在日朝鮮人から見た韓国の新聞

韓国の新聞を新米帰化人の目から見て、韓国で報道されている内容の中から気になることやウラ読みについて書き綴っていきたいと思います。

カテゴリ:慰安婦 > 慰安婦20万人のウソ

慰安婦は実際にどの程度いたのかーーー。

これに関して色々考察がされていますが、多くの研究者が抜けている視点があります。それは、実際に、軍人たちはどの程度慰安所に行くことができたか、という経済学的な視点。


そこで、4年以上の期間がかかりましたが、実際に慰安所を利用した元日本軍人の方々に話を聞き、どの程度の利用頻度だったかを調べてみました。すでに亡くなられた方もおり、こう言った調査は急務であると思います。是非、多くの元日本軍人の方々は積極的に真実を遺して頂くことを切に願うばかりです。


調査人数  18人
慰安所利用時の階級及び人数 / 月あたりの慰安所利用回数
  少尉  1名 / 2
  曹長  1名 / 1
  軍曹  1名 / 2
  伍長  2名 / 1〜2
  兵長  2名 / 1
  上等兵  3名 / 1
  一等兵  5名 / 0〜1
  二等兵  3名 / 0〜1

平均でおよそ月に1回という利用頻度という結果でした。これに関しては金田も少ない印象を受けたのですが、慰安所の費用は実は一般に知られているような費用よりも高かったそうで、下士官だと30分で9円だったそうです。兵士だと6円。将校は11円。経済学的視点から見ると月に1回程度の利用というには妥当な数字であり、証言とも一致しているのですね。

慰安所の料金については広東に展開していた独立歩兵第13旅団の記録が残されており、裏が取れています。

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昭和20年に中国で任務について軍人の給与は、
  少尉  90円
  曹長  37円
  軍曹  30円
  二等兵  10円

程度でした。そう考えると、軍曹の2回というのはかなり刹那的というか、給与の大部分を女性に貢いでいたのだと考えられます。日本軍人は家族に送金し、貯金に励んでいたことも知られています。小野田寛郎少尉は証言で1/3送金し、1/3を貯金、そして1/3を慰安所で使用したと証言していましたが、彼であっても月に2回〜3回程度しか慰安所に行けなかった事になります。


さて、ここまで数字が揃うとかなり詳細を窺い知ることができますよね。

計算の設定ですが、戦時中、日本軍は海外におよそ300万人ほど派兵されていました。その期間を最大8年とします。また、慰安婦の交代を2年と設定します(証言から交代を3年や4年でも良さそうですけど)。慰安婦は証言から1日に20〜30人もの性処理を行っていたそうなので、25回/日とします。

すると、1日に慰安所に向かった兵士は10万人。慰安婦の数は4000人居れば十分だった事が分かります。あり得ない数字ですが、10回/日だとしても1万人ですね。8年間で3回の交代があったとしても慰安婦の総数は1万6000人〜4万人という事になるのです。


慰安婦は全員が朝鮮人だった、と考える左派もいますが、実際は日本人慰安婦が多数を占めていました。これは様々な説がありますが、上記の18名からは「慰安所は出身地の女性を求める」という話を頂いています。そう考えると、やはり日本人慰安婦が多数を占めていたという話は信憑性があります。

朝鮮人慰安婦は恐らく3割行くかどうか。3割だとしても、4800人〜1万2000人という範囲に落ち着くのです。


元慰安婦の証言が正しければ、せいぜい4800人。1年間で600人。私たちが当時、女性を売買していた人数を考えるとこの数字もまた妥当なものです。さて、反日同胞の皆様、これについてどう反論されますか?


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強制徴用の被害申告受け付け再開を 市民団体が政府に要求=韓国 (2018.6.22 朝鮮日報)


遺族会は、「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者支援特別法」に基づき2008年から15年にかけて強制徴用被害者22万人ほどが政府に被害を申告したが、機を逸して申告できずにいる被害者が10万人以上いると主張している。 (抜粋)

南朝鮮は強制動員の人数を755万4764人(重複含めて。重複なしだと550万人としいている)としています。まぁ、強制動員という名称そのもがおかしなものではありますけど、この人数には自ら出向いた出稼ぎや、日本の会社で働いた通常の労働者が含まれているので、日本政府がまとめたと主張している65万人の方が実情に近いでしょうか。ただ、この数字はやはち出稼ぎ者の数字なのでもちろん正しいとは言えませんけど。

で、何が言いたいのかというと、755万人が最大値として22万人も名乗り出たのですから、およそ2.9%もの方が名乗り出た事になります。550万人なら4%。出稼ぎに行ってその上、国から補償までして貰えるなんて、本当に乞食のような人たちですが、この2.9%〜4%は南朝鮮人の乞食根性率と言っても過言ではありません。それというのも、こう言った補償関係で“被害者”を募るとおおよそこの数字が出てくるからですね。で、この数字を見つめると、別な真実が見えてくるのです。


南朝鮮政府が登録している元慰安婦。これは、政府による手厚い支援を受けられると喧伝し、集めに集めた人たちなんですね。それでも漸く247人。南朝鮮人の乞食根性割合が2.9%〜4%であれば6175〜8517人という数字。金田は6000人という試算を出していますが、どちらにしろ20万人はあり得ないんですね。

徴用工よりも手厚い補償を受けられ、しかも、南朝鮮では聖人扱いされているのに、20万人の0.1%しか名乗り出ないなんてあり得ないんですよ。民族的気質から。


日本の数字とされる出稼ぎ人数65万人から計算すると慰安婦は730人しか居なかった事になる。そう考えると、慰安婦の人数は最小は730人で最大値は8517人という事になります。なかなか20万人の道のりは険しそうですね。笑


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旧日本軍の朝鮮人慰安婦虐殺 映像資料を初公開=ソウル大研究チーム (2018.2.27 聯合ニュース)


【ソウル聯合ニュース】韓国・ソウル市とソウル大人権センターは27日、韓中日の専門家が出席して行われた旧日本軍の慰安婦問題に関する国際カンファレンスで、同軍による朝鮮人慰安婦の虐殺を証明する映像(https://youtu.be/DbmcBD2aN-k)を初公開した。

約19秒のこの記録映像は、太平洋戦争で日本が敗戦する直前の1944年9月に中国・雲南省の騰衝で米中連合軍が撮影したもので、44年9月13日夜に日本軍が朝鮮人女性30人を銃殺したという内容の米中連合軍の文書を裏付ける記録だ。朝鮮人慰安婦が日本軍によって虐殺された後、1カ所に捨てられた様子が収められており、遺体を埋めに来たとみられる中国軍の兵士が遺体の靴下を脱がせる場面もとらえられている。  (抜粋)

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初めに、過去のエントリーをお読み頂くとより理解が深まりますので「過去に否定された史料を今頃持ってくるとは、バカ?」をお読みください。


この写真の出所は “CBI-44-60371, 15 Sept 44 PHOTO BY T/4 FRANK MANWARREN BURIAL PARTY STARTING TO WORK AT INTE※※NG THE WOMEN KILLED AT TENGCHUNG WHILE THE JAPANESE AND CHINESE TROOPS FOUGHT OVER THE CITY.MOST OF THEM ARE KOREAN WOMEN KEPT IN THE JAP CAMP.”からですね。

以前にも書きましたが、「騰越(中国名:騰衝)の戦い」における米軍の資料と中国の資料との間に大きな差異があり、そう言った背景からこの史料の信憑性には疑問が残るものです。実際にこの写真は騰越城内の写真ではない事が明白。何故なら、騰越城内であれば城壁が映り込むはずですから。これは件の映像も同じ。



で、映像を見てみると疑問が2点ほど生じるのです。

写真の右端の男性、彼は鼻を布で覆っていますが余程死臭が酷かったのでしょうね。実際に写真をよく見ると腐敗が始まっている事が分かるのですが、13日に虐殺して15日に埋葬したという事になっていますから、それだとこの遺体の腐敗の進行は説明できなくなってしまいます。

また、映像の中ほどを見ると、建造物の側で煙が上がっているのですが、これは虐殺というよりも米中の砲撃などにより死亡したと考える方が理に叶います。要するに、この史料は戦闘で一般市民を殺戮した米中がその責任を日本軍に負わせるために作成した可能性が高いものと言えるのです。


また、この騰越城の慰安婦捕虜のうち朝鮮人は11%(18人中2人)である事が分かっていますから、仮に30名が死んだとしても3人程度しか朝鮮人慰安婦はおらず、それ以前に、弾薬がなかった日本軍は慰安婦を殺す事ができなかったからこそ捕虜が存在するのです。

言えることは、この映像は決して“일본군에 의한 조선인 위안부 학살”(日本軍による朝鮮人慰安婦の虐殺)の映像ではなく、単なる、「米中の襲撃により亡くなった一般市民の遺体を証拠隠滅した際の映像」というのが真相だったのです。


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【コラム】文在寅大統領が安倍首相のようにできない理由(1) (2017.10.24 中央日報)


連合国に敗れて日本が取った最初の措置の一つが占領軍のための「慰安所」設置だった。1945年8月15日、天皇が降伏を宣言してから3日目に日本内務省は外国軍の駐留が予想される都道府県に慰安施設を設置するよう公文書を送った。敗戦8日目に半官半民性格の「特殊慰安施設協会(RAA)が結成され、すぐに東京に米軍専用慰安所1号店がオープンした。RAAは最高級の衣食住提供などを約束し、「特別女性従業員」の募集を始めた。RAAに所属する事業主は皇宮の前で発隊式を行い、新日本の再建と日本女性の純潔のための滅私奉公の決意を固めた。

戦争中に日本は植民地朝鮮の無力な女性を旧日本軍慰安婦として動員した。戦争に敗れると、自国の貧困に苦しむ一部の女性を、占領軍の性犯罪から大多数の女性を守る「防波堤」として利用した。花代として受けたドルは戦後の復興資金として使われた。占領軍のための売春は東西古今どこにでもあるが、戦後の日本のように国が国策事業として進めた例は珍しい。  (抜粋)

『日東壮遊歌』というものがあります。これは李朝が徳川幕府に対して第11回朝貢使を送った際に、その朝貢使に参加した金仁謙が記したものです。この書にもあるのですが、妓生が多々記されており、妓生の存在は、外交や内政の潤滑油という位置付けであり、国策どころか広く国民の生活にも知られている売春事業でした。

世界広しとはいえ、こういった売春外交を20世紀、いえ、現在も展開している国は南朝鮮以外は存在しないでしょう。こういった背景が、南朝鮮外交官が外国で性犯罪を繰り返す素地になっているのは言うまでもないのですが、この記事を書いた記者はいつものごとく自国に不都合な事はすべて棚上げ、という姿勢なのでしょう。


日本のRAAと南朝鮮の売春外交の違いがあることを、皆さんに是非知ってもらいたいのです。

アメリカ軍は現在もそうですが性的衝動は抑えられない軍隊の一つと言えます。特にこの当時は、ヨーロッパ戦線において14000人もの女性がアメリカ軍にレイプされ、戦後、日本に進駐したアメリカ軍により最初の10日間だけでも神奈川県だけで1366人の女性がレイプされています。厚木に先遣隊が派兵されたのですが計画書によると3000人。たった3000人のアメリカ兵なのに、1366人がレイプされるのですからその性犯罪性の高さはいかほどのものか容易に想像できます。

ここから一つ分かることがあります。

占領軍兵力が1945年9月時点でおよそ40万人に対して、RAAの慰安婦は最大で5万5000人。それならば日本軍の出兵人数に対して20万人の慰安婦という数字は妥当性がある、と左翼は言います。

わずか3000人のアメリカ軍兵士が上陸後たったの10日で1366人をレイプするような輩。RAAが特殊慰安所を設置後も日本人に対するレイプが終わることがなかったのですから、正直な話、アメリカ軍にとっては5万5000人でも少なかったのでしょう。

ですが、日本軍は食料の補給もままならない状態。しかも、戦争自体は状況が悪くなかった中国戦線であっても日本人は地元住民に対する略奪やレイプは非常に少なかった。だからこそ、アメリカ軍などと一緒のモラルのように考えてもらっては困るのです。


尚、2000人もの混血孤児を育て上げたことで知られる沢田美喜さんによると、進駐軍によってレイプされてた結果生まれてきたいわゆるGIベビーは20万人。私たちの場合、ベトナムに延べ31万2853人の派兵で3万人のライダイハン。アメリカ軍のことをとやかく言えるような数字では決してないですが、これを考えるとどれだけアメリカ軍が日本で好き勝手やったか分かるでしょう。

それに対して日本軍が侵攻した地域での日本軍人とのハーフは朝日新聞などが血眼になって探し回って0人。アメリカ軍も、南朝鮮軍も、日本軍も慰安所があった。それなのに混血児の数にこれだけ大きな隔たりがある事を、左派は理解すべきでしょうね。


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韓国人に聞く:最初の恋じゃない!? 初恋の基準とは (2017.7.22 朝鮮日報)


未婚の男女が考える初恋の基準は、最初に好きになった人ではなく、「一番好きだった人」であることが分かった。また、回答者10人のうち8人は、初恋の思い出を心の片隅にそっとしまい込んでいるという。未婚の男女が考える初恋の基準、初恋を覚えている理由、初恋の人と再会する機会が訪れたら会うのかなど、初恋に関する考えを見てみよう。

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故村下孝蔵さんの名曲に「初恋」という歌があります。

青春時代に淡い恋心を抱き、その想いが募るという経験は60を超えた今でも昨日のように思い起こされますが、その初恋の相手は、「最初に好きになった人」。10人ほどの在日同胞や日本人に聞いてみたのですが、金田の周囲は100%「最初に好きになった人」が初恋の相手でした。

ところが南朝鮮人は違うようです。同じ血が流れているはずの私たち在日同胞ともここは大きく乖離しているようで、初恋の相手は「一番好きだった人」なのだそう。

言い換えると、より強烈な思い出があれば、南朝鮮人は容易に記憶がすり替えられる、という事になりそうです。


慰安婦ハルモニと話していると、多くのケースで日本軍ではあり得ない話しが多々でてきます。公開されていない内容の中にも実は相当含まれていて、体験談を編集した挺対協は相当苦労したんだろうなぁ、と悪い面で感心させられます。

ところが、日本軍慰安婦というだけで生活が保障される。そんな美味しい話は南朝鮮国内ではそうはありません。そこで洗脳に近い形で南朝鮮軍慰安婦がいつの間にか日本軍慰安婦になったのでしょうね。


以前、金田は本物の日本軍慰安婦に会ったことがある事を少し書きました。日本軍慰安婦は終戦当時、お金持ちだったのです。だから、今も不自由なく暮らしている。それに対し、南朝鮮軍慰安婦は貧しいまま慰安婦生活を終えているから老後は更に厳しい生活が待っていた。だから、自称、日本軍慰安婦ハルモニたちは例外なく貧しい状況だったのです。


本物は慰安婦時代を悪く言いませんでした。
偽物は慰安婦時代を悪く言います。
沖縄に暮らしていた元慰安婦も慰安婦時代を悪く言いませんでしたね。


ここが偽物と本物を見分けるポイントといっても良いかもしれません。年とともに美化される事が多い記憶が恨みつらみで固められたのは、洗脳されたから。そう考えると辻褄があうと思うのですがーーー。


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서울시가 일본군 위안부 동원을 증명할 영상을 찾았다 (2017.7.4 Huffpost)
ソウル市が日本軍慰安婦動員を証明する映像を探し出した

이 영상은 7월 5일, 서울시가 공개한 것이다. 서울시는 “서울대 인권센터와 함께 지난 2년간의 조사 끝에 미국 국립문서기록관리청(NARA, National Archives and Records Administration) 2관에서 70년 넘게 잠자고 있던 한국인 위안부 영상을 발굴했다”고 밝혔다.



보도자료에 따르면, 영상 속 지역은 중국 송산이다. 1944년 6월, 미‧중 연합군(Y군)은 ‘버마로드(Burma Road)’상의 일본군이 점령한 송산, 등충, 용릉 등을 공격했고, 9월 7일 송산을 점령했다. 이때 일본군 ‘위안부’로 있던 24명 중 10명이 생존해 미‧중 연합군의 포로로 잡혔고, 14명은 일본군에 의해 학살되었거나 전투 과정에서 죽었다. 서울시는 “당시 사진 속 송산에 포로로 잡혀있던 한국인 일본군 위안부를 촬영한 18초짜리 영상”이라고 소개했다. 영상 속 장소는 “미‧중연합군 제8군 사령부가 임시로 사용한 민가 건물로, 이곳에서 ‘위안부’ 포로 심문(Interrogation)이 이루어졌다”고 한다.

특히 2000년 12월 일본 도쿄에서 열린 ‘일본군 성노예전범 여성국제법정’ 준비 과정에서 피해자 박영심(1993년 피해 증언, '06년 별세) 할머니가 사진 속 만삭의 여성이 자신이라고 스스로 밝히기도 했다. 서울시는 “포로로 잡혔을 당시 만삭이었던 고(故) 박영심 할머니는 탈출 과정에서 사산해 중국군의 치료를 받고 있었기 때문에 위의 영상에서는 보이지 않는다”고 설명했다.

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この映像は7月5日、ソウル市が公開したものだ。 ソウル市は「ソウル大人権センターとともに過去2年間の調査の中でアメリカ国立文書記録管理庁(NARA,National Archives and Records Administration)2号館で70年を超えて埋没していた韓国人慰安婦の映像を発掘した」と明らかにした。

報道資料によれば、映像に映し出されている地域は中国のソンサンだ。1944年6月、米中連合軍(Y軍)は「ビルマロード(Burma Road)」上の日本軍が占領したソンサン、トゥンチュン、ヨンヌンなどを攻撃し、9月7日、ソンサンを占領した。 この時、日本軍「慰安婦」であった24人中10人が生存しており米中連合軍の捕虜となり、14人は日本軍によって虐殺されたり戦闘過程で死んだ。ソウル市は「当時、写真に見るソンサンに捕虜として捉えられた韓国人日本軍慰安婦を撮影した18秒映像」と紹介した。 映像中に見える建物は「米中‧連合軍第8軍司令部が臨時に使った民間の建物で、こちらで「慰安婦」捕虜尋問(Interrogation)が行われていた」とする。

特に、2000年12月、日本・東京で開かれた「日本軍性的奴隷モデル女性国際法廷」の準備過程で被害者パク・ヨンシム(1993年被害証言、'06年死亡)ハルモニが写真の中で写っている臨月の女性が自身だと自ら明らかにした。 ソウル市は「捕虜として捉えられていた当時、臨月だった故パク・ヨンシム ハルモニは脱出の過程で死産し、中国軍の治療を受けていたので上の映像では見られない」と説明した。  (抜粋)

嘘つき、パク・ヨンシム、未だにこう言った記事に出てくるんですよね。

下にある写真は記事にもあるように1944年9月ソンサンでの写真。この嘘つきパクは、「この妊婦こそ私だ!」というのですよ。ところが、この嘘つきパク、どこで終戦を迎えたかというと、ミャンマーのヤンゴンにあったラッシュ慰安所だったと供述しているのですよ。

1944年にソンサンで捕虜となったけど脱走し、またまた慰安婦としての報酬に目が眩んでミャンマーまで日本軍についていき、そこで終戦を迎えたか?そんなに慰安婦として働きたかったのでしょうか?

嘘つきも大概にしろ、と言いたいのですが、皆さん、覚えていますか?この嘘つきパクを。あの「人肉スープを飲まされた」という日本人が行うことのない嘘を広めた人物です。

「1921年に生まれ。17歳の時の1938年、中国南京の近隣の慰安所に連行され、約3年間、1日に30人余りの日本軍から性奴隷生活を強要された」という嘘つきパク。いいですか、3年間慰安婦として働いたのなら1941年には国に帰っているハズ。それなのに、1944年にソンサンで捕虜になり、更には1945年にはヤンゴン?


実は、この嘘つきパク、金田はもちろんのこと実際に会って話しを聞いているのですよ。「この写真のあなたの隣にいる慰安婦の名前は覚えているかい?」と聞いても覚えていないで嘘を突き通す。南京のキンスイ楼で歌丸として働いていた時の同僚の名前はなんだったのかを聞いても忘れた。おいおい、そこまで細かく覚えているのに、なぜ、同僚として働いていた人の名前が一切出てこないんだよ!と心の中で突っ込んでいたものです。

で、この写真にはタイトルがございまして。「中国弟8軍の兵士によって捕虜にされた4人の日本人女性」というタイトル。そして、年齢は24歳〜27歳であった事が記録に残されています。左翼は「日本人と朝鮮人の見分けがつかなかった」とか「1921年生まれだと年齢が合わないのは数え年だから」などと言いますが、中国人兵士は日本人と朝鮮人の見分けはつくし、中国はもちろんアメリカは特に公文書は満年齢。この写真の妊婦が嘘つきパクであるはずがないのです。


結論。この写真は嘘つきパクではありませんでした。


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“사냥감은 13세, 14세의 소녀들이었다” (2017.5.21 Mediatoday)
「獲物は13歳、14歳の少女だった」

‘전쟁과 여성 대상 폭력에 반대하는 연구행동센터(VAWW RAC)’의 니시노 루미코는 조선인 위안부 피해자 증언 52건을 분석해 위안부의 연행이 어떤 방식으로 이뤄졌는지를 보였다. 곧 사기·감언(병원, 공장 등에서 일하게 해준다며 속이는 등의)에 의한 연행이 33명(63.5%), 납치·유괴가 11명(21.2%), 인신매매가 8명(15.4%)였다.(피해자 증언으로 본 일본군 ‘위안부’연행의 강제성, <그들은 왜 일본군 ‘위안부’를 공격하는가>, 후마니타스)

또한 이들 대다수가 20세 미만의 미성년자들이었다는 점이다. 니시노 루미코의 분석에서는 위안부 피해자 증언의 86.5%가 미성년 연행이었다. 윤정옥 교수가 보건사회부에 신고된 56건을 분석한 바에 의하면 전체의 80%가 미성년(12~19세)이었고, 12%만이 20세 이상이었다. 나머지는 정확한 나이를 기억하지 못하는 경우였다.(‘조선 식민정책’의 일환으로서 일본군 ‘위안부’, <일본군 위안부 문제의 진상>, 역사비평사)

지난 2015년말 한일 정부가 ‘위안부 합의’를 강행한 직후 미국 델라웨어대 마가렛 D.스테츠 교수는 뉴욕타임스에 독자의견 형식의 글을 낸 큰 반향을 불러일으켰다. 그는 “생존자들이 증언하듯이, 이같은 잔인한 성노예 시스템의 많은 대상들은 ‘성인여성(women)’이 아니라 초경도 하지 않은 ‘13세 혹은 14세의 소녀들(girls)’이었다”며 “그들은 매일같은 강간에 바쳐지기 위해 짐짝처럼 아시아를 가로지르는 전선으로 실려갔다”고 했다. 많은 사람들이 오해하듯이 일본의 ‘위안부’ 동원이란 범죄가 성인여성을 대상으로 한 것이 아니라 “전쟁범죄일 뿐 아니라 아동 인신매매이자 아동을 대상으로 한 성범죄였다“는 것이다.

「戦争と女性への暴力」リサーチアクションセンター(VAWWRAC)」の西野瑠美子氏は朝鮮人慰安婦被害者の証言52件を分析し、慰安婦の連行がどの様に行われたかについて調査した。その結果、詐欺や甘言(病院や工場などの仕事であるとだますなど)による連行が33人(63.5%)、拉致・誘拐が11人(21.2%)、人身売買によるものが8人(15.4%)とう結果であった。(被害者証言から見た日本軍「慰安婦」連行の強制性、<彼らはなぜ日本軍「慰安婦」を攻撃するのか>より)

また、注目すべきはこれら大多数が20歳未満の未成年者であったという点だ。西野瑠美子氏の分析では、慰安婦被害者証言の86.5%が未成年者を連行したものだった。ユン・ジョンオク教授が保健社会部に申告があった56件を分析した結果、全体の80%が未成年(12~19才)で、20歳以上はわずか12%だった。残りは正確な年齢を記憶できていない場合であった。(「朝鮮植民政策」の一環として日本軍「慰安婦」、<日本軍慰安婦問題の真相>、歴史批評社より)

去る2015年12月、韓日政府が「慰安婦合意」を押し切った直後、米国デラウェア大マーガレットD.ステッツ教授はニューヨークタイムズに読者からの意見という形で掲載したコラムが大きな反響を呼んだ。彼女は「生存者らが証言するように、このような残忍な性奴隷システムの多くの対象らは「成人女性(women)」ではなく、初潮前の「13才あるいは14才の少女ら(girls)」だった」として「彼女らは毎日のように強姦者に捧げられるための荷物のようにアジアを横断する戦線に乗せられていった」とした。 多くの人々が誤解しているが、日本の「慰安婦」動員と犯罪は成人女性を対象にしたものではなく、「戦争犯罪であり児童人身売買であり児童を対象にした性犯罪であった」ということだ。  (抜粋)

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復習です。未成年が慰安婦として働くためには、
・住所地警察署に証明書
・戸籍謄本
・医師による健康診断書
・18歳以下であれば親の承諾書
が必須で所轄の警察署に届け出が必要でした。また、現在多数残されている慰安婦名簿(例えばイロイロ患者診療所記録など)には現在、16歳以下の朝鮮人慰安婦の存在を確認することができません。 他にもこちらで紹介された慰安婦は19歳ですし、実際に13歳、14歳の史料を提示すれば良いのに提示しない。いつも口だけなのですね。


さて、”실종선고 심판문” と言うものがある、という事を以前書いたのを覚えておりますでしょうか?これは「失踪宣告審判文」と言うもので南朝鮮には当然ながら記録が残っています。もちろん、戦時中のもの残っていますが、ようやく一通り精査が終わりました。結果として、登録されている元慰安婦は誰一人としてこの記録には出てきませんでした。

拉致や誘拐が21.2%、人身売買が8%もいたなら、それ相当数の失踪宣告がなされていたはずです。当たり前の話として、愛する娘が突如としていなくなったら失踪宣告をするのが当たり前の事だからですね。ですが、なぜだか誰一人として失踪宣言された元慰安婦がいない。それだけ、私たちには家族としての絆がないのでしょうか?

いえ、単に失踪に値する状況はなかった、という事です。

どういうことかというと、この期間に行方不明になる状況ではない = 拉致などは行われていない、という事です。人身売買も親が介在していなければ失踪届けを出すのが当たり前ですから、人身売買があったとしたら100%、親に売られたという事になります。だからと言って、彼女らが慰安婦であったことは、残されているあらゆる慰安婦の記録に名前が出てこないことからそれも証明できない。

結論として、13歳、14歳で拉致や誘拐もしくは親によらない人身売買によって慰安婦になった、という可能性は「0」です。まぁ、記録としても存在しないので、実際にこんな年齢の慰安婦は存在しなかったと言っても間違いではないでしょう。

ついでに、20万人の80%が未成年という事ですが、1938年から1945年にかけての全年齢の失踪宣告審判文全例を足しても、16万どころか1万にも満たないのですね。爆笑させないでください。金田は高血圧なのですから (爆笑!!!


念のため、史料名は上記の通り。「ないという証拠はどこにある」という質問には「あるのでしたら提示してください。ない事を証明することは不可能です」と先に回答させて頂きます。


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【コラム】日本を愛したボーゲル教授の対日歴史批判 (2015.5.9 朝鮮日報)


日本には、そんなボーゲル教授ですら一度も擁護しない一面がある。従軍慰安婦問題だ。ボーゲル教授は今月6日、日本のそうそうたる学者186人と共に、安倍晋三首相に向けて「従軍慰安婦の被害の事実を否定したり、取るに足らないとする行為は受け入れられない」という内容の共同声明を出した。学者たちは、安倍首相が今年8月に世界が納得できる「安倍談話」を出すことを訴えた。

ボーゲル教授はなぜ、この声明に賛同したのか。昨年ボーゲル教授が朝日新聞から受けたインタビューに、教授の所信が現れている。ボーゲル教授は当時「日本が慰安婦問題について自己を正当化しようとしたら、国際的評価は落ちるだけ」と語った。記者は「日本は既に何度も謝罪したではないか」と問い返した。ボーゲル教授の答えは明快だった。「日本人には『悪いのは軍部であって、国民は犠牲者だった』という認識がある。周辺国の国民にとって日本人は攻撃者だった、という認識が足りない」。ボーゲル教授はユダヤ人だ。 (抜粋)

本日、南朝鮮では大統領選の投票が行われます。誰が当選しようとも、「最終的かつ不可逆的に解決」されたはずの慰安婦合意は修正もしくは破棄を言い出す事になるでしょう。この慰安婦問題、世界ではあまり知らていない事が多々あります。これを知ったら誰が日本に対して謝罪や賠償を言い出すのでしょうか。

先ず、現在明確に分かっていることを羅列しましょう。
・強制連行された慰安婦は存在しない
・20歳未満の慰安婦は全員、両親の承諾があった
・慰安婦は朝鮮人警部がいる警察署からの証明書発給がほとんど
・朝鮮半島における慰安婦の募集は朝鮮人業者が行っていた
・朝鮮人慰安婦を利用していたのは朝鮮人日本兵
・悪徳朝鮮人斡旋業者から朝鮮人女性を守っていたのは日本警察及び日本軍
・慰安所における慰安婦の健康などを配慮して検診などを行っていたのは日本軍

日本にはない史料もあります。特に警察署が発行した証明書は南朝鮮や中国にしかないでしょう。金田も全てを読み込んだわけではないので「ほとんど」と書きましたが、タブン、全てがそうかもしれません。これを読んで、慰安婦に謝罪を要求する人っているのかしら?


もう亡くなられてからしばらく経つので書いても良いと思いますが、登録されてはいない日本軍慰安婦従事者を金田は数人知っています。彼女らはどの部隊か、駐留地はどこか、慰安所の名称など詳細を覚えており、それはほぼ史実通りのものだったのです。登録された慰安婦たちとここまで違うのか、と思わされるほどですね。

そして、非常に元気で、そして恨み言を口にせず、立派な小料理屋を営んでいました。

彼女らは、いわゆる慰安婦らを「ニセモノ」と言って憚らなかったのですね。それどころか、日本から来た金田にとても親切にしてくれて「日本の統治時代は良かった」と口をそろえて言うのです。

なぜなら、たった1~2年で郷里に家を建て、立派なお店を出せるようになるまで稼ぐことができた、当時の下位層の女性が中流に上り詰めるための、ほぼ、唯一の手段が慰安婦になる事だったからです。それ故に、彼女らは慰安婦登録しようとは考えずに、ニセモノとは距離を置くことにしたのだそうです。沖縄に居た慰安婦もそうですが、日本に対して謝罪なんか要求しないのですよ。本物は。


>周辺国の国民

というものに朝鮮人は含まれません。日本に統治されたおかげで人になることができた。自然豊かな環境も、インフラも、教育も、道徳心ももちろんお金も全て日本が与えてくれたのです。もうそろそろ統治時代を知る世代がいなくなってしまいますが、彼らは日本がしてくれた事をしっているからこそ、日本統治時代を「良かった」といって懐かしむのです。

で、慰安婦について。

ニセモノの言葉に惑わされてしまった人たちに、上記事実を突きつけ、これに対する反証を出してもらいたいですね。そして、日本に対して謝罪と賠償を要求するのなら、朝鮮人慰安婦を集めた業者や、利用してきた朝鮮人日本兵への処罰をすべきでしょう。

慰安婦の子孫にまでお金を渡してきたのですから、業者は朝鮮人日本兵の子孫も処罰の対象となります。

さて、本日、当選する新大統領は、自らの膿を出し切る事ができるのか。それとも、日本にだけあたり屋のごとく金を無心するのか。非常に興味深いですね。


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How UNESCO Blackmails Israel and Exploits the Holocaust (201611.7 Canada-Israel Friendship Association)


The actions of Japan in the occupied countries were thoroughly investigated after the war. The guilty parties faced an international tribunal in Tokyo. Though one of the judges, Justice R.B. Pal from India, found some of the charges excessive and issued a dissenting opinion, Japan accepted the findings and the verdict in an agreement signed after the end of the American occupation in 1952. At no point during the trial was the alleged government conspiracy to enslave sexually 200,000 women brought to the judges’ attention and it is impossible to assume that they would overlook something so important.

戦争終了後、占領下に置かれた日本の戦時行動は完全に調査された。(戦時犯罪の)当事者たちは東京裁判に於いて有罪判決を受ける事になった。裁判官の1人であるインドのパール判事は出された訴訟結果に於いて結果が過度であるとして反対意見を出したが、1952年にアメリカの占領が終了後に日本は合意書に署名し、その判決と判決を受け入れた。政府の陰謀により20万人もの女性を性奴隷にしたと思しき出来事が、(日本を裁くための)裁判官が、これほど重要な出来事を見落とすとは到底考えられない。

The issue of the army brothels was investigated by the American authorities. Declassified documents show that the conclusion was that in most cases they employed paid prostitutes. Again, there was no sex slave conspiracy uncovered.

(日本)軍慰安所の問題は米国当局によって調査された。機密解除文書によると、ほとんどの場合、日本軍は娼婦を雇ったという結論が出ています。そう、性奴隷という陰謀は見出されなかった。

So far, the proponents of the movement have failed to produce convincing documents about the sex slave conspiracy. Even the documents presented to UNESCO in the submission are kept secret by the organization and the applicants. In 1993, the Japanese government, in the so-called “Kono Statement,” confirmed the existence of the wartime army brothels, but that was nothing different from the information collected by the Americans on the issue. There is nothing good in the existence of such establishments, but that is far from the claim of causing another Holocaust.

これまでのところ、運動の支持者は性奴隷の陰謀について説得力のある文書を提出していない。記録遺産提出時にユネスコに提出した文書でさえ、ユネスコと申請者によって秘密にされています。 1993年、日本政府は、いわゆる「河野談話」で、戦時中の軍の売春宿の存在を認めましたが、それはアメリカ人が収集した情報とは何の相違もなかった。慰安所という施設の存在が良いものであるとは言えないが、それは(イスラエル・ホロコーストとは)別のホロコーストを引き起こしたという主張からは程遠い。

Despite the lack of evidence about mass atrocities, the applicants still insist in section 3.4 that a Holocaust has taken place:

申請者は、大量虐殺の証拠がないにもかかわらず、3.4節でホロコーストが行われていると主張している。  (抜粋)

ネットの中で結構拡散されているものですが、もう少しこの記事の言わんとしている事を補足させてください。

日本のメディアは書きませんが、ユネスコ分担金を払っていない国は少なくありません。そのうちの一つがイスラエルです。ユネスコ分担金はUNの定める分担率に準じていると言いますが、そもそもUNの計算法自体が相当なバイアスがかかっていて、例えば、IMFが予想する今年の世界の名目GDPに占める日本の名目GDPは5.5%ですが、実際のUN分担率は9.68%と4%以上も多い1億0234万ドルもの負担増を強いられています。

そんな、言いなり状態で金だけ拠出させられているにもかかわらず、思想が偏った一部の人たちのために、イスラエル・ホロコーストが売春婦と同一化され、その被害を矮小化される事に耐えられないユダヤ人の悲痛な叫びがこの記事の本質であって、日本を擁護しようという趣旨ではないのです。

擁護するためのものではないからこそ、そこには説得力があり読むものの心を鷲掴みするのですね。


東京裁判ではパール判事だけが日本側に立ってくれた、と思っている人がいますが、それは大間違いです。例えば、オランダのレーリング判事はナチスドイツに比べて日本に対する量刑は重すぎるとし、フランスのベルナール判事に至っては一堂に会して協議したことがない(適正な判決ではない)とさえ言っています。そんな、主にマッカーサーの個人的恨みが積もった日本を貶めるための判決を可笑しいと思った人は少なくないのですが、昭和天皇陛下の命と日本という国を守るために異常な判決を日本は受け入れたのです。

その、日本を貶めるために調査を尽くし、自国の悪事を棚に上げてまで作り上げた東京裁判。その中にでさえ、慰安婦は戦時犯罪ではないという判断が間接的にされていたのですね。アメリカは慰安婦を相当調べていた。しかし、それを俎上に乗せなかったのは戦時犯罪では捌けないという判断が日本憎しのマッカーサーにでさえ思わせたのです。

ご存知のように、南朝鮮は現在に至るまで、説得力のある史料を提示してきた事は一度もありません。アメリカで行われた裁判にでさえ資料を提出できずに棄却されました。

ここでは省きましたが、仮に日本軍慰安婦がホロコーストであるなら、中国が行なった120万人にも及ぶチベット人の虐殺や数万人にも及びチベット女性に対する陵辱、そしてベトナム戦争における南朝鮮軍による(50万人にも及ぶ)ベトナム人女性への暴虐と陵辱は、日本軍慰安婦以上にホロコーストに近いとまで書いています。


まとめると、調査をし尽くしたアメリカ軍でさえ慰安婦は戦争犯罪として認めることができず、当事国の中南でさえ証拠を出せず、また、中南の行なった陵辱行為の方がホロコーストに相応しいという、金田真っ青の論法で「慰安婦 = ホロコースト(性奴隷)」を真っ向からブッタ斬りしているのがこの文書なのです。

嬉しいですね。


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【コラム】慰安婦米集団訴訟のカタルシス、罪作りな韓国世論 (2016.8.11 朝鮮日報)


昨年7月、聞くだけでせいせいするような訴訟が米国の裁判所で起こされた。第2次大戦当時の旧日本軍の慰安婦をめぐり、加害者らに賠償を求める集団訴訟だった。被告のリストには天皇や安倍晋三首相をはじめとする日本のトップの人物、慰安所の設置に協力した三菱など日本の大企業20社ほどが網羅されていた。リストに掲載された日本政界の最高責任者や戦犯企業の名前を見て、多くの韓国国民が、慰安婦問題が一気に解決するのではないかと期待に胸を膨らませ、カタルシスさえ感じた。

結局、サンフランシスコ連邦地裁のウィリアム・エルサップ裁判官は、訴訟が始まってから1年もたたない今年6月21日、元慰安婦らの訴えを全て棄却した。敗訴も残念なことだが、判決文を読むと怒りさえ覚えた。「原告が多大な苦痛を味わったという点は認められるが、裁判所は原告らが主張を裏付ける資料を提出するよう、数回にわたり機会を与えたにもかかわらず、資料を提出しなかった。裁判所はこれ以上、原告の主張について議論できない状況となった」。原告側の弁護士に対する叱責(しっせき)のように感じられる内容だった。エルサップ裁判官は昨年末、三菱やトヨタ、日産など日本企業7社について「公訴時効が成立した」との結論を下し、原告側の弁護士には「12月までに訴状を修正して提出するように」と求めたが、修正された訴状が提出されることはなかったという。  (抜粋)

ようやく取り上げたんですね、という記事です。

昨年、この訴訟を起こした際に金田は「お嬢様就任直後なら流れは南朝鮮側に傾いていたのでしょうが、今は完全とは言いませんが日本側に傾いている。」と書いた通りになったので、金田はあまり記事にしたいとは思わなかったのですね。

産経新聞ですら非常に淡々とした短い記事しか配信しなかったのですから、予想通りとしか言いようがない結果だったワケです。


さて、今回取り上げたのは今までの記事に出てこなかった内容が含まれているのです。それが、

>裁判所は原告らが主張を裏付ける資料を提出するよう、数回にわたり機会を与えたにもかかわらず、資料を提出しなかった。裁判所はこれ以上、原告の主張について議論できない状況となった

の部分ですね。で、その彼らの主張というのは例えば以下のようなものです。


Japan took approximately 400,000 young women and girls as young as thirteen, with the majority of them from Korea, China, the Philippines, and Indonesia (then Dutch East Indies), and forced them into sexual servitude for Japanese soldiers throughout the Pacific theater. These women “served” anywhere from 5-60 soldiers a day, resulting in an estimated fatality rate of up to 90%, compared to 27% of front line Japanese combatant soldiers.
13歳?
40万人?
1日に5人から60人?
90%の死亡率?
こんなウソばかり並べるから資料を提出できなかったのです。これでアメリカでは2度と慰安婦訴訟はできなくなります。

民団のKさ~ん!覚えていますか?去年、金田に言ったセリフ。もう一度断言してあげましょう。私たちは慰安婦問題において何一つ資料を出す事はできません。何故なら、そのほとんどがウソで塗り固められているからです。


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