「淋しかったら帰っておいでと
手紙をくれた母さん元気?
帰りたい 帰れない
帰りたい 帰れない」
加藤登紀子が歌った「帰りたい 帰れない」の一節です。

古い歌で、オヤジしか知らんでしょうが…。
「母さん」を「自民党」に置き換えれば、官僚の皆さんが今歌っているのかもしれません。
でも、哀しいけれど、もう戻る場所がないんですね。

後戻りするにも、今だに世界は百年に一度の経済危機にただ中にあり、世界中の先進諸国で政権が不安定化しています。イギリス、オーストラリアでは総選挙で与党が単独過半数を得られませんでした。仏独両国でも与党が地方選挙で敗北し、とくにドイツでは与党が上院(連邦参議院)で過半数を失いました。日本と同じですね。オバマ米大統領も支持率が落ち、来月の中間選挙で敗北する可能性も伝えられています。米民主党が敗北すれば、米国政治は何も決まらなくなっていきます。

世界金融危機に際して、日米豪などで大胆な改革を掲げて政権交代が起きましたが、日米民主党や豪労働党は政権につくと、既存政治に妥協しながら「公約」を後退させていきました。世界金融危機が続く下で失業と貧困が拡大する中、既存政党への拒否感が広がっているのです。実際、ドイツ・オランダ・スウェーデンなどの欧州諸国では移民排斥を唱える極右勢力が台頭し、米国では市場原理主義と宗教原理主義の影響力が強い茶会(ティーパーティ)運動が力を増しています。

オバマ政権は“チェンジ(変化)”を掲げたにもかかわらず、ウォール街と妥協して大手金融機関の救済措置を繰り返すうちに「大きすぎて潰せない」状態になり、グリーン・ニューディール政策も後退させ、経済停滞の中で有権者の失望をかっています。一方、日本の民主党政権も、唐突な「消費税10%発言」、普天間基地移設問題、あるいは政治とカネの問題をはじめとして、2009年総選挙マニフェストを次々と後退させて有権者の失望をかい、2010年7月の参議院選挙で敗北を喫しました。その意味で、日米両国は同じ道を歩んでいるように見えます。

菅直人政権は、ねじれ国会のもとで各野党と妥協をしながら法案を通していかなければなりません。菅政権は、国会での「熟議」に基づいて,問題ごとに野党と協力して法案を通すことを目指しています。世論調査も、こうした方向性を支持しているように見えるのは、政権が毎年のように変わるような事態を避けたいという有権者の心理が働いているのかもしれません。なんと情けない状況…。

しかし原則なき妥協は、大きな問題を引き起こします。菅政権はこれまで以上に、マニフェストをつぎつぎと修正して野党に近づいていくことになり、政策がどっちへ向かっているかが分からなくなってきています。日本版グリーン・ニューディール構想、東アジア共同体構想、あるいは年金・医療・介護などの社会保障制度改革など、マニフェストで掲げた本格的改革はますます遠のいていきます。やがて「マニフェストの原点に返れ」という声はかき消され、民主党政権も「帰りたい 帰れない」状態になっていくのかも…。

ところが、世界の状況は、「帰れない」はずの80年前の大恐慌期に似てきているのが、とっても不気味な感じです。

実際、再び景気悪化がもたらされると、各国とも実質的な為替切り下げ競争を進めています。各国とも中央銀行が量的金融緩和でマネーを垂れ流し、自国の為替レートの切り下げを図る姿は、どこかで戦前の近隣窮乏化政策を連想させます。さらに自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)による市場の囲い込みも進んでいます。これも戦前のブロック経済の変形版と考えられなくもありません。

菅政権はその対応に追われています。日銀は4年3ヶ月ぶりに実質ゼロ金利政策に戻り、政府はインドとの間で経済連携協定の締結を進め、TPP(環太平洋経済連携協定)に参加を表明しようとしています。

菅内閣になってから、ますます従来の「日米同盟」基軸の路線、つまり中国を敵国とし米国についていけば何とかなる、という古い発想に逆戻りしつつあるように見えます。そういえば、前原外相の口からは「東アジア共同体構想」という言葉を一度も聞いたことはありませんね。気づいてみれば、民主党代表選はそういう路線対立だったのかもしれません。

8月27日、首相の私的諮問機関「新安保懇」が、集団自衛権行使の禁止や武器輸出三原則を修正する方向を打ち出した報告書「新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想――『平和創造国家』を目指して」を提出しました。中国の軍事力強化の分析に頁が割かれ、その脅威対抗から「米軍との共同作戦基盤」のもとで自衛隊を統合運用する方向が打ち出されました。そして「中国の海洋進出」に照応した「離島防衛の強化」を勧告しています。まさに、この報告書提出直後の9月8日に、尖閣諸島近辺での中国漁船の船長逮捕が起きました。

イラク戦争に反対した民主党はどこへ行ったのでしょうか。ここでも「帰りたい 帰れない」状態になりつつあります。

さらに、先に述べたように、菅政権は、米国が提唱するTPP(環太平洋経済連携協定)への積極参加を打ち出しましたが、今さら経済衰退するアメリカと自由貿易協定を結んでも、日本にはあまり利益があるようには思えません。輸出市場の大半はアジア諸国になっています。それどころか、小泉政権時代がそうだったように、郵貯の資金運用に米国金融機関を参入させろとか、BSEがらみで月齢30ヶ月という安全基準を止めろとか、経済連携協定の名前で米国産業に有利な条件を実現しろと対日要求を突きつけてくるでしょう。米国経済における景気後退は深刻で、住宅関連指標だけでなく、鉱工業生産指数も落ちだしています。米国の覇権が揺らいでいるのです。米国が助けてくれるという時代は、もうとっくに終わっています。

なのに、「帰れない」はずの過去に戻ろうとしています。米国政府が負担ばかり言ってくるに決まっているのに、過去の習い性からなかなか抜けられないんでしょうね。

このままいくと、食料自給率を40%から50%に引き上げるという民主党のマニフェストも「帰りたい 帰れない」になっていくのかも。農水省の試算では、日豪、日米で農産物の関税をゼロにすると、食料自給率が12%まで落ち込むようです。もっとも、「東アジア共同体」のように似たような規模の米作中心の農業であり、小麦や畜産や砂糖などの農産物で競合しない中国などが相手なら話は別ですが。

韓国は、米国やEUとのEPAを結ぶ際に、国内農業対策として10年間9兆円出しました。農業の生産規模を考えると、日本は韓国の3倍はありますから、単純計算で「韓国並み」にするには、10年間27兆円ということになります。つまり1兆円の戸別所得補償にすれば、実質3倍に引き上げないといけないということになります。菅政権はそこまでやる覚悟があるようには見えませんね。

もう一度、問題を一から考えてみましょう。

まずEPAやFTAを受け入れることは、これまでの関税中心の農業保護政策を捨てることになり、代わりに戸別所得補償などの国内対策を増額することになります。WTOでは欧米が関税を基本的にゼロにする方向で合意しており、あくまでも関税で日本の農産物を保護しようとするやり方は玉砕路線に近くなってしまいます。だとしたら、新たな農業保護のあり方として欧米が合意している直接支払い=戸別所得補償政策を正面から考えざるをえません。たしかに、そこには従来からの製造業利害と農業利害の不毛な対立を乗りこえる可能性も眠っています。

しかし実際には、農業利害も製造業利害も、まだ不毛な対立を繰り返しています。国内措置を十分検討することなく、未だに「規制改革をすれば、農業の競争力が付いて、EPAを締結しても問題がないから、やるべきだ」という根拠のない議論や、「農林漁業は日本経済の1~2%程度の割合しかないのに、EPAを反対することは残りの経済を犠牲にすることにつながる」といった主張が横行しています。とくに日本の政財界には、欧米諸国と比べて日本の農家の戸別所得補償の水準が著しく低いという認識がそもそもありません。

拙著『日本再生の国家戦略を急げ!』132頁で、その計算値を示しています。2003年の古いデータで、一定の仮定の下に機械的な計算を行ったものですが、農家所得に占める直接支払いの割合を見ると、米国は3割弱、フランス、イギリス、ドイツといった欧州諸国は8割以上も占めています(米国28.9%、フランス79.0%、ドイツ107.4%、イギリス91.5%)。これに対して、日本は、平成23年度の概算要求通りに1兆円規模になって、ようやく米国並みの3割弱になります。欧州並みを目指すなら、さらに3倍近い直接支払いが必要だということになります。

結局、これまで農林水産省がこうした国際的な潮流に乗っかれなかったのは、財源論がネックになってきたと考えられます。議論としては分かるが、財源がないまま関税撤廃だけが強行されてしまうのではないか、という危惧が強かったためです。その結果、関税で守ろうとする農業関係者と、所得補償をバラマキとする製造業関係者という不毛な対立が繰り返され,世界から取り残されてきました。

たしかに、しっかりした財源保障が不可欠です。とはいえ、過去の財政赤字のツケもあって、現下の財政事情を考えれば、おそらく1兆円の戸別所得補償を確保するのが精一杯なのかもしれません。だとすると、いきなり日豪、日米間で関税ゼロにするのは難しいでしょう。どちらにいくのか、政治の決断が必要です。

戸別所得補償に関しては、相変わらず規模の拡大による生産性の向上がないと意味がないという議論があります。でも、現実を見ているとは思えません。たとえば、欧州の平均耕作面積は50~70ha、米国は180haもあります。オーストラリアは3200 haです。現状の日本はわずか1.4haです。これを4~10haにしても、実際に、担い手不足から請負耕作でこういう経営は増えてきていますが、「誤差」の範囲です。休耕地になっているのは中山間地で、ここでは耕作面積を拡大しても機械化のメリットが働かないのです。当たり前の現実が無視されています。

実際、この農産物価格が下落するデフレ下では、個別経営として規模を30haにしても、かえって経営を苦しくするだけです。パートや中国人研修生に依存するしかなくなります。結局、外食チェーン店などに売って行くには、一定のロットが求められ、産地形成が必要になるのです。規模を考えるうえでも、地域農業という視点が不可欠です。

ここではドグマを捨てないといけません。日本では、規模拡大とは違った国際競争力を高める方法が必要になってきます。

一つは、ヘリコプターで農薬をまくような大規模農業にはできない安心・安全の農業を追求することです。安全基準を作り上げ、トレーサビリティを強めていく戦略です。安全規制の強化は目に見えない非関税障壁となります。さらに、安心・安全のブランド作りに貢献して、EPAを契機にして日本の農林水産物を中国その他アジア諸国に輸出していくことも可能になってくるでしょう。

しかし、それだけでは高い農産物になってしまいます。そこで面としての地域農業を考え、6次産業化が必要になってくるのです。農業(1次産業)を安心・安全なものに変えるとともに、流通(3次産業)や加工製造(2次産業)を同時に展開するのです。自ら売ることで流通の中抜きを自分たちの取り分にするのです。直売所や産直などが典型です。さらにカット野菜にしたり、菓子、ジュースや缶詰、レトルト、酒などに加工したりすることで、常に価格を安定させ、付加価値をつけることです。そこで雇用も創り出せます。

私は個人的にこうした地域の動きを応援しています。
でも正直に言います。
Uターンする日本に、国の自給率はますます信じられなくなりました。だったら,食料危機に備えて、自分の自給率だけは高めておかないと…。
こういう下心で仕事をしてはいけませんね。