漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳

241 《巻23-64 巫山枕障》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <241> Ⅰ李白詩1491 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6003

李白  巫山枕障  

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。
(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

241 《巻23-64 巫山枕障》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <241> Ⅰ李白詩1491 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6003

 

 
 2015年5月16日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
241 《巻23-64 巫山枕障》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <241> Ⅰ李白詩1491 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6003 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
66-#7《讀巻06-05 施先生墓銘》 -#7§3-2 韓愈(韓退之)ID 《 802年貞元18年 36歳》   ()<1404> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6004 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#12》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <914-#12> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6005 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 巻十 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6007 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三                文體:七言

詩題:    巫山枕障

及地點:              巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城    

 

巫山枕障

(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。

「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。

 

(巫山の枕障)

巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。

朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。

 

『巫山枕障』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

巫山枕障

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。

(下し文)
(
巫山の枕障)

巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。

朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。

(現代語訳)
(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。

巫山十二峰003
(訳注)

巫山枕障

(この詩は、巫山の景色を書いた枕屏風を詠じたのである。)

【解説】前半は、枕降を一寸見た時の物象で、後半は朝雲巴水を鼓し、更に之を細託して、これが画であることを云ったのである。

・三峽 長江三峡、は中国の長江本流にある三つの峡谷の総称。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までの193kmの間に、上流から瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。三峡を船で上り下りするクルーズは中国内外の多くの観光客を集めており、重慶から宜昌・武漢・上海までの間を運航している。三峡の下流部分には国家的事業である三峡ダムが建設され、三峡の景観や環境が大きく変化した。

○巫山 巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

 

巫山枕障畫高丘,白帝城邊樹色秋。

巫山の枕屏風には、高邱を画いてあって、白帝城のあたり、樹色蒼茫として、時しも秋景色である。

○高丘 (宋玉の『高唐賦』の「楚の懐王が昼寝をして一婦人を夢に見,その婦人が自分は巫山の南,高丘の頂におり,朝には朝雲となり夕べには雨となり,朝も夕も陽台の下にいますと告げた」という句から)男女の契り,巫山の雲雨.

○白帝城 白帝城は中国重慶市奉節県の長江三峡に位置する地名。かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来。永安宮ともいう。 三国時代、蜀の建国者劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。

 

朝雲夜入無行處,巴水橫天更不流。

「朝雲暮雨」のとおり、朝雲は、終日じっとして居て、夜になっても行く虞なく、巫山の下に在る巴水は、天に横たわって、更に流れもしない。無論、それは画であるからである。

 

○朝雲 朝雲暮雨 巫山之女臨去時妾在巫山之陽, 高丘之阻, 旦為朝雲, 暮為行雨, 朝朝暮暮, 陽臺之下。”

○巴水 即ち巫山の下を流るる水。

 

(巫山の枕障)

巫山の枕障、高邱を画く、白帝城 邊、樹色 秋。

朝雲、夜入って行く處なし、巴水、天に横たわって東に流れず。

 夔州東川卜居図詳細 001

240 -#2 《巻23-59瑩禪師房觀山海圖 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <240 -#2> Ⅰ李白詩1490 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5998

瑩禪師房觀山海圖#2  李白

征帆飄空中,瀑水灑天半。

崢嶸若可陟,想像徒盈嘆。

杳與真心冥,遂諧靜者玩。

如登赤城裡,揭步滄洲畔。

即事能人,從茲得消散。

されば、修行者の山洞のある赤城山の裏に登って、丹洞の奇を探り、又衣をかかげて、滄海の畔を徒渉するような想いをつよくする。

その事が能く人を娯ませることになり、これよって、心地蕭散となり、浮世を離れたような気がするのである。

 

240 -#2 《巻23-59瑩禪師房觀山海圖 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <240 -#2> Ⅰ李白詩1490 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5998

 
 2015年5月15日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
240 -#2 《巻23-59瑩禪師房觀山海圖 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <240 -#2> Ⅰ李白詩1490 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5998 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
66-#6 《讀巻06-05 施先生墓銘》 -#6§3-1 韓愈(韓退之)ID 《 802年貞元18年 36歳》   ()<1403> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5999 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#11》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <914-#11> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6000 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 巻九 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6002 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    五言古詩

詩題:    瑩禪師房觀山海圖

及地點:              丹崖 (江南西道 宣州 黃山)              

交遊人物:瑩上人              當地交遊

 

 

瑩禪師房觀山海圖  #1

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。

#2

征帆飄空中,瀑水灑天半。

そうかと思ふと、かけり行く帆影は、空中に飄り、瀑布は、天半より灌ぎ堕ちる様である。

崢嶸若可陟,想像徒盈嘆。

この図中の渓山は、険阻であっても、跋渉することが出来るようにも見えるが、もとより、そういうわけにも行かす、それと想像するだけで、徒に嘆息を増すばかりである。

杳與真心冥,遂諧靜者玩。

しかし、その風景の佳絶なるは、沓然としで、眞心と冥契し、遂に静者の玩賞にかなうのである。

如登赤城裡,揭步滄洲畔。

されば、修行者の山洞のある赤城山の裏に登って、丹洞の奇を探り、又衣をかかげて、滄海の畔を徒渉するような想いをつよくする。

即事能人,從茲得消散。

その事が能く人を娯ませることになり、これよって、心地蕭散となり、浮世を離れたような気がするのである。

 

(瑩禪師の房に山海圖を觀る) #1

眞僧、精宇を閉じ、跡を滅して、達観を含む。

列障に雲山を図し、攢峰、霄漢に入る。

丹崖、森として目に在り、清晝、幔を巻くかと疑ふ。

蓬壷、軒窓に來り、瀛海、几案に入る。

煙濤、爭って噴薄、島嶼、相い凌乱。

#2

征帆、空中に飄り、瀑水、天半に灌ぐ。

崢嶸、陟るべきが若く、想像、徒に盈嘆。

杳として、異心と冥し、遂に静者の翫に諧ふ。

赤城の裏に登るが如く、掲げて渉る滄洲の畔。

事に即いて能く人を娯ましむ、これより消散を得たり。


続きを読む

240 -#1 《巻23-59瑩禪師房觀山海圖 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <240 -#1> Ⅰ李白詩1489 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5993

李白  瑩禪師房觀山海圖  #1  

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

 

240 -#1 《巻23-59瑩禪師房觀山海圖 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <240 -#1> Ⅰ李白詩1489 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5993

 
 2015年5月14日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
240 -#1 《巻23-59瑩禪師房觀山海圖 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <240 -#1> Ⅰ李白詩1489 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5993 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
66-#5 《讀巻06-05 施先生墓銘》 -#5§2-2 韓愈(韓退之)ID 《 802年貞元18年 36歳》   ()<1402> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5994 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#10》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <914-#10> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5995 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 巻八 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5997 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    五言古詩

詩題:    瑩禪師房觀山海圖

及地點:              丹崖 (江南西道 宣州 黃山)              

交遊人物:瑩上人              當地交遊

 

 

瑩禪師房觀山海圖  #1

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。

#2

征帆飄空中,瀑水灑天半。

崢嶸若可陟,想像徒盈嘆。

杳與真心冥,遂諧靜者玩。

如登赤城裡,揭步滄洲畔。

即事能人,從茲得消散。

 

(瑩禪師の房に山海圖を觀る) #1

眞僧、精宇を閉じ、跡を滅して、達観を含む。

列障に雲山を図し、攢峰、霄漢に入る。

丹崖、森として目に在り、清晝、幔を巻くかと疑ふ。

蓬壷、軒窓に來り、瀛海、几案に入る。

煙濤、爭って噴薄、島嶼、相い凌乱。

#2

征帆、空中に飄り、瀑水、天半に灌ぐ。

崢嶸、陟るべきが若く、想像、徒に盈嘆。

杳として、異心と冥し、遂に静者の翫に諧ふ。

赤城の裏に登るが如く、掲げて渉る滄洲の畔。

事に即いて能く人を娯ましむ、これより消散を得たり。

 

 

『瑩禪師房觀山海圖』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

瑩禪師房觀山海圖  #1

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。


(下し文)
(
瑩禪師の房に山海圖を觀る) #1

眞僧、精宇を閉じ、跡を滅して、達観を含む。

列障に雲山を図し、攢峰、霄漢に入る。

丹崖、森として目に在り、清晝、幔を巻くかと疑ふ。

蓬壷、軒窓に來り、瀛海、几案に入る。

煙濤、爭って噴薄、島嶼、相い凌乱。

(現代語訳)
(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。



(訳注)

瑩禪師房觀山海圖  #1

(この詩は、瑩禅師の山房に於いて、山海の景を書ける衝立を観たるに因って作ったのである。)

 

真僧閉精宇,滅跡含達觀。

瑩禅師は世に有りふれた腥坊主とは違い、学徳ともに高く、天晴れな眞正の法師であって、寺に閉じ籠って、跡を人界に滅し、達観を含んで、物外に超然として居る。

精宇 寺のことをいう。

滅跡 隠居して外に出でざること、謝靈運《酬從弟惠連》「寢瘵謝人徒, 滅跡入雲峰。」瘵【やまい】に寢【い】ね 人徒【じんと】を謝し,滅跡【めつせき】して雲峯【うんほう】に入れり。

酬従弟謝惠連 五首その(1) 謝霊運(康楽) 詩<45>Ⅱ李白に影響を与えた詩432 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1113

 

 

列嶂圖雲山,攢峰入霄漢。

そこで、幾つとなく列ねた衝立には、雲山を画き、攢まれる峰尖は、霽漢に衝き入るが如く、

列嶂 何曲かに連なった歩障、衝立。

攢峰 衝立に峰が何重、何層にも集まるように描かれている。

霄漢 地上遥かに広がる広大無辺の空間上空 大空 天空 天穹 蒼穹 蒼天 碧空 虚空 太虚 渾天 霄漢 天宮 天上 青天井。

 

丹崖森在目,清晝疑卷幔。

赤色の断崖は、森然、目前に在って、清晝に帷幕を捲いて、外面を眺めわたした様な工合。

丹崖 赤色の断崖。

清晝 清々しい昼。

卷幔 まんまくを巻き上げる。

 

蓬壺來軒窗,瀛海入几案。

それから、蓬莱は、軒窓に逼って来たり、大海は、几案に入り、

蓬壺 神仙三山の蓬莱山。

瀛海 神仙三山の蓬莱山。神仙三山の瀛州山に到る大海。

几案 「几」も「案」も机(つくえ)の意で、机。

 

煙濤爭噴薄,島嶼相凌亂。

煙れる波涛は、寄って噴薄するが如く、島嶼は、互に乱れ合って居る。

煙濤 煙れる波涛。

爭噴薄 大波が寄せ合って争い波しぶきが雨の様に煙のように書かれている。

島嶼 大海の中の洲を嶼という。初學記「海中の山を島といい、海中の洲を嶼という。」とある。

相凌亂 互に乱れ合って居る

239-#2 《巻23-55 觀元丹丘坐巫山屏風 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <239-#2> Ⅰ李白詩1488 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5988

李白  觀元丹丘坐巫山屏風 -#2  

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。
今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。

239-#2 《巻23-55 觀元丹丘坐巫山屏風 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <239-#2> Ⅰ李白詩1488 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5988

 
 2015年5月13日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
239-#2 《巻23-55 觀元丹丘坐巫山屏風 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <239-#2> Ⅰ李白詩1488 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5988 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
66-#4 《讀巻06-05 施先生墓銘》 -#4§2-1 韓愈(韓退之)ID 《 802年貞元18年 36歳》   ()<1401> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5989 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#9》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <914-#9> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5990 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 巻七 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5992 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    雜言古詩

詩題:    觀元丹丘坐巫山屏風

及地點:巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

丹崖 (江南西道 宣州 黃山)             

交遊人物:元丹丘              詩文提及(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。

 

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

加ふるに、遠樹は蒼蒼として、荊門の山を囲み、行舟は歴歴として、巴水の流れに泛んで居る。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

到るところ、水が潺湲として流れていて石に激し、萬壑、勢分れ、煙の光、草の色、ともに匂やかである。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

おもへば、太陽の光に笑う渓花は、さながら、昔、見たままであるが、江閣の上に、猿の撃を聞いたのは、すでに幾年になるだろうか。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。

 

(元丹丘の巫山屏風に坐するを觀る)

むかし、三峡に遊んで巫山を見る、巫山を塞くを見る、宛として相似たり。

疑ふらくは是れ天連の十二峰、飛んで入る、君が家の彩屏の裏。

寒松 蕭瑟 聲あるが如く,陽臺 微茫 情あるが如し。

錦衾 瑤席 何ぞ寂寂たる、,楚王 神女 徒に盈盈。

 

高さ咫尺、千里の如く、翠屏 丹崖 燦として綺の如し。

蒼蒼 遠樹 荊門を圍み,歷歷 行舟 巴水に泛ぶ。

水石 潺湲 萬壑分れ,煙光 草色 俱に氛氳。

溪花 日に笑うて 何の年か發する,江客 猿を聽いて 幾歳か開く。

使人對此心。疑入嵩丘夢雲。

人をして、此に対して心緬邈らしむ、疑ふらくは嵩丘に入り、雲を夢むるかと。

 

 

『觀元丹丘坐巫山屏風』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

(下し文)
高さ咫尺、千里の如く、翠屏 丹崖 燦として綺の如し。

蒼蒼 遠樹 荊門を圍み,歷歷 行舟 巴水に泛ぶ。

水石 潺湲 萬壑分れ,煙光 草色 俱に氛氳。

溪花 日に笑うて 何の年か發する,江客 猿を聽いて 幾歳か開く。

使人對此心。疑入嵩丘夢雲。

人をして、此に対して心緬邈らしむ、疑ふらくは嵩丘に入り、綵雲を夢むるかと。

(現代語訳)
画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

加ふるに、遠樹は蒼蒼として、荊門の山を囲み、行舟は歴歴として、巴水の流れに泛んで居る。

到るところ、水が潺湲として流れていて石に激し、萬壑、勢分れ、煙の光、草の色、ともに匂やかである。

おもへば、太陽の光に笑う渓花は、さながら、昔、見たままであるが、江閣の上に、猿の撃を聞いたのは、すでに幾年になるだろうか。

今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。



(訳注) #2

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

開元二十四年(李白三十六歳)の作。李白の浪漫的で明朗な精神が端的に描かれているが、朝廷に出仕する頃までの彼の道教詩は、このような調子が基調となっている。

 

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

画中の山は、一尺に満たないものが千里の遠きに在るが如く、翠屏丹崖は、燦然として、綺繍に類似している。

○咫尺 1 距離が非常に近いこと。「―の間(かん)2 貴人の前近くに出て拝謁すること。【咫尺千里】近くにいても、互いに気持ちが通じなければ、千里も遠く離れているように感じられるということ。

 

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

加ふるに、遠樹は蒼蒼として、荊門の山を囲み、行舟は歴歴として、巴水の流れに泛んで居る。

○荊門 山名。湖北省宜都県の西北方、長江の南岸にある。河川に両岸が迫っているので呼ばれる。北岸の虎牙山と相対した江運の難所である。宜宗の大中二年(848年)、桂林刺史、桂管防禦観察使の鄭亜が循州(広東省恵陽県)に貶され、李商隠は幕を辞して都へ帰った。馮浩はその路中の作とする。偶成転韻と題する詩に「頃之職を失いて南風に辞す、破帆壊漿 荊江の中。」と歌われており、李商隠はこの荊門のあたりの難所で実際に危険な目にあったらしい。杜甫「詠懐古跡五首其三」李白「秋下荊門」「渡荊門送別」三峡をすこし下ってここに差し掛かることを詠う。

○歷歷 一一はっきりしている貌。杜甫《卷一七56 歷歷》「歷歷開元事,分明在眼前。無端盜賊起,忽已時遷。巫峽西江外,秦城北斗邊。為郎從白首,臥病數秋天。」

○巴水 河川名。長江の上流、巴郡に在る部分をいう。(1) 湖北省羅田縣北に位置し,流は蘄水縣を經て、黃岡縣から,東南に長江に注入する河川をいう。亦稱為「巴河」。(2) 江西省崇仁縣南に位置する河川。(3) 位於四川省巴江の上流水源の河川。また「巴江」という。

 

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

到るところ、水が潺湲として流れていて石に激し、萬壑、勢分れ、煙の光、草の色、ともに匂やかである。

潺湲 流れる貌。杜甫《1940 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻》「南開元曲,當時弟子傳。法歌聲變轉,滿座涕潺湲。

氛氳 気の盛んなるさま。

 

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

おもへば、太陽の光に笑ふ渓花は、さながら、昔、見たままであるが、江閣の上に、猿の撃を聞いたのは、すでに幾年になるだろうか。

 

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

今、この図に対すれば、心神遠く馳せ、かの嵩山に分け入って仙となり、五色の彩雲の中に臥して居る様な心持がした。

○緬邈 はるかに遠いこと。

○嵩丘 即ち嵩山、五岳の一つ。嵩山(すうざん、ピンイン:song-shan)は、中国河南省登封市にある山岳群。五岳の1つ(中岳)に数えられる。最高峰は太室山の標高1,440m。古代から山岳信仰の場として有名で、北魏時代からは少林寺などの道教、仏教の道場が建立された。また、唐代には副都であった洛陽から近い事から、政府との結びつきが強く、ここを本拠地としていた潘師正、普寂、慧安などの道士、僧侶らが皇帝の崇敬を受け、道教、禅宗はそれぞれ自派を拡大した。20世紀以降には、山麓に少林寺武術(少林拳)を教える武術学校が相次いで設置されており、中国各地から学生が集まっている。

○彩雲 五色の仙界の雲。

 

 

元丹丘 《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹丘歌 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6.潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

239-#1 《巻23-55 觀元丹丘坐巫山屏風 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <239-#1> Ⅰ李白詩1487 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5983

觀元丹丘坐巫山屏風

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

239-#1 《巻23-55 觀元丹丘坐巫山屏風 -#1Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <239-#1> Ⅰ李白詩1487 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5983

 
 2015年5月12日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
239-#1 《巻23-55 觀元丹丘坐巫山屏風 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <239-#1> Ⅰ李白詩1487 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5983 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
66-#3 《讀巻06-05 施先生墓銘》 -#3§1-3 韓愈(韓退之)802年貞元18年 36歳<1400> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5984 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#8》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <914-#8> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5985 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 巻六 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5987 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一八三              文體:    雜言古詩

詩題:    觀元丹丘坐巫山屏風

及地點:巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

丹崖 (江南西道 宣州 黃山)             

交遊人物:元丹丘              詩文提及(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。

 

高咫尺,如千里,翠屏丹崖燦如綺。

蒼蒼遠樹圍荊門,歷歷行舟泛巴水。

水石潺湲萬壑分,煙光草色俱氛氳。

溪花笑日何年發,江客聽猿幾聞。

使人對此心緬邈。疑入嵩丘夢綵雲。

 

(元丹丘の巫山屏風に坐するを觀る)

むかし、三峡に遊んで巫山を見る、巫山を塞くを見る、宛として相似たり。

疑ふらくは是れ天連の十二峰、飛んで入る、君が家の彩屏の裏。

寒松 蕭瑟 聲あるが如く,陽臺 微茫 情あるが如し。

錦衾 瑤席 何ぞ寂寂たる、,楚王 神女 徒に盈盈。

 

高さ咫尺、千里の如く、翠屏 丹崖 燦として綺の如し。

蒼蒼 遠樹 荊門を圍み,歷歷 行舟 巴水に泛ぶ。

水石 潺湲 萬壑分れ,煙光 草色 俱に氛氳。

溪花 日に笑うて 何の年か發する,江客 猿を聽いて 幾歳か開く。

使人對此心。疑入嵩丘夢雲。

人をして、此に対して心緬邈らしむ、疑ふらくは嵩丘に入り、雲を夢むるかと。

 

 

『觀元丹丘坐巫山屏風』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

觀元丹丘坐巫山屏風

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。


(下し文)
(
元丹丘の巫山屏風に坐するを觀る)

むかし、三峡に遊んで巫山を見る、巫山を塞くを見る、宛として相似たり。

疑ふらくは是れ天連の十二峰、飛んで入る、君が家の彩屏の裏。

寒松 蕭瑟 聲あるが如く,陽臺 微茫 情あるが如し。

錦衾 瑤席 何ぞ寂寂たる、,楚王 神女 徒に盈盈。

(現代語訳)
(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。


(訳注)

觀元丹丘坐巫山屏風

(元丹丘の屏風絵の中の巫山を見ていたら、屏風の中へ神仙の世界が突然飛んできて、それが李白の前に現前し、さながら本物の山に遊んでいる心地になり、ふと気づけば高い山に入り夢でも見ているようだったという。)

開元二十四年(李白三十六歳)の作。李白の浪漫的で明朗な精神が端的に描かれているが、朝廷に出仕する頃までの彼の道教詩は、このような調子が基調となっている。

 

昔遊三峽見巫山,見畫巫山宛相似。

われ、むかしに、三峡に遊んで、巫山を見たが、今、巫山の画を見れば、如何にも、よく似て居るの。

○三峽 長江三峡、は中国の長江本流にある三つの峡谷の総称。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までの193kmの間に、上流から瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。三峡を船で上り下りするクルーズは中国内外の多くの観光客を集めており、重慶から宜昌・武漢・上海までの間を運航している。三峡の下流部分には国家的事業である三峡ダムが建設され、三峡の景観や環境が大きく変化した。

○巫山 巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

 

疑是天邊十二峰,飛入君家彩屏裡。

かの天邊の十二峰が、そのまま飛んで来て、君の家の彩屏の裏に入ったかと思うばかりである。

○巫山十二峰 夕暮れ時の巫山の十二の峯々。夕暮れ時の巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

皇甫松『天仙子二首(其一)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,

十二晚峯高歷歷。

末句の十二峯は、坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

 

寒松蕭瑟如有聲,陽臺微茫如有情。

さて画中見るところは、寒松は簫瑟として、颯颯の聾あるが如く、陽臺は飲茫としで、愈よ情あるが如くである。

○陽臺 宋玉の高唐賦の序に「むかし、先王(懐王)かつて高唐に遊び、怠って昼寝ぬ。夢に一婦人を見る、日く、妾は巫山の女なり、高唐の客となる、君が高唐に遊ぶと聞き、院にくは、枕席を薦めむと。王、因って之を幸す。去って辞して日く、妾は巫山の陽、高邱の岨に在り、旦に朝雲となり、暮れに行雨となり、朝朝暮暮、陽臺の下」とみる。

 

錦衾瑤席何寂寂,楚王神女徒盈盈。

錦の衾、瑶の牀、かの襄王の夢の名残は、もとより、其跡なく、唯だ盈盈たる紳女の姿を思うばかりである。

○楚王神女 宋玉の神女賦の序に「楚の襄王.宋玉と雪夢の浦に遊び、玉をして、高唐の事も賦せしむ。その夜、王寝ね、夢に神女に遇ふ、その状、甚だ麗」とある。《楚()の懐王が夢の中で契りを交わした神女が、朝には雲に、夕暮れには雨になると言ったという、宋玉「高唐賦」などにみえる故事から》男女の堅い契り。

 

 

元丹丘 《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹丘歌 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6.潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

238 《巻19-27 宴鄭參卿山池》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <238> Ⅰ李白詩1486 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5978

宴鄭參卿山池

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

愁看楊花飛,置酒正相宜。

歌聲送落日,舞影迴清池。

今夕不盡杯,留歡更邀誰。
(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

238 《巻19-27 宴鄭參卿山池》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <238> Ⅰ李白詩1486 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5978

 

 
 2015年5月11日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
238 《巻19-27 宴鄭參卿山池》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <238> Ⅰ李白詩1486 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5978 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
66-#2 《讀巻06-05 施先生墓銘》 -#2§1-2 韓愈(韓退之)ID 《 802年貞元18年 36歳》   ()<1399> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5979 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#7》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <914-#7> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5980 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5982 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七九              文體:    五言古詩

詩題:    宴鄭參卿山池

作地點:              太原府(河東道 / 太原府 / 太原府)

交遊人物:鄭參卿              當地交遊(河東道 太原府 太原府)

 

 

宴鄭參卿山池

(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

愁看楊花飛,置酒正相宜。

今しも、花弁や柳絮の飛び交う春の末に酒盛りをするのは、あたかもその時を得ているというものだ。

歌聲送落日,舞影迴清池。

こうして、歌う声は、落日を送り、舞う影は、この山池の清らかな水を廻っている。
今夕不盡杯,留歡更邀誰。
この夕べに、もし、十分に盃を傾けないことがあるようなら、この留賞歓喜に際して、更に、誰を迎えたらよいのだろうか、誰も迎える事は無いので、ここで十分酒を傾けようではないか。

 

(鄭參卿の山池に宴す)

爾は碧草の晚を恐れ,我は朱顏の移るるを畏る。

愁えて楊花の飛ぶを看,置酒して 正に相い宜し。

歌聲 落日を送り,舞影 清池に迴る。

今夕 杯を盡さず,留歡 更に誰をか邀う。

 

 

『宴鄭參卿山池』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

宴鄭參卿山池

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

愁看楊花飛,置酒正相宜。

歌聲送落日,舞影迴清池。

今夕不盡杯,留歡更邀誰。

(下し文)
(鄭參卿の山池に宴す)

爾は碧草の晚を恐れ,我は朱顏の移るるを畏る。

愁えて楊花の飛ぶを看,置酒して 正に相い宜し。

歌聲 落日を送り,舞影 清池に迴る。

今夕 杯を盡さず,留歡 更に誰をか邀う。


(現代語訳)
(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

今しも、花弁や柳絮の飛び交う春の末に酒盛りをするのは、あたかもその時を得ているというものだ。

こうして、歌う声は、落日を送り、舞う影は、この山池の清らかな水を廻っている。

この夕べに、もし、十分に盃を傾けないことがあるようなら、この留賞歓喜に際して、更に、誰を迎えたらよいのだろうか、誰も迎える事は無いので、ここで十分酒を傾けようではないか。


(訳注)

宴鄭參卿山池

(鄭卿、軍事參与が山池に宴席を設けこれに参加して作った詩)

參卿 「參卿軍事。」(卿が軍事に參せしむ。)ということ。幕府軍事の参与。《2315冬晚送長孫漸舍人歸州》「參卿休坐幄,蕩子不歸。南客瀟湘外,西戎鄠杜旁。」(參卿 幄に坐するを休む,蕩子 らず。南客 瀟湘の外,西戎 鄠杜の旁。)

 

爾恐碧草晚,我畏朱顏移。

貴方は緑草の色が変わってやがて枯れて冬が来るように、幕府の元気のいい若者が元気がなくなることを心に案じているだろうが、私は、高志の此の艶のある顔立ちがやがて色褪せてゆくのをおそれる。

恐碧草晚 春に草が成長しているけれどやがて枯れゆく様に、参軍に意気、元気が失せてくることを恐れるというのは、立場上当り前であろう。

朱顏 紅顔とおなじ、高志の夢を持つ壮年であること。

 

愁看楊花飛,置酒正相宜。

今しも、花弁や柳絮の飛び交う春の末に酒盛りをするのは、あたかもその時を得ているというものだ。

正相宜 あたかもその時を得たることをいう。

 

歌聲送落日,舞影迴清池。

こうして、歌う声は、落日を送り、舞う影は、この山池の清らかな水を廻っている。

舞影迴 舞う影が伸びて、この山池の清らかな水を廻る。

 

今夕不盡杯,留歡更邀誰。

この夕べに、もし、十分に盃を傾けないことがあるようなら、この留賞歓喜に際して、更に、誰を迎えたらよいのだろうか、誰も迎える事は無いので、ここで十分酒を傾けようではないか。

留歡 引き留めて春を感賞し、酒を飲んで歓喜をあげようという意。

237-#3 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#3> Ⅰ李白詩1485 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5973

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。
かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。

237-#3 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#3Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#3> Ⅰ李白詩1485 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5973

 

 
 2015年5月10日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
237-#3 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#3> Ⅰ李白詩1485 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5973 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
66 《讀巻06-05 施先生墓銘》  韓愈(韓退之)ID 《 802年貞元18年 36歳》   ()<1401> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5989 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#6》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <914-#6> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5975 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 巻四 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5977 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

作地點:              潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

交遊人物:岑勛    當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘             當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

不以千里遙,命駕來相招。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。

#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

俄然素書及,解此長渴飢。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

策馬望山月,途窮造階墀。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

君を憶って、そして慕って遠路であることもいとわず出かけてきたけれど思ったより早く行き着いたのは誠に嬉しい。

我情既不淺,君意方亦深。

それを、顔の相好を崩して、笑いつつ美酒を酌み、楽しみ極まれば、忽ち酔ってしまう。

相知兩相得,一顧輕千金。

我が情、既に浅からず、したがって、君の纊衣も、もとより深く、

平生相知の間柄であって、ここに相会ったのであるから、一顧すれば、千金も軽いとするばかりで、こういう会合はめったに見られぬことである。

且向山客笑,與君論素心。

かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。

 

岑勛 尋ねられ 元丹丘に就き 酒に對して相い待ち 以詩をって招かるるに酬ゆ)-#1

黃鶴 東南より來り,書を寄せて 心曲を寫す。

松に倚って 開其の緘をけば,我を憶うて 腸 斷續するを。

以千里の遙なるを,駕を命じて 來って相い招く。

中に元丹丘に逢い,嶺に登って 碧霄に宴す。
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階墀に造【いた】る

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

#3

君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

 

 

 

『酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。

(下し文)
君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

(現代語訳)
君を憶って、そして慕って遠路であることもいとわず出かけてきたけれど思ったより早く行き着いたのは誠に嬉しい。

それを、顔の相好を崩して、笑いつつ美酒を酌み、楽しみ極まれば、忽ち酔ってしまう。

我が情、既に浅からず、したがって、君の纊衣も、もとより深く、

平生相知の間柄であって、ここに相会ったのであるから、一顧すれば、千金も軽いとするばかりで、こういう会合はめったに見られぬことである。

かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。


(訳注) #3

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-3

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

 

憶君我遠來,我歡方速至。

君を憶って、そして慕って遠路であることもいとわず出かけてきたけれど思ったより早く行き着いたのは誠に嬉しい。

君 元丹邱。

 

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

それを、顔の相好を崩して、笑いつつ美酒を酌み、楽しみ極まれば、忽ち酔ってしまう。

 

我情既不淺,君意方亦深。

我が情、既に浅からず、したがって、君の纊衣も、もとより深く、

 

相知兩相得,一顧輕千金。

平生相知の間柄であって、ここに相会ったのであるから、一顧すれば、千金も軽いとするばかりで、こういう会合はめったに見られぬことである。

 

且向山客笑,與君論素心。

かくて、一酔のあとで、山人たる元丹邱に向って内笑いつつ、君とともに、胸襟を開き、本心を打ち明けて、思う存分談笑したいものである。

 

 

 

《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹丘歌 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6. 潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

 

237-#2 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#2> Ⅰ李白詩1484 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5968

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

俄然素書及,解此長渴飢。

策馬望山月,途窮造階

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

237-#2 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#2> Ⅰ李白詩1484 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5968

 
 2015年5月9日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
237-#2 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#2> Ⅰ李白詩1484 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5968 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
65-#14-§9 《讀巻02-07 禘祫議》- §9 韓愈(韓退之)ID 《 803年貞元19年 38歳》<1397> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5969 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#5》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <914-#5> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5970 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5972 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

作地點:              潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

交遊人物:岑勛    當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘             當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

不以千里遙,命駕來相招。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。

#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

俄然素書及,解此長渴飢。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

策馬望山月,途窮造階墀。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。

 

岑勛 尋ねられ 元丹丘に就き 酒に對して相い待ち 以詩をって招かるるに酬ゆ)-#1

黃鶴 東南より來り,書を寄せて 心曲を寫す。

松に倚って 開其の緘をけば,我を憶うて 腸 斷續するを。

以千里の遙なるを,駕を命じて 來って相い招く。

中に元丹丘に逢い,嶺に登って 碧霄に宴す。
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階墀に造【いた】る

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

#3

君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

 

 

『酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

俄然素書及,解此長渴飢。

策馬望山月,途窮造階墀。

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。


(下し文)
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階に造【いた】る。

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

(現代語訳)
そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。


(訳注) #2

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

 

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

そして折から、酒に対して、我を思い出で、長嘯して清風に向い、やがてこちらに向って音信を寄せられたものと推察する。

 

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

ああ、自分は、このような事は、一向知らず、青天のもと、茫茫として綠雲の垂るるところにたっている。

蹇予 発語の助詞。《楚辞 九歌第二 雲中君》「蹇將憺兮壽宮、與日月兮齊光。」(蹇、まさに寿宮に憺んぜんとして、日月と光を斉しくす。)

 

俄然素書及,解此長渴飢。

俄然、お手紙をを拝見するに及んで飢渴に等しい平生相思の情を慰めるものであった。

 

策馬望山月,途窮造階墀。

さてこれから、いよいよ出発するのである、馬に鞭うって、山月を望みつつ、馳せてゆくとやがて途が付きて、元丹邱の庵の階墀に到着する

 

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

そこで、一たび会面すれば、さながら、仙界の瓊樹の枝を見たような感じがするに違いない。

瓊樹枝 ①像上の木の名。玉を生ずるという珍しい木。崑崙山の西にあるという。《李商隠・南朝》「誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩来」(誰か言ふ瓊樹朝朝に見はると、及ばず金蓮の歩歩来たりしに」②玉のように美しい木。③人格がすぐれていることのたとえ。

南 朝 
玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。
誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。
敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。
満宮学土皆顔色、江令當年只費才。
楽遊園に造った玄武湖で宋の文帝は、行楽し、玉の水時計に急かされ時を惜しんで遊び耽った。楽遊園の堤は鶏鳴埭と名づけられるほど南斉の武帝は行幸し、お付の官女たちの短いうす絹の襦袢が旋舞するのに興じた。誰が言うのか、陳後主の張貴妃や孔貴嬪、光り輝く宝玉のように美しい樹が朝な朝な立ち現われる美しさと荒淫。それが一足歩む度に美しき黄金の蓮が咲かせた南斉東昏侯の潘妃にしたことが劣るなどというのか。敵国である隋の陣営は、木くずを流して戦艦建造中と警告したのに、対する陳朝では、先帝の祭祀の日も後宮から出ず荒淫に耽り、霊廟もすすけたままだった。千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。

南 朝 (南斉の武帝と陳の後主)李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 46

 

南 朝 
地險悠悠天險長、金陵王気應瑤光。
休誇此地分天下、只得徐妃半面粧。

地勢の恵み自然の要害によるはるかかなたまでの領土、天から気候、風土の恵みにより、長い距離移動、穀物生産による豊かな国。金陵という名は、昔から王気漂う運気の強いところ、天界の斗宿とも合致応じている。
これだけの国力があって、自分の国を誇れるまではない、漢民族が南を制しているだけで天下を二分されたままだ。ご自分の王妃、徐妃でさえ顔の半分だけに化粧をして馬鹿にされたと同様、たかだか全土の半分しか領土にし得なかったということだ。

南朝(梁・元帝) 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 47

237-#1 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#1> Ⅰ李白詩1483 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5963

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

不以千里遙,命駕來相招。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。
(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

237-#1 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#1Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#1> Ⅰ李白詩1483 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5963

 
 2015年5月8日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
237-#1 《巻18-16 酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <237-#1> Ⅰ李白詩1483 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5963 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
65-#12-§8-2 《讀巻02-07 禘祫議》- §8-2 韓愈(韓退之)ID 《 802年貞元18年 36歳》   ()<1396> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5964 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#4》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <914-#4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5965 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 巻二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5967 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

作地點:              潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

交遊人物:岑勛    當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘             當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

 

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

不以千里遙,命駕來相招。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。

#2

對酒忽思我,長嘯臨清飆。

蹇予未相知,茫茫綠雲垂。

俄然素書及,解此長渴飢。

策馬望山月,途窮造階墀。

喜茲一會面,若睹瓊樹枝。

#3

憶君我遠來,我歡方速至。

開顏酌美酒,樂極忽成醉。

我情既不淺,君意方亦深。

相知兩相得,一顧輕千金。

且向山客笑,與君論素心。

 

岑勛 尋ねられ 元丹丘に就き 酒に對して相い待ち 以詩をって招かるるに酬ゆ)-#1

黃鶴 東南より來り,書を寄せて 心曲を寫す。

松に倚って 開其の緘をけば,我を憶うて 腸 斷續するを。

以千里の遙なるを,駕を命じて 來って相い招く。

中に元丹丘に逢い,嶺に登って 碧霄に宴す。
#2

酒に對して忽ち我を思い,長嘯 清飆に臨む。

蹇たる予が未だ相い知らず,茫茫として 綠雲垂る。

俄然とした 素書及び,此の長渴 飢解く。

馬に策って 山月を望み,途 窮って階墀に造【いた】る

茲の一會面を喜び,瓊樹の枝を睹るが若し。

#3

君を憶うて我遠く來り,我 歡んで方に 速かに至る。

顏を開いて 美酒を酌み,樂 極って 忽ち醉いを成す。

我が情 既に淺からず,君が意 方に亦た深し。

相知 兩つながら相う得,一顧 千金を輕んず。

且つ 山客に向って笑い,君と素心を論ぜん。

 

 

『酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

倚松開其緘,憶我腸斷續。

不以千里遙,命駕來相招。

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

(下し文)

岑勛 尋ねられ 元丹丘に就き 酒に對して相い待ち 以詩をって招かるるに酬ゆ)-#1

黃鶴 東南より來り,書を寄せて 心曲を寫す。

松に倚って 開其の緘をけば,我を憶うて 腸 斷續するを。

以千里の遙なるを,駕を命じて 來って相い招く。

中に元丹丘に逢い,嶺に登って 碧霄に宴す。

(現代語訳)
(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。


(訳注)

酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招-#1

(岑勛という人が、使いを持って起居を候せしめ、そして元丹邱のところで酒宴をして待っているから、ぜひ来いという意味を詩に言い表して特に招請したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。したことにより、これに答えて作り、そして後から行くというものである。)

 

黃鶴東南來,寄書寫心曲。

黃鶴が一羽、東南より飛び來り、君からの書面を届けて、細々とした御心使いのほどを写してあった。

心曲 細々とした心の思い。  《詩経、秦風、小戎》「在其板屋、亂我心曲.」(その板屋に在りて 我が心曲を亂る)西域の板屋に寝起きされてさぞかし不自由な生活をされていることだろう、それを思えばわが心も千々に乱れるのである。

 

倚松開其緘,憶我腸斷續。

そこで、松の木樹に倚りかかり、その封を開いて読んでみると、私の様なものをわざわざお心にかけて、心腸が断続されるような趣も明らかに見える。

 

不以千里遙,命駕來相招。

殊に千里の遠きにかかわらず、駕を命じ、特に使いを以て招かれたのは官舎の言葉もない程である。

命駕 世説「嵆康、呂安と善し、一たび相思禹ごとに、千里駕をめいず。」とあり、李白《贈崔侍御》「不取回舟興。 而來命駕尋。」(回舟の興を取らず、爾来、駕を命じて尋ぬ。)とつかう

 

中逢元丹丘,登嶺宴碧霄。

中にも、元丹邱におあいになったとかで、山の嶺に登って、さながら碧霄の上のようなところで宴をひらいたのだ。

元丹丘 《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6. 潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

236-#2 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#2> Ⅰ李白詩1482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5958

秋夜宿龍門香山寺 ―#2

玉斗橫網銀河耿花宮。

興在趣方逸,歡餘情未終。

鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。

桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。

流恨寄伊水,盈盈焉可窮。

北斗は、横に網戸を射り、天の川は、清く寺に当たっている。興あるところ、逸趣殊におおく、歓び余り有って、情、未だ終らない。王方城は、鳳凰に駕せし古への王子喬の如く、瑩上人は、虎溪の惠遠公にゆずらないが、一緒に来ないから、この景に対して、相思の情にたえぬ。

 

236-#2 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#2> Ⅰ李白詩1482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5958

 
 2015年5月7日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
236-#2 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#2> Ⅰ李白詩1482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5958 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
65-#12-§8-1 《讀巻02-07 禘祫議》- §8-1 韓愈(韓退之)ID 802年貞元18年 36歳<1395> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5959 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#3》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <914-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5960 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(原文) 花間集 序文 幷 巻一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5962 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七二                李太白集 巻十二07  文體:             五言古詩

詩題:    秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

作地點:              伊闕(都畿道 / 河南府 / 伊闕)

及地點:              伊闕 (都畿道 河南府 伊闕) 別名:龍門山、闕口         

香山寺 (都畿道 河南府 伊闕)         

方城 (山南東道 唐州 方城)             

交遊人物:王方城              書信往來(山南東道 唐州 方城)

瑩上人 ;書信往來

李幼成 ;書信往來

李令問 ;書信往來

 

 

秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

朝發汝海東,暮棲龍門中。

朝早く、汝水の東を出発し、暮れには龍門山の山中に投宿した。

水寒夕波急,木落秋山空。

秋も深まり、水は寒く、川辺の夕波は急に打ち寄せ、木の葉は落ちて山も地肌をあらわにしている。

望極九霄迥,賞幽萬壑通。

夜になれば、九天高く悠かに晴れ渡り、万壑の間には、幽静な景色を賞賛すべきところが多い。

目皓沙上月,心清松下風。

月は砂上を照らして見えるとこの何処も、皆白く、松の木の下を風が通り過ぎてゆき、一心自然に清くなる。

#2

玉斗橫網銀河耿花宮。

北斗は、横に網戸を射り、天の川は、清く寺に当たっている。

興在趣方逸,歡餘情未終。

興あるところ、逸趣殊におおく、歓び余り有って、情、未だ終らない。

鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。

王方城は、鳳凰に駕せし古への王子喬の如く、瑩上人は、虎溪の惠遠公にゆずらないが、一緒に来ないから、この景に対して、相思の情にたえぬ。

桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。

それから桂花既に落ちて、その枝の寂しげなるを見るにつけて、棣蕚の親ある我が二人の從弟である幼成と令問の共にここに来られぬことは、まことに、遺憾である。

流恨寄伊水,盈盈焉可窮。

かくて、恨みを流して伊水に寄せ、諸君の方に伝えようと思うが、水の盈盈たるもこの恨みを十分に窮めることはできない。

 

(秋夜 龍門の香山寺に宿し,王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成、令問に寄せ奉る)

朝に汝海の東を發し,暮に龍門の中に棲む。

水寒くして 夕波 急なり,木落ちて 秋山空し。

望 極って九霄 迥かに,賞幽にして 萬壑 通ず。
目は皓たり 沙上の月,心は清し 松下の風。

#2

玉斗 網わり,銀河 花宮に耿たり。

興 在り 趣 方に逸,歡 餘って 情 未だ終らず。

鳳駕に 王子を憶い,虎溪に 遠公を懷う。

桂枝 坐ろに 蕭瑟,棣華 復た同じからず。

流恨 伊水に寄す,盈盈 焉んぞ 窮む可けんや。

 

 

『秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#2

玉斗橫網銀河耿花宮。

興在趣方逸,歡餘情未終。

鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。

桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。

流恨寄伊水,盈盈焉可窮。


(下し文) #2

玉斗 網に橫わり,銀河 花宮に耿たり。

興 在り 趣 方に逸,歡 餘って 情 未だ終らず。

鳳駕に 王子を憶い,虎溪に 遠公を懷う。

桂枝 坐ろに 蕭瑟,棣華 復た同じからず。

流恨 伊水に寄す,盈盈 焉んぞ 窮む可けんや。

(現代語訳)
北斗は、横に網戸を射り、天の川は、清く寺に当たっている。

興あるところ、逸趣殊におおく、歓び余り有って、情、未だ終らない。

王方城は、鳳凰に駕せし古への王子喬の如く、瑩上人は、虎溪の惠遠公にゆずらないが、一緒に来ないから、この景に対して、相思の情にたえぬ。

それから桂花既に落ちて、その枝の寂しげなるを見るにつけて、棣蕚の親ある我が二人の從弟である幼成と令問の共にここに来られぬことは、まことに、遺憾である。

かくて、恨みを流して伊水に寄せ、諸君の方に伝えようと思うが、水の盈盈たるもこの恨みを十分に窮めることはできない。


(訳注) #2

秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

 

玉斗橫網銀河耿花宮。

北斗は、横に網戸を射り、天の川は、清く寺に当たっている。

玉斗 北斗、色明朗、珠の如く輝くことでいう。

 門扉の上に彫刻して方目を作った網目の格子

銀河 天の川あまのがわ。天河・銀河・経河・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。杜甫『天河』。

 明淨の容貌。

花宮 仏寺をいう。花界、白六帖と云う言い方もある。

 

興在趣方逸,歡餘情未終。

興あるところ、逸趣殊におおく、歓び余り有って、情、未だ終らない。

 

鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。

王方城は、鳳凰に駕せし古への王子喬の如く、瑩上人は、虎溪の惠遠公にゆずらないが、一緒に来ないから、この景に対して、相思の情にたえぬ。

王子 王子喬のこと。周代の仙人。霊王の太子といわれる。名は晋。白い鶴にまたがり、笙(しょう)を吹いて雲中を飛んだという。

虎溪 在江西省九江市南盧山東林寺前。陶潛. 《蓮社高賢傳·百二十三人傳》「時遠法師居東林。其處流泉匝寺下入於溪。每送客過此。輒有虎號鳴。因名虎溪。」(遠法師 東林す。其の處 流泉匝寺下り溪に入る。客を送る每に此を過る。虎號鳴する。因って虎溪づく」とある。

 

桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。

それから桂花既に落ちて、その枝の寂しげなるを見るにつけて、棣蕚の親ある我が二人の從弟である幼成と令問の共にここに来られぬことは、まことに、遺憾である。

蕭瑟 秋風が寂しく吹くこと。また、そのさま。

 

流恨寄伊水,盈盈焉可窮。

かくて、恨みを流して伊水に寄せ、諸君の方に伝えようと思うが、水の盈盈たるもこの恨みを十分に窮めることはできない。

伊水 黄河南岸支流洛河の支流の一,水源は熊耳山南麓的栾川陶湾であり,流域は嵩県、伊川,熊耳山南麓で,牛山北麓をながれ,洛陽に入る,東北偃師に至り洛河に注入される,ここで合流した後黄河に注入する。

盈盈 (1) (水が)澄みきった.(2) (姿や態度が)上品な.(3) 軽やかな.李白《宮中行楽詞 其一》「小小生金屋、盈盈在紫微。」小さい子供のときから、黄金で飾った家でそだてられ、みずみずしいうつくしさで天子の御殿に住んでいる。

古詩十九首の第二首に「青青河畔艸、欝欝園中柳。盈盈楼上女、皎皎当窓牅。青青 河畔の艸【くさ】、欝欝【うつうつ】たる園中の柳。盈盈【えいえい】たる 楼上の女、皎皎【こうこう】として窓牅【そうゆう】に当たる。)とある。

236-#1 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#1> Ⅰ李白詩1481 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5953

李白  秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

朝發汝海東,暮棲龍門中。

水寒夕波急,木落秋山空。

望極九霄迥,賞幽萬壑通。

目皓沙上月,心清松下風。

(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

 

236-#1 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#1Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#1> Ⅰ李白詩1481 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5953

 
 2015年5月6日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
236-#1 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#1》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#1> Ⅰ李白詩1481 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5953 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
65-#10-§7 《讀巻02-07 禘祫議》- §7 韓愈(韓退之)<1394> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5954 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1514 壯遊 -#6》【14分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-50 <913-#6> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5955  
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog牛嶠《巻三50 柳枝五首 其五》『花間集』151全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5957 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

年:736年開元二十四年36

卷別:    卷一七二                李太白集 巻十二07  文體:             五言古詩

詩題:    秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

作地點:              伊闕(都畿道 / 河南府 / 伊闕)

及地點:              伊闕 (都畿道 河南府 伊闕) 別名:龍門山、闕口         

香山寺 (都畿道 河南府 伊闕)         

方城 (山南東道 唐州 方城)             

交遊人物:王方城              書信往來(山南東道 唐州 方城)

瑩上人 ;書信往來

李幼成 ;書信往來

李令問 ;書信往來

 

 

秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

朝發汝海東,暮棲龍門中。

朝早く、汝水の東を出発し、暮れには龍門山の山中に投宿した。

水寒夕波急,木落秋山空。

秋も深まり、水は寒く、川辺の夕波は急に打ち寄せ、木の葉は落ちて山も地肌をあらわにしている。

望極九霄迥,賞幽萬壑通。

夜になれば、九天高く悠かに晴れ渡り、万壑の間には、幽静な景色を賞賛すべきところが多い。

目皓沙上月,心清松下風。

月は砂上を照らして見えるとこの何処も、皆白く、松の木の下を風が通り過ぎてゆき、一心自然に清くなる。

#2

玉斗橫網銀河耿花宮。

興在趣方逸,歡餘情未終。

鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。

桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。

流恨寄伊水,盈盈焉可窮。

 

(秋夜 龍門の香山寺に宿し,王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成、令問に寄せ奉る)

朝に汝海の東を發し,暮に龍門の中に棲む。

水寒くして 夕波 急なり,木落ちて 秋山空し。

望 極って九霄 迥かに,賞幽にして 萬壑 通ず。
目は皓たり 沙上の月,心は清し 松下の風。

#2

玉斗 網わり,銀河 花宮に耿たり。

興 在り 趣 方に逸,歡 餘って 情 未だ終らず。

鳳駕に 王子を憶い,虎溪に 遠公を懷う。

桂枝 坐ろに 蕭瑟,棣華 復た同じからず。

流恨 伊水に寄す,盈盈 焉んぞ 窮む可けんや。

 

 

『秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

朝發汝海東,暮棲龍門中。

水寒夕波急,木落秋山空。

望極九霄迥,賞幽萬壑通。

目皓沙上月,心清松下風。


(下し文)
(秋夜 龍門の香山寺に宿し,王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成、令問に寄せ奉る)

朝に汝海の東を發し,暮に龍門の中に棲む。

水寒くして 夕波 急なり,木落ちて 秋山空し。

望 極って九霄 迥かに,賞幽にして 萬壑 通ず。
目は皓たり 沙上の月,心は清し 松下の風。


(現代語訳)
(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

朝早く、汝水の東を出発し、暮れには龍門山の山中に投宿した。

秋も深まり、水は寒く、川辺の夕波は急に打ち寄せ、木の葉は落ちて山も地肌をあらわにしている。

夜になれば、九天高く悠かに晴れ渡り、万壑の間には、幽静な景色を賞賛すべきところが多い。

月は砂上を照らして見えるとこの何処も、皆白く、松の木の下を風が通り過ぎてゆき、一心自然に清くなる。


(訳注)

秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問

(秋の夜、龍門山の香山寺に宿したことにより、この詩を賦して方城の王十七丈に寄せ、奉國寺の瑩上人、二人の從弟である幼成と令問におくったものである)

龍門香山寺 地名、伊闕ともいう。河南省洛陽の西南三十支部里(十七キロ)にあり、伊水によって断たれた峡谷。・香山寺:洛陽にある寺院の名。竜門の北岸にあって、南に香山寺と対する。なお、この香山寺の北側の琵琶峰上に白居易の墓園があり、白園と呼ばれている。龍門の東にあり、後出・龍門寺ともいう。《河南通志山川》:闕塞山在府城西南三十里。兩山對峙:東曰香山,西曰龍門。石壁峙立,伊. 水中出,又名伊闕。《左傳》:趙鞅納王,使女寬守闕塞,即此。又名伊闕。大禹疏龍門,伊水出其間。漢服虔謂南山,伊闕是也,

山。

《五年秋病後獨宿香山寺三絶句其一》  白居易

經年不到龍門寺,今夜何人知我情。

還向暢師房裏宿,新秋月色舊灘聲。

(五年の秋 病後に獨り香山寺に宿す 三絶句其一)

經年到らず 龍門寺,今夜 何人か 我が情を 知らん。

還た 暢師の房裏に 向【お】いて宿すれば,新秋の月色 舊灘の聲。

王方城十七丈 山南東道 唐州 方城の王十七丈。

奉國瑩上人 奉國寺の瑩上人。

從弟幼成・令問 二人の從弟である幼成と令問。

 

朝發汝海東,暮棲龍門中。

朝早く、汝水の東を出発し、暮れには龍門山の山中に投宿した。

汝海 汝海は汝水のことである。枚乘《七發》「南望荊山、北望汝海」李白《題元丹丘潁陽山居》「遙通汝海月,不隔嵩丘雲。」

182-3 《巻24-03 題元丹丘潁陽山居 并序-3Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <182-3> Ⅰ李白詩1405 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5573

 

水寒夕波急,木落秋山空。

秋も深まり、水は寒く、川辺の夕波は急に打ち寄せ、木の葉は落ちて山も地肌をあらわにしている。

 

望極九霄迥,賞幽萬壑通。

夜になれば、九天高く悠かに晴れ渡り、万壑の間には、幽静な景色を賞賛すべきところが多い。

九霄迥 九天高く悠かに晴れ渡る。

賞幽 幽静な景色を賞賛す

 

目皓沙上月,心清松下風。

月は砂上を照らして見えるとこの何処も、皆白く、松の木の下を風が通り過ぎてゆき、一心自然に清くなる。

 

 

詩文(含異文)     朝發汝海東,暮棲龍門中。水寒夕波急,木落秋山空。望極九霄迥,賞幽萬壑通。目皓沙上月,心清松下風。玉斗橫網,銀河耿花宮。興在趣方逸,歡餘情未終【咫尺世喧隔,微冥真理融】。鳳駕憶王子,虎溪懷遠公。桂枝坐蕭瑟,棣華不復同。流恨寄伊水,盈盈焉可窮。

 

汝海

古水名。"水路」「汝水河南汝州出梁県勉郷西息山」は、上流すなわち今河南北汝河;歴史上に記載の三回避走:つまり元代至正年間は郾城截汝水入川を形成し、南北汝河明嘉靖の年間;截南汝水支流水入水(今洪河)を形成汝河と洪水係、しかし依然として西平県方向から来た柳堰河は上蔡南西に汝河;清朝の乾隆年間、西平県方向諸水がよどんで遮断され、河南省にある県名県、遂平県の水(今沙河)南汝河源流ダム建設形成宿鴨湖前の汝河河道の状況汝南以下、つまり今日南汝河や新蔡以下の洪河。解放後、宿鴨湖ダム建設と何度も汝河截取直曲がって、南汝河特に汝南県付近と「水路"を汝河出入りが大きい。

①古水名、臨汝県で臨水はと汝水集まって撫菜川名前の由来で、つまり江西省州市(現州大部は古い川)。撫菜川は鄱陽湖水係主要河川の一つで、発祥武夷山西麓广昌県駅前郷の血木嶺、全長312キロメートル、流域面積1.5811万平方キロメートル。一般に主本盱江を上流、その間は南から州がまばらに山、廖坊2か所火成岩段、以下は徐々に発展の平野や丘陵;州以下は下流、両岸を沖積台地で、広い田畑。た柴ベイ口を撫でて川に入って江西の撫平原。から矢江口東、西の2本の東の主流を経て、梁家渡下泄、青湖入鄱陽湖。

②古水名。上流すなわち今河南北汝河自郾城以下、旧コース南流から西平県今洪河東、南経上蔡県西から東は遂平県濯ぐ水(今沙河)、つまり今日この下南汝河や新蔡以下の洪河。元の至正間郾城カットオフ南流、上流と避走東今入穎川沙河と北汝、下流に変更は汝水を源として、名南汝。明嘉靖の末汝水また避走東(注水と呼ばれる洪河)、南汝遂改は水を源として、今の勢い。

 

五年秋病後獨宿香山寺三絶句其一》  白居易

經年不到龍門寺,今夜何人知我情。

還向暢師房裏宿,新秋月色舊灘聲。

(五年の秋 病後に獨り香山寺に宿す 三絶句其一)

經年到らず 龍門寺,今夜 何人か 我が情を 知らん。

還た 暢師の房裏に 向【お】いて宿すれば,新秋の月色 舊灘の聲。

235-#3李白 89(改訂版)《巻2-8  將進酒 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#3> Ⅰ李白詩1480 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5948

李白 將進酒3

古來聖賢皆寂寞,惟有飲者留其名。

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣讙謔。

主人何為言少錢,徑須沽取對君酌。

五花馬,千金裘。

呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。
給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒を買いこんで、あなたと一緒になって痛飲し、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしようではないか。人間の事は、くよくよと考えるに及ばず、ただ酒を飲んで、酔いさえすれば、それでよいのである。 
235-#3李白 89(改訂版)《巻2-8  將進酒 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#3> Ⅰ李白詩1480 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5948

 

 
 2015年5月5日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
235-#3李白 89(改訂版)《巻2-8  將進酒 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#3> Ⅰ李白詩1480 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5948 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
65-#9-§6-2 《讀巻02-07 禘祫議》- §6-2 韓愈(韓退之)ID 《 803年 貞元19年<1393> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5949 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog66年大暦元年55歲-50 《1514壯遊》 杜甫index-15 杜甫<916> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5925 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog牛嶠《巻三49 柳枝五首 其四》『花間集』150全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5952 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

(改訂版) 《巻2-8 將進酒》

年:736年開元二十四年36

卷別:  卷一六二        文體:  樂府

詩題:  將進酒

作地點:        潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

及地點:平樂樓 (都畿道 河南府 洛陽)      

交遊人物:岑勛  當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘        當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

將進酒

君不見黃河之水天上來,奔流到海不復迴。

黄河九曲の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、奔流矢の如く東に向かって流れ、やがていったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。人間の歳月、まことに短くして、一日はその日のうちに再び晨になるという事は無い、丁度黄河の流れと同じである
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。

高堂の上で、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいるものを見よ。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったものが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてこんなありさまになってしまったのである。
人生得意須盡歡,莫使金樽空對月。

人生は朝露の如く、若い時は二度とない。そこで得意の折、よろしく十分に歓を尽くして置酒高会、以て興をほしいままにすべく、せっかくの黄金製の酒器をして、空しく明月に対することができるはずのものではなく、こういう場合には、どしどし酒を傾けるのがよろしいのだ。 
天生我材必有用,千金散盡還復來。

(將進酒)
君見ずや 黄河の水 天上より来り、奔流し海に到ってまた廻【かへ】らざるを。
君見ずや 高堂の明鏡 白髪を悲しむを、朝は青糸のごときも暮には雪をなす。
人生意を得ればすべからく歓を尽くすべし、金樽をしてむなしく月に対(むか)はしむるなかれ。
天のわが材を生ずる必ず用あればなり、千金も散じ尽せばまたまた来る。
2

烹羊宰牛且為樂,會須一飲三百杯。

とまれ、羊を料理し、牛をころしてごちそうを作り、佳肴、山のようにあり、既にこうして酒盛りする以上は、「一飮三百杯」、朝から晩まで、しばらくのあいだ、ゆっくりと、楽しみごとをするとしよう。
岑夫子,丹丘生。將進酒,君莫停。

岑先生、丹丘先輩、われ卿に酒をお勧める以上、願わくば、卿、杯を途中で停めないように、まさに今、酒をお進めする。
與君歌一曲,請君為我側耳聽。

われ、また、卿のために、鼓吹曲辭、一曲歌いましょう。卿方々にお願いするが、しっかりと耳を傾けてほしい。 
鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不願醒。

ああ、鐘鼓の楽、美珍なる食い物、これらが必ずしも貴ぶべきものとするものではない。ただ、願うならば、何時までも酔いとおして、けっして長い酔いから醒めないようにしたいものである。
羊を烹【に】、牛を宰【に】て しばらく楽みをなせ、かならずすべからく一飲三百杯なるべし。
岑夫子【しんぷうし】 丹邱生、酒を進む君停(とどむ)るなかれ。
君のため一曲を歌わん、請う君わがために 耳を側【そばだ】てて 聴け。
鐘鼓 饌玉【せんぎょく】 は貴ぶに足らず、玉餞に同じくりっぱな料理、ただ長酔を願うて醒むるを願はず。

3

古來聖賢皆寂寞,惟有飲者留其名。

古来、聖人や賢人の徳をもってするも、その死後はというと、皆、ひっそりと寂寞なものでしかないし、世上これを称するものさえもいないくらいである。これに反して、酒飲みの者と云えば、能くその名を留めて、万古に不朽である。
陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣讙謔。

むかし、陳王の曹植は平楽観で宴を開いたときの事、万斛の酒を酌み交わし、終日流連して、よろこびたわむれることをほしいままにした。ということだが、これこそ我々の宜しく学ぶところではなかろうか。
主人何為言少錢,徑須沽取對君酌。

酒を飲むということはここに意味があるというのに、酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったというのであろうか、そうであっても壺中の酒が尽きれば、直ちに酒を沽取り、また、卿に酒をつがせてください。 
五花馬,千金裘。

美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろもにおよんだ珍貴なものであっても、決して惜しくはない。 
呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒を買いこんで、あなたと一緒になって痛飲し、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしようではないか。人間の事は、くよくよと考えるに及ばず、ただ酒を飲んで、酔いさえすれば、それでよいのである。 
古来 聖賢みな寂寞、ただ飲者のその名を留むるあるのみ。
陳王 昔時 平楽に宴する 魏の陳思王曹植、曹操の子で詩人としても名高い。

道観の名、斗酒十千 歓謔を悉(ほしいまま)にす。 
主人 なんすれ 銭少しという、ただちにすべからく沽【か】い取り 君に対して酌むべし。
五花の馬 千金の裘。 
児を呼びもち出でて美酒に換へ、なんじとともに銷【け】さん 万古の愁。 

 

 

(改訂版) 《巻2-8 將進酒》

『將進酒』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
3

古來聖賢皆寂寞,惟有飲者留其名。

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣讙謔。

主人何為言少錢,徑須沽取對君酌。

五花馬,千金裘。

呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

(下し文)
古来 聖賢みな寂寞、ただ飲者のその名を留むるあるのみ。

陳王 昔時 平楽に宴する 魏の陳思王曹植、曹操の子で詩人としても名高い。

道観の名、斗酒十千 歓謔を悉(ほしいまま)にす。 

主人 なんすれ 銭少しという、ただちにすべからく沽【か】い取り 君に対して酌むべし。

五花の馬 千金の裘。 

児を呼びもち出でて美酒に換へ、なんじとともに銷【け】さん 万古の愁。 

(現代語訳)
古来、聖人や賢人の徳をもってするも、その死後はというと、皆、ひっそりと寂寞なものでしかないし、世上これを称するものさえもいないくらいである。これに反して、酒飲みの者と云えば、能くその名を留めて、万古に不朽である。
むかし、陳王の曹植は平楽観で宴を開いたときの事、万斛の酒を酌み交わし、終日流連して、よろこびたわむれることをほしいままにした。ということだが、これこそ我々の宜しく学ぶところではなかろうか。
酒を飲むということはここに意味があるというのに、酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったというのであろうか、そうであっても壺中の酒が尽きれば、直ちに酒を沽取り、また、卿に酒をつがせてください。 
美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろもにおよんだ珍貴なものであっても、決して惜しくはない。 
給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒を買いこんで、あなたと一緒になって痛飲し、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしようではないか。人間の事は、くよくよと考えるに及ばず、ただ酒を飲んで、酔いさえすれば、それでよいのである。 

(訳注)

(改訂版) 《巻2-8 將進酒》

將進酒
(富貴貧賤、皆一時の事であり、くよくよ考える事は無い、ただ飲んで酔えばよいのだ、だから、酒をお勧めしよう)

漢の鼓吹鐃歌十八曲の一つに、將進酒があり、六朝以降、楽府旧題。鼓吹曲辭になる。古詩には、「將進酒乘太白」とあり、宋の何承天の將進酒篇には、將進酒慶三朝備繁禮薦佳肴とある。まさに酒をお勧めしようの意になる。楽府題の音楽と題名を使って自分の気持ちを表している。

この詩は、古楽府題をとりながら、詩中に、李白・元丹邱・岑夫子と具体的な固有名詞を登場させている。通常は故人、逸話が基本である。

 

古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
古来、聖人や賢人の徳をもってするも、その死後はというと、皆、ひっそりと寂寞なものでしかないし、世上これを称するものさえもいないくらいである。これに反して、酒飲みの者と云えば、能くその名を留めて、万古に不朽である。
○古來 昔から今に至るまで。今まで。 

○聖賢 聖人と賢人。 

○皆 みな。ことごとく。全部。 

○寂寞 ひっそりとしてもの寂しいさま

○惟有 ただ…だけがある。=唯有。 

○飮者 飲み助。呑兵衛。 

○留其名 その勇名を記録に留め(てい)る。

 

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
むかし、陳王の曹植は平楽観で宴を開いたときの事、万斛の酒を酌み交わし、終日流連して、よろこびたわむれることをほしいままにした。ということだが、これこそ我々の宜しく学ぶところではなかろうか
○陳王 三国時代魏の曹植のこと。 

○昔時 むかし。 ○宴 うたげをする。 

○平樂 平楽観。『名都篇』で詠う宮殿の名で、後漢の明帝の造営になる。(当時の)首都・洛陽にあった遊戯場。或いは、長安の未央宮にあった。○斗酒十千 斗酒で一万銭。曹植楽府詩、「一斗一万銭」。 

○斗酒 両義あり。わずかな酒。また、多くの酒。 

○斗 ます。少しばかりの量。少量の酒。多くの酒。 

十千 一万。 

○恣 ほしいままにする。わがまま。勝手きままにふるまう。 

歡謔 かんぎゃく よろこびたわむれる。

 

主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
酒を飲むということはここに意味があるというのに、酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったというのであろうか、そうであっても壺中の酒が尽きれば、直ちに酒を沽取り、また、卿に酒をつがせてください。 
○主人 酒屋のあるじ。 

○何爲 何ゆえ。どうして。 

○言 声に出して言う。 

○少錢 お金が足らない。お金が少ない。 

○徑 直ちに。速く。ついに。 

○須 ぜひとも…する必要がある。すべからく…べし。 

○沽取 こしゅ 酒を買い取る。手に入れる。酒を持ってこさせるという意味。 

○酌 酒を注(つ)ぐ。 

 

五花馬,千金裘。
美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろもにおよんだ珍貴なものであっても、決して惜しくはない。 
○五花馬 美しい毛並みの馬。青白雑色の馬。 

○千金裘 高価な皮衣。白狐のかわごろも。狐裘のこと。狐の脇の下の毛を数千匹分集めて作られる貴重な衣服。戦国時代の孟嘗君が持っていたという白狐の皮衣。天下に二つとないもの。

 

呼兒將出換美酒、與爾同銷萬古愁。
給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒を買いこんで、あなたと一緒になって痛飲し、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしようではないか。人間の事は、くよくよと考えるに及ばず、ただ酒を飲んで、酔いさえすれば、それでよいのである。 
○兒 年若い使用人。ボーイ。給仕。 

○將出 持ち出す。 

○換 交換する。

爾 あなた。なんぢ。 

 同じくする。動詞としての用法。 

○銷 消す。とかす。≒消。 

○萬古愁 昔から永遠に解かれることのない愁い。死の恐怖。



<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->
<!--[endif]-->

 

 この「将進酒」と題する長篇は、元丹邱と岑夫子とに対して憂鬱を打ち明けたという詩である。ここで李白は「万古の愁い」を消してくれる酒を飲もう。竹林の時代より酒こそが一番だ。道教の先輩たちに李白の明朗さは酒を愛したことによるものだろうか。「天生我材必有用、千金散盡還復來。」(天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。)この思想が李白の基本であり、道教の思想である。

235-#2 《(改訂版)巻2-8 李白 89 將進酒 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#2> Ⅰ李白詩1479 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5943

將進酒 -2

烹羊宰牛且為樂,會須一飲三百杯。

岑夫子,丹丘生。

將進酒,君莫停。

與君歌一曲,請君為我側耳聽。

鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不願醒。

羊を料理し、牛をころしてごちそうを作り、佳肴、山のようにあり、既にこうして酒盛りする以上は、「一飮三百杯」、朝から晩まで、しばらくのあいだ、ゆっくりと、楽しみごとをするとしよう。
235-#2 《(改訂版)2-8 李白 89 將進酒 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#2> Ⅰ李白詩1479 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5943

 

 
 2015年5月4日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
235-#2 《(改訂版)巻2-8 李白 89 將進酒 -#2》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#2> Ⅰ李白詩1479 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5943 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
65-#9-§6-1 《讀巻02-07 禘祫議》- §6-1 韓愈(韓退之)ID 803年 貞元19年<1392> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5944 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《巻20・84 昔遊二首其一 -4》【4分割】 杜甫詩index-15-767年大暦元年56歲-83 <913-#4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5945 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog牛嶠《巻三48 柳枝五首 其三》『花間集』149全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5947 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

続きを読む

235李白 89 (改訂版) 《巻2-8 將進酒》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235> Ⅰ李白詩1478 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5938

將進酒 #1

君不見黃河之水天上來,奔流到海不復迴。

君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。

人生得意須盡歡,莫使金樽空對月。

天生我材必有用,千金散盡還復來。

黄河九曲の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、奔流矢の如く東に向かって流れ、やがていったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。人間の歳月、まことに短くして、一日はその日のうちに再び晨になるという事は無い、丁度黄河の流れと同じである
235李白 89 (改訂版) 《巻2-8 將進酒》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235> Ⅰ李白詩1478 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5938

 
 2015年5月3日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
235李白 89 (改訂版) 《巻2-8 將進酒》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235> Ⅰ李白詩1478 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5938 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
65-#8-§5 《讀巻02-07 禘祫議》- §5 韓愈(韓退之)ID <1391> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5939 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《巻20・84 昔遊二首其一 -3》【4分割】 杜甫詩index-15-767年大暦元年56歲-83 <913-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5940 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog牛嶠《巻三47 柳枝五首 其二》『花間集』148全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5942 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 


(

改訂版) 《巻2-8 將進酒》

年:736年開元二十四年36

卷別:  卷一六二        文體:  樂府

詩題:  將進酒

作地點:        潁陽(都畿道 / 河南府 / 潁陽)

及地點:平樂樓 (都畿道 河南府 洛陽)      

交遊人物:岑勛  當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

元丹丘        當地交遊(都畿道 河南府 潁陽)

 

將進酒

君不見黃河之水天上來,奔流到海不復迴。

黄河九曲の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、奔流矢の如く東に向かって流れ、やがていったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。人間の歳月、まことに短くして、一日はその日のうちに再び晨になるという事は無い、丁度黄河の流れと同じである
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。

高堂の上で、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいるものを見よ。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったものが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてこんなありさまになってしまったのである。
人生得意須盡歡,莫使金樽空對月。

人生は朝露の如く、若い時は二度とない。そこで得意の折、よろしく十分に歓を尽くして置酒高会、以て興をほしいままにすべく、せっかくの黄金製の酒器をして、空しく明月に対することができるはずのものではなく、こういう場合には、どしどし酒を傾けるのがよろしいのだ。 
天生我材必有用,千金散盡還復來。

2

烹羊宰牛且為樂,會須一飲三百杯。

岑夫子,丹丘生。

將進酒,君莫停。

與君歌一曲,請君為我側耳聽。

鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不願醒。

3

古來聖賢皆寂寞,惟有飲者留其名。

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣讙謔。

主人何為言少錢,徑須沽取對君酌。

五花馬,千金裘。

呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

 

(改訂版) 《巻2-8 將進酒》

『將進酒』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

將進酒

君不見黃河之水天上來,奔流到海不復迴。

君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。

人生得意須盡歡,莫使金樽空對月。

天生我材必有用,千金散盡還復來。

(下し文)
(將進酒)

君見ずや 黄河の水 天上より来り、奔流し海に到ってまた廻【かへ】らざるを。

君見ずや 高堂の明鏡 白髪を悲しむを、朝は青糸のごときも暮には雪をなす。

人生意を得ればすべからく歓を尽くすべし、金樽をしてむなしく月に対(むか)はしむるなかれ。

天のわが材を生ずる必ず用あればなり、千金も散じ尽せばまたまた来る。

(現代語訳)

(富貴貧賤、皆一時の事であり、くよくよ考える事は無い、ただ飲んで酔えばよいのだ、だから、酒をお勧めしよう)

黄河九曲の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、奔流矢の如く東に向かって流れ、やがていったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。人間の歳月、まことに短くして、一日はその日のうちに再び晨になるという事は無い、丁度黄河の流れと同じである
高堂の上で、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいるものを見よ。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったものが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてこんなありさまになってしまったのである。
人生は朝露の如く、若い時は二度とない。そこで得意の折、よろしく十分に歓を尽くして置酒高会、以て興をほしいままにすべく、せっかくの黄金製の酒器をして、空しく明月に対することができるはずのものではなく、こういう場合には、どしどし酒を傾けるのがよろしいのだ。 
そもそも天が、わたしにこの才能を生しめたのは、けっしてぐうぜんでも、むいみでもなく、必ずどこかに役立てようとしたためである。確かに今不遇で、抑鬱であるが自暴自棄はよくないと思ってはいるが、富貴貧賤、皆一時の事であり、千金一擲して散じつくすともまた、戻って嚢中にはいることもあるであろう。

(訳注) (改訂版) 《巻2-8 將進酒》

將進酒
(富貴貧賤、皆一時の事であり、くよくよ考える事は無い、ただ飲んで酔えばよいのだ、だから、酒をお勧めしよう)

漢の鼓吹鐃歌十八曲の一つに、將進酒があり、六朝以降、楽府旧題。鼓吹曲辭になる。古詩には、「將進酒乘太白」とあり、宋の何承天の將進酒篇には、將進酒慶三朝備繁禮薦佳肴とある。まさに酒をお勧めしようの意になる。楽府題の音楽と題名を使って自分の気持ちを表している。

この詩は、古楽府題をとりながら、詩中に、李白・元丹邱・岑夫子と具体的な固有名詞を登場させている。通常は故人、逸話が基本である。


君不見黄河之水天上來、奔流到海不復回。

黄河九曲の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、奔流矢の如く東に向かって流れ、やがていったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。人間の歳月、まことに短くして、一日はその日のうちに再び晨になるという事は無い、丁度黄河の流れと同じである
○君不見 あなた、ご覧なさい。詩をみている人(聞いている人)に対する呼びかけ。樂府体に使われる。 

○黄河之水 黄河の流れ。 ・天上來:天上より流れ来る。黄河の源は九曲であり、伝説の崑崙とされていた。 

・奔流 激しい勢いの流れ。 

到海 海に到る。 

不復 二度とは…ない。永遠に…ない。一度も…ない、ということ。 

回 かえる。もどる。


君不見高堂明鏡悲白髮、朝如青絲暮成雪。

高堂の上で、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいるものを見よ。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったものが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてこんなありさまになってしまったのである。
○高堂 立派なお屋敷の主要な表座敷、高貴な人々というの意味もある。 

○明鏡 澄みわたった鏡。1 曇りのない鏡。2すぐれた手本。 明鏡止水:邪念がなく、澄み切って落ち着いた心の形容。

○悲白髮 鏡を覗き込んで、白髪の老齢になったことを悲しむ。
○「朝」「暮」は、一日のうちの日の出、日の入りを指すが、ここでは人生の「朝」「暮」の時期のことをいう。 ・朝 あさ。あした。 

○青絲 黒い絹糸。黒髪のこと。緑の黒髪。「青」は黒いことをも指す。“青布”“青鞋”。 青絲曲。青絲白馬、

《巻2-8 將進酒》「朝如青絲暮成雪。」

《巻五 陌上桑》「青絲結金絡。 不知誰家子。」

《巻五 搗衣篇》「愿為雙燕泛中洲。 君邊云擁青絲騎。」

《卷12-18 新林浦阻風寄友人》 今朝東門柳。 夾道垂青絲。」

《巻二十二 待酒不至》 「玉壺系青絲、沽酒來何遲。」

○暮 夕方。 

○成雪 雪のように真っ白になる。


人生得意須盡歡、莫使金尊空對月。
人生は朝露の如く、若い時は二度とない。そこで得意の折、よろしく十分に歓を尽くして置酒高会、以て興をほしいままにすべく、せっかくの黄金製の酒器をして、空しく明月に対することができるはずのものではなく、こういう場合には、どしどし酒を傾けるのがよろしいのだ。 
○人生 人が生きる。人生。 

○得意 自分の気持にかなうこと。目的を達して満足していること。意を得る。また、自分の気持を理解する人。 

○須 する、必要がある。せねばならぬ。すべからく…べし。 

○盡歡 充分に楽しむ。よろこびをしつくす。歓楽を尽くす。
○莫使 …させてはいけない。…に…させてはいけない

○金尊 黄金製の酒器。また、黄金の大酒樽()。真鍮製のものと考えられる。 

○空 むなしく。無意味に。 

○對月 月に向かう。

 

天生我材必有用、千金散盡還復來。
そもそも天が、わたしにこの才能を生しめたのは、けっしてぐうぜんでも、むいみでもなく、必ずどこかに役立てようとしたためである。確かに今不遇で、抑鬱であるが自暴自棄はよくないと思ってはいるが、富貴貧賤、皆一時の事であり、千金一擲して散じつくすともまた、戻って嚢中にはいることもあるであろう。
○天生 天は…を生む。また、生まれつき。 

○我材 わたしという人材。 

○必有用 きっと、用いるところがあるはずだ

○千金 大金。 

○散盡 使い果たす。 

還復來 また再び帰ってくる。

 

 

 

將進酒
君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。
人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。
天生我材必有用,千金散盡還復來。
烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。
岑夫子,丹丘生。
將進酒,杯莫停。
與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。
鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。
古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
五花馬,千金裘。
呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

將進酒
君見ずや 黄河の水 天上より来り、奔流し海に到ってまた廻【かへ】らざるを。
君見ずや 高堂の明鏡 白髪を悲しむを、朝は青糸のごときも暮には雪をなす。
人生意を得ればすべからく歓を尽くすべし、金樽をしてむなしく月に対(むか)はしむるなかれ。
天のわが材を生ずる必ず用あればなり、千金も散じ尽せばまたまた来る。
羊を烹【に】、牛を宰【に】て しばらく楽みをなせ、かならずすべからく一飲三百杯なるべし。
岑夫子【しんぷうし】 丹邱生、酒を進む君停(とどむ)るなかれ。
君のため一曲を歌わん、請う君わがために 耳を側【そばだ】てて 聴け。
鐘鼓 饌玉【せんぎょく】 は貴ぶに足らず、玉餞に同じくりっぱな料理、ただ長酔を願うて醒むるを願はず。
古来 聖賢みな寂寞、ただ飲者のその名を留むるあるのみ。
陳王 昔時 平楽に宴する 魏の陳思王曹植、曹操の子で詩人としても名高い。

道観の名、斗酒十千 歓謔を悉(ほしいまま)にす。 
主人 なんすれ 銭少しという、ただちにすべからく沽【か】い取り 君に対して酌むべし。
五花の馬 千金の裘。 
児を呼びもち出でて美酒に換へ、なんじとともに銷【け】さん 万古の愁。 

 

プロフィール

紀 頌之

Twitter プロフィール
メッセージ

名前
メール
本文
記事検索
最新記事(画像付)
メッセージ

名前
メール
本文
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
最新記事(画像付)
記事検索
  • ライブドアブログ