漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

古風

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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古風 其四十八 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 262/350

古風 其四十八 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 262/350


其四十八
秦皇按寶劍。 赫怒震威神。
秦の始皇は宝飾の剣をなでさすりながら、烈火のように怒った時、すばらしい威力を天下に示した。
逐日巡海右。 驅石駕滄津。
権力者威光を示す最大のもの太陽を誘導することをめざし、西の山の向こう、海の更に右側を巡幸し、石を駆使して大海原に橋をかけようとした。
征卒空九寓。 作橋傷萬人。
兵卒を徴用し尽くしたので、国中はからになってしまった。橋の建設にすべての人が何らかの傷を負ったのだ。
但求蓬島藥。 豈思農扈春。
そればかりか始皇帝はただ仙人の島、蓬莱島の仙薬ばかりをほしがったのだ、最も大切な春の農耕の仕事など全く念頭になかったのだ。
力盡功不贍。 千載為悲辛。

国力は尽きはててしまい、仙薬の効能もなったく無かったのだ。その国力の衰えは、千年もの長きにわたって悲しみと辛い思いをしていくのである。


古風 其の四十八

秦皇 宝剣をじ、赫怒(かくど)して威神(いしん)を震(ふる)う。

日を逐いて海右(かいゆう)を巡り、石を駆って津に駕()す。

卒を()して九寓を空(むな)しゅうし、橋を作りて万人を傷つく。

但だ蓬島(ほうとう)の薬を求め、豈に農(のうこ)の春を思わんや。

力尽きて 功 ()らず、千載(せんざい) 為に悲辛(ひしん)す。


宮島(1)


古風 其四十八 現代語訳と訳註
(本文)

秦皇按寶劍、赫怒震威神。
逐日巡海右、驅石駕滄津。
征卒空九寓、作橋傷萬人。
但求蓬島藥、豈思農扈春。
力盡功不贍、千載為悲辛。


(下し文) 其の四十八
秦皇 宝剣を按じ、赫怒(かくど)して威神(いしん)を震(ふる)う。
日を逐いて海右(かいゆう)を巡り、石を駆って滄津に駕(が)す。
卒を征(め)して九寓を空(むな)しゅうし、橋を作りて万人を傷つく。
但だ蓬島(ほうとう)の薬を求め、豈に農扈(のうこ)の春を思わんや。
力尽きて 功 贍(た)らず、千載(せんざい) 為に悲辛(ひしん)す。


(現代語訳)
秦の始皇はほう宝飾の剣をなでさすりながら、烈火のように怒った時、すばらしい威力を天下に示した。
権力者威光を示す最大のもの太陽を誘導することをめざし、西の山の向こう、海の更に右側を巡幸し、石を駆使して大海原に橋をかけようとした。
兵卒を徴用し尽くしたので、国中はからになってしまった。橋の建設にすべての人が何らかの傷を負ったのだ。
そればかりか始皇帝はただ仙人の島、蓬莱島の仙薬ばかりをほしがったのだ、最も大切な春の農耕の仕事など全く念頭になかったのだ。
国力は尽きはててしまい、仙薬の効能もなったく無かったのだ。その国力の衰えは、千年もの長きにわたって悲しみと辛い思いをしていくのである。


(訳注)
秦皇按寶劍、赫怒震威神。

秦の始皇はほう宝飾の剣をなでさすりながら、烈火のように怒った時、すばらしい威力を天下に示した。
秦皇 秦の始皇帝。○威神 神威に同じ。すばらしい威力。


逐日巡海右、驅石駕滄津。
権力者威光を示す最大のもの太陽を誘導することをめざし、西の山の向こう、海の更に右側を巡幸し、石を駆使して大海原に橋をかけようとした。
海右 中國では古来から四方には海があり、西の山の向こうには海がありその海の果てには崖があって、その場所に太陽が沈むとされていた。方向性は北、北斗七星を背にして左が東、右が西になる。西の山の向こうの海の更に右側ということになる。○駆石 「三斉略記」という本に次のような話が見える。秦の始皇帝は、東海を渡れるような巨大な石橋をつくり、日の出る所を見たいと思った。すると、一人の魔法使が現われ、石を追いやって海に投じた。城陽にある十云山の石がことごとく起きあがり、高高と東に傾き、互につれだって歩いてゆくように見えた。石の歩き方がおそいと、魔法使はムチをふるった。石はみな血を流し、真っ赤になった、という。○ 架。かける。○滄津 大海。


征卒空九寓。 作橋傷萬人。
兵卒を徴用し尽くしたので、国中はからになってしまった。橋の建設にすべての人が何らかの傷を負ったのだ。
 兵卒。〇九寓 九州。中国全土を九つに区分。九州は九区分の真ん中を除いた八の州を示すが、九寓の場合は単に九の州という意味。空の場合は九天。


但求蓬島藥。 豈思農扈春。
そればかりか始皇帝はただ仙人の島、蓬莱島の仙薬ばかりをほしがったのだ、最も大切な春の農耕の仕事など全く念頭になかったのだ。
蓬島薬 蓬島は、東海の中にあると信じられた仙人の島、蓬莱島の略。そこに産する不老長生の仙薬。「史記」の始皇本紀によると、始豊の二十八年、斉人の徐市を派遣し、童男童女数千人を出して海上に仙人を求めさせた。同三十二年、韓終・侯公・石生に仙人の不死の薬を求めさせた。同三十七年、方士の徐市らは、海上に仙薬を求めて、数年になるが得られず、費用が多いだけだったので、罰せられることを恐れ、「蓬莱では仙薬を得られるのですが、いつも途中で大鮫に妨げられて島に行くことができないのです。船に連穹(矢をつづけさまに発射できる仕掛の石弓)をつけて下さい」と報告している。始皇帝と仙薬、徐市の詩によく登場する有名な逸話である。○農扈春 扈は1.したがう。主君のあとにつきしたがう。主君のお供をする。2.はびこる。ここでは、春の訪れに伴って当然やるべき農業、耕作種まきをいう。


力盡功不贍。 千載為悲辛。
国力は尽きはててしまい、仙薬の効能もなったく無かったのだ。その国力の衰えは、千年もの長きにわたって悲しみと辛い思いをしていくのである
 足る。十分である。


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古風 其三十四 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白195 /350

古風 其三十四 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白195 /350

北の幽州で安禄山が驕り高ぶって、野蛮な異民族と同じようになり、おかしくなった状況になってきた。一方、中央の朝廷内でも李林甫の死後、権力をえて、楊国忠が驕った政治を行い、南方での全く無駄な血を流してしまった。


古風 其の三十四

其三十四
羽檄如流星。 虎符合專城。
至急を示す鳥の羽をつけた召集令状が流星のように出されている。虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされるのだ。
喧呼救邊急。 群鳥皆夜鳴。
国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで、みんな、夜中に鳴きだした。
白日曜紫微。 三公運權衡。
真昼の太陽のような天子が、紫微の御座所にかがやいておられる、りっぱな三公の大臣がよい政治をしているのだ。
天地皆得一。 澹然四海清。
天地というものは万物が一から成り立ち支え合い溶け合っていくものであるという「道」なのである、天下はおだやかに四方の果ての海原、そのはてまで澄みわたっているのだ。
借問此何為。 答言楚征兵。
問いかけてみた、「こんなにあわただしいのはどうしたのか」と、答えてくれた、「楚の地方で兵隊を招集しているのだ。」と。
渡瀘及五月。 將赴云南征。』

濾水を渡るのを五月にしている、熱帯の雲南を征伐に赴こうというのだ。』
怯卒非戰士。 炎方難遠行。
臆病な兵卒は戦いの役にたつ勇士とはこのようなものではない、炎のように熱い南方への遠い行軍はむつかしいのである。
長號別嚴親。 日月慘光晶。
泣きわめき怒号のような叫びは、尊い両親にたいしての別れなのだ、そのために日も月も光輝きを失ってしまうばかりなのだ。
泣盡繼以血。 心摧兩無聲。
泣いて涙がつきはて、血が出るまで泣いたのだ、心までくだけてしまい、親も子も声が出なくなった。
困獸當猛虎。 窮魚餌奔鯨。
くたびれはてた獣が猛虎に出あったようなものであり、おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなものになっているのだ。
千去不一回。 投軀豈全生。
千という兵士が出征して一回もかえってこないのだ、身を投じたが最後、命はないものと思えばよいというのか。
如何舞干戚。 一使有苗平。』
ああ、なんとかして、タテとマサカリの舞いを舞うことができないものか、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一度で辺境を平和にしてもらいたいのだ。



羽檄 流星の如く、虎符 専城に合す。

喧しく呼んで 辺の急を救わんとし、群鳥は 皆 夜鳴く

白日 紫徴に曜き、三公権衡を運らす

天地皆一なるを得、澹然として 四海消し

借問す 此れ何をか為すと、

答えて言う 楚 兵を徴すと

瀘を渡って 五月に及び、将に雲南に赴いて征せんとす。』


怯卒は 戦士に非ず、炎方は 遠行し難し。

長く号きて 厳親に別れ、日月 光晶 惨たり。

泣尽きて 継ぐに血を以てし、心摧けて 両びに声なし

困猷猛虎に当り。窮魚奔鯨の餌となる

千去って 一も回らず、躯を投じて 豈に生を全うせんや

如何か 干戚を舞わし、一たび有苗をして 平らかならしめん』




古風 其三十四 訳註と解説

(本文)
羽檄如流星。 虎符合專城。
喧呼救邊急。 群鳥皆夜鳴。
白日曜紫微。 三公運權衡。
天地皆得一。 澹然四海清。
借問此何為。 答言楚征兵。
渡瀘及五月。 將赴云南征。』

(下し文)
羽檄 流星の如く、虎符 専城に合す。
喧しく呼んで 辺の急を救わんとし、群鳥は 皆 夜鳴く
白日 紫徴に曜き、三公権衡を運らす
天地皆一なるを得、澹然として 四海消し
借問す 此れ何をか為すと、
答えて言う 楚 兵を徴すと
瀘を渡って 五月に及び、将に雲南に赴いて征せんとす。』

現代語訳)
急用を示す鳥の羽をつけた召集令状が流星のように出されている。虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされるのだ。
国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで、みんな、夜中に鳴きだした。
真昼の太陽のような天子が、紫微の御座所にかがやいておられる、りっぱな三公の大臣がよい政治をしているのだ。
天地というものは万物が一から成り立ち支え合い溶け合っていくものであるという「道」なのである、天下はおだやかに四方の果ての海原、そのはてまで澄みわたっているのだ。
問いかけてみた、「こんなにあわただしいのはどうしたのか」と、答えてくれた、「楚の地方で兵隊を招集しているのだ。」と。
濾水を渡るのを五月にしている、熱帯の雲南を征伐に赴こうというのだ。』


(訳註)

羽檄如流星。 虎符合專城。
急用を示す鳥の羽をつけた召集令状が流星のように出されている。虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされるのだ。
羽撒 轍は木賎通知書。急用の場合に鶏の羽を目印につけた。この詩では、速達の召集令状。○虎符 兵
士を徴発するときに用いる割符。銅片か竹片を用い、虎の絵が刻みこまれ、半分は京に留め、半分は将軍に賜わり、その命令の真実であることの証拠とした。○専城 城を専らにする、一城の主、すなわち一州一部の主で、地方の将軍のこと。

 
喧呼救邊急。 群鳥皆夜鳴。
国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで、みんな、夜中に鳴きだした。
辺急 国境の危急。

白日曜紫微。 三公運權衡。
真昼の太陽のような天子が、紫微の御座所にかがやいておられる、りっぱな三公の大臣がよい政治をしているのだ。
紫微 天子の御座所。〇三公 周代以来、時代によって内容が異なるが、地位の最も高い大臣である。唐の制度では、大尉・司従・司空を三公とした。○権衡 はかりのおもりと竿と。これを運用するというのは、政治を正しく行うこと。

天地皆得一。 澹然四海清。
天地というものは万物が一から成り立ち支え合い溶け合っていくものであるという「道」なのである、天下はおだやかに四方の果ての海原、そのはてまで澄みわたっているのだ。
天地皆得一天下太平のこと。「天は一を得て以て招く、地は一を得て以て寧というのは「老子」の言葉であるが、「こというのは「道」といいかえでもよい。○澹然 ごたごたせず、さっぱりとしておだやかなさま。〇四海 大地の四方のはてに海があると中国人は意識していた。



借問此何為。 答言楚征兵。
問いかけてみた、「こんなにあわただしいのはどうしたのか」と、答えてくれた、「楚の地方で兵隊を招集しているのだ。」と。
借問 ちょっとたずねる。○楚徴兵 天宝十載(751年)唐の玄宗は兵を発し、雲南地方の新興国、タイ族の南詔に遠征して大敗した。八万の大軍が渡水の南で全滅したにもかかわらず、宰相の揚国忠は勝利したと上奏し、それをごまかすために、ふたたび七万の軍で南詔を討とうとした。これがまた大敗したが、このとき人民は、十中八九まで倒れて死ぬという雲南のわるい毒気のうわさを聞いており、だれも募集に応じない。揚国忠は各地に使を派遣して徴兵の人数をわりあて、強制的に召集した。楚は、雲南地方に地を接する南方の地方。なお、中唐の詩人、白居易(楽天)の「新豊折臂翁」というすぐれた詩は、この雲南征伐の際、自分で自分の腕をへし折って徴兵をのがれたという厭戦詩である。



渡瀘及五月。 將赴云南征。』
濾水を渡るのを五月にしている、熱帯の雲南を征伐に赴こうというのだ。』
楚から雲南に入るところに、濾水という川がある。いまの雲南省の北境を流れる金沙江(長江の上流)のこと。この川がおそろしい川である三種の毒ガスを発散して、毎年三月、四月にこの川をわたると必ず中毒で死ぬという。五月になると渡れるが、それでも吐気をもよおしたりするという。蚊の大発生の時期。〇五月旧暦だから、真夏の最中である。





(本文)
怯卒非戰士。 炎方難遠行。
長號別嚴親。 日月慘光晶。
泣盡繼以血。 心摧兩無聲。
困獸當猛虎。 窮魚餌奔鯨。
千去不一回。 投軀豈全生。
如何舞干戚。 一使有苗平。』

(下し文)
怯卒は 戦士に非ず、炎方は 遠行し難し。
長く号きて 厳親に別れ、日月 光晶 惨たり。
泣尽きて 継ぐに血を以てし、心摧けて 両びに声なし
困猷猛虎に当り。窮魚奔鯨の餌となる
千去って 一も回らず、躯を投じて 豈に生を全うせんや
如何か 干戚を舞わし、一たび有苗をして 平らかならしめん』

(現代語訳)
臆病な兵卒は戦いの役にたつ勇士とはこのようなものではない、炎のように熱い南方への遠い行軍はむつかしいのである。
泣きわめき怒号のような叫びは、尊い両親にたいしての別れなのだ、そのために日も月も光輝きを失ってしまうばかりなのだ。
泣いて涙がつきはて、血が出るまで泣いたのだ、心までくだけてしまい、親も子も声が出なくなった。
くたびれはてた獣が猛虎に出あったようなものであり、おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなものになっているのだ。
千という兵士が出征して一回もかえってこないのだ、身を投じたが最後、命はないものと思えばよいというのか。
ああ、なんとかして、タテとマサカリの舞いを舞うことができないものか、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一度で辺境を平和にしてもらいたいのだ。


(訳註)

怯卒非戰士。 炎方難遠行。
臆病な兵卒は戦いの役にたつ勇士とはこのようなものではない、炎のように熱い南方への遠い行軍はむつかしいのである。



長號別嚴親。 日月慘光晶。
泣きわめき怒号のような叫びは、尊い両親にたいしての別れなのだ、そのために日も月も光輝きを失ってしまうばかりなのだ。


泣盡繼以血。 心摧兩無聲。
泣いて涙がつきはて、血が出るまで泣いたのだ、心までくだけてしまい、親も子も声が出なくなった。



困獸當猛虎。 窮魚餌奔鯨。
くたびれはてた獣が猛虎に出あったようなものであり、おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなものになっているのだ。



千去不一回。 投軀豈全生。
千という兵士が出征して一回もかえってこないのだ、身を投じたが最後、命はないものと思えばよいというのか。



如何舞干戚。 一使有苗平。』
ああ、なんとかして、タテとマサカリの舞いを舞うことができないものか、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一度で辺境を平和にしてもらいたいのだ。
干戚 たてとまさかり、転じて武器の総称。むかしの聖人舜帝は千戚を手にして舞っただけで有苗族がたちまち服従したという。○有苗 中国古代の少数民族の名。



(解説)
 軍事力と統治力、大義と威圧というものがなければ一時的に勝てても、必ず反撃され、敗れる。楊国忠の戦いの目的は低俗なもので、侵略略奪のためのもので、自己の権力を誇示するためのものであった。
 この詩の後半はすべて、戦は人心をつかむものでなければならないということを李白は言っている。
 李林甫が病死して、宦官と結託した楊国忠が行う政治は唐の歴史の中で最低最悪のレベルのものであった。時期を同じくしてこれに、天災が加わるのである。国中にフラストレーションが充満するのである。

 

古風 其二十二  李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白181

古風 其二十二  李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白181          


長安を去るにあたって、関係者と飲み明かした。また、「賓客もまばらになって、酒樽ももう空になってしまった」。「玉樽は己に空し」とは、李白らしい表現である。「しかし、まだ頼むべき才力はあり、評判をとった名に恥ずかしくない力は持っている」。まだまだ活躍はできると自信のほどを示している。
長安を去って寂しい気持ちにはなるが、まだ「頼むべき才力はある」といって、勇気を奮い起こし、自信をとり戻して長安をあとにするが、まずは「この詩を作って隠棲を願いつつ友人たちに別れを告げて去って行こう」といって「東武の吟」を歌い終わる。
李白は「高歌大笑して関より出でて去る」。「高笑い」は果たして何を意味するか。李白の心境は複雑なものがあったにちがいない。
長安黄河

古風 其二十二
秦水別隴首。 幽咽多悲聲。
長安を立つと東流する秦水はやがて隴山に別れを告げると、寂しくて泣き嗚咽して悲しい声がおおくなる。
胡馬顧朔雪。 躞蹀長嘶鳴。
自慢の胡地の馬も朔州の山に積もった雪、その向こうは馬の生まれたところ、馬に付けた鈴や玉が鳴るいつまでも嘶きつづけ、何だが流れてやまないのだ。
感物動我心。 緬然含歸情。
思い出せば心に思うこと、目にする物、すべては詩人としての私の心を動かした、いろんな思いにふけっている、やはり長安を旅立つのではなく帰る気持ちの方が強いのか。
昔視秋蛾飛。 今見春蠶生。
まえの事だが家を出るときは  秋の蛾が飛んでいたが、いまはどうだろう、春もたけなわを過ぎる蚕が生まれているころになっている。
裊裊桑柘葉。 萋萋柳垂榮。
桑は葉にしなやかにまとわりつくように、着物のうつくしい女性に柳の枝のように寄り添いまじわるのだ。
急節謝流水。 羈心搖懸旌。
時節は流れる水のように早くながれ、旅人の心は旗のように揺れうごくものだ。
揮涕且復去。 惻愴何時平。

涙を払ってともかくも歩いてゆこう、この重たく暗い思いは何時になったら軽くなるのだろうか


長安を立つと東流する秦水はやがて隴山に別れを告げると、寂しくて泣き嗚咽して悲しい声がおおくなる。
自慢の胡地の馬も朔州の山に積もった雪、その向こうは馬の生まれたところ、馬に付けた鈴や玉が鳴るいつまでも嘶きつづけ、何だが流れてやまないのだ。
思い出せば心に思うこと、目にする物、すべては詩人としての私の心を動かした、いろんな思いにふけっている、やはり長安を旅立つのではなく帰る気持ちの方が強いのか。
まえの事だが家を出るときは  秋の蛾が飛んでいたが、いまはどうだろう、春もたけなわを過ぎる蚕が生まれているころになっている。
桑は葉にしなやかにまとわりつくように、着物のうつくしい女性に柳の枝のように寄り添いまじわるのだ。
時節は流れる水のように早くながれ、旅人の心は旗のように揺れうごくものだ。
涙を払ってともかくも歩いてゆこう、この重たく暗い思いは何時になったら軽くなるのだろうか



古風 其の二十二
秦水(しんすい)  隴首(ろうしゅ)に別れ、幽咽(ゆうえつ)して悲声(ひせい)多し
胡馬(こば)  朔雪(さくせつ)を顧(かえり)み、躞蹀(しょうちょう)として長く嘶鳴(しめい)す
物に感じて我が心を動かし、緬然(めんぜん)として帰情(きじょう)を含む
昔は視る  秋蛾(しゅうが)の飛ぶを、今は見る  春蚕(しゅんさん)の生ずるを。
嫋嫋(じょうじょう)として桑は葉を結び、萋萋(せいせい)として柳は栄(えい)を垂(た)る。
急節(きゅうせつ)  流水のごとく謝(さ)り、羇心(きしん)   懸旌(けんせい)を揺るがす。
涕を揮(ふる)って且(しばら)く復(ま)た去り、惻愴(そくそう)  何(いず)れの時か平かならん。

 


秦水別隴首。 幽咽多悲聲。
長安を立つと東流する秦水はやがて隴山に別れを告げると、寂しくて泣き嗚咽して悲しい声がおおくなる。
秦水 渭水の上流部。 ○隴首 渭水が隴山のすそをながれるあたりは、杜甫の「前出塞九首」其三 紀頌之の漢詩ブログ誠実な詩人杜甫特集 42
「磨刀嗚咽水,水赤刃傷手。欲輕腸斷聲,心緒亂已久。」
(隴山までくるとむせび泣いている水が流れている、その水で刀をみがく。水の色がさっと赤くなる、刀の刃が自分の手を傷つけたのだ。自分はこんな腸はらわたを断たせるという水の音などはたいしたことはないつもりなのだが、家と国とのことを考えると以前からさまざま思っていて心がみだれているのだ。)



胡馬顧朔雪。 躞蹀長嘶鳴。
自慢の胡地の馬も朔州の山に積もった雪の向こうは馬の生まれたところ、馬に付けた鈴や玉が鳴るいつまでも嘶きつづけ、何だが流れてやまないのだ。
躞蹀 馬に付けた鈴や玉が鳴る音。旅立ちの寂しさをあらわす。○朔雪 朔は、北の意味。ここでは山西省朔州の山に積もった雪とすれば、黄河合流点をこえ、洛陽に近づいて来たことになる。○嘶鳴 馬が嘶くのだが、李白自身が大声で泣きたい心境を示している。



感物動我心。 緬然含歸情。
思い出せば心に思うこと、目にする物、すべては詩人としての私の心を動かした、いろんな思いにふけっている、やはり長安を旅立つのではなく帰る気持ちの方が強いのか。
緬然 はるかなさま。遠く思いやるさま。思いにふけるさま。



昔視秋蛾飛。 今見春蠶生。
まえの事だが家を出るときは  秋の蛾が飛んでいたが、いまはどうだろう、春もたけなわを過ぎる蚕が生まれているころになっている。
春蠶生 春になって生まれ蚕が生まれるが晩春を指す。浮気心が芽生えてきたことをあらわす句である。



裊裊桑柘葉。 萋萋柳垂榮。
桑は葉にしなやかにまとわりつくように、着物のうつくしい女性に柳の枝のように寄り添いまじわるのだ。
裊裊 風で気が揺れる。細長く音が響くさま。しなやかにまとわりつく。○萋萋 草が生い茂るさま。雲が行くさま。女性の服のうつくしいさま。柳は男性を、楊は女性。この二句はすべての語が男女の情愛、情交をあらわす表現。



急節謝流水。 羈心搖懸旌。
時節は流れる水のように早くながれ、旅人の心は旗のように揺れうごくものだ。
羈心 旅人の心。楽天的な李白にはマイナスの要素はない。そして道教に本格的に向かう。



揮涕且復去。 惻愴何時平。
涙を払ってともかくも歩いてゆこう、この重たく暗い思いは何時になったら軽くなるのだろうか

 

 「古風」の詩は制作年が不明である。詩の本文内容により、書かれたのは、後日であり、回想であるとわかっていても内容を重視し、挿入するようなやり方で、紹介してきた。今回の詩も去る者の旅の悲しみが溢れている。
「秦水」は渭水(いすい)のことですので、「隴首」(隴山)を東に離れると関中平野を東に流れる。渭水をみずからに例え、隴山を都の比喩と考えれば、長安を去る李白の心境が表現されている。
李白が南陵の鄭氏の家を発ったのは、「秋蛾」の飛ぶ秋だった。いま長安を去る日は「春蚕」がはじまる春の季節だ。桑の葉も柳の葉も緑です。最後の四句「急節 流水のごとく謝り 羇心 懸旌を揺るがす 涕を揮って且く復た去り 惻愴 何れの時か平かならん」には、李白が深い悲しみを秘めて、渭水に沿った路を東へとぼとぼと騎乗してゆく姿がしのばれます。

古風 其三十九 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白178

 

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古風 其三十九 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白178

いよいよ、長安朝廷を辞する時が来たのか。
それにつけても、この3年何だったのか。三顧の礼をもって迎えられたかと思うと次の日から天地が転化したような扱い、頼りにした道教の仲間も、すべてが宦官のいいなり、朝廷は李林甫の横暴がまかり通る。どんなに正論を言っても、天子のところには届かない。そればかりか、その天子たるや、気ままな性格そのもので、云い無、やりっぱなし、のその時政治。家臣は、やりたい放題。
酒は楽しく飲むもの。ここでの酒は酔うためのもの。こんな自分ではなかった。


古風 其三十九      
登高望四海。 天地何漫漫。
高い山に登り、四方、天下を見わたすと、天も地もはるか ひろびろとして人の世の出来事の小さいことか。
霜被群物秋。 風飄大荒寒。
霜が降り被い尽くし、すべて穀物が実り秋になった、突風が吹いて  ひろびろとした荒野は寒々として誰もいない。
榮華東流水。 萬事皆波瀾。
過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、この朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っている。
白日掩徂輝。 浮云無定端。
白日の下の正論というものが、李林甫のつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような宦官たちは常識の端がないように思うがままにしている。
梧桐巢燕雀。 枳棘棲鴛鸞。
燕と雀の小人物が青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、おしどりと鸞鳳がからたちととげのように人の邪魔をしている。
且復歸去來。 劍歌行路難。
ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。


高い山に登り、四方、天下を見わたすと、天も地もはるか ひろびろとして人の世の出来事の小さいことか。
霜が降り被い尽くし、すべて穀物が実り秋になった、突風が吹いて  ひろびろとした荒野は寒々として誰もいない。
過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、この朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っている。
白日の下の正論というものが、李林甫のつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような宦官たちは常識の端がないように思うがままにしている。
燕と雀の小人物が青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、おしどりと鸞鳳がからたちととげのように人の邪魔をしている。
ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。



古風 其の三十九
登高(とうこう)して四海(しかい)を望めば、天地  何ぞ漫漫(まんまん)たる
霜は被(おお)って群物(ぐんぶつ)秋なり、風は飄(ひるがえ)って大荒(たいこう)寒し
栄華  東流(とうりゅう)の水、万事  皆(みな)波瀾(はらん)
白日  徂暉(そき)を掩(おお)い、浮雲  定端(じょうたん)無し
梧桐(ごとう)に燕雀(えんじゃく)を巣(すく)わしめ、枳棘(ききょく)に鴛鸞(えんらん)を棲(す)ましむ
且(しばら)く復(ま)た帰去来(かえりなん)、剣歌(けんか)す  行路難(ころなん)



登高望四海。 天地何漫漫。
高い山に登り、四方、天下を見わたすと、天も地もはるか ひろびろとして人の世の出来事の小さいことか。
登高 九月九日の重陽の日の風習で、高い山に登り、家族を思い、菊酒を飲んで厄災を払う習わし。後漢の桓景の故事に基づいた重陽の風習の一。魏・曹植の「茱萸自有芳,不若桂與蘭」や魏・阮籍の『詠懷詩』其十「昔年十四五,志尚好書詩。被褐懷珠玉,顏閔相與期。開軒臨四野,登高望所思。丘墓蔽山岡,萬代同一時。千秋萬歳後,榮名安所之。乃悟羨門子,今自嗤。」 ○四海 古来から四方の地の果ては海となっているからそれの内の意》国内。世の中。天下。また、世界。 『孟子』尽心上に、孔子が泰山に登って天下を小としたとあるをイメージしている。



霜被群物秋。 風飄大荒寒。
霜が降り被い尽くし、すべて穀物が実り秋になった、突風が吹いて  ひろびろとした荒野は寒々として誰もいない。
霜被 霜が降り被い ○群物秋 霜が降り被い ○風飄 ヒューと風が吹く ○大荒 ひろびろとした荒野 ○ 寒々として誰もいない。

 

榮華東流水。 萬事皆波瀾。
過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、この朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っている。
東流 中國の大河は東流している。水は東に流れるもの。其の位置にはとどまらない。いつかは消えていくもの。 ○萬 すべてのことがら。



白日掩徂輝。 浮云無定端。
白日の下の正論というものが、李林甫のつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような宦官たちは常識の端がないように思うがままにしている。
白日 日中の太陽。天子の威光。正論。○浮云 うきぐも。李白は朝廷内の宦官のことを暗天の比喩としていうことが多い。 ○無定端 定めの端がない。好き勝手なことをする。



梧桐巢燕雀。 枳棘棲鴛鸞。
燕と雀の小人物が青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、おしどりと鸞鳳がからたちととげのように人の邪魔をしている。
梧桐 あおぎり。玄宗と楊貴妃の生活を示したもの。元代の戯曲「梧桐雨」がある。また、『荘子』秋水篇の故事を用いる。荘子が梁の国の宰相恵子を訪れようとすると、それは宰相の地位を奪い取ろうとしているのだという重言があった。恐れる恵子に向かって荘子はたとえ話を持ち出す。南方に「鴛雛」という鳥がいて、梧桐にしか止まらず、練実(竹の実)しか食べず、清浄な水しか飲まない。鶴が「腐鼠」を食べていたところに鴛雛が通りかかると、鶴はにらみつけて「嚇」と叫んだ。今あなたは梁の国を取られはしないか恐れて威嚇するのか、と恵子に言った。猜疑心を抱きつつの後宮生活を示す。○燕雀 小人物のこと。趙飛燕。楊貴妃の事。 ○枳棘 からたちととげ。人の邪魔をすること。 ○棲鴛鸞 おしどりと鸞鳳。楊貴妃とその兄弟の事。
この聯は『史記』・陳渉世家に「燕雀安知鴻鵠之志哉」(燕雀いずくんぞ鴻鵠之志を知るや。:小人物は大人物、鴻鵠の志を知ることができようか)の一節に基づくもの。



且復歸去來。 劍歌行路難。
ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。
歸去來 陶淵明が仕官80日あまりで官を辞して故郷に帰った時の辞。 ○劍歌 孟嘗君(もうしょうくん)に苦言を呈した馮驩(ふうかん)は剣の柄をたたき詩を吟じた。○行路難 古楽府の名。 

古風 其三十七 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白177

古風 其三十七 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白177


 宮廷に入り一年が過ぎ、政事の現実がどのようなものであるか何もかもすぐに分かった李白、うかつに発言できないもどかしさ、それは日に日に増していくのであった。李白は宮廷詩人として、芸人のような接遇、李白の矜持はボロボロにされていくのである。しかも、その思いは天子に全く伝わらないのである。
 古来、慟哭し、号泣すれば、天は答えてくれた。しかし、今はどうなっているのだ。袖も、着物もぐっしょりと濡れるほどに泣くのに何の返事もないのだ。これまで飲んだ酒は涙につながるお酒はなかった。しかし、今は、なんなのだ。どうすればいいのだ。李白の胸の内を詠いあげている「古風其の三十七」と「古風其の三十九」である。




古風 其三十七

其三十七
燕臣昔慟哭。 五月飛秋霜。
戦国時代の燕の鄒衍は、燕の恵王に忠誠を尽くしたが讒言のため捕えられた。鄒衍は天を仰いで慟哭したところ、天もその誠心に感じ、夏五月にかかわらず、秋の霜を降らせ風に飛んだ。
庶女號蒼天。 震風擊齊堂。
また、斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられたため、悲しみのため天に向かって号泣したところ、天が感じて雷を起こし、そのため斉の景公の高殿に雷撃があった、景公も傷ついたのだ。
精誠有所感。 造化為悲傷。
つまり、天を感じさせる誠さえあれば、天も悲しんでくれるものだ」。誠実に生きることがたいせつだ、自分も誠実に生きてきた。姦物どもの非難・中傷はあろうが、天も知って悲しんでくれるであろうというのがそれである。
而我竟何辜。 遠身金殿旁。
ところで、「誠実に生きた自分には何の罪があるのか、天子のおられる金堂殿から遠ざけられてしまった」。
浮云蔽紫闥。 白日難回光。
陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のように被われている。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。
群沙穢明珠。 眾草凌孤芳。
思えは宮中には誠実ならざる姦物が多くけがれてしまっている。こうした何の考えのしないただの草の集まりみたいな朝廷の現状を嘆き、なさけなくなるのだ。
古來共嘆息。 流淚空沾裳。

それは昔から嘆かわしいことはおなじようにあった。これを思うと、ただ涙が流れて着物をぬらせてしまう。



戦国時代の燕の鄒衍は、燕の恵王に忠誠を尽くしたが讒言のため捕えられた。鄒衍は天を仰いで慟哭したところ、天もその誠心に感じ、夏五月にかかわらず、秋の霜を降らせ風に飛んだ。
また、斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられたため、悲しみのため天に向かって号泣したところ、天が感じて雷を起こし、そのため斉の景公の高殿に雷撃があった、景公も傷ついたのだ。
つまり、天を感じさせる誠さえあれば、天も悲しんでくれるものだ」。誠実に生きることがたいせつだ、自分も誠実に生きてきた。姦物どもの非難・中傷はあろうが、天も知って悲しんでくれるであろうというのがそれである。
ところで、「誠実に生きた自分には何の罪があるのか、天子のおられる金堂殿から遠ざけられてしまった」。
陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のように被われている。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。
思えは宮中には誠実ならざる姦物が多くけがれてしまっている。こうした何の考えのしないただの草の集まりみたいな朝廷の現状を嘆き、なさけなくなるのだ。
それは昔から嘆かわしいことはおなじようにあった。これを思うと、ただ涙が流れて着物をぬらせてしまう。


燕臣 昔 慟哭す。 五月にして 秋霜飛ぶ。
庶女 蒼天 號。 震風 齊堂を擊つ。
精誠 感ずる所有り。 造化 悲傷を為す。
而我 竟に何んぞ辜す。 遠身 金殿の旁。
浮云 紫闥を蔽う。 白日 光 回り難し。
群沙 明珠を穢れ。 眾草 孤芳 凌す。
古來 共に嘆息す。 流淚 沾裳 空し。




燕臣昔慟哭。 五月飛秋霜。
戦国時代の燕の鄒衍は、燕の恵王に忠誠を尽くしたが讒言のため捕えられた。鄒衍は天を仰いで慟哭したところ、天もその誠心に感じ、夏五月にかかわらず、秋の霜を降らせ風に飛んだ。
燕臣 鄒衍(前305-前240)天地万物は陰陽二つの性質を持ち、その消長によって変化する(日・春・南・男などが陽、月・秋・夜・女・北などが陰)とする陰陽説と、万物組成の元素を土・木・金・火・水とする五行説とをまとめ、自然現象から世の中の動き、男女の仲まであらゆることをこの陰陽五行説によって説明。彼の説は占いや呪術とも結びついて後世に多大な影響を与えた。どれほど影響があるかは「陽気」「陰気」という言葉や、曜日の名前を思い浮かべればすぐわかる。○飛秋霜 秋に降りる霜が降り、風に飛んだ。



庶女號蒼天。 震風擊齊堂。
また、斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられたため、悲しみのため天に向かって号泣したところ、天が感じて雷を起こし、そのため斉の景公の高殿に雷撃があった、景公も傷ついたのだ。
庶女 斉の娘が嫁して寡婦となったが、無実の罪を着せられた。



精誠有所感。 造化為悲傷。
つまり、天を感じさせる誠さえあれば、天も悲しんでくれるものだ」。誠実に生きることがたいせつだ、自分も誠実に生きてきた。姦物どもの非難・中傷はあろうが、天も知って悲しんでくれるであろうというのがそれである。



而我竟何辜。 遠身金殿旁。
ところで、「誠実に生きている自分には何の罪があるのか、天子のおられる金堂殿から遠ざけられてしまうのだ」。



浮云蔽紫闥。 白日難回光。
陰険な者たちにより、この朝廷は暗闇のように被われている。真昼の太陽の輝きが照らすことさえ難しくなっている。それほど正当なことが天子に届かないものになっているのだ。



群沙穢明珠。 眾草凌孤芳。
思えは宮中には誠実ならざる姦物が多くけがれてしまっている。こうした何の考えのしないただの草の集まりみたいな朝廷の現状を嘆き、なさけなくなるのだ。
○群 ただ集まっている砂。誠実ならざる姦物が多い ○ けがれている。荒れ果てる。



古來共嘆息。 流淚空沾裳。
それは昔から嘆かわしいことはおなじようにあった。これを思うと、ただ涙が流れて着物をぬらせてしまう。



○韻  霜、堂、傷、傍、光、芳、裳。




この涙は、李林甫の横暴、加えて宦官たちの陰険・陰謀、正論が上に全く上がらない朝廷の現状を嘆く悲しみの涙であり、思う仕事を何一つさせてもらえない無念の涙、こんなところに長居はできないとおもったにちがいない。

古風 五十九首 其二十六 李白  Kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 李白173 と 玄宗(6)

古風 五十九首 其二十六 李白  Kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 李白173 と 玄宗(6)



玄宗(6)
寿王との結婚を受け入れた楊玉環だが、玄宗と運命的な出会いをしてしまう。寿王を含めた兄弟たちの権力争いが大きくなっていく。
寿王の母の武恵妃は芙蓉園での演奏会で、楊玉環の発案という名目で、500人の近衛兵に鎧を着せ、武器を持たせる事を提案する。それは、自分たちの危機を感じていた李瑛たちが、これに乗じて動き出すと考えた武恵妃の罠だった。光王、鄂王がこの罠にはまり、偽の剣とみせかけて本物の剣を持ち込んだ事が発覚してしまう。


737年(開元25年)玄宗は、謀反を企てた李瑛と光王、鄂王を平民に落として都から追放。張九齢は自ら命を絶つ。李瑛を罠にはめた武恵妃は治療法のない重い病で没する。

玄宗は、見晴らしの良い場所に墓地を設けて敬陵と名づける。寿王は馬でその地を駈けた事で怒りを買い、母の墓の建立という重要な任務を忠王に取られてしまう。この情報操作は、宦官の手によるものであった。


738年(開元26年)、玄宗冊立の大典を行い、正式に忠王を皇太子とし、名を李亨と改める。大失態の寿王は皇太子の地位をめぐる後継者争いは、敗れてしまった。



740年の前後、李白は山東で竹渓の六逸と称して遊び、酒と詩作の生活をしていた。この中の一人呉筠が朝廷から呼び出された。道教の仲間であった
玄宗は驪陽宮で再び楊玉環と会い、美しい胡服姿に目を奪われる。妹である玉真に頼み、楊玉環を驪山華清宮に招き評価をさせる。

父である玄宗に楊玉環を奪われてしまう事は寿王苦しまたが、玄宗の絶対的な権力に抵抗することはできない。玄宗は寿王に、側室として魏来馨を与えられる
寿王は、楊玉環に、自分を皇太子にするよう様に頼むことしかなかった。
西暦740年(開元28年)に、玄宗皇帝は楊玉環を後宮に住まわせ、道号「太真法師」とし、宮中に道観を建てる。

742年玄宗は李林甫を人事部長官に任命すると共に、節度使の後任には皇太子側の勢力である王忠嗣と皇甫惟明を任命し、権力を分散させる。地方潘鎮の力が強まるのを抑える意味で、時期尚早との意見がある中、安禄山を平盧軍の節度使に抜擢する。李は持朝廷に召されるのである。


其二十六
碧荷生幽泉。 朝日艷且鮮。
みどりの蓮が、人目につかない泉に生えている。朝日をうけて、つややかで、その上、あざやかだ。
秋花冒綠水。 密葉羅青煙。
秋にひらく花は、綠の水の上におおいかぶさる。密生した葉は、青い靄に網をかぶせられたよう。
秀色空絕世。 馨香竟誰傳。
そのすばらしい色は絶世のうつくしさだが、そのよいかおりを、だれが世間につたえてくれよう。
坐看飛霜滿。 凋此紅芳年。
やがて霜がいちめんにふりかかる時節ともなれば、せっかくの紅い花びらのしおれてしまうのを、むざむざと見なければならぬ。
結根未得所。 願托華池邊。

根をおろすのに場所がわるかった。何とかできるものなら、華池のぞばに身をよせたいものだが。


みどりの蓮が、人目につかない泉に生えている。朝日をうけて、つややかで、その上、あざやかだ。
秋にひらく花は、綠の水の上におおいかぶさる。密生した葉は、青い靄に網をかぶせられたよう。
そのすばらしい色は絶世のうつくしさだが、そのよいかおりを、だれが世間につたえてくれよう。
やがて霜がいちめんにふりかかる時節ともなれば、せっかくの紅い花びらのしおれてしまうのを、むざむざと見なければならぬ。
根をおろすのに場所がわるかった。何とかできるものなら、華池のぞばに身をよせたいものだが。




古風其の二十六
碧荷(へきか)幽泉に生じ、朝日艶にして且つ鮮(あざや)かなり。
秋花綠水を冒(おお)い、密葉青煙を羅(あみ)す。
秀色 空しく絶世、馨香 誰か為に伝えん。
坐(そぞろ)に看る 飛霜(ひそう)満ちて、此の紅芳の年を凋(しぼ)ましむを。
根を結んで 未だ所を得ず、願わくは華池の辺に託せん。


碧荷生幽泉。 朝日艷且鮮。
みどりの蓮が、人目につかない泉に生えている。朝日をうけて、つややかで、その上、あざやかだ。
碧荷 みどり色の蓮。 ○幽泉 人目につかないところ。茂みの影の暗いところ。


秋花冒綠水。 密葉羅青煙。
秋にひらく花は、綠の水の上におおいかぶさる。密生した葉は、青い靄に網をかぶせられたよう。
綠水 澄み切った水。 ○羅青煙 青い靄に網をかぶせられる。


秀色空絕世。 馨香竟誰傳。
そのすばらしい色は絶世のうつくしさだが、そのよいかおりを、だれが世間につたえてくれよう。
馨香 よいかおり。


坐看飛霜滿。 凋此紅芳年。
やがて霜がいちめんにふりかかる時節ともなれば、せっかくの紅い花びらのしおれてしまうのを、むざむざと見なければならぬ。


結根未得所。 願托華池邊。
根をおろすのに場所がわるかった。何とかできるものなら、華池のぞばに身をよせたいものだが。
華池 西王母の住む崑崙山上にある池の名。(瑤地)


******もう一つの意味*********************
この詩も高貴なところで詠われる詩で、艶情詩である、
碧荷生幽泉。 朝日艷且鮮。
まだうら若い女性の局部は高貴なお方によって艶や科であっても新鮮。
○碧荷 まだうら若い女性。 ○幽泉 女性の局部。

秋花冒綠水。 密葉羅青煙。
(性交の描写)これは訳したくない。
秀色空絕世。 馨香竟誰傳。
そのすばらしい色は絶世の美しさだが、その好い香りは、伝えることができない。

坐看飛霜滿。 凋此紅芳年。
やがて年を重ねる、素晴らしかった紅い花弁もしおれてしまうものだ。
結根未得所。 願托華池邊。
寿王などでは所がわるい。天子の華清宮の側に身をよせるのがよい。
*****************************************

古風 五十九首 其二十四 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白172と玄宗(5)

古風 五十九首 其二十四 李白  :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白172 玄宗(5)



玄宗(5)
互いに思いを寄せる楊玉環と彭勃だったが、果毅副将軍はここでいっしょになられてはもともこもない、妨害ししたのである、

 そして、武恵妃から楊玉環の家に寿王との縁談が申し込まれるのである。後日になって、彭勃は結婚を楊玉環の父に申し込むのだが、許すはずもない。悲恋に悩む楊玉環であったが、一族の名誉のため、発展・隆盛のため、結婚は着々とすすめられた。深い悲しみの中、遂に運命の日、皇室からのお迎えの護送役の一員に彭勃がいた。
悲恋で嫁いだ楊玉環は次第に寿王の優しさに、少しずつ気持ちが和らいでいった。


 一方、736年11月 玄宗皇帝は、宦官の策略にのり、朝議の場で張九齢を罷免し、李林甫を昇進させる。また李瑛が、張九齢を批判した行為が皇帝の怒りを買い“皇太子”の座も廃されてしまう。唐王朝を築いた大宗皇帝から続いてきた忠臣、正統派の家臣をすべて排斥したのであるこれ以降、玄宗皇帝の耳には、正当な情報は全く入らなくなった。これまでも、皇帝に媚を売るものを取り上げてきた玄宗の自業自得の行為であった。


そんな中、玄宗皇帝は芙蓉園の御宴宮で寿王妃・楊玉環と運命の出会いをするのである。



古風 五十九首

其二十四
大車揚飛塵。 亭午暗阡陌。
長安の街では、大きな車がほこりを巻きあげて通り、正午という時間帯であるのに街路が暗くしている。
中貴多黃金。 連云開甲宅。
宮中の宦官でいばっているやつが黄金を沢山ため込んでいる、その家の瓦は雲が連なっているような大邸宅を建てている。
路逢鬥雞者。 冠蓋何輝赫。
町を歩いていて、闘鶏師に出あったが、頭上にのせた冠、車上の被いは、驚くほどピカピカに輝いている。
鼻息干虹霓。 行人皆怵惕。
街中でひけらかすかれらの権勢の荒さは、空の虹にとどくばかりであり、道行く人びとはおそれてよけていくのである。
世無洗耳翁。 誰知堯與跖。
今の世には、穎水で耳を洗って隠居したような清廉潔白な人はいない、聖人の堯帝と大泥棒の跖とを、誰が見分けられるというのか。


長安の街では、大きな車がほこりを巻きあげて通り、正午という時間帯であるのに街路が暗くしている。
宮中の宦官でいばっているやつが黄金を沢山ため込んでいる、その家の瓦は雲が連なっているような大邸宅を建てている。
町を歩いていて、闘鶏師に出あったが、頭上にのせた冠、車上の被いは、驚くほどピカピカに輝いている。
街中でひけらかすかれらの権勢の荒さは、空の虹にとどくばかりであり、道行く人びとはおそれてよけていくのである。
今の世には、穎水で耳を洗って隠居したような清廉潔白な人はいない、聖人の堯帝と大泥棒の跖とを、誰が見分けられるというのか。



古風 其の二十四
大車 飛塵を揚げ、亭午 阡陌暗し。
中貴は 黄金多く、雲に連なって 甲宅を開く。
路に闘鶏の者に逢う、冠蓋 何ぞ輝赫たる。
鼻息 虹霓を干し、行人 皆怵惕す。
世に耳を洗う翁無し、誰か知らん堯と跖と。



大車揚飛塵。 亭午暗阡陌。
長安の街では、大きな車がほこりを巻きあげて通り、正午という時間帯であるのに街路が暗くしている。
亭午 正午。○阡陌 たてよこのみち。



中貴多黃金。 連云開甲宅。
宮中の宦官でいばっているやつが黄金を沢山ため込んでいる、その家の瓦は雲が連なっているような大邸宅を建てている。
中貴 宮中において幅をきかしていた宦官。○甲宅 第一等の邸宅。



路逢鬥雞者。 冠蓋何輝赫。
町を歩いていて、闘鶏師に出あったが、頭上にのせた冠、車上の被いは、驚くほどピカピカに輝いている。
闘鶏 一種のカケ事のあそびで、各自のもつ鶏を闘争させて勝負をきめえ。当時、玄宗をはじめ、唐の皇室や貴族たちの間で闘鶏がはやり、賈昌という男は幼い時から鳥のコトバを聞きわけで、鶏を取扱う特殊な才能があったので引き立てられた。○冠蓋 冠と車の上のおおい。



鼻息干虹霓。 行人皆怵惕。
街中でひけらかすかれらの権勢の荒さは、空の虹にとどくばかりであり、道行く人びとはおそれてよけていくのである。
虹霓 にじ。○怵惕 おそれてよける。



世無洗耳翁。 誰知堯與跖。
今の世には、穎水で耳を洗って隠居したような清廉潔白な人はいない、聖人の堯帝と大泥棒の跖とを、誰が見分けられるというのか。
洗耳翁 太古堯帝の時の高士、許由のこと。責帝から天子の位をゆずろうと相談をもちかけられた時、受けつけず、穎水の北にゆき隠居した。堯帝が又、かれを招いて九州の長にしようとしたら、かれは、こういう話は耳がけがれるといって、すぐさま川の水で耳を洗った。李白「迭裴十八図南歸嵩山其二」紀頌之の漢詩 164  参照
堯与跖 堯は伝説中の古代の聖天子。跖は伝説中の春秋時代の大泥棒。堯と跖といえば聖人と極悪人の代表である。

古風五十九首 其六 李白

古風 其六 李白120



古風 其六
代馬不思越。 越禽不戀燕。
北国の代の馬は、南国の越へいきたいとは思わない。また越の国の禽は、北国の燕をこいしくはおもわない。
情性有所習。 土風固其然。
感情や性質というものは、習慣によってつちかわれるところがあり、それは、土地の環境がもともとそうさせるのだ。
昔別雁門關。 今戍龍庭前。
ところが、むかし雁門の関所で、故国をはなれ、いまは竜庭の前のまもりにつかされている。
驚沙亂海日。 飛雪迷胡天。
まいあがる砂ぽこりは海の日の光を散乱させる。ふぶきが、胡の空にみだれとぶ。
蟣虱生虎鶡。 心魂逐旌旃。
しらみが兵士の服や帽子にわく、兵士の心や魂は、ひらひらする軍旗やさしものをおっかけて、たえず揺動く。
苦戰功不賞。 忠誠難可宣。
たとえ苦しい戦をしてみたところで、論功がもらえるわけでなし、忠義のまごころをいだいていても、発揮することはとてもむつかしい。
誰憐李飛將。 白首沒三邊。

飛将軍といわれた李広は、白髪頭になるまで三つの国境をかけめぐり、ついにそこで駄目になったけれども、誰がかれを哀れにおもっているであろうか。


北国の代の馬は、南国の越へいきたいとは思わない。また越の国の禽は、北国の燕をこいしくはおもわない。
感情や性質というものは、習慣によってつちかわれるところがあり、それは、土地の環境がもともとそうさせるのだ。
ところが、むかし雁門の関所で、故国をはなれ、いまは竜庭の前のまもりにつかされている。
まいあがる砂ぽこりは海の日の光を散乱させる。ふぶきが、胡の空にみだれとぶ。
しらみが兵士の服や帽子にわく、兵士の心や魂は、ひらひらする軍旗やさしものをおっかけて、たえず揺動く。
たとえ苦しい戦をしてみたところで、論功がもらえるわけでなし、忠義のまごころをいだいていても、発揮することはとてもむつかしい。
飛将軍といわれた李広は、白髪頭になるまで三つの国境をかけめぐり、ついにそこで駄目になったけれども、誰がかれを哀れにおもっているであろうか。



代馬は越を思はず、越禽は燕を恋はず。 
情性習ふ所あり、土風もとよりそれ然らむ。
昔は鴈門の関に別れ、今は龍庭の前に戍(まも)る。 
驚沙(ケイサ)海日を乱し、飛雪胡天に迷ふ、
蟣虱(キシツ)  虎鶡 (コカツ)に生じ、心魂 旌旃(セイセン)を逐 (お)ふ。
苦戦すれども功 賞せられず、忠誠宣(よろこ)ぶべきこと難し。
誰か憐れむ李飛将、白首にして三辺に没するを。 


代馬不思越、越禽不戀燕。
北国の代の馬は、南国の越へいきたいとは思わない。また越の国の禽は、北国の燕をこいしくはおもわない。
 山西省北部。○ 新江省方面。○ 走る獣の総称。鳥獣の総称。 ○ 河北省方面。


情性有所習、土風固其然。
感情や性質というものは、習慣によってつちかわれるところがあり、それは、土地の環境がもともとそうさせるのだ。
情性 感情や性。○士風 土地の環境。


昔別雁門關。 今戍龍庭前。
ところが、むかし雁門の関所で、故国をはなれ、いまは竜庭の前のまもりにつかされている。
雁門関 山両省代県のそばにある関所。万里の長城に近く、北の国境である。〇龍庭 句奴の王の単子が天をまつるところ。そこは砂漠地帯である。


驚沙亂海日。 飛雪迷胡天。

まいあがる砂ぽこりは海の日の光を散乱させる。ふぶきが、胡の空にみだれとぶ。
驚沙 騒ぎ立つ砂塵。○海日 海の太陽。この場合、海は、砂漠の中にある大きな湖のこと。


蟣虱生虎鶡。 心魂逐旌旃。
しらみが兵士の服や帽子にわく、兵士の心や魂は、ひらひらする軍旗やさしものをおっかけて、たえず揺動く。
蟣虱 しらみ。○虎鶡 虎とやまどり。鶴は、きじの一種で、喧嘩をこのみ柏手を殺すまで闘いをやめない猛烈な鳥である。後漢の時、近衛兵は、おそろしい虎の絵を軍服にえがき、やまどりの尾を冠にかざった。そこで、虎鶡といえば、兵隊の装束をさす。○旌旃 軍旗とさしもの。


苦戰功不賞。 忠誠難可宣。
たとえ苦しい戦をしてみたところで、論功がもらえるわけでなし、忠義のまごころをいだいていても、発揮することはとてもむつかしい。
 論功行賞。


誰憐李飛將。 白首沒三邊。
飛将軍といわれた李広は、白髪頭になるまで三つの国境をかけめぐり、ついにそこで駄目になったけれども、誰がかれを哀れにおもっているであろうか。
李飛将 漢の時代の名将、李広のこと。かれは生涯、北の国境を守り、旬奴と戦うこと大小七十余回、敵を殺し、又は捕虜にすること多く、旬奴から「漢の飛将軍」と称され、大いに恐れられた。生涯不遇で、大名に封ぜられなかった。おまけに、最後にはちょっとした作戦の失敗を咎められ、憤慨して自殺した。弓の名人で、虎かと思った一心で、石に矢を射立てたという逸話がある。なお、中島敦の小説の主人公「李陵」は、李広の孫に当る。また、李白は李広の子孫だと自称しているが、これは事実ではない。しかし、李白が李広を慕っていたことは、まちがいない。○ 必ずしも死ぬことでなく、捕虜になることも没である。○三邊 幽州(河北)と井州(山西)と涼州(甘粛)と、旬奴にたいする三つの国境の要処。



「古風」 第九首 李白109

「古風」 第九首 李白109

 はじめに荘子の「斉物論」を引き、ついで秦の東陵侯邵平をと引き合いに出し、損得勘定にあくせくする俗人に対して夢を持つことを述べている。


古風 其九
莊周夢胡蝶。 胡蝶為庄周。
荘周はあるとき蝴蝶になった夢をみた、さめてみると蝴蝶がまた荘周となっていた。
一體更變易。 萬事良悠悠。
万物は本来一体であるものが、交互に姿をかえるだけなのだ。万事はまことに、はてしなく運動してゆくのである
乃知蓬萊水。 復作清淺流。
このことはすなわち、仙人の島の蓬莱山を浮かべている東海の水が、またもや清く浅い流れになろうとすることも理解できる。
青門種瓜人。 舊日東陵侯。
長安の青城門の郊外で瓜を作っている人は、昔は位の高い東陵侯という人であった。
富貴故如此。 營營何所求。

富んでいて尊敬できる人というものは、このように位が高い人なのに同じように瓜を作っている。あくせくして損得勘定だけの行動をするなんて愚かなことか。


荘周はあるとき蝴蝶になった夢をみた、さめてみると蝴蝶がまた荘周となっていた。
万物は本来一体であるものが、交互に姿をかえるだけなのだ。万事はまことに、はてしなく運動してゆくのである
このことはすなわち、仙人の島の蓬莱山を浮かべている東海の水が、またもや清く浅い流れになろうとすることも理解できる。
長安の青城門の郊外で瓜を作っている人は、昔は位の高い東陵侯という人であった。
富んでいて尊敬できる人というものは、このように位が高い人なのに同じように瓜を作っている。あくせくして損得勘定だけの行動をするなんて愚かなことか。


(書き下し文)
荘周胡蝶を夢み
胡蝶は荘周となる。
一体たがひに変易し
万事まことに悠悠たり。
すなはち知る蓬莱の水の
また清浅の流れとなるを。
青門に瓜を種うるの人は
旧日の東陵侯なり。
富貴はもとよりかくのごとし
営々なんの求むるところぞ。 


莊周夢蝴蝶。 蝴蝶為庄周。
荘周はあるとき蝴蝶になった夢をみた、さめてみると蝴蝶がまた荘周となっていた。
荘周 紀元前四世紀の人。いまの河南省に生れた。哲学者。「荘子」の著者。○夢蝴蝶 「荘子」の「斉物論」篇に見える話。あるとき荘周が夢のなかで蝴蝶になった。ひらひらと空を舞う蝴蝶。かれはすっかりいい気持になり、自分が荘周であることをわすれてしまった。ところが、ふと目がさめてみると、まぎれもなく、荘周にかえっている。かれは考えた。荘周が夢をみて蝴蝶となったのか、それとも、蝴蝶が夢をみて荘周になっているのだろうか。荘周と蝴蝶とは、はっきりと区別される。すると、これは「物の変化」ということであろうか。つまり、荘子は、人間と蝴蝶、夢と現実を区別する常識的な分別を問題にせず、渾沌とした世界の中で自由にたのしむことをよしと考えたのである。


一體更變易。 萬事良悠悠
万物は本来一体であるものが、交互に姿をかえるだけなのだ。万事はまことに、はてしなく運動してゆくのである
一体更変易 万物は本来一つであるということを明らかにするのが、荘子の斉物論である。世の中のあらゆる現象は、もともと一体であるものが、いろいろに姿をかえているのである。○悠悠 無限に運動するさま。

乃知蓬萊水。 復作清淺流。
このことはすなわち、仙人の島の蓬莱山を浮かべている東海の水が、またもや清く浅い流れになろうとすることも理解できる。
蓬莱水 蓬莱というのは、東海の中にあるといわれる仙人の島。麻姑という女の仙人が言った。「東の海が三遍干上って桑畑にかわったのを見たが、先ごろ蓬莱島に行ってみると、水が以前の半分の浅さになってしまっている。またもや陸地になるのだろうか。」王遠という者が嘆いて言った。「聖人はみな言っている、海の中もゆくゆくは砂塵をまきあげるのだと。」「神仙伝」に見える話。

青門種瓜人。 舊日東陵侯。
長安の青城門の郊外で瓜を作っている人は、昔は位の高い東陵侯という人であった。
青門 長安城の東がわ、南から数えた第一の門を新開門という。青い色であったから通称を青城門、または青門といった。下図 曲江の東にある門
mapchina00201長安城の図 東南側は陵墓と瓜畑が広がっていた。
種瓜人 広陵の人、邵平は、秦の時代に東陵侯であったが、秦が漢に破れると、平民となり、青門の門外で瓜畑を経営した。瓜はおいしく、当時の人びとはこれを東陵の瓜 押とよんだ。

富貴故如此。 營營何所求。
富んでいて尊敬できる人というものは、このように位が高い人なのに同じように瓜を作っている。あくせくして損得勘定だけの行動をするなんて愚かなことか。
富貴 ふうき 富んでいて尊いこと。富んでいて尊敬できる人。○営営 あくせくとはたらいて利益を追求すること。損得勘定により行動をすること。


<参考>
荘周 「夢蝴蝶」
以前のこと、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。 自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。荘周であることは全く念頭になかった。はっと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。 ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、いずれが本当か私にはわからない。 荘周と胡蝶とには確かに、形の上では区別があるはずだ。しかし主体としての自分には変わりは無く、これが物の変化というものである。
<原文>
 昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。
自喩適志与。不知周也。
俄然覚、則蘧蘧然周也。
 不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
周与胡蝶、則必有分矣。
此之謂物化。
<書き下し文>
 昔者荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり。 自ら喩しみて志に適えるかな。周たるを知らざるなり。 俄然として覚むれば、則ち蘧々然として周なり。 知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを。 周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此を之れ物化と謂う。

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