[母親殺害]高3男子が自首…切断頭部持ち 福島・会津若松
ということで、親殺し事件は少年犯罪データベース 肉親に対する犯行をご覧ください。
異常犯罪17歳の犯罪も参照してください。
この事件との共通点を感じて当データベースにやってくる人が多いようです。



昭和26年(1951).4.2〔30歳ニートが母親殺害し裸で引きずる〕
 京都府京都市の京都大学で、無職(30)が母親(55)の頭部を仏像で殴って殺害、竹棒5本で脳をえぐり出し、全裸にして縄で縛って引きずっているところを逮捕された。1年前に母子で江戸川乱歩邸を訪ねて探偵小説の原稿を見せており、乱歩の推薦で探偵作家クラブに入っていた。京大心理学科卒業。「就職先ができたと偽って連れてきて安楽死させた。一切の秘密は母の肉体に秘められている。母は若返り法を実行していた。凶行場所は高度の医学的集団の連中も手を出せない場所だから選んだ。脳は彼らで作れないから取り出す必要を感じた」などと自供。


頭がおかしくなってしまった少年による母殺しとしてはこんな事件があります。昭和24年以前の年齢表記は数え年のため満年齢にすると1〜2歳低くなります。



昭和5年(1930).6.26〔18歳(満16〜17歳)ニートが母と妹殺人〕
 岡山県岡山市の自宅で、次男(18)が自慰行為を見つかり叱られたために就寝中の母親(43)を帯で絞殺した。6.30に妹(9)が母親を慕うので極楽にやるつもりで帯で絞殺、腐乱死体と暮らしていた。7.2に知人宅に侵入して暴れたので逮捕され、翌日死体が発見された。
 岡山一中に進学したが、無口で友人もおらず、過度の勉強で神経症心悸亢進となって関西中学に転校、去年12月に退学した。父親は陸軍少佐だが、精神病で死んでいる。長男は陸軍士官学校に在籍中。取り調べの警官にも殴りかかるなど兇暴性があり、精神鑑定の結果、心神喪失で8.1に不起訴処分。

昭和9年(1934).3.15〔20歳(満18〜19歳)の真面目な長男が何人殺せるか試すため一家皆殺し〕
 奈良県北葛飾郡の農家で深夜2時、長男(20)が就寝中の家族5人の頭を斧で殴り、母親(48)、2男(18)、長女(15)、3男(13)を殺害、父親(53)を重体とした。すぐに隣家に押し入り、就寝中の長女(18)の頭を斧で殴り、逃げようとするところを肩と足を切って重傷を負わせ、母親(36)にも切りつけたが斧を奪われ逃走、百メートル離れた線路で列車に飛び込んで自殺した。真面目な働き者の模範少年だったが、数日前に「自分が命を投げ出したら、幾人くらい殺せるだろうか」と話していた。

昭和14年(1939).4.6〔20歳(満18〜19歳)ニートが母親ら4人刺殺〕
 岡山県岡山市の自宅で、長男(20)が突然母親(40)の喉をナイフで刺して殺害、遊郭に押し入り仲居(34)を刺殺、食堂でコック(33)と女給(33)を刺殺、駆けつけた巡査3人ら大勢を相手に暴れ回りコック2人も重傷としてから逮捕された。父親は工場事務員で、1年前に中学を卒業して高等商業学校の入試に落ちてから神経衰弱となっていた。

昭和26年(1951).3.24〔16歳が両親ら3人殺害〕
 新潟県南蒲原郡の自宅で夜11時、無職の3男(16)が就寝中の父親(50)、母親(48)、同居している従兄弟(20)の3人をマサカリで頭を殴って殺害、5千円を奪って駅に電話して電車の有無を確かめてから深夜3時の急行で大阪に逃走、さらに長崎まで行って女を買い、3.30に東京都上野公園で逮捕された。中3から精神病で病院に通っていたが治らず、自転車泥棒で逮捕されたため家に軟禁されていた。虐待されたから復讐したと自供。殺人が悪いことだとは認識しているが両親を嫌悪しているので罪の意識はなく、楽しそうに笑い歌っている。取調官は頭が非常によいと判断し、起訴された。

昭和26年(1951).9.13〔中2が母親を殺人未遂〕
 東京都武蔵野市の自宅で、中学2年生(14)が就寝中の母親の首をカミソリで切ったうえに錐で突いて重傷を負わせて逃走、血だらけになってさまよっているを警官が見つけて逮捕した。2年前に学校でネコの解剖をしてから精神がおかしくなり、母親と一緒に死のうとした発作的な犯行。

昭和32年(1957).3.4〔18歳ニートが一家7人皆殺し〕
 神奈川県川崎市の自宅で深夜2時、長男(18)が父親(41)、母親(39)、二男(16)、三男(14)、長女(11)、四男(10)、五男(8)の7人を薪割りで殺害してから放火して全焼させて逮捕された。
 他の兄弟は成績優秀なのにひとりだけ成績が悪いと父親に叱られノイローゼになって昨年高校を中退して精神病院に入っていたが、先月退院したばかり。父親との仲が悪く発作的に殺したもの。

昭和39年(1964).5.13〔高3が母親殺害して放火〕
 新潟県北魚沼郡の自宅で、高校3年生の次男(18)が母親(46)を殺害、放火して家を全焼させた。成績も良く夜遅くまで大学受験の勉強をしていたが、夜中の2時に「もう寝なさい」と母親に注意され、「こんなに一生懸命勉強している俺の立場がわからないのか」と帯で首を絞めて殺し、死体に石油をまいて火を付けて逃走、カミソリで手首を切ったが死にきれずに聖書を手に茫然と立ちつくしているところを捕まったもの。

昭和43年(1968).12.25〔19歳浪人生が本当の気持ちを伝えるために母親を刺殺〕
 山口県下関市の自宅で、浪人生(19)が母親(40)を出刃包丁で刺し殺し、留めようとした水産大学校助教授の父親(46)にも2週間の傷を負わせた。
 「お母さんとはよく話していたが、自分の本当の気持ちが理解してもらえなかった。台所で言い争いになったが本当の気持ちを訴えるつもりで刺した」と自供。一人息子でこの春に神戸大学の受験に失敗、夜遅くまで熱心に勉強していた。高校時代の成績は中程度で、柔道部に属する陽気で人に好かれる性格だった。

昭和47年(1972).9.3〔18歳が犬を買ってくれない母親を殺害〕
 東京都国分寺市の自宅で、長男(18)が母親(62)を殺害した。犬を買うための8万円をねだったがもらえなかったため、追いかけまわして果物ナイフで胸を刺したもの。長男は脳軟化病で養護学校に通っていた。

昭和47年(1972).9.4〔高2が教育ママを殺害〕
 神奈川県厚木市の自宅で、母親(43)が殺され、上野公園をうろついていた長男の高校2年生(16)が犯行を自供した。母親はPTAの役員をつとめるなど教育熱心で、成績が下がった長男を叱咤激励したため長男はノイローゼとなり病院に通っていた。前日家出して4日に帰ってきたのだが、「ノイローゼの薬を飲みなさい。家出なんかしないで勉強したら」と叱られたため、庭に建てたプレハブの勉強部屋で母親の首を絞めて殺害したもの。

昭和54年(1979).9.13〔中3が母親刺し焼身自殺図る〕
 東京都港区白金台の自宅で、中学3年生の長男(14)が就寝中の母親(38)を果物ナイフで全身を18回めった刺しにして1ヶ月の傷害を負わせ、風呂場でテンプラ油をかぶって焼身自殺を図り1ヶ月の火傷を負った。
 長野県ではトップの成績だったが転校してから落ちてノイローゼとなり、小5の妹に当たっていた。明るい性格で学級委員だった。

昭和60年(1985).3.9〔19歳浪人生が母親を殴殺〕
 神奈川県横浜市の自宅で午前4時、浪人生(19)が母親(43)を20センチの飾り石と植木鉢で殴り殺した。さらに二階自室で就寝中の高校2年生の妹(17)を襲ったので妹は逃げたが、母親が玄関で殺されているのを見てまた自室に逃げた。兄は追い掛けて「明治天皇が殺せと命令している。指令が聞こえるか」と言いながら包丁で顔や手など10数カ所に3週間の傷を負わせたが、妹はとっさに「聞こえますお兄ちゃん。明治天皇が110番しなさいと言っているよ」と答えると、自分で「明治天皇の指令で母を殺した」と警察に通報した。
 内気で友達もあまりおらず、成績は普通だったが裁判官になるため早慶の法学部を目指し、受験を終えて発表直前だった。父親は商社員で福岡に単身赴任。

平成3年(1991).1.7〔高2の少年、母親を絞殺〕
 福岡県春日市の自宅で、高校2年生の長男(17)が母親(55)を殺害して自分で110番した。長男は首と右胸を刺して自殺を図り入院。幻覚症状があり学校を休んでいたが、母親に学校に行くように言われて絞殺したもの。


明治天皇の指令で母を殺した事件については日本一賢い妹も一読ください。