漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
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ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳

251 《巻25- 庭前晚花開》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <251> Ⅰ李白詩1501 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6053

李白  庭前花開  

西王母桃種我家,三千陽春始一花。

結實苦遲為人笑,攀折唧唧長咨嗟。

(折角桃を庭前に植えたものの、咲いたのは春の末になってからというので戯れにこの詩を作った。)西王母の大切にしたという仙桃を我が家に種えたが、そもそも、三千年を経て、はじめて一たび花を開くというもの、それでも、今、春も終ろうとする頃に成って、やつと花をひらいたというのも、まことに無理ならぬことである。

 

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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷八八二              文體:    七言古詩

詩題:    庭前晚花開

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

庭前花開

(折角桃を庭前に植えたものの、咲いたのは春の末になってからというので戯れにこの詩を作った。)

西王母桃種我家,三千陽春始一花。

西王母の大切にしたという仙桃を我が家に種えたが、そもそも、三千年を経て、はじめて一たび花を開くというもの、それでも、今、春も終ろうとする頃に成って、やつと花をひらいたというのも、まことに無理ならぬことである。

結實苦遲為人笑,攀折唧唧長咨嗟。

しかし、実がなるにも、又、三千年を経て一たび實を結ぶという位で、なかなか遅くて、待つ者にとっては、笑うだけである。そこで、木を攣ぢて、にぎやかに愚痴を言いあって、ぶつぶついいつつ、長しへに、嘆息していくだけである。

 

(庭前の 花は開)

西王母の桃 我が家に種う,三千の陽春 始めて 一たび花さく。

實を結ぶ 苦はだ遲く 人 笑うを為す,攀折 唧唧 長しえに咨嗟す。

 

 

『庭前晚花開』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

庭前晚花開

西王母桃種我家,三千陽春始一花。

結實苦遲為人笑,攀折唧唧長咨嗟

(下し文)
(
庭前の晚 花は開)

西王母の桃 我が家に種う,三千の陽春 始めて 一たび花さく。

實を結ぶ 苦はだ遲く 人 笑うを為す,攀折 唧唧 長しえに咨嗟す

(現代語訳)
(折角桃を庭前に植えたものの、咲いたのは春の末になってからというので戯れにこの詩を作った。)

西王母の大切にしたという仙桃を我が家に種えたが、そもそも、三千年を経て、はじめて一たび花を開くというもの、それでも、今、春も終ろうとする頃に成って、やつと花をひらいたというのも、まことに無理ならぬことである。

しかし、実がなるにも、又、三千年を経て一たび實を結ぶという位で、なかなか遅くて、待つ者にとっては、笑うだけである。そこで、木を攣ぢて、にぎやかに愚痴を言いあって、ぶつぶついいつつ、長しへに、嘆息していくだけである。


(訳注)

庭前晚花開

(折角桃を庭前に植えたものの、咲いたのは春の末になってからというので戯れにこの詩を作った。)

桃の木を植えて、通常日本だと、桃栗三年というから、その程度のことを面白おかしく表現したのであろう、李白の詩の中で、最駄作といわれているが、安陸の新婚の住まいの出来事として考えれば微笑ましいのではないだろうか。

 

西王母桃種我家,三千陽春始一花。

西王母の大切にしたという仙桃を我が家に種えたが、そもそも、三千年を経て、はじめて一たび花を開くというもの、それでも、今、春も終ろうとする頃に成って、やつと花をひらいたというのも、まことに無理ならぬことである。

○西王母桃・三千陽春始一花 《漢武内傳》 七月七日,西王母降,以仙桃四与帝。 又命侍女更索桃果 須臾以玉盤盛仙桃七顆 大如鴨卵 形圓靑色 以呈王母 母以四顆與帝 三顆自食 桃味甘美 口有盈味 帝食輒收其核,王母問帝,帝曰:「欲種之。」母曰:「此桃三千年一開花、三千年一生實,中夏地薄,種之不生。帝乃止。」に基づく。

七月七日、西王母降りる、侍女、玉盤を以て仙桃七鵜を盛る、大さ鴨卵の如く、形圓くして青色、以て王母に呈す。母、四顆を以て帝に与え、三顆は自ら食ふ。桃の味甘美、口に盈味あり、帝、食して輒ち其核を收む。王母、帝に問う。帝日く、これを植えむと欲す、と。王母日く、この桃、三千年に一たび花を開き、三千年に一たび實を結ぶ、中夏地薄く、これを種うるも生せずと。帝乃ち止む」とあるのを用いて構想したのである。

西王母(せいおうぼ、さいおうぼ)は、中国で古くから信仰された女仙、女神。姓は楊、名は回。九霊太妙亀山金母、太霊九光亀台金母、瑶池金母、王母娘娘などともいう。

王母は祖母の謂いであり、西王母とは、西方の崑崙山上に住いする女性の尊称である。すべての女仙たちを統率する聖母。東王父に対応する。

周の穆王が西に巡符して崑崙に遊び、彼女に会い、帰るのを忘れたという。また前漢の武帝が長生を願っていた際、西王母は天上から降り、三千年に一度咲くという仙桃七顆を与えたという。

 

結實苦遲為人笑,攀折唧唧長咨嗟。

しかし、実がなるにも、又、三千年を経て一たび實を結ぶという位で、なかなか遅くて、待つ者にとっては、笑うだけである。そこで、木を攣ぢて、にぎやかに愚痴を言いあって、ぶつぶついいつつ、長しへに、嘆息していくだけである。

○苦遲 甚だ遅いことをいう。

唧唧 (にぎやかに談笑する声など)がやがや、ぶつぶつ、わいわいと花が遅く咲いたことで戯れて談笑する。

250(改訂版Ver.2.1) 《巻24- 贈內》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <250> Ⅰ李白詩1507 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6083

李白  贈  

三百六十日,日日醉如泥。

雖為李白婦,何異太常妻。

(詩を妻に贈る。)

われ李白は、酒が好きであって、一年三百六十日、日として酔わぬことはなく、酔えば泥のごとく如く、まことにたわいもない態である。汝は名こそ李白の妻といふものの、太常の妻と区別なく、なんといっても気の毒なことだということだとは思っている。

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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一八四              文體:    五言

詩題:   

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

(改訂版Ver.2.1)


(詩を妻に贈る。)

三百六十日,日日醉如泥。

われ李白は、酒が好きであって、一年三百六十日、日として酔わぬことはなく、酔えば泥のごとく如く、まことにたわいもない態である。

雖為李白婦,何異太常妻。

むかし、後漢の周澤は、太常となり、一年三百五十九日は齋で、冥府を近づけず、たった一日、齋【ものいみ】せぬことがあっても、其の時は酔って泥の如くであったというが、汝は名こそ李白の妻といふものの、太常の妻と区別なく、なんといっても気の毒なことだということだとは思っている。

 

(内に 贈る)

三百 六十日,日日  醉いて 泥の如し。

李白の婦 爲りと 雖も,何ぞ 太常の妻に 異ならん。

 

 

(改訂版Ver.2.1)

『贈』 現代語訳と訳註解説
(
本文)


三百六十日,日日醉如泥。

雖為李白婦,何異太常妻。

(下し文)
内に 贈る

三百 六十日,日日  醉いて 泥の如し。

李白の婦 爲りと 雖も,何ぞ 太常の妻に 異ならん。

(現代語訳)
(詩を妻に贈る。)

われ李白は、酒が好きであって、一年三百六十日、日として酔わぬことはなく、酔えば泥のごとく如く、まことにたわいもない態である。

むかし、後漢の周澤は、太常となり、一年三百五十九日は齋で、冥府を近づけず、たった一日、齋【ものいみ】せぬことがあっても、其の時は酔って泥の如くであったというが、汝は名こそ李白の妻といふものの、太常の妻と区別なく、なんといっても気の毒なことだということだとは思っている。


(訳注) (改訂版Ver.2.1)

贈内

(詩を妻に贈る。)

李白は妻に贈った詩をいくつか残している。これはそのなかでも特に有名なもの。ただ書かれた時期や、どの妻なのかは、正確にはわかっていない。また、酔っぱらって帰ってきて、奥さんに叱られた時の誤魔化しの雰囲気を漂わせた作品という解釈もあるが、実際そんなことをするだろうか。


三百六十日,日日醉如泥。

われ李白は、酒が好きであって、一年三百六十日、日として酔わぬことはなく、酔えば泥のごとく如く、まことにたわいもない態である。

日日 毎日。 

醉如泥 ひどく酒に酔う。泥のように酔う。

 

雖爲李白婦,何異太常妻。

むかし、後漢の周澤は、太常となり、一年三百五十九日は齋で、冥府を近づけず、たった一日、齋【ものいみ】せぬことがあっても、其の時は酔って泥の如くであったというが、汝は名こそ李白の妻といふものの、太常の妻と区別なく、なんといっても気の毒なことだということだとは思っている。

○この二句 李白の嫁とはいっても、一体どこが(漢の周澤)太常の妻と異なろうか。 ・雖:…とはいっても。…といえども。 ・爲:…である。 ・婦:嫁。妻。・何:なんぞ。反語。疑問。 

○太常 卿の一。礼儀、祭祀を掌る官(『後漢書・百官』)。大常は身を清め命令通りに誠心誠意祭祀を執り行っていた。周沢はしばしば病気になり、斎宮に病臥していたが、妻は周沢の持病を心配し、病状をうかがい尋ねて来た。しかし、夫の周沢は、妻が斎戒の禁を犯したと大いに怒り、妻を監獄に送って謝罪した。世間の人は、その行為をきわどいことだと考えて、次のように語りあっていた。「今の世に調和しないことがある,太常は妻をめとった。一三百六十日であるが,三百五十九日に齋しい、というのもその一日、泥酔したようなもので許さないというのだ。」

《後漢書.儒林傳》:後漢周澤太常,虔敬宗廟,常臥疾齋宮,其妻哀其老病,窺問疾苦。澤大怒,以妻干犯齋禁,收送詔獄,時人譏之曰「生世不諧,作太常妻。一三百六十日,三百五十九日齋、一日不齋酔如泥。」

「周澤、太常となり、清潔循行、敬を宗廟に盡す、かつて、病に齋官に臥す、その妻、澤の老病む哀んで、苦しむところ私闘い問う。澤、大に怒り、妻が齋禁を干犯ぜしを以て、遂に収めて詔獄に送って、罪を謝す、常世、その詭激を疑ふ。時人、これが語を為して日く、生世不、作大常妻、一歳三百六十日、二百五十九日、一日不齋酔如泥」とある。

・齋【ものいみ 神道で、ものいみ(潔斎)をして神に仕えること。また、その人 (神道); 斎: 断食と食物品目の制限。食事のみならず行動も律し、祈りを増やす事が求められる。ここでは、太常の周澤にたいする齋をいう。

 

(内に 贈る)

三百 六十日,日日  醉いて 泥の如し。

李白の婦 爲りと 雖も,何ぞ 太常の妻に 異ならん。

249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078

李白  春日獨酌,二首之二  

我有紫霞想,緬懷滄洲間。思對一壺酒,澹然萬事閒。

橫琴倚高松,把酒望遠山。長空去鳥沒,落日孤雲還。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。

249(改訂版Ver.2.1) 《巻22-19 春日獨酌二首 其二》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <249> Ⅰ李白詩1506 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6078


 
 2015年5月31日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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71 《巻04-17 哭楊兵部凝陸歙州參》 (人皆期七十,) 韓愈(韓退之) 803年貞元19年 38歳<1419> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6079 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春日獨酌,二首之二

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

(改訂版Ver.2.1)

春日獨酌,二首之二

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

我有紫霞想,緬懷滄洲間。

私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
思對一壺酒,澹然萬事閒。

ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
橫琴倚高松,把酒望遠山。

そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。

長空去鳥沒,落日孤雲還。

大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。

ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、 むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。
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(春日獨酌,二首之二)

我に 紫霞の想 有り、緬懐す 滄洲の間を。

思いは 一壷の酒に対し、澹然【たんぜん】として万事閑なり。 

琴を横えて高松に倚り、酒を把って遠山を望む。

長空 鳥去って没し、落日 孤雲 還る。

但だ恐る 光景 晩く、宿昔 秋顔を成すを。

 

 

(改訂版Ver.2.1)

『春日獨酌,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春日獨酌,二首之二

我有紫霞想,緬懷滄洲間。

思對一壺酒,澹然萬事閒。

橫琴倚高松,把酒望遠山。

長空去鳥沒,落日孤雲還。

但恐光景晚,宿昔成秋顏。


(含異文)

我有紫霞想,緬懷滄洲間。思對一壺酒【且對一壺酒】,澹然萬事閒。橫琴倚高松,把酒望遠山。長空去鳥沒,落日孤雲還。但恐光景晚,宿昔成秋顏。


(下し文)
(春日獨酌,二首之二)

我に 紫霞の想 有り、緬懐す 滄洲の間を。

思いは 一壷の酒に対し、澹然【たんぜん】として万事閑なり。 

琴を横えて高松に倚り、酒を把って遠山を望む。

長空 鳥去って没し、落日 孤雲 還る。

但だ恐る 光景 晩く、宿昔 秋顔を成すを。

 

(現代語訳)
春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。

大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。

ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。


(訳注) (改訂版Ver.2.1)

春日獨酌,二首之二

春日獨酌,二首之二:(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

 

我有紫霞想、緬懷滄洲間。 
私は老荘思想、神仙の思想を志し、仙人となって紫霞を餐したいとおもっている、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
紫霞想 紫霞をしたいということを思っている。老子をも示す。紫霞は仙人の宮殿を言う。この場合紫が老荘思想で、霞は神仙思想とする。また紫は天子を示す。ここでは仙人志願をしているということ。。

 遙かな。とおくに。

滄州 隠者の棲む場所。東海の神仙三山の海、滄海が臨めるあたり。


思對一壺酒、澹然萬事閑。 
ここに暫く、一壷の酒に対し、何もこだわらず、浮世の事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
澹然 物事にこだわらない自然にふるまう道教の教えをきほんにする。


橫琴倚高松、把酒望遠山。 
そこで琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。


長空去鳥沒、落日孤雲還。 
大空に鳥が去って、姿も見えなくなった、夕日は沈み、孤雲が流れて帰って行った。


但恐光景晚、宿昔成秋顏。 
ただ恐れるところは、光陰は移りやすく、景色は暮れていくものだし、 むかし紅顔であったものが、やがて衰容に変ずることである。
光景 景色。ひかり。ありさま。  

宿昔 以前。むかし。昔は紅顔であった。  

秋顔 老顔。衰容。

 

 

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風扇淑氣,水木榮春暉。

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

白日照綠草,落花散且飛。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

孤雲還空山,鳥各已歸。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
彼物皆有託,吾生獨無依。

それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
對此石上月,長醉歌芳菲。

この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、 吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。


248 《巻22-18 春日獨酌二首 其一》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <248> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038

李白  春日獨酌,二首之一  

東風扇淑氣,水木榮春暉。白日照綠草,落花散且飛。

孤雲還空山,鳥各已歸。彼物皆有託,吾生獨無依。

對此石上月,長醉歌芳菲。

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

 

248 《巻22-18 春日獨酌二首 其一》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <248> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038

 

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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248 《巻22-18 春日獨酌二首 其一》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <248> Ⅰ李白詩1498 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6038 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog元結 《舂陵行(并序)-#7》【7分割】 <杜甫詩1939同元使君舂陵行>関連 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6075 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog牛嶠《巻四10望江怨》『花間集』161全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6077 
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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一八二        文體:  五言古詩

詩題:  春日獨酌,二首之一

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風扇淑氣,水木榮春暉。

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

白日照綠草,落花散且飛。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

孤雲還空山,鳥各已歸。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
彼物皆有託,吾生獨無依。

それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
對此石上月,長醉歌芳菲。

この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、 吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。

 

 

『春日獨酌,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

春日獨酌,二首之一

東風扇淑氣,水木榮春暉。

白日照綠草,落花散且飛。

孤雲還空山,鳥各已歸。

彼物皆有託,吾生獨無依。

對此石上月,長醉歌芳菲。


(含異文)      東風扇淑氣,水木榮春暉。白日照綠草,落花散且飛。孤雲還空山,眾鳥各已歸。彼物皆有託,吾生獨無依。對此石上月,長醉歌芳菲【長歌醉芳菲】。


(下し文)
(春日獨酌,二首之一)

東風 淑気【しゅくき】を扇【あお】ぎ、水木 春暉に栄ゆ。

白日 緑草を照らし、 落花 散じ且つ飛ぶ。

孤雲 空山に還り、衆鳥 各(おのおの)已に帰る。

彼の物 皆 托する有るも、吾が生 独り依る無し。

此の石上の月に対し、 長酔して芳菲に歌う。

(現代語訳)
(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。
 
この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

 

(訳注)

春日獨酌,二首之一

(春の日に当たり、一人で酒を酌み詠ったもの。)

 

東風扇淑氣、水木榮春暉。 
東風はめでたい生気をあおり、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちて、水は根から吸収されて木が生まれ、万物を成長させる相生関係に在る水や木は 春の暖かい陽光につつまれる。

○東風 ①ひがしかぜ、こちかぜ。(めでたい生気をあおる風)李白《巻22-19 春日独酌二首其一》「東風扇淑氣,水木榮春暉。」②春風、《禮記、月令》(孟春之月東風解凍, 蟄蟲始振, 魚上冰, 獺祭魚, 鴻雁來。」③草の名。一に冬風に作る。東風菜。

扇 あおぐ。あおる。そそのかす。

淑気 おごそかな気。新春,四辺に満ちている瑞祥(ずいしよう)の気。天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちていること。

○水木 五行相生説でいう、万物を成長させる良い関係に在るもの、それぞれがそれぞれを生み出す関係のことを示しており、木→火→土→金→水→木の順番に循環しています。木は燃えて火が生まれ、火が燃えたあとには灰(土)が生まれ、土の中からは様々な鉱物(金)が生まれる、金属の表面が冷えて水滴(水)が生まれる、水は根から吸収されて木が生まれる。相性のよい関係、五行相生説である。どうじに、五行相克説があり、相性の悪い関係であり、木→土→水→火→金→木 の順番に循環する。木は土の栄養を搾取、土は水をせき止めて、流れをとめ、水は火を消し、火は金を溶かし、金は木を切り倒すという関係。つまり、春に最も変化するものが、水木である。

春暉 春の暖かい陽光。


白日照綠草、落花散且飛。 
曇りのない日中の輝く太陽は 萌黄色の成長する草草を照らしている、落ちる花びらは 静心無く散り、そして、ひるがえる。

白日 輝く太陽。曇りのない日。宋玉《神女賦序》 「其始來也,耀乎若白日初出照屋梁。」夕日:王之渙〈登鸛雀樓〉詩:「白日依山盡,黃河入海流。」

綠草 萌黄色の成長する草草。


孤雲還空山、眾鳥各已歸。 
眺め遣れば、ポツンとした雲はゆるく引いて、人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。 
 雲は山奥の岩間、洞窟から生まれ帰っていく。

空山 隠者の住む山。人気のない山。 

 衆。


彼物皆有托、吾生獨無依。 
それら萬物は、おのおの皆、身を寄せるところがあって落ち着いて居る、吾のみ、生きるところ、そして、独り身を寄せるところはない。 
 身を寄せる。五行思想による相関をいう。


對此石上月、長醉歌芳菲。 
この石の上にのぼる月に対し、杯を傾け、長醉すること、草花のかんばしい香りを歌うことよりほかにないのである。

芳菲 草花のかんばしい香り。春のことをいう。
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友人會宿

滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良宵宜清談,皓月未能寢。

醉來臥空山,天地即衾枕。

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    友人會宿

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

(改訂版Ver.2.1)

友人會宿

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
良宵宜清談,皓月未能寢。

時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
醉來臥空山,天地即衾枕。

すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。
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 (友人會宿)

滌蕩【できとう】千古の愁,留連す 百壺の飲。

良宵 清談に宜しく,皓月 未だ寢ぬる能わず。

醉い來って 空山に臥さば,天地 即ち 衾枕。

 

 

(改訂版Ver.2.1)

『友人會宿』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

友人會宿

滌蕩千古愁,留連百壺飲。

良宵宜清談,皓月未能寢。

醉來臥空山,天地即衾枕。


(下し文)
(
友人會宿)

滌蕩【できとう】千古の愁,留連す 百壺の飲。

良宵 清談に宜しく,皓月 未だ寢ぬる能わず。

醉い來って 空山に臥さば,天地 即ち 衾枕。

(現代語訳)
(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。


(訳注) (改訂版Ver.2.1)

友人會宿

(友人が来訪して、泊まり込んだ。共に酒を飲み、酔ってこの詩を作る。)
○会宿 一緒に宿泊する。

 

滌蕩千古愁、留連百壺飲。
良朋邂逅、酒を飲んで、興をほしいままにし、千古の昔からの愁い一切を洗除すれば、留連して、百壷もの酒を傾けつくすのである。
○滌蕩/「滌盪」 洗い流す、洗いつくす。「滌」も「蕩」も、「洗う」の意。

1.搖動。一播散。禮記·郊特牲:「殷人尚聲,臭味未成,滌蕩其聲,樂三闋,然後出迎牲。」2.洗除。南朝梁·陶弘景·授陸敬游十賚文:「滌蕩紛穢,表裡霜雪。」

唐·李白·友人會宿詩:「滌蕩千古愁,留連百壺飲。」

○千古 遠い昔からの。「万古」の類語。

○留連 立ち去りかねるさま、捨て去りがたいさま。

〇百壷飲 飲みほした酒壷の多いこと。

 

良宵宜清談、皓月未能寢。【皓月誰能寢】。
時折しも、上って来たすみきった月は、良宵の景、風流・興を得るものとして、とても寝る気にはなるわけはなく、酒を飲んで竹林の七賢の昔からの朋と清談するのがふさわしい。
 夜。 

清談 竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。  

皓月  白く輝く月。すみきった月。

 

醉來臥空山、天地即衾枕。
すっかり酔っ払った後に、人気のない山中に体を横にして見れば、天地は衾枕も同じて、広々とした感じで、喩えるものがない程である。
衾枕  掛け布団と枕。寝具。

 

 

李白のこの詩は、蕭士贇は劉伶の《酒德頌》「暮天席地」の句に基づいたものと解説しているので、竹林の七賢の一人、劉伶の概略と、《酒德頌》を紹介する。

劉伶 酒德頌

劉 伶(りゅう れい、221? - 300?)は、竹林の七賢の一人。字は伯倫。三国時代の魏および西晋の文人。沛国の人。

世説新語によると、身長が約140cmと低く、手押し車に乗り、スコップを携えた下男を連れて、自分が死んだらそこに埋めろ、と言っていた。酒浸りで、素っ裸でいることもあった。ある人がそれをとがめたのに答えて言った。私は、天地を家、部屋をふんどしと思っている。君らはどうして私のふんどしの中に入り込むのだ。また酒浸りなので、妻が心配して意見したところ、自分では断酒できないので、神様にお願いすると言って、酒と肉を用意させた。そして祝詞をあげて、女の言うことなど聞かない、と言って肉を食って酒を飲んで酔っぱらった。
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『酒徳頌』:

酒徳は酒の功徳、頌は韻文の一種で褒め称える言葉すなわち賛歌である。大人先生という架空の人物に託した作者劉伶の自画像であり、老荘哲学の表白でもある。わが国の大伴旅人の「讃酒歌」などは、この作品の影響を受けたものといわれる。

 

《酒德頌》

有大人先生者,以天地為一朝,萬朝為須臾,日月為扃牖,八荒為庭衢。行無轍跡,居無室廬,暮天席地,縱意所如。止則操卮執觚,動則挈榼提壺,唯酒是務,焉知其餘?

 

有貴介公子,縉紳處士,聞吾風聲,議其所以。乃奮袂攮襟,怒目切齒,陳禮法,是非鋒起。先生於是方捧罌承槽,銜杯漱醪。奮髯箕踞[],枕麴藉糟,無思無慮,其樂陶陶。兀然而醉,豁爾而醒。靜聽不聞雷霆之聲,熟視不睹泰山之形,不覺寒暑之切肌,利慾之感情。俯觀萬物,擾擾焉如江漢三載浮萍;二豪侍側焉,如蜾蠃之與螟蛉。

 

酒の功徳をたたえる 劉伶

大人先生という人物がいた。天地の生成をも一日のごとくみなし、一万年も瞬時、日と月とは戸口と窓、世界の果ても我が庭か往来のごとく見做していた。何処へ行くにも決まった道を通らず、何処にも決まった住まいを持たず、大空を屋根とし、大地を敷き莚(むしろ)として行きたい所へ出掛けていった。坐っていれば大盃やぐい呑みを手にし、出掛けるとき酒樽や徳利をぶら下げ、酒だけがつとめと心得、他のことは気にも掛けなかった。ある貴公子と大物の浪士が、先生の評判を聞き、そのわけを論じ合った。そこで大いに奮い立ち、勇んで出掛け、目を怒らせ歯がみして、礼法について述べ立て、鋭く論難した。先生はそのとき、酒がめをかかえますにうけ、杯をふくんで濁酒(どぶろく)を口に流し込み、ひげを捻って両足を投げ出し、こうじを枕に酒樽を敷布団にして横たわり、何の頓着もなく、陶然と楽しげであった。傲然と酔うているかと思うと、突然はっと醒めるが、耳をすましているようでも、雷の音さえ耳に入らず、目を凝らしているようでも、泰山の姿さえ目に入らぬ様子、寒暑が肌を刺し、利欲が心を動かすのも気付かぬげである。万物が乱れ騒ぐのを見下ろして、まるで大河が浮き草を浮かべたほどにも気に掛けぬ。二人のおえらがたは傍に侍り、ミイラ取りがミイラになった」

246 《巻22-16 獨酌》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <246> Ⅰ李白詩1496 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6028

李白  獨酌  

春草如有意,羅生玉堂陰。東風吹愁來,白髮坐相侵。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

手舞石上月,膝橫花間琴。過此一壺外,悠悠非我心。

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一八二              文體:    五言古詩

詩題:    獨酌

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

獨酌

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

春草如有意,羅生玉堂陰。

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

東風吹愁來,白髮坐相侵。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、一株の長松がある。

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

手舞石上月,膝橫花間琴。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

過此一壺外,悠悠非我心。

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

 

(獨酌)

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

 

 

『獨酌』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

獨酌

春草如有意,羅生玉堂陰。

東風吹愁來,白髮坐相侵。

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

手舞石上月,膝橫花間琴。

過此一壺外,悠悠非我心。


【春草遍綠野,新鶯有佳音。落日不盡歡,恐為愁所侵。獨酌勸孤影,閒歌面芳林。清風尋空來,巖松與共吟。手舞石上月,膝橫花下琴。過此一壺外,悠悠非我心。】


(下し文)
(
獨酌)

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

(現代語訳)
(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、一株の長松がある。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、風に向かう一株の長松がある。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

 

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。


(訳注)

獨酌

(春の日に、独酌をして、興に乗じて詠ったもの)

 

春草如有意,羅生玉堂陰。

春の草は、さながら、心あるが如く、《楚辞、九歌、少司命》にいう玉堂の陰に羅列して生じ、眼前の景色は、極めて長閑である。

羅生 連って生する。《楚辞、九歌、少司命》に「秋蘭兮蘼蕪、羅生兮堂下」 とあって、王逸の註にその堂下をめぐり羅列して生す」とある。秋蘭はフジバカマ(藤袴)。キク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。秋の七草の1つ。

 

東風吹愁來,白髮坐相侵。

しかも、東風は、愁をともなって吹いてくる、白髪は、知らぬ間に我を侵すので、この時、この愁を消遣するには、酒が第一である。

 

獨酌勸孤影,閒歌面芳林。

そこで、語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいないから、わが影を顧みつつ獨酌し、聞歌して、花咲き匂う林に対して居る。その林の中には、風に向かう一株の長松がある。

勸孤影 陶淵明 《雜詩.十二首其二》「欲言無予和、揮杯勸孤影」(言らんと欲せど予に和する無く、杯を揮(て孤影に勸む)語ろうとしても、わたしに応えてくれる人がいない。杯をもちあげて、独りぼっちの自分の影に、酒を勧める。”とある。

面芳林 芳林に封する。面は対する。

 

長松爾何知,蕭瑟為誰吟。

ああ長松よ、汝は、人の心も知らずに、蕭瑟として、誰がために吟ずるのであるか。

 

手舞石上月,膝橫花間琴。

幸にして、われ今ここに在ることによって、石上の月に向い、手を翳して舞い、花間に坐し、膝の上に琴を横たへて弾じ、颯颯たる汝の春風の音楽に和するのである。

 

過此一壺外,悠悠非我心。

しかし、どうあれ、酒あればこそであり、この酒は自分の命であって、この一壺の外は、萬物は悠悠としてあるのは、我が心を解せぬものばかりである。

 

 

春草、意あるが如く、羅生す玉堂の陰。

東風、愁を吹いて来たり、白髪 坐に相い侵す。

獨酌、孤影に勧め、閒歌、芳林に面す。

長松、爾、何をか知らむ、簫瑟、誰が為に吟ずる。

手は舞う石上の月、膝には横たう花間の琴。

この一壺の外を過ぐれば、悠悠 我が心に非ず。

245-#2 《巻18-17 答從弟幼成過西園見贈》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <245-#2> Ⅰ李白詩1502 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6058

李白  答從弟幼成過西園見贈#2  

山童薦珍果,野老開芳樽。上陳樵漁事,下敘農圃言。

昨來荷花滿,今見蘭苕繁。一笑復一歌,不知夕景昏。

醉罷同所樂,此情難具論。

やがて、これを亭中に迎え入れると、山童は珍果を薦め、野老は、芳樽を開いて、これをもてなすのである。上は、樵漁の事を陳べ、農圃の言を敘したりして、それからそれへと、話は尽きる事は無い。

 

245-2 《巻18-17 答從弟幼成過西園見贈》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <245-2> Ⅰ李白詩1502 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6058

 

 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    答從弟幼成過西園見贈

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              西園 (淮南道 安州 安陸)    

交遊人物:李幼成         當地交遊(淮南道 安州 安陸)

 

 

答從弟幼成過西園見贈  #1

(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)

一身自瀟灑,萬物何囂諠。

我が一身の瀟灑、けがれのないもの引きかえて、あらゆるものはいかにも騒々しくてたまらない。

拙薄謝明時,棲閒歸故園。

もとより才拙にして命薄きもので、この聖明の世に容れられぬところから、閒地に棲まんがために故園に歸臥したのである。

二季過舊壑,四鄰馳華軒。

すると、二人の従弟は、旧渓を過ぎて訪問し、立派な車を四鄰に馳せるのである。

衣劍照松宇,賓徒光石門。

そして、衣裳や剣佩は、松の翳せる大屋宇を照らし、賓從僕徒は石門にてりかがやくくらいである。

#2

山童薦珍果,野老開芳樽。

やがて、これを亭中に迎え入れると、山童は珍果を薦め、野老は、芳樽を開いて、これをもてなすのである。

上陳樵漁事,下敘農圃言。

上は、樵漁の事を陳べ、農圃の言を敘したりして、それからそれへと、話は尽きる事は無い。

昨來荷花滿,今見蘭苕繁。

昨夜、蓮の花が池中に咲き落ちたが、今、また蘭が一斉に階下にひらいて、草堂の景色も、さすがに見どころがある。

一笑復一歌,不知夕景昏。

こうして、一笑し、そして、また一歌しつつ,夕暮の日景がしだいに昏くなっていくのを知らないでいる。

醉罷同所樂,此情難具論。

すでに酔ってしまった後も、楽しむところを同じゅうし、その心も逆らうことなく、この情は、詳しく述べることはできない。

 

(從弟の幼成が西園を過ぎて贈らるるに答う)

一身 自ら瀟灑,萬物 何ぞ囂諠【ごうけん】なる。

拙薄 明時に謝し,棲閒 故園に歸る。

二季 舊壑を過ぎ,四鄰 華軒を馳す。

衣劍 松宇を照し,賓徒 石門を光かす。

 

山童 珍果を薦め,野老 芳樽を開く。

上には樵漁の事を陳べ,下には農圃の言を敘す。

昨來 荷花 滿つ,今は見る 蘭苕 繁れるを。

一笑 復た 一歌,知らず 夕景の昏きを。

醉うて罷み 樂しむ所を同じうす,此の情 具【つぶさ】に論じ難し。

 

 

『答從弟幼成過西園見贈』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
 #2

山童薦珍果,野老開芳樽。

上陳樵漁事,下敘農圃言。

昨來荷花滿,今見蘭苕繁。

一笑復一歌,不知夕景昏。

醉罷同所樂,此情難具論。

(下し文)
山童 珍果を薦め,野老 芳樽を開く。

上には樵漁の事を陳べ,下には農圃の言を敘す。

昨來 荷花 滿つ,今は見る 蘭苕 繁れるを。

一笑 復た 一歌,知らず 夕景の昏きを。

醉うて罷み 樂しむ所を同じうす,此の情 具【つぶさ】に論じ難し。

 

 (現代語訳)
やがて、これを亭中に迎え入れると、山童は珍果を薦め、野老は、芳樽を開いて、これをもてなすのである。

上は、樵漁の事を陳べ、農圃の言を敘したりして、それからそれへと、話は尽きる事は無い。

昨夜、蓮の花が池中に咲き落ちたが、今、また蘭が一斉に階下にひらいて、草堂の景色も、さすがに見どころがある。

こうして、一笑し、そして、また一歌しつつ,夕暮の日景がしだいに昏くなっていくのを知らないでいる。

すでに酔ってしまった後も、楽しむところを同じゅうし、その心も逆らうことなく、この情は、詳しく述べることはできない。


(訳注) #2

答從弟幼成過西園見贈  #2

(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)

 

山童薦珍果,野老開芳樽。

やがて、これを亭中に迎え入れると、山童は珍果を薦め、野老は、芳樽を開いて、これをもてなすのである。

 

上陳樵漁事,下敘農圃言。

上は、樵漁の事を陳べ、農圃の言を敘したりして、それからそれへと、話は尽きる事は無い。

 

昨來荷花滿,今見蘭苕繁。

昨夜、蓮の花が池中に咲き落ちたが、今、また蘭が一斉に階下にひらいて、草堂の景色も、さすがに見どころがある。

蘭苕 らんのはなぶさ、此の句は作品の華麗なのにたとえる。六朝から続く、華麗華美、艶閨の詩を云う。《文選郭璞<游仙詩>》「翡翠戲蘭苕, 容色更相鮮。」 李善注に「蘭苕,蘭秀也。」(蘭苕は,蘭秀なり。) 南朝宋謝靈運《南樓中望所遲客》詩:瑤華未堪折, 蘭苕已屢摘。”(瑤華【あさのはな】は未だ折るに堪えざれど、蘭苕【らんしょう】 己に屢【しばし】ば摘【つ】む。) 南樓中望所遅客 謝霊運(康楽) 詩<38#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩419 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1074

 

杜甫《戲為六句,六首之四》「才力應難誇數公,凡今誰是出群雄。或看翡翠蘭苕上,未掣鯨魚碧海中。」(才力 応に数公を誇【まさ】り難かるべし、凡そ今誰か是れ出群の雄なる。或は看る翡翠【ひすい】蘭苕【らんちょう】の上、未だ鯨魚を掣せず碧海【そうかい】の中。)

戲為六句,六首之四 蜀中転々 杜甫 <516  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2775 杜甫詩1000-516-749/1500

 

一笑復一歌,不知夕景昏。

こうして、一笑し、そして、また一歌しつつ,夕暮の日景がしだいに昏くなっていくのを知らないでいる。

 

醉罷同所樂,此情難具論。

すでに酔ってしまった後も、楽しむところを同じゅうし、その心も逆らうことなく、この情は、詳しく述べることはできない。

245 《巻18-17 答從弟幼成過西園見贈》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <245> Ⅰ李白詩1501 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6053

李白  答從弟幼成過西園見贈  #1  

一身自瀟灑,萬物何囂諠。

拙薄謝明時,棲閒歸故園。

二季過舊壑,四鄰馳華軒。

衣劍照松宇,賓徒光石門。
(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)我が一身の瀟灑、けがれのないもの引きかえて、あらゆるものはいかにも騒々しくてたまらない。もとより才拙にして命薄きもので、この聖明の世に容れられぬところから、閒地に棲まんがために故園に歸臥したのである。

 

245 《巻18-17 答從弟幼成過西園見贈》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <245> Ⅰ李白詩1501 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6053

 
 2015年5月26日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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245 《巻18-17 答從弟幼成過西園見贈》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <245> Ⅰ李白詩1501 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6053 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七八              文體:    五言古詩

詩題:    答從弟幼成過西園見贈

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              西園 (淮南道 安州 安陸)    

交遊人物:李幼成         當地交遊(淮南道 安州 安陸)

 

 

答從弟幼成過西園見贈  #1

(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)

一身自瀟灑,萬物何囂諠。

我が一身の瀟灑、けがれのないもの引きかえて、あらゆるものはいかにも騒々しくてたまらない。

拙薄謝明時,棲閒歸故園。

もとより才拙にして命薄きもので、この聖明の世に容れられぬところから、閒地に棲まんがために故園に歸臥したのである。

二季過舊壑,四鄰馳華軒。

すると、二人の従弟は、旧渓を過ぎて訪問し、立派な車を四鄰に馳せるのである。

衣劍照松宇,賓徒光石門。

そして、衣裳や剣佩は、松の翳せる大屋宇を照らし、賓從僕徒は石門にてりかがやくくらいである。

#2

山童薦珍果,野老開芳樽。

上陳樵漁事,下敘農圃言。

昨來荷花滿,今見蘭苕繁。

一笑復一歌,不知夕景昏。

醉罷同所樂,此情難具論。

 

(從弟の幼成が西園を過ぎて贈らるるに答う)

一身 自ら瀟灑,萬物 何ぞ囂諠【ごうけん】なる。

拙薄 明時に謝し,棲閒 故園に歸る。

二季 舊壑を過ぎ,四鄰 華軒を馳す。

衣劍 松宇を照し,賓徒 石門を光かす。

 

山童 珍果を薦め,野老 芳樽を開く。

上には樵漁の事を陳べ,下には農圃の言を敘す。

昨來 荷花 滿つ,今は見る 蘭苕 繁れるを。

一笑 復た 一歌,知らず 夕景の昏きを。

醉うて罷み 樂しむ所を同じうす,此の情 具【つぶさ】に論じ難し。

 

 

『答從弟幼成過西園見贈』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

答從弟幼成過西園見贈  #1

一身自瀟灑,萬物何囂諠。

拙薄謝明時,棲閒歸故園。

二季過舊壑,四鄰馳華軒。

衣劍照松宇,賓徒光石門。

(下し文)
(
從弟の幼成が西園を過ぎて贈らるるに答う)

一身 自ら瀟灑,萬物 何ぞ囂諠【ごうけん】なる。

拙薄 明時に謝し,棲閒 故園に歸る。

二季 舊壑を過ぎ,四鄰 華軒を馳す。

衣劍 松宇を照し,賓徒 石門を光かす。

(現代語訳)
(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)

我が一身の瀟灑、けがれのないもの引きかえて、あらゆるものはいかにも騒々しくてたまらない。

もとより才拙にして命薄きもので、この聖明の世に容れられぬところから、閒地に棲まんがために故園に歸臥したのである。

すると、二人の従弟は、旧渓を過ぎて訪問し、立派な車を四鄰に馳せるのである。

そして、衣裳や剣佩は、松の翳せる大屋宇を照らし、賓從僕徒は石門にてりかがやくくらいである。


(訳注)

答從弟幼成過西園見贈  #1

(西園に歸臥している時、從弟の幼成というものが来訪して、詩を贈ってくれたのでこれに答えた詩である。)

 

一身自瀟灑,萬物何囂諠。

我が一身の瀟灑、けがれのないもの引きかえて、あらゆるものはいかにも騒々しくてたまらない。

瀟灑 すっきりとあか抜けしているさま。俗っぽくなくしゃれているさま。

囂諠 聲音が大きくして嘈雜である。

白居易《中隠》「大隠住朝市、小隠入丘樊。丘樊太冷落、朝市太囂諠。」(大隠は朝市に住み、小隠は丘樊に入る。丘樊は太だ冷落、朝市は太だ囂諠【ごうけん】。)

 

拙薄謝明時,棲閒歸故園。

もとより才拙にして命薄きもので、この聖明の世に容れられぬところから、閒地に棲まんがために故園に歸臥したのである。

拙薄 才拙にして命薄きものをいう。

 

二季過舊壑,四鄰馳華軒。

すると、二人の従弟は、旧渓を過ぎて訪問し、立派な車を四鄰に馳せるのである。

二季 従弟の輩をいうが、幼成ともう一人、共に来ていたのであろう。

華軒 立派な車。

 

衣劍照松宇,賓徒光石門。

そして、衣裳や剣佩は、松の翳せる大屋宇を照らし、賓從僕徒は石門にてりかがやくくらいである。

松宇 松の翳せる大屋宇のこと。

賓徒 賓從僕徒

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李白  陳情贈友人 #5  

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

しかし、こうして深い愁いに閉ざされた心は、さながら酔ったような心地になる。そして、恨みは積もり積もって、涙は雨のように流れ落ちる。君は、今、しかるべき地位にいて、十分に手が回るから、むかし、斉国の貧女が、東壁の余光を借りて、仕事をしたいといったように、どうか力を貸してもらって、我が境涯を救ってもらいたい。

 

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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七一              文體:    五言古詩

詩題:    陳情贈友人

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              延陵 (江南東道 潤州 延陵)              

 

 

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

斯人無良朋,豈有青雲望。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

臨財不苟取,推分固辭讓。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

後世稱其賢,英風邈難尚。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。

#3

論交但若此,友道孰云喪。

人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。

多君騁逸藻,掩映當時人。

君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

舒文振波,秉德冠彝倫。

文章を作れば、頽波を振い回して、純古に復さんとし、徳を行えば、彝倫に冠として、世に類ない程である。

卜居乃此地,共井為比鄰。

君は、此地に居を卜し、同じ区割の中に居て、我と比鄰を結び、日夕追随する。

清琴弄雲月,美酒冬春。

雲月に対しては、清琴を弾じ、寒い冬から温い春にかけて、雪や花の眺めやる頃は、美酒を酌んで、ともに娯しんでいた。

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

そういうこともあって、我が薄德であるがために、中道にして捐てられ、これを見棄てること、さながら塵の如く、一向おかまい下さらないのは、如何なる故か。

英豪未豹變,自古多艱辛。

われとても、英豪の本質を備へて居るが、未だ豹変せずして、愚図愚図して居るので、この世は、むかしから艱難辛苦多く、なかなか思う様にならぬから仕方がない。

他人縱以疏,君意宜獨親。

たとい、他心は、われを疎んじても、君だけは、ひとりしたしんでくれてもよいはずである。

奈何成離居,相去復幾許。

君だけは、ひとり親しんでくれても善いはずである。しかるに、以下なれば、離居を為し、「相去ることまた幾ばくぞ」といって問うてみたいくらいである。

#5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

今しも飄風は悪気の雲霓を吹き、邪悪の佞人が充満しているから、目をつぶったまま、語ることもできない。

投珠冀相報,按劍恐相距。

夜光の珠を投じて、いささか君の従前の好意に酬いるつもりであっても、うっかりしていると剣を按じてこばまれる。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

そこで、芳蘭の花を採り、わが心の潔白をあらわして、君に贈ろうとおものだけれど、ちょうこうのながれはひろく、はるかに荊渚を隔てて、ちょっと行くこともできない。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

しかし、こうして深い愁いに閉ざされた心は、さながら酔ったような心地になる。そして、恨みは積もり積もって、涙は雨のように流れ落ちる。

願假東壁輝,餘光照貧女。

君は、今、しかるべき地位にいて、十分に手が回るから、むかし、斉国の貧女が、東壁の余光を借りて、仕事をしたいといったように、どうか力を貸してもらって、我が境涯を救ってもらいたい。

 

 

(陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

#2

鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

#3

交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

#4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

#5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

 

 

『陳情贈友人』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
 #5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

願假東壁輝,餘光照貧女。

(下し文) #5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

(現代語訳)
今しも飄風は悪気の雲霓を吹き、邪悪の佞人が充満しているから、目をつぶったまま、語ることもできない。

夜光の珠を投じて、いささか君の従前の好意に酬いるつもりであっても、うっかりしていると剣を按じてこばまれる。

そこで、芳蘭の花を採り、わが心の潔白をあらわして、君に贈ろうとおものだけれど、ちょうこうのながれはひろく、はるかに荊渚を隔てて、ちょっと行くこともできない。

しかし、こうして深い愁いに閉ざされた心は、さながら酔ったような心地になる。そして、恨みは積もり積もって、涙は雨のように流れ落ちる。

君は、今、しかるべき地位にいて、十分に手が回るから、むかし、斉国の貧女が、東壁の余光を借りて、仕事をしたいといったように、どうか力を貸してもらって、我が境涯を救ってもらいたい。


(訳注)#5

陳情贈友人

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

【題義】この詩は、自己の情を陳べて友人に贈ったので、その何人なるかは分らぬ。そして、大体の趣旨は、例の如く引き立ててほしい旨を懇ろに嘱望したのである。

この詩は、はじめ、交際親密であった庭が、中ごろから疎略に成った、それは、先方が讒誣の言を信じたるに因るので、これを弁明して、自己の衷情を述べたのである。そこで、季札鮑叔に筆を起し、次に往日の親交を囘顧し、次に刻下暌の離の状況に及び、他人縦以疎以下、殊に語真に、情勢に、容易に人を感動せしめる。そして、結末には、又一の故事を援引して、援助を望んだのである。

 

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

今しも飄風は悪気の雲霓を吹き、邪悪の佞人が充満しているから、目をつぶったまま、語ることもできない。

飄風 吹き廻る風をいう。『楚辞』九歌第二 (五)大司命「令飄風兮先驅 使涷雨兮灑塵. (飄風をして 先驅せしめ、 涷雨をして 塵に 灑がしむ。)とあり、王逸註に囘風を飄となす、飄風は無常の風、以て邪悪の象を起すなり、雲霓は悪気なり、以て佞人に喩える。

 

投珠冀相報,按劍恐相距。

夜光の珠を投じて、いささか君の従前の好意に酬いるつもりであっても、うっかりしていると剣を按じてこばまれる。

投珠 夜光の珠を投じる。

 

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

そこで、芳蘭の花を採り、わが心の潔白をあらわして、君に贈ろうとおものだけれど、ちょうこうのながれはひろく、はるかに荊渚を隔てて、ちょっと行くこともできない。

荊渚 荊州の渚。楚地方の川辺。

 

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

しかし、こうして深い愁いに閉ざされた心は、さながら酔ったような心地になる。そして、恨みは積もり積もって、涙は雨のように流れ落ちる。

沈憂心 深い愁いに閉ざされた心。

 

願假東壁輝,餘光照貧女。

君は、今、しかるべき地位にいて、十分に手が回るから、むかし、斉国の貧女が、東壁の余光を借りて、仕事をしたいといったように、どうか力を貸してもらって、我が境涯を救ってもらいたい。

餘光 貧女 漢·劉向《列女傳》卷六《辨通傳·齊女徐吾》

齊女徐吾者,齊東海上貧婦人也。與鄰婦李吾之屬會燭,相從夜績。徐吾最貧,而燭數不屬。李吾謂其屬曰:「徐吾燭數不屬,請無與夜也。」徐吾曰:「是何言與?妾以貧燭不屬之故,起常早,息常後,灑埽陳席,以待來者。自與蔽薄,坐常處下。凡為貧燭不屬故也。夫一室之中,益一人,燭不為暗,損一人,燭不為明,何愛東壁之餘光,不使貧妾得蒙見哀之?恩長為妾役之事,使諸君常有惠施於妾,不亦可乎!」李吾莫能應,遂復與夜,終無後言。

齊女徐吾は,齊の東海上の貧婦人なり。鄰婦と李吾の屬と會燭し,相い從って夜績す。徐吾最も貧にして,燭數は屬せず。李吾 其の屬に謂うて曰く:「徐吾 燭數 屬せず,請う 夜を與にする無からん。」徐吾 曰く:「是何言與?妾以貧燭不屬之故,起常早,息常後,灑埽陳席,以待來者。自與蔽薄,坐常處下。凡為貧燭不屬故也。夫 一室の中,一人を益すも,燭 為めに暗からず,一人を損するも,燭の為に明かならず,何ぞ東壁の餘光を愛しんで,貧妾をして恩を蒙むる之を哀しまん?長く妾役の事を為すをえさしめざる,諸君をして常に妾に惠施有らしむる,亦た可ならん乎!」と。李吾 能く應うるし,遂に復た夜を與にして,終に後言無し。

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李白  陳情贈友人-#4  

薄德中見捐,忽之如遺塵。

英豪未豹變,自古多艱辛。

他人縱以疏,君意宜獨親。

奈何成離居,相去復幾許。

たとい、他心は、われを疎んじても、君だけは、ひとりしたしんでくれてもよいはずである。君だけは、ひとり親しんでくれても善いはずである。しかるに、以下なれば、離居を為し、「相去ることまた幾ばくぞ」といって問うてみたいくらいである。

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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七一              文體:    五言古詩

詩題:    陳情贈友人

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              延陵 (江南東道 潤州 延陵)              

 

 

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

斯人無良朋,豈有青雲望。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

臨財不苟取,推分固辭讓。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

後世稱其賢,英風邈難尚。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。

#3

論交但若此,友道孰云喪。

人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。

多君騁逸藻,掩映當時人。

君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

舒文振波,秉德冠彝倫。

文章を作れば、頽波を振い回して、純古に復さんとし、徳を行えば、彝倫に冠として、世に類ない程である。

卜居乃此地,共井為比鄰。

君は、此地に居を卜し、同じ区割の中に居て、我と比鄰を結び、日夕追随する。

清琴弄雲月,美酒冬春。

雲月に対しては、清琴を弾じ、寒い冬から温い春にかけて、雪や花の眺めやる頃は、美酒を酌んで、ともに娯しんでいた。

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

そういうこともあって、我が薄德であるがために、中道にして捐てられ、これを見棄てること、さながら塵の如く、一向おかまい下さらないのは、如何なる故か。

英豪未豹變,自古多艱辛。

われとても、英豪の本質を備へて居るが、未だ豹変せずして、愚図愚図して居るので、この世は、むかしから艱難辛苦多く、なかなか思う様にならぬから仕方がない。

他人縱以疏,君意宜獨親。

たとい、他心は、われを疎んじても、君だけは、ひとりしたしんでくれてもよいはずである。

奈何成離居,相去復幾許。

君だけは、ひとり親しんでくれても善いはずである。しかるに、以下なれば、離居を為し、「相去ることまた幾ばくぞ」といって問うてみたいくらいである。

#5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

願假東壁輝,餘光照貧女。

 

 

(陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

#2

鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

#3

交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

#4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

#5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

 

 

『陳情贈友人』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#3

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

英豪未豹變,自古多艱辛。

他人縱以疏,君意宜獨親。

奈何成離居,相去復幾許。


(下し文) #4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

(現代語訳)
そういうこともあって、我が薄德であるがために、中道にして捐てられ、これを見棄てること、さながら塵の如く、一向おかまい下さらないのは、如何なる故か。

われとても、英豪の本質を備へて居るが、未だ豹変せずして、愚図愚図して居るので、この世は、むかしから艱難辛苦多く、なかなか思う様にならぬから仕方がない。

たとい、他心は、われを疎んじても、君だけは、ひとりしたしんでくれてもよいはずである。

君だけは、ひとり親しんでくれても善いはずである。しかるに、以下なれば、離居を為し、「相去ることまた幾ばくぞ」といって問うてみたいくらいである。


(訳注) #4

陳情贈友人

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

【題義】この詩は、自己の情を陳べて友人に贈ったので、その何人なるかは分らぬ。そして、大体の趣旨は、例の如く引き立ててほしい旨を懇ろに嘱望したのである。

 

薄德中見捐,忽之如遺塵。

そういうこともあって、我が薄德であるがために、中道にして捐てられ、これを見棄てること、さながら塵の如く、一向おかまい下さらないのは、如何なる故か。

 

英豪未豹變,自古多艱辛。

われとても、英豪の本質を備へて居るが、未だ豹変せずして、愚図愚図して居るので、この世は、むかしから艱難辛苦多く、なかなか思う様にならぬから仕方がない。

豹變 君子は過ちを悟ればすぐに改め、善に移ることが非常にはっきりしている。転じて、態度や考えなどを急にかえること。豹の毛色の変化することに喩えたもの。『易経』革「上六、君子豹變、小人革面。征凶、居貞吉。」

 

他人縱以疏,君意宜獨親。

たとい、他心は、われを疎んじても、君だけは、ひとりしたしんでくれてもよいはずである。

 

奈何成離居,相去復幾許。

君だけは、ひとり親しんでくれても善いはずである。しかるに、以下なれば、離居を為し、「相去ることまた幾ばくぞ」といって問うてみたいくらいである。

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李白 陳情贈友人-#3

論交但若此,友道孰云喪。

多君騁逸藻,掩映當時人。

舒文振波,秉德冠彝倫。

卜居乃此地,共井為比鄰。

清琴弄雲月,美酒冬春。

人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

 

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作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

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陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

斯人無良朋,豈有青雲望。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

臨財不苟取,推分固辭讓。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

後世稱其賢,英風邈難尚。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。

#3

論交但若此,友道孰云喪。

人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。

多君騁逸藻,掩映當時人。

君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

舒文振波,秉德冠彝倫。

文章を作れば、頽波を振い回して、純古に復さんとし、徳を行えば、彝倫に冠として、世に類ない程である。

卜居乃此地,共井為比鄰。

君は、此地に居を卜し、同じ区割の中に居て、我と比鄰を結び、日夕追随する。

清琴弄雲月,美酒冬春。

雲月に対しては、清琴を弾じ、寒い冬から温い春にかけて、雪や花の眺めやる頃は、美酒を酌んで、ともに娯しんでいた。

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

英豪未豹變,自古多艱辛。

他人縱以疏,君意宜獨親。

奈何成離居,相去復幾許。

#5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

願假東壁輝,餘光照貧女。

 

 

(陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

#2

鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

#3

交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

#4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

#5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

 

 

『陳情贈友人』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#3

論交但若此,友道孰云喪。

多君騁逸藻,掩映當時人。

舒文振波,秉德冠彝倫。

卜居乃此地,共井為比鄰。

清琴弄雲月,美酒冬春。


(下し文)
交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い,德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

(現代語訳)
人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。

君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

文章を作れば、頽波を振い回して、純古に復さんとし、徳を行えば、彝倫に冠として、世に類ない程である。

君は、此地に居を卜し、同じ区割の中に居て、我と比鄰を結び、日夕追随する。

雲月に対しては、清琴を弾じ、寒い冬から温い春にかけて、雪や花の眺めやる頃は、美酒を酌んで、ともに娯しんでいた。


(訳注) #3

陳情贈友人

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

【題義】この詩は、自己の情を陳べて友人に贈ったので、その何人なるかは分らぬ。そして、大体の趣旨は、例の如く引き立ててほしい旨を懇ろに嘱望したのである。

 

論交但若此,友道孰云喪。

人間の交際は、この管鮑の交わりの様にありたいもので、朋友の道を尽くすこと、かくの如き上は、まだまだ道徳はすたれたといふにも及ぶまいと思はれる。

 

多君騁逸藻,掩映當時人。

君は、すぐれたる詞の才藻を有し、現代の人に掩映して居るほどなのである。

逸藻 文学的に華麗的な才藻。 《藝文類聚》卷八九引晉傅咸《舜華賦》「朝陽照灼以舒暉, 逸藻采繁而光明。」

掩映 2つの事物が対照をなして互いに引き立てる.

 

舒文振波,秉德冠彝倫。

文章を作れば、頽波を振い回して、純古に復さんとし、徳を行えば、彝倫に冠として、世に類ない程である。

舒文 文章を作る

頽波 ①くずれ落ちてくる波。 ②物事の勢いが衰えてすたれるたとえ。

彝倫 「彝」は常(つね)、「倫」は人のふみ行うべき道の意》人が常に守るべき道。人倫。

 

卜居乃此地,共井為比鄰。

君は、此地に居を卜し、同じ区割の中に居て、我と比鄰を結び、日夕追随する。

共井 同じ区割の中に居る。

為比鄰 親戚付き合いをする。

 

清琴弄雲月,美酒冬春。

雲月に対しては、清琴を弾じ、寒い冬から温い春にかけて、雪や花の眺めやる頃は、美酒を酌んで、ともに娯しんでいた。

244-#2 《巻11-13 陳情贈友人 -#2》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <244-#2> Ⅰ李白詩1497 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6033

李白  陳情贈友人 #2  

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。斯人無良朋,豈有青雲望。

臨財不苟取,推分固辭讓。後世稱其賢,英風邈難尚。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

244-#2 《巻11-13 陳情贈友人 -#2》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <244-#2> Ⅰ李白詩1497 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6033

 

 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七一              文體:    五言古詩

詩題:    陳情贈友人

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              延陵 (江南東道 潤州 延陵)              

 

 

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

斯人無良朋,豈有青雲望。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

臨財不苟取,推分固辭讓。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

後世稱其賢,英風邈難尚。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。

#3

論交但若此,友道孰云喪。

多君騁逸藻,掩映當時人。

舒文振波,秉德冠彝倫。

卜居乃此地,共井為比鄰。

清琴弄雲月,美酒冬春。

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

英豪未豹變,自古多艱辛。

他人縱以疏,君意宜獨親。

奈何成離居,相去復幾許。

#5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

願假東壁輝,餘光照貧女。

 

 

(陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

#2

鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

#3

交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

#4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

#5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

 

 

『陳情贈友人』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

斯人無良朋,豈有青雲望。

臨財不苟取,推分固辭讓。

後世稱其賢,英風邈難尚。


(下し文)
鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

(現代語訳)
次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。


(訳注) #2

 

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

次に飽叔牙は、管仲を斉の桓公に推薦し、一挙して、富国強兵を進める斉の宰相にまでなった。

鮑生薦夷吾 鮑叔牙が管仲と変り、後にこれを斉の桓公推薦した。管仲は鮑叔との友情を、後世の人が称えて管鮑の交わりと呼んだ。鮑叔の推薦により管仲は桓公と面会し、強兵の前に国を富ませることの重要性、そしてそれには民生の安定と規律の徹底が必要だと説き、即日宰相に命じられた。鮑叔は管仲の下の立場に入り、その補佐に回った。管仲は才を存分に発揮できる場所と右腕を得て、その優れた能力を発揮した。

齊相 斉の国の宰相。

 

斯人無良朋,豈有青雲望。

管仲にしても、鮑叔牙という良朋がいなかったならば、あれだけの才能があったとしても、とても、青雲に望みをかけて立身することは出来なかった。

 

臨財不苟取,推分固辭讓。

そして、鮑叔牙は、その前、管仲とともに商賈をしていた時、財を分かつに臨んで、かりそめにも取らず、おのが分限を管仲に推し遣って、固く辞譲した。

辭讓 へりくだって他人に譲ること。辞退して他にゆずること。

 

後世稱其賢,英風邈難尚。

かくて、後世に至るも、鮑叔牙の賢を称し、その英風は、邈然としで、加へ難きものといわれている。

難尚 加へ難きもの。尚:①こいねがう。②したう。③たっとぶ。④たかい。⑤加える。《論語、里仁》「我未見好仁者惡不仁者。好仁者無以尚之。惡不仁者其爲仁矣。」(我未だ仁を好む者、不仁を悪む者を見ず。仁を好む者は、以て之れに尚【くわ】うる無し。不仁んを悪む者は、其れ仁を為なさん。)⑥ひさしい。⑦めとる。⑧なお。⑨つかさどる。

244-#1 《巻11-13 陳情贈友人 -#1》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <244-#1> Ⅰ李白詩1496 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6028

李白  陳情贈友人#1  

延陵有寶劍,價重千黃金。觀風歷上國,暗許故人深。

歸來掛墳松,萬古知其心。懦夫感達節,壯士激青衿。
季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

 

244-#1 《巻11-13 陳情贈友人 -#1》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <244-#1> Ⅰ李白詩1496 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6028

 
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67 -#4 《讀巻02-04 論今年停挙選状》 -#4 韓愈(韓退之)ID 802年貞元18年 36歳<1409> Ⅱ5章7分割 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6029 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一七一              文體:    五言古詩

詩題:    陳情贈友人

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

及地點:              延陵 (江南東道 潤州 延陵)              

 

 

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

#2

鮑生薦夷吾,一舉置齊相。

斯人無良朋,豈有青雲望。

臨財不苟取,推分固辭讓。

後世稱其賢,英風邈難尚。

#3

論交但若此,友道孰云喪。

多君騁逸藻,掩映當時人。

舒文振波,秉德冠彝倫。

卜居乃此地,共井為比鄰。

清琴弄雲月,美酒冬春。

#4

薄德中見捐,忽之如遺塵。

英豪未豹變,自古多艱辛。

他人縱以疏,君意宜獨親。

奈何成離居,相去復幾許。

#5

飄風吹雲霓,蔽目不得語。

投珠冀相報,按劍恐相距。

所思採芳蘭,欲贈隔荊渚。

沈憂心若醉,積恨淚如雨。

願假東壁輝,餘光照貧女。

 

 

(陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

#2

鮑生 夷吾を薦め,一舉して 齊相に置く。

斯の人 良朋無く,豈に青雲の望有らんや。

財に臨んで 苟くも取らず,分を推して固く辭讓す。

後世 其の賢を稱し,英風 邈として尚え難し。

#3

交を論ずる 但だ此の若し,友道 孰れか喪いたりと云う。

多とす 君が逸藻を騁せ,當時の人に掩映するを。

文を舒べて 波を振い德を秉って彝倫に冠たり。

卜居 乃ち此の地,井を共にして 比鄰となる。

清琴 雲月を弄し,美酒 冬春を

#4

薄德 中ごろ 捐てらる,之を忽にして 遺塵の如し。

英豪 未だ豹變せず,古えより 艱辛多し。

他人 縱い 以て疏なるも,君が意 宜しく獨り親しむべし。

奈何か 離居を成し,相い去ること復た 幾許ぞ。

#5

飄風 雲霓を吹き,目を蔽うて 語るを得ず。

珠を投じ 冀わくば報ゆる相らん,劍を按じて 恐らくは相い距がん。

思う所は芳蘭を採り,贈らんと欲すれば 荊渚を隔つ。

沈憂 心 醉うが若し,積恨 淚 雨の如し。

願わくば 東壁の輝を假り,餘光 貧女を照らさん。

 

 

『陳情贈友人』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

陳情贈友人#1

延陵有寶劍,價重千黃金。

觀風歷上國,暗許故人深。

歸來掛墳松,萬古知其心。

懦夫感達節,壯士激青衿。

(下し文)
(
陳情 友人に贈る)

延陵に 寶劍有り,價 千黃金より重し。

風を觀て上國を歷て,暗に故人に許すこと深し。

歸り來って 墳松に掛け,萬古 其の心を知る。

懦夫 達節に感じ,壯士 青衿を激す。

(現代語訳)
(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。


(訳注)

陳情贈友人#1

(自分の心の内を陳情し、旅立つ友人に贈る)

【題義】この詩は、自己の情を陳べて友人に贈ったので、その何人なるかは分らぬ。そして、大体の趣旨は、例の如く引き立ててほしい旨を懇ろに嘱望したのである。

 

延陵有寶劍,價重千黃金。

むかし.延陵の季子(呉王の子)は、寶剣を蔵し、價は千金より重く、まことに、世上、稀に見るところであった。

延陵有寶劍 (呉王の子)季札が始めて、使者として(晋へ)赴く途中、北の徐の国を通った。徐君(徐の君主)は季札の剣を好ましく思ったが、口に出して敢えて欲しいとは言わなかった。また李札もその意を汲みながらも、使いする上国は礼儀の国で使者としての公務に(威儀を正すために)佩刀は必須、剣を差し上げることはできなかった。公務からの帰路に(徐君に譲ろうとして)、徐の国に至った。

ところが訪ねた時、徐君は既に死んでいた。季札は其の宝剣を解いて徐君の冢(墓)の樹に懸けて去ろうとした。従者は、「徐君は已に死んでいます、いったい誰(たれ)に予(あた)えるのですか?」季子は「そうではない。始めに来たとき私は、心中ですでに差し上げようと決めていたのだ。どうして死なれたからと言って自分の信の心に背くことができるだろうか。いやできない」と返答した。その後季札は延(えん)(りよう)に封ぜられ、延陵の季子とよばれた。

(延陵劍, 延陵) 劉向 《新序節士》載, 春秋 延陵季子 ( 公子 季札 )將出訪 晉國 帶寶劍經過 徐國 徐君 觀劍不言而色欲之。 延陵季子 為有 晉國 之使, 未即獻劍, 然心已許之。 及使 返, 徐君 已死。 於是乃以劍掛 徐君 墓樹而去。 後用為不忘故舊的典實。

(延陵劍) 漢の劉向 《新序節士》載す,「春秋の時、延陵の季子 (公子 季札)將に出て晉國に訪ず ,寶劍を帶びて徐國を經過す, 徐君劍を觀て言わずしてその色之を欲す。 延陵 季子晉國に 之を使す有る為す, 未だ即ち劍を獻ぜず, 然り 心 已に之を許す。使いに及びに 晉に 返し, 而して 徐君 已に死す。是に於て 乃ち以て徐君 墓樹に劍を掛け 而して去る。徐人これを歌って日く、「延陵季子兮不忘故、脱千金之剣兮挂墳墓。」とある。

 

觀風歷上國,暗許故人深。

季子は、諸国の風俗を視んが爲に、上国に赴き、徐君が欲しそうな顔をして居たのを見て取って、歸りには、きっと差し上げるつもりで、暗に心に許して居た。

上國 かみがた王畿に近い処。

 

歸來掛墳松,萬古知其心。

それから、使を終って徐国に歸って來ると、徐君は、既に死んで居たから、その剣を徐君の墓陵の塚の上なる松の木に懸けて立ち去ったというので、万世の後までも、季子の誠心を知って語り傳えられた。

墳松 陵墓の東側に松を植え、西側に柏を植える。

 

懦夫感達節,壯士激青衿。

懦夫も、その達節に感じ、壮気は青い襟の下から起って、その心胸を激動するばかりである。

懦夫 意気地なし,臆病者,弱虫.用例只有懦夫才害怕火的生活。=意気地のないやつが火のように熱い生活を怖がるのだ.懒汉懦夫思想=ものぐさで意気地のない無気力な人間の考え方をいう。

青衿 《詩経、鄭風・子衿》。「青青子衿、悠悠我心。」(青青たる子が衿 悠悠たる我が心)とあって、学子の服するところ。

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李白  長歌行#2

桃李務青春,誰能貫白日。

富貴與神仙,蹉跎成兩失。

金石猶銷鑠,風霜無久質。

畏落日月後,強歡歌與酒。

秋霜不惜人,倏忽侵蒲柳。
こうして、人というものは、日月と並んで走ってゆくわけにはゆかず、置き去りにされるのが必定であり、直ぐに死が訪れるのであるから、この世にいる間は、無理にでも歓業を尽くし、酒を飲んで歌を歌うのが良いのである。

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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    長歌行

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

長歌行

(人生の儚きことを詠う)

桃李待日開,榮華照當年。【桃李得日開】

桃李は日の暖か味を受けて、はじめて花を開き、その栄華は照り輝いて見えるくらいである。

東風動百物,草木盡欲言。

春風が一度到り、万物を動かせば、草木は一斉に生き生きとして物言いたげである。

枯枝無醜葉,涸水吐清泉。

そうして、枯れ枝には醜い古い葉がなくなって、新しい葉が出て來るし、乾ききった水は清泉を掃出し滾々として勢いが良いのである。

大力運天地,羲和無停鞭。

大宇宙の元気は、非常の力を持って、天地を動かし、そして、義和は、六龍に馭して、鞭を止めざるによりて、太陽の運行は、しばらくも休止する事は無い。

功名不早著,竹帛將何宣。

このようにして、春は万物を発生させるのであるが、天地運航の結果は、夏となり、秋となって、やがて凋落を免れないということであって、それは人にしても、早く功名を世間にあらわさなければ、青史のうえにおいても、何も書いてくれずその名も空しく湮滅することを免れない。

#2

桃李務青春,誰能貫白日。

桃李は青春のために務めて,花を裂かせることを怠ることはないし、誰も白日の動いてゆくことを一貫してよく行っているのを分かっている。

富貴與神仙,蹉跎成兩失。

人間においては、富貴を極めることを望み、世俗を離れた不老長寿を神仙にもとめるものであるが,しかしその蹉跎は、とかく失敗におちいるもので、二つを得ようとしても、なにもうることができないのだ。

金石猶銷鑠,風霜無久質。

宇宙元気の運行する前には金石の堅さも銷鑠するものであり、風霜のまえには、永久という物質は存在しないものである。

畏落日月後,強歡歌與酒。

こうして、人というものは、日月と並んで走ってゆくわけにはゆかず、置き去りにされるのが必定であり、直ぐに死が訪れるのであるから、この世にいる間は、無理にでも歓業を尽くし、酒を飲んで歌を歌うのが良いのである。

秋霜不惜人,倏忽侵蒲柳。
秋霜は、人に対して遠慮会釈はなく、蒲柳を枯らし、葉を落とし、人の髪を白くさせるのは、それぞれの弱点を侵すものであるからで、まことに嘆息すべきことである。

 

(長歌行)

桃李 日を待ち開く,榮華 當年を照らす。

東風 百物を動かし,草木 盡く言わんと欲す。

枯枝に醜葉無く,涸水は清泉を吐く。

大力 天地を運らし,羲和 鞭を停る無し。

功名 早く著われずんば,竹帛 將た 何をか宣べん。

 

桃李は青春に務め,誰か能く 白日を貫かん。

富貴と神仙と,蹉跎 兩失を成す。

金石 猶お 銷鑠【しょうしゃく】,風霜 久質無し。

日月の後に落ちんことを畏れ,強いて 歡ぶ 歌と酒と。

秋霜は 人を惜まず,倏忽 蒲柳を侵す。

 

 

『長歌行』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
#2

桃李務青春,誰能貫白日。

富貴與神仙,蹉跎成兩失。

金石猶銷鑠,風霜無久質。

畏落日月後,強歡歌與酒。【強飲歌與酒】

秋霜不惜人,倏忽侵蒲柳。

(下し文)
桃李は青春に務め,誰か能く 白日を貫かん。

富貴と神仙と,蹉跎 兩失を成す。

金石 猶お 銷鑠【しょうしゃく】,風霜 久質無し。

日月の後に落ちんことを畏れ,強いて 歡ぶ 歌と酒と。

秋霜は 人を惜まず,倏忽 蒲柳を侵す。

(現代語訳)
桃李は青春のために務めて,花を裂かせることを怠ることはないし、誰も白日の動いてゆくことを一貫してよく行っているのを分かっている。

人間においては、富貴を極めることを望み、世俗を離れた不老長寿を神仙にもとめるものであるが,しかしその蹉跎は、とかく失敗におちいるもので、二つを得ようとしても、なにもうることができないのだ。

宇宙元気の運行する前には金石の堅さも銷鑠するものであり、風霜のまえには、永久という物質は存在しないものである。

こうして、人というものは、日月と並んで走ってゆくわけにはゆかず、置き去りにされるのが必定であり、直ぐに死が訪れるのであるから、この世にいる間は、無理にでも歓業を尽くし、酒を飲んで歌を歌うのが良いのである。

秋霜は、人に対して遠慮会釈はなく、蒲柳を枯らし、葉を落とし、人の髪を白くさせるのは、それぞれの弱点を侵すものであるからで、まことに嘆息すべきことである。



(訳注) #2

(長歌行)

(人生の儚きことを詠う)

楽府歌辭 『長歌行』平調曲でその志を歌う。この古辞は、人生は無常であって英華もけっして久しく続かないゆえ、大いに努力すべきである、という内容を歌う。謝靈運《長歌行》「倐爍夕星流,昱奕朝露團。粲粲烏有停,泫泫豈暫安。徂齡速飛電,節騖驚湍。覽物起悲緒,顧已識憂端。朽貌改鮮色,悴容變柔顏。・・・・・・」

長歌行 謝霊運(康楽) 詩<69-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩491 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1290

燕歌行 謝霊運(康楽) 詩<79-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩508 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1341

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漢・古樂府  長歌行 

青青園中葵,朝露待日晞。陽春布德澤,萬物生光輝。

常恐秋節至,焜黄華葉衰。百川東到海,何時復西歸。

少壯不努力,老大徒傷悲。

(長歌行)

青青たる 園中の 葵,朝露 日を 待ちて 晞【かわ】く。

陽春 德澤を 布【し】き,萬物   光輝を 生ず。

常に恐る 秋節の 至りて,焜黄せる 華葉の 衰ふを。

百川 東のかた 海に 到るも,何れの時か 復た 西に 歸らん。

少壯にして 努力をせざれば,老大になりて 徒らに 傷悲せん。

魏の文帝《燕歌行》、傅玄《艶歌行》があり、皆歌聲の長短を指すものであって、人生の長さをいうものでないものもある。

魏の文帝 

楽府 燕歌行 二首

曹丕 魏文帝

《魏文帝集》《玉臺新詠》文選 古詩源

其一

秋風蕭瑟天氣涼 草木搖落露為霜

群燕辭歸雁南翔 念君客遊多思腸

慊慊思歸戀故 君何淹留寄他方

賤妾煢煢守空房 憂來思君不敢忘

不覺淚下沾衣裳 援琴鳴弦發清商

短歌微吟不能長 明月皎皎照我床

星漢西流夜未央 牽牛織女遙相望

爾獨何辜限河梁

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 622 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1705

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 623 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1709]

其二

別日何易會日難,山川遙遠路漫漫。

鬱陶思君未敢言,寄聲浮雲往不還。

涕零雨面毀容顏,誰能懷憂獨不嘆。

展詩清歌聊自寬,樂往哀來摧肺肝。

耿耿伏枕不能眠,披衣出步東西。

仰看星月觀雲間,飛鶬晨鳴聲可憐。

留連顧懷不能存。

燕歌行二首 其二 曹丕(魏文帝) 魏詩<5>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 女性詩624 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1713

 

桃李務青春,誰能貫白日。

桃李は青春のために務めて,花を裂かせることを怠ることはないし、誰も白日の動いてゆくことを一貫してよく行っているのを分かっている。

 

富貴與神仙,蹉跎成兩失。

人間においては、富貴を極めることを望み、世俗を離れた不老長寿を神仙にもとめるものであるが,しかしその蹉跎は、とかく失敗におちいるもので、二つを得ようとしても、なにもうることができないのだ。

 

金石猶銷鑠,風霜無久質。

宇宙元気の運行する前には金石の堅さも銷鑠するものであり、風霜のまえには、永久という物質は存在しないものである。

銷鑠 金属が溶けるという意味から、意気がなくなるということのたとえ。「銷鑠縮栗」意気がなくなり、恐れて小さくなること。「縮栗」は体をすくめて小さくなって恐れること。

 

畏落日月後,強歡歌與酒。【強飲歌與酒】

こうして、人というものは、日月と並んで走ってゆくわけにはゆかず、置き去りにされるのが必定であり、直ぐに死が訪れるのであるから、この世にいる間は、無理にでも歓業を尽くし、酒を飲んで歌を歌うのが良いのである。

 

秋霜不惜人,倏忽侵蒲柳。

秋霜は、人に対して遠慮会釈はなく、蒲柳を枯らし、葉を落とし、人の髪を白くさせるのは、それぞれの弱点を侵すものであるからで、まことに嘆息すべきことである。

蒲柳 1 カワヤナギの別名。2 《カワヤナギの葉が秋になるとすぐに落ちるところから》体質がひ弱なこと。「―の御身体時節柄殊に摂生第一に希望致し候」〈荷風・雨瀟瀟〉ほりゅうのしつ【蒲柳の質】からだが弱く病気にかかりやすい体質。

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(長歌行)

桃李待日開,榮華照當年。東風動百物,草木盡欲言。

枯枝無醜葉,涸水吐清泉。大力運天地,羲和無停鞭。

功名不早著,竹帛將何宣。

(人生の儚きことを詠う)桃李は日の暖か味を受けて、はじめて花を開き、その栄華は照り輝いて見えるくらいである。春風が一度到り、万物を動かせば、草木は一斉に生き生きとして物言いたげである。そうして、枯れ枝には醜い古い葉がなくなって、新しい葉が出て來るし、乾ききった水は清泉を掃出し滾々として勢いが良いのである。

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67 -#2 《讀巻02-04 論今年停挙選状》 -#2 韓愈(韓退之)ID 802年貞元18年 36歳<1407> Ⅱ5章7分割 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6019 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:737年開元二十五年37

卷別:    卷一六五              文體:    樂府

詩題:    長歌行

作地點:              安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

長歌行

(人生の儚きことを詠う)

桃李待日開,榮華照當年。【桃李得日開】

桃李は日の暖か味を受けて、はじめて花を開き、その栄華は照り輝いて見えるくらいである。

東風動百物,草木盡欲言。

春風が一度到り、万物を動かせば、草木は一斉に生き生きとして物言いたげである。

枯枝無醜葉,涸水吐清泉。

そうして、枯れ枝には醜い古い葉がなくなって、新しい葉が出て來るし、乾ききった水は清泉を掃出し滾々として勢いが良いのである。

大力運天地,羲和無停鞭。

大宇宙の元気は、非常の力を持って、天地を動かし、そして、義和は、六龍に馭して、鞭を止めざるによりて、太陽の運行は、しばらくも休止する事は無い。

功名不早著,竹帛將何宣。

このようにして、春は万物を発生させるのであるが、天地運航の結果は、夏となり、秋となって、やがて凋落を免れないということであって、それは人にしても、早く功名を世間にあらわさなければ、青史のうえにおいても、何も書いてくれずその名も空しく湮滅することを免れない。

#2

桃李務青春,誰能貫白日。

富貴與神仙,蹉跎成兩失。

金石猶銷鑠,風霜無久質。

畏落日月後,強歡歌與酒。【強飲歌與酒】

秋霜不惜人,倏忽侵蒲柳。

 

(長歌行)

桃李 日を待ち開く,榮華 當年を照らす。

東風 百物を動かし,草木 盡く言わんと欲す。

枯枝に醜葉無く,涸水は清泉を吐く。

大力 天地を運らし,羲和 鞭を停る無し。

功名 早く著われずんば,竹帛 將た 何をか宣べん。

 

桃李は青春に務め,誰か能く 白日を貫かん。

富貴と神仙と,蹉跎 兩失を成す。

金石 猶お 銷鑠【しょうしゃく】,風霜 久質無し。

日月の後に落ちんことを畏れ,強いて 歡ぶ 歌と酒と。

秋霜は 人を惜まず,倏忽 蒲柳を侵す。

 

 

『長歌行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

(長歌行)

桃李待日開,榮華照當年。

東風動百物,草木盡欲言。

枯枝無醜葉,涸水吐清泉。

大力運天地,羲和無停鞭。

功名不早著,竹帛將何宣。


(下し文)
(
長歌行)

桃李 日を待ち開く,榮華 當年を照らす。

東風 百物を動かし,草木 盡く言わんと欲す。

枯枝に醜葉無く,涸水は清泉を吐く。

大力 天地を運らし,羲和 鞭を停る無し。

功名 早く著われずんば,竹帛 將た 何をか宣べん。

(現代語訳)
(人生の儚きことを詠う)

桃李は日の暖か味を受けて、はじめて花を開き、その栄華は照り輝いて見えるくらいである。

春風が一度到り、万物を動かせば、草木は一斉に生き生きとして物言いたげである。

そうして、枯れ枝には醜い古い葉がなくなって、新しい葉が出て來るし、乾ききった水は清泉を掃出し滾々として勢いが良いのである。

大宇宙の元気は、非常の力を持って、天地を動かし、そして、義和は、六龍に馭して、鞭を止めざるによりて、太陽の運行は、しばらくも休止する事は無い。

このようにして、春は万物を発生させるのであるが、天地運航の結果は、夏となり、秋となって、やがて凋落を免れないということであって、それは人にしても、早く功名を世間にあらわさなければ、青史のうえにおいても、何も書いてくれずその名も空しく湮滅することを免れない。


(訳注)

(長歌行)

(人生の儚きことを詠う)

楽府歌辭 『長歌行』平調曲でその志を歌う。この古辞は、人生は無常であって英華もけっして久しく続かないゆえ、大いに努力すべきである、という内容を歌う。謝靈運《長歌行》「倐爍夕星流,昱奕朝露團。粲粲烏有停,泫泫豈暫安。徂齡速飛電,節騖驚湍。覽物起悲緒,顧已識憂端。朽貌改鮮色,悴容變柔顏。・・・・・・」

長歌行 謝霊運(康楽) 詩<69-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩491 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1290

燕歌行 謝霊運(康楽) 詩<79-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩508 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1341

燕歌行 謝霊運(康楽) 詩<79-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩509 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1344

漢・古樂府  長歌行 

青青園中葵,朝露待日晞。陽春布德澤,萬物生光輝。

常恐秋節至,焜黄華葉衰。百川東到海,何時復西歸。

少壯不努力,老大徒傷悲。

(長歌行)

青青たる 園中の 葵,朝露 日を 待ちて 晞【かわ】く。

陽春 德澤を 布【し】き,萬物   光輝を 生ず。

常に恐る 秋節の 至りて,焜黄せる 華葉の 衰ふを。

百川 東のかた 海に 到るも,何れの時か 復た 西に 歸らん。

少壯にして 努力をせざれば,老大になりて 徒らに 傷悲せん。

魏の文帝《燕歌行》、傅玄《艶歌行》があり、皆歌聲の長短を指すものであって、人生の長さをいうものでないものもある。

魏の文帝 

楽府 燕歌行 二首

曹丕 魏文帝

《魏文帝集》《玉臺新詠》文選 古詩源

其一

秋風蕭瑟天氣涼 草木搖落露為霜

群燕辭歸雁南翔 念君客遊多思腸

慊慊思歸戀故 君何淹留寄他方

賤妾煢煢守空房 憂來思君不敢忘

不覺淚下沾衣裳 援琴鳴弦發清商

短歌微吟不能長 明月皎皎照我床

星漢西流夜未央 牽牛織女遙相望

爾獨何辜限河梁

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 622 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1705

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 623 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1709]

其二

別日何易會日難,山川遙遠路漫漫。

鬱陶思君未敢言,寄聲浮雲往不還。

涕零雨面毀容顏,誰能懷憂獨不嘆。

展詩清歌聊自寬,樂往哀來摧肺肝。

耿耿伏枕不能眠,披衣出步東西。

仰看星月觀雲間,飛鶬晨鳴聲可憐。

留連顧懷不能存。

燕歌行二首 其二 曹丕(魏文帝) 魏詩<5>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 女性詩624 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1713

 

 

桃李待日開,榮華照當年。

桃李は日の暖か味を受けて、はじめて花を開き、その栄華は照り輝いて見えるくらいである。

桃李 桃の木とスモモの木.「桃李不言,下自成蹊。」(桃李言わざれども,下おのずから蹊を成す)徳のある人のところへは黙っていても人が集まって来る.

2門下生,門弟.

 

東風動百物,草木盡欲言。

春風が一度到り、万物を動かせば、草木は一斉に生き生きとして物言いたげである。

東風 東から吹く風。ふつう、春風をいう。こちかぜ。[季語] 春。

 

枯枝無醜葉,涸水吐清泉。

そうして、枯れ枝には醜い古い葉がなくなって、新しい葉が出て來るし、乾ききった水は清泉を掃出し滾々として勢いが良いのである。

醜葉 醜い古い葉。

涸水 日本での渇水期は中国では、 涸水期であり、大陸性気候の乾期渇水期をいう。かれる からす水がかれる。ひあがる。「涸渇・涸轍(こてつ)

 

大力運天地,羲和無停鞭。

大宇宙の元気は、非常の力を持って、天地を動かし、そして、義和は、六龍に馭して、鞭を止めざるによりて、太陽の運行は、しばらくも休止する事は無い。

羲和 中国古代の神話に登場する神。羲和に関する神話には、大まかにいって二つの流れがある。その一つは『楚辞(そじ)』や『淮南子(えなんじ)』などに描き出されている、天空をわたる太陽の運行を馬車の走るさまになぞらえ、その馬車を操縦する「太陽の御者」としての羲和である。もう一つは『山海経(せんがいきょう)』にみえる、中国東南の海のはるかかなたにある羲和の国に住むという女神羲和である。女神は俊帝(しゅんてい)と結婚して10個の太陽を生み、毎朝子供であるそれらの太陽を甘淵(かんえん)というみぎわで水浴させる「太陽の母」であるとされている。この二つの系統の神話の相互関係は不明であるが、羲和が太陽そのものの神格化ではないにせよ、太陽と関係の深い神であったことは確かである。ところが儒家の経典である『書経』では、羲和は堯帝(ぎょうてい)によって中国の東西南北に派遣された羲仲(ぎちゅう)、羲叔(ぎしゅく)、和仲、和叔という4人の役人に変化してしまう。しかし彼らがともに天文に関することをつかさどり、なかでも東西に派遣された羲仲と和仲が太陽の出入りにあたって先導を務めたという点に、羲和が太陽と関係のある存在であったおもかげをとどめている。

 

功名不早著,竹帛將何宣。

このようにして、春は万物を発生させるのであるが、天地運航の結果は、夏となり、秋となって、やがて凋落を免れないということであって、それは人にしても、早く功名を世間にあらわさなければ、青史のうえにおいても、何も書いてくれずその名も空しく湮滅することを免れない。

竹帛 《中国で、紙の発明以前に、竹簡や布帛に文字を記したところから》書物、特に、歴史書。また、歴史。竹素。竹帛に著す書物に書きあらわす。また、歴史に名を残す。竹帛に垂る歴史に名を残す。名を竹帛に垂る。

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李白  短歌行-#2  

天公見玉女,大笑億千場。

吾欲攬六龍,迴車掛扶桑。

北斗酌美酒,勸龍各一觴。

富貴非所願,與人駐顏光。

我々は天公のようにならなければ年を取らないということはないわけで、そうなりたいということで、白日を追う六龍の馭者となって義和の車を廻らして東海のほとりにあるという芙蓉の木に白日を引っ掛けていつまでもその日を照らし続けるようにしたいと思うのである。

 

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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一六四        文體:  樂府

詩題:  短歌行

作地點:        安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

短歌行  #1

(人の寿命は幾何ぞ、長い人生を得ることは難しい、だから知友と共に行楽を楽しもう)

白日何短短,百年苦易滿。

白日というものどうしてこんなにも短いのだろう、朝は夕べを待たないのだろうか、百年というのもつかの間で、忽ちにして満ちてしまう。

蒼穹浩茫茫,萬劫太極長。

天を仰ぎ見れば、どこまでも蒼蒼茫茫として、終極する事は無く、天地が初めて形するの時、萬劫を経るも、太極は無極で、終始依然足れども、白日のみは、忽ちに過ぎてゆくのである。

麻姑垂兩鬢,一半已成霜。

仙女麻姑でさえも、両鬢がたれて、一半は霜となり、さしもの仙人も、年の寄ることはまぬがれない。

#2

天公見玉女,大笑億千場。

しかし、天公は玉女の投壷するのをみて,大いに笑われ、その笑われをときには、電光となって現れるといわれ、それは何時までも、何処にでも止まないものであり、今に至るまで電光は堪えることが無い。

吾欲攬六龍,迴車掛扶桑。

我々は天公のようにならなければ年を取らないということはないわけで、そうなりたいということで、白日を追う六龍の馭者となって義和の車を廻らして東海のほとりにあるという芙蓉の木に白日を引っ掛けていつまでもその日を照らし続けるようにしたいと思うのである。

北斗酌美酒,勸龍各一觴。

それから天上の星の中で、北斗七星は柄杓であるから、それを取って美酒を飲もう、そうして太陽を馭してゆく、かの六龍たちを呼びつけ、それに一杯ずつ酒を飲ましてやり、しばらくその場で休憩してもらい、太陽を動かぬようにする。

富貴非所願,與人駐顏光。

富貴功名というものは、だれしも希望としているが、自分は決してそう願ってはいない。ただ、長いこと人として顔色を留めて、歳をとらぬようにすればよいとするので、そのためには、太陽を馭し、暫しなりとも、六龍を留めて動かぬようにしたいと思うのである。

 

(短歌行)

白日 何ぞ短短たる,百年 滿ち易きに苦む。

蒼穹 浩して茫茫,萬劫 太極長し。

麻姑 兩鬢を垂れ,一半 已に霜と成る。

#2

天公 玉女を見,大笑洲億千場。

吾 六龍を攬し,車を迴して 扶桑に掛けんと欲す。

北斗 美酒を酌み,龍に勸む 各の一觴。

富貴 願う所に非らず,人のために顏光を駐めん。

 

安陸・南陽・嚢陽 李白00 

『短歌行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

天公見玉女,大笑億千場。

吾欲攬六龍,迴車掛扶桑。

北斗酌美酒,勸龍各一觴。

富貴非所願,與人駐顏光。


(下し文)#2

天公 玉女を見,大笑洲億千場。

吾 六龍を攬し,車を迴して 扶桑に掛けんと欲す。

北斗 美酒を酌み,龍に勸む 各の一觴。

富貴 願う所に非らず,人のために顏光を駐めん。

(現代語訳)
しかし、天公は玉女の投壷するのをみて,大いに笑われ、その笑われをときには、電光となって現れるといわれ、それは何時までも、何処にでも止まないものであり、今に至るまで電光は堪えることが無い。

我々は天公のようにならなければ年を取らないということはないわけで、そうなりたいということで、白日を追う六龍の馭者となって義和の車を廻らして東海のほとりにあるという芙蓉の木に白日を引っ掛けていつまでもその日を照らし続けるようにしたいと思うのである。

それから天上の星の中で、北斗七星は柄杓であるから、それを取って美酒を飲もう、そうして太陽を馭してゆく、かの六龍たちを呼びつけ、それに一杯ずつ酒を飲ましてやり、しばらくその場で休憩してもらい、太陽を動かぬようにする。

富貴功名というものは、だれしも希望としているが、自分は決してそう願ってはいない。ただ、長いこと人として顔色を留めて、歳をとらぬようにすればよいとするので、そのためには、太陽を馭し、暫しなりとも、六龍を留めて動かぬようにしたいと思うのである。


(訳注) #2

短歌行  

(人の寿命は幾何ぞ、長い人生を得ることは難しい、だから知友と共に行楽を楽しもう)

魏の武帝、《短歌行》「対酒当歌、人生幾何。」(酒に對しては 當【まさ】に歌ふべし,人生 幾何【いくばく】ぞ。)あるいは、西晋、陸機《短歌行》「置酒高堂、悲歌臨觴。人寿幾何、逝如朝霜。」(高堂に置酒し 悲歌して觴(さかづき)に臨む、人の寿命幾何(いくばく)ぞ 逝くこと朝霜のごとし)とあり、長い人生を得ることは難しい、知友と共に行楽を楽しもうと思い、自ら戒飭することを述べている。李白も同じように述べるが、その地位が権力者ではない部分、道教色彩が強くでている。

 李白には、《巻五 35長歌行》もあり、魏の文帝《燕歌行》、傅玄《艶歌行》があり、皆歌聲の長短を指すものであって、人生の長さをいうものでないものもある。

 

天公見玉女,大笑億千場。

しかし、天公は玉女の投壷するのをみて,大いに笑われ、その笑われをときには、電光となって現れるといわれ、それは何時までも、何処にでも止まないものであり、今に至るまで電光は堪えることが無い。

天公 天帝。上帝。また,天。

玉女 玉女投壷。『神異經』などにみられる傳 「東王公」(東王父とも)が玉女と投壺の遊びをした。今いう電光(稻妻)というのはこの点が大いに笑ったことをいうのである。《神異經東荒經》「東荒山中有大石室, 東王公居焉……恒與一玉女投壺, 每投千二百矯, 設有入不出者……矯出而誤不接者;天為之笑。” 張華注:言笑者, 天口流火炤灼,今天上不雨而有電光, 是為天笑也。「投壺」は矢を手で投げ,少し離れたところにおいた壺に入れて競う遊び。周の時代には既にあり、四書五経の一つ「礼記(らいき)」には、紀元前500年頃に遊ばれたことが記載されている。 三国、晋の時代にも投壺の記録があり、宋代には司馬光が「投壺格」「投壺新格」「投壺儀節」を著した。

億千場 何時までも、何処にでも止まないものであり、今に至るまで。

 

吾欲攬六龍,迴車掛扶桑。

我々は天公のようにならなければ年を取らないということはないわけで、そうなりたいということで、白日を追う六龍の馭者となって義和の車を廻らして東海のほとりにあるという芙蓉の木に白日を引っ掛けていつまでもその日を照らし続けるようにしたいと思うのである。

六龍 義和神話の中に出てくる神の名で、太陽が乗る車の馭者を意味する。『淮南子』に「日は車駕に乗るに、六龍を以てし、義和これが馭となる」とある。《淮南子》:「爰止羲和,爰息六螭,是謂懸車。」

 

北斗酌美酒,勸龍各一觴。

それから天上の星の中で、北斗七星は柄杓であるから、それを取って美酒を飲もう、そうして太陽を馭してゆく、かの六龍たちを呼びつけ、それに一杯ずつ酒を飲ましてやり、しばらくその場で休憩してもらい、太陽を動かぬようにする。

北斗酌美酒 《楚辞九歌、東君》「操余弧兮反淪降,援北斗兮酌桂漿。」“自分の弓を取って立ちかえり降りて、北斗の星の柄杓を取り、肉桂の薫るこんずを酌む”に基づく。

 

富貴非所願,與人駐顏光。

【為人駐顏光】【與人駐光】【與人駐流光】【為人駐光】【為人駐流光】。

富貴功名というものは、だれしも希望としているが、自分は決してそう願ってはいない。ただ、長いこと人として顔色を留めて、歳をとらぬようにすればよいとするので、そのためには、太陽を馭し、暫しなりとも、六龍を留めて動かぬようにしたいと思うのである。

 

李白の足跡003 

 

短歌行   曹操
対酒当歌、人生幾何。
譬如朝露、去日苦多。
慨当以慷、幽思難忘。
何以解憂、唯有杜康。
青青子衿、悠悠我心。

但為君故沈吟至今
呦呦鹿鳴食野之苹
我有嘉賓鼓瑟吹笙
明明如月、何時可採。
憂従中來、不可断絶。

越陌度阡、枉用相存。
契闊談讌、心念旧恩。
月明星稀烏鵲南飛
繞樹三匝何枝可依
山不厭高海不厭深
周公吐哺天下帰心

《短歌行》 魏武帝  魏詩<86-#1 古詩源 800 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2548

《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#2 古詩源 801 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2553

《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#3 古詩源 802 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2558

 

短歌行  陸機(陸士衡) 

置酒高堂 悲歌臨觴

人寿幾何 逝如朝霜

時無重至 華不再陽

蘋以春暉 蘭以秋芳

来日苦短 去日苦長

今我不楽 蟋蟀在房

楽以会興 悲以別章

豈曰無感 憂為子忘

我酒既旨 我肴既臧

短歌有詠 長夜無荒

高堂に置酒し 悲歌して觴(さかづき)に臨む

人の寿命幾何(いくばく)ぞ 逝くこと朝霜のごとし

時は重ねて至ること無く 華は再び陽(ひら)かず

蘋(ひん)は春を以て暉き 蘭は秋を以て芳(かんば)し

来る日の短きに苦しみ 去る日の長きに苦しむ

今 我 楽しまずんば 蟋蟀(しつしゅつ)房に在らん

楽しきは会うを以て興り 悲しきは別れを以て章(あら)はる

豈に感無しと曰はんや 憂ひは子が為に忘らるる

我が酒既に旨く 我が肴既に臧(よ)し

短歌を詠ずること有らん 長夜にして荒(すさ)むこと無けん 

242-#1 《巻04-36 短歌行 -#1》Index-17 Ⅱ―12-737年開元二十五年37歳 <242-#1> Ⅰ李白詩1492 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6008

李白  短歌行  #1  

白日何短短,百年苦易滿。

蒼穹浩茫茫,萬劫太極長。

麻姑垂兩鬢,一半已成霜。
白日というものどうしてこんなにも短いのだろう、朝は夕べを待たないのだろうか、百年というのもつかの間で、忽ちにして満ちてしまう。

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年:737年開元二十五年37

卷別:  卷一六四        文體:  樂府

詩題:  短歌行

作地點:安陸(淮南道 / 安州 / 安陸)

 

 

短歌行  #1

(人の寿命は幾何ぞ、長い人生を得ることは難しい、だから知友と共に行楽を楽しもう)

白日何短短,百年苦易滿。

白日というものどうしてこんなにも短いのだろう、朝は夕べを待たないのだろうか、百年というのもつかの間で、忽ちにして満ちてしまう。

蒼穹浩茫茫,萬劫太極長。

天を仰ぎ見れば、どこまでも蒼蒼茫茫として、終極する事は無く、天地が初めて形するの時、萬劫を経るも、太極は無極で、終始依然足れども、白日のみは、忽ちに過ぎてゆくのである。

麻姑垂兩鬢,一半已成霜。

仙女麻姑でさえも、両鬢がたれて、一半は霜となり、さしもの仙人も、年の寄ることはまぬがれない。

#2

天公見玉女,大笑億千場。

吾欲攬六龍,迴車掛扶桑。

北斗酌美酒,勸龍各一觴。

富貴非所願,與人駐顏光。

 

(短歌行)

白日 何ぞ短短たる,百年 滿ち易きに苦む。

蒼穹 浩して茫茫,萬劫 太極長し。

麻姑 兩鬢を垂れ,一半 已に霜と成る。

#2

天公 玉女を見,大笑洲億千場。

吾 六龍を攬し,車を迴して 扶桑に掛けんと欲す。

北斗 美酒を酌み,龍に勸む 各の一觴。

富貴 願う所に非らず,人のために顏光を駐めん。

 

 

『短歌行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

短歌行  #1

白日何短短,百年苦易滿。

蒼穹浩茫茫,萬劫太極長。

麻姑垂兩鬢,一半已成霜。

(下し文)
(
短歌行)

白日 何ぞ短短たる,百年 滿ち易きに苦む。

蒼穹 浩して茫茫,萬劫 太極長し。

麻姑 兩鬢を垂れ,一半 已に霜と成る。

(現代語訳)
(人の寿命は幾何ぞ、長い人生を得ることは難しい、だから知友と共に行楽を楽しもう)

白日というものどうしてこんなにも短いのだろう、朝は夕べを待たないのだろうか、百年というのもつかの間で、忽ちにして満ちてしまう。

天を仰ぎ見れば、どこまでも蒼蒼茫茫として、終極する事は無く、天地が初めて形するの時、萬劫を経るも、太極は無極で、終始依然足れども、白日のみは、忽ちに過ぎてゆくのである。

仙女麻姑でさえも、両鬢がたれて、一半は霜となり、さしもの仙人も、年の寄ることはまぬがれない。


(訳注)

短歌行  #1

(人の寿命は幾何ぞ、長い人生を得ることは難しい、だから知友と共に行楽を楽しもう)

魏の武帝、《短歌行》「対酒当歌、人生幾何。」(酒に對しては 當【まさ】に歌ふべし,人生 幾何【いくばく】ぞ。)あるいは、西晋、陸機《短歌行》「置酒高堂、悲歌臨觴。人寿幾何、逝如朝霜。」(高堂に置酒し 悲歌して觴(さかづき)に臨む、人の寿命幾何(いくばく)ぞ 逝くこと朝霜のごとし)とあり、長い人生を得ることは難しい、知友と共に行楽を楽しもうと思い、自ら戒飭することを述べている。李白も同じように述べるが、その地位が権力者ではない部分、道教色彩が強くでている。

 李白には、《巻五 35長歌行》もあり、魏の文帝《燕歌行》、傅玄《艶歌行》があり、皆歌聲の長短を指すものであって、人生の長さをいうものでないものもある。

 

白日何短短,百年苦易滿。

白日というものどうしてこんなにも短いのだろう、朝は夕べを待たないのだろうか、百年というのもつかの間で、忽ちにして満ちてしまう。

 

蒼穹浩茫茫,萬劫太極長。

天を仰ぎ見れば、どこまでも蒼蒼茫茫として、終極する事は無く、天地が初めて形するの時、萬劫を経るも、太極は無極で、終始依然足れども、白日のみは、忽ちに過ぎてゆくのである。

萬劫 万年と同じ。一万劫の意で,きわめて遠大な年月のこと。 「万劫」の類語:未来永劫終古 永久。

太極 太極は万物の根源であり、ここから陰陽の二元が生ずるとする。もともとは『易経』繋辞上伝にある言葉。天地が初めて形するの時という意。

 

麻姑垂兩鬢,一半已成霜。

仙女麻姑でさえも、両鬢がたれて、一半は霜となり、さしもの仙人も、年の寄ることはまぬがれない。

麻姑 麻姑(まこ)は、中国神話に登場する下八洞神仙の一柱仙女である。西晋・東晋時代の葛洪の書『神仙伝』などに記述があり、その容姿は歳の頃1819の若く美しい娘で、鳥のように長い爪をしているという。また長寿の象徴でもあり、西王母の誕生祝いに麻姑が美酒を贈る「麻姑献寿」は絵画の題材にとられることも多い。

李白《巻三17有所思》「西來青鳥東飛去,願寄一書謝麻姑。」

李白《巻四-36 短歌行》「麻姑垂兩鬢,一半已成霜。」

李白《卷六7西岳云台歌送丹丘子》「明星玉女備洒掃、 麻姑搔背指爪輕。」

李白《巻八40 贈嵩山焦煉師》「中有蓬海客,宛疑麻姑仙。」

李白《卷十15贈王漢陽》「吾曾弄海水,清淺嗟三變。果愜麻姑言,時光速流電。」

皮日休《華山李煉師所居》「麻姑古貌上仙才,謫向蓮峰管玉臺。」

麻姑仙 麻姑仙壇記 (唐代の楷書麻姑(まこ)は、中国神話に登場する下八洞神仙の一柱仙女である。西晋・東晋時代の葛洪の書『神仙伝』などに記述があり、その容姿は歳の頃1819の若く美しい娘で、鳥のように長い爪をしているという。また長寿の象徴でもあり、西王母の誕生祝いに麻姑が美酒を贈る「麻姑献寿」は絵画の題材にとられることも多い。麻姑の名は『神仙伝』の巻二「王遠」と巻七「麻姑」の項に見られるが、麻姑に関する部分の記述はほとんど同じである。

漢の孝桓帝の代に、神仙の王遠が平民である蔡経の家に降臨し、使者をやって麻姑を呼び寄せた。麻姑は蔡経の弟の妻が出産数日後であることを遠目から知ると、しばらく近づかぬように言いつけ、清めのために少量の米粒を持ってこさせた。このとき地面に撒いた米は、悉く丹砂(巻七では真珠)に変わったという。麻姑は修行の時に、東海では3回も桑畑に変わる異変を見せる為に「滄海桑田(そうかいそうでん)」、「桑田碧海(そうでんへきかい)」の四字熟語が有名である。

蔡経は麻姑の爪が鳥のように伸びているのを見ると、彼女が神人であるにもかかわらず、心中「この爪で背中を掻けたら気持ちが良いだろう」と考えた。この心を見抜いた王遠は蔡経を捕まえて怒った。このとき蔡経は背を鞭で打たれたが、鞭を打つ人の姿は見えなかったという。

また同様の話は三国時代の『列異伝』にも見られ、この書では、麻姑の爪で背中を掻きたいと思った蔡経は彼女の怒りを買って地に倒れ、両目から血を流したという。

172-2 《巻08-40 贈嵩山焦煉師 并序 -(1)Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <172-2> Ⅰ李白詩1385 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5473

 

短歌行   曹操
対酒当歌、人生幾何。
譬如朝露、去日苦多。
慨当以慷、幽思難忘。
何以解憂、唯有杜康。
青青子衿、悠悠我心。

但為君故沈吟至今
呦呦鹿鳴食野之苹
我有嘉賓鼓瑟吹笙
明明如月何時可採
憂従中來不可断絶

越陌度阡枉用相存
契闊談讌心念旧恩
月明星稀烏鵲南飛
繞樹三匝何枝可依
山不厭高海不厭深
周公吐哺天下帰心

《短歌行》 魏武帝  魏詩<86-#1 古詩源 800 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2548

《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#2 古詩源 801 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2553

《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#3 古詩源 802 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2558

 

短歌行  陸機(陸士衡) 

置酒高堂 悲歌臨觴

人寿幾何 逝如朝霜

時無重至 華不再陽

蘋以春暉 蘭以秋芳

来日苦短 去日苦長

今我不楽 蟋蟀在房

楽以会興 悲以別章

豈曰無感 憂為子忘

我酒既旨 我肴既臧

短歌有詠 長夜無荒

高堂に置酒し 悲歌して觴(さかづき)に臨む

人の寿命幾何(いくばく)ぞ 逝くこと朝霜のごとし

時は重ねて至ること無く 華は再び陽(ひら)かず

蘋(ひん)は春を以て暉き 蘭は秋を以て芳(かんば)し

来る日の短きに苦しみ 去る日の長きに苦しむ

今 我 楽しまずんば 蟋蟀(しつしゅつ)房に在らん

楽しきは会うを以て興り 悲しきは別れを以て章(あら)はる

豈に感無しと曰はんや 憂ひは子が為に忘らるる

我が酒既に旨く 我が肴既に臧(よ)し

短歌を詠ずること有らん 長夜にして荒(すさ)むこと無けん 

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