孟浩然・王維・李白に影響を与えた山水詩人、謝霊運<8> 述祖徳詩 二首(2)其一#2 詩集 366

(祖の徳を述べる詩 二首 其の一 の2回目)


(2)述祖徳詩 二首 其一#2

述祖徳詩 二首 其一#1
達人貴自我、高情蜀天雲。
兼抱済物性、而不纓垢氛。
段生藩魏國、展季救魯人。
弦高犒晋師、仲連却秦軍。
臨組乍不緤、對珪寧肯分。
#2
恵物辭所賞、勵志故絶人。
これら節義の士は、物に恩恵を施しても、それを賞められるのを辞退し、志をつとめはげんで、ことさらに衆人との関係を絶ったのである。
苕苕歴千載、遙遙播清塵。
その名は超然として遠く千年を歴【へ】て伝えられ、その人の清らかな行迹【ぎょうせき】の影響、感化は、はるかに広がり及んでいる。
清塵竟誰嗣、明哲垂經綸。
この清き行為のあとをいったい誰が受け継いでいるのであろうか。それは、わが祖父謝玄は明らかな智慧があって国を洽める才能を世に示しておいてくれた
委講輟道論、改服康世屯。
そして学問の講究を捨て、道理の議論をやめ、服を改めて武装して世の難儀を平穏なものにして行った。
屯難既云康、尊主隆斯民。
こうして世の危難はここに安寧なものになった。そこで祖父は君主を尊びこの国の人民を栄えさせたのであった。

#1
達人は自我を貴【たっと】び、高情【こうじょう】天雲に屬す。
兼ねて物を救うの性を抱き、而かも垢氛【こうふん】に纓【かか】らず。
段生【だんせい】は魏國に蕃【まがき】となり、展季【てんき】は魯人を救へり。
弦高【げんこう】は晉の師を犒【ねぎら】ひ、仲連【ちゅうれん】は秦の軍を却【しりぞ】く。
組に臨んで乍【たちま】ち緤【つな】がれず、珪【けい】に對して寧【なん】そ肯【あえ】て分【わか】たれん。
#2
物を恵【めぐ】んで賞する所を辭し、志【こころざし】を勵【つと】めて故【ことさら】に人に絶つ。
苕苕【ちょうちょう】として千載を歴【へ】、遙遙【ようよう】として清塵【せいじん】を播【し】く。
清塵【せいじん】竟に誰か嗣【つ】がん、明哲【めいてつ】経綸【けいりん】を垂【た】る。
講を委【い】して道論【どうろん】を輟【や】め、服を改めて世屯【せいちゅん】を康【やす】んず。
屯難【ちゅんなん】既に云【こと】に康【やす】し。主を尊【たっと】んで斯の民を隆【さかん】にす。


現代語訳と訳註
(本文)
(第一首#2)
恵物辭所賞、勵志故絶人。
苕苕歴千載、遙遙播清塵。
清塵竟誰嗣、明哲垂經綸。
委講輟道論、改服康世屯。
屯難既云康、尊主隆斯民。

(下し文) #2
物を恵【めぐ】んで賞する所を辭し、志【こころざし】を勵【つと】めて故【ことさら】に人に絶つ。
苕苕【ちょうちょう】として千載を歴【へ】、遙遙【ようよう】として清塵【せいじん】を播【し】く。
清塵【せいじん】竟に誰か嗣【つ】がん、明哲【めいてつ】経綸【けいりん】を垂【た】る。
講を委【い】して道論【どうろん】を輟【や】め、服を改めて世屯【せいちゅん】を康【やす】んず。
屯難【ちゅんなん】既に云【こと】に康【やす】し。主を尊【たっと】んで斯の民を隆【さかん】にす。


(現代語訳)
これら節義の士は、物に恩恵を施しても、それを賞められるのを辞退し、志をつとめはげんで、ことさらに衆人との関係を絶ったのである。
その名は超然として遠く千年を歴【へ】て伝えられ、その人の清らかな行迹【ぎょうせき】の影響、感化は、はるかに広がり及んでいる。
この清き行為のあとをいったい誰が受け継いでいるのであろうか。それは、わが祖父謝玄は明らかな智慧があって国を洽める才能を世に示しておいてくれた
そして学問の講究を捨て、道理の議論をやめ、服を改めて武装して世の難儀を平穏なものにして行った。
こうして世の危難はここに安寧なものになった。そこで祖父は君主を尊びこの国の人民を栄えさせたのであった。


訳注)#2
恵物辭所賞、勵志故絶人。

これら節義の士は、物に恩恵を施しても、それを賞められるのを辞退し、志をつとめはげんで、ことさらに衆人との関係を絶ったのである。
恵物 物に恩恵をあたえる○辭 辞退○所賞、そのことを賞せられるところ。○勵志 志をつとめはげむ。○ 知人、衆人○絶人 自分のために人との関係を絶つ。


苕苕歴千載、遙遙播清塵。
その名は超然として遠く千年を歴【へ】て伝えられ、その人の清らかな行迹【ぎょうせき】の影響、感化は、はるかに広がり及んでいる。
苕苕 高いさま。超然。○清座 清らかな行為。墜は(車の土埃)。影響感化。・明哲 明らかにさとい人。


清塵竟誰嗣、明哲垂經綸。
この清き行為のあとをいったい誰が受け継いでいるのであろうか。それは、わが祖父謝玄は明らかな智慧があって国を洽める才能を世に示しておいてくれた。
垂経綸 国を治める才能を世に示す。垂は示す。


委講綴道論、改服康世屯。
そして学問の講究を捨て、道理の議論をやめ、服を改めて武装して世の難儀を平穏なものにして行った。
委講 書物勉学のみを全てとする講義研究をすてる。○綴道論 道理についてのみの教条的な議論をやめる。実践の伴わない、掛け離れた「道」の実の議論を辞める。○改服 九品位、身分制度の確立、納税の公平性、府兵制の導入、などの様々な改革。○世屯 世運の滞り、国がうまく行かないこと。国難。


屯難既云康、尊主隆斯民。
こうして世の危難はここに安寧なものになった。そこで祖父は君主を尊びこの国の人民を栄えさせたのであった。 


このように具体的にその徳を歌う。この詩が謝霊運の何歳の作かは明らかでない。昭明太子は『文選』の巻十九の「述徳」にも名作として引用し、謝霊運の子孫と称する唐の詩僧皎然もその著『詩式』にこれを名吟の一つとして高く評価している。身分制度の身で社会が構成されていく時代にあり、こうした先祖の表現法の重要性は高まったはずで、手本とされるものになったのである。

hinode0200

blogram投票ボタン

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi

kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首 Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊
各詩人についてはブログ内の検索を利用したほうが良い場合もあります。
burogutitl770

http://kanshi100x100.blog.fc2.com/


唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))350
李白詩INDEX02
李商隠INDEX02
杜甫詩INDEX02