今から40年以上前、父に連れられていわゆる顔役の人のところに挨拶に行った事があります。70代後半のその人を含めていわゆる私たちの中では顔の通った人たちでした。

以前、少し書きましたが金田の家系は族譜の長でもあり、金田はそこの嫡男ですから、まぁ、今でいう期待の星だったワケです。父は日本に同化する事を選び金田にもそれを望んだのでしょうが、自分の出自に対する誇りと若さ故の反抗が相まって、当時としては珍しく金田は南朝鮮への留学を選び、そして兵役にも就こうというバリバリの左派へと突き進んだのです。

父はそんな私を諌めようとはせず、南朝鮮に行くのであれば少しでも金田の留学における問題が少なくなるようにと、前述した人たちのところに挨拶しに行ったのです。


金田と同世代の同胞なら分かると思いますが、そういった挨拶に行くと酒宴になります。まだ未成年だという言い訳なんか当時は通じるはずもなく、元々酒にも強い家系ということもあり、金田もコップを持たされ酒を注がれます。もちろん、酒なんかは普段から飲んでいませんからウマさなんか分からないのでチビチビやるワケです。

そうこうしているうちに彼らはどんどんできあがっていくんですね。そうなると、過去の武勇伝が飛び交う事になります。

やれ土地を搾取しただの、強盗に入ってどうのとか、まぁ、皆さんがよく知っている話しが出てくるのです。もちろん、そんな事を言うのは顔役の取り巻き連中で少し若い奴らではあるのですが、酒宴が進んでいくうちに、そういった空気に触発されて段々と上の世代も言い始めてくるのです。そんな状況の中で関東大震災の話しが出てきたのです。


金田の当時の日記にはこう書いていました。


東京における震災直後、僑胞が家々に火を放つ話しが◯◯の口から飛び出し驚く。他にも強奪や強盗、強姦の話があり悍ましき憎悪の血が流れている事を思い知らされる。
彼らは武勇伝の如く話すが、この放火で10万人以上の日本人が死ぬ事になったのかと思うと我等の理念は本当に正当なるものか疑念を抱く。

昔の日記を読んでいると、少し青いなぁって思いますが、当時の状況は昨日のように思い起こす事ができます。それだけ金田にとってはショッキングな件だったのですね。

今もそうだと思いますが、当時も関東大震災で私たちの祖先は日本人に殺されたと聞かされました。念のため、金田家ではそんな話しは出てこなく、集会などで聞かされる事がほとんどで、素直な(!)金田はそれを真実だと信じていたのです。

ところがその地区の実力者たちから出てきた言葉は、それらの話しを真っ向から否定する、残虐性の強い私たちを知らしめるものだったのですね。酔っ払っているから声も大きくなるでしょうし、内容も誇大になっていたかも知れません。ですが、放火は確実にあった。当時の金田は彼らの自慢話を聞いて確信に至ったのです。


この話しを裏付ける史料は今の所金田は見つける事ができません。ですが、当時の気象状況や出火状況から考えると強風が吹き荒れる前に燃え広がった理由は見当たりませんし、出火のあった場所と当時、私たちの祖先が多く住んでいた場所の奇妙な合致もまた、金田が若い日に聞いた話しに信ぴょう性を付与してしまいます。

関東大震災の火災は放火だった。

全てが放火だとは断言しませんが、以上の理由から金田はこれが真実だと信じて疑わないのです。


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