李白が女性について詠ったのは、一時期にかぎられたものではない。女性にたいすることに関してはある意味一貫しているのではないか。
 李白に大きな変化を及ぼしたのは言うまでもなく長安を放遂されたこと、この時期をおいてほかにない。足かけ3年の宮廷時期の詩を挟むように前後の作品には違いがある。そしてその前半を前後に二分するという李白のエポックメーキングは周知のことではある。
 漢文委員会の目的は、李白の詩を時系列にし、李白を描析することにない。漢詩を数多く紹介することが第一義なのである。杜甫の詩は、すべての詩を時系列に並べ、それぞれが関連しあっているので、一詩をピックアップして紹介していくことはできない。李白も前提のように、同じことが言える部分があるのかもしれないが、李白自身はそれを望んでいない。李白の思想である。李白は後年わざわざ整理して、時期をわからなくしたとしか思えないのである。

 李白は、朝廷に上がり、絶頂を体感する。それまでの「就職大作戦」が見事に成功したのである。道教も、交友も、隠遁も、女性についても、「大作戦」の一貫と考えたら謎も解けるのではないか。絶頂期から過去を振り返るとすべての偶然が、必然であったように感じられたはずである。有頂天になるのも仕方あるまい。しかし、詩文については、この期のものははっきりとした時期が判明する。もしということはないが、仮に李白が朝廷から放免がなかったら、李白の生涯のなぞの部分はほとんどなくなっていたはずである。


 李白は、詩人でいつづけたいというのは一貫していた。それは、政治とおなじ、最も有能な人材がすべきものである。李白は自覚していた。思いもしなかった放免、絶頂から、奈落のそこへ落とされた。「行路難」でもがき、悩み、苦しみを吐露したが、詩人としての矜持は忘れていない。
 「詩」が大切な仕事であるという考えは、中国の詩人が一般にもっている傾向ではあるが、李白はとくに自覚がつよかった。その後も詩を作り続けたのである。


 李白の初期の作品に柔らかさを加えたのは謝朓らの影響が強い。これまで見てきた詩のうち柔らかい詩は普通に見れば模倣とみられるほどの影響を受けている。少し李白と道教から遠ざかるように感じられるかもしれないが触れないわけにいかない。


 謝朓①玉階怨、李白にも同名の詩がある(このブログ李白39)ことは、示しているが次にあげるは250年前後昔の南斉の詩人謝朓(464~499)である。謝公亭を建設した人物。
          
謝朓①玉階怨
夕殿下珠簾,流螢飛復息。
長夜縫羅衣,思君此何極。


大理石のきざはしで区切られた中にいての満たされぬ思い。
夕方になると後宮では、玉で作ったスダレが下される。飛び交えるのはホタルで、飛んだり、とまったり繰り返している。
長い夜を一人で過ごすために、あなたに着てもらうためのうすぎぬのころもを縫っている。あなたを思い焦がれる気持ちは、いつ終わる時があるのだろうか。


玉階怨
楽府相和歌辞・楚調曲。『古詩源』巻十二にも録されている。


夕殿下珠簾、流螢飛復息。
夕方になると後宮では、玉で作ったスダレが下される。飛び交えるのはホタルで、飛んだり、とまったり繰り返している。
・夕殿:夕方の宮殿で。 ・下:おろす。 ・珠簾:玉で作ったスダレ。 ・流螢:飛び交うホタル。 ・飛復息:飛んでは、また、とまる。飛んだりとまったりすることの繰り返しをいう。・息 とまる。文の終わりについて、語調を整える助詞。


長夜縫羅衣、思君此何極。
長い夜を一人で過ごすために、あなたに着てもらうためのうすぎぬのころもを縫っている。あなたを思い焦がれる気持ちは、いつ終わる時があるのだろうか。 
・長夜:夜もすがら。普通、秋の夜長や冬の長い夜をいうが、一人待つ夜は長い。ホタルのように私もあなたのもとに飛べればいいのにそれはできない。せめてあなたにまとってもらいたい肌着を作っている。 ・縫:ぬう。 ・羅衣:うすぎぬのころも。肌着。・思君:貴男を思い焦がれる。 ・此:ここ。これ。 ・何極:終わる時があろうか。


玉階怨(玉のきざはしにさえぎられた思い)
夕殿 珠簾を下し,流螢 飛び 復(また) 息(とま)る。
長夜 羅衣を 縫ひ,君を思うこと 此に なんぞ 極(きわ)まらん。


李白の『玉階怨』
「玉階生白露、 夜久侵羅襪。却下水晶簾、 玲瓏望秋月。」
(白玉の階きざはしに白い露が珠のように結露し、 夜は更けて羅(うすぎぬ)の襪(くつした)につめたさが侵みてくる。露に潤った水晶の簾をさっとおろした、透き通った水精の簾を通り抜けてきた秋の澄んだ月光が玉の光り輝くのを眺めているだけ。)


 詩名は同じだし、雰囲気も同じにしている、しかし、圧倒的に違うのは、場面の情報量と語の使い方の面白さにある。「似て非なるもの」と言わざるを得ない。影響は受けているが格段の違いがある。しかし、謝朓の詩の雰囲気についてかなりの影響を受けたものである。


謝朓②王孫遊 
綠草蔓如絲,雜樹紅英發。
無論君不歸,君歸芳已歇。


緑の草のツルが糸のように伸びて、見も心もが絡みつく。色々な木々に赤く美しい花が開く春になった。
いうまでもなく、あなたが帰ってこなくとも。あなたが帰ってきたときは、若きかおりはすでにおとろえていることでしょう。


王孫遊
綠草  蔓(つる) 絲の如く,雜樹  紅英 發く。
無論  君 歸えらず とも,君 歸えるとも  芳(かを)り 已(すで)に歇(や)む。


王孫遊
雑曲歌辞。公子が女性のもとを離れて旅路に就いている。通い婚で、より寄り付かなくなったのか。当時は身分が低くても妾を持った。身分が高ければ妻がたくさん居てもおかしくない。


綠草蔓如絲、雜樹紅英發。
緑の草のツルが糸のように伸びて、見も心もが絡みつく。色々な木々に赤く美しい花が開く春になった。 
・綠草:緑の草。 ・蔓:ツル。つる草。 ・如絲:糸のようである。また、「絲」「思」「男女」の掛詞で、糸のように伸びて絡みつくこと。 ・絲:「思」「姿」に掛けている。 ・雜樹:雑木(林)。 ・紅英:赤い花びら。美しい花。 ・發:開く。


無論君不歸、君歸芳已歇。

いうまでもなく、あなたが帰ってこなくとも。あなたが帰ってきたときは、若きかおりはすでにおとろえていることでしょう。(あなたも加齢しているのよ)
・無論:いうまでもない、勿論。…にかかわらず、どうあろうとも、とにかく。 ・君:あなた。。 ・不歸:帰ってこない。 ・君歸:あなたが帰ってくる。 ・芳:女の若さのよさ。


金谷聚           

渠碗送佳人,玉杯邀上客。
車馬一東西,別後思今夕。


大きいお椀の料理でのもてなしは、愛する人を送りだす。玉の盃は、立派な客を迎える。 
乗り物に乗って、ひとたび東と西に別れ去れば。別れた後、今日のこの夕べのおもてなしを懐かしく思い出してください。 


金谷聚
渠碗(きょわん) 佳人を 送り,玉杯 上客を 邀(むか)ふ。
車馬 一(ひとたび) 東西にせられ,別後 今夕を 思はん。


金谷聚
楽府相和歌辞・楚調曲。『古詩源』巻十二にも録されている。


渠碗送佳人、玉杯邀上客。
大きいお椀の料理でのもてなしは、愛する人を送りだす。玉の盃は、立派な客を迎える。 
・渠:大きい ・送:送別する。 ・佳人:美人。愛する人、情人。友人。・玉杯:玉(ぎょく)の盃。飲み物、お酒をいう。 ・邀:〔よう〕むかえる。 ・上客:立派な客人。すぐれた人。


車馬一東西、別後思今夕。
乗り物に乗って、ひとたび東と西に別れ去れば。別れた後、今日のこの夕べのおもてなしを懐かしく思い出してください。 
・車馬:乗り物。乗り物に乗って行くこと。 ・一:ひとたび。 ・東西:東と西に別れ去る。・別後:別れたあと。 ・思:懐かしく思い出す。 ・今夕:今日のこの夕べ。


李白の詩 連載中 7/12現在 75首

2011・6・30 3000首掲載
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