漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

241 《巻23-64 巫山枕障》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <241> Ⅰ李白詩1491 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6003

李白  巫山枕障  

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。
(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

241 《巻23-64 巫山枕障》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <241> Ⅰ李白詩1491 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6003

 

 
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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三                文體:七言

詩題:    巫山枕障

及地點:              巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城    

 

巫山枕障

(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。

「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。

 

(巫山の枕障)

巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。

朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。

 

『巫山枕障』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

巫山枕障

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。

(下し文)
(
巫山の枕障)

巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。

朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。

(現代語訳)
(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。

巫山十二峰003
(訳注)

巫山枕障

(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

【解説】前半は、枕降を一寸見た時の物象で、後半は朝雲巴水を鼓し、更に之を細託して、これが画であることを云ったのである。

・三峽 長江三峡、は中国の長江本流にある三つの峡谷の総称。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までの193kmの間に、上流から瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。三峡を船で上り下りするクルーズは中国内外の多くの観光客を集めており、重慶から宜昌・武漢・上海までの間を運航している。三峡の下流部分には国家的事業である三峡ダムが建設され、三峡の景観や環境が大きく変化した。

○巫山 巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

 

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

○高丘 (宋玉の『高唐賦』の「楚の懐王が昼寝をして一婦人を夢に見,その婦人が自分は巫山の南,高丘の頂におり,朝には朝雲となり夕べには雨となり,朝も夕も陽台の下にいますと告げた」という句から)男女の契り,巫山の雲雨.

○白帝城 白帝城は中国重慶市奉節県の長江三峡に位置する地名。かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来。永安宮ともいう。 三国時代、蜀の建国者劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。

 

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。

「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。

 

○朝雲 朝雲暮雨 巫山之女臨去時妾在巫山之陽, 高丘之阻, 旦為朝雲, 暮為行雨, 朝朝暮暮, 陽臺之下。”

○巴水 即ち巫山の下を流るる水。

 

(巫山の枕障)

巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。

朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。

 夔州東川卜居図詳細 001

240 -#2 《巻23-59瑩禪師房觀山海圖 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <240 -#2> Ⅰ李白詩1490 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5998

瑩禪師房觀山海圖#2  李白

征帆飄空中,瀑水灑天半。

崢嶸若可陟,想像徒盈嘆。

杳與真心冥,遂諧靜者玩。

如登赤城裡,揭步滄洲畔。

即事能人,從茲得消散。

されば、修行者の山洞のある赤城山の裏に登って、丹洞の奇を探り、又衣をかかげて、滄海の畔を徒渉するような想いをつよくする。

その事が能く人を娯ませることになり、これよって、心地蕭散となり、浮世を離れたような気がするのである。

 

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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    五言古詩

詩題:    瑩禪師房觀山海圖

及地點:              丹崖 (江南西道 宣州 黃山)              

交遊人物:瑩上人              當地交遊

 

 

瑩禪師房觀山海圖  #1

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。

#2

征帆飄空中,瀑水灑天半。

そうかと思ふと、かけり行く帆影は、空中に飄り、瀑布は、天半より灌ぎ堕ちる様である。

崢嶸若可陟,想像徒盈嘆。

この図中の渓山は、険阻であっても、跋渉することが出来るようにも見えるが、もとより、そういうわけにも行かす、それと想像するだけで、徒に嘆息を増すばかりである。

杳與真心冥,遂諧靜者玩。

しかし、その風景の佳絶なるは、沓然としで、眞心と冥契し、遂に静者の玩賞にかなうのである。

如登赤城裡,揭步滄洲畔。

されば、修行者の山洞のある赤城山の裏に登って、丹洞の奇を探り、又衣をかかげて、滄海の畔を徒渉するような想いをつよくする。

即事能人,從茲得消散。

その事が能く人を娯ませることになり、これよって、心地蕭散となり、浮世を離れたような気がするのである。

 

(瑩禪師の房に山海圖を觀る) #1

眞僧、精宇を閉じ、跡を滅して、達観を含む。

列障に雲山を図し、攢峰、霄漢に入る。

丹崖、森として目に在り、清晝、幔を巻くかと疑ふ。

蓬壷、軒窓に來り、瀛海、几案に入る。

煙濤、爭って噴薄、島嶼、相い凌乱。

#2

征帆、空中に飄り、瀑水、天半に灌ぐ。

崢嶸、陟るべきが若く、想像、徒に盈嘆。

杳として、異心と冥し、遂に静者の翫に諧ふ。

赤城の裏に登るが如く、掲げて渉る滄洲の畔。

事に即いて能く人を娯ましむ、これより消散を得たり。


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240 -#1 《巻23-59瑩禪師房觀山海圖 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <240 -#1> Ⅰ李白詩1489 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5993

李白  瑩禪師房觀山海圖  #1  

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

 

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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    五言古詩

詩題:    瑩禪師房觀山海圖

及地點:              丹崖 (江南西道 宣州 黃山)              

交遊人物:瑩上人              當地交遊

 

 

瑩禪師房觀山海圖  #1

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。

#2

征帆飄空中,瀑水灑天半。

崢嶸若可陟,想像徒盈嘆。

杳與真心冥,遂諧靜者玩。

如登赤城裡,揭步滄洲畔。

即事能人,從茲得消散。

 

(瑩禪師の房に山海圖を觀る) #1

眞僧、精宇を閉じ、跡を滅して、達観を含む。

列障に雲山を図し、攢峰、霄漢に入る。

丹崖、森として目に在り、清晝、幔を巻くかと疑ふ。

蓬壷、軒窓に來り、瀛海、几案に入る。

煙濤、爭って噴薄、島嶼、相い凌乱。

#2

征帆、空中に飄り、瀑水、天半に灌ぐ。

崢嶸、陟るべきが若く、想像、徒に盈嘆。

杳として、異心と冥し、遂に静者の翫に諧ふ。

赤城の裏に登るが如く、掲げて渉る滄洲の畔。

事に即いて能く人を娯ましむ、これより消散を得たり。

 

 

『瑩禪師房觀山海圖』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

瑩禪師房觀山海圖  #1

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。


(下し文)
(
瑩禪師の房に山海圖を觀る) #1

眞僧、精宇を閉じ、跡を滅して、達観を含む。

列障に雲山を図し、攢峰、霄漢に入る。

丹崖、森として目に在り、清晝、幔を巻くかと疑ふ。

蓬壷、軒窓に來り、瀛海、几案に入る。

煙濤、爭って噴薄、島嶼、相い凌乱。

(現代語訳)
(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。



(訳注)

瑩禪師房觀山海圖  #1

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

 

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

精宇 寺のことをいう。

滅跡 隠居して外に出でざること、謝靈運《酬從弟惠連》「寢瘵謝人徒, 滅跡入雲峰。」瘵【やまい】に寢【い】ね 人徒【じんと】を謝し,滅跡【めつせき】して雲峯【うんほう】に入れり。

酬従弟謝惠連 五首その(1) 謝霊運(康楽) 詩<45>Ⅱ李白に影響を与えた詩432 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1113

 

 

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

列嶂 何曲かに連なった歩障、衝立。

攢峰 衝立に峰が何重、何層にも集まるように描かれている。

霄漢 地上遥かに広がる広大無辺の空間上空 大空 天空 天穹 蒼穹 蒼天 碧空 虚空 太虚 渾天 霄漢 天宮 天上 青天井。

 

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

丹崖 赤色の断崖。

清晝 清々しい昼。

卷幔 まんまくを巻き上げる。

 

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

蓬壺 神仙三山の蓬莱山。

瀛海 神仙三山の蓬莱山。神仙三山の瀛州山に到る大海。

几案 「几」も「案」も机(つくえ)の意で、机。

 

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。

煙濤 煙れる波涛。

爭噴薄 大波が寄せ合って争い波しぶきが雨の様に煙のように書かれている。

島嶼 大海の中の洲を嶼という。初學記「海中の山を島といい、海中の洲を嶼という。」とある。

相凌亂 互に乱れ合って居る

239-#2 《巻23-55 觀元丹丘坐巫山屏風 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <239-#2> Ⅰ李白詩1488 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5988

李白  觀元丹丘坐巫山屏風 -#2  

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。
今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。

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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 巻七 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5992 
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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    雜言古詩

詩題:    觀元丹丘坐巫山屏風

及地點:巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

丹崖 (江南西道 宣州 黃山)             

交遊人物:元丹丘              詩文提及(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。

 

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

加ふるに、遠樹は蒼蒼として、荊門の山を囲み、行舟は歴歴として、巴水の流れに泛んで居る。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

到るところ、水が潺湲として流れていて石に激し、萬壑、勢分れ、煙の光、草の色、ともに匂やかである。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

おもへば、太陽の光に笑う渓花は、さながら、昔、見たままであるが、江閣の上に、猿の撃を聞いたのは、すでに幾年になるだろうか。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。

 

(元丹丘の巫山屏風に坐するを觀る)

むかし、三峡に遊んで巫山を見る、巫山を塞くを見る、宛として相似たり。

疑ふらくは是れ天連の十二峰、飛んで入る、君が家の彩屏の裏。

寒松 蕭瑟 聲あるが如く,陽臺 微茫 情あるが如し。

錦衾 瑤席 何ぞ寂寂たる、,楚王 神女 徒に盈盈。

 

高さ咫尺、千里の如く、翠屏 丹崖 燦として綺の如し。

蒼蒼 遠樹 荊門を圍み,歷歷 行舟 巴水に泛ぶ。

水石 潺湲 萬壑分れ,煙光 草色 俱に氛氳。

溪花 日に笑うて 何の年か發する,江客 猿を聽いて 幾歳か開く。

使人對此心。疑入嵩丘夢雲。

人をして、此に対して心緬邈らしむ、疑ふらくは嵩丘に入り、雲を夢むるかと。

 

 

『觀元丹丘坐巫山屏風』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

(下し文)
高さ咫尺、千里の如く、翠屏 丹崖 燦として綺の如し。

蒼蒼 遠樹 荊門を圍み,歷歷 行舟 巴水に泛ぶ。

水石 潺湲 萬壑分れ,煙光 草色 俱に氛氳。

溪花 日に笑うて 何の年か發する,江客 猿を聽いて 幾歳か開く。

使人對此心。疑入嵩丘夢雲。

人をして、此に対して心緬邈らしむ、疑ふらくは嵩丘に入り、綵雲を夢むるかと。

(現代語訳)
画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

加ふるに、遠樹は蒼蒼として、荊門の山を囲み、行舟は歴歴として、巴水の流れに泛んで居る。

到るところ、水が潺湲として流れていて石に激し、萬壑、勢分れ、煙の光、草の色、ともに匂やかである。

おもへば、太陽の光に笑う渓花は、さながら、昔、見たままであるが、江閣の上に、猿の撃を聞いたのは、すでに幾年になるだろうか。

今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。



(訳注) #2

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

開元二十四年(李白三十六歳)の作。李白の浪漫的で明朗な精神が端的に描かれているが、朝廷に出仕する頃までの彼の道教詩は、このような調子が基調となっている。

 

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

○咫尺 1 距離が非常に近いこと。「―の間(かん)2 貴人の前近くに出て拝謁すること。【咫尺千里】近くにいても、互いに気持ちが通じなければ、千里も遠く離れているように感じられるということ。

 

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

加ふるに、遠樹は蒼蒼として、荊門の山を囲み、行舟は歴歴として、巴水の流れに泛んで居る。

○荊門 山名。湖北省宜都県の西北方、長江の南岸にある。河川に両岸が迫っているので呼ばれる。北岸の虎牙山と相対した江運の難所である。宜宗の大中二年(848年)、桂林刺史、桂管防禦観察使の鄭亜が循州(広東省恵陽県)に貶され、李商隠は幕を辞して都へ帰った。馮浩はその路中の作とする。偶成転韻と題する詩に「頃之職を失いて南風に辞す、破帆壊漿 荊江の中。」と歌われており、李商隠はこの荊門のあたりの難所で実際に危険な目にあったらしい。杜甫「詠懐古跡五首其三」李白「秋下荊門」「渡荊門送別」三峡をすこし下ってここに差し掛かることを詠う。

○歷歷 一一はっきりしている貌。杜甫《卷一七56 歷歷》「歷歷開元事,分明在眼前。無端盜賊起,忽已時遷。巫峽西江外,秦城北斗邊。為郎從白首,臥病數秋天。」

○巴水 河川名。長江の上流、巴郡に在る部分をいう。(1) 湖北省羅田縣北に位置し,流は蘄水縣を經て、黃岡縣から,東南に長江に注入する河川をいう。亦稱為「巴河」。(2) 江西省崇仁縣南に位置する河川。(3) 位於四川省巴江の上流水源の河川。また「巴江」という。

 

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

到るところ、水が潺湲として流れていて石に激し、萬壑、勢分れ、煙の光、草の色、ともに匂やかである。

潺湲 流れる貌。杜甫《1940 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻》「南開元曲,當時弟子傳。法歌聲變轉,滿座涕潺湲。

氛氳 気の盛んなるさま。

 

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

おもへば、太陽の光に笑ふ渓花は、さながら、昔、見たままであるが、江閣の上に、猿の撃を聞いたのは、すでに幾年になるだろうか。

 

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。

○緬邈 はるかに遠いこと。

○嵩丘 即ち嵩山、五岳の一つ。嵩山(すうざん、ピンイン:song-shan)は、中国河南省登封市にある山岳群。五岳の1つ(中岳)に数えられる。最高峰は太室山の標高1,440m。古代から山岳信仰の場として有名で、北魏時代からは少林寺などの道教、仏教の道場が建立された。また、唐代には副都であった洛陽から近い事から、政府との結びつきが強く、ここを本拠地としていた潘師正、普寂、慧安などの道士、僧侶らが皇帝の崇敬を受け、道教、禅宗はそれぞれ自派を拡大した。20世紀以降には、山麓に少林寺武術(少林拳)を教える武術学校が相次いで設置されており、中国各地から学生が集まっている。

○彩雲 五色の仙界の雲。

 

 

元丹丘 《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹丘歌 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6.潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

239-#1 《巻23-55 觀元丹丘坐巫山屏風 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <239-#1> Ⅰ李白詩1487 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5983

觀元丹丘坐巫山屏風

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    雜言古詩

詩題:    觀元丹丘坐巫山屏風

及地點:巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

丹崖 (江南西道 宣州 黃山)             

交遊人物:元丹丘              詩文提及(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。

 

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

 

(元丹丘の巫山屏風に坐するを觀る)

むかし、三峡に遊んで巫山を見る、巫山を塞くを見る、宛として相似たり。

疑ふらくは是れ天連の十二峰、飛んで入る、君が家の彩屏の裏。

寒松 蕭瑟 聲あるが如く,陽臺 微茫 情あるが如し。

錦衾 瑤席 何ぞ寂寂たる、,楚王 神女 徒に盈盈。

 

高さ咫尺、千里の如く、翠屏 丹崖 燦として綺の如し。

蒼蒼 遠樹 荊門を圍み,歷歷 行舟 巴水に泛ぶ。

水石 潺湲 萬壑分れ,煙光 草色 俱に氛氳。

溪花 日に笑うて 何の年か發する,江客 猿を聽いて 幾歳か開く。

使人對此心。疑入嵩丘夢雲。

人をして、此に対して心緬邈らしむ、疑ふらくは嵩丘に入り、雲を夢むるかと。

 

 

『觀元丹丘坐巫山屏風』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

觀元丹丘坐巫山屏風

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。


(下し文)
(
元丹丘の巫山屏風に坐するを觀る)

むかし、三峡に遊んで巫山を見る、巫山を塞くを見る、宛として相似たり。

疑ふらくは是れ天連の十二峰、飛んで入る、君が家の彩屏の裏。

寒松 蕭瑟 聲あるが如く,陽臺 微茫 情あるが如し。

錦衾 瑤席 何ぞ寂寂たる、,楚王 神女 徒に盈盈。

(現代語訳)
(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。


(訳注)

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

開元二十四年(李白三十六歳)の作。李白の浪漫的で明朗な精神が端的に描かれているが、朝廷に出仕する頃までの彼の道教詩は、このような調子が基調となっている。

 

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

○三峽 長江三峡、は中国の長江本流にある三つの峡谷の総称。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までの193kmの間に、上流から瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。三峡を船で上り下りするクルーズは中国内外の多くの観光客を集めており、重慶から宜昌・武漢・上海までの間を運航している。三峡の下流部分には国家的事業である三峡ダムが建設され、三峡の景観や環境が大きく変化した。

○巫山 巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

 

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

○巫山十二峰 夕暮れ時の巫山の十二の峯々。夕暮れ時の巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

皇甫松『天仙子二首(其一)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,

十二晚峯高歷歷。

末句の十二峯は、坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

 

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

○陽臺 宋玉の高唐賦の序に「むかし、先王(懐王)かつて高唐に遊び、怠って昼寝ぬ。夢に一婦人を見る、日く、妾は巫山の女なり、高唐の客となる、君が高唐に遊ぶと聞き、院にくは、枕席を薦めむと。王、因って之を幸す。去って辞して日く、妾は巫山の陽、高邱の岨に在り、旦に朝雲となり、暮れに行雨となり、朝朝暮暮、陽臺の下」とみる。

 

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。

○楚王神女 宋玉の神女賦の序に「楚の襄王.宋玉と雪夢の浦に遊び、玉をして、高唐の事も賦せしむ。その夜、王寝ね、夢に神女に遇ふ、その状、甚だ麗」とある。《楚()の懐王が夢の中で契りを交わした神女が、朝には雲に、夕暮れには雨になると言ったという、宋玉「高唐賦」などにみえる故事から》男女の堅い契り。

 

 

元丹丘 《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹丘歌 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6.潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

238 《巻19-27 宴鄭參卿山池》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <238> Ⅰ李白詩1486 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5978

宴鄭參卿山池

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

愁看楊花飛,置酒正相宜。

歌聲送落日,舞影迴清池。

今夕不盡杯,留歡更邀誰。
(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

238 《巻19-27 宴鄭參卿山池》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <238> Ⅰ李白詩1486 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5978

 

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七九              文體:    五言古詩

詩題:    宴鄭參卿山池

作地點:              太原府(河東道 / 太原府 / 太原府)

交遊人物:鄭參卿              當地交遊(河東道 太原府 太原府)

 

 

宴鄭參卿山池

(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

愁看楊花飛,置酒正相宜。

今しも、花弁や柳絮の飛び交う春の末に酒盛りをするのは、あたかもその時を得ているというものだ。

歌聲送落日,舞影迴清池。

こうして、歌う声は、落日を送り、舞う影は、この山池の清らかな水を廻っている。
今夕不盡杯,留歡更邀誰。
この夕べに、もし、十分に盃を傾けないことがあるようなら、この留賞歓喜に際して、更に、誰を迎えたらよいのだろうか、誰も迎える事は無いので、ここで十分酒を傾けようではないか。

 

(鄭參卿の山池に宴す)

爾は碧草の晚を恐れ,我は朱顏の移るるを畏る。

愁えて楊花の飛ぶを看,置酒して 正に相い宜し。

歌聲 落日を送り,舞影 清池に迴る。

今夕 杯を盡さず,留歡 更に誰をか邀う。

 

 

『宴鄭參卿山池』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

宴鄭參卿山池

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

愁看楊花飛,置酒正相宜。

歌聲送落日,舞影迴清池。

今夕不盡杯,留歡更邀誰。

(下し文)
(鄭參卿の山池に宴す)

爾は碧草の晚を恐れ,我は朱顏の移るるを畏る。

愁えて楊花の飛ぶを看,置酒して 正に相い宜し。

歌聲 落日を送り,舞影 清池に迴る。

今夕 杯を盡さず,留歡 更に誰をか邀う。


(現代語訳)
(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

今しも、花弁や柳絮の飛び交う春の末に酒盛りをするのは、あたかもその時を得ているというものだ。

こうして、歌う声は、落日を送り、舞う影は、この山池の清らかな水を廻っている。

この夕べに、もし、十分に盃を傾けないことがあるようなら、この留賞歓喜に際して、更に、誰を迎えたらよいのだろうか、誰も迎える事は無いので、ここで十分酒を傾けようではないか。


(訳注)

宴鄭參卿山池

(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

參卿 「參卿軍事。」(卿が軍事に參せしむ。)ということ。幕府軍事の参与。《2315冬晚送長孫漸舍人歸州》「參卿休坐幄,蕩子不歸。南客瀟湘外,西戎鄠杜旁。」(參卿 幄に坐するを休む,蕩子 らず。南客 瀟湘の外,西戎 鄠杜の旁。)

 

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

恐碧草晚 春に草が成長しているけれどやがて枯れゆく様に、参軍に意気、元気が失せてくることを恐れるというのは、立場上当り前であろう。

朱顏 紅顔とおなじ、高志の夢を持つ壮年であること。

 

愁看楊花飛,置酒正相宜。

今しも、花弁や柳絮の飛び交う春の末に酒盛りをするのは、あたかもその時を得ているというものだ。

正相宜 あたかもその時を得たることをいう。

 

歌聲送落日,舞影迴清池。

こうして、歌う声は、落日を送り、舞う影は、この山池の清らかな水を廻っている。

舞影迴 舞う影が伸びて、この山池の清らかな水を廻る。

 

今夕不盡杯,留歡更邀誰。

この夕べに、もし、十分に盃を傾けないことがあるようなら、この留賞歓喜に際して、更に、誰を迎えたらよいのだろうか、誰も迎える事は無いので、ここで十分酒を傾けようではないか。

留歡 引き留めて春を感賞し、酒を飲んで歓喜をあげようという意。

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酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。
かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。

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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

作地點:              潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

交遊人物:岑勛    當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘             當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

不以千里遙,命駕來相招。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。

#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

俄然素書及,解此長渴飢。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

策馬望山月,途窮造階墀。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

君を憶って、そして慕って遠路であることもいとわず出かけてきたけれど思ったより早く行き着いたのは誠に嬉しい。

我情既不淺,君意方亦深。

それを、顔の相好を崩して、笑いつつ美酒を酌み、楽しみ極まれば、忽ち酔ってしまう。

相知兩相得,一顧輕千金。

我が情、既に浅からず、したがって、君の纊衣も、もとより深く、

平生相知の間柄であって、ここに相会ったのであるから、一顧すれば、千金も軽いとするばかりで、こういう会合はめったに見られぬことである。

且向山客笑,與君論素心。

かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。

 

岑勛 尋ねられ 元丹丘に就き 酒に對して相い待ち 以詩をって招かるるに酬ゆ)-#1

黃鶴 東南より來り,書を寄せて 心曲を寫す。

松に倚って 開其の緘をけば,我を憶うて 腸 斷續するを。

以千里の遙なるを,駕を命じて 來って相い招く。

中に元丹丘に逢い,嶺に登って 碧霄に宴す。
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階墀に造【いた】る

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

#3

君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

 

 

 

『酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。

(下し文)
君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

(現代語訳)
君を憶って、そして慕って遠路であることもいとわず出かけてきたけれど思ったより早く行き着いたのは誠に嬉しい。

それを、顔の相好を崩して、笑いつつ美酒を酌み、楽しみ極まれば、忽ち酔ってしまう。

我が情、既に浅からず、したがって、君の纊衣も、もとより深く、

平生相知の間柄であって、ここに相会ったのであるから、一顧すれば、千金も軽いとするばかりで、こういう会合はめったに見られぬことである。

かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。


(訳注) #3

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-3

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

 

憶君我遠來,我歡方速至。

君を憶って、そして慕って遠路であることもいとわず出かけてきたけれど思ったより早く行き着いたのは誠に嬉しい。

君 元丹邱。

 

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

それを、顔の相好を崩して、笑いつつ美酒を酌み、楽しみ極まれば、忽ち酔ってしまう。

 

我情既不淺,君意方亦深。

我が情、既に浅からず、したがって、君の纊衣も、もとより深く、

 

相知兩相得,一顧輕千金。

平生相知の間柄であって、ここに相会ったのであるから、一顧すれば、千金も軽いとするばかりで、こういう会合はめったに見られぬことである。

 

且向山客笑,與君論素心。

かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。

 

 

 

《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹丘歌 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6. 潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

 

237-#2 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#2> Ⅰ李白詩1484 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5968

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

俄然素書及,解此長渴飢。

策馬望山月,途窮造階

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

237-#2 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#2> Ⅰ李白詩1484 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5968

 
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年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

作地點:              潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

交遊人物:岑勛    當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘             當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

不以千里遙,命駕來相招。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。

#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

俄然素書及,解此長渴飢。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

策馬望山月,途窮造階墀。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。

 

岑勛 尋ねられ 元丹丘に就き 酒に對して相い待ち 以詩をって招かるるに酬ゆ)-#1

黃鶴 東南より來り,書を寄せて 心曲を寫す。

松に倚って 開其の緘をけば,我を憶うて 腸 斷續するを。

以千里の遙なるを,駕を命じて 來って相い招く。

中に元丹丘に逢い,嶺に登って 碧霄に宴す。
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階墀に造【いた】る

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

#3

君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

 

 

『酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

俄然素書及,解此長渴飢。

策馬望山月,途窮造階墀。

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。


(下し文)
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階に造【いた】る。

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

(現代語訳)
そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。


(訳注) #2

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

 

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

 

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

蹇予 発語の助詞。《楚辞 九歌第二 雲中君》「蹇將憺兮壽宮、與日月兮齊光。」(蹇、まさに寿宮に憺んぜんとして、日月と光を斉しくす。)

 

俄然素書及,解此長渴飢。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

 

策馬望山月,途窮造階墀。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

 

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

瓊樹枝 ①像上の木の名。玉を生ずるという珍しい木。崑崙山の西にあるという。《李商隠・南朝》「誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩来」(誰か言ふ瓊樹朝朝に見はると、及ばず金蓮の歩歩来たりしに」②玉のように美しい木。③人格がすぐれていることのたとえ。

南 朝 
玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。
誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。
敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。
満宮学土皆顔色、江令當年只費才。
楽遊園に造った玄武湖で宋の文帝は、行楽し、玉の水時計に急かされ時を惜しんで遊び耽った。楽遊園の堤は鶏鳴埭と名づけられるほど南斉の武帝は行幸し、お付の官女たちの短いうす絹の襦袢が旋舞するのに興じた。誰が言うのか、陳後主の張貴妃や孔貴嬪、光り輝く宝玉のように美しい樹が朝な朝な立ち現われる美しさと荒淫。それが一足歩む度に美しき黄金の蓮が咲かせた南斉東昏侯の潘妃にしたことが劣るなどというのか。敵国である隋の陣営は、木くずを流して戦艦建造中と警告したのに、対する陳朝では、先帝の祭祀の日も後宮から出ず荒淫に耽り、霊廟もすすけたままだった。千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。

南 朝 (南斉の武帝と陳の後主)李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 46

 

南 朝 
地險悠悠天險長、金陵王気應瑤光。
休誇此地分天下、只得徐妃半面粧。

地勢の恵み自然の要害によるはるかかなたまでの領土、天から気候、風土の恵みにより、長い距離移動、穀物生産による豊かな国。金陵という名は、昔から王気漂う運気の強いところ、天界の斗宿とも合致応じている。
これだけの国力があって、自分の国を誇れるまではない、漢民族が南を制しているだけで天下を二分されたままだ。ご自分の王妃、徐妃でさえ顔の半分だけに化粧をして馬鹿にされたと同様、たかだか全土の半分しか領土にし得なかったということだ。

南朝(梁・元帝) 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 47

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酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

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