AVと同じことしたかった…小4男児が同級生を暴行
ということで、小学生のレイプ事件、強制猥褻事件をまとめてみました。
昭和41年(1966).4.9〔13歳が主犯の集団レイプグループ〕は、中1になってから9日目の逮捕で、小6の時から集団レイプをしていたわけです。

小学生の犯罪は少年犯罪データベース 13歳以下の犯罪を、
逆に小学生が被害者となった性犯罪は幼女レイプ殺人を犯す者たちをご覧ください。





昭和26年(1951).2.6〔中学生の桃色グループ 読売新聞引用〕
 近頃「男女中学生が桃色グループをつくって性遊戯にふける」との記事が目につく。警視庁少年課でも取り締りに頭を痛めている。だんだん集団化する傾向があり、捕導された少年の親は「うちの子に限って……」という自信から警察に呼ばれて始めて事実を知って驚き嘆く例が多い。原因は大半家庭の不注意が一番多く、学校のあいまいな性教育、社会の挑発的な出版物や興業にあるという。最近の主な桃色遊戯を拾うと
□豊島区の中学生(15)は、姉の家にあった雑誌にヒントを得て、大人でも驚く"ナイトクラブ"をつくった。
□足立区の少年少女らは、性雑誌を回覧性遊戯にふけり、外泊、家出、性病と転落。
□千代田区の小学六年生(13)は下級生を集めて鬼ごっこするうち、女の子を目隠して脅し、いたずらして喜んでいた。
(読売新聞2.6)

昭和34年(1959).3.12〔小6ら三人組が連続婦女暴行〕
 新潟県新潟市で、小学6年生(12,13)2人と無職少年(17)の三人組が、強姦と強制猥褻罪で補導された。学校にはほとんど行かず、盗みを働いては映画館で過ごし、昨年末から銭湯を覗いたり、銭湯帰りの女性を襲っていたが、人数は多過ぎて判らないと自供。付近では女性がたびたび襲われているという噂があったが、警察への届けは一件もなかった。

昭和35年(1960)〔成人の言動不注意によるもの 「奈良県犯罪統計書」引用〕
 小学5年生のA少年は、たびたび近隣の成人たちから聞かされるわい談によって、性に対する興味を強く持っていたところ、たまたま、河原で1人遊びをしていた小学1年生のB女をみて、一度ためしてみようと思い、やにわに同女を押し倒して、口を手で抑えてズロースを下げ、かんいんせんとしたが。同女の反抗と泣き声により中止したもの。
(奈良県警本部「奈良県犯罪統計書」昭和35年版 引用)

昭和36年(1961).5.11〔小4ら2人が強制猥褻傷害〕
 小学校4年生K少年(9年)外2名は、本年5月11日午後4時頃、たんぼ道を帰宅中の小学校2年A子(7年)、B子(8年)の2名を、鉛筆削り(安全刀)でおどし、A子から100円札を奪い、さらに附近の野小屋に連れ込んで、ズロースを脱がして、麦の穂先で、いたずらをし、それぞれ陰部に3日、1日の治療を要する傷害を与えたもの。
(兵庫県警察本部少年課「県下の少年非行 昭和36年上半期」引用)

昭和36年(1961).8.〔小学生の睡眠薬遊び〕
 小学生三名(一〇才、八才、六才)はいずれも西淀川の四帖半のせまいアパートに住む少年たちであるが、周囲の環境から、みだらな話をきかされる機会が多く、たまたま仲間の中学生から睡眠薬を使って、歩行中の女を襲う話をきくに及びA少年(一〇才)は同じアパートに住む女幼児に睡眠薬をのませ、いたずらをすること企て、自已の小使銭のなかから一〇〇円を出し、K少年(六才を)使って睡眠薬を購入した。少年はこれまでも祖母の使いで睡眠薬ラボナを買いに行ったことが数度あり、この日も同じ薬局で買ってきたものである。
 ところが、相手の少女がたまたま不在であったため、これを自分たちで分けあって飲み、意識不明になったものだがK少年はこのため入院騒ぎまでする重熊であった。
(昭和三六・八 大阪)
警察庁保安局防犯少年課「少年の睡眠薬遊び」(『青少年問題』昭和36年12月号所収)引用

昭和37年(1962).2.1〔小6と中1ら3人が睡眠薬を飲んで暴れる〕
 東京都台東区上野の薬局で、中学1年生(13)2人と小学6年生(12)が暴れ、女子高生にいたずらなどした。文京区の映画館前で高校生らしい3人連れから睡眠薬を貰って飲んだと自供しているが、過去にも睡眠薬遊びをしていた。全員が中流家庭。

昭和39年(1964)〔小学6年生Sは好奇心から 「奈良県犯罪統計書」引用〕
 小学6年生Sは好奇心から二階に同居している若夫婦の性生活をのぞき見しているうち性に対する強い刺げきを受け、その横会をねらっていたが、たまたま1人で下校中の下級生C(7才)をみていたずら気をおこし、隣家から盗み出した万年筆を見せて、「これをやるから一諸についておいで」とだまし野小屋に連れ込み、下着を無理に脱がせて大人の性交をまねた行為を行い局部に5日間の傷害を与えたもの。
(奈良県警本部「奈良県犯罪統計書」昭和39年版 引用)

昭和41年(1966).4.9〔13歳が主犯の集団レイプグループ〕
 東京都墨田区で少女24人に集団レイプをしていた23人の少年グループが捕まった。高校2年生(16)と中学1年生(13)の兄弟が主犯で、昨年夏から兄弟が住むマンションに「テレビを見に来ないか」と女子高生らを誘って乱暴を繰り返し、「週刊誌に売るぞ」「写真を撮っている」と脅していたもの。
 兄弟の両親は昨年離婚、バー経営の母親が勤めに出る夜はマンションを好きに使え、また大卒初任給24,890円の時代に月10万円のこづかいをもらっていた。仲間もすべて豊かな家庭で有名私立高校に通っている16歳までの少年だった。7台の自動車を盗んでドライブも楽しんでいた。

昭和44年(1969).9.1〔小6がレイプ未遂〕
 低俗な週刊誌を盗み見したりして異性に対する興昧をもつようになった小学校6年2人が、同級生の女子に「臨時の子供会が公会堂であるから来い」と有線電話を利用して呼び出し、途中の農道上で待伏せ、通りがかった同女にやにわに抱きつき、上半身を裸にしたうえ、わいせつな行為をし、さらに強姦しようとしたが抵抗されて目的を遂げなかった。(44.9.1静岡) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。

昭和46年(1971).7.〔小学生2人組の強制わいせつ致傷事件〕
 テレビ等の男女が抱き合う場面に刺激され、性に異常な興味をいだいていた小学校6年男子2人が、下校途中小川で遊んでいた6歳の少女を見ていたずらしようと相談のうえ、「お菓子を買ってやる」と近くの空小屋に連れこみ、下着を脱がせていたずらし、全治1週間の負傷をさせた。(神奈川7月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。

昭和47年(1972).9.〔小学生による強制わいせつ事案〕
 小学校4年生(10歳)Yは、週刊紙に刺激され帰宅途中の女性(19歳)に「お姉さん待って」と呼びかけ、いきなり突き倒して馬乗りになり暴行脅迫して強制わいせつをした。(愛知9月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。

昭和48年(1973).6.19〔中2と小6、幼女5人にイタズラ〕
 大阪府で中2と小6、幼女5人にイタズラ。

昭和51年(1976).3.〔小学生、隣家に侵入、強姦未遂〕
 深夜テレビのポルノ番組に刺激された小学生、隣家に侵入、強姦未遂(世田谷)。 警視庁「少年非行等の概況」引用。

昭和52年(1977).1.13〔小6が幼女レイプ殺人〕
 福島県須賀川市で、小学6年生(12)が下校途中の同じ学校の2年生の女の子(8)を薮に連れ込んでレイプしようとしたが、抵抗されたのでズボンのベルトで首を絞めて殺害、1.15に自供した

昭和54年(1979).4.〔強制わいせつ、不法監禁等を重ねていた小学生を補導〕
 ポルノ雑誌、テレビ等の影響をうけて、強制わいせつ、不法監禁等を重ねていた小学生を補導。(小岩) 警視庁「少年非行等の概況」引用。

昭和54年(1979).10.27〔小6が幼女をいたずら殺人〕
 小学6年生(11歳)は、自宅近くの広場で幼稚園児(6歳)らと砂遊びなどをしているうち、以前テレビで見た女の裸を見たくなり「いいものをあげるから一緒においで」と、アパートの空室に誘って裸にし、陰部を触ったりしたところ泣きだしたため、このままでは、お母さんに告げ口をされ叱られると考え、少女のブラウスで絞殺した。(10月、岡山) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。
 ※kangaeru2001付記。この小6生は何喰わぬ顔で行方不明となった女の子の捜索に加わっていた。4月にも小学1年生の首を縄で絞め失神させる事件を起こしている。

昭和54年(1979).11.〔小6の12人が同級生少女に猥褻〕
 ボス的存在の男子1名を中心とした小学6年の同級生12名は、前期の児童会長で学習、スポーツにも優れ美貌でクラスのアイドルである少女(12歳)を教室に残し、集団で同女を押え全裸同様にするなどして猥せつ行為をし、5日間の打撲症を与えた。(11月、岩手) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。

昭和55年(1980).2.2〔小1が幼女猥褻殺人〕
 栃木県大田原市で、小学1年生(7)が近所に住む女の子(3)をいたずらしようとポンプ小屋に連れ込んだが、「お母さんに言ってやる」と言われたことから、告げ口を恐れ、小屋脇の井戸に突き落として溺死させた。


※次の事件の「女子に悪ふざけをする」というのはどういう意味なのか微妙ですが、どうも性的なもののような気もしますので、一応掲げておきます。
校長さんは「一般児童と同じ教育では将来通して善良なる臣民となり皇国のために尽くせるか否か疑われるのでこの際入園さして特別なる指導のもとに…」と仰っておりまして、まことにそのご心痛と教育者としての苦悩が察せられます。こういう学級崩壊に4年間も我慢したんですからな。

昭和19年(1944).2.〔小4が授業妨害と暴力〕
 秋田県の小学校で、小学4年生(満9歳)が異常な暴力を繰り返すため感化院に入れられた。1年生の時から教室を歩き回って私語をして授業を妨害し、教師が叱ってもまったく聞かず4年間続けている。盗癖があって、女子に悪ふざけをする。3年生になってからは教師に対してもいたずらをするようになった。時々凶暴になって、「他人を殺傷させることある」(校長の報告書)。材木業の父親は他県で働いており長期不在だが、経済状況は中の上。※「戦前感化・教護実践史」掲載の事例より。


※オマケ
性犯罪ではありませんが、明らかに性衝動によって小学生が女性を襲った事件にはこんなものがありました。

昭和9年(1934).12.6〔中1(満12〜13歳)連続通り魔が女性27人を切る〕
 岐阜県岐阜市で夜10時前、中学1年生(14)が自転車に乗って、夜学から自転車で帰宅中の女工(17)に近づき「コンチクショウ!」と叫びながら押し倒して、ナイフで顔、首、胸などめった刺しにして重体として逃走した。
 翌年2.10の朝6時、民家に侵入して就寝中の女性(23)を出刃包丁で15回めった刺しにして重傷を負わせて逃走したが、女性に指を噛み付かれてケガをしていたためその日に逮捕、警察の威信を賭けた警戒網を嘲笑いながら1年前から路上で女性27人に切りつけて5人に重傷を負わせた連続通り魔事件の犯人であることを自供した。
 小学校ではトップクラスの成績だったが、中学入試のため深夜まで猛勉強を続けて神経衰弱となり、探偵実話小説を読みふけった影響もあって、小6の2月に初めての犯行を犯し、女を襲わないと寝られない変質者となった。裕福な家庭の次男で高額なこずかいをもらっており、両親はタンスから血まみれのガーゼなどを見つけていたが、犯行にはまったく気づかず逮捕に茫然としている。

昭和36年(1961).3.29〔小5が通り魔〕
 群馬県伊勢崎市の路上で、小学5年生(11)が自転車に乗っていた女性(19)のズボンをナイフで切り裂いた。30分後にも女工員(23)のズボンを切り裂き捕まった。「きれいな女を見たらいたずらしたくなった」と自供。

    

触法少年(13歳以下)の補導者数






 1950195519601965197019751980198519901995200020052006
 昭25昭30昭35昭40昭45昭50昭55昭60平2平7平12平17平18
強姦30437576232226232415117
猥褻4375277306162123181152987894116112
小学生総数1119万1226万1259万977万949万1036万1182万1109万937万837万736万719万718万

警察庁「犯罪統計書」と文部科学省の統計による。
昭和47年5.14以前の沖縄の数値を含まない。
強姦のピークは昭36年(1961)の118人。猥褻のピークは昭37年(1962)の344人。