漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

Index-0Ⅰ―1 -715年開元三年15歳

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
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体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
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65 《雨後望月》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <65> Ⅰ李白詩1229 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4693

これだけの満月が酒宴を催して充分に清賞を味わうというのでなければ、惜しいかぎりである、ほどなく、棄てられて、誰も見なくなるのは、残念であるから、私だけは五更に至るまで長吟していようと思う。

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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65 《雨後望月》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <65> Ⅰ李白詩1229 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4693

 

 

作年:    715年開元三年15

卷別:    卷一八五              文體:    五言律詩

詩題:    雨後望月

作地點:              昌明(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

 

 

雨後望月

(雨が上がったので、満月を迎える。)

四郊陰靄散,開半蟾生。

夕方まで降っていた雨が上がって、四方野原を蔽っていた靄も綺麗に晴れてきた、扉を開いて眺めれば山の端に月が昇るところで、月が半輪ほど顔をのぞき始めたところだ。

萬里舒霜合,一條江練橫。

万里の舒州、霜気がまさに景色に合し、一条の江水は匹練を横たえたようである。

出時山眼白,高後海心明。

望月が昇れば、その光は清く、さやけく、はじめて昇りはじめた時には、眼のように二つ並んでいる谷も白く見え、やがてようやく高く昇ると、そうなれば海心までもはっりりと明らかである。

為惜如團扇,長吟到五更。

これだけの満月が酒宴を催して充分に清賞を味わうというのでなければ、惜しいかぎりである、ほどなく、棄てられて、誰も見なくなるのは、残念であるから、私だけは五更に至るまで長吟していようと思う。

 

(雨後の望月)

四郊 陰靄【いんあい】散じ,けば半蟾【はんせん】生ず。

萬里 舒霜合し,一條 江練 橫たう。

出づる時 山眼白く,高き後 海心明かなり。

為に惜む團扇の如く,長吟 到五更にる。

満月 

 

『雨後望月』 現代語訳と訳註

(本文)

雨後望月

四郊陰靄散,開半蟾生。

萬里舒霜合,一條江練橫。

出時山眼白,高後海心明。

為惜如團扇,長吟到五更。

 

(下し文)

(雨後の望月)

四郊 陰靄【いんあい】散じ,けば半蟾【はんせん】生ず。

萬里 舒霜合し,一條 江練 橫たう。

出づる時 山眼白く,高き後 海心明かなり。

為に惜む團扇の如く,長吟 到五更にる。

 

 

(現代語訳)

(雨が上がったので、満月を迎える。)

夕方まで降っていた雨が上がって、四方野原を蔽っていた靄も綺麗に晴れてきた、扉を開いて眺めれば山の端に月が昇るところで、月が半輪ほど顔をのぞき始めたところだ。

万里の舒州、霜気がまさに景色に合し、一条の江水は匹練を横たえたようである。

望月が昇れば、その光は清く、さやけく、はじめて昇りはじめた時には、眼のように二つ並んでいる谷も白く見え、やがてようやく高く昇ると、そうなれば海心までもはっりりと明らかである。

これだけの満月が酒宴を催して充分に清賞を味わうというのでなければ、惜しいかぎりである、ほどなく、棄てられて、誰も見なくなるのは、残念であるから、私だけは五更に至るまで長吟していようと思う。

太白山001 

 

(訳注)

雨後望月

(雨が上がったので、満月を迎える。)

満月(まんげつ)・十五夜(じゅうごや)・望月(もちづき)・三五の月。

 

四郊陰靄散,開半蟾生。

夕方まで降っていた雨が上がって、四方野原を蔽っていた靄も綺麗に晴れてきた、扉を開いて眺めれば山の端に月が昇るところで、月が半輪ほど顔をのぞき始めたところだ。

蟾生 月が生まれ出ること。ここでは昇りはじめ半分でかかったことをいう。

 

萬里舒霜合,一條江練橫。

万里の舒州、霜気がまさに景色に合し、一条の江水は匹練を横たえたようである。

舒 舒州、現在の安徽省潜山今の安徽省天柱山、三官山の南,江より北地区をいう。

 

出時山眼白,高後海心明。

望月が昇れば、その光は清く、さやけく、はじめて昇りはじめた時には、眼のように二つ並んでいる谷も白く見え、やがてようやく高く昇ると、そうなれば海心までもはっりりと明らかである。

山眼 鼻筋があり、尾根を挟んで両目に見えることをいう。

 

為惜如團扇,長吟到五更。

これだけの満月が酒宴を催して充分に清賞を味わうというのでなければ、惜しいかぎりである、ほどなく、棄てられて、誰も見なくなるのは、残念であるから、私だけは五更に至るまで長吟していようと思う。

如團扇 班捷伃《怨歌行》において、どんなに寵愛を受けていても、やがて團扇のように棄てられてしまということをいう。

班捷伃《怨歌行》(怨詩)  

新裂齊紈素,皎潔如霜雪。

裁爲合歡扇,團團似明月。

出入君懷袖,動搖微風發。

常恐秋節至,涼風奪炎熱。

棄捐篋笥中,恩情中道絶。

 (怨歌行)

新たに 齊の 紈素を 裂けば,皎潔にして  霜雪の 如し。

裁ちて 合歡の扇と 爲せば,團團として  明月に 似たり。

君が懷袖に  出入し,動搖すれば  微風 發す。

常に恐らくは  秋節の至りて,涼風  炎熱を 奪ひ。

篋笥の中に  棄捐せられ,恩情  中道に 絶えんことを。

新たらしい斉の国産の白練り絹を裂いている、それは純白、潔白で穢れない清い白さは、霜や雪のようだ。

裁断して、両面から張り合わせの扇を作っている。丸くしてまるで満月のようです。

この扇はわが君の胸ふところや袖に出たり入ったりして、搖動かすたびに、そよ風を起していくでしょう。

でもいつもこころに恐れていることがあるのは秋の季節が来ることなのです。秋の清々しい風は、わが君の情熱を奪って涼しくしてしまうのです。

そうすると、屑籠の中に投げ捨てられてしまうことになります。わが君、帝王の寵愛が途中で絶えてしまうことになるのです。

怨歌行 班婕妤(倢伃) 漢詩<111>玉台新詠集 ・古詩源・文選 女性詩547 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1458
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64 《初月》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <64> Ⅰ李白詩1228 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4688

三国魏の曹丕、曹植は、銅雀臺西園において、羣公を集めて、名月を感賞する宴を催していたが、それは昔のことで、自分にとっては風流な景色に臨んだら、一人、詩を詠じてゆくことが一番である。

 
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 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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434 《青青水中蒲,三首之二》韓愈(韓退之)ID <1141> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4689韓愈詩-434 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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64 《初月》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <64> Ⅰ李白詩1228 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4688

 

 

作年:    715年開元三年15

卷別:    卷一八五              文體:    五言律詩

詩題:    初月

作地點:              昌明(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

及地點:              銅雀園 (河北道南部 相州 臨漳) 別名:西園  

 

 

初月

新月 には美しい浄化のエネルギーに満ちあふれており、何かを始めるのには最適な時刻だと感じて作った作である。
玉蟾離海上,白露花時。

夜に入って、白露が空から降りてきて、おもむろに花を潤すそんな時の事である。月が海面を離れて、次第に登ってきた。

雲畔風生爪,沙頭水浸眉。

やがて雲の塊が風に吹かれて、月が爪を磨いたようであるし、沙頭に沈んで朔の部分が隠れると、あたかも眉を描いたようである。

樂哉弦管客,愁殺戰征兒。

高楼の上で弦楽器や管楽器で音楽を楽しんでいるではないか、ところが邊塞にあっては同じ月を見ても凄然として、愁いに堪えられないのである。

西園賞,臨風一詠詩。

三国魏の曹丕、曹植は、銅雀臺西園において、羣公を集めて、名月を感賞する宴を催していたが、それは昔のことで、自分にとっては風流な景色に臨んだら、一人、詩を詠じてゆくことが一番である。

 

(初月)

玉蟾 海上を離れ,白露 花をすの時。

雲畔 風 爪を生じ,沙頭 水 眉を浸す。

樂しいかな 弦管の客,愁殺す 戰征の兒。

西園の賞をつに因って,風に臨んで 一たび詩を詠ず。

moon4733 

 

『初月』 現代語訳と訳註

(本文)

初月

玉蟾離海上,白露花時。

雲畔風生爪,沙頭水浸眉。

樂哉弦管客,愁殺戰征兒。

西園賞,臨風一詠詩。

 

(下し文)

(初月)

玉蟾 海上を離れ,白露 花をすの時。

雲畔 風 爪を生じ,沙頭 水 眉を浸す。

樂しいかな 弦管の客,愁殺す 戰征の兒。

西園の賞をつに因って,風に臨んで 一たび詩を詠ず。

 

(現代語訳)

新月 には美しい浄化のエネルギーに満ちあふれており、何かを始めるのには最適な時刻だと感じて作った作である。

夜に入って、白露が空から降りてきて、おもむろに花を潤すそんな時の事である。月が海面を離れて、次第に登ってきた。

やがて雲の塊が風に吹かれて、月が爪を磨いたようであるし、沙頭に沈んで朔の部分が隠れると、あたかも眉を描いたようである。

高楼の上で弦楽器や管楽器で音楽を楽しんでいるではないか、ところが邊塞にあっては同じ月を見ても凄然として、愁いに堪えられないのである。

三国魏の曹丕、曹植は、銅雀臺西園において、羣公を集めて、名月を感賞する宴を催していたが、それは昔のことで、自分にとっては風流な景色に臨んだら、一人、詩を詠じてゆくことが一番である。

 

 

(訳注)

初月

新月 には美しい浄化のエネルギーに満ちあふれており、何かを始めるのには最適な時刻だと感じて作った作である。

・初月 初月【はつづき】三日月。陰暦で月の初めに西の空に見える細い月。陰暦八月三日の月を指すこともあり、「秋」の季語でもある。 また、月と太陽の視黄経が等しくなるその時刻を指し、朔(さく)と言われることもある。新月 には美しい浄化のエネルギーに満ちあふれており、何かを始めるのには最適な時刻だと感じて作った作である。秦州における杜甫の五言律詩『初月』「光細弦欲上,影斜輪未安。微升古塞外,已隱暮雲端。河漢不改色,關山空自寒。庭前有白露,暗滿菊花團。」秦州抒情詩(8)  初月 杜甫 <293に“「八月三日の月」初月、三日月は、その光が細くこの日その弦形の尖端をうわむきにしている、しかしその影の部分は半円形の底辺のあたりはおちつかぬさまだ。三日月の影の部分が広がって満月になるエネルギー、そのことは自分の夢、希望を満たすことであり、それが自分とその家族の安寧、安定、おちつきにつながる輪、満月の満足までにはなっていない。”この『初月』に基づいている。


杜甫『成都府』翳翳桑楡日,照我徵衣裳。我行山川異,忽在天一方。

但逢新人民,未蔔見故。大江東流去,遊子日月長。

曾城填華屋,季冬樹木蒼。喧然名都會,吹簫間笙簧。

信美無與適,側身望川梁。鳥雀夜各歸,中原杳茫茫。

初月出不高,眾星尚爭光。自古有羈旅,我何苦哀傷!

成都紀行(12)”  成都府 杜甫詩1000 <352#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1711 杜甫1500- 527



玉蟾離海上,白露花時。

夜に入って、白露が空から降りてきて、おもむろに花を潤すそんな時の事である。月が海面を離れて、次第に登ってきた。

 

雲畔風生爪,沙頭水浸眉。

やがて雲の塊が風に吹かれて、月が爪を磨いたようであるし、沙頭に沈んで朔の部分が隠れると、あたかも眉を描いたようである。

 

樂哉弦管客,愁殺戰征兒。

高楼の上で弦楽器や管楽器で音楽を楽しんでいるではないか、ところが邊塞にあっては同じ月を見ても凄然として、愁いに堪えられないのである。

 

西園賞,臨風一詠詩。

三国魏の曹丕、曹植は、銅雀臺西園において、羣公を集めて、名月を感賞する宴を催していたが、それは昔のことで、自分にとっては風流な景色に臨んだら、一人、詩を詠じてゆくことが一番である。

西園賞 ・西園 河南省臨漳縣、鄴城宮の銅雀園。銅雀臺での酒宴、曹丕と、曹植の詩に基づく。

曹植《公讌》  
公子敬愛客、終宴不知疲。
清夜游西園、飛蓋相追随。
明月澄清景、列宿正参差。
秋蘭被長坂、朱華冒緑池。
潜魚躍清波、好鳥鳴高枝。
神飇接丹轂、軽輦随風移。
飄颻放志意、千秋長若斯。

公子 客を敬愛し、宴を終るまで疲るるを知らず。
清夜 西園に遊び、蓋を飛ばして相追随す。
明月 清景を澄え、列宿 正に参差たり。
秋蘭は長坂を被い、朱華は緑池を冒う。
潜魚 清波に躍り、好鳥 高枝に鳴く。
神風 丹轂に接わり、軽輦 風に随いて移る
飄颻として 志意を放にし、千秋 長えに斯くの若くならん。

曹丕公子は賓客を敬愛され、宴会が終るまでお役を務められても疲れ知らずである。
宴は秋の清々しい夜になり、西園の銅雀園での遊びもたけなわになり、客たちはおのおの飛蓋の車がつき従って軽快に疾走している。
ときに、仲秋の明月の影はすずやかな光を風景にたたえている、大空につらなる薄くなっていく銀河、多くの星々は、いまやあちこちに点滅するだけだ。
かんばしい秋の蘭と美しい女性は、この長い坂道にいっぱいにおおっている、赤い荷花が縁り一面の池に覆い尽くすほど咲いている。
水にひそむ魚は、時におどり出て清らなる波をおこす、かわいい小鳥が、高い枝でさえずる。
公子の乗る朱塗りの車がとおりすぎると神がかりなふしぎな風を伴っている、転ろやかな輦は風のまにまに移動していく。
私はゆらゆらと天にものぼるここちがし、心のはせゆくがままにまかせる。ああいついつまでも、このようでありたいものだ。

閶闔門001銅雀臺00 

曹丕《芙蓉池作》

乗輦夜行游、逍遥歩西園。双渠相漑灌、嘉木繞通川。

卑枝払羽蓋、脩条摩蒼天。驚風扶輪轂、飛鳥翔我前。

丹霞挟名月、華星出雲間。上天垂光彩、五色一何鮮。

寿命非松喬、誰能得神仙。遨游快心意、保己終百年。

輦【れん】に乗りて夜行きて遊び、逍遥して西園に歩す。

双渠【そうきょ】相い漑灌【がいかん】し、嘉木【かぼく】通川を繞る。

卑枝は羽蓋【うがい】を払い、脩条【しゅうじょう】は蒼天を摩す。

驚風は輪轂【りんこく】を扶け、飛鳥は我が前を翔ける。

丹霞【たんか】名月を挟み、華星【かせい】は雲間より出づ。

上天は光彩を垂れ、五色一に何ぞ鮮やかなる。

寿命は松喬に非ず、誰か能く神仙たるを得ん。

遨遊して心意を快くし、己を保ちて百年を終えん。

 

春もたけなわであり、車に乗って夜の行楽にでかける。春風にぶらぶらと車を引かせて銅雀台につく。

この園に流れ込む二つの堀の流れはどちらもそそぎこんでいる。堀の堤にきれいな木々が植えてあり、その木を廻りきれいな川が水を堀に注ぎ込んでいる。

低い枝をはった木々は車の羽の被いをかすめる、長く伸びた枝は高くそびえ、は天に接するほどなのだ。

こんな夜に無粋な風は追い風となって車の進みを助け、無粋な鳥が飛んできて私の前を遮るのだ。(曹丕に媚を売って來る奸臣らを指すもの)

丹庭の中のかがり火で赤い霞に包まれ、雲とともにきれいな月を挟んで見える。華やかな星が雲間から出てるように、華やかに男女がとばりの中で楽しんでいる。

そんなことでここにいる男女の上に光りにかがやき、五色のいろにおおわれて何と鮮やかなことだろうか。

人の寿命というものは赤松子と王子喬のように不老長寿というわけにはいかないものだ。誰がどうやっても仙人のようにはなれないのだから今のこの時を愉しもうではないか。

だから、ここに心行くまで大いに遊び、この限られた人生をこうした気持ちを保って百年の人生を極めていきたいものなのだ。」


 


月の姿呼び名名前の由来など
旧暦日付
新月朔のこと。月が見えない時期のため、昔は三日月から逆に遡って、朔の日付を求めた。新月の呼び名は英語の「New Moon」からだそうなので、そんなに古い呼び名ではない。
 
 
(しんげつ)
1日頃
moon4733繊月二日月(ふつかづき)とも言う。日没後1時間前後のまだ明るい空に、繊維の様に細い月が見えることがある。
 
 
(せんげつ)
2日頃
 moon3402三日月通常、新月後最初に出る月であったので、「朏(みかづき・ひ)」という文字で表されることもある。三日月には異称が多く、初月(ういづき)・若月(わかづき)・眉月(まゆづき)など(・・他多数)とも呼ばれる。異称の多くは最初に見える月だということや、その形からの連想である。もっとも印象深い月である。
 
 
(みかづき)
3日頃
moon5411上弦の月夕方西の空に見え、西側が明るく輝いている。夕方の空にかかる姿を弓の形になぞらえると、弦を張った側(欠けぎわの側)が上に見えるからこの名前(※異説)。
 
 
(じょうげんのつき)
7日頃

63 《曉晴【晚晴】》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <63> Ⅰ李白詩1227 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4683

雨にうるおい野の景色はすがすがしく、夜来の小雨は暁になって晴れた。春景色は草木が萌えて盛んに成長している。雨後の池は青空が移って漲り、魚が飛び踊る。鶯が囀って滴を帯びた緑樹は地面の緑と一体化して低く見える。

 
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63 《曉晴【晚晴】》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <63> Ⅰ李白詩1227 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4683

 

 

作年:    715年開元三年15

卷別:    卷一八五              文體:    五言律詩

詩題:    曉晴【晚晴】

作地點:              昌明(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

 

 

曉晴

(この詩は昨夜まで雨が降り続き、暁になって晴れた。その時の光景を詠ったもの。)

野涼疏雨歇,春色遍萋萋。

雨にうるおい野の景色はすがすがしく、夜来の小雨は暁になって晴れた。春景色は草木が萌えて盛んに成長している。

魚躍青池滿,鶯吟綠樹低。

雨後の池は青空が移って漲り、魚が飛び踊る。鶯が囀って滴を帯びた緑樹は地面の緑と一体化して低く見える。

野花妝面山草紐斜齊。

野に咲く花は、よそおいを潤いを深めて、山草は紐を斜めにそろえたようである。

零落殘雲片,風吹掛竹溪。

空には、残った雲が、ちぎれちぎれになっていて、やがて風に吹かれて竹渓にかかってゆく。

 

(曉晴)

野涼 疏雨 歇み,春色 遍えに萋萋。

魚は躍って 青池滿ち,鶯は吟じて 綠樹低し。

野花 妝 面のあたり山草 紐 斜に齊し。

零落す 殘雲片,風吹いて 竹溪に掛く。

 

DCF00048 

『曉晴』 現代語訳と訳註

(本文)

曉晴

野涼疏雨歇,春色遍萋萋。

魚躍青池滿,鶯吟綠樹低。

野花妝面山草紐斜齊。

零落殘雲片,風吹掛竹溪。

 

 

(下し文)

(曉晴)

野涼 疏雨 歇み,春色 遍えに萋萋。

魚は躍って 青池滿ち,鶯は吟じて 綠樹低し。

野花 妝 面のあたりい,山草 紐 斜に齊し。

零落す 殘雲片,風吹いて 竹溪に掛く。

 

(現代語訳)

(この詩は昨夜まで雨が降り続き、暁になって晴れた。その時の光景を詠ったもの。)

雨にうるおい野の景色はすがすがしく、夜来の小雨は暁になって晴れた。春景色は草木が萌えて盛んに成長している。

雨後の池は青空が移って漲り、魚が飛び踊る。鶯が囀って滴を帯びた緑樹は地面の緑と一体化して低く見える。

野に咲く花は、よそおいを潤いを深めて、山草は紐を斜めにそろえたようである。

空には、残った雲が、ちぎれちぎれになっていて、やがて風に吹かれて竹渓にかかってゆく。

hinode0100

(訳注)

曉晴

(この詩は昨夜まで雨が降り続き、暁になって晴れた。その時の光景を詠ったもの。)

この詩の前に、《對雨》がある。

卷簾聊舉目,露草綿芊。古岫藏雲毳,空庭織碎煙。

水紋愁不起,風線重難牽。盡日扶犁叟,往來江樹前。

62 《對雨》Index-1Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <62> Ⅰ李白詩1226 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4678

 

野涼疏雨歇,春色遍萋萋。

雨にうるおい野の景色はすがすがしく、夜来の小雨は暁になって晴れた。春景色は草木が萌えて盛んに成長している。

疏雨 小雨、細雨と同じで風があるとまばらになるさま。

萋萋 【せいせい】草木の茂っているさま。

 

魚躍青池滿,鶯吟綠樹低。

雨後の池は青空が移って漲り、魚が飛び踊る。鶯が囀って滴を帯びた緑樹は地面の緑と一体化して低く見える。

 

野花妝面山草紐斜齊。

野に咲く花は、よそおいを潤いを深めて、山草は紐を斜めにそろえたようである。

 

零落殘雲片,風吹掛竹溪。

空には、残った雲が、ちぎれちぎれになっていて、やがて風に吹かれて竹渓にかかってゆく。

零落 ちぎれちぎれになる。
DCF00003 

62 《對雨》Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <62> Ⅰ李白詩1226 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4678

水紋は憂えを帯びるので起ってはいないし、風も線を描くほど重くて引っ張ることはない。(水面に波紋を起こしたり、広げることなく、風も線を成して吹くほど強くない、雨の中にしっとりとしている。)

 
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62 《對雨》Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <62> Ⅰ李白詩1226 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4678 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 孟郊張籍     
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《對雨》Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <62> Ⅰ李白詩1226 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4678

 

 

作年:    715年開元三年15

卷別:    卷一八五              文體:    五言律詩

詩題:    對雨

作地點:              昌明(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

 

 

對雨

(李白が雨に日に居室の簾を書き上げて眼下に広がる景色を詠ったもの)

卷簾聊舉目,露草綿芊。

簾を巻き上げて、ちょっと遠くを眺めてみると細雨が降り頻り、露は草草の綿芊としている上にうるおいを与えている。

古岫藏雲毳,空庭織碎煙。

前山にある穴からは雲の毛織物を広げたようであるし、そこから空庭に、砕けた煙を織り込んでいるようだ。

水紋愁不起,風線重難牽。

水紋は憂えを帯びるので起ってはいないし、風も線を描くほど重くて引っ張ることはない。(水面に波紋を起こしたり、広げることなく、風も線を成して吹くほど強くない、雨の中にしっとりとしている。)

盡日扶犁叟,往來江樹前。

しかし、田を耕す爺だけは、これくらいな雨なら問題ないと、一日中、江樹の前を往来してせっせと働いている。

 

(雨に對す)

簾を卷いて聊か目を舉げれば,露 して草 綿芊【めんせん】。

古岫【こしゅう】雲毳【うんせい】を藏き,空庭に碎煙を織る。

水紋 愁えて起らず,風線 重くして牽き難し。

盡日 犁を扶けるの叟,往來す 江樹の前。

2蜀の山00 

 

對雨』 現代語訳と訳註

(本文)

對雨

卷簾聊舉目,露草綿芊。

古岫藏雲毳,空庭織碎煙。

水紋愁不起,風線重難牽。

盡日扶犁叟,往來江樹前。

 

(下し文)

(雨に對す)

簾を卷いて聊か目を舉げれば,露 して草 綿芊【めんせん】。

古岫【こしゅう】雲毳【うんせい】を藏き,空庭に碎煙を織る。

水紋 愁えて起らず,風線 重くして牽き難し。

盡日 犁を扶けるの叟,往來す 江樹の前。

 

(現代語訳)

(李白が雨に日に居室の簾を書き上げて眼下に広がる景色を詠ったもの)

簾を巻き上げて、ちょっと遠くを眺めてみると細雨が降り頻り、露は草草の綿芊としている上にうるおいを与えている。

前山にある穴からは雲の毛織物を広げたようであるし、そこから空庭に、砕けた煙を織り込んでいるようだ。

水紋は憂えを帯びるので起ってはいないし、風も線を描くほど重くて引っ張ることはない。(水面に波紋を起こしたり、広げることなく、風も線を成して吹くほど強くない、雨の中にしっとりとしている。)

しかし、田を耕す爺だけは、これくらいな雨なら問題ないと、一日中、江樹の前を往来してせっせと働いている。

李白図102 

 

(訳注)

對雨

(李白が雨に日に居室の簾を書き上げて眼下に広がる景色を詠ったもの)

 

卷簾聊舉目,露草綿芊。

簾を巻き上げて、ちょっと遠くを眺めてみると細雨が降り頻り、露は草草の綿芊としている上にうるおいを与えている。

綿芊 草木が茂盛している貌。

 

古岫藏雲毳,空庭織碎煙。

前山にある穴からは雲の毛織物を広げたようであるし、そこから空庭に、砕けた煙を織り込んでいるようだ。

古岫 雲の湧き出る山にある穴。雲は巌谷の洞窟から生じると考えられていた。

雲毳 雲の毛織物。

 

水紋愁不起,風線重難牽。

水紋は憂えを帯びるので起ってはいないし、風も線を描くほど重くて引っ張ることはない。(水面に波紋を起こしたり、広げることなく、風も線を成して吹くほど強くない、雨の中にしっとりとしている。)

 

盡日扶犁叟,往來江樹前。

しかし、田を耕す爺だけは、これくらいな雨なら問題ないと、一日中、江樹の前を往来してせっせと働いている。
安史の乱当時の勢力図 

61 《望夫石》Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <61> Ⅰ李白詩1225 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4673

この石の恨みは、虞舜のあとを追うて及ばず、やがて洞庭湖の沈んで、沅湘の神となったあの二女に同じく、この石のもの言わざることは、二人までもこどを生んでもしゅうしだまっていたいという息嬀に類している。この石は、寂然として春の靄の中に立ったままで、今でも、なおその夫の帰るのを待っているようである。

 
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作年:    715年開元三年15

卷別:    卷一八五              文體:    五言律詩

詩題:    望夫石

作地點:              昌明(劍南道北部 / 綿州 / 昌明)

及地點:              望夫石 (淮南道 濠州 塗山) 別名:望夫臺      

 

 

望夫石

(貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送り、そのまま岩になったと伝える遺跡を詠う)

彷彿古容儀,含愁帶曙輝。

望夫石はかの古の貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送った姿を彷彿するものである。愁いを含んで朝日に対している。

露如今日淚,苔似昔年衣。

その石面に潤う露は今日、新たに涙を流したように見えるし、苔むしたところはむかしの着物のようである。

有恨同湘女,無言類楚妃。

この石の恨みは、虞舜のあとを追うて及ばず、やがて洞庭湖の沈んで、沅湘の神となったあの二女に同じく、この石のもの言わざることは、二人までもこどを生んでもしゅうしだまっていたいという息嬀に類している。

寂然芳靄猶若待夫婦。

この石は、寂然として春の靄の中に立ったままで、今でも、なおその夫の帰るのを待っているようである。

 

 (望夫石)

彷彿たり 古容儀,愁を含んで 曙輝【しょき】を帶ぶ。

露 今日の淚の如く,苔は昔年の衣に似たり。

恨み有り 湘女に同じ,言無く 楚妃に類す。

寂然たり 芳靄【ほうあい】の,猶お夫を待つ婦の若し。

太白山001 

 

『望夫石』 現代語訳と訳註

(本文)

望夫石

彷彿古容儀,含愁帶曙輝。

露如今日淚,苔似昔年衣。

有恨同湘女,無言類楚妃。

寂然芳靄猶若待夫婦。

 

(下し文)

(望夫石)

彷彿たり 古容儀,愁を含んで 曙輝【しょき】を帶ぶ。

露 今日の淚の如く,苔は昔年の衣に似たり。

恨み有り 湘女に同じ,言無く 楚妃に類す。

寂然たり 芳靄【ほうあい】の,猶お夫を待つ婦の若し。

 

(現代語訳)

(貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送り、そのまま岩になったと伝える遺跡を詠う)

望夫石はかの古の貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送った姿を彷彿するものである。愁いを含んで朝日に対している。

その石面に潤う露は今日、新たに涙を流したように見えるし、苔むしたところはむかしの着物のようである。

この石の恨みは、虞舜のあとを追うて及ばず、やがて洞庭湖の沈んで、沅湘の神となったあの二女に同じく、この石のもの言わざることは、二人までもこどを生んでもしゅうしだまっていたいという息嬀に類している。

この石は、寂然として春の靄の中に立ったままで、今でも、なおその夫の帰るのを待っているようである。

李白図102 

(訳注)

望夫石

(貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送り、そのまま岩になったと伝える遺跡を詠う)

望夫石 湖北省武昌の北の山の上にある岩。昔、貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送り、そのまま岩になったと伝える。

 

彷彿古容儀,含愁帶曙輝。

望夫石はかの古の貞女が戦争に出かける夫をこの山上で見送った姿を彷彿するものである。愁いを含んで朝日に対している。

彷彿 【ほうふつ/髣髴】 ありありと想像すること。よく似ているものを見て、そのものを思い浮かべること。

古容儀 いにしえの石となった女の容姿。

曙輝 朝日のこと。

 

露如今日淚,苔似昔年衣。

その石面に潤う露は今日、新たに涙を流したように見えるし、苔むしたところはむかしの着物のようである。

 

有恨同湘女,無言類楚妃。

この石の恨みは、虞舜のあとを追うて及ばず、やがて洞庭湖の沈んで、沅湘の神となったあの二女に同じく、この石のもの言わざることは、二人までもこどを生んでもしゅうしだまっていたいという息嬀に類している。

湘女 《楚辞、章句》に「堯用二女妻舜。有苗不服,舜往征之,二女從而不反,道死于沅湘之中,因湘夫人也。」(堯、二女を用て舜に妻はす。有苗 服せず,舜 往いて之を征す,二女 從って反らず,道にして沅湘の中に死し,因って湘夫人となる。)とある。

楚妃 《左伝》「楚子息,以息嬀歸,生堵敖及成王焉。未言, 楚子問之,對曰:'吾一婦人而事二夫,勿能死,其又奚言。」(楚子、息を滅し,息嬀を以って歸り,堵敖及び成王を生む。未だ言わず, 楚子、之をう,對えて曰く:'吾 一婦人にして二夫に事う,縱い能く死する勿きも,其れ又た奚ぞ言わん。)

 

寂然芳靄猶若待夫婦。

この石は、寂然として春の靄の中に立ったままで、今でも、なおその夫の帰るのを待っているようである。

60 《題竇圌山》Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る <60> Ⅰ李白詩1224 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4668

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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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李白は、唐の長安(則天武后)元年(701)に生まれたことになっている。このとき長庚(金星、太白星)を夢みたところ生まれたので、白と名づけ、太白と字することとなった。また、彼は後にみずからを青蓮居士、酒仙翁ともした。

四歳までは、当時、西域といわれる砕葉で過ごしており、五歳のとき、はじめて父とともに四川省に移住した。時に中宗の神竜元年(705)である。これより二十五歳まで、この四川に住んだ。

李白自身も蜀を郷里として意識し、その住まいは紫雲山のほとりで、四川省綿陽県(当時は彰〔昌〕明県)境にあって、そこの清廉郷(青蓮郷)というところであった。李白が郷里の名をとって

青蓮居士と号したのである。

四川時代の詩ははなはだ少なく、彼の生活を詳しく知る由もないが、家庭は相当に富裕であった。彼の父は李客といった。後年、李白が維揚(揚州)に遊んだとき、一年足らずのうちに、落魄公子のために、三十余万の金を費やした「上安州裴長史」(安州の裴長史に上る書)というところを見ると、相当の金を李白が持っていたと考えられる。つまり、それは彼の父に金があったことになる。父親は富裕の商人であった。こうした商人は、中央アジアと長安の経済交流の盛んな情勢に乗じて、長安にやって来る。また、長安と蜀との経済交流の行なわれた当時、李白の父は長安から蜀にやって来たものと思われる。

 

十五歳ごろまではもっぱら教養として読書で過ごしている。五歳のころ六甲を誦し、十歳では百家を観たと自ら言っている「上安州裴長史」(安州の裴長史に上る書)。「六甲」とは十干十二支で表わす組み合わせを覚えたということである。漢の司馬相如の「子虚の賦」を暗誦した秋於敬亭送從姪耑遊廬山序秋、敬亭山に於いて、侄耑の盧山に遊ぶを送るの序)。李白の口からは経書をとくに学んだとはいっていないが、教養として当然学んだものである。そのほかに諸子百家に及んでいることは、彼の教養を広く豊かなものにして、彼の想像力をふくらませる詩作の助けになっている。

 

また、剣術も習っていた「与韓荊州書」(韓荊州に与うる書」)。彼は後年、しばしば剣のことを歌うが、その素養もこのころ養われたのであろう。「贈從兄襄陽少府皓」(従兄の裏陽の少府暗に贈る)を見ると、「結髪」(二十歳)のころのことを述べて、「結發未識事,所交盡豪雄。」(結發未だ事を識らず、交わる所は尽く豪雄)といい、文人ではなく、武勇の徒と思われる。そして、「託身白刃里,殺人紅塵中。」(身を白刃の裏に託し、人を紅塵の中に殺す)といって、自刃を奮って血を流し人を殺すようなことは、しばしばあったといっている。これを見ると、若い時は必ずしも後年に見られるような詩人としての活躍はほとんどなかったといえよう。友人魏顥の『李翰林集』序にいう「少くして任侠、手ずから数人を刃す」というのも、真実を伝えているものであろう。要するに苦いときは、いわゆる任侠の徒であったということだ。

 

剣を持つことは、元来、文人の教養の一つではあるが、李白は、むしろ任侠の徒として剣を常に挟んでおり、後年になっても、彼の身辺に絶えずあって、単なる飾りではなくて、あふるる感慨を洩らすときの相手でもあった。「撫劍夜吟嘯。 雄心日千里。」(剣を撫して夜吟嗜し、雄心日に千里)「贈張相鎬」(張相鎬に贈る)、「知音不易得,撫劍增感慨。」(知音は得易からず、剣を撫して感慨を増す)「贈從兄襄陽少府皓」(従兄の裏陽の少府暗に贈る)、「長劍一杯酒、男兒方寸心。」(長剣一杯の酒、男児方寸の心」「贈崔侍御」(崔侍御に贈る)、「三杯拂劍舞秋月。 忽然高詠涕泗漣。」(三杯剣を払い秋月に舞わし、忽然として高詠し沸酒漣る)「玉壺吟」などは、壮士的悲横の感慨を剣に託して表わしている。

 

この時期に、なおもっとも注目すべきことは、有名な道教徒、東厳子(趙蕋)とともに岷山に隠れたり、戴天山道士らの道教徒と交友のあったことである。このことは、李白の人格形成、思想形成の上に重大な影響を及ぼしているのである。戴天山道士を訪ねたとき、遇えなかった詩がある。これを見ると、戴天山の静寂境と幽遠の山水の美しきを色彩を交えて描写している。後年の李白の詩の一つの特色である自然の美しさとか、静けさとか、神秘さとかを歌う審美眼も、じつはこの多感の青年期の筍において大いに養われたものと思われる。

 

李白は、生来、性格的にも自然の風景が好きであったかもしれないが、彼は蜀の自然の美しきにひかれて、苛の各地をしばしば遊覧している。成都の散花楼に登っては、「登錦城散花樓」(錦城の散花楼に登る)がある。これは、散花楼の朝の光の中の羊しき、蜀の川のたたずまい、過ぎ行く暮雨の風景などを歌い、いずれの景色もすべて彼の目をじゅうぶん楽しませているものであることが分かる。いったい、李白は生涯、自然の風景を楽しんでいるが、それはこうした蜀の美しい風景に触発されて感得した美的感覚がもとになっているのであろう。

 

 

制作年: 715年開元三年  15

卷別:  文體: 五言古詩 

詩題: 題竇圌山 

作地點: 劍南道北部 綿州 昌明 

及地點:  竇圌山【とうすいざん】 (劍南道北部 綿州 昌明) 別名:猿門山、圌山   道教名山古蹟で、隠遁者が多くいた。

綿州 昌明 竇圌山

四川省江油縣竇圌山

四川省 >> 綿陽市 >>江油市 >> 竇圌山

 

 竇圌山

樵夫與耕者,出入畫屏中。

 

(竇圌山【とうすいざん】に 題す

樵夫と耕者とが,出でては入る 畫屏の中。 

 

 竇圌山

隠遁者が多く棲む竇圌山に題す

樵夫與耕者,出入畫屏中。

木こりや、百姓は、さながら畫屏の内に出入りするがごとく、竇圌山の景色は、まことに格別である。 

 

 

幼い頃から十分な教育的環境の中で育って来た李白は、十代に入ると勉強好きの面だけでなく、空想好きで豪快な気質も目立ち始める。十代半ばには剣を学んで任侠の士と交際したと、これも自分で告白している。

 

 

Ⅰ―1 715年開元三年15歳 剣術を好み賦を作る

6


 

 

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No.

詩題

詩文初句

 

 

 

1

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題竇圌山

樵夫與耕者,

 

 

 

 

 

樵夫與耕者,出入畫屏中。

 

 

 

 

2

2

望夫石

彷彿古容儀,

 

 

 

 

25

彷彿古容儀,含愁帶曙輝。
露如今日淚,苔似昔年衣。
有恨同湘女,無言類楚妃。
寂然芳靄
,猶若待夫歸。

 

 

 

 

夫を恋い慕うあまり死して石となった女の話を題材にしている。

 

 

3

3

對雨

卷簾聊舉目,

 

 

 

 

25

卷簾聊舉目,露草綿芊。
古岫藏雲毳,空庭織碎煙。
水紋愁不起,風線重難牽。
盡日扶犁叟,往來江樹前。

 

 

 

 

詩は全体が雨の中の景色の描写になっていて、。霧雨にけぶる、いかにも南中国の情景らしい詩である。李白の詩は約千首ほど残っているが、雨を詠ったものは非常に少ない。季節は春か初夏、小雨にけぶる景色をさまざまな角度から詠み、前半は部屋の中から眺め、後半は外に出て風に吹かれながら眺めている。

 

 

4

4

曉晴【晚晴】

野涼疏雨歇,

 

 

 

 

25

野涼疏雨歇,春色遍萋萋。
魚躍青池滿,鶯吟綠樹低。
野花妝面
,山草紐斜齊。
零落殘雲片,風吹掛竹溪。

 

 

 

 

5

5

初月

玉蟾離海上,

 

 

 

 

25

玉蟾離海上,白露花時。
雲畔風生爪,沙頭水浸眉。
樂哉弦管客,愁殺戰征兒。
西園賞,臨風一詠詩。

 

 

 

 

「初月」 は三日月という意味で、詩は或る春の夜、三日月を眺めて心に浮かんだことを詠う。前半は三日月が出て来て空に浮かぶまでのようすを描き、関連伝説を連想させ、たのしませ、後半は「月を見ていると楽しい。宴会の席で音楽を聴きながら月を見る人々は、その楽しさもひとしおであろう。しかし考えてみると、月は出征している兵士たちをひどく悲しませるものでもある筈だ。だから私は楽しいだけの月見の宴会はやめて、今、春の夜風に吹かれながら詩を作っているのだ」、と。

 

 

6

6

雨後望月

四郊陰靄散,

 

 

 

 

25

四郊陰靄散,開半蟾生。
萬里舒霜合,一條江練橫。
出時山眼白,高後海心明。
為惜如團扇,長吟到五更。

 

 

 

 

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