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金子勝ブログ

慶應義塾大学経済学部教授金子勝のオフィシャルブログです。

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ポイント・オブ・ノーリターン

1.アベノミクスは失敗している

 

異次元の金融緩和をはじめとするアベノミクスは明らかに失敗しています。これが民主党政権だったら、メディアから袋だたきにされているはずです。

 

2013年4月に、消費者物価上昇率2%、名目経済成長率3%以上という目標を掲げて異次元の金融緩和が始まりましたが、2月の消費者物価上昇率は、消費税増税の影響分を除くと、ゼロ%にまで落ちてきました。デフレ経済への逆戻りが懸念されています。

 

いくつかの経済指標を見てみましょう。

 

今年2月の家計消費は11ヶ月連続のマイナスでした。耐久消費財の減少も続いています。自動車販売台数も住宅新規着工数も12ヶ月連続マイナスです。実際、4月の世論調査(朝日新聞)でも「景気回復の実感がない」が75%を占めています。

 

格差の拡大も進んでいます。株価が1万9千円を超える一方で、再び貧困の拡大が起き始めているからです。2015年1月の生活保護世帯は約162万世帯、受給者数も約217万人と過去最高になりました。さらに4月以降は、高齢者では、年金のマクロスライド方式の適用、あるいは年金保険料引上げと支給額の削減が続いています。

 

一方、全国1741市区町村の納税者1人当たりの年間平均所得を見ると、アベノミクスが始まった2013年以降ジニ係数が上昇して、地域間の所得格差が拡大しています。アベノミクスがもたらす株高や不動産価格上昇の恩恵が、大都市の一部自治体に集中しているためだと言われています。

 

たしかに、15年3月末の大手企業の決算では史上最高益を記録しましたが、その利益が従業員や下請け企業にしたたり落ちていくトリクルダウンは起きていません。

 

昨年度は、株主配当が9兆4600億円、自社株買いが3兆3600億円で、株主還元の総額は12兆8000億円になります。一方、実質賃金は22ヶ月連続マイナスになっています。金融資本主義の下では、トリクルダウンは起きず、大企業は利益を賃金に回さずに株主に回すことになってしまい、格差の拡大を招いているのです。

 

2.官製相場と株高の意味

2015年4月の統一地方選を前に、日経平均株価は1万9千円台に乗せました。

この株高の背景には、GPIF年金積立金管理運用独立行政法人)の株式購入があります。2014年末時点ですでにGPIFが持つ株式は27.4兆円、3つの共済年金も3.6兆円で30兆円を超えていましたが、昨年10月末以降さらに株式運用比率を増大させる方針を決めました。

 

日銀も2013年以降、ETF(指数連動型上場投資信託受益権)を累計で2兆8800億円あまりも購入しています。

 

株式市場は、政府や日銀が介入して株価をつり上げる官製相場になっています。

 

このような多額の年金積立金の株式運用は、異次元の金融緩和の失敗と深い関係があります。

 

ひとつは、長期金利の異常な低さが長く続くと、130兆円あまりの年金の積立金の運用益は上がりません。実際、10年ものの国債の利回りは、0.3%~0.4%の低さです。そこで株式運用を増やすことで、5%以上の運用益を上げて帳尻合わせをしようとしているのです。

 

もうひとつは、金融緩和がもたらす円安は、日本株に投資する外国人投資家にとっては株安になります。それゆえ円安に見合って株価を上昇させないと、外国人投資家が逃げて、株価が暴落してしまいます。

 

このようにアベノミクスが失敗しても、失敗を認めずに異常な金融緩和を続けざるをえないがゆえに、泥沼のような年金基金や日銀資金の注入を招いているのです。

 

株価と内閣支持率は連動します。つまり株価が上昇すれば内閣支持率が高くなる傾向があるために、選挙の時に年金や日銀による株式購入がひどくなっている点が問題です。

 

2014年12月の総選挙前を思い出してみましょう。

 

同年1031日に、前夜に米国の株価が221ドル上昇したのを受け、政府はGPIFで年金の株式運用を倍にするニュースを流し、年金積立金が国債から株式にシフトすると国債価格が下落するので、日銀はそれに合わせて追加的金融緩和策を打ちました。政治とカネ、経済指標の落ち込みで安倍政権が苦しい状況で打った株価つり上げ策は、「効果」を上げました。

 

1031日の株価は755円上昇。為替レートも112円につける円安になりました。さらに114日も、株価は大幅な株価上昇で、株価は17千円を超えました。円も114円まで下落しました。そして総選挙を迎えたのです。

 

いま統一地方選挙で同じ状況が生まれています。

 

安倍政権になってから、このように国民の財産である年金を自らの政治的支持をつなぎとめるために利用する姿勢が顕著になっています。そもそもこうした株価をつり上げ策は、年金を使い国民の財産をリスクにさらし、日銀は独立性を失って出口を失うという問題があります。株価が下落した場合、年金積立金に大きな損失をもたらすことになるからです。しかもGPIFの運用は、合議制でなく理事長専決の不透明な運営の下で決められているから、政権が勝手に国民の財産を「ギャンブル」的に使えるのです。

 

現在、安倍政権は、統一地方選のために株価のつり上げや財政出動を繰り返していますが、デフレ経済へ逆戻りする危険性が高まっています。このままでは、おそらく10月消費税増税を実施するのは困難に陥るでしょう。安倍政権は再び昨年12月の総選挙時の公約を破る可能性が高まっています。それはアベノミクスの失敗をよりはっきりさせてしまいます。

 

だからメディア圧力を加えてアベノミクス批判の封じ込めに必死なのです。そしてインフレターゲット論をとる安倍政権は、物価目標のコントロールには失敗していますが、メディアのコントロールには「成功」しています。

 

3.行き着くところまで行くしかないのか

 

これまで見てきたように、すでに2年間でベースマネーを2倍の270兆円にする異次元の金融緩和が行われたにもかかわらず、リフレ政策は、物価目標をはじめとする当初の目標を達成できていません。そして、ゼロ金利状況が長く続いて金利機能は麻痺し、さらに国債市場も株式市場も官製相場になり、金融市場の麻痺状況は一層進行しています。

 

こうした状況の下で、4月8日に日銀はさらに80兆円の追加金融緩和決めました。このような政策を継続することは果たして正しいのでしょうか。

 

肺炎なのに、風邪薬を飲んでも効かないから、もっと大量の風邪薬を飲めば治ると言っているかのようです。

 

まず日銀の当座預金勘定は200兆円を超えており、「第1の矢」の異次元の金融緩和で供給したマネーは銀行の手元に貯まりこんでいます。そのため景気を支えるには、「第2の矢」である財政出動を続けるしかありません。実際、商品券・サービス券や公共事業のバラマキを含んだ3兆円の補正予算に加えて、2015年度予算は96.3兆円と史上最大規模になりました。

 

結局のところ、異次元の金融緩和政策は、財政出動を行うために、ひたすら赤字国債を買い支える政策に陥ってきています。

 

このまま日銀が長期国債を買い続けると、日銀は最大の国債所有者になっていきます。実際、日銀の国債保有高は2013年3月に125兆円でしたが、14年3月に198兆円、今年3月には266兆円と、140兆円も増加しています。さらに、80兆円の金融緩和をやれば、早晩、日銀の保有する国債は300兆円を超えるでしょう。

 

日銀が最大の国債保有者になると、財政規律は大きく損なわれてしまいます。極端に言うと、政府が日銀の国債の利払い費を支払うと同時に、その分を日銀に日銀納付金として納めさせれば、政府は利払い費を払わずに、また国内貯蓄の制約を受けずに、国債を発行し続けることができます。実際に、安倍首相の3月10日付け国会答弁書によれば、最近の国債はなんと3分の2(62-77%)を日銀が実質的に引き受けている状態です。

 

日銀が最大の国債所有者になれば、もはや金融緩和政策は出口を失ってしまうでしょう。日銀が国債買い入れを止めれば、たちまち国債価格は下落し長期金利が上昇してしまうからです。

 

金利の上昇は、政府にとって国債費を膨張させ、民間では設備投資や住宅投資などを抑制します。それゆえ、日銀は国債を永遠に買い続けなければならなくなっていくのです。

 

行き着くところまで行け、あとは知らない、です。

 

こうした状況は第2次大戦中を連想させます。

 

1100兆円、GDPの2倍にも及ぶ財政赤字は、第2次大戦中の水準に匹敵します。そして、この巨額の財政赤字を解消したのは終戦直後のハイパーインフレです。戦争や災害などによって供給上のネックが現れるとき、ハイパーインフレが起きます。しかし、ハイパーインフレはすぐに起こるわけではありません。

 

だからといって、財政金融政策を麻酔薬のように打ち続けても、日本経済の体力は弱っていき、やがては破綻に向かうしかなくなります。そのときでは遅すぎます。経済を再生するには、産業と雇用という体力を回復しなければなりません。そのために必要となるのは、地域に産業と雇用を作り出す産業戦略です。

 

4.地域に雇用を作り出す産業戦略を

 

今も依然として、終末論や消滅論が流行っていますが、意識的か無意識的かは別にして、これではまるで他人事のようで「何をしても仕方ない」「諦めろ」と言っているのと同じです。他方、IターンUターンを奪い合い、個別地域の生き残り競争を煽っても、日本の未来は切り開けません。

 

現状の閉塞感を打破するためには、歴史的転換期=危機を通じた資本主義の変化を分析する枠組みを革新し、新しい歴史認識に基づいて、地域分散ネットワーク型の産業と社会システムの未来を切り開くしかないのです。

 

ICTや蓄電技術を使った再生可能エネルギーという分散型エネルギーへの転換ための電力システム改革、6次産業化とエネルギー兼業農家、財源と権限の分権化による地域の医療・介護のネットワーク化=真の「包括ケア」などを突破口に、地域に産業と雇用を作り出すと同時に、地域の民主主義のシステムを創出するのです。

 

そのために重要になるのは、自由と平等と多様性を保障する制度やルールの「共有」という戦略なのです。

 

*現状を分析する新たな歴史認識の枠組みについて書いた、拙著『資本主義の克服 「共有論」で社会を変える』(集英社新書)を読んでいただければ幸いです。



 

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社会はどう壊れていて、いかに取り戻すか

20141214日に衆議院選挙がありました。

投票率は戦後最低の52.66%。

自民党の得票率は48%で、有権者のわすか25%の支持で議席の76%を独占しました。

 

総選挙中、「アベノミクス」という「ワンフレーズ」が繰り返されましたが、小泉政権の時のような「熱狂」もないまま、自公両党は憲法改悪が可能な326議席を獲得したのです。

しかも若者の投票率は30%前後にすぎません。

明らかに政治は若者に見捨てられています。

このことだけを見ても、この結果が「未来のない選択」であったことを示しています。

 

過去の歴史を振り返って考えると、「静かなファショ」の時代に入ったのかもしれません。

人々は、議会制民主主義にほとんど期待しなくなりました。

今後は、特定秘密保護法をバックにして、これまで以上に、直接間接にメディアへの言論抑制が行われるでしょう。

それでも、多くの人々は、この愚かな選択に自ら気づくことになると思います。

 

「アベノミクス」の下で、膨大なマネー供給によって物価上昇期待を上げれば、消費が増えるとしてきましたが、2013年半ばから一貫して実質賃金が下がり続け、家計消費が減少を続けているからです。皮肉なことに、消費が増えたのは消費税増税前の駆け込み需要だけです。インフレターゲット論の「理論」が正しくて現実が間違っていることはないのです。

 

たしかに異次元の金融緩和は株高をもたらしました。しかし、潤うのは一部大企業と富裕層だけです。

今後は、原発再稼働と再エネ妨害によって、エネルギーや産業構造の転換は遅れて、日本企業の国際競争力はますます落ち、「岩盤規制」を壊すという名の下に雇用や社会保障が破壊されて、猛烈な格差社会が訪れることが想定されます。

金融緩和と「構造改革」の組み合わせが最も格差を拡大させるのです。

必要なのは、大転換期にふさわしい産業構造の転換――集中メインフレーム型から地域分散ネットワーク型へ――を一気に促す産業政策(雇用創出)ですが、それもありません。

小泉「構造改革」の時と同じです。

このままでは痛みだけがやってきて、日本は「失われた30年」になります。

 

しかし、こうした動きを反転するには、私たちの思考そのものを革新していかないといけません。

201412月に上梓した『社会はどう壊れていて、いかに取り戻すのか』(同友館)は、そのささやかな試みです。政策的オルタナティブとして書いた『儲かる農業論 エネエルギー兼業農家』(集英社新書)と合わせて、ご一読いただければ幸いです。

 

『社会はどう壊れていて、いかに取り戻すのか』の前文(はしがき)を掲載します。

 

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「いま世界は混沌としている。

それをどう認識し、どう立ち向かったらよいのだろうか。

 

ひょっとすると、私たちは古い「常識」に縛られて、重大な見落としをしているかもしれない。あるいは根本的に誤った思考を繰り返しているかもしれない。そして「正しい」とされている考え方が、実は時代の閉塞をもたらしているのかもしれない。それは体制を擁護する側だけでなく、体制を批判するリベラル派や左派にも当てはまりうる。こうした状況は、時代の転換期にはよく起こることである。本書に「社会はどう壊れていて、いかに取り戻すのか」という書名をつけたのは、自省を込めてこういう反省から出発したいがゆえである。

 

実際、1980年代以降、世界の資本主義は大きく変質した。先進諸国の景気循環をよく観察してみれば、経済学のテキストが想定していないバブルとバブルの崩壊を繰り返すものに変質している。そしてグローバリズムに基づく金融資本主義とでも呼ぶべき現象は、2008915日のリーマン・ショックに行き着いた。バブルの崩壊は、巨額の不良債権を産み落とす。そして会計粉飾を横行させ、政府や中央銀行による救済を恒常化させる。その結果、いまや米日欧の中央銀行の政策金利はほぼゼロになり、「異次元」「異例」「非伝統的」といった形容のもとに、未曾有の量的金融緩和政策が実行されている。金利がゼロで、世界中マネーであふれている状況は、近代資本主義の歴史にはなかったことである。

 

それは市場が実は自律性を有しておらず、制度や信頼なしに成り立ちえないことを白日の下にさらす。制度や信頼が崩れ、メガバンクや経済界の中枢企業の経営責任を問えないままズルズルと救済を続けていくと、中長期的に産業構造の転換が妨げられていき、長期停滞から脱することはできなくなる。それは金融分野だけでなく、福島第1原発事故とエネルギー分野にも当てはまることである。

 

グローバリズムに基づく金融資本主義は、新自由主義や新保守主義を横行させるだけなく、政治の手法そのものを変えていく。その中で、格差と貧困は世界中で広がり、人々の生存権を脅かしている。家族や雇用のあり方が大きく変化してしまうと、格差や貧困も多様化し、それにいかに対処していくべきかという問題を引き起こす。他者への想像力が欠如すると、私たちの意識には知らぬうちに「上」から見下ろす思考が浸透していく。たとえば、生活保護をもらって酒を飲むとは何事だといった非難が典型的だが、格差が拡大すると、多くの人にとってストレスの高い社会になり、しかも社会の底辺に追いやられた人々ほどストレスからくる健康格差に苦しめられているのが現実である。 

 

パターナリスティックな福祉国家を否定し、社会的排除を防ぐために「自立支援」という考え方が登場した。しかし実は、「自立支援」は紙一重で「自己責任」論に変わりうる。新自由主義的思考が忍び込み、誰もが「自立した経営者」あるいは「自立すべき経営者」であるという暗黙の前提がいつの間にか入り込むと、「自立支援」はたちまち全く逆の強制や抑圧の装置になりうるからである。丁寧な思考が求められている。

 

一方、格差や貧困が拡大し社会の紐帯が壊れていけばいくほど、ナショナリズムが台頭する。世界は、いまやウクライナ、シリア、ガザ、イラクと、かつて超大国が支配していた東西が接する地域で戦争が引き起こされている。「戦争のある」時代に入っている。その中で、EU議会選挙では極右勢力が台頭し、米国でもキリスト教原理主義がなお根強くはびこっている。日本では、安倍政権が登場し、アベノミクスというスローガンで経済回復への期待を集めながら、集団的自衛権行使容認の閣議決定、武器輸出3原則の見直し、特定秘密保護法の実施とメディアへの公然・非公然の圧力などが起きている。「戦争のできる」国作りが進められ、国民的合意なき原発再稼働や原発輸出が行われようとしている。

 

民主党政権の失敗もあって議会制民主主義は機能麻痺に陥り始め、ナショナリズムはネット右翼というバーチャルな世界から出て「街場」の世界に現れ、ヘイトスピーチに見られる「行動右翼」が生まれている。だが、リベラル派も左派も四分五裂している。恐ろしいほどの古い思考が依然として行き交い、戦後続いてきたさまざまな運動の分裂と弱体化がなおも進んでいる。このような状況を克服するには、どのような思考が必要なのか、真剣に問い直さなければならない地点に立たされている。

 

この本は、これらの諸問題をどのように認識し、どのように立ち向かっていけばいいのかについて考察している。筆者たちは10年間にわたって研究会で議論を重ねてきたが、こうした思考は「狭い空間」を超えて、ひろく街場の議論の中で鍛えられなければならない。本書を上梓することが、民主主義社会実現のきっかけのひとつになれればいいと筆者一同は願っている。

 

金子勝

竹田茂夫

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再び格差拡大が進行する

日銀の量的金融緩和の拡大は何をもたらすか

1031日に、前夜に米国の株価が221ドル上昇したのを受け、政府はGPIFで年金の株式運用を倍にするニュースを流し、日銀は追加的金融緩和策を打ちました。政治とカネ、経済指標の落ち込みで安倍政権が苦しい状況で打った株価つり上げ策は、「効果」を上げました。

 

1031日の株価は755円上昇。為替レートも112円につける円安になりました。さらに114日も、株価は大幅な株価上昇で、株価は一時17千円を超えました。円も114円まで下落しました。

 

そもそもこうした株価をつり上げ策は、年金を使い国民の財産をリスクにさらし、日銀は独立性を失って出口を失うという問題があります。加えて、こうした株価引き上げ策で本格的に経済がどれほど好転するだろうかという問題もあります。

いくつかの現象に着目する必要があります。

 

●ミニバブルのように株価だけ上昇しても、給与が上がらなければ、消費はなかなか増えません。この間、実質賃金は低下しており、実際、9月も家計消費は5.6%も減少しています。円安は輸入物価を押し上げますから、家計消費にとってマイナス要因です。

 

●他方で、円安が進行しても、日本企業の国際競争力低下、工場のアジア移転に伴う逆輸入の増加、原材料の輸入額増加で貿易赤字は改善しません。潤うのは一部輸出企業だけで、むしろ原材料の値上げで中小企業は一層苦しくなります。

 

●より問題なのは、アベノミクスの政策を見ると、格差が一層拡大しかねない点にあります。まず第1の矢である、金融緩和よる株高や大都市中心部の不動産価格の上昇で、大手企業や富裕層が潤います。しかし、その一方で、第3の矢である雇用・医療・介護などの「岩盤規制」を打ち破るという「成長」戦略を実行すれば、格差と貧困を拡大させて、日本の社会は底割れを起こす危険性があります。

 

小泉政権時代がそうだったように、金融緩和政策と「構造改革」の組み合わせは、格差と貧困を拡大するのです。

 

雇用流動化政策は何をもたらすか

今国会に「労働者派遣法改正案」が提出されています。派遣労働者は部署さえ変えれば3年の派遣期間がなくなり、ずっと派遣にとどまるために「生涯派遣法案」と批判され、派遣社員は一生、派遣から抜け出せなくなる可能性が高くなります(もっとも5060代になって派遣では働けませんが)。

 

この法律の恐ろしさは、日本の労働市場全体をブラック化させてしまうことです。

 

いま20代、30代の労働者の3割~4割が〝非正規社員〟と失業者です。彼らの中には不本意ながら非正規になっている人も多く、正社員になりたがっています。ブラック企業の初任給は、表向き年収400万円前後もあり、年収200万円以下の派遣社員にとっては、すぐにでも飛びつきたくなる金額です。

 

しかし、この年収には〝固定残業代〟という形で残業代込みになっているケースが多いのです。そのため、どんなに残業しようと給料は増えません。しかもごく少数しか「選抜」されて上にいけないようになっており、給料のカーブもずっと寝たままです。いわゆる「使い捨て」を前提に給与体系が組み立てられているのです。とくに飲食チェーン、小売り量販店、IT、建設、運輸、レジャーなどのサービス産業において多くのブラック企業が存在し、時には過労死などを引き起こしています。これらのブラック企業では早期の離職率が異常に高くなっています。肉体的にも精神的も、もたないからです。

 

いくつかの潜入ルポルタージュなどを見たり、学生や働いた経験のある者に聞くと、ブラック企業では、夜10時にタイムカードを押し、その後、深夜まで働いてもカウントされなかったり、ある有名な外食チェーンでは、若い店長は、朝5時に店を閉めた後、後片づけとレジ締めをやり、朝9時には昼食の食材が運び込まれるので、店内で仮眠をとって働く状態になっています。また、ある運送会社では、一日では絶対に運びきれない荷物をノルマにされるため、荷物をもって走り、早朝から深夜まで配達を強いられています。

 

ブラック企業にとっては、どんなに社員を酷使しようが、次々と社員が辞めていこうが、正社員になりたがっている派遣社員が数多くいるので、補充はいくらでも利きます。こうして派遣の拡大は、働き方まで壊していくのです。

 

にもかかわらず、政府は「労働者派遣法改正案」を成立させて、さらに派遣を固定化させようとしています。しかも、残業代をゼロにする「ホワイトカラーエグゼンプション」まで導入しようとしています。当面、年収1000万円を超える社員を対象にしますが、第1次安倍内閣で打ち出されていた年収400万円にいずれ引き下げる可能性が高いでしょう。そうなったら、いまブラック企業が行っている過酷な長時間労働はすべて合法化されてしまい、こうした壊れた働き方がさらに多くの企業にまで波及してしまう恐れがあります。

 

社会保障の削減と負担増:消費税増税はどこへ消えた

他方、低所得者に重くかかる消費税増税の実施は、「税と社会保障の一体改革」だったはずなのに、税収アップ分は公共事業と法人税減税に消えてしまい、社会保障の拡充にほとんど結びついていません。

 

むしろ、社会保障のサービス削減と負担増が続いています。いくつかあげてみましょう。

 

●すでに成立した「地域医療・介護総合確保推進法」では、介護施設に入居できるのは要介護3以上の高齢者に限られるようになります。しかも認定が厳しくなっています。また介護報酬の引き下げが検討されていますが、これではただでさえ低賃金の介護従事者はますます減ってしまうでしょう。そのうえ、要支援の訪問介護などは市町村に丸投げしてしまいます。いずれ財政基盤の弱い弱小市町村は、これらの介護サービスを維持できなくなる危険性があります。

 

●すでに介護報酬に組み込まれている入居費について、低所得者には配慮するとしていますが、1万5千円ほどを新たに利用者から徴収するように検討されています。

 

●政府は、75歳以上の高齢者が加入する「後期高齢者医療保険」の保険料の「特例措置」を段階的に廃止する方針を打ち出しています。9割減免されている、年金収入が少ない高齢者にとっては、保険料の減免廃止は生活に大きな打撃となります。

 

●生活保護の住宅扶助の削減も検討されています。

 

●さらに従来、年金の伸びを物価の伸びより低く抑える「マクロ経済スライド」は物価が下落するデフレでは適用されませんでしたが、デフレでも給付を削る方向を打ち出しています。

 

いま高齢者は格差が拡大し、二極化しています。これらの負担増が実施されれば、わずかな年金収入に頼っている高齢者の生活は成り立ちません。すでに問題化している「老後破産」がますます現実味を帯びてきます。

 

これまで述べてきたように、一方で、日銀の金融緩和は、株価と大都市中心部の不動産価格を上昇させます。他方で、円安に伴う輸入物価の上昇と消費税増税が家計を直撃し、雇用流動化と実質賃金の低下は家計消費を縮小させます。こうして格差が再び拡大していきます。

 

アベノミクスという新しい衣をまとっていますが、格差を拡大し国際競争力を低下させた小泉「構造改革」と同じパターンになっていることがわかります。しかも、日銀の金融緩和の規模は「異次元」なので、財政赤字=国債を買い続ける日銀は出口を失っていきます。

 

デフレの正体?

ではデフレを克服するための正しい政策手順とはどうあるべきなのでしょうか。

最近、その手がかりになる、ちょっとした出来事がありました。それは、安倍首相がツイッターで藻谷浩介氏の「人口減少=デフレの正体」という議論を批判したことです。一国の首相が、特定個人を名指しでNHKに出すのはおかしいと言っている部分は言語道断ですが、安倍首相がいう「批判」がすべて間違っているとは言えません。

 

銀行利害関係者は隠したがりますが、日本の「失われた10年」や最近の欧州を見れば分かるように、バブル崩壊に伴う不良債権処理の失敗と急激な信用収縮(貸し渋りや貸しはがし)がもたらす負債デフレ(デッド・デフレーション)がデフレの直接的原因だからです。

 

彼らは、銀行の不良債権問題や銀行もからむ原発=不良債権問題についてふれないか、ふれても正面から論ずるのを避ける傾向があります。この国が行き詰まっている本質的な部分がすっぽり抜け落ちているのです。

 

デフレが起きてきたプロセスについて、問題をきちんと整理しないといけません。

 

    まず経営者も監督官庁も誰も責任をとらずに不良債権を隠すために、バブル崩壊に伴う不良債権処理の失敗が、信用収縮(貸し渋り・貸しはがし)と負債デフレ(デッド・デフレーション)をもたらしました。

    そして、企業は内部留保を増やして設備投資をせずに、雇用の流動化と賃金切り下げを進めました。それによってデフレから抜け出せなくなってしまいました。

    さらに、若者の雇用破壊は少子高齢化・人口減少を加速させ、それに伴う経済の縮小圧力がデフレを一層深めていきました。

 

このように③の人口減少を克服するだけではデフレは止まりません。翻って安倍首相は、この悪循環構造を断ち切るために何をしているかが問われてきます。

では、安倍政権は今何をしているのでしょうか。

 

    90年代と同様に、ゾンビ東電の救済を最優先し、不良債権化した原発の処理を怠り、安全性を無視して再稼働させたり輸出したりしようとしています。そして、地域で投資が伸びている再生可能エネルギーの投資を止めて、産業構造の転換を遅らせようとしています。

    先にみたように、労働者派遣法を改悪して派遣を拡大・固定化させ、実質賃金の低下、ブラック企業化を進めて、働き方さえ壊そうとしています。

    これでは若者は結婚できず、出産もできなくなるために少子高齢化・人口減少を一層加速します。そのうえ、高齢者福祉の切り捨てを行っています。

 

このように①~③は相互に絡み合いながら、日本経済をデフレ状況に追い込んできたのです。そして安倍政権は、結局、これまで失敗してきたのと同じパターンを繰り返しています。そこに最大の問題があります。

 

では、日本経済再生のためには、どうしたらよいのでしょうか。

安倍政権が行っている①~③の政策をそれぞれ覆していくことが必要です。

 

まず何よりも、ゾンビ東電を処理し、福島の環境回復に全力を挙げるとともに、原発=不良債権を処理しながら電力システム改革を急がなければいけません。それによって20世紀の集中メインフレーム型から21世紀の地域分散ネットワーク型の産業構造と社会システムに転換していくことです(昨年121日のブログ記事参照)。これによって地域に雇用を創出しつつ、雇用流動化政策を止めていくのです。

 

内橋克人氏はフード・エネルギー・ケアの頭文字をとってFECと言っていますが、FECから経済を立て直すことが重要です。その際、クラウド・コンピューティングとICTの発達はこれらの分野を一気に先進的・先端的なものに変えてしまう点に注目しなければなりません。地産地消は出発点になりますが、それだけで地域衰退を止めるのは困難です。

 

 エネルギー分野では、地域の中小企業・農業者・市民が出資して、自らの地域資源を活かしてどのような再生可能エネルギーに投資するかを自ら決定し、その売電収入が地域に返ってくるようになります。それは国からもらう補助金ではなく、地域の自立をもたらします。さらに将来の送配電網はスマートグリッドになっていき、発電所、住宅、ビルから町までスマート化が進むでしょう。そして国全体では、送配電網、建物、車や家電製品にいたるまで、スマート化による技術革新をもたらしていくのです。そのためには。原発=不良債権処理を行うとともに、電力システム改革を急がないといけません。

 

農業も儲かるようにしないかぎり、若い担い手が出ていき地域の衰退は止まりません。農村でも、小規模ですが、直売所のPOSシステムがそうであるようにICTによる革新が起きています。やがて直売所のネットワーク化も起きるでしょう。環境や安全という社会的価値を基軸に置きながら小規模農業でも、6次産業化によってやっていけるようになります。近著『儲かる農業論』で書いたように、大規模専業化路線は非現実的です。エネルギー革命とともに、エネルギー兼業農家が生まれてきます。つまり6次産業化+エネルギー兼業農家が新しい農家経営モデルになるのです。もちろん、そのためには電力システム改革が前提となります。

 

福祉の分野でも、中核病院、診療所、介護施設、訪問医療・看護・介護などをネットワークで結びつけ、一人ひとりの利用者にかかりつけ医やケースマネージャーがはりついて、利用者のニーズに合ったサービスを効率的に供給できるようにし、多様で複雑なニーズを支えていかなければなりません。しかし、都市と農村など地域の特性に応じて福祉サービスのニーズが大きく異なります。そこで供給者と利用者、住民が決定に参加して地域の事情に応じた供給体制を組み立てる必要性が生じます。つまり地域分散ネットワーク型への転換は、意思決定を含む社会システムをも大きく変えていくのです。

 

このようにICTの発達によって、FECの分野では消費者のニーズに近い地域単位で決定していく方が優位になってきます。中央から工場を誘致したり、公共事業を引っ張ってきたりするような集中メインフレーム型の産業構造はもはや限界に達しつつあります。新しい技術の発展にしたがって、地域民主主義をベースにした地域分散ネットワーク型に転換していくことで、疲弊した地域経済を再生させていく――まさに国のあり方をも変えていく大胆なビジョンが求められているのです。

 

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