漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

Index-6 Ⅱ―1-726年開元十四年26歳

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

121 《越女詞,五首之五》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <121> Ⅰ李白詩1301 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5053

李白(若耶渓から流れてくる鏡湖の水は澄みきって真白な月を映す、若耶溪の娘たちも色白であると詠う)越女の詞,五首の五

 
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121 《越女詞,五首之五》李白index- 6 726年開元十四年26歳》 襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <121> Ⅰ李白詩1301 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5053

 

 

年:726年開元十四年26

卷別:  卷一八四        文體:  五言

詩題:  越女詞,五首之五【《越中書》所見也。】

及地點:       

若耶溪 (江南東道 越州 會稽) 別名:耶溪、若溪、浣紗溪     

鑑湖 (江南東道 越州 會稽) 別名:鏡湖     

 

越女詞,五首之五

(若耶渓から流れてくる鏡湖の水は澄みきって真白な月を映す、若耶溪の娘たちも色白であると詠う)鏡湖水如月,耶溪女似雪。

鏡湖は水は澄み切っていて月が映ると月光の鏡の中の美人の顏をうつしているようだ,若耶溪にあつまったむすめたちも雪のように色白である。
新妝蕩新波,光景兩奇

初々しい化粧姿は船上でゆれれば、すがすがしい波がうつってゆく,その光景はどちらも比べがたく素晴らしいというだけだ。

 

(越女の詞,五首の五)

鏡湖 水 如月のごとく,耶溪 女 雪のごとし。
新妝 新波に蕩ゆらめき,光景 兩つながら奇絶。

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李白図102 

『越女詞,五首之五』 現代語訳と訳註解説

(本文)

越女詞,五首之五

鏡湖水如月,耶溪女似雪。

新妝蕩新波,光景兩奇

 

(下し文)

 (越女の詞,五首の五)

鏡湖 水 如月のごとく,耶溪 女 雪のごとし。
新妝 新波に蕩ゆらめき,光景 兩つながら奇絶。
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(現代語訳)

(若耶渓から流れてくる鏡湖の水は澄みきって真白な月を映す、若耶溪の娘たちも色白であると詠う)越女の詞,五首の五

鏡湖は水は澄み切っていて月が映ると月光の鏡の中の美人の顏をうつしているようだ,若耶溪にあつまったむすめたちも雪のように色白である。
初々しい化粧姿は船上でゆれれば、すがすがしい波がうつってゆく,その光景はどちらも比べがたく素晴らしいというだけだ。

 

(訳注)

越女詞,五首之五
(若耶渓から流れてくる鏡湖の水は澄みきって真白な月を映す、若耶溪の娘たちも色白であると詠う)越女の詞,五首の五

 

鏡湖水如月,耶溪女似雪。
鏡湖は水は澄み切っていて月が映ると月光の鏡の中の美人の顏をうつしているようだ,若耶溪にあつまったむすめたちも雪のように色白である。
○鏡湖 浙江省の会稽・山陰両県のさかいにある湖。李白が朝廷に上がって間もなく賀知章が官を辞して、玄宗皇帝から鏡湖を賜わった。長く宮仕えをしたご褒美である。

鏡湖:

浙江省紹興県の南。鑑湖、長湖、太湖、慶湖ともいう。開元中に秘書監賀知章に鏡湖溪一曲を賜う。賀監湖。宋代に田地となる。

 安徽省の撫湖市には有名な鏡湖があるが、別のもの。

○耶渓 若耶渓の略。若耶溪 現在、平水江という名の川である。大禹陵前の湖水から会稽山の東側を流れる平水江から引いた運河があり、西側の南池江と繋がっている。それが、嘗て若耶溪と称されていた川である。


新妝蕩新波,光景兩奇絶。

初々しい化粧姿は船上でゆれれば、すがすがしい波がうつってゆく,その光景はどちらも比べがたく素晴らしいというだけだ。

○蕩 水のゆれうごくさま。

○奇絶 すばらしくめずらしい。船上での情事で上で揺れるのと、それによって波が立っていることをいう。


(越女の詞,五首の五)

鏡湖 水 如月のごとく,耶溪 女 雪のごとし。
新妝 新波に蕩ゆらめき,光景 兩つながら奇絶。
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『子夜呉歌其二』 夏

鏡湖三百里、函萏発荷花。    

五月西施採、人看隘若耶。    

囘舟不待月、帰去越王家。

 

子夜呉歌(しやごか)  其の二 夏

鏡湖 三百里、函萏(かんたん)  荷花(かか)を発(ひら)く。

五月  西施が採()るや、人は看る 若耶に隘るを。

舟を囘(めぐ)らして月を待たず、帰り去る  越王の家。

 

『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』

攜妓東山去。 春光半道催。

遙看若桃李。 雙入鏡中開。

姪良が二姥を携えて会稽に赴くを送り、戯れに此の贈有り

妓を携えて 東山に去れば。春光 半道に催す。

(はるか)に看る 桃李(とうり)の若く、双(ふた)つながら鏡中に入って開くを。

おいの良が謝安のように二人妓女と会稽に逝くのを送り出すときに、たわむれにこの詩を作って贈るもである。

芸者をつれて、むかし謝安が遊んだように東山に出かけるが、春の日の光は途中で人をせきたてることだろう。

きっと、二人の妓女が赤い桃花と白い李花がさいているのようだろう、そして、二人の妓女は鏡湖の中に入って、舟を浮かべ宴は、はなやかに開かれているだろう、わたしは、はるかに長江流れからこの地から見ているのだ。

 

 

『登單父陶少府半月台』 
陶公有逸興,不與常人俱。

築台像半月,回向高城隅。

置酒望白雲,商飆起寒梧。

秋山入遠海,桑柘羅平蕪。

水色淥且明,令人思鏡湖。

終當過江去,愛此暫踟躕。
陶公は趣向に長ておられる、とても一般の文人官僚と一緒にされるものではない。
高楼の台地を半月の形に築きあげられた。廻って見たり、正面から見たりして高楼の隅々まで行った。
この半月型の台地に酒をもってきて大空の白雲を眺めていたい。秋の西風、吹き上げる大風、青桐はすっかり葉を落として立っている。
すっかり秋の気配の山というのははるか遠い海原に入っていくことだ。桑と山ぐわの葉があり、雑草がどこまでも被っているのだ
水面にうつるのは清らかな緑色でありその上明るく輝いている。これは誰が見ても賀知章翁の鏡湖と見まごうはずである。
しかしこうしてみていると江南を流浪してそうして長安方面にはもう帰りたくない、暫くはこの地を愛しているので、ここを離れるのにためらいがある。


送賀賓客帰越       
鏡湖流水漾清波、狂客帰舟逸興多。
天子から賜った静かな湖面の鏡湖と漢水の上流澄み切った水の流れる漾水(ようすい)は 清らかな波がたつ、四明狂客の賀殿が船でのご帰還とあれば、興味深いことが数々おこって面白いことでしょう
山陰道士如相見、応写黄庭換白鵝。

越の会稽地方の道士にきっと出会うと思う、そうしたら、ちょうどよい。立派な黄庭経を書き写して白鵝(あひる)と換えることに応じたらよいのです。


天子から賜った静かな湖面の鏡湖と漢水の上流澄み切った水の流れる漾水(ようすい)は 清らかな波がたつ、四明狂客の賀殿が船でのご帰還とあれば、興味深いことが数々おこって面白いことでしょう
越の会稽地方の道士にきっと出会うと思う、そうしたら、ちょうどよい。立派な黄庭経を書き写して白鵝(あひる)と換えることに応じたらよいのです。



其の一
   離別家鄕歳月多,近來人事半消磨。
   唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。

   少小家を離れ老大にして回かえる、鄕音きょうおん改まる無く鬢毛摧すたる
   兒じ童相い見て相い識しらず,笑ひて問う「客 何いづれの處ところ從より來(きた)る」と?


 其の二

   離別家鄕歳月多,近來人事半消磨。
   唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。

   家鄕を離別して歳月多く,近來人事に半ば消磨す。
   唯だ門前に鏡湖の水有りて,春風改めず舊時の波を。

 

回鄕偶書 其二
帰郷したおり、たまたまできたもの。その2
離別家鄕歳月多,近來人事半消磨。
故郷を離れてから歳月は多く(経った)、近頃は、俗世界の人間関係に、半ばうんざりしてきて消耗している。
唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。

ただ、(郷里の家の)門前の鏡湖の水(面)だけは、春風に、昔と変わることなく波を立てている。


帰郷したおり、たまたまできたもの。その2
故郷を離れてから歳月は多く(経った)、近頃は、俗世界の人間関係に、半ばうんざりしてきて消耗している。
ただ、(郷里の家の)門前の鏡湖の水(面)だけは、春風に、昔と変わることなく波を立てている。




其の二
家鄕を離別して歳月多く,近來人事に半ば消磨す。
唯だ門前に鏡湖の水有りて,春風改めず舊時の波を。

 

55moon 

 

李白 《越女詞,五首

 

 

越女詞,五首之一

長干兒女,眉目豔新月。

屐上足如霜,不著鴉頭襪。

(越の女は細身の美人で、この地方の女の風俗を映し出して詠う。)

長干の色街に住む呉の妓女らは容貌絶麗であり、眉と目が新月よりもなまめかしく、あでやかである。
そして、靴のうえの足は霜のように白く、もう「鴉頭」という名の足袋を履いていなくてもうす絹をつけように素足が美しい、それが見る人の心を悩ませるのである。
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 (越女詞,五首の一)

長干の兒女,眉目 新月より豔なり。

屐上【げきじょう】足 霜の如し,鴉頭の襪を著けず。

 

 

越女詞,五首之二

兒多白皙,好為蕩舟劇。

賣眼擲春心,折花調行客。

(越の女は細身の美人で、この地方の船頭屋の娼妓娘の風俗を映し出して詠う。)

呉の娼妓娘らは、いずれも色白が多く、好んで舟をゆさぶることで、戯れて男の目を引き、遊びをする。
色目をつかって、もえたつ色好みの春心をなげつけてその気にさせるのだ、花を折りとって旅人をからかう。

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(越女の詞 其の二)

呉児 多くは白皙【はくせき】、好んで 蕩舟の劇れを為す。

眼を売って 春心を擲【なげう】ち、花を折って 行客【こうかく】を調す。

 

 

越女詞,五首之三【《越中書》所見也。】

耶溪採蓮女,見客棹歌迴。

笑入荷花去,佯羞不出來。

(その二の詩と真逆のはにかんだ採蓮の娘たちを詠う)越女の詞,五首の三

若耶渓頭でハスの実をつむ娘たちは、旅人を見つけると舟歌を唄いながら舟をあちらへこいで遠ざかる。
そうして、にっこり笑ってハスの花の影にかくれ、はずかしそうに、思わせぶりに、しなを作って、なかなか出て来ない。

 (越女の詞,五首の三【《越中書》見る所なり。】)

耶渓 採蓮の女、客を見て 棹歌してる。
笑って荷花に入って去り、佯【いつわ】り羞【はじ】て 出で来らず。

 

 

越女詞,五首之四

東陽素足女,會稽素舸郎。

相看月未墮,白地斷肝腸。

(謝靈運の『東陽溪中贈答二首』の詩を現地で体験して詠う。)

東陽生まれと称する素足の女と、会稽の白木の舟の船頭とが顔を見あわせている。
名残月が沈まないので互いに語り合い、見つめ合っているのだ、それは、あからさまに、心も体も別れることが分かっているから名残惜しんでいるのさ。

 

 (越女の詞,五首の四)

東陽 素足の女,会稽 素の郎。
相看て 月 末だ墜ちず,白地に 肝腸を断つ。

 

 

越女詞,五首之五

鏡湖水如月,耶溪女似雪。

新妝蕩新波,光景兩奇

(若耶渓から流れてくる鏡湖の水は澄みきって真白な月を映す、若耶溪の娘たちも色白であると詠う)越女の詞,五首の五

鏡湖は水は澄み切っていて月が映ると月光の鏡の中の美人の顏をうつしているようだ,若耶溪にあつまったむすめたちも雪のように色白である。
初々しい化粧姿は船上でゆれれば、すがすがしい波がうつってゆく,その光景はどちらも比べがたく素晴らしいというだけだ。

 

(越女の詞,五首の五)

鏡湖 水 如月のごとく,耶溪 女 雪のごとし。
新妝 新波に蕩ゆらめき,光景 兩つながら奇絶。

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120 《越女詞,五首之四》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <120> Ⅰ李白詩1300 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5048

李白《越女詞,五首之四》(謝靈運の『東陽溪中贈答二首』の詩を現地で体験して詠う。)東陽生まれと称する素足の女と、会稽の白木の舟の船頭とが顔を見あわせている。

 
 2014年11月1日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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120 《越女詞,五首之四》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <120> Ⅰ李白詩1300 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5048 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
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22ー(6) 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1213> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5049韓愈詩-22ー(6) 
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120 《越女詞,五首之四》李白index- 6 726年開元十四年26歳》 <120> Ⅰ李白詩1300 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5048

 

襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 

年:726年開元十四年26

卷別:  卷一八四        文體:  五言

詩題:  越女詞,五首之四【案:《越中書》所見也。】

及地點:       

東陽 (江南東道 婺州 東陽)        

會稽 (江南東道 越州 會稽) 別名:山陰     

 

 

越女詞,五首之四

(謝靈運の『東陽溪中贈答二首』の詩を現地で体験して詠う。)

東陽素足女,會稽素舸郎。

東陽生まれと称する素足の女と、会稽の白木の舟の船頭とが顔を見あわせている。

相看月未墮,白地斷肝腸。

名残月が沈まないので互いに語り合い、見つめ合っているのだ、それは、あからさまに、心も体も別れることが分かっているから名残惜しんでいるのさ。

 

 (越女の詞,五首の四)

東陽 素足の女,会稽 素の郎。
相看て 月 末だ墜ちず,白地に 肝腸を断つ。

 

moon5411 

『越女詞,五首之四』 現代語訳と訳註解説

(本文)

越女詞,五首之四

東陽素足女,會稽素舸郎。

相看月未墮,白地斷肝腸。

 

(下し文)

(越女の詞,五首の四)

東陽 素足の女,会稽 素の郎。
相看て 月 末だ墜ちず,白地に 肝腸を断つ。

 

(現代語訳)

(謝靈運の『東陽溪中贈答二首』の詩を現地で体験して詠う。)

東陽生まれと称する素足の女と、会稽の白木の舟の船頭とが顔を見あわせている。
名残月が沈まないので互いに語り合い、見つめ合っているのだ、それは、あからさまに、心も体も別れることが分かっているから名残惜しんでいるのさ。

 

(訳注)

越女詞 五首 其四
(謝靈運の『東陽溪中贈答二首』の詩を現地で体験して詠う。)

 

東陽素足女,會稽素舸郎。
東陽生まれと称する素足の女と、会稽の白木の舟の船頭とが顔を見あわせている。
○東陽 いまの浙江省東陽県。会稽山脈の南方にある。○素足女 この地方は美人の多い子で有名。素足の女は、楚の国の王を籠絡した女性西施が其ふっくらとした艶的の魅力により語の句に警告させその出発殿のすあしのおんなであった。○会稽 いまの浙江省紹興。会稽山脈の北端にある。○素舸 白木の舟。○郎 若い男。

謝靈運      *385433年 南朝の宋の詩人。

『東陽溪中贈答二首』

之一 

可憐誰家婦。緣流洗素足。

明月在雲間。迢迢不可得。

東陽の谿中 答え贈る の一

可憐【かれん】なるは 誰【た】が家の 婦【おんな】ぞ,淥流【ろくりゅう】に 素足を 洗ふ。

明月  雲間に在り,迢迢【ちょうちょう】として  得 可【べ】からず。

之二

可憐誰家郎。緣流乘素舸。

但問情若為。月就雲中墮。

憐れむ 可【べ】し  誰【た】が家の 郎【ろう】ぞ,淥流【ろくりゅう】に 素舸【こぶね】に 乘る。

但 問う  情 若為【いか】にと,月は雲中に就いて墮【お】つ。

東陽溪中贈答二首その(1) 謝霊運(康楽) 詩<40#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩422 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1083

 

相看月未墮,白地斷肝腸。

名残月が沈まないので互いに語り合い、見つめ合っているのだ、それは、あからさまに、心も体も別れることが分かっているから名残惜しんでいるのさ。

〇月未墮 名残月、二十日過ぎの月をいう。

○白地 口語の「平白地」の略。わけもなく、いわれなく。あからさま。

○肝腸 きもとはらわた

○韻 郎、腸。
李白図102 

119 《越女詞,五首之三》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <119> Ⅰ李白詩1299 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5043

李白《越女詞,五首之三》(その二の詩と真逆のはにかんだ採蓮の娘たちを詠う)

 
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119 《越女詞,五首之三》李白index- 6 726年開元十四年26歳》 <119> Ⅰ李白詩1299 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5043

 
 

襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 

年:726年開元十四年26

寫作年紀:      26

卷別:  卷一八四        文體:  五言

李太白集 巻二十四     

詩題:  越女詞,五首之三【《越中書》所見也。】

及地點:        若耶溪 (江南東道越州 會稽) 別名:耶溪、若溪、浣紗溪     

 

 

越女詞,五首之三【《越中書》所見也。】

耶溪採蓮女,見客棹歌迴。

笑入荷花去,佯羞不出來。

(その二の詩と真逆のはにかんだ採蓮の娘たちを詠う)越女の詞,五首の三

若耶渓頭でハスの実をつむ娘たちは、旅人を見つけると舟歌を唄いながら舟をあちらへこいで遠ざかる。
そうして、にっこり笑ってハスの花の影にかくれ、はずかしそうに、思わせぶりに、しなを作って、なかなか出て来ない。

 (越女の詞,五首の三【《越中書》見る所なり。】)

耶渓 採蓮の女、客を見て 棹歌してる。
笑って荷花に入って去り、佯【いつわ】り羞【はじ】て 出で来らず。

 

南池江 採蓮002 

『越女詞,五首之三』【《越中書》所見也。】 現代語訳と訳註解説

(本文)

越女詞,五首之三【《越中書》所見也。】

耶溪採蓮女,見客棹歌迴。

笑入荷花去,佯羞不出來。

 

(下し文)

(越女詞,五首之三【《越中書》所見也。】)

耶渓 採蓮の女、客を見て 棹歌してる。
笑って荷花に入って去り、佯【いつわ】り羞【はじ】て 出で来らず。

 

 

(現代語訳)

(その二の詩と真逆のはにかんだ採蓮の娘たちを詠う)越女の詞,五首の三

若耶渓頭でハスの実をつむ娘たちは、旅人を見つけると舟歌を唄いながら舟をあちらへこいで遠ざかる。
そうして、にっこり笑ってハスの花の影にかくれ、はずかしそうに、思わせぶりに、しなを作って、なかなか出て来ない。
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<!--[endif]-->

(訳注)

越女詞,五首之三【《越中書》所見也。】

(その二の詩と真逆のはにかんだ採蓮の娘たちを詠う)

 

耶溪採蓮女,見客棹歌迴。
若耶渓頭でハスの実をつむ娘たちは、旅人を見つけると舟歌を唄いながら舟をあちらへこいで遠ざかる。
耶渓 若耶渓の略。若耶溪 現在、平水江という名の川である。大禹陵前の湖水から会稽山の東側を流れる平水江から引いた運河があり、西側の南池江と繋がっている。それが、嘗て若耶溪と称されていた川である。

採蓮 ハスの実をつみとる。

○客 たびびと。 

棹歌 舟うた。

 かえる。 迴・巡るだと行ったり来たりする。

李白 『採蓮曲』(採蓮のおんなを男目線で詠う)

若耶溪傍採蓮女,笑隔荷花共人語。

日照新妝水底明,風飄香袂空中舉。

岸上誰家遊冶郎,三三五五映垂楊。

紫騮嘶入落花去,見此踟躕空斷腸。

若耶【じゃくや】渓の傍り 採蓮の女、笑って荷花【かか】を隔てて人と共に語る。

日は新粧を照らして水底明らかに、風は香袖を飄して空中に挙がる。

岸上  誰が家の遊冶郎【ゆうやろう】ぞ、三三、五五、垂楊に映ず。

紫騮【しりゅう】落花に嘶【いなな】きて入りて去り、此れを見て踟蹰【ちちゅう】して空しく断腸。
99 採蓮曲》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <99> Ⅰ李白詩1271 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4903 がある。


笑入荷花去,佯羞不出來。
そうして、にっこり笑ってハスの花の影にかくれ、はずかしそうに、思わせぶりに、しなを作って、なかなか出て来ない。
○荷花 ハスの花。

○佯羞 はずかしそうに、思わせぶりに、しなを作って。

118 《越女詞,五首之二【《越中書》所見也。】》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <118> Ⅰ李白詩1298 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5038

李白《越女詞,五首之二》(越の女は細身の美人で、この地方の船頭屋の娼妓娘の風俗を映し出して詠う。)

 
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118 《越女詞,五首之二【《越中書》所見也。】》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <118> Ⅰ李白詩1298 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5038 
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22ー(4)§3 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1211> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5039韓愈詩-22ー(4) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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 孟郊張籍     
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 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ543 韓昌黎集 巻五  《奉和杜相公太清宮紀事,陳誠上李相公十六韻》韓愈 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 5041 (10/30) 
        
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
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118 《越女詞,五首之二【《越中書》所見也。】》李白index- 6 726年開元十四年26歳》 <118> Ⅰ李白詩1298 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5038

 

 

襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 

年:    開元十四年

寫作時間:      726

寫作年紀:      26

卷別:  卷一八四        文體:  五言

詩題:  越女詞,五首之二【《越中書》所見也。】

 

 

越女詞,五首之二

兒多白皙,好為蕩舟劇。

賣眼擲春心,折花調行客。

(越の女は細身の美人で、この地方の船頭屋の娼妓娘の風俗を映し出して詠う。)

呉の娼妓娘らは、いずれも色白が多く、好んで舟をゆさぶることで、戯れて男の目を引き、遊びをする。
色目をつかって、もえたつ色好みの春心をなげつけてその気にさせるのだ、花を折りとって旅人をからかう。

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(越女の詞 其の二)

呉児 多くは白皙【はくせき】、好んで 蕩舟の劇れを為す。

眼を売って 春心を擲【なげう】ち、花を折って 行客【こうかく】を調す。

 

 

bijo04越女詞,五首之二』 現代語訳と訳註解説

(本文)

越女詞,五首之二

兒多白皙,好為蕩舟劇。

賣眼擲春心,折花調行客。

 

 

(下し文)

(越女の詞 其の二)

呉児 多くは白皙【はくせき】、好んで 蕩舟の劇れを為す。

眼を売って 春心を擲【なげう】ち、花を折って 行客【こうかく】を調す。

 

(現代語訳)

(越の女は細身の美人で、この地方の船頭屋の娼妓娘の風俗を映し出して詠う。)

呉の娘女らは、いずれも色白が多く、好んで舟をゆさぶることで、戯れて男の目を引き、遊びをする。
色目をつかって、もえたつ色好みの春心をなげつけてその気にさせるのだ、花を折りとって旅人をからかう。

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(訳注)

越女詞,五首之二

(越の女は細身の美人で、この地方の船頭屋の娼妓娘の風俗を映し出して詠う。)

越(えつ、紀元前600年頃 - 紀元前334年)は、春秋時代に中国浙江省の辺りにあった国。首都は会稽(現在の浙江省紹興市)。後に漢民族形成の中核となった黄河流域の都市国家群の周辺民族とは別の、長江流域の百越に属する民族を主体に建設されたと言われる。越は楚、呉など長江文明を築いた流れを汲むと考えられており、稲作や銅の生成で栄えた。

隣国の呉とたびたび抗争し、紀元前515年、楚に遠征した呉王闔閭の留守を狙って越王の允常[3]は呉を攻め、呉領内を荒らしまわった。更に混乱に乗じて実弟の公子夫概が兄に対して謀反を起こすなど、闔閭の立場が大いに揺らぐ事となり闔閭は越を憎んだ。やがて紀元前496年に允常が死去して、太子の勾践が父の後を継いで即位した。その報せを受けた闔閭が越を攻めたが敗死した。

闔閭の後を継いだ次男の夫差が報復の準備を整えつつある事を憂えた勾践は、先手を打って仕掛けたが逆に大敗し、越は滅亡寸前にまでなったが勾践が謝罪したために滅亡は免れる。謝罪後、勾践は呉で使用人として労働を命じられたりしたが、范蠡の助けを借り、越は呉への復讐心から着実に力を蓄えてゆき、呉が伍子胥を殺害し夫差が中原に諸侯を集めて会盟を結びに行っている隙を突いて呉を攻め、呉に大打撃を与え、紀元前473年には呉を滅ぼした。呉を滅ぼした勾践は、越の都を現在の山東省の琅邪に遷し(江蘇省連雲港との説もある)、更に諸侯と会盟して中原の覇者となった。

勾践は讒言によって腹心の文種を粛清した。これを聞いた范蠡は勾践の猜疑心を知り尽くしていたために、既に斉に逃亡しており、陶朱公と称して富豪となっていた。紀元前465年、勾践は死去した。

 

呉兒多白皙,好爲蕩舟劇。 

呉の娘女らは、いずれも色白が多く、好んで舟をゆさぶることで、戯れて男の目を引き、遊びをする。
呉児 呉は今の江蘇省一帯。児は、大都会のあか抜けている雰囲気を示す。江戸吉原の芸妓にあたる。

白哲 皮膚の白いこと。

蕩舟 舟をゆさぶってひきつける。

 たわむれ。誘い込む。

 

賣眼擲春心,折花調行客。 
色目をつかって、もえたつ色好みの春心をなげつけてその気にさせるのだ、花を折りとって旅人をからかう。
売眼 色目をつかう、ウィンクする。

 なげつける。

春心 色好みの心。

調 からかう。「ちょっと寄って遊んでいかない?」とウィンクしたり、花を折って投げつけたり、色町での誘い。これだけの短い句の中で見事に表現している。
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越女の詞 其の二
(下し文)
(越女の詞 其の二)

呉児 多くは白皙【はくせき】、好んで 蕩舟の劇れを為す。

眼を売って 春心を擲【なげう】ち、花を折って 行客【こうかく】を調す。
李白の足跡003 

117 《越女詞,五首之一【《越中書》所見也。】》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <117> Ⅰ李白詩1297 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5033

李白《越女詞,五首之一》(越の女は細身の美人で、この地方の女の風俗を映し出して詠う。)長干の色街に住む呉の妓女らは容貌絶麗であり、眉と目が新月よりもなまめかしく、あでやかである。

 
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襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 

年:726年開元十四年26

卷別:  卷一八四        文體:  五言

李太白集 巻二十四

詩題:  越女詞,五首之一【《越中書》所見也。】

及地點:       

長干 (江南東道 潤州 江寧)        

 

 

越女詞,五首之一

長干兒女,眉目豔新月。

屐上足如霜,不著鴉頭襪。

(越の女は細身の美人で、この地方の女の風俗を映し出して詠う。)

長干の色街に住む呉の妓女らは容貌絶麗であり、眉と目が新月よりもなまめかしく、あでやかである。
そして、靴のうえの足は霜のように白く、もう「鴉頭」という名の足袋を履いていなくてもうす絹をつけように素足が美しい、それが見る人の心を悩ませるのである。
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 (越女詞,五首の一)

長干の兒女,眉目 新月より豔なり。

屐上【げきじょう】足 霜の如し,鴉頭の襪を著けず。

a謝霊運永嘉ルート02 

 

『越女詞,五首之一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

越女詞,五首之一

長干兒女,眉目豔新月。

屐上足如霜,不著鴉頭襪。

 

(下し文)

(越女詞,五首の一)

長干の兒女,眉目 新月より豔なり。

屐上【げきじょう】足 霜の如し,鴉頭の襪を著けず。

 

(現代語訳)

(越の女は細身の美人で、この地方の女の風俗を映し出して詠う。)

長干の色街に住む呉の妓女らは容貌絶麗であり、眉と目が新月よりもなまめかしく、あでやかである。
そして、靴のうえの足は霜のように白く、もう「鴉頭」という名の足袋を履いていなくてもうす絹をつけように素足が美しい、それが見る人の心を悩ませるのである。
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南池江 採蓮002 

(訳注)

越女詞,五首之一

(越の女は細身の美人で、この地方の女の風俗を映し出して詠う。)

【《越中書》所見也。】(《越中書》に見る所なり。)

越 現浙江省方面。戦国時代 越の国があった。


長干呉兒女、眉目艶新月。
長干の色街に住む呉の妓女らは容貌絶麗であり、眉と目が新月よりもなまめかしく、あでやかである。
長干 長干は今の南京の南にある小さな町。出稼ぎの商人たちの居住した町。江蘇省南京の南にある町。水運によって開けた町で、色町もあった。そのことを指す。

100-#3 《長干行,二首之一 #3》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <100-#3> Ⅰ李白詩1274 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4918

101 《長干行,二首之二 -#3》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <103> Ⅰ李白詩1277 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4933

呉児 呉は今の江蘇省一帯。児は、大都会のあか抜けている雰囲気を示す。江戸吉原の芸妓にあたる。

李白『對酒』

蒲萄酒,金叵羅,吳姬十五細馬馱。

青黛畫眉紅錦靴,道字不正嬌唱歌。

玳瑁筵中懷裡醉,芙蓉帳底奈君何。

115 《對酒》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <115> Ⅰ李白詩1295 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5023

○艶新月 新月後最初に出る月であったので、「朏(みかづき・ひ)」という文字で表されることもある。三日月には異称が多く、初月(ういづき)・若月(わかづき)・眉月(まゆづき)など(・・他多数)とも呼ばれる。異称の多くは最初に見える月だということや、その形からの連想である。もっとも印象深い月である。その様な眉月よりも女の眉は艶やかだということ。


屐上足如霜、不着鴉頭襪。

そして、靴のうえの足は霜のように白く、もう「鴉頭」という名の足袋を履いていなくてもうす絹をつけように素足が美しい、それが見る人の心を悩ませるのである。
 木靴に下駄の歯をつけたようなもの。女用は先が丸く、男用は角だった。

鴉頭襪 あとうべつ 襪はくつした。纏足用に巻きつけた靴下のようなもの。女の子は45歳になると纏足をした。黒い帯状のものを巻きつけて大きくならないようにしたもの。カラスの首から頭のほっそりと引き締まったラインのことを指す。足が小さいほど身売りの値段に差がついた。古来南京の色町では行われていたが、流行先進地であった端を発し、晩唐以降大流行した。清朝から禁止令が出ても構わず、続けられて現中国まで実在した。
李白図102 

 

116 《贈段七娘》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <116> Ⅰ李白詩1296 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5028

今は千杯の清酒を呑んだ後でも注がれた酒を断ることが無いほどの乱れた生活になっている、それでも満面の紅妝であるため、依然として、接遇した男はその魅力に悩殺されるという。

 
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116 《贈段七娘》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <116> Ⅰ李白詩1296 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5028 
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22ー(2)§2-1 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1209> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5029 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ22ー(2)§2-1 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1209> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5029 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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116 《贈段七娘》李白index- 6 726年開元十四年26歳》 <116> Ⅰ李白詩1296 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5028

 

 

襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 

年:726年開元十四年26

卷別:    卷一八四              文體:    七言

詩題:    贈段七娘

李太白集 巻二十四

作地點:              江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧)

交遊人物:段七娘

 

 

贈段七娘

(段七娘に贈る。)

羅襪凌波生網塵,那能得計訪情親。

艶めかしいうす絹の足袋は波をもしのぐ様に歩いて来て細やかな塵を発てている。彼女は教坊に入っていてそこから出たこともないというだけに、どんな計画でもって情けを受ける情夫を訪うのだろうか。

千杯綠酒何辭醉,一面紅妝惱殺人。

それがどうだろう、冶郎豪客の相手をすることになり、棄てられ、今は千杯の清酒を呑んだ後でも注がれた酒を断ることが無いほどの乱れた生活になっている、それでも満面の紅妝であるため、依然として、接遇した男はその魅力に悩殺されるという。

oushokun01 

(段七娘に贈る

羅襪【らべつ】波を凌いで 網塵を生じ,那ぞ能く計を得て 情親を訪【と】わん。

千杯の綠酒 何ぞ醉いを辭せん,一面の紅妝には 人を惱殺す。

 

 

『贈段七娘』 現代語訳と訳註解説

(本文)

贈段七娘

羅襪凌波生網塵,那能得計訪情親。

千杯綠酒何辭醉,一面紅妝惱殺人。

 

(下し文)

(段七娘に贈る)    

羅襪【らべつ】波を凌いで 網塵を生じ,那ぞ能く計を得て 情親を訪【と】わん。

千杯の綠酒 何ぞ醉いを辭せん,一面の紅妝には 人を惱殺す。

 

(現代語訳)

(段七娘に贈る。)

艶めかしいうす絹の足袋は波をもしのぐ様に歩いて来て細やかな塵を発てている。彼女は教坊に入っていてそこから出たこともないというだけに、どんな計画でもって情けを受ける情夫を訪うのだろうか。

それがどうだろう、冶郎豪客の相手をすることになり、棄てられ、今は千杯の清酒を呑んだ後でも注がれた酒を断ることが無いほどの乱れた生活になっている、それでも満面の紅妝であるため、依然として、接遇した男はその魅力に悩殺されるという。

bijo04 

(訳注)

贈段七娘

(段七娘に贈る。)

南京の女妓であったことだけがわかっている人物である。この詩は、李白の天才的な感覚の持ち主であることを示した詩のひとつであることは間違いない。

 

羅襪凌波生網塵,那能得計訪情親。

艶めかしいうす絹の足袋は波をもしのぐ様に歩いて来て細やかな塵を発てている。彼女は教坊に入っていてそこから出たこともないというだけに、どんな計画でもって情けを受ける情夫を訪うのだろうか。

羅襪 うす絹の足袋。曹植『洛神賦』「凌波微歩、羅襪生塵。」(凌波 微かに歩き、羅襪 塵を生ず。)

網塵 細やかな塵。

訪情親 情けを受ける情夫を訪うということ。

 

千杯綠酒何辭醉,一面紅妝惱殺人。

それがどうだろう、冶郎豪客の相手をすることになり、棄てられ、今は千杯の清酒を呑んだ後でも注がれた酒を断ることが無いほどの乱れた生活になっている、それでも満面の紅妝であるため、依然として、接遇した男はその魅力に悩殺されるという。

115 《對酒》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <115> Ⅰ李白詩1295 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5023

李白《對酒》(南京において行楽酒宴に列した時に呉の細身の美人について詠ったもの。)葡萄酒は槽中に満ちて、これを酌むには黄金の小さな盃がある。呉の姫は十五、小さい駿馬に乗ってやってきた。

 
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115 《對酒》李白index- 6 726年開元十四年26歳》 <115> Ⅰ李白詩1295 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5023

 

 

襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 

年:726年開元十四年26

卷別:    卷一八四              文體:    雜言古詩

詩題:    對酒

作地點:              江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧)

 

 

對酒

(南京において行楽酒宴に列した時に呉の細身の美人について詠ったもの。)

蒲萄酒,金叵羅,吳姬十五細馬馱。

葡萄酒は槽中に満ちて、これを酌むには黄金の小さな盃がある。呉の姫は十五、小さい駿馬に乗ってやってきた。

青黛畫眉紅錦靴,道字不正嬌唱歌。

靑黛でもって眉を画いている、それに、紅錦で作った靴を履いている。この姫は文字を正しく覚えていないが、歌を覚えていて詠うことがとても上手なのだ。

玳瑁筵中懷裡醉,芙蓉帳底奈君何。

玳瑁の筵の敷き詰められた宴会に出ていて人の懐近くに座って酔ったようで、その風情はとても愛すべきものであり、芙蓉の帳底に入ればどうなるかわからないと思われるのだ。

 

bijo04(酒に對す)

蒲萄の酒,金の叵羅【はら】,吳姬十五 細馬馱す。

青黛は眉を畫き 紅錦の靴,字を道う正しからず 唱歌嬌なり。

玳瑁【たいまい】筵中 懷裡に醉う,芙蓉の帳底 君を奈何【いかん】。

 

 

『對酒』 現代語訳と訳註解説

(本文)

對酒

蒲萄酒,金叵羅,吳姬十五細馬馱。

青黛畫眉紅錦靴,道字不正嬌唱歌。

玳瑁筵中懷裡醉,芙蓉帳底奈君何。

 

(下し文)

(酒に對す)

蒲萄の酒,金の叵羅【はら】,吳姬十五 細馬馱す。

青黛は眉を畫き 紅錦の靴,字を道う正しからず 唱歌嬌なり。

玳瑁【たいまい】筵中 懷裡に醉う,芙蓉の帳底 君を奈何【いかん】。

 

(現代語訳)

(南京において行楽酒宴に列した時に呉の細身の美人について詠ったもの。)

葡萄酒は槽中に満ちて、これを酌むには黄金の小さな盃がある。呉の姫は十五、小さい駿馬に乗ってやってきた。

靑黛でもって眉を画いている、それに、紅錦で作った靴を履いている。この姫は文字を正しく覚えていないが、歌を覚えていて詠うことがとても上手なのだ。

玳瑁の筵の敷き詰められた宴会に出ていて人の懐近くに座って酔ったようで、その風情はとても愛すべきものであり、芙蓉の帳底に入ればどうなるかわからないと思われるのだ。

 

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(訳注)

對酒

(南京において行楽酒宴に列した時に呉の細身の美人について詠ったもの。)

 

蒲萄酒,金叵羅,吳姬十五細馬馱。

葡萄酒は槽中に満ちて、これを酌むには黄金の小さな盃がある。呉の姫は十五、小さい駿馬に乗ってやってきた。

蒲萄酒 《史記》によると、中国の葡萄の栽培とワインの製造は、漢の時代からすでに始まった。しかし、現代で製造されているものと、まったくルーツの違うものである。中国では最南西部雲南省の紅河ハニ族イ族自治州弥勒県がワイン生産の中心である。

叵羅 盃の類。北齊書祖珽傳「神武宴寮屬於坐、失叵羅、岇対竇太后令飲酒者皆脱帽、於珽髻上得之。」とあり、「叵羅乃爲酒器。」とされる。

吳姬十五 十五歳は嫁に行くべき最良の年齢であり、芸妓の熟れ時である。

細馬 サラブレッドの様に春のが早い細身の馬、駿馬。

 

青黛畫眉紅錦靴,道字不正嬌唱歌。

靑黛でもって眉を画いている、それに、紅錦で作った靴を履いている。この姫は文字を正しく覚えていないが、歌を覚えていて詠うことがとても上手なのだ。

青黛 ① 濃い青色。 青い眉墨(まゆずみ)。また,それでかいた眉。 俳優が月代(さかやき)などを青くするために用いる顔料。

 

玳瑁筵中懷裡醉,芙蓉帳底奈君何。

玳瑁の筵の敷き詰められた宴会に出ていて人の懐近くに座って酔ったようで、その風情はとても愛すべきものであり、芙蓉の帳底に入ればどうなるかわからないと思われるのだ。

玳瑁筵 数㌢角の玳瑁の板を糸で繋いで筵を作る。非常に高価なものであるため、高貴なものの宴に使用された。

芙蓉帳 芙蓉の花で染めた幄。芙蓉の花模様のある戸張のある閨の中。その中での底とは、寝牀の中にいることをいう。庾信『燈賦』「 掩芙蓉之行張」

白居易『長恨歌』「雲鬢花顏金步搖,芙蓉暖度春宵。」やわらかな髪、花のような顔、歩みにつれて金のかんざしが揺れる。芙蓉模様のとばりは暖かく、春の宵を過ごす。

114 《陌上贈美人【小放歌行】》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <114> Ⅰ李白詩1294 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5018

李白《陌上贈美人【小放歌行】》車の中の芸妓美人は、遊侠の貴公子を見つけ、にっこり笑い、真珠のすだれをまくりあげ、はるかむこうの紅い楼閣をゆびさして、あれがわたしの家だからきっと覚えていてくださいと言ったのだ。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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114 《陌上贈美人【小放歌行】》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <114> Ⅰ李白詩1294 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5018 
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21-(7)§5 《上兵部李侍郎書 -7》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1207> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5019 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-57 《長吟》 杜甫index-15 杜甫<857> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5020 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor20-512《漁歌子四首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-695-20-(512) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5022 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 

年:726年開元十四年26

卷別:  卷一八四        文體:  七言

李太白集 巻二十四
詩題:  陌上贈美人【小放歌行】

作地點:        江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧)

 

 

陌上贈美人【小放歌行】

(大通りで出会った妓優の美人を見かけてひやかして贈る詩)
〔【小放歌行】普段自由に外に出られないものが、ちょっとだけの自由を味わうのを歌にしてみたという意味の詩題になる。〕

駿馬驕行踏落花,垂鞭直拂五雲車。

美人の色香は馬まで元気にしているのだろう、いきりたって進んで行き、この風流な散り落ちる花の絨毯を踏みしだいて行く。馭者はむちを垂らしていたのを、一目見ようと寄ってくるものを避けるため、美しい西王母と見まごう五雲の馬車をさっと打ち払った。

美人一笑褰珠箔,遙指紅樓是妾家。

車の中の芸妓美人は、遊侠の貴公子を見つけ、にっこり笑い、真珠のすだれをまくりあげ、はるかむこうの紅い楼閣をゆびさして、あれがわたしの家だからきっと覚えていてくださいと言ったのだ。

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(陌上の美人に贈る)

駿馬 驕【おご】り 行いて、落花を踏む。鞭を垂れて 直ちに拂う、五雲の車。
美人一笑 珠箔を褰【かか】げ、 遙かに紅樓を指す 是れ妾が家。

 

李白の足跡003 

 

『陌上贈美人』【小放歌行】 現代語訳と訳註解説

(本文)

陌上贈美人【小放歌行】

駿馬驕行踏落花,垂鞭直拂五雲車。

美人一笑褰珠箔,遙指紅樓是妾家。

 

(下し文)

(陌上の美人に贈る)

駿馬 驕【おご】り 行いて、落花を踏む。鞭を垂れて 直ちに拂う、五雲の車。

美人一笑 珠箔を褰【かか】げ、 遙かに紅樓を指す 是れ妾が家。

 

(現代語訳)

(大通りで出会った妓優の美人を見かけてひやかして贈る詩)
〔【小放歌行】普段自由に外に出られないものが、ちょっとだけの自由を味わうのを歌にしてみたという意味の詩題になる。〕

美人の色香は馬まで元気にしているのだろう、いきりたって進んで行き、この風流な散り落ちる花の絨毯を踏みしだいて行く。馭者はむちを垂らしていたのを、一目見ようと寄ってくるものを避けるため、美しい西王母と見まごう五雲の馬車をさっと打ち払った。
車の中の芸妓美人は、遊侠の貴公子を見つけ、にっこり笑い、真珠のすだれをまくりあげ、はるかむこうの紅い楼閣をゆびさして、あれがわたしの家だからきっと覚えていてくださいと言ったのだ。
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a謝霊運永嘉ルート02(訳注)

陌上贈美人
(大通りで出会った妓優の美人を見かけてひやかして贈る詩)

○陌 大道。 南京は揚州に次いで交通の要衝で陸水駅の最も大きな拠点で、当時、長安、洛陽、揚州に次いで唐四大歓楽街があった。芸妓の数が位置といわれるくらい最も多かった。この南京から揚州に掛けての花街の風習は後世にをもたらした。その代表格が、唐時代からこの街から広まった纏足である。この時代に大道を行き交うことは、通常の芸妓では不可能で、官妓の妓優が長官の命令でどこかにさしむけられての道中であろう。

【小放歌行】普段自由に外に出られないものが、ちょっとだけの自由を味わうのを歌にしてみたという意味の詩題になる。


駿馬驕行踏落花。垂鞭直拂五雲車。
美人の色香は馬まで元気にしているのだろう、いきりたって進んで行き、この風流な散り落ちる花の絨毯を踏みしだいて行く。馭者はむちを垂らしていたのを、一目見ようと寄ってくるものを避けるため、美しい西王母と見まごう五雲の馬車をさっと打ち払った。
○駿馬 元気なりっはな馬。 

○驕 馬がいきりたって、人のいうことをきかない。

散った花をしばらくそのままにして楽しむのが風流とされる。王維「田園楽」にみえる。

〇五雲車 伝説では、五色の雲で出来た仙人の乗る馬車。 


美人一笑褰珠箔。遙指紅樓是妾家。
車の中の芸妓美人は、遊侠の貴公子を見つけ、にっこり笑い、真珠のすだれをまくりあげ、はるかむこうの紅い楼閣をゆびさして、あれがわたしの家だからきっと覚えていてくださいと言ったのだ。
○褰 まくりあげる。

○珠箔 真珠のすだれ。 

○紅楼 朱塗の高殿。 

○妾 女の一人称。

美人一笑 美人一笑千金、一笑傾国の美人

113 《秋夕旅懷》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <113> Ⅰ李白詩1293 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5013

涼風がさわやかに初秋の海を渡って來ると、我が故郷「蒪鱸」への思いが強くなるがそれを吹き拂って旅を進める。連山は、ここを去って、果てしなく続いているし、江の流れは、滔々として一たび行けば、復た帰ることはない。

 
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113 《秋夕旅懷》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <113> Ⅰ李白詩1293 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5013 
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21-(6)§4-2 《上兵部李侍郎書 -6》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1206> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5014 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-56 《懷錦水居止,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<856> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5015 杜甫詩1500-856-1174/2500765年永泰元年54歲-56 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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113 《秋夕旅懷》李白index- 6 726年開元十四年26歳》 <113> Ⅰ李白詩1293 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5013

 

 

襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 

年:726年開元十四年26

卷別:    卷一八三              文體:    五言古詩

詩題:    秋夕旅懷

作地點:揚州(淮南道 / 揚州 / 揚州)

 

 

秋夕旅懷

(揚州でに旅の空、秋に関して詠う)

涼風度秋海,吹我思飛。

涼風がさわやかに初秋の海を渡って來ると、我が故郷「蒪鱸」への思いが強くなるがそれを吹き拂って旅を進める。

連山去無際,流水何時歸。

連山は、ここを去って、果てしなく続いているし、江の流れは、滔々として一たび行けば、復た帰ることはない。

目極浮雲色,心斷明月暉。

見渡す限り、天は浮雲が広がってきて灰色一色に変わってゆく、ほの暗く、夕闇が迫ると空は晴れてきて、名月が光をあげてくると、こころにある断腸の思いが増す。

芳草歇柔豔,白露催寒衣。

菊や木犀、秋草の香りは秋が深まって、柔艶の色を失いはじめ、白露は天に満ちてくると人々は、冬用の着物を用意し、変わってゆく。

夢長銀漢落,覺罷天星稀。

秋は、夜が長くなってゆくと、夢も長く見るようになり、銀河は低く落ちる頃となり、眠りから覚める明方には星の数も稀になってゆく。

含悲想舊國,泣下誰能揮。

こうして悲しみを含んで、故郷を思うと、涙はとめどなく流れおちる、この涙をは誰が拭い去れるというのか。

 

(秋の夕べ旅で懷う)

涼風 秋海を度り,我が思に吹いて飛ぶ。

連山 去って際無く,流水 何れの時か歸らん。

目は極わむ 浮雲の色,心は斷ゆむ 明月の暉。

芳草 柔豔を歇め,白露 寒衣を催す。

夢は長くして 銀漢落ち,覺め罷んで 天星稀れなり。

悲しみを含んで 舊國を想う,泣下って 誰か能く揮わん。

 

a謝霊運永嘉ルート02 

秋夕旅懷』 現代語訳と訳註解説

(本文)

秋夕旅懷

涼風度秋海,吹我思飛。

連山去無際,流水何時歸。

目極浮雲色,心斷明月暉。

芳草歇柔豔,白露催寒衣。

夢長銀漢落,覺罷天星稀。

含悲想舊國,泣下誰能揮。

 

 

(下し文)

(秋の夕べ旅で懷う)

涼風 秋海を度り,我が思に吹いて飛ぶ。

連山 去って際無く,流水 何れの時か歸らん。

目は極わむ 浮雲の色,心は斷ゆむ 明月の暉。

芳草 柔豔を歇め,白露 寒衣を催す。

夢は長くして 銀漢落ち,覺め罷んで 天星稀れなり。

悲しみを含んで 舊國を想う,泣下って 誰か能く揮わん。

 

(現代語訳)

(揚州でに旅の空、秋に関して詠う)

涼風がさわやかに初秋の海を渡って來ると、我が故郷「蒪鱸」への思いが強くなるがそれを吹き拂って旅を進める。

連山は、ここを去って、果てしなく続いているし、江の流れは、滔々として一たび行けば、復た帰ることはない。

見渡す限り、天は浮雲が広がってきて灰色一色に変わってゆく、ほの暗く、夕闇が迫ると空は晴れてきて、名月が光をあげてくると、こころにある断腸の思いが増す。

菊や木犀、秋草の香りは秋が深まって、柔艶の色を失いはじめ、白露は天に満ちてくると人々は、冬用の着物を用意し、変わってゆく。

秋は、夜が長くなってゆくと、夢も長く見るようになり、銀河は低く落ちる頃となり、眠りから覚める明方には星の数も稀になってゆく。

こうして悲しみを含んで、故郷を思うと、涙はとめどなく流れおちる、この涙をは誰が拭い去れるというのか。

 

 

(訳注)

秋夕旅懷

(揚州でに旅の空、秋に関して詠う)

 

涼風度秋海,吹我思飛。

涼風がさわやかに初秋の海を渡って來ると、我が故郷「蒪鱸」への思いが強くなるがそれを吹き拂って旅を進める。

思 晋の張翰が、秋風が吹きはじめると、故郷の「蒪羹・鱸膾」「蒪鱸」の料理が食べたくて退官して郷里に帰った故事にもとづく言葉。晋書・文苑・張翰』「翰因見秋風起,乃思呉中菰菜、蓴羹、鱸魚膾,曰:『人生貴得適志,何能羈宦數千里以要名爵乎!』遂命駕而歸。」とある。

 

連山去無際,流水何時歸。

連山は、ここを去って、果てしなく続いているし、江の流れは、滔々として一たび行けば、復た帰ることはない。

○去無際 長江に沿って連山ははてしなくつづく。

 

目極浮雲色,心斷明月暉。

見渡す限り、天は浮雲が広がってきて灰色一色に変わってゆく、ほの暗く、夕闇が迫ると空は晴れてきて、名月が光をあげてくると、こころにある断腸の思いが増す。

○明月 仲秋の明月。

 

芳草歇柔豔,白露催寒衣。

菊や木犀、秋草の香りは秋が深まって、柔艶の色を失いはじめ、白露は天に満ちてくると人々は、冬用の着物を用意し、変わってゆく。

○歇柔豔 秋が深まって、柔艶の色を失いはじめること。

○催寒衣 中國古代では、秋の風物詩、擣衣/搗衣【とうい】をはじめる。砧(きぬた)で衣を打つこと。

李白『子夜呉歌其三 秋』「長安一片月、万戸擣衣声。秋風吹不尽、総是玉関情。何日平胡虜、良人罷遠征。」(長安 一片の月、万戸衣を擣つの声。秋風 吹いて尽きず、総て是れ玉関【ぎょくかん】の情。何【いず】れの日か胡虜【こりょ】を平らげ、良人遠征を罷【や】めん。)

李白24 子夜呉歌其三 秋 25 冬

 謝惠連 『擣衣』 
衡紀無淹度,晷運倐如催。白露滋園菊,秋風落庭槐。
肅肅莎雞羽,烈烈寒螿啼。夕陰結空
,宵月皓中閨。
美人戒裳服,端飾相招攜。簪玉出北房,鳴金步南階。
高砧響發,楹長杵聲哀。微芳起兩袖,輕汗染雙題。
紈素既已成,君子行未歸。裁用笥中刀,縫為萬里衣。
盈篋自余手,幽緘候君開。腰帶準疇昔,不知今是非。

杜甫『擣衣』

亦知戍不返,秋至拭清砧。

已近苦寒月,況經長別心。

寧辭擣衣倦,一寄塞垣深。

用盡閨中力,君聽空外音。

搗衣(擣衣) 杜甫 <295> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1352 杜甫詩 700- 415

 

夢長銀漢落,覺罷天星稀。

秋は、夜が長くなってゆくと、夢も長く見るようになり、銀河は低く落ちる頃となり、眠りから覚める明方には星の数も稀になってゆく。

○銀漢 【ぎんかん】天の川。銀河。天漢。《季 秋》あまのがわ。天河・銀河・経河・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。杜甫『天河』。天河 杜甫 <292> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1343 杜甫詩 700- 412

 

含悲想舊國,泣下誰能揮。

こうして悲しみを含んで、故郷を思うと、涙はとめどなく流れおちる、この涙をは誰が拭い去れるというのか。

○舊國 故郷。
李白図102 

112 《王右軍》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <112> Ⅰ李白詩1291 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5003

(王右軍を務められた王羲之の書が高値が付けられているにもかかわらず、たった数羽の鵝を手に入れるため、注文された老子道経「黄庭経」を写した。俗塵が考えればもったいない話で、会稽の地にとどまり続け、当地の人士と山水を巡り、仙道の修行に励むなど悠々自適の生活を過ごしたと詠う)

 
 2014年10月24日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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112 《王右軍》李白index- 6 726年開元十四年26歳》 <112> Ⅰ李白詩1291 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5003

 

 

襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 

年:726年開元十四年26

卷別:    卷一八一              文體:    五言古詩

李太白集 巻二十一

詩題:    王右軍

及地點:山陰 (江南東道 越州 山陰)              

 

 

王右軍

(王右軍を務められた王羲之の書が高値が付けられているにもかかわらず、たった数羽の鵝を手に入れるため、注文された老子道経「黄庭経」を写した。俗塵が考えればもったいない話で、会稽の地にとどまり続け、当地の人士と山水を巡り、仙道の修行に励むなど悠々自適の生活を過ごしたと詠う)

右軍本清真,瀟灑出風塵。

王右軍の人となり、清白・潔白  真率  清廉であり、すっきりとあか抜けしていて、洒落ている風貌でいて隠遁者として、この塵埃から出たのだ。

山陰過羽客,愛此好鵝賓。

会稽の北あたりの山陰地方において、道士に遭遇し、その鵝を欲しいと言うと、道士は、これに「黄庭経」を書にしてくれればと要請したのである。

掃素寫道經,筆精妙入神。

王羲之は注文通り、白い帛を拂って、老子道経「黄庭経」を写したが、この書は、古今稀なる能書であるから、その出来栄えは神妙で神がかり的なものであったという。

書罷籠鵝去,何曾別主人。

王羲之は書き終ると、さっさと鵝を籠に入れて、それを携えて帰り、主人の道士に挨拶すること忘れたという、王羲之の書には高い値がついていたのに、鵝を手にすることしか考えないという、何とこれほど清白真率の極みというべきものがあるであろうか。

(王右軍)

右軍 本と清真なり,瀟灑にして風塵を出づ。

山陰 羽客を過ぐれば,此の鵝を好むの賓を愛す。

素を掃うて 道經を寫し,筆精 妙 神に入る。

書し 罷んで 鵝を籠にして去る,何んぞ曾て 主人と別れんや。

 

李白の足跡003 

『王右軍』 現代語訳と訳註解説

(本文)

王右軍

右軍本清真,瀟灑出風塵。

山陰過羽客,愛此好鵝賓。

掃素寫道經,筆精妙入神。

書罷籠鵝去,何曾別主人。

 

(含異文)

右軍本清真,瀟灑出風塵【瀟灑在風塵】。

山陰過羽客,愛此好鵝賓。

掃素寫道經,筆精妙入神。

書罷籠鵝去,何曾別主人。

 

(下し文)

(王右軍)

右軍 本と清真なり,瀟灑にして風塵を出づ。

山陰 羽客を過ぐれば,此の鵝を好むの賓を愛す。

素を掃うて 道經を寫し,筆精 妙 神に入る。

書し 罷んで 鵝を籠にして去る,何んぞ曾て 主人と別れんや。

 

(現代語訳)

(王右軍を務められた王羲之の書が高値が付けられているにもかかわらず、たった数羽の鵝を手に入れるため、注文された老子道経「黄庭経」を写した。俗塵が考えればもったいない話で、会稽の地にとどまり続け、当地の人士と山水を巡り、仙道の修行に励むなど悠々自適の生活を過ごしたと詠う)

王右軍の人となり、清白・潔白 真率 清廉であり、すっきりとあか抜けしていて、洒落ている風貌でいて隠遁者として、この塵埃から出たのだ。

会稽の北あたりの山陰地方において、道士に遭遇し、その鵝を欲しいと言うと、道士は、これに「黄庭経」を書にしてくれればと要請したのである。

王羲之は注文通り、白い帛を拂って、老子道経「黄庭経」を写したが、この書は、古今稀なる能書であるから、その出来栄えは神妙で神がかり的なものであったという。

王羲之は書き終ると、さっさと鵝を籠に入れて、それを携えて帰り、主人の道士に挨拶すること忘れたという、王羲之の書には高い値がついていたのに、鵝を手にすることしか考えないという、何とこれほど清白真率の極みというべきものがあるであろうか。

 

呉越の地図

(訳注)

王右軍

(王右軍を務められた王羲之の書が高値が付けられているにもかかわらず、たった数羽の鵝を手に入れるため、注文された老子道経「黄庭経」を写した。俗塵が考えればもったいない話で、会稽の地にとどまり続け、当地の人士と山水を巡り、仙道の修行に励むなど悠々自適の生活を過ごしたと詠う)

王右軍 王羲之の王右軍王 羲之(おう ぎし、303 - 361年)のこと。中国東晋の政治家・書家。字は逸少。右軍将軍となったことから世に王右軍とも呼ばれる。本籍は琅邪郡臨沂(現在の山東省臨沂市)。魏晋南北朝時代を代表する門閥貴族、琅邪王氏の出身である。

王羲之は魏晋南北朝時代を代表する門閥貴族、琅邪王氏の家に生まれ、東晋建国の元勲であった同族の王導や王敦らから一族期待の若者として将来を嘱望されていた[8]。東晋の有力者である郗鑒の目にとまりその女婿となり、またもう一人の有力者であった征西将軍・庾亮からは、彼の幕僚に請われて就任し、その人格と識見を称えられた。その後も羲之は朝廷の高官から高く評価され、たびたび中央の要職に任命されたが、羲之はそのたびに就任を固辞した。友人の揚州刺史・殷浩による懇願を受け、ようやく護軍将軍に就任するも、しばらくして地方転出を請い、右軍将軍・会稽内史(会稽郡の長官、現在の浙江省紹興市付近)となった。

羲之は会稽に赴任すると、山水に恵まれた土地柄を気に入り、次第に詩、酒、音楽にふける清談の風に染まっていき、ここを終焉の地と定め、当地に隠棲中の謝安や孫綽・許詢・支遁ら名士たちとの交遊を楽しんだ。一方で会稽一帯が飢饉に見舞われた時は、中央への租税の減免を要請するなど、地方行政にも力を注いでいる。

354年、かねてより羲之と不仲であった王述(琅邪王氏と遠縁筋の太原王氏出身)が会稽内史を管轄する揚州刺史となる。王羲之は王述の下になることを恥じ、会稽郡を揚州の行政機構からはずすよう要請したが却下された。王述が会稽郡にさまざまな圧力をかけてくると、これに嫌気が差した王羲之は、翌355年、病気を理由に官を辞して隠遁する。官を辞した王羲之はその後も会稽の地にとどまり続け、当地の人士と山水を巡り、仙道の修行に励むなど悠々自適の生活を過ごしたという。

 

右軍本清真,瀟灑出風塵。

王右軍の人となり、清白・潔白 真率 清廉であり、すっきりとあか抜けしていて、洒落ている風貌でいて隠遁者として、この塵埃から出たのだ。

清真 清白・潔白 真率 清廉・堅気 利口の意。

瀟灑/瀟洒 【しょうしゃ】すっきりとあか抜けしているさま。俗っぽくなくしゃれているさま。

 

山陰過羽客,愛此好鵝賓。

会稽の北あたりの山陰地方において、道士に遭遇し、その鵝を欲しいと言うと、道士は、これに「黄庭経」を書にしてくれればと要請したのである。

《晉書·王羲之傳》會稽有一個孤老太太養了一隻好鵝,・・・・・山陰有一道士,養好鵝,羲之往觀焉,意甚悅,固求市之。道士雲:'為寫道德經,當舉群相贈耳。'羲之欣然寫畢,籠鵝而歸,甚以為樂。(會稽に一個の孤老太太有り一隻の鵝を好んで養了す,・・・・・山陰に一道士有り,好鵝を養う,羲之往いて觀る,意 甚だ悅び,固く之を市わむことを求む。道士云う:'為に道德經を寫さば,當に群を舉げて相い贈るべしと。'羲之 欣然として寫し畢り,鵝を籠にして歸り,甚だ以って樂しみと為す。)

 

掃素寫道經,筆精妙入神。

王羲之は注文通り、白い帛を拂って、老子道経「黄庭経」を写したが、この書は、古今稀なる能書であるから、その出来栄えは神妙で神がかり的なものであったという。

◍この二句について 晋の書家。王羲之(最高峰の書家)は当時から非常に有名だったので、その書はなかなか手に入れるのが困難であった。山陰(いまの浙江省紹興県)にいた一人の道士は、王羲之が白い鵞鳥を好んで飼うことを知り、一群の鵞をおくって「黄庭経」を書かせた。

王羲之の書の中では『蘭亭序』・『楽毅論』・『十七帖』・『集王聖教序』が特に有名である。他に『黄庭経』・『喪乱帖』・『孔侍中帖』・『興福寺断碑』などが見られるが、そのうちの『黄庭経』を書いてもらうためにこの地の道士たちが、王羲之が大変好きであった、白鵝(あひる)をたくさん送って書いてもらったことに基づく。

道經 老子道経「黄庭経」のこと。

筆精 筆使いが巧妙なこと。江淹『別賦』「雖淵雲之墨妙,嚴樂之筆精。 金閨之諸,蘭臺之群英。賦有凌雲之稱,辯有雕龍之聲。誰能摹暫離之狀,寫永訣之情者乎?」とあるに基づいている。

妙入神 神妙で神がかり的なものである。

 

書罷籠鵝去,何曾別主人。

王羲之は書き終ると、さっさと鵝を籠に入れて、それを携えて帰り、主人の道士に挨拶すること忘れたという、王羲之の書には高い値がついていたのに、鵝を手にすることしか考えないという、何とこれほど清白真率の極みというべきものがあるであろうか。