歪む国債市場
日銀の金融緩和政策は、2016年2月にマイナス金利に踏み込みました。しかし、その効果は薄く、むしろ弊害を表面化させています。
まずマイナス金利の影響で、10年満期の国債利回りが低下し、しばしば利回りがマイナスに落ち込む状況になっています。6月16日の円債市場は、10年債利回りは一時マイナス0.208%、20年債利回りは0.103%と過去最低を更新。5年債利回りもマイナス0.29%になりました。
これでは、銀行は国債を持っていても、満期になれば損失が出て利回りでは稼げません。それでは、銀行がなぜ国債を買うのでしょうか。日本銀行がより高い価格で買ってくれるからです。
しかし、日銀はオーバーパー(満期時の額面価格を上回る価格)で国債を買い続けるために、損失をため込んでいくことになります。
一方、銀行が国債を持ち続けても利回りで儲けられないだけでなく、もし国債価格が落ちると、銀行にも損失が生じます。消費税増税を再延期させ、「1億総活躍プラン」にあるような歳出を増加させれば、財政赤字は拡大し、国債価格の下落リスクが膨らんでいきます。
こうした状況の下で、大手銀行の「国債離れ」の動きが表面化してきています。三井住友銀行は、国債の価値低下を見越して国債を売り始めており、三菱東京UFJ銀行は7月には「国債市場特別参加者(プライマリー・ディーラー)」と呼ばれる資格を国に返上すると報じられています。「プライマリー・ディーラー」であれば、財務省と意見交換ができ有利な条件が得られる一方で、国債の発行予定額の4%以上の応札を義務付けられてしまうからです。
さらに、イギリスのEU離脱への懸念や雇用統計の悪化から、6月に入ってアメリカ国債の利回りは低下傾向にありますが、日本はマイナス金利と円高が進んでいるので、日米金利差は保たれ、金融機関は「安全資産」として米国債を買い越しています。3月の財務省の発表によれば、生命保険会社は4兆円も米国債を買い越しています。マイナス金利は資本流出をもたらしています。
もちろん、大手銀行は日本国債の購入を止めるわけではありません。ただし国債価格が上昇しマイナス金利が進んでいかないかぎり、銀行はさらに国債を買う動機を失ってしまいます。
ところが、財政赤字の拡大が止まらないことが明らかになれば、国債価格の下落のリスクは増してきます。そうした状況で、大手銀行の「国債離れ」が進めば、さらに国債価格の下落リスクを高めていきます。
こうした事態に陥るのを防ごうとすると、日銀が自ら損失をため込みながら、より高い国債価格での買取を続けざるをえなくなります。しかし、借換債を含めて毎年170~180兆円に上り、今年も162兆円の国債を発行しますが、吸収できるかどうか。
この1年で日銀の国債保有は30%も増え、3月時点で364兆円と国債残高の3分の1を超えました。他方で、民間金融機関の保有する国債は239兆円で、16.9%も減少しています。このままでは、日銀はますます出口を失っていくことになっていくでしょう。
その中で、海外での投資先がなく、地方経済の疲弊に直面する地方銀行の国債保有額は横ばいで、大手銀行を上回るようになっています。もし国債価格の下落が起きれば、地銀にとって致命傷になりかねない状況にあります。マイナス金利は必ずしも地域経済にプラスの効果をもたらしてはいません。
都心ミニバブルと地域格差
マイナス金利は、他に銀行経営にどのような影響を与えているでしょうか。それによって設備投資や消費が増えているわけではなく、金利の著しい低下が銀行収益を圧迫しています。
とりわけ、人口減少と地域の産業衰退に直面し、貸出先が先細りしている地銀など地域金融機関は経営が苦しくなっており、合併、提携が相次いでいます。この間、茨城の常陽銀行と栃木の足利銀行、神奈川の横浜銀行と東京の東日本銀行、千葉の千葉銀行と埼玉の武蔵野銀行、ふくおかフィナンシャルグループ(福岡銀行、親和銀行、熊本銀行)と長崎の十八銀行、熊本の肥後銀行と鹿児島の鹿児島銀行など、地方銀行の合併や提携が相次いでいます。マイナス金利は、地域経済と地域金融を縮小させているだけです。
この間、金融緩和政策によって企業の内部留保が水膨れするばかりで、必ずしも設備投資など借り入れ需要が増えておりません。そんな中で、銀行は不動産融資に傾斜してきています。昨年(2015年)の不動産融資は10兆6千億円と、26年ぶり(バブル末期以来)の水準に達しました。
さらにマイナス金利導入以降、REIT(不動産投資信託)の価格が上昇をしています。株価が低迷しているのとは対照的です。
不動産投資は大都市圏に著しく偏っています。最初は都心3区(千代田区、中央区、港区)の商業地が突出していましたが、次第に大坂、名古屋の商業地へと移り、いまは地方中核都市に広がっています。表から国土交通省の公示地価の動向を見ると、16年1月には東京圏は2・7%、大阪圏は3・3%、名古屋圏は2・7%、地方中核都市も5・7%と、都心商業地の地価上昇率が突出しています。その一方で、3大都市圏を除くと、住宅地、商業地、工業地とも地価は下落傾向にあります。起きているのは、局所的な都心ミニバブルといってよいでしょう。
こうした現象は所得格差にも反映しています。市区町村の納税データで見ると、2013年に平均所得が一番高い東京・港区は1200万円を超える一方で、一番低い熊本県のある村(球磨村)は200万円を割っています。6倍以上も開いてきています。
都市を破壊する
こうした都心ミニバブルは格差を広げるだけでなく、将来的に、町そのものをも破壊しかねない面を持っています。都心のタワーマンションは外国人を含めて投資対象になっており、将来、住民合意を形成して建て替えるのが困難になる危険性があります。
一方、家族を形成して郊外に戸建て住宅を建てるという流れが減り、単身者が増加して、職住接近で都心回帰を強めているために、都市郊外で空き家が増加しています。
全国の空き家率は13・5%ですが、東京でも11%を超えています。
空き家は壊すと固定資産税が増加するので放置され、しかも持ち主はそこに住んでいないので、町は動きがとれなくなり、さびれていくままになっていきます。農村部でも人口減少によって耕作放棄地や空き家問題が発生していますが、都市そのものが、しだいに破壊されようとしているのです。
もちろん、こうした都心ミニバブルは人口減少社会では永続しないでしょう。実際、マンション価格やオフィス賃貸価格の上昇は、そろそろ限界に近づいています。せいぜいもっても東京オリンピックまでだと考えられます。
のど元過ぎれば暑さも忘れる、と言います。実体がないバブル経済はその崩壊が何をもたらすかは、1990年代以降に経験したことです。いまは地域に雇用を創り出す産業をいかに創っていくかをめぐって議論すべき時です。
私は、地域の資源や人間に根ざしたエネルギー転換、農業、福祉などを軸に、ICT,IoTといった情報通信技術を利用した分散ネットワーク型の産業と社会システムを作るべきだと言ってきました。そこから省エネと建物の更新、車などの耐久消費税などイノベーションを導いていき、投資と需要の波を作っていくのです。アベノミクスのように、いくら金融緩和政策でシャブ漬けにしても、日本経済の体力を弱らせていくだけです。産業のビジョンを真面目に考えなければ、日本経済の衰退を食い止められないでしょう。