山形ドキュメンタリー映画祭

2009年11月03日

大激怒!『RiP!リミックス宣言』IN山形ドキュメンタリー映画祭 Object to『RiP A Remix Manifesto』in Yamagata

10/15のネットニュースに出たんで、ニュースとしてはちょっと古いんですが、カナダの若手監督ブレッド・ゲイラーBrett Gaylorと山形ドキュメンタリー映画祭の会場で、ちょっとしたバトルをやっちまいました。その経過と報告です。かなり長いです。

先ず、記事(シネマトゥデイ)の引用から。

『デスノート』の金子監督大激怒!リミックスの著作権はどうなっているんだ!
 
(略)映画監督協会が初参加したことによって、今年は新鮮かつ刺激的な風が(山形ドキュメンタリー)映画祭に吹き込まれた。賞の新設を記念して行われたシンポジウム「著作権とは、オリジナリティーとは何か」では、コンペティション部門に出品していたカナダ映画『RiP! リミックス宣言』のブレッド・ゲイラー監督と金子監督が大バトルを展開。

 同協会は長年現行の著作権法が定める「映画の著作権は出資した製作者にある」に異を唱え、「監督は映画の著作権者である」と主張。同協会70周年記念には、この問題を考える映画『映画監督って何だ!』を製作、知的財産の保護には敏感だ。しかしゲイラー監督の映画は、既存の映画や音楽をリミックスした新しいアートが生まれていることを奨励し、彼らの前に立ちふさがる古い著作権法を見直すべきという内容で、世界中の映画祭で物議を醸している。

 そのゲイラー監督に対して、金子監督は「コンピューターの中でいじられているオリジナルの映画を作っている者として、あなたの映画は許すことはできないし、その映画を観て拍手している観客もどうかと思う。ゲイラー監督もコンピューターの前から離れて、一から映画を作ってみたらいい」と発言。それに対して ゲイラー監督は鼻で「フフッ」と笑った後「映画を作ったことはありますよ」と挑発し、会場は一気に険悪ムードになった。しかし崔監督が「われわれとゲイラー監督の違いは明確に出ているが、向かう敵は権利を持つ大企業であることは変わらない。いずれ同じように語れる時期が来るでしょう」とまとめ、その場は事なきを得た。

 しかし金子監督の怒りは収まらないようで、日本映画監督協会賞の受賞者会見で再び「ゲイラー監督がやっていることは海賊版と同じ!」と議論を蒸し返し、 隣にいた恩地監督から「しつこいな」とツッコまれていた。その恩地監督も表彰式で日本映画監督協会賞を発表する際、「できるなら日本の若い監督を見出したいと思ったが、そこに幸福な出会いはなかった。映画は時代を写す鏡というが、現代の日本からいい映画が出て来ないのは、緩い社会が原因かもしれない」と痛烈にコメントし、ベテラン監督の味を見せた。崔監督は、今後も協会として山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加していくことを明言。同映画祭に参加する若手監督にとっては怖い存在となりそうだ。なお同映画祭は、15日の受賞作の上映をもって閉幕する。(取材・文:中山治美)

と、いうわけで、この映画『RiP!リミックス宣言』は、「映画の著作権を過剰に守っていたら新しい表現が出来なくなるから考え直せ」と主張しているドキュメンタリーだ。

日本では映画監督にはもともと著作権というものが無いんで、彼の主張をそのまま受け入れると、現在、僅かに日本の監督に残されている「著作者人格権」すら無意味なものとなり、誰か知らない人に自分の映画を編集されても文句が言えない、という事になってしまう。
彼自身は、日本映画監督協会に対しては「著作権を獲得するために頑張って下さい」とエールを送るなど態度は紳士的で、逆に僕の方がケンカふっかけてるように見えたようだ。
しかし、ですね……

『RiP!リミックス宣言』は、テンポ良く面白く見せるので、なるほどその通りだ、と思う人もいるだろう。
特に、ディズニープロダクションへの批判は、僕も頷ける。
もともとミッキーマウスなんてバスター・キートンのパロディだったのに、当時キートンへは1ドルも払っていない。そのディズニーが、今になって、誰かがミッキーを間違って使ったらスグ裁判にしてとんでもない金額を奪っていくのはおかしいだろ、と指摘する。
「ミッキーマウス解放戦線」なるバッヂを配って市民運動まで展開している。
著作権を過剰に保護すると、新しい表現が失われてしまう、という主張だ。

確かにそれは言う通りで、巨大な権力を持っているディズニーに一人で立ち向かってゆく姿はカッコ良く、彼を応援したくなる気持ちも分かる。
僕も発言の中で「ディズニーに対する批判は同感だ」と言っている。
最終的には「自由な社会を創るためには過去からのコントロールを制限しければならない」とまとめ、こう言うと、誰でも真っ向からは反対しにくい。

だが、この分かり易い主張の背景にチョロッと描かれているから見過ごされてしまうかも知れないが、僕には見過ごせない部分があったのである。

ネットに流出している映像をダウンロードして作家には無許可で編集し、関係無い効果音などを付けてそれを「新たな作品だ」とし、そういう行為を奨励している部分である。

具体的には『スターウォーズ・ジェダイの復讐』の“ダーズベイダーの最期を看取るルークの場面”がまるごと盗用され、そこにハモニカの音をダビングして重ねている。ダースベイダーの口の部分がハモニカに似ているところから、あたかもそれを吹いているかのようにコンピューター上で動きも変えられ、コミカルに小刻みに動くダースベイダーが、確かに笑えておかしい。
これはユーチューブでも見れる“Darth Blues”というやつだ。
映画は、ルーカスがこれに許可を与えたかどうかは一切触れず、著作権をフリーにすれば、こんな面白いモノが作れるんだよ、というふうに続けてゆくから、こういう「無制限な盗用行為」を奨励している、と解釈するしかない。

彼が生まれた年にインターネットが誕生し、今や、ネットの情報は世界共有の財産であり、それを使って新たな作品を作って何が悪い、とも言っている。

ちょっと待ってくれよ、そうなると、新作映画のDVDを買って来て匿名でユーチューブに投稿して「これはすでに世界共有の財産なんだから黙って使っても良いだろう」とダウンロードして編集し直して「新たな作品」にしてしまう事も可能になるじゃないの。

気に入らない主張のドキュメンタリーを、同じ映像を使って、全く逆の主張にすり替える事も、パソコン上で出来てしまう。
僕の映画を使って、ゲイラー版『ゴジラVSガメラ』も作れてしまう。
遊びならいいかも知れないが、こういうことが大手をふって行われるようになったら、一番傷つくのは、もとの映像を作った人々ではないのか。
著作権どうこう言う前に、オリジナルの映像を作った人々への敬意は何も無いのか?、と憤慨したのだ。
著作権に対する理屈より、その前に、先ずは君には先輩たちへの敬意ってものはあるのか?と問い正したかったのである。彼の映画には、それが感じられなかった。

だから、黙っていられず、シンポジウムの時に客席から発言したんである。

シンポジウムは監督協会の作った『映画監督って何だ!』という伊藤俊也監督の「著作権を映画監督に」という主張を持った映画の後にあったので、当然著作権についてディスカッションだったが、僕はこれにパネラーで参加していた訳では無いので、いち観客としての発言である。

話が複雑になるので、以下は、この「無制限な盗用行為」と「著作権の問題」とは切り離す。

ゲイラー君は、だが、再び著作権の問題にしようとして長い解説をするから、「そんな立派な事を言う前にパソコンから離れて、映画1本作ってみたらどうなんだ」と突っ込んだら、フフッと笑って「作ったよ」と言うんで、こっちはそれ以上言えなくなってしまった。

だが、シンポジウムの後で「君はどんな映画を作ったんだ?」と彼に聞いたら、作ったというのはドキュメンタリー1本だけで、役者に芝居をつけたり、劇映画を作ったりすることには「全く興味が無い」という事であった。

また会場で「アナタがガメラやゴジラの監督なら、どこかで海賊版が出ているはずでしょう」と言うので、心配してくれてんの?案外いい奴なのか、と一瞬思ったが、これも後で聞いたら、「海賊版が出ているんだから、俺がネットで盗用しても同じことだろ」という意味で言っていたんだと分かって、再びコイツ〜!と思った次第。
まあ、そんなような兄ちゃんなんですよ、ゲイラー君は。
自分のやっている事の危険性に気付かず、考えついた面白い論理で議論を巻き起こし、世界を駆け回って自分を売り出す事が、今は楽しいんだろう。
だが、これは凄く危険な遊びだ。
遊びでやっているうちはいいが、いつかトンでもない事が起きる。
どんなとんでもないことまでは想像は出来ないが、強いて想像するなら、いつか権力が彼らをテロリスト扱いするであろう、という事だ。
権力の行使する「力」とは、要するに暴力だ。
「そして、遂に戦争が始まった」という歴史が何度もある。
本当は、君の事を心配してやってんだよ、ゲイラー君。
先ず「無制限な盗用行為を奨励する」姿勢を改めよ、と言いたい。
著作権の話はそれからだ。

そんなこんなで、バトルトークの後は監督協会の面々と、崔洋一理事長も交えて鍋になり、最後には彼とは握手して別れた。

ところが、このことが記事になったりすると、やはり、小さな波が立つ。
僕のゲイラー君への発言に対して「そう言う金子修介は山本鈴美香に原作料を払ったんだろうかね」と、ある筋から指摘された。
僕のデビュー作『宇能鴻一郎の濡れて打つ』は『エースを狙え!』のパロディになってるんだが、これは、「そういう事も、ちゃんと覚えて押さえてますよ」というエールと受け止めるべきなのか。

でも、僕はディズニープロダクションみたいに大企業になってる訳じゃない個人商店主だし、パロディと盗用行為が違うのは当たり前でしょう、と思ったら、映画批評の観点からは「パロディも盗用も同じ」という考え方も成り立つらしい。

「映画を見る」という行為は、見た人の記憶の中に「新たな映画」を作る。その記憶の中で、映画は自由に変えらてしまう事を誰しも止められない。そして、この世に真のオリジナルと呼べるものは、もはや無い。
だとするなら、パロディも盗用行為も、同質のものとして考える事は出来る。

……しかしですね、これは主観的な「思考実験」みたいなもので、その過程で「理論」による「現実のすり替え」が起きているのに気付いて欲しいのですよ。

更に、「マンガの原作を使って映画を作っている金子が、オリジナル云々言う資格は無い」みたいな事を言う人も出てきちゃう。
これも、明らかに話の次元が違うんで、アタマがこんがらがって来ますよ。

「映画=見るだけのもの」の立場に立つと、「パロディ≒盗用」に成りうるが、「現実の映画製作と公開」の世界にいる人間にとって、この理論と戦ったら消耗するだけで実りは無いから、そういう考え方もあり得るんだ、と感心しつつ呆れるしかない。

逆に僕の方が、自分の事は棚に上げて話しているように見え、盗人が盗人を批判している、と滑稽に感じたのだろうか。
映画文化ぜんたいの事を考えて発言したつもりなんだが、そう思われてはもう仕方無い。
暫く冷静に考えてみたが、この「盗用行為の論議」のうえでは、「パロディと盗用行為は全く別なものだ」と、もう一度言っておきたい。

同時に「著作者人格権」という日本の監督に残されている唯一の権利についての無知もある、と分かった。
日本の現行法のもとでは、監督の許諾無くしては、何人も映画を勝手に「編集変え」してはならないのである。
だが、ゲイラー君の奨励している世界では、その唯一の権利も失われる。
だから、その世界は、我々にとっては、恐怖なのだ。
かの発言は「今でも東宝と角川が充分なお金を払えば、(金子監督には無許可でも)ゲイラー版『ゴジラVSガメラ』が編集可能なんですよね」という認識からだったが、今の日本では、幾らお金を積んでも、それだけが出来ないのである。
ゲイラー君の主張に従うと、僅かに残った「それだけ」がブッ飛ばされる。
その恐怖を、「映画=見るだけのもの」の人々に伝えるのは難しい。

一人で戦っている新しい才能を、監督協会という圧力団体の力を借りて潰そうとする古い分からず屋みたいに思われたようで、そう思われながら映画理論の蛸壺にはまって論争すると、僕はただの道化師になってしまう。それはバカバカしい。

こんなんだったら、ゲイラー君とトークバトルしていた方が、まだ気分が良い。
彼も、異論反論は歓迎するぜ、とファイティングポーズをとるんで、こっちも受けて立つぞと、写真を撮った。
ゲイラー



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2009年10月27日

傑作『凧』IN山形ドキュメンタリー映画祭 Poland "Kites" Beata Dzianowicz

今回の山形ドキュメンタリー映画祭の上映作品で、僕が最も心を打たれたのはポーランド、ベアタ・ジャノヴィチ監督による『凧』であった。(Poland "Kites=Latawce" Beata Dzianowicz)
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朝礼にコーランを唱えるアフガニスタンの芸術学校に、ポーランドの若手監督がやって来て、生徒たちにドキュメンタリーの撮り方を教えようと試みる。
生徒たちは、最初、岩山に住む水汲みの子供に、歩く位置やタイミングを指示して撮影していると、ポーランドの監督から、それじゃドキュメンタリーじゃないよ、と言われる。
それならと、カブールの街へ出て、悲惨なアフガニスタンの現実を世界に訴えようと考え、路上に裸で寝ている子供を撮り、その子にお礼にお金を与えると、ワッと通行人が寄って来て大騒ぎになったり、「お前らアフガニスタン人の誇りは無いのか」と怒鳴られたりする。
ポーランドの監督は、取材対象にお金を与えたりしちゃったら嘘になるでしょ、と指導すると、不満そうながら、生徒たちは次第に理解し、成長してゆく。
と、いう様子を、実に分かり易くドキュメントしてゆくのだ。

この生徒たちは、多少、恵まれた環境にいるのであろう、貧しい人々にインタビューをして、なんとか戦争の悲惨さを聞き出そうとする。
「幸せだった事は無かったんですか?」と、稚拙にしつこく聞くと、
「ずっと戦争だったから、親も死んだし、幸せなんてないよ」と言っていた男が、
「そうだ……子供の時だった、ずっと凧揚げしていて、お母さんがもう止めろと言うのに凧揚げをやめなかったんだ、そしたら、お母さんが凧の糸を切ってしまった。凧は風に飛ばされて行った。ぼくは凧を追いかけていった。どこまでも、どこまでも……あの時が一番幸せな時だったな……」
と淡々と語る。
思わず泣いてしまった。今思い出しても泣けます。

凧の話は更に別な、地雷で片足を無くしたサッカー少年にもあって、最期は凧の映像が希望を感じさせてくれるのだ。
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最初に意図した構成では無い形で映画が完成したのであろうが、ここにまとめて来たかという手腕に、非凡な「目」を感じたのであった。

だが、この作品はコンペティションには外れていて、観客も少なかった。実に勿体ない。
監督協会の賞に推したが、この作品は監督どころか、関係者は誰も来ていないから、賞を出しても誰も喜ばないし、盛り上がらない。

評論家の大久保賢一さんや、朝日新聞の深津さんに「『凧』はいいですよ」と言いまくったんだが、上映は一回きりだった。

2008年のロカルノ映画祭でも批評家週間賞というのを獲っているんだが、配給会社も付いて無いし、今後公開される事はあるんだろうか。
気になる方は、映画祭事務局か、EUNIC JAPANに聞くしか無いんでは無かろうか。

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2009年10月24日

『サンダ対ガイラ』IN山形ドキュメンタリー映画祭

東宝怪獣映画名作ちゅうの名作と呼ばれる『サンダ対ガイラ』が山形ドキュメンタリー映画祭で上映された。

特撮とドキュメンタリーって、対極的な存在かも知れない。
方や、目の前にあるものをカメラで切り取る。
方や、世の中に存在しないものをゼロから創り上げてカメラに収める。

世界から選りすぐりのドキュメンタリーが集まり、外人ドキュメンタリストたちが関係者を連れて集まっているから、たいへんな数の国際知識人が街を歩き、優秀な通訳たちを通して我々と熱い意見を交わし、知的興奮に沸き立つ会場周辺だが、地元の関心はイマイチ低い、と聞いた。

そんななかで、本多猪四郎監督が山形出身という事から、『サンダ対ガイラ』までやっちゃうというのは意義がある。
怪獣をドキュメンタリー映画祭でやるのはどうなのよ、という異論もあったらしいが。

他にも柳家金語楼の『花嫁三重奏』や水野久美の『上役下役ご同役』とかも、本多監督作品ということで上映され、多くのお客を集めていた。
様々な劇映画も混ぜてやってお祭り騒ぎにしていかないと、映画インテリゲンチャの蛸壺になる危険性がある映画祭じゃないのかここは、と正直感じました。

僕も、『サンダ対ガイラ』は何度も観ている作品だが、映画館で観るのは初めて。しかもシネコンの良い環境で観れる、ということで興奮した。

やはり、人食い怪獣は怖い。
やはり、水野久美さんは美しい。
やはり、伊福部昭の音楽は麻薬のように耳に残る。

更にガイラを演じた中島春雄さんのトークも付いていたが、これが傑作。
司会者が「ゴジラでスーツアクターになられて……」と聞くと、
「は?何言ってるか分かんねえよ」と返して、滔々と経験談を語る。
「スーツアクター」じゃなくて、「キグルミ」と言わないと……

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2009年10月21日

本多猪四郎&恩地日出夫IN山形ドキュメンタリー映画祭

『夜間中学』上映後のトークイベントは、本多猪四郎監督の御長男である本多隆司さんがお父様の思い出を語るかたちで行われたが、後半、客席にいた僕も指名され、壇上に上げられてしまった。

僕は生前の本多監督に一度だけお会いした事があるが、隆司さんを初めて見た時、「あっ、本多監督だ!」と椅子から立ち上がったほどソックリなんである。ひし美ゆり子さんの誕生会の時であった。

ひし美さんによると、「やる気無い助監督さんで、それがすっごくカッコ良かったのよ〜」ということである。

隆司さんが朝ニヤニヤする本多監督に「黙って行って来い」と言われて円谷プロに行ったら「ウルトラQ」スタッフ会議が始まっており、座った机の上に自分の名前が書かれた台本が置いてあって、そのまま助監督となって仕事を続け、ひし美さんがヒロインを演じた「ウルトラセブン」では特撮班の助監督で、どうせテレビの特撮だろう、監督だって若いお前ら大した事ないだろ、とバカにして、セットの外でカチンコを打っていたそうである。その様子が、ハタチのひし美さんには、大本編監督本多ジュニアのキラキラしたプリンスのような姿として目に焼き付いたのではないでしょうか。

山形では毎朝、監督協会の審査員たちとホテルで朝食で一緒になるが、山形新聞には翌日、僕が登壇した写真が大きく載っていたのでこの話になり、審査委員長の恩地日出夫さんも、最初の仕事は特撮班だったという事で、「雪のセットで雪男の足跡ばっかり作ってさあ、馬鹿らしいと思ったんだよね」と言うので、「それは『獣人雪男』ですね」と僕が言ったら、「お前、良く知ってるね」と呆れられ、根岸さんも「金子の専門だから」と笑った。
見てないけれど、前述したキネ旬の「怪物怪獣大全集」に載っていたのである。これも本多監督作品だ。

ところで恩地日出夫の名前は「ひで〜音痴」からだと言ったウチの父はトンデモナイ誤解をしていて、御先祖様は楠正成の家臣で、建武の中興以後は逆賊の世となったので系図を隠していたが明治となって名を表し、土地を恩賜されたという由来から恩地を名乗り、東京では三家しか無い名家だ、ということである。

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2009年10月17日

『夜間中学』IN山形ドキュメンタリー映画祭PART2

昼間部の中学生が代々木八幡ではないかと思しき駅前で赤い羽募金をする夕方、夜間部の中学生が登校し始めるので、両者は一触即発、険悪な視線を交わし合う。
だが、同じ机を介して、昼と夜の少年は文通し、手紙文だけで誤解を解いてゆく。
昼の少年は「疑ってごめんなさい」と書き、夜の少年は「僕の方こそ、ひがんでました、恥ずかしい」と書く。
まだ幼いのに、なんと清廉な精神であるのか、と胸を打たれる。

現代のインターネット社会で、顔を知らない者同士がカキコミだけで知り合ってゆく感覚とも、どこか共通している。

これ以上はネタバレになるんで、今後いつか見るつもりで、結末を知りたく無い人は読まない方がいいかも知れない。

結局、筆箱は昼の方で見つかり、昼の少年が謝罪と同時にリンゴを二つ机の中に置いておくと、夜の少年が喜んで弁当の時間に級友同士でおいしそうに食べる。
が、いくら昭和30年代と言えども、ちょっと信じられない描写もある。
昼の少年が眠れないと言うので、父親が「お父さんが寝かしてあげよう」と、優しく寝かしつけてあげる、とか……
昼の少年は密かに郵便局に行って夜の少年から切手を買い、「あれはきっと君だろうと思った」と手紙に書くが、ちょっとストーカーぽいところが、少年愛ふうにも見えてゾクゾクする。
この感覚は、昭和30年代というより、本多監督が少年時代だった明治末の感覚なのではないか?
見えないお互いを思いやる心が、時代劇ぽいと言うか……でもいいんですよ、それが。
明治から戦前、戦後の日本の感性の変化が、この45分間に詰まっている感じがして、実に味わい深い。

当時は停電が多く、試験の時に停電したら困るので、夜間部はロウソクを持参させるが、遂に試験の最中に停電してしまい、それぞれがまちまちの形をしたロウソクを取り出し、教室の前方部から火をリレーさせ、机に立ててゆくのを移動撮影のワンカットで撮ってゆく。
そして全景になり、暗い教室の中でロウソクの光が四十本ゆらめいている光景は、美しい。
そこに夜の少年の「僕たちの一生懸命勉強している印が、この机に残っています」という手紙文がナレーションになり、早朝の誰もいない教室となり、ロウソクの跡が、それぞれの机に残っている、というラストシーンを迎え、グッとこみあげてくるのだ。
二人は最期まで直接会って言葉を交わすことは無かったが……

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2009年10月15日

『夜間中学』IN山形ドキュメンタリー映画祭

僕が小学校六年生の時だから今から42年前に、キネマ旬報社から出版された「世界怪物怪獣大全集」という本は、古今東西のSF映画からモンスターの写真ばかり集めた、いわゆるムック本の最初の形態をしたものであった。
映画だけでなく、ウルトラQやウルトラマンやマグマ大使など、テレビの怪獣たちもブロマイド写真みたいに網羅して、身長体重出身地、得意な武器など、辞典のように表示されていた。
更に特撮スタッフの座談会や、怪獣映画を製作する映画会社の裏事情などが細かく載っていて、何度繰り返し読んだか分からない。
ご幼少の皇太子殿下が初めて今上陛下におねだりして買って頂いた本、という伝説もある。
その本に『ゴジラ』の本多猪四郎監督が『夜間中学』という映画を撮った、という話が載っていたのであった。
だから、この『夜間中学』をいつか見たい見たい、と思って40年以上経ち、遂に山形で見る事が出来たのである。

冒頭、フェードインすると「三丁目の夕日」というより、インドかタイのアジア映画のような白黒の東京の風景が広がり、夜間中学へ通う生徒たちの姿が点描される。工場などの職場から、子供たちが出て行き、夕方の中学校へと向かうのだ。
映画の主人公の少年は、郵便局で働き、「学校へ行ってきます」と局長の許可を取って出てゆく。夕暮れの風景のなかを急ぐ生徒たち……
この辺で、すでに目がウルウルしてしまう。
夜間中学の先生役は小林桂樹。
主人公が自分の机を開けると、「昼の僕の机の人へ」という手紙が入っている。
この木製の開けるようになっている机というのは実に懐かしい。
手紙には、筆箱が無くなったので、持っていたら戻しておいて欲しい、とその筆箱の細かい描写とともに書かれている。
それを取り囲んで読む生徒たち。
「昼の奴ら、俺たちが何でも盗むと思ってやがる」
主人公は最終バスに間に合わないと分かっているのに、手紙を書いて、無実を訴える。
狭い家に帰ると小暮美千代の母親が内職をしている。
昼の同じ机の少年の父親は宇野重吉。
二人供に片親なんである。
こうして、同じ机の昼間部、夜間部の、中学生同士の文通が始まる……

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2009年10月12日

山形ドキュメンタリー映画祭ルポ

山形ドキュメンタリー映画祭に来ており、初日の9日は5本のドキュメンタリー映画を観た。

スイス人監督がロシアの貧しい酪農民で子だくさんの母親に密着し家族の姿を丁寧に撮った『母』80分、ゲーテの“若きウェルテルの悩み”のモデルになったらしい人の曾孫が老境に至り孤独となりインタビューを受けて語るという父親の代から150年以上にわたる物語を当時の写真やフィルムで構成したハンガリー映画『私はフォン・ホフレル』160分、かつては過激派だったが今は山形の郵便局のバイトで自称負け犬人生を楽しそうに過ごしている日本人をイギリス人監督がアパートまで上がり込んで自分も出て来て密着取材したNHK製作の『ナオキ』110分、中国南宋時代から続く迷信深い田舎村をホウ・シャオシェンふうと言うべきなのかロングショットばかりで描いた『細毛家の宇宙』76分、そして瀬戸内海の島に暮らす50才近く年の離れたオッちゃんに会いに来て付き合っている京都の20代女性をその友達の監督が撮った『ユリ』64分……

……疲れた。
勉強になるんだけれど、疲れた。
最近の流行りなんだろうが、ナレーションを入れないことが多いから説明不足という気がする作品が多いんだが、ナレーションを入れるとテレビ番組みたいになっちゃうから避けているんだろうけれど、続けて何本も見ると、もっと分かり易くしてくれてもいいんじゃないの、というのが本音であった。

二日目は、イスラエルの若い軍人がパレスチナ人の警官を初めて殺した報復作戦を振り返って語るのを移動マスクというCG的複雑な手法で描いた『Z32』85分、ウクライナの田舎町セバストポリの人々の日常を美しい映像で丁寧に描いた『アポロノフカ桟橋』85分、タイでHIVに感染した女性の数年間をルポした日本人監督の『アンナの道』70分……

日本にいながらにして、世界各国の生活実感が分かる、というのはドキュメンタリー映画のいいところであろう。

だが、その日、山形出身で再来年生誕百年になる本多猪四郎監督が『ゴジラ』から二年後の1956年に撮った『夜間中学』という短編劇映画を観て、こんな貧乏で人々の心が美しい日本があったのか、と癒され、感動するのであった……


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2009年10月05日

山形ドキュメンタリー映画祭に審査員で行くことに

山形ドキュメンタリー映画祭に審査員で行くことになった。

そんなにドキュメンタリーを観ている訳でも無いんだが……
海外では、かなり有名な映画祭だと言うことらしい。

所属している映画監督協会が監督協会賞を出そうということで、国際委員の根岸吉太郎さんから「金子、やってくれよ」と言われ、断れなかった次第。
根岸さんは、僕の助監督デビュー作の監督なもんですから。
(その『情事の方程式』は根岸さんの監督デビュー作)

根岸さんも『ヴィヨンの妻』の公開を控えながらも審査員を務めるが、審査委員長は恩地日出夫さんである。

恩地さんというと、内藤洋子の『伊豆の踊り子』を三鷹高校の視聴覚教室で観た覚えがあり、その話をすると苦笑された。この時の共演の一高生役は黒沢年男だった。あれは国語の特別授業だったのかな……

恩地さんは、テレビのサスペンスのモトになった「火曜日の女」を最初に手がけた監督でもあり、それを中学くらいの時に見た僕は、「映画っぽえ〜」と興奮した。
親が「名前は音痴ひでえからとったんだってよ」と言っていたが、本当だろうか?聞いてみよう。

ドキュメンタリーではないが、本多猪四郎監督が山形出身という事もあって、本多さんの初期の作品『夜間中学』も上映されるので、楽しみ。
また、名作『サンダ対ガイラ』も上映され、キグルミの中の中島春雄さんのトークもある、ということで、こっちも楽しみである。

山形の皆様、よろしくお願いします。


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