在日朝鮮人から見た韓国の新聞

韓国の新聞を新米帰化人の目から見て、韓国で報道されている内容の中から気になることやウラ読みについて書き綴っていきたいと思います。

タグ:国民徴用令

「産業革命遺産」施設で強制労働被害1516人=韓国政府 (2015.6.17 朝鮮日報)


【ソウル聯合ニュース】日本政府が世界文化遺産登録を目指す「明治日本の産業革命遺産」の全23施設のうち長崎市・端島炭鉱(軍艦島)など7カ所で、日本による植民地時代に1516人の朝鮮人が強制労働を強いられていたことが確認された。韓国政府機関の「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者ら支援委員会」が17日、明らかにした。

委員会は2005~2008年に受け付けた国内外の強制連行被害の申し立てについて事実確認や書類分析などを行い、被害者を集計した。(抜粋)


復習です。
国民徴用令による朝鮮半島における戦時徴用は1944年9月から1945年3月までの7か月間。これは日本の方も含めて私たちは知っておかなければいけませんね。

また、「在日朝鮮人の渡来および引揚げに関する経緯、とくに戦時中の徴用労務者について」という外務省資料には、


1939年末現在日本内地に居住していた朝鮮人の総数は約100万人であつたが、1945年終戦直前にはその数は約200万人に達していた。

そして、この間に増加した約100万人のうち、約70万人は自から内地に職を求めてきた個別渡航と出生による自然増加によるのであり、残りの30万人の大部分は工鉱業、土木事業等による募集に応じて自由契約にもとづき内地に渡来したものであり、国民徴用令により導入されたいわゆる徴用労務者の数はごく少部分である。
しかしてかれらに対しては、当時、所定の賃金等が支払われている。

元来国民徴用令は朝鮮人(当時はもちろん日本国民であつた)のみに限らず、日本国民全般を対象としたものであり、日本内地ではすでに1939年7月に施行されたが、朝鮮への適用は、できる限り差し控え、ようやく1944年9月に至つて、はじめて、朝鮮から内地へ送り出される労務者について実施された。

さて、基本的な部分はここまでにして、もう一つ、知っておいて欲しいことがあります。それは徴用の動員令状である徴用令、いわゆる「白紙」の存在です。ここまで、多くの裁判が行われてきましたが、この「白紙」の存在が出てきたことがありません。ちなみに、この徴用令書を徴用令と書くのは共産系が多いように思うんですね。そこまでして強制性を演出したいんでしょうか。

脱線してしまいましたが、確認できる裁判資料に中に、彼らがこれら令書を提出した記録が見当たらないのは不思議ですね。ついでに、「アジア太平洋戦争犠牲者韓国遺族会」のサイトをみると類似のサイトに良く見られる資料集すらないなんて、これまた不思議。


南朝鮮がどういった史料を基にしたのか不明ですが、その史料を開示すれば良いだけなのになぜ出さないか。それは出した瞬間に論破されてしまうからです。今回の1516人も恐らく、全員が自由契約者なんだろうな、と金田は思っています。


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韓日、朝鮮人徴用現場「軍艦島」世界遺産登録めぐる両国間協議開催 (2015.5.9 ハンギョレ)


韓国と日本が、朝鮮人強制徴用現場を含む日本の産業施設のユネスコ世界遺産登録の問題を議論する初めての両国間協議が22日、東京で開かれる。

ユネスコ世界遺産委員会傘下の民間諮問機関である国際記念物遺跡会議(ICOMOS)は最近、日本が申請した23カ所の近代産業施設について「登録勧告」の決定を下しており、6月28日から7月8日までにドイツのボンで開かれる第39回世界遺産委員会で最終登録が決定される。

政府は、このうち、いわゆる「軍艦島」など7カ所が日本植民地時代に朝鮮人が強制徴用された現場であるという点で問題にしている。これらの施設には5万7900人の韓国人が強制動員され、そのうち94人が動員中に死亡した。政府は、当該施設の登録自体を防げなくても、いかなる形であれ、強制徴用について韓国の立場が反映されなければならないという姿勢だ。政府は、これらの施設が登録される場合、関連報告書に朝鮮人強制徴用があったという記述を入れるか、または関連施設に強制徴用記念碑を設置するなど、多角的の代案を検討していることが分かった。

韓日は、今回の両国協議をはじめ、世界遺産委員会の最終決定まで激しい外交戦を繰り広げるものと見られる。日本の菅義偉・官房長官は同日の記者会見で、「あくまでも専門家機関が世界文化遺産にふさわしいと認めて勧告したものであり、韓国が主張するような政治的主張を持ち込むべきではい」と述べた。(抜粋)
20155901
ハンギョレより

なんて私たちってバカなんでしょうか、、、

もし、あなたのお父さんやお爺さんが在命中で徴用経験者であるなら、聞いて欲しい事があります。"徴用"は強制でしたか?と。

国民徴用令による朝鮮系日本人の徴用は、今回の記事のような日本本土へ向かわせるものは1944年9月から1945年3月まで行われたんですね。それでは、この徴用により日本に渡った同胞は何人でしょうか?

昭和35年2月外務省発表集第10号によると「戦時中に徴用労務者としてきたものは245人にすぎないことが明らかとなつた。」とあるんですね。ちなみに、その徴用の仕方はいわゆる斡旋方式で、同胞が同胞を集めて日本に送るという形式だったんですね。

さて、この245人はどこにいたのでしょうか?全員、軍艦島ですか?

ちなみに、軍艦島に働きに来た我が同胞は、ほぼ100%、自由渡航での労働者ですよ(もしかしたら調べ漏れがあって1人くらいはこの245人のうちの一人がいるかもしれないので、ほぼ、としました)。しかも、この245人ですら、強制ではない。

強制徴用、強制動員は「0」なんですよ。


分かるかなぁ。言葉をいくら弄っても「強制」された徴用者はいない。全くの0なんですね。中央日報では「日本人全体を敵にするべきではない」という記事を書きましたが、そろそろ、資料を正しく読み、正しい議論を始めないと、私たちは民族として、国際社会から爪弾きにされてしまいますよ。


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