映画祭

2014年10月29日

『少女は異世界で戦った』は東京国際映画祭勝手に参加作品

↓渋谷シネパレス舞台挨拶後(左から三田真央・ハヤテ・清野菜名・花井瑠美・武田梨奈・加弥乃・私・司会の林田隆志)
シネパレス
渋谷シネパレスで連日20:25から上映の『少女は異世界で戦った』は
"東京国際映画祭勝手に参加作品”だが、今日(10/28)はその東京映画祭に実際来て、映画監督協会新人賞の『箱入り息子の恋』を鑑賞してシンポジウムに参加。
根岸吉太郎さんが最初に出て来て映画クイズをしてくれてウケる。
「1960年の第一回映画監督協会新人賞は誰でしょう?」
(答=大島渚)
映画祭の矢田部ディレクターにもご挨拶したが、”勝手に参加作品”の件は言い忘れてしまった。その後見た『草原の実験』はちょっと衝撃ですな…これは話題になるんじゃないか。
夜の監督協会パーティまで間があるんで『イコライザー』なんかも見てクロエ太ったなと思う。
しかし六本木ヒルズの映画祭レセプションで聞いても、監督協会のパーティがある事なんか知らないので、場所を探すと、いつものところでやっていた。
ヤン・イクチュン監督から『息も出来ない』の話を聞く。
今、ちょっとマイナスの話題になっちゃってる「ニッポンは、 世界中から尊敬されている映画監督の出身国だった。お忘れなく」とかいう映画祭のコピーは、ディレクターの方や真面目にやってる人も迷惑しているそうだ。エセ愛国心とでも言うか、この恥ずかしいコピーは大手代理店によるものらしい。
トリハダ立つよ……
……でも、再度宣言
『少女は異世界で戦った』は東京国際映画祭勝手に参加作品です。映画祭会期中(31日まで…あと三日じゃん)、六本木から渋谷までバスに乗り、西武デパート付近で降りてロフトの坂道を上がると右手に渋谷シネパレスあり、連日20:25から上映してます。映画上映後は渋谷で飲んだ方が安いよ。

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2014年03月20日

BSフジ「男おばさん」“夕張ファンタスティック映画祭”レポートに     『少女は異世界で戦った』登場!!

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フジテレビTWOとNEXTの「男おばさん」”夕張ファンタスティック映画祭(前編)”で、僕と武田梨奈さんが笠井信輔さんにストーブパーティで『少女は異世界で戦った』についてインタビューされる場面が放送されまています。
笠井さん、自分でカメラ持っての突撃スタイルでした。
映画を見てくれた直後の興奮を語ってくれています。
武田梨奈1
最近CMで注目の武田梨奈




放送予定は以下の通り
03/20(木) 16:40〜17:00 NEXT
03/21(金) 29:40〜30:00   TWO
03/22(土) 18:20〜18:40   TWO
03/24(月) 07:30〜07:50   NEXT
13:30〜13:50 TWO/16:40〜17:00 TWO
03/25(火) 17:40〜18:00  NEXT
26:40〜27:00 TWO
03/26(水) 11:10〜11:30    NEXT

「男おばさん」



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2012年12月04日

第18回函館港イルミナシオン映画祭

函館は森田芳光監督が『ときめきに死す』を撮り、愛した土地だ。
そこで行われた函館港イルミナシオン映画祭も18回目を数える。
日本映画に特化した映画祭であり、ここでシナリオ大賞を獲得した作品は何本も実際に映画化されている。
去年『僕たち急行』で呼ばれていた森田さんだが急に行けなくなり、今年は追悼特集ということになってしまい、森田作品&森田組助監督の作品が並んだ……が、追悼という言葉では無く「ありがとう、森田監督」が今年のキャッチフレーズであった。
オープニング作品は篠原哲雄の函館ロケ作品『尋ね人』で、クロージングは『百年の時計』。

そのオープニングパーティで、篠原と映画漫才やってしまった。
森田さんが「金子、ヨコハマ映画祭で映画漫才やろうよ」と言ってたのを思い出して、無理矢理篠原を引っ張り出した。篠原も森田組の助監督だから。
打ち合わせ無しで始めて、就いた作品をお互いに挙げて「俺の方が勝ってる」と言う出だしは好調だったがスグ、グダグダに。
途中から満島慎之介を引き入れて映画トリオ漫才になった。73505_417464874990060_669255480_n-1


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2012年08月31日

湯布院映画祭で『百年の時計』初上映!

8/26湯布院映画祭最終日にて『百年の時計』ワールドプレミア。254
挨拶する僕の後ろに、ミッキー・カーチスさん、岩田さゆりさん、プロデューサーの金丸雄一氏。(映画ファン小園賀津雄さん撮影)
観客の皆さんから直接、嬉しい感想を沢山聞く。
やはり良く観てくれる観客たちが集まっているんだなあ。
久しぶりにお会いした曽根中生さんも「面白い映画で大脳が刺激された」と言ってくれた。
(実は曽根さんにはロマンポルノ助監督時代、一度も就いて無い。那須博之さんも「曽根さんに大きく影響を受けた」と言っていたが)
さて、湯布院映画祭は上映の後のシンポジウムが名物。
時には厳しい意見も出るが、今回はこんな感じで大いに盛り上がりました。
シネマトゥデイの記事→「日本映画界屈指の美脚フェチ!?金子修介監督とミッキー・カーチス意気投合!
しかし、凄い見出しだね。ミッキーさんも僕もシーア派ということで……
更にこの記事以外でもオカシイやりとりの一部を紹介します。
司会「岩田さん、金子監督のロマンポルノって見ましたか?」岩田「それ、何ですか」司会「昔、18禁の映画を金子監督が撮ってたんですよ」岩田「勉強します」司会「監督、岩田さんに何見てもらいますか」金子「そうね『濡れて打つ』かな」場内拍手。
ミッキー「マネージャー、メモしといて」(笑)
ミッキーさんは談志師匠の弟子で”ミッキー亭カーチス”の名前があります。
映画祭の夜はパーティでのオークション。315
サイン入り『百年の時計』ポスターをン千円で落としてくれた方、ありがとうございます。


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2010年09月20日

したまちコメディ映画祭 The 3rd Old Town Taito International Comedy Movie Festival PART2

レッドカーペットの司会は、かつて東京ファンタスティック映画祭の実行委員であった大場翔太と、ミスロボゲイシャの村田唯チャンの浴衣姿だったが、なんとも浅草に溶け込んでいた。
今、日活の社員でもある大場君は、喋りに勢いがあるからね。

スターウォーズのトルーパーズがいたり、アニマル浜口親子が「気合いだ〜」をかけたりして……

ナマこまどり姉妹のお姿も見ることが出来ました。

そんななかで、20分以内という枠組みで集められた短編映像コンペが「したまちコメディ大賞」で、賞金50万円とエプソンのプロジェクター・ドリーミオを賭けて競う。

200本以上の応募作の中から、10本に絞られた作品が、いつもは歌舞伎とか演芸をやっている浅草公会堂のスクリーンにかけられ、ナマでコンペをしてしまうという企画だ。

審査員は、いとうせいこう、食始、五月女ケイ子、と僕の四人で、作った監督を壇上に上げて、その場で批評や感想を言ったりする。

1O人には、参加賞として浅草界隈での食事券が配られた。

観客の投票による観客賞は、なんともノンビリした雰囲気の独り書きアニメ「山」(岩井澤健治)となり、浅草ビューホテルの宿泊券をゲット。

グランプリは、審査員の意見が割れ、真剣に討議した結果、幽霊が見える会社員の悲しさを描いた「ちょぼ」(高野雄宇)となった。

娘と親子サイクリングに参加する為に必死に自転車を練習するお父さんを描いた「明日のれるかな。」(谷坪明英)、シュールなCGアニメ「中学星」(清水誠一郎)、リストラされたサラリーマンに宇宙人の母親が迎えに来る「おむかえです。」(小原浩靖)などが、最終に残り、僅差の「ちょぼ」勝利であった。

除霊者が古アパートにやって来る「理由なき幽霊」(石田アキラ)は、芝居がしっかりしていた。

他にも、宇宙からの侵略が迫っているのにお見合いをしている「宇宙家族」(田中健詞)、ブスとやってしまってその家族が集まって来る「My First Lover」(おもてざきせまし)、マザコンの出張ホストを呼ぶ「DINNER」など、みな、短編娯楽を目指し、技術的には未熟だが、独りよがりのものは無く、それぞれ好感が持てた。

このコンペは、受けようとする姿勢が大切と思われ、次回を狙う人は、そのつもりで。

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2010年09月17日

したまちコメディ映画祭 The 3rd Old Town Taito International Comedy Movie Festival

浅草で昨日から始まった「第三回したまちコメディ映画祭IN台東」の審査員となり、今日は夕方、浅草寺前のレッドカーペットを歩く。

去年、お客として「タチマワリー」を観に行ったら、委員の人に「来年は審査員やって下さいよ」と言われ、「現場やってなければ行くよ」と答え、1年経ったが、まだ現場やってない。

まさか1年以上現場無いとは思わなかったが、昨今の情勢から、臥薪嘗胆……
まあ、2週間ほど先に、現場はあるんだが、1週間で終わる現場。
もうすぐ詳細は言えると思う。

さて、「タチマワリー」のリュウ・スンワン監督とは、韓国で「ガメラ」を初上映したソウル・メガボックス日本映画祭でお会いして、対談する機会を得た。
「ガメラ」が本格的SFだったので、驚いた様子だった。

……その時は、ソニョシデは、僕の目には未だ等身大ポップしか入っておらず、「あれは何だ?」と思っていたので、リュウ・スンワンさんとは真面目に映画の話ばかりしていたが、今なら先ずソニョシデの話をしてですね……

とりあえず、今年は「国家代表」という面白そうな韓国映画がオープニングなんで期待しております。

伊藤さとりさんのWEB番組にも出る予定です。



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2010年03月03日

ゆうばり映画祭

『ばかもの』を持って、ゆうばり映画祭に5度目の参加。

5度目と言っても、9年振りだ。

いい思い出しか無いゆうばり。

最初は91年に『咬みつきたい』を出品。
押井守Mamoru Oshiiさんは『ケルベロス』を出してたが、スキーばかりやっていて他の映画は全く見ず、「さすがに見ないと怒るだろうと思って『咬みつきたい』だけは見に来たよ」と言われた。

94年には『ネクロノミカン』Necronomiconを出品。
2才の息子を雪で遊ばせ、飲み屋に寝かせて映画を見たな。

95年は『ガメラ大怪獣空中決戦』Gameraがオープニング上映。
近くで見ていたミッシェル・ヨーMichelle Yeohが見終わって、「Congratulation!」と言ってくれた。
ミシェルは息子の両足を持って、逆さまにして振り回した。

2001年には審査員で参加。
『ヴァーサス』が選ばれなかったんで、飲んでる席で榊英雄にからまれた。「なんでヴァーサスがグランプリじゃないんすか」って……
その後、誤解も解け、今でも地元で御近所付き合い。

と、言う訳で5回目。
雪の中で「ばかもの」応援団と記念撮影。
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2010年02月11日

ヨコハマ映画祭へ

最優秀新人賞をゲットした満島ひかりへの花束プレゼンターとして、ヨコハマ映画祭へ出席することになったら、「今年注目の映画」として『ばかもの』の宣伝をしてくれると言う、あったかいね、ヨコハマ映画祭。

そこでポスター出来てないの?と聞いたら、まだチラシすら無いという事で、急遽、自家製のチラシをプリンターで230枚刷って持って行った。

今回、出演もしているナカヤマミチコに写真と文章を渡して、デザインしてもらったレアものチラシだ。
関内ホールの会場は千人以上いたから、全然足り無かったが、キビシイ評論家の先生方には手渡しで配り、しっかり宣伝しておいた。

もしかしたら、ゆうばり映画祭にも間に合わないかも知れないから、更に増刷して持って行くか、このチラシを。
僕は、舞台から「今年は“ばかもの”の金子修介で行きます!」と力強く訴えましたよ。

ひかりちゃんは、賞慣れしたかも、と想像してたが、獲れば獲るほど緊張が高まっているみたいで、逆に報知の時よりアガっていたようだった。
頭のいい役者というのは、そういうものなのかも知れない。自分のポジションが分かってくる、というか。

僕がヨコハマで25年前に新人監督賞を獲った時は、監督賞は和田誠で、脚本賞は伊丹十三。
今回は、新人監督賞が大森寿美男と鈴木卓爾、監督賞が緒方明、脚本賞が西川美和。
こういう粋な采配をするんですな、ヨコハマ映画祭は。

21年前に『1999年の夏休み』で監督賞を獲った時には行けたが、14年前に『ガメラ』で再び監督賞を獲った時には『ガメラ2』の撮影で札幌にいたので行けなかった。そこで、キグルミを代行で行かせた。もちろんガメラの。
自分の声をテープに録音し、中に入る宣伝部の人に託したのである。
主演女優賞が『ラブレター』の中山美穂、助演女優賞が『ガメラ』の中山忍だったんで、「美穂、お元気ですかーっ」と録音した。
……ウケた、と聞いたけど、本当にウケたかな……

という事で、ひかりちゃんの後は、岡田将生、安藤サクラ、松重豊、岡田義徳、小西真奈美、堺雅人、柳島克己、西川美和、らの授賞が続き、ちょっとウズウズして来たんで、『座頭市』の宣伝で来ていた阪本順治に、「緒方明の時に袖に飛び出して行って、オガタ!って叫ぼうぜ」と誘ったら、「飲んでないとそんな、やれませんよ」と断られる。
じゃあ一人でもやっちゃろか、と思っていたが、想像すると、やっぱり一人でそれやったら客は引くよな、と思って控え室に戻ると、すっかりやる気になっていた阪本、「タイミングは緒方が花束を貰って、マイクが上がって来て喋ろうとした瞬間ですよ」と演出プランを示す。さすが『どついたるねん』の監督。
その阪本に、袖で「裏切らないで下さいね」と念を押されると、そういう発想は無かったが、一瞬、それも面白い、と思ってしまった。
阪本が一人飛び出して恥をかく、みたいな?いや、僕はそういう意地悪な性格では無い。どっちかと言うと、素直な性格。
で、いよいよその瞬間、ドキドキして来たが、若くて運動神経の良さそうな阪本に一歩遅れて飛び出し、二人で「オガタ!」「オガタ!」と叫び、僕は「のり弁!」と追加して、ダダッと袖に戻った。
「あれで考えてたスピーチ真っ白ですよ、緒方は」と笑っていた阪本だったが、賞慣れしている緒方明は、スグに立ち直り、しっかり笑わせてグッと泣かせるスピーチで締めたのだった。さすが『独立少年合唱団』の監督。
「ヨコハマだから出来るんですよ、ブルーリボン賞でこれやったらつまみ出されますよ」と阪本。
そう言えば、ブルーリボン賞も『ガメラ』で監督賞獲ったが、『2』で行けなかったんだっけな……

後で、緒方明は「やるんなら、あんな中途半端じゃなくて、プレゼンターの女の子から花束を奪って渡すとかさ、もう一工夫して欲しかったなあ」と、これも演出家のダメだし発言。嬉しそうだったけど。

映画祭って、何も受賞しないで行く方が、リラックスして楽しいんですよ。

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2009年10月27日

傑作『凧』IN山形ドキュメンタリー映画祭 Poland "Kites" Beata Dzianowicz

今回の山形ドキュメンタリー映画祭の上映作品で、僕が最も心を打たれたのはポーランド、ベアタ・ジャノヴィチ監督による『凧』であった。(Poland "Kites=Latawce" Beata Dzianowicz)
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朝礼にコーランを唱えるアフガニスタンの芸術学校に、ポーランドの若手監督がやって来て、生徒たちにドキュメンタリーの撮り方を教えようと試みる。
生徒たちは、最初、岩山に住む水汲みの子供に、歩く位置やタイミングを指示して撮影していると、ポーランドの監督から、それじゃドキュメンタリーじゃないよ、と言われる。
それならと、カブールの街へ出て、悲惨なアフガニスタンの現実を世界に訴えようと考え、路上に裸で寝ている子供を撮り、その子にお礼にお金を与えると、ワッと通行人が寄って来て大騒ぎになったり、「お前らアフガニスタン人の誇りは無いのか」と怒鳴られたりする。
ポーランドの監督は、取材対象にお金を与えたりしちゃったら嘘になるでしょ、と指導すると、不満そうながら、生徒たちは次第に理解し、成長してゆく。
と、いう様子を、実に分かり易くドキュメントしてゆくのだ。

この生徒たちは、多少、恵まれた環境にいるのであろう、貧しい人々にインタビューをして、なんとか戦争の悲惨さを聞き出そうとする。
「幸せだった事は無かったんですか?」と、稚拙にしつこく聞くと、
「ずっと戦争だったから、親も死んだし、幸せなんてないよ」と言っていた男が、
「そうだ……子供の時だった、ずっと凧揚げしていて、お母さんがもう止めろと言うのに凧揚げをやめなかったんだ、そしたら、お母さんが凧の糸を切ってしまった。凧は風に飛ばされて行った。ぼくは凧を追いかけていった。どこまでも、どこまでも……あの時が一番幸せな時だったな……」
と淡々と語る。
思わず泣いてしまった。今思い出しても泣けます。

凧の話は更に別な、地雷で片足を無くしたサッカー少年にもあって、最期は凧の映像が希望を感じさせてくれるのだ。
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最初に意図した構成では無い形で映画が完成したのであろうが、ここにまとめて来たかという手腕に、非凡な「目」を感じたのであった。

だが、この作品はコンペティションには外れていて、観客も少なかった。実に勿体ない。
監督協会の賞に推したが、この作品は監督どころか、関係者は誰も来ていないから、賞を出しても誰も喜ばないし、盛り上がらない。

評論家の大久保賢一さんや、朝日新聞の深津さんに「『凧』はいいですよ」と言いまくったんだが、上映は一回きりだった。

2008年のロカルノ映画祭でも批評家週間賞というのを獲っているんだが、配給会社も付いて無いし、今後公開される事はあるんだろうか。
気になる方は、映画祭事務局か、EUNIC JAPANに聞くしか無いんでは無かろうか。

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2009年10月24日

『サンダ対ガイラ』IN山形ドキュメンタリー映画祭

東宝怪獣映画名作ちゅうの名作と呼ばれる『サンダ対ガイラ』が山形ドキュメンタリー映画祭で上映された。

特撮とドキュメンタリーって、対極的な存在かも知れない。
方や、目の前にあるものをカメラで切り取る。
方や、世の中に存在しないものをゼロから創り上げてカメラに収める。

世界から選りすぐりのドキュメンタリーが集まり、外人ドキュメンタリストたちが関係者を連れて集まっているから、たいへんな数の国際知識人が街を歩き、優秀な通訳たちを通して我々と熱い意見を交わし、知的興奮に沸き立つ会場周辺だが、地元の関心はイマイチ低い、と聞いた。

そんななかで、本多猪四郎監督が山形出身という事から、『サンダ対ガイラ』までやっちゃうというのは意義がある。
怪獣をドキュメンタリー映画祭でやるのはどうなのよ、という異論もあったらしいが。

他にも柳家金語楼の『花嫁三重奏』や水野久美の『上役下役ご同役』とかも、本多監督作品ということで上映され、多くのお客を集めていた。
様々な劇映画も混ぜてやってお祭り騒ぎにしていかないと、映画インテリゲンチャの蛸壺になる危険性がある映画祭じゃないのかここは、と正直感じました。

僕も、『サンダ対ガイラ』は何度も観ている作品だが、映画館で観るのは初めて。しかもシネコンの良い環境で観れる、ということで興奮した。

やはり、人食い怪獣は怖い。
やはり、水野久美さんは美しい。
やはり、伊福部昭の音楽は麻薬のように耳に残る。

更にガイラを演じた中島春雄さんのトークも付いていたが、これが傑作。
司会者が「ゴジラでスーツアクターになられて……」と聞くと、
「は?何言ってるか分かんねえよ」と返して、滔々と経験談を語る。
「スーツアクター」じゃなくて、「キグルミ」と言わないと……

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2009年10月21日

本多猪四郎&恩地日出夫IN山形ドキュメンタリー映画祭

『夜間中学』上映後のトークイベントは、本多猪四郎監督の御長男である本多隆司さんがお父様の思い出を語るかたちで行われたが、後半、客席にいた僕も指名され、壇上に上げられてしまった。

僕は生前の本多監督に一度だけお会いした事があるが、隆司さんを初めて見た時、「あっ、本多監督だ!」と椅子から立ち上がったほどソックリなんである。ひし美ゆり子さんの誕生会の時であった。

ひし美さんによると、「やる気無い助監督さんで、それがすっごくカッコ良かったのよ〜」ということである。

隆司さんが朝ニヤニヤする本多監督に「黙って行って来い」と言われて円谷プロに行ったら「ウルトラQ」スタッフ会議が始まっており、座った机の上に自分の名前が書かれた台本が置いてあって、そのまま助監督となって仕事を続け、ひし美さんがヒロインを演じた「ウルトラセブン」では特撮班の助監督で、どうせテレビの特撮だろう、監督だって若いお前ら大した事ないだろ、とバカにして、セットの外でカチンコを打っていたそうである。その様子が、ハタチのひし美さんには、大本編監督本多ジュニアのキラキラしたプリンスのような姿として目に焼き付いたのではないでしょうか。

山形では毎朝、監督協会の審査員たちとホテルで朝食で一緒になるが、山形新聞には翌日、僕が登壇した写真が大きく載っていたのでこの話になり、審査委員長の恩地日出夫さんも、最初の仕事は特撮班だったという事で、「雪のセットで雪男の足跡ばっかり作ってさあ、馬鹿らしいと思ったんだよね」と言うので、「それは『獣人雪男』ですね」と僕が言ったら、「お前、良く知ってるね」と呆れられ、根岸さんも「金子の専門だから」と笑った。
見てないけれど、前述したキネ旬の「怪物怪獣大全集」に載っていたのである。これも本多監督作品だ。

ところで恩地日出夫の名前は「ひで〜音痴」からだと言ったウチの父はトンデモナイ誤解をしていて、御先祖様は楠正成の家臣で、建武の中興以後は逆賊の世となったので系図を隠していたが明治となって名を表し、土地を恩賜されたという由来から恩地を名乗り、東京では三家しか無い名家だ、ということである。

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2009年10月17日

『夜間中学』IN山形ドキュメンタリー映画祭PART2

昼間部の中学生が代々木八幡ではないかと思しき駅前で赤い羽募金をする夕方、夜間部の中学生が登校し始めるので、両者は一触即発、険悪な視線を交わし合う。
だが、同じ机を介して、昼と夜の少年は文通し、手紙文だけで誤解を解いてゆく。
昼の少年は「疑ってごめんなさい」と書き、夜の少年は「僕の方こそ、ひがんでました、恥ずかしい」と書く。
まだ幼いのに、なんと清廉な精神であるのか、と胸を打たれる。

現代のインターネット社会で、顔を知らない者同士がカキコミだけで知り合ってゆく感覚とも、どこか共通している。

これ以上はネタバレになるんで、今後いつか見るつもりで、結末を知りたく無い人は読まない方がいいかも知れない。

結局、筆箱は昼の方で見つかり、昼の少年が謝罪と同時にリンゴを二つ机の中に置いておくと、夜の少年が喜んで弁当の時間に級友同士でおいしそうに食べる。
が、いくら昭和30年代と言えども、ちょっと信じられない描写もある。
昼の少年が眠れないと言うので、父親が「お父さんが寝かしてあげよう」と、優しく寝かしつけてあげる、とか……
昼の少年は密かに郵便局に行って夜の少年から切手を買い、「あれはきっと君だろうと思った」と手紙に書くが、ちょっとストーカーぽいところが、少年愛ふうにも見えてゾクゾクする。
この感覚は、昭和30年代というより、本多監督が少年時代だった明治末の感覚なのではないか?
見えないお互いを思いやる心が、時代劇ぽいと言うか……でもいいんですよ、それが。
明治から戦前、戦後の日本の感性の変化が、この45分間に詰まっている感じがして、実に味わい深い。

当時は停電が多く、試験の時に停電したら困るので、夜間部はロウソクを持参させるが、遂に試験の最中に停電してしまい、それぞれがまちまちの形をしたロウソクを取り出し、教室の前方部から火をリレーさせ、机に立ててゆくのを移動撮影のワンカットで撮ってゆく。
そして全景になり、暗い教室の中でロウソクの光が四十本ゆらめいている光景は、美しい。
そこに夜の少年の「僕たちの一生懸命勉強している印が、この机に残っています」という手紙文がナレーションになり、早朝の誰もいない教室となり、ロウソクの跡が、それぞれの机に残っている、というラストシーンを迎え、グッとこみあげてくるのだ。
二人は最期まで直接会って言葉を交わすことは無かったが……

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2009年10月15日

『夜間中学』IN山形ドキュメンタリー映画祭

僕が小学校六年生の時だから今から42年前に、キネマ旬報社から出版された「世界怪物怪獣大全集」という本は、古今東西のSF映画からモンスターの写真ばかり集めた、いわゆるムック本の最初の形態をしたものであった。
映画だけでなく、ウルトラQやウルトラマンやマグマ大使など、テレビの怪獣たちもブロマイド写真みたいに網羅して、身長体重出身地、得意な武器など、辞典のように表示されていた。
更に特撮スタッフの座談会や、怪獣映画を製作する映画会社の裏事情などが細かく載っていて、何度繰り返し読んだか分からない。
ご幼少の皇太子殿下が初めて今上陛下におねだりして買って頂いた本、という伝説もある。
その本に『ゴジラ』の本多猪四郎監督が『夜間中学』という映画を撮った、という話が載っていたのであった。
だから、この『夜間中学』をいつか見たい見たい、と思って40年以上経ち、遂に山形で見る事が出来たのである。

冒頭、フェードインすると「三丁目の夕日」というより、インドかタイのアジア映画のような白黒の東京の風景が広がり、夜間中学へ通う生徒たちの姿が点描される。工場などの職場から、子供たちが出て行き、夕方の中学校へと向かうのだ。
映画の主人公の少年は、郵便局で働き、「学校へ行ってきます」と局長の許可を取って出てゆく。夕暮れの風景のなかを急ぐ生徒たち……
この辺で、すでに目がウルウルしてしまう。
夜間中学の先生役は小林桂樹。
主人公が自分の机を開けると、「昼の僕の机の人へ」という手紙が入っている。
この木製の開けるようになっている机というのは実に懐かしい。
手紙には、筆箱が無くなったので、持っていたら戻しておいて欲しい、とその筆箱の細かい描写とともに書かれている。
それを取り囲んで読む生徒たち。
「昼の奴ら、俺たちが何でも盗むと思ってやがる」
主人公は最終バスに間に合わないと分かっているのに、手紙を書いて、無実を訴える。
狭い家に帰ると小暮美千代の母親が内職をしている。
昼の同じ机の少年の父親は宇野重吉。
二人供に片親なんである。
こうして、同じ机の昼間部、夜間部の、中学生同士の文通が始まる……

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2009年10月12日

山形ドキュメンタリー映画祭ルポ

山形ドキュメンタリー映画祭に来ており、初日の9日は5本のドキュメンタリー映画を観た。

スイス人監督がロシアの貧しい酪農民で子だくさんの母親に密着し家族の姿を丁寧に撮った『母』80分、ゲーテの“若きウェルテルの悩み”のモデルになったらしい人の曾孫が老境に至り孤独となりインタビューを受けて語るという父親の代から150年以上にわたる物語を当時の写真やフィルムで構成したハンガリー映画『私はフォン・ホフレル』160分、かつては過激派だったが今は山形の郵便局のバイトで自称負け犬人生を楽しそうに過ごしている日本人をイギリス人監督がアパートまで上がり込んで自分も出て来て密着取材したNHK製作の『ナオキ』110分、中国南宋時代から続く迷信深い田舎村をホウ・シャオシェンふうと言うべきなのかロングショットばかりで描いた『細毛家の宇宙』76分、そして瀬戸内海の島に暮らす50才近く年の離れたオッちゃんに会いに来て付き合っている京都の20代女性をその友達の監督が撮った『ユリ』64分……

……疲れた。
勉強になるんだけれど、疲れた。
最近の流行りなんだろうが、ナレーションを入れないことが多いから説明不足という気がする作品が多いんだが、ナレーションを入れるとテレビ番組みたいになっちゃうから避けているんだろうけれど、続けて何本も見ると、もっと分かり易くしてくれてもいいんじゃないの、というのが本音であった。

二日目は、イスラエルの若い軍人がパレスチナ人の警官を初めて殺した報復作戦を振り返って語るのを移動マスクというCG的複雑な手法で描いた『Z32』85分、ウクライナの田舎町セバストポリの人々の日常を美しい映像で丁寧に描いた『アポロノフカ桟橋』85分、タイでHIVに感染した女性の数年間をルポした日本人監督の『アンナの道』70分……

日本にいながらにして、世界各国の生活実感が分かる、というのはドキュメンタリー映画のいいところであろう。

だが、その日、山形出身で再来年生誕百年になる本多猪四郎監督が『ゴジラ』から二年後の1956年に撮った『夜間中学』という短編劇映画を観て、こんな貧乏で人々の心が美しい日本があったのか、と癒され、感動するのであった……


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2009年10月05日

山形ドキュメンタリー映画祭に審査員で行くことに

山形ドキュメンタリー映画祭に審査員で行くことになった。

そんなにドキュメンタリーを観ている訳でも無いんだが……
海外では、かなり有名な映画祭だと言うことらしい。

所属している映画監督協会が監督協会賞を出そうということで、国際委員の根岸吉太郎さんから「金子、やってくれよ」と言われ、断れなかった次第。
根岸さんは、僕の助監督デビュー作の監督なもんですから。
(その『情事の方程式』は根岸さんの監督デビュー作)

根岸さんも『ヴィヨンの妻』の公開を控えながらも審査員を務めるが、審査委員長は恩地日出夫さんである。

恩地さんというと、内藤洋子の『伊豆の踊り子』を三鷹高校の視聴覚教室で観た覚えがあり、その話をすると苦笑された。この時の共演の一高生役は黒沢年男だった。あれは国語の特別授業だったのかな……

恩地さんは、テレビのサスペンスのモトになった「火曜日の女」を最初に手がけた監督でもあり、それを中学くらいの時に見た僕は、「映画っぽえ〜」と興奮した。
親が「名前は音痴ひでえからとったんだってよ」と言っていたが、本当だろうか?聞いてみよう。

ドキュメンタリーではないが、本多猪四郎監督が山形出身という事もあって、本多さんの初期の作品『夜間中学』も上映されるので、楽しみ。
また、名作『サンダ対ガイラ』も上映され、キグルミの中の中島春雄さんのトークもある、ということで、こっちも楽しみである。

山形の皆様、よろしくお願いします。


kaneko_power009 at 10:31|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2009年09月24日

したまちコメディ映画祭で「ばかもの」を宣伝

浅草でやってる下町コメディ映画祭でやってる韓国コメディ映画『タチマワ・リーDACHIMAWA LEE 』という妙な映画を観に行った。

どんな映画か知らずにプロットを読むと、「日本帝国占領下の韓国、国宝の黄金の仏陀が盗まれ、伝説のスパイ、タチマワ・リーが奪還を命じられる」とあり、なんか、面白そう。監督が韓国のタランティーノと呼ばれているそうなリュ・スンワンRyu Seung-Wanということで、なんか期待出来そう。

だが、観る前に、司会の伊藤さとりさんや大場翔太君と会ってしまい、関係無いのに舞台に上げられてしまった。
「監督は韓国映画お好きなんですか?」という質問に、
「チャングム大長今は全部見ました。イ・ヨンエ李英愛 Lee Young-Aeのファンなんで」という的外れな答え。映画じゃないだろ、チャングムは。
更に「ぺ・ヨンジュンBae, Yong Joonもファンなんです。彼を見ると胸がキュンとなります」と的外れは続く。そうなのだ、僕はヨン様のファンなのだ。「冬ソナ」も全部見たぞ。最近はチェ・ジウ崔志宇のファンはやめているが……
一応「日韓の涙の感性は共通するものはあるが、笑いはどうなのか分からないので、それを確かめたい」とマトモな事も言ったんだけれど。

あと、「ばかもの」の宣伝をして、客席に戻った。
「ばかもの」はまだ宣伝部がいないから、監督だけで宣伝をしている、という状況なんですよ。
はよ宣伝してくれ〜

映画は面白かったが、やはり、分からないところが多い。
題名も「立ち回り」をもじっている訳だが、それがオカシイというセンスを日本人は直感的には理解出来ないであろう。
小太りの塚地似の主役がモテモテ007みたいでオカシイという感覚は良く分かるが、塚地じゃないから親近感を持つまでに時間はかかる。
しかし、この人、身体はってアクションしてるので共感出来る。
女優は奇麗だったから楽しめる。CGも結構あって、貧乏な現場では無いと感じられる。
日本軍人が日本語を話すところは、韓国人にも理解出来るように日本語ふうのイントネーション韓国語になっていて、これは60、70年代の韓国映画にあった手法で、この映画はそのオマージュだという解説だが、それをオカシイと分かる感覚はあっても、爆笑には至らないかも知れない。
韓国人の大袈裟な感情表現をパロディとして描いている、というのは面白い。仲間が死ぬ時にボロボロに泣いて鼻水やヨダレが洪水のように仲間に注がれて咳き込む、というギャグがあり、爆笑した。

上映後、映画祭プロデューサーで映画の字幕も担当したいとうせいこうさんが舞台に上がり、「この面白さを多くの人に伝えたいが、DVDにもならず、闇に葬られる可能性の方が高い。今日の上映が日本で見られる最後かも知れません」
と言っていた。
う〜ん、凄いものを観たのかも知れない。

kaneko_power009 at 10:57|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)