これほどの脆弱な兵卒だと、まるで草臥れはてた獣が猛虎に出あったようなものだ。おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなもので、ことごとくやられてしまうというものだ。千人出征して一人もかえってこない。身を投じたがさいご、いのちはないものと思えばよい。
34-#3 《古風五十九首之三十四》Index-30Ⅳ-5 751年天寶十年51歳554古風,五十九首之三十四羽檄如流星, <34-#3> Ⅰ李白詩1194 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4518
製作年: 751年 天寶十年 51歲
卷別: 卷一六一 文體: 五言古詩
詩題: 古風,五十九首之三十四
寫及地點: 紫微殿 (京畿道 京兆府 長安)
古風,五十九首之三十四 #1
(この時期天宝十年前後の時事について詠う)
羽檄如流星,虎符合專城。
雲南征伐のための鳥の羽をつけた召集令状が流星のように飛ぶ。一城を独占している地方長官で、虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされた。
喧呼救邊急,群鳥皆夜鳴。
いずれの地方でも、国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで-、みんな、夜中に鳴きだした。
白日曜紫微,三公運權衡。
白日にひとしい聖天子は、紫微殿の御座所にちゃんとかがやいておられるし、三公にはりっぱな大臣が正しくよい政治をしている。
天地皆得一,澹然四海清。
老子が天地各々「一:道」を得てみな純粋であるといわれた、おだやかに四海のはてまで澄みわたっているのに。
#2
借問此何為,答言楚徵兵。
こうした太平という時において、このように騒ぐというのはいったいどうしたことかと問うてみると、答えていうには、楚の地方で兵隊を徴集しているというのだ。
渡瀘及五月,將赴雲南征。
ただでさえ、亜熱帯の雲南地方であついのである、五月になれば濾水を渡ることができ、それまでに徴兵して雲南におもむき、いくさをしようというのだ。
怯卒非戰士,炎方難遠行。
これまで、中原は疲弊しつくし、勇敢な兵士は既に戦死しており、残っているのは役に立たない臆病な兵卒ばかりで、戦争の用に立つ勇士とはちがう。炎天の南方への遠い行軍はむつかしいのである。
長號別嚴親,日月慘光晶。
そうなると、徴兵されたものは、詩を覚悟して両親に別れを告げるのに、声のかぎり泣いて泣いて、泣きさけぴつつ、尊い両親に別れの声は、そのために日も月も光を失うとおもわれるほどであった。
#3
泣盡繼以血,心摧兩無聲。
そうして流す涙がつきはてて血が出るまで泣き、それでも哭き続けると心もくだけて、親も子も声が出なくなるという、その悲しさは、思いやられる。
困獸當猛虎,窮魚餌奔鯨。
これほどの脆弱な兵卒だと、まるで草臥れはてた獣が猛虎に出あったようなものだ。おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなもので、ことごとくやられてしまうというものだ。
千去不一回,投軀豈全生。
千人出征して一人もかえってこない。身を投じたがさいご、いのちはないものと思えばよい。
如何舞干戚,一使有苗平。
ああ、どうにかしてタテとマサカリの舞いでもって、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一ぺんに辺境を平和にすることはできないものか。
(古風,五十九首之三十四)
羽檄は流星の如く,虎符は專城に合す。
喧呼 邊の急を救わんとす,群鳥 皆 夜鳴く。
白日 紫微に曜き,三公 權衡を運す。
天地 皆 一を得,澹然として四海清し。
#2
借問す 此れ何にをか為す,答えて言く 「楚 兵を徵す」と。
瀘を渡って五月に及び,將に雲南に赴いて征せんとす。
怯卒は 戰士に非らず,炎方は 遠行に難し。
長號して 嚴親に別れ,日月 光晶慘たり。
#3
泣盡きて 繼ぐを血を以ってし,心摧けて 兩ながら聲無し。
困獸 猛虎に當り,窮魚 奔鯨に餌す。
千去して 一も回えらず,軀を投じて豈に生を全うせんや。
如何か 干戚を舞わし,一たび 有苗をして平かならしめん。
『古風,五十九首之三十四』 現代語訳と訳註
(本文)
泣盡繼以血,心摧兩無聲。
困獸當猛虎,窮魚餌奔鯨。
千去不一回,投軀豈全生。
如何舞干戚,一使有苗平。
(下し文) #3
泣盡きて 繼ぐを血を以ってし,心摧けて 兩ながら聲無し。
困獸 猛虎に當り,窮魚 奔鯨に餌す。
千去して 一も回えらず,軀を投じて豈に生を全うせんや。
如何か 干戚を舞わし,一たび 有苗をして平かならしめん。
(現代語訳)
そうして流す涙がつきはてて血が出るまで泣き、それでも哭き続けると心もくだけて、親も子も声が出なくなるという、その悲しさは、思いやられる。
これほどの脆弱な兵卒だと、まるで草臥れはてた獣が猛虎に出あったようなものだ。おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなもので、ことごとくやられてしまうというものだ。
千人出征して一人もかえってこない。身を投じたがさいご、いのちはないものと思えばよい。
ああ、どうにかしてタテとマサカリの舞いでもって、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一ぺんに辺境を平和にすることはできないものか。
古風,五十九首之三十四 #3
(この時期天宝十年前後の時事について詠う)
751年4月楊國忠の雲南戦線の戦いに敗れ、死者6万人をかぞえるも、なお徴兵し続けた。高仙芝、大食国を攻め、タラス河において大敗す。
#3
泣盡繼以血,心摧兩無聲。
そうして流す涙がつきはてて血が出るまで泣き、それでも哭き続けると心もくだけて、親も子も声が出なくなるという、その悲しさは、思いやられる。
困獸當猛虎,窮魚餌奔鯨。
これほどの脆弱な兵卒だと、まるで草臥れはてた獣が猛虎に出あったようなものだ。おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなもので、ことごとくやられてしまうというものだ。
千去不一回,投軀豈全生。
千人出征して一人もかえってこない。身を投じたがさいご、いのちはないものと思えばよい。
如何舞干戚,一使有苗平。
ああ、どうにかしてタテとマサカリの舞いでもって、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一ぺんに辺境を平和にすることはできないものか。
〇千戚 たてとまさかり、転じて武器の稔称。むかし三皇五帝の聖人舜帝は干戚を手にして舞っただけで有苗族がたちまち服従したという故事を引用。