母を毒殺未遂容疑の高1女子、ブログで動機示唆(読売新聞) - 11月1日19時11分

ということで女子の毒殺、毒物事件を集めてみました。
女子の殺人全般は 少年犯罪データベース 少女の殺人事件、母親殺し全般は肉親に対する犯行をご覧ください。
毒物による自殺は少年の自殺事件へどうぞ。



昭和22年(1947).4.23〔20歳(満18〜19歳)が夫を毒殺〕
 佐賀県三養基郡の農業(24)が妻(20)にアヒ酸入りの大根おろしを食べさせられ3日後死亡し、11月に妻は逮捕された。一ヶ月前に結婚したばかりの夫から結婚前の女性関係を知らされ離婚を画策するがうまくいかなかった。結婚後も処女を通していた。

昭和23年(1948).12.6〔中2女子(満13〜14歳)が厳しい母親に反発し一家皆殺し〕
 福岡県大牟田市の中学2年生の三女(15)が、夕食の大根雑炊に殺虫剤のアヒ酸を入れ、父母、祖母、姉、妹の家族7人皆殺しを謀る。たまたま食べなかった祖母以外の6人が苦しみ出して、五女(10)と六女(6)が死亡、ほかの4人は寝込んだが命に別状はない。三女も食べずに元気だったので疑われてすぐに自供した。
 三女は成績も良くバレー部の選手をしていたが、部活で遅くなると遊んでいたのだろうと厳しい母親にたびたび叱られ殴られた。こんなことでは一家皆殺しにしたほうがよいと考えたと、取り調べにも笑顔で話す。バレー部顧問の教師は、ずるい生徒でよくケンカをしており、皆には好かれていなかったと語る。

昭和26年(1951).11.28〔19歳女が一家皆殺し〕
 北海道勇払郡の農家で朝食を食べていた一家5人が苦しみだし、長女の婿は死亡、母親と長女(23)は重体、ほかの二人も入院した。次女(19)だけがなんともなかったので追及すると、ヒ素剤殺虫剤ホトナートをみそ汁に入れ一家全員を毒殺しようとしたことを自供した。この次女が母親の連れ子で家族のいざこざが絶えなかったため。

昭和27年(1952).5.19〔高3女子が父親を毒殺未遂〕
 福岡県八女郡の麦畑で、高校3年生女子(18)が父親(53)にネコイラズ入りのまんじゅうを食べさせて、父親を殺したと自首した。父親は手当を受けて重傷だが命に別状はない。5年前に母子4人が家を追い出されたため復讐の機会を窺い、嘘をついて呼び出して風呂敷で絞殺しようとしたが隙がないので、ネコイラズとまんじゅうを買ってきて毒殺しようとしたもの。「私は決して悪いことをしたとは思っていません。死んだほうが父は幸福です」と語る。

昭和30年(1955).3.6〔17歳少女が弟を毒殺〕
 群馬県群馬郡の自宅で、17歳の少女が中学1年生の弟(13)を毒殺して逮捕された。少女は昨年の11月から2月まで病気で自宅で寝ていたが、弟に邪険にされたため殺害を計画、4日に近所の子供にネコイラズを買ってこさせて夕食の雑炊に混入し食べさせて、弟は2日間苦しんだ末に死亡した。
 両親は離婚して炊事婦の母親と三人暮らしだった。

昭和31年(1956).3.9〔19歳女が結婚に邪魔な家族4人を皆殺し〕
 東京都江戸川区で、家族が一家心中したと女(19)が隣家に駆け込んだ。母親と小学校1年生の三男はすでに死亡。工員の長男(17)と中学2年生の次男が苦しんでおり、間もなく病院で死亡した。
 「おまえは飲まなくていいよ」と母親が言ってから弟たちとジュースを飲んだと女は証言したが、追及すると勤め先の工場から拾ってきた青酸ソーダをジュースに入れて殺害したことを自白した。
 昨年の夏に母親の勤め先の理髪店で知り合った青年に結婚を申し込んだが、「扶養家族が多いのは嫌だ」と断られた。そこで一家皆殺しを計画、家族でケンカをしたとき三男がジュースを飲みたいと言ったので、「それじゃ、ケンカの仲直りに」と毒入りジュースを飲ませたもの。
 女は犯行が発覚しても顔色ひとつ変えず、留置されるとわかってはじめて泣き出した。父親は5年前に病死していた。
 無期懲役が求刑されたが、母親とケンカしての発作的犯行であり、未成年であるため、東京地裁は懲役15年の判決を出した。

昭和35年(1960).11.11〔17歳女がみそ汁に毒薬混入して18人皆殺し謀る〕
 東京都葛飾区の洋服仕立屋で、住み込みの見習い女子(17)が味噌汁にネコイラズを混入し、主人一家5人と従業員13人の皆殺しを謀ったが、異味のため吐き出して全員無事だった。給料を映画や化粧に使い果たすことを奥さんが姉に告げたことを恨んでの犯行。

昭和60年(1985).11.25〔中1女子3人が復讐のため給食に下剤〕
 和歌山県伊都郡高野町の中学校で、1年生女子3人が給食のけんちん汁に下剤1箱を入れて、食べた同級生24人がノドを腫らして治療を受けた。18日に授業をサボって保健室にいたことを男子にばらされたため復讐を誓い、農薬を入手しようとしたが難しく、殺虫剤で実験したが異臭がするため下剤にしたもの。

昭和62年(1987).5.26〔中学の1クラスの給食に農薬混入、43人が入院〕
 愛媛県で中学の1クラスの給食に農薬混入、43人が入院。5/28 女生徒イジメに堪えかねて。

昭和62年(1987).11.24〔女子中学生7人、叱られた腹いせに教師の弁当に希塩酸〕
 鹿児島県で女子中学生7人、叱られた腹いせに教師の弁当に希塩酸。

昭和63年(1988).4.22〔16歳女子が父親毒殺未遂〕
 栃木県真岡市の自宅で朝5時、長女の無職女子(16)が就寝中の父親(45)の口に農薬を流し込んで殺害しようとし、重傷となった。会社員の父は日頃から家族に暴力を振るっていたが、住み込みで働きたいと相談すると殴る蹴るの暴行を受けて殺人を計画、数日前に農薬を買って隠していた。

平成11年(1999).12.〔小学6年生女子による劇物混入事案〕
 小学6年生女子(12歳)は、自分の嫌いな同級生を欠席させる目的で、理科の実験で使用した水酸化ナトリウムを給食のカレーシチューに混入させ、給食を食べた児童4人に全治1週間の傷害を負わせた。(12月、奈良) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


一般に毒殺は女の犯罪と言われますが、少年の毒物事件も結構あります。

昭和5年(1930).7.1〔小6が級友7人を毒殺未遂〕
 広島県賀茂郡の小学校で、6年生(13)が同級生7人を殺害するため弁当に劇薬をふりかけたが、異様な臭いのため食べなかったので未遂に終わった。2ヶ月前に盗みをしてから泥棒呼ばわりされ続けたことを恨んで、病院で働く父親から塩化水銀をもらって大量に混入したもの。昼休み前に家に帰ったため怪しまれてすぐに捕まった。

昭和12年(1937).2.8〔16歳ら3人が主人一家皆殺し計画〕
 東京市麻布区新堀町の理髪業宅で、雇い人3人(16,22,28)が飯釜にネコイラズを入れて主人一家6人皆殺しを謀ったが異臭のため食べずに無事だった。1.10に主人(43)が「汚すから家の便所を使うな。外の共同便所を使え」と客の前で叱ったことを恨んで計画していたもの。

昭和18年(1943).3.20〔21歳(満19〜20歳)が祖母殺害〕
 東京市城東区の祖母宅で祖母(71)に毒薬入りの酒を呑ませて殺害、199円50銭を奪って逃走していた孫の無職男(21)が4.5に千葉の自宅に舞い戻ったところを逮捕された。

昭和22年(1947).1.10〔19歳が友人を毒殺しようとする〕
 東京都世田谷区の家で、夕食の雑炊を食べようとしたら味がおかしいので近所の病院で鑑定してもらうと猫いらずが入っていた。この家の長男(19)の友人の大工(19)が台所に侵入して猫いらずを混入したことを自白した。友情が薄らいだと誤解して毒殺を謀ったもの。

昭和22年(1947).12.2〔17歳が父親を毒殺〕
 愛知県名古屋市の17歳が隣りのプレス工場から青酸カリを盗み、配給のビールを近所から買って半分は自分が呑み、残りに青酸カリを入れ父親に呑ませて毒殺した。
 実父を母の情夫と誤っての犯行。

昭和23年(1948).2.25〔高3(満16〜17歳)が教師に毒まんじゅう〕
 長野県松本市の県立松本工業高校で、機械科3年生(18)が夜にやってきて宿直の教師ら4人にまんじゅう5個をわたして帰った。用務員が食べてみると味がおかしいのでそのまま保管し、見回ってみるとトイレにその3年生が隠れており直後に火事があり校舍など三棟が焼失した。追及すると「実験室のストリキニーネが人にきくかどうかためしてみた」と自供。去年、窃盗罪で不起訴となっているが学校で泥棒あつかいされて恨んでおり、復讐のため殺人と放火を計画したもの。長野地裁は懲役5〜10年の不定期刑判決。

昭和23年(1948).11.22〔16歳(満14〜15歳)が隣人を毒殺〕
 東京都文京区の16歳が中退したばかりの中学校の標本室に忍び込み青酸カリを盗んだ。誰でもいいから酔っ払いに飲ませて金を奪おうと池袋で試そうとしたがうまくいかず、隣家の下駄商の隙を見て酒に入れて毒殺した。服を買う金欲しさの犯行。
 被害者は教師をしていたが元少尉のため追放となった人で、犯人の少年をとくに気に掛け善導に努めていた。

昭和23年(1948).12.1〔19歳(満17〜18歳)が毒殺〕
 長野県松戸市の歯科技工士(19)は歯科医院で2万円を使い込み、その工面のために金塊を売ると騙して金属商ら二人を義兄の家に集めて青酸カリで毒殺し持参した代金を奪おうと計画したが、先に毒入り茶を飲んだ一人が苦しんで死んだため失敗した。

昭和24年(1949).1.19〔18歳が毒殺未遂〕
 東京杉並区の工員(18)が友人の店員(18)と2人で遊興費稼ぎの店員が務める荒物商の一家3人を毒殺するつもりだったが怖くなったと自首してきた。2人を殺人未遂で検挙し、工員が工場から盗んだ青酸カリを押収した。

昭和24年(1949).12.7〔20歳(満18〜19歳)が知り合いを毒殺強盗〕
 東京都中央区銀座のビヤホールで、無職(20)が店員(38)を殺害、ラジオ、オーバーを奪って逃走したが12.9に逮捕。金目当てに知り合いの店員に青酸カリ入りの茶を飲ませたもの。

昭和25年(1950).7.18〔19歳がカルピス毒殺〕
 広島県広島市の自宅で、少年(19)が闇ドルを売ると騙して衣料店主(27)、衣料店主(28)、ガラス商(30)の3人を誘き寄せ、青酸カリ入りのカルピスを自分も一口飲んでから勧めた。3人が苦しみ出すと、犯行を隠蔽するためにカルピスを購入したアイスケーキ屋に持ち込んで主人(31)にも飲ませた。衣料店主1人が死亡し、アイスケーキ屋は重体。死体から現金18万6千円を強奪して逃走したが、すぐに逮捕された。帝銀事件にヒントを得て、金欲しさに20日前から皆殺しを計画していた。この年の大卒銀行員初任給3,000円。

昭和26年(1951).2.20〔17歳が青酸カリで一家殺害計画〕
 東京都世田谷区の旋盤工(17)が一家3人を殺したと自首して出た。近所の青物商夫妻と長女(15)を皆殺しにして金を奪おうと計画して井戸ポンプに青酸カリを投げ込んだもの。青物商宅では水の色がおかしいので飲まなかったため無事だった。帝銀事件をまねた犯行。
 
昭和26年(1951).11.29〔15歳が二度の毒殺謀る〕
 東京都台東区の少年(15)は10.27日に近所の老女(68)宅に空き巣に入って4千円を盗み、犯行を隠すためにヤカンに青酸ソーダを入れ、飲んだ老女が昏倒した。警察の取り調べを受けたが証拠不十分で釈放、追及を逃れるため秋田の叔母宅に身を寄せていたが冷遇されたのを恨み鉄瓶に青酸ソーダを入れ一家4人の毒殺を謀った。一家が苦しみだすと自分も腹が痛いと芝居をしたが、警察に見破られた。

昭和27年(1952).3.11〔19歳が青酸カリウイスキーで友人の父親毒殺〕
 長野県下高井郡で、少年(19)が友人(17)を毒殺しようと青酸カリ入りのウイスキーを郵送したが、友人の父親(53)が飲んで死亡、知人が重傷となり、15日に逮捕された。頭がよく読書好きで、2年前に「親の躾が悪いので神経症になった。親を恨み自殺する」という遺書を書いてアドルム自殺を図ったが死に切れず、それから異常な言動をするようになった。友人が年下なのに周囲の信頼が厚く、祭の主役の獅子舞役を取られたことで怨み、帝銀事件や探偵小説に影響されて2月には青酸カリ入りの甘味料を友人宅に投げ入れて毒殺を謀ったが失敗していた。山奧の小さな農村での事件。無期懲役判決。

昭和27年(1952).12.11〔19歳が主人を毒殺〕
 東京都台東区の神輿製造業の主人(61)が配達された牛乳を飲んで苦しみだし、病院に運ばれて辛うじて生命を取り留めた。住み込みの見習い工(19)が安い給料でこきつかう主人を恨んで青酸カリで毒殺を謀ったもの。

昭和28年(1953).5.11〔小学生2人が毒ガス盗む〕
 東京都目黒区の東京工大有機合成化学実験室の庭から三百人を殺せるホスゲン毒ガスのボンベ一本が盗まれ、小学生(11)2人が補導された。小遣い稼ぎのためクズ鉄屋に売ろうとしたが断られ川に捨てていた。

昭和31年(1956).8.14〔高2が継母など2人殺人未遂〕
 東京都中野区の高校2年生(17)が、6.2に継母(43)を殺害するためネコイラズ入りの団子を台所に置いたが、継母は異臭のため食べなかった。8.2には貸したトランペットを返せと言ってきた同級生を殺害するため朝5時に畑に呼びつけ背中をナイフで刺して2ヶ月の傷害を負わせたが、人が来たため時計を強奪して逃走した。警察に届けがなかったので発覚しなかったが、立川市の路上で男性(21)が殺害された事件の容疑者として逮捕されて自供したもの。製図師の長男。

昭和32年(1957).7.1〔19歳が毒入りウイスキーで4人殺害?〕
 奈良県山辺郡の農家で、昨年5.27に農薬のニッカリン入りウイスキーを飲んだ男性4人が死んだが、熊本県で強盗致傷未遂で逮捕された役者(20)が、劇団が村を訪れた時に殺意を持ってウイスキーを渡したとこの日に自供した。しかし、つじつまの合わないこともあるので狂言か。
 ※同じ村で同じニッカリンで女性5人が死んだ名張毒ぶどう酒事件が起きたのは昭和36年3月。上記の事件では5日前にもニッカリン入りウイスキーで死人が出ているので犠牲者も同じ5人。

昭和34年(1959).2.9〔17歳ら2人による少女怪死事件〕
 東京都品川区の青果物商方で、四女の小学2年生(7)が遊びから帰ってくると間もなく苦しみ出して死亡、青酸反応が出た。主人の店主(42)を殺そうと妻(37)と住み込み店員(17)の2人が青酸カリ入のサイダーを帳場に置いていたことがわかった。
 店員は人使いが荒い主人に恨みを持ち、妻も愛人を持ち暴力を振るう夫を憎んで共謀して肉切り包丁で刺そうとしたが隙がなく、店主の大好きなサイダーで毒殺を謀ったもの。妻は夫の殺人未遂と娘への重過失致傷で有罪となったが、東京地裁は懲役3年、執行猶予4年の極めて軽い判決。

昭和35年(1960).1.〔小6がソフトボールのため毒殺謀る〕
 岡山県の小学校で、小学6年生(12)がソフトボールの試合に出たいために同級生の給食の牛乳に農薬を混入したが少し飲んで気付いたため無事に済んだ。

昭和35年(1960).2.1〔19歳が盗みの被害者を毒まんじゅうで殺害〕
 兵庫県姫路市の工員(19)が工員(21)に毒入りのまんじゅうを食わせて、工員は3日間苦しんで死に、8日に逮捕された。昨年11月に酔っていた工員を介抱しながら背広と給料8千円を盗んで逮捕されていた。家出して金もないので自殺しようとネコイラズを買ったが、たまたま被害者に会い、金を返すと呼び出し、まんじゅうを食べさせたもの。

昭和35年(1960).4.28〔中3が父親を毒殺〕
 大阪府貝塚市の自宅で、父親(59)がウイスキーを飲んで死に、三男の中学3年生(14)が毒殺したことを自供した。前夜に姉とテレビのチャンネル争いでケンカして父親に叱られた。「入院でもすればうるさくなくてすむ」と野犬狩り用の劇薬をウイスキーに入れたもの。

昭和36年(1961).4.22〔19歳職人見習いが主人一家の毒殺を図る〕
 東京都足立区の建具職人(35)方で、見習い(19)がヤカンにネコイラズが混入し翌月8日に捕まった。手先が不器用で仕事がのろいことからいつも叱られていることを恨み、主人一家3人を毒殺しようとしたもの。性格は内向的で、暗いところがあった。

昭和36年(1961).5.31〔19歳がピストルを奪うため警官毒殺〕
 熊本県熊本市の派出所で巡査(33)が下着姿のまま殺されているのが発見され、さらに1.2キロ離れた場所でタクシー運転手がこめかみを撃ち抜かれて死んでいるのが見つかり、目撃証言から写真現像業の平徹雄(19)が逮捕された。
 万引きで高校を中退してから写真現像業をはじめたがうまくいかずに10万円の借金ができ、強盗をするためにまずピストルを奪おうと警官殺害の計画を立てた。薬局の友人から青酸カリを手に入れ、事件の前日に派出所に行って巡査と知り合いとなり、深夜に毒入り缶ジュースを飲ませて殺害、制服を脱がせて自分が着込み、ピストルと警察手帳を奪って派出所前からタクシーに乗って逃亡しようとしたが、運転手に怪しまれたため射殺したもの。レイプの前科もあった。
 逮捕時に「猫を殺したのも同じ気持ち。何も後悔していない」と語る。昭和38年5月死刑確定。昭和44年1.18死刑執行。

昭和37年(1962).1.29〔中2が告げ口の逆恨みで小学生を毒殺〕
 愛知県岡崎市福岡町の農家の玄関に、中学2年生(14)が農薬入りの乳酸菌飲料を置き、飲んだ長男小学4年生(10)が死亡、二男の小学2年生(8)が重体となり、翌日に捕まった。1週間前に500円拾ったことを被害兄弟の母親が自分の母親に告げ口したのを恨んだもの。

昭和42年(1967).6.20〔19歳少年がレイプ強盗殺人〕
 栃木県文挾町で無職少年(19)が女子工員(20)をレイプ、下着で絞殺して現金を奪い、飲み歩いているところを捕まった。被害者をナイフで脅して雑木林に連れ込み、農薬を無理やり飲ませた後、一連の犯行に及んだ。中卒後に自衛隊に入るも10日で辞め、定職に就かずぶらついていた。

昭和42年(1967).11.12〔17歳工員が窃盗事件の口封じに刺殺〕
 大阪府高槻市で窃盗に利用した同郷で同僚の工員(17)を口封じのため刺殺、淀川堤防下に遺棄した鹿児島県徳之島出身の少年工員(17)が捕まった。別の同僚の持つ預金通帳を盗み、その引出し役に何も知らない被害者を利用。盗まれた同僚が警察に届けたため、発覚を恐れての犯行。毒殺しようと猫いらず入りの菓子を食べさせたが効果が無かった為、刺殺に変更した。犯人の父は元警官、兄は教員。そうした家庭環境もあってか地元に自分の仕業が知れることを極度に恐れ、犯行に及んだ。無免許運転で事故を起したり、自転車泥棒もしていた。

昭和52年(1977).3.14〔中2が脅迫電話23件〕
 愛知県西春日井郡の中学2年生(14)が23件の脅迫電話をかけて捕まった。スーパーに「毒入りコーラを置いた」、警察に「爆弾を仕掛けた」など。「テレビドラマで、犯人の電話に刑事が走り回るのを見て、面白いから自分もやってみようと思った」と自供。

昭和53年(1978).3.24〔中2の4人がいじめ復讐のためお茶に毒薬〕
 大阪府枚方市の中学校で、2年生(14)4人が重クロム酸カリウムをヤカンのお茶に入れた。1人が飲んで吐き気をもよおし、他の生徒は異臭のため飲まなかった。
 科学同好会に所属しており、運動部の3人に「男らしくない部活だ」と馬鹿にされ、殴られるなどのいじめにあっていた。復讐しようと計画し、滋賀県のいじめ復讐殺人事件のような刃物だと犯人がわかるので実験してお茶の色に近い毒物を選び、15日には1人の弁当箱に苛性ソーダを混入していた。

昭和61年(1986).2.26〔中学生、友達に冷たくされ、弁当に農薬〕
 大阪府で中学生、友達に冷たくされ、弁当に農薬。


※タイトルと本文が同じ短いデータはすべて「〔年表〕子どもの事件 1945-1989」山本健治 柘植書房より引用したもの。