2006年09月26日

サレジオ首切り事件精神鑑定書

『心にナイフをしのばせて』奥野修司というサレジオ高校首切り事件をあつかった本が話題になっているそうで、当データベースの高校生首切り殺人事件にも多くの方が来るようになったので、読んでみました。

この本にはどうもいろいろ問題があるように感じるのですが、その最大のものは精神鑑定書の引用のやり方が著者の意図に合わせた恣意的、それもかなり悪質なものではないかと思える点です。
精神鑑定書の被疑者少年と鑑定人との対話部分の全文をアップしましたのでまず一読してから以下の文章をご覧ください。

この本は精神鑑定書の一部だけを引用することによって少年を怪物に見せようとする意図があるのでないかと感じさせます。
たとえば、
「百%ありえない。一般の場合でも、一切は過去の人間に関連して生じるのだから。」
というのは、その前段の

〈君は犯罪をどう説明したいか〉
 僕の性格です。……軽卒さです……自制心のないことです。
 
から普通に通して読めば、この犯行やその他の行動もすべては自分のこれまでの人生で培った自分の性格から起こったことで、悪魔がとりついたとかそういうことは絶対にないと云っているように読めます。鑑定人も悪魔つきなどのせいにしない態度が印象的と記しています。
ところが、前の数行を削って、しかも削ったことを記さずにあたかもこれがその部分の完全な引用であるかの悪質な編集をして、何故か反対にこれが犯行を自分以外の誰かのせいにしている少年の異常性を表す言葉として取り上げられています。
また、

〈勝利の惑じは〉
 それはない。
〈事件後しばらくは?〉
 ……一般に認められれば勝利かもしれないが、そんなものではないでしょう。
〈一般が認めないのが口惜しいか〉
 みとめないのが当然でしょう。

という流れをぶった切って「一般に認められれば勝利かもしれないが」という箇所だけを取り出して、犯行を正当化している言葉として取り上げられていたりもします。

この犯行の原因とされるいじめについての少年自身の証言もこの本ではほとんど落とされています。
もちろん、少年が嘘をついている可能性はありますが、しかし嘘だと云うのならなんらかの根拠が必要になります。
この本では少年が嘘ついている一例として毛虫を辞書にはさまれたということはなく、その証言は少年の目に映ったものに過ぎないというようなことを、同級生のひとりがそのことを記憶していないことを根拠にして記しています。
しかし、この膨大な精神鑑定書の今回アップしたものとは違う箇所には

「とくに本少年をいつもいじめ、少年の新しい鞄をふんだり投げたりして古いようにしてしまったり、少年の嫌いな毛虫を辞書の間にはさんだりした。腕白、いたずら、短気などの点では○○○君の方が少年より上だったがとくにひどいという方でもなかった。少年はいつもやられてばかりいたので、あんなことになったのではないか。」この点でも多くの人の意見は一致している。

という一文があり、このおそらくは警察や検察の正式な調査結果を元にしている証言を読んだ上で、こういう記述があることを隠してあからさまな嘘を書いているのですから、そうとう悪質です。
もっとも、正確に云うと嘘の例ではなく虚実がまざっている例として毛虫の話を掲げているので、このたったひとつの例が、少年の証言の虚ではなく実を表すものとして出したと強弁するつもりなのかもしれません。
なんにせよ、出鱈目を意識して堂々と書いているわけです。
これだけ明確に事実をねじまげているとなると、他の部分もどこまで正しいのか疑わしくなってきます。

また、犯行時に他の犯人に襲われたように嘘を云っていたから、いじめについての話も嘘だというようなことが述べられているのですが、犯行の偽装は支離滅裂で警察に一瞬にして見破られました。いじめについては逮捕直後の警察への自供から、3ヶ月に渡る鑑定人の問診まで首尾一貫しており、仮にこれが嘘だとするとその場逃れの犯行偽装とはまったく次元の違う、自分自身も現実だと信じ込んでいるような類のもので、これを見破るには専門家の診断しかないでしょうが、少なくとも3ヶ月間精査した精神科医たちは少年が率直に話していると判断しているようです。

いずれにしても、精神鑑定書を都合のいいように一部だけしか載せないのは明らかにフェアなやりかたではありません。
もっとも、いじめがあろうがなかろうが、家族を殺された遺族の痛みは同じで関係ないという考えは成り立つでしょうし、この本が「ある被害者家族の悲劇」という内容ならそれで充分だと思うのですが、あくまで特定の人物を糾弾しようという意図を持っているようなのでそれではとても済みません。
また、いじめがあろうがなかろうが関係ないのならこんなやり方であたかもいじめがなかったかのようにねじ曲げる必要もないわけです。
被害者家族自身が出版したならまだしも、ルポライターと称する人が一方の側に立って精神鑑定書の都合のいいところだけを出すようなやり方で刑期を終えて再犯も犯していない個人を糾弾するようなことが赦されるというのは私には薄ら寒いものを感じさせます。
大宅壮一が目指したジャーナリズムというのはこういうもんだと業界では考えられているということでしょうか。
犯罪被害者救済のような高邁な目的がもしあるというのなら、こんな姑息なやり方で犯人像を歪ませようとするのはマイナスにしかなりません。まるで、実際には犯人に正当性があって被害者に非があったとこの本の著者が本心では考えていて、そのために小細工をしないといけなかったのかという勘繰りをされかねません。

なお、本にも出てくるように、この精神鑑定書では犯人の祖父、父、子の3代に渡る家族歴がちょっと異様なほど大きな比重を占めています。犯行を祖父の業の崇りのせいにしている父親を、迷信的な力を信じていると鑑定人は切って捨てていますけど、鑑定人自身のほうがより深く同じ迷信的な力を信じているとしか思えません。
それはさておき、この父子3代のサーガはなんとはなしに三島由紀夫家を彷彿とさせるところがあって、読後感は『ペルソナ 三島由紀夫伝』猪瀬直樹に似た味があります。
それを『心にナイフをしのばせて』では薄めて引き写しているだけで、いかにもお手軽、単純に本としてもいかがなものかと思います。
「ある被害者家族の悲劇」というだけで充分成り立っている本なのに、どうしてこんな半端なやり方で犯人側を出す必要があったのか。
半端なルポライターが付け入る隙がないほど完璧に調査され、しかも波瀾万丈で読ませる精神鑑定書がすでに犯行直後に提出されてしまった悲劇がここにあるのでしょうか。


   

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少年Aたち事件と今【みかんせい。 [ PM-Tokyo ]】at 2006年09月27日 19:38
上記ふたつのリンクを先に読んでいたので、最初から著者の姿勢には疑問を感じつつの読書だったが。 犯罪被害者の遺族の、壮絶としかいいようのないその後の人生を追う、というだけでは、どうしていけなかったのか。その点を再構成するだけでも、十分に人の心をうち、大きな...
[本]『心にナイフをしのばせて』【I'll be here】at 2006年12月09日 21:46
この記事へのコメント
貴方の分析に若干の反論があり、コメントします。
第一に、供述からは加害者の反省が感じられないということが
重要な点のはずです。加害者が自分の殺人を「過去の自分」に
責任転嫁しようとしているという奥野氏の言い分はいきすぎだと
感じますが、加害者が被害者に対して謝罪の意があるとは思えません。

http://news20.2ch.net/test/read.cgi/news/1159255383/531-538

に私の見解があるのでご覧ください。
Posted by もののけ姫 at 2006年09月30日 01:57
次に、イジメの存在有無に関する議論は全体の主張の中で
大きな比重を占めているようには思いません。
供述内容からも、本人自身がイジメの苛烈さを主張していないのですが、
それはこの本にとって重要なことではないでしょう。
本の主張は、イジメの存在有無に関することではなく、
被害者家族の悲惨さ、弁護士になった加害者の無反省さを通して
更生の意味とは何かを訴えかけるもののはずです。

その点にしっかり触れなければ、貴方の分析は非常に
偏った印象を与えるものになると思います。
無論、貴方のご指摘の通り、
著者奥野氏の詰めの甘さは否定できないのですけど。
Posted by もののけ姫 at 2006年09月30日 01:57
もののけ姫さん、どうも。
この本には、「過去の自分」に責任転嫁とは書かれていません。自分以外の誰か、おそらくは被害者に責任転嫁していると云っているのだと私は読み取りました。ウェブ上を見ても、みなさん自分以外の誰かに責任転嫁していると受け取っているようです。
加害者が被害者に謝罪していないのは精神鑑定書を普通に読めば判ることですから、こんなねじ曲げをしないで普通に引用すればいいのです。
私は「奥野氏の言い分」を問題にしているのではなく、情報の出し方を問題にしているので、その点はきっちりと分けていただければ。
Posted by kangaeru2001 at 2006年09月30日 13:36
イジメの存在有無、とくに毛虫の件はほんとに些細などうでもいいことです。しかし、毛虫の件が精神鑑定書に記載されてることを隠して明白な嘘を書いていることは、この本全体の信用度に関わってくる大きな問題です。
この本でも、嘘をつく人間は他のところでも嘘をつく可能性があるので、そのまま受け取ってはいけないというようなことが記されていたはずです。

私が加害者に肩入れしていると仰っているようですが、そんなことはまったくありません。
私は文献の引用のやり方など、執筆業のプロとしての基本の基本を指摘しているだけです。
こんな基本的なことでおかしなことをすると、追及対象を利するだけで、こんなやり方で加害者を利している奥野氏が、むしろ加害者に肩入れしているのではないでしょうか。
Posted by kangaeru2001 at 2006年09月30日 13:38
ついでですので、ちょっと記しておきます。
少年犯罪データベース 異常犯罪
http://kangaeru.s59.xrea.com/ijou.htm
などをできれば全部ご覧いただきたいのですが、過去にはほんとに酷い少年犯罪が多発していました。なかにはさらに酷い再犯を犯している者も大勢います。再犯についても調べられる限りは調べて記していますので、ぜひお読みください。
私が加害者に肩入れする人間かどうかもお判りいただけるかと。
犯罪を犯してしまった者にとってなにより大事なのは再犯を犯さないということだと思います。
人を殺してしまったあとの謝罪に意味があるとは私にはあまり思えません。本心で云っているのかどうか誰にも判らないことですから。
損害賠償金については訴訟を起こせば裁判所が判断してくれます。その点は被害者に特に不利な制度にはなっていないと思います。
Posted by kangaeru2001 at 2006年09月30日 13:49
さらにちょっと記しますと、これだけの数の少年犯罪データを掲載していますと、あらゆる方面からクレームがやってきます。
こちらにとっては何千とあるデータのひとつですが、相手にとっては一生で一番重要な事件なんですから、やりとりをするとへとへとになります。
過去の事件に手を突っ込むというのはよほどの覚悟が必要で、逆に突っ込まれるようなやり方をするのは論外です。
奥野氏の場合は「詰めの甘さ」などというレベルのものではありません。こういうことは絶対にやってはならぬことなのです。

※ライブドアブログのコメント欄は字数制限が厳しいので分けています。ご容赦ください。
Posted by kangaeru2001 at 2006年09月30日 13:59
くどいですが、もう少し。
あらゆる方面からクレームというのは、加害者側だけではなく被害者側からもクレームが来ることがあるということです。むしろ、被害者側からのほうが強い要求を突きつけられることが多いです。
そこで安易に被害者側に迎合して記事を書き換えていては真実追及はできません。
特定の被害者側の代理人として働くのならそれでいいのですが、世の中全体にとってはマイナスにしかなりません。
もちろん、被害者側の話もじっくりと聞いて、こちらからも疑問点を問い質して、出来る限りは調べ直して、自分のできるぎりぎりの範囲までは頑張ってデータを作成しているつもりです。
Posted by kangaeru2001 at 2006年09月30日 15:04
管理人様。

貴方が加害者に肩入れする人間でも
事実を歪曲し不当な描き方をしようとする人間でもないことは
よく分かりました。ご無礼なことを書いてすみません。

さて、『心にナイフをしのばせて』という本の記述に一部不正確、
議論を誘導するような箇所が存在するという事実も否めないように思います。
著者は被害者家族に同情し、肩入れするばかりに、
客観性にかける記述をしてしまったということだと思います。
私は出版関係者ではないので、いまいち理解しがたいのですが、
「詰めの甘さ」ではすまされないかもしれません。

とくに、ブログで指摘されている点は確かに問題です。
しかしながら、加害者が反省をしていないという奥野氏の記述は
精神鑑定の供述内容全体から判断して妥当なものだと思います。
また、この本全体を評価しようとすれば、
本書で問題提起されていることには真実味があります。
Posted by もののけ姫 at 2006年09月30日 16:16
被害者家族が苦しみぬいたこと、加害者の無責任さと反省のなさ。
「更生」と「人権保護」いう名を借りた
「加害者の放任」と「被害者の人権無視」。
こういった問題は、この件に限らず、現状の少年犯罪の中で、
もっと一般に犯罪者全体の中で起こっていることです。
貴方は損害賠償請求があるのだから遺族にとって特に不利ではない
とおっしゃいますが、残念ながら当時の情勢を考えると、
また現在であっても被害者の人権が保障されているとは思えません。
(本件加害者の両親はその賠償金すら払わなかったわけですが。
さらに、その後の加害者の対応には誠意が全くないですね。)
Posted by もののけ姫 at 2006年09月30日 16:17
被害者家族にとって、加害者からの誠意を感じる謝罪は
とても大事な救済の要素になりうるものと思います。
再犯可能性も重要な問題ですが、賠償さえすれば
「はいお終い、俺は一生反省しないし謝罪もしない」
というのは被害者家族の苦しみを更に増すものだと思います。
更生教育の中で被害者家族がどんな気持ちになるのか
訴えていくことも大事なように私は思うのです。

奥野氏の記述や事実関係の描き出し方を問題視するのは、
ルポライターに対する評価として当然のことでしょうが、
それらを差し引いても、加害者の無責任さや人間としての
良識のなさを放置し、 犯罪者が立派に更生されたものとして
赦してしまう社会のあり方は、 多くの人に問い掛けていく
必要性があるものと思います。 その点だけで考えても、
この本が出版されたことに大きな意義があると思います。
Posted by もののけ姫 at 2006年09月30日 16:17
もののけ姫さん、どうも。
被害者に特に不利ではないと云ったのは損害賠償訴訟の裁判所判断のことで、被害者救済全般のことではありません。
加害者の親が払わなないのであれば、そのことを理由に加害者本人に損害賠償訴訟を起こしてみてもいいんではないでしょうか。
被害者救済に反対しているわけではなく、この本のようなおかしなことをすれば、被害者救済にもマイナスになるのではないかと記しているのですが。
Posted by kangaeru2001 at 2006年09月30日 19:39
また、制度全般を変えようというのはいいのですが、たまたま知った事件だから特定の個人を糾弾しようという話になるのは、私はどうかと思います。
異常犯罪データは全部読んでいただけたでしょうか。できれば、戦前からの年代別データすべてに目を通していただきたいのですが、昔は想像を絶する猟奇的な少年犯罪が現在の何倍も発生していました。
いじめ復讐殺人事件だけでもこれだけあります。
http://blog.livedoor.jp/kangaeru2001/archives/25468682.html
これらと比べてもサレジオ事件が特に異常だとは思えません。謝罪や損害賠償金もない場合が多いですし。
制度全般については考えるべきです。特定の個人を糾弾するような動きがあれば、当然、制度はもっと隠蔽する方向に動くでしょう。
Posted by kangaeru2001 at 2006年09月30日 19:40
管理人様。

異常犯罪データに目を通しました。貴方のおっしゃるように
ひどい犯罪が目白押しだと思います。
しかしながら、40箇所以上も被害者をめった刺しにした上、
首を切断して頭を蹴飛ばした少年の凶行は、専門家ではないためか、
やはり私には異常に思えました。

これらの異常犯罪や凶悪犯罪がどうして減少したのか、
計量的で緻密な分析が日本でなされていないのは残念なことです。
そして、そのような定量的な研究がなされていないことが、
日本における少年法問題や犯罪者抑止に関する議論を
有意義なものにできていない原因の一つだと感じます。
心理学や経済学的な分析では計量手法が発達しているので、
これらの手法が日本の犯罪学に幅広く応用されることを願うのみです。
Posted by もののけ姫 at 2006年09月30日 23:10
あと、誤解のないようにお伝えしたいのですが、
私は決して加害者個人を糾弾したいと思ってはおりません。
被害者家族への救済や更生教育の見直し、少年法の問題点を
今後論じていくことはあっても、加害者自身への社会的制裁を
追求したいという意図はありません。
また、少年法の匿名性も、年齢制限をどこに設けるべきか
疑問は存在しますが、重要なものだと思います。
その上で、奥野氏の主張は我々に訴えかけてくるものがあると思います。
Posted by もののけ姫 at 2006年09月30日 23:11
さて、今回の件とは関係ないのですが、
アメリカにおける犯罪激減の要因を計量的な手法で分析した
研究があるのでご一読されると面白いのではないかと思います。
アメリカでベストセラーになった本で、シカゴ大学経済学部准教授
レビット氏が書いた『ヤバい経済学』という本があります。
この本の研究の中に、「中絶の合法化」が90年代アメリカにおける
犯罪激減の一番の要因だったという面白い報告があります。
また、子供の教育の効果についての分析では、家庭環境が
きわめて大事であるという計量分析の結果を報告しています。
他にも教育の効果や犯罪に関する興味深い研究成果が
世界中から報告されていますが、そちらは個別の論文であり、
なかなか学術誌を取り寄せることは難しいので、
とりあえずレビットをお読みください。それでは失礼します。
Posted by もののけ姫 at 2006年09月30日 23:12
もののけ姫さん、どうも。
「杉並切り裂きジャック」なんかを例に出したほうが判りやすかったかもしれません。こういう、自らの快楽のために無差別に幼児を襲って、しかも被害者宅に次々脅迫状を送りつけるような事件とサレジオ事件とは根本的に違いますから。
精神鑑定も杉並切り裂きジャックのものは異常性に戦慄が走ります。もう、こうなると謝罪とか賠償金とかいう次元ではなくなりますから。
http://kangaeru.s59.xrea.com/skantei.htm
Posted by kangaeru2001 at 2006年10月01日 19:06
はじめまして。検索でこちらにたどり着きました。

某番組でこの本が紹介されていて、私が産まれるかなり以前の事件のようなので、事件についてはこのときはじめて知りました。
私は紹介された本を読んでいませんが、事件の概要を知りたいものからすれば正確に本に記してもらいたいもので、基より管理人さんが仰るように出版物として嘘や偽りが含まれるものは好ましくないとも思います。
ですが、事件の概要・全貌を知りたいと思えば偏った見解ではありますがネットで知りえることも現在では多いと思うのです。
私は最初、事件概要を記したサイト(こちらのような)で情報を得た後、掲示板などではどのように思われているのか知りましたが、世間のおおまかな見解は「絶対的に犯罪を憎む、殺人は鬼」とする人を除けば「いじめによる報復」とみているように思えました。
Posted by 通りすがり at 2006年10月04日 22:59
【これは私の勝手な意見ですが、鑑定書を読む限り、被害者に対する加害者は反論できない弱者でもなく、殺害に至るほど陰湿ないじめであったようにも思えず、加害者のプライドの高さゆえの犯行に思えました。】

現在では少年犯罪でもネットで犯人の出所後の居場所を追及したり顔写真を掲載したり、少年犯罪者も出所後更正し難い世の中になっていて、罪の意識の無い者も、否応なく感じざるを得ない状況になるのかもしれませんが、この事件当時を考えると、少年は完全に守られた存在であっただろうと思うのです。
だとすると、事件当時から現在まで、仮に加害者が被害者の命を絶ったことを罪だとも思わず、犯罪者として生きてこなかったとすると、自分がどんな残酷で卑劣な犯罪を起したか自覚できてよいのではないかと思います。
Posted by 通りすがり at 2006年10月04日 23:00
【因みに私は、犯行後加害者は被害者にすまないという思いより、家族(特に父親)にどう思われるかが重要で、父親の許しにも似た言葉により安堵を覚え、自分の人生を前向きに考えられたと思えました。】

突然のコメント、乱文失礼しました。
色々データ化されているようなので、またお邪魔させて頂きます。

追伸:鑑定書の前文を掲載することは難しいのでしょうか?出来れば拝読してみたいです。
Posted by 通りすがり at 2006年10月04日 23:00
ていうか、管理人はえらくマジメな文章書いてるけど、
アフィリエイト(金儲け目的)だらけのブログで言われても
説得力無いね。(笑)
管理人さんはお金儲けが大好きだと分かりました。
Posted by @ at 2006年10月05日 11:09
@さん、どうも。
こういう指摘を待ってました。独立してエントリーを上げましたので、こちらをご覧ください。
「ご協力のお願い。あるいはぶっちゃけ金よこせ。」
http://blog.livedoor.jp/kangaeru2001/archives/50772852.html

@さんもよろしかったら、ご協力いただければ幸いです。
Posted by kangaeru2001 at 2006年10月05日 20:04
通りすがりさん、どうも。
サレジオ事件の犯人は、当初は「被害者」でしたから名前も出ましたし、家族歴をすべて晒されるような詳細な鑑定書まで作成されて、少年犯罪としてはかなり異例なほど情報が出たのです。当時のマスコミの報道も過熱していましたし。
この本の著者はそういう簡単に情報が手に入る事件だからと安易に手を出したのではないかという疑問を、私はどうも抱いてしまうのです。
少年犯罪データベースに来るクレームに対応していると、被害者家族の傷の深さは想像以上のものだと思い知らされます。なかには半世紀以上経っているのにまだ瘉えないのかとおどろくようなことさえあります。
何十年も前の事件をほじくりかえそうとするときに、そういう影響までほんとに考えてこんな本を出したのかと私にはどうも疑問なのです。
私には鑑定書の全文を出す気にはなれないのです。
Posted by kangaeru2001 at 2006年10月05日 20:05
news20.2ch.net/test/read.cgi/news/1159255383/のスレは過去ログからも削除されてて見れん。結局IPアドレス取るための釣りか?
Posted by at 2006年10月14日 04:42
うーん。過去ログにないだけではなく、みみずんやにくちゃんねるにもキャッシュがないですか。
削除依頼のせいですかね。他のスレは残ってるから意味ないけど。
Posted by kangaeru2001 at 2006年10月15日 22:26
この犯罪の犯人は、現在弁護士をしていると効きました。事実でしょうか
Posted by 関川あきよし at 2006年11月02日 19:23
関川あきよしさん、どうも。
『心にナイフをしのばせて』にはそのように書かれていますが、事実なのかどうか私にはよく判りません。
本を読んでみてください。
Posted by kangaeru2001 at 2006年11月04日 09:50
おかしいです。被害者よりだとかなんとか書いてますが鑑定書や調書は100%殺人少年よりじゃないですか。死人に口無しなわけで頭のいい殺人少年です。ほんの少しでもカバウヨウナ事は絶対してはいけないと心底思います。殺人少年に見方は皆無だと殺人弁護士に解らせないと謝罪も反省もしない殺人弁護士のままだと思う。被害者と何の接点もない私がこれほどヤリキレナイ気持ちに囚われるのだから被害者のご家族の心中はどれほど悔しく悲しく波だっているのか計りしれません。もう… …
Posted by 虎ちよ at 2007年06月05日 09:40
虎ちよさん、どうも。
殺人少年をカバウヨウナ事をしているのは『心にナイフをしのばせて』の著者のほうですよ。
事実をゆがめても殺人少年にとっては痛くも痒くもないどころか、逆に有利になるだけですから。
イジメがあったというのは殺人少年だけではなく、まわりの人の証言として鑑定書に掲載されています。虎ちよさんはそういう事実があれば殺人をしても当然なので隠さないといけないとお考えなんでしょうか。
事実を突きつけないと、真の謝罪も反省もあるわけがありません。
何があろうと殺すのは悪いことに決まっています。事実をゆがめる必要はありません。
事実をゆがめるのは殺人少年をカバウヨウナ事をする人間です。
Posted by kangaeru2001 at 2007年06月05日 10:42
子供は人生の師匠である。
私の持論ですがw
管理人様も一度お子様に聞いてみればいかがでしょうか?
「悪いことしたらちゃんと謝らなきゃいけないだよ。」
などと言われるかもしれませんね。
遺族の苦しみを知ってて何もしないのと
遺族の苦しみを知らなくて何も出来ないのでは大きく意味は変わります。
長い月日が過ぎた今、議論すべきなのは当時の調書や鑑定書ではありません。
法に助けられ、遺族によって生かされてきたと言う意識が無いに等しい
所が問題ではないでしょうか?
今更遺族を傷つけたくないと言うのはただの逃げです。
犯人を知り、犯人を理解することが、遺族の癒しになると思うからです。
双方辛いでしょう。しかし残された時間は長くはありません。
Posted by 奥野 細道 at 2007年06月05日 23:59
奥野 細道さん、どうも。
遺族の方が謝罪や賠償をもとめておられるのなら加害者本人に訴訟を起こすのが一番はやいと思うのですが、なにゆえされていないのか私にはどうもよく判りません。
テレビ番組は見ていないのですがそのあたりのことは出てきたんでしょうか。
奥野 細道さんはなにをすると仰っているのでしょうか。
Posted by kangaeru2001 at 2007年06月06日 16:33
初めまして。
無知で子供な私ですが、記事を読ませて頂いてひとつ思ったことがあります。
加害者本人に提訴を起こさないと謝罪が期待できない犯人が、のうのうと司法の現場に携わっている今の事実が怖いように感じました。
そして、この本の著者がルポライターとして未熟であったという事実と共に、調べた過程で知った重い事実に心が潰されそうになったのではないか、とも思いました。

人の感情は、司法ではどうすることも出来ないように思います。
だからこそ、その頃の少年Aの名前を今明かして欲しいとすら思ってしまう私は、やっぱりまだ15歳の子供なんだなぁと思いました。

場違いなコメントで大変申し訳ございません。
Posted by あず at 2007年06月10日 04:57
少年Aの名前を明かすことが現在の被害者の遺族にどれだけの意味を持つことでしょうか。
Aの名前を伏せることと明かすことの選択は、Aが自らの意思で「払わない」こととAが社会的信用や職を失って「払えない」こととの二者択一でしかないように思えるのですが。
Posted by 黒天使 at 2007年06月10日 10:35
こんにちは、書き込ませて頂きます。この本を最近読みました。
実際に著者は「ある被害者家族の悲劇」として取材を進めた思います。
しかし精神鑑定の時点の反省の無さだけでなく、現状の加害者の姿勢を見て個人的な怒りが入り込んだのだのではないでしょうか?
その意味では、ルポとしては波状している感がありますね。しかし私は著者の思いは理解出来るのです。
取材者は、取材対象と直接対峙する必要があります、ルポライターも人間です。冷静さを失う可能性はあるのです。
逆に、読者側の方に冷静な判断を委ねるケースもあると思うのです。
Posted by 宗太郎 at 2007年10月24日 01:22
2ch情報ではありますが、このような事実もあります。

03年頃ニュースステーション久米と対談してた。(画像、音声処理ありだった)
謝罪も、賠償金の支払いも、一切してないし、するつもりもないとのこと。
彼は言った。
「未成年でしたから、前科なんて付きませんよ。
私が弁護士をしてるのは私の能力だし、その収入は私と家族のために使います。
法的にみて、全く何の問題もありません。 幸せに暮らしてます。
少年事件は匿名性が極めて高いので、誰もこのことは知りませんしね。」
殺した少年と、その遺族に対する思いについて聞かれても、なんの思いもないと言う。

私は、この加害者に怒りが震えました。本物(?)のルポライターなら、こんな事実を知っても冷静でないと駄目なのでしょうね。
私は、この半端なルポライターを支持します。
Posted by 宗太郎 at 2007年10月24日 01:22
宗太郎さん、どうも。
べつに怒りに駆られてもいいんですよ。きっちり犯人の姿に迫って追及していくのなら。
あの本では現在の犯人像にはまったく迫っていません。それができなかったから、当時の資料をねじまげて提示するという姑息な手段に出たんでしょう。
ルポをしないで作文するだけではルポライターとは云えません。まさしく、取材対象と直接対峙する必要があります。
そんなルポライターとしての根本的無能をさらすくらいなら「ある被害者家族の悲劇」としてまとめておいたほうがよかったのにと云っただけで、ほんとにきちんとルポをするならべつに「ある被害者家族の悲劇」に留まる必要はありません。
資料をねじまげて、負け犬の遠吠えみたいなことをしていれば怒りが収まって胸がすっとするというのなら、犯人にとっては痛くも痒くもありませんから大喜びでしょう。
Posted by 管賀江留郎(kangaeru2001) at 2007年10月25日 01:14
ここの管理人さんの意見で違和感を覚えるのは「犯人が遺族に謝罪するのは意味がない」と断言されていることですね。
少なくともこのサレジオ事件の遺族は謝罪をずっと望んできたのです。
あなたが「意味がない」と断定するのはそれこそ「意味のない」行為だと
私は思います。
あなたは被害者の遺族でも何でもないのですから。

きちんと謝罪して、償いをする。
そういう被害者側が望む当たり前のことをして来なかったことでこの加害者は遂に社会的に葬られることになったのではないでしょうか・・?
Posted by さくらえび at 2008年06月23日 21:28
さくらえびさん、どうも。
遺族の方が謝罪を望むことを意味がないなどとは云っておりませんよ。
反対に、遺族の方が謝罪や賠償をもとめておられるのなら、なぜ加害者本人に訴訟を起こさないのかよく判らないと何度も書いています。
私だったら家族を殺されてから謝罪なんかされてもしょうがないなと思うというだけで、他の方がどうお考えになろうとどうこう云うことではありません。
今回遺族の方が出された手記を読むと、同じような心境のように私は感じましたが。
この私の記事は奥野修司氏の本の記述がおかしいということを指摘しているだけで、犯人を非難するなとか、遺族がどうとかなんてことは何も云っておりません。
弁護士を辞めただけで、社会的に葬られたとか仰るのもどうもよく判らないですな。弁護士ってそんなにすごい商売なんでしょうか。
Posted by 管賀江留郎 at 2008年06月23日 22:39
本当に罪を反省し悔いているのなら損害賠償訴訟など起こされなくても自発的に謝罪・賠償を続けているはずですよね。
この奥野氏の本が出るまで犯人は被害者遺族から逃げ続けていました。
この犯人は少年法のお陰で社会復帰できましたが更生はできなかったということですね。
奥野氏の本は少年法や更生ということについて考えさせてくれたということにおいては意味があったと思っています。
Posted by さくらえび at 2008年06月28日 15:46
>何があろうと殺すのは悪いことに決まっています。

自分の親を殺した奴を殺したとか、自分の子供を殺した奴を殺したといった
場合でも「理由はどうあれ殺すのは悪い」と言って殺した者を断罪するのですか?

自分をレイプした奴を殺して首を切り落とした場合でも「何があろうと殺すことは悪い」とおっしゃるつもりなのですか?
Posted by そして粛清の扉を at 2008年08月22日 21:17
1年以上前のコメントへのレスだから書くだけ無駄かもしれませんよ。
と、思いつつも私からも一言。

>何があろうと殺すのは悪いことに決まっています。
これは平和主義者にありがちな問題点の典型ですねえ。
「それ」に至った原因と言うものをまるっきり無視した感情論です。
Posted by at 2008年08月23日 02:40
そして粛清の扉をさんと、もうおひとりの方、どうも。
おふたりはこの事件の犯人は無罪放免になるべきだったとお考えなんでしょうか。
この事件と関係ない一般論なら意味はありませんのでよそでやってください。
ちなみに、私はkangaeru2001こと管賀江留郎であります。名前を変えましたので、念のため。
Posted by 管賀江留郎 at 2008年08月23日 04:53
 管理人殿、私は「極悪犯罪者に人権なんかいらない」と常日頃思っていますが、この種の「虐めの報復」のような「虐げられてきた者が虐げた相手を殺した」ケースに関しては、「加害者」(真の「被害者」)に対しては何の怒りも感じません。それどころか「被害者」(真の「加害者」)の自己責任・自業自得だとしかいいようがないですね。
 虐めという名の下に犯罪性が矮小化される犯罪加害行為・人権侵害行為を延々と繰り返しておきながらその報いとして殺されたのは他者の体と心を踏みにじった当然の報いであり、そんな風に自分の子供を育てた親が被害者ヅラするのは厚顔無恥もはなはだしい。自らのしつけ・教育の悪さを知れ、馬鹿者!!とこの事件に限らず虐めの報復で自分の子供を殺された愚かな親たちには一人一人言ってやりたいですよ。

 かつての校内暴力や山口母子殺人事件のような加害者側が100%悪いケースとはこの事件は根本的に違います、無罪放免で十分だと少なくとも私は思いますね。
Posted by そして粛清の扉を at 2008年08月27日 16:44
 イラクに入国したのだから人質にされても首を斬られても当然
 知らない人についていったのだからレイプされても仕方がない  
 教師の言うことを無視したのだから殺されて当然だ
 (1995年に福岡の高校で発生した教師による体罰殺人事件、詳細は藤井誠二の「暴力の学校・倒錯の街」を参照のこと)

 「被害者の人権を守れ」と言っておきながらその一方では
 「被害者の方に問題がある」という非難がある事実に関して管理人殿はどのようにお考えでしょうか?
 
 特にイラク人質事件のときは人質たちはおろか、彼らの家族まで非難・批判どころか誹謗中傷が巻き起こったわけですが?
 「危険な所に言ったのだから殺されても当然」だと言うのなら
 「虐めという名の犯罪行為を繰り返していたのだから殺されても当然」
という理屈にならなければならないし
 「虐められたからといって殺して良いわけではない」のなら
 「危険な所に行ったからといって殺されていいわけではない」はずです。

 軽率な行為をして犯罪被害にあった場合は「被害者の方に問題がある」と
いう一方で、他人に危害を加え続けてその報いとして犯罪被害にあった場合は「そんな理由で犯罪を犯して良いわけではない」とこっちは被害者の「自己責任」を問わないのはあまりにも矛盾に二重基準に満ちいてるとは思いませんか?
Posted by そして粛清の扉を at 2008年08月27日 17:06
そして粛清の扉をさん、どうも。
『心にナイフをしのばせて』の著者もいじめが無かったかのように誘導しようとしているのは、あなたと似たような考えを持っているからなんだろうと私は思います。
いじめも暴力を伴なうものだったりしたら復讐で殺しても情状酌量で減刑なりますし、命に関わるようなものなら無罪にもなるでしょう。この事件の場合は、そこまでのいじめではなかったようですので判決は妥当だったと思います。
もし、妥当ではないとお考えなら司法に働きかけるべきです。私に意見しても意味はありません。厳罰化推進派の方たちは運動をして、成果を上げてるようですし。
もし、イラク人質事件と絡めるためのレトリックとしてこのようなことを仰ってるのなら、ますます私などへではなく、人質を非難している人へ主張すべきでしょう。
Posted by 管賀江留郎 at 2008年08月28日 02:03
なお、司法とは関係なく、いくら厳罰化して相手が死刑になろうが、自分が殺されてしまっては取り返しがつきませんので、いじめをする方は覚悟を持ってやるべきでしょう。
「からかい」程度のことでもこのような事件は起こり得るし、現に過去に何度も起こっているわけです。

また、気の弱い相手が刃物を突き付けてきた時に、「お前なんかに人殺しなんて大それたことができるか」というような態度は取らないほうが無難です。そう云われて、刺すつもりなんかまったくなかった者が殺す事件は過去に無数に起きています。
人間は追い詰められたら何をするか判りません。気の弱い者ほどそうです。
どんなに気が弱くとも力が弱くとも、刃物をちょっと突き出すだけで人は死ぬのです。
これは誰が悪いかなんて価値判断とはまったく関係なく、現実に起こることです。外野がどっちを非難するかなんてことは、現実の前には無力です。
Posted by 管賀江留郎 at 2008年08月28日 02:16
不思議なコメントがありますね。

『殺すのは悪いこと』じやないんですか?
親のカタキだろうと子供のカタキだろうと、とうぜん殺人は悪いことで、
なおかつ、復讐をやりたいならそれを自分で背負ったうえで犯人を殺す
べきでしょう。

『殺されて当然』って、たかだか数十年しか生きてない、ちっちゃい
人間の一方的な私見でしょうが。
あんた神様かっつーの。

その自己判断が逸脱していないとなぜ言えます?
親や子供のカタキは殺して当然?
じゃ
自分を殺しそうな人は?
(それが妄想や誤解じゃないと断言できます?)
自分をいじめていた相手は?
(本当に殺すしか逃れる方法はないの?)
レイプした相手のことは?
(他にどれだけ人の支えになってても「殺されて当然?」)
自分の利益を侵害する相手は?
(自己中心的な判断で裁いていいんでしょうか?)
目障りな嫌われ者は?
社会に貢献していないように見えるホームレスは?
騒音としか思えないバイクに乗るバカ息子は?
通りすがりのマナーの悪い他人は?

ならあなたの親や子も、「殺して当然」で殺されたのかもしれません
から、犯人を責めるのはお門違いですよねぇ?

復讐したいなら、すればいい。
でも、何があろうと殺すのは悪いことに決まっています。
正義ヅラして平和主義者を見下してないで、赤の他人の生命くらい
ちゃんと「人殺し」として自分自身で背負ってはいかが?
Posted by らいらっく at 2008年08月29日 03:35
 私もそして粛清の扉をさんと同様で「虐めの報復」のような「虐げられてきた者が虐げた相手を殺した」場合は、あまり殺した側に対する怒りを感じないですね。もっとも無罪放免でも言いとまでは思いませんが。

 私が無罪放免でもいいと思うのは、そして粛清の扉さんも例に挙げた「自分の親や子供を殺した奴を殺した」とか「自分もしくは自分の彼女・妻・娘・姉妹をレイプした奴を殺した」場合ですね。これこそ真の自己責任・自業自得だと思いますよ。
 
 らいらっくさん、「親のカタキだろうと子供のカタキだろうと、とうぜん殺人は悪いこと」だとお考えならば、どうしてもお聞きしたいことがあります。
 よく「自分の子供を殺されたら、私はそいつを殺す」と言う人がいますが、これについてはどうお考えでしょうか?
 かつて山口母子殺人事件の被害者遺族の本村洋さんもはっきり言っていましたよね?
 「被告を死刑にしないのなら早く釈放してくれ。自分の手で殺す」と
 らいらっくさんは本村さんに対しても「復讐をやりたいならそれを自分で背負ったうえで犯人を殺せ」と言うつもりですか?
Posted by 仕置屋稼業 at 2008年08月30日 19:20
>レイプした相手のことは?
>(他にどれだけ人の支えになってても「殺されて当然?」)

冗談も休み休み言って頂きたい!!
あなたの言い草だと「大勢の人の支えになっている人は人をレイプしてもいい」ということになりますよ。レイプされた人にとってはレイプした相手が
普段はどんなに善良だうが「他にどれだけ人の支えになって」いようが、「自分の体と心に一生消えない傷を負わせた鬼畜」それ以外の何者でもないのですよ?それが分からないのなら、一度あなたもレイプされてみたら?

 「何があろうと殺すのは悪いことに決まっている」と殺人を完全に否定なさるのなら、らいらっくさんは死刑にも警察が凶悪犯を射殺することにも絶対に反対されるのでしょうね?
 「何が何でも殺人は悪い」というのならペルーの日本大使公邸で人質を取って立てこもっていたゲリラ達を射殺するのも否定するべきだし、死刑と人を殺す刑罰も否定するべきでしょう。

 かつてシージャック犯を射殺した警官が「殺人罪」で訴えられたり、最近では死刑執行の署名をした法務大臣のことを朝日新聞が「死神」呼ばわりしていましたが、「いかなる理由であれ殺すのは悪い」と言うのなららいらっくさんはこれらも全面支持してはいかが?
Posted by 仕置屋稼業 at 2008年08月30日 19:38
訂正します 死刑と人を殺す刑罰→死刑という人を殺す刑罰
Posted by 仕置屋稼業 at 2008年08月30日 19:39
後れ馳せながら、これから読む予定。
ところで、事件までの経緯の信憑性はどうなんでしょうか?
どんな理由があろうと殺人と言う行為は許されない事だけど、私的にはこの事件に限らず加害者側に情状の余地があるかどうかで被害者・加害者に対しての気分が違う。
オマケに、この情状の余地ってのも自分の判断。
だって、被害者も加害者も知り合いじゃないし、身内でも無いから。
でも、事件に関わったのが身内なら、被害者だろうが加害者だろうが私は味方する。
まあ、とにかく読んでみよう。
Posted by ema at 2009年02月19日 04:00
管理人さんへ
「心にナイフをしのばせて」に関する管理人さんに対して反論があります。私の意見として、あなたの分析は偏ったものだと感じます。確かに、被害者家族が加害者に対して何かしらの対応をするべきだったかもしれません。しかし、被害者少年の親は貴方が想像もできないほどに深く打ちひしがれるものなのです。そのことを理解したうえで、意見を記載するべきです。
貴方の記載した内容を読んだ被害者家族は、いったいどう感じるでしょう。
一度考えてみてください。

Posted by 心 at 2009年08月18日 08:53
心さん、どうも。
私が問題にしているのはこの本の著者の姿勢であって、被害者家族の方のことは何も云ってませんのでその点は誤解なきようにお願いいたします。
被害者のお母さんが犯人の元少年と初めて直接逢うことになったとき、この著者の方が取った行動に、私は大いに疑問があります。
私が同じ立場なら、直接対峙してくれた方が話が盛り上がって記事も書きやすいし、そこに立ち会えて取材できるなら好都合と一瞬思うでしょうが、やはり直接逢うのは留めて、法的手続きを取るように勧めるでしょう。被害者家族の方が傷つく結果にしかならないからです。
元少年の父親が損害賠償を払わないまま最近死んだことを知っていたのならなおさらです。さらには店の立ち退きについて知り合いの弁護士にただで引き受けてもらうなんてことまでしているのなら、先にこちらのほうの力になるでしょう。
ここまでやるかどうかはともかく、少なくとも直接逢うのはやめたほうがいいと強く云います。直接の電話や手紙のやり取りもやめたほうがいいと云います。
いったい誰が元少年の住所や電話番号を教えて、被害者家族の方が直接接触するように仕向けたのか、この本には書かれてませんが気になるところです。

※字数制限があるので、下に続きます
Posted by 管賀江留郎 at 2009年08月18日 21:18
※上記の続きです。

元少年はこの本が出たあとに、父親が損害賠償を払っていないことも被害者家族の方が苦しんでいることも知らなかったと云ったそうです。ほんとに知らなかったのか、たんなる嘘かは判りませんが。
父親が損害賠償を払っていないことを理由に元少年に訴訟を起すというのは、現状を知らせ、そして知らせたことを公的に記録することに意味があるので、実際に金が取れるかどうかはとりあえず問題ではありません。電話であれ、直接逢うのであれ、あとで云った云わないという話になって、また知らなかったなんて云われたら被害者家族は傷つくことになるので、絶対に必要な手続きです。
さらにその上で、周りの者や法律の専門家が、謝罪や金銭について双方の折り合いをきちんとつけてから、初めて直接逢わせるべきです。事前に第三者を介して話がついていない状態で逢わせたりしたら、必ずや被害者家族の方を深く傷つけることになるだろうと私は思います。
この本の著者の方は、こういう段取りをすっとばして、暴言を吐く元少年にいきなり直接逢わせるほうが、深く打ちひしがれている被害者家族の方のためになると考えたのでしょう。
心さんも著者の方と同じく法的手続きを踏まずにいきなり直接逢わせたほうがよいとお考えなのでしょうか。私の理解を超えています。
Posted by 管賀江留郎 at 2009年08月18日 21:22
管理人さんへ

管理人さんに、ひとつ伝えておくべきことがあるのですが。
私は、この本の被害者家族の娘です。

このサイトは、友人に教えてもらいました。その友人もこの本を個人的に購入し読んだそうです。
しかし、この本の被害者家族が私であるとは知りません。

私は、管理人さんが書き込んだコメントが心に深く突き刺さりました。
Posted by 心 at 2009年08月31日 12:55
心さん、どうも。
私は少年犯罪データベースで膨大な事件をあつかっていますので、被害者家族の方から連絡いただくことがたびたびありまして、心さんの仰るような言葉を頂戴することもあります。
しかし、ここに記した私のコメントはあくまで本の著者の姿勢に対してであって、心さんやご家族の方のことは何も云ってませんのでその点だけはご理解いただけると幸いです。
私のコメントのどの部分が心に深く突き刺さったのかなど、お訊きしたいこともあるのですが、不特定多数の人が見ているこの場でやりとりすることは心さんをさらに傷つける事態になるやもしれませんので、もしさらに私に伝えたいことなどございましたらメールにて直接送っていただいたほうがいいのではないかと思います。
kangaeru2001●gmail.com (●を@にして送信してください)
私としてはこのコメント欄に書き込んでいただいてもかまいませんし、またこれ以上私に伝えたいことなどなければ無理に連絡いただく必要もありません。
よろしくお願いいたします。
Posted by 管賀江留郎 at 2009年08月31日 21:29
 心さんへ。そして粛清の扉をさんもおっしゃっていますが、あなたの家族が殺されたのは自業自得ですよ
 虐めという名の下に犯罪性が矮小化される犯罪加害行為・人権侵害行為を延々と繰り返しておきながらその報いとして殺されたのは他者の体と心を踏みにじった当然の報いであり、そんな風に自分の子供を育てた親が被害者ヅラするのは厚顔無恥もはなはだしい。自らのしつけ・教育の悪さを知れ、馬鹿者!!とこの事件に限らず虐めの報復で自分の子供を殺された愚かな親たちには一人一人言いたいですね。

 秋葉原の通り魔や山口母子殺人事件のような加害者側が100%悪いケースとはこの事件は根本的に違いますよ
Posted by 1982年生まれ at 2009年10月14日 22:08
 心さん、私の書き込みが納得できないのならば、5年前に発生したイラク人質事件に関してあなたはどのような感想を抱いたのでしょうか?
 確かあの時も首を斬りおとされて殺された人がいましたが?

 あの事件のときは人質たちはおろか、彼らの家族まで非難・批判どころか誹謗中傷が巻き起こったわけですが、あなたもあのような「自己責任論」の持ち主だったのでしょうか?だとしたらあなたの家族を殺した者を非難する資格は一切ありませんね。

 何故ならば「危険な所に言ったのだから殺されても当然」だと言うのなら
 「虐めという名の犯罪行為を繰り返していたのだから殺されても当然」
という理屈にならなければならないし
 「虐められたからといって殺して良いわけではない」のなら
 「危険な所に行ったからといって殺されていいわけではない」はずです。

 軽率な行為をして犯罪被害にあった場合は「被害者の方に問題がある」と
いう一方で、他人に危害を加え続けてその報いとして犯罪被害にあった場合は「そんな理由で犯罪を犯して良いわけではない」とこっちは被害者の「自己責任」を問わないのはあまりにも矛盾に二重基準に満ちいてるとは思いませんか?
Posted by 1982年生まれ at 2009年10月14日 22:13
 心さんへ
先に想像もできないほどに深く打ちひしがれるような目に遭わせたのは、一体誰なのですか?あなたの身内の少年でしょうが!!

 「被害者少年の親」?笑わせてはいけませんね。
自分の子供を器物損壊犯に育てておいて、よくもまあそのようなことが言えますね。少しは恥というものを知ったらどうなのですか?
 他の少年犯罪を始めとする凶悪事件と、あなたの家族が殺された事件は根本的に違うのですよ。

 どうしても加害者が許せないというのなら
http://personalsite.liuhui-inter.net/aoiryuyu/no1.html
 上記のホームページの管理人に加害者の糾弾をするようにお願いしてみたらいかがですか?もっとも
http://personalsite.liuhuiinter.net/aoiryuyu/yamagataijimekaeriuchi.htmのように、逆に糾弾の対象にされてしまうのがオチでしょうけどね。
Posted by 1982年生まれ at 2009年10月14日 22:24
http://personalsite.liuhui-inter.net/aoiryuyu/yamagataijimekaeriuchi.htm

訂正します
Posted by       at 2009年10月14日 22:25