コリアン道中膝栗毛

2010年11月15日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行⑭

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ハロン湾からの帰り道は、ハノイに近づくにつれて、激しいゲリラ豪雨。
その中をオートバイで疾走する人々。

車のワイパーを最高速度にしても、前がよく見えない状態なのに、
まったく気にする様子もなく、平然と走っている。
 
圧倒されっぱなしの光景でした。
このパワーが、この国の本来の姿なのかもしれませんね。

ハノイに着いたご一行様は、今回の旅で会った一番可愛いベトナム娘に
サービスされて、最後のベトナム料理をいただきました。

そのあと、教授が”是非みたい”と言った【水上人形劇】に。
12世紀ころから行われていたという水上人形劇。
ベトナムの民話や伝説などに題材を取った演目が、
イチヂクの木で作られた30~50cmの人形が水面で表情豊かに動き回る。
人形を操る仕掛けは水中に隠れているらしい。

今日の演目は、悪い役人を龍がこらしめるという設定らしく、
民族音楽に合わせてリズミカルに動く人形は、見応え充分。
これも今回の旅の収穫のひとつでした。

そして、《ハングル探検隊》の役目を果たすときが参りました。
この水上人形劇場に、ハングルのパンフレットがあるではありませんか!
うれしかったですね。

そのうえ、我々が座った座席の隣に韓国人のカップルが。
さっそく教授が話しかけたところによると、ソウルからやってきた観光客とのこと。
若いふたりも、水上人形劇を堪能していましたね。

 《ハングル事情視察団》(名称いろいろですが)も最後にホッとしました。
 
ハングルに関してはいまひとつの旅でしたが、教授と小生には
またひとつ楽しい思い出ができました。



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2010年11月11日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行⑬

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写真が前回と同じで申し訳ございません。
今回が”ハロン湾編”の本編なので、ご容赦を。

ホテルを出発したご一行様(といっても4人ですが)は、
バッチャン村という陶器の産地へ。

まず、ハノイ市内のオートバイに圧倒されっぱなし。
ヘルメットとマスクの夥しい数のオートバイ軍団が、
あとからあとから現れ、道路は混雑の極み。

しかし、我々のワゴンの運転手は慣れたもの。
オートバイ軍団を、掻き分け掻き分けひたすら前へ。

日本人(とりわけ小生)は、ここハノイでは運転できそうにありません。

そんなハノイを脱出してバッチャン村に向かったのですが、
これがまた大騒ぎ。

途中から悪路の連続で、座席にすわりながら飛んだり跳ねたり。
深さ何十センチもありそうな水たまりを右左とよけながらの行進なのですよ。

時々その穴に半分くらいタイヤをとられていたのは、まちがいありませんね。
それでも、オートバイ軍団はスイスイ。
このパワー、恐るべし、です。

 ま、なにはともあれ、やっとハロン湾に直行すべく、車は北に。
緑豊かな田園地帯あり、どこかノンビリした地方都市ありの3時間。

途中、一度だけハングルを見かけたのですが、写真を撮りそこね、
(帰りも気が付いたら通り越し)
ハングル調査隊は、役立たず、でした。

ともかく、やっとハロン湾に到着。
なにしろ、昨日は天候が悪く、船がでなかったとのこと。
今日もけして好天というわけでもない。

だが、なんとか4時間のクルージングを敢行。
大小さまざまな島が1969あるという”世界遺産”の湾は、
波もなく、穏やかなクルージングが楽しめました。

晴れていれば、ちがった風景を楽しめたんでしょうが、
曇天は曇天なりの素晴らしい景観でした。

一幅の墨絵を見るような島影のつらなりは、
「はるばるやって来て、ほんとうに良かった」
 
これが、素直な実感でした。

途中で寄った鍾乳洞は、登り降りで疲れたわりには、
いまいち、かな?

ハロンとは《ロン(龍)が降りた》という意味とのことですが、
今回の旅の”一押し”でした。



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2010年11月05日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行⑫

 
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フエ空港で待たされること約2時間で、ハノイへ。

このフエ空港は、日本のかなり昔の地方空港といった趣。
2階建てで、やたら待合ロビーが広い。
もちろんレストランなどは無く。
小っちゃなカウンターで飲み物やスナックを売っているだけ。

空調もあまり効いてなく、暑い。
やっぱりアイスコーヒーでしょ。
ところが、水が危ないということは、氷も危ない。
このときは、ほんとに日本が恋しくなりました。

さて、ハノイまでの飛行機の旅は、なかなかでしたね。 

どうやら、台風を追っかけてのフライトらしく、
ハノイに近づくにつれて、窓外の光景は、どんどん凄いことに。
ぶ厚い雨雲の上を飛んでるのですが、ところどころに真っ黒な雲の柱が。
あの下は、絶対ゲリラ豪雨だったに違いありません。

なんとか無事にノイバイ空港に着いたふたりは、出迎えのガイドさんとハノイの市街に。
途中、ハングルのどでかい看板を発見。

「あった!ハングルだよ」
「あれは建設会社だな」

このぶんだと、ハングル視察の旅も快調に進みそう?
しかし、この日はこのあとまったくお目にかからず。
前途多難かも。

午後5時くらいにホテルに到着したふたりは、
「タクシーはなるべく使わないように」
というガイドの助言を尊重して、ホテルで夕食。
(ちょっとお疲れモードでもありました)
 
その晩は、もの凄い雷で、小生はなかなか寝付けずでしたが、
さすがは(?)教授、大イビキで熟睡。

翌日は最後の世界遺産【ハロン湾】(上の写真)  
車で片道約3時間の強行軍です。

その模様は次回。


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2010年11月01日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行⑪

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ダナンからフエに向かう途中に、ベトナム戦争当時、
北軍と南軍の”天下分け目”の地だったハイヴァン峠を越えると思っていたのだが、
いまは約10分で約4㎞のトンネル。

考えてみれば、戦後35年。
ある意味、ベトナム戦争も遠くになりにけり、なのかもしれません。

さて、フエでの最初の訪問地は、【カイデイン帝廟】
ベトナム最後の王朝・阮朝時代の1920年から11年かけて建てられたとのこと。
思ったより新しく、20世紀なんですね。

ところが、ここで問題発生。なんと、108段の階段が待っていたのですよ。

これには教授も小生もボー然。
しかし、ここで日和っていては、大和男児の名がすたる(急に大和男児はないでしょう)
頑張りましたが、キツかった!!

”世界遺産の旅”は疲れます。

お疲れの後は、アジアンムードいっぱいのレストランでランチ。
”創作ベトナム料理”なるものを食べたのでしすが、
これもなかなかの美味。
今回の旅で食したベトナム料理は、総じてうまかったかな。

食後は、阮朝の王宮や【トウドウツク帝廟】【テイエンムー寺】などをまわり、
最後にフーン川をクルージング(実態は屋台船にモーターが付いているだけ)

印象に残ったのは、王宮で数多く見られた、弾痕。
ここでは、ベトナム戦争は、遠くのものではなかった。

翌日、教授と炎天下のフエの街を散策。
オートバイの多さと日差しの強さにはビックリ。
緑の豊富な良い街でした。



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2010年10月27日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行⑩

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翌日は、3番目の世界遺産で、ベトナム戦争の最激戦地でもある古都フエに向かうのですが、

その前に、前日のホイアンについて、ひとくさり。

開高 健の名作『輝ける闇』(帰国して、何十年ぶりに読み返しました)に、
この町のことが出ていました。

《フェイフォはダナンの近くにある河港で、中国人はホイアン(会安)と呼んでいる。
小さな田舎町だが、昔の日本人町の跡がある。

切支丹弾圧に耐えかねた日本人はここまではるばる逃げてきて花を育て、
切り花を売って生計をたてたと伝えられている。

御朱印船もよく来航したらしい。
その頃の遺跡として橋や寺や墓がのこっている》

行く前に読んでおくべきだった。
心の底から、そう思った。

フエまでの約3時間の旅は、いろいろな意味で興味深かった。

まずダナンの市街地(写真右)を通過。
いたるところが建築ラッシュで、この国のエネルギーにビックリ。

海岸線に出ると、約1㎞ほどフェンスが続いており、
そのフェンスに”HYATT REGENCY”のロゴが。
ホテルとコンドミニアムを建てているらしい。

そして、激戦地・ダナン空港の横に、道をはさんでド派手な建物が。
ガイドさん曰く、
「カジノですよ。ベトナム人は入れませんが」

この国、ほんとに社会主義の国?

そして、有名な国道1号線をひたすら北上。

阮朝王宮跡(写真左)をはじめとする歴史の町・フエに。

ちなみに、教授が傘を片手に向かっている正門には、
ホー・チミンおじいさんの笑顔が。



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2010年10月25日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行⑨


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この日の『世界遺産を訪ねる旅』の第2弾は、ホイアンの旧市街。

ダナンから南東約30㎞のこの街は、トウボン川(写真左)の三角州に作られた港町。
荒天でも安全ということで、栄えていたらしい。

16~17世紀には御朱印船で日本人が多数渡来して、
日本人町もあったという。

来遠橋(写真右)は、当時の日本人が設計したとのこと。
橋の西側が日本人町、東側が中国人町だった。

この他にも、当時の日本からの陶器も残っていて、
ベトナムと日本の交流がかなり深かったことがわかる。

ベトナムを最も長く統治していたのは中国で、その次はフランス。
そのためか、街並みは中国・華南地方の影響が強いとのことだが、
フランス人が建てた家は、壁などに黄色を使っていて、
どこか欧州の匂いがあり、
街全体がエキゾチックに見えましたね。

ツアーだったので名前はわかりませんが、
昼食はなかなか趣のある店で。

ホイアン三大名物のひとつだというホワイト・ローズをいただきました。
米粉の皮にエビにすり身を入れて蒸したものとのことでしたが、
エビ餃子よりも上品な味で、おいしゅうございました。

そのあと、シクロ(人力タクシー?)に乗って、街を散策したのですが、
シクロに乗ってゴキゲンの教授の写真がブレブレで、
お見せできません。

ゴメンナサイ!

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2010年10月21日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行⑧

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おじいさん二人組のベトナムでの一日目は、世界遺産の【ミーソン遺跡】観光からスタート。

 

ホテルを出発して約2時間。

 

途中ハイウエイーらしき道も少しはありましたが、
舗装もかなりガタガタの道を走っていると、
突然、水牛らしき生き物が道端によこたわっていたり、
ライスペーパーの元と思われるものが干してあるかと思えば、
道路の上(車が走るすぐ横)に籾が敷きつめられ(乾かすためでしょう、まるで自分の家の庭の延長のよう)、

 

同じ農村風景でも、日本とはまったく違う日常がありました。
そしてこの国の自然の豊かさ、むせかえるような濃い緑と
豊かな水に、感動!

 

こんな美しいところに、連日の空爆。

 

戦争は、自然に対する冒涜のほかのなにものでもありません。
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年前の戦争の傷跡は、ミーソン遺跡にも残っていました。
緑深いジャングルの中にある伽藍群。

 

2世紀頃から15世紀にかけて栄えたチャンパ王国の聖地だったこの遺跡にも、ベトナム戦争時の弾痕が、数多く残っていました。空爆でできた深い穴もありました。

 

ただこの遺跡は、なにしろジャングルの中なので、歩かなければいけません。
それも、往復約1時間。
これは、われわれにとっては難行苦行。
特に脚力にはまったく自信のない教授は大変。
励ましながら、なんとかクリアーしましたが。

 

ところで、この日のガイドさん(日本語は上手でした)が、
「ベトナム戦争のころ、北ベトナムの首都はハノイでしたが、
南ベトナムの首都は、どこだったでしょう?」
と聞いてきました。

 

《あれ?サイゴンじゃなかったけ?》
ガイドさん
「ワシントンでした」

 

これには、ビックリした後、納得。

 

ジョークではないのが、つらい!



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2010年10月19日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行⑦

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やっとハノイを飛び立ったふたりは、激しくゆれながら
(どうやら低気圧の真っ只中らしい)
ダナンに到着。

ここダナン空港はベトナム戦争の激戦地だったところですが、
夜の11時すぎなので、なにも見えず。

ともかくガイドを探しましたよ。
するとHISの旗を持った人物を発見。
天使に見えました。

夜のダナン市内を走って、なかなか立派なレストランの前で停車。

どうやらここが予定通りに着いていれば、今夜の夕食の場所だったらしく、
ガイドさんがビニール袋をぶらさげて車に乗り込みました。

これが我々の夕食だったのです。
(ホテルに着いて、開けてみてビックリ。ボリュームたっぷり、味もそこそこ良し。
ちゃんとレストランで食べたかった)

30分ほどほとんど真っ暗の道を走って、ホテルに到着。
リゾートの雰囲気バッチリのフロントに
「ほんとにベトナム?」

翌朝、まるでハワイかグアムのリゾートホテルにいるような感じ。
我々ふたりが考えていたベトナムとは、
どうやらかなり違うみたい。

ベトナム最初の朝は、
おいしいパンとカフェオレのブレックファーストをテラスでいただきました。
おじいさんふたりは、ちょっと場違い(?)


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2010年10月15日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行⑥

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さて、そろそろ出発時刻になってきたので、国内線の待合ロビーに。

ところが、ここが大混雑。椅子に座るどころの騒ぎではなく、すみっこで立っているのがやっとって感じ。

どうやら、軒並み出発が遅れているらしい。
8時出発予定のダナン便どころか、その1時間前のホーチミン行きも、搭乗アナウンス無し。

といっても、ベトナム語となまりのきつい英語だから、想像するしかないのですが。

でも、待っている人たちは悠然とかまえてるんですな。
べつにこの日が特別遅れてるというわけではないらしく、日常茶飯事ってことなんでしょう。

”郷に入ったら郷に従え”ですか。

そこにHISの現地駐在員から電話が。
このままだとダナンに着いても夕食に間に合わずで、弁当になるとのこと。

教授が非常食用に買ったなぜか韓国製のチョコレートパイが頼みの綱ということで、一口食したのですが、

甘い!甘すぎますよ、教授。

そんなこんなでハノイを飛び立ったのは、10時をまわっておりました。

なにはともあれ、空港での夜明かしはなんとか免れました。

ヤレヤレ。

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「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行⑤

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このベトナム旅行では、ベトナムにおけるハングル事情視察(ちょっと大げさ)も目的のひとつ。
ということで、空港でハングルを探すためにフラフラ。
 
なにしろ、空港ビルを出た途端にチャン・ドンゴン(ちょい若め)を発見。
横を見るとLGの看板が何枚もあり、これは期待出来そう。

ところが肝心のハングルはまるで見当たらず。やっと見つけて、「カネワカ、ハングルがあった!」と喜んだ小生でしたが、「アシアナ航空のだもの、ハングルは韓国人用だよ」ということで、糠喜びでした。ハングル探しの旅は、思ったより難航しそうです。

それはそれとして、乗り継ぎでダナンに飛ぶ予定の飛行機が、なぜかこの日は欠航。もともと約2時間待ちだったのですが、6時間も待つことに。ハングル探しもあっという間に終わってしまったふたりは、もうやることがありません。

仕方がないので、空港内のカフェで時間つぶし。
といっても、ビールもちょっと飲めば、もういいよ、って感じだし、腹も、動いてないので、空いてはいません。
グダグダしていたら、聞いたことのあるメロデイーが。

なんと、『冬のソナタ』のテーマメロデイーではありませんか!
カフェにあるテレビから流れているではありませんか!!

CATVと思われる画面では、どうやら『冬ソナ』のパロデイーらしく、なにやらドタバタコメデイー風のシーンが。
しかし『冬ソナ』ですよ。韓流パワー、恐るべし。



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2010年09月30日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行④

今回のベトナムの旅はこんな風に決まったのです。


6月某日の新大久保、マッコリを飲みながら、

「おい、今年はどこ行こうか?」
「韓国は、なにせ紅島(ホンド)まで行っちゃたもんな」
「韓国はちょっとお休みしようぜ」
「じゃ、どこにする?」
「ベトナムはどうだ?」
「うん、ベトナムか」

ベトナムという言葉は、我々ふたりにはちょっと重いのです。
約40年前、青春真っ只中だったふたり。
”ベトナム戦争、反対!”は若者たちの共通語でした。

だからこそのベトナムなのかもしれません。

と、まあそういうことで新宿からリムジンバスで成田空港へ。
小生にとっては、久しぶりの成田。

韓国ツアーはいつも羽田だったものですから。
(どうでもいいことでスイマセン)
学者である教授は『ベトナム語会話』の本を購入。
さすがです。

そしてあまり聞いたことの無い〈ベトナム航空〉の機内に。
アオザイを着た可愛いスチュワーデス(古いね~)を
期待してたのですが、
たしかにアオザイでしたが、ちょっと期待はずれ。

わりと空いていたので、ゆったりと座席を使い、5時間の空の旅。
ビールを飲んだりワインを飲んだり、
ガイドブックを付け焼き刃でよんだり、
やっとハノイのノンバイ国際空港に到着しました。

ちょっと曇天でしたが、なんと東京よりも暑くない!
それくらい今年の東京は異常だったということですか。
なにはともあれ、5日間のベトナムツアーの始まりです。

by チングT



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2010年09月19日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行③ 

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ハノイの街角で。バイクの女性の後ろ姿の写真ではありません。
幟の後ろにたたずむ先生に注目。

by 管理人 I


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2010年09月16日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行②

ベトナムの水上人形劇は、千年もの昔から伝わる伝統芸能で農民が収穫の祭りの時などに、屋外の
水辺を使って演じていたものが11世紀以降、娯楽として宮廷にまで広がったものだといわれています。
(ネットより)

先生のリクエストで行った市営!タンロン水人形劇のパンフレットの裏表。
韓国人向けに劇の順番が書かれています。

by 管理人 I


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2010年09月13日

「コリアン道中膝栗毛」番外編ベトナム紀行①

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ベトナムに行ったら「こんなところにもハングルが!」とか、韓国関連のことを探してきてくださいよとは言いましたが、チャン・ドンゴンのポスコ系建築会社の看板でした。

これはハノイ。ホーチミンにはイ・ヨンエがいましたっけ。

by 管理人 I 


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2010年09月09日

紅島(ホンド 홍도)への旅 04

紅島(ホンド 홍도)への旅 4

やっと腹がくちくなったふたりは、紅島(ホンド)の魅力の
ひとつでもある東シナ海に沈む夕陽の時間まで
島を散策することに。といっても、下船した桟橋の
反対側にある船着き場まで行っても、往復30分も
あれば十分なくらいなのですが。

でも、そこは脚に自信のないふたりだけに、
ゆっくりゆっくりで小1時間かけて踏破。
ま、小さな漁村といった風情のところでしたね。 

そうこうしているうちに、日没の時間が近づいてきました。
観光客が岡を登っていきます。
我々もそのあとをついて、エッチラオッチラと歩き出します。

脚に自信のない教授は、宿で借りた杖をつきつき。
遠目で見るとそんなに大変そうには見えなかった坂道も、
登ってみるともう大変!
ふたりともゼイゼイで、休み休みといった感じ。

ところが我々と同じくらいの年代の韓国の方々は、スイスイ。
やっぱりキムチパワーはすごい。
それとビックリしたのは、年配のご夫婦の多いこと。

しかもラブラブで、手をつないだりしているではありませんか!
教授によると、韓国ではこれが普通らしく、
国民性の違いを実感しました。
歩くこと20分で展望台と思しき場所に到達。

ホッと一息でしたが、なんと教授はそのうえの
展望台に向かって歩き出したのです。
「大丈夫?」と聞くと、
「ここまで来たんだから、もっと上で見たいよ」
ほんとに脚は痛いの?

そして待つこと20分。
海面が黄金色に染まり、巨大な夕陽が東シナ海に
沈んで行きます。そして時間の経過とともに
オレンジ色に変って行き、海面がキラキラと輝いて、
停泊している小さな漁船が影絵のよう。

自然がくれた最高のご馳走。
はるばるやってきて良かった、と思ったひとときでした。

by チングT

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