どうもブタクサの花粉なのか、鼻と目が痛むのでマスクをしていたら、「おまえも口蹄疫がうつったのか?」と言われました。

おい、おい、俺は牛豚ではないぞ~。うつるわけないだろ~。

でも、私が、ひどいギャフン症(花粉症)であることを信じられないのはわかります。いろいろと叩かれても、あまり痛みを感じない「歩くサンドバック」なので、細やかな神経もデリカシーもないように見えますからね。ということで、家畜扱いされている私です。



さて口蹄疫問題は、予想通り初動の遅れから、深刻な被害に及んでしまいました。いろいろと聞いていると、地元でも、とくに一所懸命飼育してきた牛豚を処分せざるをえない畜産農家は大変を通り越して悲惨になっています。たしかに口蹄疫自体は人には感染しませんが、口蹄疫のウィルスの感染力は非常に強く、人もウィルスを運ぶ可能性があるので、学校も商店もみな機能不全になっているようです。

以前ツイッターでも少し書きましたが、残酷だけれど、早い段階で口蹄疫にかかった牛豚が出た周囲の牛を全頭処分していれば、問題は早く収束していたはずです。少なくとも種牛のある高鍋町に及ぶまでに、迅速に全頭処分を行っておれば、これほどにまでに産地被害がひどくならなかったでしょう。

もちろん、こうした措置をとるには、公的資金を投入して3年間ほど農家の所得を補償することが必要になります。ですが、私有財産である牛豚をいきなり強制処分することはできません。そこで、半径一〇キロの牛豚を強制処分ができるようにするために、議員立法が必要になります。5月末になって、ようやくこの特別立法が成立しました。

ここでの問題は、やがて流行性感冒がおさまるように、当初、口蹄疫にかかった牛だけを殺処分していれば、事態が沈静すると考えたことです。口蹄疫の具体的症状が目に見える形になった場合だけ殺処分をしていると、なぜ事態がひどくなってしまうのでしょうか。

何よりウィルスは目に見えず、口蹄疫に感染している牛かどうか見分けがつかない点が重要なポイントです。これは「見えない病」なのです。それゆえ明確に感染した牛だけを処分しているだけだと、ウィルスが根絶されないまま放置されることになります。それでは、いつまでたっても口蹄疫は治まらず、つぎつぎと感染地域が広がってしまい、被害も対策費用も巨額に嵩んでしまうことになるのです。

かつてのBSE問題も、この「見えない病」というリスクに直面しました。BSEにかかった牛には異常プリオンが発生し、脳が海綿(スポンジ)状になることは知られています。しかし異常プリオンは変異したタンパク質ですから、それ自体がウィルスのように感染するとはなかなか考えにくい面があります。ともあれ異常プリオンが原因か結果かは別にしても、少なくとも異常プリオンが発生した牛はBSEになっていることは確かなので、餌に混ぜる肉骨粉についてトレーサビリティ・システムをたどり、同じ肉骨粉を食べた牛をすべて殺処分せざるをえなくなります。そうしないと、被害の拡大を止められないのです。

リスク社会では、この「見えない病」をいかに防ぐかが大きな問題となります。これは、実はバブル崩壊と不良債権問題にも共通しています。

私は1998年頃、雑誌の『世界』において共著で、銀行経営者の法的責任を問い、60兆円の公的資金を強制注入すべきだと主張しました。それ以降、経営責任と公的資金の強制注入を繰り返し言ってきました。不良債権を精査してそれに十分な貸倒引当金を積むか、一時国有化して金融機関から不良債権を切り離すか、いずれかの措置をとらないと、金融危機は長引いて、貸し渋りを通じて他のセクターへの被害もひどくなるからです。

これは口蹄疫やBSEの際の「全頭処分」にあたる措置だと考えれば分かりやすいでしょう。しかし、実際には不良債権の精査をせず、経営危機が表面化した金融機関だけにズルズルと公的資金を逐次注入する道を選んでしまいました。それが、日本経済の体力を著しく衰弱させ、長期停滞を招く一因になったことは言うまでもありません。

金融機関が多額の不良債権を抱えたまま隠しているとしたら、一体どういうことが起こるのでしょうか、できるだけ簡潔に考えてみましょう。

金融機関はたくさんお金を持っているように見えますが、実はすでに融資や投資をしていますので、手元に置く現金はギリギリまで抑えています。そこで、銀行間で資金を融通する金融市場が重要な役割を果たします。ところが、根本的な不良債権処理策をとらず、大量の不良債権を隠したまま抱えているために、互いに金融機関同士が信用できなくなってしまいます。資金を貸し出す相手が潰れたら、貸し出した資金は焦げ付いてしまいます。自分も不良債権を隠して抱えていますので、万が一でもそういうことが起きたら、自分も潰れてしまいます。こうしてコール市場などから資金を調達できなくなって、金融機関が経営破綻に追い込まれていってしまうのです。

もし、1つでも大手金融機関が実際に経営破綻すると、このカウンターパーティリスクは著しく拡大していきます。日本では山一證券や拓銀の破綻、米国ではリーマン・ショックがそうでした。カウンターパーティリスクが高まる時、一国の場合は金利にカントリーリスクが上乗せされます。今回のように世界的な金融危機の場合は、ロンドンの銀行間資金調達の基準金利(LIBOR)が上昇します。

もちろん預金者や投資家にも伝染が生じます。多額の預金を預けていたり、金融機関と契約したりしている人たちは、金融機関が潰れてしまうと損失を被ってしまうので、次々と預金や契約を解約しようと殺到します。金融機関はますます苦しくなってしまいます。まさに口蹄疫と同様に、「見えない病」の伝染が起きてしまうのです。

しかし問題はそれにとどまりません。銀行が大量に不良債権を隠したまま抱えていると、いくら中央銀行が量的金融緩和政策で大量のマネーを市場に供給しても、金融機関の貸出は伸びません。利益が上がっても不良債権処理に追われ、また新しい不良債権を抱えるのを嫌がって貸出を抑制するからです。日本のバブル崩壊後に起きた貸し渋りが典型的ですが、いまアメリカでもそれが起きています。結局、迅速な不良債権処理策をとらないと、この信用収縮が長引いて、経済は長期停滞に陥ってしまいます。

単純な貨幣数量説に立つインフレターゲット派が失敗するのは、そのためです。そもそも中央銀行によるベースマネーの供給で、M2、M3といった広義のマネーを十分にコントロールすることはできません。それは投資や需要にも依存するので、金融政策としては金利政策を併用せざるをえなくなります(もっとも、産業構造の大転換期には財政金融政策には限界がありますが)。ところが、バブル崩壊後はしばしばゼロ金利状態に陥るので、それも使えません。デフレだからお金をばらまけばいいといった単純化された議論は、新しいリスク問題の本質を見失わせてしまい、非常に危険です。結局、それは過剰なマネーを供給して、つぎのバブルを引き起こすしかないという「バブル病」をもたらします。もちろん、中央銀行がバブルを創り出すことなんて教科書に載っていませんね。

自分の頭で考えられずに、経済学のテキストだけを信じている人たちは、構造改革だのインフレターゲットだのとテキストの延長で単純に説明しようとします。しかし、前にも述べましたが、口蹄疫やBSEと同じく、かえって「見えない病」の被害を大きく拡大させてしまう役割を負ってしまうのです。経済学者がほとんど信用されなくなったのは、教科書がすでに時代の要請に応え切れていないことに原因があります。

もっとも、信用収縮の問題を「流動性の罠」に組み入れている米国の経済学者もいないわけではありません。たとえば、ジョセフ・スティグリッツです(もっとも私とは理論的枠組みは違っていますが…)。彼が、サブプライムローンに端を発する金融危機に際して、いち早く金融機関の一時国有化を主張したのもうなずけます。しかしアメリカでも、サイモン・ジョンソンMIT教授、ヌリエル・ルービニNY大学教授など、問題の本質を把握している経済学者が少ないのが残念です。

結局、現実はポールソン前財務長官、ガイトナー現財務長官とバーナンキFRB議長は、不良債権のずるずる処理の道を選びました。確実に、アメリカは日本の失敗の後を追いかけています。アメリカ経済も長期停滞に陥る危険性があります。

ちなみに、ギリシャ危機を財政赤字問題だとするのは極めて表層的です。実は、金融危機がまだ解決されていないこと(「見えない病」の伝染)が問題の本質なのです。

実際、EUとIMFが総額1100億ユーロの支援策を打ち出し、ギリシャは支援を受ける代わりに財政再建を行うことになりましたが、株式市場など金融市場はなかなか落ち着いてきません。なぜでしょうか。

企業再生の場合から類推して考えると、わかりやすいでしょう。企業再生をする場合、通常、事業をリストラクチャリングしたうえで、企業が上げられる収益の範囲内で返済できるように、金融機関に債権放棄させて、当該企業の債務が縮減されます。そこでは、いわゆる株主責任や貸し手責任が問われます。

同じようにギリシャ問題でも、債権放棄と資金支援がセットでないと問題は解決しません。つまり、ギリシャ国債に投資した民間銀行が債権放棄に応じ、そのうえでEUやIMFがギリシャを資金支援することが必要不可欠です。ギリシャは観光産業くらいしか産業がないので、ギリシャの借金を大きく減らすことなしに、急激な財政再建政策だけを強制しても、景気が悪化して税収が減り、かえって財政再建ができなくなってしまいます。やがて、1~2年もすれば支援資金を食いつぶしてしまい、ギリシャ危機が再燃しかねません。この間、アイスランド、バルト三国、ドバイ、ギリシャと弱い国々からソブリン・リスクの伝染が起きてきましたが、さらにポルトガルやスペインにも飛び火したら、次々と支援資金が必要になり、泥沼のようなプロセスが始まってしまうでしょう。

かといって、国力に応じて支援資金を負担するということになっていくと、ドイツ・フランスの負担が重くなります。ただでさえ自国の金融機関救済や景気対策で財政的ゆとりを失っています。とくにドイツ国内では負担に反対する意見が根強いのはそのせいです。

では、なぜ民間金融機関は債権放棄ができないのでしょうか。欧米の金融機関は、サブプライム問題以降、根本的な不良債権処理策をとらず、大量の不良債権を隠したまま抱えています。アイルランド、スペイン、イギリスなどは住宅バブルが崩壊していて、金融機関は非常に苦しい経営状態にあります。

このような状況で、どの金融機関が、どれだけのギリシャ国債やポルトガル国債やスペイン国債を持っているか明らかになっただけで、その金融機関はたちまち経営危機に陥る危険性が高まってしまうのです。ましてや債権放棄額が大きいことが明らかになれば、金融危機が再燃してしまうでしょう。まさに口蹄疫と同じ、またサブプライム問題と同じ構図です。それゆえ、ギリシャ危機はヨーロッパのサブプライム問題と言われているのです。

そう、いまも世界金融危機は続いているのです。

でも残念なことに、私の能力不足に加えて政官財界だけでなく学界も作戦失敗組が占拠しているせいで、私のウィルスは伝染する力が弱いようです。もっとも伝染する力が強ければ、私も殺処分の対象になるかも……。そろそろ、電車のホームではポケットに手鏡が入っていないかチェックしないとね。