漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

Index-4Ⅰ- 4-725年開元十三年25歳

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(長江を下るとき、先に別れをした同僚か後輩、女妓に当てて叙したもの)長江の流れに乗って、呉楚方面に向おうとし、危なっかしいけど、筏のように大きな30m余りの大船である。

 
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 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首 

 

 

年:725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八一  文體: 五言古詩 

詩題: 江行寄遠 

 

 

江行寄遠

(長江を下るとき、先に別れをした同僚か後輩、女妓に当てて叙したもの)

刳木出吳楚,危槎百餘尺。 

長江の流れに乗って、呉楚方面に向おうとし、危なっかしいけど、筏のように大きな30m余りの大船である。

疾風吹片帆,日暮千里隔。 

こうして、疾風が、片帆を吹けば、舟の進みは早く、日暮には朝から千里隔てたところまで行くことだろう。

別時酒猶在,已為異鄉客。 

別れの酒を酌み交わした時の名残は依然としてあるけれど、この身は既に異郷の地に、旅客となっているのだ。

思君不可得,愁見江水碧。 

しかしどんなに君のことを思ってみても、互いが逢うことはできないのである。ただ愁いて、この長江の水と蜀の川の水は同じ緑に澄んだ水を互いに見るということなのだ。

 

(江行して遠くに寄す)

刳木【こぼく】して呉楚に出づ、危槎【きさ】  百余尺。

疾風  片帆を吹き、日暮  千里を隔つ。

別時の酒  猶お在り、已に異郷の客と為る。

君を思えども得可からず、愁えて見る  江水の碧。

 

『江行寄遠』 現代語訳と訳註

(本文)

江行寄遠

刳木出吳楚,危槎百餘尺。 

疾風吹片帆,日暮千里隔。 

別時酒猶在,已為異鄉客。 

思君不可得,愁見江水碧。 

 

 

(下し文)

(江行して遠くに寄す)

刳木【こぼく】して呉楚に出づ、危槎【きさ】  百余尺。

疾風  片帆を吹き、日暮  千里を隔つ。

別時の酒  猶お在り、已に異郷の客と為る。

君を思えども得可からず、愁えて見る  江水の碧。

 

(現代語訳)

(長江を下るとき、先に別れをした同僚か後輩、女妓に当てて叙したもの)

長江の流れに乗って、呉楚方面に向おうとし、危なっかしいけど、筏のように大きな30m余りの大船である。

こうして、疾風が、片帆を吹けば、舟の進みは早く、日暮には朝から千里隔てたところまで行くことだろう。

別れの酒を酌み交わした時の名残は依然としてあるけれど、この身は既に異郷の地に、旅客となっているのだ。

しかしどんなに君のことを思ってみても、互いが逢うことはできないのである。ただ愁いて、この長江の水と蜀の川の水は同じ緑に澄んだ水を互いに見るということなのだ。

三峡 巫山十二峰001 

(訳注)

江行寄遠

(長江を下るとき、先に別れをした同僚か後輩、女妓に当てて叙したもの)

 

刳木出吳楚,危槎百餘尺。 

長江の流れに乗って、呉楚方面に向おうとし、危なっかしいけど、筏のように大きな30m余りの大船である。

刳木 刳り舟を造ること。唐代では船旅の準備をする意味である。

危槎 筏のように大きなもの。おそらく泛ぶ面の高さが少し低い形の船とおもわれる。

百餘尺 30m余。李白は父親から長さ30mの小舟を用意してもらったのだ。

 

疾風吹片帆,日暮千里隔。 

こうして、疾風が、片帆を吹けば、舟の進みは早く、日暮には朝から千里隔てたところまで行くことだろう。

千里 三百里を過ぎれば千里という表現方法。どんなに順調でも150km程度の移動しかできないはずで、それでも時速20㎞である。

 

別時酒猶在,已為異鄉客。 

別れの酒を酌み交わした時の名残は依然としてあるけれど、この身は既に異郷の地に、旅客となっているのだ。

 

思君不可得,愁見江水碧。 

しかしどんなに君のことを思ってみても、互いが逢うことはできないのである。ただ愁いて、この長江の水と蜀の川の水は同じ緑に澄んだ水を互いに見るということなのだ。

見江水碧 今、まさに、ここの水は緑で澄み切っていて、依然として蜀の錦江の色と同じである。君が見ている蜀江の水とここの水は繋がっていて同じ水を見ている。

李白《荊門浮舟望蜀江》

春水月峽來,浮舟望安極。 

正是桃花流,依然錦江色。 

江色綠且明,茫茫與天平。 

逶迤巴山盡,搖曳楚雲行。

雪照聚沙雁,花飛出谷鶯。 

芳洲卻已轉,碧樹森森迎。 

流目浦煙夕,揚帆海月生。 

江陵識遙火,應到渚宮城。

94-#2 《荊門浮舟望蜀江 -#2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <94-#2> Ⅰ李白詩1264 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4868
岳陽樓詩人0051 李白図102

96 《秋下荊門 李白 4》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<96> Ⅰ李白詩1265 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4873

霜は荊門に降り、両岸辺の樹々もすでに葉が落ちる暮秋の頃、旅は、「行人安穩、布帆無恙」でつつがなく、秋風をはらんで挂けて、これから呉に向かう。

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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96

《秋下荊門 李白 4》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<96> Ⅰ李白詩1265 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4873

 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首 

Index-

5

Ⅰ- 5-725年開元十三年25歳

20首

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

28

9

送崔十二遊天竺寺

還聞天竺寺,

卷十五

29

10

登瓦官閣

晨登瓦官閣,

巻二十

30

11

望廬山瀑布水 二首其一#1

西登香爐峰,

巻二十

 

望廬山瀑布水二首其一#2

 

巻二十

31

12

望廬山瀑布二首其二(絶句) 

日照香爐生紫煙,

巻二十

32

13

望廬山五老峯 

廬山東南五老峰,

巻二十

33

14

金陵望漢江

漢江迴萬里,

巻二十

34

15

望天門山  李白 6

天門中斷楚江開,

巻二十

35

16

荊門浮舟望蜀江

春水月峽來,

巻二十一

36

17

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁

江行幾千里,

巻二十一

37

18

秋下荊門 李白 4

霜落荊門江樹空,

巻二十一

38

19

江行寄遠 李白 3

刳木出吳楚,

巻二十一

 

 

年: 725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八一  文體: 七言絕句 

詩題: 秋下荊門 

作地點: 荊門山(山南東道 / 峽州 / 宜都) 

及地點:  荊門山 (山南東道 峽州 宜都)     

剡縣 (江南東道 越州 剡縣) 別名:剡中     

 

秋下荊門

霜落荊門江樹空,布帆無恙掛秋風。 

此行不為鱸魚鱠,自愛名山入剡中。 

(暮秋に舟に乗り、荊門から呉に赴くときに作ったもの)

霜は荊門に降り、両岸辺の樹々もすでに葉が落ちる暮秋の頃、旅は、「行人安穩、布帆無恙」でつつがなく、秋風をはらんで挂けて、これから呉に向かう。
呉・剡中は「蓴羹鱸膾」の地であるが、我が故郷ではないから、こんどの旅は 鱸魚のなますのためではない、ただ、名山を愛し  剡渓の奥へ分け入ろうとするものである。

 

(秋 荊門を下る)

霜は荊門に落ちて江樹空し、布帆【ふはん】 恙【つつが】無く  秋風に挂く。

此の行  鱸魚【ろぎょ】の鱠【なます】の為ならず、自ら名山を愛して剡中【せんちゅう】に入る。 

toho0824004 

 

『秋下荊門』 現代語訳と訳註

(本文)

秋下荊門

霜落荊門江樹空,布帆無恙掛秋風。 

此行不為鱸魚鱠,自愛名山入剡中。 

 

(下し文)

(秋 荊門を下る)

霜は荊門に落ちて江樹空し、布帆【ふはん】 恙【つつが】無く  秋風に挂く。

此の行  鱸魚【ろぎょ】の鱠【なます】の為ならず、自ら名山を愛して剡中【せんちゅう】に入る。

 

(現代語訳)

(暮秋に舟に乗り、荊門から呉に赴くときに作ったもの)

霜は荊門に降り、両岸辺の樹々もすでに葉が落ちる暮秋の頃、旅は、「行人安穩、布帆無恙」でつつがなく、秋風をはらんで挂けて、これから呉に向かう。
呉・剡中は「蓴羹鱸膾」の地であるが、我が故郷ではないから、こんどの旅は 鱸魚のなますのためではない、ただ、名山を愛し  剡渓の奥へ分け入ろうとするものである。

荊州001

(訳注)

秋下荊門

(暮秋に舟に乗り、荊門から呉に赴くときに作ったもの)

○荊門 山名。湖北省宜都県の西北方、長江の南岸にある。河川に両岸が迫っているので呼ばれる。北岸の虎牙山と相対した江運の難所である。宜宗の大中二年(848年)、桂林刺史、桂管防禦観察使の鄭亜が循州(広東省恵陽県)に貶され、李商隠は幕を辞して都へ帰った。馮浩はその路中の作とする。偶成転韻と題する詩に「頃之職を失いて南風に辞す、破帆壊漿 荊江の中。」と歌われており、李商隠はこの荊門のあたりの難所で実際に危険な目にあったらしい。杜甫「詠懐古跡五首其三」李白「秋下荊門」「渡荊門送別」三峡をすこし下ってここに差し掛かることを詠う。

李白は江陵で当時の道教教団、最高指導者の司馬承禎(しばしょうてい)と会っている。司馬承禎は玄宗皇帝から幾度も宮中に召され、法籙(ほうろく・道教の免許)を授けるほどに信頼された人物だ。司馬承禎は南岳衡山(こうざん)での祭儀に参加するため湖南に行く途中で、江陵にさしかかったのだった。すでに高齢に達していた司馬承禎に李白は詩を呈し、道教について教えを乞うた。司馬承禎が李白を「仙風道骨あり、神とともに八極の表に遊ぶべし」と褒めたという。
725
年 開元十三年の春三月、二十五歳の李白と呉指南は江陵に別れを告げ、「楚国の遊」に旅立った。詩は江陵を去るに当たって知友に残した作品で、留別の詩。
 李白は眼前に広がる楚地の広大な天地に意欲をみなぎらせ、同時に「仍(な)お憐れむ 故郷の水 万里 行舟を送るを」と感傷もにじませる。

86 《渡荊門送別 李白 5》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌と遊ぶ。 <86> Ⅰ李白詩1254 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4818


霜落荊門江樹空、布帆無恙挂秋風。
霜は荊門に降り、両岸辺の樹々もすでに葉が落ちる暮秋の頃、旅は、「行人安穩、布帆無恙」でつつがなく、秋風をはらんで挂けて、これから呉に向かう。
布帆無恙 「行人安穩、布帆無恙」(旅人にとって平穏無事な船旅で、布帆に柔らかな追い風が吹いて何の問題もなく進む。)ということ。

 

此行不為鱸魚鱠、自愛名山入剡中。

呉・剡中は「蓴羹鱸膾」の地であるが、我が故郷ではないから、こんどの旅は 鱸魚のなますのためではない、ただ、名山を愛し  剡渓の奥へ分け入ろうとするものである。

鱸魚鱠 張翰の故事、故郷を懐かしく思い慕う情のこと。▽「蓴羹」は蓴菜じゅんさいの吸い物。「羹」はあつもの・吸い物。「鱸膾」は鱸すずきのなますの意。

『晋書・張翰伝』「蓴羹鱸膾」晋の張翰が、故郷の料理である蓴菜の吸い物と鱸のなますのおいしさにひかれるあまり、官を辞して帰郷した故事。

剡中 剡縣、会稽に隷して、名山水が多い。隠遁者が多く住んでいたということで、王之猷が会稽の山陰で、雪夜舟に棹して載安道を訪問した故事を引いたものである。

95-#3 《自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 -3》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<95-#3> Ⅰ李白詩1267 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4883

その月の色は悠悠としたもので、清猿は啾啾と鳴き、ここに見るもの、聞くものの景物は、幽遂である。こうして巫山と分かれようとすれば、猿の鳴き声は聞くに忍びず、かくて、杖を振るって草をかき分け孤舟に帰ろうとするのである。

 
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95-#3 《自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 -3》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<95-#3> Ⅰ李白詩1267 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4883

  蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首 

 

725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八一  文體: 五言古詩 

詩題: 自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 

作地點: 巫山(山南東道 / 夔州 / 巫山) 

及地點:  巴東 (山南東道 歸州 巴東)     

瞿塘峽 (山南東道 夔州 夔州) 別名:瞿塘     

巫山 (山南東道 夔州 巫山)     

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山     

 

 

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 #1

(巴東より船で長江を経て、瞿塘峡を過ぎる。巫山に登るため上陸し、巫山の最高峰に登り、晩には帰ろうとするということを神女廟の壁に題したものである。)

江行幾千里,海月十五圓。

扁舟一葉、長江を遡ること幾千里、既に幾日過ぎただろう、江上に泛ぶ月もいつしか十五夜になり、団円になっている。

始經瞿塘峽,遂步巫山巔。

はじめて、瞿塘峡を遡ったのである、そして遂に、巫山の最高峰を登ろうとしている。

巫山高不窮,巴國盡所歷。

巫山は、高さが窮まらず、下に見えるこの一帯の巴国は、既に経過したところである。

日邊攀垂蘿,霞外倚穹石。

日辺には、垂れたつたを攀じ、霞外には、大石に倚りかかるのである。

#2

飛步凌絕頂,極目無纖煙。

やがて勢いよく飛歩して絶頂を極めると、おりしも、天は、綺麗に晴れて、眺め遣る限り少しの煙も出てはいない。

卻顧失丹壑,仰觀臨青天。

しかし、山が重なり合っているから、顧みれば丹壑を見失い、仰ぎ見れば晴天に臨むようである。

青天若可捫,銀漢去安在。

晴天は、手を以て撫摩し得べきが如く、銀河は何処に流れているのだろう。

望雲知蒼梧,記水辨瀛海。

雲を望んで蒼梧を認知し、水を観ては、明らかに瀛海を弁ずる。

周遊孤光晚,歷覽幽意多。

かくてあちこち遊び回っているうちに夕日が次第に暗くなり、幽懐胸に満ちて、その清寂にたえられない。

#3

積雪照空谷,悲風鳴森柯。

積雪はなお残っていて、空虚な谷間を照らしていて、悲風は、颯颯として森の枝枝を鳴らしている。

歸途行欲曛,佳趣尚未歇。

帰途においては行き行きする間に日暮れになって來る、風流な趣向は依然として見るべきものがある。

江寒早啼猿,松暝已吐月。

長江は寒気に覆われ、猿が突然泣いている。松の木に覆われたあたりは、既に暗くなっていて、そこから月が吐き出されてくる。

月色何色悠,清猿響啾啾。

その月の色は悠悠としたもので、清猿は啾啾と鳴き、ここに見るもの、聞くものの景物は、幽遂である。

辭山不忍聽,揮策還孤舟。 

こうして巫山と分かれようとすれば、猿の鳴き声は聞くに忍びず、かくて、杖を振るって草をかき分け孤舟に帰ろうとするのである。 

 (巴東より舟行 經瞿唐峽をて,巫山の最高峰に登り,晚に還りて壁に題す) #1

江行 幾千里,海月 十五圓なり。

始めて瞿塘峽を經て,遂に巫山の巔に步む。

巫山 高くして 窮まらず,巴國 歷る所を盡す。

日邊に 垂蘿を攀じ,霞外に穹石に倚る。

#2

飛步 絕頂を凌ぎ,極目 纖煙無し。

卻って顧にて 丹壑を失い,仰ぎ觀て 青天に臨む。

青天 捫づ可きが若し,銀漢 去って 安くにか在る。

雲を望んで蒼梧を知り,水を記して瀛海を辨ず。

周遊 孤光晚く,歷覽 幽意多し。

#3

積雪 空谷を照し,悲風 森柯を鳴らす。

歸途 行くゆく曛せんと欲す,佳趣 尚お未だ歇まず。

江寒くして早く猿啼き,松暝して 已に月を吐く。

月色 何ぞ色悠たる,清猿 響いて啾啾たり。

山を辭して 聽くに忍びず,策を揮って 孤舟に還る。 

 

巫山十二峰002 

『自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁』 現代語訳と訳註

(本文) #3

積雪照空谷,悲風鳴森柯。

歸途行欲曛,佳趣尚未歇。

江寒早啼猿,松暝已吐月。

月色何色悠,清猿響啾啾。

辭山不忍聽,揮策還孤舟。 

 

(下し文)

積雪 空谷を照し,悲風 森柯を鳴らす。

歸途 行くゆく曛せんと欲す,佳趣 尚お未だ歇まず。

江寒くして早く猿啼き,松暝して 已に月を吐く。

月色 何ぞ色悠たる,清猿 響いて啾啾たり。

山を辭して 聽くに忍びず,策を揮って 孤舟に還る。 

 

(現代語訳)

積雪はなお残っていて、空虚な谷間を照らしていて、悲風は、颯颯として森の枝枝を鳴らしている。

帰途においては行き行きする間に日暮れになって來る、風流な趣向は依然として見るべきものがある。

長江は寒気に覆われ、猿が突然泣いている。松の木に覆われたあたりは、既に暗くなっていて、そこから月が吐き出されてくる。

その月の色は悠悠としたもので、清猿は啾啾と鳴き、ここに見るもの、聞くものの景物は、幽遂である。

こうして巫山と分かれようとすれば、猿の鳴き声は聞くに忍びず、かくて、杖を振るって草をかき分け孤舟に帰ろうとするのである。

 

三峡 巫山十二峰001 

(訳注) #3

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 #3

(巴東より船で長江を経て、瞿塘峡を過ぎる。巫山に登るため上陸し、巫山の最高峰に登り、晩には帰ろうとするということを神女廟の壁に題したものである。)

 

積雪照空谷,悲風鳴森柯。

積雪はなお残っていて、空虚な谷間を照らしていて、悲風は、颯颯として森の枝枝を鳴らしている。

 

歸途行欲曛,佳趣尚未歇。

帰途においては行き行きする間に日暮れになって來る、風流な趣向は依然として見るべきものがある。

佳趣 よきおもむき。風流な趣向。

 

江寒早啼猿,松暝已吐月。

長江は寒気に覆われ、猿が突然泣いている。松の木に覆われたあたりは、既に暗くなっていて、そこから月が吐き出されてくる。

 

月色何色悠,清猿響啾啾。

その月の色は悠悠としたもので、清猿は啾啾と鳴き、ここに見るもの、聞くものの景物は、幽遂である。

清猿 猿の鳴き声が清らかであること。手長猿。

幽遂 景色などが奥深く静かなこと。また、そのさま。

 

辭山不忍聽,揮策還孤舟。 

こうして巫山と分かれようとすれば、猿の鳴き声は聞くに忍びず、かくて、杖を振るって草をかき分け孤舟に帰ろうとするのである。

辭山 巫山の最高峰から降りてきてこの詩を書き、この地と別れようとする。

揮策 杖を振るって草をかき分ける。

 

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やがて勢いよく飛歩して絶頂を極めると、おりしも、天は、綺麗に晴れて、眺め遣る限り少しの煙も出てはいない。しかし、山が重なり合っているから、顧みれば丹壑を見失い、仰ぎ見れば晴天に臨むようである。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首 

 

 

725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八一  文體: 五言古詩 

詩題: 自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 

作地點: 巫山(山南東道 / 夔州 / 巫山) 

及地點:  巴東 (山南東道 歸州 巴東)     

瞿塘峽 (山南東道 夔州 夔州) 別名:瞿塘     

巫山 (山南東道 夔州 巫山)     

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山     

 

 

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 #1

(巴東より船で長江を経て、瞿塘峡を過ぎる。巫山に登るため上陸し、巫山の最高峰に登り、晩には帰ろうとするということを神女廟の壁に題したものである。)

江行幾千里,海月十五圓。

扁舟一葉、長江を遡ること幾千里、既に幾日過ぎただろう、江上に泛ぶ月もいつしか十五夜になり、団円になっている。

始經瞿塘峽,遂步巫山巔。

はじめて、瞿塘峡を遡ったのである、そして遂に、巫山の最高峰を登ろうとしている。

巫山高不窮,巴國盡所歷。

巫山は、高さが窮まらず、下に見えるこの一帯の巴国は、既に経過したところである。

日邊攀垂蘿,霞外倚穹石。

日辺には、垂れたつたを攀じ、霞外には、大石に倚りかかるのである。

#2

飛步凌絕頂,極目無纖煙。

やがて勢いよく飛歩して絶頂を極めると、おりしも、天は、綺麗に晴れて、眺め遣る限り少しの煙も出てはいない。

卻顧失丹壑,仰觀臨青天。

しかし、山が重なり合っているから、顧みれば丹壑を見失い、仰ぎ見れば晴天に臨むようである。

青天若可捫,銀漢去安在。

晴天は、手を以て撫摩し得べきが如く、銀河は何処に流れているのだろう。

望雲知蒼梧,記水辨瀛海。

雲を望んで蒼梧を認知し、水を観ては、明らかに瀛海を弁ずる。

周遊孤光晚,歷覽幽意多。

かくてあちこち遊び回っているうちに夕日が次第に暗くなり、幽懐胸に満ちて、その清寂にたえられない。

#3

積雪照空谷,悲風鳴森柯。

歸途行欲曛,佳趣尚未歇。

江寒早啼猿,松暝已吐月。

月色何色悠,清猿響啾啾。

辭山不忍聽,揮策還孤舟。 

 

 (巴東より舟行 經瞿唐峽をて,巫山の最高峰に登り,晚に還りて壁に題す) #1

江行 幾千里,海月 十五圓なり。

始めて瞿塘峽を經て,遂に巫山の巔に步む。

巫山 高くして 窮まらず,巴國 歷る所を盡す。

日邊に 垂蘿を攀じ,霞外に穹石に倚る。

#2

飛步 絕頂を凌ぎ,極目 纖煙無し。

卻って顧にて 丹壑を失い,仰ぎ觀て 青天に臨む。

青天 捫づ可きが若し,銀漢 去って 安くにか在る。

雲を望んで蒼梧を知り,水を記して瀛海を辨ず。

周遊 孤光晚く,歷覽 幽意多し。

#3

積雪 空谷を照し,悲風 森柯を鳴らす。

歸途 行くゆく曛せんと欲す,佳趣 尚お未だ歇まず。

江寒くして早く猿啼き,松暝して 已に月を吐く。

月色 何ぞ色悠たる,清猿 響いて啾啾たり。

山を辭して 聽くに忍びず,策を揮って 孤舟に還る。 

 

三峡 巫山十二峰001 

『自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁』 現代語訳と訳註

(本文) #2

飛步凌絕頂,極目無纖煙。

卻顧失丹壑,仰觀臨青天。

青天若可捫,銀漢去安在。

望雲知蒼梧,記水辨瀛海。

周遊孤光晚,歷覽幽意多。

 

(下し文) #2

飛步 絕頂を凌ぎ,極目 纖煙無し。

卻って顧にて 丹壑を失い,仰ぎ觀て 青天に臨む。

青天 捫づ可きが若し,銀漢 去って 安くにか在る。

雲を望んで蒼梧を知り,水を記して瀛海を辨ず。

周遊 孤光晚く,歷覽 幽意多し。

 

(現代語訳)#2

やがて勢いよく飛歩して絶頂を極めると、おりしも、天は、綺麗に晴れて、眺め遣る限り少しの煙も出てはいない。

しかし、山が重なり合っているから、顧みれば丹壑を見失い、仰ぎ見れば晴天に臨むようである。

晴天は、手を以て撫摩し得べきが如く、銀河は何処に流れているのだろう。

雲を望んで蒼梧を認知し、水を観ては、明らかに瀛海を弁ずる。

かくてあちこち遊び回っているうちに夕日が次第に暗くなり、幽懐胸に満ちて、その清寂にたえられない。

 

巫山十二峰002 

(訳注) #2

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 #2

(巴東より船で長江を経て、瞿塘峡を過ぎる。巫山に登るため上陸し、巫山の最高峰に登り、晩には帰ろうとするということを神女廟の壁に題したものである。)

 

飛步凌絕頂,極目無纖煙。

やがて勢いよく飛歩して絶頂を極めると、おりしも、天は、綺麗に晴れて、眺め遣る限り少しの煙も出てはいない。

 

卻顧失丹壑,仰觀臨青天。

しかし、山が重なり合っているから、顧みれば丹壑を見失い、仰ぎ見れば晴天に臨むようである。

丹壑 あかい色をした谷。

 

青天若可捫,銀漢去安在。

晴天は、手を以て撫摩し得べきが如く、銀河は何処に流れているのだろう。

捫 なでる。

銀漢 天の川。銀河。天漢。

 

望雲知蒼梧,記水辨瀛海。

雲を望んで蒼梧を認知し、水を観ては、明らかに瀛海を弁ずる。

蒼梧 中国湖南省寧遠県にある山。中国古代の舜帝の墓があるとされる所。

瀛海 大海

 

周遊孤光晚,歷覽幽意多。

かくてあちこち遊び回っているうちに夕日が次第に暗くなり、幽懐胸に満ちて、その清寂にたえられない。

周遊 あちこち遊び回る。

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(巴東より船で長江を経て、瞿塘峡を過ぎる。巫山に登るため上陸し、巫山の最高峰に登り、晩には帰ろうとするということを神女廟の壁に題したものである。)扁舟一葉、長江を遡ること幾千里、既に幾日過ぎただろう、江上に泛ぶ月もいつしか十五夜になり、団円になっている。

 
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蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首 

 

 

725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八一  文體: 五言古詩 

詩題: 自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 

作地點: 巫山(山南東道 / 夔州 / 巫山) 

及地點:  巴東 (山南東道 歸州 巴東)     

瞿塘峽 (山南東道 夔州 夔州) 別名:瞿塘     

巫山 (山南東道 夔州 巫山)     

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山     

 

 

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 #1

(巴東より船で長江を経て、瞿塘峡を過ぎる。巫山に登るため上陸し、巫山の最高峰に登り、晩には帰ろうとするということを神女廟の壁に題したものである。)

江行幾千里,海月十五圓。

扁舟一葉、長江を遡ること幾千里、既に幾日過ぎただろう、江上に泛ぶ月もいつしか十五夜になり、団円になっている。

始經瞿塘峽,遂步巫山巔。

はじめて、瞿塘峡を遡ったのである、そして遂に、巫山の最高峰を登ろうとしている。

巫山高不窮,巴國盡所歷。

巫山は、高さが窮まらず、下に見えるこの一帯の巴国は、既に経過したところである。

日邊攀垂蘿,霞外倚穹石。

日辺には、垂れたつたを攀じ、霞外には、大石に倚りかかるのである。

#2

飛步凌絕頂,極目無纖煙。

卻顧失丹壑,仰觀臨青天。

青天若可捫,銀漢去安在。

望雲知蒼梧,記水辨瀛海。

周遊孤光晚,歷覽幽意多。

#3

積雪照空谷,悲風鳴森柯。

歸途行欲曛,佳趣尚未歇。

江寒早啼猿,松暝已吐月。

月色何色悠,清猿響啾啾。

辭山不忍聽,揮策還孤舟。 

 

 (巴東より舟行 經瞿唐峽をて,巫山の最高峰に登り,晚に還りて壁に題す) #1

江行 幾千里,海月 十五圓なり。

始めて瞿塘峽を經て,遂に巫山の巔に步む。

巫山 高くして 窮まらず,巴國 歷る所を盡す。

日邊に 垂蘿を攀じ,霞外に穹石に倚る。

#2

飛步 絕頂を凌ぎ,極目 纖煙無し。

卻って顧にて 丹壑を失い,仰ぎ觀て 青天に臨む。

青天 捫づ可きが若し,銀漢 去って 安くにか在る。

雲を望んで蒼梧を知り,水を記して瀛海を辨ず。

周遊 孤光晚く,歷覽 幽意多し。

#3

積雪 空谷を照し,悲風 森柯を鳴らす。

歸途 行くゆく曛せんと欲す,佳趣 尚お未だ歇まず。

江寒くして早く猿啼き,松暝して 已に月を吐く。

月色 何ぞ色悠たる,清猿 響いて啾啾たり。

山を辭して 聽くに忍びず,策を揮って 孤舟に還る。 

巫山十二峰002 

 

『自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁』 現代語訳と訳註

(本文)

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 #1

江行幾千里,海月十五圓。

始經瞿塘峽,遂步巫山巔。

巫山高不窮,巴國盡所歷。

日邊攀垂蘿,霞外倚穹石。

 

 

(下し文)

(巴東より舟行 經瞿唐峽をて,巫山の最高峰に登り,晚に還りて壁に題す) #1

江行 幾千里,海月 十五圓なり。

始めて瞿塘峽を經て,遂に巫山の巔に步む。

巫山 高くして 窮まらず,巴國 歷る所を盡す。

日邊に 垂蘿を攀じ,霞外に穹石に倚る。

 

(現代語訳)

(巴東より船で長江を経て、瞿塘峡を過ぎる。巫山に登るため上陸し、巫山の最高峰に登り、晩には帰ろうとするということを神女廟の壁に題したものである。)

扁舟一葉、長江を遡ること幾千里、既に幾日過ぎただろう、江上に泛ぶ月もいつしか十五夜になり、団円になっている。

はじめて、瞿塘峡を遡ったのである、そして遂に、巫山の最高峰を登ろうとしている。

巫山は、高さが窮まらず、下に見えるこの一帯の巴国は、既に経過したところである。

日辺には、垂れたつたを攀じ、霞外には、大石に倚りかかるのである。

 

三峡 巫山十二峰001 

(訳注)

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 #1

(巴東より船で長江を経て、瞿塘峡を過ぎる。巫山に登るため上陸し、巫山の最高峰に登り、晩には帰ろうとするということを神女廟の壁に題したものである。)

瞿塘峽 長江本流に位置する峡谷。巫峡(ふきょう)、西陵峡(せいりょうきょう)と並び、三峡を構成する。別名は夔峡(ききょう)。瞿塘峡は三峡のもっとも上流にあり、西は重慶市奉節県の白帝城から、東は重慶市巫山県の大溪鎮までの区間である。四川盆地の東部では、東西方向に伸びる細長い褶曲山脈が多数平行に走っているが、その山脈のうち高さ1,000mを超える一本を長江本流が北西から東南へ貫通するところが瞿塘峡である。全長は8kmと三峡の他の峡谷に比べると際立って短いが、その川幅は三峡の中で最も狭く、風景の雄大さは三峡の中でも際立っている。瞿塘峡では長江の幅は広い所で150mを超えず、狭いところでは100mにもならない。この狭い川の北側には赤甲山、南側には白塩山があり、その高さは川面から1,200mに達し、間を通る船を圧迫するような急傾斜が聳え立っている。赤甲・白塩の両山に囲まれた門のような部分を夔門(きもん)と呼ぶが、「夔門天下雄」としてその雄大さは称えられている。

巫山巔 長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

 

江行幾千里,海月十五圓。

扁舟一葉、長江を遡ること幾千里、既に幾日過ぎただろう、江上に泛ぶ月もいつしか十五夜になり、団円になっている。

十五圓 十五夜で月が圓くなる。

 

始經瞿塘峽,遂步巫山巔。

はじめて、瞿塘峡を遡ったのである、そして遂に、巫山の最高峰を登ろうとしている。

 

巫山高不窮,巴國盡所歷。

巫山は、高さが窮まらず、下に見えるこの一帯の巴国は、既に経過したところである。

巴國 古くは大蛇国といい,四川盆地の東部に国となし、西を蜀国とした。国都を江州,即ち現在の重慶、渝州である。

 

日邊攀垂蘿,霞外倚穹石。

日辺には、垂れたつたを攀じ、霞外には、大石に倚りかかるのである。

日邊 太陽のあたり。天上。また,遠い所。

穹石 大岩石。大石。

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かくて、江浦には煙がたなびくのを眼で老いかけ流す。帆をあげてにしき長江を下ってゆくと、その向こうの水面に月が昇りはじめる。その方はるか先の灯火の向うには、江陵があるとわかるのであるし、それは、ほどなくするとここを発って、江陵の渚宮城に到着することにしているからである。

 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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94-#2 《荊門浮舟望蜀江 -#2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <94-#2> Ⅰ李白詩1264 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4868

 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首 

 

725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八一  文體: 五言古詩 

詩題: 荊門浮舟望蜀江 

作地點: 荊門山(山南東道 / 峽州 / 宜都) 

及地點: 荊門山 (山南東道 峽州 宜都)     

長江 (山南東道 峽州 宜都) 別名:蜀江、漢江     

明月峽 (山南西道 渝州 巴縣) 別名:月峽     

錦江 (劍南道北部 益州 成都)     

巴山 (山南東道 峽州 巴山)     

 

 

荊門浮舟望蜀江 #1

(長江、荊門に舟を泛べ、はるか上流の蜀の江の方を望んで作った。)#1

春水月峽來,浮舟望安極。 

春の雪解け水の増水は明月峡の彼方より流れてくるのであり、舟を江中に泛べて望むのであるがそう簡単に見えるものではない。

正是桃花流,依然錦江色。 

今、まさに、桃花の春水に漲るころであって、ここの水はは、依然として蜀の錦江の色と同じである。

江色綠且明,茫茫與天平。 

この江の色は、緑にして且つ明らかに澄んでいるし、広々としてはるかな景色は、天と接していて目に及ぶ限り平らかである。

逶迤巴山盡,搖曳楚雲行。

巴山の山々は曲がりうねってここに至って尽きるのであり、遙かに、楚天の雲を曳いてから動いているのである。

#2

雪照聚沙雁,花飛出谷鶯。 

芳洲卻已轉,碧樹森森迎。 

流目浦煙夕,揚帆海月生。 

江陵識遙火,應到渚宮城。 

日が中州の砂を照らして、雪のように白い沙上に雁が集まる、咲き誇る花が散り始め、乱れ飛び、谷で啼いていた鶯を驚かす。

花の香り一杯の中洲は、流れに従って何時しか転じ、碧樹は、森森として繁って人を門前で迎えるようである。

かくて、江浦には煙がたなびくのを眼で老いかけ流す。帆をあげてにしき長江を下ってゆくと、その向こうの水面に月が昇りはじめる。

その方はるか先の灯火の向うには、江陵があるとわかるのであるし、それは、ほどなくするとここを発って、江陵の渚宮城に到着することにしているからである。

 

(荊門浮舟望蜀江)#1

春水 月峽に來り,浮舟 望んで安んぞ極まらん。

正に是れ桃花の流,依然たる錦江の色。

江色 綠 且つ 明かなり,茫茫 天と平らかなり。

逶迤【いい】巴山 盡き,搖曳【ようえい】して楚雲行く。

#2

雪は照らす 沙に聚まるの雁,花は飛ぶ 谷を出づるの鶯。

芳洲 卻って已に轉じ,碧樹 森森として迎う。

流目 浦煙の夕,揚帆 海月に生ず。

江陵 遙火を識る,應に渚宮城に到る。 

 

 

『荊門浮舟望蜀江』 現代語訳と訳註

(本文) #2

雪照聚沙雁,花飛出谷鶯。 

芳洲卻已轉,碧樹森森迎。 

流目浦煙夕,揚帆海月生。 

江陵識遙火,應到渚宮城。 

 

(下し文) #2

雪は照らす 沙に聚まるの雁,花は飛ぶ 谷を出づるの鶯。

芳洲 卻って已に轉じ,碧樹 森森として迎う。

流目 浦煙の夕,揚帆 海月に生ず。

江陵 遙火を識る,應に渚宮城に到る。 

 

(現代語訳)

日が中州の砂を照らして、雪のように白い沙上に雁が集まる、咲き誇る花が散り始め、乱れ飛び、谷で啼いていた鶯を驚かす。

花の香り一杯の中洲は、流れに従って何時しか転じ、碧樹は、森森として繁って人を門前で迎えるようである。

かくて、江浦には煙がたなびくのを眼で老いかけ流す。帆をあげてにしき長江を下ってゆくと、その向こうの水面に月が昇りはじめる。

その方はるか先の灯火の向うには、江陵があるとわかるのであるし、それは、ほどなくするとここを発って、江陵の渚宮城に到着することにしているからである。

 

(訳注) #2

荊門浮舟望蜀江 

(長江、荊門に舟を泛べ、はるか上流の蜀の江の方を望んで作った。)

○荊門 荊門山、長江の南岸、宜都(湖北省枝城市)の西北にある。対岸の虎牙山と対しており、昔は楚の西の関門といった趣き。そこは、蜀の東方、湖北・湖南地方への出口にあたるところである。

○蜀江 中国(四川省)蜀の成都付近を流れる川。ようすこう長江上流の一部。ここでは、蜀の明月峽 (山南西道 渝州 巴縣) 別名:月峽  、錦江 (劍南道北部 益州 成都)  、巴山 (山南東道 峽州 巴山)  などをいう。

 

雪照聚沙雁,花飛出谷鶯。 

日が中州の砂を照らして、雪のように白い沙上に雁が集まる、咲き誇る花が散り始め、乱れ飛び、谷で啼いていた鶯を驚かす。

 

芳洲卻已轉,碧樹森森迎。 

花の香り一杯の中洲は、流れに従って何時しか転じ、碧樹は、森森として繁って人を門前で迎えるようである。

○森森 木が多くあることであるが、門前に整列して人を迎えるようであることをいう。

 

流目浦煙夕,揚帆海月生。 

かくて、江浦には煙がたなびくのを眼で老いかけ流す。帆をあげてにしき長江を下ってゆくと、その向こうの水面に月が昇りはじめる。

 

江陵識遙火,應到渚宮城。 

その方はるか先の灯火の向うには、江陵があるとわかるのであるし、それは、ほどなくするとここを発って、江陵の渚宮城に到着することにしているからである。

○江陵 長江の中流に位置する港湾都市である。 かつて荊州と呼ばれた地方の一部で、当時の中心都市・江陵は現在荊州市内に「荊州古城」として残っている。

○渚宮城 荊州江陵縣にある楚の別宮であったものを、梁の元帝が渚宮と名付けた。

94 《荊門浮舟望蜀江》index-5 1-5 725年開元十三年25歳  <94> Ⅰ李白詩1263 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4863

春の雪解け水の増水は明月峡の彼方より流れてくるのであり、舟を江中に泛べて望むのであるがそう簡単に見えるものではない。今、まさに、桃花の春水に漲るころであって、ここの水はは、依然として蜀の錦江の色と同じである。

 
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蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首

 

 

 

Index-

5

Ⅰ- 5-725年開元十三年25歳

20首

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

28

9

送崔十二遊天竺寺

還聞天竺寺,

卷十五

29

10

登瓦官閣

晨登瓦官閣,

巻二十

30

11

望廬山瀑布水 二首其一#1

西登香爐峰,

巻二十

 

 

望廬山瀑布水二首其一#2

 

巻二十

31

12

望廬山瀑布二首其二(絶句) 

日照香爐生紫煙,

巻二十

32

13

望廬山五老峯 

廬山東南五老峰,

巻二十

33

14

金陵望漢江

漢江迴萬里,

巻二十

34

15

望天門山  李白 6

天門中斷楚江開,

巻二十

35

16

荊門浮舟望蜀江

春水月峽來,

巻二十一

36

17

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁

江行幾千里,

巻二十一

37

18

秋下荊門 李白 4

霜落荊門江樹空,

巻二十一

38

19

江行寄遠 李白 3

刳木出吳楚,

巻二十一

 

725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八一  文體: 五言古詩 

詩題: 荊門浮舟望蜀江 

作地點: 荊門山(山南東道 / 峽州 / 宜都) 

及地點: 荊門山 (山南東道 峽州 宜都)     

長江 (山南東道 峽州 宜都) 別名:蜀江、漢江     

明月峽 (山南西道 渝州 巴縣) 別名:月峽     

錦江 (劍南道北部 益州 成都)     

巴山 (山南東道 峽州 巴山)     

 

 

荊門浮舟望蜀江 #1

(長江、荊門に舟を泛べ、はるか上流の蜀の江の方を望んで作った。)#1

春水月峽來,浮舟望安極。 

春の雪解け水の増水は明月峡の彼方より流れてくるのであり、舟を江中に泛べて望むのであるがそう簡単に見えるものではない。

正是桃花流,依然錦江色。 

今、まさに、桃花の春水に漲るころであって、ここの水はは、依然として蜀の錦江の色と同じである。

江色綠且明,茫茫與天平。 

この江の色は、緑にして且つ明らかに澄んでいるし、広々としてはるかな景色は、天と接していて目に及ぶ限り平らかである。

逶迤巴山盡,搖曳楚雲行。

巴山の山々は曲がりうねってここに至って尽きるのであり、遙かに、楚天の雲を曳いてから動いているのである。

#2

雪照聚沙雁,花飛出谷鶯。 

芳洲卻已轉,碧樹森森迎。 

流目浦煙夕,揚帆海月生。 

江陵識遙火,應到渚宮城。 

 

(荊門浮舟望蜀江)#1

春水 月峽に來り,浮舟 望んで安んぞ極まらん。

正に是れ桃花の流,依然たる錦江の色。

江色 綠 且つ 明かなり,茫茫 天と平らかなり。

逶迤【いい】巴山 盡き,搖曳【ようえい】して楚雲行く。

#2

雪は照らす 沙に聚まるの雁,花は飛ぶ 谷を出づるの鶯。

芳洲 卻って已に轉じ,碧樹 森森として迎う。

流目 浦煙の夕,揚帆 海月に生ず。

江陵 遙火を識る,應に渚宮城に到る。 

 

三峡 巫山十二峰001 

『荊門浮舟望蜀江』 現代語訳と訳註

(本文)

荊門浮舟望蜀江 #1

春水月峽來,浮舟望安極。 

正是桃花流,依然錦江色。 

江色綠且明,茫茫與天平。 

逶迤巴山盡,搖曳楚雲行。

 

(下し文)

(荊門浮舟望蜀江)#1

春水 月峽に來り,浮舟 望んで安んぞ極まらん。

正に是れ桃花の流,依然たる錦江の色。

江色 綠 且つ 明かなり,茫茫 天と平らかなり。

逶迤【いい】巴山 盡き,搖曳【ようえい】して楚雲行く。

 

(現代語訳)

(長江、荊門に舟を泛べ、はるか上流の蜀の江の方を望んで作った。)#1

春の雪解け水の増水は明月峡の彼方より流れてくるのであり、舟を江中に泛べて望むのであるがそう簡単に見えるものではない。

今、まさに、桃花の春水に漲るころであって、ここの水はは、依然として蜀の錦江の色と同じである。

この江の色は、緑にして且つ明らかに澄んでいるし、広々としてはるかな景色は、天と接していて目に及ぶ限り平らかである。

巴山の山々は曲がりうねってここに至って尽きるのであり、遙かに、楚天の雲を曳いてから動いているのである。

李白図102 

 

(訳注)

荊門浮舟望蜀江 #1

(長江、荊門に舟を泛べ、はるか上流の蜀の江の方を望んで作った。)

荊門 荊門山、長江の南岸、宜都(湖北省枝城市)の西北にある。対岸の虎牙山と対しており、昔は楚の西の関門といった趣き。そこは、蜀の東方、湖北・湖南地方への出口にあたるところである。

蜀江 中国(四川省)蜀の成都付近を流れる川。ようすこう長江上流の一部。ここでは、蜀の明月峽 (山南西道 渝州 巴縣) 別名:月峽  、錦江 (劍南道北部 益州 成都)  、巴山 (山南東道 峽州 巴山)  などをいう。

 

春水月峽來,浮舟望安極。 

春の雪解け水の増水は明月峡の彼方より流れてくるのであり、舟を江中に泛べて望むのであるがそう簡単に見えるものではない。

春水 冬の間に力をため込んでいたものを春になって万物が、育ち成長する。山に溜めこんだ冬の力が流れ出ることで、希望に向かう意味で杜甫はよく使う。

杜甫《春水》

三月桃花浪,江流複舊痕。

朝來沒沙尾,碧色動柴門。

接縷垂芳餌,連筒灌小園。

已添無數鳥,爭浴故相喧。

月峽 明月峽。明月峡古桟道は別名朝天峡、古蜀桟道の一部で、広元北23キロの嘉陵江東岸の絶壁に掘られた古蜀から中原に入る唯一の交通要道であった。戦国時代から宋時代まで歴代の蜀人が絶えずに修復し、新しく掘り続け、この蜀の桟道は数百キロも続く。

 

正是桃花流,依然錦江色。 

今、まさに、桃花の春水に漲るころであって、ここの水はは、依然として蜀の錦江の色と同じである。

桃花流 桃花の春水に漲るながれ。

錦江 錦江 (劍南道北部 益州 成都)

 

江色綠且明,茫茫與天平。 

この江の色は、緑にして且つ明らかに澄んでいるし、広々としてはるかな景色は、天と接していて目に及ぶ限り平らかである。

茫茫 1 広々としてはるかなさま。「―とした大海原」「―たる砂漠」2 ぼんやりかすんではっきりしないさま。「―たる記憶」「―と暗路(やみじ)に物を探るごとく」〈露伴・五重塔〉3 草・髪などが伸びて乱れているさま

 

逶迤巴山盡,搖曳楚雲行。

巴山の山々は曲がりうねってここに至って尽きるのであり、遙かに、楚天の雲を曳いてから動いているのである。

逶迤  (道路,山脈,河川が)うねうねと続く,曲がりくねった。

巴山 巴山 (山南東道 峽州 巴山) 閬州の山。
55moon

93 《望天門山  李白 6》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<93> Ⅰ李白詩1262 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4858

(宣城から金陵に下るとき、長江に浮んでみたことを詠ったもので、舟中即吟である。)天門山は真ん中から裂けたように、屹然として両岸に対峙して、その間を東に流れて行く楚江の碧水は、ここにおいて北に蛇行してめぐっている。

 
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93 《望天門山  李白 6》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<93> Ⅰ李白詩1262 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4858

 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首 

 


 

Index-

5

Ⅰ- 5-725年開元十三年25歳

20首

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

28

9

送崔十二遊天竺寺

還聞天竺寺,

卷十五

29

10

登瓦官閣

晨登瓦官閣,

巻二十

30

11

望廬山瀑布水 二首其一#1

西登香爐峰,

巻二十

 

 

望廬山瀑布水二首其一#2

 

巻二十

31

12

望廬山瀑布二首其二(絶句) 

日照香爐生紫煙,

巻二十

32

13

望廬山五老峯 

廬山東南五老峰,

巻二十

33

14

金陵望漢江

漢江迴萬里,

巻二十

34

15

望天門山  李白 6

天門中斷楚江開,

巻二十

35

16

荊門浮舟望蜀江

春水月峽來,

巻二十一

36

17

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁

江行幾千里,

巻二十一

37

18

秋下荊門 李白 4

霜落荊門江樹空,

巻二十一

38

19

江行寄遠 李白 3

刳木出吳楚,

巻二十一

 

725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八○  文體: 七言絕句 

詩題: 望天門山 

作地點: 天門山(江南西道 / 宣州 / 當塗) 

及地點: 天門山 (江南西道 宣州 當塗)     

 

 

望天門山

天門中斷楚江開,碧水東流至北迴。 

兩岸青山相對出,孤帆一片日邊來。 

(宣城から金陵に下るとき、長江に浮んでみたことを詠ったもので、舟中即吟である。)

天門山は真ん中から裂けたように、屹然として両岸に対峙して、その間を東に流れて行く楚江の碧水は、ここにおいて北に蛇行してめぐっている。

やがて、両岸の青山を隔てて相対して狭まるところを過ぎれば、また、江流広がり、我が乗る一片の小舟は、日辺に比すべき、遠方より来たので、まことに風流な景色であると思うのである。

 

 (望天門山)

天門 中斷して 楚江開く,碧水 東流 北に至って迴る。 

兩岸 青山 相い對して出で,孤帆 一片 日邊より來る。 

 

 

『望天門山』 現代語訳と訳註

(本文)

望天門山

天門中斷楚江開,碧水東流至北迴。 

兩岸青山相對出,孤帆一片日邊來。 

 

望天門山

天門中斷楚江開,碧水東流至北迴【碧水東流直北迴】。

兩岸青山相對出,孤帆一片日邊來。 

 

 (下し文)

(望天門山)

天門 中斷して 楚江開く,碧水 東流 北に至って迴る。 

兩岸 青山 相い對して出で,孤帆 一片 日邊より來る。 

 

(現代語訳)

(宣城から金陵に下るとき、長江に浮んでみたことを詠ったもので、舟中即吟である。)

天門山は真ん中から裂けたように、屹然として両岸に対峙して、その間を東に流れて行く楚江の碧水は、ここにおいて北に蛇行してめぐっている。

やがて、両岸の青山を隔てて相対して狭まるところを過ぎれば、また、江流広がり、我が乗る一片の小舟は、日辺に比すべき、遠方より来たので、まことに風流な景色であると思うのである。

 

(訳注)

望天門山

(宣城から金陵に下るとき、長江に浮んでみたことを詠ったもので、舟中即吟である。)

天門山 江南西道、宣州、當塗縣の西南二十里にあり、別名峨眉山という。長江を挟んで東に博望、西を梁山という。天門山はむかし雲夢山と呼ばれ、又の名を玉屏山とも言う、張家界市内より南10km離れた所に位置している。

三国期の呉永安六年(紀元263年)に強い地震があった。地震のあと、山の頂上に大きな洞窟ができ、呉の景帝孫休はこれは吉祥の兆しだと思い、この洞窟を天門洞と名づけた。

天門山の標高は1517.9m、山の下の市内と1300m以上も高さの差があるため、天門山が空高く佇んでいて、唯我独尊のような勢いで誇っている。

長い歳月を流れてきた天門山は神妙独特な地形外観、類なき美しさを溢れる自然風景を持って人々の注目を集めている。

天門洞:標高1260mの絶壁の上にあり、その高さは131.5m、幅57m、奥行き60余mである。地質専門家の考察によると、天門洞は岩石の押し合いによって、岩石が崩壊してできたという。

遠くから眺めると大きな天門が空にかかっているようで、非常に壮観である。また、雲海の中に聳え立つ天門洞は変化に富んだ姿を見せてくれる。洞の中を光が通り抜け、幻想的な風景を目にすることができる。

 

天門中斷楚江開,碧水東流至北迴。 

天門山は真ん中から裂けたように、屹然として両岸に対峙して、その間を東に流れて行く楚江の碧水は、ここにおいて北に蛇行してめぐっている。

至北迴 東流から、一気に北に蛇行してめぐっている。

 

兩岸青山相對出,孤帆一片日邊來。 

やがて、両岸の青山を隔てて相対して狭まるところを過ぎれば、また、江流広がり、我が乗る一片の小舟は、日辺に比すべき、遠方より来たので、まことに風流な景色であると思うのである。

日邊 西の端という意味で、遠いことを意味する。太陽の運行からをいうもの。

91 《望廬山五老峯》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <92> Ⅰ李白詩1260 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4848

そこに登ったならば、長江の支流、分流である九江のすばらしい景色が手に取るように見えるだろうから、わたしはこの地で浮き世を離れ、高い雲のかかった松に巣を作って隠棲しようと思う。

 
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91 《望廬山五老峯》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <92> Ⅰ李白詩1260 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4848

 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首

 

 

年:725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八○  文體: 七言絕句 

詩題: 登廬山五老峰 

作地點: 五老峰(江南西道 / 江州 / 廬山) 

及地點:  廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山     

五老峰 (江南西道 江州 廬山)     

九江 (江南西道 岳州 岳州)     

 

登廬山五老峰  

廬山東南五老峰,青天削出金芙蓉。 

九江秀色可攬結,吾將此地巢雲松。 

(廬山の五老峰を望む)

廬山東南 五老峯,青天 削り出だす 金芙蓉。

九江の秀色を 攬結(らんけつ)す可(べ)き,

吾(われ) 此(こ)の地を將(も)って 雲松に巣(すく)はん。

 

廬山は断層の運動によって地塊が周囲からせりあがった断層地塊山地であり、その中に川や谷、湖沼、峰など多様な相貌をもつ。中国における第四紀の氷河が形成した地形の典型とも評され、この観点からジオパーク(世界地質公園)に指定されている。主峰の漢陽峰(大漢陽峰)は海抜が1,474メートルであるが、その周囲には多数の峰がそびえ、その間に渓谷、断崖絶壁、瀑布、洞窟など複雑な地形が生じている。


 五老峰: 海抜1,436メートルの奇岩の峰。形が、五人の老人が座っているように見えることからきている。
 漢陽峰: ピラミッド状の形をした廬山の主峰で江西省最高峰。海抜1,474メートル。
 香炉峰: 白居易の詩の一節(「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」)や『枕草子』への引用などで知られる。
 三畳泉: 落差155メートルの大きな滝。
 龍首崖: 空中に突き出した崖。明代の寺院・天池寺の跡地に近い。
 含鄱口: 五老峰と太乙峰の間の谷間。鄱陽湖に面しているため、湖からの水蒸気がここで霧となって峰々を覆い隠している。

望廬山五老峯
(奇岩の形が、五人の老人が座っているように見える盧山の峰を望む。)

廬山東南五老峯,青天削出金芙蓉。
廬山の東南に五老峰が突兀として側立ち、青天の上に金色かがやく芙蓉の花を削り出したかのようである。 
九江秀色可攬結,吾將此地巣雲松。
そこに登ったならば、長江の支流、分流である九江のすばらしい景色が手に取るように見えるだろうから、わたしはこの地で浮き世を離れ、高い雲のかかった松に巣を作って隠棲しようと思う。
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(廬山の五老峰を望む)

廬山東南 五老峯,青天 削り出だす 金芙蓉。

九江の秀色を 攬結(らんけつ)す可(べ)き,

吾(われ) 此(こ)の地を將(も)って 雲松に巣(すく)はん。

toho0824004 


《望廬山五老峯》 現代語訳と訳註
(
本文)

登廬山五老峰  

廬山東南五老峯,青天削出金芙蓉。
九江秀色可攬結,吾將此地巣雲松。

 

(下し文)

(廬山の五老峰を望む)
廬山 東南  五老峯,青天 削り出だす  金芙蓉。
九江の秀色を  攬結【らんけつ】す可き,吾 此の地を將【も】って  雲松に巣はん。


(現代語訳)
(奇岩の形が、五人の老人が座っているように見える盧山の峰を望む。)

廬山の東南に五老峰が突兀として側立ち、青天の上に金色かがやく芙蓉の花を削り出したかのようである。 
そこに登ったならば、長江の支流、分流である九江のすばらしい景色が手に取るように見えるだろうから、わたしはこの地で浮き世を離れ、高い雲のかかった松に巣を作って隠棲しようと思う。
李白図102
(
訳注)
望廬山五老峰

(奇岩の形が、五人の老人が座っているように見える盧山の峰を望む。)

廬山の東南部分の嶺。本来、山の麓側(陽湖側=東側)からの眺めによって呼ばれた嶺嶺。五つ六つの嶺の稜線が、恰も五人の老人が背を丸めて並んでいるようにも、肩を組んで並んでいるかのようにも見えることから呼ばれた。李白は五老峰の近くの山の中に太白書堂を建ててそこに隠棲しようとした。


廬山東南五老峰、青天削出金芙蓉。
廬山の東南に五老峰が突兀として側立ち、青天の上に金色かがやく芙蓉の花を削り出したかのようである。 
○東南 廬山は山塊、山地といった山で、その山塊の東南部分が五老峰にあたる。

○削出 彫り出す。 

○金芙蓉 金色に輝くハスの花。また、金色に輝く芙蓉の花。五老峰が陽光で黄金色に輝く。


九江秀色可攬結、吾將此地巣雲松。
そこに登ったならば、長江の支流、分流である九江のすばらしい景色が手に取るように見えるだろうから、わたしはこの地で浮き世を離れ、高い雲のかかった松に巣を作って隠棲しようと思う。
○九江 北側の眼下にある尋陽(いまの江西省九江市)のあたりには、長江の九つの支流があつまって、廬山の北を流れる。現・九江市がある。 ・秀色 ひいでた景色。すぐれた景色。 ○攬結 刈り取った稲束のようにとりまとめる。とりあつめる。○巣 すくう。巣を作る。ここでは、隠棲するの意。 ○雲松 浮き世を離れ、雲のかかった背の高い松。


○押韻 峯、蓉。松。

廬山東南五老峯  青天削出金芙蓉
九江秀色可攬結  吾將此地巣雲松

○○○○●●○  ○○●●○○○

△○●●●●●  ○△●●○○○
李白の足跡55 

90 《望廬山瀑布二首其二(絶句)》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <91> Ⅰ李白詩1259 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4843

太陽が香炉峰を照らしはじめると その「香炉」名のとおり、光に映えて紫の煙がわきあがってくる、この嶺の上から遥か彼方に一筋の瀧がみえる まるで向こうの川まで掛けた川のようになって瀑布となっているのが見える。

 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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90 《望廬山瀑布二首其二(絶句)》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <91> Ⅰ李白詩1259 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4843

 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首

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89-#2 《望廬山瀑布水二首其一#2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <90> Ⅰ李白詩1258 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4838

とびちる水玉はうすい霞にかわってゆく、水泡まじりのながれは大岩の中から沸騰して湧き出ているようだ。これほどの景色の中でわたしは名山をこころから楽しむことができる、山とむかいあっていると心が落ち着きのびのびするのである。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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89-#2 《望廬山瀑布水二首其一#2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <90> Ⅰ李白詩1258 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4838 
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444 《天星送楊凝郎中賀正》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1167> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4819韓愈詩-444 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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89-#2 《望廬山瀑布水二首其一#2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <90> Ⅰ李白詩1258 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4838

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89 《望廬山瀑布水 二首其一#1》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<89> Ⅰ李白詩1256 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4828

(この詩は、盧山の白水の瀑布を望んで詠ったもの)その一 ここに、盧山に遊び、西の方に位置する香炉峰に登ると、南のほうにはなだたる瀑布の水が見える。

 
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89 《望廬山瀑布水 二首其一#1》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<89> Ⅰ李白詩1256 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4828 
 ●孟浩然 詩 index●李白詩index●謝霊運 詩 index●司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》●揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-20 《絕句,六首之一》 杜甫index-15 杜甫<820> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4835 杜甫詩1500-820-1138/2500765年永泰元年54歲-20 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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89 《望廬山瀑布水 二首其一#1》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<89> Ⅰ李白詩1256 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4828

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Index-

5

Ⅰ- 5-725年開元十三年25歳

20首

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

28

9

送崔十二遊天竺寺

還聞天竺寺,

卷十五

29

10

登瓦官閣

晨登瓦官閣,

巻二十

30

11

望廬山瀑布水 二首其一#1

西登香爐峰,

巻二十

 

 

望廬山瀑布水二首其一#2

 

巻二十

31

12

望廬山瀑布二首其二(絶句) 

日照香爐生紫煙,

巻二十

32

13

望廬山五老峯 

廬山東南五老峰,

巻二十

33

14

金陵望漢江

漢江迴萬里,

巻二十

34

15

望天門山  李白 6

天門中斷楚江開,

巻二十

35

16

荊門浮舟望蜀江

春水月峽來,

巻二十一

36

17

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁

江行幾千里,

巻二十一

37

18

秋下荊門 李白 4

霜落荊門江樹空,

巻二十一

38

19

江行寄遠 李白 3

刳木出吳楚,

巻二十一

 

年: 725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八○  文體: 五言古詩 

詩題: 望廬山瀑布水,二首之一 

作地點: 廬山(江南西道 / 江州 / 廬山) 

及地點: 廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山     

    香爐峰 (江南西道 江州 廬山) 別名:鑪峰、爐峰     

 

 

望廬山瀑布水 二首其一

西登香爐峰,南見瀑布水。 

掛流三百丈,噴壑數十里。 

欻如飛電來,隱若白虹起。 

初驚河漢落,半灑雲天裡。 

(この詩は、盧山の白水の瀑布を望んで詠ったもの)その一

ここに、盧山に遊び、西の方に位置する香炉峰に登ると、南のほうにはなだたる瀑布の水が見える。
その瀑布は水の流れが落ちかかる長さは、三百丈になる。一気に落ちる勢いでもって谷間に噴出す、その距離は数十里にたっする。
時に稲光が走ったように見えるかと思えることがある、あるいは、暗いとこからばあっと真っ白な橋がかかり、虹が立ったように見えるのである。
これを見て初めて驚いた、まるで天の川が落ちてきたのかと思うほどなのだ、そしてそれが空の雲の中にそそぎこまれているような錯覚をしてしまうのだ。
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<!--[endif]-->

#2

仰觀勢轉雄,壯哉造化功。 

海風吹不斷,江月照還空。 

空中亂潀射,左右洗青壁。 

飛珠散輕霞,流沫沸穹石。 

而我樂名山,對之心益閒。 

無論漱瓊液,還得洗塵顏。 

且諧宿所好,永願辭人間。 

 

(望廬山瀑布水,二首之一  )

西のかた香炉峰に登り、南のかた瀑布の水を見る。
流れを掛くこと三百丈、壑【たに】に噴くこと数十里。
歘【くつ】として飛電の来るが如く、隠として白虹の起つが若し。
初めは驚く 河漢の落ちて、半ば雲天の裏より灑ぐ。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->
<!--[endif]-->

仰ぎ観れば 勢い転【うた】た雄なり、壮なる哉  造化の功。
海風 吹けども断たず、江月 照らすも還た空なり。』

空中に乱れて潨射【そうしゃ】し、左右 青壁を洗う。
飛珠【ひしゅ】軽霞【けいか】を散じ、流沫 穹石【きゅうせき】に沸【わ】く。
而して 我は名山を楽しみ、之に対して心益々閑なり。 

瓊液【けいえき】に漱【すす】ぐを論ずる無し、且つ 塵顔【じんがん】を洗う を得ん。
且つ宿【もと】の好む所に諧【かな】う、永く願う 人間【じんかん】を辞するを。

 

 

 (含異文)

西登香爐峰,南見瀑布水。

掛流三百丈【掛流三千丈】,噴壑數十里。

欻如飛電來【欻如飛練來】,隱若白虹起。

初驚河漢落【初驚銀河落】,半灑雲天裡【半瀉金潭裡】。

仰觀勢轉雄,壯哉造化功。

海風吹不斷,江月照還空【山月照還空】。

空中亂潀射,左右洗青壁。

飛珠散輕霞,流沫沸穹石。

而我樂名山,對之心益閒。

無論漱瓊液,還得洗塵顏。

且諧宿所好,永願辭人間。 

 

toho0824004 

『望廬山瀑布水 二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

望廬山瀑布水 二首其一

西登香爐峰,南見瀑布水。 

掛流三百丈,噴壑數十里。 

欻如飛電來,隱若白虹起。 

初驚河漢落,半灑雲天裡。 

 

 

(下し文)

(望廬山瀑布水,二首之一  )

西のかた香炉峰に登り、南のかた瀑布の水を見る。
流れを掛くこと三百丈、壑【たに】に噴くこと数十里。
歘【くつ】として飛電の来るが如く、隠として白虹の起つが若し。
初めは驚く 河漢の落ちて、半ば雲天の裏より灑ぐ。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->
<!--[endif]-->

 (現代語訳)

(この詩は、盧山の白水の瀑布を望んで詠ったもの)その一

ここに、盧山に遊び、西の方に位置する香炉峰に登ると、南のほうにはなだたる瀑布の水が見える。
その瀑布は水の流れが落ちかかる長さは、三百丈になる。一気に落ちる勢いでもって谷間に噴出す、その距離は数十里にたっする。
時に稲光が走ったように見えるかと思えることがある、あるいは、暗いとこからばあっと真っ白な橋がかかり、虹が立ったように見えるのである。
これを見て初めて驚いた、まるで天の川が落ちてきたのかと思うほどなのだ、そしてそれが空の雲の中にそそぎこまれているような錯覚をしてしまうのだ。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->
<!--[endif]-->

李白図102 

(訳注)
望廬山瀑布水 二首其一

(この詩は、盧山の白水の瀑布を望んで詠ったもの)その一

 

西登香爐峰。南見瀑布水。
ここに、盧山に遊び、西の方に位置する香炉峰に登ると、南のほうにはなだたる瀑布の水が見える。
○廬山 主峰で江西省最高峰。海抜1,474メートル。九江の南にそびえる名山。北は長江、東から南にかけては鄱陽湖と、三方が水にのぞみ、西は陸地に臨む。奇峰が多く天下の璧号いわれる。

○香炉峰 廬山の西北の峰で、細長くて尖が円く、ちょうど香炉(香を焚く糞)に似ている。
廬山は断層の運動によって地塊が周囲からせりあがった断層地塊山地であり、その中に川や谷、湖沼、峰など多様な相貌をもつ。中国における第四紀の氷河が形成した地形の典型とも評され、この観点からジオパーク(世界地質公園)に指定されている。主峰の漢陽峰(大漢陽峰)は海抜が1,474メートルであるが、その周囲には多数の峰がそびえ、その間に渓谷、断崖絶壁、瀑布、洞窟など複雑な地形が生じている。
五老峰: 海抜1,436メートルの奇岩の峰。形が、五人の老人が座っているように見えることからきている。
漢陽峰: ピラミッド状の形をした廬山の主峰で江西省最高峰。海抜1,474メートル。
香炉峰: 白居易の詩の一節(「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」)や『枕草子』への引用などで知られる。
三畳泉: 落差155メートルの大きな滝。
龍首崖: 空中に突き出した崖。明代の寺院・天池寺の跡地に近い。
含鄱口: 五老峰と太乙峰の間の谷間。鄱陽湖に面しているため、湖からの水蒸気がここで霧となって峰々を覆い隠している。


挂流三百丈。噴壑數十里。
その瀑布は水の流れが落ちかかる長さは、三百丈になる。一気に落ちる勢いでもって谷間に噴出す、その距離は数十里にたっする。
○挂 掛と同じ。

○壑 谷、谷間。


欻如飛電來。隱若白虹起。
時に稲光が走ったように見えるかと思えることがある、あるいは、暗いとこからばあっと真っ白な橋がかかり、虹が立ったように見えるのである。
○欻 忽と同じ。にわかに。

○飛電 稲妻。

○隠 不分明のさま。


初驚河漢落。半洒云天里。
これを見て初めて驚いた、まるで天の川が落ちてきたのかと思うほどなのだ、そしてそれが空の雲の中にそそぎこまれているような錯覚をしてしまうのだ。
○河漢 天の川。

○半洒 半分灌ぐかのように見えるという意味。

○云天里 空の雲かたまりの中。

88-#2 《登瓦官閣》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <88-#2> Ⅰ李白詩1256 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4828

城の南掖は、閶闔門と名称され、また、鳳凰樓というのが近い山上に聳えている。楚の楼閣の上において、一度音を発すれば、さながら雷のおこるがごとくして、百山がそのために、搖動すべく、しかし、神霊は、冥漠の中にあって、この楼閣を擁護し、萬栱の傾くを助けている。



88-#2 《登瓦官閣》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <88-#2> Ⅰ李白詩1256 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4828

蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首

 

 

年:725年開元十三年25歳

卷別: 卷一八○  文體: 五言古詩 

詩題: 登瓦官閣 

作地點: 江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧) 

及地點:  瓦官閣 (江南東道 潤州 江寧) 別名:瓦棺閣     

     江寧 (江南東道 潤州 江寧) 別名:金陵     

鍾山 (江南東道 潤州 鍾山) 別名:鍾峰、蔣山、紫金山     

     鳳凰樓 (江南東道 潤州 江寧)     

     魯靈光殿 (河南道 兗州 曲阜) 別名:魯殿     

 

 

登瓦官閣 #1

(この詩は、金陵にいる時、瓦官閣に登って金陵の風光と故事について詠ったもの。)

晨登瓦官閣,極眺金陵城。 

朝早くから瓦官閣に登って、金陵の城郭中を眺められる範囲を全て見やった。

鍾山對北戶,淮水入南榮。 

鍾山は、瓦官閣の北戶に對し,秦淮の水は、南側の榮檐に入るように見える。

漫漫雨花落,嘈嘈天樂鳴。 

春の盛りで漫漫と咲き誇る花に雨がふりそそぐ、ここに聞こえる天上の仙楽は嘈嘈と鳴り響く。

兩廊振法鼓,四角吟風箏。 

両方の長廊では太鼓を鳴らし、瓦官閣の四隅の屋翼には風鈴が鳴り響いていた。

杳出霄漢上,仰攀日月行。 

この瓦官閣は高さが三百丈もあり、はるか霄漢の上に出ているし、仰げば、太陽と月との運行を攀じてみているのである。

 #2

山空霸氣滅,地古寒陰生。 

山は空しく覇気が既にすっかり消えてしまい、地は古くして寒く厚い雲で影を生じている。

寥廓雲海晚,蒼茫宮觀平。 

雲海寛廣にして、やがて暮れんとし、城中には、ほの暗い中、宮觀が平らかに舗いて見える。

門餘閶闔字,樓識鳳凰名。 

城の南掖は、閶闔門と名称され、また、鳳凰樓というのが近い山上に聳えている。

雷作百山動,神扶萬栱傾。 

楚の楼閣の上において、一度音を発すれば、さながら雷のおこるがごとくして、百山がそのために、搖動すべく、しかし、神霊は、冥漠の中にあって、この楼閣を擁護し、萬栱の傾くを助けている。
靈光何足貴,長此鎮吳京。 

何時までも厳然として、対峙して立っているので、名だたる魯国の靈光殿も、これに比較して、尊ぶに足らず、ここにあって長く金陵の地を鎮するのは、まことにありがたく、且つ貴きことである。

 

 (瓦官閣に登る)

晨に瓦官閣に登り,金陵城を極眺す。 

鍾山は北戶に對し,淮水は南榮に入る。 

漫漫として 雨花落ち,嘈嘈【そうそう】として 天樂鳴る。 

兩廊 法鼓を振り,四角 風箏を吟す。 

杳【はるか】に霄漢の上に出で,仰いで 日月を攀じて行く。

 #2

山 空しくして 霸氣滅し,地 古くして 寒陰生ず。 

寥廓【りょうかく】雲海の晚,蒼茫 宮觀の平。 

門には餘す 閶闔【しょうこう】の字,樓には識る 鳳凰の名。 

雷 作って百山動き,神 扶けて萬栱【ばんきょう】傾く。 

靈光 何ぞ貴ぶに足らん,長く此に 吳京を鎮す。 

李白図102

 

『登瓦官閣』 現代語訳と訳註

(本文)

登瓦官閣 #2

山空霸氣滅,地古寒陰生。 

寥廓雲海晚,蒼茫宮觀平。 

門餘閶闔字,樓識鳳凰名。 

雷作百山動,神扶萬栱傾。 

靈光何足貴,長此鎮吳京。 

 

(下し文)

(瓦官閣に登る) #2

山 空しくして 霸氣滅し,地 古くして 寒陰生ず。 

寥廓【りょうかく】雲海の晚,蒼茫 宮觀の平。 

門には餘す 閶闔【しょうこう】の字,樓には識る 鳳凰の名。 

雷 作って百山動き,神 扶けて萬栱【ばんきょう】傾く。 

靈光 何ぞ貴ぶに足らん,長く此に 吳京を鎮す。 

 

(現代語訳)

山は空しく覇気が既にすっかり消えてしまい、地は古くして寒く厚い雲で影を生じている。

雲海寛廣にして、やがて暮れんとし、城中には、ほの暗い中、宮觀が平らかに舗いて見える。

城の南掖は、閶闔門と名称され、また、鳳凰樓というのが近い山上に聳えている。

楚の楼閣の上において、一度音を発すれば、さながら雷のおこるがごとくして、百山がそのために、搖動すべく、しかし、神霊は、冥漠の中にあって、この楼閣を擁護し、萬栱の傾くを助けている。

何時までも厳然として、対峙して立っているので、名だたる魯国の靈光殿も、これに比較して、尊ぶに足らず、ここにあって長く金陵の地を鎮するのは、まことにありがたく、且つ貴きことである。

 金陵城図00

 

(訳注)

登瓦官閣 #2

(この詩は、金陵にいる時、瓦官閣に登って金陵の風光と故事について詠ったもの。)

瓦官閣 江南東道 潤州 江寧にあった。横江の渡津にあった寺の楼閣で、高さは三百丈(約75m)もあった。

 

山空霸氣滅,地古寒陰生。 

山は空しく覇気が既にすっかり消えてしまい、地は古くして寒く厚い雲で影を生じている。

 

寥廓雲海晚,蒼茫宮觀平。 

雲海寛廣にして、やがて暮れんとし、城中には、ほの暗い中、宮觀が平らかに舗いて見える。

寥廓 広々として大きいさま。寛廣。

蒼茫 1 見渡すかぎり青々として広いさま。「―たる大海」2 ほの暗いさま。「―

 

門餘閶闔字,樓識鳳凰名。 

城の南掖は、閶闔門と名称され、また、鳳凰樓というのが近い山上に聳えている。

閶闔 晋の金陵の南面に四門あり、最西を西掖門、正中を大司馬門、次の東側を南掖門、次を東掖門と称した。宋の時代に、南掖門を閶闔門と改めた。

鳳凰 鳳凰樓は鳳臺山上にあり、宋元嘉中に建てられた。

 

雷作百山動,神扶萬栱傾。 

楚の楼閣の上において、一度音を発すれば、さながら雷のおこるがごとくして、百山がそのために、搖動すべく、しかし、神霊は、冥漠の中にあって、この楼閣を擁護し、萬栱の傾くを助けている。

萬栱 組み立てた材木。

 

靈光何足貴,長此鎮吳京。 

何時までも厳然として、対峙して立っているので、名だたる魯国の靈光殿も、これに比較して、尊ぶに足らず、ここにあって長く金陵の地を鎮するのは、まことにありがたく、且つ貴きことである。

靈光 魯国の靈光殿は、はなはだ荘厳であった。

吳京 呉の都、すなわち金陵。
三峡 巫山十二峰001 

 
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87 《送崔十二遊天竺寺》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌と遊ぶ。<87> Ⅰ李白詩1255 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4823

しかし私としても、来年には、その地に行こうと、それも、君とともに、大海に乗り出す予定であるから、君も、そのつもりで、暫くここで逗留して待っていてもらいたいものである。

 
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87 《送崔十二遊天竺寺》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌と遊ぶ。<87> Ⅰ李白詩1255 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4823 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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87 《送崔十二遊天竺寺》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌と遊ぶ。<87> Ⅰ李白詩1255 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4823

 

 

Index-

5

Ⅰ- 5-725年開元十三年25歳

20首

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

28

9

送崔十二遊天竺寺

還聞天竺寺,

卷十五

29

10

登瓦官閣

晨登瓦官閣,

巻二十

30

11

望廬山瀑布水二首其一

西登香爐峰,

巻二十

31

12

望廬山瀑布二首其二(絶句) 

日照香爐生紫煙,

巻二十

32

13

望廬山五老峯 

廬山東南五老峰,

巻二十

33

14

金陵望漢江

漢江迴萬里,

巻二十

34

15

望天門山  李白 6

天門中斷楚江開,

巻二十

35

16

荊門浮舟望蜀江

春水月峽來,

巻二十一

36

17

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁

江行幾千里,

巻二十一

37

18

秋下荊門 李白 4

霜落荊門江樹空,

巻二十一

38

19

江行寄遠 李白 3

刳木出吳楚,

巻二十一

 

 

年:725年開元十三年25歳

卷別:    卷一七五              文體:    五言古詩

詩題:    送崔十二遊天竺寺

作地點:              江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧)

寫及地點:天竺寺 (江南東道 杭州 杭州)       

遊人物:              崔十二    當地交遊(江南東道 潤州 江寧)

 

 

送崔十二遊天竺寺

還聞天竺寺,夢想懷東越。

每年海樹霜,桂子落秋月。

送君遊此地,已屬流芳歇。

待我來歲行,相隨浮溟渤。

(この詩は、崔十二が杭州の天竺寺に遊ぶを送ってつくったもの。)

またしても、天竺寺という名を聞けば、夢うつつにも東越の地を思い浮かべるが、その地は、幽邃を極めて、まことに仏寺たるにふさわしい。

その寺においては、毎年、海辺の木に霜の降るころ、桂の実が秋の明月の中から降るということなのである。

ただ、君がこの地で遊ぶというのは、どちらかというと時節が悪く、流芳もすでに凋んでしま秋も終わりころであって、格別風流な景色もないのである。

しかし私としても、来年には、その地に行こうと、それも、君とともに、大海に乗り出す予定であるから、君も、そのつもりで、暫くここで逗留して待っていてもらいたいものである。

 

(崔十二の天竺寺に遊ぶを送る)

還た聞く天竺寺,夢想 東越を懷う。

每年 海樹の霜,桂子 秋月に落つ。

君 此の地に遊ぶを送る,已に流芳の歇むに屬す。

待て 我が來歲行き,相い隨って 溟渤に浮ぶ。

 

李白図102 

『送崔十二遊天竺寺』 現代語訳と訳註

(本文)

送崔十二遊天竺寺

還聞天竺寺,夢想懷東越。

每年海樹霜,桂子落秋月。

送君遊此地,已屬流芳歇。

待我來歲行,相隨浮溟渤。

 

(下し文)

(崔十二の天竺寺に遊ぶを送る)

還た聞く天竺寺,夢想 東越を懷う。

每年 海樹の霜,桂子 秋月に落つ。

君 此の地に遊ぶを送る,已に流芳の歇むに屬す。

待て 我が來歲行き,相い隨って 溟渤に浮ぶ。

 

(現代語訳)

(この詩は、崔十二が杭州の天竺寺に遊ぶを送ってつくったもの。)

またしても、天竺寺という名を聞けば、夢うつつにも東越の地を思い浮かべるが、その地は、幽邃を極めて、まことに仏寺たるにふさわしい。

その寺においては、毎年、海辺の木に霜の降るころ、桂の実が秋の明月の中から降るということなのである。

ただ、君がこの地で遊ぶというのは、どちらかというと時節が悪く、流芳もすでに凋んでしま秋も終わりころであって、格別風流な景色もないのである。

ただ、君がこの地で遊ぶというのは、どちらかというと時節が悪く、流芳もすでに凋んでしま秋も終わりころであって、格別風流な景色もないのである。

呉越の地図 

(訳注)

送崔十二遊天竺寺

(この詩は、崔十二が杭州の天竺寺に遊ぶを送ってつくったもの。)

天竺寺 杭州市の天竺山には著名三寺が有る, “天竺三寺”(通称上天竺寺、中天竺寺、下天竺寺)としょうしている。天竺寺(下天竺寺)寺は東晋・咸和5年(330)の建立にさかのぼるが、天竺寺の名は隋の開皇15年(595)、僧真観が道安禅師とともに拡張して、霊隠寺から独立して以降のものである。かくして霊隠寺と天竺寺は、山門を同じくし、霊隠天竺門と呼ばれた。

 

還聞天竺寺,夢想懷東越。

またしても、天竺寺という名を聞けば、夢うつつにも東越の地を思い浮かべるが、その地は、幽邃を極めて、まことに仏寺たるにふさわしい。

東越 杭州は春秋の時は、越に属し、東部にあるので東越といったもの。

 

每年海樹霜,桂子落秋月。

その寺においては、毎年、海辺の木に霜の降るころ、桂の実が秋の明月の中から降るということなのである。

桂子落秋月 桂の実が秋の明月の中から降る

唐の宋之問の『霊隠寺』「桂子月中落,天香雲外飄」(桂子月中より落ち 天香雲外に飄る)..

霊隠寺は杭州にある寺院で、初めの解説参考.

 

送君遊此地,已屬流芳歇。

ただ、君がこの地で遊ぶというのは、どちらかというと時節が悪く、流芳もすでに凋んでしま秋も終わりころであって、格別風流な景色もないのである。

 

待我來歲行,相隨浮溟渤。

しかし私としても、来年には、その地に行こうと、それも、君とともに、大海に乗り出す予定であるから、君も、そのつもりで、暫くここで逗留して待っていてもらいたいものである。

溟渤 溟海と渤海というべき大海。

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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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Index-

5

Ⅰ- 5-725年開元十三年25歳

20首

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

 

 

年:725年開元十三年25歳

卷別:    卷一七四              文體:    五言律詩

詩題:    渡荊門送別

作地點:              荊門山(山南東道 / 峽州 / 宜都)

及地點:              荊門山 (山南東道 峽州 宜都)           

 

 

 湖北地方に出た李白らが、足をとどめたのは江陵(湖北省沙市市)だ。江陵は荊州(けいしゅう)の州治のある県で、唐代には中隔城壁が設けられ、南北両城に区分された大城である。大都督府の使府も置かれ、軍事的にも重要な都市であった。李白と呉指南は江陵で冬を越し、地元の知識人と交流して翌年の春までを過ごす。

 

渡荊門送別

(江陵にいた時、荊門から宜都にいたる人を送ったもので、送別の詩。)

渡遠荊門外,來從楚國遊。

山隨平野盡,江入大荒流。

荊門山外、船津は遠くて、長江を渡るのは、容易の事ではない。遠く荊門に外までやってきて、はるばると楚の国から旅をしてきた。

月下飛天鏡,雲生結海樓。

顧みて、眺めれば、蜀の山はすでにつきて平野が東南に広がるにつれ、山は消え去り、広大な天地と接して長江江は流れてゆく。

仍連故鄉水,萬里送行舟。

月はかたむいてゆけば、さながら天の鏡を飛ばすようであり、雲が出現すれば、長江の上には、にわかに暗くして、蜃気楼が湧いて起る。

此れより君は、東行されるが、しみじみと故郷の水につながるこの長江に、行舟を送られて万里のかなたへゆかれるのだ。

 

(荊門を渡りて別を送る)    

渡ること遠し荊門【けいもん】の外、来りて従う  楚国の遊。

山は平野に随いて尽き、江(かわ)は大荒に入りて流る。

月は下りて  天鏡 飛び、雲は生じて  海楼を結ぶ。

仍お憐れむ  故郷の水、万里  行舟を送るを。

巫山十二峰002 

『渡荊門送別』 現代語訳と訳註

(本文)

渡荊門送別

渡遠荊門外,來從楚國遊。

山隨平野盡,江入大荒流。

月下飛天鏡,雲生結海樓。

仍連故鄉水,萬里送行舟。

 

(下し文)

(荊門を渡りて別を送る)    

渡ること遠し荊門【けいもん】の外、来りて従う  楚国の遊。

山は平野に随いて尽き、江(かわ)は大荒に入りて流る。

月は下りて  天鏡 飛び、雲は生じて  海楼を結ぶ。

仍お憐れむ  故郷の水、万里  行舟を送るを。

 

(現代語訳)

(江陵にいた時、荊門から宜都にいたる人を送ったもので、送別の詩。)

荊門山外、船津は遠くて、長江を渡るのは、容易の事ではない。遠く荊門に外までやってきて、はるばると楚の国から旅をしてきた。

顧みて、眺めれば、蜀の山はすでにつきて平野が東南に広がるにつれ、山は消え去り、広大な天地と接して長江江は流れてゆく。

月はかたむいてゆけば、さながら天の鏡を飛ばすようであり、雲が出現すれば、長江の上には、にわかに暗くして、蜃気楼が湧いて起る。

此れより君は、東行されるが、しみじみと故郷の水につながるこの長江に、行舟を送られて万里のかなたへゆかれるのだ。

 

(訳注)

渡荊門送別       

(江陵にいた時、荊門から宜都にいたる人を送ったもので、送別の詩。)

この詩は、李白が江陵にいた時、荊門から宜都にいたる人を送ったもの

○荊門 山名。湖北省宜都県の西北方、長江の南岸にある。河川に両岸が迫っているので呼ばれる。北岸の虎牙山と相対した江運の難所である。宜宗の大中二年(848年)、桂林刺史、桂管防禦観察使の鄭亜が循州(広東省恵陽県)に貶され、李商隠は幕を辞して都へ帰った。馮浩はその路中の作とする。偶成転韻と題する詩に「頃之職を失いて南風に辞す、破帆壊漿 荊江の中。」と歌われており、李商隠はこの荊門のあたりの難所で実際に危険な目にあったらしい。杜甫「詠懐古跡五首其三」李白「秋下荊門」「渡荊門送別」三峡をすこし下ってここに差し掛かることを詠う。

李白は江陵で当時の道教教団、最高指導者の司馬承禎(しばしょうてい)と会っている。司馬承禎は玄宗皇帝から幾度も宮中に召され、法籙(ほうろく・道教の免許)を授けるほどに信頼された人物だ。司馬承禎は南岳衡山(こうざん)での祭儀に参加するため湖南に行く途中で、江陵にさしかかったのだった。すでに高齢に達していた司馬承禎に李白は詩を呈し、道教について教えを乞うた。司馬承禎が李白を「仙風道骨あり、神とともに八極の表に遊ぶべし」と褒めたという。
725
年 開元十三年の春三月、二十五歳の李白と呉指南は江陵に別れを告げ、「楚国の遊」に旅立った。詩は江陵を去るに当たって知友に残した作品で、留別の詩。
 李白は眼前に広がる楚地の広大な天地に意欲をみなぎらせ、同時に「仍(な)お憐れむ 故郷の水 万里 行舟を送るを」と感傷もにじませる。



韻は、遊、流、楼、舟。
渡遠荊門外  來從楚國遊
山隨平野盡  江入大荒流
月下飛天鏡  雲生結海樓
仍連故鄉水  萬里送行舟
●●○○●  △△●●○

○○○●●  ○●●△○

●●○○●  ○△●●○

○○●○●  ●●●△○

 

渡遠荊門外、来従楚国遊。
荊門山外、船津は遠くて、長江を渡るのは、容易の事ではない。遠く荊門に外までやってきて、はるばると楚の国から旅をしてきた。
楚国 楚は、中国に周代、春秋時代、戦国時代にわたって存在した王国。現在の湖北省、湖南省を中心とした広い地域を領土とした。首都は丹陽。

 

山随平野尽、江入大荒流。
顧みて、眺めれば、蜀の山はすでにつきて平野が東南に広がるにつれ、山は消え去り、広大な天地と接して長江江は流れてゆく。

山随 蜀の山々の間を逗留して下り

平野尽 長江は山々の間を下り、薊門をすぎた後に平野が広がる。

月下飛天鏡、雲生結海楼。
月はかたむいてゆけば、さながら天の鏡を飛ばすようであり、雲が出現すれば、長江の上には、にわかに暗くして、蜃気楼が湧いて起る。


仍憐故郷水、万里送行舟。
此れより君は、東行されるが、しみじみと故郷の水につながるこの長江に、行舟を送られて万里のかなたへゆかれるのだ。

 

三峡 巫山十二峰001 


 


渡荊門送別       
渡遠荊門外、来従楚国遊。
山随平野尽、江入大荒流。
月下飛天鏡、雲生結海楼。
仍憐故郷水、万里送行舟。


(荊門を渡りて別を送る)

渡ること遠し荊門【けいもん】の外、来りて従う  楚国の遊。
山は平野に随いて尽き、江(かわ)は大荒に入りて流る。
月は下りて  天鏡 飛び、雲は生じて  海楼を結ぶ。
仍お憐れむ  故郷の水、万里  行舟を送るを。


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85 《江上寄巴東故人》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 25歳 20 首 <85> Ⅰ李白詩1253 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4813

東風はわが夢を吹きとどけてくれて、遙か西の漢水と巫山の間に落ちていってくれる。夢が醒めてから後の事、白帝城にいる故友のことを憶う、それは、再会の約束時期、私が違えてしまっていることだった。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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85

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Index-

5

Ⅰ- 5-725年開元十三年25歳

20首

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

 

 

 

 

作年:725年開元十三年25歳

卷別:    卷一七三              文體:    五言律詩

詩題:    江上寄巴東故人

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              巴東 (山南東道 歸州 巴東)              

巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城      

瞿塘峽 (山南東道 夔州 夔州) 別名:瞿塘      

 

 

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,巫山雲雨飛。

東風吹客夢,西落此中時。

覺後思白帝,佳人與我違。

瞿塘饒賈客,音信莫令稀。

(李白が江上にいるとき、巴東にいる故友にこの詩を寄せたものである。)

漢水の波浪は、遠く天に接し、その先は巫山に通じ、高唐の賦の「朝雲暮雨」の雲雨が紛飛している。

東風はわが夢を吹きとどけてくれて、遙か西の漢水と巫山の間に落ちていってくれる。

夢が醒めてから後の事、白帝城にいる故友のことを憶う、それは、再会の約束時期、私が違えてしまっていることだった。

白帝城の下は瞿塘峡には、船商人のものが多く往来していて、いくらも方法はあるので、これに託して、音信を通じてくれればよいので、疎濶にならないよう願っている。(江上巴東の故人に寄す)

漢水 波浪遠く,巫山 雲雨飛ぶ。

東風 客夢を吹き,西 此の中にある時に落る。

覺後 白帝を思い,佳人 我と違う。

瞿塘 賈客饒し,音信 稀なら令むる莫れ。

李白図102 

 

『江上寄巴東故人』 現代語訳と訳註

(本文)

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,巫山雲雨飛。

東風吹客夢,西落此中時。

覺後思白帝,佳人與我違。

瞿塘饒賈客,音信莫令稀。

 

 

(下し文)

(江上巴東の故人に寄す)

漢水 波浪遠く,巫山 雲雨飛ぶ。

東風 客夢を吹き,西 此の中にある時に落る。

覺後 白帝を思い,佳人 我と違う。

瞿塘 賈客饒し,音信 稀なら令むる莫れ。

 

(現代語訳)

(李白が江上にいるとき、巴東にいる故友にこの詩を寄せたものである。)

漢水の波浪は、遠く天に接し、その先は巫山に通じ、高唐の賦の「朝雲暮雨」の雲雨が紛飛している。

東風はわが夢を吹きとどけてくれて、遙か西の漢水と巫山の間に落ちていってくれる。

夢が醒めてから後の事、白帝城にいる故友のことを憶う、それは、再会の約束時期、私が違えてしまっていることだった。

白帝城の下は瞿塘峡には、船商人のものが多く往来していて、いくらも方法はあるので、これに託して、音信を通じてくれればよいので、疎濶にならないよう願っている。

三峡 巫山十二峰001 

(訳注)

江上寄巴東故人

(李白が江上にいるとき、巴東にいる故友にこの詩を寄せたものである。)

巴東 四川省の東半分の郡名。後漢に置かれた巴・巴東・巴西の三郡の地域。ここでは白帝城あたりのこと。

 

漢水波浪遠,巫山雲雨飛。

漢水の波浪は、遠く天に接し、その先は巫山に通じ、高唐の賦の「朝雲暮雨」の雲雨が紛飛している。

漢水 中国の長江(揚子江)最長の支流で漢江,襄水とも呼ばれる。陝西省南西部の寧強県の北の嶓冢(はちよう)山に源を発し,南東に流れ,陝西省南部,湖北省北西部および中部を経て,武漢市で長江に注ぐ。

巫山雲雨 巫山の雲雨。《宋玉の「高唐賦」の、楚の懐王が昼寝の夢の中で巫山の神女と契ったという故事から》男女が夢の中で結ばれること。また、男女が情を交わすこと。巫山の雲。巫山の雨。巫山の夢。朝雲暮雨。

 

東風吹客夢,西落此中時。

東風はわが夢を吹きとどけてくれて、遙か西の漢水と巫山の間に落ちていってくれる。

東風 長江を遡上できる風。

此中 漢水と巫山の間。

 

覺後思白帝,佳人與我違。

夢が醒めてから後の事、白帝城にいる故友のことを憶う、それは、再会の約束時期、私が違えてしまっていることだった。

白帝 白帝城は中国重慶市奉節県の長江三峡に位置する地名。かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来。永安宮ともいう。 三国時代、蜀の建国者劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。

 

瞿塘饒賈客,音信莫令稀。

白帝城の下は瞿塘峡には、船商人のものが多く往来していて、いくらも方法はあるので、これに託して、音信を通じてくれればよいので、疎濶にならないよう願っている。

瞿塘 瞿塘峡は中華人民共和国の長江本流に位置する峡谷。巫峡、西陵峡と並び、三峡を構成する。別名は夔峡。 瞿塘峡は三峡のもっとも上流にあり、西は重慶市奉節県の白帝城から、東は重慶市巫山県の大溪鎮までの区間である。

賈客 船商人のこと。
巫山十二峰002 

83-#4 《江夏行》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 25歳 20 首 <83-#4> Ⅰ李白詩1251 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4803

今はまさに、夫が歓楽に過ごすことを一番としており同じように過ごしたいけれど、あの方が去ってから、自らをかたちづくる化粧もしなくなった、それで、いまは誰が見ても若い盛りのあでやかな容華であったものを知っている者はいない。

 
 2014年9月13日の紀頌之5つのブログ 
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441-#3 《雜詩》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1164> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4804韓愈詩-441-#3 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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《江夏行》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首 <83-#4> Ⅰ李白詩1251 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4803

 

 

 

Index-

5

Ⅰ- 5-725年開元十三年25歳

20首

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

 

作時年:725年開元十三年25歳

卷別:    卷一六七              文體:    雜言古詩

詩題:    江夏行

作地點:              鄂州(江南西道 / 鄂州 / 鄂州)

及地點:              鄂州 (江南西道 鄂州 鄂州) 別名:江夏         

揚州 (淮南道 揚州 揚州) 別名:廣陵、淮南、淮海      

黃鶴樓 (江南西道 鄂州 江夏)           

 

 

江夏行 #1

憶昔嬌小姿,春心亦自持。

為言嫁夫婿,得免長相思。

誰知嫁商賈,令人卻愁苦。

自從為夫妻,何曾在鄉土。

(船商人の妻が旅に出たきり帰らない夫を思い、その情緒を詠ったもの)#1

思えば昔の事、まだ、嬌小の姿でようやく物心ついた時分には、自ら検束して、淫蕩の心などすこしも起さなかった。

娘の気持ちというのは、夫のもとに嫁いでいけば長く相思相愛、夫のことで苦労があろうなど思いもしなかったのである。

ところが、誰が知っていたというのか、江夏の船商人に嫁入りしてから、人として却って愁苦せしめられるということだったのだ。

それは何かといえば、夫婦となってから夫は、一日も郷土に落ち着いて居ることがなく,始終、旅に出ているからである。

#2

去年下揚州,相送黃鶴樓。

眼看帆去遠,心逐江水流。

只言期一載,誰謂歷三秋。

使妾腸欲斷,恨君情悠悠。

去年、夫が揚州の方へ下るというから、連れ立って黄鶴楼まで行き、送別した。

夫の舟を送ると、次第に遠く帆影が見えなくなるまでじっと佇んでいると、妻の心は長江の流れを負ってとこまでも附いてゆくような気がしたのだ。

しかし、揚州はそんなに遠く無いので、一年の内には帰って来るだろうと思っていたところが、もうすでに三年も経過したが、新妻を置いたまま、いまだに帰ってこないなど云うことをだれが言うというのか。

新妻を女として心も体もかよい合わせることなく断たれたままで、夫君の心情というのは、どうしてそんなに悠々といておられるか、恨みにさえ思うのである。

#3

東家西舍同時發,北去南來不逾月。

未知行李遊何方,作個音書能斷絕。

適來往南浦,欲問西江船。

正見當壚女,紅妝二八年。

勿論ここのものはどちらを向いても、船商人ばかりで東側の家のもの、西側の家のものも、同時に出発し、あるいは、北に去ってゆき、あるいは南に向かって行くけれどわずか一カ月で帰ってきた。

我が夫の旅の行く先は何処に遊んでいるのか、こちらから、いくら、手紙を出しても全く返事がないのである。

このように一向に返事がないので、夫の消息を訪ねようと思い、こうして、南浦まで出かけてきて、長江を西に向かう船にことづけを恃もうとした。

その船には、紅妝十六歳のきわめて若い女が乗り込んでいて、丁度その時、壚にあたって、酒の支度をし始めたところであった。

#4

一種為人妻,獨自多悲悽。

對鏡便垂淚,逢人只欲啼。

不如輕薄兒,旦暮長相隨。

悔作商人婦,青春長別離。

如今正好同歡樂,君去容華誰得知。

思えば一つの種類と思われる人の妻になっているのに、どうして自分ひとりだけこんなにも多くの悲しみを抱くことになるのだろうか。

鏡に向かうと、すなわち涙を流し、人に逢えば、唯だ、啼こうとするのである。

こんな生活をするくらいなら、あの紅妝十六歳のきわめて若い女のように軽薄な男でも構わない、朝から晩まで伴に、一緒に長く暮らしていく方だどれだけよいのか。

船商人の妻となってあたら青春の盛りを長く別離したままでいることを後悔しているのである。

今はまさに、夫が歓楽に過ごすことを一番としており同じように過ごしたいけれど、あの方が去ってから、自らをかたちづくる化粧もしなくなった、それで、いまは誰が見ても若い盛りのあでやかな容華であったものを知っている者はいない。

 

 (江夏行)

憶う昔 嬌小の姿,春心 亦た 自ら持す。

為に言う 夫婿に嫁すれば,長相思を免るるを得んと。

誰か知らん 商賈に嫁し,人をして卻って愁苦せ令むるを。

夫妻と為ってより,何んぞ曾って鄉土に在らん。

#2

去年 揚州に下り,相い送る 黃鶴樓。

眼に看る 帆 去るは遠く,心は逐江水をうて流る。

只だ言う 一載を期す,誰か謂わん 三秋を歷んとは。

妾をして腸 斷んと欲し使む,恨む君が 情悠悠たる。

#3

東家西舍 同時に發し,北去南來 月を逾えず。

未だ知らず 行李 何れの方に遊ぶかを,個の音書を作って能く斷絕す。

適【たまた】ま來って南浦に往き,西江の船を問わんと欲す。

正に見る 當壚の女,紅妝 二八の年。

#4

一種 人妻と為り,獨り自ら悲悽多し。

鏡に對して便ち淚を垂れ,人に逢うて只だ啼かんと欲す。

如かず 輕薄の兒,旦暮 長く相い隨う。

悔るらくは商人の婦と作って,青春 長く別離なり。

今の如き正に好し同じく歡樂し,君去らば 容華 誰か知るを得ん。

三峡 巫山十二峰001 

 

『江夏行』 現代語訳と訳註

(本文) #4

一種為人妻,獨自多悲悽。

對鏡便垂淚,逢人只欲啼。

不如輕薄兒,旦暮長相隨。

悔作商人婦,青春長別離。

如今正好同歡樂,君去容華誰得知。

 

 

(下し文)

一種 人妻と為り,獨り自ら悲悽多し。

鏡に對して便ち淚を垂れ,人に逢うて只だ啼かんと欲す。

如かず 輕薄の兒,旦暮 長く相い隨う。

悔るらくは商人の婦と作って,青春 長く別離なり。

今の如き正に好し同じく歡樂し,君去らば 容華 誰か知るを得ん。

 

(現代語訳)

思えば一つの種類と思われる人の妻になっているのに、どうして自分ひとりだけこんなにも多くの悲しみを抱くことになるのだろうか。

鏡に向かうと、すなわち涙を流し、人に逢えば、唯だ、啼こうとするのである。

こんな生活をするくらいなら、あの紅妝十六歳のきわめて若い女のように軽薄な男でも構わない、朝から晩まで伴に、一緒に長く暮らしていく方だどれだけよいのか。

船商人の妻となってあたら青春の盛りを長く別離したままでいることを後悔しているのである。

今はまさに、夫が歓楽に過ごすことを一番としており同じように過ごしたいけれど、あの方が去ってから、自らをかたちづくる化粧もしなくなった、それで、いまは誰が見ても若い盛りのあでやかな容華であったものを知っている者はいない。

李白図102 

(訳注)  #4

江夏行

(船商人の妻が旅に出たきり帰らない夫を思い、その情緒を詠ったもの)

江夏 鄂州、武昌であり、江夏郡、江夏縣であり、江南西道に属す。長江の要津で、船商人が多く住んでいた。

 

一種為人妻,獨自多悲悽。

思えば一つの種類と思われる人の妻になっているのに、どうして自分ひとりだけこんなにも多くの悲しみを抱くことになるのだろうか。

 

對鏡便垂淚,逢人只欲啼。

鏡に向かうと、すなわち涙を流し、人に逢えば、唯だ、啼こうとするのである。

 

不如輕薄兒,旦暮長相隨。

こんな生活をするくらいなら、あの紅妝十六歳のきわめて若い女のように軽薄な男でも構わない、朝から晩まで伴に、一緒に長く暮らしていく方だどれだけよいのか。

輕薄兒 軽薄な男。壚にあたって、酒の支度をした、紅妝十六歳のきわめて若い女が相手をしたような軽薄な男。

旦暮 朝から晩まで。

 

悔作商人婦,青春長別離。

船商人の妻となってあたら青春の盛りを長く別離したままでいることを後悔しているのである。

 

如今正好同歡樂,君去容華誰得知。

今はまさに、夫が歓楽に過ごすことを一番としており同じように過ごしたいけれど、あの方が去ってから、自らをかたちづくる化粧もしなくなった、それで、いまは誰が見ても若い盛りのあでやかな容華であったものを知っている者はいない。

容華誰得知 夫が去って以来、自分を飾り、綺麗にすることをやめたので、綺麗だったころのことを知る者はいない。
太白山001 

83-#3 《江夏行》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 25歳 20 首 <83-#3> Ⅰ李白詩1250 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4798

勿論ここのものはどちらを向いても、船商人ばかりで東側の家のもの、西側の家のものも、同時に出発し、あるいは、北に去ってゆき、あるいは南に向かって行くけれどわずか一カ月で帰ってきた。

 

 
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去年、夫が揚州の方へ下るというから、連れ立って黄鶴楼まで行き、送別した。夫の舟を送ると、次第に遠く帆影が見えなくなるまでじっと佇んでいると、妻の心は長江の流れを負ってとこまでも附いてゆくような気がしたのだ。

 
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Index-

5

Ⅰ- 5-725年開元十三年25歳

20首

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

 

作時年:725年開元十三年25歳

卷別:    卷一六七              文體:    雜言古詩

詩題:    江夏行

作地點:              鄂州(江南西道 / 鄂州 / 鄂州)

及地點:              鄂州 (江南西道 鄂州 鄂州) 別名:江夏         

揚州 (淮南道 揚州 揚州) 別名:廣陵、淮南、淮海      

黃鶴樓 (江南西道 鄂州 江夏)           

 

 

江夏行 #1

(船商人の妻が旅に出たきり帰らない夫を思い、その情緒を詠ったもの)#1

憶昔嬌小姿,春心亦自持。

思えば昔の事、まだ、嬌小の姿でようやく物心ついた時分には、自ら検束して、淫蕩の心などすこしも起さなかった。

為言嫁夫婿,得免長相思。

娘の気持ちというのは、夫のもとに嫁いでいけば長く相思相愛、夫のことで苦労があろうなど思いもしなかったのである。

誰知嫁商賈,令人卻愁苦。

ところが、誰が知っていたというのか、江夏の船商人に嫁入りしてから、人として却って愁苦せしめられるということだったのだ。

自從為夫妻,何曾在鄉土。

それは何かといえば、夫婦となってから夫は、一日も郷土に落ち着いて居ることがなく,始終、旅に出ているからである。

#2

去年下揚州,相送黃鶴樓。

去年、夫が揚州の方へ下るというから、連れ立って黄鶴楼まで行き、送別した。

眼看帆去遠,心逐江水流。

夫の舟を送ると、次第に遠く帆影が見えなくなるまでじっと佇んでいると、妻の心は長江の流れを負ってとこまでも附いてゆくような気がしたのだ。

只言期一載,誰謂歷三秋。

しかし、揚州はそんなに遠く無いので、一年の内には帰って来るだろうと思っていたところが、もうすでに三年も経過したが、新妻を置いたまま、いまだに帰ってこないなど云うことをだれが言うというのか。

使妾腸欲斷,恨君情悠悠。

新妻を女として心も体もかよい合わせることなく断たれたままで、夫君の心情というのは、どうしてそんなに悠々といておられるか、恨みにさえ思うのである。

#3

東家西舍同時發,北去南來不逾月。

未知行李遊何方,作個音書能斷絕。

適來往南浦,欲問西江船。

正見當壚女,紅妝二八年。

#4

一種為人妻,獨自多悲悽。

對鏡便垂淚,逢人只欲啼。

不如輕薄兒,旦暮長相隨。

悔作商人婦,青春長別離。

如今正好同歡樂,君去容華誰得知。

 

 (江夏行)

憶う昔 嬌小の姿,春心 亦た 自ら持す。

為に言う 夫婿に嫁すれば,長相思を免るるを得んと。

誰か知らん 商賈に嫁し,人をして卻って愁苦せ令むるを。

夫妻と為ってより,何んぞ曾って鄉土に在らん。

#2

去年 揚州に下り,相い送る 黃鶴樓。

眼に看る 帆 去るは遠く,心は逐江水をうて流る。

只だ言う 一載を期す,誰か謂わん 三秋を歷んとは。

妾をして腸 斷んと欲し使む,恨む君が 情悠悠たる。

#3

東家西舍 同時に發し,北去南來 月を逾えず。

未だ知らず 行李 何れの方に遊ぶかを,個の音書を作って能く斷絕す。

適【たまた】ま來って南浦に往き,西江の船を問わんと欲す。

正に見る 當壚の女,紅妝 二八の年。

#4

一種 人妻と為り,獨り自ら悲悽多し。

鏡に對して便ち淚を垂れ,人に逢うて只だ啼かんと欲す。

如かず 輕薄の兒,旦暮 長く相い隨う。

悔るらくは商人の婦と作って,青春 長く別離なり。

今の如き正に好し同じく歡樂し,君去らば 容華 誰か知るを得ん。

 

江夏黄鶴楼関連図 

『江夏行』 現代語訳と訳註

(本文)

#2

去年下揚州,相送黃鶴樓。

眼看帆去遠,心逐江水流。

只言期一載,誰謂歷三秋。

使妾腸欲斷,恨君情悠悠。

 

 

(下し文) #2

去年 揚州に下り,相い送る 黃鶴樓。

眼に看る 帆 去るは遠く,心は逐江水をうて流る。

只だ言う 一載を期す,誰か謂わん 三秋を歷んとは。

妾をして腸 斷んと欲し使む,恨む君が 情悠悠たる。

 

 

(現代語訳)

去年、夫が揚州の方へ下るというから、連れ立って黄鶴楼まで行き、送別した。

夫の舟を送ると、次第に遠く帆影が見えなくなるまでじっと佇んでいると、妻の心は長江の流れを負ってとこまでも附いてゆくような気がしたのだ。

しかし、揚州はそんなに遠く無いので、一年の内には帰って来るだろうと思っていたところが、もうすでに三年も経過したが、新妻を置いたまま、いまだに帰ってこないなど云うことをだれが言うというのか。

新妻を女として心も体もかよい合わせることなく断たれたままで、夫君の心情というのは、どうしてそんなに悠々といておられるか、恨みにさえ思うのである。

荊州001 

 

(訳注) #2

去年下揚州,相送黃鶴樓。

去年、夫が揚州の方へ下るというから、連れ立って黄鶴楼まで行き、送別した。

揚州 江蘇省にかつて存在した州。現在の揚州市に相当する。揚州 (江蘇省) -江蘇省に南北朝時代、陳により短期間設置された州。妓女の街としての揚州は大都市の妓女の生活も、長安により近かった。揚州は娼妓の都市としてたいへん有名なところであり、ひとたび夜になると、「妓楼の上に、常に赤い絹の被いで包んだ夜燈が無数にともされ空中に輝いた。九里三十歩の広さの街は、真珠、素翠などさまざまな飾りで満ち溢れ、はるか遠い仙境のようだった」(『太平広記』巻二七三)という。この繁華の情景は妓館の多さ、遊廓の繁栄ぶりをよく物語っている。ここは長安の平康里とひじょうによく似ており、妓女たちの生活も長安とほぼ同じだったと思われる。

黃鶴樓 武漢市武昌区にかつて存在した楼閣。現在はほぼ同位置に再建された楼閣がある。武漢随一の名勝地であり、中国の「江南三大名楼」のひとつである。 李白の代表的な漢詩「黄鶴樓送孟浩然之廣陵》(黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る)や崔顥の「黄鶴樓」にてその名を知られている。

李白《黄鶴樓送孟浩然之廣陵》

故人西辞黄鶴楼、烟花三月下揚州。

孤帆遠影碧空尽、唯見長江天際流。

黄鶴楼送孟浩然之広陵  李白15

 

眼看帆去遠,心逐江水流。

夫の舟を送ると、次第に遠く帆影が見えなくなるまでじっと佇んでいると、妻の心は長江の流れを負ってとこまでも附いてゆくような気がしたのだ。

 

只言期一載,誰謂歷三秋。

しかし、揚州はそんなに遠く無いので、一年の内には帰って来るだろうと思っていたところが、もうすでに三年も経過したが、新妻を置いたまま、いまだに帰ってこないなど云うことをだれが言うというのか。

期一載 一年出会えるという約束。

三秋 三度の秋が過ぎてしまったという、三年である。

 

使妾腸欲斷,恨君情悠悠。

新妻を女として心も体もかよい合わせることなく断たれたままで、夫君の心情というのは、どうしてそんなに悠々といておられるか、恨みにさえ思うのである。

83 《江夏行》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌と遊ぶ。 <84> Ⅰ李白詩1249 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4793

思えば昔の事、まだ、嬌小の姿でようやく物心ついた時分には、自ら検束して、淫蕩の心などすこしも起さなかった。娘の気持ちというのは、夫のもとに嫁いでいけば長く相思相愛、夫のことで苦労があろうなど思いもしなかったのである。

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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83 《江夏行》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首 <84> Ⅰ李白詩1249 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4793

 

 

Index-

5

Ⅰ- 5-725年開元十三年25歳

20首

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

 

作時年:725年開元十三年25歳

卷別:    卷一六七              文體:    雜言古詩

詩題:    江夏行

作地點:              鄂州(江南西道 / 鄂州 / 鄂州)

及地點:              鄂州 (江南西道 鄂州 鄂州) 別名:江夏         

揚州 (淮南道 揚州 揚州) 別名:廣陵、淮南、淮海      

黃鶴樓 (江南西道 鄂州 江夏)           

 

 

江夏行 #1

憶昔嬌小姿,春心亦自持。

為言嫁夫婿,得免長相思。

誰知嫁商賈,令人卻愁苦。

自從為夫妻,何曾在鄉土。

(船商人の妻が旅に出たきり帰らない夫を思い、その情緒を詠ったもの)#1

思えば昔の事、まだ、嬌小の姿でようやく物心ついた時分には、自ら検束して、淫蕩の心などすこしも起さなかった。

娘の気持ちというのは、夫のもとに嫁いでいけば長く相思相愛、夫のことで苦労があろうなど思いもしなかったのである。

ところが、誰が知っていたというのか、江夏の船商人に嫁入りしてから、人として却って愁苦せしめられるということだったのだ。

それは何かといえば、夫婦となってから夫は、一日も郷土に落ち着いて居ることがなく,始終、旅に出ているからである。

#2

去年下揚州,相送黃鶴樓。

眼看帆去遠,心逐江水流。

只言期一載,誰謂歷三秋。

使妾腸欲斷,恨君情悠悠。

#3

東家西舍同時發,北去南來不逾月。

未知行李遊何方,作個音書能斷絕。

適來往南浦,欲問西江船。

正見當壚女,紅妝二八年。

#4

一種為人妻,獨自多悲悽。

對鏡便垂淚,逢人只欲啼。

不如輕薄兒,旦暮長相隨。

悔作商人婦,青春長別離。

如今正好同歡樂,君去容華誰得知。

 

 (江夏行)

憶う昔 嬌小の姿,春心 亦た 自ら持す。

為に言う 夫婿に嫁すれば,長相思を免るるを得んと。

誰か知らん 商賈に嫁し,人をして卻って愁苦せ令むるを。

夫妻と為ってより,何んぞ曾って鄉土に在らん。

#2

去年 揚州に下り,相い送る 黃鶴樓。

眼に看る 帆 去るは遠く,心は逐江水をうて流る。

只だ言う 一載を期す,誰か謂わん 三秋を歷んとは。

妾をして腸 斷んと欲し使む,恨む君が 情悠悠たる。

#3

東家西舍 同時に發し,北去南來 月を逾えず。

未だ知らず 行李 何れの方に遊ぶかを,個の音書を作って能く斷絕す。

適【たまた】ま來って南浦に往き,西江の船を問わんと欲す。

正に見る 當壚の女,紅妝 二八の年。

#4

一種 人妻と為り,獨り自ら悲悽多し。

鏡に對して便ち淚を垂れ,人に逢うて只だ啼かんと欲す。

如かず 輕薄の兒,旦暮 長く相い隨う。

悔るらくは商人の婦と作って,青春 長く別離なり。

今の如き正に好し同じく歡樂し,君去らば 容華 誰か知るを得ん。

李白図102 

 

『江夏行』 現代語訳と訳註

(本文)

江夏行 #1

憶昔嬌小姿,春心亦自持。

為言嫁夫婿,得免長相思。

誰知嫁商賈,令人卻愁苦。

自從為夫妻,何曾在鄉土。

 

(下し文)

(江夏行)

憶う昔 嬌小の姿,春心 亦た 自ら持す。

為に言う 夫婿に嫁すれば,長相思を免るるを得んと。

誰か知らん 商賈に嫁し,人をして卻って愁苦せ令むるを。

夫妻と為ってより,何んぞ曾って鄉土に在らん。

 

(現代語訳)

(船商人の妻が旅に出たきり帰らない夫を思い、その情緒を詠ったもの)#1

思えば昔の事、まだ、嬌小の姿でようやく物心ついた時分には、自ら検束して、淫蕩の心などすこしも起さなかった。

娘の気持ちというのは、夫のもとに嫁いでいけば長く相思相愛、夫のことで苦労があろうなど思いもしなかったのである。

ところが、誰が知っていたというのか、江夏の船商人に嫁入りしてから、人として却って愁苦せしめられるということだったのだ。

それは何かといえば、夫婦となってから夫は、一日も郷土に落ち着いて居ることがなく,始終、旅に出ているからである。

 

(訳注)

江夏行 #1

(船商人の妻が旅に出たきり帰らない夫を思い、その情緒を詠ったもの)

江夏 鄂州、武昌であり、江夏郡、江夏縣であり、江南西道に属す。長江の要津で、船商人が多く住んでいた。

toho0824004 

憶昔嬌小姿,春心亦自持。

思えば昔の事、まだ、嬌小の姿でようやく物心ついた時分には、自ら検束して、淫蕩の心などすこしも起さなかった。

 

為言嫁夫婿,得免長相思。

娘の気持ちというのは、夫のもとに嫁いでいけば長く相思相愛、夫のことで苦労があろうなど思いもしなかったのである。

 

誰知嫁商賈,令人卻愁苦。

ところが、誰が知っていたというのか、江夏の船商人に嫁入りしてから、人として却って愁苦せしめられるということだったのだ。

 

自從為夫妻,何曾在鄉土。

それは何かといえば、夫婦となってから夫は、一日も郷土に落ち着いて居ることがなく,始終、旅に出ているからである。
魚玄機55021 

82 《白紵辭,三首之三》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <82> Ⅰ李白詩1247 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4783

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊り、玉釵を君の冠の紐をかけて、君を留めるから、君もその意に違わず、なおここに居続けて歓楽を極めることがいいことなのだと詠う。)その三

 
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82 《白紵辭,三首之三》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <82> Ⅰ李白詩1247 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4783 
 ●孟浩然 詩 index●李白詩index●謝霊運 詩 index●司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》●揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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82 《白紵辭,三首之三》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <82> Ⅰ李白詩1247 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4783

 

 

巻三    白紵辭,三首之三

作年:725年開元十三年25歳

卷別:  卷一六三        文體:  樂府

詩題:  白紵辭,三首之三

作地點:        江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧)

 

 

白紵辭三首 其一

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊ると詠う。)

揚清歌,發皓齒,北方佳人東鄰子。

すみきった声をあげて歌うために、まっしろな歯をみせている。それは、李夫人の様な北方の佳人だろうし、宋玉の東鄰の処女に比すべき美人たちである。

且吟白紵停綠水,長袖拂面為君起。

古めかしい、「緑水」の曲などはやめて新しい、この面白い白紵の辞を歌うでの、その一方において、うす絹の長い袖で顔を隠し、あなたの歓賞を得ようとその歌に合う白紵の舞を踊り始めたのである。

寒雲夜卷霜海空,胡風吹天飄塞鴻。

夜が更けてきたとき寒々とした重い雲、大地には霜が降れば、まるで海のようであって、北風、胡地より吹ききたるように白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、大雁を翻すように白紵をひるがえす、この宴席の外は惨澹たる景色である。

玉顏滿堂樂未終,館娃日落歌吹濛。

玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。西施の居所の館娃官と同じように日が落ちても歌に踊りに笛を吹いてはっきりしないほどの宴席が続く。



(白紵辞【はくちょじ】 其の一)
清歌を揚げ、皓歯を発く、北方の佳人 東隣の子。

且つ白紵を吟じて 緑水を停め、長袖 面を払って 君が為に起つ。

寒雲 夜巻いて 霜海空ごこち、胡風天を吹いて 塞鴻諷えす。
玉顔満堂 楽しみ未だ終らず、
館娃 日落ちて歌吹濛たり。

 

白紵辭,三首之二

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊り、大空に飛び上がりたいものと詠う。)その二

月寒江清夜沈沈,美人一笑千黃金。

西施の居所の館娃官と同じように日が落ちても歌に踊り、長夜の宴ははじまろと、月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。美人の一微笑を得んがためには千の黄金も惜しくない。

垂羅舞縠揚哀音,郢中白雪且莫吟。

そうすれば、美女たちは、うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、微妙な細い声をあげて歌いだす。その歌は「郢中の白雪」曲というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。

子夜吳歌動君心,動君心,冀君賞。

この国の民謡で、むかし子夜という女がうたったという風俗歌の「呉歌」でそれが「白紵辞」であり、それが君の心を動かそう。君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。

願作天池雙鴛鴦,一朝飛去青雲上。

願わくは、歌舞の美人たちは御苑の池のつがいの鴛鴦のように君の寵愛を得て、やがては青雲の上に飛んで仙界に行きたいと心に思い暮らしている。



(白紵辭,三首之二)

月寒く 江は清く 夜沈沈たり,美人 一笑 千の黃金。

羅を垂れ 縠を舞わして 哀音を揚ぐ,郢中の「白雪」 且つ吟ずる莫れ。

子夜吳歌 君の心を動す,君の心を動して,君の賞を冀【こいねが】う。

願わくば天池の雙鴛鴦と作り,一朝 飛び去らん 青雲の上。

白紵辭,三首之三

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊り、玉釵を君の冠の紐をかけて、君を留めるから、君もその意に違わず、なおここに居続けて歓楽を極めることがいいことなのだと詠う。)その三

吳刀剪綵縫舞衣,明妝麗服奪春暉。

呉の国の小刀を以て、美しい綵段を裁断し、そして縫い上げたのがこの舞衣裳である。それを着つければ、明妝麗服、まことに美しく、その光彩は光のどかな春の光さえも圧倒するものなのだ。

揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所稀。

それから眉をあげ、袖をひるがえして白紵で舞い踊れば、それれはさながら、白雲の飛ぶような絶世にして独立し、ひとたび顧われれば、国を傾けることになる、いにしえの李夫人のように世上稀なことを見るというものだ。

激楚結風醉忘歸,高堂月落燭已微,玉釵掛纓君莫違。

こうして「激楚結風」の曲を歌い舞えば、満堂の賓客は酒に舞いに酔うて帰るのも忘れていると、高堂の上月が落ちかかって、燈火の影もようやくうすくなりはじめる。美人たちは、既に歌舞を善くするが上に、情思さらに深く、玉釵を君の冠の紐をかけて、君を留めるから、君もその意に違わず、なおここに居続けて歓楽を極めることがいいことなのだ。

 

(白紵辭,三首の三)

吳の刀 綵を剪って舞衣を縫う,明妝の麗服 春暉を奪う。

眉を揚げて 袖を轉じ 雪の飛ぶが若し,傾城 獨立せば 世の稀なる所なり。

「激楚結風」醉うて歸るを忘る,高堂 月落ちて 燭 已に微なり,玉釵 纓に掛く 君違う莫れ。

 

55moon 

『白紵辭,三首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

白紵辭,三首之三

吳刀剪綵縫舞衣,明妝麗服奪春暉。

揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所稀。

激楚結風醉忘歸,高堂月落燭已微,玉釵掛纓君莫違。

 

 

(下し文)

(白紵辭,三首の三)

吳の刀 綵を剪って舞衣を縫う,明妝の麗服 春暉を奪う。

眉を揚げて 袖を轉じ 雪の飛ぶが若し,傾城 獨立せば 世の稀なる所なり。

「激楚結風」醉うて歸るを忘る,高堂 月落ちて 燭 已に微なり,玉釵 纓に掛く 君違う莫れ。

 

(現代語訳)

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊り、玉釵を君の冠の紐をかけて、君を留めるから、君もその意に違わず、なおここに居続けて歓楽を極めることがいいことなのだと詠う。)その三

呉の国の小刀を以て、美しい綵段を裁断し、そして縫い上げたのがこの舞衣裳である。それを着つければ、明妝麗服、まことに美しく、その光彩は光のどかな春の光さえも圧倒するものなのだ。

それから眉をあげ、袖をひるがえして白紵で舞い踊れば、それれはさながら、白雲の飛ぶような絶世にして独立し、ひとたび顧われれば、国を傾けることになる、いにしえの李夫人のように世上稀なことを見るというものだ。

こうして「激楚結風」の曲を歌い舞えば、満堂の賓客は酒に舞いに酔うて帰るのも忘れていると、高堂の上月が落ちかかって、燈火の影もようやくうすくなりはじめる。美人たちは、既に歌舞を善くするが上に、情思さらに深く、玉釵を君の冠の紐をかけて、君を留めるから、君もその意に違わず、なおここに居続けて歓楽を極めることがいいことなのだ。

 

(訳注)

白紵辭,三首之三

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊り、玉釵を君の冠の紐をかけて、君を留めるから、君もその意に違わず、なおここに居続けて歓楽を極めることがいいことなのだと詠う。)その三

○白紵辭 晋の時代、呉の地方に白紵の舞というのが起った。白紵というのは、麻の着物の美白なもの。それを着て舞い、その舞の歌を白紵辞と言った。

『白紵舞』は晉の頃から唐代の宮廷のみならず民間にも広まった舞踊で、日本、韓国、東南アジア一帯にも伝えられた。白紵とは、麻の一種で織られた薄手の白い織物のことで、白紵で仕立てられた長い袖を翻す舞い姿は、優美にして変化に富み、その美しさは古来、波を揺らすそよ風や舞い降りる雪などにたとえられている。呉歌においては、白紵、雅楽では子夜といった。梁の武帝が沈約に命じて、その詩を更制せしめた。梁の武帝が改作させたのは、四首連続して、四時を分詠したもので、子夜四時歌である。

鮑照《白紵舞》

朱脣動、素腕舉。

洛陽少童邯鄲女。古稱綠水今白紵。

催弦急管為君舞。窮秋九月荷葉黃。

北風驅鴈天雨霜。夜長酒多樂未央。

 

白紵舞001吳刀剪綵縫舞衣,明妝麗服奪春暉。

呉の国の小刀を以て、美しい綵段を裁断し、そして縫い上げたのがこの舞衣裳である。それを着つければ、明妝麗服、まことに美しく、その光彩は光のどかな春の光さえも圧倒するものなのだ。

綵 美しい綵段

春暉 光のどかな春の光

 

揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所稀。

それから眉をあげ、袖をひるがえして白紵で舞い踊れば、それれはさながら、白雲の飛ぶような絶世にして独立し、ひとたび顧われれば、国を傾けることになる、いにしえの李夫人のように世上稀なことを見るというものだ。

傾城獨立世所稀 李延年の歌に基づく。文末参照。

 

激楚結風醉忘歸,高堂月落燭已微,玉釵掛纓君莫違。

こうして「激楚結風」の曲を歌い舞えば、満堂の賓客は酒に舞いに酔うて帰るのも忘れていると、高堂の上月が落ちかかって、燈火の影もようやくうすくなりはじめる。美人たちは、既に歌舞を善くするが上に、情思さらに深く、玉釵を君の冠の紐をかけて、君を留めるから、君もその意に違わず、なおここに居続けて歓楽を極めることがいいことなのだ。

激楚結風 激楚と結風は、ともに急調子な楚の楽曲の名という。

荊、吳、鄭、衛之聲,韶、濩、武、象之樂,陰淫案衍之音;鄢、郢繽紛,激楚結風。

荊、吳、鄭、衛の聲,韶【しょう】、濩【ご】、武、象の樂,陰淫【いんいん】案衍【あんえん】の音;鄢【えん】、郢【えい】繽紛【ひんぷん】として,激楚【げきそ】結風あり。

この他、楚・呉・鄭・衛の民歌、韶・獲・武・象といった聖人の音楽、あるいは、節度のない放縦な曲であり、鄢、郢に伝わる複雑な楚の歌謡の、激楚・結風なども奏でられる。

○韶、濩、武、象之樂 韶は舜の楽。濩は湯王の楽。武は大武で、武王の楽。象は周公の楽。

○陰淫案桁 陰淫と案桁は、ともに畳韻語で、節度がなく放縦な形容。たがいに双声の関係にある。

○鄢、郢繽紛,激楚結風 鄢(湖北省宜城の南)も、郢(湖北省江陵の北)も、ともに春秋時代の楚の都。激楚と結風は、ともに急調子な楚の楽曲の名という。

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李延年 (漢、武帝の時代、宮廷楽士。)

北方有佳人、絶世而独立。

一顧傾人城、再顧傾人国。

寧不知傾城与傾国、佳人難再得。

 北方に佳人有り、絶世にして独り立ち、

 一たび顧みれば人の城を傾け、再び顧みれば人の国を傾く。

いずくんぞ傾城と傾国を知らざらんや。佳人再びは得難し。

北の方に美しい人がいる、その美しさは、この世に類なく。

 一たび顧みれば、都市を捨ててもいい気になり、再び顧みれば、国を捨ててもいい気になる。

 都市や国を危うくすることはわかっているが、このような美人は二度と手に入らない。

平陽公主が李延年には妹が、まさしく類い稀なる美女で、舞も見事であった。こうして彼女は武帝に寵愛されるようになり、一児をもうけた。李夫人はほどなく病にかかり、若くしてこの世を去った。 武帝は彼女の死を悼み、甘泉宮に肖像画を掛け彼女を偲んだ。
李白図102 

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この国の民謡で、むかし子夜という女がうたったという風俗歌の「呉歌」でそれが「白紵辞」であり、それが君の心を動かそう。君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。

 
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寫作地點:      江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧)

巻三    白紵辭,三首之二

作年:725年開元十三年25歳

卷別:  卷一六三        文體:  樂府

詩題:  白紵辭,三首之二

作地點:        江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧)

 

 

白紵辭三首 其一

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊ると詠う。)

揚清歌,發皓齒,北方佳人東鄰子。

すみきった声をあげて歌うために、まっしろな歯をみせている。それは、李夫人の様な北方の佳人だろうし、宋玉の東鄰の処女に比すべき美人たちである。

且吟白紵停綠水,長袖拂面為君起。

古めかしい、「緑水」の曲などはやめて新しい、この面白い白紵の辞を歌うでの、その一方において、うす絹の長い袖で顔を隠し、あなたの歓賞を得ようとその歌に合う白紵の舞を踊り始めたのである。

寒雲夜卷霜海空,胡風吹天飄塞鴻。

夜が更けてきたとき寒々とした重い雲、大地には霜が降れば、まるで海のようであって、北風、胡地より吹ききたるように白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、大雁を翻すように白紵をひるがえす、この宴席の外は惨澹たる景色である。

玉顏滿堂樂未終,館娃日落歌吹濛。

玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。西施の居所の館娃官と同じように日が落ちても歌に踊りに笛を吹いてはっきりしないほどの宴席が続く。

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(白紵辞【はくちょじ】 其の一)
清歌を揚げ、皓歯を発く、北方の佳人 東隣の子。

且つ白紵を吟じて 緑水を停め、長袖 面を払って 君が為に起つ。

寒雲 夜巻いて 霜海空ごこち、胡風天を吹いて 塞鴻諷えす。
玉顔満堂 楽しみ未だ終らず、
館娃 日落ちて歌吹濛たり。

 

白紵辭,三首之二

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊り、大空に飛び上がりたいものと詠う。)その二

月寒江清夜沈沈,美人一笑千黃金。

西施の居所の館娃官と同じように日が落ちても歌に踊り、長夜の宴ははじまろと、月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。美人の一微笑を得んがためには千の黄金も惜しくない。

垂羅舞縠揚哀音,郢中白雪且莫吟。

そうすれば、美女たちは、うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、微妙な細い声をあげて歌いだす。その歌は「郢中の白雪」曲というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。

子夜吳歌動君心,動君心,冀君賞。

この国の民謡で、むかし子夜という女がうたったという風俗歌の「呉歌」でそれが「白紵辞」であり、それが君の心を動かそう。君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。

願作天池雙鴛鴦,一朝飛去青雲上。

願わくは、歌舞の美人たちは御苑の池のつがいの鴛鴦のように君の寵愛を得て、やがては青雲の上に飛んで仙界に行きたいと心に思い暮らしている。

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(白紵辭,三首之二)

月寒く 江は清く 夜沈沈たり,美人 一笑 千の黃金。

羅を垂れ 縠を舞わして 哀音を揚ぐ,郢中の「白雪」 且つ吟ずる莫れ。

子夜吳歌 君の心を動す,君の心を動して,君の賞を冀【こいねが】う。

願わくば天池の雙鴛鴦と作り,一朝 飛び去らん 青雲の上。

呉越の地図 

 

『白紵辭,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

白紵辭,三首之二

月寒江清夜沈沈,美人一笑千黃金。

垂羅舞縠揚哀音,郢中白雪且莫吟。

子夜吳歌動君心,動君心,冀君賞。

願作天池雙鴛鴦,一朝飛去青雲上。

 

(下し文)

(白紵辭,三首之二)

月寒く 江は清く 夜沈沈たり,美人 一笑 千の黃金。

羅を垂れ 縠を舞わして 哀音を揚ぐ,郢中の「白雪」 且つ吟ずる莫れ。

子夜吳歌 君の心を動す,君の心を動して,君の賞を冀【こいねが】う。

願わくば天池の雙鴛鴦と作り,一朝 飛び去らん 青雲の上。

 

(現代語訳)

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊り、大空に飛び上がりたいものと詠う。)その二

西施の居所の館娃官と同じように日が落ちても歌に踊り、長夜の宴ははじまろと、月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。美人の一微笑を得んがためには千の黄金も惜しくない。
そうすれば、美女たちは、うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、微妙な細い声をあげて歌いだす。その歌は「郢中の白雪」曲というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。
この国の民謡で、むかし子夜という女がうたったという風俗歌の「呉歌」でそれが「白紵辞」であり、それが君の心を動かそう。君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。
願わくは、歌舞の美人たちは御苑の池のつがいの鴛鴦のように君の寵愛を得て、やがては青雲の上に飛んで仙界に行きたいと心に思い暮らしている。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->白紵舞001
<!--[endif]-->

(訳注)

白紵辭,三首之二

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊り、大空に飛び上がりたいものと詠う。)その二

○白紵辭 晋の時代、呉の地方に白紵の舞というのが起った。白紵というのは、麻の着物の美白なもの。それを着て舞い、その舞の歌を白紵辞と言った。

『白紵舞』は晉の頃から唐代の宮廷のみならず民間にも広まった舞踊で、日本、韓国、東南アジア一帯にも伝えられた。白紵とは、麻の一種で織られた薄手の白い織物のことで、白紵で仕立てられた長い袖を翻す舞い姿は、優美にして変化に富み、その美しさは古来、波を揺らすそよ風や舞い降りる雪などにたとえられている。呉歌においては、白紵、雅楽では子夜といった。梁の武帝が沈約に命じて、その詩を更制せしめた。梁の武帝が改作させたのは、四首連続して、四時を分詠したもので、子夜四時歌である。

鮑照《白紵舞》

朱脣動、素腕舉。

洛陽少童邯鄲女。古稱綠水今白紵。

催弦急管為君舞。窮秋九月荷葉黃。

北風驅鴈天雨霜。夜長酒多樂未央。

 

月寒江清夜沈沈,美人一笑千黃金。

西施の居所の館娃官と同じように日が落ちても歌に踊り、長夜の宴ははじまろと、月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。美人の一微笑を得んがためには千の黄金も惜しくない。
○沈沈 夜がふけてしずかな様子。

 

垂羅舞縠揚哀音,郢中白雪且莫吟。

そうすれば、美女たちは、うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、微妙な細い声をあげて歌いだす。その歌は「郢中の白雪」曲というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。
○穀 ちぢみおりで飾る。

○郢中白雪 郢は春秋時代の楚の国の都。いまの湖北省江陵県。「白雪」は楚の国の歌曲の名。宋玉の「楚王の問いに対う」という賦の中にこんな話がある。ある旅人が郢に来て歌をうたった。はじめ「下里巴人」(かりはじん)という歌をうたったところ、国中でいっしょについて歌った者が、数千人もいた。つぎに「陽阿薤露」という歌をうたったら、いっしょに歌った者が、数百人いた。さいごに「陽春白雪」の歌をうたったら、国中でいっしょに歌った者が、わずか数十人であったという。低俗な歌の流行していた郢の中では「白雪」のような高尚な歌曲は向かないという故事である。

 

子夜吳歌動君心,動君心,冀君賞。

この国の民謡で、むかし子夜という女がうたったという風俗歌の「呉歌」でそれが「白紵辞」であり、それが君の心を動かそう。君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。
○子夜呉歌 古い歌曲の名。晋の時代、呉の地方(江蘇竺帯)の子夜という少女の作った民謡と伝えられる。李白にも有名な作がある。

○冀 こいねがう。承諾をとる。

 

願作天池雙鴛鴦,一朝飛去青雲上。

願わくは、歌舞の美人たちは御苑の池のつがいの鴛鴦のように君の寵愛を得て、やがては青雲の上に飛んで仙界に行きたいと心に思い暮らしている。
○天池 天子の御苑の中の池。「荘子」がいう天上の池。

○鴛鴦 鴛 おしどり。鴦 おしどりの雌。
李白図102 

80 《白紵辭其一》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州に遊ぶ。20 首 <80> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778

玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。西施の居所の館娃官と同じように日が落ちても歌に踊りに笛を吹いてはっきりしないほどの宴席が続く。




 
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80 《白紵辭,三首之一》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州に遊ぶ。20 首 <80> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778

 

 

蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

巻三    其一    80 白紵辭三首 其一

作年:725年開元十三年25歳

卷別:  卷一六三        文體:  樂府

詩題:  白紵辭,三首之一

作地點:        江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧)

及地點:        館娃宮 (江南東道 蘇州 蘇州)      

 

 

白紵辭三首 其一

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊ると詠う。)

揚清歌,發皓齒,北方佳人東鄰子。

すみきった声をあげて歌うために、まっしろな歯をみせている。それは、李夫人の様な北方の佳人だろうし、宋玉の東鄰の処女に比すべき美人たちである。

且吟白紵停綠水,長袖拂面為君起。

古めかしい、「緑水」の曲などはやめて新しい、この面白い白紵の辞を歌うでの、その一方において、うす絹の長い袖で顔を隠し、あなたの歓賞を得ようとその歌に合う白紵の舞を踊り始めたのである。

寒雲夜卷霜海空,胡風吹天飄塞鴻。

夜が更けてきたとき寒々とした重い雲、大地には霜が降れば、まるで海のようであって、北風、胡地より吹ききたるように白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、大雁を翻すように白紵をひるがえす、この玉顏滿堂樂未終,館娃日落歌吹濛。

宴席の外は惨澹たる景色である。

玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。西施の居所の館娃官と同じように日が落ちても歌に踊りに笛を吹いてはっきりしないほどの宴席が続く。
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(白紵辞【はくちょじ】 其の一)
清歌を揚げ、皓歯を発く、北方の佳人 東隣の子。

且つ白紵を吟じて 緑水を停め、長袖 面を払って 君が為に起つ。

寒雲 夜巻いて 霜海空ごこち、胡風天を吹いて 塞鴻諷えす。
玉顔満堂 楽しみ未だ終らず、
館娃 日落ちて歌吹濛たり。

白紵舞001 

 

現代語訳と訳註
(
本文)

白紵辭三首 其一

揚清歌,發皓齒,北方佳人東鄰子。

且吟白紵停綠水,長袖拂面為君起。

寒雲夜卷霜海空,胡風吹天飄塞鴻。

玉顏滿堂樂未終,館娃日落歌吹濛。

 

(含異文)

揚清歌【揚清音】,發皓齒,北方佳人東鄰子。且吟白紵停綠水【旦吟白紵停綠水】,長袖拂面為君起。寒雲夜卷霜海空,胡風吹天飄塞鴻。玉顏滿堂樂未終,館娃日落歌吹濛【館娃日落歌吹中】。

 

(下し文)
(白紵辞【はくちょじ】 其の一)
清歌を揚げ、皓歯を発く、北方の佳人 東隣の子。

且つ白紵を吟じて 緑水を停め、長袖 面を払って 君が為に起つ。

寒雲 夜巻いて 霜海空ごこち、胡風天を吹いて 塞鴻諷えす。
玉顔満堂 楽しみ未だ終らず、
館娃 日落ちて歌吹濛たり。

 

(現代語訳)
(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊ると詠う。)

すみきった声をあげて歌うために、まっしろな歯をみせている。それは、李夫人の様な北方の佳人だろうし、宋玉の東鄰の処女に比すべき美人たちである。
古めかしい、「緑水」の曲などはやめて新しい、この面白い白紵の辞を歌うでの、その一方において、うす絹の長い袖で顔を隠し、あなたの歓賞を得ようとその歌に合う白紵の舞を踊り始めたのである。
夜が更けてきたとき寒々とした重い雲、大地には霜が降れば、まるで海のようであって、北風、胡地より吹ききたるように白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、大雁を翻すように白紵をひるがえす、この宴席の外は惨澹たる景色である。

玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。西施の居所の館娃官と同じように日が落ちても歌に踊りに笛を吹いてはっきりしないほどの宴席が続く。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->満月
<!--[endif]-->

(訳注)
白紵辞

(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊ると詠う。)

○白紵辭 晋の時代、呉の地方に白紵の舞というのが起った。白紵というのは、麻の着物の美白なもの。それを着て舞い、その舞の歌を白紵辞と言った。

『白紵舞』は晉の頃から唐代の宮廷のみならず民間にも広まった舞踊で、日本、韓国、東南アジア一帯にも伝えられた。白紵とは、麻の一種で織られた薄手の白い織物のことで、白紵で仕立てられた長い袖を翻す舞い姿は、優美にして変化に富み、その美しさは古来、波を揺らすそよ風や舞い降りる雪などにたとえられている。呉歌においては、白紵、雅楽では子夜といった。梁の武帝が沈約に命じて、その詩を更制せしめた。梁の武帝が改作させたのは、四首連続して、四時を分詠したもので、子夜四時歌である。

鮑照《白紵舞》

朱脣動、素腕舉。洛陽少童邯鄲女。

古稱綠水今白紵。催弦急管為君舞。

窮秋九月荷葉黃。北風驅鴈天雨霜。

夜長酒多樂未央。


揚清歌、發皓齒,北方佳人東鄰子。
すみきった声をあげて歌うために、まっしろな歯をみせている。それは、李夫人の様な北方の佳人だろうし、宋玉の東鄰の処女に比すべき美人たちである。
○清歌 澄みきった声で唄う 

〇皓齒 まっしろな歯。

○北方佳人 漢の俳優、 その妖艶な色香の一瞥で城をも滅ぼすほどの美貌。漢の協律郎<李延年>が妹を武帝劉徹(紀元前157~87年)に薦めて歌った詩の一節、「一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾けん。」からこの語にしている。唐代では皇帝好みの美人を差し向け、麗しい色気と回春の媚薬とでとりこにし、やがて中毒死させていくのである。この役割の一端を宦官が担っていた。これを「傾国」という。
 
紀頌之の漢詩ブログの別のブログ 特集李商隠 4 曲江で「傾城色」(7月14日)とあらわしている。その後妹が武帝に寵愛され、彼女は李夫人と呼ばれるようになった。李夫人は男子を産んだが早死にした。また、李延年は協律都尉に任命されて二千石の印綬を帯び、武帝と寝起きを共にするほど寵愛された。李夫人の死後、李延年の弟が宮女と姦通し、武帝は李延年や兄弟、宗族を誅殺した。

○東鄰子 宋玉の賦の中に出てくる美人。

 

且吟白紵停綠水、長袖拂面為君起。

古めかしい、「緑水」の曲などはやめて新しい、この面白い白紵の辞を歌うでの、その一方において、うす絹の長い袖で顔を隠し、あなたの歓賞を得ようとその歌に合う白紵の舞を踊り始めたのである。
〇綠水 古代の舞曲の名。白紵よりも古い舞。

 

寒雲夜卷霜海空、胡風吹天飄塞鴻。

夜が更けてきたとき寒々とした重い雲、大地には霜が降れば、まるで海のようであって、北風、胡地より吹ききたるように白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、大雁を翻すように白紵をひるがえす、この宴席の外は惨澹たる景色である。

【別解釈】

○踊る時に流し目をし、顔を覆い隠す所作をしめす。誘うためのしぐさ。

○霜海空 悦楽、エクスタシーをしめす。

(この句は今まで意味不明として訳されていない句であった。雲に抱かれる、水の流れ、海の波、霜の白さ、それぞれがセックスを連想させる語で、霜の白き肌、海の竜宮、雲に乗る心地を連想する。愛の詩、恋の詩、芸術表現である。)

○胡風 えびすの風。白絹の似合う、西域の異国の色白な肌。

○塞鴻 国境の大雁。国境近くから来た女。


玉顏滿堂樂未終,館娃日落歌吹濛。 

玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。西施の居所の館娃官と同じように日が落ちても歌に踊りに笛を吹いてはっきりしないほどの宴席が続く。
○玉顔 玉のように美しい顔。

○館娃 西施の居所の館娃官。戦国時代の呉の国の宮殿の名。遺跡は江原省蘇州にある。


○濛 【もう】1 薄暗く降り込める霧雨。「濛雨」2 物事がはっきりしないさま。

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白帝城の辺りは、風波のあらい所で、五月ごろになると、非常に水かさが増して、灔澦堆をもって知られる瞿塘峡などは、唯でさえ険難の場所であるから、到底、通過することはできないと思う。そこを過ぎれば、荊州において、麦が熟して、繭が出来て蛾となるころになっている。

 

 
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79 《荊州歌【荊州樂】》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。<79> Ⅰ李白詩1244 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4768

 

 

index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25歳 20 首

25年開元十三年25歳

卷別:    卷一六三              文體:    樂府

李太白集 

詩題:    荊州歌【荊州樂】

作地點:              荊州(山南東道 / 荊州 / 荊州)

及地點:              荊州 (山南東道 荊州 荊州) 別名:郢門         

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城      

瞿塘峽 (山南東道 夔州 夔州) 別名:瞿塘      

 

荊州歌

白帝城邊足風波,瞿塘五月誰敢過。

荊州麥熟繭成蛾,

繰絲憶君頭緒多。撥穀飛鳴奈妾何。

(長江筋の船商人の妻を詠う流行歌になぞらえてうたう)

白帝城の辺りは、風波のあらい所で、五月ごろになると、非常に水かさが増して、灔澦堆をもって知られる瞿塘峡などは、唯でさえ険難の場所であるから、到底、通過することはできないと思う。

そこを過ぎれば、荊州において、麦が熟して、繭が出来て蛾となるころになっている。

そこで、自分はその繭を煮ながら、絲を繰りながら君のことを思うのである、心緒は乱れて、収めることはできない。かの鳴鳩は、つねに、番で飛んでいて、おもしろそうに啼いているが、人はそんなわけにはいかないもので、その鳴き声を聞いているとおまえがどうしているのか断腸の思いにかられるのだ。

 

(荊州歌)

白帝 城邊 風波に足る,瞿塘 五月 誰か敢て過ぎん。

荊州 麥熟して 繭 蛾と成る。

絲を繰って 君が頭緒の多きを憶う。撥穀 飛鳴 妾を奈何【いかん】。

 

荊州001 

『荊州歌』 現代語訳と訳註

(本文)

荊州歌

白帝城邊足風波,瞿塘五月誰敢過。

荊州麥熟繭成蛾,

繰絲憶君頭緒多。撥穀飛鳴奈妾何。

 

(下し文)

(荊州歌)

白帝 城邊 風波に足る,瞿塘 五月 誰か敢て過ぎん。

荊州 麥熟して 繭 蛾と成る。

絲を繰って 君が頭緒の多きを憶う。撥穀 飛鳴 妾を奈何【いかん】。

 

(現代語訳)

(長江筋の船商人の妻を詠う流行歌になぞらえてうたう)

白帝城の辺りは、風波のあらい所で、五月ごろになると、非常に水かさが増して、灔澦堆をもって知られる瞿塘峡などは、唯でさえ険難の場所であるから、到底、通過することはできないと思う。

そこを過ぎれば、荊州において、麦が熟して、繭が出来て蛾となるころになっている。

そこで、自分はその繭を煮ながら、絲を繰りながら君のことを思うのである、心緒は乱れて、収めることはできない。かの鳴鳩は、つねに、番で飛んでいて、おもしろそうに啼いているが、人はそんなわけにはいかないもので、その鳴き声を聞いているとおまえがどうしているのか断腸の思いにかられるのだ。

55moon 

(訳注)

荊州歌

(長江筋の船商人の妻を詠う流行歌になぞらえてうたう)

荊州で流行している民歌、長江筋の船商人の妻を詠う流行歌になぞらえて作った替え歌で、句の数が五句。メロディに合わせるため奇数で終わる漢詩は非常に珍しく、七言古詩。荊州に一年ほど滞在していたが、荊門山の近くに舟着場があった。開元十三年の夏作った。翌年秋頃、そこを出発していよいよ長江下流に行く。

 

白帝城邊足風波,瞿塘五月誰敢過。

白帝城の辺りは、風波のあらい所で、五月ごろになると、非常に水かさが増して、灔澦堆をもって知られる瞿塘峡などは、唯でさえ険難の場所であるから、到底、通過することはできないと思う。

白帝城 白帝城は中国重慶市奉節県の長江三峡に位置する地名。かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来。永安宮ともいう。 三国時代、蜀の建国者劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。

瞿塘 瞿塘峡・灔澦堆:瞿塘の峡口にある岩礁。

 

荊州麥熟繭成蛾,

そこを過ぎれば、荊州において、麦が熟して、繭が出来て蛾となるころになっている。

荊州 長江の中流に位置する港湾都市である。 かつて荊州と呼ばれた地方の一部で、当時の中心都市・江陵は現在荊州市内に「荊州古城」として残っている。荊門:山名。湖北省宜都県の西北方、長江の南岸にある。河川に両岸が迫っているので呼ばれる。北岸の虎牙山と相対した江運の難所である。

 

繰絲憶君頭緒多。撥穀飛鳴奈妾何。

そこで、自分はその繭を煮ながら、絲を繰りながら君のことを思うのである、心緒は乱れて、収めることはできない。かの鳴鳩は、つねに、番で飛んでいて、おもしろそうに啼いているが、人はそんなわけにはいかないもので、その鳴き声を聞いているとおまえがどうしているのか断腸の思いにかられるのだ。
李白図102 

78 《宿巫山下》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 25歳 20 首 <78> Ⅰ李白詩1243 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4763

渝州を経て三峡を下るため、昨夜、巫山の麓に宿し、猿の悲しく叫びつづけるのを夢の中で聞いた。今、桃花の咲き乱れる三月で、緑を映す澄み切った水が勢いよく流れ、まるで飛ぶように瞿塘峡から下ってくる。


 
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さらに夜中にも両岸の絶壁の高く天を遮り、清渓駅を出発、船をすすめ、三峡にむかうけれど、あの美しい君の眉の様な月をもっと見続けていたいと思うが、船が下ると山の端に隠れてる間に船は渝州にくだり到着した。

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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76 《峨眉山月歌》ndex-4 1-4 724年開元十二年24歳から 岷山で小鳥と暮らし、峨嵋山で遊ぶ 24歳 3 首 <76> Ⅰ李白詩1241 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4753 
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Index-

4

Ⅰ- 4-724年開元十二年24歳

3首

ID

No.

詩題

詩文初句

 

74

16

1

別匡山

曉峰如畫參差碧,

なし

75

17

2

峨眉山月歌 李白 2

峨眉山月半輪秋,

巻七

76

18

3

83 巴女詞

巴水急如箭,

巻二十四

 

 

作時年:724年開元十二年24歳

卷別:    卷一六七              文體:    七言絕句

詩題:    峨眉山月歌

作地點:              峨眉山(劍南道北部 / 嘉州 / 峨眉山)

及地點:              峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)    

平羌 (劍南道北部 嘉州 平羌)           

渝州 (山南西道 渝州 渝州) 別名:渝             

 

 

峨眉山月歌

(峨眉山にかかる名残の月を見ての詩)

峨眉山月半輪秋,影入平羌江水流。

はじめ、夜になって舟に乗った時に、峨眉山にかかる秋の上半輪の名残の秋月は、月のひかりは平羌の江水に反対に映ってきらきらと流れゆく。

夜發清溪向三峽,思君不見下渝州。

さらに夜中にも両岸の絶壁の高く天を遮り、清渓駅を出発、船をすすめ、三峡にむかうけれど、あの美しい君の眉の様な月をもっと見続けていたいと思うが、船が下ると山の端に隠れてる間に船は渝州にくだり到着した。

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<!--[endif]-->

(峨眉山月の歌)

峨眉 山月  半輪の秋、影は平羌【へいきょう】の江水に入って流る。

夜  清渓【せいけい】を発して三峡に向かえば、君を思えども見えず  渝州【ゆしゅう】に下る。

 

55moon 

『峨眉山月歌』 現代語訳と訳註

(本文)

峨眉山月歌

峨眉山月半輪秋,影入平羌江水流。

夜發清溪向三峽,思君不見下渝州。

 

(下し文)

(峨眉山月の歌)

峨眉 山月  半輪の秋、影は平羌【へいきょう】の江水に入って流る。

夜  清渓【せいけい】を発して三峡に向かえば、君を思えども見えず  渝州【ゆしゅう】に下る。

 

(現代語訳)

(峨眉山にかかる名残の月を見ての詩)

はじめ、夜になって舟に乗った時に、峨眉山にかかる秋の上半輪の名残の秋月は、月のひかりは平羌の江水に反対に映ってきらきらと流れゆく。
さらに夜中にも両岸の絶壁の高く天を遮り、清渓駅を出発、船をすすめ、三峡にむかうけれど、あの美しい君の眉の様な月をもっと見続けていたいと思うが、船が下ると山の端に隠れてる間に船は渝州にくだり到着した。
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<!--[endif]-->

(訳注)

峨眉山月歌

(峨眉山にかかる名残の月を見ての詩)

少し前まで、峨嵋山に遊んだ李白が、江南に旅に出る際、船上で詠ったものである。

 

峨眉山月半輪秋,影入平羌江水流。

はじめ、夜になって舟に乗った時に、峨眉山にかかる秋の上半輪の名残の秋月は、月のひかりは平羌の江水に反対に映ってきらきらと流れゆく。
峨眉山 道教や中国の仏教で言うところの聖地で、中国三大霊山(五台山、天台山、峨眉山)や中国四大仏教名山(五台山、九華山、普陀山、峨眉山)の一つである。26の寺院を有し、普賢菩薩の霊場とされる。一帯は聖地となっていたために自然が護られ、約3,000種の植物と、絶滅危惧種を含む約2,000種の動物の宝庫でもある。一番高い峰が万仏頂(標高3,098メートル)で、頂まで32の名刹が続いている。後漢時代から仏教施設の建設が始まり、南宋時代に最盛期を迎えた。現代最大の寺院は、登山口にあたる報国寺で、明代1615年(万暦43年)に明光道人が創建したとされている。

月半輪秋 「秋月半輪」 八月下弦を過ぎた後半の名残月。

影入 月のひかりが江水に反対に映ってきらきらすること。

平羌江 平羌江(へいこうきょう)は、中華人民共和国四川省を流れる川の一つで、大渡河の支流。長江水系に属する。青衣江(せいいこう、拼音: Qīng yī jiāng)古くは、若水(じゃくすい)とも呼ばれた。邛崍山脈の巴朗山と夾金山の間の蜀西営に発し、四川盆地西端の雅安市を貫き、楽山市で北から大渡河に合流し、さらに同所で岷江に流入する。三川合流点には楽山大仏が建つ。青衣江は航行不可能で水運には使えないが、ダムが作られ三つの水力発電所がある。李白はその詩で、「峨眉山、月半輪の秋 影は平羌江水に入りて流る」(峨眉山月半輪秋、影入平羌江水流)とよんでいる。

水流 長江の流れが速いことをあらわす。

 

夜發清溪向三峽,思君不見下渝州。

さらに夜中にも両岸の絶壁の高く天を遮り、清渓駅を出発、船をすすめ、三峡にむかうけれど、あの美しい君の眉の様な月をもっと見続けていたいと思うが、船が下ると山の端に隠れてる間に船は渝州にくだり到着した。
清溪 長江の駅名。

三峽 三峡水 瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。

思君 峨嵋山の峨眉と峨眉で、君は女性を連想させる李白の妙味、この短い詩中、具体的地名を6か所も入れている。

渝州 現在の重慶で、重要地点である。隋朝が成立すると当初は楚州は渝州と改称され3郡3県を管轄した。607年(大業3年)、郡制施行に伴い渝州は巴郡と改称され下部に2県を管轄した。郡治の江州県がおかれ,北周から巴県とよばれた。隋には渝水(ゆすい)すなわち嘉陵江の河畔にあることから渝州がおかれ,街は渝城ともいわれた。現在も略称は渝である。

蜀の山001 

李白は一定の学問を終えると、山を降りて地元の知識人や道士と交わり、蜀地を遊歴して見聞を広める。
 721年 李白が二十歳になったとき、礼部尚書(正三品)をしていた蘇頲(そてい)が左遷され、成都にあった益州大都督府の長史(次官)になって綿州のあたりを通りかかる。李白は自作の詩を蘇頲に披露して文才を認めてもらおうと試みますが、蘇頲は李白の才能を認めた。
 723年 二十三歳のころには、広漢(四川省梓橦県)の太守(刺史)が李白を貢挙の有道科に推薦しようとしましたが、貢挙を受けられない事情があって、李白は断っている。李白は、詩文の才能で官に就くことを目指していた。
 724年 開元十二年秋、二十四歳の李白が蜀を離れて江南に向かったのも、官途につく早道と考えたものである。


 成都の壁下を錦江が流れ、錦江が成都の西を流れる岷江(みんこう)に合流してすぐ、清渓(駅名)という渡津がある。詩はその渡し場を船出した時の作品で、峨眉山(がびさん)に半月の名残月がかかっているのを見ながら、故郷との別れの感慨を詠うものだ。
 「三峡」は有名な長江の大三峡ではなく、嘉州(四川省楽山市)にあった小三峡のようだ。「平羌江」と岷江の一部で別の川ではない。最後の句の「君」については、恋人と、月とに掛けている。
 なお、船出の地ははっきりしていない。成都の錦江、萬代橋のたもとにある渡津だ。船出してすこし落ち着いたころ清渓を通過し、詩を作る。船出して最初の旅の目的地は、渝州(重慶市)だ。

33 《古風五十九首之三十三》Index-4Ⅰ- 4-725年開元十三年25歳20古風,五十九首之三十三北溟有巨魚, <33> Ⅰ李白詩1191 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4503

荘子「逍遥遊」篇に言う北溟には鯤という巨大な魚がいて、その身の長さは数千里という。上を向いて息をすれば、飛沫紛々として雪のように東海の神仙三山に降り注ぎ、横たえて飲みこんだら百川の水を一気に飲み干すばかりとという。

 
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33 《古風五十九首之三十三》Index-4Ⅰ- 4-725年開元十三年25歳20古風,五十九首之三十三北溟有巨魚, <33> Ⅰ李白詩1191 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4503

 

 

製作年:  725年  開元十三年  25歲

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之三十三 

作地點: 江陵(山南東道 / 荊州 / 江陵) 

 

 

古風,五十九首之三十三

 (この詩は、荘子「逍遥遊篇」開巻劈頭、の「鵬鯤」の物語に基づき李白の志を述べたものである。)

北溟有巨魚,身長數千里。 

荘子「逍遥遊」篇に言う北溟には鯤という巨大な魚がいて、その身の長さは数千里という。

仰噴三山雪,橫吞百川水。 

上を向いて息をすれば、飛沫紛々として雪のように東海の神仙三山に降り注ぎ、横たえて飲みこんだら百川の水を一気に飲み干すばかりとという。

憑陵隨海運,燀赫因風起。 

この鯤が一たび変ずれば、大鵬となって勢いは凄まじく海の運行に乗じて動き出し、一度はばたきをすれば、天地を吹き飛ばすような大風に乗じて舞いあがるのである。

吾觀摩天飛,九萬方未已。 

天を摩するようなその勢いを見れば、九万里を一息に飛んでも、その勢いはやむことはないのである。では本当に力の限り飛んだならどれほどのものか、とても凡智の知恵でははかり知ることはできないのだ。

 

(五十九首の三十三)

北溟 巨魚有り,身長 數千里。

仰いで 三山の雪を噴き,橫たえて 百川の水を吞む。

憑陵 海の運するに隨い,燀赫 風の起るに因る。

吾れ 天を摩して飛ぶを觀るに,九萬 方に未だ已まず。 

 

太白山001 

『古風,五十九首之三十三』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,身長數千里。 

仰噴三山雪,橫吞百川水。 

憑陵隨海運,燀赫因風起。 

吾觀摩天飛,九萬方未已。 

 

(下し文)

(五十九首の三十三)

北溟 巨魚有り,身長 數千里。

仰いで 三山の雪を噴き,橫たえて 百川の水を吞む。

憑陵 海の運するに隨い,燀赫 風の起るに因る。

吾れ 天を摩して飛ぶを觀るに,九萬 方に未だ已まず。 

 

(現代語訳)

(この詩は、荘子「逍遥遊篇」開巻劈頭、の「鵬鯤」の物語に基づき李白の志を述べたものである。)

荘子「逍遥遊」篇に言う北溟には鯤という巨大な魚がいて、その身の長さは数千里という。

上を向いて息をすれば、飛沫紛々として雪のように東海の神仙三山に降り注ぎ、横たえて飲みこんだら百川の水を一気に飲み干すばかりとという。

この鯤が一たび変ずれば、大鵬となって勢いは凄まじく海の運行に乗じて動き出し、一度はばたきをすれば、天地を吹き飛ばすような大風に乗じて舞いあがるのである。

天を摩するようなその勢いを見れば、九万里を一息に飛んでも、その勢いはやむことはないのである。では本当に力の限り飛んだならどれほどのものか、とても凡智の知恵でははかり知ることはできないのだ。

 

 

(訳注)

古風,五十九首之三十三

(この詩は、荘子「逍遥遊篇」開巻劈頭、の「鵬鯤」の物語に基づき李白の志を述べたものである。)

荘子:「逍遥遊篇」

 「北冥有魚、其名為鯤。鯤之大、不知其幾千里也。化而為鳥、其名為鵬。鵬之背、不知其幾千里也。怒而飛、其翼若垂天之雲。是鳥也、海運則將徙於南冥。南冥者、天池也。齊諧者、志怪者也。諧之言曰「鵬之徙於南冥也、水?三千里、摶扶搖而上者九萬里、去以六月息者也。」

北 冥 に 魚あり、其の名を鯤【コン】と為す。鯤の大きさ其の幾千里なるかを知らず。化して鳥と為るや、其の名を鵬【ホウ】と為す。鵬の背【そびら】、其の幾千里なるかを知らず。怒【ド】して飛べば其の翼は垂天【スイテン】 の雲の若【ごと】し。是の鳥や、海の運【うご】くとき則ち将に南冥に徙【うつ】らんとす。南冥とは天池なり。齊諧【セイカイ】とは怪を志れる者なり。諧の言に曰わく、「鵬の南冥に徙【うつ】るや、水に擊【う】つこと三千里、扶搖【フヨウ・つむじかぜ】に摶【はう】ちて上ること九万里、去るに六月の息【かぜ】を以てする者なり」と。

  荘子が語る「逍遥遊」(ショウヨウユウ)の世界。開巻劈頭、「鵬鯤」の物語である。

  この世界の北の果て、波も冥(くら)い海に魚がいて、その名は鯤という。その鯤の大きさは、いったい何千里あるのか見当もつかないほどの、とてつもない大きさだ。

  この巨大な鯤が(時節が到来し)転身の時を迎えると、姿を変えて鳥となる。その名は鵬という。その背(せな)の広さは幾千里あるのか見当もつかない。

  この鵬という巨大な鳥が、一たび満身の力を奮って大空に飛びたてば、その翼の大きいこと、まるで青空を掩(おお)う雲のようだ。

  この鳥は、(季節風が吹き)海の荒れ狂うときになると、(その大風に乗って飛び上がり)、南の果ての海へと天翔(あまがけ)る。「南の果ての海」とは天の池である。

齊諧(セイカイ)という人は世の中の不思議な話をしっている物識りだが、彼の話によると、「鵬が南の果ての海に移る時には、水に撃(う)つこと三千里、つむじかぜに羽ばたいて上ること九万里、六月の風に乗って天がけり去る(飛び去る)のだ」という。

  かげろうか、塵埃(ジンアイ)か、生きとし生けるもののひしめきあって呼吸するこの地上の世界。

 

北溟有巨魚,身長數千里。 

荘子「逍遥遊」篇に言う北溟には鯤という巨大な魚がいて、その身の長さは数千里という。

 

仰噴三山雪,橫吞百川水。 

上を向いて息をすれば、飛沫紛々として雪のように東海の神仙三山に降り注ぎ、横たえて飲みこんだら百川の水を一気に飲み干すばかりとという。

三山 神仙三山は東海の蒼海に浮ぶ蓬莱・瀛州・方丈の山をいう。

 

憑陵隨海運,燀赫因風起。 

この鯤が一たび変ずれば、大鵬となって勢いは凄まじく海の運行に乗じて動き出し、一度はばたきをすれば、天地を吹き飛ばすような大風に乗じて舞いあがるのである。

 

吾觀摩天飛,九萬方未已。 

天を摩するようなその勢いを見れば、九万里を一息に飛んでも、その勢いはやむことはないのである。では本当に力の限り飛んだならどれほどのものか、とても凡智の知恵でははかり知ることはできないのだ。

摩天 天に達するほど(高い)摩天楼。

九萬 九万里
李白図102 

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