盛唐詩 舟中曉望 孟浩然 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -332
卷160_90 「舟中曉望」孟浩然
☆前集巻上、許本巻一
★唐百、方外志巻二七、古今巻一二五、孟浩然集巻三
舟中曉望
掛席東南望,青山水國遙。
帆をあげて船を出し東南の方角を眺めれば青々とした山々や水郷が遙かかなたに横たわっている。
舳艫爭利涉,來往接風潮。
船は先を争うように順調に進んでいる。この往来では風や潮が一緒になって舟を進める。
問我今何去,天臺訪石橋。
わたしに「どこへ向かっていますか」と質問されたら、、「天台山へ行って、石橋の下から流れ落ちる滝を訪ねているのです」。
坐看霞色曉,疑是赤城標。
進みにしたがって、霞たなびく曉の中であのあかくかがやいている岩山が次第に見えてきた。これこそ、天台山の目印、赤城山ではないだろうか。(前から見たかったのだ)
(舟中にて曉に望む)
席を掛けて東南に望めば、青山水國遙かなり。
舳艫利渉を爭ひ、來往風潮に接す。
我に問ふ今何くに去ると、天台に石橋を訪ねんとす。
坐く看る霞色の曉、疑ふらくは是れ赤城の標か。
現代語訳と訳註
(本文) 舟中曉望
掛席東南望,青山水國遙。
舳艫爭利涉,來往接風潮。
問我今何去,天臺訪石橋。
坐看霞色曉,疑是赤城標。
(下し文)
(舟中にて曉に望む)
席を掛けて東南に望めば、青山 水國 遙かなり。
舳艫 利渉を爭ひ、來往 風潮に接す。
我に問ふ 今何くに去ると、天台に石橋を訪ねんとす。
坐く看る霞色の曉、疑ふらくは是れ赤城の標か。
(現代語訳)
帆をあげて船を出し東南の方角を眺めれば青々とした山々や水郷が遙かかなたに横たわっている。
船は先を争うように順調に進んでいる。この往来では風や潮が一緒になって舟を進める。
わたしに「どこへ向かっていますか」と質問されたら、、「天台山へ行って、石橋の下から流れ落ちる滝を訪ねているのです」。
進みにしたがって、霞たなびく曉の中であのあかくかがやいている岩山が次第に見えてきた。これこそ、天台山の目印、赤城山ではないだろうか。(前から見たかったのだ)
(訳注)
舟中曉望
○曉望 赤城山は暁の語と併称されることが多い。
掛席東南望,青山水國遙。
帆をあげて船を出し東南の方角を眺めれば青々とした山々や水郷が遙かかなたに横たわっている。
○挂席 帆を上げること。○青山 遠くに見える春の山。
孟浩然卷160_51 「晚泊潯陽望廬山」孟浩然
掛席幾千里,名山都未逢。泊舟潯陽郭,始見香爐峰。
嘗讀遠公傳,永懷塵外蹤。東林精舍近,日暮但聞鐘。
卷159_34 「彭蠡湖中望廬山」孟浩然
太虛生月暈,舟子知天風。掛席候明發,眇漫平湖中。
中流見匡阜,勢壓九江雄。黤黕容霽色,崢嶸當曉空。
香爐初上日,瀑布噴成虹。久欲追尚子,況茲懷遠公。
我來限於役,未暇息微躬。淮海途將半,星霜歲欲窮。
寄言岩棲者,畢趣當來同。
「彭蠡湖中望廬山」に「挂席候明発、渺漫平湖中」の表現があるが、更に溯れば謝霊運「遊赤石進航海」に「揚帆采石華、挂席拾海月(帆をあげて海草を採り、蓆を掲げて海月を採集に行く)」の句がある。
舳艫爭利涉,來往接風潮。
船は先を争うように順調に進んでいる。この往来では風や潮が一緒になって舟を進める。
○舳艫 船の船首と船尾のせりあがっている部分。単に船といわないのは船の方向性と動きのある雰囲気を出すものである、○利渉 船が流れに沿って順調にすすむこと。利は素早い、理にかなったということ。渉は渡、進むこと。
卷159_48 「自潯陽泛舟經明海」孟浩然
大江分九流,淼淼成水鄉。舟子乘利涉,往來至潯陽。
因之泛五湖,流浪經三湘。觀濤壯枚發,吊屈痛沉湘。
魏闕心恒在,金門詔不忘。遙憐上林雁,冰泮也回翔。
孟浩然は「泛舟経湖海」に「舟子乗利渉、往来逗潯陽」、
卷160_98 「夜渡湘水(一作崔國輔詩)」孟浩然
客舟貪利涉,暗裏渡湘川。露氣聞芳杜,歌聲識採蓮。
榜人投岸火,漁子宿潭煙。行侶時相問,潯陽何處邊。
「夜渡湘水」に「客行貪利渉、夜裏渡湘川」などと頻用する。○風潮 風と潮。謝霊運「入彭蠡湖口」(「文選」巻二六)に「客遊倦水宿、風潮難具論(船旅の水上の宿りにも飽き、風や潮の困難さは詳しく論ずるまでもない)」とある。唐百などの如く「任風潮」ならば「風や潮に任せて行く」となる。
問我今何去,天臺訪石橋。
わたしは質問する、「どこへ向かっていますか」、「天台山へ行って、石橋の下から流れ落ちる滝を訪ねているのです」。
○天台山(てんだいさん)は、中国浙江省中部の天台県の北方2kmにある霊山である。最高峰は華頂峰で標高1,138m。洞栢峰・仏隴峰・赤城峰・瀑布峰などの峰々が存在する。中国三大霊山の一つ。仏教との関係では、呉の赤烏中(238年 - 251年)に仏教寺院が建立された、という伝承がある。支遁や曇光、竺曇猷らの僧が、この山中に住した。また、後漢のころから道教の聖地ともされていた。石橋の下から流れ落ちる滝がある。
坐看霞色曉,疑是赤城標。
進みにしたがって、霞たなびく曉の中であのあかくかがやいている岩山が次第に見えてきた。これこそ、天台山の目印、赤城山ではないだろうか。(前から見たかったのだ)
○霞色、赤城標 赤城山は赤土の砂礫が層をなしており、あたかも城壁のようであるのでこの名がついた。また、その石が赤く輝いていて朝焼けのようであるということで、朝靄夕霞が漂い纏うこの山にまつわる慣用的表現である。
解説
五言律詩。
韻字 遥・潮・橋・標。
東南方向、天台山へ向かう、まもなく赤城山に至ろうとしている船旅の途上を詠うものである。道教の本山のあるところ、長安では友人たちの話題になっていた景色である。赤城山はまさしく天台山の入り口に聳える特徴的な景観をなしている。この詩は、聞いており想像していた赤城山の景勝が、孟浩然特有の船の動きのなかで、目の前に現れようとしていることへの期待と、目の当たりにしての感動を動的に描いたものである。
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