見た映画

2019年03月26日

『マイ・ブックショップ』

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『マイ・ブックショップ』はTVも無く書籍がマスコミだった大戦直後、イギリス方田舎町の空き家に戦争未亡人が本屋を開く、という牧歌的で小さな話で、主演女優も地味な年増かと思ってたが、その空き家を美術センターにしたかった街の女実力者から様々な嫌がらせを受けて抵抗する話になって、「個人の自由対社会の掟」という大テーマが広がって、映像の緊張感がハンパ無い事になって、脇役で顔を覚えていたくらいのエミリー・モーティマーが愛しく思え、この人若い頃もっとチェックしとけば良かった、と写真を検索した。320d0158654_1919411640









『メリーポピンズリターンズ』でも悪くなかったと思い返す。映画の中で嫌な奴に「足首が綺麗だと言われた事ない?」とセクハラを受けるが、そう思って見ていたのでドッキリしてしまった。『マッチポイント』にも出ていたんだな、ヨハンセンしか記憶に無いが・・・
ブラッドベリ「華氏451」やナボコフ「ロリータ」などが世に登場した衝撃というのも良く分かった。
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2019年03月21日

『アリー・スター誕生』と『運び屋』

15日の朝日夕刊のイーストウッドのインタビューを今デジタルで読んで興奮してるが、話題になってるんだろうか、僕だけ乗り遅れてる?
『アリー・スター誕生』は最初イーストウッドに来て、ビヨンセでやろうとしたがスケジュール合わず、引き継いだブラッドリー・クーパーが「レディガガでやろうと思う」と相談されて「オマエ本気か?」と言ったが、「映画を見たら彼女は素晴らしかったよ」だって・・・『運び屋』のラストで二人が話してるところみたいで、凄い。あそこにこのセリフ入れても違和感無い。

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2019年03月17日

『サッドヒルを掘り返せ』

セルジオ・レオーネ監督『続・夕陽のガンマン』(66年)のロケ地がスペインの南部で、フランコ体制の軍隊を動員して橋を作ったり、兵士をエキストラに仕立て大撮影を敢行していたとは知らなかった。

『サッドヒルを掘り返せ』では、この映画の中で印象的だった巨大な墓地広場が、50年経って今や荒地となっていながらも、聖地のように映画のファンが訪れ、その中の超マニアたちが古墳発掘のように下地を発掘した、というところから、その上に何年もかけて墓地を再現して作り込んで、世界中からボランティアを募って土運びの重労働をさせ(でも喜んでやっている)、最後にはファン4千人集めた中で最後の決闘をパフォーマンス、映画も上映、イーストウッドがメッセージをくれて一同感涙にむせぶという、呆れるようなドキュメントだ。

『1999年の夏休み』も、公開当初から製作のNCPにかかって来る電話は「ロケ地はどこなんですか」というもので、ファンがロケ地巡礼をする映画は多いが、これはスケールが違うわ。
この人たち、どうやって食ってんだろ、ファンド組んでるようだけれど、テーマパークにはしたくない、お客に押し寄せて欲しくは無いなんて言っているし、その気持ちは分かるけれど・・いいなあ・・

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2019年03月08日

『誰がために憲法はある』

平成最後の週末4月27日ポレポレ東中野で公開の『誰がために憲法はある』(井上淳一監督)試写を見る。

タイトルから、難しい論理が展開してゆくような話になるのではと想像したが、前回新文芸坐で見た『憲法くん』の“憲法くん”を演じた渡辺美佐子さんが、毎年広島で朗読劇を仲間の女優と続けているのは何故なのか、というドキュメンタリーであった。

それは、子供の頃の名も知れぬ初恋が、戦後40年も経ってから原爆によって失われたことが分かった、というドラマがあるからだと淡々と語られ、自分も子供の頃好きだった女優さんたち、岩本多代、日色ともゑ、高田敏江、長内美那子、山口果林さんらと一緒に、それぞれの想いを語ってゆき、墓碑銘に花を手向けるという優しい場面にPantaさんの痛切な音楽が重なって、清らかな気持ちに浄化されて憲法前文を再度考える、という直球の構成であった。

それで再度考えてみると、現憲法の最も大事な部分とは、大戦争を引き起こした国家が、二度とその過ちを繰り返さぬように国民がその国家を縛った、という国民主権と平和主義を、厳密な日本語で厳粛に誓ったところにあるのだ、と分かり、美しい日本語を感じて清々しい気持ちになる。

これを醜い日本語と言ってる人がいるが、戦争をしたくてウズウズしている“国家くん”の気持ちで読めば、醜いと感じてしまうのかも知れない・・・と思うのであった。
試写に来られていたPantaさんと井上さんと写真。
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2019年03月01日

『半世界』

『半世界』満席なので『トラさん〜僕が猫になったわけ〜』へ(話に工夫が足らず平板)に続き『半世界』完売なので『洗骨』(見所多し。立派な作品)へ、と続けて、なんでこんなに『半世界』入ってるの、予告は別に面白いとは思えなかったのに、と思って、やっとギリギリ前の席に座れて開巻数分、稲垣吾郎の登場で理由が分かった、これだ。

大袈裟に言うと掃き溜めに鶴か、いや、それは正確では無いかも知れないが、この話に稲垣吾郎が出るような日本映画界では無かったからな・・・と、25,6年くらい前に記憶は飛ぶ。

『プライベートレッスン』のシナリオをアメリカのプロデューサーから渡されて、あまりに酷いので断ってしまった記憶が・・15,6歳のゴローちゃんはどうだったのだろう、と思いながら中年となった彼を見ていると・・・

長谷川博己演じる外戦地派遣の自衛隊員の心の傷にたどり着こうとするが、無理な日本人の友達、という彼から見えた物語で、世界の中の日本の風景を切り取ろうとすると「半」世界になってしまい、でも、この世界も一瞬先は真の闇、という阪本順治監督の狙いは良く分ったのであった・・・

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2019年02月13日

『メリー・ポピンズ リターンズ』

『メリー・ポピンズ』は65年の日本公開から3年後、中学校の体育館の映画教室で初見し、見た後、指を鳴らす練習をして3日くらいで鳴らせたが指が痛くなった。
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時は飛んで自分の子供が小さい頃、レーザーディスクで何度も見せていた。
更に飛んで『メリー・ポピンズ リターンズ』のエミリー・ブラントはかなり好きな女優なんだが、少し陰があるのが予告編から気になっていたが、Jアンドリュース版には無かった不条理感というか、不思議なものを見る感じは強くなっている。
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かなり拘りの強い人物なので魔法を使うところが意表をつく。隣りの屋根で大砲を撃つ将軍がデビッド・ワーナーで『ネクロノミカン』のドクターがお元気そうなのに驚く、あれから25年でこっちも時を飛んで「黒い服ばかり着たく無い(そういう役ばかり来る)」と言っていたのを思い出す。
これは楽しそうに演っていた。
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2019年01月30日

『あの日のオルガン』試写

『あの日のオルガン』の最終試写に行く。娘の金子由里奈が大原櫻子の幼稚園〜小学校を飛ばして中高の同級生なので、僕も幼稚園児の頃から櫻子を良く知っている。
戸田恵梨香もデスノートで映画初出演、二人とも立派になって・・、と嬉し泣き。
映画も素晴らしい出来、というか、脚本・演出・出演者の演技、どれも一級で背筋が伸びるよ、席に座っていても。
平松恵美子監督と李鳳宇プロデューサーを尊敬します。
三番手には佐久間由衣が配されていて、女の子映画としても贅沢。戦争を憎むハートも鋭く、泣けるだけでは無い力強いメッセージを受け取れる。
2月22日より公開。
『あの日のオルガン』サイト

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2018年12月28日

塚本晋也監督『斬、』

塚本晋也監督『斬、』では塚本晋也が池松壮亮を完全に食っている。
カッコいいオヤジ芝居で凄みもあり狂気もある。どうやって監督してるんだろう・・・
『野火』では気弱な感じが上手く出ていて、本人の謙虚な態度にイメージが繋がって『沈黙』とも共通してたが、こっちは宮口精二が根っこにあるのか・・・
夕張映画祭で侯孝賢も一緒に雪だるまの被り物でか雪上かけっこしたのが懐かしいよ。いや、あの時も運動神経いいの分かってた。

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2018年12月22日

『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』

『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』本編見てから予告編を見たら、最初のカットとセリフが重要だったと知ってボーッと見てんじゃねえよと自分を叱る。
何気ないカットなもんで何気なく入ってるのかと思って・・・ケーシー・アフレックがずっと被ってんのかな、その辺話題にされてないけど、面白いなコレ。
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2018年11月17日

『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』

images『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』となっているので「普通のアンナ・カレーニナでは無いの?」と思って見ると日露戦争の満州から始まった。トルストイはクリミア戦争に行ってて、時代が違うだろ舞台を変えて翻案しているのかと思っていると、年配のヴロンスキーが負傷し、偶然にもアンナの息子が軍医として治療、彼が自分の母親を翻弄して死に追いやった男だと知り、憎しみをこらえて話を聞くという、原作の後日談を創作した回想形式の新たな物語であった。
アンナ・カレーニナは何度も映画化されその度に見ていて原作も学生の頃二度読んだが、今回一番なるほどと思った。キーラ・ナイトレイのは違和感が強かった(色気がない。今回は艶気の塊)。
大体がアンナの自死の謎をそのまま放り投げるものが多く、というか殆どで、最後はスパッと終わるが、これはそこをしつこく追求している、というか、それがテーマの映画だ。見ているうちに「トルストイはアンナを罰したのよね」という、やはりこの小説が好きだった母の言葉が耳元に蘇って来たが、その前に、やはりアンナの死が様々に解釈されて来たという前提があったことも思い出されて来た。
日本の読者の間でも結構議論があったらしく、母もそう言いながら自分が言った事に納得していた様子では無かったように思う。
母に見せて話がしたくなった、というか、想像で問答している。舞踏会のシーンは、アンナ史上、最高のエロティシズムがあったと思う。
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翌日「アンナ・カレーニナ」は本棚にあるはずだと思ったが見つからず図書館へ。
やはり原作はアンナが死んだ後が相当長いので忘れていた。
解説でも、トルストイは時代の群像のなかの一人として、道徳的には非難されるべきアンナに哀れみを持って、社交界のなかでリアルに立体的に描いていたので、当時から議論があって今に至る、とある。実際に愛人に浮気されて飛び込み自殺した夫人の轢断現場を見て着想したそうだ。
トルストイ45歳の作品。35歳の時に「戦争と平和」を書いている。僕は中3の時に「戦争と平和」を覚えにくいロシア人の名前をノートに書きながら読んだ。
「アンナ」は高校の時だが、「戦争〜」に影響されて自分でも何か群像大作を書きたくなったが、知っている社会は学校だけ、自分は高みに上ってクラスの全員を揶揄的にフィクション化してB6版の文庫サイズのノートに「期末テスト叙事詩」という小説にして一部で回し読みして多少受けた記憶が。
中3の2学期の期末テストで人生が決まるという、皆がいきり立っている時期の群像で、これが結構大元になって大人になっても中学生を書いているうちに、いろいろあったが略して飛ばして『1999年の夏休み』になった、と言えるのかな。

また本日土曜17日からデジタルリマスター版がユジク阿佐ヶ谷にて一週間上映。
明日18日19時40分の回に上映後挨拶します。

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2018年11月02日

21世紀の女の子

東京映画祭で『21世紀の女の子』ワールドプレミアを見る事が出来たが、不思議な感動があった。当然、自分の娘が14人(15人目はラストクレジットのアニメ作家)の監督のうちの一人という事情もあるだろうが、どの短編にも引き込まれながらも、物語が完結しているようには感じられないまま余韻無く次が始まり、時には前の作品を反芻したいがその間も与えられず、最後に山戸結希監督が華麗な映像で「離れ離れ」の「花々」として、それを束ねた自分の役割を歌いあげ、そこに感動が集約されて来るという企みが分かりつつ、コノヤローとは思わないで素直に感動となってしまうのであった。それは「女の子」だからなのであろうか。確かに山戸さんが言うように、120年の映画の歴史で、今、「映画を撮らなければ生きてゆけない女の子」という者たちが集まったのを「奇跡」と称して演出した教祖のようでもあり、批評を無力化するために映像で嘘をつけとアジるアジテーターのようでもあり、鉱脈を見つけた開拓者のようでもあり・・・面白かったですよ。数日前に自分が脱稿したシナリオも、これはこれで21世紀の女の子の映画なのだが・・・そういや、アイドルは出て来なかったな、男が作ったら必ず出て来るだろ、そこが違うのか・・・
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2018年09月20日

クロエGモレッツ『クリミナルタウン』Chloe Grace Moretz November Criminals

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クロエGモレッツ目当てで『キャリー』とか『フィフスウエイブ』とか見てガックリしていたが、『クリミナルタウン』は良く出来ていて結構面白いと思うが余り世評を見ない。

ワシントンの高校生の初体験青春モノみたいなスタートが、タイトルの通りに犯罪都市としとての環境によってミステリーになったかと思ったら青春モノに戻るのは、初期の東野圭吾のような展開なのかも知れないが、親や教師の描き方がパターンでは無いのでいわゆる「作り物」とは思えず、犯罪と日常が近い世界だとこうなるのか、と思わせる。
本当に平和な生活の一歩外には犯罪が横行しているのがわかる。

セックスに対する向き合い方も、タレント事務所に配慮するような日本的事情が無いから、作家が考えたように描いていてリアルだ。が、最終的に『ベイビー・ドライバー』で印象的だったアンセル・エルゴートとの”カップルもの”という印象になるから、それもアメリカ版プログラムピクチャー的でもあって、ポスターがこうなるしかなかったのか・・・
調べたら『キャリー』にも出てたのか、トミー・ロスで。
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2018年09月19日

『判決、ふたつの希望』L'insulte

Unknown-4我々には馴染み薄いレバノンの状況が良く分かる『判決、ふたつの希望』を見終わって考えると、諸悪の根源はイスラエルだと感じるが、映画にはイスラエルという言葉は出て来ない。

パレスチナ難民から水道配管工になっているプライド高い男が、道路工事中の近所のアパート上から廃水が落ちて来たので、そのアパート2階のベランダ配管を自主的に修繕すると、住民のレバノン人が余計なお世話だと修理を壊して更に水をかけて来たので、その彼に「クソ野郎」と言った事で工事会社に抗議されてしまう。その言葉だけは不味いと、ボスに連れられて謝りに行くと、ラジオでは難民批判の放送中で、車修理工の彼に謝る前に「お前らなんかシャロンに皆殺しされれば良かった」と言われたので遂に火がつき、殴りかかって怪我させてしまい、裁判になる。

そのシャロンというのはイスラエルの強硬派首相だったくらいの記憶はあるが、PLOをパレスチナから追い払って、そのPLOがレバノン人虐殺をしてレバノン人が仕返し・・という歴史は勉強不足だが、背景から単なるレイシストとしか見えなかったレバノン人の怨念も分かって来て、配管工もPLOの戦士だったのではないかと思えて来て、「水かけ論」が大統領まで登場する一大論争に発展してゆくダイナミックな映画であった。

だが、二人はお互いが殺し合いの当事者だった訳では無い。パレスチナ人の車が故障すればレバノン人が直してやるという場面もあって、修理工の美人妻は常識人だがこの事で早産してしまう等、人間描写もきめ細かい。
音楽のノリも良く、なるほどこれなら怒るよね、というワイドショー感覚の「ご近所トラブルもの」としても観れるエンタテインメント映画になっているのは、レバノン人のジアド・ドゥエイリ監督がタランティーノの撮影助手だったから、と紹介されている。
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日本でもヘイトクライムが目立って来てなんだか殺伐としているが、燐光群の『九月、東京の路上で』などの舞台では論理的に糾弾されるが、映画では『焼肉ドラゴン』のように情緒的なものになって、人種問題の構造までは描ききれていない気がする。

自分が中国映画『シベリア風雲』をやっているのも、根底には中国人と理解し合うことが平和のためだと思っているからだが、完成に至るまで大変な状況になっており、外国人理解は大変だという実感になっております・・・

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2018年09月18日

シアーシァ・ローナン『追想』Saoirse Ronan /On Chesil Beach

シアーシァ・ローナンは『レディ・バード』で満腹になったからいいか、と思ってタイトルもありきたりで惹かれなかった『追想』には衝撃を受けた。
Unknown-3『レディ・バード』でのシアーシァは勝手気ままな女で共感出来なかったが、世評は高くてアカデミー賞にもノミネートされているが、僕には『追想』の彼女の方が抑制しようとしても溢れる感じがあって目が離せなかった・・のは、単に好みか?
『ブルックリン』では古風な女を落ち着いて演じているのを思い出して幅が広いんだな、と感心する。
imagesもともと『ラブリーボーン』で誘拐されて死んだ少女という設定にただ“可愛いい”と思うのを憚られて目を背けたくなる第一印象だったが、それ以前に『つぐない』で13歳のアカデミー賞ノミネートだったのだ。やはり大女優への道を歩んでいる人か。

『追想』はクレジットタイトルに原作と脚本にイアン・マキューアンの名前を見つけたが、前半は「性春コメディ」かと思わせて、いきなり『つぐない』みたいな苦い青春になってゆくのがその人の真骨頂なんだろうが、性春コメディのままシアーシァを昇天させたら最高点であったが、そういうものは自分で作れと言うことか。
でもこのシャーシァがそうなってゆくのが見たいんだよ・・批評になってないな。

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2018年07月06日

その日の「ピーターラビット」

日付変わったので証明出来ないが、スマホでのムービーウォーカー日比谷シャンテのタイムテーブルに、確かに今日「30年後の同窓会」17:20と出ていて、行ったらやっていない、シャンテのサイトには載ってないのにチクショウと思って見られるのが新宿ピカデリーの「ピーターラビット」だったので行ってエレベーターに乗ったら、女性三人が乗り込んで来て「こんな時にピーターラビット見るの私たちだけだよね」と自虐笑いしていて「どんな人が見るんだろう」「見てみたいよね」と言うから、「ここにいますよ」と言って出て行ったら、背後で笑ってスイマセン、て言ってた・・・で、終わらせた方が話がまとまるが、一応感想・・・
予告では正直可愛いより気持ち悪いウサギたちで、積極的に見る気になれなかったのだったが、見たらやっぱり気持ち悪いに近いが、性格も激しく悪く作っていて、人間の方も共感出来ないカリカチュアしていて、両者がバトルするブラックスラップスティックコメディだったので面白かった。見て良かった。まさかピーターラビットをブラックでやるとは予想外、さすがイギリス。オウムもブラックコメディにしてみようか・・・と考えると何言われるか分からないからそこで思考STOP。
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2018年07月04日

焼肉ドラゴン/カメラを止めるな/モダン・ラブ/ハン・ソロ/ 少女邂逅/1999

傑作舞台『焼肉ドラゴン』を作者自身が監督で映画にしてるが、直近の舞台版で素晴らしかった中村ゆりの役が井上真央になっていて、どうしてもその理由を考えるという見方になってしまう。作者は韓国人姉妹を典型的日本人女優に演じて欲しかった、という事なんだろうか? 舞台よりも映画の方が、日本人と韓国人の違いが感覚的に感じられる。スクリーンにおける「差別」では無い「違い」は、両親役の韓国人俳優に濃厚に表れていると思う。
『カメラを止めるな』ポスターでは前田敦子と山崎貴が出てるのか、と思わせ・・・山崎貴は冗談だが、マエアツはどうして出てるんだろうと思っていたが別人で、全く知ってる俳優はいないが、結構それを逆手に取って工夫されて面白く作られている。ケイズシネマでトークイベントのある時は『1999年の夏休み』の予告は流れないようだ。
『モダン・ラブ』は、映画文法に挑戦しているのか、映画認識にも挑戦してるのか、珍しいなと思っていると、綺麗にまとめる。脱がしたらもっと分かったんじゃないか・・・と身も蓋もない事を言っても良いものか・・・
『ハン・ソロ』は、まあ面白いんじゃないの、と思って見たが、なんだ、また続きものにしやがって、とディズニー商魂を感じてしまった。
『少女邂逅』は主役の二人のキャスティングを敢えて逆にしているのか、と思って見た。女の子はやはり本来的に芝居する生き物なのか、とも感じた。
この怒涛のような新作映画の群れのなかに30年前の『1999年の夏休み』をぶつけるのか・・・

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2018年06月11日

軍中楽園

images-1『軍中楽園』は侯孝賢ブランドで売ろうとしてるがそれじゃ客来ないのでは。
ホントの美人女優二人がカラダ張って慰安婦を演じているアリガタサを訴えないと・・侯孝賢のより全然面白いし。とは言え確かに大陸から国民党が襲来した台湾の成り立ちがこの慰安所を産み90年代まで存在していたという驚きも訴えたいしそれを今の日本で売るのは難しいのは確かだ。
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だが、童貞のまま慰安所に配属された若い軍人と訳ありの娼婦(萬茜:レジーナ・ワン)との友情が、美しい夜の月見草を見に行く官能的にも見える間接的話法の恋愛描写に発展しながら本人たちはそれに気づかず、遂に自覚してすべて脱いで裸になった直接的話法の行為の時には残酷に傷つけてしまうという物語は、この背景でしか描けない性と愛の普遍的テーマが最初から緻密に組み立てられていた事に驚いた。
もう一方の上官に身受けされる芝居を演じる可愛い娼婦(陳意涵:アイビー・チェン)の悲しい物語も、何度も語られて来たこの種の話を越えてリアリティがあり、『赤線地帯』の京マチ子と比べている事にも自分で驚いていた。なので、写真を見つけて推薦したくなった。
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2018年06月09日

『君の名前で僕を呼んで』をようやく観られた

ロビーに女子あふれ上映間際に行くと入れなかった『君の名前で僕を呼んで』をようやく観られたが、サスペンス演出の上手さを感じてどっぷり引き込まれてしまった。
ウディ・アレンの映画にも出演が決まっているというインターステラーの息子、アカデミー賞最年少候補ティモシー・シャラメが苦しみ悶え、
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コードネームUNCLEのイリア、男の色気の塊アーミー・ハマーが兄のように肩に触れて救い・・
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あとは見て、としか言えぬ秘密の・・何であろう、女子なら花園だが男子はいい表現ある?
・・二人の夏の間の絆は「一瞬であるが永遠である」・・というのは30年前に『1999年の夏休み』を撮った時にも想っていたテーマで、画の質は全く違っても、どこか共通に流れる感情があって、あれ?これに似たカット撮ったよな、みたいなデジャヴもあり、日活に入った時の亡き先輩への憧れに似た記憶も寄切ったが、先輩とはスグ女の話になったのでこうはならなかった訳だよね・・。
日本映画のワンシーンワンカットって、結構これ見よがしに目的化してしまってウザいテクニックになりがちだが、この映画のワンシーン長いのは見事、遠景から近景へ人物配置を変えたりしてワンカットとは感じさせないでサスペンスを醸成していた・・・
しかし「君の名前で僕を呼んで」というのはキラーセリフやなあ。異性愛ではあり得ないセリフだからね。

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2018年05月31日

映画雑感//ゲティ家の身代金/恋は雨上がりのように/友罪/蝶の眠り

「ゲティ家の身代金」のオドロキは、エッ、あの感じ悪い秘書がティモシー・ハットン?
「普通の人々」の好青年、「タップス」の制服似合う・・・

雨が先か恋が先か思い出せず調べた「恋は雨上がりのように」は小松菜奈の走る姿がエロチック。僕も「Living in Japan」で高良光莉、「生贄のジレンマ」で竹富聖花を走らせて車横イドーでフォローした。女子がカッコ良く走るのをフォローで撮るのは快感。映画には既視感があって、桜田淳子の「スプーン一杯の幸せ」「若い人」と比べながら見ていた。黒沢年男や小野寺昭の方が大泉洋より危険な香りだった。もっとくたびれた感じにすれば危険度は増すが、そうならないように配慮して笑えるようにしているが、女の子がドキドキした〜とか言っていたから、今の時代では使えるレベルなんだろう。教科書に相合傘を書いた時点でサスペンスは無くなったが、そうするつもりも最初から無いんだろう。

「友罪」は見終わってトイレで知人を見かけたが、話しかける気分になれなかった。普段なら誰かつかまえて感想を言いたくなるもなんだが・・・と考えると、この映画自体、いくつかの事件に対する感想のモザイクみたいなものだからなんじゃないか、と分かった・・・ような気がした。

「蝶の眠り」は29年前のマドンナ中山美穂と去年のマドンナ石橋杏奈が美の競演。高間賢治カメラマンがミポリンを、上から撮っても下から撮っても右から撮っても左から撮っても綺麗だと言った伝説が日本映画界に伝えられているが、29年経っても変わらずの目ヂカラで痺れる。石橋杏奈は僕が撮らないとアレだな、衣装がイマイチだもっとカメラ寄れと呟く・・・他に言うことないのか・・・忘れることは美しい・・のかな・・

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2018年04月24日

『さらば夏の光よ』(76年)フィルム上映42年ぶり@アテネフランセ文化センター

(自分の備忘録のため)長文レポートになってます。
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「脚本で観る日本映画史」という試みをアテネフランセ文化センターにてシナリオ作家協会が佐伯俊道さん中心でやっているので、3回目となる21日は山根成之監督・20歳の郷ひろみ映画初出演『さらば夏の光よ』(76年)フィルム上映を42年ぶりに観に行き、お元気そうなジェームス三木さんと井土紀州さんとの対談を楽しんだ。


隣の席には伴一彦さんも来ていて「忘れてないもんだな」と言っていたが、僕は結構忘れていて、最初にチンピラもいいとろころの郷が夜の車のアベックに因縁つけて逆に男に殴り倒されてしまう導入は、当時としても「なんか古臭いな」と思ったのは覚えていたが、次のシーンでそれが商売で「女と上手くやったんだろう二万円は安過ぎだろ」と文句つけて今度はその相手を殴り倒すデパート屋上のシーンを忘れていたのを思い出し、なるほど工夫があったんだなと引き込まれた。
この殴られた男がその後も要所に現れて、郷の暴力沙汰を引き起こして物語を展開させる。
郷は予備校で知り合って安アパートで同居している早稲田を目指す野呂ちゃんという愚図なガリ勉タイプの浪人(川口厚:映画は殆どこれのみの川口家末っ子・大麻で逮捕、引退、早逝)と一緒に、ロッテリアのバイトをやってる秋吉久美子に目を付けてルックスが良い自分だけ面接に受かるが、秋吉と初デートの時、例の男と出会って喧嘩して怪我してしまい、野呂を替わりに行かせた事から絶妙な三角関係のドラマになってゆく。
郷も秋吉もお互い好きなのに、野呂を秋吉にくっつけようとする郷の必死さがバカだなコイツはとじれったく思いながらも切なくなる。
秋吉も郷にキスしてとか言いながらも郷に傷つけられ、泣いた勢いで野呂に抱かれて妊娠、遂に結婚することになってロッテリアを退職した秋吉を、いきなり強姦未遂した店長にキレた郷が雨の中仕返しに行くと、後から野呂が加勢して店長を殴って殺したと早合点して郷は野呂の身代わりになって自首、未成年なので少年院で坊主刈りになるが、後に嘘はバレて野呂本人が逮捕され、野呂は成人なので刑務所に入り、この時初めて郷と秋吉はアパートで抱き合ってキスするが、お腹の子が動いてセックスは出来ず、200万という野呂の保釈金が立ちはだかる。
その金を郷がやっと作ったのに保釈の前日に野呂は獄中で死んでしまうのは、ずっと咳していて分かりやすい伏線を張っていた。保釈金を作るため郷は実の父親の仲谷昇の医者に半分脅しで訴えに行くのが、それまで生い立ちを語ったり異母妹を自分の偽のガールフレンドに仕立てて秋吉に見せつけたりしていて使っていたので、登場人物の役割に無駄が無い。そういう意味で「脚本で見る映画史」に選出されたのか、と納得した。
野呂の子を孕んでいた秋吉は、故郷に帰る間際、郷に「子供も面倒見るから一緒になろう」とすがられるが「私たちは3人の関係で、一人欠けたら終わりなのよ」と言われてしまい、ラスト、屋上で飼っている小鳥を空に放つ郷の激しい喪失感・・・
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これが10本目の映画脚本だったジェームス三木さんも42年ぶりに見て「全く忘れていた、残念なのは郷がちゃんと坊主刈りになっていないこと」と言われたが、確かに中途半端な短髪で坊主刈りとは言えないが、公開当時は郷が「ナンバーワンアイドルなのにちゃんと映画の為に髪を切った」という事が評価されていた。郷と同じ歳の僕は当時大学生、高校から何本か8ミリ映画を撮った後で、この時代唯一の若手で、劇画原作をちゃんと撮れる商業監督という存在だった山根成之に生意気にも対抗心があって、『愛と誠』で鈴木清順の真似のような突然空が赤くなるような演出を失笑したりしていたので、この映画は「山根が初めてマトモな映画をとった」とかノートに書いていたのを思い出して心の中で謝ったが、当時は何でこれがキネ旬のベストテンに入賞したんだろう、と映研の先輩の押井守さんに話したら、押井さんは「評論家はみんな久美子ファンなんだ」と言っていた。井土さんは、郷の方が秋吉より綺麗に撮れていると言っていたが、確かに今見ると郷が懸命に役立たずのチンピラを演じているのが新鮮で、懸命な芝居に胸を打たれる。だが、やはり秋吉は可愛くエロくリアルな存在感がある。遠藤周作の原作はこの為に読んだ井土さんによると、野呂が主人公になっていて、郷の役割の方が死んでしまい、殆ど改変されているとのことで、それで遠藤周作が怒ってビデオにもなっていない、という噂があったが、トークではそこまでの話にはならず、郷ひろみに合わせて改変したのだろうと纏められた。ジェームスさんは、元々歌手で、生きるためにいろいろなバイトを経験した話をしてくれたが、それが映画の郷の行動と重なっていると思えた。

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2018年04月13日

片や『ペンタゴンペーパーズ』方や『チャーチル』

今の日本の情勢と片や『ペンタゴンペーパーズ』方や『チャーチル』がダブって見えるよ。
『チャーチル』には「ヒトラーから世界を救った男」と副題が付いているが、そこまでは言えないだろ
と、思うが・・・
ヒトラーには「対話では無くて戦争だ」と主張していたチャーチルが、地下鉄に乗って庶民の声を聞いたらレンガ職人からも支持されて戦争に向かっても良いのだそれしか無いのだと思うシーンが感情のピーク。安倍首相も見たらしい。
片や『ペンタゴンペーパーズ』では、政府の隠蔽して来たベトナム戦争必敗の資料を公表したら我が新聞社が危ないと覚悟しながらも言論の自由を守るために女社長が「Let’s go」やっちゃいな、と言うところが感情ピーク、朝日新聞の記者は涙したろう。
面白いのはどっちも面白いが、ゲーリー・オールドマンが何故チャーチルをやりたかったのか考えてしまう、尊敬してんのかな。見る価値ある特殊メイクだが、ヒトラーほどチャーチルの映像は見てないからそんなに似ているのかどうか分からないし、やはりあのゲーリーの狂気の目がそのままだからチャーチルも狂気だったという事がやりたかった訳ではなかろうが、やっているうちに狂気も一体化したのは見事。片やペンタゴンのメリル・ストリープとトム・ハンクスには狂気までは至らないが堅実に共感出来、それにスピルバーグの確信が演出にスピードを加味して分かりやすさの名人芸に達して、スッキリ疑問なく見られる。
日本の国会は疑問だらけで糞詰まりの状況なんですが・・
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2018年03月29日

『坂道のアポロン』ネタバレ

『坂道のアポロン』は全体として好感の持てる映画で、知念侑李ピアノ上手いな、中川大志ドラム上手いな、小松菜奈キレイだな、60年代の佐世保ジャズ文化再現してるな、という娯楽性ポイントはしっかり撮っているので見て損なことは決して無いが・・・


(以下ネタバレ)・・・最後の最後で僕はエッ!?と声を上げてしまったのは、知念と中川のセッションに加わって歌うはずの小松菜奈のどアップがハッと息を吸ったところで暗転、クレジットタイトルが上がるので、終わって後から考えてみると、これは音楽を通した男二人の友情の物語で、主たる客は二人のファンなのだから三角関係の中心にいる彼女は歌わなくても商品としても映画としても成立していると思ったが、彼女の歌を始めて聴いて、これは最後にアンタが持っていくだろ頑張って歌えよと泣こうとして身を乗り出していた僕は愕然として、女子学生ばかりの帰りのエレベーターの中で思わず「小松菜奈の歌、聴きたかったよね〜、みんなどう思う?」と言ったらキョトンとされて振り返られ一瞬後にクスクスと笑われてしまった・・・

というのは嘘で、何も言わなかったが、他の客に聞いてみたいところであった。


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2018年03月27日

佐川さんてちょっとだけサム・ロックウエルに似てるかも

IMG_20180327_0001佐川さんてちょっとだけサム・ロックウエルに似てるかも・・と思ってたので、証人喚問では『スリー・ビルボード』警察署長的な開き直ってぶっちゃけてまう役割を期待していたが、やっぱり全然似てなかった。疑問は更に膨らむ・・・あの忍耐力とフサフサが羨ましい。

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2018年03月26日

『グレイテストショーマン』

『グレイテストショーマン』の落書き。
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シルクハットで連想したハイザマス・・・ジャックマンが変身してウルヴァリンはサーカスで人気者・・・から連想する狼男・・・ヒゲ女〜ヒゲオヤジ・・・魔術師キノオは第三の魔術師。


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2018年03月24日

トゥームレイダー二代

『トゥームレイダー』初代と二代目、どっちが好き? 
胸と唇は初代にかなわないけれど、二代目の可憐さと身体能力には目を見張る。
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2018年03月11日

『シェイプオブウォーター 』の半魚人

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怪獣辞典を作った子供だったんで、『シェイプオブウォーター』の新たな半魚人を加えようかと描いてみたけど、名前がわからない。
でもラゴンの老人ぽい感じ、アマゾンの凶悪犯ぽいのと比べると相当ハンサムなのだと分かる。襟みたいなのがオシャレ。
サリー・ホーキンスが難しい。可愛いのかブスなのか・・・オクタビア・スペンサーの代わりに、前作の共演者を描いてみました。

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2018年02月25日

ルーニー・マーラの『ローズの秘密の頁』

タダ者では無いルーニー・マーラの『ローズの秘密の頁』には驚いた。
images-2昔から熟女のイメージしか無いヴァネッサ・レッドグレイヴが50年囚われている精神病院に医師のエリック・バナが訪れ転院の為の再診をし、彼女の若い頃を演じているが、やはりタダ者では無い強烈な色香を放ちまくる。

戦中の疎開でアイルランドの田舎に来てしまったが最後、神父はじめ宗教や因習に縛られるバカな男たちの視線を捕えて離さない。
しかしこれが誰もが振り返るモデルみたいな派手な超美人では無い、自分の事ってそれほどの美人だとは思っていないと貴女は思っているでしょという納得感があって、僕だけが貴女の美しさが分かるんです、と思わせる目をしているので、こういう人が人生に現れたらもう男は終わりだ。
憎たらしい神父も会った一瞬で恋の病に冒されて人の道を誤った。

『父の祈りを』で「アイルランド愛」の人であろうと思い込んでいたジム・シェリダン監督も自国には愛憎こもごもなのだろうと分かる。

彼女が助けて愛する飛行機乗りは、ヒトラーと戦うためにアイルランドから英国軍に志願した男で、そのことで知性無きアイルランド独立の原理主義者から命を狙われる。
知らなかったが、アイルランドは対戦中は中立で、どちらかというとドイツ寄りだった、だから攻撃を受けないアイルランドへの疎開が有り得たわけだ。
こういうところに男女のドラマを産み出し、人生と社会と歴史の関わりを学ばせ、深刻な思いが最後に昇華され、そうかこれはエンタテインメントだったのか、と分かって見て良かったと思わせる凄い映画だと思うが、客少ないな、公開から暫く立っているからか・・・エンタテインメントにすると、分かりやすくて甘くなった、と思われてしまうのかも知れない。

ヴァネッサの若い頃の写真を探してみると、ルーニーと似ているのがあった。映画でも、50年経っている2人の目は同じだ。
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kaneko_power009 at 14:02|この記事のURLComments(0)

『ビガイルド〜欲望のめざめ』&『白い肌の異常な夜』

『ビガイルド〜欲望のめざめ』って身始めてスグ、あ、『白い肌の異常な夜』(ドン・シーゲル監督イーストウッド主演'71)じゃんて気づくじゃん。なんでこんなタイトルにしたんかね。
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サイト読んだらソフィアさんが「リメイクじゃない」とか言ってるみたいだけど、シーゲル版とそんなに変わらない印象なんだけどなぁ。まあ面白いけど、シーゲル版の傑作の印象を上書きする感じだ。

イーストウッドがコリン・ファレルになったから、色気が薄いかな?
もしかしたらファレルの方が芝居上手いかも知れないが、イーストウッドの存在感が圧倒的。
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「ソフィア・コッポラのゲイジュツフレイバーより、ドン・シーゲルの作劇の方が映画に貢献してる」とかなんとか言ってくれる評論家はカンヌ辺りにはおらんのか。
シーゲルって忘れられてんのかな。ダーティハリーってイーストウッドが作ったとか思われてない?


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2018年02月18日

LIKA-ライカ

今関あきよし監督『LIKA-ライカ』は、モスクワで女優を目指すロシア女性の部屋に転がり込んだ日本女性が、まるで宇宙から帰ったライカ犬のように人恋しくまとわりつき、儚い愛の瞬間があったという時間を描いている。

ヌードも見られるが、R15+なのであまり派手では無い。
僕も『ジェリーフィッシュ』では似たテーマでR18なりの表現をしたので、もうちょっと見せ・・とは思ったが、こちらはモスクワのロケーションの美しさを背景に文学的に語ってゆく事を選んでいる。
その宮島紗絵の語りには切ないものがある。
ロシア女優クセーニアアリストラートワも今後、太らなければいいのだが・・・

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2018年02月16日

長年の疑問 北野武監督・編集

昨夜は楽しくゴールデン街カンビアレで一日店長をやれたが、カウンター越しにお客さんと映画編集の話になり、長年の疑問が再び頭をもたげて来た。

それは北野武さんの「監督・編集」というクレジットで、日活撮影所に北野組と金子組が入っていたフィルム時代、編集助手さんに「彼は本当にフィルムを手にして実際の作業してるの?」と聞いたら「いや、編集室に技師と一緒に入って指示しているだけでフィルムを触っているわけではない」と言われ、それなら他の殆どの監督と一緒であって特に「編集」をクレジットする理由は無い、と思ったものである。

フィルムの一コマ二コマ削ることに拘り、シーンの入れ替えをしてみたり、映画全体の編集に責任を持つ、という監督は多数派、というよりみんなそうだろ?

たまに素材を編集技師に任せて次の現場に行く忙しい監督がいるくらいで、北野さんだけが「編集」のクレジットを続ける理由が分からない。

彼が初監督をした時の前任だった深作さんが当時忙しかったからそうしていたとか、彼の周囲も他の現場を知らないとか、編集技師さんが特に文句を言わないとか、というだけの理由なのではないか?

我々は編集マンのセンスに頼って、自分の考えるツナギが良いか悪いか分かるか分からないか格闘するが、彼はそうしないで一回切りの編集指示を与えるだけ、ということなのであろうか?
一回きりということは無いと思うが。あの独特の間の取り方は、誰にも真似出来ない専売特許なのか?
真似しようと思えば出来る気もする、別にしないけど。
独特の、と言えば市川崑監督だって、編集のクレジットしてないでしょう。
あれは真似出来ない。
大林さんは実際に切った貼ったやっているからクレジットされてもいいんじゃないかと思うし、最近是枝さんもクレジットしだしたけど、あれは自分でオペレートしてるんじゃないかと思う。

今、デジタルになって北野さんが自分でオペレートしてるとは思えない。・・・でも、「思う」だけで、実際はそうしている可能性もゼロではないので、いやあ、そうしてるんだよオレと言われたらスイマセンと言うしかないが。

kaneko_power009 at 13:21|この記事のURLComments(0)