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関西大学鉄道研究会の公式ブログです

役職者交代のご報告

日が回る前に見ていただいている方々、もうすぐですね。
日が回ってから訪問していただいる方々、明けましておめでとうございます。

さて、学園祭が終わってしばらく経ちましたが
先日当会では役職者交代を行いました。
これからの一年、新たに選出された役員で会の運営にあたってまいります。
鉄道模型や写真、機関誌、対外活動等、より一層精進していく所存です。
2017年も関大鉄研を何卒よろしくお願いいたします。

最後にはなりますが、2016年にお世話になりました皆様、ありがとうございました。
どなた様もよいお年を~。

(尚、中の人としましては役職継続となりましたので、変わらずお付き合いいただければ…!)

チン電貸切

学祭3日目である11月5日(土)の夜に、OBの方々もお招きし
チン電こと阪堺電気軌道の貸切を行いました。
ほぼ毎年恒例となっているこの貸切。
道中の車内では互いに自己紹介をしたり、歓談したりと
貴重な交流の機会となりました。

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今回貸し切らせていただいた車両は、モ161形の162号です。
これは1928年に川崎車輌にて製造され、
以前は南海大阪軌道線の頃の塗装になっていた車両です。
現在は緑一色の塗装に塗り替えられていますが、
どことなくその風貌が歩んできた歴史を醸し出しているように感じます。
何せ普段乗っているボロ車両よりも、はるかにボロい…!!!
轟音を響かせ、車内に振動を伝える吊り掛け駆動の重厚感を味わいながら、
恵美須町⇒浜寺駅前⇒我孫子道車庫⇒天王寺駅前の行程を2時間半かけて走りました。

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浜寺駅前では1001形電車、通称「堺トラム」の第三編成である青らんと
縦方向に並びました。
80年ちょっとの年月で、ここまで鉄道車両は変わるんですね。
今からそれと同じくらいの時間が流れたら、どうなっているのでしょうか。

折り返して我孫子道車庫に入線して、集合写真を撮らせていただいた後、
貸切日からひと月弱で新線切り替えとなってしまう阿倍野筋の区間を走り、
無事天王寺駅前に到着、解散となりました。

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また、来年で当会発足から55年ということで、
停車中には特製のヘッドマークを掲出させていただきました。


最後に、今回お世話になった阪堺電気軌道さんには
改めて御礼を申し上げます。

レールウェイフェスタ2016

11月3日(木・祝)~11月6日(日)に、本学の統一学園祭が催され、
当会も「レールウェイフェスタ2016」と銘打ち、出展しました。
今年は他の行事都合上、例年とは異なる学舎・教室での開催となりました。
第1学舎5号館E306教室、お分かりいただけましたでしょうか…?

展示は、3種の鉄道模型レイアウトを中心に、合宿報告、プラレール、機関誌、グッズ、写真を
教室中にどどんと展開しました。
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やはり一番目を引いていたのは鉄道模型でした。
走らせた車両は関西圏のJRや阪急・阪神の他、
首都圏や中京圏、福岡都市圏のJR・私鉄を広く走らせました。
あれ、案外ステンレス率は低め?
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最後に、期間中は多くのお客様にお越しいただき、誠にありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。



…この車両たちの写真をグレースケールにしたらどうなるんでしょう。
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船場まつり2016「船場鉄道フェスティバル」

10月8日(土)・9日(日)に催された
「船場まつり2016『船場鉄道フェスティバル』」に参加いたしました。

毎年出展させていただいているこのイベント。
例年通り鉄道模型の走行展示・運転体験や、鉄道グッズ・写真の展示を行った他、
機関誌「せんり8号」の最速販売を行いました。
やはり運転体験は安定の人気を誇っていました。
機関誌に関しては、売り上げ自体は数えるくらいでしたが、
お手に取ってご覧になっていただけただけでも本当に感謝です!
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ちなみに…
各日15:30~は毎年恒例のクイズ大会がありました。
当会も1題ずつ用意し、その旨をツイートしたりもしてみましたが、
出題したのはこのような問題でした。

<1日目>
現在当会のレイアウトを走行中の鉄道模型に付いている車輪の数はいくつ?

<2日目>
今回が新刊として初お披露目となる機関誌「せんり8号」では能勢電鉄を特集していますが、
それに紹介されている能勢電鉄所有の車両両数は全部でいくつ?

補足としては、1日目のそのときに走っていたのは、
227系6連、223系8連、103系4連、321系7連でした。
あとは算数の問題ですね。
さて、それらの答えは―。

2016夏合宿③

最終日となる3日目は、湯檜曽・土合の両駅を訪問し、
長岡から高崎まで出ます。

とその前に、この日の見所が出来上がった経緯について解説しておきます。

ⅰ)二つのループ線
鉄道が開通した明治期には、関東地区と港町新潟を結ぶ路線として信越本線がありましたが、
難所碓氷峠を越える必要があり、多大な時間を要しました。
その後、1914年には磐越西線を開通させたものの、やはり遠回りとなってしまい、
短絡ルートとなる上越線の建設が急がれました。
しかし、当時は掘削技術が未発達で、長大トンネルを掘ることは厳しかったため、
群馬・新潟県境にそびえる谷川連峰をどう越えるかが問題となりました。
そこで取られたのが、なるべく標高の高い部分にトンネルを通して、
その距離を短くする方法でした。
そして、それに合わせるために、トンネルまで機関車牽引限界の20‰で高さを稼ぐ
二つのループ線が建設されることとなりました。
こうして1922年に着工され、群馬・新潟両県にまたがる全長9,702mの清水トンネルと二つのループ線が、
1931年9月1日に開通しました。

ⅱ)二つのトンネル駅
但し、清水トンネルは単線で、高度経済成長期には
その交通量に限界を迎えました。
そこで複線化を目的として新たに掘られたのが、全長13,500mの新清水トンネルでした。
この頃には掘削技術も発展していたことから、無理に高さを稼ぐことなく、
谷川岳をぶち抜く形で掘り進めることが可能となっていました。
こうして、湯檜曽駅がトンネルの群馬側から入ってすぐのところに、
土合駅がモグラ駅として設置されました。
工事の方も着工が1963年、開通が1967年9月28日と短期間で進められ、
その完成を以て、二つのループ線と清水トンネルは上り線専用に、
長大な新清水トンネルとその内部に設置された駅二つは下り線専用となりました。

【10本目:1728M→8728M、長岡8:36発湯檜曽10:25着、E129系B15編成】
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このB15編成は、丁度2か月前に新製された編成です。
この合宿で乗っている車両は大分新しいのばっかですねぇ…。
前日にはよく見えなかった魚沼の田圃を横目に南下を続け、越後湯沢を越えると、
県境区間に入っていきます。
18きっぷシーズンということもあり、そこそこの乗客が乗り通していました。
最初のループ線を上り、国境の長いトンネルを抜けてもう一つのループ線を下ると、
一つ目の目的地である湯檜曽に到着しました。

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外の上りホームとトンネル内の下りホーム。
いずれも長大ホームで、急行が停まっていた時代が偲ばれます。
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2009年頃までは壮大な駅舎を構えていたそうですが、
現在ではコンクリートの質素なものとなっていました。
駅をくまなく見てみたり、駅前の足湯に浸かった後、
先ほどの折り返しの列車で次へと向かいます。

【11本目:8735M、湯檜曽11:45発土合11:49着、E129系B15編成】
新清水トンネルの中を走って4分で、「日本一のモグラ駅」と称される土合に到着しました。
ハイカー客の他、同じようなことを考えているだろう同業者の方がちらほら下車していました。
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ホームは、改良工事で本来の副本線上に設けられていました。
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長さ338m、462段もの階段を登ります。
トンネル内は涼しかったはずなのに、かなり汗ばみました。
それほど過酷なはずなのですが、裸足になって4分弱で登りきった会員がいるそうで…。
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加えて長さ143m、階段24段の通路が続いていました。
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やっと出てこられた地上で待っていたのは、三角屋根が印象的な駅舎でした。
関東の駅百選にも指定されており、この駅前で集合写真を撮った後、
上りホームへと向かいます。
うーん、改札からホームまでがはるかに近くて便利です。

【12本目:1732M、土合12:30発水上12:43着、E129系A8+A14編成】
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朝乗ったのは4連貫通でしたが、やって来たのは2+2連でした。
つい先刻降りた湯檜曽を過ぎ、首都圏の水源の一つである利根川を渡ると
水上に到着しました。
その際見えた、乗り換えとなる隣の車両は…。

【13本目:740M、水上12:58発高崎14:01着、115系T1147編成】
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やっと出会えました115系!ビバ、国鉄型車両!!
このT1147編成は高崎方からクハ115-1202、モハ114-1147、モハ115-1083、クハ115-1138で、
組成変更が一度もなされていない編成です。
製造は日立製作所で、車歴は
新前橋電車区(1979年9月18日配置)→小山電車区(1986年3月8日転属)
→新前橋電車区(1990年10月16日転属)→高崎車両センター(2005年12月10日~)
となっています。
さて、定刻通りに発車した列車は、轟音を立てながら南下していきます。
しかし、次の駅「上牧」の読み方で、早速議論が巻き起こります。
上越線は「かみもく」なのですが、関西にあるそれは「かんまき」なのです。
この記事を読んでいる皆さんは、どちら派なのでしょうか。
もちろん、当会では後者で読む人間ばかりでした。
続いて上毛三山のうち赤城山や榛名山を車窓に見て、関東平野に入ります。
流石にこの辺りになってくると、モグラ駅の疲れからか
御就寝になっていた会員が目立っていました。
それに反して、町が続くようになり、乗車してくるお客さんが増えてきました。
そして、渋川では吾妻線と、新前橋では両毛線と合流し、
夏合宿のゴール地点である高崎に到着しました。

台風の影響で実施が危ぶまれた合宿でしたが、予定も狂うことなく
こうして高崎まで辿り着けて何よりです。
そのまま東京へ出る会員や新幹線で帰る会員もおり、
慌ただしくはなりましたが、一本締めをして解散となりました。

ちなみに余談ですが、
高崎支社管内でも115系や107系の置き換えが始まっており、
この合宿が始まる3週間ほど前に、高崎支社の各線で
東日本各地に疎開している211系の導入が発表されました。
今回乗車したT1147編成も例外ではなく、合宿後の9月26日~27日には、
T1143編成とともに、高崎車両センターから長野車両センターへ配給輸送されました。
その後、10月上旬には解体が終わったそうです。
最後の最後でお世話になれたことを嬉しく思うと同時に、
もう二度と乗れないと考えると寂しさがこみ上げてきます。

おわり
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