漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

Index-15 Ⅱ― 10- 735年開元二十三年35歳

234 《巻23-51 觀放白鷹二首其二 (寒冬十二月) 》 <234> Ⅰ李白詩1477 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5933

觀放白鷹,二首之二

寒冬十二月,蒼鷹八九毛。

寄言燕雀莫相啅,自有雲霄萬里高。
そうであれば、この鷹に狙われる燕雀どもは、けっして多く集まってさえずりなどしてはならないが、この鷹にしても、一たび羽ばたきをすれば、雲霄萬里の高さに飛び上がり、その間にいる鳥どもをことごとく打ち落とすに違いない。

 

234 《巻23-51 觀放白鷹二首其二 (寒冬十二月)》 <234> Ⅰ李白詩1477 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5933

 
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年:734年開元二十二年35

卷別:  卷一八三        文體:  五言

詩題:  觀放白鷹,二首之一

 

 

(改訂版)《巻23-50 觀放白鷹二首其一(八月邊風)》

觀放白鷹二首其一

(秋の末、白鷹を放つ鷹狩りを見て作った詩)。
八月邊風高,胡鷹白錦毛。

秋の中ごろ八月は,国境付近の岩山の上、晴れた空高く秋風が吹きすさびねけてゆく。我われが鷹狩に使っているのは優秀な胡地産の鷹で、寒くなればなるほど錦毛はうるわしく銀白色にかがやき颯爽としてくる。
孤飛一片雪,百里見秋毫。

子の鷹を放てば、一片の雪が孤飛し、空中に舞ったかのようである。白鷹は、周囲百里にわたって、きわめで微細なものを秋毫までも目に見えるほど、決して獲物を逃すまい頭い意気ごみである。
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(白鷹を放つを観る)
八月 辺風高し、胡鷹 白錦毛。
孤飛す一片の雪、百里 秋毫を見る。

 

 

年:    未編年

卷別:  卷一八三        文體:  雜言古詩

詩題:  觀放白鷹,二首之二

 

 

觀放白鷹,二首之二

寒冬十二月,蒼鷹八九毛。

寄言燕雀莫相啅,自有雲霄萬里高。

 

(觀放白鷹,二首の二)

寒冬 十二月,蒼鷹 八九毛。

言を寄す 燕雀 相い啅する莫れ,自ら雲霄 萬里の高き有り。

 

 

『觀放白鷹,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

觀放白鷹,二首之二

寒冬十二月,蒼鷹八九毛。

寄言燕雀莫相啅,自有雲霄萬里高。

(下し文)
(觀放白鷹,二首の二)

寒冬 十二月,蒼鷹 八九毛。

言を寄す 燕雀 相い啅する莫れ,自ら雲霄 萬里の高き有り。

(現代語訳)
(寒冬の侯、新たに飼われた蒼鷹を見て、この鷹のために気を吐いて作った詩)。

寒い冬の(陰暦)十二月の侯、新たに飼われた蒼鷹は、その勁翮を剪りさられ、遠挙颺去できなくしたので、間もなく狩にもちいられるだろう。

そうであれば、この鷹に狙われる燕雀どもは、けっして多く集まってさえずりなどしてはならないが、この鷹にしても、一たび羽ばたきをすれば、雲霄萬里の高さに飛び上がり、その間にいる鳥どもをことごとく打ち落とすに違いない。



(訳注)

觀放白鷹,二首之二

(寒冬の侯、新たに飼われた蒼鷹を見て、この鷹のために気を吐いて作った詩)。

作時は不明であるが、太原旅行時、觀放白鷹二首之二が秋の終わりで、冬になってのものとした。

 

寒冬十二月,蒼鷹八九毛。

寒い冬の(陰暦)十二月の侯、新たに飼われた蒼鷹は、その勁翮を剪りさられ、遠挙颺去できなくしたので、間もなく狩にもちいられるだろう。

寒冬十二月 寒い冬の(陰暦)十二月に。前漢、蘇武《詩四首 其四》「寒冬十二月,晨起踐嚴霜。」(寒冬 十二月,晨に起きて 嚴霜を踐む。)寒い冬の(陰暦)十二月の侯、朝起きて、ひどい霜をふむ。

蒼鷹八九毛 王琦 鷹は一歳色黄、二歳色變じて次に赤、三歳にして色はじめて蒼、故にこれを蒼鷹という。 八九毛とは、是初めて獲たるの鷹、その勁翮を剪り、遠挙颺去せざらん。

 

寄言燕雀莫相啅,自有雲霄萬里高。

そうであれば、この鷹に狙われる燕雀どもは、けっして多く集まってさえずりなどしてはならないが、この鷹にしても、一たび羽ばたきをすれば、雲霄萬里の高さに飛び上がり、その間にいる鳥どもをことごとく打ち落とすに違いない。

啅 多く集まった鳥のさえずり。仕角切,音數。衆聲。又《集韻》《類篇》𠀤陟敎切,音罩。啅啅,鳥聲。

雲霄 雲を浮かべる大空。雲を浮かべるはるかな天。「霄漢・霄壌」

萬里高 天高く万里の先までつづく。

 

 

 

 

詩四首 其四   前漢、蘇武(蘇子卿)

燭燭晨明月,馥馥秋蘭芳。

芳馨良夜發,隨風聞我堂。

征夫懷遠路,遊子戀故鄕。

寒冬十二月,晨起踐嚴霜。

俯觀江漢流,仰視浮雲翔。

良友遠別離,各在天一方。

山海隔中州,相去悠且長。

嘉會難再遇,歡樂殊未央。

願君崇令德,隨時愛景光。

 

四首  其の四

燭燭たり 晨の明月,馥馥として 秋蘭 芳し。

芳馨 良夜に發し,風に隨ひて 我が堂に聞こゆ。

征夫 遠路を懷ひ,遊子 故鄕を戀ふ。

寒冬 十二月,晨に起きて 嚴霜を踐む。

俯して 江漢の流るるを 觀,仰ぎて 浮雲の翔るを 視る。

良友 遠く別離し,各〻 天の一方に在り。

山海 中州を隔て,相ひ去ること 悠にして且つ長し。

嘉會 再び遇ふこと難ければ,歡樂 殊に未だ央きず。

願はくは 君 令德を崇くし,時に隨ひて 景光を愛せよ。

233 《巻23-50 觀放白鷹二首其一 (八月邊風高)》 <233> Ⅰ李白詩1476 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5928

觀放白鷹二首其一

八月邊風高,胡鷹白錦毛。

孤飛一片雪,百里見秋毫。

(秋の末、白鷹を放つ鷹狩りを見て作った詩)。秋の中ごろ八月は,国境付近の岩山の上、晴れた空高く秋風が吹きすさびねけてゆく。我われが鷹狩に使っているのは優秀な胡地産の鷹で、寒くなればなるほど錦毛はうるわしく銀白色にかがやき颯爽としてくる。
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Index-15 Ⅱ― 9-734年開元二十二年35

 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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65-#5-§3-2 《讀巻02-07 禘祫議》- §3 韓愈(韓退之)ID 《 803年貞元19年 38歳》<1389> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5929 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:734年開元二十二年35

卷別:  卷一八三        文體:  五言

詩題:  觀放白鷹,二首之一

 

 

《巻23-50 觀放白鷹二首其一 (八月邊風)》

觀放白鷹二首其一

(秋の末、白鷹を放つ鷹狩りを見て作った詩)。
八月邊風高,胡鷹白錦毛。

秋の中ごろ八月は,国境付近の岩山の上、晴れた空高く秋風が吹きすさびねけてゆく。我われが鷹狩に使っているのは優秀な胡地産の鷹で、寒くなればなるほど錦毛はうるわしく銀白色にかがやき颯爽としてくる。
孤飛一片雪,百里見秋毫。

子の鷹を放てば、一片の雪が孤飛し、空中に舞ったかのようである。白鷹は、周囲百里にわたって、きわめで微細なものを秋毫までも目に見えるほど、決して獲物を逃すまい頭い意気ごみである。
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(白鷹を放つを観る)
八月 辺風高し、胡鷹 白錦毛。
孤飛す一片の雪、百里 秋毫を見る。

 

 

《巻23-50 觀放白鷹二首其一 (八月邊風)》

『觀放白鷹二首其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

觀放白鷹二首其一

八月邊風高,胡鷹白錦毛。

孤飛一片雪,百里見秋毫。


(下し文)
(白鷹を放つを観る)
八月 辺風高し、胡鷹 白錦毛。
孤飛す一片の雪、百里 秋毫を見る。


(現代語訳)
(秋の末、白鷹を放つ鷹狩りを見て作った詩)。
秋の中ごろ八月は,国境付近の岩山の上、晴れた空高く秋風が吹きすさびねけてゆく。我われが鷹狩に使っているのは優秀な胡地産の鷹で、寒くなればなるほど錦毛はうるわしく銀白色にかがやき颯爽としてくる。
子の鷹を放てば、一片の雪が孤飛し、空中に舞ったかのようである。白鷹は、周囲百里にわたって、きわめで微細なものを秋毫までも目に見えるほど、決して獲物を逃すまい頭い意気ごみである。


(訳注)

觀放白鷹
(秋の末、白鷹を放つ鷹狩りを見て作った詩)。
放鷹 たかを飛ばして小鳥をとること。鷹狩に白いたかを使う。



八月邊風高、胡鷹白錦毛
秋の中ごろ八月は,国境付近の岩山の上、晴れた空高く秋風が吹きすさびねけてゆく。我われが鷹狩に使っているのは優秀な胡地産の鷹で、寒くなればなるほど錦毛はうるわしく銀白色にかがやき颯爽としてくる。
八月 旧暦八月は、秋の中ごろ。

○辺風 海岸を吹く風。国境辺地の風、北風。鮑照《蕉城賦》「邊風急兮城上寒」

胡鷹 胡地に産する鷹。

錦毛 錦の美しいもようのある毛。錦:美しいものの喩。
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孤飛一片雪、百里見秋毫。
子の鷹を放てば、一片の雪が孤飛し、空中に舞ったかのようである。白鷹は、周囲百里にわたって、きわめで微細なものを秋毫までも目に見えるほど、決して獲物を逃すまい頭い意気ごみである。
秋毫 毫は細い毛。動物の毛は秋に殊に細くなるので、きわめで微細なものを秋毫という。

232 《(改訂版)巻21-6 太原早秋 (歲落眾芳歇)》Index-15 Ⅱ― 10- 735年開元二十三年35歳 <232> Ⅰ李白詩1475 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5923

太原早秋

芳歇,時當大火流。

霜威出塞早,雲色渡河秋。

夢繞邊城月,心飛故國樓。

思歸若汾水,無日不悠悠。

 

洛陽で知り合った元演が帰省するのに誘われて太原までの長途の旅をし、その地で客中の情を詠った詩)今年もすでに、半ばを過ぎて下り坂であり、いろんな花が散り去って無くなってしまい、時今しも大火が西流して、秋景色に変わっていく。
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232 《(改訂版)巻21-6 太原早秋 (落眾芳歇)》Index-15 Ⅱ― 10- 735年開元二十三年35歳 <232> Ⅰ李白詩1475 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5923

 
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年:734年開元二十二年35

卷別:    卷一八一              文體:    五言律詩

詩題:    太原早秋

作地點:              太原府(河東道 / 太原府 / 太原府)

及地點:              太原府 (河東道 太原府 太原府) 別名:太原、并州      

 

 

太原早秋

洛陽で知り合った元演が帰省するのに誘われて太原までの長途の旅をし、その地で客中の情を詠った詩

芳歇,時當大火流。

今年もすでに、半ばを過ぎて下り坂であり、いろんな花が散り去って無くなってしまい、時今しも大火が西流して、秋景色に変わっていく。
霜威出塞早,雲色渡河秋。

霜が降りる寒さは、塞の城壁の外では一段と猛威を振るい、雲の色は汾水をわたって黄河色の秋がひろがっている。
夢繞邊城月,心飛故國樓。

ここに滞留すれば、我が夢はこの辺城地の月を巡り、こころは故郷の高殿のほうへと飛んでいく。
思歸若汾水,無日不悠悠。

こうして、帰えりたいと思う気持ちは、汾水の流れの先に向かうのと同じように、悠々として、一日として憂いが尽きる日などない
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(太原の早秋)
歳落ちて衆芳歇【や】み、時は大火の流るるに當る。
霜威 塞を出でて早く、雲色河を渡って秋なり。
夢は繞る 邊城の月、心は飛ぶ 故國の樓。
歸らんと思うて 汾水の若し、日として悠悠たらざるは無し。
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『太原早秋』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

太原早秋

芳歇,時當大火流。

霜威出塞早,雲色渡河秋。

夢繞邊城月,心飛故國樓。

思歸若汾水,無日不悠悠。

(下し文)
(太原の早秋)

歳落ちて衆芳歇【や】み、時は大火の流るるに當る。

霜威 塞を出でて早く、雲色河を渡って秋なり。

夢は繞る 邊城の月、心は飛ぶ 故國の樓。

歸らんと思うて 汾水の若し、日として悠悠たらざるは無し。


(現代語訳)
洛陽で知り合った元演が帰省するのに誘われて太原までの長途の旅をし、その地で客中の情を詠った詩

今年もすでに、半ばを過ぎて下り坂であり、いろんな花が散り去って無くなってしまい、時今しも大火が西流して、秋景色に変わっていく。
霜が降りる寒さは、塞の城壁の外では一段と猛威を振るい、雲の色は汾水をわたって黄河色の秋がひろがっている。
ここに滞留すれば、我が夢はこの辺城地の月を巡り、こころは故郷の高殿のほうへと飛んでいく。
こうして、帰えりたいと思う気持ちは、汾水の流れの先に向かうのと同じように、悠々として、一日として憂いが尽きる日などない


(訳注)

太原早秋 

洛陽で知り合った元演が帰省するのに誘われて太原までの長途の旅をし、その地で客中の情を詠った詩

この年の盛りも過ぎて多くの花が散り去った、時はまさに火星が西に流れる秋だ。城壁の外では霜が猛威を振るい、雲の色が黄河に反映するさまは秋の気配を感じさせる
我が夢はこの辺地の城を巡っている月のようにさまよい、心は故郷の高殿のほうへと飛んでいく。帰ろうと思えばその思いは汾水の流れのように、一日としてはるかな憂いにとらわれぬ日はない

735年李白は35歳のとき、安陸を離れて洛陽に旅し、続けて太原を訪れた。洛陽で知り合った帰省する元演に誘われて太原までの長途の旅をした。この詩はその太源に滞在中かかれた詩で、唯一残っているものである。


落眾芳歇、時當大火流。 
今年もすでに、半ばを過ぎて下り坂であり、いろんな花が散り去って無くなってしまい、時今しも大火が西流して、秋景色に変わっていく。
落 年の盛りも過ぎて下り坂になる。

眾芳 眾は衆。たくさんの花。

大火流 火星。さそり座の首星アンタレスの中国名。真夏の星の代名詞。


霜威出塞早、云色渡河秋。 
霜が降りる寒さは、塞の城壁の外では一段と猛威を振るい、雲の色は汾水をわたって黄河色の秋がひろがっている。
出塞 異民族から守る塞を示すが、ここでは太原のまちの城壁を示す。南から来た李白にとって、北の果ての街の早霜に驚いたのだろう。

云色 雲の色 

河秋 秋模様の黄河。このあたりの黄河は文字通り、黄色に濁った大河であり、秋の枯葉の黄色とあわせたもので河まで秋になった。


夢繞邊城月、心飛故國樓。 
ここに滞留すれば、我が夢はこの辺城地の月を巡り、こころは故郷の高殿のほうへと飛んでいく。
故國樓 故国とあるが故郷とする。故郷の高殿。この時、李白は故郷とはどこか、どこの高殿を指すのか。生活様式の違いに驚いたのだろう。蜀と江南の違いとは全く違ったものだったのだろう。


思歸若汾水、無日不悠悠。 
こうして、帰えりたいと思う気持ちは、汾水の流れの先に向かうのと同じように、悠々として、一日として憂いが尽きる日などない
汾水 汾水は黄河から太原に別れた支流であり、見るものすべて故郷につながったのか。


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李白 (太原の早秋)
歳落ちて衆芳歇【や】み、時は大火の流るるに當る。
霜威 塞を出でて早く、雲色河を渡って秋なり。
夢は繞る 邊城の月、心は飛ぶ 故國の樓。
歸らんと思うて 汾水の若し、日として悠悠たらざるは無し。

231 《巻8-33 贈郭季鷹 (河東郭有道,)》Index-15 Ⅱ―10- 735年開元二十三年35歳 <231> Ⅰ李白詩1474 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5918

贈郭季鷹  李白

河東郭有道,於世若浮雲。

盛德無我位,清光獨映君。

恥將雞並食,長與鳳為群。

一擊九千仞,相期凌紫氛。

(郭季鷹にこの詩を贈る。)河東に生れた君は、いにしえの漢の儒者の同姓、郭有道のごとき人物であって、浮世の功名富貴を浮雲と同一視している。

 

 

231 《巻8-33 贈郭季鷹 (河東郭有道,)》Index-15 Ⅱ―10- 735年開元二十三年35歳 <231> Ⅰ李白詩1474 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5918

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:734年開元二十二年35

卷別:    卷一六八              文體:    五言律詩

詩題:    贈郭季鷹

作地點:              太原府(河東道 / 太原府 / 太原府)

及地點:              河東節度使 (河東道 太原府 河東節度使) 別名:河東  

交遊人物:郭季鷹              當地交遊(河東道 太原府 太原府)

 

 

贈郭季鷹

(郭季鷹にこの詩を贈る。)

河東郭有道,於世若浮雲。

河東に生れた君は、いにしえの漢の儒者の同姓、郭有道のごとき人物であって、浮世の功名富貴を浮雲と同一視している。

盛德無我位,清光獨映君。

元来、盛徳にかなうような位地もないけれど、その清光は、ひとり君に映じているのである。

恥將雞並食,長與鳳為群。

されば、君は鳳凰と共に群れを為すべきであり、鶏や家鴨と餌を争うなどと言うことは、羞じるところである。

一擊九千仞,相期凌紫氛。

そもそも鳳凰は一たび羽ばたけば九千仞の高さまで飛びあがり、天上の紫氛を凌ぐというが、君が世界に超出せんとするその高志もまた、このとおりのことである。

 

(郭季鷹に贈る)

河東の郭有道,世に於いては浮雲の若し。

盛德 我が位無く,清光 獨り君に映ず。

將て雞と並びに食するを恥じ,長く鳳と群を為す。

一擊 九千仞,相い期して紫氛を凌がん。

 

 

『贈郭季鷹』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

贈郭季鷹

河東郭有道,於世若浮雲。

盛德無我位,清光獨映君。

恥將雞並食,長與鳳為群。

一擊九千仞,相期凌紫氛。

(下し文)
(
郭季鷹に贈る)

河東の郭有道,世に於いては浮雲の若し。

盛德 我が位無く,清光 獨り君に映ず。

將【はた】雞と並びに食するを恥じるをてす,長く鳳と群を為す。

一擊 九千仞,相い期して紫氛を凌がん。

(現代語訳)
(郭季鷹にこの詩を贈る。)

河東に生れた君は、いにしえの漢の儒者の同姓、郭有道のごとき人物であって、浮世の功名富貴を浮雲と同一視している。

元来、盛徳にかなうような位地もないけれど、その清光は、ひとり君に映じているのである。

されば、君は鳳凰と共に群れを為すべきであり、鶏や家鴨と餌を争うなどと言うことは、羞じるところである。

そもそも鳳凰は一たび羽ばたけば九千仞の高さまで飛びあがり、天上の紫氛を凌ぐというが、君が世界に超出せんとするその高志もまた、このとおりのことである。


(訳注)

贈郭季鷹

(郭季鷹にこの詩を贈る。)

郭季鷹 この人物の来歴は不明であるけれど、詩の内容から相当の人物であったようだ。

 

河東郭有道,於世若浮雲。

河東に生れた君は、いにしえの漢の儒者の同姓、郭有道のごとき人物であって、浮世の功名富貴を浮雲と同一視している。

郭有道 郭泰(128 - 169年)のことで、中国後漢代の儒者。字は林宗。太原郡界休県の人。当時の名儒を数え上げた八顧の一人。後漢書では、編者の范曄が父の諱を避けて「郭太」「郭林宗」「郭有道」と表記される。司徒の黄瓊が招聘し、太常の趙典が有道[2]に推挙したが、応じなかった。郭泰はただ人品の長所だけを褒め、欠点を論じることをしなかった。当時、宦官が政権を握って非難する事が出来なかったためであり、清談の始めとされる。党錮の禍によって名士達が多く被害を受けたが、郭泰と袁閎だけが禍を免れた。交際を絶って教授に専念し、弟子は1000人を数えた。

建寧元年(168年)、陳蕃、竇武が宦官との抗争に敗れて害されると、郭泰は、「人が亡びて国が衰亡する、臣民はいずこに帰するのか[3]。」と嘆いた。明くる建寧2(169)春、家で死去した。享年42。四方の士人、1000人以上が会葬に集った。同志者達が共に石碑を立て、蔡邕が筆を取った。その後、蔡邕は盧植に言った。「私は多くの碑銘を書いたが、(その文章は装飾が多く)みな徳に恥じるものだった。ただ郭有道(郭泰)のものだけが恥じるところがない」。《後漢書·郭符許列傳》: 同志者乃共刻石立碑,蔡邕為其文,既而謂涿郡盧植曰:「吾為碑銘多矣,皆有慚德,唯郭有道無愧色耳。」

 

盛德無我位,清光獨映君。

元来、盛徳にかなうような位地もないけれど、その清光は、ひとり君に映じているのである。

 

恥將雞並食,長與鳳為群。

されば、君は鳳凰と共に群れを為すべきであり、鶏や家鴨と餌を争うなどと言うことは、羞じるところである。

恥將雞並食 楚辞《卜居》「寧與黄鵠比翼乎。將與雞鶩爭食乎。」(むしろ黄鵠と翼を比べんか。はた雞鶩【けいぼく】と食を争わんか。)いっそ黄色の大雁と翼を並べて高く飛ぼうか、それとも鶏や家鴨と餌を争うてくらそうか。

 

一擊九千仞,相期凌紫氛。

そもそも鳳凰は一たび羽ばたけば九千仞の高さまで飛びあがり、天上の紫氛を凌ぐというが、君が世界に超出せんとするその高志もまた、このとおりのことである。

九千仞 鳳凰は鳥の中の王で、一度羽を広げて飛べば九千仭の高さに飛びあがって行くという。

李白《古風五十九首其四》「鳳飛 九千仞,五章 備綵珍。」(鳳は九千仞を飛び,五は綵珍を備うを章す。)鳳凰は鳥の中の王で、一度羽を広げて飛べば九千仭の高さにあがって行き、衆鳥を見下ろしているという。そしてその翅は五色の燦然として輝くめずらしい彩色をそなえているというのである。

○鳳飛九千仞 “衆鳥を見下ろしている”という意味で『孟子』尽心上、「揚子法言」学行篇に、孔子が泰山に登って天下を小としたとあるがこれに基づいている。千仞之山:円石を千仞の山に転ず。《「孫子」兵勢から》勢いが盛んで抑えようがないことのたとえ。

○五章 五色の燦然として輝く(めずらしい彩色)。

ndex-33 《古風五十九首之四》Ⅳ-8 754年天寶十三年54歳 640Index-33> Ⅰ李白詩1147 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4283

紫氛 

劉楨《贈從弟詩三首之一》「鳳凰集南嶽,徘徊孤竹根。於心有不厭,奮翅凌紫氛。」(鳳凰南嶽に集り,孤り竹根に徘徊す。心に於て厭かず有り,翅を奮って紫氛を凌ぐ。)

 

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