慰安婦:「連行のため歸那」 外務省調査資料から発見 (2015.4.8 朝鮮日報)


中学校教科書に「従軍慰安婦を強制連行した証拠はない」という主張を載せるなど、日本政府により歴史歪曲(わいきょく)が行われている中、「中国で慰安婦連行」と書かれた日本国内の文書が発見された。これは、韓日文化研究所のキム・ムンギル所長が、日本のある団体が編さんした「『従軍慰安婦』関係資料集成」で発見したと8日、明らかにしたもの。この資料集は、1997年に日本の財団法人である「女性のためのアジア平和国民基金」が発刊したもので、日本の外務省が当時、調査した資料をまとめたものだ。キム所長は全約600ページの資料集の152ページに「証明書」という題名の文書を発見した。この記事は1940年(昭和15年)、中国を侵略した日本軍・エン田兵団の林義秀部隊長が傘下の「慰安所」経営者に発行したものだ。

この文書には、「右の者は当隊付属慰安所経営者で、今回慰安婦連行のため歸那した(帰ってきた)。慰安婦は当隊慰安のため是非必要なので、慰安所経営者の渡航に際しては便宜を取りはからうように」という内容が書かれている。キム所長は「『連行』という表現に注目すべきだ。日本側が教科書で主張する『連行ではない』という表現と食い違うもので、日本はすぐに歴史歪曲の試みをやめなければならない」と語った。

スミマセン。最初に爆笑していいですか?

ウェーハッハッハーーーーー!!!

経済情報誌だけではなく他も追随しているようなんですが、日本ではこういった事を「墓穴を掘る」と言います。日本語話者ではない人が、良く分からないのに、たまたま知っている文言を見つけて大々的に報じちゃったんですね。

いいですか。「連行」という言葉は本来、一般用語ではないんですね。今は徐々に一般用語化していますけど、本来は「連れて行く」という漢字そのままの意味で使われている語なんですね。そして、強制的に連れて行くときは「強制連行」という言葉を使う。当時はこの両者を明確に使い分けているんですよ。

日本の主張は覚えていますか?

海馬が萎縮しているでしょうから書きますが、日本が問題にしているのは「強制性」の有無。この記事が引用した資料は、日本は強制連行をしていない、という資料になるんですよ!(大爆笑
しかも読者を誘導しようとして、2回目の記述を「連行ではない」とするあたりが記者の肝の小ささが滲んでいて涙が出てきます。


次いでなので、この資料を引っ張り出したキム所長が全く日本語を読めていないことをもう少し詳しく書きましょう。

この資料の全文を見てみましょう。(吉見義明『従軍慰安婦資料集』16より)


証明書

当年二十二歳
右ハ当隊附属慰安所経営者ニシテ 今回 慰安婦連行ノタメ帰台セシモノナリ
就テハ 慰安婦ハ当隊ノタメ是非必要ナルモノニ付 之カ渡航ニ関シテ何分ノ便宜附与方取計相成度 右証明ス
昭和十五年六月二十七日
南支派遣塩田兵団林部隊長 林義秀

口語訳してみましょう。
「右の者は当隊に附属する慰安所経営者であり、今回、慰安婦を連れてくるために台湾に戻ろうとする者です。就ては、慰安婦は当隊のために是非必要なものですから、この者の渡航に関しまして便宜を図っていただくよう取り計らいをお願いいたします。」

それでは、慰安婦を連れてくる人は誰ですか?
ー それは慰安所経営者です。

この人はどこに向かうのでしょうか?
ー それは台湾に戻ろうとしています。


大丈夫ですか。こんな重要なことを満足に読み取れないなんて。念のため、この「附属」は隊にくっついている、という意味で軍が経営をしている、という意味ではありません。しかも「塩田」を「エン田」って。

史実としてこの南支派遣塩田兵団は正確には「南支那派遣軍の隷下にあった塩田兵団台湾混成旅団台湾歩兵第一連隊」ですね。で、この「塩田」は南朝鮮で良く問題になる「エンデン」でないんですよ。台湾混成旅団の旅団長である塩田定七少将の名から「シオタ」兵団って呼ばれていたんです(大爆笑

お、お腹がヨジレル・・・

意味どころか発音すらまともに読めない人がこんな事を発表し、裏も取れない記者が記事にするから、こんな馬鹿らしい記事を書くんです。

あー笑った。。。涙


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