漢詩李白 214 安史の乱と李白(2) Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 214
李白ブログ210安史の乱と李白(2)で書いたように、始まりは安禄山の乱、その時李白は敬慕する謝跳曾遊の地に一生を送る気持ちでいた。都追放は大きな痛手であった。心の平静をとり戻したとき、突如、安禄山の謀反の報が入って、詩人を驚愕させた。時に755年天宝十四年11月、李白55歳のことである。安禄山については、李白も長安時代、宮中で会っている。それが叛乱を起こしたと聞き、李白は驚をとおりこしたにちがいない。
安禄山は、異民族出身でありながら、天宝の初め、平底節度使兼花陽節度使となり、東北地方の実権を握り、長安にしばしば参朝、玄宗に媚辞の男でうまくとり入り信任を得ているのである。楊貴妃に至っては、自分の利益と安禄山の野望が合致にして、このヒグマのような男を楊貴妃の養子にしているのである。馬に乗ること、歩くことも困難なくらい肥満の男であったのだ。750年天宝10年には河東節度使も兼ねるほどの勢力を得、玄宗の絶大の信任を得るに至った。初めは宰相李林甫には頭が上がらなかった。752年李林甫が病死以後、楊氏一族の楊国忠が宰相となるに及んで、楊国忠と対立して、勢力を争うようになってきた。玄宗は安禄山に宰相の地位を与えようとしたが、楊国忠に反対されて実現されなかった。安禄山は、長安から詣陽(北京)に引き揚げてしまった。この時、両者の力を均等にできていたなら、歴史はちがっていたかもしれない。しかし、着々と反乱の準備をととのえた。叛乱前の不穏な動きは、李白、杜甫の詩にもある。
聽胡人吹笛 李白 Kanbuniinkai李白特集350- 207
ついに755年天宝14年11月9日、配下の軍隊十五万人を率いて洛陽に向かって進軍を開始した。そして、一か月後には洛陽を陥落させて、年を越して洛陽でみずから大燕皇帝と名のった。玄宗は哥舒翰に命じて潼関で防備させ、さらに洛陽の回復を命じたが、やがて安禄山軍のため潼関の守りも破られてしまった。この敗戦の前に、玄宗は、朝臣、賢臣の郭子儀を讒言によって詩を命じている。朝臣、賢臣の団結、体制の回復をすべき時、奸臣、宦官らの讒言を取り入れる王朝のたいせいでしかなかったのである。
756年 天宝十五年六月、玄宗は、楊貴妃姉妹・楊国忠・高力士を従えて蜀に豪塵することになった。蜀に行く途中、長安の西に馬鬼駅があるが、ここが悲劇の場所である。玄宗の率いる軍隊によって楊国忠・楊貴妃の姉妹が殺され、ついで楊貴妃も絞死するという事態になった。この玄宗と楊貴妃の悲恋物語は、のちに白楽天の「長恨歌」によって有名となったことは周知のとおりである、玄宗は蜀に行ったが、皇太子は北方の霊武に行き、即位して、至徳と改元する。これが粛宗である。それは七月のことである。安禄山は長安に入り、略奪をほしいままにして、長安は大混乱となった。
李白は、安禄山の反乱の起こった報を、宣城で聞いた。かつて宮中で会っている男であり、ヒグマのようである、ジャンボ蝦蟇にしか見えない容貌であった。この男は数か国語もしゃべり、玄宗にとり入り、能弁の男であった。
李白とは正反対の男であり、腰が低く権力者に媚を売ってとり入る性格の持ち主であって親しくつきことなどまったくなかった。しかし、その男が謀反を起こし、しかも東都洛陽を占領したと聞けば、李白の任侠心が許さない。
憤慨の心を抱きつつ、李白は、一生住んでもよいと思った宣城をあとにして、また流浪の旅に出る。行く先は旧遊の地、刻中(新江省煉県)である。江南で最も山水美に富む所で、近くは刻漢の名勝地があり、かつて李白は、長安に入る前に滞在して、その山水美を楽しんだ所である。
--------------古風其十九
この「古風」五十九首中、「その十九」には、はじめに、仙人となって天上に上り、大空を飛んで下界を見る表現をとり、空想的に描いた神仙の世界を歌っているが、その大空から現実の「下界を見れば」として洛陽辺のことを歌う。
古風五十九首 其十九
西岳蓮花山。 迢迢見明星。
西嶽の蓮花山にのぼってゆくと、はるかかなたに明星の仙女や西玉母が見える。
素手把芙蓉。 虛步躡太清。
まっしろな手に蓮の花をもち、足をおよがすようにうごかしで大空をあるいた。
霓裳曳廣帶。 飄拂升天行。
虹の裾と長い広帯をほうき星のような筋をつけて、風をきって昇天してゆく。
邀我登云台。 高揖衛叔卿。
わたしをまねいてくれ雲台の上につれて行ってくれ、そこで衛叔卿にあいさつさせた。
恍恍與之去。 駕鴻凌紫冥。
夢見心地で仙人とともに、鴻にまたがり、はてしない大空の上へとんでいったのだ。
俯視洛陽川。 茫茫走胡兵。
洛陽のあたりや黄河のあたり、地上を見おろすと、みわたすかぎり胡兵が走りまわっている。
流血涂野草。 豺狼盡冠纓。
流された血は野の草にまみれている。山犬や狼の輩がみな冠をかむっているのだ。
古風 其の十九
西のかた蓮花山に上れば、迢迢として 明星を見る。
素手 芙蓉を把り、虚歩して 太晴を躡む。
霓裳 広帯を曳き、諷払 天に昇り行く。
我を邀えて雲台に登り、高く揖す 衛叔卿。
恍恍として 之と与に去り、鴻に駕して紫冥を凌ぐ
俯して洛陽川を視れば、茫茫として胡兵走る。
流血 野草に涂まみれ。 豺狼盡々冠纓。
風五十九首 其十九 現代語訳と訳註
(本文)
西岳蓮花山。 迢迢見明星。 素手把芙蓉。 虛步躡太清。
霓裳曳廣帶。 飄拂升天行。 邀我登云台。 高揖衛叔卿。
恍恍與之去。 駕鴻凌紫冥。 俯視洛陽川。 茫茫走胡兵。
流血涂野草。 豺狼盡冠纓。
(下し文)
古風 其の十九
西のかた蓮花山に上れば、迢迢として 明星を見る。
素手 芙蓉を把り、虚歩して 太晴を躡む。
霓裳 広帯を曳き、諷払 天に昇り行く。
我を邀えて雲台に登り、高く揖す 衛叔卿。
恍恍として 之と与に去り、鴻に駕して紫冥を凌ぐ
俯して洛陽川を視れば、茫茫として胡兵走る。
流血 野草に涂まみれ。 豺狼盡々冠纓。
(現代語訳)
西嶽の蓮花山にのぼってゆくと、はるかかなたに明星の仙女や西玉母が見える。
まっしろな手に蓮の花をもち、足をおよがすようにうごかしで大空をあるいた。
虹の裾と長い広帯をほうき星のような筋をつけて、風をきって昇天してゆく。
わたしをまねいてくれ雲台の上につれて行ってくれ、そこで衛叔卿にあいさつさせた。
夢見心地で仙人とともに、鴻にまたがり、はてしない大空の上へとんでいったのだ。
洛陽のあたりや黄河のあたり、地上を見おろすと、みわたすかぎり胡兵が走りまわっている。
流された血は野の草にまみれている。山犬や狼の輩がみな冠をかむっているのだ。
(訳註)
西岳蓮花山。 迢迢見明星。
西嶽の蓮花山にのぼってゆくと、はるかかなたに明星の仙女や西玉母が見える。
○蓮花山 華山の最高峰。華山は西嶽ともいい、嵩山(中嶽・河南)、泰山(東嶽・山東)、衡山(南嶽・湖南)、恒山(北嶽・山西)とともに五嶽の一つにかぞえられ、中国大陸の西方をつかさどる山の神とされている。陝西省と山西省の境、黄河の曲り角にある。蓮花山の頂には池があり、千枚の花びらのある蓮の花を生じ、それをのむと羽がはえて自由に空をとぶ仙人になれるという。
○迢迢 はるかなさま。李白「長相思」につかう。○明星 もと華山にすんでいた明星の玉女という女の仙人。
素手把芙蓉。 虛步躡太清。
まっしろな手に蓮の花をもち、足をおよがすようにうごかしで大空をあるいた。
○素手 しろい手。○芙蓉 蓮の異名。○虚歩 空中歩行。○太清 大空。
霓裳曳廣帶。 飄拂升天行。
虹の裾と長い広帯をほうき星のような筋をつけて、風をきって昇天してゆく。
○霓裳 虹の裾。○諷払 ひらりひらり。裳と長い広帯をほうき星のような筋をつけて、風を切って飛行する形容。
邀我登云台。 高揖衛叔卿。
わたしをまねいてくれ雲台の上につれて行ってくれ、そこで衛叔卿にあいさつさせた。
○雲台 崋山の東北にそびえる峰。○高揖 手を高くあげる敬礼。○衛叔卿 中叫という所の人で、雲母をのんで仙人になった。漢の武帝は仙道を好んだ。武帝が殿上に閑居していると、突然、一人の男が雲の車にのり、白い鹿にその車をひかせて天からおりて来た。仙道を好む武帝に厚遇されると思い来たのだった。童子のような顔色で、羽の衣をき、星の冠をかむっていた。武帝は誰かとたずねると、「わたしは中山の衛叔卿だ。」と答えた。皇帝は「中山の人ならば、朕の臣じゃ。近う寄れ、苦しゅうないぞ。」邸重な礼で迎えられると期待していた衛叔卿は失望し、黙然としてこたえず、たちまち所在をくらましてしまったという。
恍恍與之去。 駕鴻凌紫冥。
夢見心地で仙人とともに、鴻にまたがり、はてしない大空の上へとんでいったのだ。
○恍恍 うっとり、夢見心地。○鴻 雁の一種。大きな鳥。○繋冥 天。
俯視洛陽川。 茫茫走胡兵。
洛陽のあたりや黄河のあたり、地上を見おろすと、みわたすかぎり胡兵が走りまわっている。
○俯視 見下ろす。高いところから下を見下ろす。○洛陽川 河南省の洛陽のあたりの平地。川は、河川以外にその平地をさすことがある。○茫茫 ひろびろと広大なさま。○胡兵 えびすの兵。安禄山の反乱軍。玄宗の755天宝14載11月9日、叛旗をひるがえした安禄山の大軍は、いまの北京から出発して長安に向い、破竹の勢いで各地を席捲し、同年12月13日には、も東都洛陽を陥落した。
流血涂野草。 豺狼盡冠纓。
流された血は野の草にまみれている。山犬や狼の輩がみな冠をかむっているのだ。
○豺狼 山犬と狼。○冠浬 かんむりのひも。
洛陽には洛水が流れている。「その辺りは胡兵たるぞく叛乱軍がいずこにも走りまわっている。戦いのために、野草が血塗られている。財狼に比すべき叛乱軍軍は、みな衣冠束帯をつけて役人となり、横暴を極めている」。「流血は野草を塗らし、財狼のもの尽く冠の樫をす」には、安禄山の配下の者が、にわか官僚となって、かってな振舞いをしていることに対する李白の憤りがこめられている。
安禄山によって長安が陥れられた悲惨な情況は、洛陽の陥落よりまして李白の胸をえぐるものがあった。
--------------------扶風の豪士の歌へ