漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

index-4 1-4 724年開元十二年24歳 岷山で小鳥と暮

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
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だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

77 《巴女詞》ndex-4 1-4 724年開元十二年24歳から 岷山で小鳥と暮らし、峨嵋山で遊ぶ 24歳 3 首 <77> Ⅰ李白詩1242 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4758

今しも、十月の頃、愛しい阮郎は三千里も下って、遙か呉越の地に赴いたっきり、いつになったら帰るのやら、仕方なく待つだけなのだ。

 
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77 《巴女詞》ndex-4 1-4 724年開元十二年24歳から 岷山で小鳥と暮らし、峨嵋山で遊ぶ  24 3 首 <77> Ⅰ李白詩1242 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4758

 

 

Index-

4

- 4-724年開元十二年24

3首

ID

No.

詩題

詩文初句

 

74

16

1

別匡山

曉峰如畫參差碧,

なし

75

17

2

峨眉山月歌 李白 2

峨眉山月半輪秋,

巻七

76

18

3

83 巴女詞

巴水急如箭,

巻二十四

 

 

ndex-4 1-4 724年開元十二年24

年:724年開元十二年24

卷別:    卷一八四              文體:    五言

詩題:    巴女詞

作地點:              渝州(山南西道 / 渝州 / 渝州)

 

 

巴女詞

巴水急如箭,巴船去若飛。

十月三千里,郎行幾歸。

(この詩は巴中の女子の風俗を詠ったもの)

長江上流の巴水は急流で矢のようにはやくながれる、したがって、ここを下ってゆく巴の船は鳥のように飛んで行ってしまう。

今しも、十月の頃、愛しい阮郎は三千里も下って、遙か呉越の地に赴いたっきり、いつになったら帰るのやら、仕方なく待つだけなのだ。

(巴女の詞)

巴水 急なること箭【や】の如し、巴船 去ること飛が若し。
十月 三千里、郎 行きて幾歳か歸える。

 

李白図102 

『巴女詞』 現代語訳と訳註

(本文)

巴女詞

巴水急如箭,巴船去若飛。

十月三千里,郎行幾歸。

 

 

(下し文)

(巴女の詞)

巴水 急なること箭【や】の如し、巴船 去ること飛が若し。
十月 三千里、郎 行きて幾歳か歸える。

 

 

(現代語訳)

(この詩は巴中の女子の風俗を詠ったもの)

長江上流の巴水は急流で矢のようにはやくながれる、したがって、ここを下ってゆく巴の船は鳥のように飛んで行ってしまう。

今しも、十月の頃、愛しい阮郎は三千里も下って、遙か呉越の地に赴いたっきり、いつになったら帰るのやら、仕方なく待つだけなのだ。

 

(訳注)

巴女詞

(この詩は巴中の女子の風俗を詠ったもの)

○巴 四川省重慶地方のこと。ここは要衝の地であり、大きな歓楽街があり、多くの女がいた。

 

巴水急如箭,巴船去若飛。

長江上流の巴水は急流で矢のようにはやくながれる、したがって、ここを下ってゆく巴の船は鳥のように飛んで行ってしまう。

○巴水 重慶地方を流れる長江の流れ。

○巴船 重慶地方の船は、急流にのれる船。

 

十月三千里,郎行幾歸。

今しも、十月の頃、愛しい阮郎は三千里も下って、遙か呉越の地に赴いたっきり、いつになったら帰るのやら、仕方なく待つだけなのだ。

○郎 阮郎(劉郎)のことで、別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。
太白山001 

75 《別匡山》ndex-4 1-4 724年開元十二年24歳から 岷山で小鳥と暮らし、峨嵋山で遊ぶ<75> Ⅰ李白詩1240 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4748

暁の光が当たる西山山脈、緑の峯峯は高い低い不揃いの山々が有り、絵のようである、藤は影を造るほど垂れ、風に揺れ、欄干の手摺を拂うほどに垂れている。ここにつながる野の道は多くあり、その道に犬を伴ってくるものもいる、そして、晩方には世俗の世間に木こりに伴て一緒に帰ってゆく。

 
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75 《別匡山》ndex-4 1-4 724年開元十二年24歳から 岷山で小鳥と暮らし、峨嵋山で遊ぶ<75> Ⅰ李白詩1240 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4748

 

 

index-4  1-4 724年開元十二年24歳から 岷山で小鳥と暮らし、峨嵋山で遊ぶ                            24      3

制作年: 724年開元十二年  24

卷別:  文體: 七言律詩 

詩題: 別匡山 

作地點: 戴天山(劍南道北部 / 綿州 / 無第三級行政層級

及地點:  戴天山 (劍南道北部 綿州 昌明) 別名:大康山、大匡山、匡山     

       失鶴池 (劍南道北部 綿州 昌明)     

 

 

別匡山

(戴天山に別れを告げる。)

曉峰如畫參差碧,藤影搖風拂檻垂。 

暁の光が当たる西山山脈、緑の峯峯は高い低い不揃いの山々が有り、絵のようである、藤は影を造るほど垂れ、風に揺れ、欄干の手摺を拂うほどに垂れている。

野徑來多將犬伴,人間歸晚帶樵隨。 

ここにつながる野の道は多くあり、その道に犬を伴ってくるものもいる、そして、晩方には世俗の世間に木こりに伴て一緒に帰ってゆく。

看雲客倚啼猿樹,洗缽僧臨失鶴池。 

雲が流れるのを見て此処を後にする旅人は樹に倚りかかり、猿の啼くのを聞く。托鉢の僧侶が鉢を洗い遠く眺めれば、その先に失鶴池がある。

莫怪無心戀清境,已將書劍許明時。 

不信に思ったり、怪しむことはしてはいけない、無心で接することであり、そうすればこれほどのすがすがしい境内はとても良い所なのである、自分の生き方として既に決めている、書物と剣術という文武両道で生きていくことをこの載天山を後にするときに思うのである。

 

(匡山に別る)

曉峰 參差の碧畫の如く,藤影し 風に搖れ 檻を拂い垂る。

野徑 多く來り 將て犬伴う,人間 晚に歸り 樵を帶び隨う。

雲を看 客倚る 猿樹に啼く,缽を洗いて僧臨み 鶴池に失う。

怪み莫れ 心無く 清境を戀う,已に將に書劍し 明時を許す。 

 

 

『別匡山』 現代語訳と訳註

(本文)

別匡山

曉峰如畫參差碧,藤影搖風拂檻垂。 

野徑來多將犬伴,人間歸晚帶樵隨。 

看雲客倚啼猿樹,洗缽僧臨失鶴池。 

莫怪無心戀清境,已將書劍許明時。 

 

(下し文)

(匡山に別る)

曉峰 參差の碧畫の如く,藤影し 風に搖れ 檻を拂い垂る。

野徑 多く來り 將て犬伴う,人間 晚に歸り 樵を帶び隨う。

雲を看 客倚る 猿樹に啼く,缽を洗いて僧臨み 鶴池に失う。

怪み莫れ 心無く 清境を戀う,已に將に書劍し 明時を許す。 

 

(現代語訳)

(戴天山に別れを告げる。)

暁の光が当たる西山山脈、緑の峯峯は高い低い不揃いの山々が有り、絵のようである、藤は影を造るほど垂れ、風に揺れ、欄干の手摺を拂うほどに垂れている。

ここにつながる野の道は多くあり、その道に犬を伴ってくるものもいる、そして、晩方には世俗の世間に木こりに伴て一緒に帰ってゆく。

雲が流れるのを見て此処を後にする旅人は樹に倚りかかり、猿の啼くのを聞く。托鉢の僧侶が鉢を洗い遠く眺めれば、その先に失鶴池がある。

不信に思ったり、怪しむことはしてはいけない、無心で接することであり、そうすればこれほどのすがすがしい境内はとても良い所なのである、自分の生き方として既に決めている、書物と剣術という文武両道で生きていくことをこの載天山を後にするときに思うのである。

 

青城山02 

(訳注)

別匡山

(戴天山に別れを告げる。)

この詩は、李太白集、全集に無いものである。

匡山 戴天山の別名である。大康山、大匡山。劍南道北部 綿州 昌明にある。

 

曉峰如畫參差碧,藤影搖風拂檻垂。 

暁の光が当たる西山山脈、緑の峯峯は高い低い不揃いの山々が有り、絵のようである、藤は影を造るほど垂れ、風に揺れ、欄干の手摺を拂うほどに垂れている。

曉峰 暁の光が当たる峰をいう。西山山脈。東側の山はシルエットになるので緑には見えない。

參差 ① 長短の等しくないさま。そろわないさま。② 入りまじるさま。入り組むさま。

 

野徑來多將犬伴,人間歸晚帶樵隨。 

ここにつながる野の道は多くあり、その道に犬を伴ってくるものもいる、そして、晩方には世俗の世間に木こりに伴て一緒に帰ってゆく。

犬伴・樵隨 隠遁者、道教の修行者の必須アイテム。

 

看雲客倚啼猿樹,洗缽僧臨失鶴池。 

雲が流れるのを見て此処を後にする旅人は樹に倚りかかり、猿の啼くのを聞く。托鉢の僧侶が鉢を洗い遠く眺めれば、その先に失鶴池がある。

 

莫怪無心戀清境,已將書劍許明時。 

不信に思ったり、怪しむことはしてはいけない、無心で接することであり、そうすればこれほどのすがすがしい境内はとても良い所なのである、自分の生き方として既に決めている、書物と剣術という文武両道で生きていくことをこの載天山を後にするときに思うのである。
太白山001 

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