日活

2016年11月29日

森勝さん通夜

今夕は、日活の名カメラマン森勝さんのお通夜で、代々幡斎場へと幡ヶ谷から向かうが、狐につままれたようにその場に辿り着けない……
初台生まれの私としては、子供の時から何度も行った良く知っているはずの場所で、父も07年に送っているので確認しなくとも足が覚えているはずと過信していて、住宅街のなかで方向が分からなくなりナビを見たらかなり離れており、やっと着いたと思ったら斎場の裏側で更に歩き、風は冷たいのに汗をかき改築で場所が替わったのではないのか?と焦って疑ったが着いたらここだった、と記憶が蘇り、お焼香には何とか間に合った次第。
森さんは助監督として就いた始めての現場・根岸吉太郎監督第一作
「情事の方程式」のカメラマンで、続く田中登監督「人妻集団暴行致死事件」も担当され入社して3ヶ月は森カメラマンの現場であった。鈴木潤一さんも自分もそうだったと言い、気が利かない新入りに対しては優しい先輩で失敗しても叱られたことが無いので助かったよねと笑い合う。
金子、一年は馬鹿になって働けよ、ムッシュ(田中登監督)はせっかちやからな気をつけろよ、と言って貰った言葉が蘇った。曽根(中生)は芝居の空間をよう分かっとる、那須はあっちもこっちもやな、とか……ビーバップハイスクールでは那須博之さんと組んだので、黒澤満さんや中村トオルさん那須真知子さんらも参列されていた。風祭ゆきさん寺島まゆみさん、日活の仲間たちも沢山……
ご冥福をお祈りします……

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2016年11月20日

17年間の日活ロマンポルノ1100本の歴史で

17年間の日活ロマンポルノ1100本の歴史で、僕は7年目に入社して6年助監督やって最後の方で5本撮ったというだけで、制作開始当初の情熱的な話とは縁が薄くて先輩から聞かされていただけで、監督業33年やっていてもロマンポルノでは新人ぽいイメージになる。

入社前にも3本くらいしか見ていなかったという話をしたら、荒井さんから「じゃあオマエ何見てたんだよ」と突っ込まれて咄嗟に出なかったが、後で思い出すに、71年のロマンポルノスタートの時に高1で8ミリ回しだし、20才の時に27才のスピルバーグが撮った「ジョーズ」を見てムッとして大学1年で見た「アメリカングラフィテイ」の新人が大学4年で「スターウォーズ」を発表するという時代だったから、日本もいつかそれくらい作れるだろうと夢想して映画見まくっているなかにロマンポルノは入って無かった、という訳でした。
でも、ゴッドファーザーより仁義なきの方が上だとか言い張っていて、洋画だけしか見ないスノッブは嫌っていたが、宇宙からのメッセージに愕然!とズッコケつつ柳生一族に感動するなかで、日本映画の現場に突入して行ったのでした……

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2016年08月14日

スローなブギにしてくれ

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81年の『スローなブギにしてくれ』は当時見なかった。見たくなかったのだ。

70年代の学生時代、藤田敏八の秋吉久美子モノは好きだったが、日活に入ってもパキさんは人気があり過ぎて先輩たちが独占して助監督には就けなかったからちょいとスネてしまい、別にいいやという気持ちになっていたのもあるが、自分が目指そうとする方向とは傾向が違うと思うようになってきて、大林さんは見ても、角川という大メジャーに進出したパキ作品は敢えて見ないでいた。

監督になって以降は呑み屋で会ったり結婚パーティに来てくれたりして親交はあって、『海燕ジョー』や『リボルバー』は見たが、これだけは見ないままになっていて、35年後「角川映画祭」でやっているので、今見ないと一生見ないなと思ったので見たら、やっぱり結構面白いのだな。
今見た方が面白いかも知れない。

山崎努が女子高生の浅野温子を拾って車に乗せるが反抗するので高速道路で棄てて後から追って来たバイクの古尾谷雅人が助けて福生で同棲になる。「限りなく透明に近いブルー」の街だ。
高速道路で車がビュンビュン走る脇で移動レール撮影も凄いが、猫を路肩から放り投げたりは、今では出来ない撮影だろう。
(入社した年に「高校大パニック」で浅野温子と、「人妻集団暴行致死事件」で古尾谷雅人と仕事しているのが、もう一つの見ない原因だったかも知れない。同期の友人が出世し過ぎると眩しくてまともに付き合えないという心理と近い。こちらはまだ助監督だ、という……)

片岡義男の原作を幾つか繋ぎ合わせているが、主題歌の「うぉんちゅー、俺の肩を抱きしめてくれ 生き急いだ俺の夢を憐れんで」という歌詞に驚くほど忠実に物語は進み「人生は自分を愛しているだけの悲しいゲーム」という話を分かり易く撮っているが、南佳孝のバブル的メロディとはチト違和感があるカッコつけないリアルビンボー映像で、観客の共感を呼ぼうとか女性に受けようとか全く考えて無いのが潔く新鮮。
自分勝手な山崎努が女たちからモテまくるのは監督の分身か……

後半1時間は殆ど予想つかず、くっついたり離れたりで、いつエンドマークが出るかというサスペンス…現場で悩みながら撮っているので全く退屈しないが、ラストシーンだけが分からない。
海から車が引き上げられ、山崎努が濡れそぼり浅野温子らしい女が車の中で死んでいる。
その前は古尾谷の子供を妊娠した浅野が腹の痛みで倒れて空を見上げる、というところからラストシーンになるから、これが幻想なのか、時間がジャンプしたのか、全く分からないように繋いで空撮で終わる。

それで結局は「スローなブギにしてくれ」という歌自体をパキさんはどう感じていたのだろう?と映画館の表に出て、少し考えながら歩くと突然「八月の濡れた砂」のメロディが聴こえて来たのであった……
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「桃尻娘」の竹田かほり。他にも日活勢は宮井えりなとか、高橋明さんとか出ている。

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2016年03月18日

根岸吉太郎監督自薦シリーズ@フィルムセンター

フィルムセンターで始まった根岸吉太郎監督自薦シリーズの初日、監督のデビュー作である78年の『情事の方程式』と81年『女教師・汚れた放課後』を学術的な感じの人々のなかで見た。

ガードマンの指示によって整列入場するアカデミックな雰囲気のなかロマンポルノ2本立て上映が開始…『情事の方程式』は僕にとってもカチンコデビュー作。
学芸大学出てスグ4月の仕事だ。
(チーフ上垣保朗 セカンド那須博之 サード金子修介)

山口美也子さんのお宅に台本を届けに行って夕食をご一緒した…ロケバスで亜湖さんの隣りに座って緊張してお喋りした…戸浦六宏さんに「始めてなんだって?」と優しく声をかけて頂いた…那須博之さんに「明日はロケーションだから忘れ物をしないように」と言われたのに忘れ物をして「だから言ったじゃねえか自分でなんとかしろ」と言われて焦って買い物に走った…西新宿ロケ見物の人に「何の映画?」と聞かれて「日活ロマンポルノです!」と大声で言ったら制作の人に「バカヤロウ内緒でやってるんだ」と叱られた。

主役の加納省吾は同じ年だったが今どうしているんだろう…亡くなったスタッフも多い…様々な想いが駆け巡る…最後にエキストラで自分が出て来るが、今の息子と同じ姿でアル…
明日のセット撮影の勉強を那須さんと二人でして、根岸さんはこう撮るに違い無いクマシロだから、と言って、翌日それにかなり近い撮り方だったので二人で笑った、というのを今思い出した…根岸さんスイマセン……

休憩挟まず『汚れた放課後』は始めて見た。風祭ゆきさんの本当にイイ女ぶりとリアルな演技に引込まれる。教育実習生時代に強姦にあった女教師が、告発した相手・三谷昇が無実だったという事を知り、罪の意識にさいなまれ、浮浪者に堕ちてしまった彼と最後に海辺でセックスして解放されるというロマンポルノでしか有り得ない物語で、フィルムセンターで上映されるにふさわしい作品であった…
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2015年09月13日

新世界日活

行って来ました。
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通天閣の下でたこ焼き‥無理なアングルだな‥
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その地下ではまいどリームス、地元ハンバーガールズなどのアイドルグループがライブしていた。
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新世界は浅草を連想させる空気がある。残念ながら新世界日活は9月いっぱいで閉館になるが‥
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大阪日々新聞の高橋聡さんの司会で、予定時間を相当オーバーして1時間くらいトークショーをやりました。かなりいろいろ話せたと思う。アブナイことも言っちゃったかな……

以下は観客のご感想ツイートです
PULL ‏@_Blood_Freak 9月12日
新世界日活へ金子修介の舞台挨拶に行ってきた。
『宇能鴻一郎の濡れて打つ』も改めて観ると、バカバカしいタッチでありながら、ちゃんと青春映画としての形を成している事に気付く。
撮影当時の裏話などが聞けて満足でした。

mino☂ ‏@minokitsune 9月12日
新世界日活、金子修介感動登壇しました。続いて金子監督デビュー作「鵜野鴻一郎の濡れて打つ」上映。ここすごく良い映画館だ。最後に来られてよかった。

てけり ‏@11tm26 9月12日
金子修介の『宇能鴻一郎の濡れて打つ』を観た。初ロマンポルノ。笑いすぎて苦しすぎて親不知が痛み出した…

でもほんと『濡れて打つ』は死ぬほど面白かった。死ぬかと思った

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2014年06月21日

『スクリプターはストリッパーではありません』

僕が日活に入社して始めてサード助監督として就いたのが根岸吉太郎監督のデビュー作『オリオンの殺意・情事の方程式』で、その時のスクリプターが白鳥あかねさん。(チーフ上垣保朗/セカンド那須博之)
その白鳥さんが『スクリプターはストリッパーではありません』という本を出版され、その記念パーティに出席しました。
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何故、そのようなタイトルになったかと言うと……
先日、スクリプターの大御所であった秋山みよさんが亡くなったのですが、僕も大変お世話になった方ですが、この方が“先生”と呼ぶのは衣笠貞之助ただ一人。
「先生と溝口健二がセットの前で喧嘩していたのを見たよ」と仰っていました。
白鳥さんはその秋山さんを師匠とされています。
さて、柛代辰巳監督の名作ロマンポルノ『濡れた欲情特出し21人』の現場に就いた時、本職ストリッパーの演技に感動した白鳥さんは、打ち上げで盛り上がり、果敢にも本職の前で裸身を晒して踊りまくり、ロケから帰るや否や既に噂は撮影所内に広まり、師匠秋山さんから「スクリプターはストリッパーではありません!」とキツいお叱りを受けたという豪傑英雄譚に沿ったタイトルなのでした。
(このお話は本の中に書かれています)

会の最後に白鳥さんに花束贈呈したのは巨匠脚本家・荒井晴彦「映画芸術」編集長で、この方にも僕は脚本を教わるなど(『わたし熟れごろ』)お世話になりましたが、『ガメラ大怪獣空中決戦』が映画芸術ベストワンになって以来「何でカメの映画がベストワンなんだよ」と憤り、常々愛ある?批判を受けております ……
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2013年10月07日

「ハート・エレキ」のMV

AKB48の33rdシングル「ハート・エレキ」のミュージックビデオを撮りました。
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御覧のようにジャケットは懐かしい60年代GSふう。
架空のガールズグループサウンズ“G.フィンガーズ”のドラマが12分あって歌が始まるという作りで、リポーター役で伊藤さとりさん、GS伝説の男役で井上順さんにも出て頂きました。
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撮影は「結婚詐欺師」&TOKIOのMV「青春」でご一緒した柳田裕男さん。
10/30発売で〜す。
更なる情報はこちら

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2012年04月07日

クラシックClassical music〜ウッディ・アレンWoody Allen〜青いソラ白い雲(公開中)

YouTubeで音楽を検索しながら中山七里の『さよならドビュッシー』を読む。「エチュード10の4」Fryderyk Franciszek Chopinとか言われても分からないので。
そしたら「アラベスク1番」Claude Achille Debussyが『いたずらロリータ後ろからバージン』Itazura Lolita: Ushirokara virginでテーマ曲に使ったやつだったんだと26年後に分かった。_SL160_
日活時代は狭いライブラリー室に入ってテープから選曲したものだ。
ピアノ一本で映画全部をまかなうのが好きで『OL百合族19歳』OL yurizoku 19 saiでも「ロンドンデリーの歌(ダニーボーイ)」のピアノ版をメインにして、ジャズなども混ぜた。
I used classical music in my early films.I like piano sound.
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『青いソラ白い雲』ではガーシュインGeorge Gershwinのオーケストラ「パリのアメリカ人」An American in Parisをメインに使っている。著作権がクラシックと同じ状態になっていて格安という事もあるが、震災時に日本にいなかった主人公をある種「異邦人」として捕えようと思ったから。
また、今回はウッディ・アレンを参考にしたので『マンハッタン』とか『ハンナとその姉妹』が頭にあったということもある。
I used Woody Allen's idea in Manhattan,Hannah and Her Sisters for my new film.
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U・アレンが『青いソラ白い雲』Aoi sora shiroi kumoを観たら「俺から盗みやがったな」と思うかも。
『青いソラ白い雲』は現在、新宿K'sシネマにて公開中。

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2011年12月31日

森田芳光監督追悼

森田芳光監督には大変お世話になりました。
教えて頂いた事も数多く、まさかと思いましたが無念です。
助監督として就いた作品は三本。
『ピンクカット太く愛して深く愛して』『家族ゲーム』『メインテーマ』。

世間的には監督と助監督とは職人世界の師弟関係の・ようなものと思われているし、実際そういう関係も未だに多く、こんな僕でも慕ってくれる助監督はいるけれど、森田さんと僕とはちょっと違う関係なんだと思う。
32歳の森田さんが日活にやって来た当時の僕は気持ちの四分の一くらいはサラリーマン気分の社員助監督4年目チーフになって半年で、もう助監督という仕事に飽き飽きしており“外部からの監督を迎え入れるよりは俺に撮らせろよ”と苛立っている27歳であった……と思いねえ。

最初に森田組を仕切ったのは31歳の那須博之さんで、『◯本・噂のストリッパー』(本当のタイトルは◯の中に本が入っている)、那須さんは監督として既に一本撮っていた(『ワイセツ家・族母と娘』)ので外部監督のチーフに就くという事は、実は人事としては余り良く無いというのは想像出来るであろう。
実際、現場は良く無かったようだ。……ちょっと詳細は書けないが……
が、出来た映画の評判は会社的にも良かった。
そこで、もう一本入ることになり森田さんの言葉によると「面白い助監督はいないか調べたんだよ」という事で僕が指名されたのであった。アニメ『うる星やつら』や『聖子の太股』のシナリオを書いているという事、渋谷区出身だということ……
実際に会うと“映研の先輩”という感じであって、映画の話は結構合う。
更に、渋谷区なので小学校の修学旅行が共通で、お前は幡代か、日光のあそこに泊まったよな、あそこは伊藤克信の親戚なんだよ、というような話に花が咲いた。

僕自身も高校時代から8ミリ映画を撮っていたから撮影所で監督やウルサイ先輩が教えているつもりの事はそんなに大したことではないんではないかと当時は思っていた(今は凄い事だったと思ってマス)ので、逆に森田さんの言っている事が新鮮で、我が意を得たりというような感覚もあったのである。
だから、現場はサラリーマン気分の抜けた自主映画現場という楽しいものであった。

その時の森田さんは、映画は良く知っているけれど現場は良く知らない、というユニークな青年監督であった。僕は、老練なスタッフから監督を守るという立場でもあり、それがちょっと反逆めいて面白かったのである。
全カットを移動するという方針を立て「テクニックは徹底しなければいけない」ということを言うので、なるほど面白い、と感心したが、それが逆に作用する結果をもたらした。
全カットが移動なので緩急のテンポが出なくなってしまったのである。これはラッシュを見て、僕も森田さんも同時に学んだ事なのであった。
撮影所で助監督からやってれば誰もそんな事はしないし、全カット移動したらテンポが無くなるくらいのことは身体で分かっている……はずだったが……
作品は面白く楽しいものになった。

『ピンクカット〜』はサービス過剰な美容院の話で、鏡側からのショットがある。鏡側のセットの壁をバラしてやってみようという事になった。これはタイヘンだった。三つの椅子に座った客への過剰エッチサービスを行ったり来たりの移動ショットで捕える。監督はカメラ側にいるから、僕が汗かいて芝居をつけた覚えがある。僕は、このショットが『家族ゲーム』の横一列家族のショットに繋がったんであろう、という気がしている。
『家族ゲーム』は元々2カメラでやりたい、細かいショットをバンバン割ってスイッチングみたいにしたい、と言っていたところが予算的に2カメラは無理だと分かった瞬間、じゃあ机を長くして家族横一列に座らせようという発想の転換があって、僕はそうかピンクカットのアレか、と思ったのだ。
もう少し長生きしたら確かめようと思っていたけれど……

実は『家族ゲーム』は、『ピンクカット〜』が終わった年末に「金子、もう一本続けてやってくれよ」と言われたのだが社員にとって正月休みは貴重で、「やりますよ、スリランカから帰ってから」と言って大晦日らから1月9日までスリランカに一人旅してトラベラーズチェックを詐欺で盗られたりして帰って来て11日からロケハンに参加してたのであった。
この時のサードが『バカヤロー4』でデビューして『免許がない』がヒットした明石知幸。

……なんか、大晦日に森田さんを追悼せねば、と思って書き出したんだが、どんどん自分本位の話になっていってしまう……お許し下さい……

12月22日は森田さんのお通夜、23日は葬儀終えた明石はじめ森田組歴代演出部と合流して痛飲。明石が僕を“生存する最古参のチーフ”と呼ぶ。那須さんは死んでしまったし……

自分本位ついでに書くと、誰かが予告をYouTubeにアップしてるんで紹介。僕が作って惹句も考えた。音楽を使っていない本編とは雰囲気違うだろと思う人もいるかも知れないが、当時賞取ったんですよ、これ。

当時、予告編は本編のNGフィルムと、現場で合間を縫って予告用に撮った画を繋いだ。明石が言うんで忘れていたことを思い出したが、僕が予告用を撮っていたら撮影所の製作部長が「止めろ」と言いに来た。ただでさえフィルムを使う監督なのに助監督が回すと、対抗意識を燃やして更にフイルムを使うからという理由で。
しかし明石の記憶では「予告用の芝居のほうが面白くて、森田カントクが冗談じゃねえぞと本篇の画を数テイク回し、フィルムの尺数が増えそうになって、慌てて製作部長が金子さんに予告編用の画を回すなと禁止令を出したのだった」という事だが、そうだったっけ?
もう、それも確かめる術は無い……

葬式では森田さんにメッセージを書き、棺とともに燃やされた…
それを思い出して書き記す……
「たいへんお世話になり、いろいろ教えて頂きながら、お礼も言えず生意気なことばかり言ってすいませんでした。ヨコハマ映画祭で新人監督賞を獲った時にお祝いの会をして頂いた事は生涯忘れません。ありがとうございました」

ご冥福をお祈りします

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2011年10月07日

金子特集で『ラストキャバレー』withかとうみゆき

先週土曜(10/1)から小田急線・読売ランド前駅のシネマバー「グリソムギャング」にて、“金子修介特集”が始まってるが、第一回目は『ラストキャバレー』の上映で、主演のかとうみゆきさんに来てもらい、トークショーと懇親会を行った。Lastcab2
「ラストキャバレー」大地康雄・かとうみゆき

『ラストキャバレー』は通りがいいので”最後のロマンポルノ”と言いふらしてはいるが、正確には最後から二番目の番組で、ホントの最後の最後は後輩の後藤大輔&金沢克次の番組である。まあ、許して頂戴。

久々に『ラストキャバレー』をスクリーン、35ミリ映写で見た。十数年ぶりだと思う。
感慨無量。
登場人物たちが終わりに向かってワクワクしてゆくという群像劇だったんだな。
そういう意味でも、コンセプトがしっかりしていて、なかなか珍しい映画になっておりますね。
「最後のロマンポルノとロッポニカ、どっちが撮りたい?」みたいな事を聞かれその時は迷わず、プロデューサーに答えた。
ロマンポルノの終焉にヤケクソ気味のエネルギーを発散させたかったのである。

終わりとは、何かの始まりだから……

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風祭ゆき・かとうみゆき

トークショーで思い出してダイアリーで確認したんだが、23年前の3月22日、当時21歳のかとうみゆきはマネージャー無しで事務所に現れた。
宇宙企画のソフトビデオを見て、完璧に女子高生に見えるこの子がいいと僕がオファーしたのであった。ビデオも自分で脚本を書いていたりして、センスも面白いと思ったし。
ロマンポルノを見たことが無いと言うので『OL百合族19歳』を見せると、「特に問題ありません」と言って出演を承諾した後、海野義幸プロデューサーから「監督は席を外して」と言われて、彼女は一人でギャラ交渉。
その5日後の3月27日にクランクイン、4月8日にアップ、18日ゼロ号、23日に公開というスピードであった。
つまり、初めて彼女に会ったその日から、一ヶ月後に映画は公開された、というわけなんである。凄いね。

みゆきさんは一時芸能活動を休止していたが、昨年中国のドラマに日本人のお母さん役で出演、4億人が見たというから、向こうのファンがこっちを見てくれるかも知れない。
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しっかり生きている美しい人である。
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グリソムギャングの金子特集、今週の『ガメラ2』は完売だけど、次週の『ばかもの』は余裕あり。詳細はこちら


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2011年09月09日

「高校大パニック」の想い出

「高校大パニック」(78)は日活入社三本目の助監督作品。
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入社一本目が根岸吉太郎監督のデビュー作「情事の方程式」、二本目が田中登監督の「人妻集団暴行致死事件」、そして三本目が「高校大パニック」という華麗なる我が助監督デビュー歴。
……後は辛かったけど……

撮影の初日、良く出来た高校教室のセットで澤田幸弘監督がチーフに「菅野(隆)菅野、もう止めようよ、疲れたよ」と言ってヌキ6(夕食抜き6時)で終了。
演出部で烏山に飲みに行き、澤田さんが「俺は二人三脚は疲れたよ」と言ってた。

暑い夏だった。

現場に澤田さんがいなくて共同監督の石井聰互さんがいる時、僕は菅野さんに「監督いるから撮りましょうよ」と言ったら、菅野さんが凄く怖い顔をして「冗談だろ、おい、冗談だろ」と言った。

スタッフ的には澤田組だけど、澤田さんのなかには「石井を立てよう」という気持ちがあったと思う。

チーフだった菅野隆さん、「ビニール本の女」でデビューして僕はこれにもセカンドで就いたが、数年前に亡くなってしまいました。

最近、ひし美ゆり子さんの伝記「万華鏡の女」を上梓した樋口尚文さんもエキストラで出てたらしい。

僕は、一番可愛かったエキストラ女子に芝居をつけた(射殺された教師にわざわざ近寄る)。
すると「何やってんだよ」と澤田さんに叱られた。
更にその子を後に「桃尻娘ラブアタック」(79 )のラストのレズ高校生として小原宏祐監督に推薦したら採用された。彼女こそ、後に那須博之さんが「ワイセツ家族」(82)で主役にした森村陽子だった。
……という思い出……
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僕が脚本を書いた「聖子の太股ザ・チアガール」(82)にも出て貰いました。

森村さんからはブログに“助監督の金子さんは、「しっかりせい!」 って感じでしたね”とコメントを頂いてます。(6月13日blog)

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