2018年06月03日

鈴木和道・個展(原宿駅前・積雲画廊)

渋谷区幡代小学校の同級生で洋画家の鈴木和道の個展(原宿駅前・積雲画廊)に他の同級生たちと行くが、和道は心臓の病気で退院出来ず、会えなかった。

和道の絵は初期の「夢の遊眠社」のポスターに何年も使われていた。
野田秀樹と和道は代々木中学に進学し、僕は三鷹四中に進学して、毎月2回は会いに行き、代々木公園でヘッセの話なんかしていたから、それが「1999年の夏休み」の大元ネタになっている。

今日は同級生では無い「ホソヤ」君が来るというので、遊眠社の初期のスターのホソヤか?と思っていたら、幡代から代々木中に行った友達にとっては東大に進学して銀行に行った同級生であって、細谷君が芝居をやっていたなんて思いがけなかったらしく初めて聞いて驚いていたが、僕は遊眠社で駆け回っていたホソヤしか知らない。
野田からオマエは役者に向いてないと言われて勧銀に行った、と言っていたが、僕は野田にあのホソヤはどうしたんだ?と聞いた事があって、いい役者だったがカタギになったと言っていた記憶があるんだが・・話しているうちに上智大学でジャングルジムみたいなセットを駆け上がってセリフを叫んでいたホソヤを思い出したが、その後40年銀行員をやっていたから随分雰囲気は違う。

でも遊眠社の駒場でやった第一回目の時に「サイダーワン、サイダーツー、サイダースリー、3人揃ってミツヤサイダー!」と言った下らないギャグが凄くおかしくて、その後に生ギターに合わせた歌も一回しか聴かなかったが覚えていて、ちょっと一緒に歌った。

今日は更にヨセフ保育園のマリアも来ていて・・クリスマス会で僕はヨセフやった・・彼女は幡代には来ないで山谷小から代々木中に進学し、野田や和道から噂だけ聞いていて50年後に再会した人生初めて出会った美少女だったので、目が回るハイな宵であった。
(「思い出」2008年5月22日「50年前の記憶(長文)」

個展は4日まで。

kaneko_power009 at 10:23│Comments(0)友人 | 思い出

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