20089月のリーマン・ショック以降、100年に一度と言われる世界的な経済危機が続いています。欧州の経済危機は簡単には収束しそうになく、米国も「財政の崖」に直面しています。欧州経済危機はアジアにも及び、中国も韓国も経済成長率が低下しています。

 

一方、日本では、大手金融機関の経営責任を問えないまま不良債権処理が長引き、さらに小泉「構造改革」などの新自由主義的な経済政策が貧困や格差の拡大を引き起こし、「失われた20年」をもたらしました。このままでは、深刻な原発事故を引き起こした東京電力の経営責任も原子力ムラ行政の責任も問えないまま「失われた30年」になりそうです。

 

そうした中で、2大政党は政策の違いがなくなり、問責決議に明け暮れ、毎年のように首相が替わり、メディアが大本営発表を繰り返す中で、ナショナリズムと右傾化が急速に進んでいます。かつてドイツでは、バイエルンの地域政党であったナチスが台頭していきました。ベルリンとミュンヘン、東京と大阪……。まるで1930年代とそっくりです。

 

日本全体を閉塞感が覆っています。しかし、これを古い仕組みが壊れ、新しい仕組みが生まれてくる過渡期の現象だと捉えれば、将来目指すべき新しい経済・社会システムが見えてくるはずです。時代の底流にある流れを見据えなければ、選択を間違えてしまいます。


 

集中メインフレーム型から地域分散ネットワーク型へ

 

では、どのようなシステム転換が起きているのでしょうか。

 

20世紀型システムは、重化学工業を軸にした「集中メインフレーム型」でした。それは、大規模化によって効率化とコスト削減を図るやり方であり、大量生産・大量消費の経済社会システムを生み出しました。

 

これに対して、21世紀型システムは、コンピュータの大容量化・高速化・小型化による情報の総記録技術を基礎にして、大量の情報から利用者のニーズにあったソフトやコンテンツを提供することが勝負になってきました。スマートフォンや携帯端末はその典型でしょう。

 

物作りは、単にデバイスという箱を作っているだけではダメになりました。デジタル化で機能がチップ化されて基盤の上に乗ってしまうと、日本が得意な、多数の部品を組み合わせていく「すり合わせ」の技術も不要になってしまいます。むしろ消費者の選好の基準は箱の中のソフトやコンテンツになってきます(『新興衰退国ニッポン』講談社、2010年、第8章参照)。

 

薬作りでも、ヒトゲノムが読まれ、大量のゲノム情報をスパコンで記録することが可能になると、スパコンによるシミュレーションでできるようになってきます。

 

経済社会システムは、「集中メインフレーム型」から「地域分散ネットワーク型」に次第に変わってきます(『「脱原発」成長論』筑摩書房、2011年、第3章参照)。

 

たとえば、高度成長時代に出てきたスーパーマーケットを思い浮かべてみましょう。スーパーマーケットは大量に仕入れることで、価格を引き下げ大量に販売する「集中メインフレーム型」の典型例の一つです。実際、人口が増え、成長がある社会では、大量仕入れで価格を下げれば売れ残ることは少なくてすみました。

 

それが、人口が減少し低成長時代に入ると、スーパーの大規模化路線は映画館やレストランなども入った巨大施設になり、周囲30キロの消費者を根こそぎ集める方式へと進んでいきました。しかし、それも地域を吸い尽くしてしまうために、衰退地域からだんだん行き詰まりが見えてきています。

 

一方、コンビニは一つひとつの店舗が小規模であるにもかかわらず比較的堅調です。コンビニの特徴は、POSシステムでネットワーク化されており、どの地域のどの店舗で何がどれだけ売れているかがデータとして集積されているためです。ニーズにしたがって売れ筋商品を並べていけば、定価で売っても在庫を抱えることはありません。こうして小規模で一見、非効率的に見えても、ネットワークで結びつけることで十分に効率的になっていくのです。

 


エネルギー転換はシステム転換の核

 

福島第1原発事故は、20世紀型の集中メインフレーム型システムの崩壊を象徴しています。それは送配電ロスが大きいだけでなく、いったん事故を起こすと、システム全体を麻痺させてしまい、リスクがあまりにも大きいことが明らかになりました。

 

一方、再生可能エネルギーは不安定で効率的でないと言われます。しかし、先に挙げたIT技術の進展によって、むしろ効率的で安定的なシステムになりえます。将来の送配電網は、スマートグリッド(賢い送配電網)になっていきます。再生可能エネルギーなどで発電したエネルギーを蓄電し、双方向的な送配電網でつないでいくと、どこで電力が余り、どこで足りないかがすぐに分かり、調整することができるようになります。それだけではありません。どこにどのような種類の発電能力がどれだけあるかがデータになり、さらに日照や風向きなどがデータとしてあれば、それぞれの地域の発電量を予測することも可能になってくるのです。

 

もちろん、こうしたシステムの構築には発送電分離改革が不可欠ですが、集中メインフレーム型のシステムと違って、いきなり日本全国にスマートグリッドができなくても、一つひとつの建物や町単位でこうしたスマート化は可能です。たとえば、工場で断熱化し、太陽光発電をつけ、コージェネレーションのガス発電などで発電した電力を蓄電し、コンピュータで空調や照明をコントロールし、スマートメーターで見えるようにするのです。囲碁のようなイメージを抱くと分かりやすいと思いますが、仕様さえ整えておけば、社会の隅々から変革が着実に進行していくのです。

 

衰退傾向の著しい日本の電機産業だけでなく、住宅産業やIT産業も、こうしたIT技術を利用したスマート化や「地域分散型ネットワーク」のシステム構築によって再生していく道が残されています。

 

そう考えると、20世紀型の原発を続けていくことは新しい技術開発や新しい産業構造への転換を妨げ、ますますグローバルな情報通信革命から取り残されていってしまいます。原発を維持しないと、日本経済がダメになるのではありません。逆です。コストの高い原発を維持し続けることは、日本経済の再生を妨げてしまうのです。

 


“戦艦大和”化する日本

 

分散型ネットワークのシステムの背後には膨大なインフラが必要です。しかし、「失われた20年」の間に、この分野で決定的な遅れをとっています。グーグルやアマゾンの背後には、百万台規模のCPUをもつ膨大なクラウドとよばれるコンピューターシステムが形成され、計算機のコストパフォーマンスが年々倍になっていく高度成長が続いています。

 

スーパーコンピューターも旧来のベクター型から、スカラー型という汎用型のチップを膨大に用いるネットワーク型に変わりました。ところが、日本では、小泉政権時代にベクター型の地球シミュレーターにしがみつき、民主党政権下の事業仕分けでは「なぜ世界2位ではいけないのか」とスカラー型の「京」を中断させ、ベクター型の失敗を根本的に反省していません。

 

こうした中で、日本の産業界はCPUを作る力を失い、今ではロジック回路を作る力さえ失いかけています。量産する工程も台湾の下請けにやらせている間にノウハウを失い、台湾の企業の下請けに転落しようとしています。産業競争力の衰退は深刻です。

 

いまの政官財界は古い産業構造中心にできており、たとえは悪いですが、敗戦間際の〝戦艦大和〟のようになっているのです。失敗を認めず、ひたすら大本営発表を繰り返し、戦艦大和を作り続けようとしています。廣瀬通孝東大教授によれば、もはや戦力の中心は機動的な航空機になっており、インフラは空母になっているのに、未だに戦艦大和を作っています(『実世界ログ』PHPパブリッシング、2012年、第10章)。

これでは、なかなか日本の産業の競争力は復活しないでしょう。

 


農業も福祉も地域分散ネットワーク型に

 

問題はエネルギーだけではありません。地域分散型ネットワ-クの仕組みは農業でも適用できます。たとえば、直売所では個別農家がバーコードを持っており、POSシステムで足りなくなればすぐに納入でき、決済もたちどころにできます。おかげで、小規模農地でも簡単に100万円、200万円を稼ぐことができるのです。あるいは国内外に直販する仕組みもできます。

 

TPP推進派は大規模化で農業は大丈夫だと言いますが、平均耕作面積が1.9haの日本の農業を20ha30haに「大規模」化したところで、200haの米国や3000haのオーストラリアにはかないません。むしろヘリコプターで農薬をばらまく農業にはできない安心安全の環境農業を目指すべきです。環境や安全という社会的価値を大事にすることです。

 

それを成り立たせるのは、小規模分散型でも十分に競争できるように、地域単位で流通や加工を取り込んでいく6次産業化で収益を上げるモデルを作りあげていくことが重要になってきます。

 

社会保障や社会福祉のあり方も同じようなことが言えます。標準世帯モデル(夫サラリーマン、妻専業主婦、子ども2人)が崩れ、非正規雇用単身者、認知症、母子家庭などが増加してくると、年金を一元化するだけでなく、医療、介護、保育、教育などの現物サービスの充実が大事になってきます。

 

これらの現物サービスは、女性を中心にして地域の雇用を増やします。少子高齢社会では、女性は働き、保険料納付者・納税者になってもらうしかありません。しかし、都市と農村など地域の特性に応じてニーズが大きく異なります。住民が決定に参加して地域の事情に応じた供給体制を組み立てる必要があります。そして利用者本位のネットワークを構築して、多様で複雑なニーズを支えていかなければなりません。「地域主権」が必要とされる所以です(『失われた30年』NHK出版新書参照)。

 

脱原発や社会保障と税の一体改革やTPPなどは、実は20世紀型から21世紀型の経済社会システムへ進むのかどうかという本質的な選択が迫られている問題なのです。