李白 巫山枕障
巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。
朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。
(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)
巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。
241 《巻23-64 巫山枕障》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <241> Ⅰ李白詩1491 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6003
年:736年開元二十四年36歳
卷別: 卷一八三 文體:七言絕句
詩題: 巫山枕障
及地點: 巫山 (山南東道 夔州 巫山)
白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城
巫山枕障
(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)
巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。
巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。
朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。
「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。
(巫山の枕障)
巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。
朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。
『巫山枕障』 現代語訳と訳註解説
(本文)
巫山枕障
巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。
朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。
(下し文)
(巫山の枕障)
巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。
朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。
(現代語訳)
(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)
巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。
「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。
巫山枕障
(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)
【解説】前半は、枕降を一寸見た時の物象で、後半は朝雲巴水を鼓し、更に之を細託して、これが画であることを云ったのである。
・三峽 長江三峡、は中国の長江本流にある三つの峡谷の総称。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までの193kmの間に、上流から瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。三峡を船で上り下りするクルーズは中国内外の多くの観光客を集めており、重慶から宜昌・武漢・上海までの間を運航している。三峡の下流部分には国家的事業である三峡ダムが建設され、三峡の景観や環境が大きく変化した。
○巫山 巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。
巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。
西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。
楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。
巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。
巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。
○高丘 (宋玉の『高唐賦』の「楚の懐王が昼寝をして一婦人を夢に見,その婦人が自分は巫山の南,高丘の頂におり,朝には朝雲となり夕べには雨となり,朝も夕も陽台の下にいますと告げた」という句から)男女の契り,巫山の雲雨.
○白帝城 白帝城は中国重慶市奉節県の長江三峡に位置する地名。かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来。永安宮ともいう。 三国時代、蜀の建国者劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。
朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。
「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。
○朝雲 朝雲暮雨 巫山之女臨去時說: “妾在巫山之陽, 高丘之阻, 旦為朝雲, 暮為行雨, 朝朝暮暮, 陽臺之下。”
○巴水 即ち巫山の下を流るる水。
(巫山の枕障)
巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。
朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。