金木書店では、平成24年1月から「金木書店だより」を1か月に1号を目標に作り、お店に置いています。
その7号をご覧になったお客様から、第8号のお題をいただきました。
お題は、「埼玉県民の郷土愛について」です。
私(金木書店の妻)なりに考え書いてみました。
 夫婦ともに、埼玉生まれ、埼玉育ちです。
私が川越で生まれて6年間過ごした以外は、2人とも、ず~っと浦和在住です。
埼玉は全国的な観光地はなく、
花の都・首都東京あっての埼玉県かと思います。
なので、埼玉県=準東京隣東京、好東京、夢東京かと思います。

埼玉は特徴はありませんが、誰かの造語の「ダさいたま」はナンセンスです。

私のまわりでの「埼玉が燃えた時」を書いてみます。

 ①東京オリンピック(昭39)
戸田がボート競技、大宮がサッカー予選の会場になりました。
中山道は、五輪のマークがあらゆる所にかかげられ、子供ながら心が躍りました。
聖火リレーも中山道を通ったように思います。
 ②埼玉国体(昭42
その3年後、上尾をメイン会場にして「埼玉国体」が行われました。

私は小6で、「埼玉県歌」と「若い力」を良く歌いました。今でも歌詞を見ないで歌えます。
ワクワクする、そういう盛り上がりが、
その頃の埼玉(昭3942)にあったと思います。  
5
歳上の夫は高2で埼玉国体を迎え、開会式のマスゲームに出場したそうです。
そのため高12の 体育の授業は、その練習ばかりで埼玉国体はあまり良い思い出ではないようです。
 ③浦和市立高校の野球が夏の甲子園でベスト4(昭63)
夫の母校であり、地元浦和の公立高校の快進撃に私たちは大感動・大熱狂でした。
夫は3回戦・準々決勝・準決勝を甲子園の隣県に連泊して大声援! 校歌を大合唱したそうです。
補足しますと、夫は1回戦の応援にも行きました。雨天順延のため一旦帰り、
再度1回戦(対佐賀商業)の応援に行きました。
2回戦の常総学院戦は家族で千葉県の海の宿でテレビ観戦しました。
私はまだ子供が小さかったので甲子園には行けませんでした。

皆さん、「埼玉県歌」を歌えますか?
今年1月から埼玉県庁の代表電話の保留音になったそうです。(浦和一女生60名の合唱)