2018年12月08日

黒澤満さん通夜、告別式

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(通夜の日)
黒澤満さん仕事歴に僕は関わっていない、というのが不思議な気がする。
「プロハンター」長谷部組の応援で二日カチンコ打っただけだ。日活で助監督二期上の那須博之さんが入社した時の撮影所長で、翌年組合から追われたというような話を聞いていたが詳細は知らない。
那須さんと仲村トオルさん、黒澤さんの席に呼ばれた事があったり、東映で会えば何でもお話を聞いてくれた。
那須さんの葬式の時に電話くれて「金子、弔辞よんでくれ」と言われた・・・ご冥福をお祈りします。
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(告別式の日)
黒澤満さんの告別式では、丸山昇一さんが「第一稿を書いて来ました」と語り初め、絶対誰にも言うなと言われたが「ビーバップのヒットで東映が助かったと岡田茂さんに声をかけられて泣いた、妻には感謝してるがありがとうが素直に言えないんだよ」という話を披露し、脚本家にしてもらった感謝を語りながら泣き崩れた。
仲村トオルさんは泣かないと決めていながら最初から最後まで涙声に震え、役者にしてもらった感謝と、那須博之さんを初め映画スタッフの名前を一人一人挙げて感謝の想いを何度も強く語り、すすり泣きが聞こえた・・・
出棺の後、那須真知子さん明石知幸さん工藤雅則さんらと献杯。明石・工藤は日活時代那須組の常連で、僕は那須組は「那須さんとの関係を壊したくない」とか言ってしまって敢えてやらなかったのが、通夜の時に感じた“なんでセントラルの仕事が無かったんだろう”という答えなのかも知れないし“なんで日活には那須さん以外の思い入れが薄いんだろう”という答えは明白になった。
満さんが所長じゃ無かったからだった。
那須さん入社の時には所長でらして、真知子さんとの仲人になりながら1年後に東映ビデオに移って松田優作を村川透さんで遊戯シリーズで使って当てる、その1年後に僕が入社し、東映セントラルが設立して亡くなるまで社長に就任、最後の作品が『終わった人』だが、『免許が無い!』で監督デビューの明石がプロデューサーで、中田秀夫の助監督初仕事は澤井信一郎監督『ラブストーリーを君に』で、彼はビーバップにも就いていて、僕は那須さんから「中田は優秀だよ」と聞いていた。
その中田・明石が製作中に、黒澤さんからロマンポルノ初期の話を結構聞いていて、それを映画にした方がいいんじゃないかと言っても黒澤さんは「俺のことはいいんだよ」の一点張りだったそうだ。
明石は『終わった人』に田中真里をキャスティングして、黒澤さんと田中さんの40年ぶりの再会を演出しているし、丹波哲郎の付き人だった小川節子を食堂の窓から見かけて1作目に口説いた話も聞いている。
本来なら東映セントラル78~18の歴史の前に、ロマンポルノのレールを敷いた71~77の歴史があり、膨大な人々が黒澤さんに育てて貰ったのである・・・とか思いながらバルト9で水漏れ事故で中断した『スマホを落としただけなのに』を見直す。『見知らぬ乗客』を持って来ていたのか中田・・・

kaneko_power009 at 12:26│Comments(0)

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