玉壺吟 :雑言古詩 李白132
玉壺吟
烈士擊玉壺、壯心惜暮年。
烈士の志をもつ者は、いま玉壷を撃って詠い、衰えぬ壮大な志を詠いつつ、しだいに老いてゆく年を惜しんでいる。
三杯拂劍舞秋月、忽然高詠涕泗漣。
酒におぼれず酒杯を重ねて剣を抜き払い、秋月のもとに立って舞う、すると思わず歌声は高まってきて、涙がとめどなく流れ落ちる。
鳳凰初下紫泥詔、謁帝稱觴登御筵。
紫泥で皇帝が儀式をされた鳳凰の詔勅が、初めて下された日、私は皇帝に拝謁し、酒杯を挙げて、御宴に登ったのだ。
揄揚九重萬乘主、謔浪赤墀青瑣賢。
九重の宮中深く住まわれる皇帝陛下の、治世の御徳を賛え、宮廷の赤墀(せきち)・青瑣(せいさ)の場所で今を時めく賢者たちを、自由自在にふざけ戯れていた。
朝天數換飛龍馬、敕賜珊瑚白玉鞭。
朝廷への出仕には、「飛竜」の厩の駿馬を幾たびも取り換え、勅令により、珊瑚や白玉で飾った美しい鞭を賜わった。
世人不識東方朔、大隱金門是謫仙。
世間の人々には、東方朔の才能、各いう私の才能が分からないが、「大隠者」として金馬門に隠棲している、これをもって、私こそ、「謫仙人」といわれるのだ。
西施宜笑復宜顰、醜女效之徒累身。
西施は、笑い顔も、しかめ顔も、ともに美しいが、醜女が真似をすれば、その甲斐もなく自分の価値をおとしめるだけなのだ。
君王雖愛蛾眉好、無奈宮中妒殺人。
ああ、わが君王はこの峨眉の美しさを愛しておられる、宮中の人々が西施をひどく妖妬するのを、どうすることもできないのだ。
烈士の志をもつ者は、いま玉壷を撃って詠い、衰えぬ壮大な志を詠いつつ、しだいに老いてゆく年を惜しんでいる。
酒におぼれず酒杯を重ねて剣を抜き払い、秋月のもとに立って舞う、すると思わず歌声は高まってきて、涙がとめどなく流れ落ちる。
紫泥で皇帝が儀式をされた鳳凰の詔勅が、初めて下された日、私は皇帝に拝謁し、酒杯を挙げて、御宴に登ったのだ。
九重の宮中深く住まわれる皇帝陛下の、治世の御徳を賛え、宮廷の赤墀(せきち)・青瑣(せいさ)の場所で今を時めく賢者たちを、自由自在にふざけ戯れていた。
朝廷への出仕には、「飛竜」の厩の駿馬を幾たびも取り換え、勅令により、珊瑚や白玉で飾った美しい鞭を賜わった。
世間の人々には、東方朔の才能、各いう私の才能が分からないが、「大隠者」として金馬門に隠棲している、これをもって、私こそ、「謫仙人」といわれるのだ。
西施は、笑い顔も、しかめ顔も、ともに美しいが、醜女が真似をすれば、その甲斐もなく自分の価値をおとしめるだけなのだ。
ああ、わが君王はこの峨眉の美しさを愛しておられる、宮中の人々が西施をひどく妖妬するのを、どうすることもできないのだ。
(訓読み)
烈士 玉壺を擊ち、壯心 暮年を惜む。
三杯 劍を拂いて 秋月に舞い、忽然として高詠して涕泗 漣たり。
鳳凰 初めて紫泥の詔を下し、帝に謁し觴さかずきを稱あげえて御筵に登る。
揄揚す 九重 萬乘の主、謔浪す 赤墀 青瑣の賢。
天に朝して數しばしば換う飛龍の馬、敕みことのりして賜う珊瑚の白玉の鞭。
世人は識らず東方朔、金門に大隱するは是れ謫仙。
西施 笑に宜しく復た顰ひんすること宜し、丑女は之に效ならいて徒いたずらに身を累くるしむ。
君王 蛾眉の好きを愛すと雖ども、奈いかんともする無し宮中 人を妒殺するを。
玉壷の吟。
○玉壷吟 「玉壷の吟」。冒頭の一句に因んでつけた「歌吟・歌行」体の詩。四十三歳ごろ、長安での作。
烈士擊玉壺、壯心惜暮年。
烈士の志をもつ者は、いま玉壷を撃って詠い、衰えぬ壮大な志を詠いつつ、しだいに老いてゆく年を惜しんでいる。
○烈士~暮年 晋の王敦は、酒に酔うといつも、「老驥(老いた駿馬)は櫪(馬小舎)に伏すも、志は千里に在り。烈士は莫年(暮年・老年)なるも、壮心已まず」(曹操「歩出夏門行」)と詠い、如意棒で痰壷をたたいたので、壷のロがみな欠けてしまった。(『世説新語』「豪爽、第十三」の四)。壯心:いさましい気持ち、壮大な志。
三杯拂劍舞秋月、忽然高詠涕泗漣。
酒におぼれず酒杯を重ねて剣を抜き払い、秋月のもとに立って舞う、すると思わず歌声は高まってきて、涙がとめどなく流れ落ちる。
○三杯 故事「一杯(いっぱい)は人酒を飲む二杯は酒酒を飲む三杯は酒人を飲む」飲酒は、少量のときは自制できるが、杯を重ねるごとに乱れ、最後には正気を失ってしまうということ。酒はほどほどに飲めという戒め。○涕泗 なみだ。「沸」は目から、「酒」は鼻から流れるもの。
鳳凰初下紫泥詔、謁帝稱觴登御筵。
紫泥で皇帝が儀式をされた鳳凰の詔勅が、初めて下された日、私は皇帝に拝謁し、酒杯を挙げて、御宴に登ったのだ。
○鳳凰初下紫泥詔 鳳凰(天子)が、紫泥で封をした詔勅を初めて下す。五胡十六国の一つ後題の皇帝石虎が、木製の鳳凰のロに詔勅をくわえさせ、高い楼観の上から緋色の絶で回転させ舞いおろさせた、という故事(『初学記』巻三十、所引『鄭中記』)に基づく。「紫泥」は、紫色の粘り気のある泥。ノリの代りに用いた。○稱觴 觴(さかずき)を挙げる。○御筵 皇帝の設けた宴席。
揄揚九重萬乘主、謔浪赤墀青瑣賢。
九重の宮中深く住まわれる皇帝陛下の、治世の御徳を賛え、宮廷の赤墀(せきち)・青瑣(せいさ)の場所で今を時めく賢者たちを、自由自在にふざけ戯れていた。
○揄揚 ほめたたえる。〇九重 宮城、皇居。天上の宮殿には九つの門がある、世界観が九であり、天もちも九に別れているそれぞれの門という伝承に基づく。○万乗 「天子」を意味する。多くの乗りもの。諸侯は千乗(台)の兵事、天子は万乗の兵事を出す土地を有する、という考えかた。○謔浪 自由自在にふざけ戯れる。○赤墀 宮殿に登る朱塗りの階段。○青瑣 宮殿の窓の縁を飾る瑣形の透かし彫りの紋様。青くぬってある。「赤墀・青瑣」は、宮殿や宮廷自体をも表わす。
朝天數換飛龍馬、敕賜珊瑚白玉鞭。
朝廷への出仕には、「飛竜」の厩の駿馬を幾たびも取り換え、勅令により、珊瑚や白玉で飾った美しい鞭を賜わった。
○飛竜馬 駿馬。「飛竜」は、玄武門外の厩の名。「使(軍府)内の六厩、飛竜厩を最も上乗の馬と為す」(『資治通鑑』「唐紀二十五」の胡三省注)。翰林院の学士や供奉は、初めて職につくと、飛竜厩の駿馬を貸し与えられた。(元槇「折西大夫李徳裕の〔述夢〕に奉和す、四十韻」の自注〔『元槇集外集』巻七、続補一〕)。
世人不識東方朔、大隱金門是謫仙。
世間の人々には、東方朔の才能、各いう私の才能が分からないが、「大隠者」として金馬門に隠棲している、これをもって、私こそ、「謫仙人」といわれるのだ。
○東方朔 漢の武帝に仕えた滑稽文学者をさすが、ここでは、李白、自分自身をたとえた。○大隠金門 最上級の隠者は、金馬門(翰林院)に隠棲する。東方朔が酒宴で歌った歌詞に「世を金馬門に避く。宮殿の中にも以って世を避け身を全うす可LLとあるのを踏まえた。晋の王康裾の「反招隠」詩にも、「小隈は陵薮(山沢)に隠れ、大隠は朝市(朝廷や市場)に隠る」とある。○謫仙 天上界から人間界に流されてきた仙人。李白、五言律詩「対酒憶賀監并序」(酒に対して賀監を憶う―参照)。
西施宜笑復宜顰、醜女效之徒累身。
西施は、笑い顔も、しかめ顔も、ともに美しいが、醜女が真似をすれば、その甲斐もなく自分の価値をおとしめるだけなのだ。
○西施 - 春秋時代の越の国の美女。中国の代表的な美女、と意識されている。○醜女効之徒累身 「累」は、苦しめる、疲労させる。宋本では「集」に作るが、景宋威淳本・王本などによって改める。此の句は、上旬と合せて『荘子』(「天運」篇)の説話を踏まえる。西施が胸を病んで眉をしかめる(噺する)と、その里の醜女がそれを効ねて、胸に手をあてて眉をしかめていっそう醜くなった。李白は自分を西施にたとえ、宮中の小人たちを醜女にたとえている。ブログ西施物語、参照。(紀 頌之の漢詩ブログ)
君王雖愛蛾眉好、無奈宮中妒殺人。
ああ、わが君王はこの峨眉の美しさを愛しておられる、宮中の人々が西施をひどく妖妬するのを、どうすることもできないのだ。
○蛾眉 蛾の眉のような、三日月なりの細く美しい眉。また、その美女。李白「怨情」。。(紀 頌之の漢詩ブログ)白居易「長恨歌」では、楊貴妃を示す比喩に使っている。ここでも楊貴妃を示す。また李白自身をかけている。○妬殺 ひどく妖妬する。「殺」は動詞を強める助字。
韻 年・漣・延・賢・鞭・仙・身・人
烈士 玉壺を擊ち、壯心 暮年を惜む。
三杯 劍を拂いて 秋月に舞い、忽然として高詠して涕泗 漣たり。
鳳凰 初めて紫泥の詔を下し、帝に謁し觴さかずきを稱あげえて御筵に登る。
揄揚す 九重 萬乘の主、謔浪す 赤墀 青瑣の賢。
天に朝して數しばしば換う飛龍の馬、敕みことのりして賜う珊瑚の白玉の鞭。
世人は識らず東方朔、金門に大隱するは是れ謫仙。
西施 笑に宜しく復た顰ひんすること宜し、丑女は之に效ならいて徒いたずらに身を累くるしむ。
君王 蛾眉の好きを愛すと雖ども、奈いかんともする無し宮中 人を妒殺するを。