2026年05月05日

歌謡映画『さよならはダンスの後に』を見た!

『さよならはダンスの後に』をラピュタ阿佐ヶ谷で見まして「セーラームーン」との関係を調べました。
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小学校4年生の時に大ヒットしていた倍賞千恵子の「さよならはダンスの後に」は好きだったが、1965年に150万枚も売れていたとは‥‥紅白歌合戦での倍賞さんの艶やかなドレス姿とフリは良く覚えている。倍賞さんは子供に人気があったと思う、僕だけじゃないだろ、少女ぽいというか、きれいな人だな〜と見惚れていたものである。

「セーラームーン」の歌を聞いた時、ダンス〜の替え歌じゃないの?と思ったが、後で盗作騒ぎになっていたとは知らなかった‥‥
ダンス〜作曲の小川寛興氏は他にも「月光仮面「七色仮面」「ジャガーの目」「怪傑ハリマオ」「隠密剣士」「仮面の忍者赤影」やTV時代劇の主題曲を手がけ、哀愁あるヒロイズムをメロディに醸し出している。
歌謡曲では中村晃子の「虹色の湖」を作曲している。そうだ、虹色〜にもそんな感覚があって好きだったのだな‥‥

Wikipediaによると「作曲者の小川は後年、「さよならはダンスの後に」とアニメ『美少女戦士セーラームーン』主題歌「ムーンライト伝説」との酷似に気付き、JASRACを仲介して交渉し、最終的に著作権使用料の一部を小川に分配することで和解した。制作に関わった長戸大幸は作曲段階から本楽曲を模しており、バレないだろうと考えていたが後に上記の問題が生じた事を証言している」ということなので解決済みらしい。
でも、今や、どちらも独立して耳に残って歌える感じである。

この映画をラピュタ阿佐ヶ谷で35ミリで見られると知って、絶対カラーの歌謡映画で、倍賞さんが別れのシーンでミュージカルふうに歌うのであろう楽しみフフフ、と勝手に想像して見たら白黒の松竹富士山マークにガクっ‥‥
音符をコラージュしたメインタイトルでいきなり歌が始まり、主演は桑野みゆきなので、焦る。
まさか歌だけ歌うところに登場するよくあるカメオパターン出演?それも白黒で、ちゃんと調べてくればよかった〜と思ったら倍賞さんはクレジット2番手。
ちゃんと絡むのであろうな、と思って見ていると、なかなか登場しない倍賞さん‥‥でも、トータルで見ると、なるほどねと納得する作りになっていた。
歌の大ヒットと倍賞千恵子が先ずあって”どういう映画にするか”と松竹的に首をひねって作ったのであろう。色っぽい歌だが、当時の倍賞さんの「下町の太陽」的なイメージとは違う、だからレコードは売れたのだろうが‥‥

メインの話は、田舎の旅館で叔母に育てられて婿を無理矢理取らせられそうなしのぶ(桑野みゆき)が、東京大企業の優秀社員で上司の娘と既に婚約している牧田(沢本忠雄)と偶然出会い、一目惚れの大恋愛になるが、お互いのしがらみ(そんなこと今だったら大したことない、気にするなよと思える)から逃れられずに結婚を約束しながらも一夜を共にした(ホテルで桑野みゆきの膝から下が一瞬見えるだけのプレベッドシーン)で別れ、それでもお互いが忘れられずに延々と苦しみ悶える、恋とはそういうものなのでアルというストーリー。
それを、倍賞さんはしのぶの同級生の親友として事情を聞いており、家に呼んで一時同居したりして、「さよならはダンスの後に」を歌っているクラブ歌手なのだがテレビにも出て有名になっているという設定ではあるが、作曲家の大先生(河野秋武=姿三四郎の塙)が歌を聴くと「まだ彼女は本当の恋を知らない」と思われており、しのぶが恋をする姿を見て、自分なりのサゼスチョンをしたりしながら、恋とは何かを学んでゆく、という構成にしているのだった。二人のことを考えて、引きはなそうとしたり、牧田が落ちぶれるとまた会わせようしたり、いろいろおせっかいな動きをする役でもあるが、邪魔者とまではならないよう、共感を外さないよう慎重に作られている。

この時代、自由恋愛するとなると大変なしがらみに抵抗を受けるケースがあったんだな、と想像される。それでも恋愛したいという想いがスクリーンに繰り広げられ、それが映画のウリになっていた。観客は自分もそうだったと思ったりして涙したのであろう‥‥俳優が体当たりでそれを演じるところに「汚れ」と「賞賛」が紙一重の線があり、松竹姫にはそこまでさせられないので「友達として見て成長する」という作りにしたのではないのか‥‥

前半にしのぶと牧田がクラブを訪れて倍賞さんの「さよならはダンスの後に」を席で聴くシーンがありワンコーラスだけ聴けて、最後にまた年月が経ち、同じ歌を歌うと、離れた席で先生がハタと膝を打ち”恋のなんたるかを彼女は知ったのだな”というシーンで締めるわけだが、確かにハッとするような綺麗な振り返りの前奏から入っている。メイクも艶やかに変えている。
それでなるほど‥‥と思った訳だが、いよいよフルコーラス聴けるぞと身を乗り出したところがワンコーラスで終わってしまうが‥‥そうか、そう思った人は「レコードを買え」ということだったのかぁと、再度なるほど、と思った次第でした。

kaneko_power009 at 14:46|この記事のURLComments(0)見た映画 | 女優

2026年05月01日

石井岳龍×犬童一心×塚本晋也8ミリ@ユーロライブ

デジタル化で音声も聴きやすく整理された8ミリ映画をユーロライブの大スクリーンで見ると、新作映画を見る感覚と遜色なく、若い作家たちのパッションがダイレクトに伝わって来て新鮮、40年経っても力強く受け止めていた。

1978年の撮影所で見た石井聰亙『高校大パニック』は「こういう映画を作りたいんだ!」という激しさがあって、日活企画部の進藤さんは、そのパッションに打たれたんであろうな。学校のなかで高校生がショットガン撃ちまくったら面白い、プロが作ったらもっと面白くなるだろうという単純かつインパクトある企画だったのだ。でもそれを1時間半にするのは無謀だったかも・・・

17歳の犬童一心『気分を変えて?』はキャンディーズ解散の日を舞台に映画マニアの少年が男の生理日を迎えてテロ映画を作るというATGみたいな作品で初見。乱暴に撮っているフリをしながら理論があって、熱く青いものが伝わって来た。

この2作は僕が助監督になった時に作られていたものだが、10年後の塚本晋也『電柱小僧の冒険』は、僕はぴあの審査員になってグランプリを出す方になっていた。21本を四日かけて見たあと、大島渚審査委員長が「テープレコーダーを止めろ、審査は秘密であるべきだ」と仰り4時間にわたって議論(僕は推してました)、授賞式の翌日、『どっちにするの。』が決まった1988年のクリスマス・・・
小中和哉司会のトークショーの終わりに参入したら、みんな真ん中が嫌みたいで、長老ぽく真ん中に立ってしまった。
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2026年04月30日

『オールド・オーク』

『オールド・オーク』を見ながら、イングランドの庶民の家を撮る方法を考えていた(そういう機会はないかもだろうが)。

主人公TJの隣人に対する優しさは全体を通じて味わい深いが、外国人ヘイターになってしまった幼馴染チャーリーの顔つきの方がより印象に残って引っかかり忘れられない。正面顔が多い。

彼の家の玄関先ではTJが左目線の横顔なのに対してチャーリーは右目線の正面顔で、複雑な悔恨と微妙な罪悪感とプライドの相克の表情が良くわかり、こっちはコノヤローと怒っていながらも少しだけ同情してしまう。

ここでもしカメラが玄関の中に入ってTJの正面を捉えたとなると、ドキュメント感が失われる代わりにTJの気持ちがより強く伝わってチャーリーへの断罪感が増したかも。玄関が狭いというのもあるが。

シリア人父親の葬式ではカメラは中から弔問客複数人を捉えるが、全員は無理なので外に出て全体を捉える。
チャーリーはあれ以上、近づかなかったのか・・・
『ノッティングヒルの恋人』を思い出すと、玄関内はセットだったのか、カメラは中に入ってもジュリア・ロバーツの顔を理想的な位置で捉えられていた記憶。
『17歳の肖像』くらいだとロケかセットかどっちだったんだろうと思うが、玄関から出て停車している車へゆく主観ショットとかあったかな。
玄関先でインタビューされていたイギリス首相は誰だっけ?、とか、いろいろ連想しながら見ていたが、ことは日本でも起きている話で、満員の劇場は人ごとではない感じになっているのが伝わって来た。なんとか理解しあおうよ、というメッセージに共鳴し、広がって欲しい。

kaneko_power009 at 14:37|この記事のURLComments(0)見た映画 | 社会

2026年04月27日

東京芸術劇場近くでクラス会はNODA MAPの後で

<note>から

僕は実は1週間前に見て、深津絵里さん阿部サダヲさんらに挨拶していた「華氏マイナス320」を今日観劇した幡代小学校同級生たち21人は、東京芸術劇場から歩いて5分の居酒屋ホオバールに17時集合することになっていたので10分前に着いたが元渋谷区健康優良児のホッチだけが店前に待っていた。あれ?ホッチこんなに小さかったっけ?子供の時は僕より大きかったが、彼は今日は観ないで5月に2回観ると言っていた。北海道は寒くて大変だったでしょう、と労いの言葉を言ってくれるホッチ、野田の芝居は1回じゃ分からないから2回観るんだって。
間もなく全員集合、乾杯して歓談、暫くして野田も来る。
長文になると思ったんでこっち(note)にしたのは、昨日の「チコちゃんに叱られる」で「原宿が何で若者の街になったか」の回答が「近くにアメリカ村があったから〜」という話題をふって、それってワシントンハイツのことだろ、という話を書きたかったから〜 
現在の代々木公園は、僕らが小学校3年生になるまでアメリカ軍人の居住施設ワシントンハイツであったが、確かに「アメリカ村」っちゃあそう言えるかもだが、TVでそう言われてもピンと来なかったのよね。
ワシントンハイツが東京オリンピックの時に日本に返還されて代々木選手村となり、その後代々木公園になったというのはその辺の子供だった僕らの常識以前に染みついたものなんで。
で、僕は一回だけ鉄条網に穴が空いていたのでそこから敷地内に入り込み、中を少しだけウロウロしたが、アメリカ人に見つかり、と言ってもむこうは無関心でこちらを見もしなかったから、もっと奥まで行きたいという気持ちと逃げたいという気持ちが葛藤して結局大して長くいられないで入って来た穴に戻ったという思い出がある。いつのことなのかは特定出来ない。
それでみんなは、どうだったんだろう?と聞いたら、やっぱりけっこう入り込んでいたようだった。でも、ジャニーさんの家があったということまでは皆知らないので、へ〜、と言われた。
あおい輝彦の妹が隣りのクラス(4組)(僕らは3組)にいたから、いやいたからというよりジャニーズはその頃の大スターだから知らない奴はいないが、あの青井さんはジャニーズのあおい輝彦の妹なんだって、という言い方だったから。でも四人の名前をパッと言えるのは僕だけで、中谷良が告発本を出した事は全然知られていない。真家ひろみが早くに亡くなったことは知られている。飯野おさみの名前がなかなか出て来なかった。当時はダンスが一番上手くてオチャミと呼ばれて男子人気が高かったが。中谷良の家が初台の町中華だったという話は、コーちゃんに聞いて今日初めて知った。
ジャニーズの話が出ると、結構、子供の頃幡ヶ谷で見た、初台で見た、という話は以前から出てるし、皆んなにとっては何より吉永小百合と並んで(僕は三鷹に引っ越したので行けなかった)代々木中学の先輩だし、代々中の話になると、野田が吉永小百合以来のオール5だったという話になる。
でも僕らから5つくらい下の世代からジャニーズというとフォーリーブスのことになり、ジャニーズ事務所って元々ジャニーズの事務所なんだよと言ったらへ〜と言われて、ジャニーさんの事務所だと思っていましたという答えが返って来る経験を何度もした。
それで僕が、いわゆるジャニーズの公式的な正史として言われて来たのはさあ、と得意な話をする。しばらく公式的に言われていたのは「ジャニーさんが代々木公園で少年野球チームをコーチしていたが、雨の日に野球が出来ないのでウエストサイド物語の映画に連れて行ったら、帰りの夜道は雨が止んで少年たちは踊って帰り、僕らもああいう踊りをしたいと言ったところからジャニーズが始まった」という伝説なんだが、代々木公園というのはオカシイだろ、そこは当時はワシントンハイツだったはず、と指摘したことがあった。そこには通訳だったジャニーさんが住んでいたのではないの、野球チームもあったのかも知れないが、中谷良の本によると、ジャニーさんの家で甘いキャンディーやチョコレートをご馳走になり、夢のような気持ちになった、と書かれてあった。裁判になってどうなったかということは良く知らないで、当時はあまり報道されなかったので後から知った。中谷良の本も、北公次の頃に古本屋で見つけたのだった。
このクラス会には僕らのクラスだけでなく、代々木中学で新たに野田の友達になった夢の遊眠社のスター細谷くんや、僕とはヨセフ保育園で一緒だったがそれ以来50年後に再会したマリア(クリスマス会で僕がヨセフを演じた)が来たりしていて、僕はいつも代々木中学に行っていたら・・・と思うのだが、それは行きたかったという意味と行かなかったから今がある(大袈裟か)という意味といろいろある。
僕が洋楽に弱くて歌謡曲に異常に強いのは、代々木中学に仲間と一緒に行かなかったからなのだとその場でわかった。
三鷹四中では結構三鷹をバカにした発言をして当時流行した歌のように俺は「新宿そだち」なんだと言い張ったのは、三鷹で初台と言っても三鷹人には通じないだろうと思ったからだった。それじゃ当然孤立するよね。
代々中に行ったみんなは普通にラジオを聴くようになり、ラジオで聴いた洋楽の話を学校でするようになった一方、僕はテレビしか見ないでテレビでやる音楽しか耳に残らない一方、みんなは洋楽の話をするのが大人っぽいというふうに普通に成長する一方、そうした話を周りとは全くしない僕は洋楽に疎くなっていったのだった。小学6年で聴いたモンキーズやビージーズで止まっていたのだった。
月に2回くらいは初台に行って友達と話していたが、その時は友達にとっても日常ではないので、ラジオの話は出なかったのだ。和道とは武者小路実篤とかヘルマン・ヘッセの話をしていた。それが『1999年の夏休み』の元ネタになっていく。それこそ、代々木公園を散歩しながら話したのである。
7歳下の弟がビートルズに目覚めた頃には、あれはグループサウンズの元祖だから顔がいいから売れたんだよとか言ったら激怒されたな。リンゴ・スターが最大のスターだと思い込んでいたし。来日の頃はそうだったんだよ。
でも、今みんなが代々中の話をしている時というのは、べつに孤独には思わないで、面白がって聞いている。あの人があれという関係だったのか、と答え合わせをするような感じでもあり、面白い。
そうだ、あの話は出なかったな・・・
Sという数学の先生が酷いが地元の初台出身だというので、父に聞いたら同級生で、昔からアイツは変なやつで、狐につかれて、初台の町をコンコン言いながらさまよっていたことがある、と言ったので、そのままをコーちゃんに伝えたら大笑いしていたが、それからコーちゃんはどうしたんだっけな・・・

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2026年04月25日

ウルトラマンマックス&メビウス合同「平成climax展」

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9月には閉店する渋谷西武A館2階イベントスペースにて、本日4/25より5/10までウルトラマンマックス&メビウス合同の「平成climax展」が開かれ、昨日は内覧会、小中千昭さん原口智生さん三池敏夫さんらと記念撮影〜
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設営協力のタカハシヒョウリさんも交えB1のフィッシュ&チップスへ。
金夜でもすいてるから渋谷の穴場かも、但し9月迄。
イベントではマックス&メビウスに挟まれてチェキが撮れる。ヒーロー二人とも姿勢が良い紳士なので気分良い。
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円谷の渋谷さんに「光の国M78は実際は1800光年の距離で天の川銀河の中にあるのにウルトラ設定では300万光年離れていることになっているのを修正した方が良い」と主張したがウルサイかねワシ・・・
小中さんとは「ウルトラQダークファンタジー」の第7話「綺亞羅(キアラ)」以来20年以上ぶりだが、お互い満足出来た仕事でしたと感慨深い。
さらに言えばガメラギャオス生体兵器説を生み出したのも小中さん。

kaneko_power009 at 14:27|この記事のURLComments(0)ウルトラ | 友人

2026年04月20日

山田耕大×高鳥都『80年代90年代、新しい日本映画の始まりと終わりーその裏側』の共同サイン会

本日(4/20) 発売のキネマ旬報に「2025年映画本大賞」が発表され、大賞は本誌を見てもらうことにして私の『無能助監督日記』が第4位にランクインされております。

樋口尚文さんの『砂の器 映画の魔性』は第2位・・・という順位とは関連なく一昨日(4/18)には西荻窪の今野書店にて、今話題になっている私とは日活同期入社の山田耕大×高鳥都『80年代90年代、新しい日本映画の始まりと終わりーその裏側』の共同サイン会トークショーが行われ、その後日活関係者同窓会みたいな飲み会となり、楽しく過ごした。
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ただ、事実確認上の訂正もトークでさせてもらったのは

1)金子は入社面接に下駄は履いて行ってない。目立とうと思って8ミリ映写機は自転車に乗せて持っていったが下駄では漕ぎにくいでしょ、そういうキャラではないのよ。

2)編集は好き嫌いではやってない。カッコ良すぎるからカットしたいと言ったのは脚本家が提示した「バカ誕生」というテーマに外れると思ったからでした。

3)小原宏裕監督は女優の三好美智子さんと1984年11月に結婚、「ファンキー・ミコの結婚披露パーティ」が行われ、私作のウエディングビデオを流したが音が出ないので申し訳なかったが喜こんで頂けた。小原さんは2004年2月20日に亡くなり、3月28日に追悼の会が乃木坂コレド(桃井章オーナー)で開かれ、三好さんは「幸せな20年間だった」と仰った。亜湖さん、竹田かほりさんも出席され「わたしたちの青春を輝かせて頂き感謝しています」とスピーチされた。・・・各方面、訂正などヨロシクお願いします。

もともと山田がシナリオ誌に『昼下がりの青春』になるエッセイを連載していたのを読んで、こういうものなら書けるかなと思って連載終了時にシナリオ誌に打診したら「需要がない」と言われたのを、コロナ禍が始まった時にnoteに書き出したら、どんどん思い出されどんどん書いて行ったが、本にするとなると半分以下にしなければならなかったが、今になると、こんなにも昔話になっているのだなぁと感慨深い。
山田高鳥の本も読むと、自分はやっぱりデビューの頃から日本映画の主流ではなかったんだな、ここに人物としての金子は書いてもらっているが、作品はない。
そうか、本当に自分の「作品」に影響を与えていたのは、黒澤明、深作欣二、スピルバーグだけだったのかも知れない、あとは手塚治虫、石森章太郎・・・他の日本映画はあんまり関係なかったのかも知れない、と読後は思ったのでした。

kaneko_power009 at 14:22|この記事のURLComments(0)思い出 | 日活

2026年04月17日

『津田寛治に撮休はない』

昨日は武田梨奈さん上映後トークがあるというのでK'sシネマ『津田寛治に撮休はない』を見に行って大笑いしたが、武田さんはコレには出演しておらず、いわゆる応援トークで津田さんとの喋りでも無く、萱野孝幸監督と本人役の篠田諒さんとの鼎談であった。
それも楽しく聞いて武田さんは元気いっぱい、後でご挨拶。
津田さんとは『恋に唄えば♪』1本だが当時はここまで売れて役と人生の区別がつかなくなって狂うほど深刻になるとは・・というのは映画の中の話で、映画の中の映画の中の娘役が駒井蓮なので『ぬいぐるみと喋る人はやさしい』を連想していろいろ想ったのであった。
マネージャー=くみほしこ役は中村祐美子プロデューサーがやっているが、本当のマネージャーは星久美子さんというのは現場の人はみな知っている。両方ともに優秀な。
萱野監督ともちょっとだけ挨拶したが、『黄金泥棒』も監督脚本だろ・・普通に考えたら監督協会新人賞じゃないか、審査員じゃないけど。

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2026年04月13日

『ハムネット』

昔はハムレットがなまってこのように発音されてたのかねという程度の認識で『ハムネット』を見たから、クロエ・ジャオの新作だとは知っていても何の話だかは知らなかったから、最初のタイトルで説明があっても、森の中でうずくまっている女がタカを腕に呼んで餌をやるところから始まって(『信虎』でもワンカットで撮ったがこれカット割ってんな)そこからの展開は全く予想も出来ず、リアルな演技と空間に引き込まれ、終盤に至ってそうかこういう映画だったのか〜と驚き、ここあそこに見事な伏線があり、そう言えば男は『恋におちたシェイクスピア』のシェイクスピアと似ているよなでも偶然だろとか思って見ていたもので(笑)・・・見終わって女優を調べたら数日前に見た『ザ・ブライド』のフランケンシュタインの花嫁じゃん、全く気づかなかった全然ちがうじゃん、そう言えばアカデミー賞とったの見たのを思い出して全部繋がってきた・・・というふうに映画を見るのも楽しいもんですね。

kaneko_power009 at 14:14|この記事のURLComments(0)見た映画 | 女優

2026年04月11日

『PILOT(パイロット)ー人生のリフライトー』『スペシャルズ』

大嘘映画は楽し。

韓国大嘘映画『PILOT(パイロット)ー人生のリフライトー』は、旅客機パイロット版トッツィー?とでもいうか、優秀イケメンエリートパイロットがCMにも出てアイドル化している(という設定自体大嘘の)チョ・ジョンソクが酔った席で「美人」失言で失職し(誇張だが元々の大嘘が効い)て、飛ぶしか能がないから再就職のために女性メイクし同じ会社に女性副操縦士として採用、緊急事態では男性上位主義者の後輩操縦士がパニックになっているのを殴って気絶させて見事不時着、再度アイドルパイロットになり、トッツィー的展開になってゆく・・・正直、それほど女性に見えないのだが、大嘘に乗って楽しく見られた。

内田英治原作監督脚本による『スペシャルズ』は、滅多には姿を見せないヤクザ大組長石橋蓮司が可愛い孫娘のダンス大会だけには応援で現れるだろうところをヒットするため殺し屋たちがダンスチームを組んで喧嘩しながらも練習して大会に勝ち進んでゆくという大嘘が、内田監督の堂に入ったヤクザ描写によってパロディふうに見えず思わず笑ってしまう。
TRFの「EZ DO DANCE」で踊るヤクザたちが絶妙だ。

kaneko_power009 at 14:10|この記事のURLComments(0)見た映画 | 俳優

2026年04月10日

『どっちにするの。』Blu-ray発売

『どっちにするの。』Blu-ray発売となり、キネマ旬報チャンネルにてお喋りしております。
https://www.youtube.com/watch?v=ICm4HAliGGo

kaneko_power009 at 14:07|この記事のURL思い出 | 女優

2026年04月06日

日活のすぐ近くで高校クラス会

昨日は三鷹高校のクラス会だったが、場所が偶然にも日活撮影所近くの住宅街の中にある「CAFE方円庵」なので、狛江から多摩川土手道を久しぶりに歩いて気持ちいいが、やはり歩速度は遅くなっている、40分かかったから、そこから日活までは10分かかるだろうな。
前も滅多に歩いては行かなかったが、バスを使っても狛江からだと日活までは12,3分の停留所「多摩川住宅南口」で降りなければならない。調布からのバスだと日活前まで行けるが。

Cafe店主夫妻が同級生で幹事で、楽しく司会進行してくれたが、歌詞だけを棒読みして当てる歌謡曲クイズが始まりこれは1等取れるだろと思いきや「金子君は皆が答えられない時にだけ答えてください」とハンディを付けられ我慢しなければならなくて堪えきれず笑うしかない。
「もしもあの日あなたと」だけでも麻丘めぐみの「芽生え」だと分かるんだが、みんなとしては「何でそんなことまで覚えているの!」と呆れ返る。
「君も今日からは」だけで青い三角定規の「太陽がくれた季節」と分かって驚かれたが、だって監督デビュー作で使ってるんだもんね、笑いが止まらないよ。

高校時代の告白文で「物理でカンニングして『10』を取りました」と書いたのを読まれたら、担任の家庭科の先生80ン歳は「カンニングがバレて10点になったのね、悪いことは出来ないわね」と納得顔。
じゃなくて10段階評価の10です、先生。公式を暗記出来なくて下敷きに鉛筆で書いて計算したら満点。以来、物理は得意科目となり、今でも宇宙の四つの力を考え悩んでおります。重力、電磁気力、強い力、弱い力・・・

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2026年04月02日

田口トモロヲ監督『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』

田口トモロヲ監督『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』の描く80年代ロックの現場は全く知らない世界だったので、でもこの同時代にはちょっと離れた映画の現場でカチンコ青年やっていたわけなので、なるほどロックの世界はこういうことだったのかぁ、実際にそこに行ったら嫌悪しただろうなぁ、でも映画にすると興味を惹くもんだなぁと楽しんだわけだが、クレジットで映画では「トカゲ」ではなく「LIZARD」となっているから、調べてみたら皆モデルありの仮名だった。映画の「解剖室」は実際は「スターリン」で、仲野太賀は名前は聞いたことある遠藤ミチロウだそうだが、何故この人(映画では商業的革命家ふうキャラ)は自分のバンド名にスターリンなんて付けたんであろう、解剖室の方がいいのに・・そうか、1980年にはまだ「スターリン=ほとんどヒトラー」ではなかったのだな。編年記としても映画としても満足感が高い。パンクロックに酔いしれる感覚がある程度理解可能だ。自由に音を出しあって東京のロックを生む、という感覚、商業主義との対峙、壁にぶちあたる姿など、わかる気がする。ジジイになってからパンクを理解したぞ。
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Facebook、Xへ投稿後、何通か、遠藤ミチロウの「世界で最も嫌われている男の名前をつけたらすぐに覚えてもらえる」という理由を返信してもらった。海外的にはそうなのであったろう。でも、日本では1980年はペレストロイカ前なので隠されていることが多く、まだ左翼内でも「スターリン=ほとんどヒトラー」は常識ではなかったと思う。仲野大賀のセリフでいくと、そのバンドを「ヒトラー」や「レーニン」にすると違和感があり、「解剖室」はピッタリな気がした。

kaneko_power009 at 12:19|この記事のURLComments(0)見た映画 | 友人