事故調査委員会の3原則
人の噂も75日。
まもなく福島第1原発事故が起きて2ヶ月になります。
事故はなかなか収束できません。
誰かさんは粘って粘って、忘れさせようとしているかのようです。

実際、福島第1原発事故が長期化する中で、ずるずると賠償が始まる一方で、つぎつぎと官庁と東電が賠償案を出してきています。しかし、どこに原因があるのかも責任の所在も明確にせず、また土壌汚染も含めてきちんとした調査もせずに進めれば、かえって将来的に、被害者からの訴訟が膨大になり、問題の解決を長期化させてしまうでしょう。
私たちは忘れっぽくなってはいけません。

福島第1原発事故は、大量の放射性物質とともに、日本社会を支配する無責任体質を一気に噴出させているからです。原発事故に関する情報開示のあり方がそれを象徴しています。悪い情報が隠され、小出しに情報が出されます。そうしているうちに、どんどん状況が悪化してしまう。「失われた20年」が始まった不良債権処理問題と同じ構図です。

事故調査委員会の設置が急務です。
少なくとも守らなければならない事故調査委員会の原則があります。それは次の3つです。
  1. 利害関係者を除く第三者であること
  2. 国民に向けてすべて公開であること
  3. その設置を法律によるか国会の全会一致によるかで権威を与える
とくに、原発に対して懐疑的な人を含めて、フェアに堂々と国民の前で議論することが必要不可欠です。

事故の原因と事故への対応は正しかったか

今回の事故の原因とその後の措置が適切であったかを検証する必要があります。
私が思いつくだけでも、検証しなければいけないことがたくさんあります。
  1. 原子力災害対策本部の「3・27事故報告書」では地震発生当日(3月11日)のデータが開示されていません。今回の原発事故は、津波による電源装置の喪失と冷却装置が原因とされていますが、津波が来る前に、原発の構造上で耐震安全性に問題があったかもしれません。きちんとした検証が必要です。原発中枢構造の耐震安全性の検証もなしに、活断層の上に建っている老朽化した浜岡原発を動かすのはもってのほかです。
  2. 福島1号機への海水注入は、原子炉圧力が異常値を示してからかなりの時間が経ってからでした。廃炉を恐れて判断が遅れたとの報道もありますが、なぜ判断が遅れたのでしょうか。
  3. 米政府の支援の申し出を断ったと報じられていますが、理由は何なのでしょうか。
  4. 報道によれば、原子力安全・保安院は当初、「事故」でなく「事象」にあたるレベル3としていたようです。にもかかわらず、3月15日段階に保安院の職員が現場から去っていたのはなぜなのでしょうか。
  5. 原子力安全委員会は、「風評被害」を理由にSpeedi(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)のシミュレーションを10日以上も公表しませんでした。
  6. 3月15日に大量の放射性物質が放出されたにもかかわらず、「ただちに健康に影響ないレベル」と発表され、土壌、水、食品さらに母乳などに次々と汚染が広がるのに対して、適切な対応が行われませんでした。さらに初期の飛散量の計測が行われなかったため、汚染の広がりと程度の正確な評価が困難になってしまいました。そのため、当初は部分的な計測に基づく少なめの量が発表され、しばらくしていつの間にか、放出量が膨大なものに変わっている発表が相次ぐことになりました。福島県飯舘村や南相馬市が、後に計画的避難区域に指定されましたが、こうしたやり方が現地に大きな混乱を招いています。
  7. 実際、福島原発からの放射性物質の放出量データがしばしば修正され、かさ上げされています。
  • 4月12日、原子力安全保安院は、事故をレベル5からいきなりチェルノブイリ並のレベル7に引き上げた時に、放出量を4倍に急にかさあげられました。
  • 4月21日に20キロ圏が警戒区域になりましたが、この日に、東電はそれまでに保安院が発表していた4月1日~6日分の放出量について5倍にかさ上げしました。その放出量は、約12.5万キュリーで広島原爆の1/4個分に相当します。
  • 4月22日になって、政府が警戒区域に指定した20km圏について、それまで公表しなかった計測結果を発表しました。大熊町では100ミリシーベルトを超えている地域があります。これまでの実証研究から土壌汚染でセシウム半減期は17年かかります。これらの警戒区域でも3月15~20日の空間線量が公表されていないため予測が非常に困難になっています。
本当に想定外だったのか
当事者たちが、今回は「想定外」だったことをあげて責任がないかのように主張していますが、それは本当なのでしょうか?

  1. 2009年6月、電力会社が実施した耐震性再評価の中間報告を検討する経済産業省の審議会で、岡村行信委員(産業技術総合研究所活断層・地震研究センター長)が、869年の貞観地震あるいは1500年頃に巨大津波が襲った記録があるのに、東電が安全対策で、大津波の危険度について全く触れていないのは納得できないと指摘しました。しかし、報告書案では「想定内」とされ、福島原発の耐震構造は今のままで問題なしとされました。周知のように、明治にも大津波の記録があります。
  2. 2006年の衆議院内閣委員会で、吉井英勝委員が、原発で非常用電源が失われた時にどのような事態に陥るかについて執拗な質問を行ったが、当時の当時の原子力安全委員長の鈴木篤之氏は安全性が確保されていることを強調し、何もしてきませんでした。
  3. 東京電力は2006年の国際会議で行った報告書で、50年以内に10m以上の大津波が来る確率を1%以上と見積もっていました(4月24日付朝日新聞)。さらに2007年7月に米フロリダ州マイアミで行われた国際会議では、原発専門家チームが、福島原発で発生と原発への影響を分析、発表した英文のリポートだ。9メートル以上の高い津波が来る確率を約1%かそれ以下、13メートル以上の大津波が来る確を0.1%かそれ以下と見積もっていました(3月30日付けロイター)。一方、東日本大震災において、福島原発以上の津波に襲われたと考えられる東北電力の女川原発は、海面から約15メートルの高さに建設され、3基の炉がすべて自動停止し冷却状態にあります。
  4. 2007年の中越沖地震による東電の柏崎刈羽原発事故が起きる前年に、「原発の耐震指針」が25年ぶりに改定されていました。しかし、東電は敷地の眼前にある断層を精査せず、実質的にバックチェックを怠っていました。原子力安全委員会も原子力安全・保安院も、これを厳しくとがめていません。
  5. 過去に、おびただしい数の事故隠しが起きています。福島原発に限っても、2002年に事故隠しが暴露されて、翌2003年には点検のために運転停止に追い込まれました。その後も、昨年6月17日に実は福島2号炉は誤作動で電源遮断、水位低下が起こっていました。原子力安全・保安院は大きな問題とは考えず、原子力安全委員会は東電発表後も全く議論せず、6月24日の会議で3号炉のプルサーマル燃料導入を決定してしまいました。もちろん他にもたくさんの事例はあります。たとえば、批判を無視して再稼働した高速増殖炉もんじゅは、昨年8月の事故で燃料棒が交換できずに制御棒で反応を止めるしかない状態のままになってしまいました。
  6. 福島県の学校校庭の年間被曝許容量を20ミリシーベルトとしたのはなぜなのでしょうか。通常時の原発作業員と同じ基準を子供に適用してよいのか、なぜ原子力安全委員会は会議を開いて議論しなかったのでしょうか。
電力改革が不可欠です

①事故調査委員会による過去の原子力行政の検証に基づいて、今後の原発のあり方を決めていくことになります。原発を直ちに全廃できない以上、原発を作る側(電力会社)と認可する側(経済産業省・資源エネルギー庁)とチェックする側(原子力安全・保安院)が「一体化」している体制を改革する方策を考えなければなりません。
  1. まず、経済産業省出身者による電力会社幹部への天下りは禁止すべきです。
  2. つぎに、政権交代前の2006~08年に、電力会社の役員による自民党の政治資金団体『国民政治協会』への献金は多額に上ります。企業献金の抜け道も封じないといけません。
  3. 経産省は、原子力安全・保安院を通じて規制をかける一方で、外局の資源エネルギー庁が原発振興策をとっているのは、どう見ても異常です。原子力安全委員会も含めてチェック機関の独立性を確立すべきです。
  4. 原子力学会や電気学会の会長や重要な役職に電力会社の役職員がつくのも止める必要があります。また土木学会原子力土木委員会津波評価部会は、委員にアンケートとって平均値で決めていいかを議論しているみたいです。しかも地震学者は少数派で、ほとんど原発関係者です。こうしたあり方も見直すべきでしょう。
②そのうえで、原発依存を減少させるためには、再生可能エネルギー中心に発電事業への新規参入を促すことが重要です。そのためには、
  1. 発電と送配電を分離し、発電は自由化し、送配電は統合してスマートグリッドを促進しなければなりません。
  2. あわせて、再生可能エネルギーへの全量固定価格買取制度の本格導入で、投資を呼び込む電力改革も必要です。
  3. そして原発は国有化し、新設は停止し、既存の原発について総点検したうえで必要な安全投資を行わなければなりません。
  4. 毎年3000億円も投じられている原発の開発費、そして電力会社の天下り先になっている原子力環境整備促進・資金管理センターに溜まっている3兆円に及ぶ積立金は賠償に廻すべきです。
いまやドイツ、イタリアなど次々と原発建設計画は凍結されつつあります。その一方で、日本の農産物だけでなく、工業製品も輸出業者や輸送会社から放射能検査と安全証明を求められるようになっています。原発事故の処理が長引き、責任も曖昧にされ、情報隠しの不透明さやゴマカシが続けば続くほど、日本製品の安全性や高品質への信頼がますます揺らいでいきます。今回ばかりは、「のど元すぎれば、熱さを忘れる」は世界に通用しません。

なのに、電力改革を含め、いまだに原子力を含む将来のエネルギー政策の方向性が一向にはっきりしません。何より世界の技術の最先端に向かって、日本が変わったというメッセージを海外に強く送り出すことが不可欠です。

後戻りせず、前に進もう。