漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
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漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

李白集校注〔一〕巻七 古今體詩(歌吟)五十三首

李白集校注 訳注解説ブログ 750年-3 《僧伽歌 【巻七(一)五二三】》 #2 漢文委員会 紀 頌之 Blog11040

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750

天寶九年

 

3. 僧伽歌 【巻七(一)五二三】  #2

 

李白集校注 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 11040

 

 

 

僧伽歌

(子供頃、天竺から仏教を広めるために来たえらい高僧、僧伽法師と論じ、あるいは懺悔して、重い罪を軽くできると詠う)

#1

真僧法號號僧伽,有時與我論三車。

まことの高僧というべき尊き法師がいらっしゃる、その法号を僧伽といわれるお方である。ある時、このお方は我々とともに、諸賢聖道力の浅深、三車に類することを論じたのである。

問言誦咒幾千徧,口道恆河沙復沙。

いままでに経文を幾千遍唱えてきたかといって、問うてみたが恆河の沙また沙ほどで、とても数え切れるものではない、と申された。

此僧本住南天竺,爲法頭陀來此國。

この大師はもともと天竺に生まれたが仏教を広めるために、行いを澄まして、わざわざ中国まで来たのである。

戒得長天秋月明,心如世上青蓮色。

この法徳堅固なることは、もとより論ずべくもなく、戒を持することは、長天の秋月のように明るく、心は塵埃に染まらない青蓮の色のようである。

#2

意清淨,貌稜稜,亦不減,亦不增。

こうして、意は清浄を旨とされたし、貌は稜稜としてさわやかになるし、一切諸法空相を得て、この上、減らすこともできず、増やすこともできない。

瓶裏千年鐵柱骨,手中萬胡孫藤。

瓶の中には千年も経過しているお釈迦様の舎利を納めていて、手には、萬歳を経過した藤杖をもっている。

嗟予落魄江淮久,罕遇真僧空有。

ああ、予は、江南、淮河地方に漂泊することもすでに長期間になるけれど、空有をたがいに用ち得るような尊い真の僧侶に遭遇できることは極めてまれなことである。

一言散盡波羅夷,再禮渾除犯輕垢。

しかし、今日機縁、幸いにしてむなしくはないことであり、この高僧に邂逅したことは誠にありがたいことで、一言して懺悔すれば、波羅夷のごくごく重い罪をも消すことができ、再度禮をなせば、一切の輕垢をすべて取り除くことができる。

 

(僧 伽の歌)

#1

真僧の法號は僧伽と號し,時に有って 我と三車を論ず。

問うて言う 咒を誦する幾千徧,口に道う 恆河沙 復た沙。

此の僧 本と 住うは南天竺,法の爲に 頭陀 此の國に來る。

戒は得たり 長天秋月 明らかなるを,心は世上青蓮の色の如し。

#2

意 清淨,貌 稜稜,亦た不減,亦た不增。

瓶裏 千年 鐵柱の骨,手中 萬 胡孫の藤。

嗟す予が江淮に落魄すること久しく,真僧が空有をくに遇うこと罕【まれ】なるを

一言散じ盡す波羅夷,再禮 渾【す】べて 輕垢を犯すを除く。

 

 

李白集校注《僧伽歌》現代語訳と訳註解説
(
本文)

僧伽歌

#1

真僧法號號僧伽,有時與我論三車。

問言誦咒幾千徧,口道恆河沙復沙。

此僧本住南天竺,爲法頭陀來此國。

戒得長天秋月明,心如世上青蓮色。

 

(下し文)
(僧 伽の歌)

#1

真僧の法號は僧伽と號し,時に有って 我と三車を論ず。

問うて言う 咒を誦する幾千,口に道う 恆河沙 復た沙。

此の僧 本と 住うは南天竺,法の爲に 頭陀 此の國に來る。

戒は得たり 長天秋月 明らかなるを,心は世上青蓮の色の如し

 

(現代語訳)

(子供頃、天竺から仏教を広めるために来たえらい高僧、僧伽法師と論じ、あるいは懺悔して、重い罪を軽くできると詠う)

#2

こうして、意は清浄を旨とされたし、貌は稜稜としてさわやかになるし、一切諸法空相を得て、この上、減らすこともできず、増やすこともできない。

瓶の中には千年も経過しているお釈迦様の舎利を納めていて、手には、萬歳を経過した藤杖をもっている。

ああ、予は、江南、淮河地方に漂泊することもすでに長期間になるけれど、空有をたがいに用ち得るような尊い真の僧侶に遭遇できることは極めてまれなことである。

しかし、今日機縁、幸いにしてむなしくはないことであり、この高僧に邂逅したことは誠にありがたいことで、一言して懺悔すれば、波羅夷のごくごく重い罪をも消すことができ、再度禮をなせば、一切の輕垢をすべて取り除くことができる。

 

(訳注)

僧伽歌

(子供頃、天竺から仏教を広めるために来たえらい高僧、僧伽法師と論じ、あるいは懺悔して、重い罪を軽くできると詠う)

 僧伽は、唐時代の高僧で、その傳は、太平廣記にみえる。

僧伽(そうぎゃ、 628 - 710年(景龍4年))は、中国の唐代に西域より渡来した神異の僧である。

パミール高原の北の何国の人であり、自ら姓は何氏であると称していた。幼くして出家し、諸国を遊方した後、龍朔元年(661年)に、西涼地方に渡来し、さらに江南に至り、山陽県(江蘇省淮安県)の龍興寺に所属した。しばしば神異にわたる行跡が見られた。臨淮県(江蘇省盱眙県)城の信義坊で、地面を掘らせ、そこに伽藍を建立すると言った。古碑が出土し、そこは北斉代の香積寺の遺地であることが判明した。また、「普照王佛」と刻まれた金像も出土した。そこは賀跋氏の家であったが喜捨して、香積寺の故地に寺を建立した。

詳しくは、#1を参照

 

#2

意清淨,貌稜稜,亦不減,亦不增

こうして、意は清浄を旨とされたし、貌は稜稜としてさわやかになるし、一切諸法空相を得て、この上、減らすこともできず、増やすこともできない。

7 稜稜 1 かどだっているさま。また、気性などが厳しいさま。「稜稜たる山々」「気骨の稜稜たる人」2 寒さが厳しいさま。「稜稜たる寒気」

 

瓶裏千年鐵柱骨,手中萬胡孫藤

瓶の中には千年も経過しているお釈迦様の舎利を納めていて、手には、萬歳を経過した藤杖をもっている。

鐵柱骨 別本に舎利骨とあり、お釈迦様のお骨ということ。

胡孫藤 胡孫藤で作った杖。楊齊賢、曰く「胡孫藤は乃ち藤杖を手にした所執者」をいう。

 

嗟予落魄江淮久,罕遇真僧空有

ああ、予は、江南、淮河地方に漂泊することもすでに長期間になるけれど、空有をたがいに用ち得るような尊い真の僧侶に遭遇できることは極めてまれなことである。

江淮 江南、淮河地方をいう。

罕遇 遭遇することがまれなことである。

真僧 尊い真の僧侶のお説教。

空有 空有 後漢書西域傳・淸心釋累之訓に「空有」とあり、兼ねて之を宗章懷太子に遣した。 註に「執著せざるを空と爲し、執著するを有と爲す。兼ねて遣謂う「不空不有とは虚實なり。兩忘れるなり。鳩摩羅什維摩詰經の註に佛法に有は二種ある。一には有、二には空、若し常に有に在らば、則ち想著に累せられ、若し常に空に在らば、則ち善本に於て捨てられる。若し空有迭に用いられれば、則ち二過を設けず、猶お日月代明、萬物以成がごとし。」とある。胡三省通鑑の註釋に「氏以て面、陳悔過ぎて懺と爲す。」とある。

 

一言散盡波羅夷,再禮渾除犯輕垢

しかし、今日機縁、幸いにしてむなしくはないことであり、この高僧に邂逅したことは誠にありがたいことで、一言して懺悔すれば、波羅夷のごくごく重い罪をも消すことができ、再度禮をなせば、一切の輕垢をすべて取り除くことができる。

波羅夷 波羅夷罪(はらいざい)、あるいは単に波羅夷(はらい、巴::pārājika, パーラージカ、波羅市迦)とは、仏教の出家者(比丘・比丘尼)に課される戒律(具足戒)の内、僧団(僧伽)永久追放に値する最重罪の総称。

輕垢 軽垢罪のこと。たとえ犯したとしても許される軽い罪のこと。四十八軽戒のそれぞれを犯した場合、軽垢罪とみなされる。重罪、波羅夷はらいの対語。軽垢罪は重罪と異なり、犯したとしても仏教徒としての資格を失わないから軽く、しかしながら犯してよいわけではなく、もし犯せば清浄な行いを汚すから垢である。四十八軽戒をやぶり、軽垢罪を犯した場合は、懺悔によってこれが許されるとされる。

 

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寫懷二首其一 -2

 

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僧伽歌

#1

真僧法號號僧伽,有時與我論三車。

問言誦咒幾千徧,口道恆河沙復沙。

此僧本住南天竺,爲法頭陀來此國。

戒得長天秋月明,心如世上青蓮色。

#2

意清淨,貌稜稜,亦不減,亦不增。

瓶裏千年鐵柱骨,手中萬胡孫藤。

嗟予落魄江淮久,罕遇真僧空有。

一言散盡波羅夷,再禮渾除犯輕垢。

 

 

僧伽歌

 僧伽 太平廣記:僧伽大師、西域人、姓何氏。唐龍/朔初來遊北土、𨽻名於楚州龍興寺。後於

  泗州臨淮縣信義坊乞地施標、將建伽藍、於標下掘得古香積寺銘記并金像一軀、上有普照王佛

  字、遂建寺焉。景龍二年、中宗皇帝遣使迎師入内道塲、尊爲國師、尋出居薦福寺。嘗獨處一室其頂

  上有一穴恒以絮塞之夜則去絮香從頂穴中出/烟氣滿房非常芳馥及曉香還入頂穴中又以絮

  窒之師嘗濯足人取其水飲之痼疾皆愈一日中/宗於内殿語師曰京師無雨已是數月願師慈悲

  解朕憂迫師乃將瓶水泛洒俄頃陰雲驟起甘雨/大降中宗大悅詔賜所修寺額以臨淮寺爲名師

  請以普照王字爲名蓋欲依金像上字也中宗以/照字是天后廟諱乃改爲普光王寺御筆親書以

  賜焉

至景龍四年三月二日端坐而終中宗卽令/於薦福寺起塔供養俄而大風歘起臭氣滿長安

  中宗問曰是何祥也近臣奏曰僧伽大師化緣在/臨淮恐是欲歸彼處故現此變中宗心許其臭頓

  息頃刻之間竒香馥烈卽以其年五月送至臨淮/起塔供養中宗問萬迴師曰僧伽大師何人萬迴

  曰是觀音化身也如法華經普門品云應以比丘/身得度者卽見比丘身而爲法此卽是也傳

  録泗州僧伽大師世謂觀音大士應化也但此土/有緣之衆乃謂大師自西國來唐高宗時至長安

  洛陽行化歴楚間身執楊枝混於緇流或問師/何姓答曰我姓何又問師是何國人師曰我何國

  人尋於泗上欲搆伽藍因宿州民賀跋氏捨所居/師曰此本爲佛宇令掘地果得古碑云香積寺卽

  齊李龍建所剏又獲金像衆謂然燈如來師曰普/光王佛也因以爲寺額景龍二年中宗遣使迎大

  師至輦轂深加禮異命住大薦福寺三年/三月三日大師示滅 伽具牙切音茄

 

 

真僧法號號僧伽,有時與我論三車。

問言誦咒幾千徧,口道恆河沙復沙。

此僧本住南天竺,爲法頭陀來此國。

戒得長天秋月明,心如世上青蓮色。

 

意清淨,貌稜稜,亦不減,亦不增。

瓶裏千年舍利蕭本作/鐵柱骨,手中萬胡孫藤。

嗟予落蕭本/作魄江淮久,罕遇真僧空有。

一言許本作散盡波羅夷,再禮渾除犯輕垢。

 

三車 言羊車、鹿車、牛車。今在門外可以遊戲汝等於此火宅/宜速出來。註云:羊車聲聞乘鹿車緣覺乘牛車

菩薩乘俱以運載爲義方便設施舊聲聞不能化他/如羊不顧後羣故以羊車譬聲聞乘緣覺是法行人從

他如法少自推義多故以鹿車譬緣覺乘鹿不依人故/也或云譬鹿猶有囘顧之慈菩薩慈悲化物如牛之安

忍運載故以牛車譬菩薩乘琦謂當是以三獸之力有/大小三車之所載有多寡三乘諸賢聖道力之淺

恆河 耳恒河西域中水名釋典謂西域香山頂上有無熱惱/池四方流出四水其東方之水謂之伽河卽恒河

廣四十里水中之沙微細如法之處皆與此河/相近故常取以爲云如恒河中所有沙數蓋言其

之極多非算數所能知者耳劉昫

南天竺 唐書天竺國卽漢之/身毒國或云婆羅門地也在葱嶺西北周三萬餘里其

中分爲五天竺一曰中天竺二曰東天竺三曰南天竺/四曰西天竺五曰北天竺地各數千里城邑數百南天

竺際大海北天竺拒雪山四周有山爲壁南面一谷通/爲國門東天竺東際大海與扶南林邑鄰接西天竺與

波斯相接中天竺據四天竺之其都城周圍七/十餘、里北臨禪連河云。

頭陀 法苑珠林西云頭陀此云抖擻

能行此法卽能抖擻煩惱去離貪著如衣抖擻能去塵/垢是故從爲名錦繡萬花谷頭陀梵語云杜多漢

抖擻謂三毒如塵坌眞心此人能振撣除去故今訛稱/頭陀

秋月,青蓮 陳永陽王解講疏戒與秋月共明禪與春池共潔

華嚴經菩提心者猶如蓮花不染一切諸罪垢故僧肇/維摩詰經註天竺有靑蓮花其葉修廣靑白分明

舍利 孫興公見林公稜稜露其爽心經是諸法空相不生不/滅不垢不淨不減不增

魏書佛謝世香木焚尸靈骨分碎大小如粒擊之不壞焚亦不焦或有光明神騐胡

言謂之舍利弟子收奉置之寳瓶竭香花致敬慕法苑珠林舍利者西域梵語此云骨身恐濫凡夫死人之骨

故存梵本之名舍利有三種一是骨舍利其色白二是

髪舍利其色黒三是肉舍利其色赤是佛舍利椎打不/碎是弟子舍利椎擊便破矣

胡孫藤 楊齊賢曰胡孫藤乃藤杖手所執者

空有 後漢書西域傳淸心釋累之訓空有兼遣之/宗章懷太子註不執著爲空執著爲有兼遣謂不空不

有虚實兩忘也鳩摩羅什維摩詰經註佛法有二種一/者有二者空若常在有則累於想著若常在空則捨於

善本若空有迭用則不設二過猶日月代明萬物以成/胡三省通鑑註釋氏以面陳悔過爲懺

波羅夷,輕垢 波羅夷者華言

棄謂犯此罪者永棄佛法邊外法苑珠林云波羅夷者/此云極重罪是也輕垢罪者比重減輕一等凡玷汙淨

行之類皆是據梵網輕重戒有十犯者得波羅夷罪輕/戒有四十八犯者爲輕垢罪。 

 

廣川書跋僧伽傳蔣穎叔作其謂李太白嘗以詩與師論三車者誤也

詩鄙近知非太白所作世以昔人類在集中信而不疑且未嘗深求其言而知其不類予爲之校其年始知之太白死在

代宗元年上距大足二年壬寅爲六十年而白生當景龍四年白生九固不與僧伽接然則其詩爲出於世

俗而復不考月殆其服者托白以爲重而儒者信之又増異也聲懺

鑑切攙

 

 

僧伽歌

(子供頃、天竺から仏教を広めるために来たえらい高僧、僧伽法師と論じ、あるいは懺悔して、重い罪を軽くできると詠う)

#1

真僧法號號僧伽,有時與我論三車。

まことの高僧というべき尊き法師がいらっしゃる、その法号を僧伽といわれるお方である。ある時、このお方は我々とともに、諸賢聖道力の浅深、三車に類することを論じたのである。

問言誦咒幾千徧,口道恆河沙復沙。

いままでに経文を幾千遍唱えてきたかといって、問うてみたが恆河の沙また沙ほどで、とても数え切れるものではない、と申された。

此僧本住南天竺,爲法頭陀來此國。

この大師はもともと天竺に生まれたが仏教を広めるために、行いを澄まして、わざわざ中国まで来たのである。

戒得長天秋月明,心如世上青蓮色。

この法徳堅固なることは、もとより論ずべくもなく、戒を持することは、長天の秋月のように明るく、心は塵埃に染まらない青蓮の色のようである。

#2

意清淨,貌稜稜,亦不減,亦不增。

瓶裏千年鐵柱骨,手中萬胡孫藤。

嗟予落魄江淮久,罕遇真僧空有。

一言散盡波羅夷,再禮渾除犯輕垢。

 

(僧 伽の歌)

#1

真僧の法號は僧伽と號し,時に有って 我と三車を論ず。

問うて言う 咒を誦する幾千徧,口に道う 恆河沙 復た沙。

此の僧 本と 住うは南天竺,法の爲に 頭陀 此の國に來る。

戒は得たり 長天秋月 明らかなるを,心は世上青蓮の色の如し。

#2

意 清淨,貌 稜稜,亦た不減,亦た不增。

瓶裏 千年 鐵柱の骨,手中 萬 胡孫の藤。

嗟す予が江淮に落魄すること久しく,真僧が空有をくに遇うこと罕【まれ】なるを

一言散じ盡す波羅夷,再禮 渾【す】べて 輕垢を犯すを除く。

 

 

李白集校注《僧伽歌》現代語訳と訳註解説
(
本文)

僧伽歌

#1

真僧法號號僧伽,有時與我論三車。

問言誦咒幾千徧,口道恆河沙復沙。

此僧本住南天竺,爲法頭陀來此國。

戒得長天秋月明,心如世上青蓮色。

 

(下し文)
(僧 伽の歌)

#1

真僧の法號は僧伽と號し,時に有って 我と三車を論ず。

問うて言う 咒を誦する幾千,口に道う 恆河沙 復た沙。

此の僧 本と 住うは南天竺,法の爲に 頭陀 此の國に來る。

戒は得たり 長天秋月 明らかなるを,心は世上青蓮の色の如し

 

(現代語訳)

(子供頃、天竺から仏教を広めるために来たえらい高僧、僧伽法師と論じ、あるいは懺悔して、重い罪を軽くできると詠う)

まことの高僧というべき尊き法師がいらっしゃる、その法号を僧伽といわれるお方である。ある時、このお方は我々とともに、諸賢聖道力の浅深、三車に類することを論じたのである。

いままでに経文を幾千遍唱えてきたかといって、問うてみたが恆河の沙また沙ほどで、とても数え切れるものではない、と申された。

この大師はもともと天竺に生まれたが仏教を広めるために、行いを澄まして、わざわざ中国まで来たのである。

この法徳堅固なることは、もとより論ずべくもなく、戒を持することは、長天の秋月のように明るく、心は塵埃に染まらない青蓮の色のようである。

 

(訳注)

僧伽歌

(子供頃、天竺から仏教を広めるために来たえらい高僧、僧伽法師と論じ、あるいは懺悔して、重い罪を軽くできると詠う)

 僧伽は、唐時代の高僧で、その傳は、太平廣記にみえる。

 《太平廣記異僧》:「僧伽大師,西域人也,俗姓何氏。唐龍朔初來遊北土,隸名於楚州龍興寺。後於泗州臨淮縣信義坊乞地施標。將建伽藍。於其標下,掘得古香積寺銘記。幷金像一軀。上有普照王佛字,遂建寺焉。唐景龍二年,中宗皇帝遣使迎師,入道場,尊為國師。尋出居薦福寺。常獨處一室。而其頂有一穴,恒以絮塞之,夜則去絮。香從頂穴中出,煙氣滿房,非常芬馥。及曉,香還入頂穴中,又以絮塞之。師常濯足,人取其水飲之。痼疾皆愈。一日,中宗於殿語師曰:「京畿無雨,已是數月,願師慈悲,解朕憂迫。」師乃將瓶水泛洒,俄頃陰雲驟起,甘雨大降。中宗大喜,詔賜所修寺額,以臨淮寺為名。師請以普照王字明鈔本、陳校本字作寺。為名,蓋欲依金像上字也。中宗以照字是天后廟諱。乃改為普光王寺,仍御筆親書其額以賜焉。至景龍四年三月二日,於長安薦福寺端坐而終。中宗即令於薦福寺起塔,漆身供養。俄而大風歘起。臭氣徧滿於長安。中宗問曰:「是何祥也。近臣奏曰:「僧伽大師化緣在臨淮,恐是欲歸彼處,故現此變也。。中宗默然心許,其臭頓息。頃刻之間,奇香郁烈。即以其年五月,送至臨淮,起塔供養,即今塔是也。後中宗問萬廻師曰。僧伽大師何人耶。萬廻曰。是觀音化身也。如法華經普門品云:『應以比丘、比丘尼等身得度者。即皆見之而為法。此即是也。」先是師初至長安。萬廻禮謁甚恭。」

《太平廣記異僧》:「僧伽大師は,西域の人なり,俗姓を何氏といい。唐の龍朔の初めに,來って北土に遊ぶ,名を楚州の龍興寺に隸す。後に泗州臨淮縣信義坊において地を乞うて標を施し,將に伽藍を建んとす。其標下に於て,古香積寺も銘記,並びに金像一軀を掘り得たり,上に普照王佛の字有り,遂に寺を建てる。唐の景龍二年に,中宗皇帝は使を遣わし師を迎え,道場に入れ,尊き國師と為す。尋いで出でて薦福寺に居る。常に獨りで一室に處る。而して其の頂に一穴有り,恒に絮を以て之を塞ぎ,夜は則ち絮を去る。香 頂穴中從り出でて,煙氣房に滿ち,非常芬馥【ほうふく】す。曉くに及び,香は還た頂穴中に入り,又た以て絮 之を塞ぐ。師は常に足を濯い,人 其の水を取って之を飲めば,病疾 皆 愈ゆ。一日,中宗 殿において師に語って曰く:「京畿 雨無し,已でに是れ數月,願わくば師慈悲,朕の憂迫を解く。」と。師 乃ち瓶水を將って泛灑【はんさい】し,俄頃【がけい】にして 陰雲 驟【にわか】に起り,甘雨 大いに降る。中宗 大いに喜び,詔して修する所の寺の額を賜り,臨淮寺を以て名と為す。師 普照王寺を以て名を為さんと請い,蓋し金像上の字に依らんと欲するなり。中宗 照の字は是れ天後の廟諱【びょうき】なるを以て。乃ち改めて普光王寺と為す,仍って御筆親書 其額を以て賜う。景龍四年三月二日に至り,長安に於て薦福寺に端坐して終る。中宗 即ち令じて薦福寺に於て塔を起し,漆身供養す。俄にして大風 歘【たちま】ち起り,臭氣 長安に遍滿す。中宗 問うて曰く:「是れ何ぞ祥ぞや?」  近臣 奏じて曰く:「僧伽大師 化緣して臨淮に在り,恐らく是れ 彼處に歸らんと欲し,故に此の變を現ずるならん。」と。中宗 默然として心許し,其の臭 頓に息む。頃刻の間,奇香鬱烈。即ち 其の年五月を以て,送て臨淮に至り,塔を起して供養し,即ち今 塔 是なり。後に中宗 問うて萬回師に曰く:「僧伽大師は何人や?」萬回曰く:「是れ觀音の化身なり。と、法華經普門品に如して云う:『應に比丘、比丘尼等の身を以て得度すべき者なり。即ち皆 之れを見して為に法をく。』と、此れ即ち是れなり。」

僧伽(そうぎゃ、 628 - 710年(景龍4年))は、中国の唐代に西域より渡来した神異の僧である。

パミール高原の北の何国の人であり、自ら姓は何氏であると称していた。幼くして出家し、諸国を遊方した後、龍朔元年(661年)に、西涼地方に渡来し、さらに江南に至り、山陽県(江蘇省淮安県)の龍興寺に所属した。しばしば神異にわたる行跡が見られた。臨淮県(江蘇省盱眙県)城の信義坊で、地面を掘らせ、そこに伽藍を建立すると言った。古碑が出土し、そこは北斉代の香積寺の遺地であることが判明した。また、「普照王佛」と刻まれた金像も出土した。そこは賀跋氏の家であったが喜捨して、香積寺の故地に寺を建立した。

景龍2年(708年)には、中宗が宮中の内道場に招聘して供養を行なった。また、僧伽の住寺に普光王寺の名を賜った。「照」字は武則天の避諱字に当たり、用いられなかったものである。

景龍4年(710年)に、大薦福寺で坐亡した。そのさまは生前と何ら変わらず、静かに瞑目した姿であった。中宗はその死を悼み、絹300疋を賜い、臨淮の普光王寺に葬った。生前の僧伽は、十一面観音形を現したことがあり、また、万廻が観音菩薩の化身であると中宗の下問に答えたため、その化身として信仰を集めた。

なおその没年に関しては、『景徳伝灯録』は「景龍3年に卒す」とし、『隆興仏教編年通論』では「景雲2年に卒す」などと異なるが、ここでは、『宋高僧伝』巻18や『太平広記』などの没年によって記す。

実は、僧伽の生前の事跡に関しては、殆ど記される記事はなく、その伝の大半は、その没後のことに割かれている。中宗は特恩度僧によって、慧岸・慧儼・木叉という僧伽の3人の弟子をも供養していたが、僧伽の没後、しばしば僧伽がその姿を現すようになった。そのような記事は、大暦中(766 - 779年)から、乾寧元年(894年)にまで及んでいる。そのため、「泗州大聖僧伽和尚」として人々の信仰を集めるようになった。臨淮県は泗州に属していた。

それは、唐代だけにはとどまらず、五代十国の後周の世宗の時代を経て、宋代にまで及んでいる。『宋高僧伝』の撰者、賛寧の時代にも、『僧伽実録』という書物が見られ、太宗がそれを見て、寺の勅額を、武則天の避諱の「普光王」から「普照王」に改めさせている。

 

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749年 8-#2《勞勞亭歌-#2(卷七(一)五一三)》漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog 10527

わたしは、康楽公の謝霊運を気どって、素木のままの大船に乗り、「清らかな川面に夜霜が飛ぶ」と、高らかに朗詠する。
昔はこの牛渚で、袁家の息子、袁宏の「詠史の詩」五章を吟ずるのが聞かれたものだ。いまここで詠う我が歌が、袁家の息子、袁宏に及ばぬはずはない。
しかし、ここにはそれを賞める謝尚のような人はいないばかりか、苦竹がわびしい音を立てて、秋の月光の中に揺れるだけである。そして、ただ独り、相手のいない簾の中に宿って、帰郷の夢を見つづけるだけである。

 

 

 

 

李白 訳注解説 749年 《金陵方面》 2

 

 

 

6. 古風,五十九首之十四  1

胡關饒風沙,蕭索竟終古。  木落秋草黃,登高望戎虜。 

荒城空大漠,邊邑無遺堵。  白骨橫千霜,嵯峨蔽榛莽。

#2

借問誰凌虐,天驕毒威武。赫怒我聖皇,勞師事鼙鼓。

陽和變殺氣,發卒騷中土。

#3

三十六萬人,哀哀淚如雨。且悲就行役,安得營農圃。

不見征戍兒,豈知關山苦。李牧今不在,邊人飼豺虎。

 

7 勞勞亭  卷二五

勞勞亭      全唐詩 巻184-6

天下傷心處,勞勞送客亭。春風知別苦,不遣柳條青。

 

8 勞勞亭歌  卷七

勞勞亭歌   全唐詩 巻166-15

註〈在江寧縣南十五里,古送別之所,一名臨滄觀〉   

金陵勞勞送客堂,蔓草離離生道傍。

古情不盡東流水,此地悲風愁白楊。

我乘素舸同康樂,朗詠清川飛夜霜。

昔聞牛渚吟五章,今來何謝袁家郎。

苦竹寒聲動秋月,獨宿空簾歸夢長。

 

9 聞王昌齡左遷龍標遙有此寄  卷十三

聞王昌齡左遷龍標遙有此寄              172-13

楊花落盡子規啼,聞道龍標過五溪。

我寄愁心與明月,隨風直到夜郎西。

 

10 寄東魯二稚子  卷十三

寄東魯二稚子       全唐詩 巻172-23

〈在金陵作〉            

地桑葉綠,蠶已三眠。              我家寄東魯,誰種龜陰田。             

春事已不及,江行復茫然。              南風吹歸心,飛墮酒樓前。             

樓東一株桃,枝葉拂青煙。              此樹我所種,別來向三年。             

桃今與樓齊,我行尚未旋。              嬌女字平陽,折花倚桃邊。             

折花不見我,淚下如流泉。              小兒名伯禽,與姊亦齊肩。             

雙行桃樹下,撫背復誰憐。              念此失次第,肝腸日憂煎。             

裂素寫遠意,因之汶陽川。             

〈嬌女字平陽下,一作「嬌女字平陽,有弟與齊肩。雙行桃樹下,折花倚桃邊。折花不見我,淚下如流泉。」〉

 

11 蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽  卷十七

送蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽       全唐詩 巻176-33

六月南風吹白沙,牛喘月氣成霞。             

水國鬱蒸不可處,時炎道遠無行車。             

夫子如何涉江路,雲帆嫋嫋金陵去。             

高堂倚門望伯魚,魯中正是趨庭處。             

我家寄在沙丘傍,三年不歸空斷腸。             

君行既識伯禽子,應駕小車騎白羊。             

 

 

 

 

8.《勞勞亭歌》   -#1  

 

 

李白集校注 訳注解説

 

 

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749年 8-#1《勞勞亭歌-#1(卷七(一)五一三)》

 

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749年 8-#1《勞勞亭歌-#1(卷七(一)五一三)》漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog 10520

(要衝の地、建康の近郊に風流な地に歴史上、天下第一の心を傷ましめる処にとまり、自らを謝靈運の比し、また、詩文の才を袁彦伯に引けを取らぬといい、それでいて自分の名声は、謝尚にも劣っていると、その情を夢の中でのこととして、詠い、勞勞亭においてこの歌を作った

〔建康から出て初めての駅、寧縣南十五里に置かれた勞勞亭であるが、古来ここは送別の場所であったし、別の名を臨滄觀といった。〕

勞勞亭は金陵の郊外にあって、昔より、旅人を送別する場所として有名であるが、今茲には雑草が生えて、道端に蔓草が離離として生い茂り、その亭も荒廃している。

懐古の情は次々と思われ、大江を東流する水に似て枯れることなく、尽きることなく、しかも、悲風颯々として、河岸に並ぶ、白楊の枝葉を吹き靡かせている。

 

 

 

 

李白 訳注解説 749年 《金陵方面》 2

 

 

 

6. 古風,五十九首之十四  1

胡關饒風沙,蕭索竟終古。  木落秋草黃,登高望戎虜。 

荒城空大漠,邊邑無遺堵。  白骨橫千霜,嵯峨蔽榛莽。

#2

借問誰凌虐,天驕毒威武。赫怒我聖皇,勞師事鼙鼓。

陽和變殺氣,發卒騷中土。

#3

三十六萬人,哀哀淚如雨。且悲就行役,安得營農圃。

不見征戍兒,豈知關山苦。李牧今不在,邊人飼豺虎。

 

7 勞勞亭  卷二五

勞勞亭      全唐詩 巻184-6

天下傷心處,勞勞送客亭。春風知別苦,不遣柳條青。

 

8 勞勞亭歌  卷七

勞勞亭歌   全唐詩 巻166-15

註〈在江寧縣南十五里,古送別之所,一名臨滄觀〉   

金陵勞勞送客堂,蔓草離離生道傍。

古情不盡東流水,此地悲風愁白楊。

我乘素舸同康樂,朗詠清川飛夜霜。

昔聞牛渚吟五章,今來何謝袁家郎。

苦竹寒聲動秋月,獨宿空簾歸夢長。

 

9 聞王昌齡左遷龍標遙有此寄  卷十三

聞王昌齡左遷龍標遙有此寄              172-13

楊花落盡子規啼,聞道龍標過五溪。

我寄愁心與明月,隨風直到夜郎西。

 

10 寄東魯二稚子  卷十三

寄東魯二稚子       全唐詩 巻172-23

〈在金陵作〉            

地桑葉綠,蠶已三眠。              我家寄東魯,誰種龜陰田。             

春事已不及,江行復茫然。              南風吹歸心,飛墮酒樓前。             

樓東一株桃,枝葉拂青煙。              此樹我所種,別來向三年。             

桃今與樓齊,我行尚未旋。              嬌女字平陽,折花倚桃邊。             

折花不見我,淚下如流泉。              小兒名伯禽,與姊亦齊肩。             

雙行桃樹下,撫背復誰憐。              念此失次第,肝腸日憂煎。             

裂素寫遠意,因之汶陽川。             

〈嬌女字平陽下,一作「嬌女字平陽,有弟與齊肩。雙行桃樹下,折花倚桃邊。折花不見我,淚下如流泉。」〉

 

11 蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽  卷十七

送蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽       全唐詩 巻176-33

六月南風吹白沙,牛喘月氣成霞。             

水國鬱蒸不可處,時炎道遠無行車。             

夫子如何涉江路,雲帆嫋嫋金陵去。             

高堂倚門望伯魚,魯中正是趨庭處。             

我家寄在沙丘傍,三年不歸空斷腸。             

君行既識伯禽子,應駕小車騎白羊。             

 

 

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745年 n-55-#3 鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居(卷七(一)五一二)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9244

745-029-#3巻166-15 鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居(卷七(一)五一二)

 

 

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806年-152 昌黎先生 巻八-03鬥雞聯句【案:韓愈、孟郊】-#7 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9203

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(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

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(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

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杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

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杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

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花間集 訳注解説 (264)回目牛希濟巻五38臨江仙七首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9247 (10/12)

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745年 n-55-#3 鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居(卷七(一)五一二)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9244

では、その鳴皋山はどこにあるのであろうか、ここからでは薄く霞がかかり、よく見えないが、五崖峽という渓谷があり、樵の杣道を横切り潺湲として流れているのである。わが叔父が居を卜するのは、その渓谷であるが、その地に入ったなら、身には翠雲の皮衣を身に着け、袖で、紫煙を拂い、宛然仙人のように峡谷、岳岑を逍遥して悠々自適の暮らしをされることだろう。さてここを去り、間もなくすれば嵩山の奥深いところへ、嵩山の太室、少室の間に行かれるであろうから、その時は、私がここにいることを思い出してくれれば「相思」の間柄であるから、彼の有名な「三花の樹」を折って、送り届けてもらいたいものである。

 

 745-029-#3 -#3

鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居

(卷七(一)五一二) -#3

全唐詩巻166-15#3

李白集校注卷七(一)五一二#3

李太白集巻一五-19#3

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詩文(含異文)    

憶昨鳴皋夢裡還,手弄素月清潭間。覺時枕席非碧山,側身西望阻秦關。麒麟閣上春還早,著書卻憶伊陽好。青松來風吹古道【青松來風吹石道】,綠蘿飛花覆煙草。我家仙翁愛清真【我家仙公愛清真】,才雄草聖凌古人,欲臥鳴皋世塵。鳴皋微茫在何處?五崖峽水橫樵路【五崖溪水橫樵路】。身披翠雲裘,袖拂紫煙去。去時應過嵩少間,相思為折三花樹。

 

鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居#1

憶昨鳴皋夢裡還,手弄素月清潭間。

覺時枕席非碧山,側身西望阻秦關。

麒麟閣上春還早,著書卻憶伊陽好。

#2

青松來風吹古道,綠蘿飛花覆煙草。

我家仙翁愛清真,才雄草聖凌古人,欲臥鳴皋世塵。

#3

鳴皋微茫在何處?五崖峽水橫樵路。

身披翠雲裘,袖拂紫煙去。

去時應過嵩少間,相思為折三花樹。

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745年 n-55-#2 鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居(卷七(一)五一二)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9237

745年 n-55-#2 鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居(卷七(一)五一二

 

 

 

745年 

 

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Ⅰ李白詩

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index-9[815年~816年 49歳57

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杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

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杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

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(13)763年蜀中転々 96

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-55-#2 鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居(卷七(一)五一二)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9237

鳴皋山のこの地域では、青松林立し、長風颯爽としてその梢に起こる時、古道を渡って吹き靡き、緑羅の花は飛び散り、煙る叢草を覆い尽くすと、その景色は、世間を離脱して、幽邃閒雅を窮めている。

わが一族の仙人の叔父は天性、清真を愛し、かつ、雄才あって、草書に巧みなることは、古人を凌ぐくらいであるが、どう考えたものか、鳴皋山中に臥して俗塵から離脱隠遁しようと、近いうちにその地に赴こうというのである。

 

 745-029-#2 -#2

鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居

(卷七(一)五一二) -#2

全唐詩巻166-14#2

李白集校注卷七(一)五一二#2

李太白集巻一五-19#2

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詩文(含異文)    

憶昨鳴皋夢裡還,手弄素月清潭間。覺時枕席非碧山,側身西望阻秦關。麒麟閣上春還早,著書卻憶伊陽好。青松來風吹古道【青松來風吹石道】,綠蘿飛花覆煙草。我家仙翁愛清真【我家仙公愛清真】,才雄草聖凌古人,欲臥鳴皋世塵。鳴皋微茫在何處?五崖峽水橫樵路【五崖溪水橫樵路】。身披翠雲裘,袖拂紫煙去。去時應過嵩少間,相思為折三花樹。

 

鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居#1

憶昨鳴皋夢裡還,手弄素月清潭間。

覺時枕席非碧山,側身西望阻秦關。

麒麟閣上春還早,著書卻憶伊陽好。

#2

青松來風吹古道,綠蘿飛花覆煙草。

我家仙翁愛清真,才雄草聖凌古人,欲臥鳴皋世塵。

#3

鳴皋微茫在何處?五崖峽水橫樵路。

身披翠雲裘,袖拂紫煙去。

去時應過嵩少間,相思為折三花樹。

 

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

卷七(一)五一二

166-14

巻六-14

詩題

鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居(卷七(一)五一二)

文體

雜言古詩

 

詩序

0

     初句

憶昨鳴皋夢裏還

天寶四年  745  45

作地點

兗州(河南道 / 兗州 / 兗州)

及地點

鳴皋山 (都畿道 河南府 鳴皋山) 別名:明皋山

 

故函谷關 (都畿道 陜州 故函谷關) 別名:秦關

 

麒麟閣 (京畿道 京兆府 長安) 別名:麟閣

 

伊陽 (都畿道 河南府 伊陽)

 

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高

交遊人物/交遊地點

少室山 (都畿道 河南府 少室山)

交遊人物/交遊地點

李清

當地交遊(都畿道 河南府 鳴皋山)

交遊人物/交遊地點

張旭

詩文提及

太白山001 

鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居#1

(李白の叔父で、李淸という人が、五崖峡に隠居するというのでこの詩を作り、隠居の場所が、鳴山ということで、鳴歌と題したもの。)

憶昨鳴皋夢裡還,手弄素月清潭間。

前日夢の中に、鳴皋山に遊んだ時のことが出てきた、清き潭に臨んで、明月の影を玩んだものであった。

覺時枕席非碧山,側身西望阻秦關。

やがて目が覚めれば、自分のいるところは、碧山にあらず、紅塵万丈の街市の中にあって、身をそばだてて西望すれば、彼の山は秦關に距てられて、よくは見えない。

麒麟閣上春還早,著書卻憶伊陽好。

今は、太平の世で、天子の御府には、麒麟閣があって、秘書を蔵せられているが自分は長安を放逐された身分であるから、刻下のところ、伊水の北である鳴皋山の近傍にいて、著書でもやってみようかと思っている。

(鳴皋歌、從翁清の五崖の山居に歸るを餞し奉る)。#1

憶う昨 鳴皋夢裡に還えり,手に素月を弄す 清潭の間。

覺むる時 枕席 碧山に非ず,身を側てて 西望すれば 秦關を阻つ。

麒麟閣の上 春 還えること早く,著書 卻って 憶う 伊陽の好きを。

 

#2

青松來風吹古道,綠蘿飛花覆煙草。

鳴皋山のこの地域では、青松林立し、長風颯爽としてその梢に起こる時、古道を渡って吹き靡き、緑羅の花は飛び散り、煙る叢草を覆い尽くすと、その景色は、世間を離脱して、幽邃閒雅を窮めている。

我家仙翁愛清真,才雄草聖凌古人,欲臥鳴皋世塵。

わが一族の仙人の叔父は天性、清真を愛し、かつ、雄才あって、草書に巧みなることは、古人を凌ぐくらいであるが、どう考えたものか、鳴皋山中に臥して俗塵から離脱隠遁しようと、近いうちにその地に赴こうというのである。

#2

青松 風を來たして古道を吹き,綠蘿 花を飛して煙草を覆う。

我が家の 仙翁 清真を愛す,才は雄にして 草聖 古人を凌ぎ,鳴皋に臥して世塵をたんと欲す

 

泰山002 

《鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居》現代語訳と訳註解説

(本文)
#2

青松來風吹古道,綠蘿飛花覆煙草。

我家仙翁愛清真,才雄草聖凌古人,欲臥鳴皋世塵。

 

(下し文)
#2

青松 風を來たして古道を吹き,綠蘿 花を飛して煙草を覆う。

我が家の 仙翁 清真を愛す,才は雄にして 草聖 古人を凌ぎ,鳴皋に臥して世塵をたんと欲す

 

(現代語訳)

鳴皋山のこの地域では、青松林立し、長風颯爽としてその梢に起こる時、古道を渡って吹き靡き、緑羅の花は飛び散り、煙る叢草を覆い尽くすと、その景色は、世間を離脱して、幽邃閒雅を窮めている。

わが一族の仙人の叔父は天性、清真を愛し、かつ、雄才あって、草書に巧みなることは、古人を凌ぐくらいであるが、どう考えたものか、鳴皋山中に臥して俗塵から離脱隠遁しようと、近いうちにその地に赴こうというのである。

 

(訳注)
鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居#1

1. (李白の叔父で、李淸という人が、五崖峡に隠居するというのでこの詩を作り、隠居の場所が、鳴山ということで、鳴歌と題したもの。)

2. 鳴皋 太平寰宇記「鳴山河南府伊陽縣東三十五里に在り、伊陽縣は本と陸渾の地、唐の先天元年十二月、陸渾縣を割いて伊陽縣を置く。伊水の陽に在り、伊水を去ること一里。

3. 從翁 父の兄弟、叔父を言う。

4. 五崖 鳴皋山中の渓谷のどこかである。

#2

青松來風吹古道,綠蘿飛花覆煙草。

鳴皋山のこの地域では、青松林立し、長風颯爽としてその梢に起こる時、古道を渡って吹き靡き、緑羅の花は飛び散り、煙る叢草を覆い尽くすと、その景色は、世間を離脱して、幽邃閒雅を窮めている。

 

我家仙翁愛清真,才雄草聖凌古人,欲臥鳴皋世塵。

わが一族の仙人の叔父は天性、清真を愛し、かつ、雄才あって、草書に巧みなることは、古人を凌ぐくらいであるが、どう考えたものか、鳴皋山中に臥して俗塵から離脱隠遁しようと、近いうちにその地に赴こうというのである。

9. 草聖 法書要錄に「𢎞農の張芝、高尚にして仕えず、草書を善くし、精勁絶倫、家の衣帛、必ず先づ書して後に練る。池に臨んで書を學ぶ。池水盡く黒し。每に書して云う。匆匆、草書に暇らずと。人、之を草聖と謂う。とあるに基づく。

745年 n-55-#1 鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居(卷七(一)五一二)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9230

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(李白の叔父で、李淸という人が、五崖峡に隠居するというのでこの詩を作り、隠居の場所が、鳴山ということで、鳴歌と題したもの。)

前日夢の中に、鳴皋山に遊んだ時のことが出てきた、清き潭に臨んで、明月の影を玩んだものであった。やがて目が覚めれば、自分のいるところは、碧山にあらず、紅塵万丈の街市の中にあって、身をそばだてて西望すれば、彼の山は秦關に距てられて、よくは見えない。今は、太平の世で、天子の御府には、麒麟閣があって、秘書を蔵せられているが自分は長安を放逐された身分であるから、刻下のところ、伊水の北である鳴皋山の近傍にいて、著書でもやってみようかと思っている。

 

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杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

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杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

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杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

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745-030-8166-13 鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8951

慟哭したことによってなんとうまく成功した人もあるが、大笑いしたことによってなんと名誉を揚げたものがいる。それは、まず、申包胥は楚国が危ないからと言って、秦に行って援軍要請を行い、秦の朝廷において七日七夜泣き明かしたことで秦王は、兵を派遣し、その破滅をすくったという事であり、魯仲連は邯鄲の圍城において、談笑しつつ秦軍を退けたという。ともかく、申包胥、魯仲連の二子は、名誉を沽ラスことになるために、節操を枉げて、世間に輝かしたものにすぎないのであるから真似などすることではない。もとより天地をすててどこまでも、この身を忘れようと考えで、岑勛君は鳴皋山に行かれるのである。こうして岑勛訓が山中に入った後は、「列子」黄帝篇にいうように、白いかもめがとんできて、いつまでも君と親しんで相手をしてくれることだろう。とても考えのないものは、高士の隠者のお相手はできないことであろうから。

 

 745-030-8 -8

鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五六) -8

全唐詩巻166-138

李白集校注岑徵君(卷七(一)五#8

李太白集巻一九218

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8951

 

全唐詩 巻166-13

鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)

#1

若有人兮思鳴,阻積雪兮心煩勞。

洪河凌競不可以徑度,冰龍鱗兮難容

邈仙山之峻極兮,聞天籟之嘈嘈。

#2

霜厓縞皓以合沓兮,若長風扇海湧滄溟之波濤。

玄猨綠羆,舔〈同餂〉〈音演〉崟岌。

危柯振石,駭膽慄魄,羣呼而相號。

#3

峯崢嶸以路,挂星辰於巖

送君之歸兮,動鳴之新作。<