2018年11月17日

『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』

images『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』となっているので「普通のアンナ・カレーニナでは無いの?」と思って見ると日露戦争の満州から始まった。トルストイはクリミア戦争に行ってて、時代が違うだろ舞台を変えて翻案しているのかと思っていると、年配のヴロンスキーが負傷し、偶然にもアンナの息子が軍医として治療、彼が自分の母親を翻弄して死に追いやった男だと知り、憎しみをこらえて話を聞くという、原作の後日談を創作した回想形式の新たな物語であった。
アンナ・カレーニナは何度も映画化されその度に見ていて原作も学生の頃二度読んだが、今回一番なるほどと思った。キーラ・ナイトレイのは違和感が強かった(色気がない。今回は艶気の塊)。
大体がアンナの自死の謎をそのまま放り投げるものが多く、というか殆どで、最後はスパッと終わるが、これはそこをしつこく追求している、というか、それがテーマの映画だ。見ているうちに「トルストイはアンナを罰したのよね」という、やはりこの小説が好きだった母の言葉が耳元に蘇って来たが、その前に、やはりアンナの死が様々に解釈されて来たという前提があったことも思い出されて来た。
日本の読者の間でも結構議論があったらしく、母もそう言いながら自分が言った事に納得していた様子では無かったように思う。
母に見せて話がしたくなった、というか、想像で問答している。舞踏会のシーンは、アンナ史上、最高のエロティシズムがあったと思う。
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翌日「アンナ・カレーニナ」は本棚にあるはずだと思ったが見つからず図書館へ。
やはり原作はアンナが死んだ後が相当長いので忘れていた。
解説でも、トルストイは時代の群像のなかの一人として、道徳的には非難されるべきアンナに哀れみを持って、社交界のなかでリアルに立体的に描いていたので、当時から議論があって今に至る、とある。実際に愛人に浮気されて飛び込み自殺した夫人の轢断現場を見て着想したそうだ。
トルストイ45歳の作品。35歳の時に「戦争と平和」を書いている。僕は中3の時に「戦争と平和」を覚えにくいロシア人の名前をノートに書きながら読んだ。
「アンナ」は高校の時だが、「戦争〜」に影響されて自分でも何か群像大作を書きたくなったが、知っている社会は学校だけ、自分は高みに上ってクラスの全員を揶揄的にフィクション化してB6版の文庫サイズのノートに「期末テスト叙事詩」という小説にして一部で回し読みして多少受けた記憶が。
中3の2学期の期末テストで人生が決まるという、皆がいきり立っている時期の群像で、これが結構大元になって大人になっても中学生を書いているうちに、いろいろあったが略して飛ばして『1999年の夏休み』になった、と言えるのかな。

また本日土曜17日からデジタルリマスター版がユジク阿佐ヶ谷にて一週間上映。
明日18日19時40分の回に上映後挨拶します。

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2018年11月10日

『ピンクカット太く愛して深く愛して』&『家族ゲーム』の映画史的意味にいかにして金子が関わったのか?(長文)

pcジャケ10/4池袋新文芸坐にての森田芳光特集『○本噂のストリッパー』『ピンクカット太く愛して深く愛して』の上映に行くと、客席にピンクカット主演の寺島まゆみさんがいて、上映後のライムスター宇多丸さんと森田夫人・三沢和子さんのトークショーにゲストで登壇するから金子さんも出ましょうよ、と言われて60分のトークショー最後の10分に登壇した。
僕がピンクカットのチーフ助監督をやることになった経緯は『噂〜』のチーフだった那須博之さんが自作監督デビューしたばかりでありながら会社から外部のモリタに就けさせられたという事情から始まりマス。
長いデスが端折って言えば那須さんのデビュー作『ワイセツ家族・母と娘』が会社に絶不評だったのでこれは一種の“懲罰人事”であり、東大のワンダーフォーゲル部出身の那須さんは森田さんに厳しく接したので森田さんは「次は優しい助監督にして欲しい」と会社に言って、那須さんの舎弟(カチンコの叩き方からバイクの乗り方アジアの歩き方まで教わった弟分)であるとは知らない僕を指名した。
「金子は『聖子の太股』とかアニメのシナリオとか書いてるだろ、俺は調べたんだよ。気が合う気がしたんだよ」と言われて「那須さんの舎弟ですが」とは言えなかった僕は森田さんのやりたい事を邪魔しないように楽しい現場にした・・というより、森田さんはそれまでの日活の監督とは違って「楽しそうに遊び半分で」撮っているかのような雰囲気を漂わせていたので、基本的にイヤイヤ助監督という仕事をしていた(すいません、高校の時から8ミリ映画を撮っていたので監督意識が抜けなかった6年間の助監督時代は“降格”してジッと我慢しているという気分だった)僕は、森田さんの遊び半分の態度に協力することでそれまでの撮影所のシキタリみたいなものに反逆する気分があったとここで告白。
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ロマンポルノの聖子ちゃん寺島さんが美容院で歌って踊るとお客も従業員も踊って紙吹雪が舞うという、それまでのロマンポルノではあるまじきラストカットには僕も白い前掛けで踊っている・・・というだけでは無く、日本映画史的に実に重要な場面に遭遇したのだ。それは、森田さんにとってはセット撮影というものが全く初めてであり、美容院の鏡にカメラが写ってしまう鏡側から撮るとワイドレンズを使っても被写体が大きくなり過ぎるしレール移動車も置けない、という事態から始まった。
「この映画は全カット移動撮影する」と何故か決めていた森田さんは「テクニックは徹底しなければいけない」と言いながらも悩んでいた時に僕が言ったのかなぁカメラの鈴木さんがいったのかなぁ「じゃあ、壁をバラせばいいじゃないですか」と。すると森田さんは「えっ?壁は外せるんですか?」っていう実に初歩的な質問をする。道具係が鏡側の壁を外すと美容院のセットはコの字型のセットになり、空いている所にレールが敷けるので森田さん「うわぁ、すごいすごい」と興奮して、スタッフは笑っていながらなんだ可愛い監督じゃないかと思い、僕は渡辺良子がお腹が痛いのでトイレに駆け込んで戻って来るという動きをカメラの動きに合わせて付けていたので、あんなに働いたカットは無かったなぁという記憶が。出来た映画を見ると、ごく自然に鏡側から行ったり来たりの移動撮影が面白く撮れている。
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クランクアップが82年の12月20日で、森田さんからは「次のATGもやってくれよ」と言われて「会社員ですから会社が決めたらやります」と言って31日から今年は一人でスリランカへ(毎年那須さんとインドやタイに行っていた)正月休み旅行。
コロンボで詐欺にあって一文無し土産なしで1月9日帰り、11日から『家族ゲーム』のロケハンでロケハン帰りに那須さんにスリランカでの報告して13日に松田優作が衣装打ち合わせ日活に来た。
この頃は森田さんは「2カメを使って食事のシーンは滅茶苦茶カット割りたい」と言っていたが、予算の都合で1カメでしか撮れない事になり、1月23日のクランクインを前にしてどの日かは記録していないが多分20日のセット確認の日、沼田家の普通の2DKのセットに普通の真四角の食卓が置いてあり、これを全方向から撮って編集するというのは大変な時間がかかる、2カメは時間を節約するアイデアだったのに、と頭を抱えていると・・「じゃあ、こっちの壁をバラして見てみよう」と森田さんが言い出した時、僕も分かった。ピンクカットの応用するのね。あれから一ヶ月経ったか経ってないか・・・メインスタッフで壁をバラしてそっち側から見ると、食卓だけを細長くすれば、横に4人座らせたらピンクカットの時みたいにワンカットで食事のショットが撮れるじゃないか時間の節約になるぞということで一同、怪訝な顔をしながらも納得、クランクインの直前だったので。美術の中澤克己がじゃあそのテーブル急いで作ります、という事になり、映画史に残る横一列の食事シーンが生まれた次第。
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イメージは現場で生まれた、という事で「ピンクカットの経験が無ければ、家族ゲームはあのように撮れなかった」と森田さんの言葉が残ってるが、まさにこの事なのであります。それを、ピンクカット見た人と三沢さんと寺島さんの前で言えてスッキリした訳でした。『家族ゲーム』には僕も本屋の店員で松田さんと共演している・・・
それで、来週17日はユジク阿佐ヶ谷で『1999年の夏休み』が上映開始される日でもあるが、『聖子の太股』男性側の主役の上野淳さんがDJやってるレインボータウンFM「上野淳の東京夜会」に寺島まゆみさんとお嬢さんの行平あい佳さんと出演する事が決まった。
行平2あい佳さんは『私の奴隷になりなさい第二章・御主人様と呼ばせて下さい』の主演で、助監督も経験して母娘二代の頑張り女優。どんな話になるか・・・・

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2018年11月02日

21世紀の女の子

東京映画祭で『21世紀の女の子』ワールドプレミアを見る事が出来たが、不思議な感動があった。当然、自分の娘が14人(15人目はラストクレジットのアニメ作家)の監督のうちの一人という事情もあるだろうが、どの短編にも引き込まれながらも、物語が完結しているようには感じられないまま余韻無く次が始まり、時には前の作品を反芻したいがその間も与えられず、最後に山戸結希監督が華麗な映像で「離れ離れ」の「花々」として、それを束ねた自分の役割を歌いあげ、そこに感動が集約されて来るという企みが分かりつつ、コノヤローとは思わないで素直に感動となってしまうのであった。それは「女の子」だからなのであろうか。確かに山戸さんが言うように、120年の映画の歴史で、今、「映画を撮らなければ生きてゆけない女の子」という者たちが集まったのを「奇跡」と称して演出した教祖のようでもあり、批評を無力化するために映像で嘘をつけとアジるアジテーターのようでもあり、鉱脈を見つけた開拓者のようでもあり・・・面白かったですよ。数日前に自分が脱稿したシナリオも、これはこれで21世紀の女の子の映画なのだが・・・そういや、アイドルは出て来なかったな、男が作ったら必ず出て来るだろ、そこが違うのか・・・
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2018年10月30日

レッドカーペット編集

娘のレッドカーペットは無事に撮れたが、それを再生する段になって、明石知幸氏が貸してくれたプロも使用ソニーハンディカムでは頭から流しての“撮りっぱなしラッシュ再生”が出来ない事が分かって愕然となった。「ハイライト再生」という機能で、勝手にカメラが編集してワイプとか音楽とかも入れて短めに再生するんで、おいおいお前が勝手に編集するなよと思って、全部流して見ようとしたら、今度はワンカットごとにカット尻が0.5秒止まって次のカットになるというカクカク再生になってしまう。説明書を読むと、既にワンカットという言葉が「イベント」というモノになっていて概念が違う。即ちカードにはワンカットが1ファイルとなって保存されているのだった。ン十年ぶりでムービーカメラを回した浦島太郎状態。撮っている時は、ワンカット4秒以上という「小型映画」で勉強した見易さ、さっき撮ったカット尻はあれだったから次ここから撮ったらこうモンタージュされて客に伝わるだろうというのが本能で腕に残っているから、撮りっぱなし再生をウチのテレビで家族に見せれば充分伝わる、それで今回はお役目終了と思っていたが、それをするためにはパソコンに全ファイル取り込んで全ファイルを繋げたモノを作って見せないといけない、ということが分かったのであった。こういう事が分かるまで、ソニーの問い合わせセンターに聞いたりしたが、なかなか「ラッシュ」という概念、それが何なのかが通じない。いつの間にか世界はこうなっていたのだ。ラフに撮っておけば将来的に娘が使うこともあるかも知れない、と思っていたが、そのためにはパソコンで「編集」しておかなければならないのだ。娘の世代は、もうそれが当然の事になっている。中学の時から既にSDカードだったと言う。ワンカットを撮りながら、頭で編集し次のカット・・というより、いつか編集する別個のカットを撮っている、という感覚だろう。これは僕とは随分違う映画感覚になっているだろうな・・この間、8ミリ撮影機を回したら緊張感でびっくりした、と言っておった。

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2018年10月25日

東京国際映画祭レッドカーペットを金子由里奈が歩く

本日幕開けとなった東京国際映画祭のレッドカーペットを娘が歩く事になったので何とかして動画を撮りたいが、コネなど全く無く一般公募で彼女が選ばれたのだから僕がその映画の関係者である訳も無い。運のいいことに『ガメラ2』の野外上映がある事でゲストパスが発行された・・しかしだからと言ってレッドカーペットを撮影する権利が生じた訳でも無いので、事務局に娘がですね・・と聞いたが困らせてしまうだけだった。プレスの対応はあるがゲストの対応は無いと言う事で3時間前に会場をウロウロしていると、司会の伊藤さとりさんに会って、こっちいらっしゃいよと言ってくれて喜んで親切に場所を確保してくれたのだったが、そこだと逆に真正面でいい席過ぎてギチギチで動けないという事もあり、プレスの人々の流れに乗れなかったという事もあり、ちょっと離れてはいるがレッドカーペットでインタビューするところでカメラを回しても誰も何も言わない。みんな自分の場所を確保する事が第一で人のことは眼中にない。伊藤さんの普通に入ってればいいのよという言葉に勇気をもらって普通に入ったら挨拶されるし、WEB放送の人に発見され、海外のメディアの人に紹介されて一緒に写真を撮ったりした。八雲ふみねさんにも会えて楽しくお喋りしているうちにセレモニーが始まり、行ったり来たりしながら撮っていると『21世紀の女の子』の番になったが、有名美女連を先頭に40人ゾロゾロ歩いて来るから新人監督・金子由里奈は最後尾。誰かインタビューしてくれたらそれを脇で撮るのにと思っていたが誰もしないで、でも楽しそうにそのまま気づかないで通り過ぎてゆくので遂に「金子監督!」と声をかけて振り返らせたら、すごい!と喜んでくれて、お父さんだよと周りの子も一緒に来てくれて一緒に写真を撮ってもらったりしたのも、こっちからカメラに撮っている。
https://natalie.mu/eiga/news/294650
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kaneko_power009 at 11:59|この記事のURLComments(0)映画祭 | 雑記

2018年10月17日

木綿のハンカチーフ

CSでCS見ててチェンジの時に、二画面にして地上波で1976年のヒット曲特集やっていて「木綿のハンカチーフ」の話題となっていたが、本仮屋ユイカが「お母さんからハンカチのプレゼントは別れの意味になるから注意しなさいと言われたことあるけど、この歌から来たんですね」とか言っていたが、そのずっと前からだろ?手巾が「てぎれ」と読めるからだろとか考えてるうちに野球に戻したからその先見てないが、誰かフォローしたのか。

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2018年10月08日

江戸城無血開城

昨日、久しぶりに『西郷どん』でも見るか野球無いし「江戸城無血開城」だから、と思って見ると、篤姫が超美人の北川景子で史実と全く違うじゃないか残ってる写真見ろよ・・とは突っ込み入れなかったが、篤姫に「慶喜の首一つでこの戦を終わらせてくれ」と言われた西郷が首を縦には振らず、城を出るように促すが篤姫は徳川と共に死ぬ覚悟を告げ、南野陽子の婆もそれに従う、のを見て西郷は涙をこらえて立ち去る・・・というドラマチックにしてるのはいいんだけど、その次のシーンでは遠藤憲一の勝海舟との面談になって、勝が降伏して、武器も城も渡す、と言ったらアッサリ分かりもした、となってしまうのでエッ?!となった。じゃあ、篤姫にあんなに突っ張ってたのは何なの?篤姫は女だから相手にしてなかったって事なのかい?と感じてしまったんだが、ずっと見ている人は納得出来るようになっていたのかな・・・史実は篤姫と西郷の面談は無くて手紙だけだったので、ドラマチックにするため、面談のシーンを作るなら、それが勝との面談に何らかの影響を与えたという風に創作しなければアレ?と思ってしまうだけじゃないのかと思って宮尾登美子先生の「天璋院篤姫」のその部分を読み返すと、篤姫は西郷とのコネを頼って手紙や使いをバンバン送ってるんだが、会うまでには至らず、明日はいよいよ総攻撃かと大奥で覚悟していると無血開城になったという報せが来るという流れで、確かにドラマチックでは無いが・・・やはり北川景子という超美人を篤姫にキャスティングして史実を変えたのが裏目に出ている(笑)。遠藤憲一海舟との歴史的対談の場面を楽しみにしていた人に肩透かしだったのでは無いか。僕なら、そこまで史実を変えるなら、篤姫の「美しさ」に心を動かされた西郷が、勝との面談の時には彼女のために既に心を決めていて、勝がびっくりして、じゃあ一杯やろうか篤姫様呼んで、という風にしたらいいのに・・・って、大河ドラマのゲスト監督は無理だって知ってますが。

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2018年10月05日

『クレイジーリッチ』Crazy Rich Asians / Michelle Yeoh

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『クレイジーリッチ』って、リッチ描写に目を見張りながらも、こういう話、昔良くあったよなあ、と既視感もあるが、何だろう、昭和の日本映画に元ネタは無いのか、それとも最近の新興中国系国際財閥に実際ある話から取材してるのか・・・やっぱりハリウッド調画像でも親近感あるアジア人の顔で埋められると、邦画やホームドラマ見てる時の感じと重なる部分がある。

でもミシェル・ヨーの気品を敵にし、三十路のコンスタンス・ウーを美の挑戦者としてバトルにしてゆくハリウッド作りが、ヒットの要因か。

ミシェルは夕張映画祭のガメラ上映で会った時、息子の両足を掴んで逆さまにしたんだよな・・・
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1995年の夕張映画祭クロージングは『ガメラ大怪獣空中決戦』外国からのゲストの中にミシェルがいて(当時はミシェル・キング)、上映終わるなり「Congratulation!」と声をかけてくれた。その後のプライベート飲み会の席に2歳の鈴幸を連れて行ったら、抱いてくれて頬ずり、と思ったらいきなり両足を掴んで逆さまにして大笑いでびっくりさせてくれた。あれって、マレーシア式なの?・・・未だ分からないが楽しい思い出。

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2018年09月22日

螢雪次朗さんとのトークショー

42366814_2004971682920743_3419039038449909760_n9月22日(土曜)は新宿のフリースペース「無何有」にて螢雪次朗さんとのトークショーを2時間やって自分でも大いに笑った。

3年前から蛍さんが不定期にベンガル、でんでん、永島敏行さんら仲間の俳優を呼んでのフランクなお喋りを飲みながらのお客に自分たちも飲んで聞かせるという趣向のショーで、監督は初めて。

僕で2時間も持つのか、と、蛍さんとの馴れ初めからノートして行ったが、最初は先ず何かに乾杯して欲しいと言われた。でも乾杯する何かは無く、先日亡くなったばかりのスクリプター河島順子さんに献杯したが、そこからは聞き方が上手く、いつの間にか生い立ちから喋っていた。

そして、お互いピンクとロマンポルノの現場の話でヒートアップしてゆき、2時間はあっという間で、ガメラ現場の話もそこそこに、最後には「監督ってモテるんですか」の質問で締められ、うろたえたのであった。
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2018年09月20日

クロエGモレッツ『クリミナルタウン』Chloe Grace Moretz November Criminals

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クロエGモレッツ目当てで『キャリー』とか『フィフスウエイブ』とか見てガックリしていたが、『クリミナルタウン』は良く出来ていて結構面白いと思うが余り世評を見ない。

ワシントンの高校生の初体験青春モノみたいなスタートが、タイトルの通りに犯罪都市としとての環境によってミステリーになったかと思ったら青春モノに戻るのは、初期の東野圭吾のような展開なのかも知れないが、親や教師の描き方がパターンでは無いのでいわゆる「作り物」とは思えず、犯罪と日常が近い世界だとこうなるのか、と思わせる。
本当に平和な生活の一歩外には犯罪が横行しているのがわかる。

セックスに対する向き合い方も、タレント事務所に配慮するような日本的事情が無いから、作家が考えたように描いていてリアルだ。が、最終的に『ベイビー・ドライバー』で印象的だったアンセル・エルゴートとの”カップルもの”という印象になるから、それもアメリカ版プログラムピクチャー的でもあって、ポスターがこうなるしかなかったのか・・・
調べたら『キャリー』にも出てたのか、トミー・ロスで。
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2018年09月19日

『判決、ふたつの希望』L'insulte

Unknown-4我々には馴染み薄いレバノンの状況が良く分かる『判決、ふたつの希望』を見終わって考えると、諸悪の根源はイスラエルだと感じるが、映画にはイスラエルという言葉は出て来ない。

パレスチナ難民から水道配管工になっているプライド高い男が、道路工事中の近所のアパート上から廃水が落ちて来たので、そのアパート2階のベランダ配管を自主的に修繕すると、住民のレバノン人が余計なお世話だと修理を壊して更に水をかけて来たので、その彼に「クソ野郎」と言った事で工事会社に抗議されてしまう。その言葉だけは不味いと、ボスに連れられて謝りに行くと、ラジオでは難民批判の放送中で、車修理工の彼に謝る前に「お前らなんかシャロンに皆殺しされれば良かった」と言われたので遂に火がつき、殴りかかって怪我させてしまい、裁判になる。

そのシャロンというのはイスラエルの強硬派首相だったくらいの記憶はあるが、PLOをパレスチナから追い払って、そのPLOがレバノン人虐殺をしてレバノン人が仕返し・・という歴史は勉強不足だが、背景から単なるレイシストとしか見えなかったレバノン人の怨念も分かって来て、配管工もPLOの戦士だったのではないかと思えて来て、「水かけ論」が大統領まで登場する一大論争に発展してゆくダイナミックな映画であった。

だが、二人はお互いが殺し合いの当事者だった訳では無い。パレスチナ人の車が故障すればレバノン人が直してやるという場面もあって、修理工の美人妻は常識人だがこの事で早産してしまう等、人間描写もきめ細かい。
音楽のノリも良く、なるほどこれなら怒るよね、というワイドショー感覚の「ご近所トラブルもの」としても観れるエンタテインメント映画になっているのは、レバノン人のジアド・ドゥエイリ監督がタランティーノの撮影助手だったから、と紹介されている。
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日本でもヘイトクライムが目立って来てなんだか殺伐としているが、燐光群の『九月、東京の路上で』などの舞台では論理的に糾弾されるが、映画では『焼肉ドラゴン』のように情緒的なものになって、人種問題の構造までは描ききれていない気がする。

自分が中国映画『シベリア風雲』をやっているのも、根底には中国人と理解し合うことが平和のためだと思っているからだが、完成に至るまで大変な状況になっており、外国人理解は大変だという実感になっております・・・

kaneko_power009 at 11:50|この記事のURLComments(0)見た映画 | 社会

2018年09月18日

シアーシァ・ローナン『追想』Saoirse Ronan /On Chesil Beach

シアーシァ・ローナンは『レディ・バード』で満腹になったからいいか、と思ってタイトルもありきたりで惹かれなかった『追想』には衝撃を受けた。
Unknown-3『レディ・バード』でのシアーシァは勝手気ままな女で共感出来なかったが、世評は高くてアカデミー賞にもノミネートされているが、僕には『追想』の彼女の方が抑制しようとしても溢れる感じがあって目が離せなかった・・のは、単に好みか?
『ブルックリン』では古風な女を落ち着いて演じているのを思い出して幅が広いんだな、と感心する。
imagesもともと『ラブリーボーン』で誘拐されて死んだ少女という設定にただ“可愛いい”と思うのを憚られて目を背けたくなる第一印象だったが、それ以前に『つぐない』で13歳のアカデミー賞ノミネートだったのだ。やはり大女優への道を歩んでいる人か。

『追想』はクレジットタイトルに原作と脚本にイアン・マキューアンの名前を見つけたが、前半は「性春コメディ」かと思わせて、いきなり『つぐない』みたいな苦い青春になってゆくのがその人の真骨頂なんだろうが、性春コメディのままシアーシァを昇天させたら最高点であったが、そういうものは自分で作れと言うことか。
でもこのシャーシァがそうなってゆくのが見たいんだよ・・批評になってないな。

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