管理人4号でございます。

韓国人の建国に関して、彼らの本音というものを「上海臨時政府」を通して紹介していきたいと思います。


私めがこの「上海臨時政府」について興味を持つようになったのは「上海に旅行に出かける韓国人」が訪れる場所として、「上海猶太難民紀念館」(上海ユダヤ難民博物館)や共産党第1回全国代表大会跡地などは彼らのガイドブックには良く出てくるのですが、何故だか「上海大韓民国臨時政府跡地」は載っていない事も多々あるのです。

教科書にも記載されている筈なのですが、韓国人は上海に臨時政府が置かれていた事を知らない人も多いですし、この臨時政府が大戦後に置かれていたと考える人も少なくないのです。

金田も大韓民国の建国問題を幾度か記事として取り上げていましたが、その建国史がなぜここまで知られていないのかを知るために実際にこの臨時政府跡地を訪れることにしたのです。


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実は、この跡地、タクシーの運転手に聞いても全く分からないのです。どうやってここに辿り着けたかというと、それはナビという文明の利器があったからで彼ら上海人のナビにも名所としてこの跡地は登録されていないようでした。それなので住所検索という手を使って到着できたのです。

ここは少し市街地から少し離れた場所で車通りも少ない地域。上海人が言うには1919年ごろはこの一帯は家もまばらで何もないような土地だったと言います。そんな場所に中国政府は台頭する日本に対しての反乱分子である朝鮮人を保護したのです。ですが、保護したと言うには非常に粗末な扱いだったようで、それ故に、当時の上海としては僻地を彼らの拠点として充てがわれたのです。

この通りに面してチケットを購入してから脇の道に入ります。そこにこの跡地に置かれた記念館的なものの入り口があります。

実は写真を撮ろうとすると彼らの目が光るのです。そして、小さく「拍摄禁令(写真禁止)」と小さく中国語で書かれているのです。中国人に対してもあまりその存在を広められたくないのかも知れません。

中は非常に狭く、3回建で階段も急であり部屋数は全部で8室程度という臨時政府と言うにはとても質素なものでした。管理人とでも言うような人の目をかいくぐって1枚撮りましたが、これは金九の執務室兼寝室。これは2階の1室ですが広さとしては8畳弱といったところ。左側に見えるのが小さなベッドです。


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3階に上がると、この臨時政府の歴史が紹介されていますが、資料も少なく展示物も貧弱。彼らが生活の糧に作成していたエロ本も展示していなければ、畑で農作物を作ってほぼ農民同様の生活だった事も書かれていない。彼らの実際の生活臭が全く感じられないのです。

日本と実質的な交戦をしていない事も書いていなければ、内紛して実質瓦解したことや大戦後に分裂して北朝鮮に流れていった人たちが本流の人であった事も触れていない。そう、この上海臨時政府の本流は共産主義者の集まりでした。


制憲憲法前文

悠久の歴史及び伝統に光輝く我が大韓国民は、己未三一運動で大韓民国を建立して世界に宣布した偉大な独立精神を継承し、これから民主独立国家を再建するに際し、正義人道及び同胞愛により民族の団結を鞏固にし、すべての社会的弊習を打破し、民主主義諸制度を樹立して政治、経済、社会、文化のすべての領域において各人の機会を均等にし、能力を最高度に発揮させて各人の責任と義務を完遂させ、内には国民生活の均等な向上を期し、外には、恒久的な国際平和の維持に努力して我々及び我々の子孫の安全と自由と幸福を永遠に確保することを決議し、我々の正当かつ自由に選挙された代表により構成された国会で檀紀4281年7月12日この憲法を制定する。

第9次改正憲法前文

悠久の歴史と伝統に輝く私たち大韓国民は3.1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統と不義に抵抗した4.19民主理念を継承し、祖国の民主改革と平和的統一の使命に立脚して正義・人道と同胞愛により民族の団結を強固にし、すべての社会的弊習と不義を打破し、自律と調和をもとに自由民主的基本秩序をより強固なものして政治·経済·社会·文化のすべての領域において各人の機会を均等にし、能力を最高度に発揮するようにして、自由と権利に伴う責任と義務を果たすようにし、内には国民生活の均等な向上を期し、外には恒久的な世界平和と人類共栄に貢献することで、私たちと私たちの子孫の安全と自由と幸福を永遠に確保することを約束しながら、1948年7月12日に制定され、8回に渡って改正された憲法を今、国会の議決を経て、国民投票によって改正する。

韓国の憲法前文からの抜粋ですが、この上海臨時政府が共産主義者的だったのは、金九の政敵であった李承晩でさえ共産主義者的である事が垣間見られる制憲憲法前文からも分かります。そして現行憲法に上海臨時政府の一文を入れたのも当時の従北勢力だったのですが、この上海臨時政府をどうにか法統として扱いたいという思いがあったのですが、これは北朝鮮を主体とした統一を韓国が考えているという根拠にもなっている。

ですが、この上海臨時政府は余りにも国民に教えてきた事と違い過ぎた事もありその存在をあまり知られたくないのではないかと疑ってしまうのです。

臨時政府は民主主義を標榜していた事にしたい
臨時政府は高潔な思想とそれに即した行動をしていた事にしたい

だからこそこの記念館は展示物が少なく(もちろん実績がないからというのもありますが)、何よりパンフレットを作らずにいる世界的にも珍しい記念館なのです。上海臨時政府はその本当の姿を韓国人には知らせたくないという本来は恥ずべき存在なのかも知れません。



少し驚いた事があります。当日、私の他に4人の閲覧者がいました。そのうちの1人が日本人らしく日本語と中国語でもう1人の連れにその展示物を解説していました。その人物の言った台詞で記憶に残った言葉があります。「中国に残されている多くの資料が全く紹介されていないから、全く別の組織を紹介しているように感じる」というもの。恐らく、私の知らない資料が中国にはあり、それを知っているという日本人がいるという事なのだと思います。是非、それをご教授頂きたいと思いましたが、、、


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