漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

其一

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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ずいぶん回復してきました。(12/10)
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ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

送内尋廬山女道士李騰空二首 其一 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -230

送内尋廬山女道士李騰空二首 其一 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -230


金陵から江をさかのぼって廬山に入り、五老峰の下の屏風畳にしばらく隠棲することにした。
756年至徳元年五十六歳のときである。安禄山が天下を二分してしまった危機を打開したいとは思うが、いまはなにもできない。まずは屏風畳に隠れ住むよりしかたがないと李白は考え、廬山の諸名勝を眺めながら、世俗を超越して無心に塵山の自然に融けこんだ。ここで生涯を送ろうと考えたのである。(「贈王判官、時余帰隠居廬山屏風畳」(王判官に贈る。時に余は帰隠して廬山の屏風畳に居る)廬山を詠んだ詩は多いが、そのすべてがこのとき詠んだかどうかは明らかではない。廬山の名勝の瀑布を望む詩「廬山の瀑布を望む」二首があるが、若き時代、蜀より長江を下ってここを過ぎたとき立ち寄ったとも考えられるが、746年の作として掲載した。

望廬山五老峯 李白  李白特集350 -226

望廬山瀑布水 二首其一 #1 350 -227

望廬山瀑布水二首 其一#2とまとめ350 -228

望廬山瀑布 二首其二(絶句) 李白特集350 -229



望廬山瀑布 二首其二
日照香炉生紫煙、遥看瀑布挂前川。
飛流直下三千尺、疑是銀河落九天。


李白は、廬山屏風畳には妻宗氏と棲んでいた。宗氏は李白の三人目の妻で、魏顥の『李翰林集』序に、「終に宗に娶る」とあるの。梁園にいるとき結婚した妻である。この妻が廬山の女道士李騰空(宰相李林甫の娘)を尋ねるのを送った「内の廬山の女道士 李騰空を尋ぬる を送る」二首がある。李騰空は屏風畳の辺に住んでいた。
 この詩は李白が屏風畳に行く前らしく、妻のほうが先に行って、李白があとから行ったものである。夫婦二人でしばらく鷹山に住んでいたのだ。

送内尋廬山女道士李騰空二首 其一   
君尋騰空子 応到碧山家。
君が 女道士の騰空子を尋ねてゆこうとしている、そこには間違いなく仙界の緑あふれた家に到るだろうとおもう。
水舂雲母碓 風掃石楠花。
そこの景色は、水車がまわり臼で雲母を搗く音が絶え間なく聞こえている、春風が石楠花の花を揺らせ、のどかな様子だろう。
若恋幽居好 相邀弄紫霞。

もしそのまま静かで奥深い趣のある生活をしたいなら、彼女は共に朝の光に照らされて紫色に映え霞をあつめ、万物を細やかに大切にする生活ができると大歓迎してくれるだろう。


内の廬山の女道士 李騰空を尋ぬる を送る  二首其の一
君は尋ぬ  騰空子(とうくうし)、応(まさ)に碧山(へきざん)の家に到るべし。
水は舂(うすづ)く  雲母(うんも)の碓(うす)、風は掃(はら)う  石楠(せきなん)の花。
若(も)し幽居(ゆうきょ)の好(よ)さを恋わば、相邀(あいむか)えて紫霞(しか)を弄(ろう)せん。

56moonetsujo250

送内尋廬山女道士李騰空二首 其一 現代語訳と訳註
(本文)

君尋騰空子 応到碧山家。
水舂雲母碓 風掃石楠花。
若恋幽居好 相邀弄紫霞。

(下し文)
内の廬山の女道士 李騰空を尋ぬる を送る  二首其の一
君は尋ぬ  騰空子(とうくうし)、応(まさ)に碧山(へきざん)の家に到るべし。
水は舂(うすつ)く  雲母(うんも)の碓(うす)、風は掃(はら)う  石楠(せきなん)の花。
若(も)し幽居(ゆうきょ)の好(よ)さを恋わば、相邀(あいむか)えて紫霞(しか)を弄(ろう)せん。

(現代語下し文)
君が  騰空子を尋ねてゆくなら、たぶん緑の山中の家に到るだろう
水車の臼で雲母を搗き、風が石楠花の花を散らす
もし静かで奥深い生活を恋(した)いなら、迎えて共に紫霞などとあそぶだろう。

(現代語訳)
君が 女道士の騰空子を尋ねてゆこうとしている、そこには間違いなく仙界の緑あふれた家に到るだろうとおもう。
そこの景色は、水車がまわり臼で雲母を搗く音が絶え間なく聞こえている、春風が石楠花の花を揺らせ、のどかな様子だろう。
もしそのまま静かで奥深い趣のある生活をしたいなら、彼女は共に朝の光に照らされて紫色に映え霞をあつめ、万物を細やかに大切にする生活ができると大歓迎してくれるだろう。


(訳注)
君尋騰空子 応到碧山家。

君が 女道士の騰空子を尋ねてゆこうとしている、そこには間違いなく仙界の緑あふれた家に到るだろうとおもう。
騰空子 752年まで宰相をしていた李林甫二人の娘の内の一人、李騰空。女道士道士で、屏風畳の辺に住んでいた。歿直前から権威は奈落に落ち、死後も鄭重には扱われなかった。娘としては肩身の狭い生活を送っていた。 ○碧山家 緑豊かな山の中の家であるが、李白は憧れを込めて、仙人の里という意味で「碧」を使っている。


水舂雲母碓 風掃石楠花。
そこの景色は、水車がまわり臼で雲母を搗く音が絶え間なく聞こえている、春風が石楠花の花を揺らせ、のどかな様子だろう。
 うすづ・く 臼、搗くとおなじ。○雲母 道教に欠かせない金丹を作る原材料の一つ。 ○風掃石楠花 シャクナゲ(石南花)は、ツツジ科日本ではその多くのものがツツジと称される。低木花の総称である。低い位置で咲き誇っている、つつじを思い浮かべると、いっぱいに咲いている花を風が散らしたら趣は半減する。春ののどかな風が花びらを揺らせていくと見たほうが味わいが深い。


若恋幽居好 相邀弄紫霞。
もしそのまま静かで奥深い趣のある生活をしたいなら、彼女は共に朝の光に照らされて紫色に映え霞をあつめ、万物を細やかに大切にする生活ができると大歓迎してくれるだろう。
若恋 もし~をしたいなら。○幽居 奥まった静かなたたずまいを言う。竹林の奥の方。○ 趣向 ○弄 女同士繊細なものに目を向け万物を愛する気持ちで取り扱うこと。○紫霞 朝の光に照らされて紫色に映えて見えるもやのこと。道教では万物はすべて塵の様なものの集まりである。特に朝の紫霞を集めると不老長寿の薬になるといわれている。


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望廬山瀑布水二首 其一#2とまとめ 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -228

望廬山瀑布水二首 其一#2とまとめ 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -228


望廬山瀑布水二首 其一
#1
西登香爐峰。南見瀑布水。』
挂流三百丈。噴壑數十里。
欻如飛電來。隱若白虹起。
初驚河漢落。半洒云天里。』
仰觀勢轉雄。壯哉造化功。
海風吹不斷。江月照還空。』
#2
空中亂潀射。左右洗青壁。
水のかたまりがどっと流れ落る、空中でぶつかり、いりみだれ、打ち合っている、そして左右に砕けて、青苔のむす岩壁に降りかかり洗う。
飛珠散輕霞。流沫沸穹石。』
とびちる水玉はうすい霞にかわってゆく、水泡まじりのながれは大岩の中から沸騰して湧き出ているようだ。
而我樂名山。對之心益閑。
これほどの景色の中でわたしは名山をこころから楽しむことができる、山とむかいあっていると心が落ち着きのびのびするのである。
無論漱瓊液。且得洗塵顏。
仙人の玉の薬液で口をそそいるのではない、ここにある滝のしぶき、水で俗世界の塵にまみれた顔を洗うことが出来る。
且諧宿所好。永愿辭人間。』

これはともかく、自分の元から一番気に入った場所なのだ。永久に人のすむ世界にわかれをつげ隠遁したいと思うのだ。
 

西のかた香炉峰(こうろほう)に登り、南のかた瀑布(ばくふ)の水を見る。
流れを掛くること三百丈、壑(たに)に噴(ふ)くこと数十里。
歘(くつ)として飛電(ひでん)の 来(きた)るが如く、隠(いん)として白虹(はくこう)の 起(た)つが若(ごと)し。
初めは驚く  河漢(かかん)の 落ちて、半(なか)ば 雲天(うんてん)の裏(うち)より灑(そそ)ぐかと。
仰ぎ観(み)れば   勢い転(うた)た 雄(ゆう)なり、壮(さかん)なる哉  造化(ぞうか)の功(こう)。
海風(かいふう)  吹けども断(た)たず、江月(こうげつ)  照らすも還(ま)た 空(くう)なり。』

空中に乱れて潨射(そうせき)し、左右(さゆう)  青壁(せいへき)を洗う。
飛珠(ひしゅ)  軽霞(けいか)を散じ、流沫(りゅうまつ)  穹石(きゅうせき)に沸(わ)く。
而(しこう)して  我(われ)は名山を楽しみ、之に対して心益々閑(のびやか)なり。
論ずる無かれ  瓊液(けいえき)に漱(すす)ぐを、且つは得たり  塵顔(じんがん)を洗う を。
且つは諧(かなう)  宿(もとよ)り好む所、永(ひさし)く願う 人間(じんかん)を辞する を。




望廬山瀑布水二首 其一 #2 現代語訳と訳註
(本文)#2

空中亂潀射。左右洗青壁。
飛珠散輕霞。流沫沸穹石。』
而我樂名山。對之心益閑。
無論漱瓊液。且得洗塵顏。
且諧宿所好。永愿辭人間。』

(下し文)
空中に乱れて潨射(そうせき)し、左右(さゆう)  青壁(せいへき)を洗う。
飛珠(ひしゅ)  軽霞(けいか)を散じ、流沫(りゅうまつ)  穹石(きゅうせき)に沸(わ)く。
而(しこう)して  我(われ)は名山を楽しみ、之に対して心益々閑(のびやか)なり。
論ずる無かれ  瓊液(けいえき)に漱(すす)ぐを、且つは得たり  塵顔(じんがん)を洗う を。
且つは諧(かなう)  宿(もとよ)り好む所、永(ひさし)く願う 人間(じんかん)を辞する を。

(現代語訳)
水のかたまりがどっと流れ落る、空中でぶつかり、いりみだれ、打ち合っている、そして左右に砕けて、青苔のむす岩壁に降りかかり洗う。
とびちる水玉はうすい霞にかわってゆく、水泡まじりのながれは大岩の中から沸騰して湧き出ているようだ。
これほどの景色の中でわたしは名山をこころから楽しむことができる、山とむかいあっていると心が落ち着きのびのびするのである。
仙人の玉の薬液で口をそそいるのではない、ここにある滝のしぶき、水で俗世界の塵にまみれた顔を洗うことが出来る。
これはともかく、自分の元から一番気に入った場所なのだ。永久に人のすむ世界にわかれをつげ隠遁したいと思うのだ。


(訳注)
空中亂潀射。左右洗青壁。
水のかたまりがどっと流れ落る、空中でぶつかり、いりみだれ、打ち合っている、そして左右に砕けて、青苔のむす岩壁に降りかかり洗う。
 水があつまること。

飛珠散輕霞。流沫沸穹石。』
とびちる水玉はうすい霞にかわってゆく、水泡まじりのながれは大岩の中から沸騰して湧き出ているようだ。
○穹 大岩。

而我樂名山。對之心益閑。
これほどの景色の中でわたしは名山をこころから楽しむことができる、山とむかいあっていると心が落ち着きのびのびするのである。

無論漱瓊液。且得洗塵顏。
人の玉の薬液で口をそそいるのではない、ここにある滝のしぶき、水で俗世界の塵にまみれた顔を洗うことが出来る
 仙人の薬。○塵頗 俗讐まみれた顔。

且諧宿所好。永愿辭人間。』
これはともかく、自分の元から一番気に入った場所なのだ。永久に人のすむ世界にわかれをつげ隠遁したいと思うのだ。
 1 調和する。やわらぐ。「諧声・諧調・諧和/和諧」 2 冗談。ユーモア。「諧謔(かいぎゃく)/俳諧」 [名のり]なリ・ゆき。3.気に入る。○ つつしむ。ひかえる。隠遁する意味に使う。○人間 俗人のすむ世界。



まとめ

望廬山瀑布水二首 其一
#1
西登香爐峰。南見瀑布水。』
挂流三百丈。噴壑數十里。
欻如飛電來。隱若白虹起。
初驚河漢落。半洒云天里。』
仰觀勢轉雄。壯哉造化功。
海風吹不斷。江月照還空。』
#2
空中亂潀射。左右洗青壁。
飛珠散輕霞。流沫沸穹石。』
而我樂名山。對之心益閑。
無論漱瓊液。且得洗塵顏。
且諧宿所好。永愿辭人間。』

(一般下し文)
西のかた香炉峰(こうろほう)に登り、南のかた瀑布(ばくふ)の水を見る。』
流れを掛くること三百丈、壑(たに)に噴(ふ)くこと数十里。
歘(くつ)として 飛電(ひでん)の 来(きた)るが如く、隠(いん)として白虹(はくこう)の 起(た)つが若(ごと)し。
初めは驚く  河漢(かかん)の 落ちて、半(なかば) 雲天(うんてん)の裏(うち)より灑(そそ)ぐかと。』
仰ぎ観(み)れば   勢い転(うたた) 雄(ゆう)なり、壮(さかん)なる哉  造化(ぞうか)の功(こう)。
海風(かいふう)  吹けども断(た)たず、江月(こうげつ)  照らすも還(また) 空(くう)なり。』
#2
空中に乱れて潨射(そうせき)し、左右(さゆう)  青壁(せいへき)を洗う。
飛珠(ひしゅ)  軽霞(けいか)を散じ、流沫(りゅうまつ)  穹石(きゅうせき)に沸(わ)く。』
而(しこう)して  我(われ)は名山を楽しみ、之に対して心益々閑(のびやか)なり。
論ずる無かれ  瓊液(けいえき)に漱(すす)ぐを、且つは 得 たり  塵顔(じんがん)を洗う を。
且つは 諧(かなう)  宿(もとよ)り好む所、永(ひさし)く願う   人間(じんかん)を辞する を。』


(現代語下し文)廬山の瀑布を望む 二首其の一
西のかた  香炉峰に登ると、南に瀧の落ちるのが見える。』
岸壁にかかる高さは三百丈、谷間のしぶきは数十里にわたる。
稲妻のように落ちるかと思えば、朦朧として白い虹が立つようだ。
はじめは 銀河が落ちるかと驚き、雲海から注ぐかと息をのむ。』
仰ぎ見れば  勢いはますます強く、大自然の壮大な力に圧倒される。
海からの風にも 吹きちぎられることはなく、江上の月の光は なすところなく照っている。』
水は乱れて 空中でぶつかり合い、苔むすあたりの岩肌を洗う。
飛び散る水は 軽やかな霞となって広がり、流れる飛沫は 岩にあたって舞いあがる。』
かくて私は 名山に遊び、山と向かい合って 心はますますのどかである。
清らかな水で 口を漱ぐのは当然のこと、俗塵にまみれた顔を 洗うこともできるのだ。
かねてからの私の好みに合っているところだ、俗世から辞してつつましくすることが  永い間の願いであるからだ。』


(解説)
 この詩は瀧に注目し、瀧の雄大さを長江の雄大さを交えて描いている。「河漢」(銀河)が落ちるかと驚き、「雲天」(雲海)から注ぐか、と、非常に斬新な表現であらわしている。

瀧は自然の壮大な力の象徴としてさらに細かく描写し、流れ落ちる瀧の水は空中でぶつかり合い、飛沫となって舞い上がる。李白詩の強烈な表現力は、この次に集約される。


仰觀勢轉雄。壯哉造化功。
海風吹不斷。江月照還空。』

仰ぎ観(み)れば   勢い転(うたた) 雄(ゆう)なり、壮(さかん)なる哉  造化(ぞうか)の功(こう)。
海風(かいふう)  吹けども断(た)たず、江月(こうげつ)  照らすも還(また) 空(くう)なり。』

天を仰ぎ見てみると、見れば見るほど勢いは雄大である。なんとすばらしいものだろう、天の造化のたくみには感心させられる。
はるばると海辺から風がたえまなく吹きよせてくる。
この雄大な長江を照らした月のひかりは、水に反射してその光を大空にかえしている。』

「江月照還空」「飛珠散輕霞。流沫沸穹石。」李白ならではの感覚である。


安禄山の叛乱軍が各地で好き勝手なことをしていても、李白一人でできることは、叛乱軍に捕まらないことであった。「謫仙人」と都での有名人であったため、下手な動きはできなかった。李白の知っている武将たちも次々と叛乱軍に降伏していた時期である。


名山をこよなく愛した李白の感想は、山と向かい「心益々閑」となった李白は、清らかな水で口をすすぎ、俗世の塵にまみれた顔を洗い清め、「人間を辞」し、隠遁したいと願うのである。

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前有樽酒行二首 其一  李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350- 203

前有樽酒行二首 其一  李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350- 203




前有樽酒行二首 其一
春風東來忽相過、金樽淥酒生微波。
春のかおりの女たちが東のほうからやって来た。女たちと一緒の聖人たちはこがねの樽にたたえた酒に、かすかな波がたっている。
落花紛紛楷覺多、美人欲酔朱顔酡。
女たちは花びらがはらはらとしだいに多く散りかかるのである。妓女たちは、化粧して着飾っていて、酔いごこちによりほんのり顔を赤らめている。
青軒桃李能幾何、流光欺人忽蹉跎。
東の庭の青い車、桃李の花のように人は集まり、なにもしないでいていつまであつまっているだろうか。流れる時間は、人をあざけるようにアッというまに過ぎてしまう。
君起舞、日西夕。
君、起ちあがって踊れ。太陽は西に沈むじゃないか。
當年意気不肯傾、白髪如絲歎何益。

わかいころの志、意気はおとろえたくないものなのだ。白髪が糸のようになってから嘆いてみても、何の役に立つというのか。


前有樽酒行二首 其の一

春風東より来って 忽ち相過ぐ、金樽の酒 徴波を生ず。

落花紛紛として 楷やに多きを覺ゆ、美人酔わんと欲して 朱顔たり。

青軒の桃李 能く幾何ぞ、流光人を欺いて 忽ち蹉たり。

君起って舞え、日西に夕なり。

当年の意気 肯て傾かず、白髪糸の如し 歎ずるも何の益かあらん。




前有樽酒行二首 其一 現代訳と訳註
雑言古詩

(本文)
春風東來忽相過、金樽淥酒生微波。
落花紛紛楷覺多、美人欲酔朱顔酡。
青軒桃李能幾何、流光欺人忽蹉跎。
君起舞、日西夕。
當年意気不肯傾、白髪如絲歎何益。

(下し文)
春風東より来って 忽ち相過ぐ、金樽の淥酒 徴波を生ず。
落花紛紛として 楷やに多きを覺ゆ、美人酔わんと欲して 朱顔酡たり。
青軒の桃李 能く幾何ぞ、流光人を欺いて 忽ち蹉跎たり。
君起って舞え、日西に夕なり。
当年の意気 肯て傾かず、白髪糸の如し 歎ずるも何の益かあらん。

(現代語訳)
春のかおりの女たちが東のほうからやって来た。女たちと一緒の聖人たちはこがねの樽にたたえた酒に、かすかな波がたっている。
女たちは花びらがはらはらとしだいに多く散りかかるのである。妓女たちは、化粧して着飾っていて、酔いごこちによりほんのり顔を赤らめている。
東の庭の青い車、桃李の花のように人は集まり、なにもしないでいていつまであつまっているだろうか。流れる時間は、人をあざけるようにアッというまに過ぎてしまう。
君、起ちあがって踊れ。太陽は西に沈むじゃないか。

わかいころの志、意気はおとろえたくないものなのだ。白髪が糸のようになってから嘆いてみても、何の役に立つというのか。


(訳註)
前有樽酒行二首 其一
春風東來忽相過、金樽淥酒生微波。
春のかおりの女たちが東のほうからやって来た。女たちと一緒の聖人たちはこがねの樽にたたえた酒に、かすかな波がたっている。
春風東來 春風は東風であり、東來するものである。同じくで同じことを示すわけがなく。性的な始まり、性的欲望を生むものと解釈すべきである。○淥酒 濁り酒がと賢人清酒は聖人。濁り酒は道士の飲むもの、清酒は儒者の飲むもの。○微波 かすかな波がたつ。波は東風によるものなのか、何によっておこる波なのか。
 
落花紛紛楷覺多、美人欲酔朱顔酡。
女たちは花びらがはらはらとしだいに多く散りかかるのである。妓女たちは、化粧して着飾っていて、酔いごこちによりほんのり顔を赤らめている。
○紛紛 いりみだれて散るさま。○ だんだん。○美人 宮妓、芸妓。○朱顔酡 「酡」は酒を飲んで顔が赤くなった様子。


青軒桃李能幾何、流光欺人忽蹉跎。
東の庭の青い車、桃李の花のように人は集まり、なにもしないでいていつまであつまっているだろうか。流れる時間は、人をあざけるようにアッというまに過ぎてしまう。
青軒 青い色を塗った軒、高貴な人の車。青色を塗った東側の娼屋。○桃李 桃と梨。何をしなくても人が集まるさま。○蹉跎 時間がたちまち経過してしまう形容。


君起舞、日西夕。
君、起ちあがって踊れ。太陽は西に沈むじゃないか。


當年意気不肯傾、白髪如絲歎何益。
わかいころの志、意気はおとろえたくないものなのだ。白髪が糸のようになってから嘆いてみても、何の役に立つというのか。
不肯傾 おとろえたくないものなの・傾 尽きていく。かたよる。かたむく。さけをのむ。


○韻 過、波、酡、跎。/夕、益。

送裴十八図南歸嵩山 其一 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白164

 
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送裴十八図南歸嵩山 其一 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白164


何處可爲別、長安青綺門。
どこで君と別れをするところとするかといえば、長安城の東門の青綺門である
胡姫招素手、延客酔金樽。
イランの美女が長く細い白い手で招き、客を引っ張り込み、金の酒樽で酔わせてくる。
臨當上馬時、我獨與君言。
いよいよ馬にのって出発する時間がきた。わたしだけひとりが、君と話をしている。
風吹芳蘭折、日沒鳥雀喧。
風が吹き、せっかくの香のよい蘭も無残に折れる。日が沈んで、雀や小鳥がやかましく囀っている。
擧手指飛鴻、此情難具論。
手をさしあげて、空を飛ぶあの大きな鴻を指さすのだが、この気持はうまく説明することがむつかしいのだ。
同歸無早晩、穎水有精源。

わたしもおそかれはやかれ、君と同じ所に帰る。調子のいい話を聞く耳を洗ったことで有名な穎水には、清い源があるにちがいないから。



どこで君と別れをするところとするかといえば、長安城の東門の青綺門である
イランの美女が長く細い白い手で招き、客を引っ張り込み、金の酒樽で酔わせてくる。
いよいよ馬にのって出発する時間がきた。わたしだけひとりが、君と話をしている。
風が吹き、せっかくの香のよい蘭も無残に折れる。日が沈んで、雀や小鳥がやかましく囀っている。
手をさしあげて、空を飛ぶあの大きな鴻を指さすのだが、この気持はうまく説明することがむつかしいのだ。
わたしもおそかれはやかれ、君と同じ所に帰る。調子のいい話を聞く耳を洗ったことで有名な穎水には、清い源があるにちがいないから。


裴十八図南の嵩山に帰るを送る 其の一
何れの処か 別れを為す可き、長安の青綺門。
胡姫 素手もて招き、客を延(ひ)いて 金樽に酔う。
当(まさ)に馬に上るべき時に臨んで、我独り 君と言う。
風吹いて 芳蘭折れ、日没して 鳥雀喧(かしま)し。
手を挙げて 飛鴻を指す、此の情 具(つぶさ)に論じ難し。
同じく帰って 早晩無し、穎水に 清源有り。


裴十八図南 裴が姓、図南が名。十八は排行(一族のなかでの序列)。○嵩山 中国の五嶽の中の一つ。中嶽河南省洛陽の東方にある。陰陽五行説に基づき、木行=東、火行=南、土行=中、金行=西、水行=北 の各方位に位置する、5つの山が聖山とされる。この時代道教の総本山があり、そこに帰っていくことを示す。
• 東岳泰山(山東省泰安市泰山区)標高1,545m。
• 南岳衡山(湖南省衡陽市衡山県)標高1,298m。
• 中岳嵩山(河南省鄭州市登封市)標高1,440m。
• 西岳華山(陝西省渭南市華陰市)標高2,160m。
• 北岳恒山(山西省大同市渾源県)標高2,016m。

この詩をもって李白が長安から去る気持ちを持っていたというのは間違いで、友人が道教の本山に帰るということに対して、自分も行きたいといっているだけなのだ。


何處可爲別、長安青綺門。
どこで君と別れをするところとするかといえば、長安城の東門の青綺門である。
青綺門 長安の町をかこむ城壁の門の一つ、東に向いた㶚城門は、青い色をぬってあったので、通称を、青城門、又は青門、又は、青綺門といった。

胡姫招素手、延客酔金樽。
イランの美女が長く細い白い手で招き、客を引っ張り込み、金の酒樽で酔わせてくる。
胡姫 外人の女。当時、イラン系の美女が長安の酒場、歌ったり舞ったりサービスしたりした。○素手 しろい手。○延客 客をひっぱる。

臨當上馬時、我獨與君言。
いよいよ馬にのって出発する時間がきた。わたしだけひとりが、君と話をしている。
臨當 その時にあたる。望む。その時に及ぶ。
 

風吹芳蘭折、日沒鳥雀喧。
風が吹き、せっかくの香のよい蘭も無残に折れる。日が沈んで、雀や小鳥がやかましく囀っている。
芳蘭 においのよいラン。

擧手指飛鴻、此情難具論。
手をさしあげて、空を飛ぶあの大きな鴻を指さすのだが、この気持はうまく説明することがむつかしいのだ。
擧手指飛鴻 晉の時代の隠者である郭瑀いう人の故事。ある人が郭瑀に、山を出て役人になるよう、使に呼びに行かせた。郭瑀は空を飛ぶ鴻(雁の大きいもの)を指さして言った。「ごらんなさい。あの鳥がどうして籠の中へ入れられましょう」。

同歸無早晩、穎水有精源。
わたしもおそかれはやかれ、君と同じ所に帰る。調子のいい話を聞く耳を洗ったことで有名な穎水には、清い源があるにちがいないから。
穎水 河南省登封県の西、すなわち嵩山の南方に源を発し、南に向って流れ、安徽省に入って准河と合流している。伝説によると、大昔、堯の時代の許由という高潔の士は、堯から天子の位をゆずろうと相談をもちかけられたとき、それを受けつけなかったばかりか、穎水の北にゆき隠居した。堯が又、かれを招いて九州の長(当時全国を九つの州に分けていた)にしようとした時、かれはこういぅ話をきくと耳が汚れると言って、すぐさま穎水の川の水で耳を洗った。


○韻  門、樽、言、喧、論、源。

古風五十九首 其一 李白 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 明朗な人生観、自然界に自らを一致させた謫仙人李白特集 150

古風五十九首 其一 李白 :杜甫紀頌之の漢詩ブログ 明朗な人生観、自然界に自らを一致させた謫仙人李白特集 150

 古風 其一        古風 其の一      
これまで古風五十九首のうち、以下を取り上げた。
古風 其三 李白106
古風 其五 李白107
古風 其六   李白120

古風 其七 李白108
古風 其八   李白117
古風 第九   李白109

古風 其十     李白126
古風 其十一 李白 140
古風 其十二 李白 141

古風 第十八     李白110
古風 其二十三 李白113

李白は道教の道について述べ、人生の問題としている。戦争を取り上げ、政事理念を直接に詩の主題にし、故事の引用や艶情の用語を使用して、「詩経」くにの風(うた)のスタイルにしている。

翰林学士として天子の助言者たりえたいと思っていた。吐蕃に対して「和蕃書」の起草等、それを示すものである。「古風 其の一」は李白が官吏として意欲をもっていた天宝二年夏まえの作品であろうか。


古風五十九首其一
大雅久不作。 吾衰竟誰陳。
詩経の大雅のような大らかな正しい詩風が、長い間作られなくなった。わたくしのやろうという気持ちが衰退したら、いったい誰がそれを復活できようか。
王風委蔓草。 戰國多荊榛。
王風の詩は草のはびこる中にすてられるに任せている、戦国の丗は、雑草ばかりになってしまった。
龍虎相啖食。 兵戈逮狂秦。
竜と虎とが食いあうように諸侯はあらそい、戦争はながくつづいて、狂暴な秦に及んでしまった。
正聲何微茫。 哀怨起騷人。
川原で正しい歌声で詠った屈原のような人はわずかいるかの状態となり、哀しみと怨みにより騒人を生み出した。
揚馬激頹波。 開流蕩無垠。』
揚雄と司馬相如は、くずれゆく波をかき立てようと努力したが、いったん開いた流れは、取り留めなく広がって、行き着くところを知らない。』
廢興雖萬變。 憲章亦已淪。
その後、すたれたり、復興したりがあって千変万化した、正しい詩法はすっかりほろんでしまった。
自從建安來。 綺麗不足珍。
建安以後の詩にいたっては、ただ綺麗なだけで、新しく珍しい良いものはたらない。
聖代復元古。 垂衣貴清真。
唐の聖代というものは、太古の姿にかえって、天子は、衣を垂れて、すっきりとして、ありのままなことを貴ぶようになった。
群才屬休明。 乘運共躍鱗。』
多くの才能ある人びとが、やすらかであかるい御代にいるのだ、時代の運気に乗って、共に魚がうろこをおどらせて活躍し出した。』
文質相炳煥。 眾星羅秋旻。
模様と生地があるように、詩の雰囲気と詩の形式がともに照栄え、おびただしい星のように詩人たちが秋の空にかがやいている。
我志在刪述。 垂輝映千春。
わたしの志は、古代の詩の伝統を後世につたえることだ。その光が千年さきの春を照らすような詩集をつくるのだ。
希聖如有立。 絕筆于獲麟。』

聖人の仕事を望み通り、もし立派にでき上ったならば、わたしも孔子のように最後は、麒麟をつかまえたとして筆を絶つことにする。』


詩経の大雅のような大らかな正しい詩風が、長い間作られなくなった。わたくしのやろうという気持ちが衰退したら、いったい誰がそれを復活できようか。王風の詩は草のはびこる中にすてられるに任せている、戦国の丗は、雑草ばかりになってしまった。
竜と虎とが食いあうように諸侯はあらそい、戦争はながくつづいて、狂暴な秦に及んでしまった。
川原で正しい歌声で詠った屈原のような人はわずかいるかの状態となり、哀しみと怨みにより騒人を生み出した。
揚雄と司馬相如は、くずれゆく波をかき立てようと努力したが、いったん開いた流れは、取り留めなく広がって、行き着くところを知らない。』
その後、すたれたり、復興したりがあって千変万化した、正しい詩法はすっかりほろんでしまった。
建安以後の詩にいたっては、ただ綺麗なだけで、新しく珍しい良いものはたらない。
唐の聖代というものは、太古の姿にかえって、天子は、衣を垂れて、すっきりとして、ありのままなことを貴ぶようになった。
多くの才能ある人びとが、やすらかであかるい御代にいるのだ、時代の運気に乗って、共に魚がうろこをおどらせて活躍し出した。』
模様と生地があるように、詩の雰囲気と詩の形式がともに照栄え、おびただしい星のように詩人たちが秋の空にかがやいている。
わたしの志は、古代の詩の伝統を後世につたえることだ。その光が千年さきの春を照らすような詩集をつくるのだ。
聖人の仕事を望み通り、もし立派にでき上ったならば、わたしも孔子のように最後は、麒麟をつかまえたとして筆を絶つことにする。』



大雅(たいが)  久しく作(おこ)らず、吾れ衰(おとろ)えなば竟(つい)に誰か陳(の)べん。
王風(おうふう)は蔓草(まんそう)に委(す)てられ、戦国には荊榛(けいしん)多し。
龍虎(りゅうこ)  相い啖食(たんしょく)し、兵戈(へいか)  狂秦(きょうしん)に逮(およ)ぶ。
正声(せいせい)  何ぞ微茫(びぼう)たる、哀怨(あいえん)  騒人(そうじん)より起こる。
揚馬(ようば)  頽波(たいは)を激(げき)し、流れを開き  蕩(とう)として垠(かぎ)り無し』
廃興(はいこう)  万変(ばんぺん)すと雖も、憲章(けんしょう)  亦(ま)た已に淪(ほろ)ぶ。
建安(けんあん)より来(こ)のかたは、綺麗(きれい)にして珍(ちん)とするに足らず。
聖代  元古(げんこ)に復し、衣(い)を垂れて清真(せいしん)を貴ぶ。
群才  休明(きゅうめい)に属し、運に乗じて共に鱗(うろこ)を躍(おど)らす。』
文質(ぶんしつ)  相い炳煥(へいかん)し、衆星(しゅうせい)  秋旻(しゅうびん)に羅(つら)なる。
我が志は刪述(さんじゅつ)に在り、輝(ひか)りを垂れて千春(せんしゅん)を映(てら)さん。
聖を希(ねが)いて如(も)し立つ有らば、筆を獲麟(かくりん)に絶(た)たん。』





大雅久不作。 吾衰竟誰陳。
詩経の大雅のような大らかな正しい詩風が、長い間作られなくなった。わたくしのやろうという気持ちが衰退したら、いったい誰がそれを復活できようか
大雅 中国の最古の詩集「詩経」の篇名。大きく正しい詩。



王風委蔓草、戰國多荊榛。
王風の詩は草のはびこる中にすてられるに任せている、戦国の丗は、雑草ばかりになってしまった。
王風 詩経の国風篇巻の六。洛陽を中心とした周の王墓の衰えたころの詩。○戦国 紀元前5~前3世紀までの時代。○荊榛 雑木雑草。



龍虎相啖食、兵戈逮狂秦。
竜と虎とが食いあうように諸侯はあらそい、戦争はながくつづいて、狂暴な秦に及んでしまった。
○兵戈 戦争。 ○ 及ぶ。とどく。 ○狂秦 狂暴な秦



正聲何微茫、哀怨起騷人。
川原で正しい歌声で詠った屈原のような人はわずかいるかの状態となり、哀しみと怨みにより騒人を生み出した。
騒人 「離騒」の作者である屈原(前三世紀)をはじめ悲憤條慨の詩を作った一派の詩人たち、それ以来悲憤憤慨の人をたくさん作りだしたことをいう。



揚馬激頹波、開流蕩無垠。』
揚雄と司馬相如は、くずれゆく波をかき立てようと努力したが、いったん開いた流れは、取り留めなく広がって、行き着くところを知らない。』
揚馬 揚雄と司馬相如。前一、二世紀の漢の時代に出た文人。 
 かぎり、はて。さかい。



廢興雖萬變、憲章亦已淪。
その後、すたれたり、復興したりがあって千変万化した、正しい詩法はすっかりほろんでしまった。
憲章 正しい法則。



自從建安來。 綺麗不足珍。
建安以後の詩にいたっては、ただ綺麗なだけで、新しく珍しい良いものはたらない。
建安 紀元二世紀末の年号。曹植をはじめ多くの詩人が出た。



聖代復元古。 垂衣貴清真。
唐の聖代というものは、太古の姿にかえって、天子は、衣を垂れて、すっきりとして、ありのままなことを貴ぶようになった。
聖代 唐の時代をさす。○垂衣 大昔の聖天子、責と舜とは、ただ衣を地に垂れていただけで、天下がよく治まったという。○清真 すっきりとして、ありのままなこと

 

群才屬休明。 乘運共躍鱗。』
多くの才能ある人びとが、やすらかであかるい御代にいるのだ、時代の運気に乗って、共に魚がうろこをおどらせて活躍し出した。』
休明 やすらかであかるい時代。



文質相炳煥、眾星羅秋旻。
模様と生地があるように、詩の雰囲気と詩の形式がともに照栄え、おびただしい星のように詩人たちが秋の空にかがやいている。
文質 文はあやで模様と質は素材、生地。詩の雰囲気と詩の形式。○炳煥 てりはえる。○秋旻 秋の空。



我志在刪述、垂輝映千春。
わたしの志は、古代の詩の伝統を後世につたえることだ。その光が千年さきの春を照らすような詩集をつくるのだ。
刪述 けずって、のべる。良くない所はけずり、良い所をのべつたえる。西周時代、当時歌われていた民謡や廟歌を孔子が編集した(孔子刪詩説)とされる。史記・孔子世家によれば、当初三千篇あった膨大な詩編を、孔子が311編(うち6編は題名のみ現存)に編成しなおしたという ○千春 千年



希聖如有立、絕筆于獲麟。』
聖人の仕事を望み通り、もし立派にでき上ったならば、わたしも孔子のように最後は、麒麟をつかまえたとして筆を絶つことにする。』
獲麟 むかし孔子は歴史の本「春秋」を著わしたとき、「麒麟をつかまえた」という所で筆を絶った。麒麟は、空想の動物で、聖人のあらわれる瑞兆とされている。

対酒憶賀監 二首 并序 其一 李白

対酒憶賀監 二首 并序 其一 :李白 賀知章の思い出(1) 133-134 



對酒憶賀監併序         
太子賓客賀公、
於長安紫極宮一見余、呼余為謫仙人。        
老子を祀る玄元廟(げんげんびょう)に宿をとっていただき、秘書監の賀知章とあう、長安紫極宮で私を一目見るや呼ばれたのが「謫仙人」と号された。
因解金亀換酒為楽、
没後対酒、悵然有懐而作是詩。

ここにかかる金子を金細工の亀によって賄われた、亡くなられた後酒に向かう、恨み嘆き、思い出すことがありこのを作る、


酒に対して賀監を憶ふ序を併す
太子賓客なりし賀公、長安の紫極宮にて一度余を見るや、余を呼びて謫(たく)仙人と為す。
因って金亀を解き酒に換えて楽しみを為し、没後 酒に対するに、悵然として懐い有り、而して是の詩を作る。



太子賓客賀公、於長安紫極宮一見余、呼余為謫仙人。
老子を祀る玄元廟(げんげんびょう)に宿をとっていただき、秘書監の賀知章とあう、長安紫極宮で私を一目見るや呼ばれたのが「謫仙人」と号された。
賀監 秘書外警号していた賀知事のこと。詩人賀知章、あざなは季真、会稽の永興(いまの漸江省蔚山県西)の人である。気の大きい明るい人で話がうまかった。かれを盲見ないと心が貧しくなるという人もいた。官吏の試験に合棉して、玄宗の時には太子の賓客という役にな。、また秘書監の役にもなった。しかし晩年には苦く羽目をはずし、色町に遊び、自分から四明狂客、または租書外監と号した。李白が初めて長安に来たとき、かれを玄宗に推薦したのは、この人であったと伝えられる。天宝二年、老齢のゆえに役人をやめ、郷里にかえって道士になった。○紫極宮 老子をまつる廟。○謫仙人 天上から人間世界に流された仙人。



因解金亀換酒為楽、没後対酒、悵然有懐而作是詩。
ここにかかる金子を金細工の亀によって賄われた、亡くなられた後酒に向かう、恨み嘆き、思い出すことがありこのを作る、
金亀 腰につけた飾りの勲章。○悵然 恨み嘆くさま。悼むのではなく、恨んで詩を作っている。


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李白は老子を祀る玄元廟(げんげんびょう)に宿を取っている。道教の知人、詩人の秘書監(従三品)の賀知章(がちしょう)の指示で泊まったようだ。賀知章は八十四歳である。
賀知章は李白が差し出した詩を読んで「此の詩、以て鬼神を哭せしむべし」と称賛し、李白を「謫仙人」(たくせんにん)と言って褒めたという。「謫仙人」とは天上から地上にたまたま流されてきた仙人という意味であって、道教では最大の褒め言葉である。


對酒憶賀監 李白
其一
四明有狂客,風流賀季真。
浙江の四明山には、奇特な振る舞いをする文人がいる。 賀知章は詩歌を作って書を書いて、世俗から離れていた。
長安一相見,呼我謫仙人。
長安でちょっと見かけた。 わたしを「謫仙人」と呼んでいた。
昔好杯中物,今爲松下塵。
この賀知章、昔は、酒を好んだものだった。今は死んで、松の木の下の塵土となってしまっている。 
金龜換酒處,卻憶涙沾巾。

有りがたいことに黄金のカメの飾りを酒に換えて接待してくれたところがある。そこへ来ると思わず知らず、涙が出て布巾を湿らせたものだ。 


浙江の四明山には、奇特な振る舞いをする文人がいる。 
賀知章は詩歌を作って書を書いて、世俗から離れていた。
長安でちょっと見かけた。 わたしを「謫仙人」と呼んでいた。
この賀知章、昔は、酒を好んだものだった。今は死んで、松の木の下の塵土となってしまっている。 
有りがたいことに黄金のカメの飾りを酒に換えて接待してくれたところがある。そこへ来ると思わず知らず、涙が出て布巾を湿らせたものだ。


酒に對して 賀監を 憶ふ
四明に 狂客有り,風流の賀季真。
長安に 一たび相ひ見(まみ)え,我を謫仙人と呼ぶ。
昔は 杯中の物を好むれど,今は松下の塵と爲る。
金龜酒に換へし處,卻(かへっ)て憶(おも)ひ涙巾を沾(うるほ)す。
四明山にキチガイがいた。畏人の賀季兵だ。長安ではじめて出会ったとき、わたしを見るなり「訴仙
人」と呼んだ。



四明有狂客、風流賀季真。
浙江の四明山には、奇抜な振る舞いをする文人がいる。 
賀知章は詩歌を作って書を書いて、世俗から離れていた。
四明  四明山1017m。浙江にある山の名。杭州市、蕭山市の東南100kmの所にある。近くに会稽山がある。「賀監」「賀公」どれも、賀知章のこと。 賀知章 回鄕偶書二首
 ・賀知章:659年~744年(天寶三年)盛唐の詩人。越州永興(現・浙江省蕭山県)の人。字は季真。則天武后の代に進士に及第して、国子監、秘書監などになった。・狂客:奇抜な振る舞いをする文人。また、軽はずみな人。常軌を逸した人。狂草で有名な張旭と交わり、草書も得意としていた。酒を好み、酒席で感興の趣くままに詩文を作り、紙のあるに任せて大書したことから、杜甫の詩『飲中八仙歌』では八仙の筆頭に挙げられている賀知章の自号は「四明狂客」で、ここでは彼を指す。 ・賀季真:賀知章を字で呼ぶ。親しい友人からの呼びかけになる。
 

長安一相見、呼我謫仙人。
長安でちょっと見かけた。 わたしを「謫仙人」と呼んでいた。
長安 唐の都。 ・一相見 ちょっと見かけた。・呼我 わたしを呼ぶのに。 ・謫仙人 〔たくせんにん〕天上界から人間の世界に追放されてきた仙人。神仙にたとえられるような非凡な才能をもった人。道教からの評価、詩人としても最大の評価といえる。李白の詩才をほめて使っている。

昔好杯中物、今爲松下塵。
この賀知章、昔は、酒を好んだものだった。今は死んで、松の木の下の塵土となってしまっている。 
 このむ。 ・杯中物 酒を指す。・爲  …となる。 ・松下塵 松の木の下の塵土。死んで土に帰ったことをいう。松柏は、死者を偲んで墓場に植えられる樹木。この場合の色は青、音は蕭蕭がともなうことが多い。



金龜換酒處、卻憶涙沾巾。
有りがたいことに黄金のカメの飾りを酒に換えて接待してくれたところがある。そこへ来ると思わず知らず、涙が出て布巾を湿らせたものだ。 
 
金龜 黄金のカメの飾り。序文にある「因解金龜換酒爲樂」こと。 ・換酒 酒に交換する。 ・ ところ。・卻憶 (想い出そうといういう気がなくとも、意志に反して)想い出されてきて。 ・ なみだ。 ・ うるおす。ぬらす。しめらす。 ・ 布巾。

越女詞 五首 其一 李白12

李白の若い娘の歌はつづきます。

越女詞 五首  李白12 (修正補完) 
其一
長干呉兒女,眉目麗新月。
長干の街に住む呉の娘らは、眉と目が星や月よりもなまめかしい。
屐上足如霜,不着鴉頭襪。

木靴のうえの足は霜のように白く、足袋をはかなくてもうす絹をつけように素足が美しい。



長干の街に住む呉の娘らは、眉と目が星や月よりもなまめかしい。
木靴のうえの足は霜のように白く、足袋をはかなくてもうす絹をつけように素足が美しい。


越女詞 えつじょし

越女の詞うた
越 現浙江省方面。戦国時代 越の国があった。


  長干呉兒女   眉目艶新月
ちょうかんのごじのむすめ びもくしんげつよりえんなり
長干の色街に住む呉の娘らは眉と目が新月よりもなまめかしい。
長干 江蘇省南京の南にある町。水運によって開けた町で、色町もあった。そのことを指す。○呉児 呉は今の江蘇省一帯。児は、大都会のあか抜けている雰囲気を示す。江戸吉原の芸妓にあたる。

  屐上足如霜   不着鴉頭襪
げきじょうあししものごとく  あとうのべつをつけず
靴のうえの足は霜のように白く、もう鴉頭の足袋を履いていなくてもうす絹をつけように素足が美しい。
 木靴に下駄の歯をつけたようなもの。女用は先が丸く、男用は角だった。
鴉頭襪 あとうべつ 襪はくつした。纏足用に巻きつけた靴下のようなもの。女の子は4,5歳になると纏足をした。黒い帯状のものを巻きつけて大きくならないようにしたもの。カラスの首から頭のほっそりと引き締まったラインのことを指す。足が小さいほど身売りの値段に差がついた。古来南京の色町では行われていたが、流行先進地であった端を発し、晩唐以降大流行した。清朝から禁止令が出ても構わず、続けられて現中国まで実在した。


韻 月、襪。

長干の呉児のむすめ、眉目 新月より艶やかなり
屐上げきじょうの足 霜の如く、鴉頭あとうの襪べつを着けず

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