漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

其二

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

答友人贈烏紗帽 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -293

答友人贈烏紗帽 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -293


答友人贈烏紗帽
領得烏紗帽,全勝白接蘺。
山人不照鏡,稚子道相宜。


答友人贈烏紗帽 李白                           
烏紗帽を領得して、全く白接蘺(り)に勝(まさ)る。
山人 鏡に照らさざるも、稚子 相 宜(よろ)しと道(い)う。


 鳥紗帽たしかに受け取りました                         
 白接蘺よりずっといい                             
 鏡で見てみたわけじゃないけど                         
 子供は似合うと言ってます                           
李白
       ウィキペディア  李白像
 
現代語訳と訳註
(本文)
答友人贈烏紗帽
領得烏紗帽,全勝白接蘺。
山人不照鏡,稚子道相宜。


(下し文)
烏紗帽を領得して、全く白接蘺(り)に勝(まさ)る。
山人 鏡に照らさざるも、稚子 相 宜(よろ)しと道(い)う。


(現代語訳)
烏紗帽を届けてくれて確かに受け取りました。白い接羅の帽子よりすべてに勝っている。
山で隠遁すべき人間が街にいるこの私が鏡を見るまでのことはないのだ、山間ではないけれど子供たちはよく似合ってるといっている。


(訳注) 答友人贈烏紗帽
領得烏紗帽,全勝白接蘺。
烏紗帽を領得して、全く白接蘺(り)に勝(まさ)る。
烏紗帽を届けてくれて確かに受け取りました。白い接羅の帽子よりすべてに勝っている。
烏紗帽:絹で出来た礼装用の黒い帽子。
白接羅:白い接羅(せつり)。接羅は帽子の一種。昔、荊の地方長官だった山簡が被っていたことで有名。
山簡は竹林の七賢人である山濤の息子だが、それよりなにより酔ってこの白接蘺を前後反対に被り
町なかで馬に乗ったほどの「酔っぱらい」ぶりで名高い。              
「山公」と言えば酔っぱらいの代名詞であり、李白はしばしば自分をこの山簡に例えている。 

山公 山簡のこと。字は季倫。西晋時代の人。竹林の七賢の一人、山濤の子。公は一般に尊称であるが、ここでは、とくに尊敬と親しみの気特がこもっている。山簡、あざなは季倫。荊州の地方長官として嚢陽にいたとき、常に酔っぱらっては高陽の池にあそび(野酒)、酩酊したあげく、白い帽子をさかさに被り、馬にのって歩いた。それが評判となり、そのことをうたった歌までできた。話は「世説」にある。 ○高陽 嚢陽にある池の名。 ○白接蘺 接蘺は帽子。


山人不照鏡,稚子道相宜。
山人 鏡に照らさざるも、稚子 相 宜(よろ)しと道(い)う。
山で隠遁すべき人間が街にいるこの私が鏡を見るまでのことはないのだ、山間ではないけれど子供たちはよく似合ってるといっている。
○山人 山林で隠棲すべき隠者が世間に出て行くことを批判する意味を寓している。李白、杜甫などもある意味では職業的詩人であって、やはり山人の部類である。ここでは李白自身のことを指す。


     
 帽子01

帽子02
帽子03
 
  唐太宗戴幞頭 禮官戴幞頭 兩文人戴幞頭 
 帽子04
帽子05
帽子06
 
  長腳羅幞頭 翹腳幞頭 翹腳幞頭
 
    

   時代を遡ると、元代の雑劇に登場する山人は例外なくみな占い師であり、かつ自称ではなく他称である。また陸遊の〈新裁道帽示帽工〉(《劍南詩稿》卷39)では、「山人手段雖難及」と帽子作りの職人を山人と呼んでおり、《東京夢華録》巻 5 〈京瓦技芸〉等にみえる張山人は都会の寄席芸人であるなど、総じて山人とは「技術之士」(《太平廣記》巻72「張山人」)であったといえる。同じ現象は唐代にも見られる。宋初の《文苑英華》巻231「隠逸二・山人」に収める唐代の山人の詩の多くには売薬についての記述が見える。そもそも山人という語の出典は、南斉の孔稚圭「北山移文」(《文選》巻43)の「山人去兮曉猿驚」にあり、本来山林で隠棲すべき隠者が世間に出て行くことを批判する意味を寓している。いわゆる「終南の捷径」によって官途を求めた李泌のような人物もまた山人であったし、李白、杜甫などもある意味では職業的詩人であって、やはり山人の部類である。現に李白は「答友人贈烏紗帽」(《李白集校注》巻19)で「山人不照鏡、稚子道相宜」と自ら山人を称している

 
「山公」
李白と道教48襄陽歌 ⅰ

李白と道教(7)襄陽曲49から52

阮籍 詠懐詩 、 白眼視    嵆康 幽憤詩

秋浦歌十七首 其七 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集251350

秋浦歌十七首 其九 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 -253/350

秋浦歌十七首 其十一 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集-255/350


 烏紗帽00烏紗帽平巾幘(さく)帽00平巾幘(さく)帽

 
    

襄陽曲四首 李白
「あの儒教者の立派な人格者の晉の羊公でさえ、台石の亀の頭は、むざんに欠け落ちてしまって、苔だらけ。『涙を堕す碑』とよばれるのに、涙さえおとすことも出来ない。心も羊公のために、悲しむことさえ出来ない。
清々しい風、明月を眺め、その上、酒を飲むなら、これにまさることはない。」
どんなに笑われても、山公(山簡先生)のように生きたい。という李白であった。
 中国では、昔から、茶屋、居酒屋のようなにぎやかに人を集めた場所で、「三国志」、とか、「王昭君」、「西施」など節をつけ、唄いながら講談をした。襄陽は交通の要衝で、大きな歓楽街もあった。そこで詠われた詩の「襄陽楽」を題材にして李白が詠ったのだが、同じ内容の絶句四首がある。李白の考え方をよく表している。(再掲)

現代語訳と訳註

李白『襄陽曲四首其一』
(本文)

襄陽行樂處、歌舞白銅蹄。
江城回淥水、花月使人迷。


(下し文)
嚢陽 行楽の処、歌舞 白銅鞋
江城 淥水回(めぐ)り、花月 人をして迷わせる


(現代語訳)
嚢陽はたのしい行楽の場所だ。人びとは、古いわらべ歌の「白銅蹄」を歌ったり踊ったりする。
江にのぞむこのまちは、うつくしい水にとりまかれ、なまめかしい花と月とが、人の心をまよわせる。

(訳注)
○裏陽曲 六朝の栄の隋王寵が作ったといわれる「嚢陽楽」という歌謡に、「朝に嚢陽城を発し、暮に大隄の宿に至る。大隄の諸女児、花顛郡の目を驚かす」とある。嚢陽曲は、すなわち賽陽楽であり、李白のこの第一首の結句は、隋王誕の歌の結句と似ている。なお、李白の、次にあげた「大隄の曲」、および 前の「嚢陽の歌」を参照されたい。○襄陽 いまの湖北省襄陽県。漢水にのぞむ町。李白はこの地から遠からぬ安陸に、三十歳前後の頃、定住していた。また、李白の敬愛する先輩の詩人、孟浩然は、裏陽の旧家の出身であり、一度は杜甫に連れられ玄宗にお目通りしたが仕えず、この地の隠者として終った。・白銅蹄 六朝時代に襄陽に流行した童謡の題。 ○淥水 清らかな水。 ○花月 花と月と。風流なあそびをさそうもの。(売春の誘い込みも含むと考えればわかりやすい)


李白 襄陽曲四首 其二
(本文)

山公醉酒時。 酩酊高陽下。
頭上白接籬。 倒著還騎馬。


(下し文)

山公 酒に酔う時、酩酊し 高陽の下
頭上の 白接籬、倒しまに着けて還(また)馬に騎(のる)

(現代語訳)
山簡先生はいつもお酒に酔っている、酩酊してかならず高陽池のほとりでおりていた。
あたまの上には、白い帽子。それを逆さにかぶりながら、それでも馬をのりまわした。

(訳註)
○山公 山簡のこと。字は季倫。西晋時代の人。竹林の七賢の一人、山濤の子。公は一般に尊称であるが、ここでは、とくに尊敬と親しみの気特がこもっている。山簡、あざなは季倫。荊州の地方長官として嚢陽にいたとき、常に酔っぱらっては高陽の池にあそび(野酒)、酩酊したあげく、白い帽子をさかさに被り、馬にのって歩いた。それが評判となり、そのことをうたった歌までできた。話は「世説」にある。 ○高陽 嚢陽にある池の名。 ○白接離 接寵は帽子。



李白 襄陽曲四首 其三
(本文)

峴山臨漢江、水淥沙如雪。
上有墮淚碑、青苔久磨滅。

(下し文)
峴山 漢江に臨み、水は緑に 抄は雪の如し
上に堕涙の碑有り、青苔に 久しく磨滅す

(現代語訳)
峴山は漢江に臨んでそびえたつ、ながれる水は清く澄み、川辺の砂は雪の白さだ。
山上には「墮淚碑」が有り、 青苔におおわれたまま永いので磨滅したように彫刻が見えない。
(こんなに哀れに苔だらけになってしまっている。ここで泣けるのか)

(訳註)
○峴山 襄陽県の東南にある山で、漢水にのぞむ。唐代の名勝の地。○漢江 漢水とおなじ。長江の一番大きな支流。 ○堕涙碑 晋の羊祜は、荊州の都督(軍事長官)として襄陽のまちを治めて人望があった。かれは生前、峴に登って酒を飲み、詩を作つたが、かれが死ぬと、襄陽の人びとはその人となりを偲んで、山上に石碑を立てた。その碑をみる人は、かれを思い出して涙を堕さないではいられなかったので、堕涙碑と名づけられた。名づけ親は、羊祜の後任で荊州の都督となった杜預、(杜甫の遠い先祖にあたる)である。



李白 襄陽曲四首 其四
(本文)

且醉習家池。 莫看墮淚碑。
山公欲上馬。 笑殺襄陽兒。

(下し文)

且らく酔わん 習家の池、堕涙の碑を看る莫れ。
山公 馬に上らんと欲すれは、笑殺す 嚢陽の児。

 (現代語訳)
ともかく、習家池で酔いつぶれよう、墮淚碑になんか見てもしかたがない。
山公先生が馬に乗ろうとして、襄陽の子供たちが笑い転げてくれ。(その方がどんなにいいか)

(訳注)
○習家池 山簡がいつも酔っぱらった高陽池のこと。漢の習郁という人が、養魚のためにこの池をつくり、池のまわりの高い堤に竹などを植え、ハスやヒシで水面をおおい、以来、遊宴の名所となったと「世説」の注に見える。○笑殺 穀は調子を強める字。


 死んで世に名を残したって、苔むすだけだろう。それなら、一生どれだけ飲めるのかといっても、たかが知れている。人に笑われたって今を楽しむほうがいい。ここで、酒好きな李白の「酒」を論じるのではない。(酒については別のところで述べる予定。)


 子供についての考え方、に続いて、わらべ歌について、李白の考えを詠ったものだが、端的に言うと、峴山の羊祜、「堕涙碑」は儒教の精神を示している。それに対して、山簡を山公と山翁呼んでいるが、李白は自分のことをしばしばそう詠っている。竹林の七賢山濤の子の山簡、つまり、山簡先生と同じように自分もたとえ子供に笑われたって、酒を飲むほうがいいといっている。酒を飲むというのは現実社会、今生きていることを示すのである。(李白は山東で竹渓の六逸と称し遊ぶ)


 李白は、自分の道徳観を故事になぞらえて正当化する手法をとっている。しかも、わかりやすいわらべ歌を題材にしているのである。

 襄陽は、道教の宗派最大の聖地、武当山のおひざ元、門前町なのだ。ここでも道教の接点があるのだ。
(長安で寓居していた終南山も道教の本家地がある。元丹邱の関連でよく出てくる地名である。)
 しかし、のちに、この道教のつながりで、中央官僚、しかも皇帝が李白のために新しいポストを作って迎えられるのだから、「大作戦」成功を見るのである。

贈從弟南平太守之遙二首 其二 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -292

贈從弟南平太守之遙二首 其二 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -292

其二
東平與南平。 今古兩步兵。
東平と南平の二人、今も昔も軍隊の基本は歩兵戦略にあるものだ。
素心愛美酒。 不是顧專城。
純真な心でおいしいお酒を愛することが一番だ。このことはもっぱら城郭の中にいて戦のことは考えることはないということだ。
謫官桃源去。 尋花几處行。
謫仙人といわれたこの私は桃源の里を去ろうと思う。花を訪ねて歩くのでゆく当てのない旅をすることになろう。
秦人如舊識。 出戶笑相迎。

素直で純真な心を持った君たちは、私の過去の歴史を知ってくれたことは唐王朝のことを理解したものと思う。ここの扉から出ていったら今度会う時は互いに笑って迎え合おうではないか。

從弟の南平の太守之遙に贈る二首 其の二
東平と南平。 今は古(いにしえ) 兩の步兵。
素心 美酒を愛し。 是 專城を顧ず。
謫官 桃源を去り。花を尋ねて 几そ處行す。
秦人 舊きを識るが如し。 出戶 笑って相い迎う。


其二 現代語訳と訳註
(本文)

東平與南平。 今古兩步兵。
素心愛美酒。 不是顧專城。
謫官桃源去。 尋花几處行。
秦人如舊識。 出戶笑相迎。

(下し文)  其の二
東平と南平。 今も古(いにしえ) 兩の步兵。
素心 美酒を愛し。 是 專城を顧ず。
謫官 桃源を去り。花を尋ねて 几そ處行す。
秦人 舊きを識るが如し。 出戶 笑って相い迎う。

(現代語訳)
東平と南平の二人、今も昔も軍隊の基本は歩兵戦略にあるものだ。
純真な心でおいしいお酒を愛することが一番だ。このことはもっぱら城郭の中にいて戦のことは考えることはないということだ。
謫仙人といわれたこの私は桃源の里を去ろうと思う。花を訪ねて歩くのでゆく当てのない旅をすることになろう。
素直で純真な心を持った君たちは、私の過去の歴史を知ってくれたことは唐王朝のことを理解したものと思う。ここの扉から出ていったら今度会う時は互いに笑って迎え合おうではないか。


(訳注)
東平與南平。 今古兩步兵。
東平と南平。 今も古(いにしえ)も 兩の步兵。

東平と南平の二人、今も昔も軍隊の基本は歩兵戦略にあるものだ。
○今と昔、両方とも、東平と南平の両人、歩兵の戦略が戦の基本である。


素心愛美酒。 不是顧專城。
素心 美酒を愛し。 是 專城を顧ず。
純真な心でおいしいお酒を愛することが一番だ。このことはもっぱら城郭の中にいて戦のことは考えることはないということだ。
素心 純真な心。なのも染まっていない、損得でない心。○愛美酒 美人を伴って飲むお酒であるから、酒を愛し、美人を愛すという意味。○專城 叛乱軍という先の見えない勢力に対して加担をするなという意味。


謫官桃源去。 尋花几處行。
謫官 桃源を去り。花を尋ねて 几そ處行す。
謫仙人といわれたこの私は桃源の里を去ろうと思う。花を訪ねて歩くのでゆく当てのない旅をすることになろう。
謫官 元役人であったということ。役人を辞めた謫仙人。○桃源 隠遁生活の象徴。○尋花 美人を訪ね歩くということ。決まった幕下には入らないということ、謝安の「両手に妓女を携えて」の精神をいうものである。


秦人如舊識。 出戶笑相迎。
秦人 舊きを識るが如し。 出戶 笑って相い迎う。
素直で純真な心を持った君たちは、私の過去の歴史を知ってくれたことは唐王朝のことを理解したものと思う。ここの扉から出ていったら今度会う時は互いに笑って迎え合おうではないか。
miyajima 697


其一 #1
少年不得意。 落魄無安居。
愿隨任公子。 欲釣吞舟魚。
常時飲酒逐風景。壯心遂與功名疏。
蘭生谷底人不鋤。云在高山空卷舒。
漢家天子馳駟馬。赤車蜀道迎相如。
天門九重謁聖人。龍顏一解四海春。
#2
彤庭左右呼萬歲。拜賀明主收沉淪。
翰林秉筆回英眄。麟閣崢嶸誰可見。
承恩初入銀台門。著書獨在金鑾殿。
龍駒雕鐙白玉鞍。象床綺席黃金盤。
當時笑我微賤者。卻來請謁為交歡。
#3
一朝謝病游江海。 疇昔相知几人在。
前門長揖後門關。 今日結交明日改。
愛君山岳心不移。 隨君云霧迷所為。
夢得池塘生春草。 使我長價登樓詩。
別後遙傳臨海作。 可見羊何共和之。

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秋浦歌十七首 其二 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集-246/350

秋浦歌十七首 注目すべき秋浦の歌
李白が秋浦を歌うなかで、人生二度目の転換期、自分の人生について深く顧みている詩集である。

秋浦歌十七首 其二 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集-246/350
 
 其の一で、姿勢を正して長安に向き合うという気持ちが込められていた。長江は世に出ることを目指してはじめて下った江であり、その長江に向かって問いかけ、自分の初心に問いかけたのだ。


秋浦歌十七首其二


其二
秋浦猿夜愁。 黃山堪白頭。
秋浦で、秋が深まってきて猿がかなしそうに啼く夜になると愁いで胸いっぱいになる。ここからすこし南に黄山がある、もう冬になろうというのか、私のように愁いが募って、白髪頭になろうとしている。
清溪非隴水。 翻作斷腸流。
清渓の水は隴頭の水ほどではないけれど、やっぱり君との性交を思い出す腸を断ち切る声に聞こえてくるのだ。
欲去不得去。 薄游成久游。
ここにいると、ここを去ろうと思うのだけれどなぜか去り得ないのだ。ちょっとのつもりの滞在がながい滞在となってしまった。
何年是歸日。 雨淚下孤舟。

もう一二年で、思いを遂げて帰る日となる。いまは雨のように涙をながしながら、この川にただ一槽の小舟にのって下っている。

其の二
秋浦  猿は夜愁(うれ)う、黄山  白頭(はくとう)に堪えたり。
青渓(せいけい)は朧水(ろうすい)に非(あら)ざるに、翻(かえ)って断腸(だんちょう)の流れを作(な)す。
去らんと欲(ほっ)して去るを得ず、薄遊(はくゆう)  久遊(きゅうゆう)と成る
何(いず)れの年か  是(こ)れ帰る日ぞ、泪を雨(ふ)らせて孤舟(こしゅう)に下る。

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秋浦歌十七首其二 現代語訳と訳註
(本文) 其二

秋浦猿夜愁。 黃山堪白頭。
清溪非隴水。 翻作斷腸流。
欲去不得去。 薄游成久游。
何年是歸日。 雨淚下孤舟。


(下し文) 其の二
秋浦  猿は夜愁(うれ)う、黄山  白頭(はくとう)に堪えたり。
青渓(せいけい)は朧水(ろうすい)に非(あら)ざるに、翻(かえ)って断腸(だんちょう)の流れを作(な)す。
去らんと欲(ほっ)して去るを得ず、薄遊(はくゆう)  久遊(きゅうゆう)と成る
何(いず)れの年か  是(こ)れ帰る日ぞ、泪を雨(ふ)らせて孤舟(こしゅう)に下る。

(現代語訳)
秋浦で、秋が深まってきて猿がかなしそうに啼く夜になると愁いで胸いっぱいになる。ここからすこし南に黄山がある、もう冬になろうというのか、私のように愁いが募って、白髪頭になろうとしている。
清渓の水は隴頭の水ほどではないけれど、やっぱり君との性交を思い出す腸を断ち切る声に聞こえてくるのだ。
ここにいると、ここを去ろうと思うのだけれどなぜか去り得ないのだ。ちょっとのつもりの滞在がながい滞在となってしまった。
もう一二年で、思いを遂げて帰る日となる。いまは雨のように涙をながしながら、この川にただ一槽の小舟にのって下っている。


(訳注)
秋浦猿夜愁。 黃山堪白頭。

秋浦で、秋が深まってきて猿がかなしそうに啼く夜になると愁いで胸いっぱいになる。ここからすこし南に黄山がある、もう冬になろうというのか、私のように愁いが募って、白髪頭になろうとしている。
黄山 山の名。秋浦の南方にある。会稽山、天望山、天台山、廬山など李白が愛した名山が集まっている場所だ。


清溪非隴水。 翻作斷腸流。
清渓の水は隴頭の水ほどではないけれど、やっぱり君との性交を思い出す腸を断ち切る声に聞こえてくるのだ。
清渓 秋浦の近くにある。安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。その西側を流れる、秋浦河とともにその美しさにより景勝地となっている。別名、白洋河。

李白64清溪半夜聞笛 66清溪行 67 宿清溪主人

隴水 隴水は甘粛省。「隴頭歌」という古い歌に「隴頭の流水は、鳴声幽咽す。造かに秦川を望み、肝腸断絶す」とある。○隴水 甘粛省隴山から長安方面に流れる渭水に合流する川の名。チベット;吐蕃との国境をながれる。○腸斷 腹の底からの感情を示す。悲哀の具象的表現。「楽府特集」二十五巻≪横笛曲辞≫「隴頭の流水、鳴声幽咽す。はるかに秦川(長安)を望み、心肝断絶す。」李白「清溪半夜聞笛」参照 杜甫「前出塞九首 其三 杜甫」 杜甫 「三秦記」にいう「隴山の頂に泉有りて、清水四に注ぐ、東のかた秦川を望めば四五里なるが如し。俗歌に『陣頭の流水、鳴声幽咽す。遙かに秦川を望めば、肝腸断絶す』という」と。隴山は今の陝西省鳳翔府隴州の北西にあって、ここを経て甘粛省の方へ赴くが、長安地方の眺望がこれよりみえなくなる様子を詠った歌である。鳴咽の水とはむせびなくような水流をいう。腸断声とは水自身に人をして腸をたたしめるような声のあることをいう。○水赤刃傷手 事実は刃が手をきずつけるから血が染まって水が赤くなるのであるが、我々がであう経験からすれば水が赤いのではっとおどろいてみると刃が手をきずつけていることが知られるということになる。 

欲去不得去。 薄游成久游。
ここにいると、ここを去ろうと思うのだけれどなぜか去り得ないのだ。ちょっとのつもりの滞在がながい滞在となってしまった。
薄遊しばらくの旅行。


何年是歸日。 雨淚下孤舟。
もう一二年で、思いを遂げて帰る日となる。いまは雨のように涙をながしながら、この川にただ一槽の小舟にのって下っている
 清溪の下流にすすむと銭塘江に灌がれ、蕭山方面でまた妻のいる開封方面から遠ざかることになる。



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送内尋廬山女道士李騰空二首 其二 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -231

送内尋廬山女道士李騰空二首 其二 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -231



其一
君尋騰空子。 應到碧山家。
水舂云母碓。 風掃石楠花。
若愛幽居好。 相邀弄紫霞。
 
送內尋廬山女道士李騰空二首  其二
多君相門女。 學道愛神仙。
君も、今君が会おうとしている人も、名門の門閥で、しかも 宰相の家の娘ではないか、そうでありながら、「道」を学んでおり、道教、神仙思想を愛するのである。
素手掬青靄。 羅衣曳紫煙。
神仙の世界に入って、万物の創生される青い靄を白い手で掬い取るのだ、そして薄絹の衣裳をつけて、香しいお香の霞がたなびく「気」を引き寄せるのだ。
一往屏風疊。 乘鸞著玉鞭。

こうして、一度、女道士李騰空の屏風畳の仙居にゆくのである、神霊の精の鸞鳥に乗って天子に正しいことができる宝玉で飾った鞭を使うであろう。

内が廬山の女道士李騰空を尋ぬるを送る 二首 其の二
多とす  君が相門(しょうもん)の女(じょ)にして
道(みち)を学び神仙(しんせん)を愛するを
素手(そしゅ)  青靄(せいあい)を掬(きく)し
羅衣(らい)   紫烟(しえん)を曳く
一(ひと)たび屏風畳(へいふうじょう)に往(ゆ)かば
鸞(らん)に乗って玉鞭(ぎょくべん)を著(つ)けん
宮島(3)

送内尋廬山女道士李騰空二首 其二 現代語訳と訳註
(本文) 其二
多君相門女。 學道愛神仙。
素手掬青靄。 羅衣曳紫煙。
一往屏風疊。 乘鸞著玉鞭。

(下し文) 其の二
多とす  君が相門(しょうもん)の女(じょ)にして、道(みち)を学び神仙(しんせん)を愛するを。
素手(そしゅ)  青靄(せいあい)を掬(きく)し、羅衣(らい)   紫烟(しえん)を曳く。
一(ひと)たび屏風畳(へいふうじょう)に往(ゆ)かば、鸞(らん)に乗って玉鞭(ぎょくべん)を著(つ)けん。


(現代語訳)
君も、今君が会おうとしている人も、名門の門閥で、しかも 宰相の家の娘ではないか、そうでありながら、「道」を学んでおり、道教、神仙思想を愛するのである。
神仙の世界に入って、万物の創生される青い靄を白い手で掬い取るのだ、そして薄絹の衣裳をつけて、香しいお香の霞がたなびく「気」を引き寄せるのだ。
こうして、一度、女道士李騰空の屏風畳の仙居にゆくのである、神霊の精の鸞鳥に乗って天子に正しいことができる宝玉で飾った鞭を使うであろう。


(訳注)
多君相門女。 學道愛神仙。

君も、今君が会おうとしている人も、名門の門閥で、しかも 宰相の家の娘ではないか、そうでありながら、「道」を学んでおり、道教、神仙思想を愛するのである。
相門女 李白に妻宗氏が宰相を出したような家の娘である。今回会うのは、少し前の宰相李林甫の娘である。○ 道教の「道」。○神仙 神仙思想。


素手掬青靄。 羅衣曳紫煙。
神仙の世界に入って、万物の創生される青い靄を白い手で掬い取るのだ、そして薄絹の衣裳をつけて、香しいお香の霞がたなびく「気」を引き寄せるのだ。
青靄 道教の修行の場に漂うもの。李白『訪載天山道士不遇』「野竹分青靄、飛泉挂碧峰。」(野竹の林は青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫(しぶき)が緑の峰にかかっている。) 。○紫煙 香を焚くことによる煙。


一往屏風疊。 乘鸞著玉鞭。
こうして、一度、女道士李騰空の屏風畳の仙居にゆくのである、神霊の精の鸞鳥に乗って天子に正しいことができる宝玉で飾った鞭を使うであろう。
屏風疊 五郎峰の麓の村。 ○乘鸞 鸞は神霊の精が鳥と化したものとされている。「鸞」は雄の名であり、雌は「和」と呼ぶのが正しいとされる。鳳凰が歳を経ると鸞になるとも、君主が折り目正しいときに現れるともいい、その血液は粘りがあるために膠として弓や琴の弦の接着に最適とある。○玉鞭 宝形句で飾られた鞭、天子の正しい政を示す。捌き。


(解説)
○五言古詩
○押韻 仙。煙。鞭。

 内(妻)に対する其の二の詩で、「多とす 君が相門の女にして 道を学び神仙を愛するを」と、宗氏が宰相を出したような家の娘でありながら、道教を学んで神仙を愛するのは、奇特なことだと褒めている。李白自身、743年天宝三載、朝廷を追放となった李白は東魯の家に帰り、杜甫と遊び、ひとときを過ごした後、北海の高尊師、如貴道士に頼んで道士の免許(道録)を授かっている。

 詩中ではしばしば神仙の世界への憧れを詠っている。この詩は李白が屏風畳に行く前らしく、妻のほうが先に行って、李白があとから行ったものである。夫婦二人でしばらく鷹山に住んでいたのだ。


 李白の夢想した理想世界とは、天災や疫病・戦争などがなく、君主は英明で臣下も賢明、また物資が豊かで経済が安定し、家族が円満で、人々が健康で長生きし、徳義がそなわり等といったものであったろう。しかし、その夢はかなわず、政治の世界での挫折感は、李白を深く苦悩させることとなった。
しかし、この頃、李白は名山に遊ぶことを夢に見、廬山に棲み、詠ったのである。

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前有樽酒行二首 其二  李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350- 204

前有樽酒行 其二  

琴奏龍門之緑桐、玉壺美酒晴若空。
琴というものは、竜門山の緑の桐で作ったもので演奏するにかぎる。玉の壺にたたえたうまい酒というのは、晴れた空のようにすみきっていて空っぽに見えるのがいい。
催絃拂柱與君飲、看朱成碧顔始紅。
絃をかきならし、琴柱をうごかしながら、君といっしょに飲む。赤い物が青い色に見えたり、ほろ酔いで顔もほんのりあかくなったり、悪酔いをしたりしている。
胡姫貌如花、當壚笑春風。
ペルシャ人の女は、顔立ちがはっきりして花のようだ。酒をうりながら、色香を振りまいて誘ってくる。
笑春風、舞羅衣。
春風のほほえみという誘いに乗ったので、うすぎぬの衣で舞っている。
君今不酔將安歸。

さあ君、いまこそ酔おうではないか。いまさら何処へどう落ち着こうというのか。


前有樽酒行 其の二
琴は竜門の緑桐を奏し、玉壺美酒 清くして空しきが若し。
絃を催し柱(ことじ)を払って君と飲む、朱を看て碧と成れば顔始めて紅なり。
胡姫の貌 花の如し、壚に当って 春風に笑う。
春風に笑い、羅衣を舞う。
君今酔わずして将に安くにか帰らんとする。


前有樽酒行 其二 現代語訳と訳註 解説

(本文)
琴奏龍門之緑桐、玉壺美酒晴若空。
催絃拂柱與君飲、看朱成碧顔始紅。
胡姫貌如花、當壚笑春風。
笑春風、舞羅衣。
君今不酔將安歸。
  
(下し文)
琴は竜門の緑桐を奏し、玉壺美酒 清くして空しきが若し。
絃を催し柱(ことじ)を払って君と飲む、朱を看て碧と成れば顔始めて紅なり。
胡姫の貌 花の如し、壚に当って 春風に笑う。
春風に笑い、羅衣を舞う。
君今酔わずして将に安くにか帰らんとする。
  
(現代語訳)
琴というものは、竜門山の緑の桐で作ったもので演奏するにかぎる。玉の壺にたたえたうまい酒というのは、晴れた空のようにすみきっていて空っぽに見えるのがいい。
絃をかきならし、琴柱をうごかしながら、君といっしょに飲む。赤い物が青い色に見えたり、ほろ酔いで顔もほんのりあかくなったり、悪酔いをしたりしている。
ペルシャ人の女は、顔立ちがはっきりして花のようだ。酒をうりながら、色香を振りまいて誘ってくる。
春風のほほえみという誘いに乗ったので、うすぎぬの衣で舞っている。
さあ君、いまこそ酔おうではないか。いまさら何処へどう落ち着こうというのか。


(語訳と訳註)

琴奏龍門之緑桐、玉壺美酒晴若空。
琴というものは、竜門山の緑の桐で作ったもので演奏するにかぎる。玉の壺にたたえたうまい酒というのは、晴れた空のすみきっていて空っぽに見えるのがいい。
竜門之縁桐 「周礼」に、竜門の琴宏は、祖先のみたまやの中で之を演奏する、とある。鄭玄の注によると、竜門は山の名で、この山の桐は、高さが百尺で枝がなく、琴の材料に用いられる。〇晴若空 晴れた空のようにすみきっていて空っぽに見える。


催絃拂柱與君飲、看朱成碧顔始紅。
絃をかきならし、琴柱をうごかしながら、君といっしょに飲む。赤い物が青い色に見えたり、ほろ酔いで顔もほんのりあかくなったり、悪酔いをしたりしている。
催絃 絃舷をせきたてる。せわしく絃をかきならす。○払柱 琴柱をはらう。「払」は琴そのものを女性とするので、性行為の比喩である。自由奔放に琴をひくことと表現する。○看朱成碧 赤い色が青く見える。ここでは、酔って物の見分けがつかなくなること、ほろ酔いであったり、悪酔いをしたものと解釈する。


胡姫貌如花、當壚笑春風。
ペルシャ人の女は、かおだちがはっきりして花のようだ。酒をうりながら、色香を振りまいて誘ってくる。
胡姫 外人の女。当時、長安の酒場にイラン系の美女がいて、歌ったり舞ったりお酌したりした。李白によく登場するが、杜甫の詩にも見える。○貌如花 目鼻立ちが大きくはっきりしている。○当墟 櫨は、酒がめを置く所。漢の文人司馬相加が、美しい女房の卓文君を壚のそばに坐らせ、酒を売らせた話は有名である。「史記」や「漢書」に見える。当壚は、酒を売ること。(おカンの番をすると解することが多い)○笑春風 色香を振りまいて誘うこと。中国古代王朝周幽王は、一人の絶世の美女の気を引こうとしたために、国を滅ぼした。


笑春風、舞羅衣。
春風のほほえみという誘いに乗ったので、うすぎぬの衣で舞っている。
蘿衣 うすぎぬの衣。


君今不酔將安歸。
さあ君、いまこそ酔おうではないか。いまさら何処へどう落ち着こうというのか。


(解説)
琴は、龍門之緑桐、酒は、玉壺で寝かせた清酒がいい。
それがそろったら、美女の微笑が一番だ。
今更どこへどうするというのだ。とにかく飲もう。

美女微笑と傾国はよく詠われる。また胡女となればペルシャの女となる。唐の時代は長安は国際都市で、西方白人系の女性が流入していたのである。

参考 美女微笑と傾国
 紀元前8世紀頃、中国古代王朝の一つ、周の12代目幽王は、一人の絶世の美女の気を引こうとしたために、国を滅ぼし一切合切を失う羽目になってしまった。その絶世の美女は襃似(ほうじ)という王妃だった。「その唇は珊瑚のごとく、その歯は真珠のごとく、その指は、のみで彫られた硬玉のごとし」とうたわれているように、彼女は、さまざまな文献、言い伝えにその美しさが表現されるほどの美女であった。
 幽王は、この絶世の美女に溺愛するあまり、正妃と正妃の産んだ子を廃して、褒似を妃として、その子を皇太子にしてしまうほどであった。しかし、どうしたことか、これほどの寵愛を受けているにもかかわらず、彼女は、幽王のもとに来てからは、ただの一度として笑ったことはなかった。そこで、のろしを上げ、各地から慌てて馳せ参じてくる諸候の狼狽ぶった表情を見て、微笑を誘い、これをくりかえした。オオカミ少年と同様、適の侵略に対抗できず、国を滅ぼした。

送裴十八図南歸嵩山 其二 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白165

 
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送裴十八図南歸嵩山 其二 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白165



送裴十八図南歸嵩山 其二
君思穎水綠、忽復歸嵩岑。
君は頴水のあの澄み切った緑色を思い出し、急に嵩山の高峰にまた帰ろうとしている。
歸時莫洗耳、爲我洗其心。
帰った時を境に、耳を洗うようなことはしないでくれ、わたしのために、心を洗うことをしてくれないか。
洗心得眞情、洗耳徒買名。
心を洗うことができたら、真理、情実のすがたをつかむことが出来よう。かの許由のように耳を洗って、名前が売れるだけでつまらないものだ。
謝公終一起、相與済蒼生。

晉の時代の謝安石が、ついに起ちあがって活躍した、その時は君とともに天下の人民を救うためやろうではないか。



君は頴水のあの澄み切った緑色を思い出し、急に嵩山の高峰にまた帰ろうとしている。
帰った時を境に、耳を洗うようなことはしないでくれ、わたしのために、心を洗うことをしてくれないか。
心を洗うことができたら、真理、情実のすがたをつかむことが出来よう。かの許由のように耳を洗って、名前が売れるだけでつまらないものだ。
晉の時代の謝安石が、ついに起ちあがって活躍した、その時は君とともに天下の人民を救うためやろうではないか。


裴十八図南の嵩山に帰るを送る 其の二
君は穎水(えいすい)の綠なるを思い、忽ち復た 嵩岑に帰る
帰る時 耳を洗う莫れ、我が為に 其の心を洗え。
心を洗わば 真情を得ん、耳を洗わば 徒らに名を買うのみ。
謝公 終(つい)に一たび起ちて、相与に 蒼生を済わん。

toujidaimap216




君思穎水綠、忽復歸嵩岑。
君は頴水のあの澄み切った緑色を思い出し、急に嵩山の高峰にまた帰ろうとしている。
嵩岑 嵩山のみね。岑はとがった山の状態。



歸時莫洗耳、爲我洗其心。
帰った時を境に、耳を洗うようなことはしないでくれ、わたしのために、心を洗うことをしてくれないか。
洗耳 大昔、堯の時代の許由という高潔の士は、堯から天子の位をゆずろうと相談をもちかけられたとき、それを受けつけなかったばかりか、穎水の北にゆき隠居した。堯が又、かれを招いて九州の長(当時全国を九つの州に分けていた)にしようとした時、かれはこういぅ話をきくと耳が汚れると言って、すぐさま穎水の川の水で耳を洗った。



洗心得眞情、洗耳徒買名。
心を洗うことができたら、真理、情実のすがたをつかむことが出来よう。かの許由のように耳を洗って、名前が売れるだけでつまらないものだ。
真情 真実のすがた。



謝公終一起、相與済蒼生。
晉の時代の謝安石が、ついに起ちあがって活躍した、その時は君とともに天下の人民を救うためやろうではないか。
謝公 晉の時代の謝安は、あざなを安石といい、四十歳になるまで浙江省の東山という山にこもって、ゆうゆうと寝てくらし、朝廷のお召しに応じなかった。当時の人びとは寄ると彼のうわさをした。「安石が出てこないと、人民はどうなるんだ」。謝安(しゃ あん320年 - 385年)は中国東晋の政治家。字は安石。陳郡陽夏(現河南省)の出身。桓温の簒奪の阻止、淝水の戦いの戦勝など東晋の危機を幾度と無く救った。
383年、華北を統一した前秦の苻堅は中国の統一を目指して百万と号する大軍を南下させてきた。謝安は朝廷より征討大都督に任ぜられ、弟の謝石・甥の謝玄らに軍を預けてこれを大破した。戦いが行われていた頃、謝安は落ち着いている素振りを周囲に見せるために、客と囲碁を打っていた。対局中に前線からの報告が来て、客がどうなったかを聞いたところ、「小僧たちが賊を破った」とだけ言って、特に喜びをみせなかった。客が帰った後、それまでの平然とした振りを捨てて、喜んで小躍りした。その時に下駄の歯をぶつけて折ってしまったが、それに気づかなかったという。○蒼生 あおひとぐさ。人民。庶民。天下の民事。


○韻 岑、心/名、生。


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清平調詞 三首 其二 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白161

一と枝の紅く艶やかな牡丹の花、露を含んでただよわせる濃密な香り。雲となり雨となる巫山の神女との契りさえも、この美しさの前ではいたずらなやるせないきもちになってしまう。
お聞かせ下さい。漢の後宮の美女のなかで、だれがこの貴妃に似ることができるというのでしょうか。
ああ、なんと華やかでいて可憐な、「飛燕」が新しいよそおいを誇るその姿であろう。

清平調詞 三首 其二 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白155

側近の宦官、高力士は、かつて宴席で李白の靴を脱がせられたことを恨みに思い、この第二首に前漢の成帝の皇后趨飛燕が歌われていることを理由として(第二首の語釈参照)、李白のことを貴妃に議言し、李白の登用に強く反対させたため、玄宗もついに断念することになった。(趙飛燕は漢代随一の美人とされるが、後年、王葬に弾劾されて庶民となり、自殺している。それを太真妃になぞらえたということが、彼女の怒りを買ったのである)。李白がなぜ楊貴妃とタイプが違い、何よりも権力の掌握度が圧倒的に違っていたし、姉妹で皇帝に寵愛された趙飛燕を喩えにとったかは理解できないが、残っている資料は支配者側のものでしかない。事実はあったかもしれないが宮廷を追われるほどのものかどうか疑問が残る点である。
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清平調詞三首 其一 
云想衣裳花想容、春風拂檻露華濃。 
雲は艶めかしさを思い、ながめると美しい衣裳、牡丹の花はあでやかな豊満な容姿をおもわせる。春風のような愛撫により、後宮での夜の華やかな露はなまめかしい。
若非群玉山頭見、會向瑤台月下逢。 
ああ、こんな素晴らしい美人には、あの西王母の「群玉山」のほとりで見られなければ、五色の玉で作られた「瑤台」に月光のさしこむなかでめぐり逢えるだろう。


清平調詞 三首 其二 
一枝紅艷露凝香、云雨巫山枉斷腸。 
一と枝の紅く艶やかな牡丹の花、露を含んでただよわせる濃密な香り。雲となり雨となる巫山の神女との契りさえも、この美しさの前ではいたずらなやるせないきもちになってしまう。
借問漢宮誰得似、可憐飛燕倚新妝。 
お聞かせ下さい。漢の後宮の美女のなかで、だれがこの貴妃に似ることができるというのでしょうか。
ああ、なんと華やかでいて可憐な、「飛燕」が新しいよそおいを誇るその姿であろう。

清平調詞其三 
名花傾國兩相歡、長得君王帶笑看。 
名高い牡丹の花と傾国の美女が、たがいにその美を歓びあう。君王は楽しげに眺めて、いつまでも微笑みをかえしておられる。
解釋春風無限恨、沈香亭北倚欄干。 
その無限の恨みを解きほぐすかのように春風がふいてくる、紫檀、黒檀で作られた沈香亭の奥まったところ、欄杵に身を倚せた美しい建物に溶け込んだ妃は美しい。

長安城漢唐清平調詞 三首其の一
雲には衣裳を想い、春風 檻を払って花には容を想う,露華濃やかなり
若し 群玉山頭に見るに非ずんは、会ず 環台の月下に向いて逢わん

其の二
一枝の紅艶 露香を凝らす、雲雨 巫山 枉しく断腸。
借問す 漢宮 誰か似るを得たる、可憐なり 飛燕 新妝に倚る。
 

清平調詞 其の三
名花 傾国両つながら相い歓ぶ,長えに 君王の 笑いを帯びて看るを得たり
解釈す 春風無限の恨み,沈香亭北 閲千に侍る
玄武門
『清平調詞 三首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)

清平調詞 三首 其二
一枝紅艷露凝香、云雨巫山枉斷腸。
借問漢宮誰得似、可憐飛燕倚新妝。

(下し文)

其の二
一枝の紅艶 露香を凝らす、雲雨 巫山 枉しく断腸。
借問す 漢宮 誰か似るを得たる、可憐なり 飛燕 新妝に倚る。

(現代語訳)

一と枝の紅く艶やかな牡丹の花、露を含んでただよわせる濃密な香り。雲となり雨となる巫山の神女との契りさえも、この美しさの前ではいたずらなやるせないきもちになってしまう。
お聞かせ下さい。漢の後宮の美女のなかで、だれがこの貴妃に似ることができるというのでしょうか。
ああ、なんと華やかでいて可憐な、「飛燕」が新しいよそおいを誇るその姿であろう。

(訳注)

清平調詞 三首
宋の楽史の『李翰林集別集』序や『楊太真外伝』にも載っている。開元中、玄宗は、牡丹(木芍薬)を重んじた。紅、紫、浅紅、裏白の四本を興慶池の東、沈香亭の前に移植した。花の真っ盛りのときに、玄宗は昭夜白の馬に乗り、楊貴妃は手車で従った。梨園の弟子の特に選抜された者に詔をして楽曲十六章を選んだ。李亀年は当時の歌唱の第一人者である。この李亀年に梨園の楽人を指揮して歌わせようとした。李亀年は紫檀の拍子板をもって楽人の前で指揮して歌おうとしたとき、玄宗は、「名花を質し、妃子に対す、いずくんぞ旧楽詞を用いんや」といって、そこで李亀年に命じ、金花箋を持ってこさせ、翰林供奉の李白に命じた。李白は立ちどころに「清平調詞」三章を作ってたてまつった。天子は梨園の弟子たちに命じ楽器に調子を合わさせて、李亀年に歌わせた。楊貴妃は、玻璃七宝の盃を持ち、涼州のぶどう酒を飲み、歌意をさとりにっこりし、また玄宗も、みずから玉笛を吹いて曲に和し、曲の移り変わりのときには、調子をゆるめて妃に媚びた。玄宗はこれ以後、李白を特に重視するようになった。七言絶句、清平調詞三首である。


一枝紅艷露凝香、云雨巫山枉斷腸。 
一と枝の紅く艶やかな牡丹の花、露を含んでただよわせる濃密な香り。雲となり雨となる巫山の神女との契りさえも、この美しさの前ではいたずらなやるせないきもちになってしまう。
雲雨巫山 昔、楚の先王(懐王)が、楚の雲夢の沢にあった高唐の台に遊び、昼寝の夢の中で巫山の神女と契った。神女は去るに当たり、「妾は、巫山の陽、高丘の阻(険岨な場所)に在り。且には朝雲と為り、暮には行雨と為る。朝々暮々、陽台の下」と、その思いを述べた。翌朝、見てみると、その言葉どおりだったので、神女のために廟を立てて「朝雲」と名づけた。(宋玉の「高唐の拭、序を井す」〔『文選』巻十九〕に見える話であるが、宋玉にこの賦を作らせた襄王〔懐王の子〕のこととして語られることが多い)。
  いたずらに、甲斐もなく。
○断腸 はらわたがちぎれる。恋慕の情の激しさ、言葉の意味の中にセックスの意味が込められた悲痛を表わす慣用語。


借問漢宮誰得似、可憐飛燕倚新妝。 
お聞かせ下さい。漢の後宮の美女のなかで、だれがこの貴妃に似ることができるというのでしょうか。
ああ、なんと華やかでいて可憐な、「飛燕」が新しいよそおいを誇るその姿であろう。
借間   ちょっとたずねたい。軽く問いかける時の慣用語。
可憐  激しい感情の動きを表わす慣用語。プラスにもマイナスにも用いる。ここでは、美人の愛らしさに用いている。
飛燕  前漠の成帝の皇后、趙飛燕。やせ形で身の軽い、漢代随一の美人だったとされる。(「宮中行楽詞、其の二」)。
倍新粧 新たに化粧した容貌を誇らかに示す。「俺」は、悼みとして自信をもつこと。


○韻  香、腸、粧。


 いづれも宮中の妃妾の美しさを、さながらの如く描き出しているが、宮中行樂詞八首 其二、ここでも其二に漢の成帝の寵した趙飛燕の名が見えているのは注意すべきである。
李白の天才はこれらのことによって余すところなく示されたが、この詩の内容は、君主の前に酔を帯びて出ることとあわせ、失態であることはいうまでもなく、彼が永く宮廷詩人の地位を占め得ないであらうことは、これらの記事によって予知し得ることであった。
唐長安城図00続きを読む

賀知章の詩(2)

回鄕偶書 其二
帰郷したおり、たまたまできたもの。その2
離別家鄕歳月多,近來人事半消磨。
故郷を離れてから歳月は多く(経った)、近頃は、俗世界の人間関係に、半ばうんざりしてきて消耗している。
唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。

ただ、(郷里の家の)門前の鏡湖の水(面)だけは、春風に、昔と変わることなく波を立てている。


帰郷したおり、たまたまできたもの。その2
故郷を離れてから歳月は多く(経った)、近頃は、俗世界の人間関係に、半ばうんざりしてきて消耗している。
ただ、(郷里の家の)門前の鏡湖の水(面)だけは、春風に、昔と変わることなく波を立てている。




其の二
家鄕を離別して歳月多く,近來人事に半ば消磨す。
唯だ門前に鏡湖の水有りて,春風改めず舊時の波を。



離別家郷歳月多、近來人事半消磨。
故郷を離れてから歳月は多く(経った)。近頃は、俗世界の人間関係に、半ばうんざりしてきて消耗している。  
離別:人と別れる。別離する。 ・家郷:故郷。郷里。 ・歳月:年月。

・近:近頃。このごろ。・人事:俗事。人の世の出来事。人間社会の事件。(自然界のことがらに対して)人間に関することがら。 ・:なかば。 ・消磨:〔しょうま〕磨(す)り減ること。磨(す)れてなくなること。磨滅



唯有門前鏡湖水、春風不改舊時波。
ただ、(郷里の家の)門前の鏡湖の水(面)だけは。春風に、昔と変わることなく波を立てている。 
 ・唯有:ただ…だけがある。 ・門前:門の前。門の向かい側。・春風:春の風の意。ここでは、前出「人事」に対して、「鏡湖水」とともに、不変の大自然の営みの意で使われている。 ・不改:改まることがない。変わらない。 ・舊時:昔の時。 ・:小波。ここでは、鏡湖の波のことになる。

 賀知章は玄宗皇帝から鏡湖を賜わった。長く宮仕えをしたご褒美である。


鏡湖

浙江省紹興県の南。鑑湖、長湖、太湖、慶湖ともいう。開元中に秘書監賀知章に鏡湖溪一曲を賜う。賀監湖。宋代に田地となる。

 安徽省の撫湖市には有名な鏡湖があるが、別のもの。


気候

 気候は四季がはっきりとしていて、日照が長くて、亜熱帯季節風気候に属する。昔から「魚米の里、絹織物の国、観光の名地、礼儀の邦」といわれている。年平均気温が15.3-17.9℃で、霜が降らない期間に270日230―に達して、年平均降水量が1000―1900ミリである。水資源は充足していて、地表水年間総量が900億あまり立方メートルである。


浙江省 立地
浙江省は南東部沿海地域、長江デルタ以南に位置し、北緯の27○12′~31○31′と東経の118○00′~123○00′間に介在しておる。東は東海に瀕して、南に福建、西に江西、安徽両省、北に中国で最も大きい都市の上海および江蘇と隣接する。

 山は雁蕩山、雪竇山、天目山、天台山、仙都山などの名山があり、湖は杭州西湖、紹興東湖、嘉興南湖、寧波東銭湖、海鹽南北湖などの有名な湖、それに、中国の最も大きい人工湖の―杭州千島湖があり、川は銭塘江、欧江、楠渓江などの有名な川がある。京杭大運河は浙江北部を通り越して、杭州で銭塘江に流れる。


杭州の対岸にある(蕭山市)紹興市と、その東南東の四明山の間の地にあるのが妥当。
 故郷を離れて、長い年月がたつので世の中のことも変わってしまうし、故郷も変わっているのか。いや、町の門の前の鏡湖の水だけは、春風に吹かれて昔のままだ。
長く故郷を離れた賀知章を鏡湖だけは昔と変わらぬ姿で迎えてくれました。

 郷愁が、安らぐ落ち着いた景色が賀知章をつつみます。都てやり残したものがない素敵な人生を送ったものだけが感じる故郷での時間だった。

賀知章は間もなく85歳で亡くなります。懸命に生き抜いた一生でした。


 其の一
   離別家鄕歳月多,近來人事半消磨。
   唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。

   少小家を離れ老大にして回かえる、鄕音きょうおん改まる無く鬢毛摧すたる
   兒じ童相い見て相い識しらず,笑ひて問う「客 何いづれの處ところ從より來(きた)る」と?


 其の二

   離別家鄕歳月多,近來人事半消磨。
   唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。

   家鄕を離別して歳月多く,近來人事に半ば消磨す。
   唯だ門前に鏡湖の水有りて,春風改めず舊時の波を。



賀知章の詩
題:袁氏別業 
主人不相識、偶坐爲林泉。
莫謾愁沽酒、嚢中自有錢。

袁氏の別荘の詩を作る。
別荘の主人とは顔見知りではないが、(こうして)向かい合って坐っている(次第となったのは、)庭園の植え込みや池のせいである。
あなどりなさるな、酒を買って(もてなすことを)思い悩むのは、財布の中に、自分でお金を持っている。



袁氏の別業に題す       
主人  相(あ)ひ識(し)らず,偶坐(ぐうざ)  林泉(りんせん)の爲(ため)なり。
謾(まん)に 酒(さけ)を 沽(か)ふを 愁ふること 莫かれ,?中(のうちゅう) 自ら錢(せん) 有り。

宮中行樂詞八首 其二 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白143

宮中行樂詞八首 其二 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白143



宮中行樂詞八首 其二
柳色黃金嫩、梨花白雪香。
芽をふき出したばかりの柳の色は、黄金のようにかがやき、しかも見るからにやわらかく若い(玄宗皇帝)。梨の花は、まっ白な雪のよう、しかも、よい香をはなっている(楊太真)。
玉樓巢翡翠、珠殿鎖鴛鴦。
宝玉でかざりたてた楼閣には、うつくしい羽根をもつかわせみの巣がある。真珠をちりばめた御殿には、夫婦仲むつまじいおしどりが、とじこもりの場所である。
選妓隨雕輦、徵歌出洞房。
天子はすぐれた宮妓の者をえらばれ、手ぐるまのあとについて歩くよう命じられる。また、歌手をよびよせて、奥の部屋にいたものに出て来るよう命じられる。
宮中誰第一、飛燕在昭陽。

宮中において美人といえば、誰が第一だろうか。飛燕だ、宮中のはなやいだ昭陽殿に在られるのだ。



芽をふき出したばかりの柳の色は、黄金のようにかがやき、しかも見るからにやわらかく若い(玄宗皇帝)。梨の花は、まっ白な雪のよう、しかも、よい香をはなっている(楊太真)。
宝玉でかざりたてた楼閣には、うつくしい羽根をもつかわせみの巣がある。真珠をちりばめた御殿には、夫婦仲むつまじいおしどりが、とじこもりの場所である。
天子はすぐれた宮妓の者をえらばれ、手ぐるまのあとについて歩くよう命じられる。また、歌手をよびよせて、奥の部屋にいたものに出て来るよう命じられる。
宮中において美人といえば、誰が第一だろうか。飛燕だ、宮中のはなやいだ昭陽殿に在られるのだ。


宮中行楽詞 其の二
柳色(りゅうしょく)  黄金にして嫩(やわら)か、梨花(りか)  白雪(はくせつ)にして香(かんば)し。
玉楼(ぎょくろう)には翡翠(ひすい)巣くい、珠殿(しゅでん)には鴛鴦(えんおう)を鎖(とざ)す。
妓(ぎ)を選んで雕輦(ちょうれん)に随わしめ、歌を徴(め)して洞房(どうぼう)を出(い)でしむ。
宮中(きゅうちゅう)  誰か第一なる、飛燕(ひえん)  昭陽(しょうよう)に在り。

 

柳色黃金嫩、梨花白雪香。
芽をふき出したばかりの柳の色は、黄金のようにかがやき、しかも見るからにやわらかく若い(玄宗皇帝)。梨の花は、まっ白な雪のよう、しかも、よい香をはなっている(楊太真)。
柳色 男性を示唆する柳で玄宗。楊は女性を示す。○ 物がまだ新しく、若くて、弱い状態。○梨花 女性を示唆する、楊太真(貴楊妃)。



玉樓巢翡翠、珠殿鎖鴛鴦。
宝玉でかざりたてた楼閣には、うつくしい羽根をもつかわせみの巣がある。真珠をちりばめた御殿には、夫婦仲むつまじいおしどりが、とじこもりの場所である。
○玉楼 宝玉でかざり立てた楼閣。○翡翠 かわせみ。うつくしい羽根の鳥。○珠殿 真珠をちりばめた御殿。○鴛鴦 おしどり。おす(鴛)と、めす(鴦)と仲むつまじい鳥。

 

選妓隨雕輦、徵歌出洞房。
天子はすぐれた宮妓の者をえらばれ、手ぐるまのあとについて歩くよう命じられる。また、歌手をよびよせて、奥の部屋にいたものに出て来るよう命じられる。
 宮妓、種種の妓芸を演じて人をたのしませる俳優のこと。○雕輦 彫刻をほどこした手ぐるま。〇洞房 奥ぶかい部屋。



宮中誰第一、飛燕在昭陽。
宮中において美人といえば、誰が第一だろうか。飛燕だ、宮中のはなやいだ昭陽殿に在られるのだ。
○飛燕 漢の成帝の愛姫、超飛燕。もとは長安の生れで身分は低かったが、歌や舞がうまく、やせ型の美人で、その軽やかな舞はツバメが飛ぶようであったから、飛燕とよばれた。ある時、おしのびで遊びに出た成帝の目にとまり、その妹とともに宮中に召され、帝の寵愛を一身にあつめた。十余年、彼女は日夜、帝を誘惑したので、しまいに帝は精根つきはてで崩御した。晩年、彼女は不遇となり、さいごには自殺した。彼女は漢代随一の美女とされている。また、やせた美人の代表は漢の趙飛燕、ふとった美人の代表は唐の楊貴妃とされているが、唐詩において趙飛燕をうたうとき、多くの易合、玄宗の後宮における第一人者、楊貴妃そのひとを暗に指す。もっともこの時期は楊太真で、李白が都を追われた後、楊貴妃となる。○昭陽 趙飛燕がすんでいた宮殿の名。

對酒憶賀監二首 其二 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白135

對酒憶賀監二首 其二  李白135  賀知章の思い出(2) 



對酒憶賀監二首 其二
狂客歸四明。 山陰道士迎。
奇抜な振る舞いをする王羲之の再来といわれる文人が四明山に帰ったときには、山陰地方の道士全員で出迎えた。
敕賜鏡湖水。 為君台沼榮。
官を辞しての帰郷に際して天子から鏡湖の地帯を賜わったが、君のおかげで、この地域の人々、高台や沼、湖も栄誉を受けて、これから繁栄するのだ。
人亡余故宅。 空有荷花生。
人はなくなってしまったら、古い屋敷が残るのだ、そして賜った鏡湖にはむなしくハスの花が咲きほこる。
念此杳如夢。 淒然傷我情。

これまでのいろんなことを思いだすと、すべてが夢のように消え去ってしまう、よき理解者であっただけにすさまじいものさびしさがわたしのこころをかなしくさせるのだ。


奇抜な振る舞いをする王羲之の再来といわれる文人が四明山に帰ったときには、山陰地方の道士全員で出迎えた。
官を辞しての帰郷に際して天子から鏡湖の地帯を賜わったが、君のおかげで、この地域の人々、高台や沼、湖も栄誉を受けて、これから繁栄するのだ。
人はなくなってしまったら、古い屋敷が残るのだ、そして賜った鏡湖にはむなしくハスの花が咲きほこる。

これまでのいろんなことを思いだすと、すべてが夢のように消え去ってしまう、よき理解者であっただけにすさまじいものさびしさがわたしのこころをかなしくさせるのだ。



酒に対して賀監を憶う 其の二
狂客 四明に帰れば
山陰の遺士迎う
勅 して賜う 鏡湖の水
君が為に 台沼栄ゆ
人亡びて 故宅を余し
空しく荷花の生ずる有り
此を念えば 香として夢の如く
凄然として我が情を傷ましむ


 賀知章 回鄕偶書二首



狂客歸四明、山陰道士迎。
奇抜な振る舞いをする王羲之の再来といわれる文人が四明山に帰ったときには、山陰地方の道士全員で出迎えた。
狂客:奇抜な振る舞いをする文人。また、軽はずみな人。常軌を逸した人。狂草で有名な張旭と交わり、草書も得意としていた。酒を好み、酒席で感興の趣くままに詩文を作り、紙のあるに任せて大書したことから、杜甫の詩『飲中八仙歌』では八仙の筆頭に挙げられている賀知章の自号は「四明狂客」で、ここでは彼を指す。・四明  四明山1017m。浙江にある山の名。杭州市、蕭山市の東南100kmの所にある。近くに会稽山がある。道教の盛んな地方である。「賀監」「賀公」どれも、賀知章のこと。 賀知章 回鄕偶書二首
 ・賀知章:659年~744年(天寶三年)盛唐の詩人。越州永興(現・浙江省蕭山県)の人。字は季真。則天武后の代に進士に及第して、国子監、秘書監などになった
。○山陰 晋の書家 王羲之(中国最高の書家)は当時から非常に有名だったので、その書はなかなか手に入れるのが困難であった。山陰(いまの浙江省紹興県)にいた一人の道士は、王羲之が白い鵞鳥を好んで飼うことを知り、一群の鵞をおくって「黄庭経」を書かせた。その故事をふまえで、この詩では山陰の故郷に帰る賀知章を、王義之になぞらえている。

敕賜鏡湖水、為君台沼榮。
官を辞しての帰郷に際して天子から鏡湖の地帯を賜わったが、君のおかげで、この地域の人々、高台や沼、湖も栄誉を受けて、これから繁栄するのだ。
鏡湖 山陰にある湖。天宝二年、賀知章は年老いたため、官をやめ郷里に帰りたいと奏上したところ、玄宗は詔して、鏡湖剡川の地帯を賜わり、鄭重に送別した。〇台沼 高台や沼。



人亡余故宅、空有荷花生。
人はなくなってしまったら、古い屋敷が残るのだ、そして賜った鏡湖にはむなしくハスの花が咲きほこる。
荷花 ハスの花。


念此杳如夢、淒然傷我情。
これまでのいろんなことを思いだすと、すべてが夢のように消え去ってしまう、よき理解者であっただけにすさまじいものさびしさがわたしのこころをかなしくさせるのだ。
 はるか。○淒然 すさまじい。ものさびしいさま。


五言律詩
韻  明、迎。水、榮。宅、生。夢、情。

内別赴徴 三首 其二  李白

内別赴徴 三首 其二李白123

この詩は、妻に出立のときの心意気を示したものである。
一般的にこの詩の解釈として、“妻子のいつ帰ってくるかという問いに対して、「大臣・大将の位になって帰ってきたら、少しは丁重に出迎えてくれよ」といって、その心意気を示すとともに、やや妻に向かってからかっているかのごとくでもある“というものであるが私は違うと思う。女子の文盲率の高かった時代、故事の喩はその説明を詳しくしてあげないといけないわけで、妻子を題材にしていても妻に対しての詩ではないのである。では誰に対しての詩か、それは男社会に対して、「俺はこんな風に妻との別れをしたのだよ」というものである。それを踏まえて読んでみる。


其二
出門妻子強牽衣。 問我西行几日歸。
門を出る時に、妻子は私の袖や、衣(ころも)にすがりついてきた、そして、都に行けば 帰るのはいつかと尋ねたのである。
歸時儻佩黃金印。 莫學蘇秦不下機。

そこで答えた、もし、帰って来たとき、黄金の印綬(いんじゅ)を佩びていたら、蘇秦の妻は機織りして出迎えなかった故事を学んで出迎えてくれとたしなめた。


門を出る時に、妻子は私の袖や、衣(ころも)にすがりついてきた、そして、都に行けば 帰るのはいつかと尋ねたのである。
そこで答えた、もし、帰って来たとき、黄金の印綬(いんじゅ)を佩びていたら、蘇秦の妻は機織りして出迎えなかった故事を学んで出迎えてくれとたしなめた。


門を出ずれば妻子は強いて衣を牽き
我に問う西のかたに行きておおよそ日いつ帰るかと
歸り来たる時儻もし黄金の印を佩びなん
蘇秦 機より下らざるを学ぶ莫かれ


出門妻子強牽衣。 問我西行几日歸。
門を出る時に、妻子は私の袖や、衣(ころも)にすがりついてきた、そして、都に行けば 帰るのはいつかと尋ねたのである。
西行 都、長安のこと。 ○ 凡と同じ。おおよその意。


歸時儻佩黃金印。 莫學蘇秦不下機。
そこで答えた、もし、帰って来たとき、黄金の印綬(いんじゅ)を佩びていたら、蘇秦の妻は機織りして出迎えなかった故事を学んで出迎えてくれとたしなめた。
 ひいでる。もし、もしくは。ほしいままにする。ここは、もしの意味とする。○ 帯に付ける冠位を示すかざりをつけることをいう ○黄金印 諸侯・丞相・大将が佩びる印。戦国の世に蘇秦が錦を着て故郷へ帰り、「 我をして負廓の田二頃あらしめば豈に六国の相印を佩んや」 といって威張ったという話があるが、 立身出世して六国の相印を佩びる  ○蘇秦不下機 『戦国策』「秦策」にある故事で、「戦国時代、蘇秦が、秦王に説くこと十回に及ぶも、その説が行なわれぬため、家に帰る。家に帰れば、妻は怒って紐より下らず、煙は炊をなさず、父母はともに言わずであった」という。
ここでは「蘇秦の妻のようなことをしてくれるな」とたしなめた。


蘇秦は、秦に対抗する諸国同盟を説いて歩いて成功し、故郷に錦を飾ったわけであるが、これを蘇秦の積極的説得型とすると「内別赴徴 三首 其一」では諸葛孔明が無名の時、劉備が三度も草盧を訪れ礼を尽くして出馬を乞うたとされる、「三顧の礼」を受けた待ち受け型、二つを意識して李白は使っている。 






蘇秦について史記にあるが、ウィキペディアの記述を抜粋しのを紹介してこの詩を見てほしい。

蘇 秦(そ しん、? - 紀元前317年?)は、中国戦国時代の弁論家。張儀と並んで縦横家の代表人物であり、諸国を遊説して合従を成立させたとされる。蘇代の兄。洛陽の人。斉に行き、張儀と共に鬼谷に縦横の術を学んだ。
『史記』蘇秦列伝における事跡である。

数年間諸国を放浪し、困窮して帰郷した所を親族に嘲笑され、発奮して相手を説得する方法を作り出した。最初に周の顕王に近づこうとしたが、蘇秦の経歴を知る王の側近らに信用されず、失敗した。次に秦に向かい、恵文王に進言したが、受け入れられなかった。当時の秦は商鞅が死刑になった直後で、弁舌の士を敬遠していた時期のためである。
 
その後は燕の文公に進言して趙との同盟を成立させ、更に韓・魏・斉・楚の王を説いて回り、戦国七雄のうち秦を除いた六国の間に同盟を成立させ、六国の宰相を兼任した。この時、韓の宣恵王を説いた際に、後に故事成語として知られる『鶏口となるも牛後となることなかれ』という言辞を述べた。
 
趙に帰った後、粛侯から武安君に封じられ、同盟の約定書を秦に送った。以後、秦は15年に渡って東に侵攻しなかった。蘇秦の方針は秦以外の国を同盟させ、それによって強国である秦の進出を押さえ込もうとするもので、それらの国が南北に縦に並んでいることから合従説と呼ばれた。
 
合従を成立させた蘇秦は故郷に帰ったが、彼の行列に諸侯それぞれが使者を出して見送り、さながら王者のようであった。これを聞いて周王も道を掃き清めて出迎え、郊外まで人を出して迎えた。故郷の親戚たちは恐れて顔も上げない様であった。彼は「もし自分にわずかの土地でもあれば、今のように宰相の印を持つことができたろうか」と言い、親族・友人らに多額の金銭を分け与えた。
 
李白のこの詩を理解するためにはここまでにするが、ウィキペディアには李白の時代と現代では蘇秦に対する事跡は異なるようだ。以下ウィキペディアを参照。

李白70清溪半夜聞笛 71秋浦歌十七首 其二 72清溪行 73 宿清溪主人

 
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李白の清渓、現在の安徽省池州、下の地図(c4)のあたりの景勝の地を詠ったものを取り上げた。黄山を挟んで北のほうが貴池(池州)であり、南が秋浦である。

李白70清溪半夜聞笛 五言絶句

清溪半夜聞笛
清溪せいけいの夜ふけに笛を聞く
羌笛梅花引、吳溪隴水情。
きょうの笛で聞く「梅花の引うた」、江南の吳溪ごけいが隴西ろうせいの清らかな隴水ろうすいのようで情に通う。
寒山秋浦月、腸斷玉關聲。

寒々とした山には秋浦の月が輝き、玉關に出征した夫の聲のようで腸もちぎれんばかり。

清溪の夜ふけに笛を聞く
羌の笛で聞く「梅花の引(うた)」、江南の吳溪が隴西の清らかな隴水のようで情に通う。
寒々とした山には秋浦の月が輝き、玉關に出征した夫の聲のようで腸もちぎれんばかり。


○清溪 安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。その西側を流れる、秋浦河とともにその美しさにより景勝地となっている。別名、白洋河。

○羌笛 羌(チベット族)の吹く笛の音。 ○梅花引 引は楽曲の意。梅花のうた。 ○吳溪 呉の地方の渓谷。秋浦と清渓、全体を示す。  ○隴水 甘粛省隴山から長安方面に流れる渭水に合流する川の名。チベット;吐蕃との国境をながれる。○腸斷 腹の底からの感情を示す。悲哀の具象的表現。「楽府特集」二十五巻≪横笛曲辞≫「隴頭の流水、鳴声幽咽す。はるかに秦川(長安)を望み、心肝断絶す。」李白「秋浦歌其二」 ○玉關聲 玉門関に出征している夫の悲痛なる気持ち。唐代の玉門関は漢代のそれより、約100km西方へ移動している。

○韻 情、聲(しょう)

清溪 半夜に笛を聞く
羌笛 梅花の引、吳溪 隴水の情。
寒山 秋浦の月、腸斷つ玉關の聲。


李白の足跡5李白の詩は-4 あたりのもの

五言古詩
李白71秋浦歌十七首 其二
 
秋浦歌十七首 其二
秋浦猿夜愁、黄山堪白頭。
秋浦では夜ごとに猿が悲しげに鳴き、黄山は  白髪の老人にふさわしい。
青渓非朧水、翻作断腸流。
青渓は  朧水でもないのに、却って  断腸の響きを立てて流れてゆく。
欲去不得去、薄遊成久遊。
立ち去ろうと思うが  去ることもできず、短い旅のつもりが  長旅となったのだ。
何年是帰日、雨泪下孤舟。

いつになったら  帰る日がやってくるのか、涙を流しつつ   寄る辺ない小舟にもどる

秋浦では夜ごとに猿が悲しげに鳴き、黄山は  白髪の老人にふさわしい。
青渓は  朧水でもないのに、却って  断腸の響きを立てて流れてゆく。
立ち去ろうと思うが  去ることもできず、短い旅のつもりが  長旅となったのだ。
いつになったら  帰る日がやってくるのか、涙を流しつつ   寄る辺ない小舟にもどる


秋浦の歌 十七首其の二
秋浦  猿は夜愁(うれ)う、黄山  白頭(はくとう)に堪えたり。
青渓(せいけい)は朧水(ろうすい)に非(あら)ざるに、翻(かえ)って断腸(だんちょう)の流れを作(な)す。
去らんと欲(ほっ)して去るを得ず、薄遊(はくゆう)  久遊(きゅうゆう)と成る。
何(いず)れの年か  是(こ)れ帰る日ぞ、泪を雨(ふ)らせて孤舟(こしゅう)に下る。
 


五言古詩
李白72清溪行

清溪行 
清溪清我心。 水色異諸水。
清溪の流れは我が心を清くし、水の色は他の川の比ではない
借問新安江。 見底何如此。
尋ねたい、かの新安江の水も底が見えるほど清いというが、こことどちらが上だろうか
人行明鏡中。 鳥度屏風里。
人が岸辺を歩むとその影が鏡のような水面に映り、鳥が屏風のように切り立った
向晚猩猩啼。 空悲遠游子。
崖を飛びわたる、黄昏時には猩猩が哀れな声で鳴いて、道行く旅人を悲しい思いにさせる

李白の五言古詩「清溪の行(うた)」
清溪の流れは我が心を清くし、水の色は他の川の比ではない、
尋ねたい、かの新安江の水も底が見えるほど清いというが、こことどちらが上だろうか
人が岸辺を歩むとその影が鏡のような水面に映り、鳥が屏風のように切り立った
崖を飛びわたる、黄昏時には猩猩が哀れな声で鳴いて、道行く旅人を悲しい思いにさせる

清溪は安徽省秋浦の近くを水源とする川の名、水が澄んでいることで有名だったらしい

○清溪 安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。その西側を流れる、秋浦河とともにその美しさにより景勝地となっている。別名、白洋河。○「行」は詩歌の一体。○借問 少し尋ねたい。  ○新安江 浙江省の大河浙江の上流部分あたりの呼称。中流は富春江、下流は銭塘江で、六朝以来の自然叙景の詩跡(歌枕)となっている。 ○明鏡 明るい鏡。水面の清澄をいう。 ○猩猩啼 大型の猿の鳴き声。旅人の悲哀を増すものとして詩歌につかわれた。 ○遠游子 故郷から遠く離れた旅人。

○韻 水、此、裏、子。

清溪 我が心を清くす、水色 諸水に異なる。 
借問す 新安江、底を見ること 此と何如。
人は行く明鏡の中、鳥は度る屏風の里(うち)。
晩に向(なんなん)として猩猩啼き、空しく遠游子を悲しましむ





五言古詩
李白73 宿清溪主人


宿清溪主人
清溪の主人の家に宿泊した
夜至清渓宿、主人碧厳裏。
夜に入って 清渓のほとりにきて宿泊した。主人の家は、碧(みどり)の木々苔むす厳の奥にある。
簷楹挂星斗、枕席響風水。
軒天の端には北斗七星がきらめき、寝室の枕席にはさわやかな風が吹いてきて、静かさの中せせらぎが響く。
月落西山時、啾啾夜猿起。

しばらくすると月が西の山の端に落ちはじめた時、啾啾と悲しげに夜猿が鳴き始めた。

清溪の主人の家に宿泊した
夜に入って 清渓のほとりにきて宿泊した。主人の家は、碧(みどり)の木々苔むす厳の奥にある。
軒天の端には北斗七星がきらめき、寝室の枕席にはさわやかな風が吹いてきて、静かさの中せせらぎが響く。
しばらくすると月が西の山の端に落ちはじめた時、啾啾と悲しげに夜猿が鳴き始めた。

○清渓  安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。その西側を流れる、秋浦河とともにその美しさにより景勝地となっている。別名、白洋河。  ○碧厳 木々が生い茂っている岩山。そこにある岩に緑の苔がいっぱいに生えている。碧は李白の愛用字。

○簷楹 えんえい、軒天の端。軒梁。 ○挂 掛かる。 ○星斗 北斗七星。星のきらめき。 ○枕席 ちんせき、枕と敷物。ねどこ。○時 ・・するとき~が起きる につながる。  ○啾啾 野猿の鳴き声。 ○夜猿 旅人の悲哀を呼び起こす夜の猿。

○韻 裏、水、起。

清溪の主人に宿す
夜 清渓に至って宿す、主人碧厳の裏。
簷楹には星斗が挂かり、枕席には風水が響く。
月 西山に落つる時、啾啾として夜猿 起る。





李白の詩 連載中 7/12現在 75首

2011・6・30 3000首掲載
漢文委員会 ホームページ それぞれ個性があります。
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dwt05ch175pla01geocity
nat0017176sas00121205
李商隠の女詞特集ブログ連載中
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 李白の漢詩特集 連載中
kanshiblog460李白 毎日書いています。

越女詞 五首 其の二 李白13

 李白の江南地方での若いときの旅は2年程度であった。この地方を題材にした詩は多く残されているが、詩の目線は中年のものが多いようである。推測ではあるが、若いときに作った作品を、後年再び訪れた時修正したのではないかと感じられる。淥水曲りょくすいきょく 清らかな澄んだ水、純真な心もった娘たちの歌である。


李白の若い娘の歌はつづきます。

越女詞 五首 其の二 李白13

其二
呉兒多白皙,好爲蕩舟劇。
呉の女どもは色白が多く、好んで舟をゆさぶるあそびをする。
賣眼擲春心,折花調行客。

色目をつかって、もえたつ春の心をなげつけ、花を折りとって旅人をからかう。

呉の女どもは色白が多く、好んで舟をゆさぶるあそびをする。
色目をつかって、もえたつ春の心をなげつけ、花を折りとって旅人をからかう。


呉兒多白皙,好爲蕩舟劇。 ごじ おおくは はくせき、このんでとうしゅうのたわむれをなす

呉の娘女らは色白が多く、好んで舟をゆさぶるあそびをする。
白哲 皮膚の白いこと。○蕩舟 舟をゆさぶってひきつける。○ たわむれ。誘い込む。

賣眼擲春心,折花調行客。 めをうってしゅんしんをなげうち、はなをおって こうかくをちょうす
色目をつかって、もえたつ春の心をなげつけその気にさせ、花を折りとって旅人をからかう。
売眼 色目をつかう、ウィンクする。○ なげつける。○春心 色好みの心。○調 からかう。「ちょっと寄って遊んでいかない?」とウィンクしたり、花を折って投げつけたり、色町での誘い。これだけの短い句の中で見事に表現している。

(下し文)
越女の詞 其の二
呉児 多くは白皙はくせき、好んで 蕩舟の劇たわむれを為す
眼を売って 春心を擲なげうち、花を折って 行客こうかくを調す

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