朝鮮王朝時代の科挙はこんな感じだった? (2017.9.25 朝鮮日報)


23日、ソウルの慶煕宮崇政殿前で開かれた「朝鮮時代科挙制 再現イベント」にて、挙人(科挙の受験者)に扮した人々が試験に取り組んでいるところ。  

「朝鮮時代科挙制 再現イベント」は、与えられた詩題に基づく科文(答案)の作成を原則とし、『世宗実録』133巻に記されている「五礼・嘉礼儀式」のうち「文科殿試儀」に基づいて再現された。「祝平昌冬季五輪大会」という詩題で七言律詩を作るというものだ。

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なぜ、再現イベントなのにスニーカーなのか。あっ、そういえば、スニーカーは南朝鮮起源でしたね。科挙受験なのに黄色い袋を持てるのは、李朝は清よりも上だったという、一般の定説とは違った真史に基づくからで、リュックもまた南朝鮮起源なのですね〜〜〜

歴史を軽視し、形だけしか見る事ができないからこういった風景が見られます。

尚、李朝の科挙は清国とは違い、実際にこういった屋外受験だったようです。これだけの規模の科挙ができていたハズがないのですが(科挙を受けられる身分が決まっていたから)、それでも一定の人間を集めて一斉に試験を行える建物自体がほとんどなかったのです。それ故に、屋外受験となっていたみたいですが、、、


七言律詩。彼らは書けたのでしょうか?漢字をまともに書ける南朝鮮人の割合はおよそ1万人に1人。大学院生ですら読むのもたどたどしいと言うのに。今日、日本は人名漢字が1文字追加されて2999字になりましたが、南朝鮮で使用できる人名漢字はどれだけあるかというと、8142文字。読めないけど、名前には使ってしまう、という人が多くて、結果として子供は自分の名前の漢字なのに読めない、書けない、という人がたっくさんいるのです。


そんな彼らが書いた七言律詩、是非とも読んでみたいものです。


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