瑤瑾翕赩。」

 

 長安付近図00

 


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743年(86)李太白集885巻二十三61詠槿  405Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(86) Ⅰ李白詩1770 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7390

李白  詠槿(詠槿二首之一)

園花笑芳年,池草豔春色。猶不如槿花,嬋娟玉階側。

芬榮何夭促,零落在瞬息。豈若瓊樹枝,終長翕
(後宮に春が訪れるとそれぞれの宮殿の剡中の花が咲き乱れる、しかしその嬋娟たる容貌も、散ゆく花も瞬時の間で、まことに痛ましいと述べる)

園中の花は、芳年に吹き掛で、地邊の草は、春.色を艶にしている。各おのその色を競ってはいるが、槿花が玉階の側に立っているけれども、そこに、嬋娟たる美しい妃嬪たちには及ぶものではない。しかし、折角の芬芳栄華は、何が故に、かくの如く短命にして相促すのであろうか。それに、零落ということも、瞬息の間で、まことに傷ましきことの限りというべきことである。玉のようにきれいな瓊樹の枝が、終歳茂鬱せるのとは、到底くらべ物にも成らない。

李太白集 巻二三61

詠  槿(詠槿二首之一)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7390

Index-23

743年天寶二年43歳 

94-86

406 <1000

 

 
  2016年2月25日 の紀頌之5つのBlog  
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年:743年天寶二年43歳 94-86) 

卷別:    卷一八三              文體:    五言古詩

詩題:    詠槿(詠槿二首之一)

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:             

交遊人物/地點:  

詩文:

 

 

詠槿(詠槿二首之一)

(後宮に春が訪れるとそれぞれの宮殿の剡中の花が咲き乱れる、しかしその嬋娟たる容貌も、散ゆく花も瞬時の間で、まことに痛ましいと述べる)

園花笑芳年,池草豔春色。

園中の花は、芳年に吹き掛で、地邊の草は、春.色を艶にしている。

猶不如槿花,嬋娟玉階側。

各おのその色を競ってはいるが、槿花が玉階の側に立っているけれども、そこに、嬋娟たる美しい妃嬪たちには及ぶものではない。

芬榮何夭促,零落在瞬息。

しかし、折角の芬芳栄華は、何が故に、かくの如く短命にして相促すのであろうか。それに、零落ということも、瞬息の間で、まことに傷ましきことの限りというべきことである。

豈若瓊樹枝,終長翕赩。

玉のようにきれいな瓊樹の枝が、終歳茂鬱せるのとは、到底くらべ物にも成らない。

 

(詠槿(詠槿二首之一))

園花 芳年に笑い,池草は春色を豔にす。

猶お槿花の如くなく,玉階の側に嬋娟たり。

芬榮 何ぞ夭促す,零落 瞬息に在り。

豈に若かんや 瓊樹の枝,終 長えに 翕赩たるに

 

『詠槿』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

詠槿(詠槿二首之一)

園花笑芳年,池草豔春色。

猶不如槿花,嬋娟玉階側。

芬榮何夭促,零落在瞬息。

豈若瓊樹枝,終長翕

(下し文)
(詠槿(詠槿二首之一))

園花 芳年に笑い,池草は春色を豔にす。

猶お槿花の如くなく,玉階の側に嬋娟たり。

芬榮 何ぞ夭促す,零落 瞬息に在り。

豈に若かんや 瓊樹の枝,終 長えに 翕赩たるに

(現代語訳)
詠槿(詠槿二首之一)(後宮に春が訪れるとそれぞれの宮殿の剡中の花が咲き乱れる、しかしその嬋娟たる容貌も、散ゆく花も瞬時の間で、まことに痛ましいと述べる)

園中の花は、芳年に吹き掛で、地邊の草は、春.色を艶にしている。

各おのその色を競ってはいるが、槿花が玉階の側に立っているけれども、そこに、嬋娟たる美しい妃嬪たちには及ぶものではない。

しかし、折角の芬芳栄華は、何が故に、かくの如く短命にして相促すのであろうか。それに、零落ということも、瞬息の間で、まことに傷ましきことの限りというべきことである。

玉のようにきれいな瓊樹の枝が、終歳茂鬱せるのとは、到底くらべ物にも成らない。


(訳注)

詠槿(詠槿二首之一)

(後宮に春が訪れるとそれぞれの宮殿の剡中の花が咲き乱れる、しかしその嬋娟たる容貌も、散ゆく花も瞬時の間で、まことに痛ましいと述べる)

1 【解説】 前半は、槿花の婿娼たるを写し、後半は、その夭促を傷んだので、多少の諷意あるらしく見える。

2 槿 アオイ科の落葉低木。高さ約3メートル。葉はほぼ卵形で、縁に粗いぎざぎざがある。夏から秋にかけて、紅紫色の5弁花が朝開き、夕方にしぼみ、次々と咲き続ける。中国・インドの原産。庭木などにし、花が白色や八重咲きなどの品種もある。《詩經鄭風有女同車》「有女同車,顏如舜華,將將翔;佩玉瓊琚,彼美孟姜,洵美且都。 有女同行,顏如舜英,將將翔;佩玉將將,彼美孟姜,德音不忘。」 【詩義】. 鄭莊公葬其母武姜之祭悼詩。 【注釋】. 有:盛也,多也。 女:陪葬的俑人。 車:指墳墓。 舜:木槿。

 

園花笑芳年,池草豔春色。

園中の花は、芳年に吹き掛で、地邊の草は、春.色を艶にしている。

3 笑 咲く。

4 池草豔春色 翰林院から直接は見えないが、大明宮には、神仙三山を泛べる大掖池がありその池の堤を言う。興慶宮には龍池があり、ほとりに、沈香亭、曲江には大池があった。謝靈運「初景革緒風,新陽改故陰。池塘生春草,園柳變鳴禽。」(初景【はつはる】は緒風を革【あらた】め、新陽は故き蔭【ふゆ】を改む。池の塘【つつみ】は春の草生じ、園の柳に鳴く禽【とり】も変りぬ。)初春の景色は去年の秋冬の名残の風を改めている、新しい日の光が照り、去年の冬の名残りの陰気はすっかり改まっている。池の堤防にびっしり春の草が生えている、庭園の柳の梢に鳴いている小鳥たちも冬のものと違って聞こえてくる。

登池上樓 #2 謝靈運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005

 

猶不如槿花,嬋娟玉階側。

各おのその色を競ってはいるが、槿花が玉階の側に立っているけれども、そこに、嬋娟たる美しい妃嬪たちには及ぶものではない。

5 嬋娟 後宮に侍る妃嬪の美好の貌。《巻二10-飛龍引,二首之一》「古人傳道留其間,後宮嬋娟多花顏。」そして、また、古来伝うるところでは、どこかに行ったのではなく其処にとどまっていたのであり、だから、黃帝の後宮に居た嬋娟たる美人は、鸞に乗り、煙を飛ばし、やはり黃帝に従って上天し、これも二度とは還らないのである。

 

芬榮何夭促,零落在瞬息。

しかし、折角の芬芳栄華は、何が故に、かくの如く短命にして相促すのであろうか。それに、零落ということも、瞬息の間で、まことに傷ましきことの限りというべきことである。

6 夭促yāo cù),1.夭折短命。夭折,短命。草木茂盛美:夭夭(a.茂盛而美,如“桃之夭夭”;b色和悦的子,如“夭夭如也”;c.灾)。 未成年的人死去:夭折。)

 

豈若瓊樹枝,終長翕赩。

玉のようにきれいな瓊樹の枝が、終歳茂鬱せるのとは、到底くらべ物にも成らない。

7 瓊樹枝 玉のようにきれいな樹木。仙境の樹木。王宮の宮殿の樹木。李白《江西送友人之羅浮》「如尋楚狂子、瓊樹有芳枝。」それで江南の楚の国が好きで君と同じように道教の仙人になっているであろう。玉のようにきれいな樹木、仙境の樹木や王宮の宮殿の樹木、きれいな女性と一緒にいることだろう。

8 翕赩 充分に茂鬱せる樣子。《文選.嵇康.琴賦》:「珍怪琅玕,瑤瑾翕赩。」

 

 

翰林讀書言懷呈集賢諸學士【字解】  

 

翰林讀書言懷呈集賢諸學士 

晨趨紫禁中,夕待金門詔。觀書散遺帙,探古窮至妙。

片言苟會心,掩卷忽而笑。青蠅易相點,白雪難同調。本是疏散人,屢貽褊促誚。雲天屬清朗,林壑憶遊眺。

或時清風來,閒倚欄下嘯。嚴光桐廬溪,謝客臨海嶠。

功成謝人間,從此一投釣。

(翰林院に待詔であったときに、院中において書を読み、因って、その感慨を抒べて、集賢院諸学士に呈上したもの)

1【解説】 起首六句は、翰林に於て書を読みしこと、「青蠅易相點,白雪難同調。本是疏散人,屢貽褊促誚。」四句は、兎角に小人から譏られること、「雲天屬清朗,林壑憶遊眺。

或時清風來,閒倚欄下嘯。」の四句は、秋時の光景、「嚴光桐廬溪,謝客臨海嶠。功成謝人間,從此一投釣。」の四句は、功成りし後、この世を辞したいという希望を述べたのである。蕭士贇は「これ太白心を寫すの作、これを観れば、前の效古の二首は概ね見るべし」とある。

翰林讀書言懷呈集賢諸學士(1)2 翰林/集賢/學士 唐書百官志開元十三年改麗正修書院為集賢殿書院五品以上為學士六品以下為直學士宰相一人為學士知院事常侍一人為副知院事又置判院一人押院中使一人𤣥宗常選耆儒、日一人侍讀、以質史籍疑義。至是、置集賢院侍讀學士、侍講直學士、其後、又增置修撰官、校理官、待制官、留院官、知校討官。

文學直之員、又云學士之職、本以文學言語被顧問、出入侍從、因得參謀議、納諫諍、其禮、尤寵、而、翰林院者待詔之所也。唐制、乗輿所在、必有文詞經學之士、下、至卜醫伎術之流、皆直於院、以備宴見、而、文書詔令則中書舍人掌之。自太宗時、名儒學士、時時召以草制。然、猶未有名號、乾封以後、始號北門學士。

𤣥宗初置翰林待詔以張陸堅張九齡等為之掌四方表疏批答應和文章。既而、又以中書務劇、文書多壅滯、乃選文學之士、號翰林供奉、與集賢院學士分掌制詔書勅。

開元二十六年、又改翰林供奉為學士、置學士院、專掌内命。凢拜免將相、號令征伐、皆用白麻。其後、選用益重而禮遇益親、至號為内相。又以為天子私人、凡充其職者、無定員、自諸曹尚書、下、至校書郎、皆得預選。

(「開元十三年、麗正修書院を改めて集賢殿書院と為し、五品以上を學と為し、士六品以下を直學士と為し、宰相一人を、學士知院事と為し、常侍一人を副知院事と為し、又 判院一人、押院中使一人を置く。𤣥宗 常に耆儒を選び、日に一人侍讀とし、以て史籍の疑義を質す。是に至りて、集賢院侍讀學士、侍講直學士を置き、其の後、又 修撰官、校理官、待制官、留院官、知校討官を增置す。

文學直の員、又 學士の職と云う、本と文學言語を以て顧問せらる、出入侍從、因って謀議に參し、諫諍を納るるを得、其ぼ禮、尤も寵、而して、翰林院は待詔の所なり。唐制、乗輿在るところ、必ず文詞經學の士有り、下、卜醫伎術の流に至って、皆 院にし、以て宴見に備う、而して、文書詔令は則ち中書舍人之を掌る。太宗の時より、名儒學士、時時召して以て制を草す。然れども、猶お未だ名號有らず、乾封以後、始めて北門學士と號す。

𤣥宗の初め、翰林待詔を置き、張、陸堅、張九齡等をて之を為し、四方の表疏批答應和の文章を掌る。既にして、又 中書務劇にして、文書壅滯多きを以て、乃ち文學の士を選び、翰林供奉と號し、與集賢院學士と制詔書勅とを分ち掌る。

開元二十六年、又 翰林供奉を改めて學士と為し、學士院を置く、專ら内命を掌る。凢そ將相を拜免する、征伐を號令す、皆白麻を用う。其の後、選用益ます重くして禮遇益ます親み、號して内相と為すに至る。又 以て天子の私人と為し、凡そ其の職を充る者は、定員無く、諸曹尚書より、下、校書郎に至るまで、皆 選に預るを得たり。」
3 翰林 宮廷学芸機関で、「ふで(翰)のはやし(林)の官庁」の意。唐の玄宗の開元年間(713741)に宮中に創置され、文人を出仕させたのに始まる。玄宗は文学,経学,書画,医薬などの専門家を宮中に出仕せしめてこれを待詔といい,その館を翰林院と称した。安史の乱後、天子の詔勅の執筆に携わったところから政治的発言権が強まり、長官の学士承旨は内相とよばれ、中・晩唐にかけて権力の一中心となり、李肇の『翰林志』以下の記録もつくられた。また院には書、画、音楽から囲碁などに及ぶ諸芸に秀でた人材を抱える伎術院を付設し、ここは宮廷文化センターの観を呈した。

4 集賢 唐代の官署。中書省に属し、典籍の編集・発行、散逸した図書の探索などを任務とした。

5 學士  中国で,翰林院の官。主に詔書の起草に当たった。唐・宋代には,ここから宰相となる者も多かった。翰林博士。翰林。 文章博士(もんじようはかせ)の唐名。翰林主人。翰林。

翰林讀書言懷呈集賢諸學士(2)6 紫禁 謝荘の宋孝武宣貴妃の註に收華紫宮とあって、李善の註に「王者の宮、以て紫微に象る、故に宮中をいうて紫禁と爲す」とあり、李延濟の註に「紫禁は即ち紫宮、天子の居るところなり」とある。

7 金門 大明宮の門の名、銀臺門の右銀臺門(金馬門)で、大明宮西壁三門の真ん中に位置し、入門して左に翰林院がある。《長安志、東内大明宮章》「西面右銀台門、侍省右藏庫、次北、翰林門翰林院學士院、又、東翰林院、北有少陽院、結鄰殿。翰林門北、曰、九仙門。」また、漢書東方朔傳に「金門に待詔して、稍や親近を得たり」とある。

8 散遺帙 遺れる帙を解いて、書冊を取り出すこと。書帙をうち開くこと。また讀書することをさす。 (ちつ)とは、和本を包んで保存する装具の一種。

謝靈運《酬従弟謝惠連 五首その(2)》「淩澗尋我室,散帙問所知。」(澗【たに】を淩ぎ 我が室を尋ね,散帙【さんちつ】知れる所を問える。) そうしたら、隠棲している谷を越えて私の庵を尋ねてくる。読書をしてわからないところを質問をしてくる。

9 窮至妙 至妙の玄理を研究する。

10 青蠅 くそばえ、あおばえ。白い布を汚し黑にし、黒い布を白にする。以て讒言人に比す。《詩經小雅甫田之什青蠅》. 毛詩序に「《青蠅》,大夫刺幽王也。」(青蠅は大夫 幽王を刺るなり。)「 營營青蠅,止於樊。豈弟君子,無信讒言。 營營青蠅,止于棘。讒人罔極,交亂四國。 營營青蠅,止于榛。讒人罔極,構我二人。」(營營たる青蠅は,樊に止る。豈弟の君子,讒言を信ずること無れ。營營たる青蠅は,棘に止る。讒人は罔極,交ごも四國を亂る。營營たる青蠅は,榛に止る。讒人は罔極,我が二人を構う。

10 白雪 琵琶の名曲『陽春白雪』は十大古代名曲の一つとされ、琵琶大曲の代表作であり,其の特長は是れの綜合文化曲であり、武術曲の表現手法とが調和される演奏風格をもっているものである。十大古代名曲を列挙すると《高山流水》、《廣陵散》、《平沙落雁》、《梅花三弄》、《十面埋伏》、《夕陽簫鼓》、《漁樵問答》、《胡笳十八拍》、《漢宮秋月》和《陽春白雪》となるが、《陽春白雪》のように、他の楽器、歌と合奏されるものは少ない。

宋玉《對楚王問》「客有歌於郢中者、其為『陽春 白雪』是其曲彌高,其和彌寡。(客に郢中に歌う者有り、其れ『陽春白雪』を為す、是れ其の曲 彌よ高ければ,其の和 彌よ寡し。)とあるに基づく。

11 李白は求めがあれば詩を献ずると同時に、普段は翰林院に出仕して古い書類を調べ、政事妙理を学び、すこしでも心にかなうことがあれば、快心の笑みをもらす。勅命があれば出師表や外交文書の草案を起草し、国政の一部に参画した。しかし、夏が過ぎるころになると、次第に同僚との折り合いが悪くなってきた。

 李白は役所では新参者で、役所の仕来たりや狎れ合いの部分に通じていない。

 加えて李白は、そうした人間関係の細かい部分に気配りをするような性格の持ち主ではない。翰林院で小役人的仕事をする気はなかったのである。

 矜持、自信からくる傲慢不遜な態度も目立ち、秋口には李白の耳にも自分に対する悪口が聞こえ、いやになってくる様子がこの詩からも読み取れます。謝靈運の詩を、それも、謝靈運が官を辞して、国許に歸、前後の詩を引用しているからである。

743年(85)李太白集856卷23-32翰林讀書言懷呈集賢諸學士#2 404-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(85) Ⅰ李白詩1769 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7385

李白  翰林讀書言懷呈集賢諸學士 #2

本是疏散人,屢貽褊促誚。雲天屬清朗,林壑憶遊眺。

或時清風來,閒倚欄下嘯。嚴光桐廬溪,謝客臨海嶠。

功成謝人間,從此一投釣。

われは、固より疏散の人であるにも拘わらず、君の眷顧を得たるに因って、偏屈な急性な厄介の人物だといふ譏を度度受けた。今しも、秋に入り、大空は晴れ渡ってのどかなものであり、南、終南山、林壑は、遠眺するに宜しくのぞむのである。あるいは、清風の吹ききたるとき、ひとり欄下に倚って嘯くと、心は物外に馳せて、この世の苦艱をも忘れる位である。後漢の、巌光は桐盧渓に隠れ釣り三昧であったし、謝靈運は臨海の山頂に登って眺望を恣にしたというので、その逸輿、憶うべしである。われも亦た功成りし後は、人間の事を辞し、これより去って、専心に釣を投じ、全く此世の事を忘れたいと思っているのである。

李太白集 巻二三18

翰林讀書言懷呈集賢諸學士

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7385

Index-23

743年天寶二年43歳 

94-85

404#2 <1000

 

 
  2016年2月24日 の紀頌之5つのBlog  
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  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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年:743年天寶二年43歳 94-85

卷別:  卷一八三         文體:        五言古詩

李太白集:巻二三18  

寫懐篇:寫とは、文字の通り、胸中の感懐を写し出したのである。

詩題:  翰林讀書言懷呈集賢諸學士【翰林讀書言懷呈集賢諸學士】

作地點:        目前尚無資料

及地點:        翰林院 (京畿道 京兆府 長安) 別名:翰林   

桐廬江 (江南東道 睦州 桐廬) 別名:桐廬溪         

交遊人物/地點:

 

 

翰林讀書言懷呈集賢諸學士  #1

(翰林院に待詔であったときに、院中において書を読み、因って、その感慨を抒べて、集賢院諸学士に呈上したもの)

晨趨紫禁中,夕待金門詔。

われは、朝に天子の寝殿のある居に参趨し、夕に右銀臺門、金馬門、翰林院に待詔となった。

觀書散遺帙,探古窮至妙。

翰林院中に於て、すぐにやったことは散乱している書を整理し、遺れる帙を解いて、書冊を取り出し、いにしえの事實を探って、至妙の玄理を研究した。

片言苟會心,掩卷忽而笑。

その間、片言隻辭でも、苟も、心に會するものあれば、巻を掩い、忽然として、独り微笑んで居た。

青蠅易相點,白雪難同調。

おもえば、青蝿は、美事な玉にも糞をしかけて之を汚し、白雪の曲は、高くして、なかなか之と調を同じゅうすることは出来ない。

#2

本是疏散人,屢貽褊促誚。

われは、固より疏散の人であるにも拘わらず、君の眷顧を得たるに因って、偏屈な急性な厄介の人物だといふ譏を度度受けた。

雲天屬清朗,林壑憶遊眺。

今しも、秋に入り、大空は晴れ渡ってのどかなものであり、南、終南山、林壑は、遠眺するに宜しくのぞむのである。

或時清風來,閒倚欄下嘯。

あるいは、清風の吹ききたるとき、ひとり欄下に倚って嘯くと、心は物外に馳せて、この世の苦艱をも忘れる位である。

嚴光桐廬溪,謝客臨海嶠。

後漢の、巌光は桐盧渓に隠れ釣り三昧であったし、謝靈運は臨海の山頂に登って眺望を恣にしたというので、その逸輿、憶うべしである。

功成謝人間,從此一投釣。

われも亦た功成りし後は、人間の事を辞し、これより去って、専心に釣を投じ、全く此世の事を忘れたいと思っているのである。

 

(翰林にて書を読みで懐を言い、集賢諸學士に呈す)

(翰林にて書を読みで懐を言ひ、集賢諸學士に呈す)#1

晨に紫禁の中を趨り,夕に金門の詔を待つ。

書を觀て遺帙を散じ,古を探って至妙を窮む。

片言 苟くも心に會すれば,卷を掩うて忽として笑う。

青蠅 相い點じ易く,白雪 同調し難し。

#2

本と是れ 疏散の人,屢ば 褊促の誚【そしり】を貽【のこ】す。

雲天 清朗に屬し,林壑 遊眺を憶う。

或時は 清風來り,閒には 欄下に倚りて嘯く。

嚴光は桐廬の溪に,謝客は臨海の嶠に。

功成りて 人間を謝し,此れ從り 一つに釣を投ぜん。

李白の足跡0000 

 

『翰林讀書言懷呈集賢諸學士』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

本是疏散人,屢貽褊促誚。

雲天屬清朗,林壑憶遊眺。

或時清風來,閒倚欄下嘯。

嚴光桐廬溪,謝客臨海嶠。

功成謝人間,從此一投釣。
詩文(含異文)

本是疏散人,屢貽褊促誚。雲天屬清朗,林壑憶遊眺。或時清風來,閒倚欄下嘯【閒倚簷下嘯】。嚴光桐廬溪,謝客臨海嶠。功成謝人間【功成謝人君】,從此一投釣
(下し文)
#2

本と是れ 疏散の人,屢ば 褊促の誚【そしり】を貽【のこ】す。

雲天 清朗に屬し,林壑 遊眺を憶う。

或時は 清風來り,閒には 欄下に倚りて嘯く。

嚴光は桐廬の溪に,謝客は臨海の嶠に。

功成りて 人間を謝し,此れ從り 一つに釣を投ぜん。

(現代語訳)
#2

われは、固より疏散の人であるにも拘わらず、君の眷顧を得たるに因って、偏屈な急性な厄介の人物だといふ譏を度度受けた。

今しも、秋に入り、大空は晴れ渡ってのどかなものであり、南、終南山、林壑は、遠眺するに宜しくのぞむのである。

あるいは、清風の吹ききたるとき、ひとり欄下に倚って嘯くと、心は物外に馳せて、この世の苦艱をも忘れる位である。

後漢の、巌光は桐盧渓に隠れ釣り三昧であったし、謝靈運は臨海の山頂に登って眺望を恣にしたというので、その逸輿、憶うべしである。

われも亦た功成りし後は、人間の事を辞し、これより去って、専心に釣を投じ、全く此世の事を忘れたいと思っているのである。


(訳注) #2

翰林讀書言懷呈集賢諸學士  #2

(翰林院に待詔であったときに、院中において書を読み、因って、その感慨を抒べて、集賢院諸学士に呈上したもの)

1【解説】 起首六句は、翰林に於て書を読みしこと、「青蠅易相點,白雪難同調。本是疏散人,屢貽褊促誚。」四句は、兎角に小人から譏られること、「雲天屬清朗,林壑憶遊眺。

或時清風來,閒倚欄下嘯。」の四句は、秋時の光景、「嚴光桐廬溪,謝客臨海嶠。功成謝人間,從此一投釣。」の四句は、功成りし後、この世を辞したいという希望を述べたのである。蕭士贇は「これ太白心を寫すの作、これを観れば、前の效古の二首は概ね見るべし」とある。

 

李白は求めがあれば詩を献ずると同時に、普段は翰林院に出仕して古い書類を調べ、政事妙理を学び、すこしでも心にかなうことがあれば、快心の笑みをもらす。勅命があれば出師表や外交文書の草案を起草し、国政の一部に参画した。しかし、夏が過ぎるころになると、次第に同僚との折り合いが悪くなってきた。

 李白は役所では新参者で、役所の仕来たりや狎れ合いの部分に通じていない。

 加えて李白は、そうした人間関係の細かい部分に気配りをするような性格の持ち主ではない。翰林院で小役人的仕事をする気はなかったのである。

 矜持、自信からくる傲慢不遜な態度も目立ち、秋口には李白の耳にも自分に対する悪口が聞こえ、いやになってくる様子がこの詩からも読み取れます。謝靈運の詩を、それも、謝靈運が官を辞して、国許に歸、前後の詩を引用しているからである。。

 

本是疏散人,屢貽褊促誚。

われは、固より疏散の人であるにも拘わらず、君の眷顧を得たるに因って、偏屈な急性な厄介の人物だといふ譏を度度受けた。

疏散 (集中している人・物資を)幾つかに分ける,分散させる,疎開させる.放縦である,だらしがない.挙止が放縦である.(文章が)型にとらわれない.

褊促誚 偏屈な急性な厄介の人物というそしり。《莊子齊物論》:大知閑閑, 小知閒閒” 成玄英疏:閒閒, 分別也……小知狹劣之人, 性靈褊促, 有取有捨, 故閒隔而分別。”

 

雲天屬清朗,林壑憶遊眺。

今しも、秋に入り、大空は晴れ渡ってのどかなものであり、南、終南山、林壑は、遠眺するに宜しくのぞむのである。

晴朗 空が晴れ渡ってのどかなさま。

遊眺 謝靈運が思ったように、遠い故郷をおもって、ぼんやりとながめるということ。

謝靈運. 《七里瀬》「羈心積秋晨,晨積展遊眺。 孤客傷逝湍,徒旅苦奔峭」(羈心【きしん】は秋晨【しゅうしん】に積り、晨に積りて遊眺【ゆうちょう】を展ばさんとす。孤客は逝湍【せいたん】を傷み、徒旅は奔峭【ほんしょう】に苦しむ。)旅情は秋の朝目覚めると心に積もるものであり、朝に愁いが積もっているとそぞろに眺めを遠く故郷にはせる。

孤独な旅人の私は、論語の于罕篇に見える「逝く川の早瀬の過ぎて返らぬ」のを見てすぎゆく時を悲しみ、旅人達は峭しい路に苦しむのであった。

七里瀬 #1 謝霊運<16> 詩集 376

 

或時清風來,閒倚欄下嘯。

あるいは、清風の吹ききたるとき、ひとり欄下に倚って嘯くと、心は物外に馳せて、この世の苦艱をも忘れる位である。

清風來 清風の吹ききたるとき。陰湿な、朝廷内の人間関係に対して嫌気をなしていることで、その対語としての意味を持つ。

 

嚴光桐廬溪,謝客臨海嶠。

後漢の、巌光は桐盧渓に隠れ釣り三昧であったし、謝靈運は臨海の山頂に登って眺望を恣にしたというので、その逸輿、憶うべしである。

嚴光 嚴光は字を子陵といい,別名を遵という。会稽郡餘姚県(浙江省余姚市)の出身。若くして才名あり、のちの光武帝となる劉秀と同門に学ぶ。劉秀が皇帝となると、厳光は姓名を変えて身を隠した。光武帝はその才能を惜しみ行方を捜させたところ、後斉国で羊毛の皮衣を着て沢の中で釣りをしているところを見いだされて、長安に召し出された。宮中の作法に詳しい司徒の侯覇が厳光と親しかったが、厳光は細かい礼に従わず、光武帝はそれでも「狂奴故態を改めず」と笑っただけだった。それどころか自ら宿舎に足を運んで道を論じたという。ある夜、帝と光がともに就寝し、光が帝の腹の上に足を乗せて熟睡し、翌日大夫がその不敬を奏上して罰しようとしたが、帝は「故旧とともに臥したのみ」とこの件を取りあげなかった。諫議大夫に挙げられたがこれを断って富春山(浙江省富陽県)で農耕をして暮らし、その地で没する。光武帝はその死を悲しみ、厳光が亡くなった郡県に詔して銭百万と穀千斛を賜った。

厳光が釣りをしていた場所(桐盧県の南、富春江の湖畔)は「厳陵瀬」と名づけられた。釣臺は東西に一つずつあり、高さはそれぞれ数丈、その下には羊裘軒・客星館・招隠堂があった。北宋の政治家・范仲淹は厳光の祠堂を修復し、「厳先生祠堂記」を撰写しその中で「雲山蒼蒼、江水泱泱。先生之風、山高水長」と厳光の高尚な気風を賞賛した。

會稽餘姚人也。《後漢書》卷八十三〈逸民列傳·嚴光〉 嚴光字子陵,一名遵,會稽餘姚人也。少有高名,與光武同遊學。及光武即位,乃變名姓,隱身不見。帝思其賢,乃令以物色訪之。後齊國上言:「有一男子,披羊裘釣澤中。」帝疑其光,乃備安車玄纁,遣使聘之。

章懐太子 後漢書註 「嚴陵瀨相接有嚴山桐廬縣南有 嚴子陵漁釣處今山邊有石上平可坐十人臨水名/為嚴陵釣壇也」

桐廬溪 浙江省桐廬県の川で釣りをして過ごしたということ。謝靈運の《初往新安桐盧口》

初往新安桐盧口

絺綌雖凄其、授衣尚未至。感節自己深、懐古亦云思。

不有千里棹、孰申百代意。遠協尚子心、遙得許生計。

既及冷風善、又即秋水駛。江山共開曠、雲日相照媚。

景夕羣物清、封玩咸可憙。

(初めて新安の桐盧口に往く)

絺綌【ちげき】は凄其【せいき】と雄ども、衣を授けしに尚お未だ至らず。

節に感じて自から己に探し、古えを懐い 亦た思いを云う。

千里の棹 有らずんば、孰【たれ】か百代の意を申べん。

遠く尚子の心に協【かな】い、遙かに許生の計を得たり。

既に冷風の善なるに及び、又た秋水の駛するに即す。

江山 共に曠を開き、雲日は相い照らして媚ぶ。

景夕 群物 清し、玩に対し咸【み】な憙ぶ可し。

(初めて新安の桐盧口に往く。)

少し寒くなってきて、出発したときの服装が薄い葛の服であったので少し気になる。といっても冬用の着物にするというほどにはまだなっていない。

季節の変わりにはいろんなことが浮かんでくる。行く秋を思うことは昔の人が詩に歌っているし、自分も同じように思うことなのだ。

一気に千里進んでくれる舟棹などありはしないし、(この景色をみると)百の世代に受け継がれていく心を語ることもできはしない。

遠い昔の後漢の隠者、向長のことは私の助けになることだし、許詢のように隠遁してはかりごとをして過ごすということもあるかもしれない。

もうすっかり風が冷たくなってきて心地いいものだ。また同じように水の流れも秋を感じさせるものとなっている。

銭塘江の山々は色づき始めて広がってきている。雲や太陽の輝きはこれらのことに同調している。

夕方の景色はモノトーンになって万物を清らかなものにしてゆく、この自然の事象にもてあそばれることは誰も皆よろこぶべきことなのだ。

初往新安桐盧口 謝霊運<15>  詩集 378

 

謝客 南朝宋の山水詩人謝霊運

臨海嶠 臨海の高く鋭い山・嶠 高く鋭い山。

登臨海嶠發疆中作,與從弟惠連,可見羊何共和之。

杪秋臨遠山,山遠行不近。

與子別山阿,含酸赴脩畛。

中流袂就判,欲去情不忍。

顧望脰未悁,汀曲舟已隱。

(臨海嶠に登らんとて、初め彊中を寄せしとき作る。從弟惠連に与え 羊何に見して共に之に和せしむ。)

杪秋に遠山を尋ねんとす、山遠くして行くに近からず。

子と山阿に別れ、酸を含みて脩畛に赴く。

中流にて袂は判に就き、去らんと欲して情忍びず。

顧望して脰は未だ悁れざるに、汀曲に舟は己に隱る。

臨海の高く鋭い山を登るために、疆中を出立するときに作る。この詩はその時従弟の謝蕙連にあたえ、羊璿之、何長瑜、筍蕹らには示したもので四友共にこの詩を唱和したものである。

晩秋になって遠い臨海山を尋ねようとするが、その山への路をすすむにはとても近くはない

君と山の隈までいって別れようということであったが、寂しくなる、悲しみの情をいだきつつ田畑の中の長い路を行った。

そして中流で君と袂を分かちおえる、たち去ろうとおもうのであるが別れたくない情にたえられない。

ふりかえっては君を望み、首すじがまだ疲れず名残りもつきないうちに、早くも君の舟は岸の曲りかどで隠れてしまった。

登臨海嶠發疆中作,與從弟惠連,可見羊何共和之。 謝霊運(康楽) 詩<66-#1>1242

 

 

功成謝人間,從此一投釣。

われも亦た功成りし後は、人間の事を辞し、これより去って、専心に釣を投じ、全く此世の事を忘れたいと思っているのである。

 

長安付近図00 

 

翰林讀書言懷呈集賢諸學士【字解】  

(翰林院に待詔であったときに、院中において書を読み、因って、その感慨を抒べて、集賢院諸学士に呈上したもの)

1【解説】 起首六句は、翰林に於て書を読みしこと、「青蠅易相點,白雪難同調。本是疏散人,屢貽褊促誚。」四句は、兎角に小人から譏られること、「雲天屬清朗,林壑憶遊眺。

或時清風來,閒倚欄下嘯。」の四句は、秋時の光景、「嚴光桐廬溪,謝客臨海嶠。功成謝人間,從此一投釣。」の四句は、功成りし後、この世を辞したいという希望を述べたのである。蕭士贇は「これ太白心を寫すの作、これを観れば、前の效古の二首は概ね見るべし」とある。

2 翰林/集賢/學士 唐書百官志開元十三年改麗正修書院為集賢殿書院五品以上為學士六品以下為直學士宰相一人為學士知院事常侍一人為副知院事又置判院一人押院中使一人𤣥